2020年07月07日

「女帝」x 「中二病」

【Live】原始神母2016「Us And Them」(pinkfloyd tribute)
https://www.youtube.com/watch?v=zfJI1W-xVU4

Pink Floyd - "Us And Them"
https://www.youtube.com/watch?v=s_Yayz5o-l0

 「女帝」の一人舞台だった。
 最初から最後まで小池百合子氏の独走状態だった都知事選。
 コロナ禍という特殊な状況下とはいえ、ほとんど「戦い」にはなっていなかった。

「テレビは4年前、大騒ぎして連日連夜、都知事選を報じていました。ところが今回は扱いが小さかった。東京都を誰に任せるかという重要なことなのに、テレビがもっと率先して扱うべき話題だったと思います」

 メディアの都知事選の報じ方についてこう指摘するのは政治ジャーナリストの角谷浩一氏。

 一方、必ず報道するニュースでコロナを扱えば、必然的に小池氏がテレビに出て発言することにもなる。
 露出にもつながり、有利だったのは否めない。

 さらに小池氏は密を避けるため、基本的には街頭に立たない「オンライン選挙」。
 リモート対応の討論会もあった。
 もともと、テレビのニュースキャスターの小池氏にとってみれば、アウェーではなく「ホーム」の戦いとなった。

 これまでに大きな金銭スキャンダルが出なかったことが大きいとの見方もある。
 猪瀬直樹氏や舛添要一氏が都知事のとき、金銭スキャンダルになって辞めたため、小池氏は「カネ」には気をつけているようだ。
 いくつかのスキャンダルはあったものの、大きな事態には発展していない。
 しかも小池氏の給料は就任当初から現在まで半額だ。

「都知事の給料は、本来は約145万円(月額)なのですが、条例により半額の約72万円になっております。諸手当も付きますがそれも半額。小池知事の年収は今年4月1日時点で、約1478万円です」
(都総務局)

 立憲民主党の都連関係者はこんな話をする。

「東京アラートにしても、都知事選の告示が近くなって解除されました。アラート中では他の候補者は身動きが取れず、準備もろくろくできなかったはず」

 小池氏の作戦勝ちだというのだ。

 とはいえ、ふがいない野党に、都民の目がほとんど向いていなかったことも確かだろう。
 結局、統一候補すら立てることができなかった。
 共産党は宇都宮健児氏を支援したはずなのに、世論調査では共産党支持者の2割は小池氏に投票すると答えたという。

 小池氏にとって、都知事選での余裕な要因はいくらでも出てくるが、これからの都政運営は厳しい道のりになりそうだ。
 ひっぱくした財政、築地市場の跡地問題、江東区へのカジノ誘致計画、そして五輪関連……。
 まさに、「デスロード」が待ち受けている。
 特に財政面ではコロナの休業補償に、都の貯金とも言える財政調整基金9300億円のほとんどを使い、残りは800億円くらいとなっている。

 築地市場の問題などで、小池氏を近くで見てきた元都中央卸売市場次長の澤章氏はこう話す。

「お金があれば色々なイベントを計画できるんですが、それもやりにくい。今後4年間は、都知事は緊縮財政のもとで、かなり大ナタを振るうことになる。小池さんにとっては辛いと思いますよ」

 都議の上田令子氏(自由を守る会)は、小池氏の広告費の使い方を調べているという。

「貯金を使い果たしたら、本来は出費を抑えなければいけないものなのに、あの湯水のような広告費の使い方。コロナ対策に総額1兆円超の補正予算を計上し、隠れて不要不急のデジタル事業等への新しいばらまきを潜ませていることも精査されていくと思います」

 都政運営と同時に気になるのは、小池氏自身の今後だ。
 3年前、野党の「希望の党」代表を務めた。
 都知事は踏み台で、狙っているのは国政復帰、そして「総理の椅子」とまで言われていたが、国政に返り咲くという可能性はないのか。
 前出の澤氏はこんな印象を持ったという。

「小池さんは本質的に都政で何かをやりたいということは多分ないです。そういうことよりも、自分というブランドをどこまで高みに持っていけるかということなんじゃないですかね」

 前出の角谷氏が話す。

「都知事だった石原慎太郎氏の4期目とダブリます。石原氏は4期目の途中1年半で『オレは国政に出る』といって急に辞めたんです。副知事だった猪瀬さんに任せれば大丈夫だと言って『太陽の党』を結党し、国政に復帰しました。小池さんも、財政破綻(ルビ/はたん)すれすれの状態の都政を途中で投げ出す可能性はあると、政界ではささやかれています」
(角谷氏)

※ 週刊朝日7月17日号から抜粋


dot.asahi、2020.7.5 20:11
東京都知事選で圧勝の小池百合子氏
「女帝」を待ち受けるのはデスロード

(本誌・上田耕司)
https://dot.asahi.com/wa/2020070400021.html?page=1

 昨年の夏に、Spotify(スポティファイ)という音楽配信サービスに会員登録した。実は、それ以前に、似たような会員制の配信サービスであるApple MusicとAmazon Musicに加入している。サービス内容がカブっていることは、承知している。ただ、いくつかのコンテンツやアーティストについては、サービス運営会社ごとに若干の異同があって、現状では、すべてを聴くためには、3つのサービスを網羅せねばならなかったりするのだ。なので、90%以上のコンテンツに関して、まったく同じ楽曲をカバーしているほぼ同一内容の3つの配信サービスを、重複して利用している。

 無駄といえば無駄ではある。

 でも、不思議ななりゆきではあるのだが、どうやら、私は、こと音楽に対しては、積極的に無駄遣いをしたいみたいなのだ。

 事実、10代の頃から、この分野にはずっと不毛な投資を繰り返してきた。

 アナログで揃えたコレクションを、CDで買い直しただけでは飽き足らず、目新しいリミックスが出たり、ボックスセットが発売されたりする度に、何度でも買い足してきた。そうした献身の果てに、私という人格が形成されている。

 音楽が私を作ったというのは、さすがに言いすぎなのだろうが、無駄遣いが私を作った部分は、少なからずあると思っている。投資は、それが無駄で見返りのない蕩尽であればあるほど、カネを費やした当人を向上させる。私はそう思っている。なぜそう思うかというと、そうでないと計算が合わないからだ。

 CDであれ楽曲ファイルであれストリーミングコンテンツであれ、鳴っている音楽に大きな違いはない。リミックスの方向性や味付けが多少違っていたところで、結果として出てくる音はほぼ同じだ。それに、私のオーディオ環境は、微妙なリミックスの差を再現できるような高級なブツではない。私自身の聴力も、長年のカナル型イヤホンによる酷使のせいなのか、同年配の人々のそれよりは明らかに早期劣化している。

 それでも、音楽への投資はやめられない。

 おそらく、私は、音楽自体を求めているのではない。

 からくりとしては、音楽にカネを使ったという実感が、私に心理的な報酬をもたらす……という回路が形成されているのだと思う。

 まるで実験室の中の、薬物の出るスイッチを押すネズミだ。

 あるいは、資本主義の世界で暮らす人間である私たちは、貨幣を使うことによってしか満足を得られない主体として条件づけられているということなのかもしれない。

 原稿を書く時は、そのSpotifyの「お気に入り」にマークアップした楽曲を、ランダム設定で流すことにしている。

 で、さきほど、意外な曲に心を奪われて、音楽の力にあらためて感じ入っている次第だ。

 それは、"Us and Them"というタイトルの5分ほどの曲で、ピンク・フロイドの"The Dark Side of the Moon(狂気)"という1973年発売のアルバムに収録されているものだ。

 あるタイプの楽曲は、その曲に耽溺していた時代の自分自身の気分や経験を、正確に冷凍保存している。であるからして、うっかりしたタイミングで当該の楽曲を再生したリスナーは、手もなくタイムスリップしてしまう。

 実は、昨晩、Spotifyの「お気に入り」をランダム再生していたところ、それこそ何十年かぶりに"Tubular Bells"というアルバムのB面が突然鳴り出して、おかげで私は、10代の頃の鬱屈と孤独と焦燥がないまぜになったどうにも整理のつかない気分のまま眠りに就いたのだが、朝起きてみて、PCを立ち上げてみたところが、今度は"Us and Them"である。

 まったく油断もスキもあったものではない。

 "Us and Them"は、私が最も偏向した考えに取り憑かれていた時代に、いやというほど繰り返し聴いていた曲で、それゆえ、これが鳴ると、私の脳内は、思うにまかせない世間への憎悪でいっぱいになってしまう。

 直訳すれば「オレたちとあいつら」といったほどの意味のタイトルを持ったこの曲は、しかしながら、内容的には、さして深遠な作品ではない。

 いくつか思わせぶりなフレーズが散りばめられてはいるものの、素直に読めば若干のシニシズムを漂わせた、よくある70年代ロックのひとつに過ぎない。

 ところが、「狂気」を毎晩ヘッドホンで聴いていた当時の私は、この歌の歌詞を思い切り大げさに解釈して、心から賛同しているパラノイアだった。

 もちろん、全面的ないしは全人格的にパラノイアだったというわけでもないのだが、少なくとも音楽を聴いている間はパラノイアだった。結局、ロックミュージックにハマっていた当時の私は、多くの病んだマニアと同じく、パラノイアックな考えを脳内に展開するためのスイッチとして、音楽を利用していたということなのだろう。

 そうでなくても、特定の作品から、作者が創った以上のものを引き出すことのできる人間をマニアと呼ぶのであれば、私は、当時、まぎれもないマニアだった。

 とにかく、どういう道筋からそう考えていたのかは、いまとなってはわからないのだが、当時、私は、この作品の中で歌われている"Them"すなわち「あいつら」こそが、世界を牛耳っている者の正体なのである、という考えを心の中にあたためている穏やかならぬ若者だった。

 「あいつら」は、特定の組織や体制ではない。

 しかし、「あいつら」は、確実に実在する。

 その、誰にとっても決して自分自身ではない永遠の他人である「あいつら」という不定形な人間集団こそが、この世界を自在に動かしている主体であり、また民主主義の「主」とされる「民」でもある……てなことを、私はわりと真剣に考えていたわけなのである。

 「中二病」という言葉は当時はまだ発明されていなかった。

 しかし、こうしてみると、私の17歳の自画像は、見事なまでに典型的な中二病の症状を呈している。なんというのか、私は世界の秘密を解明し得たつもりでいたのだね。哀れなことに。

 その70年代当時のオダジマのものの見方をあてはめて、現在の世界を解釈してみると、たとえば、2日後に投票日がやってくることになっている東京都知事選挙は、あいつら(Them)が、自分たちの思惑を、オレたち(Us)の意思であるかのように見せかけるために仕組んだ巧妙な詐術だ、てなことになる。

 なるほど。
 「オレたち」は、もちろん「あいつら」よりも賢い。
 なのに「オレたち」は、常に、その愚かな「あいつら」に敗北し続けている。

 なぜだろう。
 理由は簡単で、多数決民主主義が機能している場所では、少数派は必ずや多数派に敗北する決まりになっていて、しかも、ほとんどすべての評価軸において、賢明な人間は愚かな人間よりも数が少ないからだ。 

 なるほど。
 中二病の考察によれば、数の多さを競っている限りにおいて、上品な人間や賢い人間や趣味の良い人間は、絶対に下品な人間や愚かな人間や悪趣味な人々に勝てないらしい。
 そして、われわれはまたしても敗北することになっている。
 もう何十年も前に中二病を克服したにもかかわらず、だ。
 中二病は、あるいは、都民の宿痾だったのだろうか。
 それどころか、マッカーサー元帥が喝破した通り、われわれは永遠に12歳だと、そういうお話なのだろうか。

 話題を変える。
 これまで、公の場でのマスクの着用を頑なに拒んできたトランプ大統領が、7月に入るや、にわかにマスクの着用を「全面的に支持する」と言い始めているのだそうだ。

 たしかに、トランプ氏のラリー(支持者集会)をとらえた映像を見ると、会場に結集した支持者たちは、ほぼ全員がマスクをしていない。あの動画は、さぞや各方面から悪評を招いたはずだ。

 トランプ支持者がマスクをしないせいなのかどうかはわからないが、アメリカでは、いち早く対策を打ち出したニューヨークをはじめとするいくつかの州を除くと、新型コロナウイルスの感染拡大が一向に収束していない。

 それで、トランプ氏は、マスク着用についての態度を改めたのだろうか。

 理由はわからない。
 ともあれ、彼が非を認めるのは極めて珍しい出来事ではある。
 これは裏目に出るかもしれない。

 というのも、トランプ氏の人気は、その頑迷さ(コアな支持層から見れば「強さ」)を含みおいた上のもので、「ブレるトランプ」てなことになったら、その魅力(←もちろん「支持者にとっての」という但し書き付きだが)は、半減してしまうはずだからだ。

 この先のさまざまな政治日程の中で、私が個人的に最も気にかけているのは、11月の大統領選挙で、トランプ氏が再選されるのかどうかだ。

 そのアメリカの大統領選挙の結果が全世界に及ぼすであろう影響力の大きさに比べれば、都知事選も、この秋にやってくるかもしれない総選挙も、たいした意味はないとさえ感じている。

 理由は、日本のリーダーも、都民のリーダーも、結局のところ、アメリカのボスがどう振る舞うのか次第で態度を変える変数に過ぎないと思うからだ。

 安倍首相ご自身にしてからが、アメリカのトップがオバマ大統領だった当時の振る舞い方と、トランプ氏がホワイトハウスに入ってから後の態度を比べてみると、驚くほど(もちろん悪い方に)変わってしまっている。

 もちろん、モリカケ問題の端緒はオバマ時代から潜在していたわけだし、ネポティズムもお友達政治も、すべては政権発足当初から一貫した傾向だ。

 しかし、それらの欠点を堂々と押し通す図々しさが、トランプ時代に入ってからよりあからさまになったことは誰の目にも明らかだと思う。

 《安倍さんが露骨にグレたのは、アメリカのボスがトランプになって以来だと思います。なんか、中学校にあがって悪い友達ができたバカな中学二年生みたいな感じですよ。あたしとしては、本人の更生はもうどうでも良いです。それよりトランプ番長が少年院送りになることを願っています。ぜひ。午前0:33 2020年6月29日》
というこのツイートは、5000件以上の「いいね」を集めている。

 バラけた原稿だと思っている読者がたくさんいるはずだ。
 支離滅裂と思っている人も少なくないだろう。
 中二病という視点から読み直してみると、一応ひとつながりのスジは通っている。そう思ってどうか、ご寛恕いただきたい。
 読者のみなさんの多くは、すでに中二病を卒業した賢明な大人であるはずだ。
 かく言う私も、さすがに還暦を過ぎて、中二病とは縁が切れたと思っている。

 ただ、正直なところを申し上げるに、話題が政治となると、自分の中で中学二年生が動き出す傾向は否定しきれない。
 わがことながらなさけないことだと思っている。
 とはいえ、政治は、そもそも中二病患者が担うべき仕事なのかもしれない。
 ひと回りして、そういう考え方もアリなんではなかろうか。
 いっそ選挙権年齢を14歳に引き下げれば色々なことがはっきりするはずだ。
 ……という結論は、いかにも中二病だな。もうしわけない。


日経ビジネス、2020年7月3日
「中二病」という都民の宿痾
(文・イラスト/小田嶋 隆)
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00077/

posted by fom_club at 08:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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