2019年11月29日

なぜ、これまで当たり前だった福祉の水準を切り下げることを人びとが受け入れるのか

 米国のトランプ政権や英国のEU離脱を支持する白人労働者層の声を丹念に分析することで、彼らをそれまでの中流階級から少数派の立場に追いやられた「新たなマイノリティ」と位置づけたジャスティン・ゲストの『新たなマイノリティの誕生』〈1〉。
 その訳者4人が米英以外の事例にも触れながら状況を考察した座談会〈2〉は、いま世界中で起きている「分断」を理解するヒントに満ちている。

 訳者の一人で政治学者の吉田徹は、分断の背景にあるのは「不平等」や「格差」よりも、誰もが相対的な「剥奪(はくだつ)感」を抱くようになったことで「マイノリティ化」したことにあると指摘する。
 キーワードは「剥奪感」だ。

* * *

 深刻なのは、その剥奪感を悪用して、民主主義の制度や価値観を塗り替えようとする国家が現れてきていることだ。
 ハンガリーの中央ヨーロッパ大学(CEU)ジェンダー研究科で教鞭(きょうべん)を執るアンドレア・ペトは、今年2019年6月に日本で行われた緊急シンポジウムで、ハンガリーで起きている学問の自由やジェンダー研究に対する政府からの攻撃を報告した〈3〉。
 ハンガリーは冷戦後自由主義経済に移行し、都市エリートと熟練労働者や農村部の住人の間で社会格差が顕在化した。
 このことが政府への不満を高め、剥奪感を抱える層が、権威主義的な現オルバーン政権を支持する構図になっている。

 この事象を新自由主義下における財政緊縮策の観点で読み解いたのが足立眞理子だ〈4〉。
 足立は財政緊縮策の真の狙いは「人間が生きて活動し、より根源的に民主的で多様な生存・生活のあり方を希望し、それらを自らの力によって再生産していく力能・ケイパビリティを(中略)削(そ)ぎ落とすこと」にあると見る。
 誰もが剥奪されていると感じる社会では、これまで当たり前のように人間が享受してきた福祉の水準を切り下げることを人びとが受け入れ、内面化する現象が起きる。
 足立によれば「人びとが一度獲得し、自由な意思決定の基礎としたものを縮減させ切り下げるためには、恣意(しい)的な選別とその恣意性を覆い隠す差別的なイデオロギーが必要となる」という。
 そこで利用されるのが「税金の有効活用」という論理だ。
 新自由主義的な財政緊縮策は一見「合理的」に見え、剥奪感を抱える人びとに受け入れられやすい。
 女性の社会進出のせいで、難民や移民流入のせいで、障害者保護が手厚いせいで自分たちはいつまで経っても報われない。
「保護されるべきマイノリティ」になれないのなら、すべてを同等に緊縮すればいい――本来国家がなすべきマイノリティへの社会包摂を“なさない”ことが、「新たなマイノリティ」となった元多数派にとっては「社会包摂」に感じられる。
 そんな転倒が起きていると解釈できる。
 結果、日本を含む多くの先進諸国ではジェンダー研究への攻撃や、教育における伝統の強調、国策に反対する者を「国家の敵」とみなし、オンライン・ハラスメントの対象になるよう仕向ける論法が跋扈(ばっこ)するようになった。
「新たなマイノリティ」がナショナリズムと結託するのは必然だ。

* * *

 国家の変容は若いエリートの意識にも影響を与える。
 新鋭のAI研究者として注目を集める東京大学の大澤昇平特任准教授が、自身のツイッターに差別的な投稿を行い、波紋を呼んだ件はその典型だろう〈5〉。
「資本主義の文脈において、パフォーマンスの低い労働者は差別されて然(しか)るべきです」という大澤の投稿は、いかにも新自由主義的だ。
 明戸隆浩はこの発言を「AIの研究者が自身の研究に基づいた専門的知見であるかのような形で統計的差別の肯定を行うことは、一見した信ぴょう性が高い分、そうでない立場からの発言に比べてより悪質」と指弾した〈6〉。
 いくら「統計的」で「合理的」な差別であっても「差別」は「差別」であり、それを肯定することはできないはずだが「新たなマイノリティ」たちは、その「合理的差別」こそ格差是正の機会として肯定的に捉える。
 このねじれが大澤発言の悪びれなさの理由ではないか。

 大澤は9月に発売した『AI救国論』で福島県の「中流のやや貧困層より」の家庭で育った生い立ちに触れ、そのことが「お金を無駄にする活動は、大体時間も無駄になる。そのため、小学校時代から図書館にこもってひたすら勉強していた。(中略)苦手なことで時間を無駄にしないよう徹底的に取捨選択」する価値観を作ったと述懐している〈7〉。
 苦労人が社会的な弱者に連帯の感情を持てず「合理的」に切り捨てる側に回ってしまったことの意味を我々は考えなければならない。

 この厄介な時代に処方箋(せん)はあるのか。

 河村真実は人種や移民といった括(くく)りではなく、最低賃金運動のように経済的利益を共有する集団をターゲットにする手法が必要であると主張する〈2〉。
 世界屈指の経済学者ダロン・アセモグルも同様のことを述べている〈8〉。
 アセモグルは社会をより良く変えていくための鍵として経済成長を掲げ、「持続可能な形で経済を成長させ、その果実を皆で分け合おう」と訴えた方が、現実的でより広い支持を得られるだろうと提案した。

 世界中で起きているマイノリティ同士の分断は、文化や階層の衝突という側面より、過度な新自由主義の進展がもたらした「経済問題」が主因であると仮定すれば、経済学でこの問題を解決する道筋も見えてくるはずだ。
 経済学と社会学を横断し、「剥奪感」を最小限に抑え込む具体的政策がいま求められている。

* * *

〈1〉ジャスティン・ゲスト『新たなマイノリティの誕生』(弘文堂、2019年6月刊)

〈2〉吉田徹、西山隆行、石神圭子、河村真実「『みんながマイノリティ』の時代に民主主義は可能か」(SYNDOS、10月23日、https://synodos.jp/international/22986

〈3〉アンドレア・ペト「学問の自由とジェンダー研究」(『世界』12月号)

〈4〉足立眞理子「排除と過剰包摂のポリティクス」(同)

〈5〉「東大の特任准教授『中国人採用せぬ』 ツイッターに」(朝日新聞東京本社版11月25日付夕刊、https://www.asahi.com/articles/DA3S14270515.html

〈6〉明戸隆浩「東大情報学環大澤昇平氏の差別発言について」(11月24日、
https://researchmap.jp/jo34y74lc-1820559/#_1820559

〈7〉大澤昇平『AI救国論』(新潮新書、2019年9月刊)

〈8〉ダロン・アセモグル「若き環境活動家たちへ 経済成長は敵でなく味方だ」(週刊東洋経済11月23日号)

◇ ◇

※ 津田大介(つだ・だいすけ、1973年生まれ)
早稲田大学教授。著書に『情報戦争を生き抜く』『情報の呼吸法』『動員の革命』など。

朝日新聞・論壇時評、2019年11月28日05時00分
新マイノリティ
みんなが抱える「剥奪感」

(ジャーナリスト・津田大介)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14273906.html

posted by fom_club at 07:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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