2015年05月07日

ヌプンケシ

 秩父事件「困民党」には5ヶ条もの「軍律」があったそうです。

 秩父事件、最後まで戦った菊池貫平(ハイビジョンドキュメンタリー):
https://www.youtube.com/watch?v=RRx8EBp6eMk

 ○ 第1条 私に金円を掠奪する者は斬
 ○ 第2条 女色を侵す者は斬
 ○ 第3条 酒宴をなしたる者は斬
 ○ 第4条 私の遺恨を以て放火その他乱暴をなしたる者は斬
 ○ 第5条 指揮官の命令に違反し、私に事をなしたる者は斬

(秩父事件研究顕彰協議会、困民党の目標と軍律)
http://www.chichibujiken.org/folder/post-30.html

 単独で判断し行為に及んではいけない、組織的に物事をすすめるのだということを徹底させているのでしょうか。
 これは、前掲書、山田哲哉『奥秩父、山、谷、峠そして人』266頁には「椋神社境内にある秩父事件資料掲示板から」のキャプション付きで写真が載っています。
 ヤッホ―君、秩父事件の「地場」、じゃないって「磁場」!には、もうひとつ北海道があって、それは北見市!
 ヤッホー君のこのブログ、いくら探しても、と言っても2010年以前にはさかのぼれないのですが、2008年11月15日からの西伊豆は雲見温泉での秋合宿か、その一年後2009年12月6日の城峰山定例山行の紀行文に記したはずなのですが、エヴィデンスが見つかりませんでした。
 確証が得られなかったので再掲(?ヘンなの?)しておきます。
 それは、北見市市史編さんニュース『ヌプンケシ』なんですぅ:

 ♢ 何故、北見では伝蔵のことが忘れ去られたか。
 …また、戦前の野付牛町の指導者層にとって、国家に反逆した逃亡犯・伝蔵が町に居住していた事実は、これから発展しようとする町にとって好ましくないことと思われたので、意識的に触れないようにし、『野付牛町誌』にも記録しなかったのではないでしょうか。
 しかも、1932(昭和7)年には役場の火事で伝蔵一家の唯一の公的記録であった除籍も焼失してしまったのです。
 こうして月日がたつうちに、住所どころか「かつて北見に井上伝蔵が住んでいた」こと自体が、多くの市民の記憶の中から消去されていったのでしょう。

(2003(平成15)年7月15日発行ヌプンケシNo.52)
http://www.city.kitami.lg.jp/docs/2518/

 でも、でも:

 ♢ 伝蔵であることを明らかにした場所は。
 伊藤房次郎が、井上伝蔵であることを告白した場所はどこか混乱があるようなので、これも佐藤せつさんの証言で整理しておきたいと思います。

「野付牛では、父の膀胱に石がたまりまして、町のお医者さんへ行きまして、石をとってもらうと楽に小水が出るようになりますが、それがだんだんひどくなって札幌の専門医へ入院するようになりました(後略)
 ふるえがきて、もう危篤の状態になりましてね、母にしてはもう本当に困ったらしいんですの。
 “早く人をよばなくちゃならない”ということが頭にございましたので、まず(伝蔵の)籍を聞きませんと葬うことも出来ません。
 (伝蔵が)落ち着きました時に、母が無理に看病に来て下さいますみなさんを“どうぞお引きとり下さい”と言って、そして“あなた早く、本当のことを言って下さい。本籍はどこですか”
 すると父は“洋(兄)が来たら言う”といいます。それで、危篤の電報を打ちまして、北見から札幌まで一昼夜、来るのに時間がかかるんですね。朝6時に、兄が着きました。
 (母が)“実は、お父さんが本当のことを言うから聞きなさい”と言うんで、それから札幌で3日間、もう本当にもう、3人で真剣に話しあったんでしょう。
 そしてだいたい聞きましてから、“まずこの秩父事件というものを鑑定してもらわなくちゃならない。30年も経って罪は時効になっているとは思うが、絶対に口外してはならない、単に埼玉県だけの問題じゃない、大きな国家的問題であるから、これは絶対に軽率な行動をしちゃならん”ということを厳重に父は申し渡したそうです」
(2003(平成15)年6月15日発行ヌプンケシNo.50)
http://www.city.kitami.lg.jp/docs/2516/

 もうひとり、落合寅市と意外な結びつき、尾崎行雄そして羊山公園!

 いよいよ秩父事件の足跡を巡ります。
 最初は羊山公園の高台にある秩父事件追念碑(尾崎咢堂翁額字)で眼下には秩父市街地が一望です。
 落合寅市の四男・九二緒氏が発起人となり、秩父地域で活躍する人びとに働きかけ、1965(昭和40)年に記念碑が建立された。
 父の遺志での顕彰碑であり、本来であれば吉田の椋神社境内に建てたい希望であったが、事件から80年経過しても氏子の反対にあって、この地に建てられたという伝説がある。

(2014.12.18(木)ところざわ倶楽部実施、「秩父事件の足跡」を巡る)
http://tokorozawaclub.yu-nagi.com/norok58.html

 その後は、かつて井上伝蔵の屋敷があった場所と近くにある伝蔵の墓、昼食後は映画『草の乱』の撮影のために再現された井上伝蔵邸を見学しました。
 下吉田村戸長役場の筆生(いまでいう助役)も勤めていた井上伝蔵の一族は、江戸時代から続く「丸井商店」を営んでいました。
 その屋敷が蜂起にむけての会合の場になりました。
 事件では会計長を勤めた伝蔵は、事件後2年間下吉田の斎藤家にかくまわれて北海道に逃亡します。
 しかし、逃亡といっても俳句の会に参加するなどかなりの行動をしています。
 結婚もして子どもももうけますが、死の直前に家族に自分の正体を告白します。
 連絡を受けて埼玉からやってきた落合寅市らは、井上の遺体との対面を果たし、遺骨は北海道と秩父に分骨されました。
 その落合寅市の墓は、細い道を入った山の近くにあります。
 かなり立派な墓で碑文は親交のあった貴族院議員が書いています。
 寅市は事件後高知まで逃亡し、板垣退助にも面会してます。
 その後の大阪事件に関係して逮捕され、重懲役の刑を受けます(注)。
 多くの獄死者を出した過酷な懲役を生き抜いた寅市は、事件関係者の家族を訪ねてまわり、「暴徒」とされた人びとの真の姿を伝える活動を続けました。

(2010年10月23日埼玉県歴史教育者協議会実施フィールドワーク「秩父事件をどうとらえるか、どのように教えるか」)
http://saitamarekkyo.web.fc2.com/rekkyo/20101023.html

 フィールドワークはさらに続くようです:

 さらに入った道沿いにあるのが、副総理になった加藤織平の墓です。
 墓の周りがかけているのは子どもが「暴徒の墓」に石を投げたためです。
 墓には「志士」と刻まれており、警察などから「削れ」という圧力があったそうですが、削られることなく現在も残っています。
 織平は富農で金貸しも営んでおりましたが、取りたてなどはせず多くの人々の人望を集めていました。
 織平を総理にという意見もありましたが、彼は「もっとよい人物がいる」として大宮郡の田代栄助を総理に推すのです。

 このお二人、刑場の露と消えていきます:

判決日:明治18年2月19日 裁判所:浦和重罪裁判所
執行日:明治18年5月17日 刑場:熊谷監獄(埼玉)
秩父事件
「田代栄助、加藤織平の両人が去る19日死刑の宣告を受けしが此宣告に服せず上告を成すとに決し」(東京横浜毎日/M18/02/22)
「田代栄助、加藤織平の二人は本月17日大審院に於て上告を棄却せられしに付き田代の代言人大岡育造氏、加藤の代言人高梨哲四郎氏より両人の為に哀訴状を差出したり」(東京横浜毎日/M18/04/24)
「秩父暴徒の巨魁田代栄助、加藤織平、新井周三郎の3名は一昨日死刑執行の筈ありしが都合に依り延期になりしと云ふ」(東京横浜毎日/M18/05/15)

(日本の死刑―明治時代)
http://meiji.shikei.info/chronology/detail/id/1298/


(注)落合寅市(1851ー1936)困民党軍乙大隊副隊長
 高岸らとともに高利貸・役所に対する請願運動を進め、次第に困民党組織づくりに奔走。
 武装蜂起に至っては、11月4日粥新田峠の戦闘で鎮台兵に向けて木砲を発射して逃亡。各地を転々とし四国高知に逃亡した。
 翌1885(明治18)年には大阪において大井憲太郎とともに「大阪事件」に参加。
 下関で逮捕されたものの罪は問われず、秩父事件で服役。
 1889(明治22)年2月、憲法発布の大赦で出獄した後帰郷、救世軍に加わるとともに「秩父暴動」とされたこの戦いを顕彰する活動を真っ先に始めた。
 加藤織平墓をカンパで建立したことでも知られ、その台座に彫った「志士」の文字を削れと官憲から命じられても突っぱねたというエピソードが残っている。
 また「秩父事件記念碑」の建立を寅市は願っていたが、それは叶わないまま他界した。
 彼の死後、四男の九二緒氏がそれを引き継ぎ、1965(昭和40)年になって秩父市の羊山公園に「秩父事件追念碑」として建立が実現した。
(秩父事件ホームページ、秩父困民党の幹部たち)
http://www.chichibujiken.org/folder/post-5.html


posted by fom_club at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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