2013年04月21日

楞厳寺

 ヤッホー君のこのブログ、昨日付けの日記「高峯519.6m」で「朝の9時、室町時代の作という国の重要文化財の山門をくぐりましてお山歩開始」と速報で書き記しました。
 何というところ?
  「楞厳寺」(笠間市片庭775 Tel 0296-72-4733)です。

山門.jpg

 何と読むのでしょうか。
  「りょうごんじ」のようです。

楞厳寺は当初律宗の寺院として宋の千岩が開山したのが始まりと伝えられています。
 一時荒廃しましたが、室町時代に笠間家初代時朝が建長寺(神奈川県鎌倉市)の住職、大拙を招いて中興開山し、歴代笠間家の菩提寺としました。
 現在の山門は、室町時代中期に建てられた茅葺の四脚門で、当時の禅宗様式を伝えるものとして「国指定重要文化財」に指定されています。
 本尊の木造千手観音立像は1252(建長4)年に制作されたもので、桧材の寄木造、玉眼嵌入、像高208cm、歴史的背景や容姿などから笠間六体仏の1つに数えられ、「国指定重要文化財」に指定されています。
 境内には笠間氏累代の墓所があり、歴史を感じる苔むした墓碑が並んでいて、「笠間市指定史跡」に指定されています。
 また、楞厳寺境内を含む裏山一帯が片庭ヒメハルゼミ発生地として「国指定天然記念物」に指定されています

(茨城県笠間市:歴史・観光・見所>楞厳寺)
http://ibatabi.dayuh.net/kasama/hougan.html

 ところで、この楞厳寺を学区とする小学校が、「笠間市立箱田小学校」(笠間市箱田1115 Tel 0296-72-1380)。
 この箱田小学校には空き教室を利用した「箱田資料館(郷土コーナー)」があります。
 外は春には珍しい冷たい雨が降り続いています。
 そんな肌寒い今日の空模様を暖かくしてくれるような一部をご紹介したいと特記しておきます:

私たちの箱田小学校学区は、笠間市内の小学校の中ではせまい学区です。
 ほぼ昔のままの学区で百年以上も続いているからです。
 ですから、学区のまとまりも良く、地域と学校が一体となっていろいろな行事や交流をしています。
 そのようなうるわしい伝統のあるこの箱田学区の中に、茨城県や日本に誇れる文化人や文化財があります


 その例として挙げられているのが「楞厳寺」であり、さらに「高野公男」でした。

高野公男(本名吉郎)は、1930(昭和5)年、笠間市大郷戸に生まれました。
 10代で東京に上京し、数々の仕事をしながら、作詞の勉強に打ちこみました。
 故郷も近い(栃木県塩谷市)作曲家、船村徹との出会いにより、以後26歳の若さで死ぬまで生涯の友としてコンビを組みました

http://www.city.kasama.ibaraki.jp/el-hakoda/hometown/takano.html

 そうなんです。楞厳寺からさほど遠くない場所、笠間市大郷戸集落の入り口には『別れの一本杉記念碑』が建てられています:

  公男の歌魂よ、とこしえに ふる里の山海にねむる
  平成十五年秋 船村徹


 高野公男の墓には、同じく船村徹の次のような言葉が掘られています:

  友よ 土の中は 寒いのだろうか
  友よ 土の中には 夜があるのだろうか
  もしも 寒いのならば 俺のぬくもりを わけてあげたい
  もしも 夜があるのならば 俺の手で灯りを ともしてやりたい
  友よ 俺の高野よ こおろぎの よちよち登る 友の墓石
   昭和四十三年秋 船村徹


 箱田小学校の公式サイト「ふるさとはこだ」のこの欄は次の言葉で締めてありました:

1956(昭和31)年9月8日、あまりにも若い死を国立水戸病院で迎えました。
 高野公男が死んだ後も船村は、片時も高野公男を忘れることなく生き、有名な曲を作り続けています。
 その心の奥には高野公男への鎮魂の思いがあるのだと思います。
 このように皆さんの先輩には、生涯を通して深く強く結ばれた友情を大切にしてくれる友をもった人がいます。
 皆さんも、信じて一生を付き合える親友と巡りあえるといいですね

posted by fom_club at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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