アナザーストーリーズ「太宰治心中〜死に焦がれた作家の生き方〜」
『人間失格』が発行部数1200万部を突破。
誰もが知る作家・太宰治(1909〈明治42〉年6月19日-1948〈昭和23年〉6月13日)。
死して70年以上経った今も若者から支持を集め、映画など幅広いジャンルで取り上げられる。
生涯で何度も自殺・心中未遂を繰り返した太宰は1948(昭和23)年6月、愛人・山崎富栄(1919〈大正8〉年9月24日 - 1948〈昭和23〉年6月13日)とついに玉川上水で命を絶った。
なぜ太宰は死に焦がれたのか? 太宰の言葉はなぜ時代を超えて我々の心に響くのか?…… 親友・檀一雄(1912-1976)、師匠・井伏鱒二(1898-1993)、愛人の三者三様の視点で見つめる。
【司会】松嶋菜々子
【出演】又吉直樹、猪瀬直樹、松本侑子
【語り】濱田岳
https://www.facebook.com/NHKonline/photos/a.210856298941043/3436181549741819/
山歩クラブは、太宰治の心中場所である三鷹の玉川上水、そして下曽我の大雄山荘にも俳諧を求め、さんぽしているもんですから、ヤッホーくん、思わず見入ってしましました。
いや、太宰治というより松本侑子(まつもと ゆうこ、1963年島根県出雲市出身、筑波大学卒)が画面でお話しなさっているのをちらっと見たからかもしれません。
松本侑子がヤッホーくんのこのブログに初登壇するのは、2010年!
次の日付けの日記3本をぜひ、お読みくださいますように:
★ 2010年04月27日「Anne of Green Gables」
http://fom-club.seesaa.net/article/390227454.html
★ 2010年04月28日「Parc des Champs de Bataille」
http://fom-club.seesaa.net/article/390227455.html
★ 2010年06月17日「御殿場、二の岡」
http://fom-club.seesaa.net/article/390227512.html
Anne Of Green Gables (1985) - Anne Arrives at Green Gables
https://www.youtube.com/watch?v=pWAkS_68-kQ&t=12s
有隣堂社長/松信 裕: 1908年に、ルーシー・モード・モンゴメリ Lucy Maud Montgomery(1874-1942)の『アン・オブ・グリーン・ゲイブルズ Anne of Green Gables』(緑の切妻屋根のアン)がアメリカで出版されました(1908年)。作者の故郷であるカナダ東部のプリンスエドワード島を舞台にマシューとマリラの老兄妹が暮らす緑の切妻屋根の家に孤児院からやってきた少女、アンを主人公にした長編小説です。この作品は、100年にわたり読みつがれ、日本では1952年、村岡花子さんの翻訳で『赤毛のアン』のタイトルとして初めて出版され、現在も多くの人びとに親しまれています。
本日は、『赤毛のアン』の作者や作品にかかわるさまざまなお話をご紹介いただき、作品の持つ意味や、その魅力などについてお話をお聞かせいただきたいと思います。
ご出席いただきました松本侑子様は、作家として多くの作品がございます。さらに、近年、『赤毛のアン』シリーズの新完訳を手がけられ、「アン」に関するご著書もございます。
・『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』 (集英社、2001年1月)
・『赤毛のアンへの旅 〜秘められた愛と謎』(NHK出版・教養文化シリーズ、2008年3月)
等々。
またNHK教育テレビ「3ヶ月トピック英会話『赤毛のアン』への旅」では、講師も務めていらっしゃいます。
高田賢一様は、青山学院大学文学部教授で、英米文学をご専攻です。中でも英米の児童文学に関する多くのご著書がございます。
松本正司様は、モンゴメリ研究家でいらっしゃいます。日本プリンスエドワード島協会の設立にも携わられ、日本と現地との架け橋となる活動などにも取り組んでおられます。
・・・以下は、松本侑子発言だけ取り上げます・・・
日本では村岡花子訳で1952年に出版
松信: みなさんはどのようにして『赤毛のアン』と出会われたのでしょうか。
松本侑子: 私が初めて読んだのは中学2年のときです。
太宰治や川端康成と日本文学はよく読んでいたんですが、初めて北米の長編小説を読んで、全く新しい世界だったので、とても新鮮に感じました。
たとえば料理や衣服、日々の暮らしの楽しみとか、毎日を丁寧に生きる哲学、そういうことは、男性作家の日本文学には書かれていないんです。
村岡花子先生の、古風でほっこりした独特のリズムのある訳に魅了されて、中学から高校、また大学時代も愛読しました。
31年前から読んでおります。
年齢によって違う読み方ができる不思議な本
松本: 私が本当の意味で『赤毛のアン』と出会ったのは、1991年に新訳のご依頼をいただいたときです。
村岡先生のすばらしいお訳があるので、これ以上の訳は要らないと、お断りするつもりでしたが、英文の原書も読まずにお断りするのもと思い、ペーパーバックを買って読みました。
すると1ページ目に、今まで読んできた邦訳にはない詩が載っていたんです。
また、最初の1行が、15行も続く長い文で、英文学史上、1番長いセンテンスらしいです。
語彙も難しく、凝っていて、従来思われてきたような児童書ではないと知って驚きました。
引用の出典を明らかにし、全文を新訳
松本: 村岡先生が訳されていない場面も、かなりありました。
アンとダイアナが初めて会った日に友情の誓いをする場面、マシューが亡くなった日の夜、マリラが、「グリーン・ゲイブルズに来たときからずっと、アンは私の歓びであり、心の慰めだったんだよ。実の娘のように愛しているよ」と語る感動的なシーン、最後にアンが丘へのぼり自分の過去と未来を内省する象徴的な場面なども、原書で初めて知って、びっくりしました。
さらに作中には膨大に古風な1節があり、芝居の台詞のようなドラマチックな1節、詩のような優雅な台詞が出てきます。
これらは、英米文学の古典から引用したものではないかと考えました。
そこで、従来の訳では省略された場面をきちんと訳した全文訳、かつ、古風な1節の出典を明らかにした訳注つきの正しい文学書を出さなければならないと思い、新訳をお受けしました。
シェイクスピアやバイロンなどの名句を引用
松本: 全文を訳すと400字詰原稿用紙で800枚。
約半年かけて訳しました。
また、引用ではないかと思われる古風な1節は、1年以上かけて100ヶ所以上、出典を見つけました。
その結果、19世紀イギリスの詩人ブラウニングの詩に始まり、ブラウニングの詩に終わること。
作中には、シェイクスピア劇の「ロミオとジュリエット」、「ハムレット」、「マクベス」、「ジュリアス・シーザー」、またワーズワース、バイロン、アーサー王伝説、イエスの聖杯探索などが登場していることがわかりました。
ハーバード大学図書館と英国図書館で調査して、文庫化の際にも、大幅に訳注を追加しました。
このように、全文訳と引用の訳注を調べるようになって、私は初めて真実の『赤毛のアン』に出会ったと思います。
それまでも、家族の愛とか自然描写の美しさ、日常を大切に生きる幸福の哲学などの魅力は感じていましたが、知的な芸術作品としての奧深い面白さは、17年前、アンシリーズの訳注つき全文訳を手がけるようになって、初めて知ることができました。
モンゴメリは母と死別、厳格な祖父母に育てられる
松本: モンゴメリの母の記憶は、柩に入って横たわっている姿だそうです。
『赤毛のアン』には、アンが母を恋しがる気持ちが描かれています。
父親は島を出て、カナダ中西部のサスカチュワン州へ行き、再婚して別の家庭を持ちました。
モンゴメリは母と死に別れ、父とも生き別れているんです。
現代人の感覚では、孤児というと小説の出来事という気がしますが、当時は抗生物質がないため結核やインフルエンザで20代で亡くなる人も多く、若い人が子供を残して亡くなることが絵空事ではなかったんです。
ただし、モンゴメリは島の名門3家に入る家系の生まれです。
父方の祖父はカナダ連邦の上院議員で、初代首相マクドナルドと親友です。
育ての母方の祖父も郵便局長でした。
家柄はよく、きちんとした祖父母に養われ、教育も受けていますから孤児ではありません。
祖父母は厳格で、おしゃれも許さない。
昔風の教育で堅苦しかった。
祖父母の宗派はスコットランドで生まれたプロテスタントの長老派教会です。
このころの長老派教会は、禁酒禁煙、ぜいたく、華美は慎み、勤勉、労働に価値をおきました。
島は今でもスコットランド系の住民が多いんです。
モンゴメリもスコットランド系です。
祖母の介護をしながら書いた『赤毛のアン』
松本: 島では、州都シャーロットタウンにあるプリンス・オブ・ウェールズ・カレッジに入って教師の資格を取り、19歳で、ビデフォードという村の先生になります。
しかし20歳の時、文学を学びたいと、本土ノヴァスコシア州・ハリファクスにあるダルハウジー大学で英米文学の講義を受けますが、4年間の学費を払ってくれる親がいない。
アルバイトというわけにもいかない時代ですから、8、9ヶ月で島に帰ってきて、また教職につきます。
このころの彼女は、すでに短編小説を新聞や雑誌に発表していました。
『アン』発行前に、約100作の短編が活字になっていて、原稿料で生活ができるようになったカナダ初の女性作家と言われています。
1898年に祖父が亡くなり、祖母が1人残ったため、教師をやめて家に戻り、介護をしながら『赤毛のアン』を書きます。
それをアメリカの出版社に送って本になりました。
1901年には介護をいとこに頼んで、またハリファクスに行き、新聞記者と校正係として仕事もしています。
行動力があり当時の最先端を行くニューウーマン
松本: モンゴメリは、行動力のある女性だと思います。
19歳で学校の先生になり、20歳で、自分の貯金で都会の大学へ行く。
100年以上前の若い彼女の向学心、未来を切りひらく行動力に心打たれます。
モンゴメリが入ったダルハウジー大学は共学で、寮は、ハリファクスの女子大の寮でした。
服も髪もおしゃれです。
アンの赤毛と緑の目が意味するものは
松本:『赤毛のアン』はスコットランド人の話で、アンを育てるマシューとマリラもスコットランド系二世だと書かれています。
古くから、赤毛はスコットランド人に多いと言われてきましたが、実際に、遺伝子の研究で、スコットランド人の13パーセントが赤毛だとわかっています。
モンゴメリも、アンがスコットランド人だと伝えるために赤毛にしたのでしょう。
旧約聖書の兄弟カインとアベルの、嫉妬して弟を殺すカインも赤毛。
キリスト教では赤毛は裏切り者というイメージでした。
金髪が最も美人という時代の美意識もありましたし、金髪は信仰深い貞淑な妻、黒髪は奔放な悪女というステレオタイプのイメージもありました。
赤毛は、短気で癇癪持ちという当時の考え方は、作中で、隣人のリンド夫人も話しています。
シェイクスピア劇以降、英文学では、緑の目は嫉妬深いとされています。
第2章でアンが「そばかすと緑の目とやせっぽちを気にしている」と言う。
やせっぽちとそばかすはわかるとして、なぜ緑の目を気にするのか、日本人には通じにくいのですが、異界に近い魔物のニュアンスがあり、ハリー・ポッターも緑の目です。
言葉づかいや引用でスコットランド系とわかるアン
松本: アンはスコットランド語をいろいろと話しています。
例えば葉にリンゴの匂いがするゼラニウムに「ボニー」と名前をつけます。
フランス語の「ボン」から来た「よい」という意味のスコットランド語です。
赤毛を黒く染めたつもりが変な色になって髪を切る場面では、髪がのびたら、頭にスヌードを巻こうと言います。
スヌードも、その昔、スコットランドの未婚の乙女が、独身の証に頭に巻いた奥ゆかしいリボンです。
また、英国のエリザベス女王1世の時代に、ギロチンにかけられたスコットランド女王メアリの悲劇の詩を暗誦したり、16世紀初め、スコットランドとイングランドが戦ってスコットランドが大敗したフロッデンの戦場で、スコットランド国王を、自分の命を犠牲にして守る兵士の詩をアンは感情移入してそらんじてもいます。
誰が読んでもスコットランド系だとわかるように書かれているので、「アンはスコットランド系です」と言うのですが、『赤毛のアン』を40年読んできたという方は、「えっ!?」と言われるんです。
日本人の読者は、知識としてはあっても、余り意識しないんでしょうね。
現実で触れないですから。
欧米であれば、異文化とか国籍とか人種とか、階級とかは見落とせない項目ですけれど。
反イングランドの意識を出したケルト人の物語
松本: これはアングロサクソン、つまり、イングランドやドイツの金髪・碧眼の人たちの物語ではないのです。
マリラは黒髪、マシューも髪は鉄灰色ですし、親友のダイアナも黒髪です。
ダイアナ・バリーはアイルランド系かもしれません。
バリーという名字はアイルランドで3番目に多い名字で、彼女はアイルランドのアルスター地方の外套も着ています。
つまり主な登場人物はスコットランド系とアイルランド系で、ケルト族なんです。
続編もふくめたアンシリーズは、一貫して、ヨーロッパの先住民族ケルト族の物語として書かれています。
例えば「アーサー王伝説」の引用がいくつかあります。古代ブリテン島にアングロサクソンが上陸してきて、先住民族のケルト族が迎え撃って戦う。
その指揮をとったのがアーサー王です。
彼は円卓、丸いテーブルに騎士たちを配して王国を営むのですが、円卓の騎士のうち、ローンファルとランスロットという二人が『赤毛のアン』に登場します。
また『赤毛のアン』の舞台アヴォンリーは、架空の地名ですが、ケルト語にちなんでいます。
前半のアヴォンは、シェイクスピアの生まれ故郷ストラットフォード・アポン・エイヴォン(アヴォン)のアヴォン川、そしてケルト語で、川という意味です。
後半のリーは、詩の言葉で、草原という意味です。
つまり『赤毛のアン』は、シェイクスピア劇に代表される英文学の世界、ケルト族の世界、草原という田園牧歌の世界の融合した土地でくり広げられる物語だと示唆されています。
主な登場人物がケルト族というだけでなく、引用も、アングロサクソンのイングランド人に虐げられ支配されてきたケルト族スコットランド人の反骨精神を詠う詩がいろいろ出てきます。
強烈な対抗意識を持って、反イングランド意識を出しています。
でも、その一方でアンは、大英帝国のヴィクトリア女王が大好きなんですけれど。(笑)
古典を読んだ人がわかる仕掛けで引用
松本: 作品が書かれた100年前の国語教育は、古典の暗記が主でした。
『赤毛のアン』の引用は古典からただ美しい一節を持ってきた、という単純なものはほとんどありません。
昔の教科書に載っていた古典を読んだ人だけがわかる深い仕掛けをこめて、引用がなされているんです。
例えばアメリカの文豪マーク・トウェインは、『赤毛のアン』を絶賛する文章を書いています。
彼は学校教育を受けていませんが、独学で英米文学を読みこんだ作家だからこそ、引用の謎ときができたのです。
引用の一例を、ご紹介させていただきます。
『赤毛のアン』の最初のあたり、第2章で、マシューは、農業を手伝ってもらう孤児の「男の子」を迎えに駅へ出かけます。
馬車に乗って行く道ゆきに、「小鳥たちは歌っていた。あたかも今日が1年でただ1日の夏の日であるかのように」という、美しい初夏の日を思わせる2行が出てきます。
この2行の出典はアメリカの詩人・ローウェルが、1848年に書いた「サー・ローンファルの夢想」という長い物語詩です。
内容は、アーサー王の円卓の騎士、サー・ローンファル(ローンファル公)が、イエスの聖なる杯(イエスが最後の晩餐で使った杯)を探しに行くというものです。
ローンファル公は旅に出る前夜に夢を見ます。
夢の中でも、彼はイエスの聖杯探索に出かけていて、その旅の始まりに、「小鳥たちは歌っていた…」という『赤毛のアン』と同じ2行が出てきます。
やがて旅は冬景色となり、みすぼらしい貧しい男に出会います。
ローンファル公が水と食べ物の施しをしてやると、それが赤ワインに変わったり、天から光が差したりして、貧しい男がイエスに変わる。
そしてイエスが言います。
「施しをもって自らを与える者は、3人を養う。施しをした本人、飢えた隣人、そして我イエス」
そこでローンファル公は目が覚め、聖杯探索の旅をやめます。
イエスの聖なる杯は、特別な場所に隠された秘宝ではなく、自分が持っているものを、持たざる人に分けてあげるすべての器が聖なる杯だと、さとったのです。
その詩が、マシューが男の子を迎えに行く場面で出てくる。
この引用の意味はどういうことなのか。
マシューは、男の子を迎えに行った先で、愛にも物にも飢えた貧しい孤児アンに出会います。
するとマシューは、農業の役に立たない女の子を引き取ります。
つまりマシューは、隣人愛の騎士ローンファル公として描かれているのです。
マシューは、隣人愛をもってアンを助けることによって、まず彼の心が養われて幸福な晩年を生き、アンの心も養われて幸せな娘に育ち、イエスも養われる、という示唆があり、人を愛することの大切さ、という物語の本質を伝えているのです。
少女小説と言われてきたのは不幸なこと
松本:『赤毛のアン』の引用は、出典元の筋書きをそのまま使って、アンの物語の展開を予測させたり、あるいは正反対の意味を持たせたりと、工夫があります。
引用出典を探す方法は、今はインターネットで検索できますから割と簡単です。
難しいのは、長い詩の原典を英語で読んで訳し、モンゴメリが引用した意図を考えることです。
19世紀の詩は、古い言葉づかいが多く、簡単には読めません。
引用の意味を、何週間も考え続けることもありました。
このような複雑な引用が多数あることは、残念ながら、カナダでもさほど知られていません。
日本では全くといっていいほど知られてきませんでした。
これまで、女子供が読む少女小説、児童小説と言われてきたことは、北米を代表する文学『赤毛のアン』にとって不幸なことだったと思います。
訳注つきの拙訳が出てから4年後に、カナダでは「注釈つき『赤毛のアン』」が発行されました。
続編も私は訳注つきで出していますが、カナダでは出ていません。
当時の政治も描き、児童文学の枠をこえる
松本: 当時のカナダは、イギリス寄りの保守党と、アメリカと通商連合を作ってヨーロッパと対抗しようという自由党の二大政党制でした。
アンは、「私は保守党よ」と言います。
マシュー・カスバートも保守党、ダイアナ一家と隣人のレイチェル・リンド夫人は自由党支持です。
物語には、カナダの首相が島に遊説に来る章があります。
その政治家の名前は出ていませんが、鼻が大きくて演説がうまい、という描写から、保守党党首でカナダの初代首相のアレキサンダー・マクドナルドだとわかります。
また国の選挙、女性の参政権、オタワの議会など、政党と政治がくわしく描かれています。
当時のカナダの国家元首はヴィクトリア女王ですから、アンは「私は熱烈にヴィクトリア女王を信奉しているの」とも話しています。
このように当時の社会、政治が描かれている点でも、児童文学という枠に入れると、作品の広がりを削ってしまいます。
当時の宗教生活も、くわしく描かれます。
ことに第8章「アンの教育、始まる」は、ほとんどがキリスト教の教育です。
マリラがアンに長老派の教理問答集(カテキズム)を教えて、お祈りの言葉を口に出して言わせて覚えさせます。
そういうしつけなんです。
またスコットランドの国教だった長老派教会のしくみ、仏系カトリックと英系プロテスタントの対立も書かれています。
暮らしを丁寧に描写しているところも好きです。
ケーキを焼くにしても、マシューが小麦を畑でつくる。
バターはマリラが牛の乳を搾って、乳脂肪を分けて手作りする。
ヒナから育てたニワトリの卵をとる。
材料のうち、買ってくるのは砂糖とバニラシロップだけという自給自足の農場でケーキを焼くんです。
オーブンも、温度計もついていない、薪ストーブの上にある鉄の箱です。
そこでシラカバを燃やすと何度くらい、マツは脂が多いからもっと高温になるなど、材質、炎の色を見てパンやビスケットといった焼くものによって使い分ける。
マリラは料理や家事全般をアンに教えていきます。
アイロンも、アンは最初はうまくかけられなかった。
それが上手になって、安心して任せられるようになったと最後にマリラが言います。
そのアイロンも、ただの重い鉄のかたまりで、温度計もありません。
ストーブで熱した後、水を何秒ではじくか見て、シルク、ウール、木綿と、温度を知る。
電気も水道もガスもなくても、きちんと文明生活を営んでいる人たちの堅実な姿が描かれています。
今までは、かわいいケーキを焼きましょうという料理本しかなかったのですが、『赤毛のアン』のすばらしさは、家庭の主婦の賢さと知恵、家庭を自分の手で作りあげる誇りと喜びが描かれているところです。
児童文学の概念が変わり、卒論に取り上げる学生も
松本: 慶應義塾大学で2年間、『赤毛のアン』を教えましたが、卒論を書く学生がいたり、英文科で「アーサー王伝説研究」をしている学生が講義に来ています。
先進地だったプリンスエドワード島
松本: かつて島はフランス領でしたが、英仏戦争でフランスが負け、イギリス領となって、英国の「エドワード王子の島」と命名されます。
エドワード王子は大英帝国の基礎を築いたヴィクトリア女王の父となった人で威光と権力を持っていました。
そのエドワード王子の島ですから、カナダの中でも英国的です。
今は田舎ですが、当時はヨーロッパに近い先進地でした。
新聞が発行され、交響楽団もありました。
教育も普及して、電話、ガス灯、電灯も広まりつつあって19世紀の北米でも文明的に進んでいる地域でした。
モンゴメリは「世界でいちばん美しい島」と『赤毛のアン』に書いています。
私が島を美しいと思うのは、よく手入れされた美しい農場と畑が広がって、住んでいる人の心の豊かさが伝わるからです。
安らかな気持ちになります。
グリーン・ゲイブルズ周辺は国立公園に指定
松本: ふつうの家庭の庭を見ても、緑の芝がきれいに刈られて、花が咲いています。
続編の『アンの青春』では、アンが景観改善協会を作って、若い会員たちが道ばたに花を育てたり、木を植えたりして、みんなで村の美観作りをしています。
プリンスエドワード島では、日本人は大変歓迎されます。
ユーモア小説であり、家族の愛情物語
松本: これまでのお話から、『赤毛のアン』は、堅苦しい、きまじめな話だと思われそうですが、最大の魅力はユーモア小説と愛情物語です。
おなかを抱えて大笑いするこっけいな場面がたくさんあります。
ダイアナとお茶会をしてラズベリー(木苺)のジュースを出すつもりが、間違ってスグリのお酒を飲ませて大騒動になったり、本当におもしろいです。
赤毛を気にするアンは、ぬばたまの黒髪にしようと思って染めたら緑色と銅色の入り交じった変な色になって、しかも根元が赤いから、もっと気持ちが悪いとか(笑)、おかしい場面が満載のユーモア小説なんです。
そして愛情物語は、「家族の愛」です。
夫婦でも親子でもない家族の愛なんです。
マシュー、アン、マリラは、3人ともキリスト教にゆかりの名前で、イエスの愛によって守られた聖なる家庭だと暗示されています。
血のつながりもなく、しかも最初は農業をする男の子が欲しかったのに、自分たちにとっては役に立たない女の子を引き取り、その子を愛することによって大人が幸せになっていく。
アンの成長とともに大人も育ち幸せになっていく
松本:『赤毛のアン』は少女の成長物語であると同時に、大人が育っていく物語でもあります。
小さかったアンの背丈が自分と並んだときの喜びと寂しさ、アンが進学のために家を出ていった日に泣いてしまう親のような気持ち。
それまで、恋愛もろくにしたことがない不器用な兄マシューと妹マリラの心が、アンを育てることで豊かに耕され、情感豊かな、魅力的な大人へと劇的に変貌していきます。
大人の成熟が描かれているからこそ若い人だけでなく、60代から上の方々にも、長年、読まれているのだと思います。
児童文学の枠に入らない登場人物ばかりですね。
私たちの社会の縮図だと思います。
本当にいそうな変な人がいっぱい出てくる。
そういう人たちがみんな生き生きと幸せに生きている。
Web版 有鄰 第493号(2008<平成20>年12月10日発行)
[座談会]読みつがれる『赤毛のアン』
− 出版100周年にちなんで −
https://www.yurindo.co.jp/yurin/article/493
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