2011年07月26日

北八ツ彷徨

 小学校6年生といっしょになった蓼科山への山歩クラブ番外編山行、実は「親子登山」という企画もヤマケイでは行なっているようです。
 親の姿を子に見せ、子にリレーのように親の趣味が引き継がれ、受け渡されていくことも大事なことです。
 この夏休み、ぜひ親子で山歩きを楽しまれてください。
http://sangakuisan.yamakei.co.jp/news/oyako_2011.html

 ところで、蓼科山でもう一枚、ヤッホー君が突然立ち止まって、写真を撮ったところがあります。
 なんでしょう。アタマのなかに山口耀久(やまぐち・あきひさ)の『北八ツ彷徨』が響いていたのです:

苔の匂い.jpg

北八ツといえば、だれでもすぐに思い出すのは、あの苔の匂いであろう。
 朽ちた倒木や、古い岩石や、湿っぽい土のそれとまじった、なつかしい森の匂いである。
 木漏れ日がちらちらする程度の暗い森林の中の腐葉土がこの繊細な植物の生育地帯だが、ごつごつした岩地の斜面まで、絨毯のように厚い苔でびっしり覆われている場所がある。
 樹木の根元の洞といわず、岩と岩とのすき間といわず、あらゆるものを覆いつくしてどこまでもうねりひろがるこの緑の敷物の壮観は、ほとんど圧倒的とさえいえるような自然の生命力の執拗さを物語っている

…山口耀久『北八ツ彷徨(2008年、平凡社ライブリー)』

 ね、ヤッホー君はこんな北八ツを歩きたいんだけど、まだほとんど歩いていないんだ、行こうね、渋の湯から天狗岳(西天狗2646m)、にゅう2352mをたどって稲子湯へという北八ツの「フルコース」とやらも味わってみたいもんだ、と同行者に呟いていました。黒百合ヒュッテにもしらびそ小屋にも泊まってさ。もちろん渋の湯、稲子湯の湯宿にも、だから4泊5日の「北八ツ、フルコース」!

 ところで山口耀久は1926年東京生まれですが、獨標登高会を1944年に創立します(18歳!)。ですので、この『北八ツ彷徨』の初出は、1959年獨標登高会会誌『年報獨標』第1号ですので、つまり半世紀、52年も前の文章で、33歳のときに書かれた文章です。
 でもなんとみずみずしいのか、人の感性とかその感情の表出は、きっと年齢とか時を越えて通じ合う、響きあうものがあるのでしょうかね。フ・シ・ギ…

 しかし獨標登高会は…
生活スタイルの変化とともに趣味の多様化が起こり、また登山講習会の普及による組織化されない登山者が増加しました。
 その結果、当会を始めとする多くの社会人山岳会では会員数が減少し、会の総力が低下し、岳界をリードする役割を担えない状態となってきました

 
 ドキッ、たしかに今、山を歩いていても集団登山の方々は、山岳会というよりは、旅行会社主催のツアー登山が主流となっています。山を歩くグループも、社会の合わせ鏡なのかも知れません、きっと。
 う〜ん、人間関係とか縁とか仲間意識とか、コミュニティづくりが面倒くさい、つながりったって煩わしいだけ、とかなって、お金さえだせば一人でなく、他の人たちとくっついて山を歩ける…とかね。
 そしてだから3.11以後、急に心をひとつに、とか、ひとつになろう、とか、つなげる支え、つながる希望とか、絆が「スローガン」となりましたもんね。つまり絆が、あるいは組織文化がそれほどまでに希薄化していた、その裏返しだったのだ、と言えなくもありません。
 そんななかで、その歴史ある社会人山岳会、獨標登高会の公式サイトも更新されていないのがとても心配なんです;
http://www.hi-ho.ne.jp/dtk0777/reki/r-1.html

posted by fom_club at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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