2011年07月07日

加賀乙彦

 7月2日土曜日の日記「レモン哀歌」で、津村節子が1998(平成10)年度の芸術選奨文部大臣賞の文学部門に選ばれたと言いました。これは、加賀乙彦との同時受賞でした。
 この加賀乙彦は、1929年東京生まれ。東大医学部卒。日本芸術院会員。病院や刑務所に精神科医として勤務。犯罪心理学に詳しく、代表作に『フランドルの冬』『宣告』『湿原』『永遠の都』など著書多数。近著は『不幸な国の幸福論』(集英社新書、2009年12月)。
 今日はこの加賀乙彦の声に耳を傾けてみましょう。出展は朝日新聞、毎日新聞、そして東京新聞からです。

『私は、今、81歳。
 この1月半ばに心臓病で倒れ、4週間ほど入院し、心臓にペースメーカーをつける手術をした。
 退院して、ペースメーカーの調子を診てもらうために、大学病院に行き、機械の調子がいいと言われて安心して、外へ出たところで3.11大震災の余波を示す地震にあった。
 東京・本郷のマンションに帰りつくと、点検のためエレベーターが全部停止していて、寒いロビーに住人が集まって震えていた。
 ここには老人が多く、階段を登れない人が大勢住んでいるのだ。
 風邪をひくか、手術直後の心臓を使って9階の自宅まで登るか。
 私は後者に決めて、ゆっくり登りだした。
 ドアを開くと、5千冊の本の散乱に、ただただ打ちのめされた』

(2011年3月29日付け朝日新聞ウエブ版「再建という希望が残った、作家・医師 加賀乙彦さん」)
http://book.asahi.com/clip/TKY201103290134.html

−−著書「悪魔のささやき」(集英社新書、2006年8月)にこう書かれました。<あのとき感じた、人間の思想や国家のイデオロギーというのはなんて脆(もろ)いものなのかという驚きは、今もずっと続いています。そして1945年8月15日こそが、私がものを考える原点となった>
 加賀 戦争が終わると、昨日までの日本を否定して、「民主主義、民主主義」と正反対のことを言い始めた。大人はウソつきだ、いちばんひどい騙し方をしたのだと愕然とした覚えがあります。国家を、組織を、支配者、教育者を、私より上の世代の人間を信じない、それが戦後に到達した心境でした。

 −−かくも「悪魔のささやき」に乗せられたのは。
 加賀 日本人の国民性はひとえに流されやすいのです。それは集団主義的な傾向や、「個」を主張しづらい日本の社会に起因していると思います。「個」を押し殺して、集団の「和」を大切にしようとする人たちは悪魔のささやきに弱い。それほどに悪魔の力は強いのです。

 −−「悪魔のささやき」に打ち勝つには。
 加賀 悪魔は、人間の無知につけこみ、曖昧でぼんやりした心に働きかけます。戦争前に、国民がアメリカの国力を知っていたなら、たとえ政府や軍部の圧力があっても、簡単にアメリカに勝てるなどとは思わなかったはずです。あれほど熱狂的に戦争へとひた走ることはなかったのではないでしょうか。
 長いものに巻かれる、お上の言うことには黙って従う、そういう気持ちが強まると、考えることを放棄しがちです。大事な点は自分で考え、自分で選択して行動する、その習慣を身につけることでしょう。悪魔にささやかれて痛い思いをした私の実感です。

 −−東大の医学生時代、長崎原爆で被爆死した7歳の子どもの脳細胞を研究室で見て衝撃を受けたそうですね。
 加賀 あのような脳を見たのは初めてです。神経細胞がなく、戦後に見た廃虚、それも延々たる廃虚のような脳でした。原爆がこれほどすさまじく、異様で残酷なものかと思い知らされました。残酷な殺人としか言いようがない。
 後に原爆を落としたトルーマン米大統領の回顧録を読んだとき、さしてためらいもなく、むしろ誇らしげに投下命令を出しているのを知って、トルーマンは悪魔にとりつかれていたなと思いました。今もなお、原爆投下は正しかったと信じているアメリカ人が多いのは、悪魔のささやきに身を委ねているからだと、私は思います。

 −−戦後も66年を迎えましたが、この間の日本をどうみられますか。
 加賀 戦後の日本は戦争をしなかった、戦争によって一人の外国人も殺さなかった、だから平和国家だというのは間違いだと思います。朝鮮戦争、ベトナム戦争と米国の戦争に協力してきたではありませんか。平和を守っていると言いながら、21世紀になってもアフガン戦争、イラク戦争で米国に協力している。これでは真の平和国家といえず、憲法9条を守れていないのではないでしょうか。

 −−真の平和国家とは。
 加賀 日本という国は、あれだけの戦争をして、原子爆弾を落とされて、被害をこうむって、そうして平和憲法をつくったにもかかわらず、もっとも好戦的な国・アメリカの基地をたくさん抱えている奇妙な国なのです。日本列島が米軍の「不沈空母」であるかぎり、独立国としての自由は阻害され、平和国家としての外交活動も制限されるでしょう。だから日本人が真の平和主義を実行するための条件は、まず米軍基地をなくすことです』

(2011年1月24日付け毎日新聞大阪夕刊)
http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/talk/news/20110124ddf012070044000c.html

『国内総生産(GDP)は世界2位なのに、社会保障は先進国で最低水準。
 格差は拡大し、自殺者は年間3万人、うつ病患者は百万人を超える。
「本当に日本は不幸な国になった」と嘆く精神科医で作家の加賀乙彦さん(80)は、「この状況を脱するカギは米軍普天間飛行場にある」と言い切る。話を聞いた(立尾良二、書記)
 自分の意見 若者は持て
 加賀さんは、オバマ米大統領のノーベル平和賞受賞演説について「全く矛盾した言葉だった。『平和を守るために正義の戦いをすべきだ』と言ったが、ブッシュ前大統領と同じ。これでは日本人は憂うつになり、希望を失う。逆にいえば、日本は付き従っていた米国から、いまこそ自立する絶好の機会だ」と言う。
 現在、長編小説を執筆中で「昭和10年から始まり、戦後の独立、高度成長を経て、阪神大震災前にバブルが崩壊したころの状況をちょうど書いている。資料を調べているうちに、日本の不幸の始まりは1952年、日米安全保障条約の発効にあることを確信した」と振り返る。
 日本は同年、主権を回復するとともに、占領米軍の既得権をそのまま駐留米軍に認めた。「米軍基地と公共事業は関係がある。日本は防衛を米国に任せ、公共事業で高度成長を支えた。日本は米軍基地を通じて朝鮮戦争からイラク戦争まで加担したのだ。つまり日本の高度成長の裏には戦争がある」
 バブル崩壊後も、むだな公共事業を続けて環境を破壊し、小泉政権の「聖域なき構造改革」で社会保障を切り捨て、国民は勝ち組と負け組に二分された。「日本は大きな曲がり角に来ている。このままでは破滅する。この不幸を脱するにはどうしたらいいか。政権交代が実現したからこそ、根本的に考えるべきだ」と力説する。
 その試金石になるのが普天間問題という。「普天間を端緒に米軍基地をすべて撤廃すべきだ。防衛は自衛隊だけで結構。政治家もジャーナリストも『北朝鮮や中国の軍事的脅威から、米国が日本を守っている』『米国を怒らせたら大変なことになる』というが、全くの幻想だ。むしろ日本に米軍が駐留し続けているために、北朝鮮も中国も軍備増強に走る。米軍が日本から出て行けば、東アジアは平安になるのではないか」
 加賀さんの主張は自衛力強化と受け取られて「軍国主義者と誤解されるが、私は戦争体験者であり、戦争は絶対にいやだ」ときっぱり。「日本が米国に守られているのなら、日米関係は同盟ではなく、日本は米国の属国になる。事実上の属国であることが日本の最も大きな不幸だ」という。
 幸福な国を目指すには「経済的にも道義的にもきちんとした国になるべきだ。米国の力を借りずに、日本は自分の国でやれる時代に入ったと思う」と説く。
 その上で、若い世代に対して「米軍基地に象徴されるように、誰かに全部任せっきりにして、『分からない』『興味がない』と考えることを放棄したり、『どうせ何も変わらない』と行動する前からあきらめる習慣から脱却しよう。これからは自分たちで考え、自分自身の意見を持とう」と呼びかける』

(2009年12月25日付け東京新聞朝刊より)

posted by fom_club at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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