2020年07月30日

政治があり、民主主義があるのは、ジャイアンものび太も自分らしく尊重される社会であるため

一斉休校や夏休みの縮小など、いま子どもたちの生活は政治の影響を大きく受けています。
日本の政治を語る上で欠かせないキーワードに「民主主義」がありますが、そもそもこれはどんな立場なのでしょうか?
民主主義と子どもの権利について親子で学ぶべく、政治学者の中野晃一さんに解説していただきました。

自分らしくいられる社会のために

―― 日本の政治は「民主主義」という立場を取っています。対義語に「君主制」「独裁制」などがあり、辞書では「国民が主権をもつ政治形態」と説明されています。民主主義とは、どんな立場なのでしょうか?

中野: 民主主義とは、みんなのことはみんなで決めていくという政治的立場です。その大原則は、すべての人には生まれ持った権利があり、等しく尊重されるべきということです。
 人は皆、自分らしく生きたいという思いを持っています。何を食べるかに始まり、どんな夢を持ち、どんな人を好きになり、だれと生き、何を仕事とするかなど、自分らしい選択をくりかえしながら人生を送りたいと考えている。
 一方で、人間はほかの人と関わり合い、支え合いながら生きる動物です。例えば、山奥へ行って一人きりで生きることもできますが、それでは生きるだけで精一杯になってしまう。人間らしい生活を送るためには、共同体で暮らすことが前提となりますよね。
 民主主義という言葉が生まれた古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、人間にとって共同体で生きることが自然であり、同時に人間が持っている能力や可能性をフルに生かす条件である、と言っています。

―― 共同体で他者と一緒に生きてこそ、真の自分らしさを発揮することができるわけですね。

中野: そうです。ただそこで問題になるのが、他者に命令したり、暴力をふるったりして思い通りにしようとする人の存在です。人と暮らすことの難しさは、必ず力関係が生まれてしまうこと。力の強い人に支配されてしまえば、一人ひとりの権利や自由は守られなくなってしまいます。
 共存のなかで生まれる暴力を許さないために、みんなのことはみんなで決める。これが民主主義の原点です。
「ドラえもん」でたとえるならば、ジャイアン的な存在がいようとも、ジャイアンものび太も自分らしく尊重される社会であるために政治があり、民主主義があるということです。彼らはともに、個の人間として侵されない権利を持っているのですから。

大事なのは間違わないことより言葉にすること
―― 子どもと一緒に民主主義について考えるとき、まずどんなアクションを起こせばよいのでしょうか。

中野: 社会や政治について、ともに問うてみる、ともに考えてみることです。私たちが生きる以上、社会や政治から逃れることはできません。他者と尊重し合える社会をつくる大人に成長するためにも、小さいときから問いを持ったり、声を上げたり、行動に移したりという練習をしておくとよいと思います。
 子どもは、社会や政治の問題を身近に感じにくいかもしれません。しかし、コロナ禍での保護者や先生の様子を見ていて、あるいは学校が急に休校になったり、かと思えば急に再開したり、マスクをして教室で過ごす緊張感にさいなまれたりして、何か感じていることはあるはず。
 自分に発言権がないだけでなく、状況もよく知らされないなかで、自分の行動が決められていく。そんな現状について、どのように考えているのか。自分が持っている疑問や意見を声に出してみるのは、とても大切です。

―― 子どもと話す際は、どのようにきっかけを見つければよいでしょうか。

中野: テレビや新聞などを見て子どもが「どういうことなの?」と聞いてきたときはもちろん、保護者から「夏休みが短くなってしまったことについてどう思っている?」と水を向けてもいいでしょう。「ほかにやり方はあるのかな?」「どうやって決めたのかな?」「こういう事情があったからなのかな?」 などと問いを膨らませ、結論はなくていいので、思考や対話のプロセスをともにすることが大事です。
 とくに子どもが質問をしてきたときは、自分なりの考えを作ろうとしている過程なのだと受け止め、根気強く付き合ってあげてください。保護者が答えられないことならば、一緒に調べてみるのも大切です。
 大人だって知らないことはあるし、考えて議論しなければいけないことはある。大人が政治について考え続ける姿勢を見せれば、子どもは自分もこうして生きていけばいいんだと学ぶことができます。

―― 大人であっても、政治に関する知識に自信がない人は少なくないですよね。親子で対話するときにコツはありますか?

中野: 子どもも保護者も、間違いを恐れないことです。日本人は、自信を持って回答できないときは発言を控える傾向にあります。しかし学びの観点から言えば、間違えないことよりも、自分の考えを書き出したり、口にしたりすることの方に意味がある。
 自分の考えを文字や言葉にしなければ、責任が生まれることも、自分にどんな知識が足りないかわかることも、他人と議論して考えを深めることもできません。
 そもそも、間違えない人はいない。子どもも大人も間違えたら新たに学べばいいし、それが成長につながるのだと思います。人間の尊さとは、死ぬまで学び、成長できる点にあるのですから。

―― 子どもの学校生活では、多数決で物事が決まることは多いですよね。学級会などでは、声の大きい人の意見だけが通ることも少なくない気がします。

中野: 日本では、民主主義の簡易版として多数決が使われるケースは多いですよね。特に人数が多いと、何の議論もなく強い立場の人の意見だけが採用されるということになりがちです。
 しかし民主的に物事を決めるならば、すべての人の意見が聞かれ、それぞれの意見が最大限に尊重しあうためにはどうしたらいいのか議論されるというプロセスがあってしかるべきです。
 民主主義と多数決が似て非なるものであることは、大人の側もわきまえないといけないですよね。声の大きな子だけが場を支配することがないよう、そばにいる大人は一人ひとりに意見があり、尊重されるべきというふるまいを見せないと。声を上げること自体が大変な子もいるわけですからね。

―― たとえ学校で強い人の意見だけが通るという現実があったとしても、それは違うと家庭では話していきたいですね。

中野: そうですね。民主主義とは、終わることがなく続いていくもの。大抵の問題は、一度の議論で解決することはありません。最適解に近づくためには、問題と常に向き合い、対話をくりかえしていくことが大切です。
 仮に一度、多数決で何かを決定することがあっても、それですべてが決まるわけではないですし、採用されなかった意見もなかったことにはならない。そう伝えられればいいなと思います。
 とはいえ、大人よりも子どもの方が、社会正義に対する感性は優れているかもしれません。かつてに比べて、特に大都市圏では子どもの家庭環境が多様になっています。いろいろな背景を持った子どもがいて、みんな等しく尊重されるべきだと理解できていないのは、大人の方なんですよ。大学の学生を見ていると、そう感じることがしばしばあります。

家庭内で子どもの意見を尊重することも民主主義
―― 家族は社会の最小単位ともいわれます。民主主義の観点から考えると、子どもであっても一人ひとりが尊重されるべきというのは、家庭内であっても同じことなのかもしれませんね。

中野: そうですね。子どもは、自分探しをしながら大きくなっていくもの。発展途上の存在なので、必ずしも完全な意見を持ってはいないかもしれません。小中学生ならば選挙権もありません。それでも、生まれながらにして人権は持っています。

「私たちのことを私たち抜きで決めないで」

 これは障害者権利条約の運動から生まれた言葉ですが、子どもにも当てはまるのではないでしょうか。日本社会において子どもの権利は、女性の権利、障害者の権利、性的マイノリティの権利とともに、もっと尊重されるべきだと思います。

―― 子どものこと、家庭のことを決める際は、子どもも当事者。ともに対話し、思考する機会は、家庭内にこそあるのかもしれません。

中野: ぜひ、家庭の中から教えてあげてほしいですね。日本では、人に迷惑をかけないこと、他人を尊重することを強調するあまり、自分の意見を尊重したり、自分自身を大切にしたりすることはあまり教えられない傾向にあります。
 しかし、自分と他人をともに尊重する道はあるはずです。誰かに遠慮しながら自分らしさを探るのではなく、自分らしくいられる方法を探りながら生きていく。それは一人の人生にとってのみならず、社会にとってもいいことなんです。
 保護者と子どもは別の人間であり、それぞれが守られるべきで、尊重されるべき。家庭内でそんな関係が築ければ、社会は変わっていくでしょう。家庭の中から変われるというのは希望だと思いますよ。一人ひとり、取り組んでいく価値があるということですから。

※ 話を伺った人、中野 晃一(なかの・こういち、政治学者、上智大学国際教養学部教授)さん
東京大学文学部哲学科、英国オックスフォード大学哲学・政治学科の両校を卒業したのち、米国プリンストン大学で政治学の修士号および博士号を取得。著書に「野党が政権に就くとき: 地方分権と民主主義」(人文書院)、「右傾化する日本政治」(岩波新書)、「戦後日本の国家保守主義 : 内務・自治官僚の軌跡」(岩波書店)などがある。

朝日新聞 E du A、2020.07.28
[学習と健康・成長]
ジャイアンものび太も自分らしく
民主主義と子どもの権利、家庭内にこそ考える機会

(有馬 ゆえ、ライター・編集者、編集:阿部綾奈/ノオト)
https://www.asahi.com/edua/article/13561818

※ 記事を書いた人、有馬 ゆえ
1978年、東京都生まれ。2007年からライター、編集者としてメディアや広告のコンテンツ制作に携わる。「ハフポスト」「NikkeiLUXE」「Business Journal」「サイゾー」などで執筆中。興味のある分野は、ジェンダー、感情マネジメント、アイドルとファンダム、離婚家庭、HSP、佐賀、近代日本の都市文化、プリン・ア・ラ・モード。人の自我形成と人間関係構築に強い関心がある。妻で母。

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