2019年12月06日

「正義」とは人の命を守ること、それが憲法

アフガニスタンの大干ばつの現状。──そこに人が生きうる場所を作ること

ー アフガニスタンの現状についてお話を伺いたいと思います。2000年頃から干ばつがものすごく酷くなったというのは話に聞いていましたが、それが今かつてなく酷くなっており、人々が生活出来なくなっているほどであるのことでした。

中村: 酷い干ばつは、今も進んでいます。大きなニュースにならない理由は、復興支援や軍事援助で外貨がたくさん入って来て、国外から食糧を買っているからです。その結果、餓死者は減っているものの、飢餓線上の人が増えています。JICAや国連関係の調査によると、アフガニスタンの灌漑地の面積が減少しています。明らかに農地の乾燥化が進んでいます。飢餓人口も2000年には400万人と言われていたのが、今や760万人。ところが日本では、政治的な事件しか報道されないものですから、背景にある人々の困窮が伝わらない。

ー それは、地球規模での温暖化と関係しているということでしょうか。

中村: 確実にそうだと思います。私は山をずっと見てきました。最初にヒンドゥークシュ山脈に行った1978年には、雪線(夏に残る万年雪の線)が、確か3100だとか3200mだった。今は3600m以上です。この30年で、雪線が数百メートルも上がっている。これは大変なことです。温暖化によるものだというのは確実でしょう。

ー 雨の降らないアフガニスタンでは、水の供給源として夏に溶け出る山の万年雪が人々の命を繋ぐということで、「金がなくても食ってはいけるが、雪がなくては食ってはいけない。」ということわざがあると講演でもおっしゃっていましたが、その水をもたらす生命線となる雪もなくなってしまっているんですね。

中村: その通りです。温暖化の影響は春の急激な雪解けとなって、しばしば洪水を起こします。そして秋に解けだす雪がなくなると、今度は突然河川の水量が落ちます。洪水と渇水の同居です。地下水も下がります。雨水と地下水利用の灌漑地は東部アフガンでほぼ全滅に近く、大河川では取水が困難になって灌漑ができないという恐るべき状態です。
 従来の取水技術では歯が立たなくなっています。だから、「激しい水位差でも取水できる方法」が必要となった。近世日本で確立された方法が多くの人たちを救いました。それを今、広げる活動をしています。たとえCO2が下がるにしても、元に戻るにはおそらく50年、100年と長い時間がかかるでしょう。その間とりあえずどう生きたらいいのか、我々は考えます。

みんな同じ水を飲んでいる──共に生きることの「デモクラシー」

ー これまで我々は一度も『テロリスト』の標的とされたことはなかった、というお話をされていたことがあったと思います。逆にペシャワール会の活動が現地の人々の生活を守る活動をしていることが知られているからこそ、時に「テロリスト」と言われる人たちからも活動が守られてきたというのは、やはり地元の人々との信頼を作ってきたからなのでしょうか。

中村: そうですね。水は生命の源です。「テロリスト」であろうが、泥棒であろうが、毎日ご飯を食べ、水を飲む。善悪を超えて、水は生きる絶対条件です。狂信的な集団が政治的信条に基づいて行動しているのはその通りだけれども、事情の伝わり方が、少し違う。日本でも、同じ職場やクラスで、共産党だから自民党だからといって、反目し合うことはないじゃないですか。例えばクラス会の時に会ったら、そこは別にして、和やかにやっている。それと似ているんですよ。その地域に入ると、同じ家族から出稼ぎで国軍兵士にもなり、タリバンの傭兵にもなる。もちろん村全体として特定の勢力に対するシンパシーはあるけれど、中に入れば、敵対関係は存在しない。

ー 人を何かのカテゴリーで分けないで、村の一員である、というところで共有する視点があるということでしょうか。

中村: そういうことです。平和運動をやっている人にも時々「官僚というやつは」と言うタイプの人がいる。しかし、官僚として働いている人の中にも、決して今の体制がいいと思っている人ばかりではない。むしろ変えるべきだと思っている人も、たくさんいるわけです。そういう人まで色分けして、「あいつらは」と言うと、カチンとくるわけですね。そこで対話の糸が切れてしまう。

ー そうやって分けた瞬間に、対話の糸口が見つけられなくなってしまうんですね。気づかされるのが、テロ事件がある時にアメリカ政府、そして日本の政府は「テロに対して、毅然とした態度をとる」と言います。以前オバマ大統領は、「テロリスト」は、人類そのものの敵だという旨の発言をしていました。そこには同じ人間であるという視点はなく、対話することがそもそも出来ない相手であると最初からみなしているような気がします。

中村: 全くおっしゃる通りです。はじめから敵を作り上げている。そういう悪循環を強めることにしかなっていない。

ー その悪循環をどうやって抜け出すのか、ペシャワール会の活動の、一緒に生きる基盤を共有して作り上げることで、何とか生きられる状況をつくっていくことが大きなヒントだと感じます。

中村: そうです。昔から「共に生きる」と言います。100人の人間が居れば100人の性格があり、一人一人個性がある。違っていても、一緒に生活できますよという基盤を作っていく。それが僕は、本来の「デモクラシー」なのではないかと思います。

改憲が変える、現地の支援活動への影響

ー これから7月に参議院選挙が待っているわけですが、新聞の報道によると、三分の二以上を与党が取る可能性が高いとのことでした。そのことによって自民党改憲草案による改憲が現実のものとなれば、9条だけでなく、日本国憲法の平和主義の理念が、変わるかもしれない分岐点にいます。11月には南スーダンへの派兵も決まっています。そうした状況の中で、ペシャワール会の方々の現地の活動に何か変化は起きるのでしょうか。(注:2016年6月22日 収録)

中村: 直ぐにはなくとも、やっぱり微妙に影響してくると思います。有事に自衛隊が出動するのは、過去にアフガニスタンにNATO軍が出動したと同じような状況です。前例がすでにあります。あれをやると、かなり確実に影響があると思います。

ー アフガニスタンにNATO軍が支援活動として出動した時に、現地の人々によるNATOの国々から来た救援隊への信頼は勝ち取れなかったのですか。

中村: 信頼どころか、ボロボロです。敵意を煽っただけです。だいたい、殺しながら「助ける」という法はない。うちでも、一人誘拐されて犠牲者が出てしまいました。もしあの状況で自衛隊が来たら、犠牲者が増えたでしょう。
 軍事行動に消極的なことで、私たちは助かってきたのです。自衛隊が駆けつけ救護に行くとなっても、それをどのように指揮するかというのも、現地の人の必要に即して出来るのかというと疑問が残ります。

「正義」とは人の命を守ることである──憲法の理念

中村: 君たちは西部劇というものを見たことがありますか。

ー マカロニウエスタンとか。

中村: マカロニウエスタンはまだマシです(笑)。アメリカの西部劇はだいたい決まったパターンで、白人が野蛮なインディアンを征服する物語です。野蛮人の巣窟に砦があり、勇敢な騎兵隊が出撃してインディアンを懲らしめ、危険に陥った白人を救出して砦に連れ帰る。このパターンです。今と大して変わりがありません。

ー なるほど、そうしたある種のフィクションというか、物語に沿って複雑な状況が単純に理解されてしまう。「悪くて、野蛮なインディアンを懲らしめる」という物語に沿えばあたかも全てが許されるような。

中村: 全くフィクションです。

ー しかし今無自覚にメディアを見ていると、そうした見方だけしか出来なくなって、そのある種の物語に沿わない報道に対しては逆に疑問を持ってしまうようなことが起きてしまっているかもしれません。そうした時に、「正しさ」や「正義」とはなんだろう?という疑問が出てきてしまいます。

中村:「正義」というのは人の命を尊重すること。それが、憲法です。

ー「国が守るべき、根本のルール」という言葉の本当の意味での「憲法」ですね。人の命を尊重すること。その意味で言えば、敵を倒した者が正義なのではなくて、「敵」を敵ではない者に変えることが出来る可能性を持つのが、本当の日本の平和憲法の価値なのかなと思っています。

中村: うん、そうだと思います。

ー 中村さんが講演でも「丸腰が一番強い」というお話をされていました。

中村: それも語弊があるんですけどね。見方を変えれば、現地の我々は「武装集団の一つ」とも言える。兵農未分化ですから。千人が我々と一緒に働いているとして、いざというときにはその千人は一緒に戦えるのです。日本人ワーカーがいた時も、見えない武装警護は常にあったのです。その意味では丸腰というのは語弊があります。

ー「丸腰」というのは、「こちらからは攻撃しない」ということですね。

中村: そういうことです。誰とでも仲良くする。あるいは、諍いがあっても、武力を使わずに、交渉でなるべく解決するということです。

本当の意味で憲法9条はまだ、守られたことがない。

ー 平和憲法を守る、集団的自衛権は必要ないと言うと、「攻撃されても何もしない」ことだと誤解する人が多かったです。攻撃を受け、守るため自衛の行動を取るのが個別的自衛権と、他の国が攻撃を受けた時に、その防衛に加わるのが集団的自衛権ですが、その辺りを誤解している人が多い印象でした。

中村: そうですね。戦争の現実を知らずに勇ましいものに憧れる。好きなんですね。本当に故郷や家族を守るために戦うというならば、みんな狙撃の練習をして、ゲリラ戦に備えるくらいの覚悟がなくてはいけない。それがあるのか。私は敗戦直後に育ちました。当時はまだ戦地の生き残りが社会の中堅に沢山居ました。「わしらはお国の命令で戦った。御上がそう言ったから、自由を手放してまで戦地に行った。しかし、もうこりごりだ」という、実体験に根差した心情と、国家の戦争に対する懐疑が、憲法9条成立の背景にあった。
 その後本当の意味では、私は憲法9条というのは、まだ守られたことがないと思います。いっぺん日本国憲法を守る努力をして、それから議論するべきです。
 保安隊ができたり、警察予備隊ができたり、その都度の国際情勢で、言葉だけいじりながら、なんとかやってきた。しかし敵対条件をつくらないというのが憲法の精神で、それが一番いいんですよ。我々は誰とでも仲良くする。来ればどんな「テロリスト」とでも交渉しますよ。

ー 中村さんの講演の中で、「どんな人にもある良心と手をつないでいく」という言葉がありました。

中村: そうだと思いますよ。だから、同じことの裏返しでしてね。ある政治的主張だとか、グループの属性でその人を判断しないということです。

未来にどんな社会を望むのか。

ー 中村哲さんの活動は、実は少なくない若い人に知られています。ASIAN KUNG-FU GENERATIONという有名なロックバンドの後藤正文さんという方が、中村哲さんの活動を知って、憲法と言ったものの理念を知ることができたということを発言されていました。SEALDsの中にも、それで中村哲さんを知ったという人が多いんです。

中村: そうですか、私はその方面に詳しくなくて。(笑)

ー そうした中で、もし今日本の若い人に何かメッセージがあるとしたら、何を伝えられるでしょうか?

中村: まず、年寄りの戯言には付き合わない。(一同:笑)

中村: 君たちは、年寄りの後始末を担わされている。今まで成長、成長でやってきて、羽振りが良いことを至上の価値とした結末を知るべきです。
 経済成長を続ければ何とかなると思ってはいけない。とんでもないことが待っているんだということだけは、訴えたい。別のベクトルを見つけ出して、より人間らしい健全な方向へ向かっていく方がいい。それでは企業収入が減るだとか、羽振りが悪くなるだとか、あるでしょうけれども、私はもっと別の生き方があるような気がしています。それを、「原発の電気を止めたらエアコンが使えず、年寄りが死ぬ」だとか、「他国が攻めてきたら黙って殺されるのか」とか、すぐそういう目先の議論にすり替えるから駄目なのです。「富国強兵」は、さんざん犠牲者を出した末に、もう賞味期限切れなのです。それとは異なる別のベクトル──人と人、人と自然が調和する世界をひらくことを目指し、徐々に社会が変わっていくことを期待すべきです。

ー 最初は何もなかったアフガニスタンの砂漠に、3、4年の年月水路を作ろうとすることで実際に水が通り、木が生え、緑地になり収穫出来るまでになる、ということが現実に行われているのだということを知ると、社会が変わるということも本当に可能なのだと思わされます。

中村: そうなんですよ。基礎がしっかりしていれば、例え始めはしょぼい木で、こんなもの本当に実がつくのかと思っていたものが、だんだん成長して行って、今はもうあの木は、15mですよ。

ー それは、何年ぐらい経って?

中村: 6年。

ー 6年でですか!そこまでに至る道は想像するだけでも簡単ではないことがわかりますが、それを現実のものとして来られて、まだ先を見据えて行動をされている。本当にすごいことです。

未だ本当には試されていない「平和憲法」が示すもの

ー SEALDsのメンバーは全員平成生まれで、バブルが弾けてもうこれから、上向きになることは何にもないと言われ続けた世代に生まれています。そんな中で、何かの活動をすることは無力なのかと思うことも多いのですが、しかし、文字通り砂漠に水を通し、緑を生んでいるペシャワール会の活動を考えると、まだまだ多くのことが可能なんだと気付かされます。

中村: 平成はバブル真っ盛りの時代でした。自分は殆ど日本に居ませんでしたが、拝金主義の最盛期でした。バブル後、せっかく健全な世界に向かおうとした時代に、架空の富を失った人びとが嘆いていただけです。あの頃を考えると、なんで悲しんでいるのか、弾けて良かったのではないかと思う。少なくとも、この日本の豊かな自然──こんな豊かなところ、世界中にないです。この国土さえきちんと守り、我々が気立ての良い人びとであれば、絶対に生き延びることができる。「気立てが良い」という意味は、人と喧嘩せず、殺しをせず、盗まないということです。金を使い、武器を使い、人を殺し、欺いてでも会社の羽振りよくする・・・・。そんな忙しいことしなくたって生きていく道がある。経済、医学、農業、全ての分野が変わらざるをえない時代が、きっとそのうちくると思います。

ー そのベクトルを示してくれるのは、本当の意味での憲法の理念なのかもしれません。そこには他者と共に生きて、平和を創りだすということが、ベクトルとして示されています。

中村: まだそれは、本気で試されたことがない。いきなり、あまりに理想論だとか、アメリカが作ったとかの話になる。真面目にやってみて、どうしてもダメでという、そういう段階でもないじゃないですか。警察予備隊から保安隊になり、自衛隊になり、ついに、防衛庁から防衛省に格が上がった。今までやましいところがあるから、言葉で騙しながら来た。しかし、そのやましいという気持ちさえ捨ててしまうと、大変なことになります。

関心を持つことからはじまる

ー 次の一歩、ということのヒントでは、講演会の時に若い人から「自分は何かをしたいんですけれども、何をしたら良いですか?」というかなり大掴みな質問がありましたけれども、中村さんはそれに対して、「何もしないのではなくて、何かに対して関心を持ち続けることです」、それがはじまりの一歩になるということをおっしゃっていました。何かに対して関心を持ち続けて、調べてみたり、人に話を聞いてみたりすることが道を切り開く一歩になるという。

中村: その通りですね。だいたい我々でも、そうではないですか。これを勉強したいと思って、資料を買ったりしますよね。だいたいほったらかしにされています(笑)。しかしある時、自分がこれをしなくてはいけないと開いてみる。こういうことから始まるというのは、割と普通にあるのではないかと思います。やっぱり関心があれば、いつか花ひらくことになる

ー 面白かったのは、中村さんも、もともとは昆虫学をやりたいと思われていたけれども、医学部に進まれて、その後昆虫への関心から、アフガニスタンにたどりつかれて、いまこうして医療活動、人道支援活動をされているということでした。そのように繋がっていくということなんですね。

中村哲さんの学生時代の運動──暴力ではない道を

ー 中村さんは学生時代、1968年米軍の原子力潜水艦エンタープライズ号が佐世保に入港して、それが核の持ち込みであることや、佐世保からベトナム戦争へ加担することになるとして反対運動が起こった時に、その活動に関わられていたとお聞きしました。こうした当時の学生運動と、私たちの活動はよく比較されたりすることがあるのですが、中村さんが関わっていた活動はどのようなものだったのでしょうか。

中村: 話せば長くなりますが、似た点と違う点があります。あの頃、原子力潜水艦がアメリカ政府の政策で、長崎の佐世保港に寄港しました。意図的に「日本人の核アレルギーを取る」と、堂々と宣言していた。その頃までは、長崎の原爆の余韻が人びとの記憶に鮮やかでした。原子力と聞くと、みんな「なんてことを」というムードがあった。長崎の人は当然怒りますよね。日本政府はそれに対して、沈黙していました。賛成だと言えば、暴動も起きかねなかったからです。一般的な市民の感覚としては、当然猛反対です。あの当時私は、学生自治会の役員で指揮を執る立場でした。反対運動をする人たちを佐世保に送り込むのが任務でしたが、国鉄、今のJRが佐世保線をタダで乗せてくれました。その後、1968年6月2日、米軍のジェット機が九州大学の構内に落ちたことがありました。

ー 2004年の沖縄国際大学での米軍ヘリコプター墜落事件を思わされます。

中村: この事件で校内では意見が分かれました。ジェット機は何と、建設中の電算機センターの上に落ちて、宙づりになったのです。そのジェット機の残骸を工学部は、「早く降ろして建て直さないと九大は他よりも十年遅れをとる」と言い、文学部の方は「悪しき記念塔として、末代まで語り継ぐ」という意見でした。
 学生の多数が文学部の意見に賛同し、私たちは実力で「記念塔」を守っていました。そうした流れの中で、ごたごたがあった。しかし、賛否を超えて、それなりに筋の通った論議だった思いますよ。科学技術の本質、暴力の是非、学問の意味など、本質的なことがずいぶん討議されました。ただその後、非常に先鋭な思想を持つ人たちが思想集団を形成して行き、「これは日本革命のきっかけだ」と言うようになっていた。そのへんが、私はついていけなかった。そのために内部で暴力抗争をし、教授を閉じこめて吊し上げる。自分たち古い日本人の感覚からすると、先生を吊し上げることなど、まずありえなかった。奪回すると「反革命だ」と言われる。それで、これは違った人種だと、距離を置くようになった。そういうことはありましたね。

ー 何かおかしいことをおかしいというのは正しいことだけれども、それで暴力になるというのは…

中村: 国家の暴力=戦争と同じです。目的が暴力という手段を正当化するということはないと思います。

痛みに耳を傾けて、必要とされる支援をすること。

ー その後、先生は医学部を卒業された後、最初に医師として活動されたのは精神科医としてということでした。

中村: そうです、精神科医です。

ー その精神科医としての経験が、中村さんが現地の人の心を理解しようとして、あくまでそこに生きる人々が必要とする支援をするという姿勢に繋がっているのかなと思いました。

中村: それは大きかった。精神病患者の妄想は、事実とかけ離れた思い込みです。しかしそれを「おかしい」と決めつけると、対話が途切れてしまいます。おかしいとは思っても、それを聞くということでしか治療は成り立ちません。この経験は大きかったと思います。ある主張を頑と述べられても、それがその人の100%全てかというと、決してそうじゃない。その人の中にはそれに反対する気持ちもある。身の回りを気にするとか、追い詰められた気分とか、色々なことがあって、その時々に応じて、ある一つの主張が出てくるわけです。だから、背景を知った上で総合的に人を理解するという精神科医の訓練には、ずいぶん影響されました。

ー その人がなぜ、どのように苦しいのかをしっかりと聞くこと、それからその人が必要としている支えをする。その支えも、決して頭ごなしに一時的な答えを押し付けるのではなく、どうしたらその人自身が生きやすいようになっていくかをまず考えていくんですね。

中村: そうです。それはあらゆることに通じると思っています。

時間をかけて共に生きる「政治」を作ること

ー まだまだ色々な事をお聞きしたかったのですが、最後の質問をさせて頂きます。今、日本では投票率が52%ほどだと言われています。この数字を見ると、人々の間で政治というものは、政治家の人に任せるものという感覚があるのかと思います。しかし、中村さんの話を聞くと、「政治」とは人任せに出来るような狭いものではなく、自分たちの生きる場所をちゃんと作っていくということ、誰かと共に生きることが出来るようすることだと思えます。そこで、中村哲さんが今の日本をめぐる政治の状況について、お考えになっていることをお聞かせ頂ければ幸いです。

中村: 後の時代になって正しいと思うことをした人は、いつも少数です。大抵の人は中間に居て、雲行きを見ている。白黒をつけられずに、灰色の中で暮らさざるを得ない人の方が圧倒的に多い。正しい者が天下を取るとは限らず、正しいが故に滅亡するということもあります。逆に正しかった者が後で暴君になるということもある。たとえ少数であっても、良いことは良いとして実行することですが、そうした中でも違う意見を聞き、誰とも仲良くしていく。これが大事だと思うね。一般的に言われている「テロリスト」だって言い分はあります。紳士の顔をして「テロリスト」以下のことをやっている国、政権だってあります。投票率が低いと言うけれど、まあ徳川の幕藩体制からまだ二世紀くらいしか経っていないわけで、いわゆる、良い意味の「個人」が確立するまでには、まだまだ時間がかかるのではないかと思います。そのつもりで、鷹揚にしていたほうがいい。「負けたからどうする」と言い出すと、つい過激な考えや乱暴な行動が出てしまう。

ー 長い時間がかかるけれども、そして今は少数かもしれないけれども、正しいと思ったことをやり続けていく。そうすると次の世代になった時に育って、砂漠にさえ木が生え育っていく。

中村: 要するに、みんな気が短いんだ。「すぐに再起動」と、となっているね。

ー なるほど、長い目で考える、強い勇気をもらいました。今日は本当に、ありがとうございました。

中村: はい。みんな、がんばってやってください。

※ 2019年12月5日 追記

 2019年12月4日、35年にわたり、アフガニスタン・パキスタンで医療・灌漑・農業などの活動をされて来たペシャワール会の中村哲さんが亡くなられました。
 用水路の工事現場へ行く途中、銃撃されたとのこと、やりきれない深い悲しみをいだいております。
 ペシャワール会の活動が成し遂げていること、その活動を貫き支えた中村哲さんの「ことば」は、これからも私たちに力を吹き込み、この世界の荒廃を緑に変えていくと信じます。


POST編集部一同
ペシャワール会 中村哲医師に聞く(後編)。
http://sealdspost.com/archives/5543

posted by fom_club at 10:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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