2020年09月16日

官僚支配とメディア管理

 第一次を含めた安倍政権の特徴として、言論の自由を大きく減退させたことが挙げられる。
 海外からの目としても、国境なき記者団などの指標から明確に、日本の言論の自由の危機的状況が示されている
 同じことは国連の対日調査報告書でも警告されているところだ。

 その第一は、相次ぐ表現規制立法である。

 とりわけ取材過程を厳しく制約する傾向が強いのが特徴だ。
 特定秘密保護法、安全保障関連法、「盗聴法」改正、「共謀罪」法、憲法改正手続き法、さらにはドローン規制法と、いずれも記者の公的情報へのアクセスを制約したり、政府権限での取り締まりを可能にする仕組みを組み込んでいる。

 新型インフル特措法や教育基本法も、表現を制約する仕組みを内包する。
 こうした直接的に言論活動を規制する条文を含む立法化に対し、批判をかわす狙いであえて、報道の自由に「配慮」などの文言を入れたが、これ自体が悪用の危険性を示すものだ。

 第二は、忖度(そんたく)社会の完成によって、博物館・美術館における展示の中止や差し替え、市民集会の中止や自治体の後援取り消しが頻発した。

 その最たるものが「あいちトリエンナーレ」ではあったが、その前もその後も、同様の事例が続いている。
 これに関連し、文化庁等の助成が、外形的客観性があるとは言いがたい判断で、採択取り消しが起きるなどの問題が起き続けている。
 政権発足当初から一貫して、安倍・菅のコンビによって放送局に対してかけ続けてきた圧力は、残念ながら現場にまで浸透し「政治的公平」という言葉による呪縛にかかっている。

 第三は、情報公開の空洞化であり、知る権利の大きな後退だ。

 森友・加計問題に始まり、自衛隊南スーダンPKO日報、そして桜を見る会と、公文書の隠蔽(いんぺい)・改竄(かいざん)・破棄は底なし沼の状況だ。
 さらには、コロナ禍でも明らかになったように、法やガイドラインを意図的に曲解し、必要な記録を残さないことが常態化している。
 むしろ、皇室会議や閣議も含め、重要会議ほど正確な記録を残さないという悪習もほぼ完成されてしまった。

 そして第四は、メディアコントロールの徹底だ。

 前述した制度や運用の数ある問題を、本来はチェックすべきジャーナリズム活動もまた大きく後退してしまった。
 それもまた政権の巧妙な異論封じ、メディア峻別(しゅんべつ)の結果だ。
 言論の自由が弱いところから侵食され、本丸である権力監視のための批判の自由を奪いかねない段階まできてしまった8年半であった。

◆ 言論表現の自由をめぐる動き

2006年12月 改正教育基本法成立、道徳の教科化
2007年 5月 憲法改正手続き法(国民投票法、改正国会法)成立
2007年 6月 イラク復興支援特措法改正
2013年 5月 マイナンバー法成立
2013年12月 特定秘密保護法成立
2015年 9月 安全保障関連法、改正個人情報保護法、改正マイナンバー法成立
2016年 5月 改正「盗聴法」成立
2017年 6月 「共謀罪」法成立
2019年 5月 改正ドローン規制法成立
2020年 3月 新型インフルエンザ等対策特別措置法を改正
2020年 4月 新型コロナで緊急事態宣言を発令


東京新聞・視点、2020年9月15日 07時50分
安倍政権と言論表現の自由
(専修大教授・山田健太さん)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/55607

 「新型コロナウイルスという国難にあって政治の空白は許されない。安倍総理の取り組みを継承し、進めていかねばならない。私にはその使命がある」

 2020年9月14日午後、菅義偉(よしひで)官房長官(71)が、自民党の両院議員総会で全体の7割の377票を獲得し、新しい党総裁に選出された。
 両手を高く掲げ、会場の祝福にこたえる菅氏の姿に、モヤモヤ感が消えなかった。

 菅氏は16日に召集される臨時国会で第99代首相に指名され、新内閣を発足させる。
 私は2017年6月から官房長官会見の取材を続けているが、菅内閣では官僚がモノを言えなくなる空気が強まり、安倍政権よりもさらに情報開示が後退するのではと懸念している。

◆ 逆らえば「左遷」

 第2次安倍政権で官房長官となった菅氏は、内閣人事局を最大限に利用し、官僚の人事を徹底的にコントロールしてきた。

 一例を挙げると、菅氏が力を入れてきた「ふるさと納税」だ。
 総務省の平嶋彰英自治税務局長は、自治体に寄付する上限額の倍増を指示した菅氏に競争が過熱すると懸念を伝え、総務省の通知と法律で一定の歯止めをかけるよう提案すると、8ヶ月後に自治大学校長に「左遷」された。

 平嶋氏は、「自分だけでなく、菅氏の意向に逆らう官僚はあらゆるレベルで飛ばされた。ふるさと納税が引き起こす問題点を指摘しても、考慮して対処するどころか『逃げ切りは許さんぞ』との言葉が返ってきた。官僚の忠告や提案に耳を傾けられないということは、国民にとってもマイナスだ」と指摘する。

◆ メディアにも「圧力」

 一方で、森友学園への国有地売却問題で改ざんの首謀者となった佐川宣寿(のぶひさ)理財局長を国税庁長官に栄転させ「適材適所だ」と言い張り続けた。

「菅氏ににらまれたら出世できない」

「おかしいこともおかしいと指摘できなくなった」 

 霞が関の官僚の間では、こんな言葉が不文律のように広まる。萎縮と忖度(そんたく)でまっとうな官僚の進言が聞き入れられるとはとても言えない状況だ。

 官僚だけではない。
 メディアのコントロールも強めている。

 私は2018年12月、沖縄・辺野古の埋め立てについて官房長官会見で「赤土の可能性が指摘されているにもかかわらず、国が事実確認をしない」などと菅氏に質問した。

 すると、2日後に長谷川栄一内閣広報官名で東京新聞の編集局長宛てに質問内容についての抗議文が来た。
 それだけでなく、政治部の内閣記者会にも、官邸の報道室長名で抗議文を張り出した。

 その後、東京新聞1面で質問の背景を説明する、赤土の土砂の違法性を指摘する記事を書くと、官邸からの抗議はやんだ。

 質問への抗議文を会社に出し、記者クラブにも張り出すという菅氏側が行ってきた圧力は、他のクラブ記者も萎縮させ、厳しい追及をさせないことを狙ったのだろう。
 メディア全体を「管理」しようとする菅氏の動きは、より強まる恐れがある。

 1年半以上にわたり、私の質問に「質問を簡潔に」と妨害行為を繰り返した上村秀紀報道室長は、8月、内閣府沖縄総合事務局総務部長に栄転した。

◆ 総裁選でも質問にはぐらかし

 菅氏は、今回の自民党総裁選でも、記者の質問をはぐらかしたり、自民党青年局・女性局主催の討論会でも手元の紙を棒読みする場面が目立ち、「自助・共助・公助」のフレーズ以外に、菅氏自身の中で、どんな国家観や国家像を描いているかが見えなかった。

 2日の出馬表明の記者会見で、私は「(官房長官会見では)都合の悪い真実への追及が続くと記者に対する質問妨害が長時間続いた。(中略)首相会見では官僚が作った答弁書を読み上げるだけでなく、自身の言葉でしっかり答えていただけるのか」などと質問した。

 すると、菅氏は横目でちらっと司会役の議員を見た。
 官房長官会見でも、菅氏は上村前報道室長に「質問を何とかしろ」というような合図を送っていたが、案の定、司会者は出馬会見でも「簡潔に」と質問を遮ってきた。
 
 8日、自民党本部で行われた記者会見では、別の記者が「総理になったら記者会見はどう行うのか。週1回の定例化やぶら下がりなど、説明責任をどう果たすのか」と尋ねた。

 だがここでも菅氏は「官房長官が朝夕2回会見し、内閣の方針を責任を持って説明している」と会見の充実には消極的で、「できるだけ多くのメディアの質問に答えたい」とした石破茂元幹事長、岸田文雄政調会長との違いが浮き彫りになった。
 首相として、メディアや国会での説明責任を果たそうという意識が乏しいことが気掛かりだ。 

◆ 疑惑の再調査には消極的

 今回の総裁選では、5派閥が菅氏を支持した。
 その原因の一つとして、森友学園への国有地売却をめぐる公文書改ざん問題が影響した、と考えている。

 菅氏が総裁選で「財務省で調査し、検察でも捜査した。結果は出ている」と述べた一方、石破氏は「必要ならば再調査すべきだ。国民が『納得した』というのが過半数にならなければならない」と異議を唱えた。

 仮に石破氏が再調査に乗り出せば、安倍晋三首相だけでなく、当時の政権にとって、不都合な事実が出てくる可能性があるからではないか。

 たとえば、改ざんの4日前の2017年2月22日に、菅氏は佐川理財局長らを官邸と議員会館に2度にわたり呼び出している。
「必要なら再調査」という石破氏を首相にさせてはいけないと、菅氏支持の流れが加速したと私は思う。

 菅氏らが、時の権力と捜査で対峙(たいじ)してきた検事総長の人事にも介入しようとしたことも忘れてはいけない。
 検察庁法に違反する可能性が高いのに、黒川弘務元東京高検検事長の定年延長を閣議で決定し、これを正当化するような検察庁法改正案を国会に出そうとした。
 菅氏は加計(かけ)学園問題や首相主催の「桜を見る会」での疑惑などにも、解明の必要はないと主張しており、前政権が抱え込んだ「負の遺産」に踏み込み、内実を明らかにすることは全く期待できない。
 菅氏の発言を聞くと、ずさんな公文書管理の改善も進まない、と思う。

◆ 国民に感動を与える政治を

「政治は人々に感動を与えるものでなければならない」

 敗れた石破氏が総裁選で語っていた言葉だ。
 菅氏の第2次安倍政権下での発言を振り返るにつけ、そこに「感動」を与える言葉はあったのか。
 多くの国民の声なき声に耳を傾け、市民目線に立った政治を実行してほしい。
 問われているのは、国民に優しく感動を与える政治家としての気構えなのだ。


東京新聞・視点、2020年9月14日 17時14分
菅政権の情報開示に懸念 
官僚支配とメディア管理が進む恐れ

(望月衣塑子記者)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/55442

posted by fom_club at 08:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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