2015年05月26日

ケルン・オルガン

 昨日、ヤッホー君は「新宿区立新宿文化センター」に。
 この文化センターに大層大きなりっぱなパイプオルガンがあるのを知ってましたか?

 新宿文化センター大ホールにはフランスのアルフレッド・ケルン社制作による優雅で多彩な響きが日本でも屈指のものと高く評価されているパイプオルガンが設置されています。
(新宿文化センター、パイプオルガンの練習利用割引制度)
http://www.regasu-shinjuku.or.jp/bunka-center/facilities/main-hall/organ-lesson/

 ん? ケルンはケルンでも隅田川にかかる清洲橋は地名から、新宿文化センターのパイプオルガンは人名かぁ? とヤッホー君、この独りガッテンは分かりますか?

 下流の永代橋と対をなす橋として「震災復興の華」と呼ばれた優美な吊り橋です。世界で最も美しいとされたドイツ・ライン川のケルンにある吊り橋をモデルにしています。
(東京都公園協会、橋をめぐる隅田川〜水上散策)
https://www.tokyo-park.or.jp/special/mizube/

 私達の工房は1953年、ストラスブールのオルガン製作家、アルフレット・ケルン(Alfred Kern、1910-1989)によって創設されました。シュヴァイツァー博士(Albert Schweitzer 1875-1965)に強く励まされてのスタートでした。
(ケルン社について)
http://www.kernpipeorgan.com/japanese/nousjp.htm

 シュヴァイツァー博士ってストラスブール出身って知ってましたか?

 シュバイツァーは、野口英世が生まれる1年前、アルザス地方に牧師の長男として生まれた。アルザスはフランス・ドイツ国境でどちらにも支配されたことがあり、シュバイツァーはドイツ語とフランス語を話せた。7歳のころから鍵盤(けんばん)楽器を習い、14歳のころにはパイプオルガンをはじめた…
 野口英世はそれも一度だけじゃない。1914年、1915年、1920年の3度も〈ノーベル医学賞〉の候補になったが、受賞するにはいたらなかった…  
 いっぽうシュバイツァーは、第二次世界大戦後は広島と長崎に核爆弾を落とされたのを知って、核問題を中心に戦争反対運動を展開する。それで1952年に〈ノーベル平和賞〉を受賞する。シュバイツァーが〈ノーベル賞〉を受賞したと聞くと〈医学賞〉を受賞したと思ってしまうが、じつは〈平和賞〉だったんじゃな。シュバイツァーは〈ノーベル平和賞〉を受賞しても、その賞金を自分のものにしたりしなかった。ランバレネの病院のために賞金を使うんじゃ。〈ノーベル医学賞〉がほしくてほしくてたまらなかったのに受賞できなかった野口英世、結果的に〈ノーベル平和賞〉を受賞したシュバイツァー…
 シュバイツァーは、晩年もランバレネにおいて医療活動をつづけ、バッハの曲の流れるなか、90歳で死去した。死因は老衰による脳血行不全だった。英世が他界したのは満51歳。いまからすれば早すぎる死だったな。

(学研教育出版、キッズネット「野口英世 VS シュバイツァー」)
http://kids.gakken.co.jp/rekishi/rekisibattle/22/index.html

 では、小島弥寧子さんって知ってましたか?

 ごぶさたしています。
 2007年の秋に、お坊さんたちから、ブログを書いてみませんか?とお話をいただいて、
「そんなこと私にできるのだろうか?」と思いながら、おそるおそるデジカメを買うところから始めたこのブログ。
 さまざまな人びとの力をお借りして、7年半も続けることができました。

 うんうん唸りながらも、写真や文章で人に伝えるという楽しみを、新しく知りました。
 このブログを終えるにあたって、ここまで続けることができたので、もう少しやってみよう!という気持ちがふつふつとわいてきました。

「築地のお寺でパイプオルガン」というこの上なくナイスなネーミングの名付け親は、お坊さんの平井さんです。
 この名前を一部拝借して、いささか壮大ではありますが、(名前くらいは)でっかくいこう!ということで、
「世界のどこかでパイプオルガン」という私個人のブログとHPを開設しました。
 引き続き読んでいただければ、とても嬉しいです。

 自分が大きなお寺のオルガニストになって、毎月のコンサートにたくさんの方が来てくださるようになって、数えきれない貴重な経験や出会いがあって、ブログを書いて、お坊さんの知り合いや友達がたくさん増えて… なんていうことは、どれをとっても学生の頃には考えてもみなかったことです。
 仏様のいらっしゃる特別な空間で演奏させていただいたことは、オルガニストとしても、またひとりの人間としても、豊かで、かけがえのない尊い経験になりました。
 このことが、これからの人生のさまざまな場面で、助けになってくれると思います。
 長い間読んでくださって、本当にありがとうございました。
 これからも、お寺のパイプオルガンをよろしくお願いします!

(2015年5月23日 10:00築地のお寺でパイプオルガン、ブログ終了のお知らせ)
http://bouz-collection.sakura.ne.jp/MT/

 そうなんです、この春3月まで、キリスト教の教会ではなく、親鸞の築地本願寺でパイプオルガンを弾いてらっしゃったんですねぇ〜

 このお寺さまに大層大きなりっぱなパイプオルガンがあるのを知ってましたか?

 築地本願寺の本堂にお入りいただいたら、振り返ってみてください。頭上、左右に大きな銀色のパイプが並んでいます。お寺には珍しい、パイプオルガンです。
 このパイプオルガンは、1970年に公益財団法人の「仏教伝道協会」から寄進いただいたものです。

 ドイツ製で、実は、築地本願寺オリジナルの設計とデザインです。
 たとえば、左右に配置されたパイプは6つの山を描いていて「南・無・阿・弥・陀・仏」の6つの文字を表しています。また、表面に並んだパイプの数は左右48本ずつ。浄土真宗の聖典にもある「四十八願(しじゅうはちがん)」を表しています。

(築地本願寺、お寺で♪パイプオルガンのランチタイムコンサートはいかが)
https://tsukijihongwanji.jp/gokan/sound/l_concert

 ね、びっくりでしょ。
 築地本願寺には山歩クラブでもお散歩会で何度かおじゃましましたが、振り返って見上げたことはありませんでしたね。びっくり、びっくり!

─ その流れで、築地本願寺の副オルガニストになったのですか?
小島: それが私自身も「どうして?」という感じなんですが(笑)、大学時代にお世話になった先生が、築地本願寺のオルガニストの方なんです。そして、私がいくつか授業を受け持っている大学がたまたま本願寺系の学校だったこともあって、6年ほど前に「築地本願寺でランチタイム・コンサートを始めたいので弾いてもらえないだろうか」と、その先生に声をかけていただいたことがきっかけです。実は先生のお父様が、今から40年も前に、お寺にオルガンを導入するという、とんでもないことをされた方なんですよ(笑)。

─ 普通、お寺にオルガンはないですよね?
小島: あり得ないですね(笑)。
(mnavi Works Vol.51「オルガニスト小島弥寧子がクラシック・オルガンC-200の響きと鍵盤タッチを体感」)
http://mnavi.roland.jp/works/201108_03.html

 そう、そう、昨日の5月25日月曜日、オルガンの演奏会があったのです:

 ランチタイムコンサート ケルン・オルガンで巡る世界の街歩き
【プログラム】
 ☆ N. de グリニ:讃歌「来たれ、創り主なる聖霊よ」よりテノール声部の定旋律による5声のプラン・ジュ/5声のフーガ/グラン・ジュの対話
 ☆ F.コレア・デ・アラウホ:第7旋法による2声のソプラノのティエント
 ☆ J.ヒメネス:第6旋法によるバッターリャ
 ☆ F.リッシュ : アンダンテ・カンタービレ
 ☆ C.フランク:コラール第3番
 ☆ 柿沼唯(1961-):華(築地本願寺親鸞聖人750回大遠忌記念委嘱作品)

(開設したばかりの小島弥寧子さんHP)
http://minekokojima.com/concert/


posted by fom_club at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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