2020年01月29日

子規没後の次の百年作り

 野球好きだった俳人の正岡子規(まさおかしき)はベースボール用語を日本語に訳した。
 打者、走者、四球……。
 これらは今も使われている。
 自身の雅号も幼名の「升(のぼる)」にちなんで「野球(のぼーる)」と名付けた。

 東京の上野公園に「正岡子規記念球場」という野球場がある。
 1890(明治23)年、子規はここで野球の試合をした。
 野球が日本に紹介されてまだ歴史の浅い頃である。
 時代は移り、令和になって最初となる高校野球甲子園大会が2019年8月6日に始まる。

 同じ甲子園でも、こちらは俳句甲子園だ(ヤッホーくん注1)。
 子規の故郷、松山市で2019年7月17日から開かれる。
 地方大会を経た全国の高校生たちが5人1組で俳句の出来栄えや鑑賞する力を競う。
 今年で22回を数える。
 真剣勝負が繰り広げられるのは高校野球と同じだ。

 このところ俳句がブームだ。
 芸能人らが俳句を作って昇格を目指すテレビの人気バラエティー番組「プレバト」の影響が大きいようだ。
 先生役の夏井いつきさん(ヤッホーくん注2)も松山市在住の俳人である。
 俳句甲子園の創設にも関わったという。

 若い人が俳句に親しむのを子規もきっと喜んでいるだろう。
 上野公園に近い住宅街には、子規と家族が暮らした「子規庵」が残る。
 仲間と語り合い、庭を眺めながら俳句を詠んだ畳の部屋に座れば同じ空気を吸っている感覚になれる。
 子規庵には今も多くの若者が訪れる。

 令和の時代も、それぞれの甲子園で高校生が躍動する。
 そこにある青春のまぶしさが、見る者を引きつける。

夏草や ベースボールの人遠し

(子規)


毎日新聞・東京朝刊、2019年7月26日
[余録]
野球好きだった俳人の正岡子規は… 
https://mainichi.jp/articles/20190726/ddm/001/070/176000c

(ヤッホーくん注1)第22回俳句甲子園全国大会

「今までになく柔らかい」

 多くの審査員が高く評価した。
 2019年8月18日の第22回俳句甲子園全国大会で初優勝した弘前(青森)のディべート。
 相手の句を受け止めて分析する力と、主張を譲らない心の強さを持ち、好勝負を演出した。

 決勝戦の相手、名古屋B(愛知)の句「白靴のかろやか新曲をかけて」。
 弘前は「非常にきれいで軽やかな景。白靴の弾むような感じが伝わる」と受け止めた上で、句を突き詰める。
 白靴と新曲は言葉が近いのではないか。
「かろやか」と「かけて」はなぜ平仮名なのか―。

 名古屋Bも6年連続6回目の出場で優勝経験もあるだけに、負けてはいない。

「漢字、ひらがな、漢字、ひらがなで表記しリズミカルな歩みを表現した」

 いい質問で句の魅力が引き出され好勝負となった。
 過去には、相手句の欠点の指摘し合いになりがちともいわれた俳句甲子園。
 弘前のディベートに審査員の評価は高く、俳人夏井いつきさんは「しなやかなのに、したたかなのが魅力」と絶賛。
 名古屋Bに対しても「即座に相手の句を分析して素晴らしい」とたたえ、濃密な議論を喜んだ。
 弘前の部長武田鮎奈さん(18)は、自分たちの句も各チームに素晴らしい鑑賞をしてもらったと喜び、
「仲間と『楽しい、楽しい』と言いながら過ごせた大会。1勝が目標だっただけに恵まれている」と笑顔だった。

 名古屋Bのリーダー、2年の斎藤壮人さん(17)は、
「悔いはない。決勝という場で戦えたこと、たくさんの人に句を見てもらえたことがうれしくて、すがすがしい」と胸を張った。


[写真]
俳句甲子園決勝戦で、3ポイント連取で初優勝し喜びに沸く弘前チーム(青森)=18日午後、松山市湊町7丁目

愛媛新聞、2019年8月19日(月)
分析と心の強さ 高評価
初V弘前(青森)のディベート 句の魅力を引き出す

https://www.ehime-np.co.jp/article/news201908190065

(ヤッホーくん注2)夏井いつき

「いつき組」は「広場」である

 例えば「結社」は「家」だ。
 そこには「主宰」という「家長」がいて、「文学的主義主張」という名の「家訓」があったりする。厳格かつ保守的な「家」もあれば、自由奔放な「家」もあって、「俳句修行」という名の「躾」をきちんとする家もあれば、「自由な表現」という名の「放任」をモットーとする家もある。そこに集うのは「誌友」「同人」という名の家族契約を結んだ人たち。「家長」である「主宰」を尊敬し、師と仰ぐ人たちだ。

 それに対して『いつき組』は「広場」だ。
 広場だからいろんな人が出入りする。
「結社」という名の「家」に自分の居場所を持っている人が「広場」での交流も楽しいもんだとやってくることもあれば、「家」というものの存在すら知らないまま『いつき組』という広場で俳句を楽しみ始めた人もいる。
 ふらりと現れ、ふらりといなくなり、久しぶりに「広場」に顔を見せたかと思ったら「この度、こんな『家』に所属することになりました」なんて、自分の作品の載ってる本を見せてくれる人もいる。
「別の町へ引っ越すことになったんですが、私の俳句に合った『家』を紹介してもらえませんか」なんていう人もいるから、あそこの町にはこんな「家長」がいるよ、あなたにはあの「家長」がいいかもね、とアドバイスすることだってある。

 私は、いわばその「広場」をアジトとしてる住人。
 気が付けば「組長」と呼ばれていたから、ちょっと態度がデカかったのかもしれない。
「広場」には、そもそも「家」のような序列もなければ、積み上げていくべき地位もない。
 野ざらしだから、俳句の世界で生きていくとすれば、なかなかにキビシイ状況下に置かれているともいえる。
 が、面白い作品を見せてくれる人には、広場中の歓声と拍手が集まる。
 無条件で賞賛される。
 それが快感なものだから、皆、この野ざらしの「広場」で、己の力を磨きあったりする。
 それもまた楽し、というヤツだ。

「広場」であろうが、「家」であろうが、表現者である以上、その評価は17音の作品が全てだ。
 たった17音、そこが潔くていい。
 それ以外の余計なモノが、作品評価を捻じ曲げたり、過大評価される原因になったりってのは……どうも性に合わない。
「広場」に住んでいようが、「家」を持っていようが、作品の評価には一切関係はない。
 佳い作品を作る、それが全てだ。

「夏井いつきの100年俳句日記」2009年10月6日記事より抜粋

「広げる」ことと「高める」こと

 正岡子規がなくなって百年経ちました。
 私は子規没後の次の百年作りをしたい。
 日本には平安時代から和歌っていうのがあって、俳句は和歌の五七五七七の雅な世界から俗のエネルギーを抽出して、その俗のエネルギーを核にして生まれた文学なんです。
 俳句っていうのは俗のエネルギーがふつふつと湧いてくる、猥雑さも全部呑み込めるような文学だと思うのです。
 私はたまたま俳句の歴史のなかで、この時代に、たまたま生まれ合わせたわけですよね。
 この時代の私に出来ることはいったい何なのかって考えたときに、もう一度俳句をたくさんのひとたちの前に開いてみせたい。
 私にだって俳句を楽しめる、俳句のある人生がどんなに素敵な人生なのか、前向きに明るく好奇心いっぱいに生きられる。
 どんな辛いことがあっても、それを俳句にしたら生きて行ける。

 もちろん裾野を広げる中で天才が出てきてくれたらうれしいよ。
 次の百年をになう新しい俳人が出てきてくれたらそれはうれしいけど、一人の天才を見つけるためにやってるんじゃないんです。
 たくさんの人たちに俳句のある人生を味わって貰いたい。

「夏井いつきの100年俳句日記」2012年1月1日記事より抜粋/「夏井いつきの一句一遊」2004年放送分よりの聞き書き


いつき組長あいさつ
https://www.natsui-company.com/leader/

posted by fom_club at 10:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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