2020年05月20日

東アジアに平和の構築を!

 ヤッホ―くんのこのブログ、次の日付の日記をぜひご参照ください:
★ 2019年07月20日「日本がこれ以上分断しないため」
★ 2019年12月21日「ジェンダーギャップ、韓国 108位と日本 121位を逆転」
★ 2019年12月29日「ヘイトが蔓延する社会」
★ 2020年01月14日「映画『金子文子と朴烈』」
★ 2020年01月14日「犬コロ」
★ 2020年01月15日「崔承喜『伊太利の庭』」
★ 2020年03月02日「映画『子どもたちをよろしく』」

 そして今日、2020年5月20日水曜日はこれ:
1 はじめに
 8月15日といえば日本人にとっては「終戦記念日」であるが、隣国の大韓民国にとっては「光復節(クワンボクチョル)」=日本による植民地支配からの解放を祝う記念日である。
 2011年8月15日、筆者はソウルに滞在していた。
 テレビでは光復節にちなんだ特別番組が数多く放送されていた。
 日本統治時代における朝鮮の人びとの苦難の歴史が描かれ、侵略者である日本がいかに卑劣な行為を行ったかを見ることができた。
 そんな中、韓国の3大放送局の1つであるSBS(ソウル放送)で放送された約1時間の特別番組は180度違った視点から日本人を描いており、他 の番組とは一線を画していた。
。。。
3 取材
。。。
(3)金子文子について
 金子文子は1903(明治36)年生まれの社会運動家である。
 複雑な家庭事情の中で育ち、小学校に入学してからも戸籍に入れてもらえなかった。
 両親の離婚後取り残された金子は叔母に連れられ1912(大正元)年に朝鮮に渡り、7年間を過ごした。
 日本や朝鮮で差別や抑圧を受ける中で、日本人から差別や抑圧を受ける朝鮮人に共感を持つようになったと思われる。
 1922(大正11)年東京で不逞社を組織した在日朝鮮人の朴烈と知り合ってその思想や活動に共鳴し、同棲する。
 1923(大正12)年9月関東大震災の際に朴烈と共に検挙され、天皇または皇太子を暗殺する準備をしたという爆発物取締罰則違反の容疑で起訴される。

 金子と顔見知りであった布施辰治は、やはり金子と顔見知りであった山崎今朝弥らと1926(大正15)年2月26日から3月1日まで大審院特別法廷でこの事件の弁護をした。
 3月25日、朴とともに死刑判決を受ける。
 この事件は大震災時の朝鮮人虐殺を正当化するための政治裁判の性格が強い。
 政府は死刑に対する朝鮮人の反発を回避すべく、死刑判決の10日後、4月5日に恩赦で無期懲役に減刑した。
 しかし金子は同年7月23日、宇都宮刑務所栃木支所で自殺した。
 享年23歳であった。

 布施は栃木の刑務所共同墓地に仮埋葬された金子の遺骨を引き取り、 朝鮮の朴家の墓地に埋葬すべく尽力している。
 布施は著書『運命の勝利者 朴烈』の中で金子が人間の平等性を訴えたことに深く共感してい る。
 そして、
「朝鮮建国濁立運動の最も苦難な時、弱小民族解放運動の最も堅迫を受けている途上、志半ばに倒れた文子さんの思ひ出を偲ぶ 皆様に、文子さんの志を遂げさせていただきたいと思ふ。」と述べ、金子の獄死について深く悲しみ、追悼の意を表している。

 朴烈は22年間の獄中生活の後、1945(昭和21)年10月27日に出獄した。
 12月7日に行われた朴烈の出獄歓迎会で、布施辰治は、歓迎の辞とともに金子の獄死を悼んで小唄を歌っている。
 ここに紹介したい。
文子可愛いや
文子は死んだ 死んだ心が なほ可愛い
可愛い心を
抱いて寝よ

(4)『被告人朴準植・金子文子 特別事件主要調書』(口絵8参照)
『被告人朴準植・金子文子 特別事件主要調書』は、布施と共にこの事件の弁護をした山崎今朝弥の旧蔵資料の中にある。
 山崎の旧蔵資料は2004年10月、ご長女の山崎弘子氏より本学図書館に寄贈されたものだが、裁判記録の他に書籍、新聞、書簡、原稿などがあり、金子文子が1926(大正15)年1月22日に市ヶ谷刑務所から山崎に宛てた書簡も含まれている。
『被告人朴準植・金子文子 特別事件主要調書』第1分冊〜第5分冊の中には、1923(大正12)年から1925(大正14)年に市ヶ谷刑務所で作成された金子の尋問調書が収められている。
 撮影は同書第1分冊の中の1924(大正13)年5月14日に作成された「第12回尋問調書・金子文子」のうち、金子が当時の皇太子に「爆弾を投げようとした」という供述部分に集中して行われた。

問 其ノ爆弾ヲ誰レニ投ケルト云フノカ
答 ツマリ坊チャンー匹ヲヤツ付ケレハ好イノテアリマス
問 被告ハ何故皇太子殿下二其ノ様ナ危害ヲ加へ様トシタノカ
答 私ハ豫テ人間ノ平等ト云フ事ヲ深ク考ヘテ居リマス
 人間ハ人間トシテ平等テアラネハ爲リマセヌ
 其慮ニハ馬鹿モ無ケレハ倒ロモ無イ
 強者モ無ケレハ弱者モ無イ
 地上二於ケル自然的存在タル人間トシテノ領値カラ云ヘバ総テノ人間ハ完全二平等テアリ
 從ツテ総テノ人間ハ人間テアルト云フ只一ッノ資格二依ッテ人間トシテノ生活ノ権利ヲ完全二且ツ平等二享受スヘキ筈ノモノテアルト信シテ居リマス

 イ・ビョンテ記者にこの資料の取材の趣旨を聞いた。
「韓国人の大部分が被害者の立場に立っており、朝鮮を植民地化した日本人は悪者であるという先入観にとらわれている。100年前の日本統治時代に、朝鮮侵略を批判し、朝鮮の独立のために命をかけて闘った日本人が存在していたという事実は、衝撃の事実だ。その事実を、ぜひ韓国国内の人々に知らせたい。」と熱く語る姿がたいへん印象的であった。

 なおこの資料は、『朴烈・金子文子裁判記録』(黒色戦線社,1977。 最高裁判所所蔵本の複製)湘として刊行されている。
 山崎旧蔵資料の『被 告人朴準植・金子文子 特別事件主要調書』と完全に一致するかは未確認である。
 ただし、本学図書館が山崎旧蔵資料の中に所蔵している『被告人朴準植身神状態鑑定書』『被告人金子文子身神状態鑑定書』はこの複製版の中には含まれておらず、きわめて貴重な資料であると言える。

4 番組の放送
「8.15特集ドキュメンタリー 朝鮮独立の隠れた主役 日本人独立闘士たち」は8月15日午前10時50分より1時間の枠で放送された。
。。。

制作協力報告 一布施辰治と金子文子 - 明治大学
「8・15特集ドキュメンタリー 朝鮮独立の 隠れた主役 日本人独立闘士たち」 制作協力報告 一布施辰治と金子文子
(吉田千草、中央図書館事務室)
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/15993/1/toshokankiyo_16_109.pdf

 小池百合子東京都知事が、2019年9月1日に「9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼実行委員会」が主催する、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式に、都知事名での追悼文の送付を3年連続で取り止めた。

 追悼式は、日朝協会東京都連合会や日中友好協会などによって組織された実行委員会が、都立横網町公園(東京都墨田区)において、1973年以降毎年開催しているものである。
 1923年の関東大震災では、「朝鮮人が井戸に毒を流した」などといった流言飛語が広がったことで、軍隊や警察、自警団などによって数千人ともいわれる朝鮮人、中国人が虐殺された。
 式典では、そうした人びとへの追悼がおこなわれている。

 1973年以来、式典には歴代の都知事が知事名で追悼文を寄せてきた。
 しかし、2017年3月、都議会で自民党都議が、主催団体の案内文に虐殺の犠牲者数が「6千余名」とあるのは根拠が希薄などとして問題視し、追悼文送付を見直す必要性を指摘した。
 これに対し、小池都知事は、「毎年慣例的に送付してきた。今後については私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答弁し、見直しを示唆した。
 都建設局はこの答弁などを受けて追悼文の送付中止を検討し、その方針を小池都知事も了承した。

 新聞報道によれば、小池都知事は追悼文を送らない理由について、「(都慰霊協会が主催の)大法要で、犠牲となったすべての方々への哀悼の意を表している」とし、「個別の形での追悼文の送付は控える」と報じられている。
 しかしながら、朝鮮人虐殺は、民間人の差別意識の問題と合わせて、日本の植民地支配とも密接に結びついて起きたものである。
 その意味で、虐殺による被害者と自然災害による犠牲者を同列に追悼することは、虐殺の歴史を隠蔽する行為にほかならない。

 歴史研究では、関東大震災時の朝鮮人虐殺事件に関して実証的な成果が今日まで膨大に積み重ねられてきた。
 その成果として、軍隊や警察が流言・デマの拡散に主体的に関与した国家的・組織的犯罪であったこと、さらにその上で数千人の朝鮮人・中国人の虐殺がおこなわれたことなどが具体的に明らかにされている。
 そのため、この事件に関して国家に加害責任があることは明白である。

 追悼文の送付は、東京で起きた民族差別による虐殺行為という歴史的な教訓を忘れない、二度と繰り返してはならないという、東京都民の積年の思いが込められていたのであり、小池都知事個人の問題ではないのである。
 追悼文の送付取り止めを既成事実化しようとする小池都知事の姿勢は、歴史認識の甘さを露呈するだけでなく、そうした東京都民の思いをも踏みにじるものでもある。

 なお、墨田区長も今年も追悼文の送付を見送った。
 自治体の首長らによる送付取り止めを既成事実化しようとする動きは、関東大震災時の朝鮮人虐殺の歴史を否定する言説の広がりをも助長することになりかねない。

 過去に犯した加害の歴史から目を背ける行為によって、来年度のオリンピック・パラリンピックの開催を控え、国際都市を掲げる東京のあり方が厳しく問われることになるだろう。
 当会は、小池東京都知事が関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文の送付を取り止めたことに対して、強い抗議の意を表明する。
2019年9月26日
東京歴史科学研究会

小池東京都知事による関東大震災朝鮮人犠牲者追悼文取り止めに対する抗議声明
http://www.torekiken.org/trk/blog/kagaku/post_13.html

東京都は、当実行委に対する前記誓約書要請を撤回し昨年までと同様の占有許可を速やかに行うことを、強く求めるものである。
声 明 2020年5月18日

9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会
実行委員長 宮川泰彦


 9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会(以下、当実行委)は、東京都立横網町公園内に建立されている朝鮮人犠牲者追悼碑前で、毎年9月1日、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典を執り行っている。

 横網町公園は、1930年に関東大震災の犠牲者を追悼することを目的として開園した「慰霊の公園」(注1)である。
 朝鮮人犠牲者追悼碑も、こうした公園の趣旨に合致するものとして、関東大震災50年を迎えた1973年(昭和48年)に当時の都議会全会派の幹事長も参加する建立実行委員会によって建立され、都に寄贈されたものである。

 当実行委は、碑が建立された1973年以降、毎年、都との事前打ち合わせを踏まえ使用許可を得て、厳粛且つ平穏に追悼式典を執り行ってきた。
 式典には、小池都知事が取り止めるまでは歴代の都知事から追悼文が送付され、近年では総理大臣経験者やソウル市長、宗教者や学者などからもメッセージが寄せられるようになった。
 また昨年2019年は、700人が参列するなど、虐殺犠牲者を悼み、二度と繰り返すまいと誓う場として、広く認められるようになっている。

 そして、この追悼式典が、公園管理に関わる大きな問題を指摘されるようなことは、これまでなかった。

 ところが昨年2019年9月以降、東京都は、2020年の追悼式典使用許可申請に対して、使用許可条件について整備中だとして、当実行委の申請受理を3回にわたり拒否し、12月24日には、「横網町公園において9月1日に集会を開催する場合の占有許可条件について」(以下、「条件」)と題する文書を当実行委に示してきた。

 それによると、毎年9月1日の横網町公園では、「関東大震災に関連した追悼行事等の集会に関する占有許可申請が複数」あり、昨年は「集会参加者によるトラブルが発生」したため、公園利用者の安全のために条件を付すこととしたという。
「複数」とあるように、「条件」は、9月1日に横網町公園で式典や集会を行うすべての団体に向けられたものである(詳しくは後述)。

「条件」の具体的な内容は、「公園管理上支障となる行為は行わない」「(都の大法要と重なる時間は)拡声音量装置は使用しない」「(集会で使う拡声器は)当該参加者に聞こえるための必要最小限の音量とすること」などである。 

 問題なのは、東京都が、これを遵守する旨の都知事宛ての誓約書を提出することを求めていることである。
 しかも、この誓約書には「下記事項が遵守されないことにより公園管理者が集会の中止等、公園管理上の必要な措置を指示した場合は、その指示に従います。また、公園管理者の指示に従わなかったことにより、次年度以降、公園地の占用が許可されない場合があることに異存ありません」とある。

 こうした内容の誓約を求めることは、本来自由・自主である集会運営を萎縮させる恐れがある。
 そもそも一般通念上、誓約書を書かせるというのは非常に重い要求である。
 まして、式典を中止させられたり不許可にされたりしても「異存ありません」との誓約を求めるのは、よほどのことである。
 ところが当実行委は、都が示したような「公園管理上支障となる行為」等を行ったことはないのである。

 当実行委は、今年2020年2月、「条件」が示す一つ一つの内容について、朝鮮人犠牲者追悼式典がそれに反する行いをしたことはあるかと文書で質した。
 すると、都は、そのすべてについて「今回設けた条件に概ね合致している」として、「今後も、概ね昨年同様の式典を開催いただけると考えております」と、文書で回答した。
 追悼式典のあり方には従来のままで基本的に問題がないというのである。
 だとすればなおさら、当実行委に誓約書の提出を求める必要性も合理的理由も見当たらない。
 なぜ当実行委が、このような誓約を、都知事に対して行わなければならないのか。

 都の要請の背景には、2017年より、朝鮮人犠牲者追悼式典と「同日同時刻」にあえてぶつけるかたちで、同じ横網町公園内で行われている、右翼団体「そよ風」主催の「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」と称する集会がある。
 毎日新聞動画ニュースサイトが「追悼の場に『ヘイトスピーチ』9月1日、朝鮮人犠牲者追悼式典」(注2)と伝えたように、この集会では、「不逞朝鮮人」が「震災に乗じて略奪、暴行、強姦」を行い、「日本人が虐殺されたのが真相」だなどと演説し、さらに拡声器を故意に朝鮮人犠牲者追悼式典の方向に向け、それを大音量で流すといった、まさに「トラブル」を引き起こしている。

 東京都が示した「条件」の内容は、東京都自らが文書で回答したとおり、追悼式典については全く問題にならないものだが、一方、「そよ風」の行動についてはその多くが当てはまる。
 この「条件」は、「そよ風」主催の集会を念頭に置いたものだと理解できなくもない。

 しかし、だとすればなぜ「そよ風」に対して個別に問題行動について注意するのではなく、何の瑕疵もない当実行委とセットにして、双方に誓約書を書くことを求めるのか。

 なぜ、震災時の虐殺犠牲者を「不逞朝鮮人」と貶めることを目的として現にトラブルを惹起している集会と、震災時の朝鮮人虐殺犠牲者を厳粛に追悼してきた式典を同列に扱い、集会を中止させられたり不許可にされたりしても「異存ありません」などと誓わせるのか。
「慰霊の公園」という横網町公園の趣旨に照らして、都の意図に対する疑念は膨らむばかりである。

 当実行委は、今後も毎年、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典を厳粛に執り行っていく。
 東京都に対しては、2020年9月1日関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典開催に関する当実行委の占有許可申請を直ちに受理すること、および、当実行委に対する前記誓約書要請を撤回し昨年までと同様の占有許可を速やかに行うことを、強く求めるものである。
以 上

9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会が、声明を発表。
https://blog.goo.ne.jp/nicchokyokai-honbu/e/f5b46a21aacefcb2fd39a84ba450fa1a

posted by fom_club at 09:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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