2015年05月25日

新金沢八景

 まずは、「金沢八景」から(注):

 金沢八景は、金沢の八つの景勝をあてはめたものです。
 金沢の景勝は、中世において既に知られていましたが、金沢八景の名称が成立したのは、近世になってからです。
 金沢八景の命名者は、中国明代の僧、心(しん)越(えつ)禅師(ぜんじ)です。
 心越は元禄時代、徳川光圀に招かれて、水戸祇園寺の開山となった人です。
 心越が金沢に来たのは、1694(元禄7)年といわれています。
 心越は再び見ることのない故郷の杭州西湖を偲びつつ、金沢の能見堂からの眺望を瀟湘八景になぞらえて八編の漢詩を詠みました。
 これ以降、多くの文人が金沢八景の地を訪れるようになり、19世紀には庶民が遊山に来るようになりました。
 また、歌川(安藤)広重によって描かれた「武州金沢八景」八連作が、より金沢八景を世に広めました。
「金沢八景」、上の二字は金沢の土地から、下の二字は瀟湘八景から取られています。

(横浜金沢観光協会「金沢八景」)
http://www.yokohama-kanazawakanko.com/course/hakkei/hakkei001.html

 ヤッホー君は昨日5月24日日曜日、八連作を、国指定の史跡「称名寺」と「金沢文庫」を繋ぐ中世につくられていた文化財「隧道」脇のトンネル内に発見しました。
 この「隧道」は旧御坂トンネルと違い、時代をさかのぼること中世の遺跡ですので、とっくに隠居しています、もちろん立ち入り禁止、通行止め!:

洲崎晴嵐(すざきのせいらん)

晴嵐.jpg

瀬戸秋月(せとのしゅうげつ)

秋月.jpg

小泉夜雨(こずみのやう)

夜雨.jpg

乙舳帰帆(おつとものきはん)

帰帆.jpg

称名晩鐘(しょうみょうのばんしょう)

晩鐘.jpg

平潟落雁(ひらがたのらくがん)

落雁.jpg

野島夕照(のじまのせきしょう)

夕照.jpg

内川暮雪(うちかわのぼせつ)

暮雪.jpg

 おまけ、その文化財の隧道ってこれです:

隧道.jpg


(注)「新金沢八景」

 江戸時代より人気のあった「金沢八景」は、当時の面影がほとんど消え、場所の特定も難しい状況にあります。
 そこで、金沢区制60周年を記念して、平成の「新金沢八景」を横濱金澤シティガイド協会主催により、多くの区民参加で選定されました。
 2008(平成20)年1月に、金沢区役所を始め、各地区センター、コミュニティハウス、区内の小・中学校、高校、大学などで投票が行われ、約12,000人の投票参加の結果、下記のように選定されました。

 ☆ 春色(しゅんしょく):西柴の桜トンネル※現在植替えて若木です
 ☆ 潮干(ちょうかん):海の公園の白砂青松
 ☆ 展望(てんぼう):海と緑を辿るシーサイドライン
 ☆ 一望(いちぼう):金沢自然公園からの眺望
 ☆ 彩色(さいしょく):八景島の紫陽花
 ☆ 白帆(しらほ):横浜ベイサイドマリーナの夕景
 ☆ 古道(こどう):朝比奈切通し
 ☆ 梅花(ばいか):能見堂跡


(横浜金沢観光協会「新金沢八景」)
http://www.yokohama-kanazawakanko.com/course/hakkei/hakkei002.html



posted by fom_club at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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