2015年05月23日

太宰治と世の中

 今日5月23日こそ昭和歌謡の名曲を、とヤッホー君が息巻いております。
 笠置シヅ子(1914-1985)に『セコハン娘』(作詞:結城雄二、作曲:服部良一、1947)というのがあります。
https://www.youtube.com/watch?v=v1gMuEn09hA

 「…だから私は セコハン娘」と自分を自分で規定し、でも最後は「だけど私は ただひとつ」と逆転へのチャンスをうかがうなかなかの名セリフ。
 いやぁ〜 恐れ入ってござる。
 この歌を真似て1948(昭和23)年、歌手デビューしたのが美空ひばり(1937-1989)!

「美空和枝」が横浜国際劇場開館1周年記念興行で笠置シヅ子さんの『セコハン娘』などを歌い本格デビューした。この後、日劇出演を機に芸名を「ひばり」に改めた。天性の歌唱力を持つ、ひばりさんは天才少女歌手と絶賛され、終戦直後のすさんだ世相の中で娯楽に飢えていた庶民から圧倒的な人気を得た。
(1948年05月01日付け昭和毎日「昭和のニュース」)
http://showa.mainichi.jp/news/1948/05/post-e980.html

 敗戦後の世相をうたったものでしょうが、そのころの太宰は、とヤッホー君、調べてみましたよ:

 太宰治にとっての1947年(38歳)は2月、太田静子の日記を借りるために神奈川県下曽我の山荘に赴く。3月、山崎富栄と知り合う。(5月、新憲法施行)11月、太田静子との間に治子が生まれる。

 太宰治にとっての1948年は6月13日深夜、山崎富栄とともに玉川上水に入水。19日早朝、死体発見(太宰満39歳)。(11月極東国際軍事裁判の判決くだる)


 「…だから私は セコハン娘」と自分を自分で規定しているすごい歌。
 これに対して、太宰治の場合はどうだったのでしょう。
 大陸ではもう中国との戦争に突入し、その年の暮れには太平洋戦争もはじまるという1941(昭和16)年の作品に『東京八景』というのがあります(1月1日発行の「文学界」第8巻第1号の「創作欄」に発表、太宰31歳)。
 このなかで、自分で自分を規定するのでなく、他者から、周りから、世間から、自分がどう見られているのか、気にしている韋駄天じゃない、野暮天がいます。
 こんな自虐的なセリフをつぶやいています:

 私が世の中から、どんなに見られてゐるのか、少しづつ私にもわかつて来た。
 私は無智驕慢の無頼漢、または白痴、または下等狡猾の好色漢、にせ天才の詐欺師、ぜいたく三昧の暮しをして、金につまると狂言自殺をして田舎の親たちを、おどかす。
 貞淑の妻を、犬か猫のように虐待して、たうたう之を追い出した。
 その他、様々の伝説が嘲笑、嫌悪憤怒を以て世人に語られ、私は全く葬り去られ、廃人の待遇を受けてゐたのである。
 私は、それに気が付き、下宿から一歩も外に出たくなくなった。
 酒の無い夜は、鹽せんべいを齧りながら探偵小説を読むのが幽かに楽しかつた…
 私は、もう30歳になつてゐた。

…太宰治全集第4巻(筑摩書房、1976年)92頁

『セコハン娘』は最後に「だけど私は ただひとつ」と「逆転」へのチャンスをうかがうセリフがありました。
 太宰治の場合には、このような「逆転」への巻き返しってどうなっているのでしょうか。
 「逆転」と言っても、太宰治のことだから「どんでんがえし」に失敗するんじゃないかな、心配だな、不安だ、憂鬱にさせる気?とヤッホー君、ちょっとおどおど:

 何の転機でさうなつたらう。
 私は、生きなければならぬと思つた。
 故郷の家の不幸が、私にその当然の力を与へたのか。

…同書、92頁

 私は、その30歳の初夏、はじめて本気に、文筆生活を志願した。
 思へば、晩い志願であつた。
 私は下宿の、何一つ道具らしい物の無い四畳半の部屋で、懸命に書いた。
 下宿の夕飯がお櫃に残れば、それでこつそり握りめしを作つて置いて深夜の仕事の空腹に備へた。
 こんどは、遺書として書くのではなかつた。
 生きて行く為に、書いたのだ。

…同書、93頁

 この『東京八景』は円環構造をつくっています。
 最後「私」は:

 それから数日後、東京市の大地図と、ペン、インク、原稿用紙を持って、いさんで伊豆に旅だつた
…同書、99-100頁

 伊豆の南、温泉が湧き出てゐるといふだけで、他には何一つとるところの無い、つまらぬ山村である。
 戸数30といふ感じである。
 こんなところは、宿泊料も安いであらうといふ、理由だけで、私はその索漠たる山村を選んだ。
 昭和15年、7月3日の事である。

…同書、72頁

 ね、小説の冒頭に戻ったでしょ。
 でもね、最後の最後、こんなコメントがつくのです。
 大団円にならない、いや大団円にしないんです。
 これを書いたのが作者?では「私」とは誰?
 他者の目、周りからの視線、世間の見方がまた出てくるような… 

 伊豆の温泉宿に到着してからは、どんな事になつたか。
 旅だつてから、もう十日も経つけれど、まだ、あの温泉宿に居るやうである。
 何をしてゐる事やら。

…同書、100頁

 フ・シ・ギ…exclamation&question


posted by fom_club at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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