2019年10月14日

「最高責任者」の消極的な無責任

 かねてより日本は国家の民営 ‐ 私営化が進行しており、故に国家機関たるはずの行政は、「全体の奉仕者」から既になっておらず、資本に益するべく国民や外国人労働者を宛がうだけでなく、その資産を切売りし、レント・シーク(*)の便宜を図る卑しき「社会の一員、サーバント(使用人。召使い、servant)」の巣窟と化していることは本欄で触れてきた。

(*)rent seeking
 ”rent!は「超過利潤」。一部の特権的な富裕層(俗に言う「1%」)が社会のシステムを自分たちに都合良く変えてしまう。

 現今の資本主義にあって日本なる国家が増強しているとすれば、諸々の権限集中を図ってきたのみならず、「政治主導」する行政がむしろ家父的な国家経営――資本主義原理と緊張関係にある「全体」への再分配――の観点を率先して放棄し、特殊かつ特権的な私営企業機関のそれへと傾斜しつつあるからで、ために、かつての国民国家は、半ば宗主国的に自由な資本が使用する植民地のごとき(私)財として扱われている。

「アベ政治」批判が資本主義批判でもなければならない所以だが、とまれ、にもかかわらず「上級」「下流」やら種々の国民が概ね現状肯定に服し、逃げ場がないサーバントの自由に汲々と縋っているさまはやはり不気味ではある。

 2019年9月9日に千葉に上陸した台風16号による被災に際し、改めてそのことを考えざるを得なかったのは、これも以前から確認できたことであるものの、第二次安倍政権が自然災害及びその被災者支援に対し極めて反応が鈍く、しかし案の定そのことで支持率は下がらないどころか、直後の共同通信の世論調査では上昇してすらいたからだ。

 周知のとおり、家屋損壊等々の被害のみならず断水、停電、電波障害などの窮状を訴える被災者からのSNS投稿が注目され始めてから数日、安倍晋三及びメディアが最も時間を費やしたのは内閣改造に関する彼是であって、組閣翌日の12日にようやく記者団の質問に答え「復旧待ったなし」の掛け声に続けて安倍が述べたのは、「現場現場で、持ち場、持ち場で全力を尽くしてもらいたい」だった。

 この「最高責任者」の消極的な無責任性は、「プッシュ型支援」など迅速な被災地への行政の直接介入の条件を整備してきたのがほかならぬ安倍政権なだけに、また今回の組閣後真っ先に目標として掲げた改憲において創設が目指される「緊急事態条項」も、ともかくも建前上は大規模災害にあたり、行政によるより強力な対応が可能となるから、とその必要を説いていたことなど鑑みるに留意していいし、またこの消極的な無責任に対する国民の反応も、災害対応の遅れや不備のため大いに叩かれた過去の政権の事例と比すならあまりに「お行儀がいい」。

 むろん、前者については、安倍政権が国会を長期間開かないこととともに、もはや「全体の奉仕者」から遠い、企業――ちなみに、台風をひかえ交通機関が運休を告知するなかでの出社に関する業務連絡のタイプに即した企業診断になぞらえれば、「連絡なし」の「グレー企業」または「各自で判断をお願いします」の「クソ企業」に近いか――と化していることを以て、一定の説明は可能だろう。
 だが後者は何故このブルジョア独裁に従順で、これをかくまで支持してしまうのか。

 ここでその充分な答えは提示しえないが、ひとまず『思想』(9月号)で特集されたミシェル・フーコーを参照してみたい。

 箱田徹(1976年生まれ、天理大学人間学部総合教育研究センター・准教授)「人民の回帰?─フーコー戦争論のポテンシャリティ」は、社会契約を結末としないその戦争 ‐ 内戦概念の検討において、フランス革命に至る「大規模な民衆反乱の前に、日常的に実践され、かつ容認されてきた民衆の違法行為」を見出し、「「政治」の概念を、抽象的・普遍的な正義をめぐる争いとは異なる次元で考察する」フーコーの姿勢を強調する。

 フーコーによれば、ミクロな戦争 ‐ 内戦としての17 - 18世紀の民衆の違法行為は、ブルジョア革命を経て次第に民衆が「プロレタリア化」し闘争の質が変わっていくのと併行して、脱政治化されるとともに監獄に収監すべき非行や犯罪の範疇に矮小化されていった。
 それは社会の名において処罰と矯正を要する道徳的な悪と見做されたのだ。
 だとすれば、いかなる「違法行為」も厭い、みずからをそれから防衛されるべき市民と見做す昨今の日本国民の「お行儀のよさ」のなかで、有効な戦争 ‐ 内戦が悉く封殺されたかに触知し難いのは、この転換以降のブルジョア独裁にふさわしい光景と評しうる。

 けれども他方で、諸々の違法行為に鷹揚なかつての封建制的風土の礼讃も、近代におけるそれらの回帰の待望も、ひいては「あらゆる犯罪は革命的である」云々のテーゼもフーコーからは導出すべくもない、このこともいわずもがなながら注記しておいてよい。

 まして、脱政治的な犯罪への転換は、封建制下の違法行為が総じて「あらたな合法性を求めてブルジョワジーがたたかう戦線のようなもの」を形成していったすえに生じたことに注意を向けるフーコーを差し置き、なお自由かつ脱イデオロギー的な実践アナーキー/アートと称して非行ないし犯罪の奨励に甘んじるのは能天気にすぎる。

 戦争 ‐ 内戦は「あらたな合法性」を巡る権力闘争たりえなければ何程でもなく、フーコーも直言したごとくそれは「勝つために戦う」のでなければならない。
 ブルジョア道徳はそれとして批判すべきでありながら、これに抵触する犯罪を自由として礼讃しておけば済むわけでもない所以だ。

 それにしても、メディアへの露出も人気取りも決して嫌いでない安倍が、「全体の奉仕者、statesman」の器でないとはいえ、災害に際して対策本部を設置し陣頭指揮を執って、功を成し、以て民から堂々たる喝采を浴びることに徹底して無関心であり、それを隠しもしないのは、だが、そのことを「全体」から咎められない「最高責任者」であり続けている事実ひとつ取っても、決して統治を放棄していることを意味しない。

「グレー」か「クソ」かは問わず、この半ば企業機関化した行政の長は確かに国民にサービスを提供し、それなりの満足度を稼いでいる。

 恐らく民主党政権を念頭に、災害対策の類いに不備や失策は不可避で指弾(クレーム)は免れえず、しばしば失態は真面目に取り組むほどまぬけに映るのなら、いっそ動かず前に出ないのがリスク・マネジメント上、賢明だと安倍は判断しており、この消極性は同時に、次のことにも資する。

 フーコーに倣っていえば、なるほど安倍政権はもはや人口を対象とした「安全」の保障に励まないものの、やはり安全と平和を提供しているのだ――飛来の恐れがないミサイルのためにJアラートを鳴らすのとこれは矛盾しない――。

 安倍にとって問題は、現に隅々まで安全(「問題ない」)か否かよりも――現に好景気か否かよりも、とおなじく――その「感(イデオロギー)」であって、つまり安倍が宴会や内閣人事を優先させて「問題ない」以上は、災害もまた「問題ない」程度なのだから、皆も同様に無関心で「問題ない」ばかりか、そうであれとのメッセージを波及せしめる。

 当然ながらこれには分断が伴う。
 しかし、善意のボランティアや地域コミュニティ含む「持ち場、持ち場」にその対処を負わせた「現場」からの訴え(クレーム)が顧客(ユーザー)全体の雰囲気を不穏にするに至れば、場合によっては切り捨て(不可視化)し、「安心してご利用いただける」日本をプレゼンテーションすることが、企業的な監視管理(コントロール)であり、分断もこの統治のため利用される。

 事実、下請け先の「持ち場」で脱イデオロギー的に職域奉公に「全力を尽く」すサーバントへの「感謝」と併せて、魑魅魍魎からは「準備不足」など、自己責任を咎める声が被災者に発せられた

 安全と平和を脅かす「お行儀悪い」事態を「ある」から「ない」へ分離したうえで「全体」を再捻出するのに軽便な「風評被害」なる言葉も流布して久しいいま、公共圏に現われたなにがしかの抗議者は収監されないにしろ、存在自体が「風評被害」と化し、そのとき消極的な、無責任に徹する安倍は「風評被害」に屈しない「最高責任者」となるのだ。

 来るオリンピックにおいても同様に安全と平和が提供されるだろうが、いつまでもかくなる監視管理コントロールで遣り過ごせるはずもない。

 ブルジョア独裁に抗する戦争 ‐ 内戦はこれらを踏まえ、構想されなければならない。

週刊読書人Web、2019年10月6日
ブルジョア独裁の風景――「最高責任者」の消極的な無責任について
長濱 一眞(批評家)
https://dokushojin.com/article.html?i=6013

 私の払った税金が「税金を払えない人達」の為に使われないのだとしたら、それこそ払いたくないだろ。
 税金=払った人だけの物だとしたら、それこそ払う意味ないだろ。

8:13 - 2019年10月12日

・貧困は自己責任
・学費が払えないのは自己責任
・就職難は自己責任
・結婚できないのは自己責任
・子供を持てないのは自己責任
・病気は自己責任
・水害は自己責任←New!
この国は税金何に使ってるんですかね

17:25 - 2019年10月13日

 災害になると、首相の顔が全く見えなくなる。何故なのか?
 政府は何故、災害対策本部を設置しないのか?
 理解できない。

4:45 - 2019年10月12日

 安倍総理大臣は、日本が、初めてのベスト8進出を決めたことを受け、みずからのツイッターなどに、
「東日本大震災でもスポーツの力を実感しましたが、世界の強豪を相手に最後まで自らの力を信じ、勝利を諦めないラグビー日本代表の皆さんの勇姿は、台風で大きな被害を受けた被災者の皆さんにとっても元気と勇気を与えてくれるものだと思います。日本代表初の決勝トーナメントでのご活躍を期待しています」
という祝福のコメントを投稿しました。

2019年10月13日 22時43分

 さすがに安倍首相の「被災者の皆さんもラクビーから元気と勇気を貰えたはず」発言はヤバいだろ。
 被災者はラグビー観てる余裕なんてないし、そんな時にラグビー観て希望なんて持てるわけないじゃん。
 元気や希望が貰えるのは、安倍首相からの「災害補償は任せろ!」の一言ですよ。分かんないのかな。

7:48 - 2019年10月13日

 この発言の時点で、じゅうぶん激甚であったし、そのあとさらに被害が明らかになることも想像できないバカが、与党第一党の幹事長である。/二階氏 台風被害「まずまずで収まった」緊急役員会で

 報じられてすぐにたくさんの方が非難されているのであらためて屋上屋を架すこともないかと思ったけれど、ほんとうに憤懣やるかたないので。

20:35 - 2019年10月13日

 被災状況の報道で、各地の甚大な損害や、死者数が50人、51人、と増えていくたびに、頭の中で「まずまず、まずまず、」と言葉がこだまして気が変になりそう
2:26 - 2019年10月14日

posted by fom_club at 15:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

沖縄と東ティモール

 病床のハビビ元インドネシア大統領(Bacharuddin Jusuf Habibie、1936年6月25日 - 2019年9月11日、大統領在任:1998年 - 1999年)と、同国の支配から、2002年5月20日に独立式典を催した東ティモールの元大統領が交わした歴史的な抱擁について、語りたいと思います。

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 7月、闘病中の元インドネシア大統領=当時(83)=を見舞ったグスマン元東ティモール大統領(73、ポルトガル語: Kay Rala Xanana Gusmão、José Alexandre Gusmão、1946年生まれ、大統領在任:2002年 - 2007年)が、何かささやきながら額にキスし、胸に頭を埋めました。
 ハビビ氏もグスマン氏の手を取り、口がかすかに動いていたように見えます。
 敵対してきた両国の元指導者の心が一つになったような光景でした=写真(上)。

◆ 死の50日前、病室で

 グスマン氏に同行し、ビデオの撮影に携わった東ティモールのカルロス駐インドネシア大使に許可をいただき、画像を掲載します。
 大使は、
「二人の偉大な指導者は、この抱擁で人間性と慈悲の心、謙虚さ、そして友愛のあるべき姿を示してくれました」
と振り返ります。

 ハビビ氏は約50日後、世を去りました。

 両国は、とても指導者同士が抱擁できるような関係ではありませんでした。
 ポルトガルの植民地だった東ティモールは、スハルト独裁政権下のインドネシアに1976年、武力で併合されました。
 放火、殺害、レイプ…。
 独立運動は徹底的に弾圧され、4半世紀で餓死を含め20万人が死亡したといわれます。

 その改善の糸口を示したのがハビビ氏でした。
 スハルト政権が瓦解(がかい)した1998年、副大統領から後継大統領に就いたハビビ氏は、半年余で東ティモール独立に道筋を付ける住民投票実施を決断します。

◆ 弾圧から解放への転換

 ずっと抑圧してきたのになぜ方向変換を? 諸説あります。
「国軍が住民投票しても独立派は少数と読んでいたため」
「独立派司教らがノーベル平和賞を受けて国際圧力が高まったため」
などです。
 そして、
「これ以上、強権的に支配してはならない」
という人道的な動機があったかもしれません。

 住民投票は翌1999年に行なわれました。
 国軍の見通しは外れ、独立派が78.5%を得て圧勝。
 3年後、東ティモールは21世紀最初の独立国としてよちよち歩きを始め、現在に至っています。

 ハビビ氏は在任500日ほどで、国会から不信任され退陣します。
 不人気でした。
 百数十億ドルともされるスハルト氏側の不正蓄財への追及が甘かったからと言われますが、「領土」を失った国民の失望もあったと指摘されます。

 東ティモールの独立派ゲリラとの闘争で、少なからぬインドネシア国軍兵士も斃(たお)れました。
 インドネシアからみれば、「命を張って守ってきた領土なのに、手放すチャンスを与えてしまった」のがハビビ大統領だったというわけです。

 その独立派ゲリラの中心人物で東ティモール内で英雄視されていたのが、グスマン氏でした。
 東ティモールの初代大統領として、独立国の揺籃期(ようらんき)を引っ張りました。

「独立はあなたの決断のおかげです」
「喜んでもらえてうれしい」−。
 カルロス大使は二人の会話を明かしてくれませんが、そんなやりとりがあったとしても、不思議ではありません。

 インドネシアの理不尽な併合で四半世紀も支配された東ティモール。
 独立後も残ったわだかまりをとろりと解かす抱擁でした。

 国と地方の指導者同士ということで想起されるのは、安倍晋三首相と故翁長雄志・前沖縄県知事のことです。
 記憶に残る写真はハビビ氏とグスマン氏の抱擁とはあまりにも対照的な一枚。
 2017年6月、同県糸満市での式典で翁長氏が首相に厳しい視線を投げかけたそれです=写真(下)。

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 昨年の知事選では、翁長氏に続いて辺野古移設反対派の玉城デニー氏が当選。
 法的拘束力がないとはいえ、2019年2月の県民投票では移設反対票が72%でした。
 それでも辺野古埋め立ては続きます。

◆ 沖縄と東ティモール

 むろん、沖縄と東ティモールとは政治的に同列には論じられません。
 でも「中央に虐げられた島」として似た面があるようにもみえます。
 国と地方の指導者が互いに胸襟を開く勇気と寛容さを、南の島の元指導者たちは教えています。


東京新聞・社説、2019年10月13日
週のはじめに考える
歴史的な抱擁は教える

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019101302000153.html

posted by fom_club at 07:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする