2019年10月07日

日本の10代とグレタ・トゥンベリの違い

「よくも!」

国連本部で各国代表をそうにらみつけたグレタ・トゥンベリさん。
彼女への中傷や揶揄について東大名誉教授の上野千鶴子さんが語る。
AERA 2019年10月14日号に掲載された記事を紹介する。

*  *  *

「若者たちはあなたたちの裏切り行為に気づき始めている。全ての未来世代の目があなたたちに注がれている。もし私たちを失望させるなら、決して許さない。逃げおおせはさせない」

 9月23日。
 米ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットで、三つ編みをさげた少女は各国代表を前に怒った。
 目は潤んでいた。

 グレタ・トゥンベリさん。
 環境活動家。
 16歳。
 温暖化対策を促す運動を昨夏スウェーデンで始め、いまや地球環境の危機を訴える世界的な象徴になった。
 ノーベル平和賞の候補に推薦され、そのインスタグラムを730万人がフォローする。

「苦しんでいる人たちがいる。死に瀕している人たちがいる。生態系全体が破壊されている。大規模な絶滅が始まろうとしているのに、話すのは、お金のことばかり。永遠の経済成長というおとぎ話ばかり。よくも(How dare you)!」

「How dare you」を4回繰り返したスピーチは、日本のメディアでも大きく報道された。

 そもそもなぜ、トゥンベリさんは脚光を浴びたのか。

「気候のための学校ストライキ」

 昨年2018年8月、そう書いたプラカードを掲げ、トゥンベリさんはたった1人、ストックホルムの議会前に座り込んだ。
 3週間、学校を休んで、総選挙を前に温室効果ガスの削減を求めた。

 その後も毎週金曜日、学校を休んで抗議を続けた。
 この運動が「#FridaysForFuture(未来のための金曜日)」「#ClimateStrike(気候ストライキ)」のハッシュタグでSNSを通じて拡散。
 オーストラリアで、ドイツで、スイスで、カナダで、若者らが金曜日に授業のストライキを始めた。
 今年3月15日のストライキは130カ国以上、2000ヶ所以上に広がった。

 そして9月20〜27日、国連気候行動サミットの前後に、「グローバル気候ストライキ」として185カ国760万人以上が声をあげた。
 トゥンベリさんはその象徴として、会議で冒頭の演説をした。

 だが、トゥンベリさんには、批判、中傷、揶揄も繰り返されている。

「明るく素晴らしい未来を夢見る、とても幸せな少女のようだ。見られて、よかったよ!」

 ツイッターでトゥンベリさんを皮肉るコメントをしたトランプ米大統領。
 米国が寒波に見舞われた1月にはこんなツイートもしている。

「もっと寒くなるそうだ。外に数分といられないぞ。地球温暖化はどうなってる?」

 天気と気候の混同。
 欧米では「地球温暖化はでっち上げだ」などと、科学を否定する集団が一定の勢力を持つ。
 米国は、温暖化対策の国際ルール・パリ協定からの離脱を表明している。

 日本でもこんな発言が相次ぐ。

「16歳の考えに世界が振り回されたらダメだ」
 (橋下徹・元大阪市長)

「洗脳された子供」
 (作家の百田尚樹氏)

「お嬢ちゃまがやってることが間違ってる」
 (作家の竹田恒泰氏)

 ネット上で「小娘」「お姉ちゃん」と見下した表現や「彼氏紹介してやれ」といった侮辱がなされ、多くの「いいね」を集める。
 そんな日本の状況について、東京大学名誉教授の上野千鶴子さんはこう話す。

「女性、子どもの声を『無力化』『無効化』する対抗メッセージはいつでも登場します。それをやればやるほど、そういうことをやる人の権力性と品性のなさが暴露されるだけです」

 上野さんは4月の東大入学式の祝辞で、痛烈な性差別批判をした。
 祝辞では「しょせん女の子だから」と足を引っ張ることは「意欲の冷却効果」と説明し、ノーベル平和賞を受けたマララ・ユスフザイさんの父が「娘の翼を折らないようにしてきた」との発言を紹介した。

「同じメッセージを権威のある男性が言えば、聞かれるでしょうか? 繰り返されてきたメッセージに『またか』の反応があるだけでしょう。グレタさんのスピーチは、世界の要人が集まっても、いつまでたっても、何の進展もない現状に対するまともな怒りをぶつけたものです」

 上野さんはこうも指摘する。

「環境問題は『未来世代との連帯』と言われてきました、が、その『未来世代』は死者と同じく見えない、声のない人びとでした。その『未来世代』が当事者として人格を伴って登場したことに、世界は衝撃を受けたのでしょう」


※ AERA 2019年10月14日号より抜粋

[写真]
ニューヨークの国連本部であった気候行動サミットで、「How dare you!(よくも!)」と繰り返し、各国政府代表をにらみつけたグレタ・トゥンベリさん。16歳の言葉とその表情が、世界を揺らしている/9月23日

AERA dot.、2019.10.7 17:00
日本から「品性ない」発言も…
16歳の環境活動家めぐる中傷の声

(ライター・溝呂木佐季)

 トゥンベリさんをめぐっては、「大人に操られている」と勘ぐる発言もやまない。

「この運動の裏に誰がいるのかを知っている。治安当局から報告があった」と発言したベルギーに4人いる環境大臣の1人は、辞任。
 すぐに治安当局も否定している。

 これに対し、上野さんは「16歳といえば前近代では元服している年齢。判断力のあるりっぱな大人です」と話す。

「『大人が利用した』といえば、彼女を招いた国連が彼女を『利用した』のです。国連は核兵器禁止条約の協議の場に被爆者のサーロー節子さんを招くなど、当事者を上手に利用しています。国連外交の戦略の勝利というべきでしょう。文句を言うなら国連へ」

 トゥンベリさんはアスペルガー症候群、強迫性障害、場面緘黙(かんもく)症の診断を受けているとも公表している。
 これが、彼女をあげつらう人を勢いづかせる。

「精神的に病んでいる」

 米国のコメンテーターはテレビで何度も言い放った(後にテレビ局が謝罪)。
 高須克弥医師は「対人恐怖症と妄想が同居している」とツイートした。

 トゥンベリさんは、必要だと思うときしか話さない、という。
 嘘をつくのは上手でない。
 白か黒か。
 だから、生存を脅かす気候変動に対して何もしない大人たちに納得できず、うつ状態になった。
 人付き合いがあまり得意ではなかったから、既存の団体に入るのではなく、1人でストライキを始めた。

「『何もしない』ことが、どんな行動よりメッセージをよく伝えることがある。ささやきが叫び声より、響きわたるように」

「アスペルガー症候群は病気ではありません。才能です」

 フェイスブックにそう書く。

 それでも、トゥンベリさんのメッセージを受け止めず、論点をずらす人たち。
 上野さんは指摘する。

「誰もがちょっとずつ違います。アスペルガーの子たちは、診断名が登場する前には『ちょっと変わったユニークな子ども』にすぎませんでした。アスペルガーですが、それが何か? 誰が言おうと正論は正論でしょう」

 トゥンベリさんもツイッターで反論している。

「私を嫌う人たちは相変わらず元気です。私の見た目、服、態度、そして人と違うところを、攻撃してくる。あらゆる嘘や陰謀論を考え出す」

「なぜ大人は若者や子どもたちが科学を押し進めるのをバカにしたり、脅したりすることに時間を費やすのか、正直、理解できません」

「私たちに脅かされていると感じているのでしょう」

「でもこんな人たちに構って時間を無駄にしてはいけません」

 トゥンベリさんの気候危機への訴えは続く。
 サミットにはヨットで大西洋を横断して出席した。
 その後、50万人が集まったカナダ・モントリオールのデモに参加。
 今後はゆっくり南下し、チリ・サンティアゴを目指すという。
 毎週金曜日には各地のストライキに参加しながら。

 学校ストライキもデモ行進も、日本では欧米と比べると盛り上がりに欠ける。
 女性差別に声を上げたウィメンズ・マーチ(2017年)もそうだった。
 日本では、間違っていることに声を上げる、行動をすることで変化が生まれる、という考え方が根付かないのか。
 上野さんからはこんな答えが返ってきた。

「行動以前に日本の若者には政治やジェンダーや歴史についてきちんとした教育が与えられていません、つまり無知。アクションのもとは知です。子どもたちをこれほど無知蒙昧(もうまい)なままにしておく教育のもとで、次代を担う人材が出てくるでしょうか。お寒いかぎりです」


※ AERA 2019年10月14日号より抜粋

[写真]
今年4月、東大の入学式で「社会にはあからさまな性差別が横行している。東京大も残念ながら、例外ではない」などと祝辞を述べた上野千鶴子さん。トゥンベリさんへの批判や揶揄は「女性、子どもの声を『無力化』『無効化』する対抗メッセージだ」と指摘する

AERA dot.、2019.10.7 17:00
16歳の活動家の“正論”への中傷に上野千鶴子が「文句を言うなら国連へ」
(ライター・溝呂木佐季)
https://dot.asahi.com/aera/2019100700072.html

国連気候行動サミットでの怒りの演説が話題となっている16歳の環境活動家・グレタ・トゥンベリ氏。
前々日の9月21日、ユース気候サミットに登壇した彼女のファッションを、ファッションデザイナーのドン小西氏がチェックした。

*  *  *
 いやいや、言うこと言うこと正論すぎだろう。
 大人の事情でがんじがらめのあたしたちは、ぐうの音も出ないよな。
 ま、彼女の主張こそおとぎ話だって言う人もいるけどさ、気候変動のような大きな問題は、セクシーやクールより、彼女のようなピュアを武器に取り組まなくちゃいけないね。

 で、その格好を見てみると、世界中どこへ行っても見かける典型的な10代ファッション。
 ついさっきまでファストファッションの店に吊るされてたような服で、素材も作りも見事によくない。
 ただ、黄色だのピンクだのブルーだのチェックだの、若者らしい色や柄がちゃんとあるのが特徴だよ。

 かたや犬の散歩のついでに、日本の10代ファッションを観察してみると、多いのが白いシャツの前の裾だけベージュのパンツにインして、手にはタピオカ、耳には白いイヤホンみたいな。
 妙に落ち着いて洗練されてるけど、カラフルさもなければ、若さもない。
 そんな若者がチマッとまとまった国から、グレタさんが生まれる気はしないよな。
 ま、ファッションの話だけなら、いいですけどね。


※ 週刊朝日  2019年10月11日号

[写真-1]
ドン小西

[写真-2]
グレタ・トゥンベリ(環境活動家)/2003年、オペラ歌手の母と俳優の父の間に、スウェーデンで生まれる。8歳の時に地球温暖化を知り摂食障害に。2018年には、気候変動問題に抗議、国会議事堂前で座り込みを行い、その活動が世界の2万人以上の学生に波及=怒りの演説を行った前々日の9月21日、ユース気候サミットで国連事務総長(左)らと

AERA dot.、2019.10.3 11:30
日本の10代とグレタ・トゥンベリの違いは?
ドン小西が指摘

https://dot.asahi.com/aera/2019100700071.html

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痛税感

 消費税率が5年半ぶりに引き上げられ、10%になった。
 2度の引き上げ延期を経たせいか、引き上げを巡る大きな混乱はないようだ。
 ただ、そもそも日本は、税への負担感、いわゆる「租税抵抗」が強いとされる。
 この痛税感は、どこから来るのか。

 1989年の消費税導入時には、政府は強い反発にさらされた。
 10%への引き上げを巡っても、政府は2回、景気の減速などを理由に延期し、軽減税率やポイント還元を導入することで、反発を和らげようとした。
 それでも、朝日新聞の世論調査(9月14・15日)では、10月からの引き上げについて、賛否は46%と拮抗(きっこう)。
 7月の参院選でも、「消費税廃止」を掲げたれいわ新選組が2議席を獲得した。

 世界的に見ても、日本は税負担に比べて「痛税感」が強い国だ。

 日本の国民所得に占める租税負担率は25.1%(2016年度)で、OECDの34ヶ国中5番目に低い。
 一方、中所得の人が「税負担が重い」と答えた割合は61%と、日本よりも税負担率の高い北欧をはじめとする欧州諸国よりも高い(ISSP〈国際社会調査プログラム〉2006年)。

『租税抵抗の財政学』(岩波書店、2014年)の共著がある佐藤滋・東北学院大准教授は、「日本の租税抵抗は、戦後の生活保障政策が影響している」と指摘する。

 佐藤さんによると、戦後、政府は「個人の自立」に重点をおき、公共事業などを通じて、雇用の確保を最優先にしてきた。
 税収が増えると、社会保障の充実に使うよりも、所得税の減税を繰り返した。

「政府は戦後一貫して、税の必要性をしっかり説いてこなかった。そうした姿勢が税への忌避をいっそう強めた面がある。今回の消費税増税も、『財源が足りないから仕方がない』と思う人はいても、これを積極的に支持しようという人がどれだけいるか」と指摘する。

 政府は租税抵抗をそらすため、財政需要が生じた場合は、社会保険料の引き上げや国債発行でしのいできた。
 個人への見返りが見えにくい税とは違い、個人に「返ってくる」分、受け入れられやすいからだ。

 社会保険料などの社会保障費負担率は17.7%(2016年度)と先進国並み。
 国債など政府の債務残高の対GDP比は、200%を超え、先進国で最悪の水準だ。

暴力的な取り立てのイメージ

 日本の租税抵抗の強さは、社会の成り立ちとも深く関わる。

『タックス・ジャスティス、税の政治哲学(選書 風のビブリオ4、風行社、2017年5月)』の著書がある伊藤恭彦・名古屋市立大学教授(政治哲学)は、「政府は、社会の『共同の目的』を実現するために存在し、そのために必要なものが税だ」と説明する。
 だからこそ、人々が政府の存在をどうとらえているかが、租税抵抗に影響するという。

「日本には、西欧の市民革命のように民衆が自らの手で圧政を倒して政府をつくった経験がない。戦後に近代的な税制を導入しても、『私たちの政府』という実感は持てないまま、税については近代より前のお上による暴力的な取り立てのイメージだけが残った」と伊藤さんはみる。

 神野直彦・東大名誉教授(財政学)は、日本には、「公」の意識が成熟していないことを一つの要因に挙げる。

 北欧では、地域の教会を中心した「教会税」のように、仲間で支え合う関係が社会の基礎にある。
 地域社会で互いに協力しながら、医療や教育、福祉などのサービスを分かち合う「分担金」のようなものだ。

 こうした仲間意識の延長線上にある「公」の意識が、租税抵抗を和らげるためには欠かせないという。

「今の日本は、政府に対してだけでなく、他者への不信感も強まっているようにみえる。他人を信頼しない社会に、お互いに負担し合おうという互恵主義は生まれにくい」と危惧する。

 日本では、少子高齢化が進む一方、格差や貧困もあらわになっている。

「みんなで支え合っていきていこうという社会を作りたいのか。それとも、自己責任で生きていこうという社会がいいのか。税は、根源的にはそれを問うている」という。

年貢と税、どう違う?

 古来から支配者が集める年貢や貢ぎ物は存在した。
 では、近代の「税」とは何が違うのだろうか。

 東北学院大学の佐藤滋准教授は、「支配者の私的目的に使われるか、みんなのために使われるか。税と貢ぎ物を分ける大きなポイント」という。

 例えば、西欧の封建国家では、領主は所有地からの収入や家臣からの貢納など、自らの「家産」を私的に使えた。
 だが、近代になると、人びとに土地の私有が認められ、国家は「無産」となった。
 大きな資金が必要な時には、人びとに、共通の困難に対処するための財源であることを説き、「同意」を得て、お金を集めなければならなくなった。
 これが近代の税の原型の一つとされる。

 近代の税には、自分たちの支配者が決めたルールに基づいて徴収されるという「強制性」がある。
 また、みんなのために使われるので、支払っても自分への直接の見返りはないという「無償性」も併せ持つ。

 佐藤さんは、「そうした税の持つ特性を乗り越えて人びとの『同意』を得るには、税を集める側は、常にその必要性を説き続けなければならないのです」という。


[写真-1]
「消費税反対」のビラを店頭に張り出す商店=1989年4月、東京都杉並区

[写真-2]
1989年4月、当時の竹下登首相の私邸周辺で「消費税廃止」を訴える人たち=東京都世田谷区

朝日新聞、2019年10月6日09時00分
世界でも強い日本の痛税感
「私たちの政府」実感もてず

(立松真文)
https://digital.asahi.com/articles/ASM9R4WDRM9RUCVL01D.html

佐藤滋・古市将人『租税抵抗の財政学 一信頼と合意に基づく社会へ』(岩波書店、2014年)

 かつて、佐藤進は「租税をめぐる国民感情・ 国民心理の理解が税制改革の成功の決め手になるという観点からの租税文化の研究も、こ れからの財政学者の課題となるであろう」(佐藤進著『日本の租税文化』ぎょうせい、1990年、p.268 )と述べた。
 本書は、租税文化を研究対象とするものではないが、「租税抵抗」という国民感情・国民心理をキーワー ドに、今後の日本財政の道標を示した力作である。

 第1章では、税や社会保障をめぐる現状認識と問題点を指摘し、本書の論理展開の骨格が示される。
 租税負担の国際比較から、日本はOECD 諸国の中でも租税負担が最も小さな国の ひとつであるにもかかわらず、諸外国に比べて、特に中低所得層において租税の負担感は非常に強いことが示される。
 その一方で、租税負担とは対照的に、社会保険料に依存する割合はOECD諸国の中でも最も高く、日本の社会保障費の多くが、社会保険を維持することに費やされていることを明らかにする。
 日本の社会保険は、正規雇用に大きく依存し、片稼ぎ夫婦と子供からなる標準世帯をモデルとするものであり、主に年齢階層聞の所得移転のために設計されている。
 したがって、単身世帯と非正規雇用が増大する現在の日本において、保険主義的な社会保障制度による貧困削減効果は、OECD諸国中、最下位 であるばかりか、共稼ぎ世帯および単身世帯では貧困削減効果がマイナスである調査結果を示し、日本の社会保障制度の機能不全を明らかにする。

 第2章では、日本の保険主義的社会保障制度の形成過程について、つぶさに原資料にあ たり、丹念な歴史的検証が行なわれている。
 財政の規模や社会保障の負担構造について、1960〜70年代にかけて、大蔵省主税局、とりわけ財政制度審議会がその議論を主導し、保険制度聞の公平性確保を目的とした国庫負担について、引き下げを画策してきたことが明らかにされる。
 この際、職域的に分立的な保険制度聞の負担の均衡論に基づいて、受益者負担の増大が繰り返されてきた審議の過程は極めて興味深い。
 本章の冒頭で,シュンベ ーターの租税国家論にしたがい、国家が租税徴収の根拠として「共同の困難」を提示できない場合に、租税抵抗が生じるとするが、日本の社会保険制度における受益者負担の導入には、租税抵抗の回避がその根底にあると指 摘している。

 現制度にみられるように、受益者と非受益者という形で人びとを分断させ、リスクを<私>化し、負担を個人に帰着させるのではなく、福祉サービスの需要という「共同の困難」に対応した普遍的な社会保障制度を整備していくことが必要不可欠と主張する。
 そしてそれが結果として、人びとの聞に信頼を作り出し、租税への合意を作り出していくと訴えるのである。


 第3章では、普遍的な社会保障制度の財源として、信頼と合意を得るための租税政策について考察されている。
 日本では、高度成長期の税収増は所得税の減税財源とされ、また低成長期に移行して以降は、所得税減税の財源として消費税導入および増税が実行されてきた。
 このように増税による社会保障制度の拡充が実現しなかった経緯を「租税抵抗」という観点から概観している。

 そして、結果として、租税構造は消費課税へシフ トし、所得税は税収調達力を大幅に低下させ、税による再分配機能が後退したことが、各種の推計結果より明らかにされる。

 社会保障削減政策の下、利用者負担増によって困窮する社会的弱者が、消費税シフトがすすむ現行の消費税制度のもとで貧困化が促進される現状を、受益と負担の各世帯別の推計結果等に基づいて批判している。

 そこで筆者らが提唱するのは,負担が逆進的な消費税よりもむしろ、最低生計費非課税を実現し得る所得税を中心とした租税体系の構築である。
 所得税については、総合課税化、資産課税の強化、税率構造の引き上げ等の選択肢を提示して、税収調達および累進性の強化を主張する。
 とともに法人税減税には慎重な立場を示している。


 第4章では、イギリスとスウェーデンのそれぞれの財政制度改革の経験について、明瞭な国際比較研究が行なわれており、非常に示唆に富む内容となっている。
 欧米諸国でも、1970年代以降、強い租税抵抗を経験したが、イギリスでは、社会保障を限定的なものにするとともに市場の規制緩和をすすめる新自由主義ルートで対応した経験が示される。
 福祉国家のコストを統制する ために、負担の公平とアカウンタビリティという基準を満たすとして人頭税を導入したが、究極的に逆進的な人頭税は、逆に大規模 な反税闘争を引き起こすこととなった。
 その後、イギリスでは、積極的に社会的投資を進めようとしたにもかかわらず、反税闘争以降、増税が一種タブー化されたため、公営企業へ の1回かぎりの臨時課税を行なうにとどまり、経済成長を前提とした税・財政構造が維持さ れたのだという。
 しかしそのような財政構造は、金融危機による急激な景気後退に、健全に対応できるものではなく、近年、財政赤字が急速に拡大することとなっている。
 このように、租税抵抗に正面から向き合うことなく、経済成長を前提に組み込む脆弱な政策体系を作ったイギリスの経験は、随所で日本に類似することが示される。

 一方、同様に、特に所得税に対する租税抵抗が高まっていたスウェーデンは、家族政策や就労支援政策を強化し、社会的投資を行なうスカンジナビア・ルートをとり、普遍的な社会保障の拡充と所得税制改革とを組み合わせることで乗り越えた経験が示されている。
 それによれば、政府サービスの受益惑があれば痛税感が軽減されうることや、身近な地方政府による現物給付は人びとの受益感を高めうるこ とが、大きな教訓lとして得られている。
 また,一般に“高福祉・高負担”と言われるスウェーデンであるが、所得階層別に課税と移転給付の実態が明らかにされており、全所得階層で、受け取る現金給付の大部分が所得税の課税対象になっていることが分かる。
 一見、給付対象を限定した方が効率的にも思えるが、給付の対象を普遍的にすることで「漏給」が防止され、給付を所得税の課税対象とすることで、課税ベースを拡大し、中高所得層への累進的な課税を実現できることが指摘されている。

 第5章では、社会保障の給付水準の低下が招くのは、所得格差と貧困の増大であり、それに伴って社会的信頼と政府に対する信頼が低下することが、各種の国際比較調査や先行研究結果をもって示される。

 そこで、普遍的な社会保障制度の整備を不可欠として、その財源については、税収調達力および再分配機能の観点から、累進所得税の強化を推奨し、本書の主張をあらためて総括している。

 以上の各章の概要のとおり、財政学という学問領域において、租税や社会保障制度等の各論の中でもさらに分析対象が細分化される傾向にある中、本書は、主に歴史および国際比較分析によって綿密な検証を行ない、広範な先行研究結果で主張を裏付けながら、信頼と合意に基づく財政の構想を示した力作である。

 筆者らの提言は、既存制度を問題に応じて調整することで、給付額と財源の帳尻をあ わせたか推計される経済効果を改善したりすることを目的とした対症療法的なものではない

 その根底にあるのは人びとが希望を抱き、相互に信頼できる社会とは如何なるものか、そしてそれを実現するために財政はどうある べきかという大きな問題意識であろう。

 ただし本書では一貫して、現状の財政再建路線に基づく社会保障削減政策に警鐘をなら しているが、類をみない多額の財政赤字を抱 える現在の日本の社会保障制度については、
「人口の年齢構成が安定している時代では、『より多くの負担で幅広い給付』という選択肢は可能である。しかし主たる受給者である高齢者の人口に出める比率が、現在の2割強から4割にまで、傾向的に増える今後の日本の社会では、『より多くの負担』を担う勤労者人口が縮小するという現実を踏まえた判断が必要となる」(八代尚宏『社会保障を立て直す、借金依存からの脱却』(日本経済新聞出版社、2013、pp.56〜58)という見解が一般的であろう。
 筆者らは、「租税抵抗」をキーワードに日本財政を分析してきたが、今般の「社会保障と税の一体改革」では、国民は純増税を受容した。
 勿論、筆者らが指摘する通り、当該一体改革の内容には問題点が大いにあるにせよ、国民が「共同の困難」である社会保障制度の改革と一体的な増税提案には合意し得ることが、日本において示されたものとも言えるだろう
 筆者らが提示した、社会を分断しない普遍的な社会保障制度の確立とそれを支える累進的な租税構造の構築という財政の構想を実現するためには、急速に進展する高齢化の下で、必要な財源と徴収される税収額がどの程度の規模になるのかを具体的に提示するという、さらなる研究の進化と発展が(大変な困難が予想されるものではあるが)大いに期待される。


財政と公共政策、第37巻第1号(通巻第57号)、2015年5月
佐藤滋・古市将人『租税抵抗の財政学 一信頼と合意に基づく社会へ』(岩波書店、2014年)
[評者]藤 貴子(九州国際大学)
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/212483/1/pfpp_057_66.pdf

 むずかしいことは専門家にまかせて、今日一日無難に過ぎればそれで良い、という羊のように従順な人びとのなんと多いことか。
 ヤッホーくんは、まかせっぱなしでなく、分からないことは分からないと声にする、質問する、教えて、と頼みこんでみること、
 そして皆んなが納得したうえで「国民共同の困難」にあたるっていうのが、いいんじゃないのかなあ、とぶつぶつ呟いています。

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