2020年07月15日

谷口由美子訳『若草物語1&2』(講談社、2019年12月)

世界中で読まれ続けている「奇跡の小説」

 その本が出版されたのは1868年、なんと日本の明治元年のこと。
 あるアメリカの作家が150年ほど前に書いた物語だ。いまだにアメリカではもちろんのこと、日本では訳本がいくつもあり、新訳も次々に出ているほど人気の作品で、これまでに何作もの有名な映画が制作されている。
 作家志望の元気な若者が主人公。ゆるぎない家族の愛、ちょっとした日々の事件を描いたこの物語は、長い間、大勢の読者が夢中で読み、そのまた子どもや孫たちに薦めてきたものだ。

 その物語の原題は Little Women という。日本で最初に訳されたときには、『小婦人』というそのままのタイトルで彩雲閣という出版社から出版された。1906年(明治39年)のことだ。
『小婦人』では、主人公である四少女はアメリカ人ではなく、日本人として登場している。長女メグ(マーガレット)は菊枝、次女ジョーは男の子っぽいから孝、三女ベスはのちに病気で亡くなるので露子、四女エイミーは恵美子。

 この少女たちがめでたくアメリカ人に戻ったのは、1923年(大正12年)の『四少女』(春秋社)からだ。
 16歳の長女メグは、大きな目と豊かな褐色の髪を持つ、きれいな少女。美しいもの、ぜいたくなものが好きなのだが、家が貧しくなったために手に入れられないことが目下の悩み。次女ジョーは背の高い敏捷な少女で、男だったらよかったのにと思っている、作家志望の15歳。
 三女ベスは、音楽が好きで、心根の優しい「おだやかさん」。四女エイミーは、絵を描くのが得意で、一家の芸術家だと思われている。ちょっぴり自分勝手でおしゃまな、青い目に金髪の美少女だ。

 欠点も長所もたくさんある、どこにでもいそうなこの少女たちの日常が、おもしろおかしく掬い上げられて描かれているこの物語は、そう、日本では『若草物語』として有名な、四姉妹の物語だ。

少女たちの心を虜にした

 この本の邦題が『若草物語』として定着したのは、1934年(昭和9年)に日本公開された映画(ジョー役キャサリン・ヘップバーン)がヒットし、同時期に矢田津世子訳の『若草物語』(少女画報社)が出版されてからだ。

 そして、往年の映画ファンが言っていた。
「あの頃の少女たちは、時の総理大臣の名前は知らなくても、四人姉妹の名前を忘れることはなかった」と。
 その映画とは、1949年(昭和24年)に日本公開された『若草物語』のほうだ。名優ぞろいの名画で、四人姉妹の長女メグはジャネット・リー、次女ジョーはジューン・アリスン、三女エイミーはエリザベス・テイラー、四女ベスはマーガレット・オブライエン。
 若き日のエリザベス・テイラーを売り出したかった映画会社は、姉妹の順序を変えて美しいエイミーを三女にしてしまったが、確かに圧倒的に美しいエイミーの姿は一度観たら忘れられないだろう。

 映画なら、ウィノナ・ライダーがジョー役の『若草物語』(1994年 平成6年公開)がベストだという人もいるかもしれない。
 アカデミー賞にも3賞ノミネートされている。

 そして、今年2020年。
 6月12日から日本でも公開されることが決まった新しい映画が『スト―リー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』だ。
 今回の邦訳タイトルはかなり長めだ。
 しかし、その意味を考えると、作品の持つ魅力が透けて見えてくるような気がする。

 グレタ・ガーウィグ監督がテレビのインタビューで、
「子どもの頃に『若草物語』は大好きだったけれど、大人になって改めて読んでびっくりした。こんなに内容が深く、入り組んでいて、おもしろかったなんて、考えもしなかった」
というようなことを話していた。

 読者が時代を経て成長し、再び読んでさらに感動する。これこそ物語の持つ「古典力」というものだと感じ入った。

 最近わたしが訳した本に『大草原のローラ物語―パイオニア・ガール』(大修館書店)がある。ローラ・インガルス・ワイルダーが『大草原の小さな家』を書く前に書き溜めておいた覚え書きに、詳細な注釈・解説を施した本だが、その解説者のパメラ・スミス・ヒルも『若草物語』の愛読者で、こんなメールをくれた。

「わたしもローラとジョーが大好きです。どちらも19世紀後半を生きた女性の物語だけれど、ちっとも古臭くないし、読んでいて気持ちが晴れ晴れします。すかっとします。なぜでしょうか。どちらも伝統的な家族の話のように見えて、その実、ローラもジョーも、その古い伝統から羽ばたきたい気持ちをしっかり持っていて、それがすばらしく描かれているからです」

半自伝的な物語だった『若草物語』

『若草物語』の著者ルイザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott 1832〜1888) は、ペンシルバニア州生まれのアメリカ人。父ブロンソン・オルコットは有名な超絶主義者 American Transcendentalism で、実験学校などを作るような進歩的な人物だった。
 ブロンソンは、四人の娘たちが小さい頃から、あまり子ども扱いせず、Little Women と呼んでいた。小さい時からりっぱな Woman としての心構えを持ってほしいと考えていたからだ。ただし、金銭的には恵まれず、ルイザも若い頃から、針子や家庭教師、そして物書きとして家計を助けていたという。

 作家としてすでに名を成していた三十代のルイザは、自分たち四姉妹をモデルにして『若草物語』を書き、そして、人気作家となった。
 元気な男の子が大好きだったルイザは男の子の物語を書きたかったのだが、出版社は女の子の物語を書いてほしいといって譲らなかった。そこでさんざん悩んだ結果、自分たち四姉妹のことならよく知っている、と思い直し、四人を主人公にした物語を書いたのだった。

 だから、作家希望で男まさりのジョーは、まるでルイザが乗り移ったかのように、生き生きとし、喜びも悩みもそっくり引き継ぎ、生身の女の子として読者に語りかけてくる。
 ジョーが、通俗新聞の編集長ダッシュウッド氏に原稿を戻されるシーンはこんな風だ。
 もどされた原稿を見て、ジョーは目をうたがった。まるで自分のものとは思われないほどぐちゃぐちゃで、そこらじゅうに下線がひいてある。ジョーは、小さなゆりかごにおさめるために赤んぼうの手足を切れと言われた母親になった気がした。
(『若草物語2』409ページより)

 売れるために書かれた小説について内心恥じつつ、尊敬するベア先生にジョーが言い募る場面は、物を書く人の身に迫るだろう。
 でも、ばかばかしいけれど、害があるわけじゃないでしょう。それに、読者の要求があるんですから、提供してもいいんじゃありませんか。りっぱな作家たちだって、こういう刺激的な小説を書いて正直に暮らしていらっしゃいますよ。」とジョーは必死で反論した。
(『若草物語2』415ページより)

 古今東西多くの女性作家たちが『若草物語』のジョーに自分を投影し、ジョーと一緒に悩んできた。物語はフィクションだが、作家ルイザ自身の経験がそのまま描かれているところがたくさんあり、リアリティがあるからなのだろう。
 とはいえ、作者ルイザが『若草物語』の原稿を出版社に渡したときの反応は、はかばかしくなかった。編集者はつまらない話だと思ったからだ。
 物語にはいわゆるセンセーショナルなところは何もない。ごく普通の少女たちの生活が、シンプルに、真実味をたたえて丁寧に描かれているだけだ。
 ところが、編集者がその原稿を若い姪たちに見せたところ、熱狂的な反応があった。
「わたしにはわけがわからないわ。あんなシンプルな物語を、どうしてこんなにほめてもらえるのかしら?」
 ジョーはとまどうばかりだった。すると、お父さまがいった。
「真実があらわれているからだよ。それがかぎなのだ。おまえはとうとう自分のスタイルを見つけたのだよ。お金や名声のためでなく、ほんとうに心をこめて書きたいものを書いたからだ。それがよかったのだよ。>
(『若草物語2』492ページより)

 ジョーはルイザ、ルイザはジョーなのだ。

物語の舞台、オーチャードハウス

 物語の舞台は、アメリカのマサチューセッツ州コンコード。アメリカ独立戦争の火蓋が切られたところとして有名な、小さな町だ。ここで育ったルイザが住んでいた家はオーチャード・ハウスといい、そこが物語の舞台の家だ。

 このコンコードと同緯度にある北海道の亀田郡七飯町は、1997年11月に姉妹都市提携をし、交流事業を続けている。
 町内にある大沼国定公園には大沼湖という美しい湖があり、薄緑の森、かなたに見える山(北海道駒ヶ岳)など、周辺の景色を合わせて、コンコードの南にあるウォールデン湖を思わせる。

 ウォールデン湖は、かつて作家ヘンリー・デイヴィッド・ソロー H. D. Thoreau がその湖畔に質素な小屋を建て、たったひとりで暮らし、『ウォールデン−森の生活』を著した有名なあの湖だ。
 人間に「自然に還れ」という鮮烈なメッセージを与えた名著である。

 ルイザは、このヘンリー・ソローと親しかっただけでなく、同じ町に住んでいた哲学者ラルフ・ウォルドー・エマソン R. W. Emerson にも可愛がられていて、彼のりっぱな家のふんだんな蔵書は、ルイザにとって知的刺激と憩いの場でもあったという。

子どもたちが大活躍する『若草物語』の3巻と4巻

『若草物語』とひとくちにいっても、実は4冊あることはご存じだろうか

 有名な第1巻は、南北戦争中のクリスマスにはじまり、従軍牧師として参戦していたマーチ一家の父親が帰ってきたクリスマスで結ばれる。
 ちなみにルイザは奴隷制に反対の立場をとっており、マーチ家も奴隷制反対の北軍側の設定になっている。

 第2巻は、長女メグと、お隣ローレンス家のローリー少年の家庭教師ブルック先生との結婚式から始まり、ベスの死、ジョー、エイミーの恋愛模様などが描かれる。
 映画では、いつもここまでが描かれている。

 第3巻は、メグ、ジョー、エイミーの子どもたちが活躍する物語。

 そして、第4巻は、その子どもたちの青春編である。

 つまり、 4巻シリーズの前半2巻は、マーチ四姉妹の少女編と青春編、後半2巻は、その子どもたちの少年・少女編と青春編、というわけだ。(講談社青い鳥文庫から4巻とも出ている)
 中でも私は、第2巻が断然おもしろいと思う。やはり四人姉妹の恋愛模様はドラマチックで、わくわくする。

 作者ルイザが自分自身の姉妹の長所も短所も知り尽くしたうえで、さらに造形豊かに四人を再創造したからであろう、読者は姉妹のだれかに自分をなぞらえ、一緒にその女性の人生を味わうことができる。
 ああ、結婚しない女、それがわたしの運命だわ。ペンを夫にした、そろそろ二十五歳のさびしい女。たくさんの物語を子どものために書いて、二十年後には、すこしばかりの名声は得られるかもしれない。でも年をとったら、そんなものもうれしくないし、だれともわかちあえないんだから、名声なんて必要がなくなる。>
(『若草物語2』496ページより)

 物語の第2巻に、ジョーがひとりの生活を選択しようかどうしようか、さんざん悩む場面があるが、それはとりもなおさずルイザの自分への問いでもあったろう。
 ルイザは物語のジョーを結婚させたが、自身は独身を通した。独りで生きるのがいちばん自分に合っている、と思っていたからだ。はたして、四姉妹のだれがどんな相手を選ぶかは、このお話を読み進める楽しみでもあるので、ぜひ読んでみてほしい。

『若草物語』を読む楽しさは、『若草物語』を読む楽しみのひとつは、19世紀後半の人々の考え方や暮らしぶり、嗜好や関心事などが見事な筆致で描かれ、当時の雰囲気が味わえることだろう。
 ルイザが活発な作家活動をしていた19世紀後半、アメリカ人の大きなあこがれはヨーロッパへ行くことだった。祖先の生まれ育った旧世界を見たいと思ったからだ。
 とはいえ、船で大西洋を越えるには2週間ほどかかる。裕福な人しか行かれないぜいたくな旅だ。
 物語のなかでジョーは自分の意地っぱりが原因となり、ヨーロッパに行ける機会をエイミーにゆずってしまうことになる。
「いつだってエイミーが、おいしいところをとってしまうんだ。不公平だわ!」とジョーは叫ぶ。
「へえ、あんたは、願えばそれがかなうのよ。
 でもわたしの夢は、かないっこない。」
 ジョーがこぼした。
「お姉さまもいきたいの?」
「そりゃいきたいわ。」>
(『若草物語2』376ページより)

 だが、不運なジョーと異なり、ルイザは幸運なことにヨーロッパへ2度も行っている。
 そして、スイスのレマン湖畔にあるリゾート地のヴェヴェイに滞在し、そこでほのかなロマンスを体験する。相手はポーランド人で、物語のローリーのモデルのひとりとなったという青年だ。
 第2巻にはそのレマン湖が登場する。その湖のボートの上でローリーがプロポーズする相手は、さあだれだろうか。

 昨年2019年12月に、拙訳『若草物語1&2』を講談社から出していただいた。
 長年のわたしの夢だったので大変うれしい。
『若草物語』を訳したかった、というだけの意味ではない。
 第1巻と第2巻の合本を出すことができたのがうれしい、ということだ。
 日本では、2冊がまとまった形の本は今までなかったように思う。
 多くの人が映画オリジナルの話だと思っている部分は、2巻に出てくるエピソードだ。
 ぜひ、2巻目まで読んでから、話題の映画をみていただきたい。

 今度の新作映画については、さまざまな記事がネットをにぎわわせている。
「Little WomenにはManの影が薄すぎ」などというものもあったが、ルイザはちゃんとManの話も書いている。
 第3巻のタイトルはLittle Men だ。ルイザはやっと大好きな男の子たちの話を書くことができた。続きの第4巻はJo's Boysという。
 だから、第3と第4の合本も出すことはできないだろうかと、しがない翻訳家は今、新しい夢をふくらませているところである。

[写真-1]
1934年に日本公開された映画「若草物語」

[写真-2]
1949年に公開の映画「若草物語」

[写真-3]
1994年公開の映画「若草物語」

[写真-4]
グレタ・ガーウィグ監督

[写真-5]
ルイザは四姉妹の次女で、物語のジョーと同じくおてんばで、男の子だったらよかったと思っていた。

[写真-6]
ボストンから電車で30分ほどの町、コンコードにあるルイザ・メイ・オルコットが住んでいた家(オーチャードハウス)。皇太子妃時代の美智子様もおとずれたことでも有名なこの小さな家に、映画『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の公開が決まってから、たくさんの人がおしよせているという。谷口由美子氏は、現在、このルイザの家からゆかりの品々を借り受け、姉妹都市の七飯町などで、日本初の「若草物語の世界展」を開催すべく、奔走中。

[写真-7]
コンコードと姉妹都市の北海道七飯町。コンコードストリートがある。

[写真-8]
青い鳥文庫版「若草物語」(全4巻)

[写真-9]
右が1巻と2巻が一緒になった原作『LITTLE WOMEN』初版本。偶然にも今回出版した愛蔵版とほぼ同じ大きさの本に。

現代ビジネス、2020.06.12
究極の名画『若草物語』の新作がネットをざわつかせている
愛されるからこそ…

(谷口 由美子、翻訳家)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70724

※ 谷口 由美子(1949年生まれ、主にアメリカの児童文学の翻訳を行っている)

posted by fom_club at 09:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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