2020年09月15日

大塚英志「戦時下の<共助>論」(後編)

文化歌劇のなかの楽しい共同

 この「楽しさ」を具体的な光景として探すなら、宝塚歌劇・昭和16年6月の雪組公演「文化歌劇 楽しき隣組」に見て取れるだろう。「文化歌劇」とあるのは戦時下の教育啓蒙映画である「文化映画」の歌劇版という意味なのだろうが、その歌劇の中で、不良品や廃品のバザーをするくだりを受けて、以下の会話がある。
組長とは言うまでもなく、隣組組長である。
組長「なるほどね、廢品の再生にかゝはらずミシンがなくて、不自由を感じてゐらつしやるお宅もあるでせうね、どうでせう、この際ミシンをお持ちのお宅へ御迷惑でせうが御無理を願つて隣組の共同裁縫といふことを實行して見ては」
主婦(一)「賛成です、さうすればお互に便利だと思ひますわ」
主婦(二)「便利なだけでなく、時間と手間がとてもはぶけて經濟的ですわね」
主婦(三)「いつそのこと、もつと進んで共同炊事といふことも考へて見たら如何でせう」
主婦(四)「さうですね、食物を平等にする、一つ釜の御飯をたべる、といふことはどんなに人と人とを結びつける大きな力になるか知れませんもの」
主婦(五)「調味料だの、材料だの、燃料、時間の無駄を省くばかりでなく、お互に助け合ふ氣持が自然に養はれるようになるでせう」
主婦(六)「それに家々によつてお國料理や味のつけ方など、それぞれ長所があるでせうからそれを共同炊事にとり入れたら、いつも美味しく頂けると思ひますわ」
組長「これは名案だ、いづれ近日中にもつと具體的に相談して、早速實行することに致しませう」
主婦(七)「共同裁縫、共同炊事、これはみんな家庭生活の新體制ですわ」
主婦(一)「さうです、私達主婦もお國のために少しの無駄もないやうに、合理的な生活をいたしませう」〉
(堀正旗「楽しき隣組−家庭生活の新體制-」『寳塚歌劇脚本集』1941年、寳塚歌劇團。傍点は著者)

「生活」の「共同」化が、近衛新体制、そして「お国」の求めることであることがわかる。共同こそが家庭生活の新体制だということのくだりを受け、一転、一同歌い出すというシナリオになっている。それが実際、「楽しい」かどうかは別として「楽しい」と言わざるを得ない同調圧力があったことがうかがえる。
 さて、このシナリオの最後に「合理的」とあることに注意したい。これは新体制が経済を含む科学的合理主義をもう一つの基本としていたことと関わりがある。
 その「合理的」と「共同」の別の局面での結びつきを今少し、踏み込んで見てみたい。それは「生活」だけでなく「身体」にまで及ぶからである。

防毒マスクの女生徒たち

 戦時下、特に日中戦争以降あたりからのグラフ雑誌や写真ニュースの類を見ていていつも気になるのが、防毒マスクと若い女性たちの組み合わせである。その中で最もよく知られるのが1936(昭和11)年6月、東京市連合防護団主宰の防空イベントに於ける日本女子体育専門学校のガスマスク行進である。(図5)

(図5)
ガスマスクの防空演習「戒厳令下の防空演習」
(「時事新報写真ニュース」第50号、1936年3月13日)


 このイベントに限らず女学生以外のガスマスク行進や訓練は当然あったが、堀野正雄によるこの写真は制服とマスクによって固有性を消去された行進という点で、翼賛体制下の「共同」のあり方の不穏な予見となっている。

 前回のエッセイでは、太宰治の「女生徒」のヒロインが「強い力」で行く先を示されることを待望することを言わばファシズムへの期待感として意味付けた。

 この小説「女生徒」は実在の女性の日記が全編にわたって下敷きになっていることは知られている。有明淑という当時洋裁学校に通っていた1919(大正8)年生まれの恐らくは太宰ファンの女性のもので、1938(昭和13)年4月から8月までの日記が一冊のノートに書かれ、それが太宰の許に送りつけられ「女生徒」の下敷きとなったのである。1919年生まれ、ということは1936年の防毒マスクの行進の時、17歳のまさに「女学生」であった世代である。無論、有明淑が行進に加わったわけではない。

 太宰が彼女の日記を小説に書き換える中で、徹底して行ったことは有明淑という女性の固有性の剥奪である。

 日記を読んで確かめられるのは彼女が明確な政治的な意志を持った女性である、ということだ。例えば南京大虐殺を題材とした石川達三『生きてゐる兵隊』を読み、その掲載誌が即日発禁となったことを憤っている記述があるが、そのくだりは全く小説に反映されていない。

 そして彼女の固有性の消去が最も端的に見られるのが、前回引用した以下のくだりである。再度、引用する。
けれどもここに書かれてある言葉全部が、なんだか、楽観的な、この人たちの普段の気持とは離れて、ただ書いてみたというような感じがする。「本当の意味の」とか、「本来の」とかいう形容詞がたくさんあるけれど、「本当の」愛、「本当の」自覚、とは、どんなものか、はっきり手にとるようには書かれていない。この人たちには、わかっているのかも知れない。それならば、もっと具体的に、ただ一言、右へ行け、左へ行け、と、ただ一言、権威を以て指で示してくれたほうが、どんなに有難いかわからない。私たち、愛の表現の方針を見失っているのだから、あれもいけない、これもいけない、と言わずに、こうしろ、ああしろ、と強い力で言いつけてくれたら、私たち、みんな、そのとおりにする。誰も自信が無いのかしら。
(太宰治「女生徒」)

 自分の意志を持たず、ただ自分に根拠などなくていいから力強く行く先を示してくれる「力」を期待するこのくだりは、やはり「女生徒」が戦時下の小説たる由縁であると思える。

 しかし、元の「日記」にはこうあるのだ。
これに書いてある事はが本当にの気持であるならば、嬉しくなる。  何故つて
書か
此の人達が望んでゐられる様に、私達がなつてゐいつたなら、何処までも見守り、導いていつてくれるだろうか。
例をとれば、個性の事だけれど、自分のもつとも大きいよいと思ふ個性を伸ばす場合、眞劍に、私の達の爲めに力になつてくれるだろうか。(世間には、大部分の人達はが、こゝに書いた人々の考へ方と違ふ様に思はれる)
(有明淑「日記」、青森県立図書館青森県近代文学館『資料集 第一輯 有明淑の日記』2000年、青森県文学館協会)

「女生徒」も「日記」もこのくだりはある婦人雑誌の記事への感想なのだが、ここで有明が言っているのはこういう大人たちは彼女の個性を伸ばすために力になってくれるだろうか、という疑問である。つまり太宰は、自分の「個性」を伸ばしたいと考える有明の記述を「強い力で言いつけてくれ」ることを期待すると言う、正反対の意味に書き換えているように思える。個人としての彼女が消され、共同的な「強い力」に従う「女学生」がそこに生まれてしまう。

 その意味で堀野の写真と太宰の日記は、同じ主題を描いているとさえいえる。

マスクによって統制される人びと

 その堀野の写真の影響というわけでもないだろうが、防毒マスクと女性という主題は行列以外にも様々な形で報じられる。例えば「一人一個」を目指し防毒マスクの増産に励む女性行員の記事(「アサヒグラフ」1941年10月15日号)は、コロナ禍、マスクを粛々と手作りした航空会社のCAという美談を彷彿させもする(図6)。この「一人一個の常備」の語が示すのは、戦時体制づくりが「毒ガス」という見えない恐怖を扇動することで準備されていたという事情だ。したがって隣組は表向きは防災・防空として組織され、当初は毒ガス、途中から焼夷弾に防災の対象が変わる。

(図6)
マスク「一人一個」を目指し増産。ただしガスマスク
(「アサヒグラフ」1941年10月15日号)


 その見えない恐怖を煽り、人々が統制に従う真意をつくり、その解決策としてマスクの配布を行うという政策はアベノマスクより功を奏したのか、「マスクによって統制される人々」の表象として防ガス女学生はモチーフとして反復された、といえるかもしれない。

 そう考えた時、同じように写真雑誌の類をめくっていくと女学生の統率をとった行進や体操の写真がこれも反復して使われることの意味も見えてくる。

 例えば東京家政学院の新科目「軍事教練」について報じる記事(「アサヒグラフ」1941年1月29日号)では、銃を背に「ファシスト型の帽子」「紺色の制服」で整然と行進する「女学生」のグラビアが掲載される。キャプションには「制服がそのまま非常時色の濃い女性訓練といった格好である」とある。ここでは防毒マスクが「ファシスト型の帽子」に置換されているように思える(図7)。

(図7)
ファシスト帽の「女学生」行進
(「アサヒグラフ」1941年1月29日号)


 同様にボートを漕ぐ女性、あるいは雨傘体操を賜わる女子児童と「アサヒグラフ」に限っても「女子」が多いのは雑誌をつくる側の男性目線だけでなく、女性が「日常生活」に於ける「共同」の担い手であるからだ。しかし、堀野の写真にせよ、その他の集団行動をとる女学生写真にせよ、もう一つ気にしていいのはその「美学」である。言い方を変えれば、彼女たちの身体性に国家が求めている美学である。

機械化される身体

 そう考えた時、ヒントとなるのが女学生集団の写真群の中に「女性の双輪機械化編成 颯爽とペダルを踏んで」と題する東京府八王子実践の自転車による教練の記事である(図8)。

(図8)
自転車による「機械化部隊」
(「アサヒグラフ」1941年9月24日)


 その記事にはこうある。
國民の生活武器であつた自転車も一轉して國防の精鋭武器の一つとなり、時局下に大きな役割をもつて來たが、この性能を有事に際して遺憾なく発揮するためには、規律と統制のある組織の下に集團訓練を行つて置かなくてはならない──と、他校に先がけて颯爽と誕生した双輪機械化部隊である。
(「アサヒグラフ」1941年9月24日)

「機械化」という言葉に注意したい。先の防毒マスクづくりの記事の隣には「関東州警察の機械化部隊」という記事が掲載されている。
新たに登場したこの特別警察隊は、警視廳の新選組や大阪警察部の特別隊を機械化した、いはゞ武装部隊で、「小銃」「軽機」「重機」「歩兵砲」の各班とトラツク、オートバイ、自轉車隊の傳令輸送班によつて編成し、その服装も國防色の制服に、戦闘帽、鉄兜、といふ颯爽たる臨戦型で毎年春秋二回定期演習を行つて、堅忍不抜の警察精~を不断に培ひ、一朝有事の際は電撃的に全州内に水も洩らさぬ警備陣を布くといふ全國最初の警察隊である。
(「アサヒグラフ」1941年10月15日号)

「機械化」とは、これも戦時下スローガンの一つである。近代戦としての科学戦というイデオロギーの具現化として、あらゆるものを「機械化」しようとし、それは産業のみならず家事などの生活に及ぶ。記事のように警察組織も「機械化」するが、その中核は当然、軍の「機械化」である。
 それには二重の意味があり、一つは軍備の機械化であり、もう一つは軍隊そのものを「機械」に比喩する、ということである。つまり、この自転車女学生における「機械化」とはただ自転車という「機械」を用いて訓練をしているだけではなく、その統制された姿そのものが「機械」であり、それを「機械化」と形容しているのだ。
 だから、再び堀野正雄に戻れば、その作品はロシア・アヴァンギャルドや構成主義の影響が強く、注意すべきは板垣鷹穂との共同作品、あるいはその理論の実践としての作品にその達成がある点だ。板垣は大正新興美術運動が戦時下のファシズム体制と合流して出来上がった、戦時下のアヴァンギャルドとも言える機械芸術論の理論家である。堀野の鉄塔などを幾何学的な構成としてローアングルでとらえる写真と、整然と行進する女学生写真は、同じ機械芸術論的な「機械美」を表現しているのである。

婦人服に求められる「集団的な美しさ」

 そして、その機械美を人間の身体に積極的に見出したのがレニ・リーフェンシュタールのプロパガンダ映画「オリンピア」に他ならない。この映画が戦時下日本において、身体の機械美の表現としてリアルタイムで受け止められたことは、学習院時代の三島由紀夫(平岡公威)少年が以下のように正確に感想文に書き残していることからも窺える。
雲と円盤、聖火、彫像的な瞬間美の姿勢、ハアドル、アクロバット体操……。それらは皆数学的な頭脳から割り出されたもはやカメラの対象ではなくカメラの創造した物象であるところの「自然」がどうしてこのやうに規則立つた行動を強ひるものかといふ感じを抱だかせる撮影である。むしろ機械文明を超越した数学の文明、抽象文明(即ち哲学的文明)でそれはある。本来は頗る規則的でありながら外面からは乱雑に見え、しかも人目にはみえぬ規則正しさを示されると嘘のやうな気がするところの、宇宙的法則を表現しようと試みる。哀切な数と機械ののぞみである。
(三島由紀夫「オリムピア」『決定版 三島由紀夫全集 26』、2003年、新潮社)

 ここで三島が見出した機械美は身体の機械化の美に他ならない。堀野や写真グラフ誌が女学生の整然と一体化した身体に感じ取り、表現の対象とした美学である(図9)。

(図9)
機械美としての身体
Leni Riefenstahl「Olympia」(TASCHEN、2002年)


 その美学は当然、服装にも及ぶ。ファシスト帽を纏う女学生については先に紹介したが、前回のエッセイで花森安治が翼賛会時代に並行して編集した婦人雑誌に国防服の「着こなし」の記事があることに触れたことに絡めれば、これをもっぱらファシズムの表象を着崩すささやかな自由のように書いたが、同じ記事にはこういうくだりもある。
兵隊さんと同じやうに、胸をいつばい張つて、直立不動をした時の形。
 もし、日本に空襲のあるやうな場合は、今、男の背年團のしてゐることは、皆、女が引受けるぐらひ考へてゐていゝと思ふ。そんな時、整列した氣持のことも考へたい。凛々しいし、規律正しい感じにも。
(「女の国防服」『婦人の生活』1940年、生活社)

 つまり花森は「国防服」の「整列」における美を他方では想定しているのである。おしゃれな「国防服」は防毒マスクやファシスト帽、機械化舞台の行列、行進に機械芸術的美をもたらすアイテムに他ならない。
 だから同じ花森の雑誌で林芙美子は「婦人の國民服」というエッセイを「オリンピア」の感想としてこう書き出す。
先日、映畫「オリムピア」を見て、日本の婦人の服装にも、もつと集団的な美しさがほしいと考へた。
(林芙美子「婦人の國民服」『婦人の生活』1940年、生活社)

「放浪記」の作者は、婦人の服装に「集団的な美しさ」を求めると言ってはばからない。そして着物の柄や色、生地について「ていねいな」蘊蓄を語りつつ、「オリムピア」のドイツ選手団の制服を日本の婦人服の参照にせよとさえ言う。
 だからこの一文は否定なくこう閉じられるのは当然である。
「オリムピア」に出てくる独逸の婦人選手は上衣が確か紺色らしく、スカートが白で非常に長かつた。あれなどは今の言つてゐる婦人の國民服の参考にならないであらうか。
 スカートの長いことは、短いスカートの肖合はない日本の娘さんにとつて、丁度適當であるし、第一、白いスカートは洗濯がきく。
 日本の婦人には紺、白、黒が最もよくうつる色彩でないかと私はいつも考へてゐる。
 何にしても、よろこびをもつて着られる婦人の國民服がほしいと思ふと同時に、日本婦人も同じく着物や帯から離れて、すこやかな均整のとれた美しい立派な軀をつくりたいものです。
(同)

「均整のとれた美しい立派な軀」とは即ち機械美をまとった身体に他ならない。花森的な戦時下の「ていねいな暮らし」は、かくしてナチズムのプロパガンダ映画の身体に担われる、ということになる。
 このように翼賛体制下に於ける「共同」は一方では「隣保共助」という生活単位の「共同」化を求めるが、同時に身体そのものを「共同」して駆動する「機械」たれとも求めてくる。それが「共同」「共助」の果てにあったものである。

webちくま、2020年9月12日
戦時下の「共助」論
防毒マスクと「女生徒」

(大塚 英志)
http://www.webchikuma.jp/articles/-/2162

posted by fom_club at 06:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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