2013年04月29日

炮碌岩

 ところで王城山への番外編お山歩会の途上、たくさんの課題がだされました。

『各地点には、石で出来た標識があり、それぞれに地名が記されていたので、以下にまとめて置きます。
  一合目/王城山登山道入口
  二合目/押手沢(おしてざわ)
  三合目/鳥屋坂(とりやさか)
  四合目/柴峰(しばみね)
  五合目/傘木(からかさぎ)
  六合目/炮碌岩(ほうろくいわ)
  七合目/舟窪(ふなくぼ)
  八合目/中棚尾根(なかだなおね)
  九合目/お篭り岩(おこもりいわ)・御手洗(みたらし)の池
  十合目/山頂尾根』
(鎮爺 登山日1994年11月23日 ふるさとの裏山、日溜まりハイク「王城山」)
http://gun-mtido.sakura.ne.jp/toujyousan.html

 ヤッホー君に課せられたのは、この「六合目/炮碌岩(ほうろくいわ)」とは何か、究明せよとの仰せでございました。
 耄碌(もうろく)岩とは違い過ぎるし、崩落(ほうらく)岩ではあんまりだし、なんなんでしょうね、と。

投炮碌(なげほうろく):火薬の詰まった玉。点火し木製機具で敵舟へ投げ込む。
 「投炮碌」は織田信長の一向衆征伐における海戦で毛利水軍麾下の村上水軍衆が織田水軍に対して用い功を奏した。
 非常に実践的であった。
 この「投炮碌」に苦戦した信長は1578年、熊野水軍九鬼嘉隆に命じ鉄甲船を建造し、これを率いて木津川沖で毛利水軍を破る

http://meiji.sakanouenokumo.jp/blog/archives/2006/04/post_189.html

 つまり火器なのかな、と思いきや、もっと村人の日常の営みに近い意味で語ってくださる方もおられます:

ちなみに炮碌とは割れやすい素焼きの土鍋や皿のようなもののことだそうで、その場所にはそのような色をした岩脈の露頭がある。
 炮碌は昔は一般的な庶民の生活雑器として使われ、炮碌岩と言うだけでその場所が鮮明にイメージできた時代があったのだろう

(赤城の詩)
http://www1.ttcn.ne.jp/nsakagi/020320.htm

 次回、長野原町林地区再訪の折り、お住まいの方に直接お聞きしてみようかと思います。

 もうひとつの課題は、王城山山頂で弁当を広げていたその傍ら、王城山神社奥宮を祀るように花開いていた次の写真の花の名前は何か、でした。
 仲間から早速ご回答がありました、「オキナグサ」!えらいねえ:

オキナグサ.jpg

キンポウゲ科オキナグサ属オキナグサPulsatilla cernua 翁草
 羽毛状にのびた花柱をつけたそう果の集まりを老人の白髪にたとえたもの。
 山野の日当たりのよい草地などに生える多年草。
 全体に長くて白い毛が多い。
 花のあと花茎は高さ30〜40cmほどにのびて、羽毛のかたまりのような実を結ぶ

(山と渓谷社『野に咲く花』(1989年)336頁)

 では、王城山神社里宮のうっそうとした杉木立の下に可憐な花を咲かせていた紫の花の名は、と問えばアブラナ科オオアラセイトウ属ムラサキハナナ(Orychophragmus violaceus、別名ショカッサイ、ハナダイコンとも)だそうです。

『中国原産の2年草で、江戸時代に渡来した。
 観賞用に栽培され、野生化しているものも多い。
 高さは30〜80cm。
 花は淡紫色〜紅紫色で直径2〜3cm』

(同320頁)

 長野原町は花の季節を迎えていました:

ムラサキハナナ.jpg

posted by fom_club at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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