2015年05月27日

世界の街歩き八景

 「ケルン・オルガンで巡る世界の街歩き」…
 実はヤッホー君、これで「世界街歩き八景」が成立!と内心うれしくってしようがないんだって、お世話になりました、小島弥寧子さんexclamation×2
 昨日のストラスブールを第一景とするでしょう、そうしますと:

(第二景)ランス、N.de.グリニ(1672-1703)
 フランスにはランスが Reims と Lens の2つあって、小島弥寧子さんはフランス語の”R”の発音がとっても日本人は難しくって、大聖堂で有名なReims に行こうと切符を買う時、窓口で通じず筆談だったって(それにサイキン、ルーブル美術館の別館が Lens に出来たのです)。

La cathédrale Notre Dame de Reims - Reims – France
https://www.youtube.com/watch?v=UwfDOWckjTE

 ニコラ・ド・グリニ『オルガン曲集第1巻、讃歌集』:
 グリニは、父も祖父もオルガニストという家系で、北フランスの町ランスに生まれた…
 やがてパリに上りオルガニストとなったが、その時代にドイツのフローベルガーやゲオルク・ムッファトの作品を知った。グリニの作品には彼らの影響が見られるという。
 パリには数年滞在しただけでやがてランスに戻ってそこの大聖堂つきオルガニストとなったが、31歳の若さで世を去ったため、残されたのはこの 「オルガン曲集」 だけである。しかしその充実した作品群は高く評価されており、バッハもリューネブルク時代にこの曲集を筆写しているという…

http://miura.k-server.org/newpage1122.htm

(第三景)アンダルシア、F.コレア・デ・アラウホ Francisco Correa de Arrauxo (1576-1654)
 ポルトガル生まれとの説もあるコレア・デ・アラウホだが、彼は1599年から37年間、セビリャの教会で活躍した。彼はオルガンの腕だけで聖職者の地位を手に入れ高給を受け取っていた。「オルガンの技法」は彼の作品の集大成であり、スペイン・バロック・オルガン音楽の様式の確立を示す重要な資料でもある。
http://www.sarabande.net/almaviva/catalogue.html

「セビリア大聖堂(カテドラル)」は、スペイン最大の大聖堂で、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂、ロンドンのセントポール大聖堂に次いで、世界第3位のの大聖堂とも言われています:
http://www.catedraldesevilla.es/

F.コレア・デ・アラウホ「バスの音域による第一旋法のティエント」:
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7480396

(第四景)マドリッド、Jヒメナス(1852-1923)
La Boda de Luis Alonso - Gerónimo Giménez
https://www.youtube.com/watch?v=UMCB4x6PLPU

(第五景)フランス・アルザス地方カイゼスベルク村の聖十字架教会、F.リッシュ
 日本でオルガンを弾いてみたいという夢も実現せずに、3年ほど前のいま頃の季節にもう亡くなったというムッシュゥ・ジャン・フランソワのお父さまの作品だそうです:

 お店の人に、得意げに
「この子は世界中で活躍しているオルガニストなんだ」と紹介してくれる。あのぅ、それはいくらなんでも言い過ぎじゃ。
 彼は英語を話さないし、学生の頃たしか1年間ほどお茶の水のアテネフランセに通ったはずの私はクラスで落ちこぼれ、しかられてばかりだったゆえに、いまや完全にフランス語を忘れて、2人の共通言語は…、ない。
 それでも彼の片言の英語、私のむちゃくちゃなフランス語と、しまいには紙と鉛筆、身体全体も駆使して、2時間くらい楽しくおしゃべり。
 この辺りの歴史的なオルガンのこと、私が10年前に南ドイツコンスタンツという湖のほとりの美しい街の教会のコンサートで弾かせてもらったことを覚えていてくれて、彼が若い頃同じ場所に兵役に行ったことを話してくれたり、ママンは元気か?と当時一緒に来た母を気遣ってくれたり。
 お話の中で、今日まで50年間毎日曜日、一度も休まずにあのオルガンをミサで弾き続けている、
「セ・ラヴィ(それが人生さ!)」と、とても誇らしげに教えてくれたことが強く強く印象に残っている。
 なんだかわからないけど、うっかり涙ぐんでしまいそうだった。

(2009年9月29日00:57築地のお寺でパイプオルガン「ムッシュゥ・ジャン・フランソワ」)
http://blog.engi-project.net/pipe/archives/2009/09/post-61.html

(第六景)パリ、C.フランク(1822-1890)
Xaver Varnus plays Cesar Franck's Prelude, fugue et variation in concert on the great Cavaille-Coll Organ in Saint Sulpice in Paris. Taped on the 23rd of October, 2006.
https://www.youtube.com/watch?v=1v7duyDoz4U#t=22

<”大恩人”フランツ・リストの死>
 1886年7月31日、大作曲家フランツ・リストは亡くなった。
 彼は青年時代の無名のフランクの才能を、天才ならではの慧眼で見抜き、その作品をドイツの同僚たちに紹介してくれ、フランクのオルガン演奏に関しても「私は今バッハを聴いた」と誉めたたえていた大恩人である。
<そしてセザール・フランクは…>
 恩人の墓前に、自分は何が手向けられるだろう――。
 父と別れ、24年間を市井の人として暮らしたのち、志を同じくする芸術家たちと出会い、思いがけずも我が子のような齢の若者たちにも勇気づけられて、自らの芸術の円熟を自覚し、ようやく創作者としての自信を抱くにいたった64歳のフランクの背中を、運命と音楽の女神までもがさらに強く押した。
 フランクの事実上(註)生涯唯一の交響曲が完成したのは、この2年後、1888年のことであった。
(註)彼には1曲しかないと言われる交響曲だが、習作ながらパリ音楽院在学中の1840年(18歳の時)に作曲された「交響曲ト長調 作品13」が存在する…

(2005.3.6作成、大阪市にあるアマチュアオーケストラ、関西シティフィルハーモニー交響楽団、文:上柿 泰平(パーカッション)、構成・一部補筆:岩田倫和(チェロ)
http://kcpo.jp/info/39th/Franck2.html#head

(第七景)東京・築地本願寺
 昨年春の親鸞聖人750大遠忌記念コンサートのために柿沼唯(1961年神奈川県生まれ)氏に作っていただいた「華」が、昨年2014年4月20日に「蓮花」「四月織」とともに出版されました。
 すばらしい名作を世に広く知っていただけることを、とても誇らしく思っています。

(2014年5月9日17:52築地のお寺でパイプオルガン)
http://blog.engi-project.net/pipe/archives/2014/05/post-152.html

柿沼唯:
http://kakinumayui.seesaa.net/
Yui Kakinuma、Lotus-蓮花-:
https://www.youtube.com/watch?v=PZerd4Fl5G8

(第八景)アンコールに答えましてドイツから「小さなコラール」
 北ドイツのオルガニスト達その1:
http://blog.goo.ne.jp/ogawa_j/e/d2a6717806670e3c372a00bd18907f92

 こうして長い拍手のあと三々五々帰路についた「ケルン・オルガンで巡った世界の街歩き」八景、なかなかの感動ものでした。
 

posted by fom_club at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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