2013年04月14日

妙義山

 4月14日日曜日は山歩クラブ、新年度第一回目の月例お山歩会でございました。
 向かった山域は、妙義山。
 新年度、なにごともなくつつがなく楽しい山行ができますように、とまずはお祈りしたのが、「妙義神社」(富岡市妙義町妙義6 Tel 0274-73-2119)です。

山歩クラブでは2004年11月6日の土曜日に秋晴れのなか、浅間が火を吹いて(2004年9月1日)妙義山山中の葉にもうっすらと灰をかぶったなかを歩いています。さらに5年を経て再び秋、景色が見えない雨模様の白い靄のなか、2009年10月25日二度目の山歩きをしています』(山歩クラブかわらばん)
 
 今回が3度目です。

妙義神社の本社・唐門については、2007(平成19)年9月の台風9号の大雨により本殿の裏山が崩れ、治山工事及び文化財修復工事のため、長期にわたり見学できませんでしたが、ようやく工事が完了し、国指定重要文化財の本社・唐門が2012(平成24)年12月8日より参拝可能となりました
(富岡市観光情報サイト、とみおか浪漫紀行)
http://www.city.tomioka.lg.jp/tourism/001/003/

妙義神社の由来は、と申しますと:

妙義神社は、奇岩と怪石で名高い妙義山の主峰白雲山の東山麓にあり、老杉の生いしげる景腺の地を占めている。創建は「宣化天皇の二年(537)に鎮祭せり」と社記にあり、元は波己曽(はこそ)の大神と称し後に妙義と改められた。  
 そもそも妙義と云う所以は、後醍醐天皇に仕へ奉りし権大納言長親卿、此の地に住み給いて明々魂々たる山の奇勝をめで、明魂と名づけしものを後世妙義と改めたと思われる

(公式サイト)
http://www.myougi.jp/

 2009年10月のときは、妙義神社の本社の脇から、お中道への道がはじまるはずでしたが、その大雨の影響で「通行止め」でした。
 道を聞いて一度、「道の駅みょうぎ(物産センター)」(富岡市妙義町岳322-7 Tel 0274-73-3991)の裏にもどって、地元野菜の直売所脇から歩いて、その本社から通じるはずの「関東ふれあいの道(妙義山中間道)」に分け入ったのでございます。
 三度目の今回、その道も修復されており、本来の道をたどることでできました(ホッ)。

 どこまで歩いたのか、と申しますと、「妙義山 中之嶽神社」(甘楽郡下仁田町大字上小坂1248 Tel 0274-82-5671)まで、です。
 由緒によりますと:

『本社は往昔元「波胡曽神」を山の主と祭られていましたが、倭建尊(日本武尊)が勅命に依り関東御巡行の際に妙義山に登嶽したと伝えれております…』

 ここには明治時代の軍人、等々力氏がこの上で逆立ちした「轟岩」があります。その名前の由来については、大砲岩の見晴らしが効く岩のところで地元の方がヤッホー君に教えてくださいました。
 それを聞いた等々力さん、すっかり喜んで神社で手をあわせていらっしゃいました。

 ここはまた、日本一のだいこく様でも名を馳せております(高さ20m、2005年完成)!
http://www.nakanotake.com/

 歩いた道はとても変化に富んだコースでした。
 それよりもなによりも、道の両端には野の花、すみれ、たんぽぽが笑顔で迎えてくれまして、咲き始めのアカヤシオに、トウゴクミツバツツジが微笑み、また木々には芽吹いたばかりの新緑が産毛をつけて「こんにちは」って挨拶してくれました。


※ ヤッホー君注「波己曽(はこそ)は岩社(いわこそ)の意という」(群馬県生涯学習センター):
http://www.manabi.pref.gunma.jp/bunkazai/ab136025.htm

posted by fom_club at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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