2020年01月23日

働く人たちのための情報労連リポート

近年、地球温暖化を背景にした自然災害が相次いでいる。
気候変動問題は人類の差し迫った課題となった。
その中で日本はどのような立ち位置にあるのか。
労働組合に何ができるのか。
気候変動の国際動向などに詳しい平田仁子さん(NGO気候ネットワーク・国際ディレクター/理事)に野田三七生(情報労連中央執行委員長)が話を聞いた。

人類にとって最後のチャンス


野田: 労働組合はこの間、環境問題に取り組んできました。ただ「脱炭素社会」の取り組みが十分だったかというと反省すべき点があります。2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定は、脱炭素社会の実現をめざすものでした。先般(2019年12月)、スペインで開催されたCOP25ではどのような議論があったのでしょうか。

平田: 今回のCOP25では、パリ協定の詳細なルールが議論されました。
 パリ協定は、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組み。
 世界の平均気温上昇を産業革命前から2度未満、できれば1.5度までに抑えることをめざしています。
 ただ、最近では2度で良いという研究者は少なく、1.5度に抑えなければ危険な気候危機は回避できないと考えられています。

 COP25が開催されたスペイン・マドリードでは、開催中にも大規模なデモが展開されました。
 過去1年、大規模なデモは世界各地で起きています。
 こうした声に各国政府が応えられたかというと、ギャップはかなり大きいと言わざるを得ません。
 異常気象に伴う自然災害が世界中で頻発する切羽詰まった現実と、各国政府の動きとのギャップ。
 これではいけないという焦燥感を、COP25の現場にいて私も強く抱きました。

 状況はかなり切迫しています。
 気温上昇を1.5度に抑えないと、2度に抑制する場合と比べて生態系の絶滅リスクは2〜3倍高まり、異常高温、激しい降雨、干ばつなどのリスクも高まります。
 しかし、このままではあと10年で気温上昇は1.5度に達すると指摘されています。
 国連の新しいリポートは、今の4倍のスピードで対策を実施する必要性を訴えています。
 2030年までにドラスティックな変化をもたらさなければ、「1.5度」という選択肢は奪われてしまいます。
 この10年は人類にとって「最後のチャンス」と言えるほど重要な意味を持ちます。

アメリカのダイナミズム

野田: グテーレス国連事務総長は各国に積極的な行動を促していますが、先進国はその役割を果たせているようには思えません。

平田: 温室効果ガスの排出量の約8割は、G20諸国が占めています。
「主要排出国」がどう動くかが鍵を握っています。

野田: アメリカがパリ協定から離脱する影響はどれくらいあるのでしょうか。

平田: アメリカは世界で2番目の温室効果ガスの排出国です。
 影響は当然大きいです。
 トランプ大統領の就任によってアメリカの気候変動対策は後退したと見られています。
 ただ、それとは異なる側面もあります。
 例えば、トランプ政権下であっても、石炭火力発電所はオバマ政権下と同様のスピードで閉鎖されています。
 シェールガスの影響もありますが、再生可能エネルギーの低廉化が大きく影響しています。
 また、政治的にもアメリカの先進的な州政府や企業、環境団体、そして民主党議員たちは「We Are Still In (我々はパリ協定に残っている)」というイニシアティブを立ち上げ、気候変動問題に熱心に取り組んでいます。
 COP25でも会場内に大きなブースを設け、州や地方レベルでの取り組みをアピールし、トランプ政権との違いを強調していました。
 政権交代の可能性もあるので、緊張感もあります。

野田: アメリカは一枚岩ではないということですね。それに比べると日本は対立する勢力が弱い。欧米では金融機関や投資家がCO2排出量の多い企業への投資を取りやめるなどのニュースを耳にしますが。

平田: まさにその通りで、アメリカでは市民社会も積極的に行動しています。
 気候変動問題に積極的に取り組む民間企業や、強力なNGOやシンクタンクもあります。
 投資撤退(ダイベストメント)は、学生運動から広がりました。
 アメリカの運動にはダイナミズムがあります。

野田: 連合でもESG投資の推進を訴えていますが、気候変動問題ではさらなる取り組みが求められそうです。

平田: ダイベストメントについては、欧米の金融機関・投資家が日本企業への投資から撤退した例も出てきています。
 また、日本の金融機関は海外の石炭火力発電への融資を批判されています。
 こうした流れは今後も強まっていきます。
 企業はその変化を強く意識しているかもしれません。
 欧米では、教職員組合のような小さな組織の活動から風穴があきました。
 日本でも期待したいです。

野田: グレタ・トゥーンベリさんに象徴されるように若者発の運動が広がっています。将来に対する危機感が高まっている表れだと捉えています。

平田: グレタさんの言葉は同世代の若者の間で強い共感を呼んでいます。
 COP25にもたくさんの若者が駆け付けました。

野田: 新しい運動がさまざまな場所で始まっていますね。

再生可能エネルギーと日本

野田: 日本で再生可能エネルギーがなかなか普及しないのはなぜでしょうか。

平田:「不安定」「高価格」「発電量不足」が、再生可能エネルギーが普及しない要因としてよく語られます。
 ただこれは、何十年も前から言われてきたことで、欧米ではすでに柔軟な電源システムへの移行を前提とし、課題を克服しつつあります。
 不安定だからという理由で立ち止まっていません。
 実際、日本が技術力に劣っているとは思えないスペインでも、天気予報に合わせてリアルタイムで需給を調整するシステムがすでに稼働しています。
 再生可能エネルギーの先進国は、そのメリットを理解しているからこそ、技術開発にチャレンジし、新しい技術や仕組みを生み出しています。
「不安定だから」などの言い分は、立ち止まるための理由に使われているに過ぎないのではないでしょうか。

野田: 日本の技術力があれば、もっとできるということですね。

平田: そうです。
 現在、日本において再生可能エネルギーが発電量に占める割合は15%程度ですが、柔軟な電力調整のシステムを導入すれば、その比率を30〜40%まで高められると言われています。
 それ以上の高い割合になると再生可能エネルギーの先進国の多くでもまだ実現できていない領域ですが、ここにこそ日本の技術力を生かす余地があるはずです。
 ただ、企業の人とお話しすると迷っている印象を受けます。

 政府は長期戦略で脱炭素社会を掲げる一方、石炭火力発電も維持する方針を掲げています。
 政府からの明確なシグナルがないため、企業は再生可能エネルギーへの投資に大胆に踏み切れないのではないでしょうか。
 めざす方向が明確に見えれば、企業も覚悟を決めて投資できるようになるはずです。
 しかし、政府の再生可能エネルギーに対するシグナルは非常に弱い。
 政府の姿勢は罪深いと思います。

 再生可能エネルギーの国際マーケットで、日本企業は中国やヨーロッパの企業に後れを取っています。
 ハード面で太刀打ちできなくなった今、日本企業が再生可能エネルギー分野で優位性を保てるとすれば、非常に高度なソフト産業ではないかと思っています。
 政府は、石炭火力発電のインフラ輸出を成長戦略の一つとしていますが、このままでは世界の動きからさらに取り残されてしまいます。

 日本は、新しい時代の産業の中で優位性を持てるのか、そこに雇用を生み出せるのかの岐路に立っています。
 対応が遅れるほど選択肢は狭まります。

脱炭素社会への道筋

野田: 石炭火力発電を巡っては、東日本大震災後に原子力発電所の稼働が止まり、石炭火力発電所の新設も含めて、仕方がないのではという声もありますが。

平田: はい。
 私たち「気候ネットワーク」では、脱炭素社会実現のためのロードマップを作成しています。
 この中では、石炭火力発電所の新設も、原子力発電所の稼働もせずに、電力需要をまかなえると具体的な数字とともに提言しています。
 日本には今、約100基の石炭火力発電所があり、約15基が新設中です。
 石炭火力発電所を新設してしまえば、長期間にわたってCO2排出を固定することになり、脱炭素社会に逆行します。

 現状、原発が動いていない状態でも電力は足りています。
 人口減少社会を踏まえれば、電力需要も頭打ちです。
 今ある設備を可能な限り早く再生可能エネルギーに切り替えていけば、電力需要に対応しながら、脱炭素社会に近づくことは可能です。

 当団体も協力したイギリスのシンクタンクによる分析では、2025年には再生可能エネルギーの方が、既存の石炭火力発電より安価になるという結果が出ています。
 経済合理性の観点からも転換が求められています。
 日本の場合、シンクタンクや環境団体による時代を捉えた分析や発信力に課題があります。

労働組合と「公正な移行」

野田: エネルギーシフトが議論される中で、「公正な移行」が大きなテーマになっています。労働組合としては雇用問題が欠かせないテーマです。脱炭素社会の実現に向け、どう捉えていますか。

平田:「公正な移行」は、国際労働組合総連合(ITUC)と、国際環境団体が強力なタッグを組んで活動を展開しています。
 環境団体や市民団体も「公正な移行」は大きな課題だと認識しています。
 COP25のサイドイベントでも、石油精製所を停止した地域がどのように雇用問題などを克服したかなどの事例が数多く共有されました。
 地域の人びとが雇用問題を含め納得しなければ脱炭素に向かえないという認識は、環境団体の中でも強まっています。
 産業の枠を超えて、地域の中でどう対話し、どう解決策を見いだせるかが重要なポイントです。
 労働組合の皆さんとの連携の必要性を感じています。

一人ひとりの行動・意識を変える

野田: 各国がパリ協定により積極的にコミットすることが大切ですし、私たちもその情報をもっと社会に伝えないといけないと感じます。
気候変動問題は本来、私たち一人ひとりにかかわる問題。私たちが加害者である側面である中で、現状では自然災害を恐れるだけにとどまっている状況が少なからずあります。一人ひとりがこの問題にもっと向き合わないといけない。

平田: おっしゃる通りで、頻発する自然災害と気候変動問題を結び付けて考えられていないという現状があります。
 自然災害による被害はすでに生じていて、多くの人が今後の自然災害に対する不安や恐怖感を抱いています。
 その一方で、自然災害から自分の身をどう守るのかという受け身の受け止め方が多い。
 でも、気候変動のこれからについては、私たちが自分たちの力で変えられる課題です。

野田: そうなんです。でも、変えられないと思っている人が多い。

平田: その意識のズレをどうするのか。非常に悩ましい課題です。
 気候変動問題はこれまで「電気をこまめに消しましょう」という伝え方ばかりで、経済や産業社会の構造的な問題であるという伝え方が不足していました。
 そのため、日本の若者たちの間にも、自分たちには変えられない問題という諦めのような認識が根底に見られます。
 しかし、気候変動問題は、地震や津波と異なり、私たちの力で未来を変えることのできる課題です。
 人びとの行動や意識を、未来を変える選択にどうつなげられるか。
 この先10年の大きなテーマです。

野田: 気候変動問題を自分ごととして考えられないのは、そういう社会をつくってきた大人たちの責任。それを変えていくのも大人の責任だと感じています。

平田: 気候変動問題以外の日本社会の問題が、この問題にも反映されているように感じています。

野田: 平田さんが、気候変動問題は「人類の安全保障」にかかわる問題だと発信されていますが、その通りだと思いました。2018年に気候変動の影響を最も受けた国は日本だったというNGOの調査結果がCOP25の中で報告されました。自然災害は、弱者により大きな影響を及ぼします。人権に関する問題でもあります。

平田: パリ協定の前文は、人権や公正、格差是正、職業の安定、人類の発展などのために気候変動問題に取り組む必要があることを強調しています。
 気候変動問題は、持続可能な開発目標(SDGs)の基盤となるテーマです。

野田: 今日のお話はとても勉強になりました。私たち労働組合としても、これまでやってきたこと、できていなかったこと、反省点もあります。労働組合として積極的にこの問題にコミットしていくつもりです。ありがとうございました。


[写真]
2015年、パリで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議

働く人たちのための情報労連リポート、2020/01/17
[新年号委員長対談] 2020.01-02
気候変動にどう向き合うか
日本の立ち位置、労働組合への期待

http://ictj-report.joho.or.jp/2001-02/topics01.html

なぜここまで少子高齢化が進んでしまったのか。
人口減少は日本社会にどのようなインパクトを与えるのか。
『無子高齢化 出生数ゼロの恐怖』(岩波書店、2018年11月)の著者である前田正子・甲南大学教授(1960年生まれ)に聞いた。

人口減少のインパクト


── 人口減少のインパクトとはどのようなものでしょうか。

前田正子: 人口減少は今後、加速していきます。
 少子化は想定以上のスピードで進んでいます。
 2019年に生まれた赤ちゃんの数は87万人を割り込むことが確実で、出生数は今後さらに少なくなります。
 30年後に30歳になって子どもを産む可能性のある女性は43万人しかいません。
 国の予想では出生数が90万人を割るのは2021年の予定でした。
 2040年代には団塊ジュニア世代が高齢者になります。
 団塊ジュニア世代は就職氷河期などの影響で不安定雇用の中で家族を形成しないまま、高齢者になる人も多く、経済力のない高齢者が増えることになります。
 この頃が高齢化率のピークです。
 日本の高齢化率は4割近くになる可能性もあります。
 そうなれば、現在のような医療・介護制度などを維持することは困難でしょう。
 日本の年間の出生数は、2004年に111万人。
 2005年に106万人、2016年に98万人となりました。
 2019年には87万人台を割ることが確実です。
 110万人台から10万人減るのに約10年かかっていましたが、さらに10万人減って87万人弱になるのにかかったのはわずか5年程度。
 少子化は加速度的に進んでいます。
 人口減少よりインパクトが大きいのが、少子化です。
 高齢化率は高まっていくのに、それを支える若年層が想定以上に減っていく。
 非常に深刻な問題です。

低賃金・不安定雇用が背景に

── 少子化の背景にあったものとは何でしょうか?

前田: 日本の賃金はここ20数年間、横ばいのまま上がっていません。
 1990年代以降、日本企業は非正規化などを通じて賃金を安くすることで生き残りを図ってきましたが、そのことで若年層は家庭を形成できなくなりました。
 それが少子高齢化問題を深刻化させました。
 企業が非正規雇用を増やし、新卒採用を抑制してきたことに関しては、労働組合も共犯者ではないでしょうか。
 オランダでは1980年代、失業の増大などの問題に対して、ワークシェアリングを実施しました。
 オランダの労働組合は、女性や若者の非正規雇用化に対して、このままではすべての雇用が非正規雇用に置き換えられると認識し、痛みを分かちあう覚悟を決めました。
 一方、日本の労働組合は、男性正社員が世帯の稼ぎ主となるモデルから脱却できませんでした。
 男性正社員の仕事を守るために若者や女性の仕事を犠牲にし、非正規化を進めたことが、かえって自分たちの社会の首を絞めることにつながったのではないでしょうか。


変えられなかった考え方

── 政策的に欠けていたこととは?

前田: 日本社会は「若者が就職できないのは若者のせい」「子育ては親の責任」という考え方から脱却できませんでした。
 欧州は若年層の失業率が高かったため、若者雇用促進や子どもの育成を社会的にどう支えるかが政策課題となりました。
 けれども日本は新卒一括採用で若年層の失業率が低かったことなどから、時代の変化に対応できませんでした。
 2000年代前半に横浜市役所に勤めていた際にも、子育てや若者支援の必要性を訴えましたが、周りの中高年男性から「子育ては親の責任」だとずっと言われ続けてきました。
 市役所に勤務してわかったのは、大企業で働く人たちが見ている社会は、限られた社会でしかないということです。
 学歴が高く、会社からも守られている。
 そういう限られた世の中のことしか知らない一握りの人たちしか政策決定の場にいない。
 そのことが時代の変化に対応できなかった大きな理由だと思います。


行き当たりばったりの対策

── 地域社会で起きていることとは?

前田: 地域社会では、会社からは想像できないまったく別の問題が生じています。
 非正規で使い捨てされた人や高校を中退した若者、シングルマザー、孤独の中で暮らす高齢者など、ケアが必要な人たちが本当にたくさんいます。
 近年では、外国人の子どもも増えていて、母国語も日本語も中途半端なダブルリミテッドといわれる子どもたちの教育が問題になっています。
 学校での授業にもついていけず、就職も難しい。
 外国人労働者を安易に安く働かせてきた日本社会がそういう若者たちを生み出しています。
 でも、そうした人たちは自ら市役所に相談してくることはありません。
 問題が深刻化してから市役所に情報が寄せられます。
 今、地域社会で必要なのは、その人が抱えている困りごとを見いだし、必要な支援につなげることです。
 しかしケアをする人材は不足。
 ケアをする人材を増やすための税収も不足し、専門性のある人材も減少しています。
 そうした中、ケアを求める人だけが増え続けています。
 日本社会は負のスパイラルに陥っています。

 率直に言って、先行きは暗いです。
 人口減少は以前から想定されていて、本来なら対策をもっと講じておくべきでした。
 けれども、繰り返されたのは、行き当たりばったりの対策ばかり。
 就職氷河期に新卒採用をやめて、今になって中堅がいないとあわてたり、氷河期世代の中高年化が問題になって初めて対策を講じたり。
 若い世代が低賃金・不安定雇用で家庭が形成できなければ、少子化が進行し経済成長を阻害するだけでなく、将来的に貧困問題を生じさせることは想定できたはずです。
 なのに対応してこなかった。
「国家百年の計」がないと言わざるを得ません。

労働組合に期待できるのか

── 対策はあるでしょうか?

前田: 国民が真剣にこの事態に向き合わないと明るい未来は描けません。
 少子高齢化がますます進行する中で、医療や介護、年金など、何ができて、何を諦めるべきなのかを議論しなければいけません。
 厳しい選択を迫られるかもしれませんが、目をそらすわけにはいきません。
 若者だけではなく、大人たちも、自分たちを取り巻く社会保障制度などがどうなっているのかを知る必要があります。

 若者たちは企業や労働組合が信用できる組織かどうかを見ています。
 2019年5月、化学メーカーのカネカで、育児休業を取得した男性が復帰後2日で転勤辞令を出され、そのいきさつがインターネット上で炎上した出来事がありました。
 今の若者たちは、共働きすることが当たり前なので、生活基盤を破壊するような頻繁な転勤を嫌います。
 学生たちは会社の告知文を読むだけでなく、労働組合の動きも気にしていました。
 今後も、仕事をして、子どもを生んで、子育てをする女性は、増えていきます。
 男女が同じように子育ても仕事もしなければ、家庭だけではなく、日本社会そのものも回りません。
 私は、労働組合がそのサポートを本気でできる組織なのか、疑問を感じています。

 大企業から見える社会は社会の一部でしかありません。
 皆さんが会社の外のありのままの社会を見て、なすべきことを考えてくださることを期待しています。


働く人たちのための情報労連リポート、2020/01/17
「2020」その先を考える
加速化する人口減少
背景にある日本の働き方 日本社会は変われるか

前田 正子(甲南大学マネジメント創造学部教授)
http://ictj-report.joho.or.jp/2001-02/sp02.html

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2019年08月02日

長塚節『土』

 ヤッホーくんのこのブログ、先月2019年07月14日付け日記「高村薫」の再読をお願いします。
 高村薫の愛読書が長塚節(1879 - 1915)の『土』(1910年、夏目漱石の推薦で朝日新聞に連載、1912年春陽堂より出版)。

 型に入った批評家のために閑却され、多忙のため不公平を甘んずる批評家のために閑却されては、作家(ことに新進作家)は気の毒である。
 時と場合の許す限りそういう弊は矯正(きょうせい)したい。
「朝日」に長塚節氏の「土」を掲げるのも幾分か此主意である。

 2、3年前、節氏の佐渡記行を読んで感服した事がある。
 記行文であったけれども普通の小説よりも面白いと思った。
 氏はまだ若い人である。
 しかも若い人に似合わず落ち付き払って、行くべき路を行って、少しも時好を追わない。
 是はわざと流行に反対したの何のという六(む)ずかしい意味ではなくて、氏には本来芸術的な一片の性情があって、氏はただ其性情に従うの外(ほか)、他を顧(かえり)みる暇を有(も)たないのである。
 余は其態度を床(ゆか)しく思った。

 尤(もっと)も、今度載(の)せる「土」の出来栄(できばえ)は、今から先を見越した様な予言が出来る程進行していない。
 最初余から交渉した時、節氏は自分の責任の重いのを気遣(きづか)って長い間返事を寄こさなかった。
 夫(それ)から漸(ようや)く遣(や)って見様という挨拶(あいさつ)が来た。
 夫から40枚程原稿が来た。
 予告は此原稿と、氏の書信によって、草平氏が書いた。
 今の所余は「土」の一篇がうまく成功する事を氏のために、読者のために、且(かつ)新聞のために祈るのみである。

 有名な英国の碩学(せきがく)ミルは若い時、同じく若いテニソンをロンドン・リポジトリ紙上に紹介して、猶(なお)其次号にブラウニングを紹介しようとした。
 主筆から彼の批評は既に前号に載(の)せたという返書を得て調べて見ると、頁(ページ)の最後の一行にただ「ポーリン是は譫言(うわごと)なり」とあった。
 同雑誌の編輯者(へんしゅうしゃ)が一行余った処へ埋草に入れたものである。
 ブラウニングは後年人に語って、あの批評のために自分が世間に知られる機会が20年後れたと云った。

 余が新しい作家を紹介するのは、ミルを以(も)って自ら任ずると云うより、かかる無責任な評論家の手から、望みのある人を救おうとする老婆心である。


長塚節氏の小説「土」
夏目漱石
https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/2682_6497.html

「土」を読むものは、屹度(きっと)自分も泥の中を引(ひ)き摺(ず)られるような気がするだろう。
 余もそう云う感じがした。

 或者は何故(なぜ)長塚君はこんな読みづらいものを書いたのだと疑がうかも知れない。
 そんな人に対して余はただ一言、斯様(かよう)な生活をして居る人間が、我々と同時代に、しかも帝都を去る程遠(ほどとお)からぬ田舎(いなか)に住んで居るという悲惨な事実を、ひしと一度は胸の底に抱(だ)き締(し)めて見たら、公等の是から先の人生観の上に、又公等の日常の行動の上に、何かの参考として利益を与えはしまいかと聞きたい。

 余はとくに歓楽に憧憬(しょうけい)する若い男や若い女が、読み苦しいのを我慢して、此「土」を読む勇気を鼓舞する事を希望するのである。
 余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと云い募(つの)る時分になったら、余は是非此「土」を読ましたいと思って居る。
 娘は屹度(きっと)厭(いや)だというに違ない。
 より多くの興味を感ずる恋愛小説と取り換えて呉(く)れというに違ない。

 けれども余は其時娘に向って、面白いから読めというのではない。苦しいから読めというのだと告げたいと思って居る。

 参考の為だから、世間を知る為だから、知って己れの人格の上に暗い恐ろしい影を反射させる為だから我慢して読めと忠告したいと思って居る。

 何も考えずに暖かく成長した若い女(男でも同じである)の起す菩提心(ぼだいしん)や宗教心は、皆此暗い影の奥から射して来るのだと余は固く信じて居るからである。

『土』に就て
――長塚節著『土』序――
夏目漱石
https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/2668_6505.html

しろかねのはり打つことき
   きりきりす幾夜はえなは
      すゝしかるらむ  節

 九州大学医学部構内、薬学研究院の、ブルーの窓のモダンな建物の前の駐車場の一角に、「長塚節逝去の地」の観光案内板があり、その側に御影石の四角い石柱に刻まれた長塚節の歌碑があります。
 長塚節は、貧農の生活を写実的に描いた、わが国最初の本格的な農村小説とされる『土』の作者としてよく知られています。

 節は茨城県の人で、若くして上京し正岡子規に師事しますが、子規が亡くなってからは伊藤左千夫と文学行動を共にし、『馬酔木』『アカネ』『アララギ』といった著名な歌誌の創刊に参加し、同人となり「写生の歌」を提唱するなど、おおいに活躍をしました。

 しかし33歳の時、咽喉結核を病み、夏目漱石の紹介状をもって、1912(明治45)年4月、九州大学医学部の久保猪之吉博士の診察を受けることになりました。

 久保猪之吉はドイツに留学、近代鼻科学の権威グスタフ・キリャンの高弟となり、帰国後九州大学医学部の初代耳鼻咽喉科教授となりました。
 日本の耳鼻咽喉科を築いた一人として著名ですが、一方、正岡子規を中心とする『ホトトギス』の同人として夏目漱石とも親しく、句集『春潮集』、文集『外国船』などがあり、医学部構内に

   霧ふかき南独逸の朝の窓おぼろにうつれ故郷の山

の歌碑があります。

 二人の仲を取り持った夏目漱石は、小説『土』を東京朝日新聞に連載することを推薦してくれた人でもありました。
 しかし漱石の願いも空しく、病状は悪化の一途をたどり、1915(大正4)年2月8日、節は35歳の若さでこの世を去りました。

 歌碑に刻まれた自筆の歌は、1914(大正3)年の6月から8月までの入院中に作られたもので、節が志向した「気品」と「冴え」に満ちています。
 死を目前にして、節は理想の歌境に到達したのでした。


萬盛堂歳時記、2007年如月号、Vol 76
長塚節、命の絶唱
http://www.ishimura.co.jp/saijiki/71_80/vol76/vol_76.html

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2019年06月06日

メルケルがハーバード大で「壁を壊そう」

「真実を嘘と言わないで」「保護主義は繁栄を妨げる」
【全訳】
メルケルがハーバード大で「壁を壊そう」
トランプ批判に大喝采


President Bacow, Fellows of the Corporation, Members of the Board of Overseers, Members of the Alumni Board, Members of the Faculty, Proud Parents, and Graduates:

Today is a day of joy. It's your day. Many congratulations. I am delighted to be here today and would like to tell you about some of my own experiences. This ceremony marks the end of an intensive and, probably also, hard chapter in your lives. Now the door to a new life is opening.

That's exciting and inspiring.

The German writer Hermann Hesse had some wonderful words for such a situation in life. I'd like to quote him and then continue in my native language. Hermann Hesse wrote:

In all beginnings dwells a magic force
For guarding us and helping us to live.
(1)

These words by Hermann Hesse inspired me when I completed my physics degree at the age of 24. That was back in the year 1978.

The world was divided into East and West. It was during of the Cold War. I grew up in East Germany, in the GDR, at a time when that part of my homeland was not free, in a dictatorship. People were oppressed and monitored by the state. Political opponents were persecuted. The government of the GDR was afraid that the people would run away to freedom. And that's why the Berlin Wall was built. It was made of concrete and steel. Anyone who was discovered trying to overcome it was arrested or shot. This wall in the middle of Berlin divided a people -- and it divided families. My family was divided too.

My first job after graduation was as a physicist in East Berlin at the Academy of Sciences. I lived near the Berlin Wall. On the way home from my institute I walked past it every day. Behind it lay West Berlin, freedom. And every day, when I was very close to the wall, I had to turn away at the last moment -- and head towards my apartment. Every day I had to turn away from freedom at the last minute. I don't know how many times I thought, I couldn't stand it anymore. It was really frustrating.

I was not a dissident. I did not run up and bang against the wall, but neither did I deny its existence because I did not want to lie to myself. The Berlin Wall limited my possibilities. It was literally in my way. But one thing that this wall could not do in all these years: It could not impose limits on my own inner thoughts. My personality, my imagination, my yearnings -- these could not be limited by prohibitions and coercion.

Then came the year 1989. Throughout Europe, the shared will for freedom unleashed incredible powers. Hundreds of thousands took to the streets in Poland, Hungary, Czechoslovakia, and the GDR. The people demonstrated and brought down the wall. What many people had not thought possible -- even me -- became reality. Where once there had been a dark wall, a door suddenly opened. The moment had come for me, too, to step through that door. I did not have to turn away from freedom at the last minute any longer. I could cross that line and venture out into the great, wide open.

During these months, 30 years ago, I personally experienced that nothing has to remain as it is. This experience, dear graduates, is the first thought I would like to share with you today for your future: What seems fixed and unchanging can in fact change.

And in matters both large and small, every change begins in the mind. The generation of my parents had to learn this most painfully. My father and mother were born in 1926 and 1928. When they were as old as most of you here today, the rupture of civilization that was the Shoa [Holocaust] and the Second World War had just ended. My country, Germany, had brought unimaginable suffering upon Europe and the world.

How likely would it have been for the victors and the vanquished to remain irreconcilable for many years? But instead, Europe overcame centuries of conflict. The result was a peaceful order based on common values rather than supposed national strength.

Notwithstanding all the discussions and temporary setbacks, I am firmly convinced that we Europeans have united for the better. And the relationship between Germans and Americans shows how former enemies in war can become friends.

It was George Marshall who gave a significant contribution to this with the plan which he proclaimed in this very place at a Commencement Address in 1947. The transatlantic partnership with our values of democracy and human rights has given us a time of peace and prosperity to the benefit of all that has lasted for over 70 years. And today? It will not be long now before the politicians of my generation are no longer subject to the program of "Exercising Leadership," but at most will be dealt with in "Leadership in History."

Dear Harvard Class of 2019: Your generation will face the challenges of the 21st century in the coming decades. You are among those who will lead us into the future. Protectionism and trade conflicts endanger free world trade and thus the foundations of our prosperity. The digital transformation covers all areas of our lives. Wars and terrorism lead to displacement and forced migration. Climate change threatens our planet's natural resources. It and the resulting crises are caused by humans. So we can and must do everything humanly possible to really get this challenge to humanity under control. This is still possible. But everyone has to do their part and -- I say this self-critically -- get better. Therefore, I will do my utmost to ensure that Germany, my country, will reach the goal of climate neutrality by 2050.

Change for the better is possible if we tackle it together. Going it alone, we will not succeed. And so this is my second thought for you: More than ever we have to think and act multilaterally instead of unilaterally, global instead of national, cosmopolitan rather than isolationist. In short, together instead of alone.

You, dear graduates, will in the future have quite different opportunities for this than my generation did. After all, your smartphone probably has far more computing power than the IBM mainframe replicated by the Soviet Union, which I was allowed to use in 1986 for my dissertation in the GDR.

Today, we use Artificial Intelligence to scan millions of images for symptoms of disease -- for example, to better diagnose cancer. In the future, empathic robots could help doctors and caregivers to focus on the individual needs of individual patients. We can not say what applications will be possible, but the opportunities that come with [AI] are truly breathtaking.

Class of 2019, it is essentially up to you as to how we will take advantage of these opportunities. It will be you who will decide how our way of working, communicating, moving, and even developing our way of life will evolve.

As Federal Chancellor, I often have to ask myself: Am I doing the right thing? Am I doing something because it is right, or just because it's possible? You should ask yourself that again and again -- and that is my third thought for you today: Do we set the rules of technology or does technology determine how we interact? Do we focus on people with their dignity in all its many facets, or do we only see the customer, the data sources, the objects of surveillance?

These are difficult questions. I have learned that answers to difficult questions can be found if we always see the world through the eyes of others; if we respect the history, tradition, religion, and identity of others; if we firmly stand by our inalienable values and act accordingly; and if we do not always follow our initial impulses, even with all the pressure to make snap decisions, but instead stop for a moment, keep quiet, think, take a break.

Of course, that takes a lot of courage. Above all, it requires being truthful to others and perhaps most importantly to ourselves. Where better to begin with it than here, in this place, where so many young people from all over the world come to learn under the motto of Truth -- to do research, and discuss the questions of our time? This implies that we do not describe lies as truth and truth as lies. (2)

As well, it implies that we do not accept grievances as our normality.

But what, dear graduates, could stop you -- what could hinder us from doing that? Again, there are walls: walls in the mind, walls of ignorance and narrow-mindedness. They exist between members of a family as well as between social groups, between those of different skin colors, peoples, religions. (3)

I would like us to break down these walls -- walls that repeatedly prevent us from communicating about the world in which we want to live together.

Whether we succeed is up to us. Therefore, dear graduates, my fourth thought is this: Take nothing for granted. Our individual freedoms are not self-evident; democracy is not self-evident; neither is peace nor prosperity.

But if we tear down the walls (4) that restrict us, if we open the door and embrace new beginnings, then everything is possible. Walls can collapse. Dictatorships can disappear. We can stop global warming. We can overcome hunger. We can eradicate diseases. We can give people, especially girls, access to education. We can fight the causes of displacement and forced migration. We can do all this.

So let us not ask first what is wrong or what has always
been. Let us first ask what is possible and look for something
that has never been done before.
(5)


It was these exact words I spoke in 2005 during my very first policy statement, as the newly elected Federal Chancellor of the Federal Republic of Germany, as the first woman in this office, in the German Bundestag, the German Parliament.

And with these words I would like to share with you my fifth thought: Let us surprise ourselves with what is possible -- let us surprise ourselves
with what we can do.

In my own life, it was the fall of the Berlin Wall that allowed me to step out into the open almost 30 years ago. At that time, I left behind my work as a scientist and went into politics. It was an exciting and magical time, just as your lives will be exciting and full of magic. But I also had moments of doubt and worry. For we all knew what lay behind us, but not what might lie ahead. Perhaps you're feeling a bit like that today amidst all the joy of the occasion.

Therefore, as my sixth thought, I can also tell you this: The moment you stand out in the open is also a moment of risk. Letting go of the old is part of a new beginning. There is no beginning without an end, no day without night, no life without death. Our whole life consists of this difference, the space between the beginning and the ending. What's in between, we call life and experience.

I believe that we must always be ready to finish things to feel the magic of beginnings and to make the most of our opportunities. That was my experience in study, in science, and it's what I have experienced in politics. And who knows what's in store for me after life as a politician? It is completely open. Only one thing is clear: It will again be something different and something new.

That's why I want to leave this wish with you:

[1] Tear down walls of ignorance and narrow-mindedness, for nothing has to stay as it is.
It's six things [to remember]:

[2] Take joint action in the interests of a multilateral global world.

[3] Keep asking yourselves: Am I doing something because it is right or simply because it's possible?

[4] Don't forget that freedom is never something that can be taken for granted.

[5] Surprise yourself with what is possible.

[6] Remember that openness always involves risks. Letting go of the old is part of the new beginning.

And above all, nothing can be taken for granted; everything is possible.

Thank you!

(1) Hesse, H. Stages. In The Glass Bead Game (Magister Ludi). New York: Henry Holt, Available online at: http://hesse.projects.gss.ucsb.edu/works/stages.html

(2) Timely antimetabole

(3) Thoughtful asyndeton

(4) Allusion to President Reagan's famous words during his Brandenburg Gate Address

(5) Merkel, A. (2005). Regierungserklärung von Bundeskanzlerin Dr. Angela Merkel vor dem Deutschen Bundestag am 30. November 2005 in Berlin. [At: https://www.bundesregierung.de/breg-de/service/bulletin/regierungserklaerung-von-bundeskanzlerin-dr-angela-merkel-795782]

Original Text Source: bundeskanzlerin.de

Text Note: Translated from the German language via Google with some minor content formatting and style modifications.

Page Updated: 6/2/19

German Chancellor Angela Merkel's address
Harvard Commencement 2019

https://www.youtube.com/watch?v=9ofED6BInFs

Angela Merkel
Commencement Address at Harvard University
delivered 30 May 2019

https://www.americanrhetoric.com/speeches/angelamerkelharvardcommencementenglish.htm

posted by fom_club at 18:05| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする