1個では足りなくて「2個食べないと元気が出ないんだ」と絶望したような顔をして、おねだりするそうだ。
女子柔道の松本薫(1987年生まれ)さんが北國新聞の連載コラムに書いていた。
「しょうがないなぁ。これで最後だよ」と言えば、息子の顔はパアッと明るくなる。
「ハッピハッピハッピー♪」
歌いながら、スキップするようにしてアイスを取りに行くのだとか。
5歳児は言い間違いも、可愛い。
例えば、ほっぺたはホペットだ。
正してあげようと思うけど「ママのホペットに何かついてるよ」なんて言われると、直すのがもったいないくらいに愛(いと)おしくなる。
松本さんはつぶやく。
「幸せって案外このぐらいでいいんだよなぁ」
思い出したのは、茨木(いばらぎ)のり子(1926-2006)さんの「答」と題した詩である。
詩人は14歳のとき、祖母に問いかけたことがあった。
〈ばばさまが一番幸せだったのは/いつだった?〉
ゆっくり思いをめぐらすと思いきや、祖母の答えは間髪を入れずだった。
〈火鉢のまわりに子供たちを坐らせて/かきもちを焼いてやったとき〉
それから長い年月が過ぎ、詩人が自分の老いを感じるようになったころ、彼女は祖母の言葉を思い出し、しみじみとかみしめる。
あのたった一言のなかに籠(こ)められていたものを。
〈かきもちのように薄い薄い塩味のものを〉
幸せって何だろう―― そう問われたら、私は何と答えよう。
白い冬の空を見上げる。
アイス、2個かな?
朝日新聞・天声人語、2026年1月24日 5時00分
幸せとアイスクリーム
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16388368.html
※ 松本薫(1987年、金沢市生まれ)
幼少期から兄姉と岩井柔道塾に通う。味噌蔵町小−兼六中−金沢学院大附属高−帝京大。
2012年ロンドン五輪57キロ級金メダル、2016年リオデジャネイロ五輪57キロ級銅メダル。209年現役引退、同年から「ダシーズギルトフリー
アイスクリームラボ」で製品開発から販売まで携わる。2010、2012、2016年北國スポーツ特別賞。二児の母。北國新聞で「野獣の子育て」連載中。2024年7月単行本として刊行。
松本氏は子育て中の家庭において大切なのは対話であり、「子育ては一人では無理。私たち夫婦は、積極的に意見や思いを伝えながら助け合っている。夫には地位も名誉もお金もいらない、この家族といっしょに一生懸命がんばろうという思いだけでいいと伝えている。だからこそ対話を重ね、“ありがとう”と声にすることを大事にしている」と、笑顔が輝く家族円満の秘訣を紹介しました。
・・・石川県羽咋(はくい)市主催(共催:こども家庭庁)、2025年1月18日、トークショー「野獣の子育て子供の笑顔が地域を照らす」
習い事は、子どもが自分から「やりたい!」と言ったものを
―― 子どもたちには、柔道を習わせていますか? 松本さんが教えているのでしょうか。
松本薫: 2人とも、まだ柔道は習わせていません。私が親だとわかったら指導者もやりにくいと思って・・・。子どもたちも「柔道を習いたい」とはまだ言いません。もし「習いたい」と言ったら「柔道って楽しいと思える道場」を選びたいなとは考えていて、下調べはしてあります。
私は5人きょうだいの4番目で、きょうだいも柔道を習っていました。子どものころから通っていた道場は、とにかく厳しくて・・・。厳しかったからこそ強くなれたのかもしれませんが、やはり楽しくないと続かないと思うんです。
子どもたちに教えるというほどではありませんが、自宅では遊びを通して「お家柔道」をしています。マットを敷いて、頭の守り方や受け身などを教えています。転んだときとかに役立つんです。受け身はいろいろなことの基本ですね。
―― 2人の子どもたちは何か習い事はしていますか。
松本: 7歳の長女は、水泳と学習塾。4歳の長男は、ピアノと学習塾です。子どもたちが自分から「やりたい!」と言うものを習わせています。以前、長女を家の近所にあるダンス教室に通わせたことがあったんです。でも自分の意思で始めたことではないので、やる気がないんですよね。その経験があって、わが家は「自分からやりたい!」というものだけを習わせることにしています。
―― 子どもたちの習い事を、アスリート目線で見ることはありますか?
松本: つい癖でアスリート目線で見てしまうことがあります。娘が「水泳を習いたい」と言ったときも、私がまず思ったのは水泳選手のとてつもない練習量です。「そんなに練習できるの?」「ハードだけどついていける?」「塩素で髪の毛の色も抜けるよ」などと思って、ママ友だちに相談したんです。そしたらママ友だちに「そこまで考えなくていいよ! 『やりたい!』って言うならやらせてあげたら?」と言われて・・・。私、癖が抜けずについアスリートの目線になっていたんです。そんなずれに気づかせてくれたママ友だちに感謝ですね〜。
距離をつめてくるママ友だちは、本能的に敵だと思っていた
―― そうしたアスリートとしての考え方は、抜けないものなのでしょうか。
松本: 私が、徹底して教えられたことの1つがドーピング違反についてです。「飲み物やお菓子などをもらっても、絶対口にしないこと」と徹底的に教えられました。そうした指導がすっかり染みついていて、ママ友だちに「ハロウィンのお菓子作ったから食べて」なんて言われると、「変な薬入っていない?」「ドーピングで引っかからない?」とつい思ってしまって。アスリートとしての心構えが染みついているんです。
―― ママ友だちとのつき合いなどでとまどったことはありますか。
松本: 最初のころ、私はママ友だちはみんな敵だと思っていたんです。これは勝負の世界に長くいた経験から来るものです。まずはママ友だちの距離感のつめ方に警戒しました。「寒いよね〜」「衣替えした?」など、たわいもない話をしながら無防備に近づいてくることに驚きました。近づいたり、目を合わせてくるママ友だちは、みんな敵だと勝手に思っていました。油断できないという感じです。
アスリートの世界は、たとえばジュニアで招集されても、どんどん振るいにかけて落とされていくんです。明日はわが身です。そういう環境で育ってきたので、気がつけばまわりの人はみんなライバルと思うようになってしまっていました。その感覚が、いつまでも抜けなかったんです。
でも今は、みんな敵なんて思っていません。「みんないい人なんだね〜。実は私、みんなのこと敵だと思っていたんだ」と話したら、ママ友だちにゲラゲラ笑われたこともあります。
―― 松本さんにとっては、現役時代と比べると今の生活は別世界という感じでしょうか。
松本: 子どもが生まれて、自分1人では乗り越えられないことがあるとわかり「助けて」「手伝って」「教えて」と言えるようになってから、世界がガラリと変わりました。
もともと負けず嫌いな性格で「自分の弱さを出すと、足元をすくわれる!」「弱い自分なんて出しちゃいけない!」とずっと思っていたので。
でも「助けて」「手伝って」「教えて」と言えるようになってから、「世の中ってこんなに生きやすいんだ!」と思えたんです。
今では、子どもの具合が悪くて気になる様子があると、ママ友だちや隣のおうちの人に「こういうことってあった?」と聞いたり、ちょっと子どもを見ていてほしいときにお願いしたりしています。
―― ほかに子育てをしていて気づいたことはありますか?
松本: 哺乳びんが減量中に便利だ、ということです(笑)。長女が赤ちゃんのとき「哺乳びんって、どんな感じで飲めるんだろう?」と疑問に思い、試したんです。そしたら、少しずつ水が出てきて、減量のときにぴったりでした! 現役時代は減量はつきものです。そのとき水分補給はゼロにはできないけれど、難しいんです。ペットボトルで水を飲むと、飲み過ぎてしまうこともありました。でも哺乳びんだと、点滴のように少量ずつゆっくり飲めるので、現役時代は、娘のお下がりの哺乳びんを使って、家で水分補給していました。乳首のサイズが「L」だと出すぎてしまうので「S」を使っていましたね。
パリオリンピックでは、選手たちの背景、背負っているものを考えるように
―― 2024年夏に開催されたパリ五輪では、松本さんは柔道の解説を務めました。松本さんが柔道混合団体の決勝で、日本が敗れたとき選手に贈った「謝らなくていい。本当によく頑張りました」「この悔しさを許せるときが来る」といった言葉が印象的でした。優しさが伝わってきました。
松本: 子どもが生まれてから、勝った選手にも負けた選手にも、応援してくれる人たちがたくさんいる。みんな何かを犠牲にして、この大舞台に立っているということを改めて感じるようになったんです。またママ目線で見るようになり、「この選手がわが子だったらどんなふうに言葉をかけてあげたらいいんだろう?」と思うようになりました。
―― 子どもたちが何か失敗したとき、どんなふうに言葉をかけていますか。
松本: たとえば下の子がピアノの練習で、うまくいかないときは「そこまでできたの? すごい!」とできたところをほめるようにしています。できなかったところを指摘したり、上手に弾けていないことを責めたりはしないようにしています。
子どもの性格にもよりますが、私は、自分の経験から「頑張れ!」とはあまり言いたくないんです。今でこそ「頑張れ!」と言ってもらえることは幸せなことと思えるようになりましたが、昔は夫に「頑張れ!」と言われて、カチンと来て「これ以上は無理!」と怒ったこともあります。「頑張れ!」と言われても、これ以上は無理なことってあるんです。
アスリートでなくても、人生には勝ち負けがつきものですよね。受験に落ちたり、好きな人に振られたり……。そんなとき、わが子の心に届く言葉をかけてあげたいと思っています。
[写真]現役時代の松本さん。野獣の愛称で親しまれていた。
BENESSE・たまひよONLINE、2024/11/04
[金メダリストで2児の母・松本薫]
「弱みを見せたら、足元をすくわれる」、「目が合うママ友だちはみんな敵」と思っていた
(取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部)
https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=199608
※ 茨木のり子(1926-2006)「答」
ばばさま
ばばさま
今までで
ばばさまが一番幸せだったのは
いつだった?
14歳の私は突然祖母に問いかけた
ひどくさびしそうに見えた日に
来しかたを振りかえり
ゆっくりと思いをめぐらすと思いきや
祖母の答えは間髪を入れずだった
「火鉢のまわりに子どもたちを坐らせて
かきもちを焼いてやったとき」
ふぶく夕
雪女のあらわれそうな夜
ほのかなランプのもとに、5、6人
膝をそろえ 火鉢をかこんで坐っていた
その子らの中に 私の母もいたのだろう
ながくながく準備されてきたような
問われることを待っていたような
あまりに具体的な
答えの迅さに驚いて
あれから50年
ひとびとはみな
掻き消すように居なくなり
私の胸の中でだけ
ときおりさざめく
つつましい団欒
幻のかまくら
あの頃の祖母の年さえ とっくに過ぎて
いま しみじみと噛みしめる
たった一言のなかに籠められていた
かきもちのように薄い薄い 塩味のものを
ばばさま
今までで
ばばさまが一番幸せだったのは
いつだった?
14歳の私は突然祖母に問いかけた
ひどくさびしそうに見えた日に
来しかたを振りかえり
ゆっくりと思いをめぐらすと思いきや
祖母の答えは間髪を入れずだった
「火鉢のまわりに子どもたちを坐らせて
かきもちを焼いてやったとき」
ふぶく夕
雪女のあらわれそうな夜
ほのかなランプのもとに、5、6人
膝をそろえ 火鉢をかこんで坐っていた
その子らの中に 私の母もいたのだろう
ながくながく準備されてきたような
問われることを待っていたような
あまりに具体的な
答えの迅さに驚いて
あれから50年
ひとびとはみな
掻き消すように居なくなり
私の胸の中でだけ
ときおりさざめく
つつましい団欒
幻のかまくら
あの頃の祖母の年さえ とっくに過ぎて
いま しみじみと噛みしめる
たった一言のなかに籠められていた
かきもちのように薄い薄い 塩味のものを
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