2019年10月16日

宇都宮市立城山西小学校

 ヤッホーくんのこのブログ、次の日付けの日記をお読みください。

★ 2010年05月23日「晴海埠頭」
★ 2010年05月24日「宇都宮」
★ 2014年03月12日「農村公園」

 今日2019年10月16日の話題は、古賀志山(582.8m)の山麓に抱かれた校舎、創立は1875(明治8)年の栃木県宇都宮市立城山西小学校。

栃木県宇都宮市立城山西小学校
 宇都宮市古賀志町583 Tel 028-652-0800
http://www.ueis.ed.jp/school/siroyama-w/

 宇都宮市立城山西小は過去、児童数の減少から廃校となる恐れがあった。
 しかし市の小規模特認校の指定を受け、学校・地域・保護者が一体となり独自のカリキュラムを策定したことにより、児童数は102名まで増加し廃校の危機を脱した。

 城山西小学校が取り組んできたこれまでの軌跡が映画化され、このほど「奇跡の小学校の物語 この学校はなくさない!」が都内と県内で一般公開されることになった。

 同校の取組と、映画制作から完成までの歩みを渡邉誠(わたなべまこと)校長に寄稿していただいた。
 ある日突然、「城山西小学校を映画に」という話が舞い込みました。
 本校が廃校の危機にあった当初から、支援してくださっている文化人の先生のお一人、和久文子先生(箏演奏家、*1)からでした。 

 大変お世話になっている先生なので、城山西小学校地域協議会長(宇都宮版コミュニティスクール会長)である北條将彦さんと相談し、話だけでも聞いてみることにしました。
 というのは、制作のための資金など全く捻出できる当てがなく、実現は不可能だろうと思っていたからです。
 結局、和久先生と日光市の芹沼保育園長佐藤眞弓先生(本校を映画にとの発案者)のご紹介で、(株)ミル・インターナショナル(*2)の安孫子亘監督(*3)、代表取締役のナオミさんとお会いすることになりました。

 その結果、肝心の費用については、こちらで用意できる金額(0が1つ足りないのではないか?)をお伝えしたところ「それで大丈夫」というよりほとんど気になさっていませんでした。

 早速、我々は城山西小学校映画制作検討委員会を組織し、映画を制作に対する賛否を問うこととしました。
「知名度をさらに上げるチャンスだ、もちろんやるべきだ」という意見がある一方、映画制作に係る説明に来てくださった安孫子監督、代表取締役のナオミさんが同席しているにもかかわらず、
「そんな安くやれるわけがない、騙されているんだ」、
「『小さな学校の大きな挑戦』(本校が小規模特認校として奮闘している姿を描いた書籍)の感動は、映画なんかでは伝わらない」
などの反対意見もだされました。
 結果的には前向きな意見が多く「やろう」ということになりました。

 早速、撮影が始まりました。
 ドキュメンタリー映画なので、現在の様子を映したものは当時の代替です。
 監督の本当にほしいものは当時を語っているインタビュー映像と、当時の映像と写真です。
 学校にあるものをかき集め、手塚英男元校長(小規模特認校になってからの初代校長)が所有していたものの提供はありましたが、それでも全く足りないようでした。

 ある日、監督から放送室のビデオテープを借りたいという依頼があり了承すると、ボックス2箱に詰めて持ち帰り大量のテープすべてに目を通されたようでした。
 監督は、
「こんな宝のような映像の数々が残っていたことも、この学校の奇跡だった」
と後でおっしゃっていました。
 それは、数年にわたり定点で撮り続けた入学式の映像であったり、6年間にわたり学校を変革なさった手塚元校長の異動直前の卒業式式辞であったり、創立130周年記念式典における佐藤市長の涙の来賓祝辞等々です。

 そうなると残りの問題は最初に用意した資金の他にかかる制作費の確保でした。
 ナオミさんからこの映画の広告を兼ねてクラウドファンディングを活用するという提案がありました。
 その結果、この地域の皆さんをはじめとしたたくさんの方々のご厚意により,クラウドファンディングを成立させるために設定した目標額を大きく超える資金を確保できました(*4)。

 私がこの映画制作でねらっていたことが2つありました。

 ひとつは地域の皆さんに、この学校を存続させたいと奮闘してくださった当時を思い出していただき、これからも変わらぬご支援をいただくこと。

 もうひとつが保護者の皆さんに、この学校に込められた地域の方々の熱い想いと努力を理解し、PTAの一員としてこの学校を盛り上げる意欲をもってもらうこと、でした。

 映画が完成し、創立記念集会に地域・保護者・児童対象に特別試写会を催しました。
 その会場で、地域の方は「次の一手は何をすればいいんだろう」、
 保護者の方は「この地域の方々のこんな思いや努力があっての今なんだと感心した」。

 また、この映画を見た児童は
「この学校は毎日が楽しいです。映画でたくさんのことがわかり、こんな素晴らしい学校に転校してこれて幸せだと思いました」
と話してくれました。

 ふたつのねらいが確実に伝わったこと、子供たちが更に本校に誇りをもったことを実感できました。
 これから、映画のダイジェスト版を作っていただくことになっています。
 入学希望者に見ていただき、この学校を理解して入学していただこうと思っています。
 これからも小規模特認校として存続していくために、学校・家庭・地域が一体となって本校の魅力を高め、選ばれる学校づくりを進めていきたいと思っています。

(渡邉 誠 宇都宮市立城山西小学校長)

[写真ー1]
安孫子監督の撮影風景

[写真-2]
創立記念集会にて、映画試写後の安孫子監督のあいさつ

[写真-3]
孝子桜まつりで、児童、OB、教職員104面による箏の演奏

日本教育新聞、2019年2月10日
映画「奇跡の小学校の物語 この学校はなくさない!」
(安孫子亘監督作品)の完成とこれから

(清水 昭二 編集委員・栃木)
https://www.kyoiku-press.com/post-198899/#

(*1)「師匠の教えが財産」 箏曲の和久文子さん、栃木県文化功労者に
 本年2017年度の県文化功労者に日光市、和久文子(わくふみこ)(本名福田(ふくだ)文子)さん(66)=箏曲=が選ばれた。和久さんの横顔を紹介する。
 10歳で手ほどきを受けた箏(生田流)と50年余りを歩んだ。
「素直にうれしいし、ありがたい。私一人の賞ではなくて、支えてくださった恩師や関係者、生徒さん、家族、皆さんに感謝しています」と温和な笑みを浮かべる。
 19歳で日本屈指の名演奏家沢井忠夫さわ(いただお)・一恵(かずえ)両氏に師事し、22歳から5年間は内弟子として修業を積んだ。

「音の出し方をはじめいろんなことを指導していただいた。先生方の音を常に間近で聴かせていただけたのは今も私の財産です」

 1979年に門下生で結成された「沢井忠夫合奏団」の一員となり、プロとして国内外で演奏活動を行った。師の教えを守り長年にわたって箏曲の可能性を追求し、ジャズや交響楽団、舞踊のアーティストと連携を図るなどジャンルにとらわれずに活躍してきた。
「邦楽の良さを栃木県の子どもたちに伝えたい」と26歳で郷里に戻り、門下生の育成と演奏活動を展開するようになった。現在は県内大学の教壇に立つほか、小中高校の授業や部活動で指導し、後進の育成に力を注ぐ。教え子の前川智世(まえかわともよ)さんらが結成した「邦楽ゾリスデン」といった次世代を担う若手演奏家も輩出した。
 年間1万人ほどの生徒と膝を交え、スケジュール帳は真っ黒になるほど指導の予定が書き込まれている。

「皆さん『大変でしょ』とおっしゃるけど、ゼロからのスタートだったので、これだけ多くの学校が邦楽に取り組んでくれるのは夢のよう」


下野新聞、2017/11/16
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/3965

(*2)ミルフィルム(旧 ミルインターナショナル)
 福島県南会津郡下郷町落合ジイゴ坂1604-1 Tel 090-3098-7077
https://mirufilm.jimdofree.com/

https://mirufilm.jimdofree.com/トップ/奇跡の小学校の物語/

(*3)安孫子亘監督
 2019年10月29日(火)東京都中央区大竹財団会議室にて映画「奇跡の小学校の物語」の上映会が開催されます。
 上映:19:00〜20:30(開場18:30)
 会場:大竹財団会議室(東京都中央区京橋1-1-5 セントラルビル11階)
 料金:一般500円(どなたでも参加可能です)
 定員:30名(要予約)
 主催:一般財団法人大竹財団
https://www.facebook.com/wataru.abiko

(*4)クラウドファンディング

 児童数の減少から廃校の危機にあった宇都宮市立城山西小学校で、存続に向けて教職員や地域が一体となった姿を描いたドキュメンタリー映画「奇跡の小学校の物語」が完成した。
 安孫子亘(あびこわたる)監督は、
「少子化で廃校の危機は全国に広がっている。多くの人に、奇跡的に復活させた熱意が伝われば」
と力を込める。
 東京新聞宇都宮支局後援。

 来年2019年2月に県内で先行上映した後、全国で公開する予定。 
 映画では、特色のある学校を築いた手塚英男・元校長や、学校と地元の調整役を担った北條将彦さんらが当時を振り返っている。

 安孫子監督が入学式、運動会などの行事に足を運んで撮影した今の学校の日常風景や、児童と住民の表情、一体感などがにじむ場面も数多く収録した。
 2年がかりで完成。76分。

 ナレーションは佐野市在住のロック歌手ダイアモンド ユカイさん、映画のポスターは、宇都宮出身の作家立松和平さんの長女でイラストレーターのやまなかももこさんが手掛けた。

 安孫子監督とともに宇都宮市役所で完成を発表した手塚さんは、
「地域だけでなく行政も応援してくれ、多くの人がたくさんの汗を流した素晴らしい記録の映画になった」
と話す。

 映画作りは、廃校危機を乗り越えた学校と地域の軌跡を記録に残そうと地元で話が持ち上がり、住民の有志らが那須町在住でドキュメンタリー作品を多く手掛ける安孫子監督に依頼した。

 制作のための資金をインターネットによるクラウドファンディングで募り、目標の150万円を大きく超える260万円が集まった。
 卒業生からの支援も多かったという。

 同校は市内北西部の山あいにあり、2005年度、児童数が35人となり、廃校の危機に。
 いくつかの学年が同じ教室で学ぶ複式学級の解消のため、小規模特認校として、学区外から児童の受け入れを始めた。

 魅力のある学校を目指し、舞踊家や書家ら、文化人を講師に招くなどユニークな取り組みも導入。
 地域住民も全面的に支援し存続にこぎつけることになった。


[写真‐1]
校庭で笑顔を見せる子どもたちを収めた映画の一場面

[写真‐2]
完成した映画について記者会見する安孫子亘監督(右から2人目)や手塚英男元校長(同3人目)ら=宇都宮市役所で

東京新聞・栃木、2018年11月6日
「廃校」危機乗り越えた歩み
映画「奇跡の小学校の物語」完成

(原田拓哉)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/list/201811/CK2018110602000150.html

 1997(平成9)年、児童減少に伴い複式学級。
 2003(平成15)年、市からの答申により「5年以内に複式学級が解消しなければ統廃合」、つまり廃校の危機と宣告されました。
 しかし、そこに赴任してきた校長先生がこの学校の運命を変えました。
 枯れかけた校庭の一本の桜をよみがえらせ、学校、地域、そして行政を一つにして奇跡を起こした物語。
 廃校、統廃合の危機にある学校、地域には必見のドキュメンタリー映画。


ドキュメンタリー映画「奇跡の小学校の物語」〜この学校はなくさない〜予告編
https://www.youtube.com/watch?v=5MnMhwPKBrA

posted by fom_club at 11:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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