2011年07月02日

レモン哀歌

『智恵子は日本女子大を卒業した頃に肋膜炎(結核)に罹りました。
 52歳で亡くなった死因は粟粒結核と言われます。
 結核は智恵子が画家として力を振るう妨げとなっていたようで不幸なことです。
 もう一方、智恵子は45歳頃から幻覚妄想、精神運動興奮、時に著しい退行を示す精神病に罹ります。
 日本医大の初代精神医学教授であった斉藤玉男先生が開かれた大井町のゼームス坂病院にて、1938(昭和13)年10月に亡くなるまで入院治療を受けました。
 診断は統合失調症でした。
 遅い発病、赤児同然の退行した状態と綺麗な色彩の切り絵を作ることのできる状態など変化にとんだ病像は非定型的だと思われます。
 遅い発病の分、智恵子の発病には明確な心因が見受けられます。

 一つは実家の破産と没落で1929(昭和4年)、43歳時のことです。
 もう一つは画家として光太郎から尊敬されるようになりたいという夢が破れたことだと思われます。

 「智恵子抄」は智恵子の死後に光太郎が書いた智恵子との心の交流日記ですが、光太郎にとって智恵子のあどけなさ、純真さが魅力であったことが示されているものの、画家としての力への尊敬は見えてきません。
 光太郎は智恵子にとって越えられない壁でした。
 亡くなる前、ゼームス坂病院入院中に千代紙や広告の切れ端を使って智恵子が作った切り絵は色彩の美しい綺麗な作品です。
 智恵子は光太郎に見せるためにだけ切り絵を作ったようです。 回診の時に主治医に見せることを拒んでいる程です。
 光太郎は切り絵を見てとても良くできていると感心し智恵子を誉めています。
 智恵子にとっては切り絵により、画家として光太郎から尊敬されるようになりたいという夢がやっと叶ったのでした

(福島医大神経精神医学講座教授丹羽真一先生から一陽会病院への寄稿です。丹羽教授は、1992(平成4)年に東京大学より福島医大に着任し、専門の精神医学・心身医学のみならず、福島県の歴史にも大変造詣が深い先生です)
http://www.ichiyo.jp/

 智恵子は光太郎より愛される以上に、きっと芸術家としても自立したかったのかも知れません、そして多分、没落した実家の再建、復興を願っていたのかも知れません。
 
 芸術家同士のカップルの愛のかたちを綴った名作に津村節子『智恵子飛ぶ』(講談社文庫、2000年)があります。この作品は1998年、芸術選奨文部大臣賞を受賞しています。
 作者の津村節子(1928年生まれ) は、このようにふたりの愛のすがたを描いています;

自分を全面的に理解してくれる智恵子の愛と尊敬を生命の糧として仕事に打ち込み、その歓びに高揚していた光太郎は、智恵子の心の奥に押し籠められた焦燥と失意には気づかなかった。
 光太郎は、汚れ果てた自分の目の前に現れた純粋無垢な智恵子を審判官とあがめ、自分の為に生れた女性として理想化し讃え続けてきたが、生身の智恵子は、光太郎の描く智恵子に自分を合わせることに疲れてしまったのであった


 1938(昭和13)年10月5日夜、智恵子が光太郎の持参したサンキストのレモンの一顆に歯をたてて、すがしい香りと汁液とに身も心も洗われながら、「きわめて静かにこの世を去った「ゼームス坂病院」は、品川区大井町駅近くのゼームス坂の途中にあったのですが、いまは、その跡地に記念碑、「レモン哀歌の碑」が建てられています:

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを 
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ 
トパアズいろの香気が立つ 
その数滴の天のものなるレモンの汁は 
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関ははそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう

(高村光太郎『智恵子抄』1999年角川文庫版、この詩は「目次年表」によると智恵子の亡くなった翌年1939年、昭和14年2月23日の作)


posted by fom_club at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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