2015年05月19日

三ツ峠放屁

 天下茶屋に旧御坂トンネルが、あっ、山に上級中級初級なんて等級をつけないのと同じく、新、旧なんて対比もさせないところが山歩クラブ!
 ですので「御坂隧道」exclamation×2
 ここは1997(平成9)年に「国登録有形文化財」となっております:

 武士、商人、職人、あらゆる人と物資が行き交い賑わいを見せた鎌倉街道は、明治以降鉄道の発達により一時その役割を失いましたが、1931(昭和6)年の旧国道8号線御坂隧道開通に伴い、再び郡内と甲府盆地を結ぶ大動脈となりえました。
 御坂隧道は山梨県の物流に大きな影響を与えたとして、国の登録文化財に指定されました。

(笛吹市公式サイト)
http://www.city.fuefuki.yamanashi.jp/kanko/shisetsu.php?id=78

 山梨県公式サイトから「やまなし歴史探訪 時を今につなぐあの日」:
http://www.pref.yamanashi.jp/koucho/fureai/documents/vol22-22-23.pdf

 さ、御坂山に向け出発進行!
 そこで現れでてきますのが「太宰治文学碑」:

太宰治.jpg

 何が彫られているのか、判読できないほどにかすれておりましたが、ここにあの作品『富嶽百景』の一節「富士には、月見草がよく似合ふ」とあるのだそうです。
 東京紅團「太宰治を巡って」:
http://www.tokyo-kurenaidan.com/dazai-kofu.htm
 
 ところで、ヤッホー君のこのブログ、以下の日付けの日記をご参照ください:
 ☆ 2011年4月26日「春一番」
 ☆ 2013年3月22日「洲崎橋」
 ☆ 2014年5月16日「太宰治『富嶽百景』」

 そうなんです、井伏鱒二はこんなことを:

 甲州の御坂峠に太宰君の碑が出来た。一昨日、その除幕式があつたので私も参列した…

 この碑は、甲府市の新聞社長、野口二郎さんといふ人が、山梨県の人たちに呼びかけて出来たものである…

 碑石は安山岩の自然石、横幅6尺3寸、高さ5尺8寸。この石は昇仙峡入口の荒川左岸にある片山とふ石切場から出た。台石も同じ場所から出た。
 刻字の労を引き受けたのは、甲府市三日町の望月徳太郎翁である。珍しい気質の人で、石工の名前を入れようと野口さんの方で云ふと、名前を入れと碑が荒れると答へたそうである。短期の間に見事に彫りあげた。文字は原稿のペン字を写真で拡大した。却つて柔かみが出たと思ふ…

 再び峠の茶屋に寄つた。おかみさんが「昨日は、大変な人だつたね。うちでも昨晩は、ぐっすり寝た」と云つた。「参列者は何人ぐらゐだつたらう」と聞くと「400人ぐらいだつたらう。お蕎麦を250人ぶん徹夜で支度したのに、半分の人にも行き渡らなかつた」と云つた。お蕎麦は山麓の河口村の人が参列者に接待したものである。

…井伏鱒二「御坂峠の碑」(初出『文学界』1953年12月、原題「御坂の碑」)『太宰治』(筑摩書房、1989年11月)所収、154-156頁

 『富嶽百景』については1箇所だけ私の訂正を求めたい描写がある。
 それは私が三ツ峠の頂上の霧のなかで、浮かぬ顔をして放屁したという描写である。
 私は太宰君と一緒に三ツ峠に登つたが放屁した覚えはない。
 それで太宰君が私の家に来たとき抗議を申し仕込むと、
「いや放屁なさいました」と噴き出して、
「あのとき、二つ放屁なさいました」と、故意に敬語をつかふことによつて真実味を持たさうとした…

「しかし、もう書いたものなら仕様がない」と私が諦めると、
「いや、あのとき三つ放屁なさいました。山小屋の爺さんが、くすっと笑ひました」と、また描写力の一端を見せた…

…井伏鱒二「御坂峠にゐた頃のこと」(初出『太宰治全集3』月報1955年12月、同書129頁

『富嶽百景』といえば葛飾北斎『冨嶽三十六景』。
 カッシーがこんなメッセージを寄せてくれました:

 日曜の久しぶりの山歩きは、ヒザ痛も忘れるくらい楽しいものでした。でもヒザをかばい過ぎてアチコチ筋肉痛です。
 北斎の冨嶽三十六景に「甲州三坂水面(こうしゅうみさかすいめん)」があり、御坂峠から観た富士山だということです。
 河口湖があんなに大きく見えるはずがないけど、まあ富士山がきれいに見えるのは確か。
 逆さ富士をみると富士山が雪をかぶっているし、不思議な絵ですね。


 そうなんです、ヤッホー君も笑い疲れか話し疲れか、はたまた呑み疲れか歩き疲れか、月曜日は終日ボウットしていたほど、楽しい山行だったのです。
 山行は先頭がはるちゃん、ヤッホー君は最後尾を守ったのですが、最後尾を担ってくれる互譲の気持ちをお持ちの仲間がおられました。
 それはその都度、放屁なさりたかったそうなのです。
「御坂みち」には放屁が良く似合ふ、ぶっ、ぷぶっなのか、深呼吸するたびにむせかえる感慨深いものがございました。
 どれどれ、今日5月19日火曜日、終日ブウット不思議な絵を眺めていることとします:

葛飾北斎.jpg

 甲府盆地から河口湖へ抜ける御坂峠から望む逆さ富士。穏やかな湖面と落ち着いたたたずまいの村落によって、静謐な景観となっている。実体の富士は夏であるのに、湖面に映る姿は雪をいただき、左にずれて描かれている。本来、逆さ富士は河口湖畔まで来ないと確認できない。本図は御坂峠から富士山麓を見渡した光景と、峠を下ってきて逆さ富士を目にしたときの、両方の感動が込められているのであろうか。北斎の奇抜な発想と構成力がよく現れている一枚。
※ 御坂峠(山梨県富士河口湖町・笛吹市)
 御坂峠は、甲府盆地と富士山麓との間にある鎌倉往還の峠。本図は峠を下り、河口湖畔から富士を望む。中央左よりの湖上の島が鵜の島。その左側の建物は妙法寺と考えられる。中央の集落は勝山村であり、その右手前には河口湖南岸にある大原七郷の鎮守で中世には富士信仰の拠点の一つとなった冨士御室浅間神社の杜が見える。右端の足和田山の麓の集落は長浜村。

(山梨県立博物館かいじあむ)
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/4th_fujisan/01fugaku/4th_fujisan_01fugaku36_29.htm


posted by fom_club at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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