2011年08月14日

仙台高尾

 今日8月14日は夏休みの日曜日、今朝も早朝からリバーサイドウオーク。
 ま、いったいこれからご報告がどのくらい日時がかかるかわからねど、秋風が立つ時分までにはま、終わろうかとそんなこころ積もりではおりますが、ぜひお付き合いのほど隅から隅までず、ず、ずい〜っと乞い願いあげ奉りまする〜っ。
 まずは「高尾稲荷」にてヤッホー君、手を合わせていたからびっくり。
 なにごとか、と言いますと、昨夜は満月、隅田の大川端で月見だ、と川面に映るお月さま、あ〜これが月遅れ盆の迎え火かあ〜、手にもった扇子をぱたぱたと仰いだ、というのがまくらになるわけでして、ま、真夏も相変わりませず、三遊亭金馬(1894年東京は本所生まれ-1964年)の落語で暑さをしのいでくだされますように、下↓参照。
http://rakugotyan.blog37.fc2.com/blog-entry-128.html

 このお稲荷様、深いわけがございまして:

『仙台六十二万石伊達綱宗が三浦屋の万治の二代目高尾、いわゆる仙台高尾を身受して、のちに芝の下屋敷へ舟で連れていく途中、三つ又(隅田川の現在の清洲橋と永代橋の間にあった砂洲)で吊るし斬りにしたという巷説があるんですね。
 高尾には島田重三郎という情人があったので綱宗のいうことを聞かず、意地になった綱宗が高尾の体重と同じ重さの黄金二十貫で身請けしたという俗説もあります。

 高尾の遺体が数日後、この地大川端(隅田川)の北新堀河岸に漂着し、当時そこに庵を構えていた僧が居合わせて引き揚げ、手厚く葬ったといわれます。
 高尾の不憫な末路に広く人びとの同情が集まり、そこに社を建て、彼女の神霊・高尾大明神を祀り、高尾稲荷社としたというのが当社の起縁です。
 稲荷社としては全国でも非常に珍しいことに、現在この社には実体の神霊(実際の頭骸骨)が祭神として安置されているのです。

 高尾稲荷の場所(中央区日本橋箱崎町、IBM社屋のすぐそば)は、明治のころ この地には稲荷神社および北海道開拓使東京出張所(後に日本銀行開設時の建物)があったそうです。
 その後現三井倉庫の建設に伴い社殿は御神体ともども現在地に移されました。

 高尾が仙台侯に贈ったといわれる句に、「君は今駒形あたり時鳥(ほととぎす)」
 なお、仙台高尾の墓は台東区浅草の春慶院(浄土宗)の檀家墓地の入口の脇に置かれています』
(中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。上のお題は、ダンディ松さんによります2011年6月10日15:30更新
の投稿によるものです)
http://www.chuo-kanko.or.jp/blog/2011/06/post-828.html
 
posted by fom_club at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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