2019年12月21日

森昌子 and/or 森まさこ

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 森昌子が引退、彼女の「悲しみ本線日本海」(1981年)はヤッホーくんのおはこ、いつまでも歌っていきますだって(他のお客さんのご迷惑になるのに、許してって…)。
https://www.youtube.com/watch?v=9r5QN6dNHSM

 歌手、森昌子(61)が2019年12月24日の東京公演と25日の故郷・宇都宮公演、そして年明けの“残業”16公演で引退する。

「小さい頃から駆け足で来ました。何の未練もない! やっと自分の人生をのんびり生きられます」

 48年間の芸能生活に終止符を打ち、自由に時間の使える第2の人生を心待ちにする。
 引退後の過ごし方や3人の息子への思い、青春をともにした「花の中三トリオ」についても聞いた。

 昨年2018年10月にスタートした還暦ツアーは2019年3月の引退会見後、ラストツアーに変わり全国津々浦々130ヶ所で展開した。
 心境を聞くため残り数公演となった昌子を訪ねた。

「自分が生きてきた中でこんなにコンサートをしたことはない。私のわがままで辞めちゃうので恩返しです。『昌子ちゃんが近くまで来てくれた』って言葉を聞くと、本当に良かったなと」

 13歳でデビューし、結婚で28歳から48歳まで引退していたが、当時は芸能人の妻。
 48年ぶりに本名の森田昌子に戻れる。

「新幹線や飛行機の取り方とか、あまり知らないの。(1986年森進一と結婚、2005年離婚、その後)復帰してからツアーで日本を4周もしているのに、その土地のことも周りの景色さえも覚えていない。のんびりと世界遺産を巡る旅をしたいわ」

 最初に計画しているのが2020年2月中旬に行く母、幸子さん(87)との温泉旅行。
「この年になっても親孝行ができるなんて、ありがたい。意志の強い母で、私が離婚して子供3人と戻ってきたときも『お帰り』とだけ言って見守ってくれた。あの母親で私は幸せだった。母の体のこともあって近場の温泉ですけど、本当に喜んでくれました」とうれしそうに笑った。

 父、常夫さんについては「引退会見した2019年3月28日は偶然にも命日で、時間帯も同じだった。父は天国から見ていてくれたのかな。全てが終わったら墓参りに行こうと思っています」。

 年末は事務所の片付けや自宅の大掃除に時間を割く。

「正月は久しぶりにゆっくりと過ごせます。子供たちも来るし、おせちを作ろうかな」

 長男は人気ロックバンド、ONE OK ROCKのボーカル、Taka(31)、
 次男(30)は会社員で既婚者、
 三男もロックバンド、MY FIRST STORYのボーカル、Hiro(25)。
 離婚後、両親と3人の子供を養うために芸能界に復帰した。

「あの子たちも心の中で『ホッ』としていると思います。僕たちに気を使わないで楽しい人生を送ってもらいたいというのと、やっと自分たちのお母さんが戻ってきたというのがあると思う」と感慨深げ。
「うちは男の子3人で良かったし、今とても恵まれた環境の中にいる。息子たちのコンサートを来年どこかで見られたらいいな」と母の顔になった。

 3人の子供から再婚の勧めがあったか聞くと、「全くないですね」と大笑いし、「でも、『体に気をつけてね』とか『頑張ってるね』ってメールはよく来ますよ」と目を細めた。

 オーディション番組「スター誕生!」からデビューした同学年の桜田淳子(61)、山口(現三浦)百恵さん(60)とは「花の中三トリオ」と呼ばれ人気を博した。
 百恵さんは結婚と同時に引退し、専業主婦に。
 数年前に芸能界復帰した淳子からは「これからいっぱい時間ができるから遊びに行こうね」とメールが届いた。

 「選んだ道は違ったけど、一段落したら連絡してみようかなと考えています。3人でお茶でも飲みたいから。中三トリオが今は還暦トリオ。ババア3人ですよ」と、またまた大笑い。

 最後に2006年の再デビューシングル「バラ色の未来」にかけて、「私の未来? バラ色か桜色でしょう!」と飛びっきりの笑顔。
 笑いの絶えないインタビューだったが、昌子の第2の人生も明るく笑いの絶えない未来が待っている。

★ 故郷に恩返し

 事実上のラスト公演を宇都宮にしたのは故郷への恩返しのため。
「デビュー記念日に宇都宮二荒山神社でイベントを行ったとき、『おらが村の』という感じで境内に2000人もの人が来てくれた。だから、事務所に『もう1日だけ』って宇都宮を追加してもらったの」と明かす。

「昌子という字も、じいちゃんがこの神社からもらったお札から取りました」

 人生と芸能生活の両方の出発点である縁の二荒山神社には、全てが終わってから参拝することを決めている。

※ 森昌子(もり・まさこ)
 本名・森田昌子。1958(昭和33)年10月13日生まれ、61歳。栃木・宇都宮市出身。1971年に日本テレビ系「スター誕生!」の初代グランプリに輝き、1972年に「せんせい」でデビュー。1973年、当時の女性最年少記録の15歳でNHK紅白歌合戦に初出場。「おかあさん」「哀しみ本線日本海」「越冬つばめ」などをヒットさせ、1986年に引退、結婚。3男をもうけた。2005年に離婚し、2006年に20年ぶりの新曲「バラ色の未来」で復帰。著書に「母親力」など。


サンスポ・コム、2019.12.21 05:05
森昌子、61歳
さあ第2の人生へ「未来はバラ色」

(ペン・山下伸基、カメラ・矢島康弘)
https://www.sanspo.com/geino/news/20191221/int19122105050001-n1.html

 もうひとりの森まさこ(1964年生まれ、福島県が選挙区、当選回数3回):

 迫害から逃れてきた難民や日本で結婚しているなど、自国に帰るに帰れない事情を抱えた人びとを法務省・出入国在留管理庁(入管)が収容施設に拘束(=収容)している問題で、また新たな不祥事が発覚した。
 収容中の女性達をそれぞれ独房に閉じ込め、24時間、ビデオカメラで監視。
 着替えやトイレの様子までも覗いていたのだという。
 今月2019年11月8日の法務委員会でのやり取りで、入管側が認めた。

○ 組織的セクハラ、森法相も対応を明言

 今年2019年に入って、入管の収容施設では、被収容者のハンガーストライキが続発している。
「東京オリンピックのため安心安全の確保」を口実に、入管が2年以上の長期収容を常態化させているためだ。
 東京入管では、今年の夏頃、ハンガーストライキを行っていた女性の被収容者3名を「懲罰房」と呼ばれる独房に監禁。
 その部屋は、天井にカメラが設置されており、女性達が着替えやトイレで排泄をしている姿も常時監視される状態になっているという。
 この質疑に先立ち、入管側は仕切りをトイレのまわりに設置したものの、後述のようにカメラの位置から、やはりトイレが見えてしまう状態なのだ。

 この問題について、今月8日の法務委員会で初鹿明博衆院議員が問いただしたところ、入管の高嶋智光次長は「部屋によるがトイレの部分が(監視カメラに)映る部屋もある」と認めた。
 初鹿議員はさらに「大臣、女性の収容者がトイレをしている姿を(監視カメラで)映されているというのは、人権上、問題だと思いませんか?」と問いただす。
「大臣がもし、自分がその部屋に何ヶ月かいたら、どう思います?これは、非常に不安ですし、嫌ですよね?」
「今後は是非(着替えやトイレをしている姿が)カメラに映らないようにしていただきたいのと、東京入管に行って自分の目で確認してきて下さい」(同)。

 これには、さすがに森まさこ法務大臣も「(初鹿)委員のご指摘は大変重要だと思います。トイレの時に、カメラに映らないようにするということは、人権に配慮することでありますので、適正な処遇に努めたいと思います」と答弁。
 処遇改善の意向を示した。

○ 泣き叫んで抗議しても無視、摂食障害や自殺未遂も

 この法務委員会でのやり取りに先立つ今年2019年10月上旬、筆者は、東京入管でハンガーストライキをして懲罰房に監禁された女性3人のうち、2人に面会し話を聞くことができた。

 フィリピン人女性Eさんは、日本人男性と結婚しており、二人の息子もいるにもかかわらず、もう3年近くも収容されているという。
 それは、彼女が以前交際していた日本人男性(現在の夫とは別人)に騙され、その男性の犯した犯罪に利用されたことで、彼女自身も有罪判決を受けたことが原因と考えられるが、既に刑法による処罰を受けたEさんを、さらに入管が収容し続けていることは、現在の刑法では認められていない予防拘禁(*)にあたる疑いがある。
 終わりのない収容に耐えかね、Eさんはハンガーストライキを行ったものの、独房に移される。
 そこでは、着替えもトイレも全て監視カメラに映ってしまうため、Eさんは「非常に強いストレスを感じています」と言う。

「以前は、自分からハンガーストライキをしていましたが、今はストレスのために食べ物が喉を通りません」
(Eさん)

 つまり、女性としての尊厳を踏み躙る入管の暴挙が、Eさんを摂食障害に陥らせている疑いがあるのだ。
 筆者取材の時点では、懲罰房のトイレに高さ150センチ程の仕切りが設置されたものの、「監視カメラは天井に取り付けられているので、結局、全部映ってしまう」とEさんは言う。

(*) 法で定められた刑期を終えても、「再犯抑止」等を口実に、引き続き身柄を拘束し続けること。戦中の治安維持法で、思想犯に適用された。

 もう一人の女性、Dさんはトルコ籍のクルド人難民。
 トルコでは少数民族クルド人へのさまざまな抑圧があり、トルコ治安当局や一般人による暴力や殺害等が横行している。
 そのため、Dさんは一年程前に庇護を求めて来日したが、入管施設に収容されてしまった。
 DさんはEさんと同時期にハンガーストライキを行なったものの、やはり懲罰房に入れられてしまう。
 着替えやトイレを監視される屈辱に、Dさんは「男性職員も見ているんでしょう?」と泣き叫んで抗議したが、入管職員たちは「仕方がない」と言うだけだった。

「私はイスラム教徒です。この様な辱めを受けることは、とても耐えられません。私の宗教や文化からは絶対あり得ない…」

 そう、Dさんは筆者に訴えた。

 残り一人のスリランカ人女性には筆者は取材できていないものの、入管問題に取り組む市民団体「収容者友人有志一同」(SYI)メンバーの織田朝日さんによれば、毎日、口癖のように「殺してほしい」と訴え、今年2019年9月には置いてあったポットのコードで自殺を試みたという。
 入管職員の制止で命を落とすことはなかったものの、精神的にかなり追い詰められている状況だと言えよう。

 これらの状況は既に述べたように今年2019年10月での取材時点のものであり、現状はまた変わっているかも知れないが、いずれにせよ、深刻な女性達への人権侵害が行われていたことには変わりはない。

○ 危うい入管の人権軽視

 女性の尊厳を踏み躙るようなことを、入管が組織的に行っていることは、非常に危ういことだ。
「不法滞在の外国人に対しては何をやってもいい」という奢りが、入管職員の間に蔓延しているのではないか。
 日本が、基本的人権の尊重を原則とする民主主義国家である以上、例え、殺人や強盗など犯した凶悪犯であっても、国家は法律に定められた刑罰を科すのみであって、「悪い奴だから何をやってもいい」ということでは断じてない。
 まして、拷問や虐待は禁止されている。

 そもそも、入管法における収容は刑罰ですらなく「退去強制令書の発付を受けた外国人を強制送還する準備として、強制送還まで逃亡のおそれがある場合に一時的に収容しておくもの」と位置づけられるものだ。
 だが、実際には入管は制度を濫用、長期収容を常態化させ、本稿で取り上げたような被収容者への精神的な虐待を行っている(女性の着替えやトイレ監視を虐待だと見なさないなら、それはそれで問題だ)。

 8日の法務委員会で「人権に配慮し、適正な処遇に努める」と答弁した森法務大臣は、これを機会に、入管のあり方自体を徹底的に問い直すべきだろう。


Yahoo News Japan、2019/11/11(月) 12:01
女性の着替えやトイレを監視
入管が組織的セクハラ、森法相もドン引き

(志葉玲、フリージャーナリスト、環境、人権、戦争と平和)
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20191111-00150364/

WMA Declaration of Tokyo - Guidelines for Physicians Concerning Torture and other Cruel, Inhuman or Degrading Treatment or Punishment in Relation to Detention and Imprisonment

Adopted by the 29th World Medical Assembly, Tokyo, Japan, October 1975
Editorially revised by the 170th WMA Council Session, Divonne-les-Bains, France, May 2005
and the 173rd WMA Council Session, Divonne-les-Bains, France, May 2006
Revised by the 67th WMA General Assembly, Taipei, Taiwan, October 2016


https://www.wma.net/policies-post/wma-declaration-of-tokyo-guidelines-for-physicians-concerning-torture-and-other-cruel-inhuman-or-degrading-treatment-or-punishment-in-relation-to-detention-and-imprisonment/

Our profession holds humanitarian values at the centre of our work, so we were heartened to hear President Obama's pledge to close Guantánamo Bay. However, years later, detainees are still being held (Report, 24 May). The situation has become worse, with inmates on a hunger strike and reportedly being force-fed.

Any medical professional knows that patients with capacity to consent can refuse a treatment even if it is life-saving. Because of its invasive nature, the World Medical Association has repeatedly condemned force-feeding of competent prisoners. In its Malta declaration on hunger strikers, adopted in 1991 and revised in 2006, in large part because of developments at Guantánamo, the WMA states: "Even if intended to benefit, feeding accompanied by threats, coercion, force or use of physical restraints is a form of inhuman and degrading treatment." The American Medical Association, a member of the WMA, has endorsed these unequivocal principles. AMA president Dr Jeremy Lazarus has said the force-feeding procedure at Guantánamo "violates core ethical values of the medical profession". The UN has condemned force-feeding as both a form of torture and a breach of international law.
Medical professionals performing these procedures in Guantánamo are violating their professional code of conduct and the duties of a doctor, and so would be liable to scrutiny by their medical regulation body as a breach of their duties, and are breaking international law.

Dr Ihtesham Sabri
Dr D Nicholl
Dr F Haque
Dr M Khan
Dr A Farooq
Dr M Faraaz


The Guardian, Published: Tue 28 May 2013 21.00 BST
Guantánamo Bay
Doctors must reject force-feeding

https://www.theguardian.com/world/2013/may/28/doctors-must-reject-force-feeding

posted by fom_club at 20:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジェンダーギャップ、韓国 108位と日本 121位を逆転

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 今日の日記はきっと、2019年11月11日「ブレイディみかこ『みんなで怒らないと』『人がつくった鋳型にはまるな』」の続きなんでしょうね、ってヤッホーくん。
 というのは、昨晩、ブレイディみかこ『女たちのテロル』(岩波書店、2019年5月)を読んでて、<強制摂食>なるハンガーストライキをする捕囚人への権力によるパワハラ、虐待を知って、合意なき性行為と同じだ、とはた、と気づかされたからでした。
 およそ100年も前のころのイギリス:

Suffragettes – Stories from Parliament
https://www.youtube.com/watch?v=FUP-pGcmb4s
https://www.youtube.com/watch?v=n38NkE-Dd6E

https://www.parliament.uk/about/living-heritage/transformingsociety/electionsvoting/womenvote/parliamentary-collections/collections-suffragettes/forcible-feeding/

https://www.bbc.com/news/av/uk-politics-42964071/votes-for-women-suffragette-actions-in-houses-of-parliament

https://www.bbc.com/news/uk-england-21335117

 ブレイディみかこ『女たちのテロル』(岩波書店) 

 関東大震災後、同志で恋人だった朝鮮人・朴烈(パクヨル)とともに検束され、大逆罪で死刑判決を受けたアナキスト金子文子(ふみこ)。
 恩赦で無期懲役となるが、転向を拒んで獄死した。
 鶴見俊輔が「国家に対してひとり立つもの」と評した彼女の生涯を、いま最も注目される書き手が鮮烈に描いた。

 疾走する文体がまず素晴らしい。
 どん底の境遇から独力で学び、自前の思想を掴(つか)みつつあった23歳で死なねばならなかった文子。
 朴と引き離され、ひとり無残な死をとげた彼女を、著者は悲劇のヒロインとして描かない。
 不羈(ふき)で不遜で時に虚無的、しかし輝くようなエネルギーで自分自身を生きた女として、新しく、カッコよく、パンクによみがえらせるのだ。 

 それによってあぶりだされるのは、自由に生きる意志を抑えつけようとする国家の、うんざりするような辛気臭さとみっともなさである。

 構成にも工夫が凝らされている。
 文子だけを描くのではなく、同時代を生きた二人の女を登場させているのだ。

 イングランドの女性参政権運動の闘士エミリー・デイヴィソン。
 アイルランド独立運動のイースター蜂起にスナイパーとして参加したマーガレット・スキニダー。
 日本ではなじみのない人物だが、抵抗し、反逆し、自分自身であることを決して手放さない姿勢は、文子と共通している。

 著者は三人の女性の人生を、別々にではなく並行して描いていく。
 海の向こうで、それぞれに闘って生きた女たちとともに語られることで、文子の存在は歴史の中に位置づけられる。

 闘う者はいつだって一人ではない。
 たとえ、冷たい獄の中で誰にも看(み)取られずに死んだとしても。今から百年前、海を越えて、女たちの見えない共闘があったことを思うと、胸が熱くなる。


 だが忘れてならないのは、文子のこの知性、この自由な魂を生かせなかった世界の続きを私たちは生きているということだ。
 あらゆる支配を拒否して闘い続けよ、という文子と著者の挑発が、行間からきこえてくる。

※ ブレイディみかこは、1965年生まれ。ライター。1996年から英国在住。著書『労働者階級の反乱』など。
◆ もう1冊は、金子文子『何が私をこうさせたか−獄中手記』(岩波文庫)


東京新聞・書評、2019年8月11日
支配を拒み、闘った文子たち
(評者:梯(かけはし)久美子、ノンフィクション作家)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2019081102000196.html

[ジェンダー拡散]韓国 108位と日本 121位を逆転したわけ
 韓国では #Metoo 運動を契機にフェミニズムが盛り上がる。
 性暴力など日常の生きづらさと政治が関わってると若い世代も感じ始めてる。
 女性閣僚の割合についても、少なくとも「後退」は許されないという雰囲気がある。

 世界経済フォーラム(WEF、本部スイス・ジュネーブ)は2019年12月17日、各国の男女格差を調べた「男女格差(ジェンダーギャップ)報告書」を発表した。
 日本の順位は過去最低となる121位だった。
 報告書は毎年発行され、今回の調査対象は153ヶ国。
 アイスランドが11年連続の1位になるなど、北欧諸国が上位を占めている。

 報告書は、経済、教育、健康、政治の4分野14項目を調査し、100%を完全な平等として格差を指数化している。
 今回、世界の男女格差は平均で68.6%で、前年の68.0%よりわずかに改善した。

 日本は前年の66.2%から65.2%に後退。
 主要7ヶ国(G7)では最下位が定位置となっており、今回、日本に次いで順位が低いイタリアは76位だった。
 日本は経済分野の男女格差で、女性管理職の割合についての指数が上昇した。
 一方で、賃金格差が広がるなど、経済分野の順位はほぼ横ばいだった。

 過去最低の順位に影響したのは政治分野で、前年の125位から144位に後退。
 9月の内閣改造まで女性閣僚が1人だったことが響いた。
 女性閣僚の割合で格差を縮めて順位を上げた韓国に全体でも抜かれる形になった。
 先進国で目立って順位を上げたのはスペインで、女性議員、閣僚ともに増え、大幅に格差を改善。全体で前年の29位から8位に躍進した。

 WEFは世界的な傾向として、今年は経済分野で男女格差が広がったものの、政治への女性参画は108ヶ国で前年より改善されたとした。
 一方、世界で女性は議員数の25%、閣僚の21%を占めるにとどまり、政治参画は依然遅れていると指摘している。
 WEFは、世界の政財界の指導者が対話する「ダボス会議」の主催で知られる国際機関。
 各国の経営者への意識調査を反映した国別の競争力ランキングなども毎年発行している。


朝日新聞、2019年12月17日08時07分
ジェンダーギャップ、日本は過去最低の121位
(ジュネーブ=吉武祐)
https://digital.asahi.com/articles/ASMDK2G9WMDKUHBI009.html

 ジャーナリストの伊藤詩織氏が元TBS記者山口敬之氏を訴えた裁判で、東京地裁は「酒を飲んで意識を失った伊藤氏に対し、合意のないまま性行為に及んだ」と認め、330万円の賠償を命じる判決を言い渡した。

 山口氏は準強姦(ごうかん)容疑(当時)で告訴されたが、嫌疑不十分で不起訴となった。
 刑事事件では検察側に厳格な立証が求められるが、民事裁判では両者の言い分のどちらがより確からしいかが判断される。
 地裁は、合意があったとする山口氏の主張を、「重要部分が不合理に移り変わり、客観的な事情に合致しない点も複数ある」と退けた。

 山口氏は控訴を表明したが、判決後の記者会見で見過ごせない発言があった。
 自らが話を聞いたとする「本当の(性犯罪)被害者は会見で笑ったりしない」という女性の声を紹介し、身の潔白を訴えたのだ。

 苦しみを抱え込み、下を向いて生きていくのが被害者の正しい姿だ、と言うに等しい。
 こうしたゆがんだ認識が、過酷な傷を負いながらも生きていこうとする人々を、追い詰めてきたのではないか。

 勇気をふるって告発すると、「あなたにも落ち度があった」などと責められ、二重三重に傷つく。
 性暴力を受けた人は、その体験に加え、声を上げることの難しさにも苦しんできた。

 その呪縛を断ち切り、被害をなくしていこうという動きが、世界各地で広がる。
 代表が「#MeToo」運動だ。
 国内ではことし2019年、性犯罪をめぐる無罪判決が相次いだことへの批判をきっかけに、泣き寝入りせず性暴力に抗議する「フラワーデモ」が始まり、いまも全国に波及し続けている。
 伊藤氏が氏名と顔を明らかにして行動したことが、多くの被害者の背中を押したのは間違いない。

 この間(かん)、伊藤氏にはネット上などで異常な攻撃が加えられた(*)。
 政権寄りの論者らが、安倍首相を取材した著作のある山口氏の応援にまわり、右派系雑誌には、伊藤氏の人格をおとしめる記事が掲載された。

 これに対し判決は、「伊藤氏は性犯罪の被害者を取り巻く法的・社会的状況の改善につながると考え、自身の体験を明らかにした」と述べ、その行動には公益を図る目的があったと認めた。
 名誉毀損(きそん)だという山口氏の主張は退けられた。

 曲折を経ながらも性犯罪に向けられる目は厳しさを増している。
 罰則を強化する改正刑法がおととし成立し、さらなる見直しの議論が進む。
 相談・支援態勢も強化されてきている。
 この歩みをより確かなものにし、被害者の尊厳を守る。
 私たちの社会が背負う重要な課題である。


朝日新聞・社説、2019年12月20日05時00分
伊藤氏の勝訴
社会の病理も問われた

https://www.asahi.com/articles/DA3S14301062.html

(*)一例「枕営業大失敗」:
https://twitter.com/i/status/1207611187782799361


posted by fom_club at 09:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月20日

山口敬之の伊藤詩織さんに対する性行為

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 ジャーナリスト・伊藤詩織さんが元TBS記者・山口敬之氏からのレイプ被害を訴えた民事訴訟。
 詩織さん勝訴の判決が2019年12月18日出たことを受け、19日、山口氏が外国特派員協会で会見を開いた。

 会場では外国人記者から厳しい質問が続出。
 米メディア「デーリー・ビースト」のJ・アデルシュタイン記者は「(山口氏に)逮捕状が出たのに執行されず、起訴もされなかったのは『上級国民』だからではないか?総理大臣の力を借りたのではないか?」と鋭く追及した。

 この裁判はレイプ行為があったかどうかが争点だったが、法廷外では山口氏と安倍首相の関係に疑いの目が向けられた。
 詩織さんが告訴状を出したにもかかわらず山口氏は逮捕を免れ、検察審査会でも「不起訴相当」となった。
 その背景に首相官邸の指示があったのではないかとの疑惑が報じられてきたのだ。
 山口氏が著書『総理』を出版するほど、安倍首相と深い関係にあったからである。

 実際、判決後の海外メディアはこの点を突いている。

「山口氏は、安倍晋三首相とも近しい関係にあるとされている」(BBC放送)

「(詩織さんによると)山口氏と彼が伝記を書いた安倍晋三首相の関係ゆえに刑事告訴が退けられた」(ル・モンド)

「山口氏が安倍首相と近しかったから、特別扱いされたのではないかという疑問が出た」(アルジャジーラ)

 これに対して日本のメディアは遠慮がち。
 山口氏と安倍首相の関係に触れた大手紙は朝日新聞と東京新聞だけ。他紙は判決内容を報じるにとどまった。

 会見に出たジャーナリストの神保哲生氏が言う。

「日本のメディアが山口氏と首相官邸の報道に及び腰なのは、本当に介入があったという裏付けが取れないからでしょう。ただ、メディアが裏付け取材にどこまで本気だったのかという疑問は残ります。官邸関係者が介入を認めないまでも、取材をすれば関連の新情報が出てきたかもしれない。もし官邸への忖度で取材の努力を怠ったのなら大問題。首相官邸とガチンコでぶつかれる記者がいないということです」

 山口氏は控訴の意向を示している。
 日本のメディアが奮起する日は来るのか。


[写真]山口敬之氏

日刊ゲンダイ、2019/12/20 14:50
詩織さんレイプ裁判勝訴
海外メディアは“安倍事件”の扱い


 至極当然の判決が出た。

 ジャーナリストの伊藤詩織さんが、安倍首相と昵懇の元TBS記者・山口敬之氏から意識がないなかで性行為を強要されたとして1100万円の損害賠償を求めた民事訴訟で、本日2019年12月18日、東京地裁は「酩酊状態にあって意識のない原告に対し、合意のないまま本件行為に及んだ事実、意識を回復して性行為を拒絶したあとも体を押さえつけて性行為を継続しようとした事実を認めることができる」と認定し、山口氏に330万円の支払いを命じた。

 判決詳報を報じた「弁護士ドットコムニュース」の記事によると、裁判所は、山口氏と伊藤さんが会食した2015年4月3日、2軒目に訪れた寿司屋を出た時点で伊藤さんが「強度の酩酊状態にあった」と認定したほか、翌日に伊藤さんが産婦人科でアフターピルの処方を受けたこと、数日後に友人に相談し、その後原宿警察署に相談に訪れていることなどをもって「今回の性行為が伊藤さんの意思に反して行われたものであると裏付けるもの」と結論づけたという。

 一方、裁判所は山口氏の供述について「重要な部分において不合理な変遷が見られる」と指摘。

 たとえば、山口氏は2015年4月18日に伊藤さんに送ったメールで〈あなたは唐突にトイレに立って、戻ってきて私の寝ていたベッドに入ってきました〉と記述していたのに、裁判では「伊藤さんに呼ばれたために山口さんが窓側のベッドから伊藤さんの寝ている入口側のベッドに移動した」と証言していたとし、こうした点から、判決では山口氏の供述について「信用性には重大な疑念がある」と述べ、対する伊藤さんの供述は「相対的に信用性が高い」と認めた。

 さらに、山口氏は伊藤さんが性行為に同意していたと主張して、伊藤さんが『Black Box』(文藝春秋)を出版するなど被害を訴えたことによって名誉やプライバシーが傷つけられたとして、伊藤さんに1億3000万円の損害賠償を求める反訴を起こしていたが、これについても東京地裁は「伊藤さんが性犯罪の被害者をめぐる状況を改善しようと被害を公表した行為には、公共性や公益目的があり、内容は真実だと認められる」とし、山口氏の訴えを退けた。

 つまり、意識がないなかで性暴力をふるわれ、意識を戻して拒絶したにもかかわらず山口氏がやめずに継続しようとしたという伊藤さんの訴えが認定され、一方、告発を封じ込めようとするような山口氏側のスラップ訴訟も退けられるという、“全面勝訴”の判決といえる結果となったのだ。

 だが、繰り返すがこれは当然の判決だ。

 そもそも、タクシー運転手やベルボーイという第三者による証言のほか、詩織さんを抱えて引きずる山口氏の姿が映った防犯カメラ映像も証拠として提出されている。
 実際、裁判所も〈ホテルに到着し、山口さんに引きずられるようにして降車した〉ことや〈ホテルの部屋に向かう間、足元がふらついていて、山口さんに支えられる状態だった〉ことを事実として認めているのだ(前述・「弁護士ドットコム」より)。

 だが、こうした当然の判決が出たことによってあらためて問い直さざるを得ないのは、なぜここまで証拠が揃った事件に対し、急に逮捕が取り消され、さらには嫌疑不十分で不起訴となったのか、という問題だ。

 あらためて振り返ると、伊藤さんからの相談を受けて、当初捜査を担当していた高輪署の捜査員は山口氏の逮捕状をとり、2015年6月8日、山口氏を逮捕すべく複数の捜査員が成田空港で山口氏の帰国を待ち構えていた。
 ところが、この逮捕直前に上層部からストップがかかった。
 そして、この逮捕取りやめを指示したのが“菅義偉官房長官の子飼い”である当時の中村格・警視庁刑事部長(現・警察庁官房長)だった。
「週刊新潮」(新潮社)の直撃に対し、中村氏自らが「(逮捕は必要ないと)私が決裁した」と認めているのだ。
 つまり、官邸中枢と近い警察官僚の指示により、山口氏は逮捕をまぬがれたのである。

 しかも、山口氏の逮捕が取りやめになったあと、不可解にもこの高輪署の捜査員は担当から外されてしまった。
 結果的に事件は2015年8月26日に書類送検されたが、山口氏は翌年7月22日付けで嫌疑不十分で不起訴処分に。逮捕寸前までいった事件が、このように“ブラックボックス”のなかに押し込められてしまったのだ。

山口敬之が内調トップに相談メール、内調は詩織さん中傷のチャート図を作成

 このあまりに不自然な逮捕取りやめと不起訴処分には、当然、官邸の関与が疑われてきた。
 実際、「週刊新潮」が伊藤さんの問題で山口氏に問い合わせした際、山口氏はその対応を内閣調査室のトップで“官邸のアイヒマン”との異名を持つ北村滋内閣情報官(現・国家安全保障局長)に相談していた可能性まで指摘されている。
 というのも、山口氏は「週刊新潮」の取材メールに対し、誤ってこんな文書を送信しているのだ。

〈北村さま、週刊新潮より質問状が来ました。
伊藤の件です。取り急ぎ転送します。
山口敬之〉

「Fw:」(転送)すべきところを「Re:」してしまうあたり、山口氏が相当焦っていたことが伺えるが、一方、北村氏率いる内調は、“伊藤さんの背後に民進党人脈がいる”というフェイク情報を流しバッシングを扇動していたという衝撃的な事実まで判明した。

 じつは伊藤さんが検察審査会に不服申し立てをして司法記者クラブで記者会見をおこなった直後から、ネット上では「詩織さんは民進党の回し者」なる風評が飛び交っていた。
 さらに半日も経たないうちに伊藤さんと伊藤さんの弁護士と民進党の山尾志桜里議員の関係をこじつけ、伊藤さんを「民進党関係者」だとするフェイクチャート図の画像がネット上に出回ったのだ。

 だが、これについて「週刊新潮」は内調が流したものであると報道。

 記事では〈本誌が山口氏の問題を取り上げ、それから詩織さんが記者会見をする5月29日より少し前のこと。政治部のある記者は、知り合いの内調職員から右下の図を受け取った〉としてチャート図を紹介している。
 正確には、このチャート図自体は伊藤さんの会見写真が入っているため、会見後に作成されたものと考えられるのだが、内調が“こじつけの関係”を記した類似のペーパーを政治部記者に渡していたのはたしかだ。
 というのも、本サイトのもとにも会見前と会見後に「内調が伊藤詩織さんに対するカウンター情報をふれまわっている」という情報が届いていたからだ。
 つまり、内調は事前に関係を解説した資料を配布し、会見後、さらにそれを写真入りのチャート図に更新して配布したのかもしれない。
 さらに、本サイトの調査では、内調が情報を直接2ちゃんねるに投下した可能性すらうかがわれた。

 内調がフェイクニュースをでっち上げてマスコミにリークし、ネットにばらまく──。
 今夏に公開された映画『新聞記者』でも、この一件をモデルにしたと思われるシーンが登場するが、映画のなかの絵空事のような国家による謀略が、実際におこなわれていたのである。


 なぜ、元TBS記者の事件に、官邸の息がかかった警視庁刑事部長や内閣調査室がここまで動き回るのか。
 それは言うまでもなく、山口氏が「安倍首相にもっとも近いジャーナリスト」のひとりだからだ。

山口敬之と安倍首相の特別な関係! ヨイショ本出版の裏で「起訴なし」の検察情報入手か

 そもそも、山口氏はTBS時代から“安倍の太鼓持ち”と呼ばれるほど安倍首相と個人的に親しい関係を築いてきた。

 安倍首相は国会で山口氏について「取材対象として知っている(だけの関係)」などと言ってごまかしたが、山口氏の結婚披露宴に安倍首相が出席していたことを「FLASH」(光文社)が写真付きで報じている。
 しかも、山口氏の単行本デビュー作となったのは、2016年6月9日に発売された安倍総理礼賛本『総理』(幻冬舎)だった。

 しかし、この『総理』をめぐっても疑惑が出ている。
 山口氏はFacebookで“不起訴処分は2016年7月に関係者に伝えられ、その結論を得て本格的な記者活動を開始した”などと述べているが、山口氏が『総理』を出版したのは、前述したとおり2016年6月9日。つまり、山口氏は不起訴より1ヶ月も早く記者活動を開始していたのだ。

 そして、この事実について、作家の中村文則氏は毎日新聞2017年7月1日付愛知版で、こう疑義を呈した。

〈そもそも、首相の写真が大きく表紙に使われており、写真の使用許可が必要なので、少なくとも首相周辺は確実にこの出版を知っている(しかも選挙直前)。首相を礼賛する本が選挙前に出て、もしその著者が強かんで起訴されたとなれば、目前の選挙に影響が出る。〉

〈でも、山口氏の「総理」という本が16年6月9日に刊行されているのは事実で、これは奇妙なのだ。なぜなら、このとき彼はまだ書類送検中だから。
 しかもその(『総理』発売日の)13日後は、参議院選挙の公示日だった。だからこの「総理」という本は、選挙を意識した出版で、首相と山口氏の関係を考えれば、応援も兼ねていたはず。そんなデリケートな本を、なぜ山口氏は、書類送検中で、自分が起訴されるかもしれない状態で刊行することができたのか〉

 つまり、山口氏はなんらかのルートを使って起訴がないことを事前に把握していたのではないかと中村文則氏は分析したのだが、山口氏と中村格氏、内閣情報調査室トップだった北村前情報官との関係を考えると、裏で官邸が動き、首相のお友だちである山口氏にいち早く不起訴を知らせていた(あるいは不起訴になるようにも っていった)可能性は十分考えられるものだ。

 事件自体に数々の証拠が揃っていながら、なぜ不起訴となったのか。
 しかも、伊藤さんの不服申し立てに対し検察審査会は2017年9月に「不起訴相当」と議決。
 ネット上では「検察審査会の判断が出たのだから山口氏は無罪」とする擁護意見が溢れることになってしまった。

山口敬之は“性的マイノリティ認めるなら痴漢の権利も保障せよ”の小川榮太郎と会見

 だが、この検察審査会の議決についても、さまざまな疑問がある。
 まず、議決の理由は〈不起訴処分の裁定を覆すに足りる事由がない〉という、理由になっていない理由が記されているだけ。
 さらにどのような証拠をもって審査されたかもわからず、その上、補助弁護人も付いていなかったのだ。
 このことについて、元検事である郷原信郎弁護士は「補助弁護人が選任されていないということは、“法的に起訴すべきだった”という方向において、専門家の意見は反映されていないことを意味しています」と答えている(「週刊新潮」2017年10月5日号/新潮社)。

 しかも、検察審査会では安倍政権絡みの事件での不起訴に対する不服申し立てについては、同様の「不起訴相当」の議決がつづいている。
 かなり悪質だった甘利明・元経済再生相の現金授受問題でも、証拠隠滅のためハードディスクをドリルで破壊した小渕優子・元経産相の政治資金事件でも「不起訴相当」という議決だったからだ。

 このように、証拠が揃い、逮捕一歩手前までいったというのに、官邸周辺の人物が暗躍するなかで事件は闇に葬られようとしてきた

 しかし、伊藤さんはネット上でひどい誹謗中傷に見舞われながらも、ブラックボックスを「オープン」にするため、民事裁判をおこなった。
 そして、ようやくその主張が民事司法によって認められたのだ。

 その道のりを想像するだけで胸が苦しくなるが、しかし、加害者の山口氏はさっそく会見を開き、控訴することを発表した。
 しかも、会見には同じく幻冬舎から安倍首相礼賛本を出版した小川榮太郎氏を同席させた。
 小川氏といえば、自民党・杉田水脈衆院議員の“性的マイノリティには生産性がない”という差別言説を“性的マイノリティを認めるなら痴漢の触る権利も保障せよ”なるヘイトの上塗りで擁護し、さらに伊藤さんバッシングを繰り広げている人物だ。
 そのような人物を呼び寄せて会見を開くというのが、山口氏が何をバックにしてきたかを物語っている。

 しかし、ここまではっきりと伊藤さんの主張が認められたことを考えれば、求められるのは逮捕状取り消し、捜査圧力問題の再検証だ。

 これは伊藤さんひとりの問題ではない。
 この問題に黙ることは、権力に近い人物だというだけで逮捕が取り消されてしまうという、法治国家とは言えない状態を是としてしまうことになるからだ。
 今回の判決を受けて、ひとりでも多くの人がいま一度その意味の大きさ、重さを考えてほしいと願う。


リテラ、2019.12.19 12:22
「詩織さん全面勝訴」で証明された警察・検察のおかしさ!
やはり御用記者・山口敬之と安倍政権の関係が逮捕、立件を潰していた

https://lite-ra.com/2019/12/post-5150.html

・・・山口敬之の伊藤詩織さんに対する行為が民事では不法行為とされたのに、刑事では不起訴とされた理由として、メディアでは「性犯罪に関する法が不備」とか「刑事と民事で立証の困難さが違う」とか言われているが、本当の理由は「検察が官邸の支配下にある」ということだ・・・(前川喜平)

・・・安倍首相と親密な元TBS記者の逮捕状取り消しを追及する日本の全国紙は毎日だけか。安倍首相と官邸キャップの会食を欠席し桜を見る会を厳しく追及し続けているのも毎日。編集幹部が自らツイッターで報道姿勢を連日説明しているのも毎日。他の新聞は何しているのだろう。差がどんどん開いていく・・・(鮫島浩)

・・・伊藤詩織さんを昏睡レイプした挙句に「本当に性被害にあったなら笑ったり記者会見を開いたり出来ないはず」と言ってみせた山口敬之が、散々在日朝鮮人や女性を差別してきた桜井誠と仲良く対談する場面とか地獄絵図かよ。山口敬之と桜井誠、堕ちるところまで堕ちた人間同士お似合いの組み合わせだな・・・(犬神ひろし)

・・・昏睡レイプをやった山口敬之の逮捕状を握り潰させた中村格警視庁刑事部長(当時)に被害者である伊藤詩織さんが取材を試みたところ、何と全力疾走で彼女から逃亡。詩織さん「人生で警察を追いかける事があるとは思わなかった」。本当、一般市民から警察関係者が逃げるなよ……・・・(同)

・・・すごい。警察が思い切り逃げた。はじめてみた・・・(Yoko)

・・・これが、被害届を出した市民に対する警察側の態度かと。異常すぎる。やっぱりこの件は、逮捕状執行寸前に取り消されたという経緯が不審すぎる。やましくなければこんな風に逃げないでしょう、、、・・・(弁護士太田啓子先生)

posted by fom_club at 18:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

家族法・憲法学者でクリスチャンの清末愛砂

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

憲法学者、改正の動きに反発

 個人の尊厳や両性の本質的平等を定めた憲法24条。

「平和な社会の構築になくてはならない」という観点から、24条の意義について学ぶ講演会が2019年12月16日、福岡市城南区の福岡大であった。

 憲法学が専門の清末愛砂(きよすえ あいさ)・室蘭工業大准教授(47)は「家庭における暴力や不平等が戦争や大量殺りくと無関係でないことは、歴史的にも分かっている。戦争放棄や戦力不保持だけでは平和は実現できない」として9条とともに24条も守る運動が大切と呼び掛けた。

 24条を巡っては、自民党が「家族は(中略)尊重される」「家族は、互いに助け合わなければならない」との条文を加えるなど、家族の結び付きを強調した改憲草案を2012年に決定。
 戦後社会が目指した個の尊重より、家族や集団の意思を重んじるかに見える内容に、女性団体などから「個が封殺された戦前への回帰では」と反発の声が上がった。
 政局の関係で改正の動きはいったん“下火”になったものの、今年2019年9月には前党憲法改正推進本部長の下村博文選対委員長が、24条改正に言及した。

 有識者らが2016年に結成した「24条変えさせないキャンペーン」の呼び掛け人も務める清末さんは、戦前の軍国主義を内面的に支えたのは、男性優位の価値観に基づく家制度や家父長制で、これを否定したのが24条だと意義を強調。
「保守改憲派は軍事的に強い国づくりを進めるため、1950年代から9条だけでなく24条も狙ってきた。安倍政権下で変えられる危険性は高まっている」と訴えた。

 ヒトラーや大量殺りくを犯した人の生い立ちから、社会的暴力の根源には、権威主義的な家庭での虐待体験があると結論付けたスイスの心理学者の分析を紹介。
「非暴力な家族関係が非暴力な人間を育て、非暴力な社会の構築につながる」として、24条を巡る動きを注視し、守る活動に協力してほしいと呼び掛けた。

 また清末さんは非政府組織(NGO)の一員としてアフガニスタンやパレスチナの紛争地で難民支援を続けている。
 その実体験から「自衛や国防の名の下に国家による侵略を正当化しているのは、現代の戦争を見ても明らか。改憲を許せば日本もそうした戦争を家族主義で支える国になりかねない」と警鐘を鳴らした。

 講演会は福岡大の教員有志で2015年に結成した「平和を愛する福岡大学人の会」などが企画した。


[図]
憲法24条と自民党改憲草案

西日本新聞、2019/12/20 14:47 (JST)
個人の尊厳、男女平等…「憲法24条を守ろう」
(下崎千加)
https://this.kiji.is/580617653419689057

 清末愛砂・室蘭工業大学大学院工学研究科准教授(家族法・憲法学者でクリスチャン)インタビュー 

必死な思いで伝えたい国家緊急権・緊急事態条項の危険性について

 今、憲法に関して一番まずいと思っていることは、やはり国家緊急権の問題です。
 これは、フッと湧いた話ではなくて、特に自民党が2011年の3.11以降、その動きを加速させてきたものです。
 ただ、それ以前から、改憲は彼らの第一目標でした。
 国家緊急権は、全ての権力を手に入れることができるものですから、もしも私が自民党のトップクラスにいれば、国家緊急権を憲法に入れておきたいと思うことでしょう。
 もうここまで出てきたとなると、かなり総仕上げに近い段階にまで来ています。
 今年2016年の正月に入ってから、安倍首相は改憲意欲をむき出しにしていますので、本当にこの1年、1年半が勝負です。
 日本国憲法が施行された1947年5月3日以降、最大の危機を迎えていると思っています。
 今日2016年5月21日、北海道クリスチャンセンター(札幌市)での講演では、国家緊急権、すなわち緊急事態条項について30分ぐらい解説しました。
 しかし問題は、その危険性があまり伝わっていないことです。
 憲法関係の平和運動はこれまで、「憲法9条を守る」ということに集中してきました。
 それはとても価値があって、当然のことだと思います。
 日本国憲法の中には国家緊急権がないわけですから、発想が及ばなかった。
 改憲というとすぐに9条だというイメージがありました。
 けれども、9条以上に怖いのは、実は国家緊急権を入れることなのです。
 その危険性がまだ伝わっていないと思う。
 それを今、必死な思いで伝えたい。
 改憲勢力によって議席を取られてしまったら、国会で発議が通れば国民投票できます。
 国民投票は危険だと思っています。
 国民投票では、基本的にマイノリティーの声が生きませんから。
 民意を反映するためのものだとよく間違える人がいますが、実は違います。
 国民投票は、強い者のための投票です。
 ですから、今の状況が怖いのです。

憲法24条(家族内での両性の平等・個人の尊厳)の改憲にも気を付けて

 もう一つ盲点があると思っています。
 それは、憲法24条の改憲です。
 その視点は、平和運動の中でもなかなか持てないのです。
 憲法といえば、平和主義の9条や前文には関心がいくのですが、24条というのは本当に、憲法学者を含めてもあまり興味がない。
 ただ、家族法の学者たちは評価しています。
 家族法は24条で変わりましたから。
 しかし、自民党はこの24条が大嫌いで、変えたくてしようがない。
 だから今狙われているのです。
 怖いのは「24条だったら注目もない分、改憲されてもいいのではないか」と思われてしまうことです。
 せっかく家族内での両性の平等・個人の尊厳というものをうたい、家族の中にいっぱいある差別・暴力を否定し、公的な分野ではなくて私的な分野における差別・暴力の克服を導くための条文なのに、その重要性がなかなか共有されていません。
 ですから24条に関しては、改憲といってもあまり関心がないと思うのです。
 戦争を知っている世代のクリスチャンの中には、覚えておられる方もいると思うのですが、大日本帝国時代にはキリスト者も戦争に協力させられました。
 戦時中、宗教に対する国家の統制は相当なものでした。
 その中でキリスト者も結局は戦争に協力していったという、大きな反省があるはずです。
 でも、それが若い世代にまでなかなかつながっていないのだと思います。
 今のような国家緊急権導入という話は、明らかに戦争体制を総仕上げのような状況までもってくるものです。
 国家緊急権は国によっても違いますが、軍事体制を拡大するときに、また戦争や武力紛争とかなり密接に結び付く形で使われるのです。
 ですから、国家権力が緊急事態を言い出せば、戦争や軍国主義の拡大を疑ったほうがいいでしょう。
 過去の例ではドイツもそうでした。
 そういう意味では、日本のクリスチャンもこの国の市民であって、体制に動員される存在だということを考えておいたほうがいいと思うのです。
 戦時中、相当にやられましたからね。
 私たちクリスチャンはマイノリティーで数が少ないですから。
 国家総動員法が過去にはあったわけで、安倍政権のいう「一億総活躍」というのを聞くと、もう本当に大日本帝国時代と同じではないかという感じがするのです。
 その中に確実にクリスチャンは入りますからね。
 私は、あるクリスチャンの集会で、単に祈っていても変わらないと、はっきり言ったのです。
 こんなこと言ったら怒られてしまいますか(笑) 。
 祈りの中には行動が入るのです。
 私も普通に祈ります。
 祈った後に考えて、聖書から学んだことを実践し、実社会においてきちんと行動していくことも祈りの延長だと思います。
 祈りと行動はセットなのです。
 私はそれを、自分の友人の牧師から学びました。
 彼女は非常に社会的な牧師なのですが、私が「祈っているだけじゃ何も変わらないわ。行動しなきゃ」と言ったときに、「行動は祈りの一部なのです」と教えてくれました。

パレスチナに無関心なクリスチャンに対する悔しさ

 パレスチナの中には、割合としてはそんなに多くなくても、一定数のクリスチャンがいます。
 例えばベツレヘムという町の住民の半分ぐらいはキリスト者ですし、すぐ隣のベイトサッフールは圧倒的にクリスチャン人口が多いです。
 でも、当然ですよね。
 三大宗教の聖地なのだから、そこにはクリスチャンが当然いるわけです。
 イスラエルが物理的な軍事攻撃を行うときは、別にムスリムに対してやるわけではなく、パレスチナ人全体に対してやるわけです。
 そこでムスリムなのかそれともクリスチャンなのかと分けることは全く意味がなくて、ただあそこにいるパレスチナ人、アラブ人たちがどんな思いをしているのか、どれだけひどいことをされているのかを、なぜクリスチャンは考えないのかと私はずっと思ってきました。
 私たちは、聖書を通してパレスチナのことを知っているはずです。
 例えばベツへレムは、私だって小さいときから知っています。
 そのベツレヘムという町が、2000年代初めなどにはものすごい攻撃を受けていました。
 でも、何も言わない。
 現地のクリスチャンは、世界のクリスチャンに対して発信していたはずなのです。
 自分たちがこんなにやられているのに、なぜ無関心なんだって。
 私の中では、そういうことがクリスチャンに対する悔しさなのです。

安倍政権と日本国憲法に関してクリスチャンに伝えたいこと

―― (昨年2015年9月に北海道クリスチャンセンターで)日本キリスト教婦人矯風会が主催した清末先生の講演会のチラシ
http://kyofukai.jp/wp-content/uploads/2015/05/ec8a7612449268f965d25c8b109c1bdc.pdf
の中にはイスラエル・パレスチナ問題に関わる中で、キリスト者の責任を考えるようになったことが書かれていましたが、安倍政権と日本国憲法に関して、クリスチャンに伝えたいこと、訴えたいことはありますか?

清末准教授: ありますね。
 私たちクリスチャンは、日本の侵略戦争に加担しました。
 それからだいぶたって時間がかかりすぎたにせよ、反省をしていかなくてはいけなくなった。
 でも、少なくともはっきりしているのは、日本のクリスチャンがあの戦争体制に組み入れられて従っていったことの反省も含めて、日本国憲法があるということです。
 日本国憲法は、私たちの信教の自由の権利も守っています。
 日本の平和主義は、あのアジアの2千万ともいわれる、私たちの侵略戦争によって亡くなった一人ひとりの犠牲の上に生まれたものだと思うのです。
 ですから、その戦争に関わった者たちは、絶対に平和主義を何としても伝えていかなきゃいけないと思うのです。
 ですからそれを変えるような動きに対しては、きちんと物を言わなくてはいけない。
 そうでないと、結果的に私たちの生活を、信教の自由を含めて否定することになってしまうのです。
 日本の政治家の中にはクリスチャンがいます。
 ああいう反省なきクリスチャンが増えると、また私たちは全く同じことをやります。
 政権の中枢に、クリスチャンがけっこういるわけです。
 私、清末愛砂は、死ぬまで24条を離しませんでしたと言ってくれと、いろんな人に話しています。
 それぐらいに24条が好きです。
 絶対に取られたくありません。

―― 矯風会でのご講演でも、テーマが24条でしたね。

清末准教授: 割と最近、キリスト教の団体が24条のことで私を呼んでくれます。
 他のところは24条となると普通の護憲運動でも呼んでくれません。
 矯風会とか日本基督教団性差別問題連絡会といったところが呼んでくれます。

―― 日本基督教団性差別問題連絡会の主催で、全国会議が北海道で行われたのは今年2019年の1月でした。

清末准教授: 24条の改憲は戦争と結び付いているので、家族主義をあれだけ強く今の改憲でやろうとしている。
 ものすごく家族ベースの憲法に変えたがっています。
 それは社会福祉の切り捨てですし、家族をお互いに監視しろという体制を家族の中に再び作るわけです。
 家族の中で統制していくやり方は、大日本帝国と同じです。
 ですから憲法24条と緊急事態法を彼らが押さえてしまうと、国家的に統制できて、家族の中も統制できる。
 あれはセットなのです。
 なかなかそれがセットだとみんな言いませんが、セットのうちに必ずやるのです。

―― 北海道では、例えばYWCAでも憲法カフェの講師として24条のことをお話しになるんだそうですね。

清末准教授: そうなのです。
 私が島根から室蘭工業大学に赴任したのは2011年10月でした。
 赴任してちょっとしてから日本平和学会の友人経由で、YWCAから憲法講座を担当してくれないかと依頼を受けました。それが、24条のことを北海道で話すようになったきっかけでした。

―― 女性が多いですか?

清末准教授: 多いです。
 矯風会は女性の人権についてずっと活動を続けていますし、YWCAもすごく頑張って平和活動と女性の問題に取り組んでいますから、当然なのかな。

―― クリスチャンの男性にも気付いてほしいですか?

清末准教授: そうですね。
 でも、日本基督教団性差別問題連絡会の全国会議では、見た目は男性に見える人がそれなりに多かったですよ。

―― 最後に、皆さんに伝える、ひと言は?

清末准教授: 本当に、キリスト者であることが、私の活動の中心ですから。


[写真-1]
本紙のインタビューに応じる清末愛砂准教授=21日、札幌市内で

[写真-2]
2016年5月に出版された清末准教授の共著書『安保法制を語る!自衛隊員・NGOからの発言』と『これでいいのか!日本の民主主義 失言・名言から読み解く憲法』(共に現代人文社刊)

クリスチャントゥデイ、2016年5月28日21時22分
「行動は祈りの一部」
家族法・憲法学者でクリスチャンの清末愛砂・室蘭工業大学大学院工学研究科准教授

(行本尚史)
https://www.christiantoday.co.jp/articles/21008/20160528/kiyosue-aisa-interview.htm

posted by fom_club at 17:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キャロル・グラック先生の著書『戦争の記憶』

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 今年2019年に出版された書物のなかでヤッホーくんがイチバンに推薦したい本は、キャロル・グラック Carol Gluck『戦争の記憶、コロンビア大学特別講義、学生との対話』(講談社現代新書、2019年7月)だろうなって。

歴史を学ぶ意味ってなんだろう

 みなさんは、自分が教わってきた歴史を疑ったことはありますか?
 戦争に関する学習だけでも、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争……など、様々な歴史を学んできたと思います。
 しかし、そんな歴史の学習が、もし「偏った学び」に結果としてなってしまっていたら?
 もし事実とは異なっていたことを教わっていたとしたら?
 そんなことを考えたことはあるでしょうか。

 今回、キャロル・グラック先生の著書『戦争の記憶』を読んだ上で、東京大学で行われた先生の対話形式の特別講義を受けさせていただきました。
 そこで自分なりに考えた「歴史を学ぶ意味」について、“戦争”をキーワードに書いていきたいと思います。

日米でまったく異なる「原爆」の記憶

『戦争の記憶』では、「パールハーバー」「慰安婦問題」「原爆」といったキーワードを題材に、学生とグラック先生の対話で生まれた言葉がそのまま綴られています。
 読んでいて一番びっくりしたのは、まるで自分も対話に参加しているのではないかと感じてしまうほどのリアルさがあったことです。
 一見重そうなテーマだけど、文章の半分以上は先生による問いかけです。
 その先生の問いかけに自然と自分も考えながら読み進めていくので、自分の中にある気づきや考えを育ててくれました。

 3つのテーマをさまざまな視点から掘り下げていくのですが、中でも印象的だったのは、それぞれのテーマに対するイメージや勉強したことが、グラック先生の講義を受ける生徒ごとに異なっていたことです。
 具体例を挙げると、日本とアメリカで語られる原爆についての一般的な記憶が異なることがありました。
 アメリカでは「原爆は戦争を終わらせ、アメリカ人の命を救った」と話されるのに対し、日本では「原爆は戦後の日本への平和への使命へと繋がった」と話されることが多いのです。

 さまざまなバックグラウンドを持っていた生徒たちが集まり、戦争について語り合うことで、認識の多様さが浮き彫りになっていく。
 その様子を見ていると、他国の歴史を学ぶことがいかに大切か、私自身、ひどく痛感させられました。

 正直に言うと、私は学生の時に受けた歴史の授業をあまり覚えていません。
 しかし日本史を学んでいる時、繰り広げられる人間ドラマや戦い方の進歩、統治の仕組みの変化などから「こうやって現代が作られたんだ!」と歴史と今が繋がったときに、「歴史を学ぶって楽しい!」と感じたことがあるのは覚えています。

 けれど恥ずかしいことに、何年に何が起こったかなど内容はほとんど忘れてしまいました。
 結局テストでいい点を取るためだけに勉強してしまっていたと思います。

 そんな私も大人になり、テレビやネット上で慰安婦や靖国神社の国家間での政治的・感情的な問題を目にすることが多くなり、「アメリカともいろいろあるけれど、中国と韓国よりはいい関係を形成できているのはなぜだろう?」という疑問を抱くようになりました。

祖父母が語ってくれた戦争体験

 私の戦争に対するイメージは、私の祖父から聞いた体験談の影響が非常に強いです。
 現在93歳である祖父は大正15年(昭和元年、1926年)生まれ。
 まさに戦争の時代を生き抜いてきました。
 そんな祖父は今でも戦争の話をすると目をパキッと開かせ、生き生きと私に当時のことを話してくれます。

 祖父は学生の頃から英語が大好きであったため、夜間の英語学校へと通い、英語の勉強をしていました。

 そして1941(昭和16)年、戦争が始まると、英語が話せるということで、大阪にある造船所へ送られ、通訳の仕事をしながら捕虜となったアメリカ兵と共に船を作りました。
 過酷な労働環境の中、祖父はアメリカ兵捕虜と絆を深めていました。
「おはよう」と話す代わりにウィンクを交わしたり、こっそり食糧を分けあったり、日本兵の見張りがいないときには「戦争したくないよね」と話したり……。
 祖父はこの時を振り返って、「なんでこんなに良い人たちと殺し合わなきゃいけなんだろう?」と、毎日のように思っていたと言います。

 1945(昭和20)年、祖父は志願し、兵隊になります。
 20歳の時です。
 今の私の年齢とそんなに変わらないと思うと信じられません。
「怖くなかったの?」と尋ねると祖父は、「当時は兵隊に行かないことが恥で、国のために死ぬのが当たり前だったからね」と語ります。

「戦争」は怖い。でも「兵隊」は怖くなかった

 こうして、死と隣り合わせの過酷な訓練をしていた矢先の1945(昭和20)年8月15日。
 突然、グラウンドへ集められると、日本が降伏したことを知らされます。
「命が助かった」と思った瞬間であったそうです。

 日本の降伏後、大学へと進んだ祖父は夏休みを使って進駐軍のもとで通訳のアルバイトをして学費を稼ぎました。
 祖父は当時を振り返って、「アメリカの進駐軍の兵士たちはとても明るく、紳士な人たちばかりで、牛肉やハンバーガー、パイナップル、バターなどたくさんの食料を分けてくれた」と言います。

 祖父の話を聞いていると、「戦争」は怖いもの。でも、戦争に関わっている「兵隊」一人ひとりは怖くないんだと感じました。
 もしかしたら祖父のような話はごく一部に限られた話かもしれません。
 ですが敵とされる彼らも自分たちと同じ人間で、同じ気持ちで戦わざるを得ない状況にいるから戦っていたと思うと、「戦争をする意味ってどこにあるんだろう?」とつくづく考えさせられます。

 86歳である私の祖母も、戦争が始まると毎日、防空頭巾を握り締め通学していたそうです。
 空襲警報がなるとサッと防空頭巾を被り、草むらに走り、身をかがめ、戦闘機が過ぎ去るまでじっとしていなくてはいけませんでした。
 そのため勉強をしている場合ではなく、学校のグラウンドを芋畑にし、食料を確保するのでいっぱいいっぱいの生活を送っていたのそうです。

 私は祖父母に質問しました。「私たちの世代に何か伝えたいことはある?」
 すると2人は揃って「人を殺してはいけないということ」と答えたのです。
 戦争は人の殺し合いです。私たちは二度と同じことを繰り返してはいけないと強く感じた瞬間となりました。

「パールハーバー」と聞いて何を思い浮かべる?

 今回、グラック先生の講義を受け、先生の『戦争の記憶』を読んで、先ほどの疑問の答えが分かった瞬間がありました。

 特別講義が始まって先生の第一声は、「『パールハーバー』と聞いて思い浮かべることはなんですか?」という問いかけでした。
 日本語で言えば「真珠湾」のことですが、みなさんは何を思い浮かべますか?

 私は「太平洋戦争」がパッと浮かびました。
 私の中では日本が真珠湾を攻撃して、アメリカとの戦争が始まり、原爆が落とされ、終結したというストーリーで認識しています。
 しかし、今回参加させていただいたグラック先生の講義では、驚くほどさまざまな回答が学生から出てきました。
 映画、アメリカの英雄主義、陰謀活動の失態、そして日本の外交上の失態……。
 祖父母から聞いたことを思い出すように話す学生、眉間にシワを寄せながら言いずらそうに話す学生、興奮気味に目を輝かせながら話す学生と、話す姿は皆それぞれ違っていました。

 さまざまなバックグラウンドを持った学生たちは、「パールハーバー」のイメージがそれぞれ異なるだけではなく、「太平洋戦争」の名前も、そして戦争が始まった時期までも、捉え方が違ったのです。
「戦争の捉え方、歴史の捉え方はそれぞれの国によって異なるんだ」と気づかされた瞬間でした。

「アメリカとも色々あるけれど、中国と韓国よりはいい関係を形成できているのはなぜだろう?」という疑問の答えにもつながってくるのではないかと思います。

 事実、歴史に関する教科書や学校のカリキュラムは州、そして国ごとに定められていて、それぞれ自国側からの視点だけになっているとグラック先生はおっしゃっていました。
 そういった学習形態になるのは自然なことかもしれません。
 それに歴史に関する共通の記憶・認識を持つことは、国民の一致団結や自分たちのアイデンティティー形成に繋がるとも思います。
 しかし、もしそれが偏った歴史の捉え方になってしまっていたら?
 自分たちの国がした良いことは知っていても悪いことは知らされていなかったら?
 悪いことを悪いと認めることができていなかったら?

未来のための「新しい歴史」を築くために

 もはやどの国の教科書に書いてある歴史が正しいかなんて分かりません。
 そもそも歴史に正解なんていうものもあるのか疑問です。
 ですが、自国と他国の歴史を知り、異なる視点から歴史を理解し、広い視点で歴史を考えられるようになったら、未来のための「新しい歴史」を築き上げることができるのではないでしょうか。

 戦争が終わっておよそ75年経った今もなお、中国や韓国、日本など過去の敵意を現在の日本との関係に持ち込む人びとがいて、争いが絶えません。
 けれど、争いをなくす努力はしていけると思います。
 では具体的にどのようにしたらなくしていけるのでしょうか。

 この問いに対する答えは、まだ私にも見つかりません。
 でも1つだけ、分かることがあります。

 それはお互いの歴史を尊重することは明るい未来を作ることに繋がるということ。

 根拠はありません。
 ですが、人間関係がそうだと思うのです。

 価値観がまったく同じ人なんていないのだから、お互いを尊重して認め合うことではじめて良い関係を築き上げていける。だからこそ、互いの歴史や価値観の違い、バックグラウンドを尊重し合えたら、より良い日本に、より良い世界になっていくのではないでしょうか。

 もちろん国家レベルで一気にみんながお互いの歴史を尊重し始め、歴史問題を解決することは難しいことと理解しています。

 それでも、私たち一人ひとりが広い視野を持ち、過去に誠意を持って対処することで、いつの間にか未来のための前向きな「新しい歴史」が生まれるのだと思います。

 日本の未来を担っていく人たちと一緒にこう考えていきたいです。

より良い未来を作るために歴史から学べることはなんだろう」と。


[写真-1]
2019年11月8日に東京大学で開かれたキャロル・グラックさんによる特別講座。学年、国籍も異なる学生たちとの対話形式で行われた

[写真-2]
学生たちの話を聞いて時折メモを取りながら、議論を促していくキャロル・グラックさん

[写真-3]
特別講義終了後、藤井サチさんとキャロル・グラックさんの2人で

現代ビジネス、2019.12.08
22歳モデルが東大の講義で学んだ真珠湾攻撃、そして太平洋戦争
22歳からのハローワーク@キャロル・グラックさん(歴史学者)

(藤井 サチ、モデル)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68988

 平成という時代を色で表すなら、何色でしょうか。
 戦争と平和の昭和時代が、赤と黒のコントラストで描けるとしたら、平成は、暖かい黄色や淡いブルーでしょうか。
 もちろん現在進行形ですから、まだ明確にはとらえがたい時代です。
 それでも、思いおこすと、記憶に残る言葉があります。あなたならどう振り返りますか。

■ 成熟国家とは、続けた模索・・・歌手、アグネス・チャンさん(62)

 昭和と比べて平成は、物質的にも満たされ、哲学的になったと思います。
 阪神・淡路大震災が起こった1995年はボランティア元年と言われました。
 若者の考え方が変わりました。
 頼まれなくても、人を助ける、自分で自分を変えていこう、という新しい社会貢献の波がありました。

 平成は、日本にとって、成熟した国の姿を考える時期だったのかもしれません。
 本当の幸せとは、本当の貢献とは、本当の価値とは、と。
 まだ模索中かもしれませんが。

 女性についての意識も変わりました。
 昭和の時代には、私が赤ちゃんを職場に連れていったことがきっかけで、「アグネス論争」が起きました。
 いまではふつうのことになりました。

 私は結婚するとき、日本人の夫に「(仕事を)続けてもいいですか?」と聞きました。
 昭和ではそれがふつうでした。
 いまはそうではないですよね。
 また、一般的に男性が台所に入ることを好まないしゅうとめが少なくなかったと思いますが、うちはいま夫が喜んで台所に入っています。

 まだまだ厳しいですが、女性たちのチャンスは増えています。
 ただのブームで終わるか、本当に実力を発揮して日本を新しい世界につれて行くか。
 新しい元号のもとで試されます。

 私が香港出身だということについて、昭和の方が差別意識がなかったように思います。
 当時は外国から学ぼうという気持ちを感じました。
 でも、最近はちょっと違う。

 温暖化と戦争で民族が大移動し、世界中が自分を守らなくてはと内向きになっています。
 その内向き志向とインターネットの普及で、それまでは公には出てこなかった声が仲間を見つけ、ヘイトスピーチや差別の波につながっています。

 昭和の時代、日本はアジアでナンバー1だったけれど、もっと謙虚でハングリーだったと思います。
 平成の30年は経済的、軍事的、世界への影響力という意味でも中国が脅威になってきた。
 面白くないと感じる人もいて、それが差別意識にも影響していると思います。
(聞き手・大久保真紀)

※ アグネス・チャンさんは香港生まれ。1972年に「ひなげしの花」で日本デビュー。国連児童基金アジア親善大使。

■ 戦後社会の構造改革、失敗・・・評論家・宇野常寛さん(38)

「平成」というのは要するに失敗したプロジェクトだと思います。
 そのプロジェクトとは、グローバル化と情報化という世界史的な二つの大きな波を正しく受け止め、戦後の社会をアップデートすることです。
 しかしこのアップデートを担った「改革」は、完全に失敗に終わった。

 この場合の改革は要するに二大政党制に基づいた成熟した民主主義を目指し、小さな政府を志向する構造改革路線でグローバル資本主義に対応していこう、というものです。
「改革」勢力を担う指導者がポピュリズムで旧自民党的な縁故主義に対抗するというのがこの時期の構図です。
 しかしどの改革勢力の覇権も一過性で、気がつけば批判票を野党に与えながら自民党の内部改革を祈ることしかできない55年体制に近い状況に戻ってしまった。

 僕の考えでは、「改革」勢力がポピュリズム戦略を取ってしまったのが頓挫の原因です。
 彼らはポピュリズムに頼るのではなく、「風」が吹いている間に旧自民党や共産党を支える票田組織に対抗するコミュニティーを、都市のホワイトカラー層の受け皿としてつくりあげるべきだったと思います。
 インターネットの普及した今、それも不可能ではないはずですが、彼らはテレビもネットもポピュリズム的な動員の手段としてしか使えなかった。
 これが失敗の本質です。

 日本社会が、昭和の成功体験を忘れられないのも大きいですね。
 1964年の五輪は復興と高度成長の象徴であると同時に、経済発展のための国土整備の錦の御旗だったはずです。
 2020年の五輪にはしっかりした構想が何もなく、なんとなく「五輪が来ればあの頃に戻れるかも」なんてバカな期待が渦巻いている。

 はっきり言って、国単位で見れば、日本に希望はありません。
 ただグローバル化の帰結で、国家と個人の間の都市や企業といった中間のものが担えることが増えている。
 この中間の規模のものが国家を横に置いて海外に開き、新しい産業や文化に接続していくことには希望はあると思います。
(聞き手・高久潤)

※ 宇野常寛さんは批評誌「PLANETS」編集長。著書に「ゼロ年代の想像力」「日本文化の論点」など。

■ 天皇、中心ではなくなった・・・米コロンビア大学教授、キャロル・グラックさん(75)

 まず、平成になって、日本人と暦の関係が大きく変化しました。
 人びとは、元号、西暦、年代(1960年代、1990年代)そして「戦後何年」という4種類の暦をごく自然に重複させ、ミックスさせながら、矛盾なく使っています。

 もう元号は、昭和までと同じ存在ではないといえます。
 元号と日本人の関係が決定的に違っています。
 かつてのような元号と西暦をめぐるイデオロギー対立はみられず、ほとんどの日本人は、便利に暦を使い分けるようになりました。
 さらに、明治や昭和を考えれば分かりますが、元号は天皇と非常に強く結びついていました。
 以前の日本人の意識では、天皇は元号と時代の中で中心的な位置を占めていました。

 しかし、平成は違うようです。
 今の天皇の性格や言動も、ある程度は影響しているかも知れませんが、それだけではなく、日本人の意識に根本的な変化が起きたのです。
 平成の次の時代も、明治や昭和のように天皇が再び中心になるということはないでしょう。

 この変化は、今の天皇の生前退位を、国民の圧倒的多数が支持したことからも明らかになりました。
 皇位継承や皇室典範に関して、保守的な姿勢をとりたかったはずの安倍政権も、こうした世論を無視することは不可能でした。

 では、平成の30年間は、どんな時代として後世に記憶されるのでしょうか。
 政治改革が叫ばれ、政権交代もありましたが、政治的なことで記憶される時代ではないように思えます。

 激動の時代としてでもなさそうです。
 不況、失われた10年、度重なる自然災害、オウム真理教などの事件、格差の拡大などがありましたが、朝日新聞の世論調査で、3分の2以上の人びとが「明るい」か「どちらかといえば明るい」時代だととらえていることは驚きでした。

 ある時代の歴史的な性格やアイデンティティーは、その時代が終わってから定まるのが普通です。
 平成がどんな時代だったかは、これから起こることで、決まっていくでしょう。
(聞き手・池田伸壹)

※ キャロル・グラックさんは、米国における日本近現代史と日本思想史研究の第一人者。著書に「歴史で考える」など。


朝日新聞、2017年8月30日05時00分
「平成」を振り返る
アグネス・チャンさん、宇野常寛さん、キャロル・グラックさん

(大久保、高久、池田のほかに藤原秀人と三浦俊章が担当しました)
https://www.asahi.com/articles/DA3S13108686.html

 昨年2015年12月末の慰安婦問題をめぐる日韓両国の合意は、両政権の政治的な戦略に基づいたものだった。

 事前に元慰安婦の声を十分に聞いたとは言えないし、安倍晋三首相は直接、元慰安婦に謝罪をしていない。
 首相はこれまで、演説などで女性の人権の大切さに言及しても、慰安婦問題には直接触れない。
 女性の人権と慰安婦問題を分けて考えているのだろう。
 これも政治的な技法だ。

 日韓両政府が慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決を強調しても、これで終わると考えるのは無意味だ。
 記憶し、記憶されなければならないという市民らの動きは、政府間の合意に関係なく続いていくだろう。

 今、戦争に関する共通の記憶が、世界的な文化となっている。

 欧州では1960年代になって、ナチスによるホロコーストの被害が裁判で証言された。
 1990年代には韓国の元慰安婦が声を上げた。
 犠牲者が語ることで加害者も語り始め、戦争中に何が行われていたかが明らかになり、歴史の見方が大きく変わった。

 政府が語る戦争物語から外れた人たちが、「記憶の権利」を主張するようになった。
 将来二度と繰り返さないために忘れてはならないということ、補償や謝罪を求めている。

 過去を知る責任があるという考えが生まれている。
 過去は単なる過去ではない。
 現在の中にも「過去」があり、分けることはできない。
 こうした考え方が、慰安婦問題を知ることで、女性に対する性暴力をなくそうとの運動につながっている。
 私たちは、声を上げた元慰安婦たちに対して責任を負っている。

 歴史を政治の道具にして、国民を操作しようとする指導者もいる。
 だからこそ私たちは、戦争に関する共通の記憶を持ち続けることが大切だ。

※ キャロル・グラックさんは、1941年生まれ。専門は日本近現代史。昨年2015年、欧米の日本研究者らと「過去の過ちの偏見なき清算」を求める声明を発表。500人近くが賛同し、署名した。


東京新聞、2016年2月28日
[言わねばならないこと]
戦争記憶し続ける
米コロンビア大教授・キャロル・グラックさん

https://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/himitsuhogo/iwaneba/list/CK2016022802000132.html

posted by fom_club at 10:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマ「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 2012年よりテレビ朝日で放送開始された「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」の第6シリーズが、10月17日(木)夜9時よりスタートしたって読者諸氏、知ってました?
 昨日2019年12月19日が、その第6シリーズの最終回!
 もっと早くから見ておくんだったな、といっつも失敗ばかり繰り返しているヤッホーくんでした。

 米倉涼子(1975年生まれ)演じる孤高の天才フリーランス外科医・大門未知子がしゃべる「私、失敗しないので」(ヤッホーくん注1)という台詞も聞けました。
 一匹狼が、「東帝大学病院」の蛭間院長(1947年生まれの西田敏行)ら権力者と対峙する場面もしっかり見ました。
 そんな彼女とは対照的に、「御意(ぎょい)!」と大きな声で忠誠心を示し、惜しげもなく権力に寄り添う「御意軍団」の顔ぶれもしっかり見ました。
 どうしてヤッホーくん、その放送を知ったのかというと、昨日の夕方、マレーシアからのはっちゃんメール:

Now the craze here is to watch the medical drama Doctor X.
Malaysians are addicted to this drama.
Me too watching it every night.
How about in Japan?
The music is so alive.
I just saw the video of the orcestra performing it.
It startred with a man whistling.
This is what makes the music alive as it involves human touch to it.

 これがそうなのかな?

ドクターXのオープニング曲
https://www.youtube.com/watch?v=k4WjgNMmR8w

 米倉涼子主演のテレビ朝日系ドラマ「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」が今夜19日、最終回を迎える(以下、あらすじに触れています)。

 本作は、孤高の天才外科医・大門未知子(米倉)を主人公とする人気医療ドラマシリーズの第6弾。
 未知子は専門医のライセンスと叩き上げのスキルのみを武器に、病院組織で「御意軍団」と数々の騒動を巻き起こしながらも妥協を許さず戦いを挑んでいく。
 今シリーズでは市村正親、ユースケ・サンタマリア、武田真治などが新レギュラーとして加わり、盛り上がりを見せてきた。

 最終話では、東帝大学病院に幼き天才ピアニスト・吉行和十(城桧吏、ヤッホーくん注2)が入院してくる。
 ニコラス丹下(市村)の支援を受ける和十だが、現在は重病により演奏ができなくなる危機にひんしていた。
 和十は手術を拒むも、未知子の言葉を信じて、手術を承諾。
 しかし、未知子が手術中に術式を変更し、術後の経過が芳しくないことから、原守(鈴木浩介)は彼女を責め立てる。

 一方、丹下には修正大血管転位症という先天性の心疾患があることが判明。
 手術を拒否する丹下に、未知子が「心臓に爆弾を抱えるあなたを放っておくわけにはいかない」と手術を勧めるが、彼は耳を貸さない。
 岩田一子(松坂慶子)が説得のために拘置所を訪問すると、丹下は意識を失い倒れてしまう。

 未知子の処置により丹下は蘇生し目を覚ますが、院長の蛭間重勝(西田敏行)ら上層部は、手術は不可能と判断する。
 院長と検察の許可なくオペを行えば、医師生命を絶たれて犯罪者になる危険も……。
 禁断のオペを未知子は敢行することができるのか。

 先日、クランクアップを迎えた米倉。

「(「ドクターX」は)ものすごい安心感と、責任を持たなきゃいけない、プライドを保たなきゃいけない、という緊張感のダブルスイッチ。ここのみなさんとじゃないとその両立はできないなと感じました。無事にクランクアップを迎えられて何よりです!」と長きにわたりシリーズを支えるスタッフとの絆を感じさせるコメントを寄せている。

※ ドラマ「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」最終回はテレビ朝日系にて12月19日よる9時〜放送


シネマトウディ、2019年12月19日 7時15分
「ドクターX」今夜最終回!
医師生命をかけた禁断のオペに挑む!

(編集部・大内啓輔)
https://www.cinematoday.jp/news/N0113045

(注1)「私、失敗しないので」

 米倉涼子主演の人気ドラマシリーズ「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」制作発表会見が2019年10月7日に東京・六本木のテレビ朝日で行われ、脚本を担当する中園ミホが主人公・大門未知子の決めゼリフ「私、失敗しないので」のモデルが元女子柔道の松本薫であることを明かした。

 第6シリーズを迎えるまでの大ヒットドラマとなった「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」。
 人気の立役者である大門のキャラクターについて、中園は「シリーズ1の1話を書いている時に、大門のキャラクターだけができなくて、締め切りを過ぎてプロデューサーに叱られても作れなかった」と回顧。
 苦闘の中、ふとテレビをつけると、ロンドンオリンピックの模様が放送されており、女子柔道・松本薫の闘志みなぎる姿にくぎ付けになったという。
 その松本が金メダルを獲得後、松岡修造から「ミスしたらどうしようと思いませんでしたか?」とインタビューされたときに、「私、ミスはしないので」と言い、中園は「その一言にしびれて、大門未知子に『私、失敗しないので』と言わせてみたら、そこから大門未知子が有機体になったように動き出してくれた」と打ち明けた。

 さらに「あの時、松本薫さんが金メダルを取っていなかったら、大門未知子は全然違うキャラクターになっていたかもしれないので、本当に大切なセリフ」と語ると、「いつか松本薫さんにお会いすることがあったら、印税を払わないといけないかなぁと思っています」とも話し、会場の笑いを誘った。
 すると、松本本人が登場し、中園は「ありがとうございます」と感謝。
 松本も初対面を喜ぶと「あのときは野獣だったので、自分がミスするとは一ミリも思っていませんでした」とコメントの真意を伝えた。

 2年ぶりの新シリーズとなる今作は、令和の時代を迎え、財政難に陥った東帝大学病院を舞台に大門未知子の孤高の戦いを描く。


シネマトウディ、2019年10月7日 17時52分
「ドクターX」大門の決めゼリフ「私、失敗しないので」誕生秘話!
(取材:錦怜那)
https://www.cinematoday.jp/news/N0111583

(注2)城桧吏(じょう かいり、2006年生まれ)

 ドラマ「ドクターX 〜外科医・大門未知子〜」(毎週木曜よる9時〜)の最終話(テレビ朝日系、12月19日放送)に、映画『万引き家族』などで注目を浴びる若手俳優の城桧吏がゲスト出演する。

 本作は、フリーランスの天才外科医・大門未知子(米倉涼子)が病院組織で数々の騒動を巻き起こしながらも、外科医の本質である手術や治療を成し遂げるため、一切の妥協を許さず突き進む姿を描く医療ドラマシリーズの第6弾。
 最終話に登場する城は、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いた『万引き家族』のほか、ドラマ「グッド・ドクター」「時効警察はじめました」、大河ドラマ「西郷どん」などで存在感を発揮し、今後も主演映画『都会のトム&ソーヤ』や『約束のネバーランド』が控えるなど、活躍が続く注目俳優だ。

 そんな城が演じるのは、重病を患った天才ピアニストの吉行和十(よしゆきかずと)。
 和十は第9話に登場したロックスターの九藤勇次(宇崎竜童)とチャリティーコンサートでセッションをする予定だったが、手に重病を患い、5人もの医師から「手術をするとピアノが弾けなくなる」と診断される。
 九藤は自分の命を救った未知子に和十の手術を託すも、未知子が行った手術後にある問題が生じてしまう。

 出演にあたり、城は「僕の役・和十は天才ピアニストなのですが、僕自身はピアノの経験がなく、どのようにすればいいのかわからないという不安がありました。ピアノを弾いている方や、監督からいただいたアドバイスを参考にたくさん練習し、少しでも和十に近づけるように役づくりを行いました。現場はとても楽しくて、家に帰りたくないと思える程温かい場所でした。そんな撮影に参加できたことが本当に幸せです。全力で和十を演じさせていただきましたので、みなさんぜひご覧ください」とコメントを寄せている。


シネマトウディ、2019年12月12日 21時54分
注目俳優・城桧吏「ドクターX」最終話に出演!
病に侵された天才ピアニスト役

(編集部・大内啓輔)
https://www.cinematoday.jp/news/N0112908

posted by fom_club at 08:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月19日

夢紬(ゆめ つむぎ)

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 きょう2019年11月10日、ヤッホーくんは乃木坂で地下鉄を下りたのですが、小旗を丸めた棒を持った人で混んでました。
 警察官も交通整理!

 ヤッホーくんは、司馬遼太郎の世界にどっぷりつかろうと思って向かっていたのでした。
 写真集を出した『「街道をゆく」の視点』の写真家小林修(1966年生まれ)、それに『街道を(ついて)ゆく』の週刊朝日の村井重俊(1958年生まれ)の丁々発止を聴きに、観に、東京ミッドタウンへ。

 夢紬は、第4回目の企画として小林多喜二(1903-1933)を偲ぶワンデイツアーを敢行しました。
 2019年6月10日(月、時の記念日)のことでした。
 特高の弾圧を避けて暮らした麻布十番界隈と、翌1933年拷問により絶命した築地を歩いたのでした。
 東京ミッドタウン行き、それは小林多喜二ツアーの続編、2020年2月のフィールドワークの下見も兼ねておりました。

 明るい明治、暗い昭和に学べ、そして、人類が仲良しで暮らせる21世紀を子どもたちに託し、1996年に亡くなった司馬さん、そのお話はまた次回、車座になったときにとっておきます。

 さて、きのうの2019年11月9日のワークは、「純情詩集」(1976年作)の鑑賞会でしたね!
 Peoples’ gathering ですので参加費は徴収していません、無料(!)でした。
 観る、だけでなく、観終わったあとは、車座になってのおしゃべり大会(!)です。 
 16人で寅さんのこと、映画のロケ地のこと、映画監督のこと、その頃の暮らし、周りの人びとの人情に話しはつきませんでしたね。
 締めに I さんとヤッホーくんとの掛け合いで、『ルバイヤート』訳者岡田恵美子さん(1932年生まれ)が壊憲して八紘一宇を目指すダメ首相を叱責するお言葉を聞きました。

 次回もご家族、お友だち、お知り合いに広く呼びかけてください。
 また映画の話しで盛り上がるのもいいね、と。
 例えば、この11月1日より公開がはじまっている「閉鎖病棟」に「マチネの終わりに」、
 11月15日からはじまる「i、新聞記者(望月衣塑子)ドキュメント」、
 そして12月27日からはじまる男はつらいよ50周年記念作品「お帰り寅さん」です。

 では、2020年こそ希望の持てる明るい年にすべく皆さん、残り少ない2019年ですが元気に楽しく新しい東風をまきおこしていきましょう!

 共生、共働、共育の夢紬(ゆめ つむぎ)より「夢紬通信」第一号をお届けします。


 そんなわけがあって、ヤッホーくん、『マチネの終わりに』を観に行ったんだって、そうだったんだ。
 山歩クラブでは、ドナルド・キーンの足跡を偲びました(ヤッホーくんのこのブログ、2019年9月23日付け日記をお読みください)。
 また、石川啄木についても偲んでウオーキングをしました(ヤッホーくんのこのブログ、2019年9月29日付け日記をおよみください)。
 今日はそんなわけで、2016年に書かれた平野啓一郎の文章を読んでみましょう、ってヤッホーくん:

 ドナルド・キーン氏の前著『正岡子規』は、俳句のみならず詩歌全般の革新者としての子規の実像を、偶像化を排し、ほとんど「写生」的に描き出した評伝文学の傑作だった。
 一読三嘆した私は、その感動を直接にお伝えしたのだが、キーン氏は、それを慎ましやかな笑顔で喜ばれつつ、意外な言葉を口にされた。

「『正岡子規』はどちらかというと、書かなければならないと思って書いた本でした。けれども、今連載している『石川啄木』は、書きたいと思って書いている本です」

 確かにキーン氏は、子規の文学観への賛同をしばしば慎重に留保し、母や妹への態度に手厳しい批評も加えているが、それが著者としての窮屈さを感じさせることがまったくなかっただけに、私は却ってキーン氏の仕事の公正さに感銘を受けた。
 同時に、『石川啄木』を読むのがますます楽しみになった。

 本書を読むと、啄木の異能が、鷗外や漱石、或いは、与謝野鉄幹・晶子夫妻といった当代の目利きのみならず、直に接した多くの者たちに感得せられていたことがよくわかるが、その割に、当の与謝野晶子でさえ、彼の死後の名声については、実に心細い、懐疑的な言葉を残している。

 勿論、私のような世代は、いつ誰から教わったともなく、啄木を近代日本文学を代表する歌人として知っていたし、その短歌を、中学の国語の教科書で勉強している。
 しかし、その人物像や作風については、大した説明もなく、ほとんど何の印象も残らなかった。
 満26歳で死んだ「夭折の天才」というような話も、特段、強調されなかったように思う。

 それでも、啄木の短歌は、キーン氏が「『一握の砂』に収められた多くの歌に、読者は一読して心を奪われる」と語る通り、彼のことをまったく知らない人間でさえ、よくわかると感じるような不思議な普遍性を備えている。

 私が教科書で学んだ彼の短歌は、一つは有名な

ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく


だったが、まだ中学生だった私は、本書で非常に丹念に描き出された――啄木の複雑な望郷の念が痛いほどにわかる――その渋民村時代を知らず、また、自身も特に「ふるさと」から遠く離れて生活した経験がないにも拘(かかわ)らず、この歌の心境が、なぜかつくづく理解された。

 私が教科書で知ったもう一首の啄木の歌は、『悲しき玩具』に収められた

何となく、
今年はよい事あるごとし。
元日の朝、晴れて風無し。


で、これまた、啄木最晩年の病苦と貧困を一切知らず、そうした現実とも無関係なまま、私を含めた多くの生徒が「好き」だと感じたのだった。

 これは、どういうことだろうか?

 キーン氏は、『食うべき詩』の次の一節を「どんな長い説明よりも啄木の短歌の特徴をよく語っている」として引用している。

「詩は所謂詩であつては可けない。人間の感情生活(もつと適当な言葉もあらうと思ふが)の変化の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ。従つて断片的でなければならぬ。――まとまりがあつてはならぬ。」

『正岡子規』の読者は、出自も、その生活も、創作態度も、凡そ啄木とは懸け離れた子規の中に、これと相通ずる認識があったことを思い出すであろう。
 子規は言う。

「俳句はおのがまことの感情をあらはす者なり。おのが感情を曲げて作らんとするも何処にか真の感情あらはるゝ者なり。」

 キーン氏はこれを次のように解説する。

「子規は、膨大な俳句の研究と分類のお蔭で、俳人が俳句で自分の感情を伝え得ることの如何に稀であるかを知った。これは特に初期の俳人たちがそうで(中略)巧妙さというものは感情から切り離された途端に退屈になるか、苛々させられるということを子規は嫌というほど知ったのだった。」

 創作の方法論的には、極めて直感的だった啄木に対し、子規はマニアックなほどに周到だったが、この二人は、いずれにせよ、短歌、俳句の「近代」に於ける革新者であり、その点に注目するならば、詩の「近代性」について、誰よりも早い自覚を持ったボードレールが、やはり「素朴さ naïveté」を非常に重視していたことも、併せて想起すべきだろう。

 この「正直」さの故に、私たちは、啄木の短歌に、まるで我がことのように感動する。
 しかし、先述の通り、必ずしも、彼の生に、短歌を通じて直接アクセスするわけではない。
 彼自身が「象徴芸術」という言葉を用いている通り、彼とその短歌との間には、独特の二重性がある。
 文学とは、そもそもそういうものだが、啄木の特徴は、短歌というこの極めて限定的な詩型に固有の難問を、ほとんど逆手に取ったような自由さを獲得している点である。

 啄木の短歌で気になるのは、先ほどの歌にもあった「何となく」という語である。

『一握の砂』、『悲しき玩具』のいずれの歌集に於いても、この類の語が頻出する。

何となく汽車に乗りたく思ひしのみ
汽車を下りしに
ゆくところなし


何がなしに
息きれるまで駆け出してみたくなりたり
草原などを


何がなしに
頭のなかに崖ありて
日毎に土のくづるるごとし

(以上『一握の砂』)
何となく、
案外に多き気もせらる、
自分と同じこと思ふ人。


何となく、
自分を噓のかたまりの如く思ひて、
目をばつぶれる。


五歳になる子に、何故ともなく、
ソニヤといふ露西亜名をつけて、
呼びてはよろこぶ。

(以上『悲しき玩具』)

「何となく」というのは、特に理由もなく、という意味である。
 しかし正確には、理由がわからないまま、と解すべきだろう。

 カール・シュミットは、『政治理論とロマン主義』という評論の中で、「ロマン主義をトータルに定義するものが何かあるとすれば、それはロマン主義が因果適合性などにはほとんど縁がないという点である。」と記している。
 彼は、「モーツァルトにとってオレンジを見たことが二重唱『たがいに手を取り合って』を作曲するきっかけとなったように」と、メーリケの小説中の逸話を引きながら、こうした不合理な因果関係を、合理的な「原因と結果」に対置して、「起因と結果」と概念的に区別する。
 そして、現実を悉く美的な創作の「きっかけ」に過ぎないものとして処理するロマン主義の政治的無力を批判するのである。

 シュミットのロマン主義批判の妥当性はともかく、この現実の起因化は、芸術創作全般に、大なり小なり、当て嵌まる話である。
 彼のこの1921年の論文は、こうした不合理性に着目した精神分析学や心理学と同時代的であり、ついでに言えば、遠く離れた極東での啄木の短い歌人としての活動の直後だった。

 啄木が、例えば、「何となく汽車に乗りたく思ひしのみ/汽車を下りしに/ゆくところなし」と詠む時、彼はその衝動的な行動の起因を省略している。
 或いは「何となく、/今年はよい事あるごとし。/元日の朝、晴れて風無し。」のように、元日の朝の清々しい風景を、そうした予感の「原因」としてしまう単純さを、まさしく「近代人」として拒絶する。
 が、実際にそう感じたこと自体は事実である。
 その時、彼に「人間の感情生活の変化の厳密なる報告」として、それをそのまま表現することを可能にさせる語こそが、つまりは「何となく」だった。

 啄木は、そうして、状況を説明する前後の歌物語もなければ、和歌の歴史的な教養に依存することもないまま、一首の短歌を詩歌として自立させることに成功した。
 これは実は、そのまま、子規の問題意識でもあった。
 キーン氏が「書かなければならない」と感じていた『正岡子規』は、この「書きたい」と思って書いた『石川啄木』と、併せて読まれるべき必然があると私は思う。

 啄木の「何となく」の作品世界を具体的に理解するためには、彼の生活の何が起因となり、彼という歌人がどういう人間だったからこそ、オレンジが『たがいに手を取り合って』に化けるのかを知らねばならない。
 なぜ啄木は、「何となく」そんなことを感じ、そんな振る舞いをしたのか?
 キーン氏の『石川啄木』は、その生の軌跡の丹念な追跡と、日記の読解による内的生活の表現とを通じ、読者にその非常に豊かなヒントを与えている。
 それは、啄木の「何となく」の可能性を殺さないまま、より一層の理解と愛着とを以て、我々を啄木の世界へと深入りさせる。
 キーン氏は、啄木を「極めて個性的でありながら奇跡的に我々自身でもある一人の人間」と評するが、本書はその二重性の間に渡された架け橋のようである。

 自他共に認めるその天才故に、啄木の倨傲はほとんどランボー的であり、酒と女に入り浸る自滅的な生活は、我々の単純な共感からはひとまず遠い。
 金田一京助との友情を、唐突に「束縛」と断じ、彼を傷つけてしまうようなエキセントリックな一面もある。
 自分の身近に彼がいたなら、果たしてつきあいきれただろうかと、私は何度となく考えた。

 結婚式をすっぽかしたり、函館で長らくほったらかしにしていたりと、夫の天才を信じつつ、姑や義妹との不仲、貧困、病苦に耐え、啄木に寄り添い続けた節子への仕打ちは、やはり酷いと言うより他はない。

 しかし、我々にとって、啄木の存在を最悪のところから救済しているのは、偽善とはむしろ反対の彼の「正直」な言葉である。

 何と言っても若い啄木の生活へのひたむきさは、その収入の安定と不安定との繰り返しで、読者を一喜一憂させる。
『一握の砂』で名声を確立するに至っては、こちらまで晴れ晴れとした安堵を覚える。
 その間の艱難辛苦を思い、やっと、とは感じるものの、実はまだ24歳であり、自身の適正を見極め、ようやく短歌の創作に集中してからは、あっという間のめざましい成功だった。
 キーン氏は、「啄木の散文の基本的な構造は、時間の推移がもたらす変化を捉えることにあり、……」と指摘しているが、その前提は、彼の生の時間のこの例外的な濃密さにあるのかもしれない。

 他方、シュミットのような厳めしい政治学者に言及したのは、啄木に、個人と国家との緊張関係を肌身で感じ取り、表現し得るような鋭敏な政治感覚があったからである。
 彼の批評的知性が、現実を、より実効的な因果適合性に基づいて解釈し、政治行動へと向かわしめる可能性があったのかどうか。
『A LETTER FROM PRISON』で、「無政府共産党」という語義矛盾を揶揄する「法学士」に反発する彼であってみれば、金田一の伝える「社会主義的帝国主義」という言葉も、啄木本人のものだったのではないか。

 女を装ってファンレターを送ってきた男に騙されたエピソードなど、本書はユーモアにも事欠かない。
 キーン氏の著作の愛読者は、それを、例によって、いかにも淡々と、客観的に記述しながら、その実、にっこり微笑んでいたであろう、著者の執筆中の表情も思い浮かべるに違いない。

 なるほど、キーン氏の嘆く通り、「多くの若い日本人」は、今や啄木でさえ読まなくなっている。
 しかし、「啄木の絶大な人気が復活する機会があるとしたら、それは人間が変化を求める時である。」という言葉を信じるなら、それはまさに今日であり、本書がその最良の導き手となることは間違いない。 

※「新潮」2016年4月号


note.com、2019/02/27 16:02
私達自身のような「夭折の天才」
ドナルド・キーン『石川啄木』を読む

(平野啓一郎)
https://note.com/hiranok/n/nfb3e9a910987?magazine_key=m9792c6a0bd66 

posted by fom_club at 16:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『マチネの終わりに』の魅力とは

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、
 ヤッホーくんのこのブログ、2019年11月02日付け日記「映画『マチネの終わりに』」、「福山雅治『幸福の硬貨』」をお読みください。

 携帯電話やスマートフォンが普及して以来、恋愛をめぐる小説や映画が成り立ちにくくなったと言われている。
 旧知の小説家も次のように嘆いていた。
「恋愛物語にスリリングな要素を与える、すれ違いが描きにくくなっている」と。

 ウィリアム・ シェイクスピア(1564‐1616)「ロミオとジュリエット Romeo and Juliet(1595)」の時代から、すれ違いは、恋愛物語に劇的効果を導入するキラーアイテムだった。
 そのすれ違いに気を揉む人たちによって、銭湯が空になると言われた時代もあった(古い話で恐縮だが、1950年代に放送されたラジオドラマ「君の名は」のことだ)。

 この恋愛物語が困難な時代に、作家たちは新しい可能性も見出している。
 芥川賞作家である平野啓一郎(1975年生まれ)の恋愛小説「マチネの終わりに」(毎日新聞出版、2016年4月;文春文庫、2019年6月)は、スマホのメール機能を逆手にとった、巧みな「すれ違い」によって、見事にスリリングな男女の物語を生み出した。

 とはいえ、この恋愛小説が素晴らしいのは、そのすれ違いの意匠だけではない。
 互いに惹かれ合うのは天才と謳われたクラシックギター奏者と世界を舞台に活躍する女性ジャーナリスト(フランス・RFP通信)。
 舞台は東京、パリ、マドリード、ニューヨークと駆けめぐり、文中にはこの作家特有の多彩で造詣の深い知識も散りばめられていく。

 そして、何よりも興味深いのが、主人公の男女がともに40代であるということだ。
 このいわゆる中年世代を扱った恋愛作品では、地位も分別もあり、経験も豊かな男女が、激しい恋愛に落ちていく様が、絵空事ではなく描かれていた。
 作者の圧倒的筆力がなせる技なのかもしれないが、それゆえこのダイナミックな小説は、映像化が難しいのではないかとも言われていた。

 映画「マチネの終わりに」は、その困難な作業に、真正面から挑戦した作品となっている。
 主人公の男女を演じるのは、福山雅治と石田ゆり子。
 奇しくも2人とも1969年生まれの50歳だが、やや実年齢よりも若い男女の恋愛物語を、見事なまでに成熟した自らのドラマとして演じていた。

 クラシックギター奏者の蒔野聡志(福山雅治)は、東京でのコンサートのあと、友人に連れられ楽屋を訪ねてきた小峰洋子(石田ゆり子)と出会う。
 洋子はパリの通信社で働くジャーナリストで、かねてから蒔野の音楽を愛聴していた。
 しかも、彼女の父親は世界的に有名な映画監督イェルコ・ソリッチで、蒔野も彼の作品「幸福の硬貨」が好きだったと語る。

 この出会いの場面で、蒔野はいきなり初対面の洋子に「舞台の上からお誘いしていたんです」と話しかけるのだが、この後に音楽と映画をめぐる2人のうちとけた会話が続くため、通常は歯の浮くようなそのシーンも、とても印象的深く心に残る。
 たぶん演技者が役に見事に嵌った福山雅治ということもあるのだろうが、当初、唐突に感じた違和感も消え、出会いのシーンとしては秀逸だ。

 そのあとの打ち上げの席では、互いに惹かれ合うものを感じ、2人の会話はさらに盛り上がるのだが、その席に冷ややかな視線を注ぐ蒔野のマネージャー三谷早苗の存在があった。
 詳述は避けるが、この早苗の行動が、その後、物語を大きく転回させる。

 パリに帰った洋子だったが、彼女にはニューヨークで活躍する経済学者の婚約者があり、蒔野に惹かれるものを感じながらも、彼との間に立ちはだかる壁を感じていた。
 一方、このところ自分の演奏にしっくりこないものを感じていた蒔野にとって、洋子は、新たに彼の前に現れたミューズのような存在にも思えていた。
 そして、強く彼女を欲している自分に気づくのだった。

 そんなとき、洋子が勤めるパリの通信社のビルで自爆テロが起きる。
 蒔野はいてもたってもいられず、彼女にメールを入れるのだが、目の前で同僚の死を目撃した洋子の動揺は激しく、すぐに返事が返ってくることはなかった。
 ようやくスカイプで会話を交わせる状態になった2人だったが、洋子の心の傷は深く、蒔野は東京からやさしい言葉で彼女を癒すのだった。

 次第に洋子への想いをつのらせる蒔野だったが、マドリードでの公演へ出かける途中でパリに寄った彼は、彼女に会い、自らの想いを打ち明ける。
 もちろんそれは彼女に婚約者がいることを知ったうえでの行動だった。
「洋子が死んだら自分も死ぬ」と蒔野は告白し、彼女に自分と新しい生活を始めようと懇願するのだった。

 そこからの物語は、映画の本編に譲るとして、劇中で蒔野と洋子は、都合3度しか会うことがない。
 つまり、彼と彼女は、蒔野がマドリードから戻り、もう一度パリで再会したあと、2人で未来を描こうとした東京で意図せざるすれ違いに遭遇することになるのだ。

 そのきっかけとなるのは小説でのシチュエーションと同じだが、映画においても小気味のよい場面展開と適確な映像で、この運命と悪意に弄ばれるギタリストとジャーナリストのすれ違いが描かれていく。
 前半の華やかな恋愛模様からとはうって変わった後半の2人の苦い日常は、この一見派手な道具立ての作品を、とても人間くさい近しいものにしている。

 このところ、大人の恋愛映画というと、この作品の監督でもある西谷弘(1962年生まれ)の前作「昼顔」(2017年)に代表されるような、いわゆる不倫を扱ったものが多かったが、これはそうではない。
 冒頭でも書いたように、通信手段が発達した現代でも起こりうる「すれ違い」を、映像と音楽で見事に描いた稀有な作品なのだ。

 脚本は人間描写には定評がある井上由美子(1961年生まれ)。
 ともすれば登場人物のモノローグに頼りがちな心情描写を、見事に男女のダイアローグとして表現している。
 加えて、終始使用されるクラッシックギターによる音楽が、主人公の心情を代弁しているように聞こえ、映像だけではない西谷監督の作品設計が冴えわたっている。

 それにしても、福山雅治という役者の千変万化ぶりには驚かされる。
「SCOOP!」(2016年)で演じたやさぐれた写真誌のカメラマン役も不思議な魅力を放っていたし、一転、「三度目の殺人」(2017年)で見せたシリアスな弁護士役も素晴らしかった。
 そして、今回は王道の恋愛映画の主人公だ。
 初めて会った女性に、いきなり「舞台の上からお誘いしていたんです」というセリフをさらりと言える役者はそういない。


Forbes Japan, 2019/11/01 20:00
すれ違いが困難な時代に生まれた稀有な恋愛映画「マチネの終わりに」
(稲垣 伸寿、Official Columnist)
https://forbesjapan.com/articles/detail/30490/2/1/1

 刊行から1年で累計15万部を超え、異例のロングセラーとなった芥川賞作家・平野啓一郎さんの長編小説『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)。
 同作が第2回渡辺淳一(1933 - 2014)文学賞(*)を受賞し、2017年5月19日、東京都内で贈賞式が行われた。

「なにかとうんざりすることの多いいま、小説を読む時くらいは美しい世界に浸っていたいと思い、書いた作品。同じように感じてくれる読者がたくさんいてうれしいです」
(平野さん)

 とはいえ、『失楽園』『愛の流刑地』など濃厚な男女関係を描いたエンターテインメント作家の名を冠した賞と、芥川賞作家の平野さんを並べれば、ミスマッチとも映る。
 実際、選考会では「受賞作は40代の恋愛が主題というのに性的な要素が薄すぎないか」との指摘もあったという。

 主人公は天才クラシック・ギタリスト。
 ヒロインは海外の通信社に勤務し、内戦でテロが頻発するイラクの特派員を志願するほどの有能な記者だ。
 共に才能と美貌に恵まれ、地位もある二人は、初対面から猛烈に惹(ひ)かれ合うが、直接会うのは3回だけ。
 いずれも、食事を共にしただけで別れている。
 やがて恋敵の横槍(よこやり)によって溝が生じ、一緒にはなれないまま別々の人生を歩み、物語は終章を迎える――。

 ストーリーだけを追えば、古典的ともいえる悲恋物。
「かなり無理筋な恋愛小説」との選評もあった。
 それでも受賞に至った理由は何なのか。

 選考委員で恋愛小説の名手、小池真理子(1952年生まれ)さんがこう評す。

「突然恋に落ちた男女を描いて、いささかもぶれない文章力に敬服した」

 同じく選考委員の高樹のぶ子(1946年生まれ)さんは作者の筆力を讃(たた)えた。

「恋愛の苦さと、悲しみの余韻を置いた終章から(本当の恋愛が)始まる、つまりそのように読ませたこの作品が本賞に輝いたのは、恋愛小説の衰退が言われて久しい昨今、快挙といえる」

「古典的な運命劇の21世紀的な更新」という作者のもくろみは、果たされたようだ。

※ 「サンデー毎日」2017年6月11日号


毎日新聞出版
渡辺淳一文学賞はミスマッチ?
『マチネの終わりに』の魅力とは

(文化・芸能取材班)
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/society/2017/06/11/post-1575.html

(*)渡辺淳一文学賞
第一回: 川上未映子(1976年生まれ)『あこがれ』(新潮社、2015年10月)
第二回: 平野啓一郎(1975年生まれ)『マチネの終わりに』(毎日新聞出版、2016年4月)
第三回: 東山彰良(1968年生まれ)『僕が殺した人と僕を殺した人』(文藝春秋、2017年5月)
第四回: 松井今朝子(1953年生まれ)『芙蓉の干城』(集英社、2018年12月)


posted by fom_club at 11:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月18日

小泉氏や安倍首相のような政治家がなぜもてはやされているのか

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

何が言いたいのかわからない

小泉進次郎環境大臣は、日本の国益を損ないましたね

 ある中央省庁幹部は、スペインで開かれた、国連の気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)での小泉氏の演説についてこう嘆く。
 今回のCOP25では、日本の石炭火力発電からの脱却や温室効果ガスの削減目標の引き上げへの取り組みなどが注目されていた。
 小泉演説の何が問題かを指摘する前に、氏の公式ブログに掲載されている演説内容を見てみよう。
 日本は石炭から太陽光への転換をモンゴルで支援するなど、二酸化炭素削減などに取り組んできた実績がある。このCOP25で、来年2020年に本格的に始まる国際的枠組みのパリ協定のルールをつくり、始動させていきたい。
 私は世界でも最年少の大臣の一人でありミレニアル世代の最年長だ。若者の、サステナブルへの思いに、私は共感している。そして、年長世代の気候変動への態度に怒りを感じている若者がいることもわかっている。
 私は来年、子供が生まれる予定。2050年以降の未来は、私自身が生きる未来であり、来年に生まれる私の子供はもちろん、すべての子供の未来そのものである。未来への責任を果たす。
 もちろん、国際社会から、石炭政策を含め厳しい批判があることも承知している。グテーレス国連事務総長は先週『石炭中毒』をやめるよう呼びかけた。これは、日本に向けたメッセージと私は受け止めている。
 COP25までに、石炭政策については、新たな展開を生むには至らなかった。しかし、これだけは言いたい。私自身を含め、今以上の行動が必要と考える者が日本で増え続けている。
 日本は脱炭素化に完全にコミットしていないと思われているかもしれない。しかし、それは違う。我々は脱炭素化に完全にコミットしているし、必ず実現する

 小泉氏のこの演説について、先の中央省庁幹部は、自身の海外勤務の経験を踏まえて問題点をこう指摘する。

 最大の問題は、この演説が『日本だけでしか通用しない内向きの論理』に終始し、国際標準に達していない点です。
 海外の人がこれを素直に聞くと、『日本は努力してるけど、今回は達成できませんでした。私は世界でも最年少の大臣だし、子供も生まれて父親になるし、次の世代への責任感もあります。我々は脱炭素化にコミットしているし、次は必ず実現します』という風に受け取ると考えられます。
 はっきりいって、これでは全く理解されないどころか、彼個人だけでなく、日本政府全体への信頼低下にもつながります。
 国際社会の閣僚級会合での議論の文法は、まず結論を提示し、そこに至る理由を話していくのが一般的です。
 小泉氏の話の結論は『具体的な目標を設定できなかった』ですが、その理由は何一つ明示されず、具体的な情報がなく、何がしたいのかもわかりません。
 これは日本人特有の『結果より頑張りを褒める』という文化に依拠するもので、『結論と論理』を求める欧米人が一番イライラする話法です。
 日本の二酸化炭素排出抑制技術は世界トップレベルですし、決して世界の排出量抑制に貢献していないわけではない。
 科学的根拠さえ示せば、日本の貢献を具体的に主張しても十分に通用すると思います。
 小泉氏のような演説をしても、国際社会では『自分の意見がない無責任な国』と見られるのが関の山です


 さらに、小泉氏が「若いから」や「親になるから」という言い訳を持ち出したこともマイナス要因になる。

良かれと思って入れたのでしょうが、政府代表の発言として何の価値もないどころか、『年配の人や子どもがいない人は、将来世代への責任感が薄い』と言っているようにも捉えられかねません。
 ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)が重要視されている世界的な風潮の中で、不用意な発言だといえます


外務省の「怪文書」が海外で…

 今回の小泉氏の演説は、彼のブログにも書いてある通り、環境省だけでなく経済産業省、外務省とも打ち合わせて生まれたもので、文字通り「日本政府としての発言」だ。
 小泉氏の演説の問題点は、日本の問題点だとも言える。

 ここ最近、日本政府の情報発信と国際常識の「ズレ」が顕著になってきている。
 今年2019年11月2日には、外務省が旭日旗に関する政府の立場を説明するために、英紙「ガーディアン」に掲載した投書が「怪文書」と言われて物議を醸した。
 問題の投書は「旭日旗は軍国主義の象徴ではない」とのタイトルで外務省広報官の名義となっており、同紙の旭日旗批判記事に反論する内容となっている。
 以下、要点を翻訳する。
 ガーディアンの記事は、真摯に過去と向き合ってきた日本を誤解したものだ。
 安倍首相の終戦70周年声明にもあるように、日本はこれまでも歴史に向き合い、謝罪と遺憾の意を表明してきた。旭日旗を軍国主義の誇りと結びつけるのは間違いで、出産や季節の行事などに広く使われてきた。政治的な意思の表明でもないし、軍国主義を表すものでもない。
 海上自衛隊も旭日旗を使っており、最近では中国やシンガポール、ミャンマーなどの港にも旭日旗を掲げた艦艇が入港したが、それらの国々からは何の反発もない。韓国の釜山港に海上自衛隊が1998年と2008年に入港した時も何の反発もなかった。
 第二次世界大戦から70年以上経過するが、その間に国際社会からは何の反発もなかった。反発の多くは政治的意図によるもので、特に近年の韓国が生み出している。東京五輪がこのような政治的計略に利用されるべきではない

 この投書の論理構成も、小泉氏の演説と本質的には同じだ。
 普通なら、「旭日旗が軍国主義の象徴ではない理由」を述べるところ、いきなり「安倍首相も言っているが、日本はずっと謝ってきた」と入り、「日本人の生活にも根ざしているし、国際社会からも反対されていない。政治的意図を持つ韓国だけが反対しているのだ」と、明確な論拠がない。
 旭日旗が軍国主義の象徴ではないと言うには、あまりにお粗末だ。
「私たちは謝ってるんです!悪いのは韓国なんです!」とまくし立てたところで、欧米の読者を納得させられるはずもない。

背景には記者クラブ制度の「甘やかし」

 日本政府の対外的な情報発信能力の低さは、政治家が全くその訓練をされていないことが大きい。
 彼らを甘やかしているのが、実は記者クラブ制度が生み出した「特殊な記者会見のあり方」であることは、あまり知られていない。
 あるフリーのベテラン政治記者はこう話す。

 「記者クラブ主催の会見では、広報を通じて事前に質問内容を教えることが通例です。
 この慣例は官僚の『実務が分かっていない政治家が抜き打ちの質問にまともに答えるなんて不可能だし、無用な混乱は避けたい』という政治家蔑視と、政治家の『どうせ数年しか役職にいないし、紙を読むだけのほうがラクでいい』という甘えが一致して成り立っています。
 大臣は官僚が作る『満点』の解答用紙を朗読するスピーカーになるだけでいい。
 当たり前ですが、こんな馬鹿げたことがまかり通るのは日本だけ。
 記者会見とは、国民の代表たる記者が権力と直接対決する場という認識が国際スタンダードですから、その使命を果たそうとしないメディアは、国民の知る権利を侵害しているとみなされます。
 海外メディアの記者は契約制が多く、ぬるい質問をしていたらすぐクビになるため真剣さが違うのも、サラリーマン化した日本の大手メディア記者とは違います」


 実際に、各大臣は毎週火曜日と金曜日の午前中に閣議後記者会見を開くが、大部分は大臣が机の上のペーパーを見て発言し、想定外の質問があれば秘書官が分厚いバインダーを手に走り寄り、該当箇所を指し示すというコントのような光景が日々繰り広げられている。
 自分で答えられなくても、官僚に「振り付け」してもらえるのだから大丈夫──たいていの政治家は自分で考えることをやめ、役所のいいなりになってゆく。

安倍首相の「意味不明な応答」

 国際舞台で、日本の政治家が質問ひとつマトモに答えられないことを露見させた、大物政治家がいる。
 他ならぬ安倍晋三首相だ。
 安倍首相が2015年9月29日、国連総会に出席するためにニューヨークで行った内外記者会見は、関係者を当時騒然とさせた。
(動画:https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0929naigai.html

 安倍首相は途中まで、日本メディア政治部の質問に、机の上にあるペーパーを見ながら実に饒舌に答えている。
 しかし、ロイター通信の記者の質問(動画の12分33秒)から様子がおかしくなる。
 この記者は「アベノミクス2.0」についての事前通告済みの質問をした後、ゲリラ的に「日本がシリア難民を受け入れるという可能性についてはどう考えるか」と質問したのだ(13分06秒)。
 安倍首相はみるみるうちに顔面蒼白となり、目が泳ぎ始める。
 返答も「人口問題として申し上げれば、我々はいわば移民を受け入れるよりも前にやるべきことがあり、それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります」と、まったく意味不明なものだった。

 これに懲りたのか、今年2019年6月29日のG20大阪サミットの議長国記者会見や、今月12月9日の臨時国会閉会の会見では、外国メディアの質問時間がわざわざ設けられ、日本のメディア同様に事前通告があった質問にのみ答えている。
 先のベテラン記者はこう話す。

外国メディアから『日本の政治家には質問しても無駄』と諦められた、ということでしょう。
 日本のメディアが官邸や当局にコントロールされているのはすでに周知のことですし、日本の国際的地位も低下しているため、はっきり言って、どうでもよくなっているのです


政治家のレベルは国民のレベル

 政治家の仕事は、国が向き合うべき課題を考え、解決への道筋を示すことだ。
 それに基づいて専門的知識を動員し、政策を形にするのが官僚である。
 しかし、日本の場合は官僚が方針を作り、政治家はそれに従うだけという転倒が起きている。

 戦後日本の主体性の欠如、なんでも「みんなが同意することが正しい」という同調圧力の強さ──「政治家は国民を映す鏡」と言われるが、こうした日本社会の欠点がそのまま、政治家のレベルにも表れているように思えてならない。
 
 小泉氏や安倍首相のような政治家がもてはやされている限り、日本は国際社会からどんどん取り残されることになるだろう。

現代ビジネス、2019.12.16
進次郎環境大臣の「ポエム」が、ついに国益を損ない始めた
背景にある、政治家と官僚のレベル低下

(松岡 久蔵)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69223

 安倍晋三首相がロシアのプーチン大統領を地元の山口県長門市に招待し、北方領土問題解決の道筋を話し合った長門会談から2019年12月15日で丸3年がたった。
 政権のレガシー(政治的遺産)づくりにはやる首相は一時、早期決着に前のめりな姿勢を見せたが、ロシアはかえって態度を硬化させ、交渉はこう着状態が続く。
 2019年9月に就任した茂木敏充外相が、12月17日からの初訪ロで打開策を探るが、先行きは見通せない。

「(自民党総裁任期は)残り2年だ。戦後日本外交を総決算し、領土問題を解決していく」

 首相は12月13日、東京都内で講演し、北方領土問題を自身のレガシーにしたいとの思いをにじませた。

 安倍、プーチン両氏は2016年12月15、16両日、長門市内と東京都内で会談。
 北方四島での共同経済活動に関する協議を開始することで合意した。
 日本にとっては、経済協力を先行させることでロシア側の軟化を誘う「新しいアプローチ」(首相)のスタートだった。

 さらに2018年11月のシンガポールでの首脳会談では、1956年の日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることを確認した。
 同宣言は平和条約締結後の歯舞群島と色丹島の引き渡しを明記。
 このため、首相は日本が長年追求してきた4島返還を事実上断念し、2島返還にかじを切ったとみられている。

 しかし、交渉は進まなかった。
 首相の前のめりな姿勢がかえって火を付けたのか、ロシア国内から領土返還への反対論が噴出。
 日本政府内では一時、今年2019年6月に大筋合意するシナリオもささやかれたが、プーチン氏は1月の首脳会談で「(解決には)辛抱強さを要する」とブレーキをかけた。

 共同経済活動は今年2019年10〜11月に北方領土で観光ツアーが試行されるなど、一定の進展を見せている。
 だが、領土問題については、ロシアは「日本がまず4島へのロシアの主権を認めることが必要だ」などと原則論を繰り返しており、解決はむしろ遠のいたとの見方が出ている。

 こうした中で首相が期待するのが茂木外相だ。
 日米貿易協定交渉を早期妥結に導くなど交渉手腕に定評がある。
 ただ、12月19日に会談するラブロフ外相は百戦錬磨の対日強硬派。
 最近も「日米同盟が交渉の障害になっている」との立場を強調しており、突破口を見いだせるか不透明だ。


[写真]
会談の冒頭に握手するロシアのプーチン大統領(左)と安倍晋三首相=2016年12月15日、山口県長門市の大谷山荘

時事ドットコムニュース、2019年12月17日07時08分
安倍首相、レガシーづくりへの道遠く
日ロ長門会談から3年、領土交渉こう着

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019121600880&g=pol

posted by fom_club at 09:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グレタさんについて上から目線でつまらない論評する大人達

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 やれやれ、またか、である。
 グレタ・トゥーンベリさんについて謎の上から目線で、つまらない論評する大人達。
 今度は、ホリエモンこと堀江貴文氏が加わったようだ。
「私達の未来を奪うな」と温暖化防止を訴え、学校をストライキしたスウェーデンの少女は、今や世界で最も注目されている若者であろう。
 今年2019年9月の国連気候行動サミットでのグレタさんの鬼気迫る演説は、日本でも大きな話題を呼んだ。
 そんな超有名人に便乗した炎上商法なのどうかは知らないが、堀江氏は週刊プレイボーイ誌での元「2ちゃんねる」管理人のひろゆき氏との対談で、「飛行機が地球温暖化ガスを増やすとかいう話をするのは、人間が人間であることを否定することになると思う」とグレタさんに苦言を呈している。
 さも自身が賢いかのように振る舞っている堀江氏だが、実際には、グレタさんの方が「760万倍賢い」と言えるだろう。

ホリエモン、グレタさんに苦言

 大量の燃料を燃やして飛ぶ飛行機から排出されるCO2は世界全体で年間8億トン以上(2017年統計)とされ、これは同年のドイツ一国の排出量とほぼ同等。
 つまり、航空業界のCO2排出は、世界第6位の温室効果ガス排出国に匹敵、しかも、今後はさらに増加するとみられている。
 そのため、グレタさんは、欧州での移動には鉄道を利用、米国と欧州の移動にすらヨットで海を渡るなど、徹底して飛行機に乗らないで移動している。
 これについて堀江氏は、「人間が人間であることを否定することになると思う」と週刊プレイボーイでの対談で論評。
「堂々と飛行機に乗って、技術革新で地球温暖化ガス(原文ママ)*を減らす方向に動いたほうがいい」と語ったのだった。

(*)おそらく、温室効果ガスのことを言いたいのだと思われる。

グレタさんきっかけで広まる「飛び恥」運動

 だが、グレタさんは飛行機に乗らないことで、社会変革や技術革新を促している。
 グレタさんの行動をきっかけに欧州で広まっているのが、「Flygskam」(フリュグスカム:スウェーデン語で「飛び恥」の意味)という運動。
 これは、安易に飛行機に乗ることを「恥」とみなし、できるだけ鉄道など、より環境負荷の少ない移動方法を選択しよう、というものだ。
 米誌「タイム」によれば、「飛び恥」運動の影響で、スウェーデンの国内線の利用は空路によっては、今年第一四半期で前年比約1割減少、その一方で、長距離夜行列車のチケット売り上げは、今年前半で20%伸びた。
 また、スウェーデンでの世論調査では回答者の37%が「飛行機から鉄道へ乗り換えたい」と飛び恥を意識しているという。

「飛び恥」で航空業界も変革

 さらに、航空会社自体も変わりつつある。
 KLMオランダ航空は、今年10月、500キロ以下の短距離路線を廃止、鉄道などに置き換えることを検討すると発表。
 さらに、使用済み食用油を原料とするバイオ燃料を利用拡大するとしている。
 植物はその成長過程でCO2を吸収するため、植物由来のバイオ燃料は燃焼させてもCO2排出は実質ゼロとみなされる。

 KLM以外でも、英国ヴァージン航空、オーストラリアのカンタス航空は既にバイオ燃料によるフライトを実現。
 日本でもANA、JAL共に、バイオ燃料による商業フライトを目指している。
 こうした航空業界の動きは、国際民間航空機関(ICAO)が主導する温室効果ガス削減の流れの中にあるものだが、16歳の少女が、大人達の助けを得ているとは言え、大西洋をヨットで渡ってまで飛行機に乗ることを拒絶していること、そしてそれを世界各国のメディアが報じていることのインパクトは大きい。
 つまり、グレタさんの飛び恥運動によって、航空業界は生き残りをかけ、より環境に負荷の少ないジェット燃料の技術革新を推し進めることになるというわけだ。

グレタさんに共感、世界760万人が行動

 グレタさんはたった一人の、自分自身の直接の行動によって、世界の人々の共感を呼び、今年2019年9月、国連総会にあわせた「グローバル気候ストライキ」では、世界各国で約760万人が温暖化防止を求め、デモや集会等に参加したという。

 一方、堀江氏に限らず、グレタさんを批判する大人達は、さも自分は世の中の真理を理解しているかのように、やたら高飛車に物事を語るが、それらの言動は何の変革も起こしてない。
 本記事タイトルを"ホリエモンよりグレタさんは「760万倍賢い」”としたのは、つまりそういうことだ。
 ただ、堀江氏の発言をきっかけに、今回、筆者も本記事を配信し、飛び恥運動や航空業界の動向について読者の皆さんと共有できたのだから、同氏の発言も全く無駄というわけでもないのかもしれない。
 グレタさんは一切の妥協なしの極端とも言える言動で、各国で温暖化防止について議論を呼び起こしている。
 そのこと自体が私達メディア関係者がなかなか出来なかったことだ。
 全く、大した、とんでもない16歳なのである。


[動画-1]
Greta Thunberg sets sail on zero-carbon Atlantic voyage

[動画-2]
KLM Royal Dutch Airlines: Fly Responsibly‐フライ レスポンシブリー(責任ある航行)

[動画-3]
Teen Activist Greta Thunberg Leads Global Climate Protest(NBC Nightly News)

志葉玲タイムス、2019-12-12
ホリエモンよりグレタさんは「760万倍賢い」
― 温暖化防止「飛び恥」の衝撃

https://www.reishiva.net/entry/2019/12/12/123333

 スウェーデンの16歳の少女、グレタ・トゥンベリさんに世界中から注目が集まっている。
 アメリカのトランプ大統領やブラジルのボルソナロ大統領からの“揶揄”にも臆することなく、地球温暖化対策を訴え続け、スペインでのCOP25では「人々は変われます。人々は行動を変える準備ができていて、それこそが希望です」と堂々たるスピーチを行った。

 そんななか、日本では自称「アルピニスト」野口健氏のツイートに批判が殺到している。
 野口氏といえば安倍政権擁護や右派的発言が多いことで知られるが、野口氏は12日、グレタさんが電車に載って食事する画像を転載したネトウヨ系まとめサイトの記事をリツイートしながら、こんな投稿をしたのである。

〈あれ? 電車に乗っていらっしゃるのかな? 飛行機が✖ という方はもちろん車も✖ だろうし、てっきりヨット以外は馬車でご移動されていらっしゃるのかと想像をしていましたが…〉

 周知の通り、グレタさんは温室効果ガスの排出が多い飛行機の利用を避け、ヨットや電車、電気自動車などで移動している。
 このグレタさんの温暖化への取り組みのひとつを揶揄した野口氏のツイートには、当然、批判が殺到。
 その後、「女性自身」のウェブ版がこの件を取り上げると、投稿を削除するとともに、こんな言い逃れを始めた。

〈この記事に寄せられた多くのコメントを読みました。一部、批判的な意見もあり僕の表現も大人げなかったのかもしれませんね。ただ公共交通機関である飛行機に乗ることが環境破壊に繋がるという姿勢からして動力による移動手段を好まないのかと。そういう印象があったのも事実〉

〈グレタさんには「さん」付け。僕には「野口」と大半で呼び捨て。中々、見ない展開。それは別にいいとしても僕は一言も「電車はダメ」とは書いていませんよね。飛行機に乗らないぐらいだから馬車に乗る印象があったと。女性自身さん、せめて僕にも取材して欲しかったな〉

〈ツイッターという文字制限のあるところで呟いた僕のミスでもありますね。新聞にて連載記事を書いていますので、次回のコラムにてちゃんと書きます。素朴な疑問を呟いただけですが、これだけ関心が集まるとは。さすがグレタさんです。この注目度があれば彼女は直接的なアクションをいくつも起こせる!〉

「さすがグレタさんです」などと取り繕って批判をかわそうという匂いがプンプンするが、反発は全くおさまらず、ネット上では野口氏への批判は鳴り止んでいない。
 しかも、そのなかには、野口氏に人権意識が欠如している証拠として、こんなショッキングな過去を暴露するツイートも出始めた。

「ネパールの15歳の少女と児童婚した」

「子猫を射殺した」

 にわかには信じがたい話で、野口氏自身も野口支持者のネトウヨユーザーから〈これは名誉毀損で訴えてもいいと思うのですが〉とリプを送られると、〈その線で今、調べています!〉と返信するなど、法的措置までちらつかせ始めた。
 だが、検証してみたところ、いま、ネットで言われている野口氏の「児童婚」「猫殺し」は、過去に自ら明かしている事柄だった。

 まず「ネパールの15歳の少女と児童婚した」なる話。
 1999年に出版された著書『落ちこぼれてエベレスト』(文藝春秋)などにそのくだりが出てくる。
 しかも、それを読むと、とても“国籍を超えた純愛”などとは言えるようなものではない。
 むしろ、ネットで指摘されている「人権侵害の児童婚」そのものだった。

15歳シェルパの娘と「父親のOK」で結婚した野口健氏の行動は、ユニセフが根絶に取り組む「児童婚」そのもの

 検証のため、あえて紙幅を割いて詳細を紹介しておこう。
 同書によれば、1995年2月、20代の大学生だった野口氏はメラ・ピーク挑戦のためネパールへ飛び、15人のシェルパを雇った。
 そして、そのサーダー(リーダー格)であるテンバーという男性の家で娘と出会った。

〈彼女は英語ができなかった。テンバーに聞くと名前はペンハー・ラム。年は15か16だと言う。父親のテンバーも娘の正確な年齢がわからない。「メイビー、フィフティーン、オア、シックスティーン。アイドンノー」といった調子なのだ〉
(『落ちこぼれて〜』)

 ラムは父親に言われ、野口氏の身の回りの世話をした。
〈それから毎晩のように、テンバーの家に通った〉という野口氏は、こう書いている。

〈僕は、ただただラムに会いたかった。一目惚れだった。何を話すわけではない。大体、ラムは英語を話せないので、会話というものが成立しない。僕は、ラムとは従兄弟にあたるデンディに通訳を頼んだが、ラムは外国人と話すのが恥ずかしいようだった。ただ目と目が合うだけで、僕はどきどきした〉

〈彼女にずっとそばにいてほしい。ラムと一緒になりたい。山頂アタックをかける前に、この気持ちをすっきりさせたいと思った。
 ルクラを発って8日目の夜、僕はテンバーに言っていた。
「実は、ラムと結婚したいのです」
 ──どんな答えが返ってくるのだろうか。断られたらどうしようか。僕はとても緊張していたのだが、テンバーの返事はあっけなかった。
「OK、OK」
 それだけだった。僕の結婚はこうして決まった〉

 野口氏は何やら“純愛美談”のように振り返っているが、ちょっと待ってほしい。
 英語も話せない15歳か16歳のシェルパの娘と結婚したと言っても、コレ、どうみても本人の意思と関係なく父親が決めた結婚だろう。ユニセフは「児童婚」を〈18歳未満での結婚、またはそれに相当する状態にあること〉と定義しており、子どもの権利侵害として世界的な問題になっている。
 根絶に向け国際社会ではさまざまな取り組みがなされている。

〈児童婚は、子どもの権利の侵害であり、子どもの成長発達に悪い影響を与えます。女の子は妊娠・出産による妊産婦死亡リスクが高まるほか、暴力、虐待、搾取の被害も受けやすいのです。また、学校を中途退学するリスクも高まります〉
(ユニセフHP)

 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチの2016年の報告書によれば、ネパールでも、法律では結婚できるのは20歳からにもかかわらず、少女の37%、少年の約11%が18歳未満で結婚しているといい、ネパール政府は2030年までの児童婚根絶を掲げている。

 言っておくが、20年以上前の出来事で現代と人権意識が違うというような話ではまったくない。
 野口氏が結婚した1990年代にはすでに「幼年結婚」は廃絶すべき悪しき慣習として世界各国で問題視されていた。
 野口氏のやったことはこの時点で「子どもの人権侵害」といわれても仕方がないだろう。

児童婚しておきながら2年で離婚、インタビューで「こっちは冗談のつもり」

 だが、さらに目を疑うのはここからだ。
『落ちこぼれてエベレスト』によると、メラ・ピーク登頂を終えルクラに戻った野口氏はラムとの結婚式を挙げ、〈初めての夜〉を明かした。
 そして、野口氏はラムを連れてカトマンズへ行った。
〈僕は彼女を日本に連れて帰るつもりだった〉が、〈僕と彼女だけでは会話が成立しない〉ので、従兄弟のデンディにも一緒に来てもらった。

 首都・カトマンズの環境に慣れないラム。
 野口氏が日本の実家に電話を入れると、母親と大喧嘩になったという。
 日本大使館で「ネパールでは15歳以下とは結婚できない」と告げられた野口氏は、ラムをカトマンズの親戚の家へ預けて帰国。
〈彼女には学費も含め、毎月4万円の送金をすることにした〉という。
 そして、送金を続けながら野口氏は〈僕はラムと結婚したことを、後悔しはじめていた〉のだという。

 2年後、エベレスト敗退の後、野口氏はカトマンズのラムの親戚の家に連絡を入れ、親族会議の場で切り出した。

〈「実は、ラムと別れたいのです」
 親戚の人たちは、僕と結婚してからペンパー・ラムの人格が変わっていしまったことを知っていた。彼女は都会での生活に慣れ、もうルクラのシェルパ社会では生活できなくなってしまっていた。ラムの兄は言った。
「ラムはもうルクラの村には戻ってこれない。日本にも連れて行ってもらえない。ケンと別れて、彼女はこの先どこで暮らしたら良いのか」
 その通りだった。僕は彼女の人生を根本から変えてしまっていた。責任は大きかった。
「何とか考え直してもらえないだろうか」
 彼らの意見は一致していた。彼らの横で、ラムは一人泣いている。これは全部自分が招いた結果なのだ。〉

〈親族会議は3日間続いた。親族は僕とラムが別れることに反対だった。だが、僕の意思は固かった。
 最後は慰謝料をめぐっての金銭的な交渉となり、僕とラムの離れ離れの結婚生活は2年余りで終止符を打つことになった。〉

 一応、『落ちこぼれて〜』には野口氏なりの“自責の念”が書かれているように思うかもしれないが、2017年のある対談記事を読むと、そんな印象もガラリと変わる。
 編集者・島地勝彦のインタビューに答える野口のセリフは、あまりにも軽薄だ。

「エベレストに登る前、体を高地に慣れさせるために、シェルパの家に寝泊まりしていたことがあって。向こうの家では、朝早くに女性が水を汲みに行き、火をおこしてお茶を淹れるところから一日が始まります。部屋は一つでみんな雑魚寝ですから、その様子を寝ぼけながらボーッと見ていたんですね。
 その家では、朝の水汲みは、当時15歳くらいの女の子の仕事で、甲斐甲斐しく働く様子にグッときて、山の上で、お父さんに『あなたの娘にホレちゃったかも』といったら、『そうか、じゃ、下りたら持っていけ』と。高地で意識がふわふわしている状態で、こっちは冗談のつもりでしたが、それが大問題で」

「ぼくも数ヵ月ごとにネパールに行ってました。でも、山奥の生活に比べるとカトマンズは大都会で、それなりの不労所得も入るものだから、会うたびにどんどんケバい女になっていくんですね。しかも、他に男ができたような雰囲気もあり、しばらくしてその関係は終わることになります。そんなわけで、今の結婚が1回目なのか、2回目なのか、説明するのがややこしいんです」
(「現代ビジネス」2017年8月13日)

 ネパールの貧困の寒村から、親に言い寄って、英語も喋れない15の娘を都会に連れ出し、自分は帰国。
 元の貧困生活に戻れなくさせておきながら、カネの力で別れた野口氏。
「こっちは冗談のつもり」とか「会うたびにどんどんケバい女になっていく」とか、よくもそんなセリフが口をつくものだ。

 野口氏がやったことは明らかに経済格差を利用した性的搾取であり、「子どもの人権侵害」だ。
 しかも、さらなる問題は野口氏は自身の加害性についてまったく無自覚なことだ。
「子どもの人権侵害」問題や「児童婚」という性的搾取を、自身が、後年、「自慢話」か「ネタ」のように堂々と開陳しているというのは、一体どういう神経をしているのか。

空気銃で猫の頭を吹き飛ばし、批判してきた友人の足まで撃っていた

 もうひとつの問題点である「猫殺し」についても事実なのは同様だった。
 野口氏は1973年、父方の祖父は元軍人、父は外交官、母はギリシャからの移民でエジプト国籍という家庭に生まれた。
「家庭環境は複雑だった」「少年時代は素行が悪かった」というようなエピソードは、野口氏自身が著書で繰り返し書いていることだ。

 そのなかに、「猫を殺した」というものはたしかに存在した。
 カイロの日本人学校の小学5年生時の話だ。
 野口氏は仲良くなった友人3人で〈いろいろなイタズラをしていたが、僕がだんだん暴力的になってきたのは空気銃を手に入れてからだ〉と記している。

〈空き缶を標的に練習をし、うまく打てるようになると身の回りのものを撃った。内装中の家の電球、走行中の車の窓。空気銃では窓ガラスにヒビが入るだけだったが、車が急ブレーキを踏むと大喜びした。それから標的は生き物へと移った。エジプト人は鳩を食べるので、最初は鳩を撃ってそれを肉屋に売り、そのお金でまた弾を買うということをやっていた。そのうちに空気銃で猫を脅し始めた。
 そして、僕は誤って猫の頭を吹き飛ばしてしまったのだ〉
(『100万回のコンチクショー』集英社、2002年出版)

 このエピソードは別の自著やノンフィクション作家が書いた野口氏の評伝にも記されている。
 つまり、「猫殺し」は本人が認める事実である。
 しかも、野口氏が空気銃で撃ったのは鳩や猫だけではなかった。
 実名と思われる友人の名前を匿名に変えて、同書から引用を続ける。

〈何ということをしてしまったのか……。呆然としていると、一緒にいたAという友達が「何で撃ったんだよー、何で殺したんだよ!」と、僕を責め始めた。
 僕は動揺し、混乱していた。僕だって撃つつもりはなかったのに、指が勝手に動いたんだ。そこにAがギャーギャー言いつのる。
「うるせー、黙らないと撃つからな」
 僕は思わずそう言った。Aは「撃ってみろよ」とわめく。
 僕は覚えていないが、そばにいたBによると、僕らは「撃つぞ」「撃ってみろ」と何度もわめきあっていたそうだ。僕は空気銃を下に向けていたが、だらりと下ろした銃口がAの足に触れていた。わめきあっているうちに、指に力が入った。
 銃声がして、一瞬してからAが泣き叫んだ。「熱い!」「熱い!」
 僕は友人の足を撃ってしまった。あわててタクシーをつかまえ病院に向かったが、この事件は学校だけではなく、カイロの日本人社会で大問題になってしまった。しょげかえっていたので、オヤジにはそれほど叱られなかったものの、僕は日本人社会で孤立した〉
(同)

 もう十分だろう。
 野口氏の「猫殺し」は明らかな事実だった。
 しかも、友人のことまで撃っていたとは……。

 もちろん、若い頃には誰でも「過ち」を犯すこともあるし、自己中心的な衝動に取り憑かれることもある。
 しかし、野口氏の問題はネットで指摘されているこうした「過去の過ち」だけではない。
「児童婚」の問題についてもそうだが、いまもそのことを本気で反省しているようには見えないことだ。
 そして、こうした姿勢はその後の野口氏の政治行動、さらに今回のグレタさん攻撃でも見え隠れする。

 また、グレタさんを揶揄する裏で、野口氏自身にエネルギー産業との利害関係があることもわかった。
 そのへんについては、稿を改めてお伝えしよう。
(※)

※ 2019.12.16 02:30付け「グレタさん攻撃の登山家・野口健のスポンサーは飛行機燃料も販売するコスモ石油! 電力業界の広告で再生エネルギー批判も」
https://lite-ra.com/2019/12/post-5146.html

リテラ、2019.12.15 06:56
グレタさん攻撃で炎上した登山家・野口健の過去は事実だった!
「15歳のシェルパの娘と“児童婚”して離婚」
「猫を空気銃で射殺」

https://lite-ra.com/2019/12/post-5145.html

posted by fom_club at 09:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゴルビーの愛称で親しまれたミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領(88)

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 核兵器が増え続けた米ソ冷戦期に初めて核削減へ道筋を付け、冷戦終結にも導いたミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領(88)が今月2019年12月、モスクワで朝日新聞記者と単独会見した。
 核兵器に「歯止め」をかける米ロの合意が相次ぎ消える中、新たな軍備競争への懸念を示し、核なき世界へ向けた動きを復活させなければならないと警告した。
「核戦争は許されない。そこに勝者はない」と繰り返した。

 来年は広島・長崎の被爆75年、核不拡散条約(NPT)の発効50年を迎え、世界の核状況にとって節目の年となる。
 同氏がブッシュ(父)米大統領と冷戦終結を宣言したマルタ会談から30年となる今月12月3日、インタビューに応じた。

 1987年に署名した中距離核戦力(INF)全廃条約がこの夏、米国の脱退で失効したことについて、「時流を逆行させる恐れがある」と指摘。
 2002年に米国が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から脱退した動きや、オバマ大統領時代に米ロが締結した新戦略兵器削減条約(新START)の再延長に米国が否定的なことに触れ、戦略的安定のための三つの柱が失われる事態は大きな危機だと警鐘を鳴らした。

 トランプ政権は小型核弾頭など「使える核」の開発を表明し、ロシアの違反を理由にINF条約を脱退後、中距離ミサイルの発射実験を実施。
 ロシアも対抗姿勢を見せている。
 こうした状況に、「米ロがまず、対話を再開すべきだ」と主張。
「世界の核戦力の90%を持つ核大国は、核廃絶に動くということを世界の世論に請け負わなくてはならない」とした。

 核抑止力も明確に否定。
 かつて核抑止論者のサッチャー英首相と激論を交わしたことにも触れ、「核抑止力は総じて世界を守らない。むしろ世界を脅威にさらし続ける」と強調した。

 核軍縮の第一歩となったINF条約締結を促したのは、1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故だったとも振り返った。
「核兵器を何とかしなければ、ということを示す教訓となった」と述べ、原発事故の被害が、戦時に核が使われる姿を想像させたとした。

 被爆地の広島と長崎がある日本については、「核兵器とは何かを体験した初めての国だ。日本の役割、日本の言葉は重い。私は日本とともにある」と語り、米ロの対話再開への後押しに期待感を示した。

 同氏は1985年にソ連共産党書記長に就任し、ペレストロイカ(改革)やグラスノスチ(情報公開)、新思考外交などの改革を提唱。
 1990年に初代大統領に就任し、同年のノーベル平和賞を受賞。
 1991年末のソ連崩壊で大統領を辞任した。
 現在、ゴルバチョフ財団の総裁を務める。

(編集委員・副島英樹、モスクワ支局長・喜田尚)

ゴルバチョフ氏の発言骨子

・ 演習の時でさえ、私は一度も核のボタンを押さなかった

・ 核戦争は許しがたい。そこに勝者はない

・ 核抑止力は世界を守らない。核のエラーや核テロから人びとを守らない。むしろ世界を脅威にさらし続ける

・ 米ロは早急に対話を再開すべきだ。世界の90%の核を持つ核大国こそ、核廃絶に動くことを世界の世論に請け負わなくてはならない

・ 核兵器から解放されなければならない。それは今でも私の祈りだ

・ 核の新たな軍拡競争は許せない。妄想をやめ、現実的な政策をすべきだ。世界の終末はいらない。平和こそ必要だ

一国主義を超えて

 冷戦時代、米ソが持つ核弾頭はピーク時の1986年に約7万発に達したが、1987年以降は減少に転じ、現在は米ロで約1万3千発とされる。
 この核軍縮の流れをつくった第一歩が、ゴルバチョフ氏とレーガン米大統領が1987年に署名したINF全廃条約だった。

 この原点が消えた。
 歯止めがなくなり、再び軍拡へ逆戻りする恐れがある。
 米ロ外相は今月2019年12月、2021年に期限を迎える新STARTについて協議したが、延長を求めるロシアに対し、米国は中国の参加が必要だとして消極姿勢を示した。

 核を持つインドとパキスタンの対立、北朝鮮の核開発など、核の火種は絶えない。
 しかし、世界の核の9割を持つ米ロがまず動かないと事態は変わらない。
 国際社会の世論は、2017年に国連で採択された核兵器禁止条約に示されている。
 一国主義を超え、核廃絶という人類共通の目標に向けて、核大国は世界の世論に応えるべきだ。

(編集委員・副島英樹)

[写真-1,2]
インタビューに答えるゴルバチョフ氏=モスクワ

朝日新聞、2019年12月17日14時30分
ゴルバチョフ氏88歳、いま語る
「米ロは対話再開を」

(編集委員・副島英樹、モスクワ支局長・喜田尚)
https://digital.asahi.com/articles/ASMDJ5DGBMDJPLZU005.html

 きょう12月17日の朝日新聞が、「ゴルビーの言葉いまこそ」という見出しの長大なインタビュー記事を掲載していた。

「若い世代にとっては、もはや歴史上の人物かもしれない。『ゴルビー』の愛称で親しまれたミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領(88)・・・」

 こういう書き出しで始まるそのインタビュー記事は、レーガン元米大統領と歴史的な中距離核戦力全廃条約を締結したゴルバチョフ氏の核廃絶に向けた渾身のメッセージだ。

 私がその長大なインタビュー記事の中で特に注目したのはゴルバチョフ氏が核廃絶に踏み切ったきっかけを語っている次の言葉だ。

「・・・私の人生は二つに分けられます。チェルノブイリ事故までと、その後と、です。自力で被害を食い止めるのに必死でした。核兵器による被害の経験はありませんでしたが、この事故は、核兵器を何とかしなければと考えさせる教訓になりました・・・」

 ゴルバチョフのソ連が米国との軍拡競争に負けたのは、軍拡競争による経済的負担に耐えられなくなったこととチェルノブイリ原発事故だったと当時指摘されたものだ。
 その一つが、ゴルバチョフ氏みずからの言葉で証明されたということだ。

 このインタビュー記事は、ゴルバッチョフが成し遂げた中距離核戦力全廃条約を一方的に廃棄したトランプ大統領に向けられた怒りのインタビュー記事である。
「厳しい表現を使ってすまないが」と断った上で、トランプ大統領のことを、「くそ!」とののしったというエピソードが書かれている。
 しかし、このゴルバチョフ氏のインタビュー記事は、同時にまた日本に対する強烈な批判でもある。
 
「核兵器による被害の経験がない」ゴルバチョフ氏は、同時にまた「二度目の広島を誰も望んでいない」と繰り返す。
 そうなのだ。
 被ばくと原発事故の二つを体験したのは世界で日本だけだ。
 しかも今でも日本は原発事故の後遺症から抜け出せないままだ。

 それにもかかわらず、日本は核廃絶の先頭に立とうとしない。
 それどころか、米国の核の傘を優先し、核廃絶を望む世界の大多数の国々の期待を裏切って来た。

 ゴルバチョフ氏のインタビュー記事は、もちろん日本批判ではない。
 しかし、その長大なインタビュー記事が日本に迫っていることは、まさにそのことだ。

 それにしても、マハティール氏のインタビュー記事といい、このゴルバチョフ氏のインタビュー記事といい、共通するものは日本への期待と失望だ。

 そしてそこに共通していることは対米従属のゆえにもたらされる日本の裏切りだ。

 なぜ日本にはマハティールやゴルバチョフのような指導者が出てこないのか。

 ただの一人も出てこない。

 出てくる見通しもない。

 日本の政治の大問題である。


天木直人のブログ、2019-12-17
ゴルビーの言葉は核廃絶の先頭に立てない日本への強烈な批判だ
http://kenpo9.com/archives/6409

posted by fom_club at 07:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月17日

森友文書、不開示は「違法」

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 学校法人森友学園に対する国有地の低額譲渡に関する問題で、私が所属する「国有地低額譲渡の真相解明を求める会」(※)は、司法の場で活動を継続しています。
 この間の大きな動きを紹介します。

 一つ目は、情報公開請求の裁判です。

 小学校の設置趣意書の情報公開請求を財務省近畿財務局が当初不開示と決定したのは違法であるとして非開示決定の取り消しと国家賠償請求に基づく損害賠償を求めた裁判で、2019年3月14日、大阪地裁は違法と認め、原告の請求を認める判決を出しました。
 森友学園問題に関する全国で初めての違法を認める判決であったため、全国的にも大きく報道されました。

 上脇博之神戸学院大学教授が、2017年5月に近畿財務局に小学校設置趣意書の開示を請求したところ、近畿財務局は同年7月に不開示決定(ほとんど黒塗りで開示)としたので、同年10月に不開示決定の取り消しを求めて提訴しました。
 すると国は一転して翌月に設置趣意書を開示したので、情報公開請求権を不当に侵害されたとして、国に慰謝料を求める訴訟を追加提起したというのが、本件訴訟の経緯です。

 国は、「森友学園の競争上の地位や事業運営上法的保護に値する利益などを害するおそれがあった」とし、不開示決定は妥当と反論していた。
 しかし、大阪地裁は、情報公開の担当者に対する証人尋問結果も踏まえ、「私立の小学校が複数設置されていたとか、新たに私立小学校を設置しようとした学校法人があったとかいった事情は認められず、(競争関係とは)公立の小学校を想定しているものと解されるところ、独特の教育理念等を有する私立の本件小学校と公立の小学校とが競争関係にあるなどとすること自体疑問」と指摘し、「何ら合理的な根拠がないにもかかわらず、本件不開示部分記載の情報が不開示情報に該当するとの誤った判断をしたものといわざるを得ず、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と不開示決定をしたと認めるほかない」とし違法性を認めました。

 国は控訴を断念し、この判決は確定するに至っています。


大阪法律事務所、2019.12.09
森友学園問題をめぐる司法での動き 真相解明を求める会の活動 その1
(弁護士 岩佐 賢次)
http://osaka-law.com/2019/12/09/森友学園問題をめぐる司法での動き%e3%80%80真相解明を/

 二つ目は、検察審査会での議決です。

 学校法人森友学園への国有地の売却やこれをめぐる財務省の決裁文書の改ざんについて、2019年3月15日、大阪第一検察審査会は、背任罪、有印公文書変造罪、公用文書毀棄罪のいずれの罪でも、重要な役割を担った者につき、捜査が尽くされていないとして不起訴不当と議決しました(公表は3月29日)。

 私たち真相解明を求める会の弁護士は、背任罪や有印公文書変造罪や公用文書毀棄罪で刑事告発をしていましたが、2018年5月31日に大阪地検が不起訴処分としましたので、検察審査会に審査申立てをしていました。

 検察審査会は、背任罪では、国有地の価格算定の基礎となった廃棄物の撤去処理費用の評価について、見積内容ほどの工事が必要か否かの検証がなされておらず、客観性のある試算を行うことや政治家らによる働きかけの影響の有無について十分な捜査が尽くされていないことなどを議決の理由としました。

 また、公文書変造罪では、本件決裁文書の作成権限の有無について、検察官は被疑者らにその権限が全くないとは言い切れないというあいまいな判断しかしていないこと、一旦最終決裁権者の決裁を完了した文書を修正する場合には、その必要性と修正箇所を明らかにした上、再度決裁を了するのが社会的常識であると考えられるところ、今回はその常識を逸脱した行為がなされており、相当な大幅な削除がなされたことにより、第三者の視点から見ても、原本が証明していた内容が変わってしまったとの評価ができることから変造であると言わざるを得ないとしました。

 さらに、公用文書毀棄罪においても、文書の事案終了は、本件土地の売買契約の終了時点であるとはいえず、公用文書に該当すると判断しました。

 審査委員は、膨大な不起訴記録を丹念に読み込み、十分な議論を経た上で、極めて常識に適った判断を示したものといえる。
 大阪地検はこの議決を真摯に受け止め、十分な再捜査を尽くし、起訴した上で、公開の裁判で真相解明を図るべきです。

 それにも関わらず、大阪地検は、2019年8月9日、再度全員を不起訴処分としたため、私たちの会は、同日、記者会見で抗議の声明を発しました。

 昨今問題が表面化した「桜を見る会」では、安倍首相や首相夫人、それらを取り巻く官邸、自民党議員による権力の私物化は現在進行形であり、公文書の恣意的な廃棄も依然として行われています。
 検察庁がこの問題を不問に付するということは、もはや法治主義を放棄するに等しいといえます。

 私たちの会は、現在大阪地裁に係属している交渉・応接記録の情報公開訴訟など、引き続き真相解明に向けて尽力していく所存です。


大阪法律事務所、2019.12.10
森友学園問題をめぐる司法での動き 真相解明を求める会の活動 その2
(弁護士 岩佐 賢次)
http://osaka-law.com/2019/12/10/森友学園問題をめぐる司法での動き%e3%80%80真相解明を-2/

(※) 国有地低額譲渡の真相解明を求める弁護士・研究者の会
https://kokuyuuti-sinsoukaimei.com/

 学校法人森友学園(大阪市)への国有地売却額や、地中ごみの存在などが記された特約条項を一時不開示とされ精神的苦痛を受けたとして、木村真・大阪府豊中市議が国に11万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が2019年12月17日、大阪高裁であった。
 中本敏嗣裁判長は、売却額や特約条項の不開示を違法と判断。
 国に3万3千円の賠償を命じた一審・大阪地裁判決を変更し、全額の支払いを命じた。

 一審判決は売却額の不開示のみを違法とし、特約条項の不開示は適法と判断していた。
 高裁判決はさらに踏み込み、情報開示に消極的だった国の姿勢を厳しく批判した形だ。

 高裁判決によると、木村市議は2016年9月に売買契約書の開示を求めて情報公開請求した。
 しかし財務省近畿財務局は「学園の権利、競争上の地位や正当な利益を害するおそれがある」として売却額や特約条項などを不開示とした。

 高裁判決はまず売却額の不開示について、2013〜2016年度に売却された国有地の取引104件で今回だけ売却額が非公表だった点をふまえて、「漫然と不開示とした」とした一審判決と同様に違法と判断した。

 さらに特約条項の不開示について検討。
 今回の売却額は近隣地価より格段に安く、「適正な対価なく国有財産を譲渡したのではないかとの疑いが生じうるのだから、価格の客観性を確保するために売買代金額と同等に重要な情報。公表すべき要請は高い」と述べた。

 国側は「土壌汚染は保護者に強い心理的嫌悪感を生じさせ、学校の利益が害される」と主張したが、高裁判決は、地下深くのごみが児童の心身に悪影響を及ぼすとは考えにくいと指摘。
 保護者は地中ごみよりも学校の教育理念や教育方針などを重視するとし、「根拠が薄弱だ」として国側の主張を退けた。

 木村市議は2017年2月に売却額などの開示を求めて提訴したが、同8月に売却額や特約条項が開示され、損害賠償請求訴訟に切り替えていた。
 財務省は「判決の内容を精査するとともに、関係省庁と協議し、今後の対応について検討して参りたい」とコメントした。


[写真-1]
控訴審判決後の会見で笑顔を浮かべる木村真・大阪府豊中市議(左)=2019年12月17日午後、大阪市北区

[写真-2]
控訴審判決後に受け止めを話す木村真・大阪府豊中市議(左)=2019年12月17日午後、大阪市北区

[写真-3、-4]
森友学園が建設を進めていた小学校=2019年12月9日午後2時37分、大阪府豊中市、朝日新聞社ヘリから

朝日新聞、2019年12月17日15時03分
森友文書、不開示は「違法」
大阪高裁が一審を変更

(米田優人)
https://digital.asahi.com/articles/ASMDD4FC3MDDPTIL00F.html

・・・結局、明恵氏が名誉校長を務める森友学園に、タダ同然で国有地を払い下げするためゴミを捏造したということ。
 夫婦そろって国家の私物化。
 もういい加減こんな政権終わりにしようよ・・・

posted by fom_club at 23:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安倍夫妻「お友だち優遇」

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 安倍首相とジャパンライフ会長の関係は父の代からの付き合いだった──。
(詳しくは既報参照https://lite-ra.com/2019/12/post-5125.html
 本サイトでは先日、1984年に安倍晋太郎外相のニューヨーク訪問にジャパンライフの山口隆祥会長が同行した際、当時、晋太郎氏の秘書を務めていた晋三氏も随行していたのではないかと伝えたが、本日、外務省が当時の資料を提出。
 その記録から、安倍首相をはじめ、晋太郎氏の妻で安倍首相の母である洋子氏らが随行していたことが判明したのだ。

 安倍首相は2日の参院本会議で、山口会長との関係について「過去、私が招待された多人数の会合等の場で同席していた可能性までは否定しないが、山口氏と一対一のようなかたちでお会いしたことはなく、個人的な関係は一切ない」と断言していた。
 だが、実際には、晋太郎外相が山口会長に会ったというニューヨーク訪問に秘書として同行していたのだ。
 これにより、約35年前から“家族ぐるみ”の付き合いがあったのではないかという疑惑はさらに濃厚になったと言えよう。

 しかも「桜を見る会」の招待者をめぐっては、安倍首相と同時に「昭恵枠」も世間を騒がせている。

 いま注目が集まっているのは、安倍首相が山口会長を招待した2015年の「桜を見る会」では、昭恵氏が熱を入れるビジュアル系バンドのボーカルが招待されていた件だ。

 その人物はビジュアル系バンド「Versailles」のボーカル・KAMIJO。KAMIJOは2015年4月18日、桜の木の前で安倍首相を中心にして撮られた集合写真をTwitterにアップし、こう投稿していた。

〈安倍総理にお招きいただきまして桜を見る会にお邪魔してきました!まだまだ沢山咲いているんですね。このような貴重な場に参加させていただきとても光栄です。ありがとうございました!〉

 この集合写真では、KAMIJOのほかにもダイアモンドユカイや8.6秒バズーカーといった芸能人も一緒に写り込んでおり、いわゆる「芸能人枠」の招待者のようにも思える。
 だが、じつはこのKAMIJOは、昭恵氏との深い関係をSNSに投稿していた。

 それは、「桜を見る会」に招待される前年の2014年9月4日にKAMIJOがTwitterに投稿した一枚の写真。
『ベルサイユのばら』のオスカルのような派手な軍服衣装に身を包んだKAMIJOが、まるで宮殿のなかのような赤絨毯敷きの階段に足を組んで腰掛けているというもの。
 いかにも歴史を感じさせるこの階段、どこかで見覚えが……と思ったら、なんと公邸の西階段だった。

 所属レコード会社の投稿によると、KAMIJOは『首相公邸CH.安倍昭恵の幸せのカタチ』なるネット動画の収録のために首相公邸に招かれ、そのときにこの写真を撮影したらしい。
 そして、KAMIJO の2016年1月のブログでは、その内幕が明かされていた。

〈昭恵さん曰く、やはり首相公邸のあの階段で座って写真を撮ったのは僕以外誰もいないそうで、あらためてお褒めいただいてしまいました。〉

 この公邸の西階段といえば、安倍首相が幻冬舎の見城徹社長や秋元康らと「組閣ごっこ」の写真を撮っていたのと同じ場所。
 安倍首相がお友だちとごっこ遊びに耽る一方、昭恵氏はお気に入りのV系アーティストを公邸に招待してコスプレ撮影会を開催していたわけだ。

 言っておくが、この西階段は戦前からずっと内閣発足の際に使われてきた日本の憲政史を象徴する場所(2002年9月の以降の組閣時は現官邸で撮影)。
 そこに立てるのは本来、国会の指名を受けた総理大臣と天皇から認証を受けた国務大臣だけであり、だからこそ首相公邸への改修の際もこの西階段は建築当時の状態に復元された。
 それを安倍夫妻はお友だちへのサービスとして「組閣ごっこ」をしたりコスプレ撮影会をする場所として「私物化」していたのである。
 その上、昭恵氏は「あの階段で座って写真を撮ったのは誰もいない」と言って褒めたというのだから、呆れてものも言えない。

 しかも、「Versailles」のYouTubeオフィシャルチャンネルが2016年12月26日に公開した「Special Comment」と題した動画では、「内閣総理大臣夫人 安倍昭恵様」として昭恵氏が紹介され、「KAMIJOさんとは日頃から仲良くさせていただいております」などと述べているのだが、その動画が撮られているのも、やはりこの公邸西階段だった。

「日本ユダヤ同祖論」を語るトンデモスピ仲間も昭恵夫人が「桜を見る会」に招待

「総理大臣夫人」という肩書をお友だちのためにフル活用し、公的イベントでも招待枠を持つ……。
 これの一体どこが「私人」だという話だが、しかし、昭恵氏の公私混同はこれだけにとどまらない。

 たとえば、昭恵氏が一緒に明治天皇陵を訪れ教育勅語を朗唱するなどの“スピリチュアル仲間”というような関係にある赤塚高仁氏という人物がいる。
 この赤塚氏はオカルト偽史である「日ユ同祖論」本の著者でもあり、その著書を読んだ昭恵氏が2015年にアプローチし、急速に親しい関係に。
 もちろん、2017年の「桜を見る会」に赤塚氏が招待され、さらに2016年には公邸西階段で一緒に写真を撮っている。

 功労者をねぎらう「桜を見る会」に、教育勅語を一緒に朗唱する“スピ友”を招待し、やっぱり公邸で写真を撮る……。
 だが、もっと重要なのは、この赤塚氏が2015年6月5日付のブログで、伊勢志摩サミットの開催地決定について事前に昭恵氏から聞かされていたと綴っていたことだ。

〈正月の3日、安倍昭恵さんとお会いしてからずっと祈って来た伊勢志摩サミット。
 昨日の午後、安倍総理から正式決定の発表がありました。
 嬉しいです。
(中略)
 発表の前日に昭恵さんから
「わたしは、首脳たちの夫人を伊勢神宮にお連れします。会議や話し合いで変わらないものが、きっと感じることでわかること、あると思うの
男たちに変えられないもの、女性ならできることあるわ」
と、聞かされていたのできっと伊勢に決まるのだな・・・と思いましたが、昭恵さん天晴れです!〉

 この伊勢志摩サミット開催決定については、森友学園の籠池諄子氏も発表7時間前に「昭恵さんから電話があって、賢島(伊勢志摩)でサミットをやることが決まった!」と話していたという疑惑が浮上したが、昭恵氏はこのように自分のお友だちを「桜を見る会」に招待するだけではなく、政府の重要発表まで事前に漏らしていたのである。

 驚愕の「私人」による政治の私物化……。
 恐ろしいのは、その大きさだろう。

 しんぶん赤旗日曜版12月1日号では、昭恵氏がらみの「桜を見る会」招待者をネット調査。
 すると、昭恵氏は名誉会長を務めたスキーイベントや昭恵氏が校長を務める「UZUの学校」、昭恵氏がつくったマラソンチーム「TEAM A」などの関係者らが十数人単位で「桜を見る会」に招待されていたことが判明。
 2013〜19年のあいだで「昭恵枠」で招待された可能性がある人は累計143人にのぼることがわかったのだ。

 無論、これはSNSの投稿などから分析した結果であって、氷山の一角にすぎない。
 赤旗の取材では2017年に地域活動の交流イベント後の懇談会で昭恵氏と名刺交換をしただけの人物が、その後、毎年招待状が届いていることを明かしているように、昭恵氏は幅広く招待状をばらまいていただろうことは想像に容易いからだ。

 安倍首相と菅義偉官房長官は「総理・昭恵枠」を約1000人と答弁しているが、安倍首相が約800人も地元からツアーを組んで招待し、昭恵氏はこうして贔屓のV系ミュージシャンから名刺交換をしただけの人まで広く招待状を送っているのに、果たして約1000人でおさまるものなのか。
 疑問は膨らむばかりだろう。

 しかも、こうした昭恵氏の公私混同が甚だしい傍若無人な振る舞いを、「またか」などと看過することはできない。
 というのも、昭恵氏の人脈は安倍首相にもつながるものだからだ。

契約金額が2倍に膨れ上がったケータリング業者と安倍夫妻の関係、加計理事長も仲間

 本サイトでは、2013年から19年まで「桜を見る会」のケータリング業務を独占して請け負ってきた「JCコムサ」という企業と安倍夫妻の関係について取り上げてきた。
(詳しくは既報参照https://lite-ra.com/2019/11/post-5086.html
 このJCコムサの大河原愛子社長の弟で同社の取締役を務めるアーネスト・M・比嘉氏は、今週発売の「週刊文春」(文藝春秋)のインタビューで、比嘉氏の妻が昭恵氏の聖心女子学院の先輩にあたり、昭恵氏とはボランティア活動を通じて交流を深めたと回答。
 その“家族ぐるみ”の付き合いを明かしている。

「総理や昭恵さんとは長い付き合いの友達として、食事をしています」
「僕とワイフと総理と昭恵さんとの関係があって、姉(コムサ会長の愛子氏)にも昭恵さんを紹介した。ファミリーですから」
「加計さんとは、安倍さんの紹介で会いました。総理が友達を呼ぶ集まりのときに、ご一緒しています」

 つまり、昭恵氏を通じて比嘉氏は安倍首相とも親交を深め、あの加計学園の加計孝太郎理事長とも関係を持っているというのだ。
 さらに「週刊文春」は、2011年4月に比嘉氏がウェンディーズ・ジャパン合同会社を設立した際にも安倍氏が祝辞を贈ったという関係者のSNS投稿を発掘している。
 ようするに、比嘉氏と安倍首相の付き合いはプライベート以外にも及んでいるというのである。

 昭恵氏を発端に安倍首相も“家族ぐるみ”の付き合いを深めてきた企業が、安倍首相が主催者となってから「桜を見る会」でケータリング事業を独占し、しかもその契約金額は2013年は972万2000円だったのが、今年は2191万3232円にまで膨れ上がっている──。
 ここに安倍首相の関与はなかったのか。
 安倍夫妻の「お友だち優遇」の実態をさんざん見てきた国民から疑いの目を向けられてもけっして不思議ではないだろう。

 昭恵氏による「総理夫人」という肩書を使ったやりたい放題は、森友学園との不当な土地取引および公文書改ざんという国家的な重大問題に発展し、自殺者まで出してしまった。
 だからこそ、「桜を見る会」の問題でも、「また昭恵夫人か」と終わらせてはいけないのだ。


リテラ、2019.12.06 11:54
安倍昭恵「桜を見る会」私物化の実態!
自分が入れこむビジュアル系バンドやトンデモスピ仲間も招待、ケータリング業者も昭恵人脈

https://lite-ra.com/2019/12/post-5129.html

 まず、毎日新聞社を讃(たた)えたい。
 2019年11月20日夜に中華料理屋で開かれた安倍首相と官邸キャップの食事会「キャップ懇」、毎日新聞社だけが呼ばれてもいかなかったという。

 当たり前だろう。
 なにしろ、安倍首相は「桜を見る会」で権力の私物化を叩(たた)かれている真っ最中なのだから。

「官邸キャップ」といえば、全国紙、通信社、NHK、民放の20社弱の内閣記者会加盟社、官邸詰めのエース。
 その社の顔だ。

 キャップ懇は半年に一度くらいの割合で開かれるというが、なんで今、この時期にメディアの中枢が安倍首相から誘われてのこのこ参加しているのか?

 ぽろぽろあげられる週刊誌報道によれば、2日前に安倍首相の号令で開催が決まり、各社のエースが呼び出され馳(は)せ参じ、首相にヨイショする記者もいたらしい。

 これって読者や視聴者に対する、酷(ひど)い裏切りだと思う。

「桜を見る会」について、まだ「なにが悪いかわからない」といっている情弱な人もいるが、報道機関の人間がそんな風に思っているはずはなかろう。

「桜を見る会」は、安倍首相や自民党議員が、自分の地元の後援会員などを多数招待していた。
 つまり、わかりやすい安倍首相や自民党議員の公的行事の私物化、権力の私物化だ。

 反社会的勢力(反社)とみられる人間が出席し、詐欺的商法で一儲(もう)けしたジャパンライフの幹部も招待されていたとみられる。
 税金で招待である。

 でもって、そのことが公になると、必死のうそでとりつくろおうとした。
 菅義偉官房長官が、反社の定義はないといってみたり(2007年に政府が定義)、昭恵夫人の招待枠はないといってみたり(あった)。
 安倍首相が、招待者のとりまとめに関与していないといってそのあとすぐしていたことがバレたり。

 共産党の議員が招待客について触れてすぐ、招待名簿を廃棄した。
 たまたまシュレッダーが空いていたから廃棄したという理由で押し通そうとしたが、その後、問題のシュレッダーはそんなに混み合ってなかったと判明した。
 てかさ、文書は国民のものだろう。
 そんな軽々しく廃棄したりしていいものか?

 なんだかもう、この国のトップの人たちがやってること、馬鹿馬鹿しくて馬鹿馬鹿しくて。

 マジでいかれてるって思う。
 安倍政権のズルやうそを誤魔化(ごまか)すためなら、もうなんでもありなんだな。

 よくまぁ、招待範囲が、「皇族、元皇族」「各国大公使等」などとなっている中に、詐欺師や反社の人間を入れたよ。
 毎年、跳ね上がる「桜を見る会」の経費、言い訳として警備費ってずっといってたんだけどな。

 すべてデタラメ。
 この中に真実があるとすれば、安倍政権にとっては、詐欺師や反社の人たちも、自分を応援してくれる人は仲間ってことよ。
 そして、多くのメディアの人たちは、自分もその仲間に加わりたい。
 良いか悪いかの判断なく。

※ 週刊朝日  2019年12月20日号


dot.asahi.、2019.12.12 07:00
酷い裏切り
(室井佑月)
https://dot.asahi.com/wa/2019121100005.html?page=1

 安倍晋三首相の妻・昭恵氏が、「安倍首相の公務の遂行を補助する一環」として出席する「行事」をめぐり、政府は2019年12月17日、昭恵氏にかかる日当や実費、飲食費、交通費など公費の支出について「範囲が明らかではないため、お答えすることが困難である」との答弁書を閣議決定した。
 立憲民主党の有田芳生参院議員の質問主意書に答えた。

 答弁書は、「桜を見る会」以外の首相夫人が出席する「行事」を「宮中晩餐(ばんさん)会、園遊会等」とした。
 その上で、第2次安倍政権以降のそれら「行事」にかかった昭恵氏の日当や交通費などの公費については、「範囲が明らかではない」として答えなかった。

 また、質問主意書は昭恵氏が「行事」で利用する公用車について、「『公務の遂行』の『補助』において公用車は使われていますか」と尋ねた。
 しかし、政府は「(質問の)意味するところが明らかではない」として答弁しなかった。

 政府は2019年11月29日、昭恵氏は「公人ではなく私人である」との認識を改めて示した上で、「桜を見る会」への出席を「安倍首相の公務の遂行を補助する一環として行われてきた」とする答弁書を閣議決定している。


朝日新聞、2019年12月17日12時29分
昭恵氏の日当や交通費「お答え困難」

答弁書を閣議決定

https://www.asahi.com/articles/ASMDK3HPCMDKUTFK006.html

・・・「私人」たる安倍昭恵さんの「公務補助」に交通費などが支出されているか、公用車の利用はあるかと質問主意書で問うた。呆れるばかりの隠蔽答弁が「安倍晋三」名で戻ってきました。のちほど公開します・・・

・・・「内閣総理大臣夫人の法的位置と権限に関する質問主意書」に対する答弁書が戻ってきました。「意味するところ」はあまりにも明らかです。行間を読めばいいでしょう。答えられないのです・・・

posted by fom_club at 15:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山中伸弥教授が強調する「米国の怖さ」

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、
 ヤッホーくんのこのブログ、2019年12月12日付け日記「権力者の腰巾着が公費で京都不倫出張」お読みください。

 和泉・大坪バカップルの行動を、菅官房長官は問題ないと言ってのけた。

 公務員は、出張で時間の余裕ができたら、まずすぐに帰庁するのが原則。
 もし、仕事が終わり空いた時間を私的に用いたならば、帰りの交通費は自分持ちにする、ということらしい。
 当然のことだろう。
 このバカップルは、山中教授との面会に1時間だけ費やし、その後3時間を私的な遊興に使っていた。
 交通費は公費である。
 政府の中枢にいる人間のすることだろうか。
 官邸の幹部が緩み切っている。

 もっと重大な問題は、山中教授等が立ち上げた ips 細胞の貯蔵を行う組織への補助金を来年度止めることを、このバカップルが突然山中教授に伝えたこと。
 行政の関係会議では、継続する方向であったのに拘わらず、このバカップルが補助金中止を山中教授に伝えたことだ。
 官邸のなかで独断専行があった。
 米国のベンチャー企業が、最近、ips 細胞の臨床応用に莫大な資金をかけて投資していると伝えられている。
 この ips 細胞の再生医療利用に関して何らかの利権の動きがあった可能性がある。
 山中教授の財団法人の事業を別な民間企業に移転するといった企図があったのではないか。
 そうでなくても、科学や学術研究への国家予算は減らされ続けている。
 このように恣意的な決定が、行政の一部、とりわけ官邸によって独断的になされるのは、許されないことだ。


ステトスコープ・チェロ・電鍵、2019/12/15 08:12
和泉・大坪バカップルの行動の意味するもの
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/#entry8958

[提供]Drナイフ.jpg

 内閣官房で安倍首相の手足になって働いてきた和泉首相補佐官が、部下の大坪氏と公費で京都旅行をしていた問題。
 不倫ばかりが取り上げられているが、大きな問題は、彼らが中山京大教授の ips 細胞のストックを作成し保存する事業に対する国庫補助を打ち切ろうとしていたこと。
 その概要が、AERAで記事にされている。

 首相ベッタリで、犯罪的なことにも手を染め、安倍首相の意図を実現してきた和泉秘書官のことだから、彼と大坪氏の一存で補助打ち切りが決められたのではないはず。
 背後には、安倍首相の意図があるはずだ。
 何やら大きな利権の腐臭がする。

 戦闘機一機に100億円だすのだから、こうした医療のイノヴェーションに結びつきうる事業にはもっと潤沢な資金を投下すべきだと思うのだが、政府は別な意図で動いている。


ステトスコープ・チェロ・電鍵、2019/12/13 10:33
和泉・大坪カップルによる中山教授への恫喝
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/#entry8958

 2019年11月29日早朝。
 東京・永田町の衆議院第二議員会館の地下2階の一室で、京都大学iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)の教授・山中伸弥さん(57)が公明党の議員たちを前に声を強めた。

「私は残りの人生、iPS細胞の医療応用に懸けています。どうか私を信じていただきたい」

 この数カ月、山中さんの姿を永田町や霞が関で頻繁に見かけるようになった。
 自民党本部で講演し、有力議員とも次々と面会。
 萩生田光一文部科学相(56)、竹本直一科学技術相(79)とも会った。

 米国のグラッドストーン研究所と京都大の研究所を行き来して研究を続けている山中さんが、東京に来て政治家たちに直接訴える機会を増やしたのは、iPS細胞をめぐる事業への逆風が強まっているためだ。

 iPS細胞は体のどんな細胞にも変化させることができる万能細胞。
 山中さんが2006年に初めて作製し、2012年にノーベル医学生理学賞を受けた。
 患者自身の皮膚や血液からiPS細胞をつくり、網膜や心筋、神経などに変えれば、これまで難しかった病気も治療できるかもしれない。
 しかも、もともとは自分の細胞なので、他人から臓器提供を受けた際のような拒絶反応が起きにくい。
 夢の再生医療につながると期待が膨らんだ。

 一方で研究が進むにつれて課題も浮き彫りになってきた。
 細胞をつくって、人に移植できるレベルまで安全性を高めるには、多数の検査や高度な設備が必要で、1人の治療に数千万円の費用と数カ月の時間がかかる。
 重篤な患者では間に合わない可能性もある。

 そこで、CiRAが13年から始めたのが、iPS細胞のストック事業だ。
 普通、他人由来の細胞を人に移植すると拒絶反応が起きるが、ごくまれに存在する特殊な免疫の型の細胞なら、ある一定数の人に拒絶反応が起きにくくなる。
 そこで、その特殊な免疫の型の持ち主に、献血のようにあらかじめ血液を提供してもらい、複数の型のiPS細胞をそろえておくという構想だ。

 140種類あれば、日本人の9割に拒絶反応が起きにくいiPS細胞がそろうことになると試算された。
 この構想でストック事業は始まり、国も10年間は支援することになった。
 昨年度は13億円、これまでに計90億円以上が投じられてきた。

 しかし、構想は大きく変遷している。
 一番の問題は多くの型の提供者を探すのが難航していることで、すでに日本人の4割をカバーできる4種類まで作製したが、それ以上に増やすことはいったんやめ、140種類そろえる方針を取り下げた。
 最初に出来上がった4種類と、拒絶反応が起きにくいようゲノム編集した6種類のiPS細胞で日本人のほぼ全員をカバーする方針に転換している。

 また、大学の研究所の一部門という形でストック事業を実施してきたが、京大は公益財団法人という形で独立させることにした。
 事業を将来にわたり、安定して継続させるねらいがあった。

 公益財団法人化の手続きと前後して、これまで国の全面支援を受けてきた事業の雲行きが怪しくなってきた。

 今年2019年8月上旬、文部科学省で有識者会議「幹細胞・再生医学戦略作業部会」が開かれ、山中さんも参加。
 iPS細胞を使った再生医療を実現するためのプログラムの評価と、今後の方針が議題だった。

 会議では、iPS細胞ストック事業について「基本的な技術が確立し、臨床応用に不可欠な基盤だ」との意見がまとまった。
 山中さんが目指す、事業の公益財団法人化の方針も認められ、ストック事業を含むプログラム全体を「継続する」となり、ストック事業に追い風が吹く内容のはずだった。

 にもかかわらず、会議後に取材に応じた山中さんの表情は暗かった。
「私たちの説明が不十分。iPS細胞研究に予算が偏重しているのではないかというお叱りもある」と言葉少なだった。
 公益財団法人化の手続きと前後して、政府内で予算削減の議論が出始めたことが背景にあったとみられる。

 複数の関係者によると、会議の直後、医療政策を担う内閣官房の幹部らが京大を訪れ、来年度からiPS細胞ストック事業に対する国の支援を打ち切る可能性を山中さんに伝えたという。

 一方で、文部科学省は8月末、来年度予算の概算要求で、iPS細胞ストック事業の関連予算を今年度と同額盛り込んだ。
 文科省の担当者も「予算を確保していく方針は変わらない」と繰り返したが、「来年度からiPS細胞ストック事業の予算がゼロになるかもしれない」という話は関係者の間を駆け巡った。

 調整に乗り出したのは自民党だった。
 自民党科学技術・イノベーション戦略調査会に新たに設けられた「医療分野の研究に関する小委員会」は10月、財団が段階的に自己資金で運営できるように支援するという内容の決議をまとめた。
 委員長の古川俊治・参院議員(56)は「すぐに予算を打ち切るという声も出ていたが、数年間かけて事業が自立するようにしてもらいたい」と話す。

 11月11日、山中さんは東京都千代田区の日本記者クラブで会見し、公の場で初めて予算打ち切りの可能性について発言した。

「一部の官僚の方の考えで国のお金を出さないという意見が入ってきた。いきなりゼロになるというのが本当だとしたら、相当理不尽だなという思いがあった」と赤裸々に語ったのだ。
「国の官僚の方に十分説明が届いていないように思います。説明できるところは説明する」

 その言葉通り、山中さんは冒頭の公明党議員の会合や、大臣たちとの面会の日々に追われた。

 山中さんが強調するのは「アメリカの怖さ」だ。

 iPS細胞を使った臨床研究では、日本が世界をリードしてきた。
 世界で初めてiPS細胞を使った臨床研究が実施されたのは2014年。
 当時、理化学研究所にいた高橋政代さん(58)らのチームが目の難病「加齢黄斑変性」の患者からiPS細胞をつくって、網膜の細胞に変化させて移植した。

 その後も同じく高橋さんらによる加齢黄斑変性、CiRAの高橋淳教授(58)らによるパーキンソン病、大阪大学の西田幸二教授(57)らによる角膜の病気を対象に、それぞれ移植が実施されている。

 山中さんも「iPS細胞を使った再生医療は日本が先行していた」としながら、「一番脅威に感じている」と挙げるのが、米バイオベンチャー企業ブルーロック・セラピューティクスだ。

 同社は、iPS細胞から作った神経細胞をパーキンソン病患者に移植する臨床試験を、早ければ年内にも始める。
 iPS細胞から作った心筋細胞で心不全、腸の神経細胞で重い腸の病気といった治療の研究開発も進める。

 山中さんは「私たちがやってることと完全に競合する。超大国アメリカがiPSにどんどん乗りだし、本気になってきた」と話す。
 同社は2016年に設立した時点で約250億円を調達。
 独製薬大手バイエルは今年8月、完全子会社化を発表。
 CiRAがこれまで国から受け取ってきた研究資金の総額を優に超えた。

 ほかにも、米バイオ医薬品企業フェイト・セラピューティクスは、がんを攻撃する免疫細胞をiPS細胞から作り、患者に移植。
 今年4月には、最初に投与を受けた患者では、28日間の観察期間で大きな副作用がなかったことを発表している。

 山中さんは危機感を募らせる。

米国は日本の様子を見ていたんだと思う。(基礎研究や初期の臨床研究など)大変なところは日本がやってきた。米国はいけそうだと分かると、いっきに取りにかかってくる。米国で開発が進み、逆輸入する状況になりかねない

 そのためにも、CiRAがiPS細胞をつくって大量に増やし、神経や心臓といった細胞に分化させたり、品質検査したりすることで再生医療の実現に取り組む企業を支え、競争力を上げる必要性を強調した。

「将来的に雇用や税収という形で国にも返ってくる。患者さんにもより早く新しい医療が届く。先々の投資という意味で、国の支援をいただきたい」(山中さん)

 iPS細胞のバンクも米国で複数立ち上がり、すでに細胞の提供が始まった。
 韓国やオーストラリアでも近年、設置された。
「ここが今、本当に踏ん張りどころだ」と山中さんは語る。

※ AERA 2019年12月16日号より抜粋


[写真-1]
公明党の会議で講演した山中伸弥教授(左から2番目)。山口那津男代表に「どの程度、国から支援すべきかといった議論は、オープンに科学的に決めていただきたい」と直接訴えた

[写真-2]
京都大学病院の近くにある iPS細胞研究所。2017年に第3研究棟が完成した

[写真-3]
iPS細胞を使った臨床研究はここまで進んだ

dot.asahi.、2019.12.12 08:00
山中伸弥教授が強調する「米国の怖さ」
iPS細胞研究で出し抜かれ“逆輸入”の恐れも

(合田禄、朝日新聞社)
https://dot.asahi.com/aera/2019121100012.html

posted by fom_club at 07:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

内山洸士郎さん(16)「教皇に背中押された」

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 38年ぶりの日本訪問を果たしたローマ教皇。

 2019年11月24日には、被爆地の長崎と広島を訪れ、「核兵器のない世界」の実現を、世界に向けて強く訴えました。
 原爆の記憶を次の世代に引き継いでいくことの大切さを強調した教皇。
 そのことばは、長崎のある高校生の背中を押しました。

“まじめでしっかり”もの

 今月11月24日、長崎市の爆心地。
 雨が降りしきる中、フランシスコ教皇の到着を待つ被爆者や市民の中に、ある高校生の姿がありました。
 長崎市に住む高校2年生、内山洸士郎さん(16)です。

 私が内山さんに初めて会ったのは、ことし2019年5月。

「被爆者の高齢化が進む中で、悲惨な過去が忘れられるのではないかという危機感がある。核兵器の無い世界に向けた強い思いを訴えたい」

 念願だった“高校生平和大使”に選ばれた内山さんは、私たち記者に囲まれながらこう抱負を語りました。
「遊びたい盛りの高校生なのに、まじめでしっかりしているな」というのが私の第一印象でした。

核兵器廃絶へ 署名集める高校生

 “高校生平和大使”は、核兵器廃絶を求める署名を集め、国連に届ける活動をしています。

 1998(平成10)年にインドとパキスタンで核実験が相次いだことを受け、危機感を抱いた長崎の被爆者などが、地元の高校生を国連に派遣したのがその始まりでした。
 その後、高校生の発案で署名活動が始まりました。

 ことし2019年は、全国からこれまでで最も多い23人が選ばれています。

みずからバチカンへ 教皇に訪問要請

 核兵器廃絶に向けて積極的に取り組んできたフランシスコ教皇に会って、被爆地・長崎への訪問を直接働きかけたい。
 こう考えた内山さんは、翌2019年6月、バチカンを訪れていました。
 そして毎週水曜日に行われている教皇の一般謁見に参加しました。
 原爆の犠牲者の写真に加え、英語で「広島・長崎 平和の使者」と書いた横断幕を手に持っていた内山さん。
 するとフランシスコ教皇が歩み寄り、
被爆の惨状を忘れず、世界平和のための活動を続けなさい

と内山さんに声をかけたと言います。

 このとき胸に込み上げてきた思いをこう振り返ります。

「まさか、フランシスコ教皇と会話ができるとは思っていなかった。会えた瞬間は緊張で何も考えられなかったが、被爆の実相を伝える活動を続けていくことが本当に大切なんだということを再確認できた」

署名携え国連にも

 フランシスコ教皇のことばが、活動を続ける原動力になった内山さん。
 8月には、集めた署名を届けにスイスのジュネーブにある国連ヨーロッパ本部を訪れました。
 内山さんの代の平和大使が届けた署名は、過去最多となる21万5000筆余りに及びました。

“憧れ”から“使命”に

 当初は、世界を駆け回って活躍する先輩への憧れから署名活動に携わった内山さんですが、内山さんの家族に被爆者はいません。
 この日は、被爆者の話に耳を傾けようと、長崎県西海市の原爆ホームを訪れていました。
 内山さんの原爆ホーム訪問は、活動を始めてから3回目。
 ホームでは、大田スズ子さん(89)から話を聞きました。

「口から血の塊をはき続けました。原爆の惨状と平和の尊さを、薄らいでいく記憶の中で上手に言うことができません。次の世代のみなさんに伝えてください」

 被爆体験を語るのが難しくなっているという話を聞いた内山さん。
 被爆者との交流を重ねるにつれ、自分に与えられた使命を、強く意識するようになっていました。

“何も感じない” 活動の壁

 一方、私が取材を続ける中で、内山さんが「落ち込んでいるのでは」と思う場面もありました。

 内山さんたち平和大使は、同年代の高校生に自分たちの取り組みを紹介する活動も行っています。

 この日、内山さんは、授業を終えたあと長崎市内のホテルに向かいました。
 そして、夜7時すぎから、修学旅行で訪れた愛知県の高校生を相手に、2時間ほどのプレゼンテーションを行いました。

「核兵器には抑止力という面もあるので、そう簡単に無くなることはないのでは」

「特に何も感じない。祖父母がそういう体験をしたことがないので、聞いたことがないからよく分からない」

 修学旅行生からは、活動に対する称賛の一方で、冷ややかな反応もありました。
 フランシスコ教皇のことばに勇気づけられ、使命感を胸に活動を続けてきた内山さんですが、原爆の脅威になじみのない人たちから、共感を得ることの難しさに直面していました。

「全員が同じ意見だとは思っていない。『この活動に何の意味があるんだ』と思う人の考えをどう変えていけるかは、これから考えていく課題のひとつだと思う」。

教皇のメッセージに答え

 迎えたフランシスコ教皇の長崎訪問。

 内山さんには、教皇が爆心地でろうそくに火をともす際、その火を渡す役割が与えられました。
 およそ半年ぶりに対面した教皇と直接ことばを交わす時間はありませんでしたが、雨が降りしきる中、教皇が訴えたメッセージには、内山さんの悩みに対する答えがありました。
核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です

 フランシスコ教皇は、核兵器のない世界が実現可能であり必要だという確信を持って、核保有国・非保有国を問わず、各国の政府に、そして、すべての人たちに一致団結して核兵器廃絶に取り組むよう呼びかけました。

 フランシスコ教皇のメッセージのあと、内山さんは雨に打たれながら、私に笑顔を見せてくれました。

自分にはこの活動を続ける義務があり、核兵器廃絶に向けて歩んでいかなければならないと改めて実感した。無くせる、無くせないの方法論ではなく、核兵器は無くさなければならないものなんだと強く思った

 そして最後に、「自分がどんな状況にあっても、きょう感じた思いだけは、持ち続けていたい」と話した内山さん。
 フランシスコ教皇のメッセージは、宗教を超えて、ひとりの青年の背中を押しました。


NHK、2019.11.29
活動続けて 教皇に背中押された高校生
(保井美聡、長崎放送局記者)
https://www3.nhk.or.jp/news/special/pope2019/story/story_09.html

 フランシスコ教皇が来日し、被爆地の長崎と広島などを訪れました。
 ローマ・カトリック教会のトップの日本訪問は、ヨハネ・パウロ2世以来、約38年ぶりです。
 ローマ・カトリック教徒数は13億人ですが、そのうち日本の信者は約44万人で、多いとはとても言えません。
 それなのにあえて日本に来日し、長崎と広島を訪れたのには「被爆地で核廃絶を世界に訴える」という大きな理由がありました。

 残念なことに世界の核軍縮は明らかに後退しています。
 米ロの中距離核戦力(INF)全廃条約は崩壊し、唯一の被爆国である日本は日米安保で米国の核の傘に入り、核兵器禁止条約にも署名していないのが現実です。
 そんな中、長崎市の爆心地公園で教皇は、「兵器を制限する国際的な枠組みが崩壊する危機にある」とし、政治指導者に向け「核兵器は、安全保障への脅威から私たちを守ってくれるものではない」と、核兵器廃絶を強く訴えたのです。

 この時、教皇がキャンドルに灯すための火を手渡したのは、私が学院長を務める鎮西学院高2年生の内山洸士郎さん(16)でした。
 この学院は爆心地のすぐそばにあったため140数名の教員と学生を瞬時にして亡くしており、今も学生たちは「戦争は地獄である」という言葉を胸に市内を平和行進し、キャンパス内にあるモニュメントに祈りと水をあげるという儀式を行っています。

 かつて内山さんは平和大使としてバチカンで教皇と会い、核兵器廃絶を訴えたことがあります。
 今回、長崎の爆心地に行き、そこで鎮西学院の高校生と再会したい、教皇のそのような思いから内山さんのセレモニー参加が決まり、私も学院長としてアテンドしました。

 カトリック教徒13億人を束ね、その精神的な柱である教皇の発言には大きな影響力があります。
 これまでのような米国の庇護の中での安全保障を、平和を考えていくことに限界があることは多くの人が気づいています。
 それ以外の平和への選択肢を増やしていく、こういう考え方を現政権がどのくらい深刻に受け入れるのか。
 教皇来日によって、今後の日本の動向に世界中が注目しています。

※ AERA 2019年12月9日号


dot.asahi.、2019.12.4 07:00
フランシスコ教皇が日本で核廃絶を訴えた事実を現政権はどう捉えるのか
(姜尚中)
https://dot.asahi.com/aera/2019120300010.html

posted by fom_club at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月16日

中村哲さん告別式、長男健さん挨拶

 あんなこと、こんなこと、あったとさ、忘れはしないよ、時が流れたって、

 2019年12月4日、アフガニスタン東部ナンガンハル州の州都ジャララバードで、何者かによって銃撃を受けて死亡した中村哲医師(享年73)。
 アフガニスタン支援に真摯に、一生懸命に取り組んだ彼の姿は、イスラム地域を研究し、この地域と日本の相互理解を進めようと考えている者には大きな励みになってきた。

 中村医師は地球環境問題も危惧し、また集団的自衛権についても、
「日本はこれまで、アフガニスタン国内では民生支援に専念してきた。そのことが日本への信頼であり、我々の安全保障であった。それが覆されようとしている」
「戦争の実態を知らぬ指導者たちが勇ましく吠え、心ない者が排外的な憎悪を煽る」
と語っていた。
 日本がなし崩し的に米国の軍事行動に協力してきたことが日本人に対する誤解や憎悪を煽り、最も強く警鐘を鳴らした中村医師が犠牲になったことが悔しくてならない。

 アフガニスタンは、中村医師が緑化に成功した地域もあるが、全体としては混迷を深めている。
「ワシントンポスト」は、12月9日、米国歴代政権のアフガン戦争に関する虚偽の報告が、400人以上の政府・情報関係者への聞き取りから明らかになったと報じた。
 同記事によれば、米国政府・軍関係者はアフガン政策について「進歩」あるいは「やや進歩」があると言い続けてきたが、「進歩」とは真逆な情勢にある。
 米国は18年間の戦争で9800億ドル(100兆円余り)とも見積もられる戦費や資源を費やしたにもかかわらず、アフガニスタンで安定した政府の創設に必要な軍・警察づくりにも失敗し、アフガニスタンでは各地で政情不安が増幅するようになった。
 この連載でも書いた通り米軍はケシ栽培の根絶にも成功しておらず、いったい何のためのアフガニスタン駐留かと問う声が当然上がるような状態だ。

■ 米国が100兆円の戦費を投じても混迷を深めるアフガニスタン

 2017年2月1日、米国政府の「アフガン再建特別監察総監(SIGAR)」の報告書が発表され、2016年11月時点で、アフガン政府が支配、影響下に置いているのは全土の57.2%で、2016年8月の63.4%より約6ポイント、2015年11月より約15ポイント低下するなど、タリバンなど反政府武装勢力が確実に勢いを増している。
 アフガニスタンは、2018年6月にIMFが発表した世界の貧困ワースト順位では12位にランクされ、1人あたりGDPは601ドルと低い。
 またユニセフが同様に2018年6月に明らかにした統計によれば、アフガニスタンでは子どもの半数の370万人が学校に通えず、そのうちの60%が女子だという。

 米国はオバマ政権時代にアフガニスタンで最も不安定で、武装集団が活動する地域にあまりに短期間に金を性急に与え、それがアフガニスタンの政治社会の腐敗を招き、腐敗への反感からかえってタリバンなど武装集団の求心力を高め、その活動を強化することになった。
 米国防総省は支援規模や資金が限定されているため、アフガニスタンで戦闘が発生している不安定な地域での武装集団の鎮圧を優先することになり、USAID(合衆国国際開発庁)がこれらの地域の復興の責任を負わされているものの、危険な地域では十分な成果を得られていない。

 トランプ大統領は今年2019年7月に、パキスタンのイムラン・カーン大統領との会談の中で、
「アフガニスタンで戦争をやる気になれば、1週間で容易に勝てるが1000万人を殺すことは望まない。米国が戦えばアフガニスタンは地上から消滅する」
と述べた。
 アフガニスタン政府関係者はトランプ氏の発言を受けて、米国はガニ政権にもっと敬意を払うべきだと語った。
 反政府勢力タリバンのスポークスマン・ザビフッラー・ムジャーヒド氏は、
「米国は18年間アフガニスタンで戦ってきたが、人を殺害することに抑制などなかった。米国の戦いは無益で、なぜアフガニスタンが『帝国の墓場』と呼ばれているかを理解していないことを表している」
と述べた。
 ムジャーヒド氏の発言は、大英帝国やソ連がアフガニスタンでの戦いに敗れて退いていったことを指すものだが、米国が2018年からタリバンと協議して外交的解決を求めていることも、トランプ大統領は意識していないようだ。

 中村哲医師は、
「対立感情は、むしろ(欧米の)援助する側が持っているような気がしますね。優越感を持っているわけですよ。ああいう遅れた宗教、遅れた習慣を是正してやろうという、僕から言わせれば思い上がり、もっときつくいえば、“帝国主義”ですけどね」
と述べているが、トランプ発言はまさに「帝国主義的」で、アフガニスタンに対する彼の傲慢な思いや姿勢を端的に表すものだった。
 中村医師は、
「銃で押さえ込めば、銃で反撃されます。当たり前のことです。でも、ようやく流れ始めた用水路を、誰が破壊しますか」
と語っていたが(※注)、トランプ大統領は爆弾でアフガニスタンの人びとを押さえ込めると考え、反米感情をさらに植えつける発言をした。

(注)中村哲医師の発言はインタビュー記事「アフガニスタンという国で、9条をバックボーンに活動を続けてきた」より。
http://www.magazine9.jp/interv/tetsu/tetsu.php

■ 砂漠を緑化して農地を造ろうとした中村医師

 中村医師は、
「人が飢えているところに爆弾を落して何になるんですか」
と語っていたが、米国のアフガン政策は、砂漠を緑化して農地を造り、人々に生活手段を与えるという中村医師の発想とは真逆にある。
 そもそも、タリバン政権は9.11の同時多発テロの実行とはまったく関係がなく、単にオサマ・ビララディンのアルカイダの活動拠点になっていたという理由だけで米国はアフガン戦争を開始した。
 米国のアフガン戦争での市民の犠牲者は、国連の見積もりで、2007年以降だけでも4万人に近い。
 破壊でテロを制圧し、アフガニスタンに平和をもたらそうとした発想自体に重大な欠陥がある。
 アフガニスタンの警察が中村哲医師殺害事件の容疑者を拘束し、また福岡県警が刑法の国外犯規定に基づき、アフガン側と協力して殺人容疑で捜査を行っている。
 テロの容疑者に対しては逮捕して公正な裁判にかければ十分で、市民を巻き添えに戦争を行うことの正当性はまったくなく、暴力の種子を蒔くだけで、平和をもたらすものではない。


[写真]
2008年6月、アフガニスタン東部のガンベリ砂漠で用水路工事の指揮を執る中村哲医師

日刊ゲンダイ、2019年12月14日
欧米の破壊を“帝国主義”と糾弾 アフガンで倒れた中村哲医師の遺言
(宮田律、現代イスラム研究センター理事長)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266235

アフガニスタンで農業支援中に凶弾に倒れた医師中村哲さんの告別式が11日、福岡市の斎場で営まれた。
中村さんの長男、健さんは親族代表のあいさつで、
「父から学んだことは、家族はもちろん人の思いを大切にすること、物事において本当に必要なことを見極めること、そして必要なことは一生懸命行うということです」
と述べた。
中村さんに同行し、中村さんを守るために亡くなったアフガニスタン人の運転手ら5人への哀悼や関係者への謝意も表した。
 全文は以下の通り。

◇ ◇ ◇

父をご支援頂いた皆様へ

 この度の父・中村哲の訃報に際し、親族を代表いたしまして、皆様へご挨拶をさせていただきたく存じます。
 私は故人の長男で健と申します。

 最初に申し上げたいのは、父を守るために亡くなられたアフガニスタンの運転手の方・警備の方そして残されたご家族・ご親族の方々への追悼の想いです。
 申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 悔やんでも悔やみきれません。
 父ももし今この場にいたらきっとそのように思っているはずです。
 家族を代表し心よりお悔やみを申し上げます。

 私たち家族は今回の訃報に大きなショックと深い悲しみに苛まれました。
 しかし、多くの方々がともに悲しんで下さり、私たち家族へ多くの激励の言葉をかけて下さっています。
 本当に救われています。

 上皇様ご夫妻からのご弔意の賜わりをはじめ、
 いつもそばで父を支えてともに活動して下さり、これからも継続の意向を示してくださっているペシャワール会の皆様、
 アフガニスタン国での父の活動に賛同しご支援をいただいている大統領をはじめ政府関係の皆様、
 同じくアフガニスタン国の大変な環境にある作業現場の中で父とともに活動をしていただいているアフガニスタン国の国民の皆様、
 父の活動にご賛同いただきご支援をいただいている日本の皆様、
 そして今回の訃報から父を遠い異国に迎えに行くにあたり早急にそして最短の移動スケジュールでいけるようにご配慮していただき、宿泊先まで手配していただいた外務省・大使館・政府関係の職員の皆様、
どんなに感謝しても足りません。
 父が今までもそして命がなくなってもなおアフガニスタンで活動ができるのも偏に皆様のご賛同・ご協力のおかげとしかいえません。

 また今回の事件で警察、航空会社、葬儀会社、保険会社に関わる皆様にはいつも私たち家族の気持ち・立場に立っていただいています。
 そして24時間、どんな時でも真摯な対応をしていただいています。
 私たち家族は、皆様のおかげで不安・悲しみの気持ちから本当に守られています。
 感謝しています。

 生前、父は山、川、植物、昆虫、動物をこの上なく愛する人でした。
 家ではいつも庭の手入れをしていました。
 私が子供の頃はよく一緒に山登りに連れて行ってもらいました。
 最近も、父とはよく一緒に山に登っていました。
 遊びに行くときは「できればみんなで行こうよ」、「みんなで行った方が楽しいよ」ということを言っていました。
 みんなと楽しみたいという考えの人でした。

 また父がアフガニスタンへ旅立つとき、私と2人きりで話す場面ではいつも、
「お母さんをよろしく」
「家をたのんだ」
「まあ何でも一生懸命やったらいいよ」
と言っていました。
 その言葉に、父の家族への気遣い・思いを感じていました。

 今、思い返すと、父自身も余裕がない時もきっとあったはずです。
 いつも頭のどこかで家族のことを思ってくれている父でした。
 父の、自分のことよりも人を思う性格・どんなときも本質をみるという考えから出ていた言葉だったと思います。
 その言葉どおり背中でみせてくれていました。

 私自身が父から学んだことは、
・ 家族はもちろん人の思いを大切にすること、
・ 物事において本当に必要なことを見極めること、
・ そして必要なことは一生懸命行う、
ということです。
 私が20歳になる前はいつも怒られていました。
「口先だけじゃなくて行動に示せ」と言われていました。
「俺は行動しか信じない」と言っていました。
 父から学んだことは、行動で示したいと思います。
 この先の人生において自分がどんなに年を取っても父から学んだことをいつも心に残し、生きていきたいと思います。

 最後に親族を代表致しまして皆々様からの父と私たち家族へのご厚情に深く感謝いたします。
親族代表 故人・長男中村健


西日本新聞、2019/12/12 10:50 更新
[全文掲載]
「いつも家族を思ってくれていた」中村哲さん告別式、長男健さんあいさつ
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/567227/

posted by fom_club at 20:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教育が公の費用ではなくて、民営化される

 2020年度開始の大学入学共通テストを巡り、高校教員や高校生ら約70人が2019年12月6日、文部科学省前で抗議をした。
 英語民間検定試験導入の延期が決まり、国語と数学の記述式問題導入も延期が検討される中で、参加者は「白紙に戻し、共通テストを中止すべきだ」と訴えた。

 「これ以上、高校生を混乱させないでほしい」

 関東地方の公立高2年の男子生徒(17)は、マイクを握り憤りを吐き出した。
 10月ごろ授業で英語民間試験の受験に必要なIDの申請書を書き、直後に導入延期が決定。
 突然の方針転換に「無責任すぎる」と感じた。

 東京都立高2年の女子生徒(16)は記述式問題の導入に「自己採点できず、志望校選びに困る」と反対。
 取材に対し「問題だと思う試験を後輩に受けさせたくない。いつまでも議論を続けないで」と導入撤回を訴えた。


[写真]
大学入学共通テストの国語、数学の記述式と英語民間試験導入に抗議する高校生=6日、東京・霞が関の文科省前で

東京新聞、2019年12月7日
混乱の共通テスト
高校生「NO」
文科省前 怒りの声

(福岡範行)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/education/edu_national/CK2019120702000201.html

30年続いた「センター試験」に終止符を打ち、来年度から実施される大学入学共通テスト。
「英語民間試験」は延期され、採点業務を民間に委ねた「国語・数学の記述式」も実施見送りの公算が高まっている。
入試改革の目玉だった民間活用は総崩れの様相だ。
なぜ、こんなポンコツ入試がギリギリまで導入されようとしていたのか――。
大学教授らでつくる「入試改革を考える会」代表の中京大教授・大内裕和氏に聞いた。

◇  ◇ ◇
―― 大学入学共通テストに民間業者を参入させる入試改革が迷走しています。英語民間試験は延期されました。

大内・・・英語民間試験にかなり問題があるということは、以前から専門家の間では広がっていましたが、メディアの扱いが小さく、世間一般にはあまり伝わっていなかった。
 私は今年2019年8月からこの問題に取り組み、焦点を絞りました。
 英語民間試験は、経済的な負担が増加することも含めて、経済格差、地域格差が拡大するという論点が一番わかりやすく、伝わりやすいと考えました。

―― 9月以降、英語民間試験についての報道は急増しました。

大内・・・大学入試が、公平・公正に行われないということは、保護者を含めてとても関心が強いのです。
 そんな中、10月24日のテレビ番組で、萩生田光一文科相から、格差を容認する「身の丈」発言が飛び出した。
 世間で話題になっていたから、キャスターは格差の問題を質問したのです。

―― ベネッセの子会社に採点業務を委託する国語と数学の記述式も中止すべきとの声が拡大しています。

大内・・・短期間に大規模採点することの問題や、自己採点が困難など、物理的に実施は無理との見方が大勢です。
 文科省も国語の記述式の結果を、国公立大の2次試験の足切りで使わないよう要請することを検討しているくらいです。
 正確に採点できないことを半ば認めている。

―― 記述式の意味がなくなっているとの指摘もあります。

大内・・・模範解答があっても、違う解答がたくさん出てくるのが記述式。
 大規模採点は難しい。
 そこで、採点しやすくするために、問題の方にいろんな誘導や規則をつけているのです。
 記述式は選択問題と違って、自由に書いたり、表現したりするから、思考力や表現力を判定できるのですが、記述式の長所を完全に奪う矛盾に陥ってしまっている。

―― 採点しやすい問題の極みが数学の記述式です。

大内・・・途中経過を書かせるのが数学の記述式なのに、数値や記号を書くだけで、マーク式でもできる問題になっている。
 加えて、同じ解答でもさまざまな別の表現があり得るのが数学なのに、模範解答と違ったら「×」にされてしまうという問題もある。
 民間参入の英語も国語・数学の記述式もすべて破綻しているのです。

疲弊した学校現場に民間がつけ入る

―― なぜ、政府は無理な制度を導入しようとするのですか。

大内・・・メリットがないのに導入しようとするのは、何か他に理由があると考えるのが論理的です。
 ベネッセをはじめとする民間業者と政治家や文科省との利権関係を疑わざるを得ない。
 ただ、個々の癒着問題も重要ですが、公教育への民間参入という大きな流れで見ないといけない。

―― と言いますと。

大内・・・教育の新自由主義改革です。
 教育を公の費用ではなくて、民営化するという流れがずっと続いている。
 教育予算を削って、教育に税金を回さない。
 加えて、減らされた後のなけなしの税金は、公教育ではなく何とベネッセに回るのです。


―― 具体例はありますか。

大内・・・英語のスピーキングです。
 民間試験を導入するよりも、英語教員を増やし、1クラス40人から20人にして、生徒が話す時間を倍増させた方が話せるようになりますよね。
 ところが、教員増ではなく、民間参入の方向に進むのです。

―― 民間業者は喜んでも、教育現場は大変ですね。

大内・・・ますます現場は疲弊しています。
 自前の教材やテストを作ろうと思っても、そんな余裕はない。
 そこにベネッセが現れ、「うちを利用すれば便利ですよ」と持ち掛ける。
 先生も人間ですので、疲れていたら頼りたくなります。

―― 少子化でマーケットが縮小する中、教育ビジネス関係者にも危機感があった。

大内・・・そうですね。
 新規市場を開拓しなければならない。
 例えば、小学校の英語導入は、中高の6年に小学校の6年を入れて、12年にすれば、子どもの人数が半分になっても市場は維持できる。
 その流れに大学入学共通テストへの民間参入があります。
 これまでは模擬試験や対策ビジネスだったが、本番の試験までやってしまうと。
 問題作成や採点業務の売り上げだけでなく、本番の試験の一翼を担えば、「うちの教材や模試は役立ちますよ」とPRできるので、対策ビジネスは拡大します。
 実際、ベネッセは、共通テスト検証事業の「採点助言事業」を受託していることを営業活動に使っていました。

―― 民間参入により出来上がった共通テストは、撤回せざるを得ないようなデタラメだった。文科省の官僚はブレーキをかけられなかったのか。

大内・・・昔なら官僚が、これは試験としては成り立たないと止めたはずです。
 しかし、内閣人事局をつくって、官邸の官僚コントロールが利いているので、ここまで引っ張ってしまったのです。
 教育政策について、官僚が持っている最低限の合理性や客観性を飛び越して、安倍官邸と少数の政治家のパワーによって、政策がねじ曲げられたのです。

「eポートフォリオ Japan e-Portfolio」も要注意

―― この先、要注意の「教育改革」はありますか。

大内・・・大学入試改革では主体性を重視するといわれていて、「eポートフォリオ」の導入が検討されています。
 高校での学習や部活動の記録を生徒自身が入力し、電子データにまとめるのです。
 これを高校教諭が作成する調査書と連動させて大学入試に使う案が出ています。

―― 主体性ですか。

大内・・・高校生は、入試に有利なのかどうかを考えて、活動するようになります。
 評価のために主体性を発揮するなんて、主体的ではありませんよね。

―― 高校生活全体の活動が監視、管理され、評価されるのですか。背筋がゾッとしますね。

大内・・・高1、高2をサボっていても、高3でエンジンかけて受かる人が出にくくなる。
 また、さまざまな活動には資金も必要。
 出身家庭の経済力に左右されることにもなる。

―― 何でも入試につなげてやろうとしていませんか。

大内・・・主体性を重視するなら、入試で評価するのではなく、高校時代に自由に活動できるようさまざまな基盤整備をするのが筋。
 入試は、大学に入ってからついていける能力を公平なやり方で選抜することが最も大切。
 当日の試験だけで選抜するのが一番公平だと思います。

――「eポートフォリオ」の導入にも裏がありそうですね。

大内・・・教育改革の背後に民間あり。
「eポートフォリオ」をリードしているのもベネッセなのです。
 高校生の日々の活動はとても貴重な個人情報です。
 個人情報を手に入れて、ビジネスを展開するのではないかという疑いを持ちます。

―― 公教育軽視と民営化の構造が変わらなければ、この先も同じことが起こりませんか。

大内・・・公教育と私教育は別なのに、公教育のトップである文科大臣まで区別ができなくなっている。
 萩生田文科相の「身の丈」発言の際、都心部で経済的に豊かな生徒が民間試験の準備をたくさんできるのは「あいつ予備校に行ってズルい」というのと同じだと言いましたが、大間違いです。
 予備校は私教育だから、行きたい人が行けばいい。
 共通テストは公の制度の問題なんです。
 公教育がどこまでを扱い、私教育はここまでだとはっきり線引きする。
 その上で、公教育をひたすら縮小したり、市場化する方向にブレーキをかけ、公教育に予算と人員をちゃんとつける――。
 そういう方向に持っていかないと、今回の共通テストの迷走のようなことが再び起こるのは目に見えています。
 教育改革の全体像そのものを問う視点が問われていると思います。

日刊ゲンダイ、2019/12/16 06:00
大内裕和氏
民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す

(聞き手=生田修平/日刊ゲンダイ)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266148/

 2020年度から始まる大学入学共通テストで、急きょ活用が見送られた英語民間試験。
 導入が決まった経緯をさかのぼると、6年以上前に首相官邸で開かれた会議にたどりつく。

「使える英語力を高めるため、大学入試でのTOEFLなどの活用も飛躍的に拡大したい」

 始まりは、下村博文・文部科学相(当時)の発言だった。
 2013年3月、官邸で開かれた産業競争力会議。議事録によると、司会役の甘利明・経済再生担当相(同)から指名された下村氏は、
「産業界・教育界が一丸となることが重要」とした上で、民間試験の活用を力説した。
 政府の成長戦略をまとめるための同会議は経済界出身のメンバーが多く、楽天会長の三木谷浩史氏も別の回に、
「日本の英語レベルは低すぎる」と発言。
 ほかの出席者も、
「日本人の英語力はアジアの中で見ても残念ながら最低水準」などと述べた。

 人口減少が進むなか、世界で活躍する「グローバル人材」を育てて競争力を上げねばならない――。
 この危機感は民主党政権時も強かったが、「民間活用」で次世代の英語力を養うとの考えが、安倍政権で具体化した。

 下村氏の発言と歩調を合わせるように、自民党教育再生実行本部も2013年4月、TOEFLなどを大学入試にさらに活用することを提言。
 安倍晋三首相が設けた教育再生実行会議も2013年10月、センター試験に代わる新テスト導入と「外部検定試験の活用検討」を政府に求めた。

 ここでセンター試験の後継テストと民間試験活用はセットになる。

「読む・聞く」の2技能しか測れないセンター試験の英語を変えることで、「話す・書く」を含めた4技能を高める。
 即戦力を求める産業界の要請に政治が応える形で、民間試験の活用は大学入試改革の目玉の一つに位置づけられた。

 その後、文科省の有識者会議の議論を経て、2020年度から始まる共通テストで民間試験を使う方針が2017年7月に公表された。

民間活用、4技能という圧力強かった

 導入の経緯を知る元文科省幹部は、下村氏が自民党の部会などで、
「これからの日本のことを考えると、今回は英語4技能を断固やらなければいけない」といった趣旨の主張をしていたことを覚えている。
「民間を活用しろ、断固4技能にするんだ、という圧力は非常に強かった。日本は危機にあるから時間をかけている場合ではないという強迫観念があった」と振り返る。

 一方、下村氏は先月11月末、民間試験の活用見送りを受けて日本記者クラブで記者会見に応じた。
 政治主導による「民間活用」との指摘に対し、
「強権的な政治家が『決めたからもう一切変えるな』みたいなレベルの話ではない」と否定。
 地理的・経済的格差などの課題を解決できなかった「現場のやり方の問題」と主張した。

 約50万人がいっせいに受ける共通テストでの民間試験の活用には、さまざまな問題点が指摘されてきた。
 どのように導入が決まり、なぜ課題を解決できずに見送りになったのか。
 政府関係者への取材や朝日新聞が入手した非公開の有識者会議の議事概要などから検証する。


[写真-1]
文部科学省に「教育再生実行会議担当室」が設置され、安倍晋三首相(右)、下村博文文科相(中央)、義家弘介文科政務官(左)が出席して看板がかけられた=2013年1月15日午後、東京・霞が関の文科省

[写真-2]
英語の民間試験の導入延期を発表する萩生田光一文部科学相=2019年11月1日午前9時34分、東京・霞が関

朝日新聞、2019年12月16日05時00分
英語民間試験活用、下村博文氏が口火
「強い圧力」証言

(根岸拓朗、増谷文生、編集委員・氏岡真弓)
https://digital.asahi.com/articles/ASMDF6F95MDFUTIL06B.html

posted by fom_club at 09:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

陸軍省の一課員が議場で議員に「黙れ!」

解説:「黙れ!」・・・国家総動員法はどう生まれたのか

 安倍晋三首相の政権も約7年。一定以上の内閣支持率を維持して「一強」といわれる半面、最近の「桜を見る会」問題のように、野党や一部メディアからの批判も根強い。

 自民党内での批判派の急先鋒・村上誠一郎元内閣府特命担当相は昨年9月の雑誌「月刊日本」で「国家総動員法の時代が来る」と題してこう述べた。
「安倍政権は2013年以降、特定秘密保護法、国家公務員法改正、集団的自衛権の解釈改憲、共謀罪法を次々と強行しました。これらの法律を一つのパッケージとして見ると、戦前の治安維持法や国家総動員法のような機能を果しているようです。日本の民主主義が危機に瀕しているということです」

 自民党が決定している「改憲4項目」のうちの緊急事態条項についても「国家総動員法のような全権委任法だ」という批判がある。

「国家総動員法」とは何なのか


 安倍政権の評価は別にして、ここでいわれている国家総動員法とは何なのか。

 本論でのテーマは、その法律の制定過程の国会で起き、波紋を広げた不規則発言を、当の本人が約17年後に回顧した内容。
 日中全面戦争が泥沼化し、アメリカとの対立が深刻化する中、二・二六事件以降、軍部の専横が目立つ時代風潮を象徴する出来事とされた。 
 一体彼はどんな人物で、発言はどんな意味を持っていたのだろう。
 ちなみに、安倍首相も、国会で野党議員に不規則発言を繰り返して問題になった。
 その点も81年前の出来事と共通するかもしれない。


 国家総動員法案は企画院と軍部の合議で作られ、1938年2月、第1次近衛(文麿)内閣が提出した。
 全部で50条から成り、第1条で「本法において国家総動員とは、戦時(戦争に準ずべき事変の場合を含む)に際し、国防目的達成のため、国の全力を最も有効に発揮せしめるよう、人的及び物的資源を統制するをいう」と規定。
 第2条で「総動員物資」として兵器、艦艇、弾薬から被服、食糧、医薬品、船舶、航空機、車両、燃料、電力など、あらゆるものを挙げている。
 第4条では「政府は戦時に際し、国家総動員上必要あるときは、勅令の定めるところにより、帝国臣民を徴用して総動員業務に従事せしめること」ができるとした。
 国会審議抜きで直ちに統制を発動できる権限を政府に与える法律。久保田晃・桐村英一郎「昭和経済六〇年」はその権限を次のようにまとめ、「あらゆる経済活動に対する統制の権限を政府に『白紙委任』した」と解説している。
(1)国民を徴用し、総動員業務に当たらせる(労働統制)
(2)物資の生産、修理、配給などについて命令し、輸出入を制限・禁止する(物資統制)
(3)会社の設立や増資、合併を制限し、利益処分を命令したり、金融機関の資金運用にも介入する(企業・金融統制)
(4)モノの値段、運賃、保管料、保険料も命令する(価格統制)
(5)出版物の掲載を制限・禁止する(言論統制)

 当時の状況を勘案しても、なかなかすごい法案だ。元老の西園寺公望も「これは憲法無視の法案だから(議会を)通らない方がいい」と語っていたという。

憲法無視の法案だから通らない方がいい

 当時の状況を勘案しても、なかなかすごい法案だ。元老の西園寺公望も「これは憲法無視の法案だから(議会を)通らない方がいい」と語っていたという。国会でも当初から「国民の権利、自由及び財産、これを無限に拘束する。かくのごとき委任立法を出した例は憲法始まって以来ない」(民政党・斎藤隆夫議員)などの反対があった。

 2月28日には衆議院国家総動員法案委員会で政府の提案説明が行われたが、「近衛首相が病気欠席のため、広田(弘毅)外相が首相代理として詳細にわたり提案理由を説明し、滝(正雄)企画院総裁が逐条説明を行って」(3月1日付朝日朝刊)という状態(本編では滝を「法制局長官」としているが、前年企画院が発足して横滑りしていた)。
 広田外相は「政府においては、本法案は決して憲法に違反するものではないと堅く信じております」と主張したが、「委員会は首相の不出席にこぞって不満であるから、その前途は相当波欄を免れない」(同紙)とされた。以後は「法律問題である」として、主に塩野季彦・司法相が答弁。そして佐藤中佐の出番となる。

総動員法案に大波瀾 佐藤中佐“黙れ”の一言

「3日午後の衆議院国家総動員法案委員会における陸軍省軍務局課員陸軍航空兵中佐・佐藤賢了氏の答弁中に『黙れ』と委員側を叱咤した言葉があったので、果然紛糾をきたし、同中佐の取り消しがあったが、委員側は納まらず、遂に紛糾のまま散会になった」

 そう書いた1938年3月4日付朝日朝刊2面の記事には「総動員法案に大波瀾 佐藤中佐“黙れ”の一言 委員会沸騰裡に散会 直ちに取消す」の見出しが付いている。

 この日の同委員会では、政府委員を補佐する説明員として出席した佐藤中佐が約30分にわたって法案を説明。その間もヤジが飛んでいたが、同紙の「応答速記」によれば、その後の経過は次のようだ。
佐藤中佐 私は説明を申し上げるのであります(「委員長、いかなる限度にお許しになったのですか」「全く討論じゃないか」と叫び、その他発言する者あり)
小川委員長 まあ、もう少し……
佐藤中佐 皆さまが悪いとおっしゃればやめます。あるいは聴いてやろうとおっしゃれば申し上げます(「やめた方が穏やかだ」「やりたまえ、参考になる」と叫ぶ者あり)
佐藤中佐 しからば申し上げます(「やめた方が穏やかだ」、その他発言する者あり)
佐藤中佐 黙れ(「黙れとは何だ」と叫び、その他発言する者多し)

 その後、政友会所属の委員から「どういう意味か、誰に言ったのか」と問われた佐藤中佐は「大体のご意向が続けろというふうに思ったので」「私の発言に対して妨害するようなヤジに対して、静かに聞けという意味」だったと答弁。「取り消さないか」と委員長に言われて「委員長の仰せによりまして『黙れ』ということと、私の発言を妨害するという言葉は取り消します」と答えた。中佐は政府委員ではなく、補佐的な説明員で、委員長の許可がなければ発言できなかった。

陸軍省の一課員が議場で議員を怒鳴りつけるという異常な事件

 翌4日、「委員会劈頭における杉山陸相の虚心坦懐な釈明によって、両者間に横たわる不快な気分は一掃され、総動員委員会の審議も再び元の軌道に復した」(4日付朝日夕刊)。
「戦時統制法規の集大成ともいうべきものであった」=1969年3月3日放送の東京12チャンネル(現テレビ東京)報道部編「証言 私の昭和史(2)」=法案の審議をめぐって、「陸軍省の一課員が議場で議員を怒鳴りつけるという異常な事件」(「昭和世相流行語辞典」)は、「当時の政治情勢を象徴的に示した事件として話題を呼んだ」(「別冊1億人の昭和史 昭和史事典」)。
 佐藤中佐は杉山陸相から叱責され、「登院を自発的に遠慮した」(「佐藤賢了の証言」)が、何の処分も受けなかった。

 法案は「乱用しないこと」という付帯決議付きだが、原案通り3月24日に可決、成立。
 本編に「支那事変中は使わない」と答弁した話が出てくるが、実際は約4カ月後に労働者の雇用・賃金などの統制が始まった。
 この前後には、右翼団体が武器を持って政友、民政両党本部を襲撃。
「黙れ」発言と同じ日には社会大衆党の安部磯雄党首が右翼に襲われて負傷するなど、世情は騒然としていた。

「黙れ」事件は“戦争に向かう流れ”を象徴するものだった

「いや、それはねえ、少し話がオーバーだと思うんですがね」

「黙れ」事件からちょうど31年後の「証言 私の昭和史」で、佐藤賢了元中将(最終階級)は、
「やはり、佐藤さんが軍服を着て『黙れ』と言われたことは、その(戦争に向かう)大きな流れを非常に象徴する一コマだったような気がしますね」と問われて、やんわり否定した。
「陸軍の 一 説明員の一喝でですね、陸軍の政治勢力が大きくなり、議会の勢力が衰えたなんて、そんなもんじゃないとわしは思うんですけれども。この総動員法がね、東京裁判で検事が大いになにか全体主義だとか独裁だとか、いろんなことを気負い込んで言いましたよ。そうするとね、裁判長がなんと言うたかというとね、『こんな法律は、戦時はどこの国でも作ってるじゃないか』と言われて、検事が振り上げたこぶしのやり場がなくて、モゾモゾしておりましたが、“ザマーミロ!”と叫びたいぐらいでしたね」


「一説明員」と言いながら、そこには“大向こうをうならせる”目立ちたがり屋ぶりが表れた。
 当時は雑誌などにも登場。“スター扱い”された。

 佐藤元中将は著書「佐藤賢了の証言」でも、「この事件を世間では大きく取り扱いすぎる感があった。まるで陸軍が議会を圧迫し、その勢力を衰頽させたかのようにいったのである。実にばかげたことである」と述べている。

「東条の側近」と言われた、元中将・佐藤賢了とは

 一方で国家総動員法については「国防に任ずる者は絶えず、備えのない平和というものは、これは幻ですよ。どうしても備えがなけりゃ、本当の備えがなければいけない。その備えを固めるためにも総動員法が必要なわけだったんです」と主張している。
「私としてはね、ただ総動員法が議会を通ればいいというんじゃなしに、議会で政府と議員とが真剣に審議して、その議会の審議を通じて国民大衆に理解してもらいたい。国民大衆の理解なくして、総動員体制というものはできっこないんですね。私はそれを希望しておった」とも。

 しかし、二・二六事件後の軍部と政府、議会の力関係を考えれば、元中将の言葉は「建前」としか受け取れない。
 それでいて、そうした軍部主導の結果、悲惨な敗戦に至った責任を問われると、「国民に大きな犠牲を払わせまして、誠に申し訳ないと、心からおわびいたしております」と頭を下げている(「証言 私の昭和史」)。
 佐藤元中将は陸軍大学校在学中、兵学教官が東条英機・元首相で、卒業後の隊付将校の時、部下の入院費を借りた間柄だった(「東条英機と太平洋戦争」)。
 東条元首相が陸相から首相になる時期、陸軍省軍務課長と軍務局長を務め、「東条の側近」と呼ばれた。

「誠に率直で純粋」「なまじ白紙の非アメリカ通より害をなした」

 昭和天皇の側近だった木戸幸一・元内大臣は東京裁判での国際検事局の尋問に、太平洋戦争開戦の年の1941年1月ごろのこととして、「陸軍の中心は軍務局、特に佐藤賢了軍務局長あたりでした」と証言。
 上法快男「陸軍省軍務局」も「誠に率直かつ純真、禅味のある大きな人物であった」と人物を絶賛している。

 これに対し、秦郁彦「昭和史の軍人たち」は、「戦時中、東条を取り巻く連中は『三奸四愚』の名が高かった」とし、「“四愚”は、木村兵太郎(陸軍次官)、佐藤賢了、真田穣一郎(参謀本部作戦部長)、赤松貞雄(秘書)の4人だという」と書いている。
 大尉時代に2年間、アメリカに留学したが、「昭和18年3月になっても衆議院の決算委員会で『……大体米国将校の戦略戦術の知識は非常に乏しいのです。幼稚であります』と述べているぐらいで、誤ったアメリカ通は、なまじ白紙の非アメリカ通より害をなした」としている。

「東条に協力」A級戦犯で東京裁判に出廷

 佐藤元中将は敗戦後の東京裁判でA級戦犯となったが、起訴された28人中最年少で、起訴状付属書でも「東条と協力」とされた。
 弁護人の判断で自らは法廷に立たず沈黙を通したことから、「黙れの佐藤、今や沈黙の人」(朝日新聞東京裁判記者団「東京裁判」)、「『黙れ』がだまった」(読売法廷記者団編「25被告の表情」)と、ここでも過去の言動を引き合いに揶揄された。
 終身禁固刑を受け、1956年釈放。
 会社社長を務めながら、メディアにも登場した。

政治的な思惑で動く軍人が多かったために悲劇が起こった

 ベトナム戦争でアメリカ軍が北爆を開始した1965年、月刊文藝春秋誌上で、かつての日中全面戦争と北部仏印進駐の「負の教訓」から「米国よ、小細工を弄せず、ベトナム施策の失敗を率直に認めて、黙って撤兵せよ」と提言して注目された。
 1975年2月、79歳で死去。
 戦後も「支那事変や太平洋戦争は、好まぬ戦争に日本が引きずり込まれたのである」(「東条英機と太平洋戦争」)と主張。
 昭和史研究者の間では評価は高くない。
 結局、画一的で不合理な軍人の視点からでしか戦争と国民を理解できなかったということだろう。

 強気一辺倒の同調圧力の下、政治的な思惑で動く軍人が多かったのが昭和の国民の悲劇だったのかもしれない。

[参考文献]
 
▽ 久保田晃・桐村英一郎「昭和経済六〇年」 朝日選書 1987年
▽ 東京12チャンネル報道部編「証言 私の昭和史(2)戦争への道」 學藝書林 1969年
▽ 鷹橋信夫「昭和世相流行語辞典」 旺文社 1986年
▽「別冊1億人の昭和史 昭和史事典」 毎日新聞社 1980年
▽ 佐藤賢了「佐藤賢了の証言」 芙蓉書房 1976年
▽ 佐藤賢了「東条英機と太平洋戦争」 文藝春秋 1960年
▽ 粟屋憲太郎ら編「東京裁判資料・木戸幸一尋問調書」 大月書店 1987年
▽ 上法快男「陸軍省軍務局」 芙蓉書房 1979年 
▽ 秦郁彦「昭和史の軍人たち」 文藝春秋 1982年
▽ 朝日新聞東京裁判記者団「東京裁判」 講談社 1983年
▽ 読売法廷記者団編「25被告の表情」 労働文化社 1948年

文春オンライン、2019/12/09
東条英機の側近が「黙れ!」の一喝
恐怖の「国家総動員法」審議中に巻き起こった騒動とは
強気一辺倒の同調圧力で生まれた悲劇のはじまり

(小池新)
https://bunshun.jp/articles/-/16899

posted by fom_club at 08:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まるで反社のよう

 2019年12月14日の土曜日、山歩クラブではにぎにぎしく、3卓12人で「年納の会」を挙行しました。
 その日だけでなく、われわれのこころに忘れたくないほどに深く刻み込まれたのが「沖縄」でした。
 ヤッホーくんのこのブログ、2019年5月18日付け日記「山歩クラブの沖縄合宿」をお読みください。
 ところで、奇しくもこの同じ日にこんなことが。これも忘れてならないこととして納めておきます。

 麻生太郎副総理兼財務相が今年2019年5月、海上自衛隊の潜水艦「うずしお」に搭乗し、一日がかりの潜水航行を体験していたことが分かった。
 体験搭乗は麻生氏側の要望で行われ、実施日は部隊の休日に当たる土曜日だった。
 少なくとも過去5年間に防衛相を含め、航行を伴う潜水艦体験搭乗をした首相、閣僚はいない。

 防衛省によると、麻生氏は5月18日午前、神奈川県横須賀市の米海軍横須賀基地内にある海上自衛隊第二潜水隊群所属のうずしおに乗艦。
 同艦は基地を出航した後、相模湾で潜水し、同日夕に同基地へ戻った。

 海上幕僚監部広報室は本紙の取材に、体験搭乗が行われた経緯について「麻生大臣の希望」と回答。
 部隊の休日に実施することは財務・防衛両省の調整で決まったという。
 うずしおの乗員約70人のうち出勤した乗員数や、かかった燃料費について回答はなかった。

 麻生氏がどのような立場で体験搭乗したのかという問いには「現職の副総理・財務大臣であるとともに元総理の立場にある方の視察として対応した」と答え、重鎮の政治家として特別扱いしたことをうかがわせた。
 広報室によると、首相や閣僚、元首相、元閣僚による潜水艦の体験搭乗は少なくとも過去5年間確認できず、それ以前は文書が残っていないという。

 体験搭乗には国家安全保障局と財務省職員が同行した。
 本紙は同局全職員の出張に関わる資料を情報公開請求。
 開示文書から同行者の一人は山田重夫内閣審議官(当時、現外務省総合外交政策局長)と判明した。
 山田氏の出張命令簿には午前7時半〜午後4時45分に第二潜水隊群潜水艦を視察する行程が記されていた。

 麻生氏の事務所に搭乗を希望した理由などを質問したところ、「さまざまな現場を視察させていただくことは常々ありますが、今回の搭乗は海上自衛隊の実情に触れるという面でも意義があったと考えております」と文書で回答があった。

 麻生氏は第二次安倍政権以降に行われた陸海空自衛隊持ち回りの観閲式のうち、2015年にあった海自観閲式(観艦式)にのみ出席、2013年にあった護衛艦「いずも」の命名進水式にも出席している。 

◆ 私物化したのでは

<飯島滋明名古屋学院大教授(憲法学・平和学)の話>
 そもそも麻生氏が潜水艦に乗る理由がなく、趣味で乗ったとしか考えられない。
「桜を見る会」が政治家による国の行事の私物化ならば、麻生氏の場合は自衛隊という組織を私物化したのではないか。
 自衛隊は任務が重なり、へとへとの状態。
 そこに上乗せして政治家のつきあいまでさせられる。
 自衛隊のことを考えた行動とは到底思えない。


東京新聞・朝刊、2019年12月3日
麻生氏、海自潜水艦に体験搭乗
首相・閣僚5年事例なし

(編集委員・半田滋)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201912/CK2019120302000143.html

 六本木の裏路地にひっそりと佇む、会員制の高級クラブ。
 ある大物政治家が夜な夜な通い、政界関係者と酒を酌み交わす店として知られていた。
 だが、このところ出入りする客の姿がぷっつりと途絶えているという。

「ここ1か月ほどは明かりも灯っていません。休業状態のようです」
(近隣で働く従業員)

 店の名は「Bovary(ボバリー)」。
 麻生太郎・副総理兼財務相(79)が足繁く通う店として、たびたび報じられてきた高級クラブだ。

「元モデルのママは60代でも若々しく、麻生氏は黒塗りの高級車でこの店によく通っていました。かつて週刊誌には“愛人疑惑”まで書かれたほどです」
(自民党関係者)

 飲み代の“財布”は麻生氏の政治資金。
 収支報告書によると、店を運営する会社に支出された金額は第二次安倍政権が発足した2011年以降、平均して年間700万円以上で、先日公開されたばかりの2018年の政治資金収支報告書にも約650万円が計上されている。

 そんな“上客”を抱えているのに休業状態になっているのはなぜなのか。
 店を訪れたことのある元麻生番記者はこう明かす。

「1年ほど前に連れていってもらった時、ママが『そろそろ閉めようと思ってる。年齢的にも潮時かもしれない』と漏らしていました」

 麻生氏の事務所に聞いたが、締め切りまでに回答はなかった。

 財務相として消費増税を敢行した麻生氏。
 店に行かなければ浮くことになる年間700万円もの政治資金は、来年からどんな使われ方をするのだろうか。

※ 週刊ポスト2019年12月20・27日号


News ポストセブン、2019.12.11 07:00
麻生太郎財務相が年700万円注ぎ込む高級クラブが閉店の怪
https://www.news-postseven.com/archives/20191211_1504668.html

 麻生太郎副総理兼財務相(79)の記者会見での対応が物議を醸している。
 12月10日に行われた会見の冒頭で、幹事社を務める東京新聞の男性記者が「政府が5日に決定した経済対策」について麻生氏へ質問。
 基金の活用について麻生氏の見解を求めた。

 すると麻生氏は訝しげな表情で「何新聞だっけ?」と尋ね、「東京(新聞)です」と答えた記者に対して政府が発表した資料のなかに基金という言葉が使われていないことを指摘。
「ブリーフィングのなかでは基金のような……」と口ごもった記者に対して、麻生氏は「あなたの言い方は気をつけなよ。これ、テレビに映ってるんだから。基金って言ったろ?」と質問を遮って注意する。

 最終的に記者が発表のなかで基金という言葉が使われていないことを認めると「基金という言葉は対策のなかには使われていないよね。まずそれだけはっきりしようね」と発言。
 続けて記者に「返事は?」と同意を求め、声が小さかった記者に対して「マイク入ってないけど。大きな声で」と詰め寄っていた。

 このほかにも、寡婦控除制度について質問した女性記者に対しては「ん!?」と顔をしかめて大きな声で聞き返し、「長い話ですな。あなたの生まれる前から(議論を)やっています」と回答。

 また、麻生氏が『文藝春秋』1月号のインタビューで安倍晋三首相(65)について「憲法改正をやるなら自民党総裁を四選するべきだ」という趣旨の発言をしたことについての見解を別の記者が質問。
 すると、麻生氏は記者に「憲法改正をされるんでしょ!? 聞いてんだよ、俺が」と語気を強めながら質問返しをする一幕も。

 麻生氏と記者の間には終始緊張感が流れながら、会見は終了した。

 この会見の様子は「テレ東NEWS」でノーカット放送されたもの。
 この会見を見た人びとからSNS上で「あまりにも横柄」「記者に対するパワハラ」といった声が。
 さらに、一連の麻生氏の答弁態度について冒頭のように、「まるで反社のよう」と批判が殺到していた。

《この映像を見ると、反社というものはこういう人のことを指すのではないか? と思ってしまいます。 記者を虐める、いびる、恫喝する、悪態をつく…。 見るに耐えません》

《反社会的勢力……の人でしょうか、この人は?》

《この麻生氏の凄み方。これこそ反社じゃんね。どっかの組の幹部じゃないかとすら思うわ》

《麻生は反社です。少なくとも私たち国民にとっては》

 デジタル大辞林では、“反社会的勢力”をこう定義している。

「暴力・脅迫や詐欺などの違法行為を組織的におこなう集団。暴力団や半グレ集団、その他の犯罪組織や協力者たちを広く呼ぶ」

 上記の意味において、麻生氏は“反社”ではないだろう。
 しかし安倍首相主催の「桜を見る会」に反社会勢力が招待されていたことを受けて出された質問主意書に対して、10日に政府はこう閣議決定している。

「その形態が多様であり、またその時々の社会情勢に応じて変化し得るものであることから、あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難である」

 言葉の定義が曖昧になった今、麻生氏が“反社”と呼ばれるのも仕方ないことだろう――。


女性自身、2019/12/13 11:00
麻生太郎副総理の記者会見に「まるで反社のよう」と批判殺到
https://jisin.jp/domestic/1810189/

posted by fom_club at 07:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

働かないおじさん

企業にとって古くて新しい問題、それは「働かないおじさん」をどうするか、だ。
世間で人手不足や人材確保の難しさが叫ばれる中、味の素とLIXILグループ、ファミリーマートなど、大手企業が11月以降、相次いで早期退職を発表した。
こうした企業の多くは、収益悪化によってリストラを迫られているというより、早いうちに人件費の高い中高年社員という「重荷」を降ろしたいという思惑があるようだ。
労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎研究所長に、「働かないおじさん」が生まれてしまう理由や、背景にある日本の雇用制度について聞いた。

●  賃金が働きぶりを上回る中高年世代 高齢者雇用で増す「重荷感」


―― なぜ今、中高年社員の早期退職が相次いでいるのでしょうか。

濱口・・・早期退職の構造は過去数十年、全く変わっていません。
 年功序列型の賃金システムでは、中高年になると賃金が働きぶりを上回るケースが増えてきます。
 企業は彼らを定年まで雇い続けることに負担を感じ、早めに退出させようという圧力が働くのです。
 1980年代に55歳だった定年は60歳に延び、希望する社員は65歳まで働き続けることも可能になりました。
 さらに政府は成長戦略で、70歳までの就業機会確保を打ち出しています。
 もちろんずっと昇給し続けるわけではありませんが、中高年の社員が会社を去るまでの期間が延びたことで、企業は彼らをより重荷に感じるようになった、と言えるでしょう。

―― 彼らはなぜ「働かないおじさん」と見なされてしまったのでしょう。

濱口・・・「働きぶりが給与に見合わない」のは彼ら自身の責任だけでなく、最初にお話しした年功序列型の賃金制度が原因でもあります。
 そして多くの日本企業は、中高年社員に管理職のキャリアパスしか用意していませんが、実際にはこのルートを外れる人も出てきます。
 日本の「メンバーシップ型」雇用システムは、職務や勤務地などが限定されない雇用形態で、企業側が社員の勤務地や配属先の決定権を握っています。
 このため社員は自律的に、専門性を身につけることが難しいのです。
 中高年の社員が管理職コースを外れてしまうと、多くはスキルも持たない上に、今さら新たな部署でキャリアを再構築するのも難しく、行き場を失ってしまいます。
 中には、職場に貢献できずにモチベーションを失い、定年まで会社にしがみつこうとする人も出てきます。

● 管理職と専門職、若手のうちに2つの道を用意して

―― 解決策はありますか。

濱口・・・「働かないおじさん」になってからでは遅すぎます。
 企業は20〜30代の社員に対して、管理職とは別に、専門技能を身につけるためのルートを設けるべきです。
 専門的なスキルは50代、60代になっても維持できるため、若い頃とさほど変わらぬ成果を期待できます。
 働きぶりが賃金に見合っていない中高年社員に対する、最も手近で短期的な効果が見込める解決法は「リソースを減らす」こと、つまり早期退職です。
 しかし、それは本来活用できたはずのリソースを捨ててしまうことでもあります。
 資源を資源として使えるようにするのが経営的にもベストの解決策ですし、労働者に対する企業の役割でもあるはずです。

―― それは日本企業の中に、職務の限られた「ジョブ型」に近い働き方を作るということでしょうか。

濱口・・・そうです。
「ジョブ型」の導入も今に始まった議論ではなく、長い間続けられてきました。
 日経連は24年前、「新時代の日本的経営」という論文で、雇用の将来像を打ち出しました。
 その中ですでに、労働者は正社員と「高度専門能力活用型」という名のジョブ型社員、そして短期雇用労働者に3分されるという図式が示されています。
 しかし労働者は結局、正社員と非正規雇用に分かれただけで、「専門人材」は増えませんでした。
 メンバーシップ型の日本企業において、本当の意味で専門職が求められる状況にはならなかったということでしょう。

● 制度改革の余力ない企業 高齢者雇用義務化が「ジョブ型」後押し?

―― ジョブ型の必要性が高まっている今なら、導入が進むのではないでしょうか。

濱口・・・政府の規制改革推進会議は、ジョブ型の普及に向けた法整備などを提言しています。
 しかし企業の自主性に任せても、なかなか前進しないのではないでしょうか。
 なぜなら、雇用制度の改革には大きなエネルギーが必要だからです。
 企業は、持続可能性を高めるためには改革が必要だと分かっていても、目先の経営に精一杯で、なかなか手を付けられません。
 改革にエネルギーを割いたら職場が回らなくなる、あるいは競争に負けてしまう、というパラドクスに陥っています。
 ただ、高齢者の雇用義務化の流れが、ジョブ型への移行を促す可能性はあります。
 中高年の社員が社内に増えれば増えるほど、企業としては、戦力として働いてもらうための対策を講じずにはいられなくなるでしょう。
 その中で、若手のうちに専門的なスキルを身につけさせる動きが加速するかもしれません。

● 若手は危機感持ちつつ、社内で打てる手を打つ 軽々な退職は禁物

―― 若手社員の中には「働かないおじさん」を冷ややかな目で見る向きもあるようです。

濱口・・・「働かされ盛り」の若手社員の目には、中高年社員が恵まれているように映るのかもしれません。
 ただ実際のところ、日本の若者も就職に関しては、国際的に見てかなり恵まれています。
 大卒者は新卒一括採用によって、専門的なスキルがなくとも正社員就職の道が開かれています。
 ジョブ型の欧米企業は、欠員補充での採用が中心なので、実務経験のない新卒者が職に就くのは容易ではありません。
 薄給・無給のインターンをしながらポストが空くのを待っている若者や、失業する若者もたくさんいます。
 ただ若者の「冷やかさ」の中には、中高年に差し掛かった時、自分たちも彼らのようになってしまうのではないか、という漠然とした不安が含まれているのかもしれません。

―― 若手社員が企業内でキャリアを構築する方法はありますか。

濱口・・・前にお話ししたように、メンバーシップ型の雇用システムは、社員が自律的にキャリアを作れるようにはできていません。
 だからと言って、正面から制度に立ち向かうのは損です。
 メンバーシップに安住することへの危機意識を持ちつつ、社内で打てる手を打っておくのが、現実的だと思います。
 例えばさまざまな機会をとらえて、周囲に自分が「専門家」を目指していることをアピールするなどです。
 日本の人事制度にはある種の柔軟性があり、社員の意思を一定程度汲んでくれる場合もあります。
 目指すキャリアにこだわりすぎて、残業や転勤、異動などの命令に全く従わないのも得策ではありません。
 職場の許容範囲を見極めた上で、できる限りのキャリアビルドを試みてはどうでしょう。

―― 転職によって、新たなキャリアを模索するという選択肢はいかがでしょうか。

濱口・・・若手社員にとって、うかつに会社を辞めてしまうのは最悪の選択肢です。
 正社員という安定した地位を失うことは、人生において大きなリスクです。
 ぎりぎりまで会社の中で実績を積むべきだと思います。
 中高年も同様に、条件がいいからと早期退職を利用し、キャリアの見通しもなく辞めてしまうのは考えものです。
 早期退職後、成功したキャリアを築いている人は大抵、辞める前からある程度、その後のレールが見えていることが多いのです。
 若手であれ中高年であれ、軽々しく転職や独立を勧める人の口車には乗らないことが肝要です。


弁護士ドットコムニュース、2019年12月15日 09時31分
「働かないおじさん」はなぜ量産される?
早期退職で羽ばたけるのか、濱口桂一郎氏に聞く

(ジャーナリスト・有馬知子)
https://www.bengo4.com/c_5/n_10529/

posted by fom_club at 07:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月15日

森達也監督にインタヴュー

Q(書籍編集部)−−今回の映画『 i -新聞記者ドキュメント-』では、東京新聞記者・望月衣塑子さんが中心人物となっています。
「新聞記者・望月衣塑子はなぜ、嫌われるのか? あるいは、なぜ彼女を応援したくなるのか?」を入り口に、人によってさまざまなテーマに思いを巡らせる映画だと思いますが、森監督が、望月さんを「この人、面白い」と思われたきっかけは?

森達也監督(以下、「森監督」)・・・6、7年前、望月さんが書いた本『武器輸出と日本企業』(角川新書、2016年7月)で、帯に推薦文を書きました。
 この本で、望月さんは、防衛装備庁を発足し前のめりに進む防衛省と、戸惑い足並みが揃わない日本企業の実態を示しました。
 日本がいかに武器大国になろうとしているのか、それまで触れられなかったところを鋭く取材しています。
 発見がたくさんありました。
 人がしないことに興味を持つ−−その姿勢が面白いと感じました。
 それから、やっぱりパーソナリティの魅力ですね。
 その本の出版イベントで初めて会ったのですが、第一印象は「ほんとに、よくしゃべる人だなあ」でした(笑)。

Q−−今回、映画の撮影で、2018年12月から2019年5月まで半年間、望月さんに密着されたわけですが、イメージは当初と変わりましたか?

森監督・・・当初と同じ、とにかく無言でいることがほとんどない。
 これまで僕の映画の被写体はオウムの荒木浩さんとかゴーストライター騒動の佐村河内守さんとか、どちらかといえば寡黙な人が多かったので、これはちょっと面食らいました。
 沈黙は内面の揺れや悩みを外在化します。
 観る側の想像力も喚起する。
 人間は多面的です。
 本当は気が弱いのに強く見せようとしたり、その逆ももちろんあるし、いろんなアンビバレンスが生まれる。
 そこが面白かったりするわけですが、望月さんの場合、良い意味でも悪い意味でも、表裏がない。
 彼女の側にいる人、良く知る人で、彼女を嫌いな人はいないと思います。
 ただ、嫌いじゃないけど、「あんまり、こっちに来ないで欲しい」という人は、いるかもしれない(笑)。
 とにかく、僕の百倍はメンタルが強い。 
 それから「個」が強い。
 言い換えると集団に馴染めない人、どうしても同調できない人−−ですね。
 でも、望月さんの取材する様子を撮りながら、「ジャーナリストとしては当たり前のことをしているだけ」という思いが強くなりました。

Q−−森監督ご自身が、内閣官房長官の記者会見を、どうにかして撮影しようと、あらゆる方法を試みる様子も興味深かったです。
 フリージャーナリストたちが会見に参加すること自体が難しく、記者クラブのメンバーによる「審査」があり、全員一致の承諾が必要であるとか、参加できても質問は許されないなど、メディアと政治家の関係を考えさせる場面もありました。
 望月さん自身は、「(自分は)所属が政治部ではなく、社会部だったことで、会見でも“空気を読まずに”疑問をぶつけることが出来た」ことを書籍『THE 独裁者』(KKベストセラーズ)の中でも語っています。

森監督・・・望月さんは、菅官房長官に執拗に質問をし続け、その攻防が話題を集めました。
 でも、冷静に考えると、そうしたことで望月さんが注目されること自体がおかしいですよね。
 ジャーナリストが、(会見で)疑問をぶつけることは当たり前ですから。
 他の新聞記者たちは、もう少し自分勝手に振舞ってもいいのでは、と思います。
 みんな記者というよりも組織人です。
 だからジャーナリズムは停滞していく−−そんな風に考えています。

Q−−森監督は、報道におけるテレビや新聞といったメディアの役割について、どうお考えですか?
 ドキュメンタリー映画と、そうしたメディアとの一番の違いは何でしょうか?

森監督・・・報道においてテレビと新聞は、メインストリート・ジャーナルです。
 時おり勘違いされるけれど、僕はジャーナリストではない。
 あくまでも映画監督です。
 本も書くから「表現行為従事者」ともいえます。
 自分自身の主観・思い、自分の表現を最優先しています。
 これはジャーナリストが目指すべきベクトル(方向)とは違います。
 客観的にバランスを考え、可能な限り中立性や公正を目指す。
 ジャーナリストはそうあるべきです。
 ただし、そもそも絶対的な中立は達成できません。
 だって両端は誰が決めるのか。
 時代や国によっても両端は変わります。
 公正も同じ。
 相対的なんです。
 ジャーナリストはあくまでも、達成できないことをしっかりと自覚しながら、できるかぎり中立で公正を目指す存在だと思っています。
 ドキュメンタリーは違います。
 優先順位としては、自分の主観や世界観を最上位に置かねばならない。
 だって「表現」ですから。
 確かに、ジャーナリズムっぽいドキュメンタリーもたくさんあって、その境界はグラデーションです。
 最終的には、作る側がどのように自分と自作品を規定するかです。
 つまり自己申告ですね。

Q−−「新聞は社会の公器」と言われるように、客観性や信頼性が求められるわけですね。
 それでは、新聞記者個人の感情と客観性のバランスの取り方は?

森監督・・・僕は、ジャーナリストには客観性と主観性、両方が必要だと考えています。
 100%客観的なジャーナリストなんて存在しません。
 先程も言った通り、そもそも、そういう人間は存在しない。
 現場に行って、自分の思ったことや気付いたこと、怒りの感情を持ったり、これはひどいと嘆息したこと。
 それらはつまり主観です。
 このときの主語は、当然ながら一人称単数です。
 この主観をいかに客観的な記事にするか、そこにはスキルが必要なんでしょうけど、両方なくてはいけないもの。
 望月さんには両方がある。

Q−−映画のワンシーンで、外国特派員記者が望月さんに発した質問は、実に印象的でした。
「あなたは東京新聞の人ですか? それともジャーナリストの方ですか?」

森監督・・・外国人ジャーナリストにとって、どこに所属するかは最優先順位ではない。
 いろいろな組織を転々としながら、ステップアップしていくのが当たり前のことです。
 でも日本では、終身雇用的なものが、いまだにあります。
 日本の記者たちは、ジャーナリストという職を選択したんじゃなくて、メディアとカテゴライズされる会社に入るという選択をした。
 外国人記者からはそう見えています。
 ただし、組織ジャーナリズムは必要です。
 記者たちがみなフリーになってしまったら、予算がかかる海外取材は難しくなるし、それこそ官邸にも入れない。
 時にはチームプレイも重要です。
 だから組織に所属しながらいかに個を保つか、それがメディアに帰属している人たちの重要な使命です。
 でもそれが機能していない。

Q−−記者という肩書きの、サラリーマン人生を選択したわけですね。

森監督・・・だからコンプライアンスやガバナンス、上司の指示や規則やルールが最優先されてしまう。
 9時から5時まで働く他の職種なら、それで事足りるのかもしれない。
 でも、ジャーナリストには「現場性」が必要です。
 現場に行って感じる。
 思う。
 誰かの話を聞く。
 自分の目で見る。
 怒りを感じる。
 決意する。
 これらの述語の主語は個です。
 会社じゃない。

Q−−森監督はかつて、オウム真理教を題材にしたドキュメンタリー番組の撮影を進められる中で、オウムを絶対的な悪として描くことを強いた番組の局サイドと衝突して、契約を解除されたそうですね。
 その後、自主制作のドキュメンタリー映画として完成したのが、『A』(1998年)で、公開後、賛否両論、物議を醸し、社会に波紋を及ぼす作品となりました。

森監督・・・結果的にそうなったんだけど……。
 局と戦う、といった強いモチベーションがあったわけじゃない。
 ぼーっとしてたら、あれ、首になっちゃった……みたいな感じです。
 望月さんも僕も、確かに組織に馴染めないという点では同じなんですが、ベクトルは逆です。
 彼女は激しく動き回って衝突しながら、さまざまな摩擦や軋轢を起こす。
 そして全身を使って問題提起する。
 僕は鈍いし、ぼーっとしていて、ふと気づいたら、みんなどこかに行っちゃった……という感じ。
 オウムの映画は、そうして完成した映画でした。

Q−−望月さんのように、「個」が強いというのは、ジャーナリストの条件ですか?

森監督・・・自分は「個」が強い、などと意識している人って、気持ち悪くないですか。
 望月さんも「個」ということを意識していたわけではないと思う。 
 僕は映画を何本も撮ってきましたが、結局、言っていることはいつも一緒だなと自分でも思います。
 敢えて言葉にすれば「集団と個」。
 これを表現するためにオウムを題材に『A』を撮ったり、ゴーストライター騒動の佐村河内守氏を追った『FAKE』(2016年)を撮ったり、東日本大震災の被災地を訪れて『311』(2011年)を撮ったり……。
 そして今回は『i 新聞記者ドキュメンタリー』だった。
 僕としては、撮りながら、自分で自分を分析しているわけで、これはずっと変わっていません。
 いま改めて思うのは、人間というのは、集団、組織がないと生きていけないということ。
 だって集団とは言い換えれば社会性。
 ホモサピエンスの必須要素です。
 一人で生きることなどできない。
 でもだからこそ、集団のリスクと副作用をしっかりと意識すべきです。
 集団は時に大きな害悪を周りに撒き散らします。
 戦争や虐殺はまさしくこの典型。
 人類は、こうした失敗をさんざんしてきたにも関わらず、何度も同じことを繰り返しています。
 特に日本人は、集団や組織と親和性が高い。
 ならば集団のリスクをより強く実感しなくてはいけない。
 ところが最近は特に、自分たちの負の歴史を否定しようとする傾向が強くなっている。
 今の時代に生きる一人としては、非常にやるせないと同時に悔しい。
 この思いは、作品に織り込もうと思っています。

Q――こうした社会の変化は、いつ頃からだと思われますか?

森監督・・・地下鉄サリン事件以降にギアが変わったと思っています。
『A』撮影のためにオウム施設に入って社会を見つめながら、大きく変動し始めていると気づきました。
 さらにこの流れは、2001年に起きた「9.11」(アメリカ同時多発テロ)と、2011年の東日本大震災で加速します。
 その意味では2011年に流行語対象にノミネートされた「絆」が象徴的です。
「9.11」以降は、集団化は全世界的な現象へと拡大しました。

Q――映画には、籠池夫妻や前文科省事務次官・前川喜平氏、ジャーナリストで性暴力被害を訴えている伊藤詩織さんも登場していますね。
 モリカケ問題、沖縄の辺野古沖の土砂投入とサンゴ移植問題、沖縄・宮古島駐屯地に弾薬庫が整備されていた問題など、政府の対応が疑問視される数々の問題を追う望月さんの奮闘ぶりが伝わってきます。
 それに、実に歯切れの悪い官僚や政治家たちの苦々しい表情、ある意味、慇懃無礼な様子がリアルで、日本の政治の現状を表わしていて興味深かったです。
 観る人の知識や考え方によって、そこから考察することはさまざまだとは思いますが、映像というものの情報量の多さやリアルさを感じました。 
 安倍政権は、問題が次から次へと起きるにもかかわらず、この11月に憲政史上最長の政権となりました。
 望月さんは書籍『「安倍晋三」大研究』(KKベストセラーズ)で、籠池夫妻に保釈後初のインタビューを行い、モリカケ問題の新たな一面をクローズアップ。
 また、安倍晋三の歴史認識を表す「核戦術や自衛隊」についての発言や、国会でお馴染みの「安倍話法」を紹介・分析して、政治家としての資質を再検証しています。
 森監督は、安倍政権をどんな風に捉えていますか?

森監督・・・まさしく今の自民党は、集団化の象徴です。
 所属議員たちはほぼ一様で、政権中枢とは違う意見が出てこない。
 昔は違ったはずです。
 もっと多様な議員がいた。
 その政権にとって、集団化された社会は統治しやすい。
 集団化は分断と同時に進行します。
 そして敵を求める。
 ならば敵を可視化すればよい。
 支持率は上がります。
 集団内には同調圧力が働きます。
 イワシの群れなどが典型だけど、みんなで一緒に動く。
 このとき野生の生きものたちは、五感で周囲の動きを察知します。
 僕たち人間は五感は退化したけれど、代わりに言葉を得た。
 つまり指示です。
 だからこそ今、全世界的に独裁的な政治家が支持を集めている。
 ならば、指示が聞こえない場合はどうするか。
 きっとリーダーはこういう指示をするだろうと推測して行動する、つまり、「忖度」です。
 安倍政権でモリカケ問題がクローズアップされて、「忖度」という言葉が流行語のようになりましたが、これほどに「忖度」が多くなった理由は、集団化しているからこそ起こった現象です。
 少数派に、多くの人と同じ考えや行動を暗に強制する「同調圧力」。
 この「同調圧力」的なものを引きよせているのは、やっぱり自分自身なわけで、強制されているわけではない。
 もっと自由でいいんです。
 人生は70年か80年。
 同じ景色ばかり見て死ぬのは嫌だし、それは何だか貧しいなあと思う。
 視点を変えたら、全然違うものが見えてくるのに。
 政治に関心があるのは、40代や50代以上の世代です。
 でもね、僕はやっぱり若い世代に、もっと関心を持って欲しいと思います。
 自分たちは政治とは切り離されていると、彼らは思っているんでしょうね。
 でも、例えば普段飲んでいる清涼飲料水のペットボトルにしても、あるいは常に手もとにあるスマホだって、実は全部、政治の産物なんです。
 とても身近な存在です。

Q−−今、世界中が「右傾化している」と言われています。
 日本では、「ネトウヨ(ネット右翼)は中高年男性が多い」とか、「あの人は、パヨク(ネット左翼)学者だ」とか、「若い人たちが右翼化している」「あの団体は保守、あの人は左派」などと分類したり、レッテルを貼る傾向があります。

森監督・・・「9.11」の後、集団化を一気に進めたアメリカはイラクに侵攻して、フセイン体制は崩壊しました。
 その帰結としてIS(イスラム国)が誕生してテロは世界に広がり、さらにシリアの内戦が始まった。
 だからこそ集団化は拡大します。
 英国のEU離脱問題や移民問題もここから派生します。
 ヨーロッパでも、いわゆる保守政権、右翼政党が支持率を上げると、皆口々に「右傾化だ!」と危惧しますが、僕は集団化だと思う。
 敢えて言うのなら疑似右傾化。
 そこには思想はありません。
 ただ、みんなで集まりたい、同質の者同士で集まって安心したい――それだけなんです。
 不安や恐怖を中和したくて、なるべく心を許せる同じような人達で集まって、身を守ろうとする。
 もっと言うと、同じような人でなければ、排除したい。
 この動きが一見、右傾的に見えるわけです。
 ドイツの哲学者、エーリッヒ・フロムが、ドイツ国民はなぜ、ナチズムに傾倒していったかについて、書籍『自由からの逃走』(東京創元社、新版、1952年1月)で考察しました。
 20世紀初頭、ドイツは民主的手続きを経ながら全体主義へと移行した。
 そこにイデオロギーや理念など、明確な右傾化へのプロセスがあったわけではない。
 近代になって地縁など旧来的な共同体から外れて孤独になった人たちが連帯を求め、自由からの逃走、つまり権力から強く統治されることを自ら望み、その結果として全体主義が出現した、ということです。

Q−−最後に読者にメッセージをお願いします。

森監督・・・映画は、撮って編集するところまでは僕のものだけど、そのあとは、見た人のものです。
 自由に解釈してくれていい。
 監督の思惑なんてどうでもいいんです。
 とにかく観てほしい。
 それに尽きます。

[写真]
取材中の望月衣塑子記者

[写真]
首相官邸前で警備の警官に疑問を呈する森監督

BESTT!MES、2019年12月06日
森達也監督インタビュー
新聞記者「望月衣塑子はなぜ、嫌われるのか?」
メディアと政治、起きている「今」を映画で描く

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/10948

posted by fom_club at 11:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田原総一朗氏 × 望月衣塑子氏が斬る!C

● 森友学園疑惑を再検証して分かる、「桜を見る会」問題の本質

望月・・・森友学園疑惑(下段【注】参照)は、どう思われますか?
 今年2019年10月に、検察側は籠池夫妻どちらにも懲役7年を求刑しました。
 そして「桜を見る会」の件を見ていると、モリカケ問題と同じようなことが、次々と明らかになってきています。

田原・・・これは望月さんに聞きたい。
 望月さんは、『THE 独裁者』で、森友学園疑惑の問題を、詳しく検証している。
 それに、『「安倍晋三」大研究』では、籠池夫妻が釈放された半年後の2018年12月に、釈放後夫妻では初のインタビューもしている。
 籠池さんは、安倍さんの大応援団だったはずなのに、どういう理由で、いつから敵になったのか?

望月・・・最初は自分を支援してくれた“縁故者”だった籠池さんが、“敵”に変わったのは、2017年3月23日に国会での証人喚問に立った時だと思います。
 嘘がつけない場で、籠池さんは、昭恵夫人を介して安倍首相から、寄付金100万円を受け取ったことを証言しました。
 安倍首相はのちに、テレビの番組で籠池さんのことを「籠池さんは詐欺を働く人間。昭恵も騙された」とも発言しています。

田原・・・何で安倍さんが籠池さんのことを、「詐欺を働く人だ」とまで言うのか?
 自民党は大反対だったが、野党は籠池さんを国会に参考人として招致したいと再三求めた。
 ここから驚天動地で、国会招致から証人喚問になった。
 なぜ、出頭拒否が出来ない虚偽答弁を行うと処罰される証人喚問になったのか?
 安倍さんがそう証人喚問にしろと言ったのか?

望月・・・安倍首相自身が、そのような要求をしたかどうかは分かりません。
 安倍首相は2月17日には籠池さんのことを「教育に対する熱意が素晴らしい」「私の考えに共鳴している人」だと言っていたのに、同月24日には「非常にしつこい人」「教育者としていかがなものか」と否定する方向へと変わっています。
 また、証人喚問前には、安倍事務所の初村秘書から「昭恵夫人の名誉校長の称号を外してくれ」と電話があったといいます。
[注]
◆「森友学園疑惑」は、もともと豊中市議の木村真さんの疑問がきっかけで始まった。
 朝日新聞が2月9日に、約8億円の値引きを1面トップでスクープ。その後、
 2月17日の衆議院予算委員会で安倍首相が「私や妻が関係していたら、首相も国会議員も辞める」と述べたことで、騒ぎは加熱。
 昭恵夫人がその学園の名誉校長だと出たあたりから、猛烈な批判が集中し始めた。
 昭恵さんは、名誉校長を突如辞任。
 そして夫妻は、2月20日に酒井弁護士経由で、財務省・佐川理財局長からの“身を隠せ”という指示もあったと籠池夫妻は話している。
◆ また、同月22日には内閣府で、佐川理財局長らによる官房長官会議が開かれ、財務省から出てきた一連の文書を確認。
 ここで財務省の文書改ざんが決まり、始まったといわれている。
◆ さらにその後、籠池さんが100万円寄付の話をし、郵便局の振替受領票がその傍証として示され、これも大きな注目を集める。
 が、首相側は全面否定。
 そして結局、3月23日、籠池さんは出頭拒否出来ない国会の証人喚問に立った。

● 国有地8億円の値引きと文書改ざんを再び追及せよ!

田原・・・しかし、それにしてもなぜ8億数千万もの値引きとなったのか?

望月・・・値引きの根拠は、廃材ゴミでした。
 学園の土地の地下約3.8メートルより深い位置にあるゴミの撤去費用ということでしたが、このゴミが実はなかった。

田原・・・なぜ「ない」のに、「ある」ということが通ったのか?

望月・・・要は、安倍首相案件だからです。
 籠池夫妻と安倍昭恵夫人の繋がりが見えたことで、地元の近畿財務局を始め、土地を所有する国交省、近畿財務局を含めた財務省、学園を認可する大阪府など、官僚たちが「忖度」して、この件がスムーズに進むよう便宜を図った。

田原・・・安倍首相が「下げろ」と言ったのか?

望月・・・安倍首相は、直接言っていないと思います。

田原・・・それでは安倍昭恵夫人が言ったわけ?

望月・・・昭恵さんも言ってないと思います。

田原・・・僕は、この問題を一番深く取材したのは「朝日新聞」の大阪社会部だと思う。
 その中でも一番、深く長く取材した人物に「なぜ、8億円下げたのか?」と聞いた。
 それから、菅野完氏にも聞いたんだが……。
 しかし、経産省の文書改ざんにしても、国有地の約8億円の値引きにしても、今回の「桜を見る会」と同じで、理由やその経緯が、はっきりしないことばかりだ。
 森友学園疑惑では特に、なぜ文書を改ざんしなければならなかったのか、この点をうやむやにしないで欲しい。

望月・・・そうですね。その点に凝縮されていますね。

田原・・・僕も取材したいけれど……。

望月・・・世の中の人も忘れてはいないのです。
 絶対に封印させてはいけないと思っています(*下段【補足】参照)。
[補足]
◆ 籠池夫妻が本年10月31日、特派員記者クラブで記者会見を行なった。
​◆ 10月の論告求刑公判で「検察が籠池夫妻に懲役7年を求刑したこと」を受けての会見だった。記者の質問に答える形で、籠池さんは、
「2017年4月に瑞穂の國記念小學院の開校には、安倍夫妻が来ることが決まっていた」と話し、それに間に合わせるべく建設は急ぎ進められたという。
 そうした中で、工事関係者のキアラ設計、藤原工業側の主導で全てが進んでいったと主張している。
 また、別の取材の時には、元大阪府議の人物が籠池夫妻に、キアラ設計と藤原工業という会社を紹介したという経緯も話している。
◆ 同記者会見で籠池氏は、「森友学園は今、民事再生中です。しかし管財人が破産の方向で進めようとしているのです。森友学園がなくなれば、2回にわたる家宅捜索で押収された膨大な資料を、検察は返却する必要もなくなるのです。財務省や昭恵夫人、政治家との関わりが分かる証拠書類が闇に葬られる……」と主張している。

● 国際舞台で日本の政治家が発言出来ない理由

田原・・・トランプ大統領が、「ニューヨークタイムズ」と「ワシントンポスト」の記事をフェイクニュースだと言った。
 それがきっかけで、ニューヨークタイムズとワシントンポストはどんどん部数を伸ばした。
 日本の場合、東京新聞が頑張っても部数が伸びない。
「安倍新聞」と揶揄される「産経新聞」も伸びてない。
 この間、朝日新聞の幹部に、「最近の朝日はつまらないね」と言ったら、「部数が伸びてないから、取材費を落としている。それと、働き方改革で取材が出来ていない」ということだった。

望月・・・いまの新聞記者は、かつてに比べて大人しくなったと思われますか?

田原・・・そういう意味では望月さんは貴重な存在。
 こんなうるさい人はあまりいない。
 でも、日本の他の新聞記者はなぜ、おとなしくなったのか?

望月・・・アメリカでは、先生が言ったことをまず疑い、その上で「議論を始めましょう」となります。
 日本では、そういうことが小中高では教えられない。
 大学の先生がいろいろ話した後、「みんなどう思う?」と聞いても、答えてくれないそうです。
 自分たちの中で何がよくて何が悪いか分からないまま、疑問の目を育てないまま、小中高時代を過ごしてしまうわけです。
 だから考えたり、発信したりする力は低下するばかりです。

田原・・・宮澤喜一さんが、先進国首脳会議や国際会議で日本の政治家は発言しないと指摘していた。
「なぜ、しないのか?」と聞くと、「英語が話せないからだ」と言っていたが、それは「違う」と思う。
 日本の教育が悪い。
 特に、小中高が良くない。
 教師は、生徒に正解のある問題しか聞かない。
 正解を答えないと生徒は怒られるんだよ。
 だから政治家も正解を答えないといけない。
 先進国首脳会議やG7に、正解なんてあるわけがない。
 アメリカやヨーロッパでは正解のない問題を生徒に提示している。
 イマジネーションやディスカッションを重視して、こうしたことをするわけだ。
 日本は正解を求めてばかりだから、いつまで経っても西欧の人たちから相手にされない。

 意見表明がないから、“不思議の国の人たち”としか見えないからね。

望月・・・今、政府が進めている、英語の民間試験導入などのそもそもの下地になるものは、アベノミクスの第三の矢「成長戦略」を議論するために設けられた「産業競争力会議」にあったという指摘があります。
 つまり、産業界のニーズのために大学改革や高校教育の改革を行なおうとしている。

「官房長官を記者みんながボイコットすればいいだけだ!」

田原・・・望月さんが官邸から怒られても、記者仲間は望月さんの味方しないよね。
 どうしてそんなにだらしないのか。
 官房長官を「ボイコットする」とみんなで決めればいい。

望月・・・それができない……。

田原・・・どうして、そんなにだらしないんだ。

望月・・・安倍長期政権の威力に新聞記者は屈しているということなのかもしれません。

田原・・・違うと思う。
 ただ、記者たちは一切取材拒否すればいいんだ。
 そうしたら、官邸の方が、「頼むから取材してくれ」となるんだ。

望月・・・新聞記者の多くは、官邸に取り込まれてしまった、ということになるのかもしれません。

田原・・・ストライキできないのか……。
 民主党政権はなぜ潰れたか。
 潰したのは検察だった。


 言い換えると、検察が小沢一郎を潰した。
 西松建設事件で。
 小沢のトップ秘書を逮捕し禁錮3年執行猶予5年の判決が下されたが、小沢本人は結局、不起訴処分。
 それで今度は陸山会事件
 世田谷・深沢の土地購入をめぐる資金疑惑でまた逮捕。
 マスコミはみんな「小沢が悪い」と、ワッーと一斉に叩いた。
 そのとき、ある新聞の幹部に、「この情報は全部検察から出てるはず。なぜ、検察からの情報と書かないのか」と言った。
 そしたら、「書いたら出入り禁止になる」。
 しかし、もっと悪いのは民主党議員までが、「小沢が悪い」と言い出したこと。
 結局、民主党はそれで分裂した。あの時、望月さんは?

望月・・・特捜担当で、小沢さんの案件は取材していました。

田原・・・それで、「小沢は悪くない」と書いた?

望月・・・いえ、書いていません。

田原・・・僕は、「小沢は悪くない」と言ってた。
 ロッキード事件以後、検察はいろいろと検挙摘発したけれど、リクルート事件などは絶対、冤罪。
 鈴木宗男事件も、ホリエモンのライブドア事件と、検察の強権捜査が続いた。
 僕は堀江貴文さんも冤罪だと見ている。
 逮捕される前の日まで僕は彼と対談していたんだ。
 彼が「フジテレビ」を買収した時、マスコミは全部アンチ堀江になったけど、僕は堀江支持だった。
 この問題が決着し、彼が衆議院選挙に出たタイミングで検察が逮捕。
 容疑は証券取引法違反だった。
 結局は部下の役員たちが堀江さんの名前で粉飾決算をしていたことが分かって、無罪を主張したが、堀江さんは懲役2年6カ月の有罪判決。
 粉飾をしたのだから、会社の代表である堀江さんに確かに責任はあるけれど、いろいろ考えると本当は執行猶予だったと思う。
 そこで、重要なのがジャーナリズム。
 新聞とテレビの役割は大きい。しっかりしてもらわないと困るんだよね。

望月・・・ネット時代と言われていますが、真相を掘り起こしていくのがジャーナリズムだと思っています。
 例えば森友学園疑惑を掘り起こしたのは、社会部の記者たちですが、そもそもの端緒は、豊中市議の木村真さんが地道な調査の中で怪しい土地の売却や、値引きの経緯を発掘したことです。
 それをもとに記者たちが取材しました。
 こういう調査報道では、オールドジャーナリズムといわれる新聞にはいまだ強さがあると思います。
 新しいメディアは、読みやすさはありますが、十分な調査報道が出来るだけの人や、お金が足らないという事情もあるでしょうね。
 例えば「毎日新聞」が続けている「公文書クライシス」、東京新聞も「税を追う」という特集キャンペーンを張っています。
 じっくり時間をかけて、細かく取材ができる体制があるのは新聞だし、雑誌ジャーナリズムの力でもあると思います。
 こうしたものがないと政権の暴走を許すことになってしまうと考えています。

田原・・・東京新聞の望月さんには、徹底的に森友学園疑惑をやって欲しい! 
 この問題が始まった時から追って、籠池夫妻にもインタビューもしているんだから。
 頼んだよ!

[写真]
大阪地方裁判所前で。『「安倍晋三」大研究』(KKベストセラーズp298より)

[写真]
建設が進み、開校も間近かだった瑞穂の國記念小學院
 
[写真]
検察から懲役7年を求刑された翌日、10月31日に外国特派員協会での記者会見

[画]
『THE 独裁者』(KKベストセラーズ p64より) 画・ぼうごなつこ

[画]
森友学園疑惑の中心人物、籠池泰典氏の国会証人喚問は、世間の注目を集めた。『THE 独裁者』(KKベストセラーズp65より)画・ぼうごなつこ

BEST T!MES、2019年12月15日
憲政史上最長「安倍政権」の行方
「桜を見る会&森友学園」疑惑も本質は同じ。要は忖度!「安倍首相案件だから・・・」

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/10964

posted by fom_club at 11:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田原総一朗氏 × 望月衣塑子氏が斬る!B

「憲法改正をする必要は、全くない」と安倍さんは小声で言った

田原・・・ここにきて、安倍さんが憲法改正のボルテージを上げた。

望月・・・安倍首相は、憲法を改正する必要はないと言っていますよね。
「安保法制ができたから、(憲法改正は)もういいんだ」と、きっぱり言い切っています。

田原・・・2016年7月に参議院選で自公が3分の2議席を取った。
 衆議院は先だって行われた衆院選で、憲法改正に必要な3分の2を取っていた。
 僕は安倍さんに「いよいよ憲法改正だね」と言ったんだ。
 そしたら安倍さんは小声になって、『憲法改正する必要は全くありません』と。
「なぜ?」と聞き返したら、「集団的自衛権の行使ができるようになったからです」と明言した。
 アメリカが、とにかくうるさくて、このままでは日米関係を維持できない。
 それで集団的自衛権の行使を決めたら、アメリカは満足して何も言わなくなったそうだ。
 だから憲法改正する必要はない、という理屈になるわけだ。

 2016年9月に聞いた話だけれど、その翌年「憲法を改正する」と言った。 
 もっと言うと、集団的自衛権の行使をやるべきだと言ったのは元駐タイ大使の岡崎久彦氏。
 ちなみに祖父・岡崎邦輔氏も政治家で、近代外交の礎を築いた陸奥宗光とは従兄弟の関係にあるという。

望月・・・岡崎さんと言えば、(2002年)頃、タカ派の貴公子として注目を浴びていた安倍さんに、目を付けたとされていますよね。
『「安倍晋三」大研究』(KKベストセラーズ)の漫画「安倍晋三物語」の中で紹介したのですが、岡崎さんと、安全保障研究者の佐世昌盛氏が、安倍さんに集団的自衛権について“教育”をしたと。
 安倍さんを始めとする政治家を教育するための教科書が、佐世昌盛氏の1973年の書籍『集団的自衛権』。
 実は佐世氏は、安倍さんが成蹊大学を入学する時に面接官を務めた人物で、当時は大学の助教授だった。

田原・・・その通り、事実です。
 岡崎さんは、安倍さんに集団的自衛権の問題を片付けさせようと考えていた。
 本当は、小泉純一郎にやらせたかったようだが、小泉元首相は反対したようだ。

田原・・・アメリカは、極東問題として日本を守る責任があった。
 安保条約で、日本が攻められたらアメリカが守ることになっているが、アメリカが攻められても日本は何もしない。

 しかし冷戦が終わって、アメリカは極東を守る責任が無くなった。
 そうすると、日米同盟を持続しようと思えば片務的条約となる。
 それで日本は慌てて集団的自衛権を成立させなければならなかったわけだ。
 岡崎さんは、「これで憲法改正の必要はない」と言ったそうだ。

● 日本は憲法改正を行うべきなのか? アメリカ、日本会議の影響は?

望月・・・安倍さんは、今の世論では憲法改正はできないと分かっていますよね。
 それでも憲法改正を掲げるのは、その旗を降ろした瞬間に自分を支えている日本会議のような人たちから、支持を得られなくなると思っているからですよね。

田原・・・そう、捨てられてしまうだろう。

望月・・・田原さんは、安倍さん自身に憲法を改正したいという思想はあると思われますか?
 祖父の岸信介元首相の意志をついで、とか……。

田原・・・岸さんは関係ないと僕は思う。
 自衛隊ができたのは何年?

望月・・・陸上自衛隊の全身である警察予備隊の創立は1950年。

田原・・・自民党ができたのは1955年でしょ、最初の首相が鳩山一郎。
 鳩山一郎は、日本は憲法9条2項で戦力不保持、交戦権は所持しないとなっているが、自衛隊は明らかな戦力であり交戦権に当たるとして、憲法を改正しようとした。
 続く岸も憲法改正、ところが池田勇人内閣、その後の(安倍首相の大叔父に当たる)佐藤栄作内閣とそれ以降、誰一人として憲法改正を言わない。

 僕は宮沢喜一に「池田さん、佐藤さんは噓をついていることになる。憲法と自衛隊は明らかに矛盾している」と直言したことがあった。
 宮沢さんは「違う」と。
「日本人は自分の身体に合った洋服を作るのが下手だ」と言うんだ。
 宮沢さんらしい言い方だった。
 宮澤さんは、「日本人は押し付けられたものに体を合わせるのは得意。自分に合うものを作ろうとしたのが満州事変(1931年)、日中戦争(1937年〜45年)となった」と分析している。

 押し付けられた洋服とは日本国憲法。
 あの憲法を押し付けられたために日本にはまともな軍隊は作れない。
 だから日本の安全保障はアメリカ頼みとなるという。
 そしてアメリカの戦争に巻き込まれる。
 佐藤栄作内閣の時にベトナム戦争が始まった。
 アメリカは日本に、一緒にベトナムで戦おうと言ってきたそうだ。
 宮澤は、佐藤栄作がアメリカに「NO!」とは言えないことは分かっていた。
 そこで、「本当は行きたいが、難しい憲法を押し付けたのはアメリカじゃなかったのか」と言ってなんとかかわすこととなった。

 それ以降、あの憲法を逆手にとってアメリカの戦争に巻き込まれないできたのが日本という国だ。
 竹下登が総理大臣の時に質問した。
「日本には自衛隊があるから戦えるだろう」と。
 そしたら竹下さんは、「だからいいんだ。だから日本は平和なんだ」とはにかんだ。
 竹下、宮澤は、こういう意見だった。

望月・・・同時にアメリカも、こうした状況を「良し」としていたわけですね。
 アメリカはもはや日本はどうでも良くなった。
 そうして憲法改正発議の本丸は、アメリカから日本会議となったわけですね。

田原・・・安倍さんは憲法を改正できないと思っている。
 なぜならば憲法改正は、全政党が議論をしないと出来ないから。
 議論に立憲が絶対入らないことは、枝野代表に何度も確認している。
 下手に入れば立憲は自殺行為、そして共産党が入るはずもない。
 自民党はこれまで野党を騙しに騙して強行採決してきているからね。
 立憲と共産党が入らなければ議論はできない、ということだ。

● 織田信長から始まった日本の政治構造、ポスト安倍は誰?

望月・・・自民党内から、安倍4選、5選の話が出ています。
 二階俊博幹事長は、さかんにアナウンスしています。

田原・・・あり得ない!
 僕は安倍さんに直接言った。
「安倍自民党総裁4選は反対だ」と。
 安倍さんが、「どうしてか」と言うから、「今ですら自民党の半分は、安倍さんに寄りかかっている。4選なんかしたら自民党自体が体力を失ってガタガタの政党になってしまう」と返した。
 そしたら安倍さんは、「良く分かっています」と言っていた。
 僕は二階さんや菅さんが安倍さん4選を言うのは、二階さんは幹事長を、菅さんは官房長官を続けたいから。
 安倍さんにいいこと言わないと続けられないからね。
 僕は、何にもないから言いたいことが言える。

望月・・・ポスト安倍の筆頭候補の一人として、今や、“令和おじさん”として一躍人気者になった菅さんが出て来ています。
 定例会見でも、「令和おじさんで首相候補筆頭ですね」と記者が聞いたりしています。

田原・・・辞任した菅原経産相、河井法務相は、菅官房長官人事だった。
 この人事ミスは菅さんにとっては痛いところだよね。

望月・・・小泉進次郎環境相の話にせよ、菅原前経産大臣の香典にせよ、「週刊誌だけで取れる情報かな?」と思ってしまいます。
 河合前法務大臣も現職の事務所関係者からのリークだけでなく、それとは別のルートで情報が出ている可能性もあると感じました。

田原・・・菅原辞任は秘書の裏切りでしょうね。

望月・・・菅総裁となると、安倍 vs 菅との話もありますが、小泉進次郎さんもポエム発言以降、やや失速した感があります。
 菅原さん、河井さんと辞任が続くと、「菅総裁へのけん制球なのかなとも感じます。権力が絡むと、菅さんでも釘が打たれる。政治の世界は魑魅魍魎(ちみもうりょう)だなと改めて感じます。

田原・・・僕はね、日本の政治は織田信長の頃からちっとも変わっていないと思う。
 つまり政治の世界は、勝つか負けるかということ。
 負けたら何を言っても弁解に過ぎない。
 勝つためにあらゆる手を使うのが政治家だ。
 織田信長は、敵を全部殺す。
 今は選挙民をどううまく説得するか、駆け引きが色々あるというわけだ。

望月・・・何のために勝つのか、というところがブレているような気がします。

田原・・・政治家は、自発性を失ったら終わりだと思う。
 長期安倍政権で、自民党には自浄作用がすっかりなくなってしまった。

望月・・・安倍政権でうまみのある人たちがぞくそく増えています……。
 手離したくないのだろうとは思いますが、政治家の矜持はどうなったのでしょう。

[画-1]
「憲法上は原子爆弾を所持しても問題ない」と語った安倍晋三氏。(『「安倍晋三」大研究』p110より)画・ぼうごなつこ

[画-2]
原作・佐々木芳郎、画・ぼうごなつこ『「安倍晋三」大研究』(KKベストセラーズ)p111より)

[画-3]
その後の2004年、安倍さんは岡崎久彦氏と共著で『この国を守る決意』(扶桑社)を発刊。岡崎さんが本の中で「集団的自衛権はチャンスだ。自衛隊は戦争に参加出来るようになる」と話せば、て安倍さんも負けじと、「軍事同盟は血の同盟であって、日本人も血を流さねばアメリカと対等な関係になれない」と語っている。(『「安倍晋三」大研究』 漫画p115より)

[画-4]
原作・佐々木芳郎、画・ぼうごなつこ、『「安倍晋三」大研究』(KKベストセラーズ)p53より

[画-5]
「政府があらゆる記録を国民に残すのは当然!」と2012年の自著で綴っていた菅氏。『THE 独裁者』(KKベストセラーズp106より)画・ぼうごなつこ

[写真]
写真は、1988年のリクルート事件後、みそぎ選挙となった1990年参議院選挙のため地元・福山を始め各地を回る故・宮澤喜一氏。

BEST T!MES、2019年12月14日
憲政史上最長「安倍政権」の行方
なぜ安倍首相は「憲法を改正する必要は全くない!」と僕に語ったのか

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/10963

posted by fom_club at 10:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月13日

田原総一朗氏 × 望月衣塑子氏が斬る!(続)

● 安倍政権の戦略の秘密とは? 消費税10%という分水嶺と野党

田原・・・望月さんは安倍さんを過大評価していると思う。
 僕は安倍さんにはそんな戦略はないと思う。
 最大の問題は野党だよ。
 第2次安倍内閣になってから6回選挙があったけど、そのいずれもが安倍政権が勝っている。
 では、なぜ勝つのか。
 安倍内閣の経済政策アベノミクスはほとんど失敗しているにも関わらず、です。
 安倍さんは日銀の異次元金融緩和策で、お金をガンガン刷れば需要が拡大するとにらんだ。
 ところが、個人消費は目論見に反して、まったく拡大していない。
 借金ばかり多くなった。
 アベノミクスは成功しなかった。
 そんなこと野党各党の代表も国民も分かっているけどね。
 批判する野党に、安倍さんは「アベノミクスがダメだというなら、あなた方が政権を取ったら、どのような経済政策なのか、対案を出せ」と切り返してくる。
 ところが野党からはアベノミクスに代わる経済政策がまったく出ないわけだ。
 これでは、安倍さんの一人勝ちになるのは目に見えている。
 安倍政権の高支持率の秘密はここにあると、僕は思う。

望月・・・なるほど。
 安倍政権は経済政策を打ち出せない野党の弱点を知悉した政権運営をしているわけですね。
 れいわ新選組の山本太郎さんに話を聞くと、消費税増税ではなく、消費税減税をすることで公務員の正規雇用が進んでいくといいます。
 アメリカやヨーロッパの先進国並みに対国民の公務員数を増やすことが、公共サービスの福祉充実に繋がれば、国民の生活にゆとりが生まれる。
 共産党も言っていることですが、消費税増税は、法人税の減税分の穴埋めに使われています。
 市民に負担を課して、大企業にはひたすら優遇。
 私は、山本太郎さんが指摘するように税負担の公平性を考えていくためにも、大企業には法人税をしっかり課していくことが必要だと思いますね。
 経団連や一部の経営者にとって非常に都合のいい政策が続いています。

田原・・・都合がいいのは経団連だけ。
 法人税増税は野党連合側も反対だ。
 山本さんのれいわは、消費税廃止、他党との共通政策では5%、立憲や国民民主は8%据え置き。
 もっとも、民主党政権の野田政権では消費税を10%に引き上げると言っていた。
 それが、どうして今になって10%反対なのか。
 安倍さんが、かつて消費税を8%にした時、僕は安倍さんに「なぜ8%なのか?」と聞いた。
 そしたら「10%に引き上げたら選挙に負けます」と言った。
 そして今回、ついに消費税を10%に引き上げた。
 一方で10%にすると言っていた民主党政権は、政権から転がり落ちて分党した途端、今度は消費税10%を反対し始めた。
 立憲、国民は、論理的に破綻していると思う。

望月・・・枝野さんたち立憲は、消費増税と軽減税率のカップリングは社会のなかで混乱するかもしれないから反対だと言っていました。

田原・・・10%にすること自体は賛成なわけだ。
 玉木雄一郎国民民主代表は?

望月・・・玉木さんは、減税を含めた議論が必要かもしれないと初めて言いました。

田原・・・財務官僚だった玉木さんは民主党の時に消費税10%だと言っている。今になってどうして急に減税になるのか。

望月・・・まあ、確かにそうです……。
 枝野さんがはっきり動けないのは。
 野田佳彦元首相とその周辺議員も含めて、もう一度、一緒にやりたいという考えがあるからだと思います。
 野田さんを入れるとなると、財務省側の言い分をのまなくてはけないということになり、難しいようですが。

田原・・・やっぱり。
 安倍内閣の支持率が落ちないのは、国民の多くが安倍内閣に代わる政党はないと思っているからだ。
 僕は、枝野さんや玉木さんに、「あなたたちは政権を奪取する野心はあるのか」と問いたい。
 そういう覚悟や戦略、戦術、構想がまるで見えない。

望月・・・確かにそうですね。
 崩壊した民主党は、崖から落ちてしまった後、立憲、国民に分裂しましたが、「再起を図るぞ!」という気迫がもっと欲しいところです。

田原・・・なぜだろう。

望月・・・立憲は、希望の党の時に、このグループから外されるところからスタートしました。
 枝野さんは非常に賢い、骨のある政治家だと思うのですが、政権奪取という気迫がまだ弱いようにも感じます。

田原・・・賢くないよ。
 小池百合子都知事が希望の党をつくった時、自民党はすごい危機感を持っていた。
 自民党の幹部たちは、「次の選挙で自民党が290席を取れなかったら安倍さんは終わりだ、次は誰がいいだろう」と相談にまで来た。
 ところがそこで、小池さんが民主党議員の“排除発言”をした。
「民進党出身者を公認するには、政策や理念が合わなければ排除する、リベラルはだめだ」と。
 これで希望の党は分裂してしまった。
 民主党の本性が見えた瞬間だった。
 枝野さんは排除されて出て来た人で、立憲はそれで出来た政党。
 もう一方で、玉木さんはゴリ押して排除する側だった。
 だから、どちらも支持されない。

望月・・・自民党に対する対立軸が鮮明に出ているのは、山本太郎さんのれいわ新選組が分かりやすいと思います。

田原・・・山本さんが分かりやすいのは消費税を5%にして、その代わり法人税や累進課税を上げると言っている点。
 安倍さんは消費税を8%に上げる時に、法人税と累進課税を下げたよね。
 東京新聞は消費税反対、法人税増税賛成だった。

● メディアは「官房長官には、もう取材しない!」というべきだった!

望月・・・逆進性の高い消費税増税でなく、法人税増税をすべきと思います。

田原・・・安倍さんは、消費税増税をしながら軽減税率を支持した。
 東京新聞は軽減税率に賛成しているよね。

望月・・・……新聞協会として賛成しています。

田原・・・東京新聞は消費税も軽減税率も反対だと言わないとダメだと思う。

望月・・・国会議員から、「新聞は消費増税反対と言いながら、新聞の軽減税適用をしている、姑息だ」と指弾されました。
 確かにネット社会になったいまの時代、新聞は生活必需品なのかという批判はあると思います。
 消費税8%におさまっているのは、世の中の人の感覚にはマッチしていない気もします。

田原・・・もっと言えば、東京新聞も含め新聞はみんな部数が落ちている。
 かつて読売新聞は1000万部、朝日新聞は800万部を謳っていたのが、朝日なんていまや600万部を切っている。
 東京新聞は100万部以上、出ていないよね。
 新聞の発行部数はなぜ、落ちているのか。

望月・・・新聞は、高齢者層は取りますが、30代40代が新聞を取らない。

田原・・・何で取らないと思う?

望月・・・ネットで充分という感覚がかなり根づいていますね。

田原・・・だったら、望月さんは、どうして新聞社にいるのか?

望月・・・私ですか?
 日本は記者クラブ制度が固定化しています。
 新たなニューメディアといわれるビジネスインサイダーや、バズフィードなどいろいろ出ていますが、彼らのような新興メディアやフリー記者は、取材したくても各省庁のクラブに入って担当者にガンガン取材することが難しいのです。
 検察や法務省に入り込んで取材したいと思うと、記者クラブに所属していないとなかなか難しいのが実情です。

田原・・・望月さんは菅官房長官に何度も何度もしつこく質問して、官邸から虫唾が悪いと謗られた。
 あの時、「(そんなことを言う方が)おかしい! もう官房長官には取材しない」というべきだった。
 なのになぜ、望月さんを記者クラブは裏切ったのか。
 擁護してくれなかったことをどう思っている?

望月・・・ご存知の通り、官房長官の会見は内閣記者会です。
 私は社会部なので、普段そこに行っていません。
 あのクラブに私は所属していないのです。
 でも、申請さえすれば、社会部でも官邸で取材が出来るのです。
 ただ、私が内閣記者会に所属していたら、多分もっと叩かれたと思いますが。

田原・・・僕は、安倍内閣の誰かが、記者クラブに頼んでいたと見ている。
 そうして社会部は安倍内閣を批判するけれど、政治部はほとんどしないということになった。
 政治部は本当にだらしなくなった……。

● 総理大臣の「辞め時」とは、いつなのか? 

田原・・・もっと言うとね、昔の自民党は総理大臣が辞める、代わる時は野党との喧嘩に負けた時だった。
 それは岸信介にしても田中角栄にしても、そして、福田赳夫しかり、竹下登、宮澤喜一も、どれも反主流派との抗争に負けている。
 今は反主流派はいなくて、全部安倍のイエスマン。

望月・・・残念ながら。

田原・・・モリカケ問題で、国民の70%以上が安倍政権はダメだと思った。
 ところが自民党の幹部や中堅政治家たちが、安倍さんに問題があると誰も言えない。
 今度の「桜を見る会」の件だってそうだ。
(冒頭でも話した通り)改造直後に閣僚が2人も辞めて不審が相次げば、ポスト安倍がしっかり待機しているというのが自民党だったんだよ。

望月・・・自浄能力が完全になくなってしまいましたよね。

田原・・・何でこうなってしまったのか。

望月・・・総裁選後の石破派の冷遇の話が、本当にすごいらしいのです。
 この間も、憲法審査会で挙手しているのに指されなかった石破議員が激怒したと報じられました。
 1時間で15人が発言する中で、最後まで指名されなかったと。
 本来、自民党の改憲は石破さん的な主張が主流だったはずなのに、いつの間に変質してしまったのか。
 憲法改正をまともに議論しようとしていないのは、野党ではなく、安倍自民党ではないかと思います。

田原・・・本当ならば石破茂元地方創生担当相なんかを閣内に置いておいた方が政権運営、党運営としては安定する。
 石破さんを完全に孤立させてしまった。
 こういうことをしていたら昔はすぐに足元をすくわれるリスクがあった。
 僕は石破さんに言ったんだ。
「石破さんがいないと、自民党は独裁だよ」と。
 そういう情けない自民党をどう思う? 

望月・・・内閣人事局制度しかり、党人事しかり、権力が官邸に集中しているからでしょうね。

田原・・・内閣人事局を作って政治家主導をやろうとしたのは安倍さんではなくて、小沢一郎。
 古くは国会法改正を言い出して権力の掌握を試み、そして民主党政権の時に、官僚機構の政治主導を謳った。
 国民のために働く官僚を、政治がハンドリングすべきとして支持された。
 日本は、政治が停滞しても、優秀な官僚がいて国は機能していたから、その力を政治に使おうと小沢一郎は考えた。
 そうして、官僚主導から政治主導に切り替えなくてはいけないと。
 安倍さんは、その小沢案を引き継いだ内閣人事を始めたわけだ。
 これは民主党が行った一つの改革だった。
 国民はこれに異を唱えるべきだったのか。
 官僚主導に戻すべきなのかな……。

● 政治家主導と官邸主導、どちらが上手く行くのか?

望月・・・政治家が今の政権のような人たちでなければ、違ったのかもしれません。

田原・・・小沢が官僚主導から政治主導にすると言ったとき、東京新聞は反対だった?

望月・・・当時は、メディア全体が、官僚バッシングをしていた気がします。

田原・・・東京新聞は官僚を抑え込む小沢改革に賛成していたはずだ。

望月・・・当時の論調を考えると、私も賛成していたかもしれません。
 私は内閣人事局を廃止すべきとは思っていません。
 ただ、そこに、現在起きているような政治の暴走を許さないための手続き、歯止めとなるものがあった方がいいと思います。
 課長級も含めてあらゆる人事を官邸主導にすることは結果的に、政治の暴走や私物化を許してしまうと思います。
 人事手続きの情報開示が必要です。
 誰が、どのような理由で人事を行ったかをしっかり開示すれば、政治の暴走、または霞が関の懐柔工作などは抑えられると思います。
 モリカケ問題の教訓として、メモ・議事録の開示は行政監視に欠かせないと思いますね。

田原・・・政権を取ったはいいが、内閣として思うような仕事が出来なかったというのが政治の痛いところだった。
 為政者にとって最大の抵抗勢力は官僚。
 彼らは頭もいいし、制度も熟知している。
 為政者が改革をしようとすれば、この法律とこの法律の改正が必要になりますよ、といった具合にさまざまなハードルを仕掛けてくる。
 霞が関は行政の専門家集団だから、ポッと出て1〜2年で変わる首相など、簡単に懐柔出来たわけだ。
 それで結局、政権奪取したのはいいが、何もできないまま短期間で首相は変わるという辛酸をなめてきた政治だった。
 その官僚人事をついに掌握した安倍さんは、良し悪しはともかく、やろうと思ったことはどんどんやっている。
 特定秘密保護法、集団的自衛権、共謀罪……。
 これは望月さんから見れば、酷いことばかりしている……となるのだろうね。

望月・・・私は、この政治は何がしたいのかと考えてしまうのです。
 見ていて怖いです。

BESTT!MES、2019年12月13日
憲政史上最長「安倍政権」の行方A
田原総一朗氏 × 望月衣塑子氏が斬る!
消費増税10%安倍内閣 vs 消費減税5%山本太郎

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/10962

posted by fom_club at 19:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

グレタさん「COP25演説全文」

グレタさん「最大の脅威は行動を取らないこと」COP25演説
https://www.youtube.com/watch?v=Hul65w8kJIo

 スペイン・マドリードで開催中の国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)で2019年12月11日、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさん(16)が、地球温暖化による危機をテーマにしたイベントのパネリストとして参加した。
 グレタさんの演説した内容は次の通り。

真実を忘れてしまうから感情的な話はしない

 こんにちは。
 1年半前、私は、必要ない限り話すことはしませんでした。
 でも、私は話す理由を見つけました。
 それ以来、私はたくさんのスピーチをし、公の場で話す時に注目を得るため、個人的なことや感情的な話から始めることを学びました。
「私たちの家が燃えている」
「私はあなたにパニックになってほしい」
「よくもそんなことを!」などと言うのです。
 でも今日、私はそのようなことを言いません。
 皆がその言葉ばかりに注目し、真実を忘れてしまうからです。
 そもそも、私がこのようなことを言う理由は、私たちにはもう科学を忘れている時間がないからなのです。

 1年ほど前から、私は「炭素予算」(気温上昇を一定のレベルに抑える場合に排出できる温室効果ガスの累積排出量の上限値)が急に減っていると何度も何度も訴えました。
 でも、いまだに無視されています。
 私は何度も言い続けます。
 昨年発行された、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書の108ページには、2018年1月1日からの二酸化炭素(CO2)排出量を420ギガトンに抑えると、67%の可能性で(産業革命前からの)世界の気温上昇を1.5度に抑えられると書かれています。
 もちろん、今その(420ギガトンという)数字はより小さくなっています。
 土地利用も含めて毎年私たちは42ギガトンのCO2を排出していますから。
 現在の排出量では、残りの炭素予算を8年間で使い切ってしまいます。
 この数字は誰かの意見でも、政治的見解でもありません。
 これは、現在の科学で得られる最良の数値なのです。

 多くの研究者がこの数字は甘いと指摘していますが、これがIPCCによって示された数字です。
 この数字は、地球規模だということに留意してください。
 ですから、パリ協定を地球規模で機能させるために極めて重要な「公平性」については何も語られていないのです。
 つまり、豊かな国は公平性のために、排出ゼロを素早く達成し、貧しい国がそれを達成するのを手伝う必要があるのです。
 そうすれば、世界の豊かでないところに暮らしている人びとは生活水準を上げることができます。
 この数字は、非線形の「フィードバックループ」(変化が変化を呼び相乗効果を生む現象)や「ティッピングポイント」(気候変動が急激に進む転換点)や大気汚染によるさらなる温暖化についてはほとんど含まれていません。
 しかしながら、多くのモデルは、現在は存在しない技術を用いて、数千億トンもの大気中のCO2を吸収することができるようになることを想定しています。
 おそらくそのような技術は決して出てこないでしょう。

 (1.5度以内の気温上昇に抑える可能性が)67%というのがIPCCによって示された最も高い割合です。
 今、私たちが排出できるCO2量は340ギガトンも残っていません。
 なぜ、1.5度以下に抑えることがそんなにも重要なのでしょうか。
 なぜなら、たった1度でも上がれば気象危機で人びとが死んでいくのです。
 それは科学が叫んできたことだからです。
 氷河や北極永久凍土が溶けるなど、不可逆的な(被害の)連鎖を止めるチャンスを得られるよう、気候を安定化させることです。
 ほんのわずかな気温の上昇も問題なのです。

 これが私のメッセージです。
 これが私があなたに注目してほしいことです。
 あなたはパニックを全く感じずにこの数字にどう反応するのですか。
 わずかな怒りすら感じずに基本的に何もなされていないという事実をどう思いますか。
 警鐘を鳴らさずに、あなたはこれをどのように伝えますか。
 私は本当に知りたいのです。
 パリ協定採択以降も世界の銀行は1.9兆ドルを化石燃料に投資してきました。
 世界の二酸化炭素(CO2)排出量のうち71%に対しての責任を負っているのは100の企業です。
 G20加盟国の排出量は全体の約80%を占めています。
 世界の人口の裕福な10%が世界の半分のCO2を排出しています。
 一方、貧しい50%の人びとはたったの10分の1です。
 私たちは本当に行動する必要があります。
 でも、ある人たちは他の人たちよりももっとやらないといけない。

2050年に実質排出ゼロなんて無意味

 最近、ごくわずかな先進国が温室効果ガス排出量を減らし、何年もかけて実質排出ゼロにすることを約束しました。
 これは一見素晴らしいことのように見えるかもしれません。
 でも、目指すものはいいとしても、それはリーダーシップとは言えません。
 ミスリードです。
 なぜならこういった排出削減の約束の中に、国際航空や船舶、輸出入される製品・消費からの排出は含まれていません。
 でも、他の国で排出を相殺する可能性は含んでいます。
 これらの約束は、豊かな国がすぐに削減することを想定していません。
 本当は(温暖化の影響を抑えるために)ごくわずかな排出の猶予しかないのに。
 2050年に実質排出ゼロなんて無意味です。
 もし大量に排出する国が数年でも(大量)排出を続ければ、残された猶予なんてなくなってしまいます。
 全体像を見なければ、私たちはこの危機を解決することができません。
 包括的な解決策を見つけること、それがこのCOPでやらなければいけないすべてです。
 でも、その代わりに、各国が抜け穴について議論し、野心を引き上げることを回避する機会に変わってしまっているように見えます。

 各国は取らなければいけない本当の行動に反する、賢いやり方を見つけてしまっています。
 例えば、排出削減量の二重計上や海外に排出量を移転すること。
 そして、野心を引き上げるという約束の話に戻ったり、解決策や(温暖化で起こってしまった)損失と被害に対する支払いを拒否したり。
 こういったことを止めなければいけません。
 私たちに必要なのは本当の徹底した排出削減です。
 でも、もちろん減らすだけでは十分ではありません。
 温室効果ガスの排出を止めなければなりません。
 気温上昇を1.5度未満に抑えるには、CO2を地中に閉じ込めておく必要があります。
 先送りして、耳に心地よい対策について話すことだけが進んでいます。
 私たちは良いことより害をもたらすようなことをしています。
 なぜなら、変化が必要なのに、まだ変化がどこにも見えないから。
 世界の指導者から何かを聞いているかもしれませんが、今必要な政治と言えるようなものは存在していません。
 そして、私は最大の脅威は行動を取らないことだと今でも思っています。
 本当の脅威は、政治家や最高経営責任者(CEO)たちが行動を取っているように見せかけていることです。
 実際は抜け目ない経理やクリエーティブなPR活動以外に何もしてないのに。

 私は世界中を旅する幸運に恵まれてきました。
 私の経験では、(温暖化の危機への)認識が欠如しているのはどこでも同じです。
 少なくとも選挙によって選ばれるリーダーたちの間ではそうです。
 切迫感がまったくありません。
 私たちのリーダーは非常事態の時のような振る舞いをしていません。
 非常事態にあれば、人は行動を変えます。
 もし、子供が道路の真ん中で立ち尽くしていて、自動車が猛スピードで走ってきたら、あなたは目を背けることができないでしょう。
 だって、落ち着いていられないから。
 あなたは即座に飛び出して、その子を助けるでしょう。
 切迫感なしに、私たちはどうしたらいいのでしょう。
 人びとは本当の危機に直面していることを理解しています。
 もし今進行している事態にまったく気づかなければ、権力者たちにプレッシャーをかけることはしないでしょう。
 人びとからのプレッシャーがなければ、私たちのリーダーは何もせずに逃げてしまいます。
 それが現状で、繰り返されています。

希望は人々から生み出される

 3週間後に、私たちは新しい10年(2020年代)に突入します。
 私たちが「未来」と定義する10年です。
 今、私たちには希望の兆しさえ見えません。
 私は皆さんに言います。
 希望はある、と。
 私はそれを見てきました。
 でも、それは政府や企業から来るものではありません。
 人びとから生み出されるものです。
 今までは(危機に)気づいていなかったけれど、今気づき始めた人たちの中から生まれるのです。
 そして、一度気付けば、私たちは行動を変えられます。
 人びとは変われます。
 人びとは行動を変える準備ができていて、それこそが希望です。
 私たちには民主主義というものがあるのですから。
 そして民主主義は常に存在します。
 選挙の日だけでなく、あらゆる瞬間に。
 自由な世界を動かすのは世論です。
 実際、歴史を振り返ると、あらゆる偉大な変化は人びとの間から起こりました。
 私たちには待っている時間はありません。
 私たちは今、変化を起こすことができます。
 私たち、それが「人びと」です。
 ありがとうございました。


[写真]
COP25で演説するグレタ・トゥーンベリさん=マドリードで2019年12月11日

毎日新聞、12月11日 23時47分
グレタさん「最大の脅威は行動を取らないこと」COP25演説全文
(信田真由美、大場あい)
https://mainichi.jp/articles/20191211/k00/00m/030/319000c

posted by fom_club at 17:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

政治的決断力のない小泉進次郎環境相

 2019年9月の内閣改造の目玉として登場したものの、「セクシー発言」などで物議を醸した小泉進次郎環境相。
 スペイン・マドリードで開催中の国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)で演説する予定だが、踏み込んだ発言が出るかは不透明だ。
 小泉氏の地元・神奈川県横須賀市の石炭火力発電所建設計画に反対する住民は「地元から『脱石炭』を実現し、温暖化対策を進めてほしい」と求める。 

 小泉氏は、環境相就任直後の9月22日、米国連本部の環境関連会合後の記者会見で「気候変動のような大きな問題は、セクシーに取り組むべきだ」などと発言。
 真意を巡り物議を醸した。
 今月12月3日の記者会見では、愛知県豊田市など21自治体で、二酸化炭素(CO2)排出量の「2050年までに実質ゼロ」を表明する動きが広がっていると指摘。
「COP25 でしっかり発信したい」と述べたが、国を挙げての具体策には言及しなかった。

 12月2日に始まったCOP25 は、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」が来年から本格始動する前に、各国がCO2など温室効果ガス削減の目標引き上げを含めて協議する。
 環境省によると、小泉氏は12月11日に演説する予定で調整中という。

 現地にはスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(16)も12月6日に駆けつけ「権力者たちが行動を起こすことを心から望む」などと演説。
 若者らと、温暖化対策の早急な強化を求めて数万人規模のデモに参加した。

 温暖化対策を巡っては、これまで欧州など70ヶ国余が「2050年までにCO2排出量を実質ゼロ」を表明。
 一方、日本政府は今世紀後半のできるだけ早期に脱炭素化を目指す方針で、対策の遅れが目立つ。

 環境保護団体「気候ネットワーク」によると、日本のCO2排出量は、中国、米国などに次いで世界第5位。
 田浦健朗事務局長は「COP25 で日本の求められる役割は大きいが、これまでの取り組みはとても不十分だ。小泉氏は『セクシー』と言うだけでなく具体的な対策を示してほしいが心配だ」と話す。

 海外でCO2排出が多い石炭火力発電を廃止する動きが相次ぐなか、日本は横須賀市などで建設計画が進んでいることも、本気度が疑われる一因に。
 12月3日には、世界の環境団体から対策に後ろ向きとして不名誉な「化石賞」も贈られた。

 田浦氏は「小泉氏の地元で石炭火力発電の計画が止められないこと自体が、日本が脱石炭にかじを切れないことを象徴している。今のままでは環境相の役割を果たすどころか、国際的な動きに逆行していると受け取られかねない」とみる。

 横須賀市の石炭火力発電所建設計画を巡っては、反対する地元住民ら約50人が2019年5月に国を相手に行政訴訟を起こし、係争中。

 原告団長の鈴木陸郎さん(77)は「肝心な地元で進んでいる石炭火力の計画をまず止めてほしい。自治体任せにせず、国がCO2排出ゼロに向けた政策を打ち出すべきだ」と求める。

 鈴木さんや地元住民らでつくる「横須賀火力発電所建設を考える会」は、小泉氏の環境相就任後、石炭火力計画の中止を求める小泉氏宛ての手紙を環境省に送ったが、これまで返事はないという。

 鈴木さんは、今秋の台風15、19号で、横須賀市内も強風による倒木や住宅被害などが出たとし「気候変動問題への対策は、待ったなしだ」と指摘。

若者や子どもたちの未来を考えれば、横須賀を含め石炭火力発電所の新増設は認められない。小泉氏に、脱石炭の覚悟を示してほしい

※ 12月10日朝刊特報面に掲載


[写真-1]
COP25の日本パビリオンのロゴマーク発表を報告する小泉環境相のフェイスブック

[写真-2]
大規模デモに参加し、演説するグレタ・トゥンベリさん=6日、マドリードで

[写真-3]
COP25 の会場で開かれた「化石賞」の発表イベント=3日、マドリード

東京新聞・朝刊、2019年12月10日
COP25で何を語る?小泉環境相

地元・横須賀では石炭火力の建設計画

(中山岳)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201912/CK2019121002100022.html

 進次郎氏が国際舞台で恥の上塗りだ。

 小泉環境相は2019年12月11日、スペインの首都マドリードで開会中の国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)で演説。
 その中身のなさに、ほかの参加国や海外メディアなどから落胆や非難の声が上がり、環境NGOグループは皮肉を込めて日本に2度目の「化石賞」を贈った。

 小泉氏は、日本が国際的に批判を浴びている石炭火力発電について「COP25までに石炭政策については新たな展開を生むには至らなかった」と言い訳。
 具体的な取り組みには全く触れず、石炭火力発電所の建設計画に関する環境影響評価(アセスメント)の厳格化にも言及はなし。
「私自身を含め、今以上の行動が必要と考える者が日本で増え続けている」と意味不明の“進次郎節”で目くらましだから、「日本以外に期待するしかない」(スペイン代表)との声が上がるのも当然だ。


日刊ゲンダイ、2019/12/12 14:50
“進次郎節”で恥の上塗り

COP25演説で2度目の「化石賞」

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266132

 地球温暖化対策の国際会議「COP25」で、小泉進次郎環境相の演説に、世界から厳しい目が注がれた。
「石炭依存」脱却への具体的な道筋を示せなかったためだ。

「厳しい批判も承知している」と認め、温室効果ガスを5年連続で削減した実績を強調したが、不十分な内容だった。
 温暖化対策に消極的な国に非政府組織が贈る「化石賞」に、同じ会議で2度も選ばれた。

 国連のグテレス事務総長は各国に「石炭依存をやめて」と呼びかけている。
 日本の現状はほど遠い。

 電力供給の33%を石炭火力発電が占める。
 現在、約100基が稼働し、約20基の新設が計画されている。

 東京電力福島第1原発事故で全原発が停止し、原子力発電の割合が約3割から3%まで落ち込んだ。
 代替手段として電力会社は、石炭火力の比重を増やした。

 さらに政府は、高効率の石炭火力発電所を途上国へ輸出する政策も進めている。
 小泉氏は演説に際し、輸出抑制方針を盛り込もうと調整を図ったが、経済産業省などの抵抗が根強く、見送った。

「脱石炭」は世界の潮流だ。
 欧州を中心に、2030年までの石炭火力廃止を宣言する国が相次いでいる。
 だが、日本のエネルギー基本計画が規定する将来の電源構成は、石炭に過度に依存している。

 来年始動する「パリ協定」で日本が約束する温室効果ガス削減目標も、この計画に基づいて設定された。
「30年までに26%削減する」との目標は、国際社会で見劣りするだけでなく、国内の削減への意欲も損なう。
 石炭火力を温存し続ければ、この目標達成すら危うい。

 基本計画を見直し、温暖化対策に真剣に取り組む姿勢を示すべきだ。
 基本計画は30年の原子力への依存度についても「20〜22%」と明記するが、再稼働が困難な現状から目をそらすものだ。
 再生可能エネルギーの活用にかじを切る時だ。

 日本は1990年代、世界が温暖化対策に取り組む契機となった「京都議定書」を主導した。
 パリ協定は、その理念を受け継ぐ。

 現状に安住せず、「脱石炭」の目標を掲げて努力する道を選ぶことが、先進国に課せられた最低限の責任である。


毎日新聞・社説、2019年12月13日 東京朝刊
環境相のCOP演説

「脱石炭」に背向けるのか

https://mainichi.jp/articles/20191213/ddm/005/070/021000c

 環境大臣になった小泉進次郎議員の人気が急落している。
 そして今度の地球温暖化国際会議で、ますます評判を落とした形になった。

 その理由はさまざまだが、私が見るところの最大の理由は、彼の決断力のなさだと思う。
 言い換えれば、父親小泉純一郎のような、狂気に近い政治的攻撃性が彼はない。
 百万人の敵に一人で挑むという覚悟が彼にはない。
 そして何よりも先を読む政治的直観力(勘)が彼にはないのだ。
 それを見事に証明してくれる記事をきょう12月13日の毎日新聞に見つけた。

 マドリード発鈴木理之記者の書いたその記事の要旨はこうだ。
 国際交渉の場で初めて公式の演説に臨んだ小泉進次郎環境相は、地球温暖化対策に対する日本の環境姿勢を打ち出すため、石炭火力発電の海外輸出制限を表明することを直前まで模索したが、官邸側との調整が難航、見送りを余儀なくされた、と。
 そして、その記事は、環境官僚と小泉環境大臣が、経産省主導の官邸と折衝したがあえなく敗れた経緯を紹介している。
 ある環境省幹部は、「官邸の壁は高かった」と振り返り、小泉大臣は「国内では石炭への批判が十分に理解されていない」と会議後の記者会見で、脱石炭への恨み節ともとれる言葉を漏らしたと、その記事は解説している。

 これを読んだ私は、小泉進次郎の自業自得だと思った。

 そして、小泉進次郎も環境官僚も情けないと思った。
 環境省は閣内では力のない三流官庁であり、官僚もまた三流官僚だ。
 しかし、地球温暖化対策はいまや世界最大の国際問題だ。
 そして環境官僚たちは、小泉進次郎という花形政治家を自らの大臣として手に入れたのだ。
 3ヶ月後に大きな国際会議を控えていたことは百も承知のはずだった。
 なぜ小泉大臣を使って目玉政策をつくり、実現しようとしなかったのだろうか。
 小泉大臣はなぜ環境官僚らと二人三脚になって、それをつくり、安倍首相を説得して実現しようとしなかったのだろうか。
 出来たはずだ。
 決して大胆な政策変更を求めなくてもよかった。
 具体的な数字を示し、少しでもこれまでと違った政策を示すパフォーマンスを国際会議ですればよかっただけなのだ。
 さすがは小泉進次郎だと思わせる政策をでっちあげればよかったのだ。
 そして、進次郎は安倍首相に対して、私の将来を潰さないためにも、自民党の将来を潰さないためにも、これぐらいのごまかしを首相決断で認めてほしい、そしてそれは安倍政権の浮揚のためでもある、ごまかしは安倍首相のお得意芸のはずだ、それが出来ないなら環境大臣を辞めさせてほしい、と、そう説得すべきだったのだ。

 繰り返して言う。

 具体的中身は環境官僚の考える仕事だ。
 いますぐ日本の経済界に痛みを迫るものでなくても、国際会議で、日本も踏み込んだか、と思わせるごまかしはいくらでも考えられたはずだ。
 なぜ、小泉進次郎は、一方において環境官僚をその気にさせ、他方において安倍首相と官邸官僚を味方につけることができなかったのか。
 3ヶ月もあったというのに。

 やはり小泉進次郎は甘ちゃんだ。
 よく言えば甘やかされて育った二世議員のボンボンであり、悪く言えば世襲の強みを生かしきれない無能者だ。

 そういえば、あの石破氏への支持の時もそうだ。
 最後まで反安倍を貫いて石破氏を支援していたら、今頃は自民党を根こそぎ引き連れて小泉・石破政権に向かってまっしぐらだったはずだ。
 冷徹さにおいても、攻撃性についても、そして何よりも政治的勘において、進次郎は父親純一郎を超えられない、いや足元にも及ばないということだ。
 はたして小泉進次郎はこの私の叱咤を知って発奮するだろうか。


天木直人のブログ、2019-12-13
政治的決断力のない小泉進次郎環境相の自業自得
http://kenpo9.com/archives/6406

posted by fom_club at 11:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小泉環境大臣「COP25」での演説が「化石賞」

 気候変動問題を議論する国連の会合であるCOP25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)での演説に先立ち、小泉進次郎環境相が東洋経済のインタビュー取材に応じた。
 インタビューは11月26日に実施し、長年にわたって地球環境問題に取り組んできた国連環境計画・金融イニシアティブの末吉竹二郎・特別顧問がインタビュアーを務めた。

「市場メカニズム」にどう対処するか

 小泉氏は、12月11日に予定されているCOP25の演説において、脱炭素化に向けての日本独自の取り組み内容をアピールしていく考えを表明した。

 9月に環境相に就任した小泉氏は、脱炭素化を目指す国々で構成される「炭素中立性連合」に日本が参加の意思を表明したことや、地方自治体への働きかけが奏功し、これまでに脱炭素化の目標を表明した自治体の人口規模が3000万人に達したことなどを成果として挙げた。

 若者や女性に気候変動問題について関心を持ってもらうべく、環境省が環境NGOと連携したり、ファッション誌の特集に協力するなどさまざまな取り組みを続けているとも強調した。

 また、来年、第一子の親となる小泉氏は、「(海面上昇によって)その子どもが将来、砂浜のない日本を見るのかと思うと、耐えられない気持ちになる」と心情を吐露した。 

 COP25の主要な議題となるのが、2018年12月のCOP24で合意し切れなかった「市場メカニズム」(パリ協定第6条)の改善だ。
 技術移転などを通じて国外で実施した二酸化炭素(CO2)排出削減の実績を削減分としてカウントできるが、それが自国と対象国でダブルカウントされないような仕組み作りに日本として力を注ぐ考えを示した。
 小泉氏は「(一部の国が主張している)ダブルカウントが認められることは絶対にあってはならない」と明言。
 交渉の担当官に、「気候変動に関する『パリ協定』の精神をきちんと守る必要があると伝えている」と述べた。

 インタビューでは、CO2を大量に排出する石炭火力発電のあり方にも議論が及んだ。
 イギリスやフランスなどの欧州諸国は、期限を定めたうえで石炭火力発電所を閉鎖する方針を打ち出している。
 また、アメリカも、トランプ政権が石炭産業への支援を表明しているものの、再生可能エネルギーや天然ガス火力発電との競争に敗れた石炭火力発電所の閉鎖が相次いでいる。

 これに対して、日本はエネルギー基本計画において、2030年度の発電電力量に占める石炭火力の割合を26%と設定しており、新増設計画も全国各地に存在する。
 また、ベトナムやインドネシアでの石炭火力発電所の新設も日本は官民で支援している。

 こうした実態を捉えて、末吉氏は石炭問題における日本の論理と世界の論理が大きく食い違っていると指摘。
「(石炭火力発電所の段階的廃止に向けて)海外と議論のベースを共有する必要がある」と述べた。
 そのうえで、石炭利用をやめる方向での努力がなければ、「いかに日本が気候変動問題に関して優れた取り組みをしていたとしてもその点がなかなか伝わらない」と警鐘を鳴らした。

石炭火力発電存続で「化石賞」を受賞

 こうした末吉氏の指摘について小泉氏は共感を示したうえで、
「石炭というファクターがあるため、日本が胸を張れることすら見向きもされなくなってしまう。そうした現状を変えたい」
「私自身の中でも、大臣という立場と、自分の思いとのジレンマを感じることがある」などと危機感をあらわにした。

 折しもCOP25開催中の12月3日、世界の環境保護団体で作る「気候行動ネットワーク」は日本とオーストラリア、ブラジルの3カ国に「化石賞」を授与すると発表した。
 これは、梶山弘志経済産業相が同日の記者会見で、石炭火力発電を選択肢として残していく方針を示したことに対する反発の意思表明だ。
 国連のグテレス国連事務総長は12月2日、COP開催に際して各国に石炭火力発電への依存をやめるように呼び掛けていた。
 同じ政府の一員である小泉氏が批判の矢表に立つ可能性もある。

 パリ協定を踏まえ、各国は産業革命以降の平均気温の上昇を2℃以内に抑えることを目指して温室効果ガスの削減目標を示している。
 しかし、各国の公約数字を合計するだけでは2℃目標は守れず、3℃以上の気温上昇が避けられないと言われている。

 気温上昇がこのまま続くと、サンゴ礁や北極の海氷が消滅し、永久凍土が溶け出してメタンなどCO2よりはるかに影響が深刻な温室効果ガスが大量に大気中に放出される事態も予想されている。

 こうしたことからCOP25では、各国が自国の排出削減目標を上積みし、脱炭素化に向けた決意を示せるかが焦点だ。
 小泉氏は世界の期待にどう応えるか。
 若者世代の声を代弁すると言われる政治家の言動に注目が集まっている。


[写真-1]
国連環境計画・金融イニシアティブの末吉竹二郎・特別顧問のインタビューに答える小泉進次郎環境相

[写真-2]
末吉竹二郎氏は石炭火力の段階的廃止に向けた努力を強調した

東洋経済オンライン、2019/12/09 5:00
COP25にどう臨む、小泉氏が語る「脱炭素戦略」

石炭火力発電に依存する日本、脱却の道は?

(岡田 広行、東洋経済 記者)
https://toyokeizai.net/articles/-/318151

【マドリード=安倍大資】
 第25回気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)は11日、閣僚級会合を開き、小泉進次郎環境相が演説した。
 国内の自治体の取り組みなどのアピールをした。
 ただ、国際批判の強い石炭火力発電の廃止など脱炭素に向けた具体策には踏み込まなかった。
 現状の温暖化ガス削減目標の上積みも見送った。

 環境派を自任する小泉氏は苦しい立場に置かれている。

「COP25までに石炭政策については新たな展開を生むにはいたらなかった」

 小泉氏は演説で、日本の石炭火力に関する政策に変更がないことに言及した。
 日本の政策に批判があることを「真摯に受け止める」としたが、石炭火力廃止などに踏み込むことはなかった。

 一方、欧州では英国やフランス、ドイツなどの主要国が将来の石炭火力発電を全廃する方針を打ち出し「脱石炭」が国際的な流れになりつつある。

[図]石炭火力発電廃止を打ち出す国は増えている ☟

脱炭素.jpg

 2020年から本格運用が始まる国際枠組み「パリ協定」は地球の気温上昇を産業革命前から2度以内に抑えることを目標としている。
 一方で国連は、各国が取り組む現在の対策では地球の平均気温は産業革命前から3.2度上昇すると分析している。

 国連の気候変動枠組み条約事務局のエスピノサ事務局長は「気候変動を止めるには決断とリーダーシップが重要だ」と強調している。

 こうした状況の中、温暖化ガスの排出量が多い石炭火力を国内外で新増設する計画を持つ日本への国際社会の批判は強まっている。

 日本は11年の東京電力福島第1原子力発電所の事故後、全国の原発が停止し、再稼働が進んでいない。
 電力会社は代替電源として安価で安定的に発電できる石炭火力の新増設を相次いで表明した事情がある。
 小泉氏はCOP25開催前の会見などでも「日本は脱炭素へ大きくかじをきる」と訴えていたものの、厳しいエネルギー事情との板挟みにあっている。
 また石炭火力発電の認可は経済産業相の権限でもあり、環境相が石炭火力をストップする裁量も限られる。

 小泉氏は11日の演説で「日本は5年連続で温暖化ガスの排出量を削減してきた」と実績をアピール。
「こうした日本の行動が石炭政策への批判によってかき消され、評価されない。これを変えたいと思いマドリードに来た」と述べた。
 だが、脱炭素に向けた日本の取り組みは不十分との声は根強い。

 企業や投資家が環境を重視する傾向は強まっている。
 特に石炭火力を見る目は厳しく、国際的に投資を引き揚げる動きが出ている。

 国連環境計画(UNEP)・金融イニシアチブの末吉竹二郎特別顧問は「石炭火力を維持すると国際社会からみなされるのは、日本企業にとって大きなリスクだ」と指摘する。
 末吉氏は「再生可能エネルギー100%の電気を条件とする世界企業も増えている。脱炭素を進めなければサプライチェーン(供給網)の国際化が進む中、日本から出る企業も増える」と懸念する。

 日本は30年までに温暖化ガスを13年度比26%減らすという目標を掲げる。
 しかし現状では達成は難しい。
 原発事故前には電源構成比のうち3割前後あった原発は、17年度時点で約3%にとどまる。
 頼みとなる再生エネも15%程度にとどまり、政府が掲げる「主力電源化」には遠い。

 日本を尻目にニューヨークで9月に開かれた国連気候行動サミットでは欧州を中心に温暖化ガスの削減目標引き上げへの言及が相次いだ。

 国連のグテレス事務総長もCOPの開幕にあたり「化石燃料の時代は終わらせ、気候変動に抜本的な対策をとるべきだ」と呼びかけた。

 危機感を持った若者たちも行動を起こしている。
 スウェーデンのグレタ・トゥンベリさん(16)が始めた「学校ストライキ」は世界で賛同を集める。
 9月には世界各地で約400万人がデモ行進するなど、各国の政府へ踏み込んだ対応を求める声は強まる。

 11月には中国に次ぐ世界第2位の温暖化ガスの排出国である米国がパリ協定からの離脱を正式に国連に通告した。
 COP25の開催に冷や水を浴びせ、国の対応には二極化も進む。

 小泉氏のかじ取りは、かつて環境先進国とみられた日本の復権の鍵ともなる。


[写真-1]
COP25の閣僚級会合で演説する小泉環境相(11日、マドリード)

[写真-2]
小泉氏は政府代表として演説した(11日、マドリード)

日本経済新聞、2019/12/11 21:30
COP25会合

小泉環境相、石炭火力廃止踏み込めず

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53240010R11C19A2EE8000/

【マドリード=共同】
 世界の環境団体でつくる「気候行動ネットワーク」は2019年12月11日、地球温暖化対策に消極的な国に贈る「化石賞」に日本とブラジルを選んだと発表した。
 小泉進次郎環境相が同日のCOP25の演説で、脱石炭など意欲的な姿勢を示さなかったのが理由。

 2日に始まった会議で2回目の受賞となった。
 化石賞は環境団体が各国の発言内容をチェックして、ほぼ毎日発表している。
 1回目は梶山弘志経済産業相が国内での会見で、石炭火力発電の利用を続ける方針を示したのが理由。

 温暖化に歯止めがかからないとの危機感から世界では脱石炭の流れが決定的だが、日本は石炭火力発電を推進。
 発展途上国での建設に多額の公的融資を続けている。

 同団体は「最も優先される対策に取り組まない限り、どんな弁明をしても国際社会の批判はやまない」と非難した。

 COP25では、各国が温室効果ガスの排出削減目標の引き上げを表明するかどうかに関心が高まる中、小泉氏が目標引き上げにまったく言及しなかったことも受賞理由となった。

 小泉氏は演説で、日本の石炭政策に関し「世界的な批判は認識している。今以上の行動が必要だ」と述べたが、脱石炭にかじを切ることは表明しなかった。
 その後の会見などでは「途上国への輸出は何とかしたいと思ったが、新たな見解を出せなかった」とコメント。
「(化石賞を)さらにもらう可能性があると思っていた。驚きはない」と述べた。

 ブラジルは、ボルソナロ大統領が、若者による対策強化を求める運動の先駆けとなったスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(16)を「ピラリャ(ポルトガル語で『ガキ』の意)」と批判したことなどが理由。


東京新聞・夕刊、2019年12月12日
日本に2度目「化石賞」

小泉氏演説 脱石炭示さず

https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201912/CK2019121202000274.html

[コメント]
「COP25」での小泉環境大臣の演説を受けて、温暖化対策に消極的な国に贈る「化石賞」に再び日本!
 小泉大臣は「驚きはない。受賞理由を聞いて私が演説で発信した効果だと思った。的確に国際社会に発信できていると思う」と話していました。

☆ ある意味合ってるんですけど、、、確かにあなたの発信した効果でこんな不名誉な賞をいただいたのでしょう。
 しかし、真面目に言ってるのが怖い
 高1娘が『日本語ちゃんと理解できてるの?』と心底心配してました。

☆ 大臣になって本当に良かった。
 安倍総理が行なった唯一の国民へのプレゼントだ。
 今回の抜擢がなかったら愚かさや幼児性が発覚せず、総理大臣になって我々を更なる苦界に追い詰めたかも知れない。

☆ 想像した以上のバカで驚くね。
 バカすぎて、笑うより引く。
 まだ衝撃がさめない。
 日本でも屈指のレベルではなかろうか。

※ 12月11日の #報ステ より
 ずっこけるにも程がある。
「私は日本の評価を変えるためにマドリードに来た」
↓ ↓ ↓
 ニュージーランド政府関係者
「日本は全体会合で大口をたたいたが、実際の交渉や対策となると中身がない」
「そこに怒りを覚えた」


posted by fom_club at 09:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月12日

田原総一朗氏 × 望月衣塑子氏が斬る!

田原総一朗(以下、田原)・・・「桜を見る会」の疑惑が次々と国会やメディアを騒がせている。
 僕は、この問題は、安倍内閣が7年も続いたための神経の弛み、自民党の弛み以外の何ものでもないと思う。
 望月さんは、どう思われますか?

望月衣塑子(以下、望月)・・・そうですね。「5000円の会費は、ホテルに宿泊した客がほとんどだったので、ホテルが設定した」と安倍首相がぶら下がりで説明した後に、ホテルでの宿泊がない時期も5000円だったことなどが報道で出てきたり、招待者の名簿を破棄したとする5月9日は、共産党の宮本徹議員が内閣府に資料要求をしたわずが1時間後だったことが発覚するなど、説明の全てで辻褄が合わなくなっています。
 高速シュレッダーについても「予約で一杯だったから」と説明していましたが、シュレッダーの履歴を出したら、前日も含めて空いている時間がある。
 しまいには、「短期の障害者雇用の短時間勤務の職員の勤務調整をした結果」とまで説明する始末です。
 さすがにその場しのぎの理屈づくり≠ノ番記者たちも黙っていられないという感じで、桜を見る会の疑惑が国会で出て以降は、朝日、毎日、北海道新聞、西日本新聞などの若手の菅番の記者たちが、連日しつこく質問をしています。
 政治部の番記者が聞いているのに、質問を打ち切った時も何度かありました。
 安倍首相側が、あのぶら下がりの異例の20分会見で「説明責任を果たした」と思っているとの話もあり、内閣府・内閣官房での名簿のとりまとめの最終責任者でもある菅官房長官に質問が集中しています。

田原・・・安倍首相は、公選法違反疑惑で菅原一秀前経済産業相と河井克行前法相の辞任について「国民の皆さまに大変申し訳なく、責任を痛感している」と謝った。
 相次いで2人の閣僚が辞めるっていうのも尋常じゃない。
 第2次安倍政権発足後、第4次安倍改造内閣までに累積9人の大臣が辞めることになったね。

望月・・・安倍首相は、「任命責任は私にある」と繰り返していますが、いつの間にか、あの言葉は組織のトップとしての潔さだけを感じさせて、責任を取らなくて済むようになってしまいました。
「任命責任は私にあります」の発言が免罪符になり、首相は責任を取らないという枕詞に使われていませんか?
 狡猾な言葉のマジックが見え隠れします。
 決まって、「政権担当者として国民のための政策を推し進めていくのが私の責任の取り方だ」と付け加える。
 つまり、任命責任については、責任を取らなくていいということが常態化してしまった。
 2週間で立て続けに重要閣僚の経産大臣と法務大臣が辞任なんて、普通だったら政権はダッチロールします。
 安倍首相の言い方は、任命したのは自分だが、そのあとは個々の政治家の自己責任ですと言っているのと等しいと思うのです。

田原・・・モリカケ(「森友学園」「加計学園」)問題で大騒ぎになったときも、「自分自身は何も知らないが、家内が籠池夫妻と会っていた」といった、どこかわれ関せず。
 しかし、さすがに昭恵夫人を表に出したら政治家として失格になる……ということは分かっている。
 だから、その一線だけは守り通そうと、昭恵さんは表に出さないと必死に守った。

望月・・・2017年3月14日に、「昭恵夫人は“公人”ではなく、“私人”である」と閣議決定が行われています。
 書籍『THE 独裁者』(KKベストセラーズ、2018年1月)で、安倍内閣の閣議決定について紹介しましたが、驚かされるものが他にもいろいろありました。
【閣議決定】
 内閣の意思決定の一形式で、実質的には行政において最高の意思決定となる。
 法律案や政令・予算など、憲法や法律で内閣の職務権限とされる事項や、国政に関する重要事項が決定される。
 全国務大臣合意のもとで決定される。
 以下は、安倍内閣が決定した閣議決定の例である
●「そもそも」という言葉には「基本的に」という意味もある。
​(2017年5月12日)
●(「ポツダム宣言についてはつまびらかに読んだことはない」と答弁しながら)安倍内閣はポツダム宣言を当然読んでいる。
(2015年6月2日)
● 森友学園の国有地払い下げで、政治家からの不当な働きかけはなかった。
(2017年3月28日)
●『2020年改憲発言』は自民党総裁としてのもので、首相の職務のものではない。
● 憲法九条は核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない。
(『THE 独裁者』/望月衣塑子著 p136〜p139より)


望月・・・昭恵夫人が国会に引っ張り出されたら安倍政権は終わりだと思っていたでしょう。
 そのことをある国会議員にぶつけたら、「あの時、昭恵夫人を国会に出していたら、安倍政権はおろか、安倍晋三という政治家が終わっていただろう」と言っていました。だから、結局は、昭恵さんを守ったのではなくて、自分を守ったわけですよ。
 この間の2大臣の辞任劇、どちらも菅官房長官の側近で、菅人事≠ニ言われていました。
 トップとして責任があると言いながら、本当は「官房長官人事なんで、私は関係ない」といった対岸の火事みたいな無責任さが垣間見えました。
 改造内閣を見ると、総裁選に出た石破議員や石破派は入閣させない報復人事≠ナ、安倍さん子飼いの萩生田光一文科相や衛藤晟一農水相らを入れ、菅サプライズと言われる小泉進次郎環境相という面々でした。
 内実は、菅人事の大失敗だったというわけです。
 だからこそ、菅長官の判断で更迭を素早くできたのでしょう。
 比べると稲田朋美元防衛相の時は、本人が辞めたがっても安倍首相が引っ張りましたよね。
 さまざまな疑惑が出てきても、やはり最終的に判断する安倍さんがなかなか首を縦に振らなかった。
  “お友達の色”をかつて以上に、内閣に強めすぎてしまった。
 その結果、バランスも働いていないし、自民党安倍一強の中で、自分たちがやりたいことは何でも出来るというおごりの部分が出てしまったと思います。

田原・・・僕は、安倍さんの任命責任の前に、経済産業大臣と法務大臣は議員辞職するべきだと思う。
 なぜ要求しないのか?
 だって2人とも法律に違反しているんだよ。
 違反行為をすれば議員辞職は当然のこと。
 安倍さんの説明責任を追及しても、安倍さんが辞めるはずもない。
 大臣は辞めるべき、という方へなぜ追及が行かないのか。
 やっぱり野党も新聞の政治部も鈍いんだと思う。

望月・・・もう一歩突っ込んだ質問は、「日和っている」ということですか?

田原・・・そう。
 野党が「日和る」から、安倍内閣はどんどん自信過剰になり、ますます傲慢になる。

望月・・・自民党のある議員は、安倍政権にとって「現在のように野党が分裂しているくらいがちょうどいい」と平気で言っています。
 政権奪取をされる心配はないからと。
 恐いのは、勢いがある「れいわ新選組」のような政党だと。
 参院選では、メディアが報道を控えたことが影響し、結果として思ったほど支持率が上がらず、ホッと胸をなでおろしたとも聞きました。
 とはいえ、山本太郎さんの人びとの心を掴む力を評価している自民党議員らがいるのも印象的でした。
 ある議員は、「今、一番怖いのは“山本太郎”」とはっきり言っていました。

● 安倍内閣高支持率の本当の理由とは?

田原・・・僕は安倍内閣はモリカケ問題が発覚したあたりで終わっているーーと見ている。
 それなのに安倍内閣は、なぜこれほど長く続いて、しかも支持率が下がらないのか、さっぱり理解できない。
 内閣支持率は歴代政権を見ていても悪くないんだよね。
 本当に、何でこれほど高い支持率が保たれているのか、不思議でならない。

望月・・・一つは、特捜部が全く政権の不正を捜査する力が働かなくなり、機能しなくなったことだと思います。
 安倍政権にとって全く怖くない存在になってしまったんではないでしょうか。
 森友問題の改ざんの捜査はしたけれど、全く事件化せず、官邸や佐川宣寿元理財局長の処分は曖昧なままでした。

田原・・・不起訴だよね。
 起訴したらいいのに、なぜ出来ないのか?

望月・・・別名安倍晋三記念小学校≠ニも言われた瑞穂の國記念小学校となった国有地売却に関する公文書で、文書改ざんが始まりました。
 この取引について、官邸と菅さんの議員事務所では、太田允理財局長、改ざんを首謀したといわれる中村稔理財局総務課長(当時)、直属の上司であった佐川宣寿理財局長らが説明に来ていたわけです。
 財務省は「何も問題ない」と菅氏に説明していたとのことですが、改ざんの直前に2回にわたって行なわれた菅事務所でのやり取りについては、メモも会議録も一切ないと答弁していました。
 しかし、その数日後に、中村稔理財局総務課長が、安倍さんと昭恵夫人、麻生大臣など政治家やその関係者のリストを作成しました。
 中村課長は、首相や夫人の名前が入ったリストをもとに削除を指示、近畿財務局職員は、改ざんのために日曜出勤まで強いられています。
 特捜部が本気ならば、中村課長が作成したリストを含め、官邸からどんな指示が出ていたのか否か、ある程度は解明できたはずです。
 けれど、特捜部は改ざん事件の関係者を全員不起訴とした。
 改ざんを強いられた近畿財務局の職員は、報道後に自殺までしたのに、です。
 今の特捜部は現政権に全く斬り込まなくなりました。
 一体なんのための特捜部なのでしょうか。

田原・・・そういうことは、国民のほとんども分かっていると思う。
 僕が理解できないのは、それにもかかわらず、なぜ支持率が高いのかということ。

望月・・・確かに安定して40〜50%の内閣支持率です。
 何か起きるたびに下がるのですが、下がっても限定的でまた持ち直す。
 モリカケ疑惑が過熱しているときも30%まで下がりましたが、その後、盛り返しました。
 安倍政権は、不祥事や疑惑から国民の関心を逸らすために、次々と新たなパフォーマンスを展開します。
 羽生結弦さんへの国民栄誉賞や、令和の元号発表など、政権支持率が低調だったところで政権延命のためのカンフル剤を打つ。
 平成への代替わりも菅氏の令和おじさん<uームしかり、安倍政権の支持率向上のために利用された感さえありました。
 れいわの祈念式典は、ワイドショーでも時間を割いて取り上げました。
 以降、じわじわそ政権支持率が回復していったのは確かです。
 今の政権は2年先、3年先のスケジュールを見ながらこのタイミングで何を発表するか、どんな行事を行うかを戦略的に考えていると思います。

[写真]
門柱に、瑞穂の國記念小學院(安倍晋三記念小学校)の表札が納まることはなかった。『THE 独裁者』(KKベストセラーズ、p102より)

BEST TIMES、2019年12月12日
安倍内閣の高支持率のワケ・・・野党も新聞の政治部も鈍いんだと思う
田原総一朗氏 × 望月衣塑子氏が斬る!
 
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/10961

posted by fom_club at 22:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「安倍総理がついているから」と言われて9千200万円

・・・ほんっとに今の政権てこんなんばっかり・・・
・・・ほんっっっとに・・・

 当選5回、鹿児島県選出の小里泰弘議員(61)は、これまで環境副大臣兼内閣府副大臣や農水副大臣等を歴任してきた。
 父・貞利氏の地盤を継いだ二世議員でもある小里代議士が、会員制ラウンジの上智大生と愛人契約を結んでいた。

* * *

「3年ほど前の六本木の会員制ラウンジに勤めていた時に知り合いました。程なく“もっと払うから、外で会いませんか?”とか、そういう感じで誘われて。ホテルで会って封筒に入った10万円くらいを手渡しで貰っていて。多い時は月に3回とか、ありましたね……」

 こう証言するのは、小里代議士と愛人契約を結んでいた女性当人(23)だ。
 上智大学3年生の頃から関係があったという彼女は、著名ファッション誌の読者モデルのような形で誌面を飾ったほか、キー局のバラエティ番組に出演したこともある経歴の持ち主。
 ミタパンことフジテレビの三田友梨佳アナを細面にした顔立ちだ。

 小里代議士からショートメールで「今日会える?」などと連絡があり、東京・赤坂のエクセルホテル東急で逢瀬を重ねた。
 出入りは常に別々で、クリスマスや誕生日には「10万、20万前後のバッグとか靴とか」のプレゼントを受け取っていたという。

 2年あまり続いた関係に、社会人となった彼女のほうから終わりを切り出した。
 その際、彼女は、こんなショートメールを小里代議士に送っている。

〈これから転職などを考えておりまして、バタバタ忙しくなってしまう前に、これまでの関係を清算したいと存じます。つきましては300万円をお支払い頂けますでしょうか〉

 ゆすりのような形での金銭の要求である。
 小里代議士はこれを値切り、180万円での手切れを提案、カネは彼女の口座に振り込まれた……。
 もっとも、小里代議士にはあと2人、偽名を使って援助費用を振り込む20代のお相手がいることがわかっている。

 小里代議士は週刊新潮の直撃に、

「えー、なんというかな、世の中には仮に色んな経済活動があったりしてもですね、それがなんで、そういうその、不道徳な行為に結びつくんですか?」

 などと回答。その後、弁護士を立てて“今後の話し合い”を進める旨の連絡が、上智女子に入ったという。

 プレゼントや買春費用、そして手切れ金を合わせると小里代議士が払ったカネは1000万円前後と推察される。
 あれもこれも身から出た錆。
 12月12日発売の週刊新潮で詳しく報じる。

※ 週刊新潮 2019年12月19日号掲載


[写真-1]
小里泰弘議員

[写真-2]
愛人契約を結んでいた女性

デイリー新潮、2019/12/11/1700
上智大生と“愛人契約”…自民・小里泰弘前農水副大臣
手切れ金をゆすられていた

https://www.dailyshincho.jp/article/2019/12111700/?all=1

 国会議員に10日、冬のボーナスが支給された。
 10月末に「政治とカネ」を巡る疑惑で閣僚を辞任するなどし、9日の臨時国会閉会まで姿を見せなかった前経済産業相と河井克行前法相、河井氏の妻で参院議員の案里氏の自民党議員3人にもそれぞれ規定の金額が支払われた。
 3人とも歳費やボーナスを受け取りながら、疑惑に対する説明責任を果たさず1ヶ月以上も「雲隠れ」を続けており、野党や国民の批判を浴びている。

 この日、衆参の国会議員には323万6617円、7月の参院選で当選した新人議員には6割の194万1970円のボーナスが支給された。
 議員歳費などを定めた関連法には、国会欠席に伴う減額などの規定はない。
 3人は引き続き国会議員の歳費月額129万4千円を受け取っているほか、今回のボーナスも満額支給された。

 菅原氏と河井克行氏は閣僚辞任の際、事実関係を確認した上で説明する考えを強調していた。
 立憲民主党の安住淳国対委員長は「公職に就く者が1カ月以上姿を現さないのはまずい。歳費泥棒になっちゃう。恥ずかしいと思わないといけない」と批判した。

 西日本新聞の取材に、菅原氏の事務所は「体調不良で休んでおり、通院治療中」、河井克行氏の事務所は「衆議院に手続きを取った上で欠席した」と回答した。

 案里氏は6日、適応障害のため約1ヶ月の自宅療養が必要とする診断書を自民党に提出。
「指摘されている事案は第三者が調査中で、適切な時期に報告したい」との書面を添付した。
 取材に対し、案里氏の事務所は「もともと持病があり、現在療養中」としている。
(下村ゆかり)

■ 返納できぬ制度 立法必要

 国会を欠席し続けても支給される国会議員の報酬。
 税金を納めている国民には到底納得できない話だが、国への返納は現行制度上は認められておらず、過去には政治活動を行わずに1億円以上受け取った議員もいる。
 制度を変えるには国会議員自らが議員立法する必要があり、専門家は「身を切る覚悟が問われている」と指摘する。

 国会を欠席し続けた菅原一秀前経済産業相ら3議員へのボーナスの支給について、佐賀大の畑山敏夫名誉教授(政治学)は「政治活動に専念するために所得が保障されているのに、活動の中心である国会を欠席するのは本末転倒だ」と指摘。
「議員個人だけの問題ではなく、国会や政治への信用も傷つけている」と続けた。

 国会議員の報酬の在り方は過去にも問題になった。
 2004年には古賀潤一郎衆院議員(福岡2区、当時)が学歴詐称のけじめとして歳費の返納を宣言。
 ただ、国も「当該選挙区内にあるもの」と解釈されるため、公職立候補者の寄付行為の禁止を定めた公職選挙法に違反することになり、うやむやになったまま辞職した。
 自身が設立したオレンジ共済組合をめぐる詐欺事件で1997年に逮捕された友部達夫参院議員(当時)は、4年以上勾留されながら歳費を1億円以上受け取った。

 日本大の岩井奉信教授(政治学)によると、日本の国会議員の報酬は他国と比べると高額。
 一方、日本の地方議会には、出席数で報酬を支払う“出来高制”を採用しているケースもあるという。

 岩井教授は「政治家は自分たちに都合の悪い改革は行わないため、報酬の問題は見逃され続けた。弾力的な運用ができるように制度を変える必要がある」。
 国会の運営は議員立法で制度を変えるのが原則のため、「議員一人一人が問題意識を持って、議論しなければならない」と求めた。
(御厨尚陽)


[写真]
臨時国会中に辞任した2閣僚らのボーナス額

西日本新聞、2019/12/11 17:11
「政治とカネ」疑惑の雲隠れ3議員
ボーナス満額支給に批判も

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/567121/

「桜を見る会」に安倍首相枠で招かれていたジャパンライフの山口隆祥(1942年生まれ)会長(当時)。
 同社の社員と被害者(男性)がきょう2019年12月12日、野党の追及本部に招致された。

 二人は型通りの挨拶を済ませ、野党合同による政府からのヒアリングに耳を傾けた。

 元社員と被害男性は情報の宝庫なのだが、ヒアリングの後、ぶら下がって二人から話を聞いたのは田中と某夕刊紙だけだった。

 それもそのはずだ。
 主要マスコミ幹部が広告塔として名を連ねていたのだから。
 触りたがらないのも当然だ。

 男性(50代)の被害額は9千200万円。
 2015年からジャパンライフが倒産するまで、預貯金、老後の蓄え、子供の養育費など一切合切をジャパンライフにつぎ込んだ。

 東日本のある支店の元店長は「桜を見る会の招待状をセールストークに使った」と証言した。

 被害者の男性は桜を見る会の招待状や安倍夫妻との写真を見せられ、契約を促された。

 ジャパンライフの社員から「安倍総理が付いているから大丈夫ですよ、言われた」と話す。

 男性は「安倍さんの名前が出てこなければ、あそこ(被害額9千200万円)までならなかった」と唇をかみしめた。

 ジャパンライフの被害者は7000人。
 被害総額は2000億円前後に上るものと見られる。

 安倍首相が広告塔にならなければ、被害はここまで大きくならなかった。
 マスコミが及び腰な理由はここにもある。


[写真-1]
元社員と被害者は安倍夫妻とジャパンライフ幹部との写真を見た。元社員は「これは何某、こっちは何某」と指摘し、被害者は「この写真を見せられて安倍総理が付いているから大丈夫ですよ、と言われた」と証言した。=12日、国会内 撮影:田中龍作=

[写真-2]
被害男性はJapanLifeのネームが付いたベストを着ていた。=12日、国会内 撮影:田中龍作=

田中龍作ジャーナル、2019年12月12日 16:21
ジャパンライフ被害者
「安倍総理がついているから」と言われて9千200万円

http://tanakaryusaku.jp/2019/12/00021564

posted by fom_club at 19:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

権力者の腰巾着が公費で京都不倫出張

 安倍政権で官邸主導を牽引する和泉洋人首相補佐官(66)と、不倫関係にある厚生労働省大臣官房審議官(兼内閣官房健康・医療戦略室次長)の大坪寛子氏(52)が、京都に出張した際、ハイヤーを借りて私的な観光を楽しんでいたことが、「週刊文春」の取材でわかった。
 交通費は公費から支出されているだけに、「公私混同」との批判も出そうだ。

 8月9日に、二人は京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山中伸弥所長に面会するため京都に出張。
 午前中に山中氏との面会をすませると、ハイヤーに乗り、観光客で賑わう河原町へ。
 老舗の甘味処でかき氷を注文すると、和泉氏は自分のスプーンで大坪氏に食べさせるなど、親密な様子を見せた。
 その後、ハイヤーで40分ほどかけて京都市北部の山奥にある貴船神社へも立ち寄った。
 古くから「恋愛成就を祈る社」として知られる同神社でも、大坪氏が和泉氏にお賽銭を渡したり、腕をからめて参道を歩くなど、終始仲睦まじい様子だった。

 国土交通省出身の和泉氏は、安倍政権発足当初から首相補佐官を務め、長期政権で強まる「官邸主導」を牽引する「官邸官僚」の中心人物として知られる。
 中でも菅義偉官房長官の信頼は厚く、沖縄の米軍基地移設問題や新国立競技場建設、米軍機訓練候補地である鹿児島県馬毛島の買収など、安倍政権が注力する重要課題の対応にあたってきた。
 加計学園の獣医学部新設問題では、「総理は自分の口からは言えないから、私が代わりに言う」と前川喜平・文部科学省事務次官(当時)に発言したとされる問題(和泉氏は発言を否定)を巡り、国会に招致されたこともある。

 和泉氏に経緯を聞くと、公務で京都に行ったことは認めた上で、次のように説明した。

「(貴船神社には)行きました。彼女はもともと、午後は休暇を取っているから。僕は休暇ではなく、出張です。僕の場合は特別職なので、勤務時間がないのですが」

 また、交際については「ないです」と否定。
 ハイヤー代は「ポケットマネーで支払った」と答えた。

 一方の大坪氏は、往復の新幹線代の支払いについて、「内閣官房で行なっています」と公費だったことを認めた上で、午前中は公務だが、午後は半休をとったと説明した。

 和泉氏との関係については、「補佐官から『医学用語が分からないから一緒についてきて通訳してくれないか』と言われた」などと説明し、交際について問う記者に「男女って……(和泉氏は)だいぶおじいちゃんですよね。いくつだと思う?」と回答した。

 ただ、「週刊文春」では、この日以外にも、和泉氏がハイヤーで仕事帰りに大坪氏を自宅まで送り届けたり、都内で手つなぎデートやエスカレーターでハグする様子など、上司と部下を超えた関係であることを複数回確認している。

 内閣官房の健康・医療戦略室のナンバー2である大坪氏は、山中教授が中心になって進めている iPS 細胞の備蓄事業について、国費投入の削減を突如打ち出し、「日本の医療戦略を混乱させている」(厚労省関係者)との批判があがっている。

 官邸・霞が関に大きな影響力を持ち、健康・医療戦略室の室長である和泉補佐官が、部下の大坪氏との不倫関係によって、公平であるべき行政を歪め、「私物化」していないのか、今後、説明が求められそうだ。

 12月12日(木)発売の「週刊文春」では、二人が京都で山中教授に要求したiPS細胞研究の予算削減案、大坪氏が和泉氏の威を借りて関係各所の人事や予算に介入した疑惑、そして山中教授が「週刊文春」の直撃に語った「オープンな場で健康・医療政策の意思決定を行うべき」などについて6ページにわたって特集している。

※ 週刊文春 2019年12月19日号


[写真-1]
菅長官の“懐刀”とも呼ばれる和泉補佐官

[写真-2]
大坪審議官

[写真-3]
お参りを終え、腕を組んで階段を降りる2人

[写真-4]
霞が関に大きな影響力を持つ和泉補佐官

[写真-5]
大坪氏は和泉氏と知り合った後、大臣官房審議官に出世

[写真-6]
銀座でデートする2人

[写真-7]
次は老舗のバーへ。銀座の路上では人目も憚らず寄り添い、自然に手をつないだ 

文春オンライン、2019/12/11
安倍首相補佐官と厚労省女性幹部が公費で「京都不倫出張」
https://bunshun.jp/articles/-/18634

 和泉総理補佐官が厚生労働省の女性幹部と公私混同といえる行動をしていたのではないかと一部週刊誌が報じたことについて、菅官房長官は公私は分けていたと、報告を受けたことを明らかにしました。

 12日発売の「週刊文春」で、和泉補佐官が厚労省幹部の女性と出張先で私的な観光をするなど公私混同をしていたのではないかと報じられています。
 これを受けて、野党側は和泉氏が内閣官房の費用で使用したハイヤーの使用記録や費用について明らかにするよう、質問状を内閣官房などに提出し、16日までに回答するよう求めました。

「今回の出張は公務として出張手続きを取ったうえで出張しており、午後の京都市内での移動は私費で支払っており、適切に対応していると聞いている」
(菅義偉官房長官)

 菅官房長官はこのように述べるとともに、和泉氏から「公私はしっかり分けていた」と報告を受けたことを明らかにしました。


TBS NEWS、4時間前
首相補佐官の報道、菅長官「公私は分けていた」と報告
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3854257.html

 ヤッホーくんがお慕い申しあげている先生も、「山中教授への恫喝・嫌がらせは、誰が何のために?」と以下のようにご指摘なさっています:

 安倍首相の和泉洋人補佐官、公費による不倫旅行の報道。
 和泉補佐官は、安倍首相の威を借りて、またはその意向を受けて、周囲に圧力をかけ続け、安倍首相に近い人びとへの利権の誘導を画策してきた。
 いわば、権力者の腰巾着。
 何時かはボロが出ると思っていたが、こんな形でそれが現実になるとは驚きだ。
 週刊文春は、権力に忖度しない雑誌なのだと思うが、世の中の風向きが、安倍首相に厳しいものになりつつあるのかもしれない。

 この報道で一番関心を持ったのは、和泉補佐官とその部下の大坪某(医系技官上がりだと聞く・・・困ったものが)は、山中京大教授の ips 細胞関連事業に対する国庫補助を予定よりも早く打ち切ることを伝えに、京都にまで出かけたということ。
 このブログでも取り上げた。

時事ドットコムニュース、2019年12月02日07時58分
iPS備蓄、支援打ち切り伝達 内閣官房担当者、山中教授に
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019120100257&g=soc

 国に科学分野でのイノベーションをもたらすかもしれない、山中教授の仕事を邪魔する企みは、誰がどのような動機で立ち上げたものなのか、マスコミには徹底して追及してもらいたい。
 和泉補佐官のこれまでの行状からすると、安倍首相が絡んでいるかもしれない。
 どのような動機で山中教授の仕事を頓挫させようとしたのか。

https://blogos.com/article/423039/

 和泉補佐官という人物について。

リテラ、2019.12.11 09:52
「公費で京都不倫出張」疑惑の和泉洋人首相補佐官は“安倍首相のためならなんでもやる男”!
前川元文科次官を恫喝した過去も

https://lite-ra.com/2019/12/post-5138.html


・・・ほんっとに今の政権てこんなんばっかり・・・

 この内容だけでも十分衝撃的であるが、ここには重大な事実が書かれていない。
 実は、山中教授と大坪氏が激論を交わした現場に、「大坪氏が寵愛を受けている」和泉総理補佐官本人も同席していたのだ。
 健康・医療戦略室の室長である和泉氏と次長の大坪氏が山中教授を「恫喝」していたことになる。

 他にも不可解なことがある。
 和泉補佐官はこの日、8月9日(金)は休暇を取っていたというのである。
 山中教授との「打ち合わせ」は公務ではなかったとでもいうのか。

 山中教授の iPS 細胞ストック事業については年末の予算編成に向けて調整が進んでいるが、全く予断を許さない。

 大坪次長の「一存でどうにでもなる」iPS予算がどう決着するのか。

 文科省は、そして政治家はどう判断し、どう行動するのか。
 勝負の行方が数字として明らかになるのは近い。

 日本の医療研究開発が歪められている。


漂流する日本の医療研究開発、2019年11月17日
山中伸弥教授を恫喝
https://megalodon.jp/2019-1204-0429-20/https://ameblo.jp:443/fumiharu0806/entry-12546318117.html

posted by fom_club at 17:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

登山道の道標・自害沢にある鶴姫の墓標

 どうも気になる本厚木駅からバスに乗って終点で降りた厚木市七沢あたり・・・
 この間の12月8日日曜日、山歩クラブのお山歩会から帰ったヤッホーくん・・・

 七沢にある浅間神社は、鐘ヶ嶽頂上に本社があります。
 神社は孝元天皇の創設で、大田道灌の主家であった上杉定正により造営されたと伝えられています。
 本社には鐘ヶ嶽のふもとから石塔に導かれて山道を登ると約一時間でたどり着きます。
 山道には28塔の石塔があり、参拝者の道しるべとなっています。

 その14番目の石塔のそばに、もうひとつの道標を見つけました。
 道標には、「左 上杉公内室墓道」と記されています。
 道標に案内されて150mほど歩くと、小さな墓碑を見つけることが出来ました。
 墓碑には「長皎院孤月了円大禅定尼  當所城主上杉定正公奥 延徳三辛亥年八月廿三日」と刻まれています。

 上杉定正は、関東管領上杉四家のひとつ扇谷上杉家の当主であり、その奥方のお墓がこんな山の中にひっそりと建っているとは思いませんでした。
 そこで、「長皎院孤月了円大禅定尼」が本当に定正の奥方なのかどうかを調べることにしました。
 答えは、七沢の広沢寺にありました。
 ここに定正とその奥方鶴姫の位牌とお墓があったのです。
 お寺にある鶴姫の位牌には「長皎院孤月了円大禅定尼」と記されているそうです。

 そうすると、山の中の墓碑は鶴姫のものであることは間違いないようです。

 ではなぜ、鶴姫の墓碑が山の中に在るのかということになりますが、この答えは、七沢村村誌にありました。

 この中の「古跡」欄に広沢寺の雑項として、
 墳(墳墓)の西北おおよそ5町のところに自害沢という沢が有る。ここは上杉氏の遺族が自害した所であると伝えられている。
 ところが、明治14年4月に広沢寺の墓地を整地していたとき古瓶を発見し、調べたところ人骨が入っていた。
 おそらく文明18年に北条長氏に攻められ七沢城が落城したときに自害した遺体を埋めたのではないかと思われる。
 広沢寺には鶴姫の位牌があり長皎院孤□日禅大居士と記載されている。

という記載がありました。

 どうやら、浅間神社山道の中腹にある「上杉公内室」のお墓は、上杉鶴姫のお墓で、七沢城の落城から逃れた鶴姫は、この地で自害してしまった。
 そのため、この地を自害沢というようになり、その位牌は七沢の広沢寺にあり、夫、定正公とともに同寺に葬られている。ということのようです。

 ところで、 浅間神社山道の墓碑には延徳3(1491)年8月と刻まれており、広沢寺の位牌も延徳3(1491)年8月と記されています。

 しかし、七沢村の言い伝えでは鶴姫が自害したのは文明18(1486)年のことではないかと伝えています。

 皇国地誌でも文明18(1486)年2月に実蒔(さねまき)原で山内上杉家と扇谷上杉家の戦いがあり、小野村の聞修寺が戦火にあったことを伝えています。

 さて鶴姫が亡くなった年は本当はいつだったのでしょうか。

 さらに疑問は続きます。

 七沢城を巡る大きな戦いは、山内上杉家と扇谷上杉家の内乱で起きた実蒔(さねまき)原の戦いがあります。
 しかしこれは長享2(1488)年2月の出来事です。
 この当時、七沢城は定正の弟(兄?)、七沢(上杉)朝昌の居城であり、鶴姫が住んでいたということはないと思われます。

 先ほど皇国地誌で、実蒔(さねまき)原の戦いは文明18(1486)年とされていることを書きましたが、上杉房定が長享二(1488)年に作成した感状で、七沢城の落城への感謝を伝えていますので、このとき、一旦落城に近い打撃を受けたものと思われますが、川越からわずか200騎で駆けつけた定正が山内(上杉)顕定、憲房の軍を打ち破っています。

 そうすると、七沢城が落城するような大きな戦いは、文明18(1486)年ではなく長享2(1488)年2月であったというのが正しいようです。

 その後、大きな戦いの記録はなく、山内家と対立する扇谷家は今川氏親・伊勢宗瑞(後の北条長氏=早雲)の支援を受けながら江戸と川越を拠点として戦っています。

 定正自身は、明応3(1494)年10月に顕定との戦いで、荒川を渡る際に落馬し、その生涯を閉じ、以降は養子となった朝良が継いでいます。

 文明18年頃は後北条家と扇谷上杉家は同盟関係にあり、村誌が伝える北条長氏(早雲)による七沢城攻撃はなかったと思われます。

 皇国地誌では、北条長氏が七沢城にある上杉朝良を攻め、八管山の光勝寺に退却させたのは永正2(1505)年のことです。

 そうすると延徳3年8月に鶴姫が七沢城を逃れて鐘ヶ嶽山中で自害することになった戦いとはどんな戦いだったのでしょうか。

 自害沢の近くに尼ヶ入という地名があります。
 ここに昔、禅能寺という名の尼寺があり、尼僧が後北条の攻撃により火災となったとき飛び込んだ沢であるという言い伝えがあります。

 七沢城の落城により、なくなったのは鶴姫、尼僧のどちらなのでしょう。

 秋の夜長。こんな謎解きはいかがでしょうか。

 司馬遼太郎さんは、ある講演会で、
「過去の事実を見て、それをつなぎ合わせるのは人です。人がつなぎ合わせた過去の事実を歴史といいます。歴史はそれぞれの人によって異なったものになります。何に注目するか。何を伝えたいか。何を感じたか。過去の事実の中のどこに焦点を当てたかで語る内容が異なります。だから歴史は面白いのです。過去の事実が○○さんの語る△△の歴史となるのです」
と話されています。

 さて、皆さんは七沢城と鶴姫にどんな歴史を見つけますか。

[参考]
・ 厚木市史(中世通史)
・ 県央史談(第3号・第18号)
・ 七沢浅間神社とその周辺に関する調査(厚木市教育委員会)
・ 厚木市史史料集(4)


[最初の写真]
県立七沢公園から旧七沢城跡と鐘ヶ嶽方面・大山を望む・浅間神社入口

[写真-2]
浅間神社の登山道と道標

[写真-3]
登山道の道標・自害沢にある鶴姫の墓標とその周辺風景

[写真-4]
上杉定正・鶴姫の墓標・広沢寺とその周辺

[写真-5]
広沢寺周辺風景

[写真-6]
七沢城碑; 実蒔原から七沢城跡と鐘ヶ嶽を望む; 実蒔原の水車

マイタウンクラブ、2008年10月22日
鶴姫の謎(七沢城異聞)
http://www.mytownclub.com/sns/index.php

(*)県央史談会

郷土の中に日本史が見える

 昨年2011年から県央史談会の7代目会長を務める。
 今回の講演は、郷土資料館で開催中の企画展にあわせて行われるもの。
 会のあゆみや活動報告に加え、厚木の郷土史研究に深く携わった人びとの業績を説明する。
 また、今年2012年、51号を発行する機関誌『県央史談』の過去の文献から、関東大震災時に活躍した及川の消防団の記録を紹介する。

 1960(昭和35)年の設立以来、半世紀以上にわたり郷土の歴史研究に大きな役割を果たしてきた同会。
「ここまで続いたのは『県央』史談会だったからだと思います」と話す。
「厚木だけでなく、周辺地域の人々が会の発展に尽力してくれた。だからこそ、県内の団体でも珍しくここまで来られたのだと思う」と胸を張る。
「地域史の入門団体」と位置づけ、若い人々へ興味を持ってもらうのが今後の展望。
「郷土の歴史をみれば、日本の歴史もおのずと見えてくる」というのが持論だ。

 小学生時代、温水の自宅から南毛利小までの通学路にある畑には、土器の破片が剥き出しになって転がっていた。

「よく学校帰りに土器を拾って集めていました。思えばこれが、歴史を好きになったきっかけかもしれない」

 厚木高校時代は歴史研究部に所属。
 1学年上にいたのが、のちに史談会の6代目会長となる飯田孝さん。
「先輩後輩の仲で、学生時代からよく家に遊びに行っていました」と当時に思いをはせる。
 先輩の飯田さんから史談会に誘われ、自身も加入。
 高校在学中から上三田の古墳発掘など、同会の調査活動に参加していた。

 あの丹波哲郎を思わせるシャープな顔つき。
「健康の秘訣は史跡めぐり?」と聞くと「おそらく農業のおかげでしょう」との返事。
 公務員を定年後、本格的に始めて3年目。
 白菜やピーマン、玉ねぎなど、季節ごとにさまざまな野菜を栽培中。
「農業は愛情を持って面倒を見るのが大事。手入れにかける時間は際限がないんだなと学びました」と笑った。


タウンニュース、厚木版、2012年1月13日号
市郷土資料館で2012年1月15日、特別展の関連講座を開く県央史談会会長
内藤 佳康さん
温水在住 63歳

https://www.townnews.co.jp/0404/2012/01/13/131387.html

posted by fom_club at 07:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月11日

主権放棄の日米地位協定の改定、すなわち日米安保体制からの決別を、誰も本気で言い出せない

 2017年10月22日の衆議院総選挙に向けて、与野党ともに全くと言っていいほど触れていない肝心なことがある。
 それは、「対米従属論」についてだ。

 総選挙後は、改憲勢力が拡大するだろう。
 となると、これから憲法改正に向けて議論が進む可能性が高い。
 そこで絶対に避けてはいけないのが、対米従属論である。

 今、ベストセラーになっている、ノンフィクション作家・矢部宏治氏の新刊『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書、2017年8月)で、この問題が詳しく指摘されている。

 例えば、日米地位協定というものがある。1983年12月に外務省が作成した高級官僚向けの極秘マニュアル「日米地位協定の考え方 増補版」には、次のような箇所があるという。

・ アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる。
・ 日本は合理的な理由なしにその要求を拒否することはできず、現実に提供が困難な場合以外、アメリカの要求に同意しないケースは想定されていない。

 繰り返すが、これは1983年の話だ。
 敗戦後の占領下時代(ポツダム宣言を受託した1945年からサンフランシスコ講和条約が発効した52年まで)の話ではない。
 もちろん、今もその内容は全く変わっていない。

 これは横田空域問題でも、しばしばクローズアップされている。
 首都圏の空は米軍に支配されていて、日本の航空機は米軍の許可がなければ、そのエリアを自由に飛ぶことができない。
 だから、日本の航空会社は該当区域を避けて、不自然なルートで飛行しているという。

 石原慎太郎氏が都知事を務めていた時、米国に「横田基地を米国と日本で共同使用したい」「東京の上空を返還して欲しい」と要求したことがある。
 しかし、両方とも「NO」という答えが返ってきた。

 本書では、日米合同委員会についても触れている。
 この狙いは、戦後日本において、米軍が占領特権を維持するというものだ。
 占領下時代に始まったもので、今も続いている。

 日本側の代表は、外務省北米局長だ。
 以下、各省庁の局長や審議官が参加している。
 一方、米国側の代表は、なんと在日米軍司令部副司令官だという。
 日本側の代表が外務省の局長であれば、米国は国務省の局長でないと釣り合いが取れない。
 つまり、米国側の代表は、日本よりもはるかに格下の人物を置いているというわけだ。

 同委員会では、日本の法律や憲法に関係なく、日米関係のルールがどんどん決められている。
 日本は、米国に従属していると言える内容だ。

 先日、僕はBS朝日の「激論!クロスファイア」で、ゲストとして本書の著者である矢部氏と石破茂元防衛大臣を招き、日米地位協定について議論をした。
 石破氏は、「この協定に少しでも触れたことを言おうとすると、『そんな話はしてはいけない』という空気がある」と述べた。
 いわば、この話はタブー視されているというわけだ。

 あるテレビ番組の取材で、外務省の元北米局長に日米合同委員会について尋ねると、「日米合同委員会については、何も知りません。そんなものがあるのかすら知りません」と答えた。

 北米局長は、同委員会の日本側の代表だ。
 何も知らないわけがない。
 しかし、何か知っていることを認めれば、日本国内で信用をなくし、誰からも相手にされなくなってしまうから言えなかったのだろう。

日本は憲法を盾に、米国の戦争に巻き込まれないようにしてきた

 なぜ、このような構図になってしまったのか。

 日米安保条約が結ばれたのは、冷戦時代のことだ。
 日米はソ連と敵対していたが、日本だけでは軍事的にソ連に対抗することはできない。
 そこで、日本が他国から攻められたら、米国は日本を守るという約束をした。
 ただし、米国が他国から攻められたら、日本は何もしない。

 なぜ、このような内容が成立したかといえば、米国は日本ではなく、「極東」を守るという思惑があったからだ。

 冷戦が終わると、米国は日本に「集団的自衛権の行使ができるようにしろ」と要求してきた。
 米国が他国から攻められたら、日本も守れるようにしろ、ということだ。

 まさに、日本は米国の植民地のような立場である。
 これについて、宮沢喜一元首相が、僕にこんなことを言ったことがある。

「日本人は、自分の体に合った洋服を作るのは下手だ。しかし、押し付けられた洋服に体を合わせるのはうまい」

 押し付けられた洋服というのは、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のダグラス・マッカーサーが日本国憲法の草案を作ったことを意味している。
 日本国憲法が公布されたのは、1946年11月3日だ。
 当時の日本は非武装だから、米国は日本に憲法をつくり、全面的に守るという形をとったのだった。

 一方で日本は、その憲法を盾にして、米国の戦争に巻き込まれないようにしてきた。

 例えば、佐藤栄作内閣の時にベトナム戦争があった。
 米国は日本に「自衛隊を派遣し、ベトナムで一緒に戦おう」と要求してきた。
 日本は米国の従属だから、「NO」とは言えない。

 そこで佐藤内閣は、「もちろん一緒にベトナムで戦いたい。しかし、米国が難しい憲法を押しつけたから、行くことができない」と答えた。
 憲法9条を盾に、米国の戦争に巻き込まれるのをうまく回避したというわけだ。

 小泉純一郎内閣の時には、イラク戦争が始まった。
 フランスやドイツは、「イラク戦争反対」を唱えたが、小泉氏は米国を支持した。
 ブッシュ米大統領(当時)は喜び、「一緒にイラクで戦おうじゃないか」と日本に要求してきた。

 すると小泉氏は、「もちろん行く。しかし、米国が押しつけた難しい憲法によって、日本は水汲み作業しかできない」と言った。
 こうして自衛隊は、イラク南部のサマーワに派遣されて、給水活動や医療支援活動を行った。

 日本は押し付けられた憲法を盾に使って、米国の戦争に巻き込まれないようにしてきたのだ。

 竹下登氏が首相になった時、僕は「日本には自衛隊というものがあるけれど、戦えない軍隊じゃないか。それでいいのか」と尋ねたことがある。
 すると、竹下氏は、「だからいいんだ。だから日本は平和なんだ」と答えた。

 軍隊というものは、戦えるならば戦ってしまうものだ。
 太平洋戦争が始まったきっかけも同様だった。

 開戦前、米国と戦って勝てると思う日本人は誰もいなかった。
 昭和天皇も米国との戦いに反対していて、参謀総長の杉山元と海軍司令部総長の永野修身に、「こんな戦争を始めてもいいのか」と尋ねた。

 すると永野は、「今なら戦えます。しかし、1年半経てば石油がなくなるから、戦えなくなります。今のうちに戦いましょう」と答えた。
 こうして、日米の戦争が始まったのである。

 戦争を知る世代の総理大臣は、「戦える軍隊は戦ってしまう」ことをよく分かっている。
 日本は対米従属だが、その代わりに憲法9条を盾にして、70年以上戦争に巻き込まれるのを避けてきた。
 自衛隊の戦死者は一人もいない。

 だからこそ、戦後のほとんどが自民党政権だったが、歴代首相は誰も改憲を掲げなかったのだ。

改憲論、自立論が出始めた

 安倍首相は、戦争を知らない世代で自民党初の総理大臣だ。
 彼は、憲法改正をして、自衛隊を戦える軍隊にしたいと考えている。

 さらに今、「対米従属はけしからん。日本は自立すべきだ」という声が上がりつつある。

 沖縄県の米軍基地移転問題でも、こういった意見が出始めている。
 一部の新聞は、「日本は中央集権国家で、地方自治を全く無視している」と社説で訴えた。

 沖縄県は、県知事をはじめ県民の多くが辺野古への移設に反対している。
 ところが政府は、その声に耳を傾けず、移設工事をどんどん進めている。
 これについて痛烈に批判しているわけだ。

 その気持ちは分かるが、ならば日本は米国に対して、どのような立場をとればいいのか。

 沖縄基地問題を突き詰めれば、「米軍は沖縄から撤退しろ。日本から撤退しろ」ということになる。
 本当に米軍が沖縄から撤退すれば、日本はどうなるのか。

 日本は米国から自立すべきだと言うが、具体的にどのようにするのか。
 この議論が全くない。

 今回の衆議院選挙でも、自立論も対米従属論もほとんど議論されていない。
 与野党ともにない。
 テレビや新聞も触れていない。
 憲法改正を焦点とするならば、なおさらここを議論すべきではないか。

 おそらくは、与野党も、マスメディアも、政府も、どうしたらいいのか分からないのだろう。
 だから、この問題は「なかった」ことにしている。

「難しいことは、なかったことにする」

 日本は長い間、難しい問題はこのように対処してきた。

 一部では、「日本は自立するために、核兵器を持ち、自衛隊を国防軍に変えるべきだ」という意見もある。
「日本はNATO(北大西洋条約機構)に参加すべきだ」という声さえもある。

 今、日本の防衛費は、国内総生産(GDP)比1%の水準を維持している。
 約5兆円だ。
 米国はGDP比3.3%、北大西洋条約機構(NATO)の主要国は、1.2%〜2.3%だ。

 もし、日本が自立して自衛隊で自国を守ろうとするならば、少なくとも15兆円は必要だと言われている。
 年々借金が膨らむ日本で、これだけの費用を毎年捻出することはできるのだろうか。

 世界中で、自国で自国を守れるのは、米国、中国、ロシアの3カ国だけだと言われている。
 欧州各国は、それができないからNATOを結成した。

 日本も、アジアでNATOのような軍事同盟ができればいいのだが、アジア諸国の経済レベル、文化レベルに大きな差があることを考えると、実現は難しいだろう。

 対米従属論と自立論は、非常に難しい問題だ。
 答えは簡単に出ない。
 だからこそ、「何のための改憲なのか」「日本を一体どういう国にしたいのか」を考え、議論を深めることが非常に大事なのだ。

安倍首相は「憲法改正をした総理大臣」という名を残したい

 選挙の後、憲法改正の議論が進むことは間違いないが、そう簡単にはいかないだろう。
 国民投票で反対票が上回る可能性が高いからだ。

 そもそも安倍首相は、なぜ憲法改正をしたいのか。

 僕は昨年9月、安倍首相と会った時に、こんなことを言われた。

「大きな声では言えないが、実は、憲法改正をする必要がなくなった」

 何故かと聞くと、「(安全保障関連法が施行されて)集団的自衛権を行使できるようになったので、米国は何も言ってこなくなったからだ」と言った。

 対米的には、改憲の必要性はなくなった。
 つまり、今、安倍首相が憲法改正をする理由としては、「憲法改正をした総理大臣」という名を残したいだけなのだろう。

 僕は、憲法改正には反対だ。
 理由はこれまで述べてきた通りだ。
 改憲をする必要はないと思う。

 選挙が終われば、憲法改正の議論が進む。

 そこで、絶対に避けてはいけないのが、対米従属や自立の問題だ。

 国民も一人ひとりが関心を持ち、日本をどういう国にしたいかを考え、政府を監視する目を養わなければならない。


日経ビジネス、2017年10月20日
安倍首相は憲法改正で名を残したいだけだ

選挙後の憲法改正議論で避けてはならない問題がある

(田原 総一朗)
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/122000032/101900042/

 このところ、政治の場で、日米地位協定の改正要求に関する言葉がすっかり消えてしまった。
 ひところは、あれほど皆が口にしていたのに、である。
 それに呼応するかのように、米軍の日本支配がますます横行している。
 きのう2019年12月10日の各紙が一段の小さな記事で教えてくれた。
 日米共同訓練でオスプレイが四国で初めて使用されたと。
 実は、オスプレイが「はじめて使用された」と報じられたのはこれがはじめてではない。
 その他の地域においても、次々と、なし崩し的に、「はじめて」使用されてきたのだ。
 いまや当たり前のように日本全土でオスプレイが飛行するようになったのだ。

 もう何年前になるのだろうか。
 はじめてオスプレイが日本に飛来したとき、日本中が大騒ぎになった。
 その時私は、「オスプレイが日本国中に飛来する日」と題して警告を発したことがあった。
 まさかその日がこんなに早く現実になるとは思わなかった。

 それもこれも、安倍政権の下で、日米同盟関係の重要性が神聖化され、永久化されるようになってしまったからだ。

 そう思っていたら、情報月刊誌「選択」の最新号(12月号)に「安倍政権も触れぬ『日米地位協定』」と題する記事を見つけた。
 そこで書かれている事は一言で言えばこうだ。

 日本の国会で米軍の特権的な地位がやり玉に挙がり、世論も喚起される。
 そして、それが「米軍にも日本の法律を適用させよう」という動きにつながる。
 しかし、もしそうなったらどうなるか。
 そもそも日米安保条約の実態を知らない米国議会では、「我々が日本を守っているのに何を言うのか」との声が噴出する可能性が出て来る。
 そして、その筆頭格こそがトランプ大統領なのだ。
 大統領再選まで一年を切り、安保や経済で対日圧力を強めるこそすれ、弱めることのないトランプ大統領がそう言い出す。
 それこそが、日本政府が恐れる最悪のシナリオであるというわけだ。

 だから、かつては「日米地位協定の改定を実施し、日米の真のパートナーシップを確立する会」の幹事長として盛んに改定を叫んできた河野太郎防衛相(前外相)も、「NATO加盟国の一員として相互防衛義務を負うドイツやイタリアとは異なる義務を負う日本で地位協定が異なることはありうる」と改定に消極的になり、「日本をとりもどす」はずの安倍首相は主権を取り戻そうとしないのだ。

 選択の記事は、それでいいのか、で終わっている。
 しかし、この選択の記事が喝破した現実は深刻である。

 その深刻さとは何か。
 それは、米国のほうから日米安保を止めると言い出すことだけは絶対に避けたいという暗黙の了解である。
 そしてこの暗黙の了解は、そのまま野党に向けられることになる。
 もし野党が日米地位協定の改定要求を本気で行えば、米国が日米安保破棄を言い出しかねない。
 その時、日米関係を損ねたという猛烈な批判が野党に向かう。
 その批判に耐えられる野党は今の政治の中では皆無だ。

 もし、ひとり共産党が、それでも日米地位協定は改定すべきだと主張すれば、だから共産党なんだ、共産党には政権は任せられない、と烙印を押される。

 日本の政治の限界は、主権放棄の日米地位協定の改定、すなわち日米安保体制からの決別を、誰も本気で言い出せないところにある。

 それを教えてくれた「選択」の記事である。


天木直人のブログ、2019-12-11
「日米安保が破棄された責任をとれるのか」という脅し文句
http://kenpo9.com/archives/6402

posted by fom_club at 19:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安倍首相はまともに対応しようとはしないし、何をしてもかまわないのか

 
ジャーナリストの田原総一朗氏は、いま一度「桜を見る会」とその後の政府の対応について、問題点を指摘する。

*  *  *

 何度も記すが、いま問題になっている、首相が主催する「桜を見る会」についてである。
 私は、安倍自民党の議員たちの神経が緩みきったために起きた事件だと考えている。

 実は、2017年の森友・加計疑惑は、安倍内閣の生命が絶たれてもおかしくない事件であった。
 現に、国民の70%以上が「非常に問題がある」と捉えている。

 だから私は、こうした厳しい疑惑によって、安倍内閣は神経を引き締めることになるだろうと考えていたのだが、逆に森友・加計疑惑を突破できたということで、神経が緩んでしまったようだ。
 何をしてもかまわない、ということになってしまったのだろう。

「桜を見る会」が問題になったとき、私は自民党の幹部たち数人に、「なぜ、こんなとんでもないことが起きたのか」と問うた。

 誰もが返事に窮し、「あなたが言うように、我々の神経がたるんだのだろう」と自戒した。

 繰り返しになるが、政府が公表している「開催要領」によると、招待範囲は皇族、元皇族、各国大使、衆参両院の正副議長、最高裁長官、閣僚、国会議員、事務次官及び局長の一部や、各界の代表者等、計約1万人と定められているのである。

 ところが、安倍内閣になってから、参加者の数がどんどん増え続けて、今年の参加者は約1万8200人にもなっている。

 当然ながら、参加者の多くは「開催要領」の招待範囲には該当しない、安倍首相を始め、自民党議員たちの後援会の会員たちであり、予算も約1767万円となっているのに、今年は5519万円と、3倍以上に増加している。
 その支出はすべて国民の税金なのである。
 税金が、いわば首相によって私物化されていると捉えられてもおかしくない。

 なかでも、いま野党が問題にしているのは、招待者名簿を内閣府がシュレッダーで廃棄したことである。
 しかも、共産党の宮本徹・衆院議員が5月9日に今年の招待者名簿の資料請求をし、その約1時間後の廃棄だったことが疑惑を深めている。

 宮本議員の資料請求があったから、内閣府は慌てて招待者名簿を廃棄したのではないか。

 野党のこうした質問に対して安倍首相は、「内閣府で廃棄することは、シュレッダー利用の予約がされた4月22日の時点で決まっていて、シュレッダーを利用できたのが、たまたま5月9日のその時間なのであって、共産党の資料請求とはまったく無関係だとの報告を受けている」と答えた。

 そして、シュレッダーによって廃棄したので、招待者名簿を確認するのは不可能だ、とも述べた。

 私も含めて、国民の半数以上は、こうした安倍首相の説明には納得できなかったはずである。

 宮本議員の資料請求の日と、招待者名簿の廃棄日がたまたま一致するなどということがあり得るのか。

 そして、その後、菅義偉官房長官が、招待者名簿はバックアップデータに8週間残っていたと述べた。

 となると、シュレッダーで廃棄したので、招待者の確認は不可能だという内閣府の報告はまったくのウソだということになる。

 菅官房長官は「ただし、バックアップデータは公文書ではないので公表はできない」と述べた。
 だが、この説明に納得できる国民は一人もいないであろう。

※ 週刊朝日  2019年12月20日号


dot.asahi、2019.12.11 07:00
『桜を見る会』シュレッダー疑惑
納得する国民はいない

(田原総一朗)
https://dot.asahi.com/wa/2019121000047.html

 またもや首相が逃げ切ったという感じの臨時国会の幕切れとなった。

 安倍晋三首相主催の「桜を見る会」に関する野党の追及に、菅義偉官房長官や官僚らが矛盾だらけの説明を繰り返す一方、安倍首相はまともに対応しようとはしなかった。

 国会が閉幕した2019年12月9日の記者会見も、「招待者の基準が曖昧であり、結果として招待者の数が膨れ上がってしまった」などとひとごとのような説明に終始した。

 この間、日米貿易協定などの重要政策の審議は国民の視野から遠のいてしまった。

 自らの関与が疑われている問題について誠実に説明しようとしない安倍首相の倫理観の欠如した姿勢は、「森友・加計問題」以降繰り返されているが、今やそれが政界と官界にまで拡散している。

責任感が見られない安倍首相の姿勢

 桜を見る会に対する安倍首相の説明回避の姿勢は徹底していた。

 不都合な事実関係が次々と表面化すると、首相官邸で記者団に一方的に説明する「ぶら下がり」を数回行い、それを免罪符だと考えたのか、予算委員会は結局開かれなかった。

 代わりに説明役を引き受けたのは内閣府の官僚や菅官房長官だったが、その説明も新たな事実を前に矛盾だらけとなっていった。

 廃棄した出席者名簿がバックアップデータとして残っていた事実が出ると、菅官房長官は「バックアップデータは行政文書に該当しないことから、情報公開請求の対象にはならないと聞いている」と説明するしかなかった。

 記者からの質問に答えられないため、繰り返し秘書官に説明を求める菅長官のやる気のなさそうな映像が、安倍政権の体質を象徴していた。

 国会審議では政権の成果を強調し、都合のいい主張を繰り返す。

 野党の追及には時に自席からヤジまで飛ばす。

 ところが不都合な事実が表面化すると、委員会出席を拒否し、普段はやらない「ぶら下がり」で一方的に話す。

 このような安倍首相の対応には、国民にきちんと説明しようという責任感は見られない。

 9日の記者会見でも、問題なのは「招待者の基準が曖昧」だったことであり、自分の責任で見直すとして、自らの関与や後援会のかかわり方など問題とされている点については何も触れなかった。
 
 首相の代わりに説明役を担わされた閣僚や官僚は、事実関係を明らかにすることよりも、安倍首相を傷つけないことを重視し、場当たり的につじつまを合わせようと無理な理屈を作り上げていった。
 そして、この理屈が破綻すると、知らぬ存ぜぬを通すしかなくなる。こうした光景に倫理感のかけらも感じることはできない。

安倍首相が軽視する議院内閣制の根幹

 同じことは安倍政権でこれまで何度も繰り返されてきた。
 森友・加計問題が沸騰した2017年は、財務省の局長による公文書の改ざんや虚偽答弁まで明らかになった。
 中央省庁の局長が首相を守るために公務員としての最低限の矜持であるべき倫理観まで放棄した。
 そして、これだけの重い事実が明らかになったにもかかわらず、上司である麻生太郎財務相は責任も取らないまま今も財務相を続けている。

 野党が憲法の規定に基づいて臨時国会召集を要求すると、外交日程などを理由に拒否し続け、あげくに9月に臨時国会を召集すると、委員会審議などしないまま、いきなり冒頭で衆院を解散してしまった。
 安倍首相は自分に不都合なことを国会で追及されることがどうしてもいやなようだ。

 国会は、首相がやったことが犯罪であるかどうかを調べ判断するような場ではない。
 それは捜査機関の仕事である。
 国会の果たすべき役割は、国政が公正、公平に行われているかチェックすることである。
 予算の編成や執行、あるいは政策などが特定の人たちの利益になるよう恣意的に作られたりしていないか、執行されていないかなどをチェックするのである。

 憲法には、内閣は行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負うと書かれている。
 内閣の行政運営について国会が問題ありと判断すれば、最終的手段として不信任決議を行うことができる。
 しかし、いきなりそこまでやらなくても日常的には、国会が本会議や委員会などの場で説明を求めたり改善を要求し、首相以下内閣のメンバーがそれにきちんと対応すればよい。
 内閣と国会があらゆることで対立したのでは国政は滞ってしまい、経済も社会も混乱する。

 つまり、首相が国会の場できちんと説明し、問題があれば謝罪するなり改善するなりしていけばいいのである。
 それが議院内閣制の根幹である。

 ところが、安倍首相は明確な根拠を示さないまま自らの正当性を主張し、あとは頬かむりして時間が過ぎるのを待つということを繰り返している。
 これでは政権の透明性は失われ、国民の目の届かないところで限られた人たちだけの判断で、重要な事柄が決められてしまっているのではないかという疑念がわいてくる。

 より深刻な問題は、「安倍一強」と言われる政治状況の中で首相のこうした姿勢が、政界や官界にも広がっていることだ。

「桜を見る会」のような問題が表面化しても、安倍首相は非を認めず、説明もしない。

 代わりに対応する官僚は、首相の対応に合わせて答弁したり、つじつまを合わせるための理屈を作り出さなければならなくなる。
 その結果、前述のように首相を守るために公文書を書き換えるというような行為も出てくるのである。
 逆に首相の対応には問題があったなどと正論を主張すれば、つぶされてしまいかねない。
 こんな空気が官僚機構の中に広がっているのだ。

長期政権のもとで広がる「忖度」

 むろん、多くの官僚が私欲を捨ててまじめに仕事をしていることは事実である。
「桜を見る会」についても、複数の中央省庁幹部が、官庁に割り振られた招待者の推薦名簿については、「OBで叙勲などを受けた人を対象に厳格に選んでいる。恣意的に招待するなどということはありえない」と話してくれた。
 しかし、首相官邸主導の下で物事が決められていく中、官僚の行動様式に変化が生まれていることも事実である。

 政界も同じである。

 政治資金をめぐる問題で辞任した菅原一秀前経済産業相や河井克行前法相とその妻の参院議員は、結局、国会開会中には姿を現さないままに終わった。

 彼らも何の説明もする気がないようだ。
 時間が経てばほとぼりが冷めるとでも思っているのであろう。

 悪い冗談のような話だが、安倍首相は2018年4月、国家公務員合同初任研修の開講式で国家公務員になったばかりの若者を前に、「国民の信頼を得て負託に応えるべく、高い倫理観の下、細心の心持ちで仕事に臨んでほしい」と訓示している。
 首相が言うように私益を追求するのではなく、公益の実現が使命である公務員や国会議員に、倫理観は最低限、必要なものである。

 ところが長期政権の下で、「首相に逆らうわけにはいかない」「いうことを聞いておけば守られる」という忖度の空気が広がれば、行政における恣意性が高まり、その結果、公平さ、公正さが損なわれ、不平等が生まれかねない。
 そうなると官僚機構のみならず統治システム全体に対する国民の不信感が拡大していく。
 そして、一度壊れた倫理観を修復することは容易ではない。


東洋経済オンライン、2019/12/11 12:15
「桜を見る会」問題が象徴する安倍政権の体質
「安倍一強」政権が政官界の倫理観を破壊する

(薬師寺 克行、東洋大学教授)
https://toyokeizai.net/articles/-/319074

posted by fom_club at 19:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太田道灌

 どうも気になる本厚木駅からバスに乗って終点で降りた厚木市七沢あたり・・・
 この間の12月8日日曜日、山歩クラブのお山歩会から帰ったヤッホーくん・・・

 鎌倉幕府滅亡後、建武新政権内においては本間忠秀などの活躍が見られる。
「あつぎ」という地名が現存の史書上初めて登場するのは、南北朝期であり、建武5年(1338)夢窓疎石が、高師直にあてた書状の中に「相州厚木郷」と記されている。

 足利氏の鎌倉府設置後、本間氏等の愛甲武士は足利氏の被官となり活躍している。

 その後、鎌倉公方足利成氏・関東管領上杉憲忠という関東の支配体制が確立し、やがて両者は対立し、関東管領上杉憲忠は七沢に要害を構えた。 
 扇谷上杉定正は太田道灌を糟屋館(伊勢原市)で謀殺し、関東管領家山内上杉氏と扇谷上杉氏の抗争へ進み、七沢城と糟屋館の間の実蒔原で合戦となり、山内は敗北し、七沢の確保はできなかった。
 七沢は相模における扇谷上杉氏の根拠地であった。

 上杉の内部抗争のうちに、伊勢宗瑞(のちの北条早雲)が勢力を伸ばし、1516(永正13)年相模国を制覇し、戦国大名北条五代は小田原城を拠点に支配を広げ、軍事的目的からも交通が整備され、その要衝には宿や市が開かれ、荻野の宿に六斎市が開設されてにぎわった。
 しかし、長尾景虎・武田信玄の関東出兵の際、市域も大きな被害を被ったことが金田建徳寺や厚木最勝寺・妻田薬師堂の記録でわかる。


厚木市公式サイト、 2010年3月5日(金曜日)
厚木の歴史の概要
厚木市の歴史をひもといてみよう
https://www.city.atsugi.kanagawa.jp/shiminbenri/kosodatekyoiku/bunkazai/shishi/rekishi/p004475.html

 道灌(1432-1486)は主人である扇谷(おうぎがやつ)上杉定正に謀殺。
 上杉定正とその奥方鶴姫は、七沢の広沢寺(厚木市七沢2613)に祀られています。 
 鶴姫の自害したことを示す墓碑は、鐘が嶽(浅間寺)参道14丁目にある(道標「左 上杉公内室墓道」)。
 ところで今日はもう少し、まずは道灌について:

 2018年は江戸の終わりから150年になります。
 では江戸の都市としての始まりはというと、徳川家の本拠地となったときからというのがまずまず正しいのかと思います。
 しかし、家康の入府前においても、江戸は関東における重要な戦略拠点と位置付けられていました。
 その基礎を築いたのが扇谷上杉氏の家宰太田道灌でした。

 江戸は、上杉氏にとって房総半島の千葉氏の武蔵国への進出を防ぐために、さらに品川湊の近くという海上交通の利便性も相まって道灌が城を築き(1457年)、初代江戸城主として治めていました。
 家康の入府に先駆けること150年ほど前のことになります。

 扇谷上杉氏の家宰として活躍した道灌は、主である上杉定正により悲劇の最期を遂げます。
 その舞台となった上杉定正糟屋の館跡を訪ねました。(2018年11月24日最終更新)

道灌の暗殺

 太田道灌の太田氏は、摂津源氏の流れで源三位頼政の末子広綱を祖とする名門で、扇谷上杉氏に家宰(重臣筆頭)として仕えていました。
 扇谷上杉氏は、上杉家の本家とされる山内上杉氏の親類として関東管領に就くことも可能な家柄でしたが、定正自身が「我が家は山内の半分にも満たない」と嘆くように、その勢力は大きなものではありませんでした。

 しかし、30年にも及び関東の戦乱(享徳の乱、長尾景春の乱)が終わったころには、道灌の活躍もあって扇谷の勢力は山内に引けを取らないほどになっていました。
 道灌の暗殺はこれを危ぶんだ山内上杉氏の当主顕定の策謀とも、また、扇谷上杉氏の定正自身が家中で定正以上に力をつけてきた道灌を恐れ、除こうとしたとも言われています。

 さらに道灌自身も「山内家が武・上の両国を支配できるのは、私の功である(太田道灌状)」と考え、その功績に報いられていないという思いを持っていました。
 扇谷の先代当主が亡くなり、家督相続において定正を擁立したのも道灌であったことから、知らず知らずに道灌の(自分のおかげという)態度にも現れ、定正にとっては目の上のたん瘤のような存在となってしまったのかもしれません。

 文明18年7月26日(1486年8月25日)わずかな供回りとともに、糟屋の館に入った道灌は、湯を馳走されます。
 定正へのわだかまりはあるもののまさか暗殺ということは念頭になかった道灌は、風呂の小口を出たところで曽我兵庫に斬られ「当方滅亡(扇谷滅亡)」と言い残して亡くなりました。

糟屋の館跡地にて

 糟屋の館の跡は、現在は産業能率大学湘南キャンパスの校地となっています(伊勢原市上粕屋1573)。
 大学の校舎付近が、周辺で一番高い場所であるため館もこのあたりにあったのではないかと推測します。
 ただ、学校建物建設にあたっての調査では、館の詳細な場所までの確認はできなかったそうです。
 
 それでも相模の守護所でもあった館の跡を求めて歩きます。
 すると、大学の校舎を囲むかのように、大きな空堀のような溝がありました。
 幅が20mくらいもある大きなもので、ちょっとした渓谷のような趣もあります。
 何かの本では、「中世の堀にしては大き過ぎるため、館の堀と考えるのはどうか?」と載っていた記憶があるのですが、歴とした防御施設跡であり、元々の地形(天然の要害)に手を加えて強化を図ったのではないかというのが現地を見ての感想です。

 現在、大学周辺が第二東名高速の工事に伴う遺跡発掘調査中でもあったので、これから新たに何かがわかることにも期待したいですね。

七人塚と洞昌院(胴塚)へ
 糟屋の館跡から数分のところに、七人塚と洞昌院があります。
 七人塚は道灌暗殺の際に、ともに討たれた道灌の従者7人の塚と伝わっています。

 七人塚からすぐのところに洞昌院(伊勢原市上粕屋1160)道灌の墓所(胴塚)があります。
 主従は、500年以上のときを経ても近くにあります。
 洞昌院では、切りつけられて傷ついた道灌が洞昌院まで落ち延びたが、門が閉まっていて中に入れずに、刃に倒れたと伝わっています。
 そのため、洞昌院では山門に扉をつけてはならないと語り継がれているそうです。

 糟屋の館、七人塚、洞昌院の位置関係から、主の叫びを聞いた従者が道灌を守りながら洞昌院をめざし、それぞれ力尽きて討たれたというふうにも想像ができるかもしれません。

大慈寺(首塚)へ

 道灌の墓所は、伊勢原市内にもう一か所あります。
 首塚と伝わる大慈寺(伊勢原市下糟屋346-1)へと向かいます。
 大慈寺はもともとは鎌倉にあったお寺で道灌が伊勢原に移し、道灌の叔父又は甥とされる人物が中興開山したということで、討たれた道灌の首を懇ろに供養したそうです。

 道灌亡き後の太田氏は、扇谷上杉家の滅亡、後北条氏の進出など荒波にさらされながらも血脈をつなぎます。
 道灌の曽孫にあたる太田康資は一時後北条氏により曾祖父道灌が築いた江戸城の城代を任せられるなどしています。
 しかしながらその後のことがよくわかっていません。

 徳川家康の寵愛を受けた英勝院(お梶・お勝)は、康資の子(道灌の玄孫)という説があります。
 英勝院は兄重正の子資宗を養子にして、徳川秀忠に出仕させました。
 資宗は、大名となりその子孫は掛川藩5万石で明治を迎えています。
 大名家としての太田氏が道灌とのつながりは定かではないようですが、太田氏の名跡が江戸にも受け継がれたのです。

 ちなみに、英勝院は、「うまいものも塩、まずいものも塩」の逸話でも有名ですね。
 この利発さは、道灌譲りのようにも思えてきます。

余話(明治以降の太田氏のこと)

 大慈寺の寺歴に少し面白い記載があったのでご紹介します。
 毎年、江戸の太田家から7月15日に代参(代参人、僕=家来、文持の3人)が来られた。
 午前11時ごろ、江戸から到着、すぐに霊前に参拝、続いて読経つけ、届けは白木の三宝に金子300匹(1匹=10文、後に25文、1両=4000文)、入浴・食事の後、洞昌院に立たれる・・・それ以外に、毎年寺へ米五俵分・・・
 以上の太田家からの参拝(つけ届け)は明治9年に終わる。
(鈴木春吉氏への聞き取り昭和11年調査)

 大名家としての太田家は、江戸期から明治初期にかけて、道灌墓所への参拝を欠かさなかったことがわかります。
 しかし明治9年にそれが途絶えます。
 やはり子爵となっても江戸時代のようには豊かではなくなったのでしょう。
 時代の移ろいがわかりますね。
 太田道灌に関連する資料を伊勢原市図書館等で読んでいると、道灌の主であった定正もなかなか面白い人のようで興味が出てきました。
 いつか定正視点でもう少し勉強し、掘り下げれたらと思います。


歴史が好き.com(歴史ファンサイト、歴史の最新情報・新発見を記録)2018年11月24日
太田道灌の暗殺の舞台 上杉定正糟屋の館
http://rekisigasuki.com/2018/11/24/【室町時代】太田道灌の暗殺-上杉定正糟屋館/

posted by fom_club at 11:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国会の熟議なく、またしても閣議決定

反社会的勢力との一切の関係遮断

 反社会的勢力という言葉は広く世に中に広まっているが、その定義をご存じだろうか。

 反社会的勢力の定義に関しては、平成19年6月に犯罪対策閣僚会議幹事会申合せとして策定された「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(以下、政府指針)に記載されている。
 暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人である「反社会的勢力」をとらえるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。

 反社会的勢力とは、「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」をいい、具体的には、「暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等」という属性要件と、「暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求」といった行為要件にも着目して認定することになるのである。

 その上で、政府指針は、「反社会的勢力とは、取引関係を含めて、一切の関係をもたない。また、反社会的勢力による不当要求は拒絶する。」と述べている。

 このうち、後段部分、つまり、企業に対して反社会的勢力による不当要求があった場合に、毅然とした対応を取るのは企業として当然の対応である(蛇の目ミシン事件の最判H18.4.10)。

 他方、「反社会的勢力とは、取引関係を含めて、一切の関係をもたない。」の部分は、企業にコペルニクス的な転換を求めるものであった。
 というのも、不当要求対応では、トラブルシューティング的に、不当要求事案が生じた場合に対応すれば足りたのであるが、一切の関係遮断が求められるようになった結果、仮に取引の相手方が不当要求を行っていなくとも、相手方が反社会的勢力だという属性が判明すれば、会社のほうから積極的にアクションを起こして一切の関係を遮断しなくてはならないこととなったのである。

 つまり『当たり前のことである「不当要求の拒絶」から一歩進んで「一切の関係遮断」へ』、これが政府指針の核になるメッセージである。
 この不当要求の拒絶から一歩進めた「一切の関係遮断」という概念は、企業の社会的責任(CSR、Corporate Social Responsibility)に根ざすものである。
 つまり、取引の相手方が反社会的勢力であるのに取引の継続を選択することは、反社会的勢力に資金を供給し、反社会的勢力の活動を援助・助長することでしかない。
 そうすると、CSRの観点からは、当該取引に経済合理性があり、不当な利益を与えていないという反論は、なんの弁解にもならない。

政府指針制定後の暴力団排除条項

 政府指針2(2)「平素からの対応」には、『「反社会的勢力とは、一切の関係をもたない。そのため、相手方が反社会的勢力であるかどうかについて、常に、通常必要と思われる注意を払うとともに、反社会的勢力とは知らずに何らかの関係を有してしまった場合には、相手方が反社会的勢力であると判明した時点や反社会的勢力であるとの疑いが生じた時点で、速やかに関係を解消する。」(第3段落)』と記載され、また、政府指針のパブリックコメントでは、「通常必要と思われる注意を払う」には、「当然取引開始時の属性判断を行うことも含んで」いるとされた。

 これを受けて、各団体、各企業をはじめとして、(不当要求の有無にかかわらず)反社会的勢力との関係を一切遮断するための内部統制の在り方が議論され、また同時に、相手方が反社会的勢力だと事後的に判明した場合に契約を解除できるように、様々な暴力団排除条項(以下、暴排条項)が検討された。

 このうち、特に有名なものとしては、全国銀行協会(以下、全銀協)が平成23年6月に発表した融資取引および当座勘定取引における暴排条項参考例がある。

(略)

民暴弁護士として

 私は、これまで東京弁護士会の民事介入暴力対策特別委員会の副委員長を6年務め、また日本弁護士連合会の民事介入暴力対策委員会の幹事を3年務めてきた。
 この関係で、公益財団法人暴力団追放運動推進都民センターの相談委員を3年、同センター委嘱の不当要求防止責任者講習の講師を4年務めた。
 この10年間だけでも、主に金融機関の代理人として、多くの暴力団、暴力団員、えせ右翼、総会屋、不当要求者と対峙してきたし、毎日のように暴力団員等と話している。
 また実際に暴力団事務所へ赴いたことも少なくない。
 しかし、やはり諸事情にて、本誌面で詳らかにすることは控えたい。
 余談だが、毎年のように反社会的勢力等から懲戒請求を受けるので同手続における答弁書の起案はとても早い。

 民暴弁護士として活動する中で強く思うことは、暴力団等の反社会的勢力による被害を防止することは、人権に関わる問題であるということだ。

 1日1億円、年間400億円。
 これがいわゆるオレオレ詐欺を中心とした特殊詐欺事犯の被害金額である。
 各地の弁護士会が、特殊詐欺事犯に関して、組長責任追及訴訟を提起し、一定の成果を上げているところであるが、被害はいっこうになくならず、高齢者の財産が反社会的勢力に流れているのである。
 財産を取り上げられた挙げ句、親族からは責められ、孤立する高齢者もおり、また最悪の事態に発展したケースも現にある。
 このような事態を受けて、平成30年10月に青森で行われた日本弁護士連合会の人権擁護大会にて、日弁連民暴委員会は、「組織犯罪からの被害回復〜特殊詐欺事犯の違法収益を被害者の手に〜」というシンポジウムを行い、私もシンポジウムのコーディネーターとして壇上に立った。
 同大会では、「特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援の推進を目指す決議」が採択されたところである。
(*同決議は日弁連のホームページに全文が掲載されている。
https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2018/2018_2.html

 特殊詐欺のような高齢者をターゲットにした極めて卑劣な犯罪を根絶するためにも、官民一体の取組が必要だと痛感している。

 この点、東京都は、特殊詐欺に関連して、「東京都安全安心まちづくり条例」を改正し(2015年7月1日公布,2015年9月1日施行)、その第32条3項において、「事業者は,商品等の流通及び役務の提供に際して,特殊詐欺の手段に利用されないよう,適切な措置を講ずるよう努めるものとする。」とした上で、33条(建物の貸付けにおける措置等)にて、建物の貸付けをする者に対し、特殊詐欺の用に供さないように書面で確認する努力義務や、特殊詐欺の用に供されていることが判明した時は当該契約を解除することができる旨の特約を定める努力義務を課している。

 この条例が企業に周知されているとは言い難く、今後は、各業界団体、各企業に対して、暴排条例と同様に、東京都安全安心まちづくり条例の周知活動を展開することが重要だと考えている。
 これからも民暴弁護士として取り組むべき課題は多い。


アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺、2018/12/10
民暴弁護士による反社会的勢力排除の基礎講座
松村 卓治(まつむら・たかはる)
https://judiciary.asahi.com/corporatelaw/2018112700001.html

 政府は2019年12月10日、首相主催の「桜を見る会」に出席していたとされ問題になった「反社会的勢力」について、「あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難」とする答弁書を閣議決定した。
 立憲民主党の初鹿明博衆院議員の質問主意書に答えた。

 政府が2007年にまとめた指針では、反社会的勢力を「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」と定めていた。

 菅義偉官房長官は10日の記者会見で「指針は何だったのか」と問われ、「民間企業はこの指針を踏まえたうえで、暴力団をはじめとする反社会的勢力との関係の遮断のための取り組みを着実に進めている」と述べた。
 記者団が重ねて「元々定義は困難という認識なのか」と問うと、菅氏は「そうです」などと語った。


Yahoo News Japan
反社会的勢力の定義は「困難」
指針あるけど政府が決定

(朝日新聞、12/10(火)19:17配信)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191210-00000065-asahi-pol

 政府は10日、「反社会的勢力」の定義について「その時々の社会情勢に応じて変化し得るものであり、限定的・統一的な定義は困難だ」とする答弁書を閣議決定した。
 政府による「反社会的勢力」の過去の使用例と意味については「政府の国会答弁、説明資料などでの使用のすべての実例や意味について、網羅的な確認は困難」とした。

 立憲民主党の初鹿明博衆院議員の質問主意書に答えた。

「反社会的勢力」の言葉を巡っては、公金を使って開催されてきた「桜を見る会」に反社会的勢力が参加していた疑惑が浮上したことを受け、菅義偉官房長官が先月の記者会見で「定義が一義的に定まっているわけではない」と述べていた。

 ただ、政府は2007年に策定した「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」でこの言葉を用いている。
 初鹿氏はこの指針が反社会的勢力を「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団・個人」と定義していることに触れ、「異なる定義があるなら対応を変更する必要が生じかねない」と指摘。
 これに対し答弁書は「現在、企業は指針を踏まえて取り組みを着実に進めている」と、正面からは答えなかった。


Yahoo News Japan
「反社会的勢力、定義するのは困難」答弁書閣議決定
「桜を見る会」巡る質問主意書に

毎日新聞[青木純]、12/10(火) 12:48配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191210-00000030-mai-pol

 極めて危険な閣議決定で、今まで反社会的勢力と呼ばれていた人がどれだけ社会的に進出してきたとしても、行政が定義するのは不可能という一言で認めてしまったことになる。
 自分たちの権力を守ろうとするために、大半の国民を犠牲にしかねない極めて危険な閣議決定だと思う。


「自民党の複数の議員が反社会勢力の構成員と記念写真を撮っていた問題を追及されている安倍晋三首相は10日、『反社会勢力の定義は社会状況によって変化するため、統一的に定義することは困難』という答弁書を閣議決定した」とのこと。
 閣議決定って首相の犯罪を隠蔽するためのシステムみたいだね。

 それじゃ、民間企業はどうやって反社かどうかの判断すれば良いんだ!
 真面目に取り組んでる民間企業は怒ると思う。

 菅官房長官「今後とも懇切丁寧に説明したい」
・・・…ほぼすべての人が理解してるよ
 アベ政権が、公選法(買収)違反、政治資金規正法違反、そして公金横領(税金泥棒)、マルチ商法や反社会的勢力の皆さんとのお付き合い。
 誰か、このポンコツに「懇切丁寧に説明してやって下さい」


MAG2NEWS編集部 NK、2019.12.10
政府「反社会的勢力の定義は困難」を閣議決定に怒りの声が殺到
https://www.mag2.com/p/news/429098

posted by fom_club at 09:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月10日

安倍政権の専横を忘れまい

 臨時国会がきのう閉幕した。
 野党は安倍晋三首相主催の「桜を見る会」を巡る疑惑解明のために40日間の会期延長を求めたが、幕引きを急ぐ与党側は拒否した。
 税金を使って首相の支持者をもてなしていた。
 だが、証拠となる招待者名簿は廃棄されていた―。

 民主政治の根幹を成す行政の公正性をゆがめ、都合の悪い情報は隠蔽(いんぺい)し、まともに説明しない。
 桜を見る会の一連の問題には安倍政権の体質が凝縮されている。
 首相はきのうの記者会見で「さまざまな批判があることは十分に承知している」と述べたが、説明責任を果たそうとの姿勢はなく、改憲などの訴えに力点を置いた。

 国会には真相究明の責務がある。
 幕引きは到底認められない。
 首相が出席する予算委員会の閉会中審査を早急に開催すべきだ。

 言い逃れのような答弁を重ね、ほころびが出ても合点のいかない稚拙な説明を上塗りするだけで、ますます疑問が膨らんでいく。
「前夜祭」を巡る法令違反の有無や招待者名簿を廃棄した経過など、全ての問題がそうだった。
 連鎖販売取引(マルチ商法)と認定されたジャパンライフの元会長と「個人的な関係は一切ない」との首相答弁にも疑義が出ている。
 首相の父・安倍晋太郎氏は外相時代に訪米した際、現地で元会長と面会している。
 訪米の随行者名簿に外相秘書官だった首相の名前があり、元会長と面識があった可能性を野党は指摘した。
 情けないのは「首相隠し」と言うべき与党の対応だ。
 首相に納得のいく説明を求める声はほぼ皆無だった。
 本来、行政のゆがみを正すのに与党も野党もなかろう。

 辞任した菅原一秀前経済産業相と河井克行前法相を巡る「政治とカネ」の疑惑も未解明だ。
 辞任の際に説明はするとしていたのに、国会に姿すら見せなくなった。
 説明に窮し議員の職責を果たせないのなら、潔く辞職すべきだ。
 自衛隊の中東派遣や消費税増税後の経済状況など、国会で議論を深めるべき政策課題は山積していた。
「桜」追及の陰で、これらの論戦が脇に置かれたのは確かだ。

 だが、議会制民主主義の大前提は政治家が国民から不信の目を向けられることのないよう身を律することである。
 もし疑念を招いたら説明を尽くすのが当然だろう。
 それをしない首相が語る政策や改憲の訴えに、国民は信を置けようか。

 時間の経過とともにほとぼりが冷めると考えているなら、主権者を愚弄(ぐろう)しているに等しい。


北海道新聞・社説、2019/12/10 05:05
臨時国会閉幕
桜を見る会
追及継続を

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/372995?rct=c_editorial

 説明責任を顧みず、論戦から逃げ回る。
 安倍政権の立法府軽視も極まった観がある。
 臨時国会が閉幕した。

 野党は「桜を見る会」をめぐる一連の問題を究明するため、会期を40日間延長する動議を提出したが、与党の反対で否決された。
 政治の公平・公正に対する信頼は政策遂行の基礎である。
 税金で賄われる公的行事を、安倍首相が私物化していたのではないかという疑念を放置したまま、先に進むことはできない。

 首相は本会議などで一方的に弁明することはあったが、一問一答で詰められる委員会質疑に応じることは最後までなかった。

 参院予算委員会で、自民党出身の委員長が提案した首相抜きでの質疑すら、与党の反対で実現しなかった。
 異様なまでの論戦回避である。

 この問題の影に隠れた格好になっているが、初入閣から2ヶ月もたたないうちに辞任に追い込まれた菅原一秀経済産業相、河井克行法相の説明責任と首相の任命責任も、いまだ果たされていない。
 菅原氏には地元の有権者に公職選挙法が禁じる寄付をした疑いが、河井氏には自民党参院議員でもある妻の陣営の選挙違反の疑いが指摘され、国会で野党の追及を受ける矢先に辞表を提出した。
 その際、両氏とも、「今後、説明責任を果たしていきたい」と述べたが、1ヶ月以上たった今も、空手形のままである。
 首相や自民党執行部が、両氏に対し説明責任を果たすよう求めた形跡もない。

 政権にとって都合の悪いデータを国会に出し渋るのも、この政権の常套(じょうとう)手段だ。

 日米貿易協定の承認手続きは臨時国会最大の焦点だったが、野党が求めた経済効果の試算などは示されず、検討に必要な情報が十分にそろっていたとは言いがたい。
 成果を急ぐトランプ政権に配慮した来年2020年1月1日発効ありきの審議だったというほかない。

 年間を通してみても、国会をないがしろにする安倍政権の専横ぶりは際立っていた。
 2019年1月に始まった通常国会では、2019年度予算が成立してしまうと、行政監視の主舞台でもある予算委の開催に応じず、国会の規則に基づく野党の要求も無視した。
 夏の参院選をにらんだ失点回避の思惑は明白だった。
 参院選後も、野党による臨時国会の早期召集要求は店晒(たなざら)しにされた。

 党首討論は今年2019年は6月の1回きりだ。

 国会を閉じ、年が改まれば、一連の問題も忘れられる――。
 首相はそう高をくくっているのかもしれない。
 しかし、政治権力が国民への説明を放棄した先に待っているのは、民主主義の土台の崩壊である。


朝日新聞・社説、2019年12月10日05時00分
臨時国会閉幕
政権の専横を忘れまい

https://www.asahi.com/articles/DA3S14288219.html

 臨時国会が閉幕する。
 この臨時国会の最重要議案は日米FTA承認案だった。
 2016年末に大論議を呼んだTPP12(米国を含む12ヶ国によるTPP協定)の本丸が今回の日米FTA協定案である。
 TPP12では日本が農産品などの関税を大幅に引き下げることが中心議題とされた。
 また、TPPの最大の特徴は、単なる物品貿易の関税率を引き下げるだけでなく、一国の諸制度、諸規制改変がもたらされることにあった。
 とりわけ、国民生活と関わりが深い保険医療制度、食の安全、公共調達、郵政事業などに重大な影響が生じる可能性が高く、大きな論議を呼んだ。
 もちろん、根源的には私たちの生存に関わる食料の問題が重大だ。
 食料自給は経済的安全保障の根幹に位置付けられる。
「食料自給は国家安全保障の問題であり、それが常に保証されているアメリカは有り難い」
「食料自給できない国を想像できるか、それは国際的圧力と危険にさらされている国だ」
これは、米国のブッシュ大統領が国内の農業関係者向けの演説で、しばしば用いたフレーズである。
(東京大学鈴木宣弘教授「食料安全保障の確立に向けて」https://bit.ly/348clYd より引用)
 どの国も国民の生存と健康維持のために農業を手厚く保護している。
 このことを度外視して国内農業を衰退させることは国民に対する背信行為である。

 TPP12は日本の農林水産業を破滅に追い込むだけでなく、国民皆保険制度の根幹を破壊し、食の安全・安心を崩壊させる結果をもたらすから、TPP12を日本が受け入れるべきでないとの主張が広範に展開された。
 自民党も2012年12月総選挙に際しては、
「ウソつかない! TPP断固反対! ブレない!」
と大書きしたポスターを貼りめぐらせて選挙戦を戦った。

 その際、6項目の公約を明示した。
 農産品重要五品目の関税を守ることも明示された。
 食の安全・安心を守り、国民皆保険制度を維持することも公約として明記された。
 また、国家主権を侵害するISD条項については「合意しない」ことが明記された。

 ところが、これらの懸念事項がまったく解消されないどころか、懸念がそのまま現実化するTPP12協定案がまとめられ、安倍内閣が署名してしまった。


 しかし、国会でこれを承認するべきでないとの主張が大きく展開されたのだ。
 だが、安倍内閣は批准を強行した。
 これがTPP1 だった。

 米国を含むTPPで、米国が離脱すると発効できない条項が盛り込まれていた。
 米国が離脱する可能性は高く、批准を急ぐ必要はないとの主張も強く存在したが、安倍首相はTPP12の合意を完全に確定するために批准を急ぐのだとして批准を強行した。

 実際、日本の批准直後に米国はTPPから離脱した。

 これでTPPは臨終を迎えたはずだったが、あろうことに、安倍内閣はTPP協定合意文書改変の先頭に立った。

 そして、米国抜きのTPP11を強引にまとめ、発効させてしまった。

 安倍首相はTPP12の修正は一切行わないことを明言するとともに、日米FTA交渉には応じないことを確約した。

 ところが、米国のトランプ大統領に命令されると、日本の国会での明言など存在しなかったかのように、日米FTA交渉を受け入れた。


 その日米FTAの第一弾合意が今回の日米物品貿易・デジタル貿易協定である。

 日本の国会を完全に冒とくする安倍内閣の行状を許すわけにはいかない。

 安倍内閣の横暴を明らかにし、責任を追及するのが国会の責務、野党の責務である。
 ところが、この臨時国会で、問題の日米FTA協定が批准された。
 野党はほとんど抵抗らしい抵抗さえ示さなかった。
 桜疑惑が一気に広がり、日米FTA承認を阻止することは十分可能だったはずだ。
 しかし、野党は日米FTA承認を容認し、挙げくの果てに安倍内閣に対する不信任決議案の提出さえ見送った。

 理由は単純明快だ。

 野党が衆院解散総選挙を恐れたのである。
 このような野党では日本政治の刷新は夢のまた夢である。
 日本政治刷新のために有効な野党体制構築を急がねばならない。


植草一秀の『知られざる真実』2019年12月 9日(月)
安倍政治と闘う気魄のない立憲民主と国民民主
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-4f66a8.html

 中村医師が無言で帰国、帰郷した。
 2019年12月9日は新聞休刊日だったから、その模様を知るのはきょう10日の朝刊だ。

 そこで知ったのは、この国の政治があまりにも彼の死に冷淡だということだ。
 どうやら安倍首相には褒め殺しは通用しなかったようだ。
 あれほど助言したというのに、聞いたこともないような副大臣に対応を任せただけだ。
 あれほどアフガン政府が弔意を表し、真相究明に努めているのに、謝意ひとつ表明せず、真相究明に協力する素振りすら見せない。

 中村医師は決して安倍批判者ではなかった。
 パフォーマンス好きの安倍首相が、ここで中村医師の不幸な死を国民と共に悼んでも、批判を上回る評価が得られたはずだ。
 それなのに、この冷淡さはなんだ。

 しかし、もっと失望させられるのは野党の対応だ。
 この事件が起きてから、一言も発していない。
 安倍政権に中村医師銃撃死への対応の不十分さを問いただそうともしない。
 せめて護憲政党ぐらい中村医師を出迎え、追悼すべきだったが、それもない。
 この国の政治は、中村医師の銃撃死に対してあまりにも冷淡だ。
 なぜだろう。

 思うに、生前の中村医師は、この国の与野党にとって価値ある人物ではなかったのだ。
 憲法9条を体現する中村医師が政府側にとって役立つはずがないのはわかる。
 しかし、護憲政党もまた中村医師は利用価値のない人物だったのだ。
 中村医師は文字通り憲法9条を、身をもって実践し続けた人物だ。

 そんな中村医師の前では、口先で護憲を唱えるだけの政党の存在価値がかすむ。

 しかも中村医師は現場で灌漑事業に忙しく、護憲政党の政治的宣伝につき合う暇はなかった。
 要するに中村医師は、安倍政権にとっても、そして野党にとっても、政治的には利用価値のない人物だったのだ。

 政治家たちは与党も野党も政局を最優先し、自分たちの生き残りしか考えない。

 そのことは毎日の政局ニュースをみればよくわかる。
 中村医師はそんな連中とは対極にあった人物だったのだ。
 12月11日には中村医師の葬儀が行われると言う。
 おそらくこの葬儀のニュースが、当面のニュースでは最後のニュースになるのだろう。
 果たしてどのような政治家が参列するのだろうか。


天木直人のブログ、2019-12-10
中村医師の銃撃死にあまりにも冷淡なこの国の政治家たち
http://kenpo9.com/archives/6401

posted by fom_club at 18:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

社会民主党サンナ・マリン Sanna Marin(34)次期フィンランド首相

COPENHAGEN − Finland’s next government is breaking the mold in multiple ways.

Sanna Marin, the 34-year-old transport minister, was tapped over the weekend by the ruling Social Democratic Party to be Finland’s new prime minister. When she takes the reins of the country, most likely on Tuesday, she will become the world’s youngest sitting head of government.

In another unusual development, Marin will head a coalition with four other parties that are all led by women − three of whom are in their early 30s. Her own biography also breaks the mold: Raised by a single mother, she has described feeling discriminated against in Finland when her mother was in a relationship with another woman.

Elina Penttinen, a lecturer in gender studies at the University of Helsinski, said the rise of so many women is “exceptional” not only by the standards of the wider world, where older men hold most power, but even by the standards of Finland, which regularly ranks as one of the best countries in the world for gender equality.

“Here it seems pretty amazing, too,” she said.

The Social Democrats emerged as the strongest party after Finland’s election in April. Antti Rinne, the incumbent prime minister whom Marin is replacing, stepped down last week amid political turmoil caused by a strike of postal workers. Rinne says he plans to continue as the Social Democrats’ leader until a party congress next summer.

Penttinen described Marin as a talented politician known for her leadership skills whose progressive program stresses combating climate change, protecting the country’s famous social protections like healthcare and reaching out to young people.

Finland, like much of the West, has seen a rise in right-wing populists and the nationalist Finns Party did well in the April election, though centrist and left-wing parties won most votes and together could govern in the multiparty coalition.

“I hope it’s a sign of more change to come against populists, especially in the age of Trump and populism,” Penttinen said.

A tweet by a journalist for Finnish newspaper Helsingin Sanomat with photos of the quintet drew attention online by visually underscoring the idea of rising female power in politics.

Marin will become the youngest-serving leader of a government in the world, beating out Ukraine’s 35-year-old prime minister, Oleksiy Honcharuk. She might not hold that title for long, however. Sebastian Kurz, the 33-year-old former Austrian chancellor who rose to that position when he was 31, won an election in September and is in talks to form a new governing coalition that would put him back in the job.

Marin joins a small group of female leaders who have sought to counteract the rise of populism. That group includes Slovakian President Zuzana Caputova, 46, a progressive whose election this year bucked the trend of populism and nationalism in Central Europe.

And like New Zealand Prime Minister Jacinda Ardern − who is 39 − Marin is a new mother, having given birth to a daughter last year.

A lawmaker since 2015, Marin is the party’s vice chairwoman and was minister for transport and communications in the outgoing government.

Lawmakers are likely to approve the new government this week so Marin can represent Finland at a summit of European Union leaders in Brussels on Thursday and Friday. Finland holds the EU’s rotating presidency until the end of the year.

Beside Marin, the coalition’s other party leaders are 32-year-old Katri Kulmuni of the Center Party; the Left Alliance’s Li Andersson, 32; Maria Ohisalo, the 34-year-old leader of the Greens; and the head of the Swedish People’s Party, Anna-Maja Henriksson, who at 55 is the oldest.

The coalition will have a comfortable majority of 117 seats in the 200-seat Eduskunta, or Parliament.

The Center Party announced Monday that Kulmuni will be the finance minister in the new government.

Marin will be Finland’s third female government leader. Women have been present in politics in the Nordic region for decades and today represent half of the party leaders in Sweden. Four of Denmark’s nine parties are headed by women.

Mette Frederiksen became Denmark’s prime minister in June, while Erna Solberg has been Norway’s head of government since 2013.

Iceland’s Vigdis Finnbogadottir was the first woman to be democratically elected as head of state by voters when she defeated three men for the presidency in 1980.


[photo]
Sanna Marin was tapped to be Finland’s new prime minister.

Los Angeles Times, Published: Dec. 9, 2019 11:24 AM
Finland’s new 34-year-old female prime minister breaks the mold
By Associated Press
https://www.latimes.com/world-nation/story/2019-12-09/finland-female-prime-minister

Finland will have the world’s youngest serving prime minister later this week when Social Democrat Sanna Marin, 34, is sworn in at the head of a coalition whose four other parties are all led by women, three of them in their thirties.

Marin, currently the transport minister, will take over from Antti Rinne, a former trade unionist who resigned last week after just six months in office when he lost the confidence of the Centre party, a coalition partner, over his handling of a postal strike.

She will become the Nordic country’s youngest ever head of government, but said on Sunday night she had “never thought about my age or gender. I think of the reasons I got into politics, and those things for which we have won the trust of the electorate.”

The five-party, Social Democrat-led coalition has agreed to stay together and maintain the policy programme it announced in June, focusing on major increases in public spending on welfare and infrastructure, and a pledge to make the country carbon neutral by 2035.

Marin, who narrowly won her party’s vote on Sunday to replace Rinne as prime minister, said the programme “glues the coalition together”, but admitted the new government had “a lot of work to do to rebuild trust”. Her Social Democrats currently stand at just 13% in the polls, well behind the nationalist Finns on 24%.

Finland’s third female prime minister, Marin was raised by a single mother who later entered a same-sex relationship, and was the first of her family to go to university. She will be the world’s youngest sitting prime minister: New Zealand’s Jacinda Ardern is 39, while the Ukrainian Oleksiy Honcharuk is 35.

She has enjoyed a rapid rise in Finnish politics since becoming head of the council of Tampere, Finland’s third biggest city, at the age of 27, and stood in for Rinne as party leader earlier this year when he had to take time off because of illness.

The Social Democrats narrowly won April’s parliamentary elections ahead of the Finns on a platform promising to end years of austerity imposed by the outgoing centre-right government, which cut public spending by €4bn and reduced Finland’s debt for the first time in a decade, but made it deeply unpopular.

Rinne, who became the country’s first leftist prime minister in 20 years, said the government aimed to reduce income differences through increased spending on education, pensions and social services. But he was forced to step down last week after several weeks of political crisis over a plan to cut wages for 700 postal workers.

The national postal service withdrew the reform plans in November after widespread strikes, but questions soon emerged over whether or not the prime minister had previously approved the cutbacks, prompting the Centre party to declare it had lost its trust in the prime minister.

The four other female party leaders in the coalition are Li Anderson, 32, who heads the the Left Alliance; Maria Ohisalo, 34, of the the Green League; Katri Kulmuni, 32, from the Centre party, who was named finance minister on Monday; and Anna-Maja Henriksson, 55, of the Swedish People’s party.

Women have been present in politics in the Nordic region for decades and today represent half of the party leaders in Sweden. Four of Denmark’s nine parties are headed by women. Mette Frederiksen became Denmark’s prime minister in June, while Erna Solberg has been Norway’s head of government since 2013. Iceland’s Vigdís Finnbogadóttir was the first woman to be democratically elected as head of state by voters when she defeated three men for the presidency in 1980.

Finland’s former prime minister Alexander Stubb lauded the coalition, saying it “shows that Finland is a modern and progressive country”. Stubb tweeted: “My party is not in government, but I rejoice that the leaders of the five parties in government are female.”

The timing of the change in leadership is, however, awkward for Finland, which holds the EU’s rotating presidency until the end of the year.

Parliament is expected to approve the appointment of Marin and her new ministers swiftly so she can represent Finland at the next EU leaders’ summit on 12 December.


[photo]
Sanna Marin, 34, has been selected to be the new prime minister of Finland

The Guardian, Published: Mon 9 Dec 2019 13.55 GMT
Finland anoints Sanna Marin, 34, as world's youngest serving prime minister

Former transport minister is country’s youngest leader ever and third female PM

By Jon Henley, Europe correspondent
https://www.theguardian.com/world/2019/dec/09/finland-anoints-sanna-martin-34-as-worlds-youngest-serving-prime-minister

【ヘルシンキAFP時事】フィンランドの社会民主党は2019年12月8日、辞意を表明したリンネ首相の後任に、リンネ政権で運輸・通信相を務めた女性のサンナ・マリン氏(34)を選出した。
 10日に議会の信任を得て新首相に就任する運び。
 フィンランド史上最年少首相の誕生で、ウクライナのホンチャルク首相(35)を抜き世界一若い国家指導者の一人にもなる。

 リンネ氏は郵政改革に関するストライキへの対応をめぐり、連立を組む中央党の信頼を失ったとして、3日に辞意を表明していた。
 党内選を僅差で制したマリン氏は記者団に「信頼を取り戻すため、やるべきことがたくさんある」と強調。
「自分の年や性別について考えたことはない」と述べた。


「写真」
8日、ヘルシンキで、フィンランドの次期首相に選ばれたサンナ・マリン氏

時事ドットコムニュース、2019年12月09日19時30分
次期首相に34歳女性
フィンランド史上最年少

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019120900950&g=int

posted by fom_club at 07:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月09日

山歩クラブで鐘が嶽 561m

 皆さん、こんにちは。
 昨日12月8日は山歩クラブの歩き納めの日。
 秋晴れのなか、9人で丹沢は七沢から鐘が嶽 561m。
 ヤッホーくん1日に下見に行ったそうな。
 なのに、バス停終点から道迷いし、違う方向へ歩みだしたもんで道迷い。
 入ったお家では、ピンポ〜ン押したら、「わたし、留守番で家にはだれもおりません」、塀の修理をしていた作業員のかたに道を聞いたら、「ぼく、よくわかりません」とお二方とも片言の日本語。
 しようがない、ね、まったく、とヤッホーくんひとり自分の記憶薄れにあきれ返っていました。
 そこへお散歩で通りかかった地元のかたに、みたちゃんが聞いてくれましたが、ご親切に、ていねいに登山口までの入り方を教えてもらいました、親切。

 さらに、さらに74歳のお母さんが、登山口まで道案内して付いてくれ、参道入り口(鐘が嶽山頂手前には浅間神社があるのです)の下で、いつまでも「気をつけてね」って手を振ってくれました、親切。
 お母さんは三歳の時に山頂まで登ったそうで、地元の人は「鐘が嶽」と言わずに「浅間山」と言うんだよって。

 さらに、山路のあちらこちらにある「たまねぎ石」(凝灰岩)を教えてくれたハイカーも。
 丹沢はムカシ島で、伊豆に先立ってフィリピンからどんぶらこっこ、やってきたんですって、親切。

 山頂のベンチではわれわれに席を譲ってくれた、80歳過ぎた元気なお母さんたちとおしゃべり、親切。
 もう、高いところには登らないけど、山歩きが長生きの秘訣だって。
 令和になったら、髪を染めるのも止して、グレイヘアーでおしゃれを楽しむことに切り替えたのよって。
 そのおしゃべりと高笑いが、元気のもとだねって、ヤッホーくん、感激!

 また、神社直下の階段は400段あるから、気をつけてね、って地元のお父さん、親切。
 にこって笑うと、すたすたと降りていきました。
 みたちゃん、さっそく数えてみようかしらって。

 山はいいね、いろんな出会いがあります。
 立ち寄ろうと思ってた湯宿は、今年最後の紅葉狩りに来たお客さんでなんと長蛇の列!
 われわれは今日一日を振り返る打ち上げをすべく一目散にバスで本厚木まで戻りました。
 そして全員、新宿で一休みしながら……皆さんで、今日を振り返り、明日を見据えていましたが、ヤッホーくんは、明日が目えず、昨日は霧の中、見たはずの映画「閉鎖病棟」を思い出していたり……なんだっけ、なんだっけと口ごもっておりました。

 では次回にお会いするときまで皆さん、体調管理には気を付けて、風邪などひくんじゃないよお〜ヤッホー!

P1010183.JPG
☝ 晩秋の山路

P1010184.JPG
☝ 鐘が嶽山頂にて

P1010186.JPG
☝ 一丁目一番地

P1010187.JPG
☝ 鳥居、無事かえりつきました〜


posted by fom_club at 10:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

福家崇洋「大戦前夜の思想家たち」

「戦後民主主義」の行方

 今年8月12日に放送されたNHKスペシャル「かくて“自由”は死せり〜ある新聞と戦争への道〜」は、ネットを中心に大きな反響を呼んだ。同番組は、新しく発見された「戦前最大の右派メディア」新聞『日本』にスポットをあて、「大正デモクラシー」から戦争へ向かう日本の社会の転換を映し出した。

 感想には、自由を謳歌していたはずの日本社会が破滅的な戦争に転げ落ちていく怖さや、いまの社会との共通性を読み込んで警鐘を鳴らす言葉が数多くつづられていた。

 これまで私は、戦前の日本社会が「大正デモクラシー」から「ファシズム」へいかにして変わっていったのかという問題意識をもって、社会運動史や思想史を研究してきた。番組では、『日本』を通史的に見ることで、「大正デモクラシー」から戦時体制へ移行する過程がクリアに把握できること、社会で共有していた許容ラインが次第に引き下げられていったことをコメントした。

 同番組が一定の反響を呼んだ一因は、放送直前にあいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が、電凸行為による脅迫で中止に追い込まれ、「自由」の意義が問われていたことにある。

 しかし、より巨視的に見るならば、戦後の日本が長らく享受してきた、日本国憲法を頂点とする「戦後民主主義」的な価値観(自由、平和、民主、人権)が今日さまざまな方面から「転換」を迫られているという背景がある。出口の見えない未来への不安が、戦争につき進んだ過去への関心を高めている。

「大正デモクラシー」の時代に生まれた『日本』という小さな右派メディアは、共産主義批判などを煽ることで徐々に存在感を高めていく。そこに集まった右派的な運動家の極端な「民意」は一部の議員や軍人と手を携えながら、「デモクラシー」や自由を浸食していった−−。

ここでは、歴史を鏡として、『日本』の内容を社会運動史や思想史の観点から分析することで、時代の転換とその背景について考えてみたい。

新聞『日本』と「大正デモクラシー」

1923年、虎ノ門外を車で通過していた摂政裕仁親王(のちの昭和天皇)が、アナーキストの難波大助によって狙撃された。世にいう虎ノ門事件である。

この「危険思想」の浸透に危機感をもったのが司法大臣の小川平吉である。思想「改善」が急務であると考えた彼は、新聞『日本』を創刊した。

『日本』は1925年から35年まで刊行され、発行部数は約1万6000部とされる。莫大な発行資金が必要だったはずだが、小川だけでなく、三井や三菱といった財閥からも拠出されていた可能性が高い。

発行を支援したのは、小川が創設した思想団体青天会と、大東文化協会・学院の関係者である(伊藤隆『昭和初期政治史研究 ロンドン海軍軍縮問題をめぐる諸政治集団の対抗と提携』1969年、東京大学出版会)。大東文化協会は、儒教・漢学による国民道徳の振興をめざして設立され、小川が副会頭を務めていた。

総じていえば、「民本主義」や社会主義に代表される「大正デモクラシー」の風潮に距離を取る人たち、既存の体制に順応している人たち(国会議員、実業家、大学教員、官僚、軍人、社会運動家)が『日本』を支えていた。

当初は、大東文化学院教員の北ヤ吉(きた・れいきち、北一輝の実弟)が編集監督を担っていたが、すぐに辞任。かわって、満鉄東亜経済調査局に勤務していた綾川武治が就任した(木下宏一『近代日本の国家主義エリート  綾川武治の思想と行動』2014年、論創社)。翌年9月から法政大学教員の中谷武世(なかたに・たけよ)も『日本』に加わる。

綾川の方が7歳年長だが、2人とも猶存社の第二世代である。猶存社は、1919年に満川亀太郎らによって結成された国家改造団体で、大川周明や北一輝も参加、日本を核とするアジアの連帯・解放にもとづく世界革命を目指した。綾川、中谷も若き同志として猶存社に出入りした。2人はその後、大東文化協会にも参加し、その線から『日本』に関わっていく。

西洋文明と東洋文明の融合

『日本』は、ただ日本を賛美していたわけではない。綱領で東洋文明と西洋文明の融合をうたったように、彼らなりに、世界との同時代性を意識していた。

「西洋」をめぐる論説で目を引くのが、ソ連とイタリアに関するものである。前者は、久保田栄吉が1925年12月から翌年3月まで「赤露の真相」「赤露獄中日記」を不定期連載した。内容は、自身の在露体験や軍事探偵の嫌疑でソ連に幽閉された経験を記したもので、「暴露本」的なものである(山内昭人『初期コミンテルンと在外日本人社会主義者 越境するネットワーク』2009年、ミネルヴァ書房)。

後者は、下位春吉(しもい・はるきち)という詩人・作家の不定期連載で、第一次大戦期からムッソリーニの政権獲得までのイタリアを描いたものである。下位はイタリア在住経験があり、1926年にムッソリーニ首相と会ったこともある。1920年代後半の『日本』は下位の連載やムッソリーニに好意的な記事を掲載することで、同時期の出版界で起きたムッソリーニ・ブームを支えた。

こうしたソ連罪悪論やムッソリーニ英雄論を『日本』に載せることで、社会主義やデモクラシーになびくマス・メディアや、日ソ提携を求める国会議員を牽制・攻撃した。

他方の「東洋」とはインドに関するものである。新宿「中村屋のボース」ことラス・ビハリ・ボースの論説や、マヘンドラ・プラタプ、タクラナス・ダスらインド人に関する記事がしばしば見られる。彼らはイギリス植民地支配に批判的で、世界革命を目指す綾川、中谷も同志として同じ思いだった。

反共、イタリア・ファシズム的な「西洋」像、西欧列強の植民地支配から自立する「アジア」像、この両者を『日本』紙上で重ねることが試みられた。

「赤化」批判と右派プラットフォーム

望ましい「日本」像を実現するために、『日本』は国内問題に取り組んでいく。その戦略は、「赤化」(共産主義化)批判と右派社会運動のプラットフォームの形成である。

1910年代末から、「民本主義」や社会主義の影響を受けて、各大学で左派学生団体が結成されていった。また1920年代初頭からコミンテルンの影響で日本共産党が、1920年代半ば以降には無産政党が結成されていた。

『日本』は帝国大学を「赤化」の温床と考え、大学教官や学生を批判していく。その役割を担ったのが原理日本社の三井甲之や蓑田胸喜である(植村和秀『昭和の思想』2010年、講談社)。詩人・評論家の三井は大東文化協会や政教社に関わり、蓑田は慶應義塾大学予科教員であった。『日本』の社説欄を担当した若宮卯之助も慶應大教員、原理日本社同人である。

もうひとつ見逃せないのが、『日本』を磁場とする右派プラットフォームの形成である。しかし、彼らが一同に集まるにはたてまえがいる。それが「日本主義」である。もともとは『日本』の「主義」に由来し、「国体」(天皇を中心とする国柄)の精華の発揚や、自主的外交による東洋平和を確立など、同傾向の人びとがゆるく集える最大公約数的な内容であった。

この大きな傘のもとに、綾川、中谷らの猶存社系、三井・蓑田らの原理日本社、「国粋主義」を奉じる政教社、赤尾敏の建国会、アジア主義の黒龍会、日本主義系作家などが結集した。こうして「明治」期からある団体(政教社、黒龍会)と「大正」期以降生まれた新進の団体(猶存社系、原理日本社、建国会など)が結びついた。

『日本』は、1920年代後半以降、右派社会運動の結集をはかりながら、日刊新聞として異例なほど攻撃的な論説を掲載した。その対象は、「大正デモクラシー」を支えた大学教官・学生、結成まもない共産党、無産政党などであった。

こうしたなかで社会の「許容ライン」、すなわち「ここまでは許せる」という基準が次第に押し下げられていく。かくして、テロや自分たちに不都合な学者の吊るし上げを追認する状況が生じていった。

転機の1930年代

「大正デモクラシー」の社会において、『日本』の論説は一部の主張・運動にとどまっていた。けれども、1920年代末からより強硬な外交政策への転換、満洲事変によるナショナリズムの高揚、政党政治や財閥を糾弾した数々のテロ事件と100万超の減刑嘆願書など、世の中は大きく変化しはじめた。

NHKの番組でも紹介されたように、『日本』が強硬外交を支持したこと、テロ事件とその後の裁判を積極的に報道し、読者のナショナリズムに訴えたことは否定できない。

しかし、私が見るかぎりでは、『日本』は、浜口雄幸首相を狙撃した佐郷屋留雄、血盟団事件を起こした井上日召一派、五・一五事件を計画した海軍軍人・橘孝三郎ら愛郷会関係者とはやや異なるラインで、ていねいなふ分けが必要である。

強いていえば、五・一五事件に連座した大川周明が気になるが、この頃、綾川武治、中谷武世は大川と疎遠であった。なにより、綾川、中谷とも1932年に『日本』を退社していた。綾川は他の出版社に迎えられ、中谷は大亜細亜協会を結成してアジア解放運動に取り組んでいく(松浦正孝『「大東亜戦争」はなぜ起きたのか 汎アジア主義の政治経済史』2010年、名古屋大学出版会)。

その後の『日本』は、国体擁護連合会との関係が強くなる。同会は、1932年に政教社を中心に結成された右派統一戦線で、全国から約70超の右派団体(所属者数約1万5000人以上)が参加した。また、綾川、中谷が抜けて、『日本』では原理日本社の存在感が相対的に増していた。この両団体が活躍したのが天皇機関説事件である。

「不敬」の糾弾

これまで明治憲法体制下で通説だった天皇機関説を「不敬」の対象とさせたこの事件は、「合法無血のクーデター」「憲法改正」とも評される(三谷太一郎『近代日本の戦争と政治』2010年、岩波書店)。

この事件には前史がある。中島久万吉(なかじま・くまきち)商相筆禍事件である。『現代』1934年1月号に転載された中島の足利尊氏論について、南朝功臣の末裔で貴族院議員・陸軍中将の菊池武夫が「逆賊」賛美は許せないとして、貴族院で問題視した。

『日本』はすでに1月から中島批判の矢を数多く放っており、この声が運動と議会を通して拡散・拡声されることにより、中島は辞職に追い込まれた。

天皇機関説事件は筆禍事件と同じ図式で、菊池が貴族院で機関説が「国体」に反すると美濃部達吉(東京帝大教授・貴族院議員)を糾弾した。最終的に政府が二度にわたって国体明徴声明を出す事態になり、美濃部は貴族院議員辞職、不敬罪での告発、著書発禁にあう。

この機関説批判の急先鋒に立ったのが蓑田胸喜ら原理日本社であり、『日本』が砲台としていかんなく活用された。批判を強めたのが1930年代半ばだったとはいえ、1920年代半ばから、蓑田らは『日本』で東京帝大の美濃部、末弘厳太郎、京都帝大の河上肇、瀧川幸辰など帝大教官を次々に批判していた。

この時期になって彼らの攻撃が時流に乗ったのは、右派社会運動の組織化が進んで大衆運動が展開されていたこと、議会や陸軍のなかに彼らに呼応する人物が出てきたことがある。

のちの「皇道派」で知られる真崎甚三郎教育総監・陸軍大将の日記には、美濃部や末弘を攻撃するために真崎の支援を求める蓑田や三井の姿がある。じっさい、真崎を介して陸軍省から『日本』に資金援助もあったようだ(真崎甚三郎著、伊藤隆ほか編『真崎甚三郎日記』1981年、山川出版社)。

時代が転換するなかで、政治的、社会的影響力を強めたい運動家、国会議員、陸軍軍人の思惑が重なりながら、その攻撃の規模が増幅していったのが天皇機関説事件であった。

埋もれた痕跡を求めて

こうした動きを整理すれば以下のようになる。

まず一部の右派的な運動家が、マス・メディアを通して、「大正デモクラシー」を代表する人びとを攻撃する。その極端な「民意」に共鳴した国会議員が議会やマス・メディアで取りあげ、運動家の攻撃に同調し、それを支援する。

議会や議員の権威を借りることで、運動家はプロパガンダと大衆運動を押しすすめる。運動家からは極端な「民意」が、議員や軍側からは権威や資金が供給されて、「デモクラシー」や自由を浸食していく構造である。


こうした人びとの原動力は何だったのか。彼らのよりどころは、「赤化」という悪の根源から日本を救わなければならないという正義感・使命感であった。救国の立場に立つ彼らの意識では、〈私〉が〈私たち日本人〉へと拡大していく傾向がある。

問題は、〈日本人〉という全体性のもとで、〈私〉とは相容れない人びとや異説が排除されてしまうことである。こうして生まれる〈私たち日本人〉の集合体では、個人の自由や他者への寛容よりも、公の秩序や伝統、「調和」が規範として尊重される。ここに共鳴ないし沈黙する大衆が加われば、戦時下の自己統制社会が完成する。

再び同じ轍を踏まないために、まず私たちは自己や社会との対話を通して、そこに内在する「不協和音」に耳を傾ける必要がある。異質なものとの隔たりを恐れることなく受け入れ、自己や社会を外に向けて開いていくしかない。

かつて政府広報と沈黙への同調に挟まれてかき消された小さき「音」を掘り起こし、客観的に位置づけながら、そこに込められた思いを現代まで届けることが歴史学の役目だと私は考えている。遠回りながら、まずは埋もれた過去の痕跡に真摯に向き合うことこそ、見通しのない未来への着実な一歩である。

なお、学術的に貴重な『日本』は所蔵先の無窮会で遠からず一般公開され、デジタル化したデータの販売も検討されていると聞く。無窮会の英断に感謝したい。本資料を用いてさらに歴史研究が進むことを期待して本論を終えたい。

[写真-1]『日本』の誌面
[写真-2] 小川平吉
[写真-3] ムッソリーニ
[写真-4] 蓑田胸喜
[写真-5] 大川周明
[写真-6] 美濃部達吉
[写真-7] 福家 崇洋『日本ファシズム論争、大戦前夜の思想家たち』(河出ブックス、2012年6月)

現代ビジネス、2019.12.08
戦前日本「ファシズムへの転落」が、現代の私たちに教えてくれること
右派が結集、デモクラシーを攻撃……

(福家 崇洋、ふけ たかひろ、京都大学人文科学研究所准教授)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68898

posted by fom_club at 08:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月08日

光るソラ蒼く

K - 光るソラ蒼く
https://www.youtube.com/watch?v=-N4r57pNwps

夜空に描いた
この哀しみに
どんな名前をつけたらいい?
歩道橋の上
風の匂いに
ふと懐かしくなる
なぜだろう?
あなたを想い出した
いつか わかるはず わかるから
言い聞かせた
傘に隠れてる
強がりの僕が
涙の理由を問いただしてる
今を生きてゆく 生きている
まだ知らない 夜明けが 静かに近づいている
光るソラ
蒼く
写真なら捨てた
忘れたいから
でも忘れられない
同じ夢を何度も見てしまうよ
いつか 叶うから 叶えるから
言い聞かせた
胸の奥にある
鮮やかな景色
あきらめることも出来ないまま
今を生きてゆく 生きている
まだ知らない 夜明けが 静かに近づいている
見えるかな
あなたに
光るソラ
蒼く


映画『ディア・ドクター』エンディング曲「笑う花」
https://www.youtube.com/watch?v=nprKaLsk4jY

僕が死んだら
ハイになって笑う花を
咲かせましょう
そのとき君が
今のままならきっと僕だと
気付いてくれるでしょう

振り返れば
地図も持たぬまま幾つかの時代を
横目に歩いた
思惑違いも
多々あれどそれが人生と
言うものなのでしょう

遠まわり
遠わまりするのさ
どんな道草にも
花は咲く
やぶれかぶれて
浮き草となってままならぬまま
風の吹くまま思惑違いも
数々あれどそれがうたうたいと言うものでしょう

遠まわり
遠わまりするのさ
どんな道草にも
花は咲く

遠まわり
遠わまりするのさ
どんな道草にも
花は咲く

遠まわり
遠わまりするのさ

遠まわり
遠わまりするのさ

遠まわり
遠わまりするのさ

遠まわり
遠わまりするのさ
どんな道草にも
花は咲く


いつでも夢を/吉永小百合・橋幸夫
https://www.youtube.com/watch?v=_9pewaS3Dhs

星よりひそかに 雨よりやさしく
あの娘はいつも 歌ってる
声が聞こえる 淋しい胸に
涙に濡れた この胸に
言っているいる お持ちなさいな
いつでも夢を いつでも夢を
星よりひそかに 雨よりやさしく
あの娘はいつも 歌ってる

歩いて歩いて 悲しい夜更けも
あの娘の声は 流れ来る
すすり泣いてる この顔上げて
きいてる歌の 懐かしさ
言っているいる お持ちなさいな
いつでも夢を いつでも夢を
歩いて歩いて 悲しい夜更けも
あの娘の声は 流れ来る

言っているいる お持ちなさいな
いつでも夢を いつでも夢を
はかない涙を うれしい涙に
あの娘はかえる 歌声で



posted by fom_club at 06:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月07日

映画「閉鎖病棟」撮影場所ロケ地

 落語家としての長年の功績が認められ、大衆芸能部門で2018年度芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞した笑福亭鶴瓶(1951年生まれ)。
 役者としても絶好調。
 作家・帚木蓬生(1947年生まれ)原作(新潮社、1994年、1997年新潮文庫)の『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(平山秀幸監督、2019年11月公開)で主演を務めます。
 しかも精神科病院を舞台にした本作を、実際の国立の精神科病棟を使用して撮影するというじゃないですか。
 調べたらそこは、元陸軍の結核治療研究機関だったという歴史が!
 この機会を逃してはなるまいと、長野県小諸市に向かいました。


[写真-1]
入院患者として出会い、親交を深めていく(写真左から)秀丸(笑福亭鶴瓶)、チュウさん(綾野剛)、由紀(小松菜奈)

真田幸村、浅間山……いざ「ろくもん」に乗って小諸へ!


 2019年1月中旬。
 東京から北陸新幹線で軽井沢駅まで行き、そこから「しなの鉄道」に乗り換えて小諸へ。
 ここはせっかくなので、長野県上田を舞台にした細田守監督『サマーウォーズ』(2009)の息吹を感じられる、戦国武将・真田幸村の甲冑の色や家紋がデザインされた観光列車 「ろくもん」で参りましょう。


[写真-2]
小諸へは、しなの鉄道が誇る観光列車「ろくもん」でGO

 沿線には冬の澄んだ沿線には冬の澄んだ空気でくっきりとした姿を表している浅間山が見えます。
 その名を聞くと思い出すのは、1972年に起きたあさま山荘事件。
『突入せよ!「あさま山荘」事件』(2002)や『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』(2008)など映画にもなりました。


[写真-3]
「ろくもん」からの浅間山

「ろくもん」車内を探検していたら、あっという間に小諸駅。
 駅舎と駅前のロータリーは整備され、小諸を舞台にしたオリジナルテレビアニメーションの 「あの夏で待ってる」(2012)のキャラクター看板がお出迎えしてくれました。


[写真-4]
小諸はアニメ「あの夏で待ってる」の舞台。8ミリカメラで自主映画を撮る高校生たちの青春物語

撮影現場に張り詰める緊張感

『閉鎖病棟―それぞれの朝―』のロケ地である 「小諸高原病院」は、小諸駅から国道131号線峰の茶屋小諸線を浅間山方面に車で進むこと約15分の山腹にあります(黒斑山の登山口である車坂峠に行く道の途中から右に曲がった先にあります)。
 人里離れ、豊かな自然に囲まれた病院は、ここがかつて結核治療研究機関であった名残りを感じさせます。


[写真-5]
正式名称は「独立行政法人国立病院機構 小諸高原病院」もともとは陸軍の結核治療研究機関だった

 独立行政法人国立病院機構へと移行したのは2004年で、現在は精神科の専門医療施設です。
 日本国内で国立の精神科病棟が、ドキュメンタリー映画を除いて精神科病棟を描いた映画の撮影に使用されるのは初めての試みとか。
 ただし利用している患者さんたちに配慮し、大声を出すのは厳禁です。
 しかしこの張り詰めた緊張感が、気合の入った撮影現場に来ているんだと実感し、取材する側も身が引き締まります。


[写真-6]
病棟を借りて撮影を行う平山秀幸監督(左)と綾野剛

「賞があってもいいと思う」鶴瓶師匠もロケ地を絶賛


 なぜなら『閉鎖病棟―それぞれの朝―』は、キラキラ映画や“泣ける”をウリにする作品が多い昨今の日本映画界において、なかなかの勝負作。
 主人公は、笑福亭鶴瓶演じる死刑執行に失敗して生きながらえてしまった死刑囚の秀丸(笑福亭鶴瓶)。
 彼を中心にさまざまな過去やトラウマを背負って生きる精神科病棟の患者たちは、俗世界から離れて生きることで心の平穏を取り戻そうとします。
 しかし院内で起きた殺人事件によって、運命は大きく変わり……。
 同病院での撮影は2週間にわたって行われ、病室も使用しています。


[写真-7]
外来診療棟の玄関前で撮影を行うスタッフたち。左端は綾野剛

「僕は、映画は本職ではないんですけど、(トーク番組の)『A-Studio』のMCをやっているからゲストが出演するいろいろな映画を観るでしょう。そうするとロケ場所をどう抑えるかで映画の流れが決まってくるように思うんです。普通、こんな病院貸してもらえないですよ。この(病院を使えるように交渉し)苦労をしはった人に、賞があってもいいと思う」

 そう語ったのは鶴瓶師匠です。
 師匠が主演した映画『ディア・ドクター』(2009)のリアリティは、まさにロケ地となった茨城県常陸太田市の景観あってこそ。
 師匠の言葉には、重みがあります。


[写真-8]
小諸高原病院の案内図。一直線の廊下があり、圧巻!

 ちなみに同病院は近々改修が予定されているということで、本作は1943年に建設された当時の姿を捉えた貴重な映像記録となりそうです。

goo映画、2019/04/26 12:00
国立の精神科病棟が初のロケ地に
『閉鎖病棟―それぞれの朝―』の現場を行く

(中山治美)
https://movie.goo.ne.jp/archives/3106

※ 『ディア・ドクター』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=P4GqLmw5VXc

 個人的には、私がいつも行く「やき鳥屋」でカウンター越しに女将さん(60代前半)に、今度「閉鎖病棟」の舞台挨拶見に行くとチラッと話をしたら、「うわ〜〜、私、その映画見たかったのぉぉぉ!いつ? もうやってるの? いつから?」と、いつもはあんまりまともに注文でさえ聞いてくれないのに、その日はやや興奮ぎみに、がぶりつきの好対応。

 また当日、チケット売り場のあたりをウロウロしていると、いつもお世話になっている近所の叔母さん(60代後半)に偶然会って本人曰く「今日、本当は南木さん(地元出身の作家:南木圭士さん)の映画を見に来たんだけど、まだしばらくやっているようだし、・・・いいの、いいの(シルバー割引の対象にならないけど)閉鎖病棟の方、見ることにしちゃったの!」とちょっとはしゃいだ様子。

 2つの偶然が重なり、この映画の人気度を身をもって実感しながらの入館となります。

 そして、私も厳かに鑑賞させて頂きました。

・・・ネタバレになってもいけないので、内容についての言及は避けさせて頂きますが、

 うーーーん、最近忘れていた感情が蘇ると言いますか、なんだか「心がとても痛い」です。
 小説が書かれた時代を再現しているせいで「ちょっと昔の日本」みたいな感じもあるんですが、そういった雰囲気とか寂しさが後押ししているところもあるんですが、とても心が揺さぶられます(どうにかしたいけど、どうにもできない感じってこんな感じなんだろうなあ)。
 つまりは王道中の王道「映画らしい映画」という感想です。

 もうちょっと詳しく解説すると、
・「心が揺さぶられる」=どの出演者の方もとても演技がうまいので、問題なくストーリーに集中できました。
・「もの悲しい」=我が故郷周辺の景色を(映画用に)寂しくも、ただしっかりと美しく撮って頂いておりました。
・「心が痛い」=映画独特の簡単に言葉にできない感情が沸き上がります。

 どの出演者さんもよかったのですが、私的には、看護師長役の小林聡美さんの演技にがっつりハマりました〜。
 舞台挨拶で平山監督があえて「患者さんに優しくしないで」とお願いしたとおっしゃっていたのですが、その演出通りに、院内での存在感、患者さんとの距離の取り方、感情を抑えたセリフ回し、そして綾野剛さん演じるチュウさんと別れるときの決めセリフ、震えるくらい良かったです。

 1つ、たった1つだけちょっと気になったのは、用意されていたセットの机や出演者の方が着ていた洋服がほぼピカピカだったこと、、、ですかね(ただ綾野剛さんとか小松菜奈さんに薄汚れた服は着せられないですよね)。

 ちょっとほっとするエンディングを迎え、上演終了後ほどなくして今回のメインイベント、平山秀幸(1950年生まれ)監督の舞台挨拶がありました。

 撮影にあたっての裏話など色々お話頂いたのですが、何よりも心に残ったの以下のお言葉とそのお人柄。

「今回の映画の中で公園でのシーンがあったと思うのですが、あのシーンのために私たちも、ずっと千曲川添いをロケハンしたんですよね。いい場所がないかと色々見て回ったんです。で、今回の台風、そしてその災害、本当にびっくりしました。放送で小諸とか佐久というキーワードが出てくるとドキッとするというか、自分のことのようにとても気になりました。以来、現在もとても心痛めております」
と大変この地元のことを気遣って頂いておりました。

 また出演者さん、原作者さん、どんな方とのエピソードでも必ず最後に、
「・・・で(出演者さんなどと)、一緒に美味しいお酒を飲みました〜」とお酒の話で嬉しそうに笑って話しを締めるのも、
「あれ?普通のおじさん?」的な(偉い監督さんなのに)ちょっと不思議な感じ。

 そのお人柄を反映してか予想通り、舞台挨拶後のサイン会には長蛇の列ができておりました。

 鶴瓶さんのファンの方、綾野剛さんのファンの方、小松菜奈さんのファンの方、もちろん必見ですが、ただ私たちの地元を心から気にかけて頂いている平山監督さんには、
「小諸でやってよかったな」
「この映画をやってよかったな」とちょっとでも喜んで頂きたく、(私どもでできることは本当に少ないですけど)私の友人、やき鳥屋カウンターの紳士淑女、親しくさせて頂いている方々には自信を持って推薦させて頂こうと考えております。

 また、たまたまこの記事を読んで頂いたユーザーの方もぜひ宜しくお願いします。
「軽井沢ナビ」編集部がおススメの(小諸がロケ地の)「閉鎖病棟 それぞれの朝」ぜひ一度ご覧頂ければと思います。


軽井沢ナビ、2019.11.05
話題の映画『閉鎖病棟』監督舞台挨拶に行ってきました。
(佐久アムシネマ、長野県佐久市長土呂125-1 Tel 0267-66-1650)
(軽井沢ナビ編集部)
https://www.slow-style.com/report/165/

上田市の海野町商店街

 ちなみに海野町商店街にある「富士アイス」さんでは、じまん焼きが超人気らしいですよ。
 1個80円であんことカスタード味があります。
住所:長野県上田市中央2丁目10−14
http://unnomachi.naganoblog.jp/e1300145.html

上田市の上田女子短期大学

 こちらの上田女子短期大学(JR上田駅より上田電鉄別所線「大学前駅」下車 徒歩6分)も、映画「閉鎖病棟」の撮影場所ロケ地に選ばれていますが、映画内ではどのシーンで登場するのでしょうか。
住所:長野県上田市下之郷乙620
http://www.uedawjc.ac.jp/

上田市の上田城跡公園児童遊園

 予告編にて、石垣の近くにあるベンチ付近で4人(梶木秀丸、チュウさん、由紀、昭八)が仲良くこちらを見ているシーンが撮影された場所になります。
 公園では紅梅が咲き、動物コーナーもありクジャクやインコ、うさぎがいるそうです。
 ちなみに上田城は、大河ドラマ「真田丸」にも登場していましたね。
 上田駅から徒歩15分くらいの場所に位置していますので、上田氏を訪れた際には足を運んでみてはいかがでしょうか?
住所:長野県上田市二の丸4−6
http://www.city.ueda.nagano.jp/koen/tanoshimu/koen/uedajoseki/park.html

おまけ:平塚市の平塚海岸展望休憩所

 平塚海岸からは富士山を見ることもでき、サーファーやビーチバレー、ビーチサッカーを楽しむ方が訪れています。
 映画内では、石田サナエ役を演じる木野 花さん(1948年生まれ)が、普段あまり聞くことができない歌声を披露されているみたいです。
 いったいどんなシーンで登場されるのか、実際に映画を見て確かめてみましょう。
住所:(高浜台)神奈川県平塚市高浜台33、(袖ケ浜)神奈川県平塚市袖ケ浜20


平塚海岸.jpg
☝ 平塚海岸

kossy-no-movie-log、2019年10月29日
映画「閉鎖病棟」撮影場所ロケ地は?病院や橋、商店街はココ!綾野剛主演!
https://kossynolog.com/movie-heisabyoto-locations-hospital-bridge-shoppingstreet/

posted by fom_club at 18:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする