2013年04月02日

佐野桜

 いやぁ〜幕間のくつろぎもけっこう良いもんですね。
 4月2日雨。サクラたち元気にしてますでしょうか…。
 サクラといえば、やっぱり京都が似合うやぁと思いまっせ、おこしやす、おいでやす!
 今日は三題ご紹介。いぜれもヤッホー君のこのブログとは大違い、絵も綺麗やす!

☆ 道照寺ひろ子「いとをかし京日記」
 「生まれも育ちも京都、仕事でも毎日京都を東へ西へ徘徊しています。
 好きなことは、この仕事??と食べること。かなり食い意地はってます。
 いいお店あったら紹介して下さい!
http://www.leafkyoto.net/blog/kyonikki/

☆ 漫画家のおかだとよいちです「漫画と畑とお遍路さん」
 「畑で野菜作りを楽しみながら、畑で野菜と戯れて、気が向けばぶらっと四国へお遍路さん。
 お寺や風景を描いてます、ブログで発表して行く予定です。
 あるがままに・
 <売れない漫画家に愛の手を>」
http://blog.goo.ne.jp/toyoichi_2010

☆ KAZUのブログ「西陣に住んでます」
 「京都をめちゃくちゃ楽しんで暮らしてます。
 Yes, let's go to Kyoto!
 京都在住20年弱ですが、まだまだ観光気分たっぷりです(笑)」
http://ameblo.jp/kazue-fujiwara/
 
 いえ、ね、このお三方には共通して京の桜守「佐野藤右衛門」さん、そのお屋敷のサクラ(花の季節にお庭を開放してくださるんですって)が、写真で登場してきます。ぜひ堪能なさってくれはりますか〜。

 ところで、ヤッホー君のこのブログ、3月27日付け日記「星野山」で「喜多院」を紹介しましたよね。
 この像が天海僧正さんやす:

天海.jpg

 これは国の重要文化財の庫裡にある「春日局化粧の間」から覗いた中庭やす。
 この庭は、江戸城の紅葉山を模した庭園で「遠州流庭園(曲水の庭、轉合の庭)」とも呼ばれています:

P3267145.jpg

 喜多院の奥に「仙波東照宮」がありましたが、これは三大東照宮のひとつなんですよ(ではあとふたつの東照宮はどことどこでしょうか?これが問題、お答えをお待ちしております)。
 この写真は、社殿の正面右側にある石灯篭を撮っていますが、藩主松平吉保(柳沢吉保)が元禄15年12月16日に寄進したもの、つまり赤穂浪士が吉良邸に討ち入った翌日のことです:

仙波東照宮.jpg

徳川家康は、1616年に亡くなり、遺言により その遺骸はいったん静岡の久能山に葬られました。
 しかし 翌1617年、天海の指示で 遺骨を日光東照宮に移しました。
 さて、この移動は、静岡から東海道を下り、いにしえの鎌倉街道上道を北上し、久米川宿から川越に入り、そしてさらに北上して行きました。
 遺骨を搬送する経路としては、江戸を避けたのですね。
 このとき、2月23日から4日間、遺骸を「喜多院」にとどめ、天海による法会が催されました。
 その縁で、ただちに「喜多院」に東照宮が勧請され、1633年に完成しました。
 しかし、この初代の東照宮は、1638年の川越大火で「喜多院」とともに失われました
 今ある仙波東照宮は、江戸城二の丸にあった社殿を、1654年にここに移したもの。
 国の重要文化財です

http://www2.mmc.atomi.ac.jp/web01/Flower%20Information%20by%20Vps/Historical%20Matter/s04-x-Kawagoye.htm

 このていねいな喜多院訪問記を書き下ろしてくださった方は、跡見学園の副学長さんで「花便り第43便」(2004(平成16)年10月17日付け)からでした。
 なぜ、ヤッホー君が跡見学園におじゃましたのか、と申しますと、ここは京の桜守「佐野藤右衛門」さんと縁があったのでおます:

サクラは跡見学園女子大学のシンボルであり、構内全域にわたって多くの種類が植栽されています。
 これらのサクラは、開学当初の1965(昭和40)年、高山雄三郎氏が京都の佐野藤右衛門氏の桜苗園から取り寄せ、寄贈してくださったことに始まります。
 現在あるサクラの大半は、大学と歩みを共にしてきたものです

http://www.atomi.ac.jp/daigaku/sakura_web/

 キャンパスはサクラ咲く花の学園。

跡見.jpg

紅南殿
 佐野藤右衛門氏が栽培していた品種で、大阪造幣局など限られた場所でのみ見られる珍しいサクラです。
 花弁はサクラとしては濃い紅紫色でやや細長いのが特徴です。
 学名上はヤマザクラの一品種とされていますが、サトザクラとして扱うのが妥当です

http://www.atomi.ac.jp/daigaku/sakura_web/2/index.html

山桜'佐野桜'
 1930(昭和5)年に佐野藤右衛門氏が京都の広沢池の周辺にあったヤマザクラの実生1万本から選抜した園芸品種です。
 花はそれほど大きくはなく、花弁はごく淡い紅色で12〜15枚ですが、花着きがよく美しいサクラです。
 学名上はヤマザクラの品種として扱われていますが、葉縁の鋸歯がやや伸びるなど、サトザクラまたはオオシマザクラの影響がみられます

http://www.atomi.ac.jp/daigaku/sakura_web/3/index.html

 あっ、そうそう、「佐野桜」のそばで、「亦比久良竪穴住居群跡」の説明をしてくださったのは、グラウンドから練習を終えてでてきた「跡見学園女子大学軟式野球部」、通称Violetsのお嬢さまの面々。強いんですよ。

秋季リーグ戦は跡見女大が優勝しました
(関東大学女子軟式野球連盟)
http://members3.jcom.home.ne.jp/kanto-baseball/
 
posted by fom_club at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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