2019年10月03日

大阪大学出版会「分断社会と若者の今」

「若者論」はあるあるネタで終わる

 若者の自民党支持論には、いくつかのパターンがある。
「若者の保守化」「現状を肯定したいから」「安倍政権以降、一応は好転した就職市場の影響」あるいは「自民党の戦略に若者がダマされている論」まで。

 枝野幸男氏は立憲民主党を立ち上げる前、つまり最後の民主党代表選を前に、私のインタビューで「よく取り上げられ、名前を知っている政党が自民党だからという要素が大きいからだ」と語っていた。

サンプルは自分に「身近な若者」

 さて。
 若者論は誰でも語ることができる。

 新入社員が飲み会でビールを飲まなかったとしよう。そこに若者のビール消費量が減っているというニュースが絡めば、「最近の若者はビール離れである。なぜなら〜」と経験から語ることができると言えば分かるだろうか。

 語られているほうも、聞いているほうも思い浮かべるのは、自分の身近にいる「最近の若者」であり、厳密な定義をして語ろうとはしない。
 そもそも、若者は何歳代までを指しているのか。
 大卒なのか、高卒なのか。正社員なのか、非正規なのか。男性か女性かーー。

 自民党支持論も多くは同じだ。
 若者論は「あるある」ネタとして消費されていく。

実証から「若者」に迫れ!

『分断社会と若者の今』(大阪大学出版会、2019年4月)は、こうした状況において、極めて貴重な、実証的データに基づき若者論を展開した1冊だ。

 編者の一人、大阪大の吉川徹は、高卒と大卒という学歴によって引かれる「線」が日本における最大の分断だと主張してきた社会学者である。
 吉川が展開する若者論の特徴は、大規模な社会意識調査―それも面接調査―をベースにしていることにある。
 印象論や、安易な推測ではない。
かつて、私のインタビューに吉川はこんな話をしていた。
《大卒は大卒同士で、非大卒はそこでかたまり、それぞれまったく違う文化のなかで生活をしている。いってしまえば、違う日本社会で生きている。自分とその周囲の視点だけでみる「日本」はかなり偏っている可能性がある。

「日本社会をケーキで例えると、下半分はスポンジケーキで、その上にミルフィーユがのっているんですよ。下は非大卒で、上は大卒ですね。大卒の人たちは細かい階層にわかれていて、どこの大学を卒業したかを学歴だと思っているんですね。それは『学校歴』であり、学歴ではありません。大きな勘違いです」》

《「奨学金を出すのもいいのですが、生まれ育った家庭の文化的影響は0にはなりません。解決しないといけないのは、分断によって大卒だけが有利になる社会であって、全員が大卒になる社会ではないのです」》

 同書で使われるのも2015年の大規模面接調査だ。
 彼らは若年層を20代〜30代とし、多様な分析を試みている。

 その白眉が第3章「若者はなぜ自民党を支持するのか」だ。
 担当した松谷満が指摘するように、若者の自民党支持が注目されるのは、先進諸国と比べて不思議な現象だからである。

若者の政治離れの正体

 これまでの自民党は明らかに高齢者の政党だったし、諸外国でも保守政党は高齢者を支持基盤にするものと相場が決まっている。
 加えて、安倍政権は若者の支持を得やすい急進的な改革派ではない。
 だから、若者の自民党支持はますます不思議な現象なのだ。

 松谷らが明らかにしているように、「若者の政治離れ」は「若者全体」の傾向ではない。
 より顕著なのは、「非大卒」の若者の政治離れだ。
 示唆されているのは「持てる若者」と「持たざる若者」の間の分断だ。

自民党を支持する「若者」とは誰なのか?

 結論から言えば、若者の自民党支持は、壮年層と比べて下げ止まっている。
 データからは高学歴で正社員、特に大企業のホワイトカラー層で支持が強まっていることが観察できた。

 研究者が背景にあると考えているのは社会意識だ。
 若者の自民党支持はイデオロギーとは結びついていない。
 保守政党と相性が良い伝統主義、権威主義的な意識は弱いからだ。
 関連していると考えられるのは3つ。
 物質主義、新自由主義、宿命主義だ。

 物質主義とは、経済をより重視する意識と言い換えることができる。
 これまでの積み上げられてきた政治学の理論では、経済成長で社会が豊かになると人々の意識は経済よりも、文化や環境といった脱物質主義へと向かうと説明されてきたが、日本の若年層はより経済を重視している。

 新自由主義は、市場への政府の介入を最小限にし、より個人間の競争が重視する価値観だ。
 市場の中で勝てる人びと=持てる人びとにとっては、共感しやすい価値観だと言えるだろう。

 宿命主義は「いくら努力しても報われず、あらかじめ家庭環境等によって人生は決められている」という価値観である。
 行き着く先は、政治に期待することもせず、努力しても無駄だから自民党でいいという価値観だ。

宿命を乗り越えられるか?

 自民党支持の背景をイデオロギーではなく、社会意識から実証的に読み解くという同書のアプローチは説得力を持っている。

 市場の中で勝てる者=持てる若者は新自由主義から、もう少し幅を広げて宿命主義的な価値観の若者から、消極的な支持を得ているのが自民党ということが言えるのではないか。

 特に宿命主義が実証的に証明されたことは大きい意味を持つ。

 松谷も指摘するように自民党支持というよりは、消極的な既存の政治秩序の承認という意味合いが強い。
 だとするならば、この分析をより深刻に受け止めないといけないのは野党である。

「意識高い系」ばかりを重視する野党

 この夏の参院選で、立憲民主党は私からすれば都市部に住む「意識高い系」ばかりを重視するような政策を並べて失敗した。

 代わって注目されたのは、「持たざる者」に消費税減税という「物質主義」的なアプローチで議席獲得に成功した、山本太郎率いる左派ポピュリズム政党・れいわ新撰組だった。

「持てる者たち」が支持する自民党か、「持たざる者」の反乱としてのポピュリズムか。
 そんな選択肢しかない社会でいいのだろうか。

 若者に広がる宿命主義、そして分断は政治への失望を通り越し、絶望を招く要因になっていくだろう。

 何をしても無駄、だって生まれた家ですべてが決まっていくのだから――。結局、日本の若者の政治参加が進まないのは、諦念に理由がある。

 では、諦念を生み出しのは誰なのだろうか?
 声をあげても無駄だと思わせる政治の側にあるのではないか。

 この先重要なのは、別の希望を指し示していくことだ。

 社会は変わるという成功体験が積み上がれば宿命主義は弱まっていくのではないだろうか。

 そこで最も重要なのは、物質主義と真剣に向き合うこと。つまり、経済への希望だと思うのだが……。


[写真-1]
自民党本部に掲げられた画家の天野喜孝氏が「新時代の幕開け」をテーマに描いた広告ポスター、Jiji Press

[写真-2]
Members of protest group Students Emergency Action for Liberal Democracy (SEALDs), REUTERS

[写真-3]
Man looks at a stock quotation board outside a brokerage in Tokyo, REUTERS

ハフィントンポスト、2019年10月02日 07時14分 JST
なぜ若者は自民党を支持するのか?
キーワードは「努力しても無駄」な宿命型社会
若い人の「自民支持」をめぐっては、多くの憶説が飛び交っていた。
社会調査に基づく実証的な研究がやっと出てきた。

(石戸 諭、ハフポスト日本版レポーター)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/jimin-wakamono-shiji_jp_5d8dde5de4b0019647a6c6ab

 ツイッターに、
「私の通う高校では前回の参院選の際も昼食の時間に政治の話をしていたりしていたのできちんと自分で考えて投票してくれると信じています。もちろん今の政権の問題はたくさん話しました」
と書いた投稿者(おそらく高校生)がいた。
 それに対して柴山昌彦前文部科学相は、
「こうした行為は適切でしょうか?」
とツイートした。

 言うまでもなく、18歳から選挙権をもつようになった現在、高校生が昼食時間に政治について話しあったりすることは、きわめて適切だ。
 それに口を挟んだ側のほうが、主権者とは何かについて全く理解していないのである。

 教育行政のトップがこの体たらくである日本で、先の高校生のような若者はむしろ希少だろう。
 事実、7月の参院選でも投票率は全体では49%だが(これも低すぎるが)、18歳は35%、19歳は28%にすぎない。
 若者の中で「政治」への関心は霞(かす)んでいるように見える。

 また、参院選直後の朝日新聞の世論調査によれば、内閣支持率は男性で、
・ 29歳以下55%、
・ 30代57%、
・ 40代・50代45%、
・ 60代41%、
・ 70歳以上40%
(女性は70歳以上を除きすべて30%台)と、男性の30代以下で高い。

矛盾する意識

 投票には行かず政権は支持するという傾向が、なぜ若年男性にはみられるのか。

 吉川徹・狭間諒多朗編『分断社会と若者の今』第3章では、2015年時点の調査データを用いて若年層が自民党を支持する要因を分析し、「社会的地位は家庭や親で決まる」という意識、経済成長や競争を重視する意識が背後にあると結論している。
 一見矛盾する、あきらめと経済至上主義が、若者(特に男性)の現状肯定を生み出していることがうかがわれる。

 しかしその後、アベノミクスは実質賃金の上昇をもたらしていないこともすでに明らかになっている。
 とりあえず長いものに巻かれていれば生活が苦しくなくなるわけではない。
 内政も外交もぐだぐだな国を、目をつぶって肯定し続けることほど愚かなことはない。

「愛国」とは何か

 将基面(しょうぎめん)貴巳『日本国民のための愛国の教科書』(百万年書房、2019年7月)は、ただしい「愛国」とは、偏狭な〈ナショナリズム的パトリオティズム〉ではなく、〈共和主義的パトリオティズム〉だと説く。
 それは、現実の政治の長所も短所も直視し、国がうまくいっていないときにはそれを批判し事態の改善を図ろうとすることだ。
 日本の若者の政治への関心を喚起するためには、こうした「教科書」が、教育現場で基本教材として使われることが、まずは必要だろう。

 しかしそれでもまだ足りない。
 川崎一彦ほか『みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略』(ミツイパブリッシング、2018年3月)第4章が伝えるように、
学校のすべての授業が民主的方法で行われ、生徒たちが社会の土台となる権利と影響を行使するとともにその責任を取る力を育めるようにすることが理想である。
 ルールも生徒たちが決める。
 選挙権を手にする前から「学校選挙」で実際の政党に投票する。
 そのために政治家とも対話する。
 結果も公開する。
「日本ではありえない!」と肩をすくめるのではなく、不合理な細かすぎる指導や校則が蔓延(まんえん)している日本の学校のほうが、異常ではないかと考えてみるべきだ。

 しかしそれでもまだ足りない。

 政治家が市民の政治的議論に介入することに留(とど)まらず、家庭でも、職場でも、友人間でも、力をもつ者が他方に屈従を強いるような関係が広がっている。
 明確な自分の意見をもつことさえためらいがちな若者を嘆くのではなく、日々の生活の中にはびこる忌むべき根を除くことこそが急務である。

※ 朝日新聞2019年9月21日掲載


朝日新聞・好書好日、2019.09.25
「教育と政治」を読み解く
あきらめと経済至上主義が現状肯定を生み出していないか

(本田由紀・東京大学教授)
https://book.asahi.com/article/12737305

posted by fom_club at 08:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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