2019年10月31日

綾野剛

 綾野剛、あやの ごう、1982年のお生まれですかぁ〜
 ヤッホーくんのこのブログ、次の日付の日記をお読みください。

★ 2013年10月17日「そこのみにて光輝く」
★ 2014年11月14日「映画『そこのみにて光輝く』」

 2014年春に全国ロードショーとなった映画「そこのみにて光輝く」。
 函館出身の作家・佐藤泰志の原作で、函館の一瞬の夏を舞台にした愛の物語です。
 第88回キネマ旬報ベスト・テンで、作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞の4部門を受賞、2015年2月より全国順次特集上映が行われています。

 撮影は2013年6〜7月に函館近辺で行われました。
 スクリーンでは主演の綾野剛さん、池脇千鶴さん、菅田将暉さんらが、函館の風景の中でみずみずしく輝いています。

 海や山や坂、人が行き交う繁華街、店、神社、アパート、海辺の小屋、市電、花火......函館らしい空気感に満ちたこの映画。
 いわゆる観光スポットとはひと味違う、さりげない函館の魅力に出合えるロケ地をご案内します。

◆ 本町交差点付近の繁華街

 居酒屋やスナックが建ち並ぶ繁華街を、主人公・達夫(綾野剛)が彷徨うシーンがたびたび登場。
 呉美保(オミポ)監督(1977年生まれ)は、「夜の街を達夫が酔っぱらって歩くシーンは、綾野さんが立つことで、わびしい感じが華やかに生き返った」と語ります。

[写真]は、本町エリア(市電五稜郭公園前電停付近)、スターパレス(函館市本町1)前の通り。
 光と影の交錯する夜の街は、ハッとするような美しさを見せています。

 このほか、大門(市電松風町電停〜函館駅の一帯)や、十字街(市電十字街電停付近)といった、かつてにぎわっていた繁華街も、独特の色彩を添えています。

◆ 函館山を望む2つの海

 函館は三方を海に囲まれた街。
 劇中でも、海辺の風景が繰り返し、印象的に現れます。

[写真]は、千夏(池脇千鶴)一家の住む古い小さな小屋の建つ海岸。
 訪ねてくる達夫と千夏のさまざまなシーンが、ここを舞台に展開します。
 撮影が行われたのは、対岸に函館山を望むお隣・北斗市の海と砂浜(北斗市東浜2-36付近)。

 また、函館市内の啄木小公園(函館市日乃出町25)付近の大森浜も登場。
 海岸線の先に函館山が望める場所として、市民にも人気がある場所です。

[写真(左)]達夫と千夏が一緒に泳いだのも、北斗市の海
[写真(中)]石川啄木の座像がある啄木小公園
[写真(右)]ほかに、外国人墓地近くの穴澗(あなま)海岸も、千夏が海を眺める美しいシーンの背景に

◆ 夏祭りの会場になった神社

 街の夏祭りが行われるという設定で撮影が行われたのは、函館山付近屈指の長い坂である幸坂の突き当たりにある山上大神宮。
 千夏の弟・拓児(菅田将暉)のピュアすぎるほどまっすぐな思いが印象的なシーンになります。

 電車通りから長く急な坂を上がること10分以上、鳥居の間から函館港が見おろせる「まるで映画のセットのような」ロケーションは、スクリーンでも楽しめます。

 撮影当日は、2日間でのべ300人近い市民がエキストラとして参加。祭りのにぎやかさを担っています。

◆ 3人で乾杯する食堂

 映画のなかでは、食事のシーンが何度か出てきます。
 なかでも印象的なのは、3人が初めて前向きな気持ちになって、乾杯をする食堂のシーンです。

 綾野剛さんがいちばん好きなのは、このご飯を食べている場面だそう。
「3人がみんな笑っている貴重なシーンだから」

 撮影は、函館駅近くの大門エリアにある津軽屋食堂にて。戦後まもなく開業した懐かしい雰囲気の食堂で、おふくろの味が食べられると、いつもにぎわっている店です。

◆ 完成披露上映会にて

 2014年4月12日の函館先行ロードショー、4月19日の全国ロードショーにさきがけて、3月20日に、函館で完成披露上映会が開かれ、呉監督と綾野剛さんが再び函館を訪れました。

 記者会見と舞台挨拶での綾野剛さんの言葉:

「この映画の出演を決めたのは、(主人公の)達夫という人を生きてみたいと思ったから。また、函館という街に魅力を感じていたから」
「自分はこの映画に心身共に捧げた。この作品を愛していた。まっすぐな『函館男児』を演じたつもり」
「函館でいいなと思った場所は自由市場。しょっちゅうふらりと行って、地元の人みたいに海鮮丼を食べていた」
「函館の人は、外から来るものに対して開かれている。自然に受け入れてくれる。人と街が密接に共存している『なまっぽい街』」

 呉監督の言葉:

「この映画では、『愛』を描きたいと思っていた」
「(観光スポットなど)有名な坂を撮ったわけでもない。でも、皆さんには(街を)再発見してもらえるかな」

[写真]
プロデューサーの菅原和博さん(シネマアイリス代表)、綾野さん、呉さんの登場を、客席の皆さんが万雷の拍手で迎えた
劇中画像提供/2014年佐藤泰志「そこのみにて光輝く」製作委員会


函館市公式観光情報、2014/3/19取材、3/20公開 2015/2/26更新
「ロケ地」
あなたのテーマでディープな函館 
https://www.hakobura.jp/deep/2014/03/post-251.html

 明日は金曜日、そして11月ですよ、もう。
 綾野剛との再会の前に、もうひとつの映画!
 11月1月から始まる映画「閉鎖病棟」に入る前に、イマ上映中の「楽園」を観てきましょうか。

https://rakuen-movie.jp/

抱きしめれば止められることもある

『悪人』『怒り』の吉田修一(1968年生まれ)による短編集「犯罪小説集」に収められた2編を、『64−ロクヨン−』シリーズの瀬々敬久監督(1960年生まれ)が脚本も手掛けて映画化した『楽園』。
田園風景の中にあるY字路で少女失踪事件が起き、12年後に再び同様の事件が起きたことから動き出す人間模様が描かれる、犯罪を巡る喪失と再生のドラマ。
事件の容疑者である孤独な青年、豪士(たけし)を演じた綾野剛と原作者の吉田修一が、作品への思いを語った。


吉田修一の小説には本当のことが書かれている

Q: 最初に映画『楽園』の企画を聞いた印象は?

綾野剛(以下、綾野): 来た!と思いました。
 吉田さんの作品には無条件で出演すると決めているんです。
 主役と言われ、そっちの方はピンときませんでしたが、ぜひやりたいと伝えました。
 修一さんにも、僕で大丈夫ですか?と連絡しました。
 これは綾野君じゃないかも、と言われたら降りようというスタンスだったのですが、やっていただけたらうれしいですという、光栄なお言葉をいただきました。

吉田修一(以下、吉田): 瀬々監督の作品は観させていただいていて大好きでした。
 しかも綾野君が主演と聞いてホッとした……ってヘンだな。
 でも綾野君が演じることで豪士という役がどうなるのか見てみたいというのが最初でした。

Q: 吉田さんの小説の魅力をどこに感じますか?

綾野: 本当だからです。
 本物かニセモノか、そこには別に興味はない。
 僕たち役者はどこまでも虚構の生きものなので、「本当」に憧れがあるんです。
 活字で書かれた小説というのはフィクションであるはずなのに、そこには僕にとっての本当が描かれている。
 だから僕はその本当を生きたい。
 そんな、願望を超えた何かがあるんです。

役者にとってロケ地は“共犯者”

Q: 原作を読むとY字路などの光景が映像で浮かびます。ロケ地の印象は?

吉田: 長野県の撮影現場に行ったのですが、ちょうど火祭りのシーンでした。
 映像化していただくときは、僕のイメージした風景そのままじゃなくていいんです。
 瀬々さんやスタッフの方にこういう風に見えたんだという驚きがあり、それが楽しみでもあります。

Q: 豪士役の綾野さんの印象は?

吉田: 最近わりと親しくさせてもらっているので、綾野君がこの役を演じることになったときはまず、大丈夫かな? と。
 きっと自分を追い込んでいくだろうから、ちょっと親心のような感情が出てきました。

綾野: 僕の精神状態を気遣ってくれたんですね?

吉田: でも画面に出てきた瞬間、そうしたことはすべて忘れて物語に入り込んで豪士を観ていました。
 だからこうやって実際にお会いしても、豪士に会っている感じなんです。
 それで、「あのときはどう思っていたの?」と聞いてみたくなったりします。
 答え合わせをしたくなるというか。

Q: 豪士へのアプローチは?

綾野: つくったのは肉体的なものだけで、心は撮影現場で生まれてくるだろうと思って臨みました。
 漫画原作なら、見た目を徹底的につくりこんで、漫画を好きな方に喜んでもらえるようにするとか、出来ることはある。
 でも原作が小説だとそうはいかない。
 100人が読んだら、脳裏に浮かぶ景色は100通りある。
 すさまじい情報量の中で役をつくる必要があり、それを覆していこうと思っています。
 そして、原作を知る人が思っていたよりスゴかったと感じるのではなく、わかる! と共感していただく方が豊かだと思っています。

Q: ロケ地は役づくりの面でもプラスになりましたか?

綾野: あのY字路を遠くから見た瞬間、入っていけなかったです。
 覚悟が決まらなければ、あそこには行けない。
 ロケーションには役者にとって共犯者のような力があります。
 そこへ行くと感情がヘドロのように湧いたり、ぽんと花が咲くように生まれたりする。
 僕は役としての感情を頭で考えて、それを具現化出来るほど器用じゃありません。
 怖がらず受け皿を広げ、その場で生まれたものをちゃんと捉えようとする。
 どれほど厳選して“食材”を用意しても、どんな料理が出てくるかは予想出来ないです。

『楽園』というタイトルは瀬々監督の発案

Q: 原作を読みこんで演じたのですか?

綾野: 撮影の中盤くらいになってから読みました。
 台本と環境と自分の芝居とで心を追い込み過ぎて壊れそうになったとき、助けてくれるのは修一さんの主観の入った小説だと思って、お守り代わりの安定剤として持っていました。
 それである日、もう自分は壊れることはないと確信出来たので読みました。

Q: 映画化に際し、原作者としてリクエストしたことは?

吉田: これまではわりと原作に忠実なものが多かったのですが、今回は極端に言えば半分くらいはオリジナル。
 最初に脚本を読ませていただいたときは、いままでの感覚とは違いましたし、そこに多少の不安もありました。
 なので、いろいろと質問したりして。
 最終的には、僕が好きな瀬々さんの映画として完成されたものになったという気がします。

Q:「犯罪小説集」から2本の短編が脚色されたわけですが、『楽園』というタイトルをどう思いましたか?

吉田: タイトル会議に呼んでいただいたのですが、そのときに監督が「『楽園』でいきたいんですよね」と、わりと早い段階でおっしゃったんです。
 監督がこの映画で何を描きたいのかがよくわかりました。
『悪人』は人の話、『怒り』は感情の話でしたが、今回『楽園』と聞いて、場所の話なんだなと。
 自分なりにすとんと落ちてきた感じでした。

Q: 豪士を演じて、このタイトルをどう思いましたか?

吉田: ああ、それ聞きたいな。

綾野: このタイトルでなかったら気づけなかったことがありました。
 自分にとっての楽園とは?という問いを常に片隅に置きながら豪士を生きていました。
 僕はお仕事をいただくとき、スケジュールがあればやりたいというスタンスです。
 もし同時にお話が来たときは、タイトルにピンときたものを選びます。
 タイトルは作品の顔で、全然ピンとこないものを背負える自信がないので。

登場人物全員に愛が芽生えた

Q: 出来上がった映画を観た感想は?

吉田: ざっくり言うと、圧倒された!の一言です。
 始まった瞬間に入り込み、原作者であることもすぐ吹き飛び、それが最後まで続きました。
 プロットの段階から好きだったラストシーンも、脚本を遥かに超えていました。
 素晴らしい映画になったと思いました。
 小説を書いているときには、自分がなぜそれを書いているのかわからない、でも書かざるを得ないということがよくあるんです。
 あのラストシーンを観て、「あぁ、だから書いたんだ」と答えをもらったような感覚がありました。

綾野: 僕は登場人物全員に対して愛しさが芽生えました。
 世の中には抱きしめてあげなきゃいけない人がたくさんいると改めて感じました。
 気づかないだけで自分の周りにも、抱きしめてあげれば止められることもたくさんあるんじゃないか?というメッセージをこの映画を通して伝えたいです。

吉田: 僕自身、小説を書いているときはそこまで思いが至っていなかった。
 でもこうして映画にしてもらって、今日そういう話を綾野君から聞いて。
 自分はひょっとしたら、そこを目指して小説を書いたのかもしれないと気づきました。
 これは、そのメッセージを確実に伝える映画です。
 たった一人でもいい、観終わってそういう思いになってくれたらいいと思いました。

※ 二人は「メル友」だけあって、写真撮影中もごくナチュラルに会話を交わす。
 インタビューが始まると、質問の直後から感覚的な言葉が尽きせぬ芝居への情熱を伴ってほとばしる綾野剛と、原作者だからこその本質を突く発言と、逆に原作者らしからぬ距離感で映画を見据える吉田修一。
 そのやり取りは絶妙なバランスを保ちながら、それぞれに深化していった。
 それは主演俳優と原作者の間にこのような関係性が成立することもあるのかと思わせる興味深いものだった。
(C)2019「楽園」製作委員会
 映画『楽園』は10月18日より全国公開


シネマトウデー、2019年8月13日
単独インタビュー
『楽園』綾野剛&吉田修一 
(取材・文:浅見祥子)
2019年8月13日
https://www.cinematoday.jp/interview/A0006813

映画の原作は、吉田修一さんの短編集『犯罪小説集』(角川文庫)の中の2作(「青田Y字路」と「万屋善次郎」)。
ある町のY字路で起きた少女失踪事件と、限界集落で孤独に生きる男の狂気が絡み合い「罪とはなぜ生まれるのか?」を考えさせられるストーリーです。
本作で、失踪事件の容疑者として追われる豪士(たけし)を演じた綾野剛さんと、失踪した女の子の幼なじみ・紡(つむぎ)を演じた杉咲花さんに、共演した印象や、演じた役への思いなどをうかがいました。
(あらすじ)
 幼いころ、異国から母と共に移り住んだ青年・豪士(綾野剛)は、片言の日本語しか話せず孤立していた。
 ある夏の日、青田に囲まれたY字路で少女失踪事件が発生するが、事件は解決されず、被害者と事件直前まで一緒にいた紡(杉咲花)は心に深い傷を負う。
 それから12年後、同じY字路で再び少女が行方不明になり、住民たちは豪士が犯人だと疑う。
 追い詰められた豪士は街へと逃れ、ある行動に出る。
 さらに1年後、Y字路に続く限界集落で愛犬と暮らす養蜂家の善次郎(佐藤浩市)は、村おこし事業を巡る話のこじれから村八分にされ、追い込まれてある事件を起こす。

― 本作で共演されたお互いの印象を教えて下さい。

綾野剛(以下、綾野): 僕が今でも覚えているのは、日本アカデミー賞(2017年)の授賞式で杉咲さんにご挨拶をした時に「いつか何かやりたいね。一緒にやるならどんなのがいいかな?」って聞いたら「誘拐される話がいいです」って言ったんです。
 その時から、自分と人を活かす能力が非常に高い方だと思っていましたし、尊敬という思いもありました。
 今回の現場に入ってからも、繊細に、時に大胆に紡という人物をちゃんと見つめている姿がとても魅力的でした。

杉咲花(以下、杉咲):  私も綾野さんの出演された作品は観ていましたし、ずっと憧れていた方なので、自分ではまだ共演させていただくのは早いかも、と思うタイミングで、この作品をご一緒させていただくことが出来てうれしかったです。
 でも、今回綾野さんが演じたのは追いつめられる役どころだったので、お話とかあまりできないだろうなと思っていたのですが、クランクインの日に「一緒に話そうよ」と声をかけてくださったことが私には意外でした。
 ものすごく役に入り込む方なのかなと勝手に思っていたので、そのイメージとは違って「なんでこんな難しい役なのに普通にしていられるのだろう?」と思っていました(笑)。

綾野: 全然役に入り込まないで、杉咲さんが出ていたドラマの感想ばっかり話していたね(笑)。

杉咲: 私自身、今までは役の感情をずっと保っている方が楽かなと思っていたのですが、今回の「楽園」の現場で初めて「カメラが回っていないときは普通でいよう」と思い、撮影に臨みました。
 でも、役に入ったり離れたりを繰り返すことはやっぱりしんどいことだったので、そんな綾野さんを見て、改めてすごいなと勉強になりました。

― 綾野さんは、撮影が始まった中盤あたりから原作を読み始めて、現場にはお守り代わりに持っていかれたと伺いましたが、その理由を教えてください。

綾野: 僕は基本的に原作がある作品に出演する時は読まないです。
 台本って大まかな設計図として書かれているけど、小説は事細かに書いてあって、そっちに引っ張られることがあるんです。
「小説ではこういう感情なんで」というものを持ち込んでしまうと、人物がどうしてもキャラクターになってしまう。
 もちろん、漫画原作はルックスや髪型、服装がちゃんと描かれているので、そのキャラクターに心情を乗せていきながら人物化していくことはとても大事なことだと思うんですけど、本作の場合、豪士を生きていて「これは正しいのか?」という自分自身の正義を貫こうとした時に、その感情が果たして合っているか、合っていないかの「取説」として持っておけばいい、だからお守りにして持っておこうと思ったんです。

― 杉咲さんが演じた紡は、原作よりも大幅に手を加え、物語をつなぐキーパーソンになっていますね。

杉咲: 私は台本を頂いてから原作も読んでみたのですが「青田Y字路」を途中くらいまで読んだら台本とは紡の印象が違ったので、これ以上読むのをやめておこうと思いました。
 台本から受けるものを大事にしたかったんです。

― 本作では、集団心理の狂気や限界集落での村八分など、胸をえぐられるような問題が描かれていましたが、ストーリーが進むにつれて、お二人の精神状態もかなりキツかったのでは?
 役作りにあたっては、どう気持ちを作っていったのですか?

杉咲: 私が演じた紡という役は、理解できそうですごく遠いところにあるという感じで、役作りというのも正直、分からなかったです。
 台本を読んでも分からない抽象的なセリフやシーンも多かったので、最初はすごく考えたのですが、考えれば考えるほど分からなくなってしまって。
 そんな時、ふと紡のセリフに「分からなくたっていい」と言っていたことを思い出したんです。
 今までは、自分が演じる役を分からないまま現場に行ってはいけないと思っていたのですが、本作では、現場に行って感じたものを一番大事にしたいと思って、初めて分からないまま行ってみたんです。
 ラストで紡が看板を投げるシーンは、台本を読んだ時「出来るのかな?」と不安だったのですが、現場に行ってみたら自分でも想像のつかない気持ちになったので、その感情のままに演じました。
 そんなことは初めてだったので、不思議な体験でした。

綾野: 僕は最終共演者である「現場」がどういった存在をしているのかを、なるべくまっさらな状態で入ってみたいという気持ちと、その土地が持っている匂いが醸し出すものが、この作品では重要だと思ったので、実際に現場に立ち、そこで豪士として芽生えた感情が全てだと思いました。
 映画というのは、原作と僕が作るわけではなく、今回で言うと、杉咲さんと僕が作らなければいけない物語だと思ったので、なるべく書かれているものに自分がコントロールされないためにも、杉咲花という人と、時に鏡のように照らし合わせて、ちゃんと向き合えるように演じました。

― 杉咲さんは、長い間、罪の意識に苛まれるという役どころでしたが、普段から撮影が終わってホッとした時に写真集を見ているそうですね。

杉咲: いろいろな景色やキレイなものをもっと見てみたいと思っているので、移動中や家では写真集を見ることが多いです。
 特に、写真家の奥山由之さんや、花代(はなよ)さんの作品が好きです。
 奥山さんはファッションや景色、色々な美しいものを撮っていらっしゃって、花代さんには、点子(てんこ)さんという娘さんがいて、子供の頃からずっと撮りためている成長の記録みたいな写真集があります。
 20歳くらいの時に撮ったヌードもあって、そういうのも美しいなと思います。
 あとは詩集も好きです。
 写真でも言葉でも、キラキラしたものを見ると元気が出ます。

綾野: 僕は最終共演者である「現場」がどういった存在をしているのかを、なるべくまっさらな状態で入ってみたいという気持ちと、その土地が持っている匂いが醸し出すものが、この作品では重要だと思ったので、実際に現場に立ち、そこで豪士として芽生えた感情が全てだと思いました。
 映画というのは、原作と僕が作るわけではなく、今回で言うと、杉咲さんと僕が作らなければいけない物語だと思ったので、なるべく書かれているものに自分がコントロールされないためにも、杉咲花という人と、時に鏡のように照らし合わせて、ちゃんと向き合えるように演じました。

― 杉咲さんは、長い間、罪の意識に苛まれるという役どころでしたが、普段から撮影が終わってホッとした時に写真集を見ているそうですね。

杉咲: いろいろな景色やキレイなものをもっと見てみたいと思っているので、移動中や家では写真集を見ることが多いです。
 特に、写真家の奥山由之さんや、花代(はなよ)さんの作品が好きです。奥山さんはファッションや景色、色々な美しいものを撮っていらっしゃって、花代さんには、点子(てんこ)さんという娘さんがいて、子供の頃からずっと撮りためている成長の記録みたいな写真集があります。
 20歳くらいの時に撮ったヌードもあって、そういうのも美しいなと思います。
 あとは詩集も好きです。
 写真でも言葉でも、キラキラしたものを見ると元気が出ます。

― 綾野さんは豪士を生ききった今、どんな作品を読みたいですか?

綾野: 吉田修一作品を一周してみるのも面白いかなと思います。
 基本的に吉田さんの作品には「僕」という一人称があまり書かれていないけど、主人公は皆、決して満帆ではなく、何か足りていない、欠如している部分が一貫してあるんです。
 先日、そのことをご本人に伝えたら「それは意識していなかった」とおっしゃっていたんですが、物語が変わっているだけで、吉田さんの中で一本通っていることなんだろうなと思ったんです。
 そうすると、物語を通して原作者の脳内が垣間見える瞬間があるんですよ。
「この人はどういう人生を生きてきたんだろう」という、吉田さんの歴史が見えてくるんじゃないかなと思っています。


好書好日、2019.10.17
映画「楽園」で共演した綾野剛さん&杉咲花さん
最終共演者である「現場」で生まれた感情を大切に

(根津香菜子)
https://book.asahi.com/article/12786330

posted by fom_club at 19:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帚木蓬生『閉鎖病棟』

 医師で作家の帚木蓬生(1947年生まれ)が患者たちの人間ドラマを描き、1995年山本周五郎賞を受賞した『閉鎖病棟』(新潮社、1994年4月、1997年新潮文庫)が映画化される。
https://www.heisabyoto.com/
 映画「愛を乞う人」で知られるベテランの平山秀幸監督が原作にほれ込み、初めて自ら脚本を執筆して監督を務めた。
 笑福亭鶴瓶が「ディア・ドクター」以来、10年ぶりに主演する。
 撮影を終え、11月に公開予定だ。

 舞台はさまざまな背景を持つ患者たちがいる精神科病棟。
 鶴瓶演じる秀丸は、死刑執行が失敗して現在は病棟に入院中の男。
 入院患者のサラリーマン(綾野剛)や通院患者の高校生(小松菜奈)らと心通わせ、前向きに生きようとしていたが、ある事件が起きる。

 平山監督は原作で描かれた秀丸の自己犠牲の精神に圧倒されたという。
「生きているのか死んでいるのか分からないような秀丸は果たして再生できるのか。ファンタジーのように見えるかもしれないが、だからこそ本物の感情を取り入れ、秀丸の応援歌のような映画にしたい」と語る。
 俳優たちには「患者さんをまねるのではなく、(人間性を)演じてほしい」と注文した。
 初めて脚本を手がけたことについては「脚本家はせりふを書き、演出(監督)はせりふを切ろうとする。今まで脚本家にいかに非情なことを言い続けていたかが分かった」と苦笑した。


日本経済新聞、2019/6/20 10:35
平山監督、鶴瓶主演で「閉鎖病棟」を映画化
(関原のり子)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46086970U9A610C1BC8000/

帚木蓬生のベストセラー小説を映画化した「閉鎖病棟─それぞれの朝─」が公開される。
企画の立ち上がりから11年越しでの実現。
メインキャストの3人が語った。
AERA 2019年10月28日号に掲載された記事を紹介する。

*  *  *
 精神科医で作家の帚木蓬生のベストセラー小説『閉鎖病棟』が、「愛を乞うひと」「エヴェレスト 神々の山嶺」の平山秀幸監督(69)により映画化された。
 長野県の精神科病院を舞台に、過去を背負った入院患者たちの人間模様を描く。
 本作が「ディア・ドクター」以来10年ぶりの主演作となる笑福亭鶴瓶(67)が、元死刑囚の梶木秀丸を演じる。

笑福亭鶴瓶(以下、鶴瓶): 僕もいろいろなドラマや映画に出させてもらいましたが、初めてですね。
 完成した映画を観ても、自分じゃないような感じ。
 監督がどうしても痩せてほしいと言うので体重を7キロ落として現場に入りました。
 毎朝真っ裸で体重計に乗って。

綾野剛(以下、綾野): 僕も体重計には真っ裸で乗りますよ(笑)。

 綾野剛(37)が演じるのは、幻聴に苦しむ元サラリーマン、塚本中弥(チュウさん)だ。

綾野: 病棟で起きていることやそこで感じられることを繊細にキャッチして、それをチュウさんを通して放出しているという感覚でした。
 わかった気でやる方が怖いので、嘘をつかないということだけを大事にしました。

 義父からの暴力が原因で入院する女子高生の島崎由紀を演じるのは小松菜奈(23)。
 入院以前と以後、さらにその後で雰囲気が変わる難しい役だ。

小松菜奈(以下、小松): 今まではどちらかというとキラキラとした役が多かったので、こういうひとりの人間の人生を描くのはとてもパワーがいることでした。
 由紀の壮絶な人生を重く受け止めつつも、それでも前を向ける強さや魂が見えた。
 それを守りたい、由紀という強い心を持った女の子を出せたらいいなと思って闘っていました。

 撮影は精神科の専門医療施設・小諸高原病院(長野県)で行われた。
 国立の精神科病棟で精神科病棟を舞台とした映画を撮影するのは、ドキュメンタリーを除いて本作が初めての試みとなる。

鶴瓶:「ディア・ドクター」の時も主演という意識はあまりなかったんです。
 役がどうというより、今回も映画「閉鎖病棟」の潤滑油になれたらな、と。
 平山組全体の雰囲気を引っ張っていけたらと思って病院の売店の人たちと仲良なったりもしました。

綾野: 僕はロケ中は小諸高原病院で一番重度と言われている病棟に毎日行って、子どもたちと交流を深めました。

鶴瓶: むちゃ仲良なったね。
 ほんまの病院でやっていたから、どうしても重なってしまう。
 でもそうならないようにしました。

 脇を固めるキャスト陣も、医師の高橋和也、看護師長の小林聡美、入院患者を演じる木野花、渋川清彦など芸達者ぞろいだ。
 個性的な俳優たちのアンサンブルで、画面には緊張感と調和が独特の空気感を生み出している。

鶴瓶: 完成した映画を観て、みんなすごいなと。
 芝居を見ていて、客観的にいい映画だな、優しい映画やなと思いましたね。
 車いすでのアクションシーンでは、相手役の渋川さんがうまいこと動いてくれました。

綾野: 症状が出たりするところでは、監督に「映画にスイッチを入れてほしい」と言われたので、「思いきりやります」と言って、チュウさんが持っているものやこれまで感じたことをそのまま放出しました。

鶴瓶: ほぼすべてワンテイクやったね。

綾野: 監督に初めて会った時、「僕の現場ではアドリブは困る。テストでやったことを本番でもやってもらわないとスタッフも困るから」と言われたんですよ。
 その時に監督が何かに恐怖している感じを僕は感じて。
 監督は長い時間この作品と向き合ってきて、いざ撮るとなったときの恐怖心や孤独をとても感じて、そこが信頼できました。
 でも実際撮影が始まると、「じゃあ回すよ」って。
 あ、テストやらないんだと思って(笑)。
 現場で起こったことを撮っていく、僕たちのドキュメントを撮っていくという感じでした。

小松: 最初は監督が思っている由紀と私が思っている由紀にずれがあるなと感じていたのですが、日々現場に臨むうちに徐々に同じになっていきました。
 でもそれを裏切りたい気持ちもあって。
 自分が思い描く由紀を表現したいと、日々葛藤していました。
 大声で叫ぶシーンがあるんですが、そのシーンは考えずに自然とすべてが出たという感じでした。
 それまで言葉にしていなかった部分や秘めている部分を出し、子どものように泣いていいんだなと思いました。

 病院を出た後の3人がどうなっていくのか。
 余韻の残るラストシーンだ。

鶴瓶: どんな状況でも前に進んでいくという気持ちが出ていますね。
 最後、Kの主題歌(「光るソラ蒼く」)で救われましたね。
 優しさがすごくある、いい歌やなと思いました。

小松: 私はもっと重い感じの作品になっていると思ったんですが、人びとが寄り添っていて、ひとりひとりの生命力が画面から伝わってきて。
 それぞれが背景に抱えているものは大きいけれど、その中でも葛藤しながら生きているというのがちゃんと出ていて、すごく考えさせられましたし、勇気をもらいました。

綾野: まさにみんな「それぞれの朝」を迎えているんだろうなと思います。
 目を覚ましてまた朝を迎えるという当たり前のことが、当たり前じゃない人たちがたくさんいる。
 彼らにとっては一日一日がすごく緊張することなので、朝が来て安心する人や、絶望する人もいる。
 それでも作品の中で全員がそれぞれ立ち上がるので、希望がありますね。

鶴瓶: みんなどん底まで落ちて、そこからちょっとずつあがっている。
 観た人に希望を持ってほしいというのはあります。
 立ち上がることで希望を持つということでしょうね。

※ AERA 2019年10月28日号


[写真-1]
綾野剛(あやの・ごう、右): 1982年、岐阜県生まれ。出演作に「そこのみにて光輝く」(2014)、「新宿スワン」(2015、2017)など。「楽園」が公開中/
笑福亭鶴瓶(しょうふくてい・つるべ、中央): 1951年、大阪府生まれ。出演作に「ディア・ドクター」(2009)、「おとうと」(2010)、「ふしぎな岬の物語」(2014)など/
小松菜奈(こまつ・なな、左)/ 1996年、東京都生まれ。出演作に「渇き。」(2014)、「恋は雨上がりのように」(2018)、「さよならくちびる」(2019)など


[写真-2]
「閉鎖病棟――それぞれの朝――」(平山秀幸監督・脚本)は11月1日から全国公開される

aera dot、2019.10.28 17:00
「まるでドキュメント」
「ほぼワンテイク」
笑福亭鶴瓶、綾野剛らが語る精神科病棟での撮影秘話

(編集部・小柳暁子)
https://dot.asahi.com/aera/2019102400066.html

 笑福亭鶴瓶が7kgの減量を経て『ディア・ドクター』以来10年ぶりの主演をつとめ、綾野剛、小松菜奈と共演する映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』。
 この度、韓国出身のアーティスト・Kが“日本語の師匠”である鶴瓶さんのために本作の主題歌を書き下ろし、その主題歌入り予告編と本ポスタービジュアルが解禁となった。

主題歌「光るソラ蒼く」が登場人物を優しく包み込む予告編

 今回解禁となった予告編の冒頭は、法廷シーン。
 そこでみせる秀丸(笑福亭鶴瓶)の表情は観る側に哀しさと虚しさを与えるもの。
 さらに秀丸と心を通わせるチュウさん(綾野剛)や父親からDVを受け入院した由紀(小松菜奈)ら、閉鎖病棟で暮らす人びとを映し出されていく。

 病棟での日々の描写、そこから繰り広げられる数々の出来事。
 主題歌「光るソラ蒼く」を歌うKの“天使の歌声”は患者たちの“葛藤”や“決意”を優しく包み込むが、最後のシーンでは…。

Kにとって、鶴瓶さんは日本語教師

 2004年に来日したKさんは、独学で日本語を猛勉強。
 お笑いのTV番組を見て、日本語を勉強したという。
 その中でも、特に鶴瓶さんの番組を好んでよく見ていたそうで、鶴瓶さんが話す落ち着いたトーンで、はっきりとした関西弁と笑いを伴う会話は、Kさんにとって最適な日本語の教材となっていたとか。

 その後、TVの収録で偶然、鶴瓶に会ったKさんは、普通に日本語で挨拶をした後、雑談を繰り広げ意気投合。
 この出会いをきっかけに交友が始まり、2017年には鶴瓶さんのレギュラーラジオ番組「ヤングタウン日曜日」にゲスト出演し、生歌を2曲披露したことも。
 Kさんは鶴瓶さんの人柄に感激し、いつか、鶴瓶さんが出演する作品で歌を歌いたいと思っていた矢先に、本作の主題歌に抜擢され、2年越しで夢が叶ったことになった。

9年ぶりに映画主題歌を担当!

 韓国・ソウル出身のJ-POPシンガーソングライターであるKさんは、その並外れた歌唱能力を活かし、2005年3月、TBSドラマ「H2」の主題歌「over...」でデビュー。
 同年のフジテレビドラマ「1リットルの涙」の主題歌に起用された「Only Human」は初登場から7週連続10位チャートインを記録、日本中に彼の名が広がるきっかけとなった。

「『Only Human』を聞いて以来、その優しく、透き通った歌声に注目していました。彼が歌い上げるバラードは包容力を感じさせ、さまざまな事情を抱えた登場人物が繰り広げるヒューマンドラマのエンドロールを彩るのにふさわしいと思い、オファーしました」と、製作にあたった東映の企画調整部長・村松秀信は起用理由をコメント。

 Kさんが映画主題歌を手掛けるのは、9年ぶり、3度目となるが、今回の主題歌制作にあたり、初めて撮影現場に何度も訪問。
 長野県小諸市にある小諸高原病院でロケが行われた際は、作品の雰囲気を肌で感じ取ることに加えて、実際に入棟している患者たちの生の声を聞き、曲作りのヒントを模索したという。

 また、長野県上田市でロケ撮影されたラストシーンを見学した際は、鶴瓶さん演じる秀丸が希望を見出す重要なシーンということもあり、雪がちらつく1月の寒空の中、4時間以上も真剣な眼差しで鶴瓶の熱演を見守っていたとか。

 曲を書き上げた後も、映画製作サイドと詳細なやり取りを重ね、曲をブラッシュアップ、平山秀幸監督の“素朴に力強く”という要望通りに、「光るソラ蒼く」を完成させた。

「『ええ曲作れよ!』と暖かく背中を押してもらいました」とK

「人は必ず自分じゃない誰かの支えがあって生きてることを強く信じて欲しいという思いで作りました。だからこそなるべくシンプルで素直に歌う事に気をつけました」とKさん。
 現場で対面した鶴瓶さんに、「秀丸さんの役を演じる瞬間だけは僕が今まで知っていた鶴瓶さんとは全く別人に見えました。役のために体重を落としてその人に成り切る職人魂に胸が震えたことを覚えてます」と強烈な印象を抱いたといい、「『この映画はほんまにええ作品やからええ曲作れよ!』と暖かく背中を押してもらいました」と明かす。

 また、鶴瓶さんは撮影現場を訪れたKさんに、「こんなに素晴らしい曲を作ってくれて嬉しかったです。この映画は本当に人にやさしい映画でその『やさしい』がこの曲に全て入っています。Kに感謝します」とコメントを寄せている。

※『閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー』は11月1日(金)より全国にて公開。


[動画]
11月1日(金)公開『閉鎖病棟―それぞれの朝―』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=To-5NwmBGRY

シネマカフェ、2019.7.23 Tue 13:30
笑福亭鶴瓶「感謝します」『閉鎖病棟』Kが歌う主題歌入り予告編解禁
笑福亭鶴瓶が主演をつとめ、綾野剛、小松菜奈と共演する映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』からアーティスト・Kによる主題歌入り予告編と本ポスタービジュアルが解禁。

https://www.cinemacafe.net/article/2019/07/23/62670.html

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2019年10月30日

「主戦場」上映中止

 ねえ、ねえ、ヤッホーくん、いったい何があったの?
 ヤッホーくんのこのブログ、2019年04月29日付け日記「4月28日は山歩クラブのお散歩会」をご覧ください。
 え〜と、ほかにも、ね、ヤッホーくんのこのブログ、「主戦場」って言葉で検索してみてくださいなだって。

 川崎市麻生区で2019年10月27日から始まる「KAWASAKIしんゆり映画祭」で、慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画「主戦場」の上映が一度は予定されていながら中止となったことが25日、分かった。
 映画の一部出演者が上映禁止などを求めて訴訟を起こしていることを受け、共催者の川崎市が主催者のNPO法人に懸念を伝えていた。

 映画祭はNPO法人「KAWASAKIアーツ」が主催し、事務局を運営。
 上映作品はボランティアを含むスタッフ約70人の投票で選んでいる。
 市や市教育委員会などが共催しており、開催費用約1300万円のうち約600万円を市が負担する。

「主戦場」の配給会社「東風」(東京都新宿区)によると、6月に映画祭事務局から上映の打診があり、ミキ・デザキ監督をゲストとして呼びたいとの意向も伝えられた。
 8月5日午前には映画祭事務局から上映の申込書が提出された。

 しかし同日午後、事務局から「『訴訟になっている作品を上映することで、市や映画祭も出演者から訴えられる可能性がある。市が関わってやることは難しいのではないか』と川崎市に伝えられた」と連絡があったという。
 東風には9月9日付で上映申し込みを取り消す正式な文書が届いた。

 映画「主戦場」を巡っては、出演者の一部が「『学術研究のため』と説明されたのに、商業映画として公開され、著作権や肖像権を侵害された」として、デザキ監督と東風を相手に上映禁止などを求め、6月に提訴している。

 市市民文化振興室によると、7月下旬に事務局から提訴の件を知らされ、市内部で検討の上で、「裁判になっているものを上映するのはどうか」と伝えたという。
 同室は「中止を求めたのではない。共催者として懸念を伝えただけ」としている。

 映画祭の中山周治代表は「市からの連絡は圧力と受け止めておらず、忖度(そんたく)もしていない。主催者の判断で決めた。スタッフもボランティアが多く、電話や現場対応でのリスクが想定された。来場者に迷惑をかけられない」と中止の理由を述べた。その上で「表現の自由を萎縮させてはいけないとの思いはあるが、映画祭存続のための苦渋の決断だった」と話した。

 デザキ監督は東風を通じ、「表現の自由が日本で死につつあることを非常に心配している。こうした攻撃と戦わなければ、政府の意向に沿った作品しか上映できなくなる」とコメントした。
◆ ドキュメンタリー映画「主戦場」
 日系米国人のミキ・デザキ監督が製作。
 慰安婦問題の歴史研究者や元慰安婦の親族のほか、元慰安婦の証言を虚偽だと主張する政治家や評論家へのインタビューを通じて慰安婦問題の本質に迫った。
 インタビューに応じた「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長や米国弁護士のケント・ギルバート氏ら5人は、「学術研究のため」という当初の説明と異なり商業映画として一般公開されたとして、著作権や肖像権の侵害を主張。
「映画で『歴史修正主義者』などのレッテルを貼られ、名誉を毀損された」とも訴え、上映禁止と損害賠償を求めて6月に東京地裁に提訴した。

「提訴で萎縮まずい」
「映画祭の役割放棄」
専門家から批判の声


 歴史認識が絡んだ表現活動が、またもや中止に追い込まれた。

「あらゆる作品の上映が裁判を起こすことでつぶされる」

 訴訟沙汰になったことを懸念して上映に及び腰になった市や主催者の姿勢に、専門家からは批判の声が相次いだ。

「判決や仮処分決定も出ておらず、訴えが起こされた時点で萎縮し、表現の場をなくしてしまうのは非常にまずい。提訴した側の言いなりになってしまっている」

 明戸隆浩東大大学院特任助教(社会学)は行政や主催者の対応をそう問題視する。

 あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」と似た構図だと述べた上で、「歴史認識が絡んだ表現活動が取りやめられることに慣れてしまっている社会が怖い」と危機感を示した。

 過去に同映画祭のプログラムに関わったこともある日本映画大学の安岡卓治教授は、
「一度上映すべきと決めた判断が作品の良しあしではない理由で覆った。あり得ないことで、映画祭の役割の放棄だ」と憤る。主催者に「懸念」を伝えた市には「市民の自立的な判断を尊重する姿勢が必要だった」
と苦言を呈する。

 2008年の同映画祭では右翼の妨害で上映中止が相次いだ作品「靖国」を上映している。
 それから11年、「公金を口実にした権力の介入と自己規制のバイアスは強まっている」と受け止める。

 失われた上映と鑑賞の機会を回復させるため、安岡氏は11月4日に主戦場を上映する公開授業を同大で企画。
 デザキ監督が登壇するシンポジウムも予定しており、「表現の自由をどう守るべきかを市民とともに考える場にしたい」と話した。


神奈川新聞、2019年10月25日 21:53
慰安婦映画「主戦場」、上映中止
共催の川崎市が「懸念」

https://www.kanaloco.jp/article/entry-204413.html

 第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019が慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー「主戦場」の上映を見送った件を受け、若松プロダクションが同映画祭で上映予定だった製作・配給作品「止められるか、俺たちを」「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の出品取り止めを発表。
「止められるか、俺たちを」の監督である白石和彌、脚本を手がけた井上淳一が本日10月29日に東京・シナリオ会館で記者会見を開いた。

 NPO法人のKAWASAKIアーツが主催し、事務局を運営するしんゆり映画祭は、ボランティアを含む市民スタッフが企画・運営の中心を担う市民映像祭。
 共催には予算1300万円のうちおよそ600万円を負担する川崎市のほか、川崎市アートセンター(川崎市文化財団グループ)、川崎市教育委員会、日本映画大学、一般財団法人の川崎新都心街づくり財団、昭和音楽大学が名を連ねており、2019年で25回目の開催を迎えた。
「主戦場」を含む本年度の上映プログラムの選定は、発案者によるプレゼンテーションと映画祭スタッフ約70人全員による投票という手続きで選ばれている。

「主戦場」は日系アメリカ人の映像作家ミキ・デザキが監督を務めた作品だ。
 慰安婦問題における論争の中でさまざまな疑問を抱いた監督自身が、日本、韓国、アメリカで渦中の人物たちを訪ね回り、イデオロギー的に対立する主張の数々を検証、分析していくドキュメンタリーとなっている。
 4月20日より全国で順次公開されているが、5月30日時点で「映画『主戦場』に抗議する出演者グループ」が「その製作過程や内容に著しく法的、倫理的な問題がある」とし、上映中止を求める抗議声明を発表。
 6月19日には、出演者である藤岡信勝、ケント・ギルバート、トニー・マラーノ、藤木俊一、山本優美子の5人が上映差し止めと計1300万円の損害賠償を求め、デザキと配給会社の東風を東京地裁に提訴している。
 訴状によると、藤岡らはデザキから大学院の卒業制作を目的としてインタビューを依頼され撮影に応じたが、商業映画として一般公開されたと主張。
 内容も中立的でなく、撮影時の合意に違反するとしている。

 映画祭における「主戦場」の上映見送りは、朝日新聞が10月24日夜に「慰安婦問題扱った映画、川崎市共催の映画祭で上映中止に」と報じたことで明らかになった。
 東風によれば、映画祭の事務局から6月時点で上映の打診があり、その後、8月5日午前に上映会申込書が提出されたという。
 しかし同日午後には、川崎市市民文化局の職員が「『主戦場』を上映することで映画祭や川崎市が、映画の出演者の一部から訴えられるのではないか。そのような作品を川崎市が関わる映画祭で上映するのは難しいのではないか」と懸念を抱いていることを事務局から伝えられ、東風と映画祭で話し合いの場も設けられたが、9月9日付で正式に申し込みを取り消す文書が届いた。
 東風は、この事態を容認できず映画祭と共催団体に対し「映画『主戦場』上映中止撤回へのご協力のお願い」と題した文書を9月14日付で提出。
 だが事態は変わらず、「主戦場」は9月19日の上映プログラム解禁時点でラインナップに含まれなかった。

「主戦場」を巡る一連の報道を受け、映画祭は「『主戦場』上映見送りについて」と題した声明を10月27日に発表。
 映画祭内部でも賛否両論があったこと、「表現の自由の萎縮」を加速させたことに触れつつ、経緯を「作品をとりまく提訴の状況も踏まえて、一旦は上映の申し込みを進めていくことを判断しましたが、共催者の一員である川崎市からの懸念を受けました。上映時に起こりうる事態を想定し、私たちができうる対策を何度も検討した結果、今回は上映を見送らざるを得ないと判断をさせていただきました」と説明している。
 ほぼすべての運営を学生や主婦、会社員などからなる市民ボランティアで行っていることから、主に「映画館での妨害・いやがらせなど迷惑行為への対応を市民ボランティアで行う事には限界があること」「市民ボランティア自体の安全の確保や、迷惑行為などへの対策費が準備されていないこと」「お客さま等との連絡がとれなくなること」といった運営面での課題を理由に「自信をもって安全に上映を行うことができない」と判断を下した。

 翌28日に東風は、この声明に対する見解を公開。
 8月の話し合いの場では、川崎市が示した「懸念」が「明示的ではない言い回しで」「メールや文書などの証拠が残らないかたちで」「しかし、かなりの強さをもって」いたことから、映画祭も対応に苦慮していた事実を明らかにし、「運営面での課題」を理由に上映を見送ったという発表は「問題の本質をすり替えること」と指摘した。
 また「現に『主戦場』は全国50館以上の様々な劇場で上映されていますが、これまで大きな混乱は一切ありません」と映画を取り巻く状況を説明し、映画祭と共催団体に対し「当初の計画通り上映されるように、それぞれの責任において行動することを願ってやみません」と求めている。

 同日に若松プロは白石と井上との連名により、「主戦場」へのしんゆり映画祭と川崎市の対応に抗議する形で「止められるか、俺たちを」「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の計4回の上映取り止めを発表。
 彼らは市の「懸念」から上映見送りに至った流れを「公権力による『検閲』『介入』」とし、映画祭の判断も「過剰な忖度により、『表現の自由』を殺す行為に他なりません」と捉えている。
 そして今回の騒動を国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」における「表現の不自由展・その後」の一時中止と文化庁が決定した補助金不交付、文化庁所管の独立行政法人 日本芸術文化振興会が助成金支援を決めていた映画「宮本から君へ」への交付内定を出演者のピエール瀧が麻薬取締法違反で有罪判決を受けたことで取り消した問題と「延長線上にあることは疑いようがありません」と位置付けた。

 彼らは声明の中で「このようなことが続けば、表現する側の自主規制やそれを審査や発表したりする側の事前検閲により、表現の自由がさらに奪われていくことになる」と現状を危惧。
「観客から映画鑑賞の機会を奪う」ことへの苦慮もあったが、「今ここで抗議の声を上げ、何らかの行動に移さなければ、上映の機会さえ奪われる映画がさらに増え、観客から鑑賞の機会をさらに奪うことになりはしないでしょうか」「同じ映画の作り手として声を上げなければ、我々もまた『表現の自由』を殺す行為に加担したことになってしまうのです」と上映取り止めに至る経緯を報告している。

 会見で白石は「映画制作者として、上映する機会をなくすのは本当につらい」と現在の心境を述べつつ、「あいちトリエンナーレ2019」の事例に触れる。
「国や関係する自治体からの“懸念”により、表現の場が失われている流れが大きくある中で、今回の『主戦場』の問題を知りました。この流れに異議申し立てをして問題提起の1つとして上映取り止めもあるのではないか。表現の萎縮の連鎖を表現者として止めなければいけない」と思い至り、井上、若松プロのスタッフと話し合いを重ねたことを明かす。
 映画祭側からは、最初の報道の前に「主戦場」上映見送りに関するニュースが出ることを伝えられていたという。

「川崎市が“懸念”を示した」という報道を目にしたときの率直な思いを、白石は「映画に関わる人間としてすごく悔しかった」とコメント。
「日本における製作委員会のシステムになぞらえると、予算のおよそ半分を出しているところの言葉は非常に重みがある。それは映画祭も萎縮してしまうよな……と感じました」と述べる。
 井上も「懸念を示すハードルが随分下がってしまった。これは一気に加速する。今回は『主戦場』の上映が決まっていたから問題が表面化しましたが、今後は企画段階で『この作品はまずい』『ちょっと政治的な作品を避ける』となってしまう。映画祭だけでなく、文化庁に助成金を申請する映画もそうなっていく」と今後への不安を口にした。

 井上は、川崎市が最初に示した「懸念」の日付が8月5日であることを指摘。
「表現の不自由展・その後」の中止が8月3日で、その報道が盛り上がっていた時期であることから「市が慰安婦に関する映画に懸念を示したのではないか」と推測する。
 映画祭が理由に挙げた「運営面での課題」に関しても、「あいちトリエンナーレ2019」との類似を示し「一番遠いところにあるリスクを持ってきて中止にするお客さんファーストの考え。忖度や自粛、自主規制という名の無自覚な表現の自由の放棄が一番の問題。せめて自覚的である我々がこうして声を上げ、何かほかの人たちにも伝播していけば」と声明および会見の意図を語った。

 もともと上記の2本は、プログラム「役者・井浦新の軌跡」の中で上映予定だった。
 白石は、井浦新本人とも声明をリリースする直前まで密に連絡を取り合っており、今回の決断は井浦の理解を得ていることを説明。
 また井浦自身も公式Twitterで出演作「赤い雪 Red Snow」「ワンダフルライフ」が映画祭で上映されることに触れながら、「多様な映画が集まるべき映画祭だからこそ抗議や行動もそれぞれの形があって良いと思っています」「一部の人たちの忖度によって起きたこの結果に正直身を引き裂かれる思いです。だからこそ自分は参加することで問いたいと思います」とコメントを発表している。

 白石は監督という映画人としての立場から、しんゆり映画祭への思いを「25回も川崎という街で映画祭を続けている。映画を愛してるに決まってるし、映画祭を運営している方たちも映画人なんです。映画人は映画を守るべき。だからこそプライドを持ってほしいし、それが見えないから僕たちは怒っている」と告白。
 映画祭という場の重要性を説きながら、「僕たちはどんなに貧しい予算でも、映画を愛して上映してくれるならどこまでも行く。どんな圧力を受けたにせよ、そこで映画のために闘ってくれる姿勢が1mmでも見えたとしたら、僕たちはどんなことがあっても闘うし、背中を押します。だからこそ映画を守ってほしい。映画を守るなら、僕らは映画祭を守るし、映画館を守る。一緒に闘います。その気持ちがあれば『主戦場』も上映できたと思います」と続けた。

 会見の終盤には、東風の代表を務める木下繁貴も席上へ。
 現在も映画祭に上映を求めていることに関して「中止されたままだと、表現の自由の問題はもちろん、作品にとっても非常に悪い前例になってしまう。こういう問題が起こったとき、ちゃんと言葉にして伝えていかないと本当に自由がなくなる。私たちとしてもきちんと闘っていきたい」とコメントした。
 井上も「今後も第2、第3のしんゆり映画祭問題が起こるかもしれない。僕たちはこうして声を上げてボールを投げた。何か忸怩たる思い、もしくは怒りを抱えている人はいるはず」と述べる。
 最後に白石は、例え「主戦場」が同じ主題を扱いながら真逆の主張をしていたとしても行動を起こしたことを付言し「これは誰しも対岸の火事として見ていられる問題ではない。もはやみんなで考えてしゃべっているだけでは手遅れになる。SNSでツイートするだけでは、声を上げたことにならない。何か動き出すときがきていると思います」と語り、会見を締めくくった。

「表現の自由への萎縮」を加速させてしまう事態を招いたことを重く受け止めたしんゆり映画祭は、明日10月30日に入場無料のオープンマイクイベント「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」の開催を緊急決定。
「主戦場」は映画祭での上映見送りに伴い、11月4日に神奈川・日本映画大学 新百合ヶ丘キャンパスで「日本映画大学ドキュメンタリーコース公開講座 作品研究『主戦場』 シンポジウム『表現をめぐって──芸術と社会』」と題した上映付きイベントが行われる。
 こちらはすでに定員に達し、申込み受付は終了しているためご注意を。
 さらに若松プロも「止められるか、俺たちを」「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の無料上映とティーチインを、それぞれ11月1日と4日に神奈川・麻生文化センターの大会議室で実施する。

※ 第25回KAWASAKIしんゆり映画祭2019は、神奈川・川崎市アートセンターで11月4日まで開催中。


[写真-1]
白石和彌

[写真-2]
「主戦場」ポスタービジュアル

[写真-3]
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」

[写真-4]
若松プロダクションによる記者会見の様子。左から白石和彌、井上淳一。

[写真-5]
井上淳一

[写真-6]
若松プロダクションによる記者会見の様子。左から白石和彌、木下繁貴、井上淳一。

映画ナタリー、2019年10月29日 21:19
白石和彌が「主戦場」上映中止に映画人として抗議、緊急会見レポ
https://natalie.mu/eiga/news/353298

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しんゆり映画祭

 是枝裕和監督の最新作「真実」は、フランス・パリを舞台に繰り広げられる母と娘の物語だ。
 ジュリエット・ビノシュは娘リュミールを演じた。

* * *

 カンヌで最高賞を受賞した「万引き家族」に続く作品で、初の海外撮影。
 学生時代のミューズだったジュリエット・ビノシュに大御所カトリーヌ・ドヌーヴまで迎えれば、重圧を感じそうなものだ。
 が、映画「真実」は美しくもユーモラスで軽やかなホームドラマに仕上がった。

「肩の力を抜いて、短調の曲が続いたから長調で」

 そんな意識だったと是枝監督は言う。

 プロジェクトはビノシュさんから声をかけて始まった。

ジュリエット・ビノシュ(以下、ビノシュ): 是枝さんの感受性と優れた観察眼に興味がありました。
 白か黒かではなく、その間のさまざまな色合いが描かれている。
 そこがすばらしいと思います。
 この映画の(女優の母と娘という)テーマはカトリーヌに会ったのがきっかけですか。


是枝裕和(以下、是枝): いえ、フランスのプロデューサーの自宅でお手製のご飯をご馳走になったのがきっかけかな。
 その時、キャリアの晩年を迎えた老女優という、以前、舞台用戯曲として書きかけていたモチーフを、老女優と女優になりそこねた娘の話に書き換えて、ビノシュさんを娘役にしようと思いついたんです。
 カトリーヌさんとは会えていない。
 何度かすっぽかされました。
 緊張して待っていたら「今シャワー浴びてるから」とか「今日は行けそうにない」とか(笑)。


ビノシュ: あはは、わかります。
「真実」は最初、監督からコメディーだと言われたんです。
 でも私は、もっと緊張感のある話だと思った。
 私の演じたリュミールは、ストーリーに重さを運んでくる、やや悲劇的な存在です。
 嘘ばかりつく母親を持っているんですから。
 二人の母娘関係は、私自身の母との対立とも重なります。
 嘘をつかれ、裏切られても、最終的には愛や優しさで相手の欠点を許そうとする。
 目の前で親が老いていくと、いままで見えていなかった脆さや弱さにも気づく。
 そうすると真実を追求しようとか承認欲求とかを超えて、親を思いやる気持ちが出てくるんですね。


 是枝監督に言われて、印象的だった言葉があるという。

ビノシュ:「照明の当たっている人の脇で、影にいる人に興味がある」
 私の役は影の存在ですよね。
 撮影で面白かったのは、本を読むシーンで監督に藪の後ろ側に押し込められて、「その隠れてる感じがいい!」って。
 フランス人監督なら女優をこんなふうに撮らないですよ(笑)。


是枝: あのカット、すごく好きです(笑)。
 この映画を見て、みんな、ドヌーヴ演じる母親が(人をあやつる)魔法使いだと思ってるんだけど、実は魔法を使っているのは影の側であるリュミールや執事のリュックなんですよね。
 最初の打ち合わせのとき、母親のカトリーヌさんを皿の上に載せて、一緒に調理してください、とお願いしました。


 言語の違いは壁にならなかったのだろうか。

ビノシュ: 監督と俳優のコミュニケーションに言葉は不可欠ではありません。
 監督はテイクの度に俳優の心を開かせようとする。
 撮影現場でだけ起きるマジックですが、何テイクも撮っていくと、俳優の心が開かれ、何かが現れてくる。
 脚本に書かれていることがそのまま映像になるわけではないんですね。
 ただ、たとえばレストランで通訳さんが遅れてくると、二人ともまったく会話できなくて焦って──。


是枝: もっと親密になれたかもしれないのに(笑)。
 僕は日本でも俳優に手紙を書きますが、今回は少し多めでした。
 脚本のここで悩んでいるとか、この役に少し弱点を作りたい、みたいなことを手紙にしました。
 ビノシュさんも娘婿役のイーサン・ホークも演出の目を持った役者だから、いいアドバイスをくれるし、一緒に考えてくれた。
 カトリーヌさんは現場に来てから台本を開くタイプなので、手紙は書きませんでしたが。


ビノシュ: 映画撮影の間、私たちはテイクの度に魂を探索していると思うんです。
 ただ粛々と監督に従うのではなくて、監督と一緒に探検するのが映画。
 人生と同じですよね。


「フランス映画っぽい」「日本映画だ」など、見る人によって感想はさまざまだ。

是枝: 自分の色を残さなければとも思わなかったし、フランス映画にしなければとも思わなかった。
 あの場所と目の前にいる役者たちを魅力的に撮ろう、生き生きとみずみずしく撮ろうとそれだけを考えていました。


ビノシュ: 私は、これは是枝さんの映画だと思いますね。
 まさに是枝式だなと。


是枝:(海外に出なければというような)使命感はまったくないです。
 今回はビノシュさんに誘われたのがきっかけで、以前フランソワ・オゾン監督にも「君はフランスで撮るとうまくいくよ」とおだてられたので木に登った。
 求められない限り、やっぱり映画は撮れないので。


ビノシュ: フランスでもう一度撮ろうと思いますか?

是枝: もう二度と外国では撮らない、とはまったく思ってないですね。
 言語の壁はそれほど問題ではないというか、いろいろなお膳立てが必要ですが、それさえクリアできれば越えられるかなという気はしています。


 映画ではドヌーヴ演じる老女優が、「スクリーンでの戦いに負けた女優が政治やチャリティーに手を出すのよ」と憎まれ口を叩く。
 だが、二人とも政治や社会への発言は積極的に見える。


ビノシュ: 私の女優人生が下り坂だと言いたいのかな?
(笑)いえいえ、女優はパブリックパーソン(公的な存在)ですから、支援すべきところは支援しないと。
 黄色いベスト運動は暴力も出てきたので全面的に支持すべきとは思わないけれど、毎日一生懸命働いているのに生活に苦労している人たちを支援するのは大事なことだと思って、支持表明しました。
 フランス人としてきちんと考えないと。


是枝: 日本ではごく一部ですが、監督や役者が政治的な発言をしたり、デモに参加したりするのを否定的にとらえる人がいます。
 企業がコマーシャルに使わなくなるぞと脅しがかかったり、映画監督なら映画だけ撮っていろと批判されたりするんです。


ビノシュ: でも、これは政治というよりも、ヒューマニティー、つまり人間の問題ですよね。
 老若男女問わず、すべての人が社会と関わっている。
 見ないふりするのではなくて、不正や問題を認識し、次世代につなげていく必要があります。
 たとえば環境問題なら、気候変動の速度に意識改革が追いついてない。
 権力者が法制度を変えないなら一般の人たちが意見を言って変えていかないと。
 最近、環境問題でデモを始めた若い世代に希望を感じています。


是枝: まったく賛成です。
 映画を作る行為も含めて、日々生きていること自体が政治的なことだと思うんです。
 パブリックパーソンという考え方は、あまり日本では定着してないんです。
 いま日本で大事なのは、権力に利用されないこと。
 明らかに取り込もうとしてくるから、ノーと言い続けることだと思います。
 おっしゃるとおり、政治の話ではなく、人間の話なんですよね。


[写真]
是枝裕和(これえだ・ひろかず、左):1962年、東京都出身。映画監督。「誰も知らない」「そして父になる」「万引き家族」がカンヌ国際映画祭で受賞/
Juliette Bonoche:1964年、仏パリ出身。俳優。代表作に「ポンヌフの恋人」「イングリッシュ・ペイシェント」「トスカーナの贋作」など


アエラネット、2019.10.19 17:00
是枝裕和監督、ジュリエット・ビノシュにあの大女優を「お皿の上に載せて調理してください」
(ライター・鈴木あずき)
https://dot.asahi.com/aera/2019101700026.html

 是枝裕和監督の舞台あいさつと報道陣に語った概要は以下の通り。

 映画祭は何を上映するかが全て。
 いい作品を発見し、皆さんに届け、皆さんが新しい作品や作家を発見し、作り手と観客がつながっていく場所だ。
(25回目を迎えたしんゆり映画祭は)長い時間をかけ地域の皆さんの協力の下に、そうしたことを継続させ、定着させてきた。

 それは楽しんでいれば持続するものではなく、主催する側、参加する側、皆さんの努力が続けられて初めて持続できるもので、今回の事態は映画祭を主催する人としてあってはならない、あるまじき判断だ。
 これは作り手への敬意を欠いているし、皆さんから作品と出合うチャンスを奪う行為だ。

 川崎市は共催者で、共催する側が懸念を表明している。
(主戦場の上映中止は)懸念の表明がきっかけと聞いているが、共催している側が懸念を表明している場合じゃない。
 懸念を払拭(ふっしょく)する立場だ。

 その共催者の懸念を真に受けて主催者側が作品を取り下げるというのは、もう映画祭の死を意味する。
 なのでこれを繰り返せば、この映画祭に少なくとも志のある作り手は参加しなくなる。
 危機的な状況を自ら招いてしまったということを映画祭側は猛省してほしい。

 これは皆さんに伝えることではないかもしれないが、皆さんは映画を見るという行為を通して映画祭に参加をしているので危機感を共有してもらい、この先、この映画祭が存続していくためにどういう声を上げなければいけないかを一緒に考えてほしい。

 5年前、韓国の釜山映画祭でセウォル号の沈没を巡って制作された「ダイビング・ベル セウォル号の真実」というドキュメンタリー映画の上映を巡り、釜山市から圧力がかかった。
 上映を取り下げないなら助成金をカットすると脅しがかかった。
 だが、映画祭は突っぱねた。
 上映により予算がカットされ危機を迎えたが、事態を知った僕を含めて日本やアジア中の映画人が主催者への支持を表明するメッセージを送り、映画祭を支えた。
 映画祭の価値はそうやって高めていくものだ。
 今回「しんゆり映画祭」が取った判断は釜山映画祭とは真逆のものだ。
 なぜ釜山映画祭を教訓にできなかったのか、残念でならない。
 いまからでも遅くないので、どういう善後策が取れるのか主催者側は代表に任せるのではなくて、皆で考えてほしい。

「しんゆり映画祭」での作品上映を取りやめた若松プロダクションと白石和彌監督たちの判断は明快だし、映画祭に対するメッセージとしてはまったく同意だ。
 ただ自分は日本アカデミー賞も東京国際映画祭も参加して文句を言ってきた。
 上映があるならその場へ行って違うと言うのがこれまでのスタンスなので、ここへ来た。

 川崎市は共催者。
 懸念があるなら払拭する立場だ。
 ただ上映をすればよかった。
 作品はきちんと映画祭側が選考したわけだから、そのプロセスに行政が口を出す権利はない。

 主催者が行政の意向をくんで作品を選考していくようになったら映画祭は映画祭として独立しえない。
 そんな映画祭は尊敬されない。
 あらゆる作品が上映されるべきだ。
 作品選びは映画祭側が主体性を持ってやり、尊重されるべきだ。
 面白いつまらないは見た人が批判すればいい。
 つまらなければ映画祭から人が去り、淘汰(とうた)されていくだけだ。

 市がやるべきだったのは抗議が心配ならケアをすること。
 まだいまからでも間に合う。
 やれることはある。
 きちんと過ちを認め、上映し直す。
 それが一番だと思う。
 そうでなければ支援しようがない。

 映画祭は別にお花畑じゃない。
 作品を上映することに伴ういろいろなリスクは主催者だけでなく、映画祭を作っている人たち皆で背負っていくものだ。
 何も起きていないのに、行政の懸念だけで作品が取り下げになるなんて言語道断だ。

 共催者は懸念を表明する立場じゃない。
 映画祭を主催、共催するという意味を取り違えている。
 広告主じゃないのだから。


[写真]
主催者と市の対応を批判する是枝監督(右)=川崎市麻生区の市アートセンター

神奈川新聞、2019年10月29日 22:42
[しんゆり映画祭]
是枝監督「取り下げは映画祭の死」

https://www.kanaloco.jp/article/entry-205256.html

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英語力とは無縁の入試利権化

2020年度からの大学入試改革で英語が「4技能化」され、民間試験が導入される。
特に「スピーキングテスト」が注目されるが、高校や大学の現場では不安や懸念の声が多い。
この早急な改革の根底には、長年にわたる日本人の「英語ぺらぺら」幻想と、それにつけこむ英語産業の思惑がある。

民間業者への利益誘導か


 2020年から日本の大学入試が変わる。
 特に注目を集めているのは英語だ。
 これまでのセンター試験を廃止し、実用英語技能検定(英検)、GTEC、TOEFL、TOEICなど7種類の民間試験を導入するという。
 受験生は高校3年時の4〜12月にいずれかの試験を最大2回受験できる。
 入試改革推進派によれば、従来のセンター試験が「読む・聞く」に「偏って」いたのに対し、こうした業者試験は「読む・書く・聞く・話す」を測る4技能型だから、入試に採用すると英語力向上に効果があるとのこと。
 中でも特に「スピーキングテスト」の導入により「使える英語力」が飛躍的に身に付くという。

 しかし、少し考えればこの “宣伝” がおかしいことは分かる。
 取り立てて新しい学習法が導入されるわけでもないのに、どうしてテストを変えるだけで学力が上がるのだろう。
「4技能型試験」といっても目新しいのはスピーキングの実技が入るくらい。
 しかも業者ごとにテスト形式はパターン化されている。
 手っ取り早く点数を上げようと、生徒や教員は試験対策にばかり関心が向き、英語の勉強は二の次になる。
 実際、街角には「あなたは大丈夫? 試験対策は当塾で!」といった看板が登場している。
 これでは「使える英語」どころか真の意味での学力が低下する可能性大だ。
 しかも試験業者は、試験対策まで請け負って問題集を販売する。
 受験者を増やそうと、業者による点数の安売り競争(ダンピング)が始まっているともいわれる。
 これで公正な入試と言えるのだろうか。
 問題は山積みだ。

 このあたり、詳しくは拙著『史上最悪の英語政策』(ひつじ書房)を参考にしていただきたいが、はっきり言って「4技能」看板は業者試験導入のための「つじつま」合わせにすぎない。
 そもそも「4」という概念は便宜上の区分けで、英語を使うときに脳が4つに分けられるわけではないし、「スピーキングテスト」だけで「話せるようになる」というのも幻想だ。
 テスト向けとなれば生徒は硬くなって余計話せない。
 採点方法の信頼性も低い。
 本当に望ましいのは、時代遅れの分断型のスキル訓練より、生徒の興味や自主的な判断を芯に据えた統合型の学習なのである。

 一部では、この政策が推進された背景には当時の下村博文文科大臣(2012〜15年)と試験業者、塾業者、英会話学校との癒着があると報道された。
 現に、外部試験を運営する利害関係者が何人も、外部試験導入を検討する協議会のメンバーに名を連ねていた。

 利権誘導が目的とも思える弊害だらけのこの政策はすぐに中止すべきだ。

 ただ、こうした英語政策の迷走の背景には、私たち自身の英語を巡る根深い誤解もある。
 この点を反省しなければ、たとえ政策に修正を加えてもまた同じことが起きる。
 英語力の増進など望めないし、国際競争力などつくわけがない。
 本稿では、そんな誤解の芯にある日本人の「スピーキング幻想」について考察する。

今も続く敗戦後の「英語バブル」

 日本では、大学が創設された明治時代初頭には、全ての授業は外国語で行われていた。
 教員が外国人で、文献も外国語、翻訳もなかったからである。
 そうせざるを得なかったのだ。
 皮肉を込めて言うなら、この当時、日本はもっとも「グローバル」だった。

 しかし、そんな状況もやがて変わる。
 学問のための文献が日本語に翻訳され、日本語を話す教員が育つと、日本語で学問ができるようになった。
 外国語の概念を日本語に移入するのに、知識人たちは多大の労力を費やした。
 と同時にこの翻訳と変換の作業を通して、私たちは西洋文化を相対化する複眼的な思考をも身に付けた。

 しかし、こと英語学習となると、こうした自前文化の熟成はもろ刃の剣でもあった。
 というのも、翻訳書が出回り知識の習得が日本語で行えるようになると、英語を勉強するモチベーションが下がったからだ。
 しかも、大正から昭和にかけて教育を受ける層は拡大し、動機もなしに英語を勉強する人も増えた。
 すでに大正期には「なんで英語をやるの?」(当時の英語科存廃論)を問う声が出ていた。

 その後、太平洋戦争中には英語が敵性語として禁止されるが、戦後は逆に米国文化が日本を席巻した。
 ただこの時期、確かに英語を学ぶモチベーションは上がったが、必ずしも「必要」とした人が激増したとは言えない。
 英語熱はぼんやりした「憧れ」に支えられたもので、一種の「バブル」だった。
 そしてこのバブルが形を変え、今日も続いている。

「カッコイイ」消費財として流通

 現代世界は急速に「グローバル化」したという。
 そのグローバル化はしばしば「英語化」と同義ともされる。
 しかし、日本の日常生活で、英語を使わなければならない場面はまだ多くない。
 日本人が「英語ができない」としたら、これが最大の原因だろう。

 かつて英語によって統治され、今でも公用語が英語の国々、シンガポールやインドなどの国民が英語を使えるのは、社会の中で地位を得るために英語力を身に付ける必要があったからだ。
 日本ではその必然性がないので真剣になれない。
 そもそも週5時間程度英語の授業を受けるだけでは十分ではない。
 公の制度が一つの言語で動いている国では、異なる言語を使い分ける習慣も育ちにくい。
 英語の知識があっても、スイッチが切り替わらないと知識は生かせない。

 これが日本の英語の現実である。
 小手先の改変ではとても変えられない。
 ところが面白いことに、この国では英語が「カッコイイ」ものとなっている。
 なぜなら、英語は「よく分からないけど、何となく欲しい」消費財として流通したからだ。
「英語できるといいかも」と思う気持ちは、ブランド品の広告を見て初めて「欲しい」と思う気持ちと似ている。


 英語は数多くの消費財を手に入れた日本人がまだ手に入れていないものなので、希少価値がある。
「欲しい」を支えるのは軽やかな消費欲なのだ。
 だから肥大した英語産業はあの手この手でイメージ戦略を打ち、消費財をいかに買わせるかに腐心する。
 揚げ句には、政治家と手を結んで入試政策にも介入する。

話すことより大事なのは「聞き取る」能力

 そもそもなぜ学校で英語の勉強をするのか、私たちは改めて考えるべきだ。
 その上で、もし本当に「英語の習得」を目指すのなら、「英語ができる」とはどういうことかを問い直す必要がある。
 英語が好きという言う人も、得意分野はそれぞれ異なる。
 読むのが好きな人もいれば、作文が得意な人もいる。
 “単語博士”もいれば「発音大好き」という人もいる。

 にもかかわらず、「英語ができる」と聞くと、私たちは英語を読んだり書いたりすることより、「ぺらぺら話す」というイメージを思い浮かべる。
 さわやかな日差しの下、芝生に座り、ちょっと薄着でにこやかにアメリカ英語で談笑する人たち―まさに「美しい英会話」の光景である。

 私たち消費者はこうした“絵”に乗せられやすい。
 仕事や研究でどうしても英語を使う必要があるなら、当然、1人で単語を覚え、聞き取りや音読練習の地道な努力をしなければならない。
 スピーキングの練習だけをしても効果がない。
 一番のネックは聞き取りだろう。
 相手の言っていることを聞き、それに反応してこその会話である。
 ところが日本語と英語では音のシステムが異なるので、「聞き取れる」ためには相当な訓練が必要だ。
 海外に留学しても、みんなここで苦労する。
 だからこそ一番時間をかけねばならない。

 だが、ブランド品としての英語が映えるのは、一足飛びに「美しい英会話」としてなのである。
 実はこれはバブル期の1980年代前後に流行したイメージだ。
 今、そのイメージが50代のバブル世代に再利用され、いつの間にか「スピーキングテストこそ大事だ」という流れになった。

これからも日本人は「英語ができない」
 
 今回の早急な入試改革の推進派の中には、英語を社内公用語とした楽天の三木谷浩史社長もいる。
 三木谷氏をはじめ「学校英語は仕事では使えない」と批判する経営者がいるが、そもそも学校英語ではまず土台となり幹となる単語を学ぶのだから、当然、限界がある。
 あらゆる状況に即した単語を高校までに学べるわけがない。
 だから自分の必要に応じ、学んだ幹の上に継ぎ足す形で自ら単語数を増やす努力をする。
「これからは即戦力のある実用英語だ」などという口車に乗せられて、形だけ「実用英語」風に仕立てた試験を受けても、肝心の基礎となる単語を身に付けなければ役に立たない。
 学校の授業以外の時間でたくさんの英語を聞き、読まなければだめなのだ。

 他にも「話せる」ために必要なのは、状況の把握、他者に対する想像力、それからもちろん話す中身だ。
 ところが2020年に向けた今回の入試改革は、表層的に英語を話す練習さえすれば「話せるようになる」との誤ったメッセージを発してきた。

 実に無責任だ。

 むしろ「スピーキング」などという独立した技能はないと考えるべきなのだ。

 英語教育に関わる重大な政策が、一部の人の思惑で推し進められたのは問題だが、それを許した私たちにも責任がある。
 こんなことでは、この先も日本人は「英語ができない」ままだろう。
(2018年5月21日記)


[写真]
英語のリスニング機器が配られる大学入試センター試験の会場
(2018年1月13日、東京都文京区の東京大学)


ニッポンドットコム、2018.05.31
日本人と英語
「スピーキング幻想」が生んだ大学入試 “改悪”

(阿部公彦)
東京大学文学部教授。1966年生まれ。英米文学研究と文学一般の評論を行う。東京大学文学部卒、同修士を経て、1997年ケンブリッジ大学でPhD取得。2001年より現職。2013年 『文学を〈凝視〉する』(岩波書店)でサントリー学芸賞受賞。他の著書に『史上最悪の英語政策』(ひつじ書房、2017年)、『小説的思考のススメ』(東京大学出版、2012年)、『英詩のわかり方』(研究者、2007年)、翻訳にマラマッド『魔法の樽 他十二編』(岩波文庫、2013年)など。
https://www.nippon.com/ja/currents/d00413/

 現在の高校2年生が受験する2020年度の大学入試では、これまでのセンター試験にかわって「共通テスト」が実施され、英語では民間試験も導入されます。
 東京大学教授の阿部公彦さんに聞きました。


しんぶん赤旗・日曜版、2019年10月27日号(29面)
■ 英語力とは無縁の入試利権化
ビジネスありきの民間試験導入
中止以外正常化の道ない

(東京大学教授 阿部公彦)
https://www.jcp.or.jp/akahata/web_weekly/2019/10/27-week/

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2019年10月29日

入試の民営化

 準備の遅れは目に余ると言わざるを得ない。
 2020年度に始まる大学入学共通テストで導入するという英語民間検定試験のことである。
 原因は制度設計の甘さにあることを文部科学省は深く自覚すべきだ。

 全国の大学が実際にどれほど英語民間試験を利用するのか、文科省が集計結果(11日時点)を発表した。

 四年制大学の約7割(539校)が少なくとも一つの学部・学科で利用する予定で、短大を含めると約6割(630校)という。
 導入まで半年を切って、受験生が大学ごとの状況をおおよそ把握できるようになった。

 大学入試改革の目玉の一つだが、迷走ばかりが目立つ。
 7月には民間試験の一つ「TOEIC」の実施団体が「責任を持って対応を進めることが困難」として参加を辞退し、対象試験は6団体7種類に減った。
 9月から日本英語検定協会の「英検」の予約申し込みは始まったが、実施計画の詳細がまだ決まっていない試験もある。

 そもそも、目的が異なる各種民間試験の成績を一律に評価できるのか。
 大量の試験結果を全ての実施団体が厳格、公正に採点ができるのか。
 不正や事故に十分に対応できるのか。
 受験会場が少ない試験もあり、都市部と交通の便が悪い地方との受験機会の格差が生じかねない。
 特に中山間地や離島も少なくない九州では見過ごせない問題だ。

 いずれも民間試験導入の検討開始時点から指摘されてきた「公平と公正」に関わる重い課題だが、今に至るも解消されたとは言い難い。
 全国高等学校長協会は9月、現状を「先の見通せない混乱状況」と見なし、民間試験導入の延期と制度見直しを文科相に要望した。
 受験生の視点に立てば当然だろう。

 四年制大学の約7割が民間試験を使うとはいえ、その利用法はさまざまだ。
 共同通信によると、国立大の過半数は民間試験の成績が中学卒業レベルやそれ以下でも出願を認める方針という。
 つまり「形だけ」の利用である。
 背景には、課題を抱える民間試験導入に前のめりの文科省への不信感がうかがえる。

 日本の英語教育は長年、「読む・書く」能力の育成を重視してきた。
「話す・聞く」も加えて4技能をバランス良く育むという方針に異論はない。
 ただ「民営化」してまで共通テストで4技能を問うことに、反対の声がなくなったわけではない。

 文科省は高校や大学の現場の声を重く受け止めるべきだ。
 試験本番の詳細を早急に詰め、速やかに情報公開し、導入延期も選択肢に入れる必要がある。
 
 受験生を入試改革の「実験台」にするようなことは許されない。


西日本新聞・社説、2019/10/28 10:45
大学入試の英語
「民間」導入は準備不足だ

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/554602/

2020年度から、センター試験に替えてはじまる大学入学共通テスト。
そこでは英語の試験を8種類の民間業者の試験で代用しようという動きがある。
業者ありきで推し進められる入試の民営化に反旗を翻している東京大学教授阿部公彦さんに、いま英語教育の現場で何が起こっているのか、お話を伺いました。

英語の四技能化は、誰のため?

中島京子: 阿部さんは、ご専門の英文学はもちろん、日本近代文学に関しても魅力的なご本をたくさん出されていて、楽しく拝読しているのですが、今回の『史上最悪の英語政策 ウソだらけの「4技能」看板』(ひつじ書房、2017年12月)は、大学の先生として、政府の英語政策に怒り爆発という感じです。

阿部公彦: これでもずいぶんソフトに書いたつもりなのですが……(笑)。

中島: 英語学習には「読み、書き、話し、聞く」四つの技能が必要です、と言われると、たしかにそうでしょうと思うんです。でもその先がおかしい。四技能が必要だから、大学入試の英語は英検やTOEIC、TOEFLなどの民間業者の試験に任せる。論理がひとっ飛びしていて、まったく理由がわからない。

阿部: 謎です。東大は入試の出願資格にこの民間試験の成績を提出必須としない、という方針を発表していますが、今回の英語政策の方針を決めたのが「英語教育の在り方に関する有識者会議」。この会議にしても、メンバーの選び方がひどく恣意的で反対意見を言いそうな人はほとんど入れていないし、民間試験の導入を検討する協議会なんて、民間の英語試験業者がずらりと名を連ねているんです。民間試験を導入するかどうかを話し合う会議に、利害関係者がいること自体おかしいでしょう。

中島: 本当ですよね。ゴールは学生の四技能習得ではなく、民間業者を大学入試に参入させることなのかと思えてきます。

阿部: もとをたどれば、1989年3月に文部省(当時/現・文部科学省)の英語の学習指導要領が、コミュニケーションを重視するという方向に変わったんです。

中島: そんな昔に! コミュニケーションというのは、具体的には会話を優先するという意味ですよね。

阿部: そうです。それから30年近くその方針で教育してきたけれど、やっぱりうまくいかない。それはコミュニケーション重視の英語教育がだめだったということです。誰が考えても、明白です。

中島: それなのに、今回の改革も「コミュニケーション重視」だと。自民党の遠藤利明議員は「中高6年間も英語をやってきたのに、パーティーでワイワイ英語がしゃべれない。そんな英語教育を直しましょう」という持論を改革の根拠にしています。パーティーでワイワイなんて、日本語でもしないでしょうとツッコミを入れたくなりましたが(笑)。

阿部: 遠藤さんは数年前に大学入試の英語をTOEFLで代用しようという提言を出した教育再生実行本部長でした。

中島: 民間試験導入という政策が、いかに無知と思い込みに基づいているかということですね。

阿部: 30年やってもダメだった事実にまったく目を向けずに、今回なぜかさらにその方向に舵を切ろうとしているわけです。読み書きやヒアリングならまだしも、スピーキングのテストをどうやって一律に実施するのか。大学入試の場合、毎年50万人くらいの学生が受験するわけでしょう。

中島: ひとりひとりちゃんと採点しようとすると、ものすごい数の試験官が必要になりそう。

阿部: 日本語でも、友だちとの井戸端会議みたいなおしゃべりなら日常的にしていると思いますが、知らない人の前できちっと手順を踏んで論理的に物事を話すのは結構難しい。そのための特別な訓練が必要です。

中島: 採点する側にも、相当なスキルが求められそうです。

阿部: 仮にスピーキングの試験を導入するとしても、まず日本語でやって、発展段階として英語でやる。それが筋だと思うんです。日本語ですら経験のないことを、いきなり英語でやろうとしている。それで英語力が上がるというのだから、もうちゃんちゃらおかしいとしか言いようがありません。

中島: 受験生をおかしな英語政策の被害者にしないでほしい。だいいち、遠藤さんが目指す「パーティーでワイワイ」のようなインフォーマルな会話は、じつは難易度が高いと、阿部さんは書かれていましたね。

阿部: そもそも西洋には歴史的に公の場で口頭でいろんなことを決めてきた伝統があるんです。ギリシャやローマの時代に、レトリックをふんだんに使ったパフォーマンスを人前で行う技術が発達した。その技術が後世に伝授されてきました。2000年以上の歴史の延長上に、今のパーティーワイワイがあるんだと思います。

中島: それは面白い考察ですね。

阿部: 西洋では、印刷技術が発達した17〜18世紀頃には、まず宗教関係の本がたくさん出版されました。次いで出されたのがマナーの本なんです。マナーの中でも一番重要視されたのは人前でどう話すか。あまり病気の話をするなとか、自分の奥さんや召し使いの話ばかりするなとか。プライベートなことをしゃべるべきではないというルールが書いてある。西洋社会では、その頃にコミュニケーションのマナーの一環としてプライベートとパブリックを区別するようになったのだと思います。

中島: なるほど、欧米の政治家は演説がうまいはずです。それにひきかえ日本の政治家は……。

阿部: 海外の首脳の演説は、そのまま書き起こしてもある程度ちゃんとした文章になっています。日本の政治家の演説は、そうはいきません。

中島: 書き起こすまでもなく、グダグダな話し方をする人が多いですから(笑)。

阿部: 現在の英語は、ギリシャ・ローマ時代以来の話し言葉レトリックの伝統の上に築かれています。話し言葉が先で、書き言葉のほうが後に来た。たとえば、話し言葉だと口から発した瞬間からどんどん音が消えていくでしょう。だから、わかりやすく列挙したり、繰り返しが多くなるんです。英語の場合、書き言葉にも繰り返しが多い。対して、日本語は必ずしも話し言葉のレトリックをベースにした書き言葉ではありません。漢文をもとに発展してきたのが日本語の書き言葉だったので、ポイントは雄弁さよりも簡潔さにある。明治の言文一致運動のときに問題になったのも、漢文調からどう離脱して、書き言葉をしゃべり言葉に近づけるかということでしたから。日本人は文章を読むときとしゃべるときは別のモードなんです。だから英語風に繰り返しや列挙を使って拡大していくようなタイプの文章は、饒舌体と言われたりしてちょっと軽く見られる。

中島: しゃべり言葉と書き言葉が違うという感覚自体が、英語にはない。とても日本語的なものなんですね。それはすごく面白い。そんなところにある文化の違いを知ることにも、意味があると思います。

ピンポン英会話なんて、誰もできない

阿部: 今回の「四技能」に対する疑問に戻すと、日本人は書き言葉と話し言葉を分けて考えるけれど、英語は言文がかなり一体となっている。だから読むことを通してしゃべるリズムも身につけられるし、もちろん逆もある。ネイティブスピーカーの人に「いま日本では訳読文法派と英会話派が対立して、血で血を洗う戦いになっている」と話すと「えっ? その二つ何が違うの」って、驚かれます(笑)。

中島: 英会話派からは、訳読や文法は悪者扱いですが(笑)、文法をわかってないと、ちゃんとしたスピーキングはできないんじゃないでしょうか。

阿部: 英語ではもともと一体化しているものを、なぜまるで違う領域の知的活動であるかのように言うのか。まったくナンセンスです。たしかに60年ぐらい前には、英会話なんて必要ないという偏った風潮がありました。極端なコミュニケーション軽視です。これも日本的な「言」と「文」の不一致のあらわれだったのでしょう。特に大学の英文科などでは、英語をペラペラしゃべりたいという人は、何となくさげすまれていた。

中島: “ペラペラ”という音に、どこか馬鹿にしたニュアンスが含まれていますよね。

阿部: 当時は英文の本がちゃんと読めなければ、知的ではないという時代。そうした英語教育の方法に対する反発が非常に強くなった結果、この30〜40年はコミュニケーション重視に逆振れしたのでしょう。たしかに当時の読解偏重は度が過ぎていた。誤っていたと私も思います。が、今度は反対に偏りすぎている。

中島: そうですね。どうしてそんなに対立しなければいけないのかよくわからない。ネットに、ある英語の先生の意見が載っていたのですが、とにかく英語をいったん和訳することほど害のあるものはない。英語で考えなきゃいけない。英語で話しかけられたら、ピンポン玉を打ち返すようにパーンと答えられなきゃいけない。そういう練習をしなきゃいけないと。

阿部: 面白いですね。日本語ですら、ピンポン玉みたいにやりとりするのはむつかしい。そうだ、コミュニケーション英語が目指しているものを「ピンポン英語」と名付けたらどうでしょう(笑)。日本人には、英語圏の人は、しゃべるのがすごく速い、というスピード幻想があるんです。だから、グローバル化されたいまの世を生き抜くビジネスパーソンは、このスピードに遅れてはいけない。そんなロジックでスピードを売りにしたピンポン英語教育が依然として流行しています。それも私は、間違っていると思うんです。

中島: えっ、違うんですか? 私も少しだけアメリカで暮らした経験がありますが、最初はみんな早口で何を言っているかわからず苦労しました。

阿部: 英語圏に行くと、とにかくリスニングができない。それは、話すスピードに付いていけないというより、もっと別のことだと思うんです。だって英語圏の人が日本人より言語処理能力が異様に速いということはありえない。だからスピードが原因だと日本人が感じているのは、単に聞き方のこつだと思うんです。

中島: ご本にも、日本語は高低のアクセント、英語は強弱のアクセントでできている。リズムが違うから習得がむつかしいんだと書いてありましたね。

阿部: 英語圏に住むと、半年ぐらいたった頃に突然英語がわかるようになると、よく言うでしょう。それは英会話のスピードに対する処理能力が上がったわけではなく、英語的な会話の音のリズムに体がようやく慣れたということなんです。

中島: そんなふうに言語の特徴から教えてもらうと、英語に対するハードルが低くなる気がします。

阿部: 読めないとか書けないというのは、しょせん机上のもの。辞書を引いたり、人に教えてもらうこともできる。でも周囲の人の会話を聞き取ることができないと、自分の存在そのものの足元が崩れるような根源的な不安に襲われると思います。

中島: 自分がそこにいる世界が把握できなくなるわけですから、英語に対するコンプレックスがさらに強くなりますね。 

阿部: でも、それは自分の英語力とイコールじゃなくて、リスニングの問題なんです。私の考えとしては、語学はまずはリスニングから。一言もしゃべれなくても周りの人が言っていることがわかるようになれば、一体感があるし、パーティーに参加しても、ワイワイした気分になれます(笑)。

実用英語は、AIに代替される

中島: 語学なんていうのは、その国で育てば、誰だってしゃべれるようになると言う人もいるじゃないですか。でも、その国で育つということは、なんにもしゃべれないまま、お母さんやお父さんがしゃべっていることをずっと聞いている。

阿部: それも、全人生をかけて。

中島: すごく長い時間聞き続けて、やっと「パパ」とか「ママ」とかの単語を発するわけでしょう。

阿部: まったく言葉に関する認識が浅薄だなと思います。わたしは「英語教育の在り方に関する有識者会議」にも、作家や哲学者、言語学者などを入れるべきだと思うんです。残念ながら入っているのはほとんど業者ですが……。でもこれは文科省だけではなく、日本の公共事業の典型的なやり口なんです。割と最初から出来レースみたいになっている。役人たちもみんなそれに慣れっこになっているから、なあなあで済ましちゃう。

中島: でも、今回は教育の問題です。対象は未来を担う子ども、若者なんだから、次元が違います。

阿部: しかも共通テストだけではなく二次試験まで民間試験にする方向に持っていこうとしているんです。そうすると大学入試は完全に民営化される。つまり教育を一種の利権争奪の場にしようという政策です。業者さんだってそんなことは望んでいないのに、政治のほうがそれをけしかけている。利権を生み出すことで、お金が政治家に戻ってくるようなシステムをつくろうとしているわけです。

中島: それによって英語ができるようになればまだいいけれど、正反対の方向に向かっているのは、日本にとってもう悲劇でしかない。国際競争力も落ちるし、国力が失われていく感じがすごくしますね。

阿部: もうひとつ根っこにある大きな問題は、「言葉なんてものは、とにかくやりとりができりゃいいんだ」という読み書きに対する軽視。つまり「知」に対する侮蔑です。今回の入試改革の隠された目的は、一種の階級化を引き起こそうとすることではないかという気がするんです。一般国民は英語の非常にベーシックなスキルだけ身に付ければいい。知的な英語力は要りません。あなたたちは読み書きをする必要がないんですというメッセージを明らかに出している。それは英語に関してだけではなく、恐らく国語にも及びつつある。英語のことは完全にその一部で、その向こうにある巨大なトレンドは見逃せないと思います。

中島: 最近、やはり「教育改革」の一環で、高校の国語の教科書から近現代の文学が外されると聞きました。大騒ぎしてみんなで止めないと大変なことになってしまう。まさかとは思いますが、国は“バカ”な国民をつくりたいっていうことなのでしょうか。

阿部: 思考力や判断力は邪魔でしかない。言うことを聞く従順な国民をつくりたいんです。TOEICは企業の人がよく使いたがる英語のテストですが、アメリカ版TOEICのサイトには「使える労働者を揃えるための道具」だという内容が堂々と書いてある。TOEICは、もともと従業員英語。企業に使われる人のための英語なんです。それをいくら強化しても自分で主体的に判断する英語はとても身に付かない。

中島: とすると、日本政府にとって、もう大学はアカデミズムの世界ではないと。

阿部: 本当に危機的だと思います。極論ですが、このままだと大学は社畜生産工場になってしまいます

中島: この間、フランスに帰る姉を見送るために成田空港に行ったら、コンビニの店員さんが自動翻訳機を使っていたんです。中国の人に対して「このカードを使うにはあなたではなく、あなたの娘さんのパスポートが必要です」と話しかけると、機械が瞬時に訳して、相手も納得していました。

阿部: すごいですね。

中島: 今後こういう現場では自動翻訳機がどんどん使われていくことになるでしょう。AIが発達して翻訳の精度もどんどん上がっていく。これこそ究極の実用英語。いま政府が目指している英語の到達点ですよね。

阿部: 少なくともコミュニケーション英語を推進しようとしている人たちは、そういうレベルの実用英語を目指していますね。

中島: テクノロジーによって代替可能な英語なら、そこに学習という努力は必要なくなりますね

阿部: まさにそこが問題なんです。いまの日本ではあきらかに「知」の権威が失墜しています。言葉でも、自然の摂理でも、何かを無性に知りたくなるのは、たとえば神のことを知りたいと思うのと同じ気持ちだと思うんです。どんな時代になってもそういう神聖な気持ちは消えないし、それが心の豊かさであり、人間文化を支えるものだと思うんです。だから、どんなに大衆化して「知」の権威が失墜したとしても、襟を正す瞬間は訪れると思うし、それがないと倫理やモラルも成り立たない気がします。

中島: いまの日本は、だいじなものを見失っていると感じます。人は、実利だけではまったく説明のつかない、いろんなもやもやをいっぱい抱えて生きている。言葉が豊かであれば、そのもやもやの正体を言語化することもできるし、誰かに伝えることもできる。それが「知」に対する欲求にもつながっていく。言葉の豊かさを失うというのはすごく危険な状況なんだと、気づいてほしい。利益誘導型の政策によって犠牲になるのは、これからの日本を支えていく子どもたちなのですから。

月刊本の窓、連載対談 中島京子の「扉をあけたら」
第26回
受験生を利権の被害者にしてはいけない
ゲスト:阿部公彦(東京大学教授)

https://pdmagazine.jp/trend/tobirawoaketara-026/

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2019年10月28日

八千草薫、ご逝去

 ヤッホーくんのこのブログ、今朝の日記「山田太一原作・脚本『岸辺のアルバム』」をお読みください。

1974(昭和49)年9月 中日ニュース No.1077 1「防災」
https://www.youtube.com/watch?v=9rfbsEDWWkk

ウィルユーダンス Will You Dance?〜ジャニス・イアン Janis Ian
https://www.youtube.com/watch?v=tfep0Ep3FpE

八千草薫が語る、エイジレスな理由_Vogue Japan
https://www.youtube.com/watch?v=bHnURdygumc

https://www.youtube.com/watch?v=BfA9TXUWCoY

https://www.youtube.com/watch?v=DNh9NLN_x0c

 映画、ドラマ、舞台など多くの作品に出演し、日本を代表する名女優八千草薫=本名・谷口瞳=さんが亡くなったことが2019年10月28日、分かった。
 88歳。
 宝塚歌劇団時代から70年以上、上品で可憐なイメージは終生変わらず、多くの人を魅了した。
 今年2019年2月には肝臓がんを公表し、その時に2017年にすい臓がんが見つかったことも公表していた。

 八千草さんは今年2019年2月に肝臓がんを公表し、テレビ朝日系の連続ドラマ「やすらぎの刻〜道」のヒロイン役を降板。
 その際に事務所HPで「お詫びとお知らせ」とした文書を発表。
 一昨年の2017年、年末にすい臓がんが見つかり、2018年1月に手術。
 術後は順調だったものの、2019年になって肝臓がんが発覚し、「主治医と相談しまして、この寒い季節と撮影期間の長い作品もありますので、今回暫くお休みをさせて頂き、治療に専念することと致しました」と説明していた。

 降板となったことに関係者へ「ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでしたがご快諾を頂戴致しました。特に収録をまじかに控えておりましたドラマの関係者の皆さまには大変申し訳なく思っております」と謝罪。
 ファンへは「体調を整えまして、より一層楽しんでいただける作品に参加出来るように帰って参ります。どうかお許し下さいませ」と復帰を誓っていた。


Yahoo Japan News, 10/28(月) 16:13配信
八千草さん「体調整え帰って参ります…」
2月に肝臓がん公表で復帰意欲にじませていた

(デイリー)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191028-00000103-dal-ent

 映画やテレビでかれんでひたむきな日本女性の役などを演じ、幅広い世代に親しまれた女優の八千草薫さんが、今月10月24日、東京都内の病院で膵臓がんのため亡くなりました。
 88歳でした。

 八千草さんは大阪府の出身で、宝塚音楽学校を経て宝塚歌劇団に入り、1951(昭和26)年に本格的に映画デビューしました。

 映画「宮本武蔵」や「蝶々夫人」、舞台の「二十四の瞳」などでかれんでひたむきな日本女性の役を演じて人気を集め、一時代を築きました。

 1977(昭和52)年には、民放のドラマ「岸辺のアルバム」で秘密を抱える主婦を演じて役の幅を広げたほか、1979(昭和54)年から翌年にかけてNHKで放送されたドラマ「阿修羅のごとく」では四人姉妹の次女役を演じて、歯にきぬ着せぬ姉妹のやり取りなどが話題になりました。

 また、NHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」では、豊臣秀吉の正室、ねねの役を演じました。

 その後も温和な母親や上品なおばあちゃんの役など多くの映画やドラマに出演し、1997(平成9)年には紫綬褒章、2003(平成15)年には旭日小綬章を受章しています。

 80歳をすぎても民放のドラマ「やすらぎの郷」に出演するなど活躍を続けてきましたが、去年2018年1月にすい臓がんの手術を受けたあと、ことし2019年に入って肝臓がんが見つかり、治療に専念していました。

 関係者によりますと、八千草さんは今月24日、東京都内の病院で膵臓がんのため亡くなったということです。
 88歳でした。

八千草さん 闘病への思い語る

 八千草薫さんはことし2019年6月、出版したフォトエッセーに、がんで闘病中の思いや仕事に対する決意などをつづっていました。

 このフォトエッセーは、八千草さんがことし2019年出版した「まあまあふうふう。」(主婦と生活社)です。

 この中ではおととし2017年1月にすい臓がんと診断され手術を受けたことや、ことし2019年1月にがんが肝臓に転移していることが分かって、民放のテレビドラマを降板したことなどについて触れています。

 八千草さんは、役者の中には「舞台で死ぬのが本望だ」という人がいるものの、自身は「誰かに迷惑をかけるようになったら女優はやめよう」と心に決めていたとつづっています。

 そのうえで、闘病を続け体調に自信が持てるようになれば、「ちょっとだけ背伸びをして」、できる範囲で俳優業に復帰していきたいとしていました。

 また、夫で映画監督の谷口千吉さんが日頃口にしていたという「馬馬虎虎(まあまあふうふう)」という中国のことばを取り上げ、本来は「いいかげんな」などの意味ですが、八千草さんは、考えすぎずに力を抜いてやっていこうというニュアンスでよく使っていると紹介していました。

 そして、エッセーの最後には「その日その日、一日一日、瞬間瞬間を大事に過ごしたいな、と思うんです」と記し、自分が納得するまで「今」から逃げないという強い思いを語って締めくくっていました。

役所広司さん「身も心も美しい人」

 八千草薫さんが亡くなったことについて、映画で共演するなど親交があった俳優の役所広司さん(1956年生まれ)は、「八千草さんは、身も心も本当に美しい人でした。私が監督を務めた作品にも出演してもらいました。次の映画にも出てもらおうと思い、脚本を渡していました。本当に残念です」と話していました。


NHK News Web、2019年10月28日 16時17分
女優の八千草薫さん死去 88歳
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191028/k10012153431000.html

 映画監督の谷口千吉(46)と女優の八千草薫(26)の結婚式が1957年7月21日午後4時から、東京會舘で東和映画・川喜多長政(1903 - 1981)社長、かしこ(1908 - 1993)夫妻媒酌のもとに行われた。

 かれんな日本女性の代表として日伊合作映画「蝶々夫人」ではるばるイタリアにおもむいて撮影を行った国際女優は、そのとき世話になったという川喜多夫妻に付き添われ、東京会館内結婚式場にのぞんだ。

 清楚なウエディングドレス姿の八千草は緊張を隠しきれない様子で、終始うつむき加減でういういしい表情。
 3度目の結婚となる谷口監督は、満面の笑顔を浮かべ、花嫁をかばうように連れ添った。
 神式の婚儀を終えた2人はカメラのフラッシュを浴びながら、記者団の質問に言葉少なに答えた。

 八千草は「子供は好きですからたくさんほしい」となごやかな笑顔。
 水木洋子(1910 - 2003、結婚生活は1938〜1939)、若山セツコ(1929 - 1985、結婚生活は1949〜1956)と10年ごとに伴侶が代わってきた谷口監督は、「最初奥さんにしてあげたいことは何か」という問いに、「今度は終わりをまっとうしたい」と泰然と語り、いかにも2度の離婚の経験者らしい言い方であった。

 午後6時半からの披露宴に招かれたのは池辺良(1918 - 2010)、小林桂樹(1923 - 2010)、鶴田浩二(1924 - 1987)、越路吹雪(1924 - 1980)、作家・石原慎太郎(1932年生まれ)ら。
 新郎新婦の前途を祝福した。

※ 1957年7月22日の本紙より


[写真]
映画監督の谷口千吉(1912 - 2007)氏と挙式した八千草薫(1931 - 2019)=1957年7月21日、東京会館

デイリー、2019.04.01
八千草薫
20歳年上の映画監督と結婚
お相手は3度目

https://www.daily.co.jp/gossip/2019/04/01/0012232825.shtml

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昨日は山歩クラブのお散歩会

「ヤッホーくん、たいへんですよ」って教えてくれた仲間、ありがとう!
 入国管理センターで人の命を命とも思わないとんでもないことがおこっていて、ホームレスの避難を拒否したどこぞの区職の例は、人間が人間を差別、排除するどこぞの国の人権無視、人命軽視の氷山の一角だって。

 10月28日月曜日、今日はナンでそっから入るの?ってヤッホーくんに聞いたらね、実は昨日の日曜日のこと。
 山歩クラブの街歩きでのこと。
 あっ、歩きと言っても、地面の上を歩く前に、山歩クラブのご一行様9名は、墨田区役所から水上バスで川下りで向かって、「上がり場」から歩きだしたんですけど、だって。

 浜離宮「310年の松」前で、外国人のカップルがわれわれご一行様を見て、写真を撮ってあげますよって言ってくれたんです。
 それを下に付けますが、嬉しくなってヤッホーくん、じゃあ、替わりに撮ってあげましょうか、と言ってあげたのです。
 われわれが撮られ、相手さまも撮ってあげようとわれわれがシャッターを押してくれたんです。

 撮り終わってヤッホーくん、ぼくのカメラもLUMIXなんだよ!って言ったら、「オー、グッ」だって。
 そのあと、なんて言ったと思います?
「Japan is a wonderful and beautiful country!」
「Oh, thanks! Please enjoy your stay in Japan!」

 英語でのコミュニケーションが笑顔で外国人と通じた感動の瞬間でしたぁ〜

 もう一枚、小さい秋が見えている昨日の浜離宮の景色も付えます。

 打ち上げは1970年施工、日本で最初の超高層ビル「世界貿易センタービル」です。
 と言っても、あのぉ〜、われわれは地下に入ったんですけど。。。

 笑いの絶えない楽しいタウンウオーキングでした!


[写真-1]
310年の健康で長寿を祈りながら
三百十年の長寿を期して.JPG

[写真-2]
もう色づき始めた「浜離宮」で
浜離宮も色づき始め.JPG

[写真-3]
水上バスで清洲橋を見上げる、その壱
清洲橋その壱.JPG

[写真-4]
水上バスで清洲橋を見上げるその弐
P1010050 (2).JPG

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山田太一原作・脚本『岸辺のアルバム』

大型台風が次々に日本列島を襲い、甚大な水害をもたらしている。
一方、巨大ダムやスーパー堤防があったから被害を食い止められたという自民党政治礼賛の声がネットで飛び交っている。
果たしてそれは事実なのか。
河川公共事業の住民訴訟に取り組んできた専門家、弁護士・西島和先生に話を聞いた。

◇ ◇ ◇

― 台風19号は記録的な大雨を降らせましたが、八ツ場ダムがギリギリまで貯水した画像がネットで拡散され、おかげで利根川の氾濫を防げたという意見もあります。これは事実なのでしょうか。

西島和: 誤解です。
 八ツ場ダムがなくても、利根川の河道で流せる程度の降雨量でした。
 治水というと、ダムを連想する人が多いと思いますが、基本は堤防や河道掘削などの河道整備です。
 雨がどこにどれだけ降っても、一定量を流せる河道整備が進められてきたことにより、利根川では氾濫が起きませんでした。
 これに対し、ダムの効果は不確実で、限定的です。
 降雨が「想定した場所」「想定した規模・降り方」で発生し、かつ、放流のタイミングを誤らないという場合に河川への流入量を減らせるにすぎないのです。

― 八ツ場ダムが本格稼働していなかったことも背景にありましたね。

西島: 今回ラッキーだったのは、八ツ場ダムが試験湛水中だったため貯水量が少なく、本来より多くの水を貯めることができたことです。

― もし八ツ場ダムが本格稼働していて今回のような雨量になったらどうなっていたのでしょうか。

西島: 危なかったと思います。
 ダムは無限に水を貯めることができるわけではありません。
 ダムが貯められる以上の降水が発生した場合、ダムはダム自体の決壊を防ぐために緊急放流を行うことがあります。
 それで失敗したのが昨年の西日本豪雨で、大規模な浸水被害を引き起こした愛媛県の鹿野川ダムです。
 緊急放流をしたため肱川が氾濫し死者を出しました。
 今回もいくつか緊急放流をしたり、準備をしていたダムがあります。
 ダムの限界には注意する必要があります。

― 八ツ場ダムの住民訴訟の弁護団に加わっていましたが、どのようなきっかけでしょうか。

西島: 八ツ場ダムは治水と利水という相反する目的をもつ多目的ダムです。
 東京都は約500億円の利水負担金で新たな水源を得ようとしていました。
 しかし東京は人口は増えていますが、水需要は頭打ちで減少傾向ですから、負担金支出は違法だという訴訟を住民が起こしたのです。
 弁護団に加わるきっかけは「岸辺のアルバム」(*)で知られる多摩川水害訴訟を手がけた高橋利明弁護士(1938年生まれ)のお話を聞いて、ダムのイメージが変わりショックを受けたことです。

 ――訴訟は敗訴しました。

西島: 裁判所は八ツ場ダムが治水で役に立つ可能性が皆無ではないなどと判断しました。


― 秋田県・雄物川の成瀬ダム訴訟もされていましたね。

西島: 緑にかこまれた美しい沢もある自然豊かな場所に造る計画で、農家の方などが子や孫に自然を残したいと起こされた訴訟です。
 成瀬ダムは最上流にあり、流域面積の1%の集水面積しかなく、治水効果がきわめて限定的です。
 堤防整備が相当遅れている状況で利水負担金約200億円を支出してダムを造ってもらうメリットは秋田県にはありません。
 しかし、裁判所は、治水に役に立つ可能性はゼロではないし、利水負担金は支出しない民意が明らかではないから公金支出は違法ではないとしました。

―「可能性はゼロではない」と繰り返す裁判所の理屈は暴論ですね。

「ダム優先」「人命軽視」の国策で堤防整備は後回し

― デタラメですね。

西島: 盛り土をともなう再開発で立ち退きが必要になりますから、計画が進まないのです。
 北小岩では強引に進めて「まちこわし」になりました。

― ところで国交省の堤防は土を盛ることしかしないのですか。

西島: 今回の長野県・千曲川も洪水が土の堤防を越水し破壊したことによる決壊だといわれています。
 堤防を越えると水が反対側に落ちて、滝つぼができるように土の堤防を削って決壊させるのです。
 ですので、国交省がかつて研究してきたアーマー・レビー工法のような堤防強化が必要なのですが、今の国交省は河川管理施設等構造令の土堤原則だからと土を積むだけです。

― 堤防に矢板(鋼板)を入れるのもダメですか。

西島: 矢板やセメントなど異物を入れてはいけないそうです。
 土堤原則には例外もあり、場所によっては堤防強化されている例もあるのですが、決壊を防ぐには原則と例外を逆にすべきです。
 理解に苦しみます。

国土強靭化は“やってる感”のスローガン

― 安倍政権は国土強靱化を掲げていますが、水害対策は強靱化されましたか。

西島: 国土強靱化は“やっている感”を出すためだけのスローガンです。
 公共事業批判を封じ込めたいのでしょうが、事業の中身は問わず規模を大きくするだけでは問題は解決しません。
 “忖度道路”(安倍・麻生道路と呼ばれる下関北九州道路)など民主党政権時代にできなかったような事業も復活させる一方で、堤防決壊を回避するための本当に必要な対策は後回しにされています。

― 河川水害はどうしたら防げるのでしょう。

西島: 水害を100%防ぐことはできませんが、氾濫しても人命が失われることのないよう、越水しても決壊しない堤防を整備していくことです。
 日本全国の堤防は土を盛っただけの“土まんじゅう”で、安全度も低いところが多いんです。
 2015年の豪雨で利根川水系の鬼怒川が決壊し、死者が出ました。
 10年に一度くらいの規模の雨でしたが、堤防を強化して氾濫だけで済んでいれば、あれほど深刻な被害にならなかった可能性があります。
 数時間の越水に耐えられる堤防を造って、少なくとも短時間に大量の水があふれないようにすることです。

― 今後はどのような活動をされていきますか。

西島: 安全度が低い堤防などの整備を後回しにして、ダム整備を優先するのは人命軽視だと成瀬ダム訴訟でも主張してきました。
 広範囲で大規模な災害が起こる気候危機の一方で、災害対策の予算・人手は限られており、整備の順番はとても大事なんです。

 国交省にいる志のある人などを後押しして、住民の命を最優先で守る治水への方針転換を実現したいと思います。
 ただその前に現政権が代わらないと無理だとつくづく思います。


※ 西島和(にしじま・いずみ)
1969年、長崎県生まれ。東京外国語大学卒。2006年から弁護士。八ツ場ダム住民訴訟、スーパー堤防差し止め訴訟など治水問題や福島原発事故の避難者訴訟の弁護団に加わってきた。


[写真-1]
西島和氏

[写真-2]
台風19号で決壊した長野県千曲川の堤防

日刊ゲンダイ、2019/10/28 06:00
西島和氏「八ツ場ダムが利根川を守ったというのは誤解」
(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263717/7

(*)「岸辺のアルバム」

 2019年10月12日に東日本を直撃した台風19号がもたらした大雨によって、多摩川沿いの街は泥水に浸かった。

 多摩川の氾濫と聞いて記憶に浮かぶのが、山田太一原作・脚本のドラマ『岸辺のアルバム』(1977年・TBS系)だ。
 ホームドラマの常識を覆した名作の最終話で視聴者をさらに驚かせたのは、1974年の多摩川水害の実際の報道映像を用いるという演出だった──。

 良妻賢母役を演じることが多かった八千草薫(88)が、突如かかってきた電話から不倫にのめりこむ──。
 1970年代はハッピーエンドのホームドラマの全盛期だったが、多摩川沿いに暮らす一家の関係は八千草の不倫を機に、崩壊していく。

 最終話では、“家族の象徴”であった自宅が大雨で流される。
 この洪水は1974年9月に発生した「多摩川水害」がモチーフで、実際の報道映像が使われている。

 下に別掲した写真は劇中で使用されたシーンの報道写真だ。

 上智大学文学部教授の碓井広義氏が語る。

「もともと脚本の山田氏はこの水害で民家が流されたことをきっかけに作品の着想を得たといいます。ノンフィクションとフィクションを織り交ぜた手法も斬新で印象に残る作品になった」

 自宅が濁流に呑まれる寸前、家族が持ち出せたのが、アルバムだった。
 ラストでは、流された自宅の屋根に崩壊していた1家4人が乗り、笑い合う。
 そうした希望が持てる様子が描かれながらも、「これは3年前の一家で、いまこの4人がどんな幸せにいるか、どんな不幸せを抱えて生きているかは視聴者に委ねる」という主旨のテロップが入る。

「ドラマの放送は水害からちょうど3年後でした。見る側に“考える余地”を残すラストで、それだけに長く印象に残る作品となった」
(碓井氏)


[写真]
堰堤の爆破の様子は繰り返し報じられた(写真/共同通信社)

※ 週刊ポスト2019年11月8・15日号

ライブドアニュース、2019年10月28日 7時0分
多摩川氾濫、ドラマ『岸辺のアルバム』で描かれた仰天演出
(NEWSポストセブン)
https://news.livedoor.com/article/detail/17295713/

(ヤッホーくん注)

 1974(昭和49)年9月、台風による増水で東京都狛江市を流れる多摩川の堤防が決壊し、家を流された流域住民らが、国の河川管理に欠陥があったとして国家賠償を求めていた「多摩川水害訴訟」で、最高裁第一小法廷は1990(平成2)年12月13日、二審・東京高裁判決を覆し、破棄差戻とした。
 この明示により「冬の時代」から「再び光が見えてきた」判決であると評価された(毎日新聞、1990年12月13日夕刊9面参照)。

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2019年10月27日

鹿島茂『渋沢栄一』

「日本資本主義の父」というフレーズがつねについて回る渋沢栄一。

 もし渋沢栄一が日本にいなかったら、近代日本は現在のロシアや中国のような略奪資本主義となって、結局は「近代化」に失敗していた可能性がきわめて高い。
 その意味でも、日本の近代化と資本主義経済の導入の出発点に渋沢栄一という希有な人物をもったことは、日本にとってはきわめて幸運なことであった。

 時代が人をつくるという。
 だが、そうはいっても、すぐれた人物の多くが非業の死を遂げるのが変革期である。
 幕末から維新にかけてもそうであった。
 明治に入ってからの「近代化」のステージにおいて、きわめて重要な活躍をした渋沢栄一が92歳という長寿を全うし、最期まで精力的に社会に貢献したことは、日本の経済界のみならず、近代日本にとっては幸いなことであった。

 文庫本で上下あわせて1,000ページ以上もあるが、最初から最後までまったく飽きさせることがない充実した内容である。
「発見」のよろこびを感じながら最後まで読み進めると、上記のような感想を抱く人も少なくないと思う。

■ ナポレオン三世のフランスの第二帝政期の空気を吸った渋沢栄一

 なによりも視点の面白さはバツグンだ。
 その視点とは、渋沢栄一の20歳代後半におけるフランスにおける体験の重要性に正面から取り組んだことである。

 近代資本主義を日本に定着させた渋沢栄一だが、若い頃に決定的に影響を受けたのは近代資本主義の牙城であった英国でも米国でもない。
 晩年は米国との関係を最重要視したが、若き日に大きな影響を受けたのは幕府崩壊前の一年半を過ごしたフランスであった。

 倒幕と攘夷に血をたぎらせていた若き渋沢栄一は、心ならずも一橋家の家来となり、主君の一橋慶喜が徳川慶喜として将軍となったことで自動的に幕臣となる。
 それゆえに実現したフランス行きであった。
 幕府にはフランス、薩長には英国がバックについていたからである。渋沢栄一は、慶喜の実弟の徳川昭武の随行者としてフランスに渡航する。

 渋沢栄一を語ることのできる人はたくさんいるが、19世紀フランスとのからみで生き生きと描くことできるのは、本書の著者の鹿島茂(1949年生まれ)氏をおいてほかにいないだろう。
 バルザックの翻訳や19世紀フランスを題材にしたエッセイ多数で知られる多作の人である。
『子供より古書が大事と思いたい』というエッセイ集をもつ古書の収集家でもある。

 19世紀フランスはナポレオン三世の第二帝政時代。
 パリ万国博覧会という「博覧会的」なるものが、産業資本主義へと発展し、パリ改造が美しき都を生み出したフランス近代の分水嶺の時期にあたる。
 現在のパリは、ナポレオン三世時代の大改造後のものである。

 フランス革命以後、狭義の「近代」がはじまるわけだが、基本的に国家中心の中央集権で反資本主義的傾向の濃厚なフランスにおいて、ナポレオン三世の時代は例外的に資本主義との親和性の高い時代であった。

 その時代に開催されたパリ万国博覧会への出展を兼ねて、徳川昭武一行がフランスに渡航したわけである。
 そして会計担当として随行した渋沢栄一は、その時代のパリの空気を存分に吸ったというわけなのだ。

 本書の最大の特色は、渋沢栄一が意図せずしてサン=シモン主義の影響を受けているという指摘である。
 サン=シモン主義とは、社会思想家のサン=シモン(1760〜1825、岩波文庫『産業者のカテキスム(教理問答)』参照)が主張した産業主義のことであるが、この思想はフランスでは例外的な発想であり、ナポレオン三世時代のフランスを支えた思想でもある。

 幕末から明治時代初期にかけてのフランスの影響というと、中江兆民に代表されるルソーの「天賦人権論」を想起するが、渋沢栄一のサン=シモン主義の場合は思想から入ったのではなく、実務をつうじて交際のあったフランス人からの影響のようだ。

■ サン=シモン主義と19世紀フランスの「圧縮した産業発展」

 著者によれば、資本主義とはあまり「親和性が高くないフランスだが、例外的に近代資本主義への道を準備したのがサン=シモン主義」であるという。
 フランスでは異端の産業思想なのである。

 近代資本主義の発祥の地はいうまでもなく英国だが、英国に比べて資本主義の点でははるかに遅れていたフランスは、サン=シモン主義をベースにした第二帝政期の産業資本主義によって、遅れを取り戻したのである。
 つまり超高速度でキャッチアップを行った「圧縮した産業発展」を遂げたということだ。

 だからこそ、日本をはじめとする当時の「新興国」は、フランスをお手本にして演繹的に学ぶことができたというのが著者の見方である。
 この見方はじつに興味深い。

 渋沢栄一自身は、著者によれば子どもの頃から帰納法的な発想にすぐれ、システム思考の持ち主であった人でった。
 その意味ではむしろアングロサクソン的知性の持ち主であったが、フランスにおいて「圧縮した発展」を実務をつうじて学ぶことができたことで、資本主義の「ゲームのルール」を体得したわけである。

 フランス語を学び、フランスで西欧近代を体感した渋沢栄一は、「個」のチカラを束ねる株式会社の重要性を知る。
 株式によって小さなカネを集めて大きな資本とし事業を推進する。
 経済という側面だけでなく、社会全体にもあてはまる話である。

■ 株式会社制度による近代ビジネスによって日本近代化を推進

 豪農の家に生まれたが農民出身で武士になり、倒幕を志していた渋沢栄一であったからこそ、つねにお上(=官)が民のうえに幅をきかす身分制度の問題点に敏感であった。

 渋沢栄一が目指したのは、ビジネスをつうじた日本近代化といっていいだろう。
 商慣習の近代化をテコに意識改革を行い、近代市民意識を育成し、近代的な市民社会の創造するという理想。
 それは、株式会社による「社会革命」でもある。
 倒幕という熱い思いから出発した渋沢栄一は、根本において「革命家」であったわけだ。

「官尊民卑」打破という強い思いは、福澤諭吉と共通するものがある。
 「近代化」に邁進していた明治日本において、渋沢栄一は福澤諭吉と同様に大きな意味をもった人なのだ。
 ともに「一身にして二生を経る」ことになった人である。
 福澤諭吉が蘭学を経て英学に進んだ学問の人であるのに対し、渋沢栄一は本格的な学問はやっていないが漢籍の教養をもつ実践知の人であった。

 福澤諭吉が言論と教育という間接的な形でそれを行ったにの対し、渋沢栄一はビジネスという実践という直接的な形と、それをサポートする教育をはじめとする社会事業によってそれを行ったのである。

 資本主義のプロモーター、資本と経営の分離の推進者、商業教育と女子教育を全面的にバックアップ、労使協調を重視、日米関係を最重要視した晩年の民間外交……こういった渋沢栄一の「事業」は、ただたんに「日本資本主義の父」というフレーズからだけは見えてこないものだ。
 全体像として把握しないと、渋沢栄一が目指していたものが見えてこないのである。

 文庫本の上巻は「算盤篇」、下巻は「論語篇」となっているのは、渋沢栄一のもうひとつの有名なフレーズである『論語と算盤』から取られたものだが、「算盤篇」と「論語篇」は便宜的にわけたものである。
 両者あいまって「渋沢栄一的なるもの」を形成しているのである。

■ 「君子の交はりは 淡きこと水の如し」(荘子)

 渋沢栄一は、商業教育においても大いなる推進者であった。
 日本近代化を「民」の立場から、経済の面から支えるビジネスマンの人材養成を担った「実学」である。

 その代表的なものが現在の一橋大学である。
 初代文部大臣となった森有礼(もり・ありのり)がポケットマネーで開設した商法講習所という「私塾」から出発した一橋大学だが、明治7年に「商学校ヲ建ルノ主意」という設立趣意書を執筆したのは福澤諭吉であり、財政面でのバックアップに手腕を発揮したのが渋沢栄一である。
 東京高商の大学昇格も、渋沢栄一が全面的にバックアップしている。

 官尊民卑の風潮のなか、その歴史においては何度も存続の危機に見舞われた一橋大学であるが、危機に見舞われる度ごとに渋沢栄一が学校と政府との仲裁役として登場し、事態の収拾に大きなチカラを発揮している。
 それほど商業教育という「実学」に、理想実現のための大きな意義を感じていたということだ。
 渋沢栄一は戦前の一橋大学の守護神でありつづけたのである。

 時代の激動期に武士になり、一橋家に仕えた政治志向のきわめて強かった渋沢栄一は、一橋大学の卒業生の同窓会組織である「如水会」の命名者でもある。
 如水会の如水は黒田如水(=黒田官兵衛)からではない。
 中国の古典である『荘子』からとられたものだ。
 君子の交はりは 淡きこと水の如し  
 小人の交はりは 甘きこと醴(あまざけ)の如し
(君子之交淡如水 小人之交甘若醴)
(出典: 「荘子」 山木篇第二十)

「君子の交はりは 淡きこと水の如し」とは、正しい交際のあり方についての格言である。
 君子と対語(ついご)の関係にある小人(しょうじん)ではじまるフレーズと対比させれば、おのずから意味が明らかになるだろう。
 それはベタベタとしたなれ合いの甘ったるい関係ではなく、自立して自律できる「個」をベースにした近代的な人間関係を示唆したものだといってよいだろう。
 それは砂糖水のような混ぜものではなく、ときには厳しささえも感じる清冽な真水のような関係である。

 このフレーズを中国の古典から引いてきて、「近代」という新たな生命を吹き込んだことにも、渋沢栄一の思想が反映しているといっていい。
 もちろん、ビジネスエリートどうしの交際は「かくあるべし」という理念にかかわるものなので、実現は容易ではないのではあるが。

 キャプテン・オブ・インダストリーを標榜してきた一橋大学は、渋沢栄一の思想だけでできあがったものではないが、渋沢栄一の思想を体現していることはいうまでもない。
 理想実現のための仕組みの一つでもあった。

 一橋大学の卒業生組織である如水会は、ことし2014年、設立100周年を迎えた。
 神田一橋の地にキャンパスのあった一橋大学は、当時の名称は東京商科大学であったが、戦後の大学改革のなか一橋大学と校名変更が行われた。

「日本資本主義の父」が同窓会の名称の命名者でもあるということで、わたし自身は渋沢栄一には「大いなる親近感を抱いてきた。
「君子の交はりは 淡きこと水の如し」というフレーズの意味も30年以上にわたって幾万回となく反芻(はんすう)し、その意味を考えてきた。

 渋沢栄一と一橋大学との関係は、「第5章 すべては「民」の発展のために」の「第43回 東京高商の設立」に書かれているが、このフレーズへの言及はない。
 あえて取り上げて解説しておいた次第だ。

 一橋大学以外にも東京商工会議所をはじめ、渋沢栄一の息がかかった会社や組織はじつに多い。
 みずからの司令塔であった」第一国立銀行を中心に500社(!)の創立・発展に関与しているからだ。
 近代ビジネスに不可欠のビジネスインフラつくりに邁進した成果である。

 日本のエスタブリッシュメントといわれる大企業の多くが、渋沢栄一が関与した基幹産業分野のものである。
 それぞれの立場で、渋沢栄一の存在を身近に感じてきた人は多いことだろう。

■ 「渋沢栄一なるもの」の要約

 繰り返すが、日本の近代化と資本主義経済の導入の出発点に渋沢栄一という希有な人物をもったことは、日本にとってはきわめて幸運なことであった。
 これが本書のテーマである。
 本書の内容を、さらにわたしなりに「渋沢栄一なるもの」として以下の三項目に要約しておこう。

● 実利志向の現実主義者であるが、もともと政治志向の強い血気盛んな理想主義者であった
● 20歳代後半に、19世紀フランスで最先端の「近代西欧文明」の本質をつかんだ
● 西欧の制度と習慣を身につけた「欧化主義者」だが、キリスト教の影響をほとんど受けていない。教養の基本は漢籍であった

 それぞれの項目について説明すると長くなるのでここでは省略するが、意味するところは本書を通読して感じ取っていただきたいと思う。
 本書は、渋沢栄一の生涯を全体像として描いたものだ。
 著者は、企画から単行本の出版にこぎつけるため、18年も要したライフワークの一つであると「あとがき」に書いている。
 それだけの価値ある大著である。
 ぜひ時間をつくって読むことを薦めたい。


「アタマの引き出し」は生きるチカラだ! 2014年12月6日土曜日
書評『渋沢栄一 上、下』2巻(鹿島茂、文春文庫、2013 初版単行本 2010)
19世紀フランスというキーワードで "日本資本主義の父" 渋沢栄一を読み解いた評伝

http://e-satoken.blogspot.com/2014/12/2013-2010.html

─ 今、渋沢栄一がブームになっています。

鹿島茂: バブルが崩壊し、景気が悪くなると渋沢は、必ず注目されますが、そういうときは、「論語と算盤」という言葉で象徴される禁欲の部分が強調されます。
 しかし、これはある種の誤解だと思います。
 渋沢は決して禁欲一辺倒の人ではないんです。
 本当に禁欲だったら実業家にはならないですからね。
 彼は人間の欲望を肯定した上で、「どこかで歯止めをかけなければいけない」と常に考えていました。
 これは経済においても同じ。
「損して得取れ」とは、よく言ったもので、歯止めをかけることで、儲けは永続的になるものなんです。


─ なぜ、『論語』を規範にしようとしたのでしょうか。

鹿島: 海外の実業家と付き合うなかで、バックボーンには聖書があることに気付きました。
 彼らは、儲け過ぎにどこかで歯止めをかけ、寄付をするというメンタリティーが、自然と身についていた。
 日本にも同じようなものがあるはず、ということで小さい頃から読んできた『論語』を読み直すことにしたんです。


─ 渋沢は、どのような青年時代を送ったのでしょうか。

鹿島: 彼が晩年まで、繰り返し語った象徴的なエピソードがあります。
 あるとき代官に呼び出され、父の代わりに出かけました。
 そこで代官から、「今度、姫様が嫁入りだから金を出せ」と命令される。
 しかし「自分は代理だから話を持ち帰りたい」と渋沢は即答を避けました。
 代官は怒って、「こういうときはつべこべ言わずに金を出すものだ」と、渋沢に言ったそうです。
 これは、江戸時代のルールではちっとも間違っていない。
 武士に言われれば、金を差し出すのが普通なんです。
 ところが、渋沢は違った。
 それに激怒して、こんな理不尽がまかり通る世の中はおかしいと思うようになってしまったのです。


─ その後、渋沢は、思いがけず最後の将軍・徳川慶喜に仕える武士となり、運命のパリ留学に出かけます。

鹿島: 慶喜の弟、徳川昭武(あきたけ)に同行したパリ万博で衝撃的な光景を目撃しました。
 それは、一行の案内役だった銀行家のフリュリ=エラールと軍人のヴィレット、渋沢に言わせれば商人と武士が対等に話をしている姿でした。
 他の同行者は、まったく関心を持たなかったようですが、渋沢は、天地がひっくり返るほどの大ショックを受けてしまうんです。
 彼はこれこそが、理想の「平等社会」だと確信します。
 この光景を日本でも実現するために、商人を育てて、発言力を高める必要があると考えるようになったのです。


─「商業」が平等社会への近道と考えたわけですね。

鹿島: イギリス革命もフランス革命も、商人や町人たちによる「自分の欲望を拡大する」革命でした。
 しかし、明治維新は、武士たちの「禁欲」革命です。
 ですから新政府の高官たちは、商人や金を下に見る傾向にありました。
 江戸の武家政権と何もかわらないと、渋沢が考えたのも無理はありません。
 だからこそ、商人の力を蓄えるために奔走するのです。
 まず平等を実現するための装置として「株式会社」を作ります。
 これは当時としては画期的なシステムです。
 片方に金はないけどアイディアのある人間がいる、もう一方に金はあるが、アイディアのない人間がいる。
 この二人が一緒に事業をすることで、偉大な産業を作り出すことができる。
 そう考えたのです。


─ この評伝では、「論語と算盤」という従来の渋沢像に、「サン=シモン主義」という新しい光をあてています。サン=シモン主義とは、どのような考え方なのでしょうか。

鹿島: 私流に解釈すると、産業の基盤がないところに、外部注入的に資本主義を植え付けてしまうことです。
 渋沢が明治期に行ったのが、まさにこれそのもの。
 この本を書くきっかけになったのも、この関係に気付いたからです。
 渋沢が、パリに留学したことは知っていましたが、あるとき、その業績をざっと見渡してみると、「サン=シモン主義」そっくりなことがわかり、大変驚きました。
 日本の近代資本主義の最大の謎は、なぜ日本に資本主義が根付いたかというところにあります。
 さまざまな説がありますが、日本の近代資本主義は、渋沢の行ったサン=シモン主義的活動に始まると言い切ってもいい。


─ 渋沢は生涯で五百くらいの会社にかかわったといわれます。

鹿島: 手広く事業を行いましたが、渋沢最大のヒット商品は、「誠実第一」でしょう。
 近代デパートを発明したブシコー夫妻もそうですが、近代商業というのは「誠実こそが、一番売れる商品」ということを発見する過程でもあります。
 誠実は「信用」を生みます。
 渋沢も現金商売ではなく「信用」が、資本主義社会、ひいては平等社会の実現に不可欠だと思っていました。
 単なる紙切れである紙幣も「信用」があるからこそ、違和感なく流通しているわけです。


─「誠実さ」を売りにした渋沢ですが、唯一の弱点が女性関係でした。この評伝の中でも、その部分がしっかりと書かれています。

鹿島: キレイごとだけだと信用できないので、ここはいろいろ調べて書きました。
 渋沢は、奥さんとお妾さんを同居させたりとか、かなり派手な女性関係を持っているんです。
 若い頃にははっきりとした証拠はないが、パリの留学時代も地元で遊んでいた可能性が高い。
 よく奥さんには「あなたは聖書じゃなくて論語でよかったですね」なんて嫌味を言われているんです。
 確かに『論語』には、女性関係に関する戒めはない(笑)。
 渋沢の友人関係を見ていると、女好きの男と仲良くなる傾向にあることもわかります。

 なにせ一番の友人は、伊藤博文に井上馨。
 二人とも、派手な女性関係で知られた人ですから。
 逆に大久保利通みたいな堅物は苦手なんです。
 こういうことがわかっていないと、資本主義の本質はわからないのではないでしょうか。
 資本主義は、まさに「自己欲望の最大化」。
 実際、大久保は経済がわからない人ですが、伊藤、井上は経済に明るい政治家として渋沢も絶賛しています。
 恋愛に寛容な『論語』と、フランスのサン=シモン主義に範をとったことは、渋沢のような人間にはピッタリだったに違いありません。

※ 単行本刊行時2011年の記事です。


「本の話」編集部、2019.04.15
損をして得を取った渋沢栄一に学ぶ
『渋沢栄一T 算盤篇』『渋沢栄一U 論語篇』 (鹿島茂 著)

https://books.bunshun.jp/articles/-/3032

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2019年10月26日

2017年茨城知事選

 動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)に勤務後、父・静六氏の秘書を務めた。
 その後、鉱物を扱う専門商社を自ら立ち上げ経営した。
 事業承継税制など中小企業の活性化策やエネルギーといった商工分野の政策に取り組んできた。
 2006年党総裁選では現官房長官の菅義偉氏らとともに安倍晋三氏を支持し、第1次安倍政権発足の原動力となった。
 第2次政権後は地方創生相に就いた。
 菅氏が静六氏を政治の師と仰いでいることもあり、菅氏に近い。


日本経済新聞・朝刊、2019/10/26付
新閣僚の横顔
経済産業 梶山弘志氏

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO51431410V21C19A0EA3000/

「自民党県連は操り人形をつくろうとしている」
「(知事選で負けたら)自民党県議の一部の連中の傀儡(かいらい)政権だ」

 2017年8月27日投開票の茨城県知事選に向け、7月16日夜に水戸市千波町の水戸プラザホテルで開かれた現職、橋本昌(71)の総決起大会。
 詰めかけた約2500人を前に、選対本部長を務める北茨城市長の豊田稔は声を張り上げた。
 橋本も「自分の思う通りにならない知事を代えようとしている」と対決姿勢をあらわにした。

「操り人形」が、橋本の対抗馬として自民党県連が擁立した元経済産業省職員の新人、大井川和彦(53)を指していることは明らかだった。

 橋本は「東京都議会のドン」と呼ばれた内田茂(1939年生まれ)氏を念頭に「東京ではドン支配が終わった。茨城では第2の山口武平(1921 - 2018)になりたいという人がいる」とも訴えた。
 山口は長きにわたって同党県連を率い、中央政界とも太いパイプを持つ茨城政界の重鎮だった。
 橋本に対しても影響力を持っていた山口だが、2009(平成21)年の知事選で対抗馬を立てながら、橋本に5選を許し、県連会長の座を退いた。

◆ かつては蜜月関係

 今や敵同士となった橋本と自民党県連だが、かつては蜜月の関係を築いた。

 1993(平成5)年9月26日午後9時すぎ、水戸市千波町の事務所で、初当選を確実にした橋本は、山口や元官房長官の梶山静六(1926 - 2000)らと固い握手を交わした。
 前自治省課長だった橋本はこのとき47歳だった。
 当時を知る元県議は「橋本では物足りないと思った。こんなに長く知事をやるなんて誰が想像したか」と振り返る。
 だが、1997(平成9)年、2001(平成13)年の知事選も自民党は橋本を推薦。
 2005(平成17)年の4選も自民党県連が推薦した。
 自民党には知事は原則3期までしか推薦や公認はしない規定があり、橋本と政策協定を結んで支援した。

◆ “密約”の存在暴露

 この蜜月関係が完全に崩壊したのは、2009(平成21)年の知事選だった。
 自民党県連は対決姿勢に転じ、対抗馬として元国土交通省事務次官、小幡政人を擁立。
 4年前の知事選前に「4期限り」とした“密約”の存在を暴露し、「引退して後進に道を譲るべきではないか」と事実上の引退勧告までした。
 だが、橋本は“密約”の存在を否定し、知事選では74万3945票を獲得、5選を果たした。
 県連会長の山口らは責任を取って退陣した。

 2013(平成25)年の知事選で自民党県連は独自候補も出せず、橋本は6選を果たした。

■ 「候補を選定する過程でも菅(義偉)官房長官に助言をいただいた

 2017年4月8日、水戸市千波町の県民文化センター大ホールに菅を招いて開かれた時局講演会で、自民党県連会長の梶山弘志(梶山静六の長男、1955年生まれ)は、大井川と安倍晋三政権との近さをアピールした。

 自民党は菅に加え、茨城では根強い人気を誇る前地方創生担当相の石破茂、政調会長の茂木敏充らが次々と大井川の支援に入った。

 大井川陣営の一人は「自民党県連は、8年前と同じようにならないように一生懸命だ。本気度が違う」と自信をのぞかせる。

 橋本は総決起大会で自民党に対する対抗意識をむき出しにした。

「茨城の知事を選ぶのになぜ中央がこんなに絡んでくるのか。茨城県民に任せればいい!」

 そして橋本と近いとみられていた公明党も大井川の推薦を決めた。
 これも党本部の意向だった。

◇ ◇ ◇

 知事選は、現職の橋本昌氏と、自民党県連が擁立した新人の大井川和彦氏が立候補を表明し、保守分裂の構図が固まりつつある。これに、日本原子力発電東海第2原発(東海村)の再稼働反対を掲げるNPO法人「動物愛護を考える茨城県民ネットワーク CAPIN」理事長の新人、鶴田真子美氏(52)も出馬の意向を明らかにし、知事選の情勢は混沌(こんとん)としている。3氏は真夏の決戦に向け、すでに活動を本格化させている。知事選の舞台裏を追った。


産経新聞、2017.7.20 07:04
【暗闘 茨城知事選の舞台裏】(上)
「自民の傀儡」阻止 橋本知事、気勢
(上村茉由、鴨川一也、丸山将)
https://www.sankei.com/region/news/170720/rgn1707200056-n1.html

 2017年8月27日投開票の知事選に向け、自民党県連が擁立した元経済産業省職員の新人、大井川和彦(53)は4月、公明党に推薦を依頼したが、公明党は態度を保留してきた。
 動き出したのは今月7月13日だった。

「自公連携の中で自民党が推薦する大井川を推薦できないか検討してほしい」

 公明党県本部代表の井手義弘は、党本部からこう提案を受けた。
 その後、大井川と政策協定を協議し、県本部所属議員の了解を得て、18日には党本部が大井川の推薦を決定した。

◆ 関係修復へ“電光石火”

 “電光石火”ともいえる推薦決定は、2017年7月2日投開票の東京都議選で「都民ファーストの会」と組んだ公明党が、歴史的大敗に追い込まれた自民党と関係修復を図るためというのが衆目の一致した見方だ。

 公明党は、現職の橋本昌(71)が再選を果たした1997(平成9)、2001(平成13)、2005(平成17)年の知事選で橋本を推薦し、2009(平成21)年と2013(平成25)年は自主投票としてきた。
 新人と4期目以降の候補者を推薦しない党の原則に従いつつ、橋本とは良好な関係を築いてきた。

「橋本には全く違和感を持っていない」
「24年間支えてきたので橋本が悪いということはあまりない」

 2019年7月17日、大井川とともに水戸市宮町のホテルテラスザガーデン水戸で記者会見をした井手は、橋本への近さをにじませた。

 同時に「どんなに素晴らしい人でも、多選の弊害はある。本人が悪くなくても、周りが物を申しづらくなる」と指摘し、「然るべき時に然るべき方にバトンタッチすることが必要だと前々から思っていた」とも語った。
 ただ、すでに橋本の支援で動いている公明党員や支持者が多くいることも明かし、それぞれの活動は容認する考えを示した。

◆ 暗に批判、弱点突く

 大井川は7月20日夕、水戸市笠原町の県庁で、自ら掲げる政策を発表した。

「県知事多選禁止条例の制定」
「今こそ、マンネリ・停滞・衰退の県政から『躍動する県政へ』」

 配布された資料には、名指しこそ避けているが、橋本の多選を暗に批判する内容が並んだ。
 自民党県連は、「多選」を橋本のウイークポイントとにらむ。

「県庁内で部下は知事の機嫌を損ねることを極端に恐れ、真正面から知事に物を言わない」
「このような停滞ムードの中で、今以上の県政の発展は望めない」

 6月13日の県議会第2回定例会の一般質問でも、自民党県議が多選の弊害を訴え、それに伴う橋本の退職手当にも言及。
「莫大(ばくだい)な累積総額となる手当に見合う功績を挙げたとは考えられない」と攻撃した。

 橋本陣営も黙っていない。
 大井川を自民党県連の「操り人形」と揶揄(やゆ)し、対決姿勢を強める。
 大井川は6月20日、記者団を前に「何をもって私が操り人形になるのか。根拠のないことを言うのは無責任だ」と猛然と反論した。

 大井川、橋本に続き、3番目に出馬表明したNPO法人理事長の新人、鶴田真子美(52)は、日本原子力発電東海第2原発(東海村)の再稼働に明確に反対を表明しており、水戸市とつくば市を拠点に、県内全域で支持拡大を図ろうとしている。


産経新聞、2017.7.21 07:05
【暗闘 茨城知事選の舞台裏】(下)
公明の転換、自民は多選批判
(上村茉由、鴨川一也、丸山将)
https://www.sankei.com/region/news/170721/rgn1707210076-n1.html

 国民の支持を失った自民党が最後に頼るのはやっぱり「カネの力」なのか。
 2017年東京都議選に惨敗した安倍官邸が「今度は絶対に負けられない戦い」と位置づける茨城県知事選は札束が舞い踊っていた──。

「自民党王国」と呼ばれる茨城県の知事選(8月27日投開票)は全国最多の7選をめざす現職の橋本昌・知事(71)に対し、自民党は元経産官僚で『ドワンゴ』役員の大井川和彦氏(53)という有力新人を擁立した。茨城県議会関係者はこう語る。

橋本知事はもともと自民党がつくった知事だが、24年間も県政に君臨して、言うことを聞かなくなった。県連会長の梶山弘志・代議士は橋本降ろしに動き、梶山さんの父・静六先生(元自民党幹事長。故人)を“政治の師”と仰ぐ菅義偉・官房長官が官邸からそれを全面的にバックアップしている

 だが、多選知事の砦を崩すのは容易ではない情勢だ。

「橋本知事は業界団体を固めており、自民党県議も45人のうち3分の1近くは知事支援で動いている。安倍政権への逆風は地方でも強く、党の調査では知事が一歩リードしている」
(同前)

 そこで“実弾”がバラ撒かれた。
 最初は大井川氏が出馬表明した2017年3月。
 定例議会の最終日(3月24日)、自民党県連役員から45人の県議に100万円ずつ配られた。

「“領収証はいらない”と現金を手渡しでもらった。毎年配られる活動費とは別口の金で、県議が自分の後援会をフルに使って自民党の候補を応援しようという後援会活動費です。6月に入って県連の事務局から“やっぱり領収証をくれ”と言ってきたから書きましたけどね」
(自民党県議)

 2回目は東京都議選で自民党に大逆風が吹き始めた6月定例議会の最終日(6月21日)、1人30万円ずつ追加された。

「その時は県連の職員が茶封筒に入った現金を持ってきた。領収証も同封されていた」
(別の自民党県議)

 45人に130万円ずつなら総額5850万円になる。

 自民党茨城県連の政治資金収支報告書を見ると、2015年の収入総額は約8878万円で、人件費や事務所費を含めた支出は約7125万円だった。
 繰り越し金が約2億円あるとはいえ、例年なら1年分の支出に相当する金額を今年はたった2回で配ったわけである。
 そのカネはどこから出たのか。


 1回目の100万円を配った県連役員が「領収証はいらない」と言っていたことから考えると、収支報告書に載せないつもりの“裏金”扱いだった疑いもある。

 本誌記者がこの役員(県議)の携帯電話に連絡すると、「どっからそんな話が出てるんだ。もらったと言ってる人間をオレの前に連れて来なきゃ答えられるわけないだろ!」とたいへんな剣幕で電話は切れた。

 県連が領収証を取って活動費として収支報告書に計上するのであれば、隠す必要はないはずだ。

 では、県議たちは130万円をどう使ったのか。
 本誌は自民党県議45人全員に取材をかけた。
 多くの県議は「後援会員に出す郵便物の切手代」、「印刷代」などと説明したが、“知事支持派”とみられる県議は興味深い言い方をした。

「県連はカネを配って懐柔するつもりかもしれないが、わしは“毒まんじゅう”は食わん。カネは受け取ったが、あとで何か言われないように1円も使わずに全額残してある」

 130万円を知事派切り崩しの工作費と受け止めているのだ。
 自民党支持者からはこんな証言も得た。

「知り合いがある県議の食事会に出席した。知事選に新人が出るから応援してやってほしいという話を聞いてわいわい食事した後、会費5000円を払おうとしたら、“今日はいいから”と受け取ってもらえなかったそうです」

 政治資金問題に詳しい上脇博之・神戸学院大学法学部教授の指摘だ。

「その県議が政治資金報告書で食事会をどう処理するかでいろんな問題が出てくるケースです。まず、会費をもらったと報告すれば政治資金規正法の虚偽記載にあたる。地元の後援者に無料で飲み食いさせたとすれば公選法に抵触する。食事会でどの候補に1票をと言っていれば公選法の買収にあたる可能性がある」

 選挙に資金は必要だが、使途は法律で厳しく制限されている。
 “金権選挙”は自民党の伝統芸だが、あらぬ疑惑を招いては本末転倒だ。

※ 週刊ポスト2017年8月4日号


ライブドアニュース、2017年7月24日 16時0分
自民党 茨城県知事選に向け「現ナマ6000万円」バラ撒く
(NEWSポストセブン)
https://news.livedoor.com/article/detail/13379545/

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問われる安倍首相の任命責任=経産相辞任、菅官房長官の求心力に影響も

 ヤッホーくんのこのブログ、2019年10月16日付け日記「菅原一秀経済産業大臣」をお読みください。

 菅原一秀経産相が、ついに完全に詰んだ。
 選挙区である練馬区に居住する有権者に対し盆暮れに高級メロンやカニ、いくら、すじこ、みかんなどを贈答していたという“有権者買収”疑惑を「週刊文春」(文藝春秋)が2週にわたって報じてきたが、本日発売号ではなんと、先週号の「週刊文春」が発売されたのと同じ10月17日、練馬区でおこなわれた支援者の通夜会場で菅原経産相の秘書が香典袋を手渡した瞬間を“激写”したのだ。

 絶句するほかない。
 公職選挙法では、政治家本人が葬儀や通夜に出席するのではなく、秘書が代理で香典を贈ることは寄附行為にあるとして禁止されている。
 にもかかわらず、「有権者にメロンやカニなどを贈っていたのではないか」と国会で追及を受けている最中に、堂々と公選法違反行為をおこなっていたのだ。

 この異常行動の背景には、閣僚のスキャンダルや疑惑に無視を決め込み、不問に付してきた安倍首相の姿勢があるのは間違いない。
 つまり、辞任にはいたらないと菅原経産相はタカを括っていたのだろう。

 だが、スキャンダル追及の最中に、新たな“有権者買収”の決定的瞬間を押さえられてしまうという今回のスクープを、さすがの安倍首相もスルーすることはできないはずだ。

 というのも、「週刊文春」ではこのほかにも、「菅原氏と関係が深い後援会関係者」が、菅原事務所が後援会関係者に対して香典を贈ることが常態化していたことがわかる証言をおこない、さらには今年1月以降、菅原氏が〈少なくとも15ヶ所以上〉に公選法で禁止されている枕花を送っていたことをはじめ、今年のゴールデンウィーク前後には東北産の“令和りんご”、自身が大臣に就任して以降も胡蝶蘭を地元有権者に配っていたことを証言付きで紹介。
 “公選法違反の常習犯”である事実を突きつけているのだ。

 国会で追及されてきたメロンやカニなどをばらまいてきたことの証拠である「贈答品リスト」問題は、公選法の時効を過ぎており刑事責任は問われないものだったが、今回の報道は今年の話、しかも香典問題にかんしては先週におこなわれたばかりで刑事責任が問われる。
 普通なら大臣辞任どころではなく議員辞職が妥当だし、安倍首相の任命責任にも発展するのも必至だ。

 まさに前代未聞の一大スキャンダルであり、今後の安倍首相の動きは要注目だが、しかし、驚くほかないのは、ワイドショーの姿勢だ。

 昨日の段階で「週刊文春」の報道内容が伝わっていたというのに、きょうのワイドショーでまともにこの問題を取り上げたのは、『ゴゴスマ〜GOGO!Smile!』(CBCテレビ)のみ。
 他の番組はチュートリアルの徳井義実の申告漏れ問題を大々的に報じるのはわかるとしても、『大下容子ワイド!スクランブル』(テレビ朝日)や『バイキング』(フジテレビ)にいたっては、なんと菅原経産相のスキャンダルを無視する一方で韓国のチョ・グク前法相の妻が逮捕された話題を大々的に特集。
『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)や『スッキリ』(日本テレビ)もチョ・グク前法相の妻が逮捕された話題をストレートニュースのコーナーで報じながら、菅原経産相の問題はスルーした。

 この国の大臣がスキャンダル追及中に公選法違反を堂々とぶちかまし、さらにはその“有権者買収”の決定的瞬間の写真まで掲載されるという大スキャンダルが起こっているというのに、それは無視して、隣国のすでに辞職した前大臣をめぐるスキャンダルを飽きもせず延々と報じつづける……。
「何かおかしい」という状態ではなく、もはや狂っているとしか言いようがないだろう。


■ 決定的証言が出るも菅原経産相の疑惑を2週間以上スルーし続けたワイドショー

 いや、そもそもワイドショーはここまでずっと、通常では考えられないような姿勢をとってきた。

 菅原経産相の“有権者買収”スクープを最初に「週刊文春」が掲載したのは今月10日のことだったが、そのときもワイドショーはスルーし、国会で追及がおこなわれても取り上げてこなかった。
 さらに「週刊文春」の第2弾記事が出た17日には、菅原氏の元秘書が公選法違反行為について証言している音声を立憲民主党の杉尾秀哉議員が報道各社に公開。
 同日には元秘書が共同通信の取材にも応じ、有権者に香典袋を渡すよう命じられたこともあったと証言をおこなっていた。
 だが、このタイミングでも、ワイドショーは無視したのだ。

 そして、本日展開された、あからさまなスルーっぷり──。
 じつは、「週刊文春」の報道内容以前に、23日に開催される予定だった国会の経産委員会を自民党が開催拒否するという異例の事態も巻き起こっている。
 しかも、本日24日13時からおこなわれた衆院本会議では日米貿易協定承認案が審議入りしたにもかかわらず、担当大臣である菅原経産相は欠席した。
 こうした露骨な“菅原隠し”がおこなわれているのに、それでもほとんどのワイドショーが報じなかったのである。


 だが、ここで指摘しておかなくてはならないのは、こうしたワイドショーの異常な姿勢は、完全に安倍首相の態度と歩調を合わせたものであるということだ。

 まず、少なくとも週刊誌に閣僚スキャンダルの決定的な証拠まで押さえられたら、これまでならば週刊誌の発売日前や直後に辞任させていたはずだ。
 しかし、安倍首相はいま現在、何の処分もおこなわず、菅原経産相の後ろ盾である菅義偉官房長官も本日の定例記者会見で「政府として予断を持って答えるのは差し控える。
 菅原氏自身が必要な説明をすべきだ」などと回答を拒否した。
 ここまで決定的な報道が出ても辞任させないこと自体が、過去の政権の姿勢と比較しても信じられないものなのだが、それを可能にしているのは、ワイドショーが追及をおこなわず、世論が盛り上がっていないからだ。

 これはいまにはじまった話ではない。
 第二次安倍政権下では松島みどり法相や小渕優子経産相、西川公也農水相、甘利明経済再生担当相が公選法違反やカネの疑惑で大臣を辞任してきたが、甘利氏の辞任以降、安倍首相は逆にそういったスキャンダルが持ち上がってもしらんぷりをして不問に付してきた。
 そして、それと歩調を合わせるように、ワイドショーでは安倍政権のカネ絡みや公選法違反のスキャンダルはほとんど追及されなくなった。

 ようするに、ワイドショーは安倍首相が明確な判断を示さないかぎり、スキャンダル報道に手をつけようとしないのだ。
 しかも、問題大臣が辞任にいたってワイドショーがようやく取り上げても、安倍応援団コメンテーターがまたぞろ「安倍首相の素早い判断」などと言い出したり、野党批判に話をすり替えて終わり。
 チョ・グク氏の話題は数カ月にわたってフェイクまがいの小ネタまでしつこく報じつづけているが、同じように安倍内閣の閣僚を徹底追及することはありえないのだ。

■ 安倍首相の国民を舐めた態度と、ワイドショーに染み付いた忖度体質

 明日は菅原経産相が経産委員会に出席する予定だが、安倍首相はこのまま辞任させないのか。
 永田町では「菅原は菅官房長官の肝いりだからポスト安倍をめぐって調子に乗る菅を牽制する意味で辞職させるのではないか」という見方も流れているが、安倍首相のことだから事ここに至っても続投させる可能性も十分あるだろう。
 そしてワイドショーはこの問題を取り上げるのか。
 しっかりと見届けたい。


リテラ、2019.10.24 10:34
不正まみれ安倍内閣・菅原経産相に有権者買収の決定的写真が!
それでもワイドショーは菅原を完全スルーし韓国チョ・グクの疑惑を

(編集部)
https://lite-ra.com/2019/10/post-5044.html

 ここにきて菅原一秀経済産業相の辞任が必至の情勢になってきた。
 週刊誌の報道によって、秘書が香典を選挙区の有権者に渡していた動かぬ証拠がすっぱ抜かれたからだ。
 しかし、この程度の疑惑なら、安倍一強の今の政権では一蹴できるはずだ。
 ところが、メディアは辞任やむなし、の論調で一色になりつつある。
 なぜか。
 それは安倍首相がそう判断したからだ。
 なぜ、安倍首相はそう判断したのか。
 ズバリ、安倍首相が4選を断念し、あと2年、総裁選まで、できるだけ長く任期を全うすることを決めたからだ。
 そして院政を敷こうとしているからだ。
 
 菅原一秀経済産業相は菅官房長官が内閣に押し込んだ菅官房長官の子分だ。
 今度の組閣では、そのほかにも小泉進次郎はじめ多くの菅人事が見られた。
 いまや菅官房長官はポスト安倍の一人とみなされるに至った。

 しかし、安倍首相は岸田氏を後継者と決めている。
 岸田氏を後継に指名して、院政を敷くつもりなのだ。
 それには菅官房長官が邪魔になる。

 確かに菅官房長官があってこその安倍長期政権だった。
 しかし、4選をあきらめた時点で、菅官房長官の役割は終わった。
 今の安倍首相の心境は、東京五輪を無事終えて、総裁選まで総理を続け、その後も影響力を残すことだ。
 というよりも、その後の政権が自分を追放するような真似をしないことだ。
 そのためには岸田氏が最適なのだ。
 これ以上、菅原問題で政権をごたつかせたくない。
 ここは菅官房長官に泣いてもらうしかない。
 そして菅官房長官はそれを飲むしかない。
 菅官房長官あっての安倍長期政権であるが、それは同時に、安倍政権あっての菅官房長官なのだ。

 安倍一強がこのままあと二年続き、菅官房長官は安倍政権とともに終わるということだ。
 菅原経済産業大臣の更迭劇はそのことを意味している。
 もちろん、これは私の勝手な推測だ。
 しかし、そういうことだと思う。


天木直人のブログ、2019-10-25
菅原経産相が更迭され、菅官房長官が終わる
http://kenpo9.com/archives/6325

決断
2019-10-25 22:29.10
本日、自らの決断をした。


すがわら一秀公式ブログ
https://ameblo.jp/isshu-sugawara/

拡散希望
緊急宣伝 #菅原一秀 議員は9区有権者に事実と経過を説明し、報道が事実なら議員を辞職せよ!
10月27日(日)17~18時、練馬駅北口
(事情により交番前に変更の可能性あり)
ねりま9区みんなで選挙(ねり9)呼び掛け


ねり9(ねりま9区みんなで選挙)
https://twitter.com/vote_nerima

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2019年10月25日

薄気味悪い即位礼

 天皇が即位を国内外に宣言する「即位礼正殿の儀」、そして夜には賓客を招いての「饗宴の儀」が行われた22日は、朝から晩まで、テレビはこの話題一色だった。
 国を挙げての慶事に浮かれ、今なお台風の被害に苦しんでいる被災者のニュースさえ、すっかり脇に追いやられてしまった感もある。

 23日夜は、安倍首相夫妻が主催する晩餐会が都内のホテルで開かれた。
 即位礼正殿の儀に参列した海外からの賓客らが出席。
 狂言や歌舞伎、文楽、能など伝統芸能が披露され、狂言師の野村萬斎、歌舞伎俳優の市川海老蔵らも出演した。
 安倍は「この機会に、本日の晩餐会を催すことができましたことを大変光栄に存じます」と謝意を述べた。

 即位の礼に伴う「饗宴の儀」は、あと3回開催される。
 本来であれば即位礼の22日に催されるはずだったパレード「祝賀御列の儀」は、台風被害を考慮して11月10日に延期された。
 その前日9日には、皇居前広場で「御即位をお祝いする国民祭典」が開催され、ジャニーズのアイドルグループ「嵐」のメンバーらによるパフォーマンスが繰り広げられる予定だ。

 そして、11月14日から15日にかけては、皇位継承の重要儀式「大嘗祭」が行われる。
 新天皇が即位した年の収穫物を神々に供え、祈る儀式である。
 祭祀が行われる大嘗宮はその都度造営され、斎行後には破却・奉焼される。
 宗教色が強いため、国事行為ではなく皇室行事とされているが、大嘗祭には27億円の国費支出が見込まれているのだ。
 即位関連では総額166億円もの予算が計上されている。

■ 時間は十分あったのに議論を封印した政府

「大嘗祭は皇室神道にのっとった宗教的な儀式で、国費の支出は憲法が定める政教分離の原則に反するという見方が根強い。皇室内からも、秋篠宮が大嘗祭を国費で賄うことに疑義を呈す声を上げたくらいです。即位の礼にしても、これに先立って天皇の祖先とされる天照大神に即位礼の報告をしたり、三種の神器を用いたりと、神がかった宗教行事であり、政教分離の大原則に反するのは明らかです。平成の即位の礼や大嘗祭をめぐっても、全国で違憲性を問う訴訟が相次ぎ、大阪高裁は1995年に『違憲の疑いが否定できない』という判断を示した。

 それにもかかわらず、特段の議論もないまま儀式の前例踏襲が決まり、戦前回帰のような天皇礼賛の演出に大メディアが熱中していることには薄気味悪さを感じます

(政治評論家・本澤二郎氏)

 中世以降、皇位を継承する「践祚」には、崩御に伴う「諒闇践祚」と譲位に伴う「受禅践祚」がある。
 今回はおよそ200年ぶりの天皇退位による即位となった。 

 大日本帝国憲法下で即位した昭和天皇の崩御によって即位した現上皇は、日本国憲法の下で象徴天皇として即位した初めての天皇だ。
 平成の代替わり当時は今以上に政教分離の議論が盛んだったが、崩御による諒闇践祚で準備の時間がないという理由で、前例を踏襲する格好になった。

 今回は純粋な意味で、現行憲法下で初の代替わりが行われたことになる。
 しかも、退位の日程も即位の日程もあらかじめ決まっていた。
 十分な時間があったのに、憲法の趣旨と儀式のあり方についての議論はほとんどないまま、政府は前例踏襲を早々と決めてしまった。
 まるで異論を封じようとするかのようだった。

■ 皇室神殿を頂点とする祭祀体系の国民統治モデル

 即位礼正殿の儀で、国民の代表として「寿詞」を読んだ安倍が、高御座の新天皇に向かって「天皇陛下、ばんざーい」と叫ぶ。
 それを合図に、陸上自衛隊が21発の祝砲を撃った。
 これに戦前・戦中のイメージを重ねた人は少なくないはずだ。

 この儀式は、明治政府が公布した旧皇室典範と登極令を踏襲している。
 天皇が即位を宣言した高御座も、建国神話の「天孫降臨」をモデルに考案されたとされる。
 古来の伝統といっても、天皇の神格化を徹底するために、明治期に形づくられた儀式なのである。
 古式装束の平安絵巻を見るイベントのように儀式を楽しんだ国民もいるだろうが、天皇を現人神に祭り上げたて政治利用した明治政府の国家主義的な側面を考えれば、21世紀の新しい天皇像を模索することを拒否し、時代を逆戻りさせるような天皇イメージの固定化をゴリ押しする政府に不気味なものを感じざるを得ない。

 歴史学者の故・安丸良夫(1934 - 2016)氏は、著書『神々の明治維新、神仏分離と廃仏毀釈』(岩波新書 黄版、1979年11月)で、明治政府による神仏分離や伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は一見、古代的風貌をもっているが、その実態は「中央集権的な近代的国家体制の担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序にむけて人びとの内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった」と記している。

「それらの国民意識統合の試みは、あまりに独善的だ」と断じるが、同じことをしようとしているのが、安倍政権ではないのか。

 ジャーナリストの斎藤貴男氏も著書「『明治礼賛』の正体」(岩波ブックレット、2018年9月)で、安倍が第2次政権発足後、ひたすら「明治」を礼賛し、昨年2018年は「明治150年」の記念行事に熱中していたことに関して、こう書いている。

<理想である“明治の再現”をより際立たせ、広く国民大衆に植え付け、挙国一致の国家目標として定着させる狙いがあるのではないか>

<すでに富国強兵・殖産興業を目指す経済政策は実際に推進されてきている>

 明治政府による天皇の神格化は絶対的な支配の装置として機能し、その結果、狂気の戦争に国民を動員していった。
 安倍政権の目論みも、そこにあるのだろうか。

■ 天皇を担ぎ、利用して自分の権威を高める

「いつの時代も、姑息な連中の考えることは同じ。保守を気取りながら、実際は皇室を軽視し、利用することしか考えてない。安倍政権がやっていることも明治政府の支配層と同じで、天皇を担ぎ、その威を借りて自分の権威を高める。天皇が国民のために心を砕いて信頼を得るほど、ますます利用されてしまう卑劣なやり口です。安倍首相が最近あまり『明治、明治』と言わなくなったのは、政権発足から7年近く経って、理想とする明治回帰が完成に近づいたからでしょう。即位関連の一連の儀式で天皇の権威を一層高め、昨今の大災害も利用して、『緊急事態条項』を言い出すのは時間の問題です。

 罪深いのはマスコミで、即位礼が憲法の政教分離の原則や国民主権に抵触するのではないかという疑念には触れず、祝賀ムード一色で盛り上げている。かつての大本営発表とどこが違うのでしょうか。天皇制や、それを利用する政権の思惑について国民がマトモに考えないまま『天皇万歳』に乗っかっていれば、歴史は繰り返す。

 今度は米国の奴隷兵として戦争に駆り立てられることになりかねません

(斎藤貴男氏)

 即位礼の当日、NHKは安倍に最も近い記者と呼ばれる岩田明子解説委員が出ずっぱりで、関連儀式について解説していた。
 即位礼は政治マターだとゲロっているようなものだ。
 即位礼の直前に雨が上がって虹がかかったことも独自ニュースとして報じ、識者に「エンペラーウエザー」などと言わせていた。
 まるっきり神話の世界である。
 公共放送がニュースでやることなのか。

 たしかに、「神の国」や「天皇の奇跡」などという言葉の魅力に身を委ねる刹那は心地いいかもしれない。
 閉塞感あふれる日常においてはなおさらだ。
 だが、この先も続く即位関連イベントで政府の演出にのみこまれてしまったら、無邪気な明治への憧憬が行き着く先は、悲惨な国民生活でしかないことは肝に銘じておいた方がいい。

[写真-1]
完成に近づく明治回帰

[写真-2]
23日は要人を招いた晩餐会を主催

日刊ゲンダイ、2019/10/24 17:00
「天皇万歳」の安倍首相
いよいよ鮮明な「明治への憧憬」

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263699/

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2019年10月24日

俳優・古舘寛治

SNSなどで政治的な発信が注目されている俳優・古舘寛治さん。
なぜ発信を? その根っこには今のジャーナリズムに対する不満もある。
それを私たち記者、そして、ジャーナリズムを志す若い人たちはどう受けとめるべきか。
話はジャーナリズムへの期待とこれから、「個と全体」という社会のありようにも及んだ。

― ジャーナリズムを志す若者に向けて、お話やメッセージをお聞かせください。政治的な発言や発信をなさっていますが、まずはその真意や、いつ、どういうきっかけだったのかを教えてください。

古舘: インターネットをちょろちょろいじるようになっていたころ、「アラブの春」があって、フェイスブックによって革命が起きたということが流れてきた。
 SNSでこんなことが起こるのか、これは新しい時代をよくしていくツールになるかもしれないと考えるようになった。
 ツイッター、フェイスブックを始めたら、海外のいろんな問題も入ってくるが、日本の問題もどんどん入ってきた。
 そうこうしているうちに、山口県の上関原発をめぐって警備員と住民がまさにフィジカルに争っているような映像などがツイッターで流れてきた。
 ある種の行政の暴力が行われているのに、全然メジャーなマスコミがやっていないと思って、「なんでニュースで扱わないんだ」とテレビ局にメールしたんです。
 返事は「ちゃんとこちらでバランスをとって報道はしてるんだ」という趣旨だった。
 そして、福島の原発事故があった。
 原発への政府の関わり方、情報の隠蔽というか、出さない具合というか、日本の政治が機能していないことが多くの人にばれた。
 それらが、いわゆる政治的な発言をするきっかけだったと思う。


― メディアに対する疑問や憤りがあったのですね。

古舘: 福島のすぐあとのことはあまり覚えていないが、情報が錯綜する中で原発の危険性を訴え続けた京大の小出裕章さんなんかの発信を追いかけていた。
 僕は彼の主張が信じられた。
「原発は大丈夫だ」というような御用学者らの話と聞き比べようにも、僕は素人だからどちらが正しいか知る由もない。
 でもチェルノブイリなどたくさんの情報を入れると、大体何を信じたらいいかわかってくる。
 それに、権力に、はむかっても何の得もない学者の「とんでもないことが起きている」という見方の方が理屈として、人としての行動原理からしても正しいと判断した。
 メジャーなマスコミの報道も二の足を踏んでいるなという印象があった。
 朝日新聞の報道が問題になったこともありましたね。
 大きな報道を打ちながら、間違っていた。
 それによって、権力を批判する側が信頼を失うという打撃は大きかった。
 福島の報道に関しては、東京新聞がいいなと思っていた。
 組織が大きくなればなるほど、広告で商売をしているわけだから、どうしても発言が鈍るのは仕方ないシステムがあるのかなと疑うようになってしまった。


システム硬直、対話なく

― その吉田調書報道での記事取り消しを機に、社内でもっと議論や対話をしようという機運が生まれました。

古舘: 日本人は対話ができないと割と言われると思うが、僕なんかは、日本人はもともとできないのかなと思ったりもするが、そうではなかった時代もあったようだ。
 先日もEテレを見ていたら、ソニーの話かな、亡くなった名物創業者のときウォークマンとか作っていたけれど、昔はものすごく自由で、まったくふつうに先輩も後輩も議論してやっていたという話。
 今はコミュニケーション教育が必要だということになっているわけだから、きっとしゃべることすらできない若者がいるであろう中で、対話ができる人が増えているとは思えない。
 社会が疲弊していってシステムが硬直すると、どうしたって上下関係も硬直するだろうし、そうすると、対話なんて面倒くさいことやらなくなるのかな。
 理屈づけすれば何とでも言えるだろうけど、今、一人ひとりが汲々と行動しているのかな。
 そこにジャーナリストも含まれていて、忖度し、自分や会社の立場を考えて働いているという印象があります。


― 映画の現場では対話がなされていますか?

古舘: 僕は映像でやっていけるようになったのは40歳なんで、たかだか10年ちょっと。
 その前は小さい劇団にいたというか、今も所属はしていて、青年団(*)という平田オリザ(1962年生まれ)がやっているところです。
 平田オリザは共著で『ニッポンには対話がない、学びとコミュニケーションの再生』(北川達夫共著、三省堂、2008年)という本を書いているのですが、日本の演劇界もいわゆる縦社会で、そのヒエラルキーの中に先輩・後輩があって、演出家がトップにいてという関係で物作りをしている。
 平田オリザはそこをもっとヨーロッパ的な「トップがいて、あとは並列」といったフラットな組織を作ろうとした。
 対話の重要性を対社会的に彼は言っていたわけだけれど、なかなか難しいと僕は思っていた。


― 日本の社会が特殊なのでしょうか?

古舘: 欧米人は総じて「もの申す」人びとで、申さなかったらばかにされるような文化がある。
 民主主義を発見した、勝ち取ったやつらはすごいなと思うんですが、そういう連中が作る社会はちゃんと揺り戻しが働く。
 トランプが勝っても、2年後の中間選挙では民主党から新人女性議員がたくさん出るとかね。

 でも、日本は、僕なんかからしたらトランプと安倍さんは変わらないけれど、安倍さんがこんなに長い政権を持っているということに対してボーッとして、無関心でいるように映る。

 社会の右傾化は世界で問題になっているが、日本はアメリカ、ヨーロッパよりも怖い右傾化をしているなと感じる。
 アメリカはイラク戦争を反省して、当時の政権を批判する映画が何本も作られた。
 中でも「バイス」(*2)はすごく面白かった。
 副大統領だったディック・チェイニーはとんでもないやつだという内容で、ここまでやるんだ、「本当かよ」というところまで暴露している。
 こういうものをハリウッドは作ってしまう、それもスターたちを使って。
 やっぱりバランス感覚のある国民だな。
 まったくのでっち上げで戦争を始めたことがばらされていて、それでふつうのイラク人たちが何十万と死んだという不条理。
 同じ不条理が戦時中の日本であったと思うけど、僕らは「昔のことだから、そういうこともあったよね」みたいなことを言ってすましている。
 とんでもない不条理が人間世界では起きるんだということを、僕らは分かっていないといけない。


共感、想像する努力を

― 安保法制や秘密保護法が問題になったとき、あまり発信しなかったのはなぜですか。

古舘: 震災後のあるとき、このまま発言しても意味ないなと思ったから。
 僕がなぜ発言していたかというと、単にみんな忙しくて、自分の生活で精いっぱいなだけなんだと思っていた。
 原発が今どれだけ大変なことになっているか、放射能がどれだけ危ないものであるかとか、福島の人はどういう目に遭っているのかということは、想像力を働かせれば分かり、「許せない」という気持ちになると思う。
 だから、今の政治のヤバさを伝えて、現状を、僕のようなものでも知っているような知識をみんながシェアすれば、おそらく変わるんじゃないかと。
 だけど、あるとき、あれ、違うぞと。

 政府も政治も悪いけれども、もう国民の方でそんなことどうでもいい、知ろうとも思わないし、知っても特にピンとこない。
 共感しようというこの一つの努力、想像するという努力をしなくなってしまったのではないかと思った。


 それで、一回止まって考えようという時期があった。
 そのときに安保法制とか秘密保護法とかがあり、ちゃんと自分の意見を言わなかったのではないか。


― でも、また発言を始めた。

古舘: 辺野古と外国人技能実習生の二つの問題が同じ時期にドンと報道されたとき、もうがまんできなくなった。
 辺野古は、海に土砂を流し込んでいる様子が権力の暴力にしか見えなかった。
 県民投票で意思表明したのに、対話していくと言いながらまったくせずに進めていく僕らの首相の国民を欺いた言動を許せないと思った。
 あれをぶっちゃけてくれたらまだいいんですよ。
「日本という国はもう、アメリカの傘のもとでしか生きていけないんで、アメリカさんの言うことを聞くしかないんで、辺野古というのは実はこれこれこういうことで、絶対にもう作るしかないんだ、なので辺野古はこうやって作るし、戦闘機も買わないとだめなんだ」
という説明があれば、こちらもまた別の考え方が生まれるだろうけど。
 結局、日本の官僚がアメリカとの安保は日本を守るために絶対に必要だと考えているのでしょう。
 ごまかしごまかし、うそつきながらやっていくということを許せないし、それを許している国民に絶望を覚えたから。


― 技能実習生の問題については。

古舘: 人権的な部分を解決しないまま大量の外国人労働者を入れるような法律を通し、福島の除染作業にも彼らを使おうとするなど「僕らは悪魔ですか?」と感じた。
 のちのち僕らは外国人からどう評価されるのだろうか。
 悲しくて仕方ない。
 外国人をむげに扱う国、ひどい扱いをする国って、今の時代にですよ、この21世紀にあるのか、こんなことが起こるのか。
 1年のうちに何千人という人数が毎年のように失踪するとか、3年間では69人が死んだとか。
 ただの労働者として呼んでるのかもしれないけど、体(てい)としては学びにくる人間が69人死ぬ国ってあるの?
 どこに行ってんの?
 戦場なの?
 それで黙っていられなかった。


闘う姿を見せてほしい

― メディアの報道をどう感じましたか。

古舘: そのときは、専(もっぱ)らインターネットの情報だったかもしれない。
 メジャー新聞には期待しなくなっていた。
 たまに東京新聞を買って読んでいたように思う。
 報道については、記者クラブの弊害であったり、官房長官の記者会見でぬるい質問していたりという印象があった。
(東京新聞の)望月衣塑子さんが目立って出てくるというときだった。
 僕は一方的な見方をしているかもしれないが、彼女のような、どこまでも食いついて問いただしていくような姿勢に、アメリカの記者会見に似たようなものを感じたし、闘っているなという感じがした。
 新聞記者ってエリートというイメージだった時代があったと思う。
 東大、京大の人間も記者になるっていうような。
 今もそうなのか分からないが、記者会見でも「頭いいのかな、どうなのかなあ?」みたいな質問している記者が多い気がするし、たとえば、トランプ大統領相手のアメリカの記者会見とはまったく違う。


― メディアは、権力と闘っている姿を見せる必要があるということですか。

古舘: 望月さんは官房長官をいらいらさせているが、それは必要だと思う。
 だって権力を問いただすわけだから。
 あなたはどういう仕事しているのですか、と。
 仮にどれだけすばらしい仕事をしている人間であっても、問いただされなくてはいけない。
「バレンタインチョコ、いくつもらいましたか」とか、信じられないような質問を見ると残念だ。
 メディアは権力監視の番人だ、番犬だと言われるが、本当にそうなんだろうかと、もうちょっと考えてみなくてはと思う。
 新聞社も今の経済システムの中にいるわけで、システムが硬直化して社内の権力がどこかに集中し、忖度が働いているというようなことはないですか。
 記者はそうした組織の中の個人という立場から逃れられないでしょう。
 個で闘っていくことができないのであれば、そこから飛び出して個になっていく。
 独力で取材し、ネットで報道して購読料をもらっているジャーナリストとかいますよね。
 ああいう人たちが増えて、私たち読者が支えていくという文化。
 それを始めないといけないところにきているのかな。
 今のこのがんじがらめの集合体である日本の気持ち悪さって、まるで全体主義ですね。
 今、本当に戦争にさえ向かっていると思う、日本が。
 個はみんな黙っている。
 ツイッターで僕ごときが騒がれるのだから。


全体主義の恐怖どこへ

― いろんな考え方の記者がいて、ものを言える空気があって。朝日新聞は今もリベラルに映っていますか。

古舘: そこは、これからも頑張ってほしいところです。
 そういうリベラルな印象はあった。
 頑張っているなと感じる報道をしてくれると安心するし、闘ってくれているなと思うとこちらもうれしい。
 そういう関係性がなくなったら、もう、それが戦前の日本なわけだ。
 それがどれだけ恐ろしいことかっていうことを、僕らは日本人として経験しているのに、個が経験していないとなったら、こんなに忘れちゃうんだ、なんて人間ってばかなんだろう。
 人間って賢いって、僕らは教わったはずだ。
 ほかの生き物より長く生きるから教育ができるんだ、おじいちゃんの経験を孫に伝えられるんだ、だから人間って優秀なんだと聞かされたと思うんだが、全然伝わってねえじゃんって。
 Eテレでやっていた「ひろしま」(*3)という映画を見たんですが、原爆の悲惨な描写は実際の100分の1、1000分の1かもしれないけど、すばらしいホンだな、考え抜かれたシーン撮っているなと思った。
 悲惨な状況にある人びとの横で、軍人がメガホンで「絶対にこのかたきを取るんだ。みんな最後まで闘うぞ」って、まだ言っているわけですよ。
 広島があり、長崎があり、それでもやめられなかったんだ。
 あそこまで軍人は死ぬまで闘うつもりだったんだ。

 それが全体主義のなせるわざであり、戦争のなせるわざなんだな。
 つまり暴力が正義になる、死が正義になるということの恐ろしさ。
 あそこでは暴力的な人間が一番強いんだ、死ぬまで闘うぞと言っているやつが正義になる。
 異を唱えたら殴られる。
 蹴られても、打たれても文句は言えない、それが戦争だっていうこと。
 それを僕らは絶対に忘れてはいけないし、それをとことん表現し続けなければいけない。


 メディアの人たちには、もっと頑張ってほしい。
 社会や組織が硬直し、全体化する中で「闘う」ことができなくなっているのは事実。
 そこで、今、僕ら一人ひとりは何ができるのか問い直してほしい。


「覚悟」持ちにくいが

― 出演なさった映画「マイ・バック・ページ」(*4)では、1960年代末〜70年代、新左翼運動を取材する新米記者に助言する先輩記者を演じました。ジャーナリズムに対する思い、時代に対する見方、収穫などはありましたか?

古舘: あのときは僕なりに、60年代後半から70年代ですかね、学生運動が下火になるころの、成田闘争もあった時代はある程度勉強したし、記者が何をし、何を欲して毎日を生きていて、何に向かっていったのかを考えたと思う。
 それは社会正義というか、権力と闘うというまさに辺野古のようなものですよね。
 成田闘争の話はね、そこに住んでいる人の生活がかかっているわけです。
 無理やり権力によって土地が奪われるという同じような構造だと思うのですが、権力と闘い、それを報道していくうえで、後輩記者に対して、組織の中にいるんだけど、お前がやりたいことやるんだよってアドバイスする台詞がある。
 あのへんの時代には現場で対話がきちんと成立していたし、個というものがはじけたこと、つまり、今やったら社会的に断罪されるようなことや、ツイッターで炎上するようなことをやっても許されるような時代だったのかな。
 そういう意味ではいい時代だったのかもしれない。
 市民のために権力と闘っているという手応えがあったのだろう。
 記者にとって、仕事を生きがいと思うか、楽しいか、血が燃えたぎるような感じがあるかが大切なのだろう。


― 劇中、後輩に「信じるものに向かってゲバ棒持っていけ」などと言っています。ジャーナリストには強い覚悟が必要だと、改めて思いますか。

古舘: それはもちろんそうですよ。
 やっぱり権力と闘ってほしいですが、今、強い覚悟を以前ほど持てなくなったとすれば、それはある意味、仕方がないと思う。
 人間というのは、持ってしまったものは「当然」になってしまうので、さらに持っていないものに向かうわけだけど、こんなに物質的に豊かになって、いちおう平和もまだあるし、そういう中で失いたくないものを結構多く持ってしまっている。
 それは今の若い人にもあるんじゃないかな。
 なぜ戦後の日本人が強かったかというと、何も持っていなかったからだろう。
 だが、これだけ豊かになると、失うのが怖いじゃないですか。
 今の若者からよく聞くのは「老後が心配、老後が心配」。
 たぶん僕の親世代は老後を心配していなかったと思う。
 豊かさに向かって今を生きるのに必死だった。
 老後の心配をするということは、今がどこか満たされているということ、物質的には。
 だけど、幸せじゃないという。
 なんか老後のために生きているみたい。
 そういう人生を生きているときに、覚悟を持って何かやるとか、自分の本当にやりたいことに身を投じるということがしにくい時代なのかな。
 自分の将来を守るため、今を守るために、「とりあえず、これをやっておこう」みたいなチョイスになってしまうというのは理解できるし、だからこそ、今の社会はこんなふうになっていて、幸せを感じる人はなんか少ない……というようなことになっている。
 本当に人間ってね、やりたいことやっていると幸せなのです。
 今やりたいことをやっていれば、人間って楽しい。
 そこについては、僕は自信がある。
 51歳だけど青春を感じてますよ(笑)。


― 今の時代、「守り」に入りがちだとすれば、若い人に覚悟を持ってジャーナリズムを志せというのは酷?

古舘: 結局、人間には向き不向きがあって、僕は楽しい方を選んで今ここにいるし、昔の俳優仲間で今やめている人がいるとすれば、それはどこか楽しくなくなったり、もっと楽しいこと、あるいはもっと楽な方を選んだりということでやめた人もいるだろう。
 みんな生きたいように生きているから、こんなふうになっている。
 そう思うと、闘いたいと思う人が少な過ぎる気がする、欧米と比べてね。
 本当はもっといるんだろうと思いたい。


内面に向き合う作業

― 主演級の役を演じた映画「淵に立つ」(*5)は、殺人に加担しながら罪を逃れて静かに暮らす中、報いを受ける男の内面を描きました。カンヌ国際映画祭でも高い評価を受けました。メディアは日々の事象を追いますが、一方で人の内面の奥底を見つめるような作業ができていますか。

古舘: それは面白い視点だ。
 最近ますます思うのは、人間って一人では生きられない。
 ある社会、コミュニティーにいて初めて生きられるということ。
 誤解されるかもしれないが、その意味において、日本人は集団的、全体的、全体主義的な国民だと思う。
 全世界でそうだと思うけれど、日本人はその程度が特に強いと思う。
 今こそ、「個」って何だろうと問うことはとても重要だ。

 だからこそ、個について、記者が個として取材し考える中で、個と全体の関係性についても深く見つめるようなことはとても意義深いだろう。
 個と全体の不条理な関係性はヨーロッパ映画でもよく見るテーマだが、戦争と個というものの関係の中で、いかに個が無力であって全体に流されていくかを描く作品はよくある。


― その作業は、特に若い人にはどのような意味がありますか。

古舘: それは、なぜ記者になったのかということとつながってくる。
 もちろん、最初からクリアでなくてもよいだろうし、見つけていくものなのだろうとも思う。
 なぜ記者になったか、何を追いかけるかがクリアになっていくには、ふだんから社会と個というものの関係を考えていることが重要だろう。
 記者の役目とは何か。
 いろんな役目があるだろうが、一番重要なものの一つとして、権力と市民の関係を問う作業がある。
 それはおのずと「全体性」というものを考えることになるし、個を考えることでもあるわけで、僕らは一人ひとりが個でしかないのに、全体というものの見えない、見えもしない、どこにあるかさえ分からない、それなのに、確実にあるエネルギーに翻弄されてきているというこの不思議な関係というものが、つねに記者として何かを考える起点としてあるべきものだと思う。
 僕らは本来、個としてしか生きていない。
 個の幸せ、個の喜び、個の満足しかないのに、そこに「全体」が深くかかわってくる。


再構築には、よい教育を

― ジャーナリズムを再構築するには、これから何が必要だと考えますか。

古舘: 結局、教育だと思う。
 フランスの友人には小学生の娘さんがいるんですが、子ども議会というものがあるらしい。
 クラスごとに選挙して、うかった子がその地域の子ども議員になる。
 議員たちといっしょに議論して政策を提案し、それを市のお金でやるそうです。
 その子に今、何が楽しいの?と僕が聞くと、ダンスと政治だという。
 もう違い過ぎる。
 前に見たドキュメンタリーに面白いのがあって、各国の子どもたちを6年ごとだったか、4年ごとだったか追跡するようなもの。
 学校に入る前の子どもたちは日本人もヨーロッパ人もアメリカ人も変わらないけど、6年後だったかな、日本の12歳というと、完全に閉ざして、自分を表現できなくて、すごい緊張感の中でロボットのような話しぶりになる。
 欧米人の12歳というと、もう大人ですよ。
 目をきらきら、ぎらぎらさせて、「大人なんかに負けねえぞ」みたいな態度で、偉そうに自分の話をする。
 この開きはもう教育でしょ。
 よい教育をすれば、社会にとってジャーナリズムが大事だ、ジャーナリストになりたいっていう人が出てきたりすると思う。


― 使命や覚悟といった硬い話は別にして、記者という仕事は好奇心や向学心を満たしてくれる仕事だし、いろんな人に出会えて刺激的……。

古舘: 記者の仕事とは、一義的には社会の問題点を見つけ出して、提示していくというものですよね。
 でも、問題だけでなく、こんなにすばらしい人がいる、すばらしい生き方をしている人がいるというのも伝えることができる。
 そういうことは、ふつうに生きているだけでは簡単に出会わないことだし、それを多くの人とシェアすることができる。
 そこも意義深くて魅力的ですよね。


※ 本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』10月号から収録しています。同号の特集は「メディアをめざす若者へ」です。

※ 古舘寛治(ふるたち・かんじ)俳優
1968年、大阪府生まれ。ニューヨークで演技を学び、帰国後、舞台をベースに数々の映画やテレビドラマ、CMに出演し、名バイプレイヤーとして活躍。2016 年には舞台 「高き彼物」で演出を手掛けた。主な出演作に、大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」、映画「淵に立つ」(深田晃司監督)、「キツツキと雨」(沖田修一監督)、「マイ・バック・ページ」(山下敦弘監督)などがある。

[写真-1]
古舘寛治さん

[写真-2]
チェイニー米元副大統領を描き、政権の内幕も暴露した映画「バイス」

[写真-3]
辺野古の米軍基地建設をめぐり、港に入る工事車両の前で抗議する人たち=2019年6月、沖縄県

[写真-4]
1943年の出陣学徒壮行会を伝える朝日新聞紙面。記事には「拍手」「歓声」「万斛(ばんこく)の涙」などの描写がある。「国難を克服すべき総力決戦の時機が正に到来したのである」との東条英機首相の訓示も伝えている

朝日新聞・論座、2019年10月22日
インタビュー古舘寛治 俳優
「もの申す」が支える民主主義
「個と全体」見つめ問い続けて

(聞き手・構成 本誌編集部・宮崎陽介/インタビュー写真 小林正明)
https://webronza.asahi.com/journalism/articles/2019101600007.html

(*1)青年団
http://www.seinendan.org/

(*2)映画「バイス」本予告編(2019年4月公開)
 ジョージ・W・ブッシュ政権下で副大統領を務めたディック・チェイニーを描く社会派ドラマ。
 アダム・マッケイ監督、クリスチャン・ベイル、スティーヴ・カレルをはじめ、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のスタッフ・キャストが再び集結。
 ベイルは大幅な肉体改造を行い、チェイニー副大統領にふんした。
 エイミー・アダムス、サム・ロックウェルらが共演している。
https://www.youtube.com/watch?v=5DcJVWpcSQM

(*3)映画「ヒロシマ」
 ヤッホーくんのこのブログ、2019年08月10日付け日記「忘れられた映画『ひろしま』」をぜひお読みください。

(*4)映画「マイ・バック・ページ」(2011年公開)予告編
 海外ではベトナム戦争、国内では反戦運動や全共闘運動が激しかった1969年から1972年という時代を背景に、理想に燃える記者が左翼思想の学生と出会い、奇妙なきずなで結ばれていく社会派エンターテインメント。
 川本三郎がジャーナリスト時代の経験を記したノンフィクションを『リンダ リンダ リンダ』の山下敦弘監督が映像化。
 激動の時代を駆け抜けた若者たちの青春を初共演で体現する、妻夫木聡、松山ケンイチの熱演から目が離せない。
https://www.youtube.com/watch?v=yRmFoYR0vYg

Bob Dylan~My Back Pages
https://www.youtube.com/watch?v=WtDbbO2OLHY

(*5)映画「淵に立つ」(2016年公開、日本・フランス合作のドラマ映画である。監督を深田晃司が務め、主演を浅野忠信が務めている。第69回カンヌ国際映画祭にて、「ある視点」部門の審査員賞を受賞)
http://fuchi-movie.com/

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関電問題

「関西電力の原発還流マネー」(ヤッホーくんのこのブログ、2019年10月18日付け日記「国が崩壊に向かう時、そこには必ず愚かな指導者がいる」参照)に、「核の四面体構造」(ヤッホーくんのこのブログ、昨日2019年10月23日付け日記「3.11振り返り」参照)ですか。。。

原発マネー.jpg

「森山氏はとんでもない人だ。しかし、関西電力が被害者のような顔をしているのはおかしい」

 関西電力の経営幹部らが3億円を超える金品を受領した問題が明るみに出たあと、地元の福井県高浜町で私たちが耳にしたことばです。
 関西電力の歴代幹部らが「できるかぎり機嫌を損なうことなく関係を維持する必要がある」と神経をすり減らしながらも関係を続けてきた元助役の森山栄治氏とは、いったいどんな人物だったのか。
 高浜町で取材すると、関西電力の説明とは異なる側面が見えてきました。

「何をいまさら」

 現金をはじめ、小判や金貨、スーツ券。
 常識では考えられないほどの金品を関西電力の経営幹部らが受領していたこの問題。

 贈っていたのは原子力発電所が立地する高浜町の元助役です。
 しかし、地元で話を聞くと、意外な声が聞かれました。

「ずいぶん昔からあった話で、『何をいまさら』というのが正直なところ」
(地元の建設業者幹部)

 この業者の男性は、続けて次のように口にしました。

「僕ら事業者が『なぜ森山さんを通さないといけないのか』と関電に聞いても、一切答えなかった。アンタッチャブルで、トップシークレットな部分だった」

 森山氏は1969(昭和44)年、当時の町長の求めで高浜町役場に入りました。
 その後、異例の早さで出世し、1977(昭和52)年から1987(昭和62)年には助役を務めました。

 退職後は関西電力の子会社「関電プラント」の顧問に就任したほか、原発関連の仕事を請け負う地元の建設会社やメンテナンス会社などで顧問などを歴任し、ことし2019年3月に90歳で死亡しました。

 生前、関西電力がひた隠しにしてきた事実が、森山氏が世を去った今、一気に表に噴き出しています。

「裏の町長」“すべて森山さんに話を”

 別の建設業関係者を取材すると森山氏が地元で絶大な力を持っていたとの証言が次々に聞かれました。

「助役のころから森山さんを通さないと関西電力からの仕事はもらえないとなっていた。町長より力が強かった」
(地元の建設業関係者)
「助役になってからは、その仕事ぶりと交渉術を買われて、すべて町長ではなく森山さんに話を持って行くようになった。それで『天皇』とか『裏の町長』というあだ名が付いた」
(別の建設業者)

 存在の大きさは、当時の給料にも露骨に表れていました。
 森山氏が助役になった昭和52年に町から受け取っていた月給は33万5000円。
 一方で町長は30万5000円でした。

 助役の森山氏が町長よりも3万円多く、こうした関係は5年間にわたって続いたといいます。
 関西電力の原発関連工事の受注を左右でき、町長をもしのぐ権勢を振るう存在。
 そうした異常な構造が、なぜ地元では長年「当たり前で変わらないこと」として受け入れられ続けてきたのか。
 森山氏が助役だった当時の1982(昭和57)年から1987(昭和62)年までの5年間、ともに町政を担った元町長の田中通氏(93)は、森山氏の力の源泉は関西電力との蜜月の関係だったといいます。

「原発関係の話は助役が窓口で、私のところに関西電力の人が来た時は天気の話など月並みな話ばかりで、深い話はほとんどなかった。森山さんはやり手で、どちらが町長でどちらが助役なのかわからないという話もあった」
(田中通元町長)

機嫌損ねるとリスクが…

 関西電力の10月2日の会見でも、地元の有力者として最大限の配慮をしていたことを指摘しています。

「森山氏は原子力立地町の有力者として、当社に対し、地域対応上の助言・協力をしている。一方で、森山氏の機嫌を損ねると、森山氏が地域でのさまざまな影響力を行使し、発電所運営に支障を及ぼす行動に出るリスクがある」

「いったん機嫌を損ねると…」

 こうした証言は数多くありました。

「少しでも自分の気にくわない発言をした人をどう喝し、精神的に追い詰める手法をとっていた。町内で商売が追い込まれた人もいた」
(地元工事関係者)
「顔を合わせた際には、町に対して激高していた記憶があり、県や町、関電に対してはとにかく厳しい人だった。一方で、町民に対してはそのような顔を見せることはなく、二面性のある人だった」
(地元関係者)

原発増設時に何が

 森山氏と関西電力との関係は、なぜここまで深まったのか。
 関西電力の調査報告書では、次のように説明されています。

「昭和50年代に、高浜原発3、4号機増設の誘致や地域の取りまとめに多大な協力を受け、それ以降、原子力事業が円滑に進むように森山氏と良好な関係を築き上げてきた経緯がある」

関電さんのために

 きっかけになったとされる昭和50年代の高浜原発3、4号機増設へ向けた動き。
 森山氏が反対する地区の説得に奔走していた様子を、地元の80代の男性が詳しく話してくれました。

「ある晩、住民との話し合いの中で、森山氏が増設に反対する区長の1人から激しくどなられたことがあった。その時、いつもなら激高しかねない森山氏がじっと我慢して聞いていたよ。地元の区長に早く信頼してもらって収めないと、関西電力の原発増設が進まないと理解したんだと思う」

地域経済発展のために

 さらに、森山氏と関係があった地元の設備工事業者からはこんな証言もあります。

「人格的には俗にいう親分肌というか“先生お願いしますよこういうことしたいんですよ”と言うと力になれるものは力になってあげようという感じで、けっこう頼りがいのあるいい人でしたね」
「常におっしゃっていたのは“高浜町のため、地元のため”ということばで、地元にとっては欠かせない人だと思いますけど」

「相互依存」の果てに

 関西電力の報告書でも、「森山氏は常々『地域を大切にしてほしい』『地域経済の発展のために地元企業に発注してほしい』と述べており、この点は当社の地域共生の考え方とも合致していた」とあります。

 2005年には、美浜原発3号機で配管が破損し噴き出した高温の蒸気で5人が死亡した事故を受けて、関西電力がもともと大阪の本社にあった原子力の統括部門・原子力事業本部を、高浜町と同じ福井県の嶺南地域の美浜町へ移転。
地域共生」の名のもとで役員が地元に常駐し、関係がさらに深まります。

 一方で、その「地元企業」は、森山氏の息がかかった数社に限られていました。
 そうした企業から「手数料」として吸い上げたカネが、森山氏が関西電力幹部に贈った金品の原資となっていたとみられています。
 地元で多くの関係者の証言取材を積み重ねて見えてきたのは、こうした関西電力と森山氏の「相互依存」の構図でした。

「やっぱり関電は先生(森山氏)をものすごく都合よく使えたんちゃいますか。いろんな意味で関電にとっては使い勝手がよかったんちゃうかな。へんな言い方だけど」
(設備工事業者幹部)

 原発が立地する地元の区長を長年務めた、元町議会議員の児玉巧さん。
 今、まるで被害者のようにふるまう関西電力の姿勢に、強い違和感を感じていると言います。

「森山さんは確かにとんでもない人で擁護するつもりはない。しかし、関西電力が森山さんをずっと利用してきたのは事実だ。一方的な被害者のような顔をしているのはおかしい」
(元町議会議員 児玉巧さん)

 100人を超える関係者取材から見えてきた関西電力と森山氏の「相互依存」の構造。


[写真-1]森山栄治元助役

[写真-2]当時の役場

[写真-3]田中通元町長

[写真-4]関西電力の会見(10月2日)

[写真-5]元町議会議員 児玉巧さん

NHK News Web、2019年10月23日 16時00分
“関西電力は森山氏の「被害者」なのか?”
(関西電力問題取材班)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191023/k10012144611000.html

 関西電力の経営幹部らに多額の金品を渡していた福井県高浜町の元助役が、原発関連の工事や警備を請け負う少なくとも3つの会社から多額の報酬を受け取り、この3社は関西電力から震災後の原発の再稼働に伴う安全対策工事などを受注して売り上げを大きく伸ばしていたことが関係者への取材で分かりました。
 多額の原発マネーが元助役の関係企業に集中する形になっていました。
 関西電力の経営幹部ら20人が福井県高浜町の森山栄治元助役から3億円を超える金品を受け取っていた問題をめぐっては、関西電力から原発関連の工事を受注していた「吉田開発」から工事受注などの手数料として元助役におよそ3億円が渡っていたことが明らかになっています。

 元助役は以前、原発関連の工事や警備を請け負う4つの会社に相談役や顧問などの形で関わっていて、「吉田開発」を含む少なくとも3つの会社から多額の報酬を受け取っていたことが関係者への取材で新たに分かりました。

 この3社は関西電力から震災後の原発の再稼働に伴う安全対策工事などを受注して売り上げを大きく伸ばしていて民間の信用調査会社や工事経歴書によりますと、このうち
▼ 元助役が相談役を務めていた兵庫県高砂市のメンテナンス会社は昨年度までの5年間で149億円あまりの原発関連の工事を受注していたほか、
▼ 元助役が取締役を務めていた警備会社は高浜原発の再稼働に伴う警備などを請け負い去年3月期に過去最高となる51億円余りの売り上げを記録していました。

 NHKの取材に応じた複数の地元業者は「元助役を通さなければ関西電力の仕事はもらえない仕組みになっていて震災後は安全対策工事が増え元助役の影響力はより強くなっていた」と証言しています。

 これについて関西電力の元幹部は「震災後に安全対策工事が急増する中で地元業者を掌握する元助役と密接な関係を築けば原発運営はうまく行くし工事もスムーズに進むと考えたのではないか」と話していました。

 関西電力はこれまで原発の立地地域への配慮を理由に「発注のプロセスや契約額は適正だった」と説明していますが、弁護士などで作る第三者委員会は工事の発注などに問題がなかったか改めて調査する方針です。

原発マネー どのように流れたか

 関西電力は震災後の新たな規制基準に対応し原発を再稼働させるため、これまで高浜原発だけで5457億円の安全対策費を投じています。

 森山元助役は以前、少なくとも4つの会社で相談役や顧問を務めていましたが、こうした会社は原発の再稼働に伴う安全対策工事などを受注し売り上げを大きく伸ばしていて、多額の原発マネーが元助役の関係企業に集中する形になっていました。

 このうち元助役におよそ3億円を渡していた「吉田開発」は震災後の安全対策工事などを受注して急激に売り上げを伸ばし、関西電力からの工事の受注額は昨年度までの5年間で64億円余りに上っています。

 また元助役が長年、役員を務めていた兵庫県高砂市の会社は関西電力や子会社から高浜原発の重要機器のメンテナンスなどを受注し原発関連の工事の受注額は昨年度までの5年間で149億円あまりに上っていたほか、元助役が取締役を務めていた高浜町の警備会社は関西電力から高浜原発の再稼働に伴う警備などを請け負い、去年3月期に過去最高となる51億円余りの売り上げを記録していました。

 このほか元助役が顧問を務めていた福井市の警備会社も高浜原発の再稼働に伴う警備などを請け負って年々売り上げを伸ばし、ことし3月期の売り上げは112億円に上っています。

新証言1:地元業者は

 NHKの取材に応じた複数の地元業者は「森山元助役を通さなければ関西電力の仕事はもらえない仕組みになっていた。震災後は安全対策工事が増え元助役の影響力はより強くなっていた」と証言しています。

 ある地元建設業者は「元助役は関西電力に顔が利くフィクサーのような存在で地元の建設業者は『森山詣』のような形でみんなあいさつに行っていた」と話していたほか、別の業者は元助役に頼んで原発関連の仕事を請け負った経験があると明らかにしたうえで「森山元助役が関西電力に口利きし本来、受注できない仕事を回してもらった。ものすごくありがたかった」と話していました。

 さらに別の業者は「関西電力から工事を受注したら森山元助役に受注額の一部を手数料として支払うことが慣例になっていた。盆暮れには元助役の運転手が地元業者を回って集金していた」と証言しています。

新証言2:関電の元幹部は

 NHKの取材に応じた関西電力の元幹部は「震災後に安全対策工事が急増する中で地元業者を掌握する森山元助役と密接な関係を築けば原発運営はうまく行くし工事もスムーズに進むと考えたのではないか」と話しています。

 また別の元幹部は「特定の有力者を抑えれば地元を掌握できるという非常に安易なアプローチに関西電力は逃げ込んでしまったのではないか。1人の機嫌を損ねたら原発運営がうまく行かなくなるというのは地元軽視だ」とこれまでの対応を批判しています。

新証言3:地元の県議は

 森山元助役を知る福井県の石川与三吉県議会議員がNHKの取材に応じ、「私は断ったが、関西電力の仕事を請け負いたい業者から森山元助役への口利きを依頼されたことがある」と明らかにしました。

 そのうえで石川県議は「原発を増設するために地域の理解を得るという難しい役割を森山元助役が果たし、そのおかげで関西電力は何のブレーキもかけずに原発を誘致することが出来た。関西電力にとって森山元助役は『生き神様』のような存在だったのではないか」と話していました。

関電 岩根社長「再稼働に重大影響」

 森山元助役との不透明な関係が続いた理由について関西電力の岩根茂樹社長は今月2日の記者会見で「震災後に大規模な安全対策工事が進む中で、地元の有力者である元助役との関係悪化を避けたかった」などと説明しました。

 関西電力が公表した調査報告書にも原発の再稼働に向けて森山元助役の存在を強く意識していた実態が記されています。

「森山氏のような地域の有力者がいったん反対に回ると原発運営や再稼働に重大な影響を与えるおそれがある」

「森山氏の機嫌を損ねると森山氏が地域での様々な影響力を行使し発電所運営に支障を及ぼす行動に出るリスクがある」

「とりわけ東日本大震災後、原発の早期再稼働を実現することが喫緊の課題となり、各発電所において大規模な安全対策工事を進展させる中で森山氏への対応の頻度は多くなっていった」

 こうした中、関西電力はおととしまでの4年間に原子力事業本部が「吉田開発」に発注した7割以上の工事で、工事の概算額などの情報を元助役に伝えていたことなどが明らかになっていますが、関西電力は原発の立地地域への配慮を理由に「発注のプロセスや契約額は適正だった」と説明しています。

第三者委員会 調査のポイント

 関西電力は今月、元検事総長の但木敬一弁護士(*)をトップとする第三者委員会を設置しました。
 第三者委員会は、
▼ 森山元助役からの金品の授受について時期や対象範囲を広げて調査するほか、
▼ 関西電力が「適正だった」としている工事発注のプロセスや発注額について問題がなかったか、
などを改めて調べる方針です。

 調査結果をまとめる時期について関西電力は、年内を期限として要望していますが、第三者委員会は、「中途半端な段階で調査を打ち切ることはできない」として、必ずしも期限は約束できないという認識を示しています。

専門家「関電は時代を読み違えた」

 原発と地域経済の関係に詳しい東洋大学の井上武史准教授は、「電力会社が地域との共生のために原発関連の工事を地元の企業に発注する仕組み自体には問題はないが、今回は1人の有力者の関係企業に工事が集中しすぎていた。1人の人物に頼らざるを得ない状況はまずいと言うことに早く気づくべきだった」と話しています。

 そのうえで「震災後、原発への国民の信頼が揺らいでいる中で地元の理解だけを得れば原発を動かせる時代ではなくなっているのに、関西電力は相変わらず地元同意だけを優先し時代を読み違えていたのではないか。今回の問題で原発への信頼がさらに低下し、今後の推進に大きな影響が出てくることも考えられる」と指摘しています。

専門家「すべての原子力施設で起きる可能性」
 
 利権構造がもたらすリスクについて原子力政策に詳しい多摩大学大学院の田坂広志名誉教授は、「不透明なお金の流れの中で利権の関係が生まれると、自治体が原発に関わる判断をする場合、例えば再稼働などの安全性の判断においても、公正で適切な判断ができなくなるおそれがある」と指摘しています。

 さらに「電力は生活インフラとして欠かせず、電気料金は税金と同じようなもの。本来であればどのように使われているか国民に対し、透明性がしっかりと確保されているべきだ」と話しています。

 そのうえで「こうした問題は、関西電力だけでなくほかの電力会社、また原発だけでなく放射性廃棄物の施設など、すべての原子力施設で同様に起きる可能性がある。今回の問題をきっかけにして、原子力業界は体質を含め、徹底的な改革を行っていくべきだ」と指摘しています。


NHK News Web、2019年10月23日 19時04分
多額の原発マネー
元助役の関係企業に集中する形に 関電問題

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191023/k10012145531000.html

(*)「元検事総長の但木敬一弁護士」

 原子力ムラとよばれるこの国の支配層は本当に腐りきっている。
 安倍政権、甘利、世耕が福島原発事故後に、「原発は安い」との虚構で始めた原発輸出は全て失敗し、東芝を破綻させた。
 その裏で、関電の安全無視の再稼働がセコウ、イナダへのキックバックで行われた。

 第一次アベからアソウ内閣で、収賄ゼロで原発安全管理の佐藤栄佐久福島県知事を「国策逮捕」と起訴、失職させた四人組。
 検事総長但木敬一、最高検公安部長小林敬、担当検事が前田とパンチ森本(現東京地検特捜部長)。
 村木事件でも証拠でっち上げした(結局、郵便不正事件で厚生労働省の村木厚子さんの無罪が2010年9月21日、確定)。
 関電調査でぞろぞろ。

 松井、橋下、吉村、音喜多の4人組が福島汚染水を「大阪湾」「道頓堀でも中之島でも」に放流といってから、何の具体案も出せず逃げて1ヶ月。
 千兆ベクレルの汚染水を「呪いを解くための儀式」程度の認識で、福島でも放流せよとの恫喝だった。
 関電は国会調査もなし。

 安倍内閣は、原発安全をめざした佐藤栄佐久福島県知事を森本、前田の国策検事コンビに「収賄金額ゼロ」で逮捕させる。
 前田は小林敬検事正の下、前代未聞の証拠改ざん。
 森本は安倍の守護神となり、小林は関電調査委員長になる。
 公安検察国家が腐敗の雪だるまだ。

 原発マネー還流で関西電力の豊松秀己元副社長が、大阪の歓楽街・北新地の高級ラウンジで月500万円の現金払いで豪遊。
 豊松氏の受領額は1億1千万円をこえる。
 庶民の電気代を飲み食い遊び。
 これを元最高検察庁公安部長の調査委員会は問題ないと。
 これが第三者調査か?


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2019年10月23日

片山杜秀「“束ねられる”ファシズム化」

この国は再びファシズムに侵されている――。
現実を鋭く分析した思想史研究者、佐藤優氏、片山杜秀による対談集『現代に生きるファシズム』(小学館新書、2019年4月)が話題だ。
第1次世界大戦後のイタリアで生まれたファシズムはヒトラーのナチズムとも、中国や北朝鮮の全体主義とも、ロシアのそれとも違う。
権力によって民衆が「束ねられている」状態を指すという。
7年に迫ろうとする安倍1強政治の下、この国はどう変わっていったのか。
片山杜秀氏に直撃インタビュー。

◇ ◇ ◇
― ファシズムはどの程度まで進んでいますか。

 数字で示すのは難しいですが、かなりファシズム的状況にあると言っていいと思います。
 独裁政党こそありませんが、野党は与党に似たり寄ったり。
 保守主義的で、資本主義の延長線上に立って「この国をもう一度豊かにします」と幻想をうたっている点では、共産党以外の野党は与党と変わらない。


― 国民に選択肢がないと?

 自動的に大政翼賛会化しています。
「55年体制」のような与野党のイデオロギーの差異がない。
 思想や政策に十分な相違がないとすれば、有権者は同じことをやるなら経験を積んでいる政党の方が安全と考える。
 だから、安倍首相が面目を失うことがあっても、「悪夢のような民主党政権」とリフレインすると、一定数の国民がリセットされてしまう。
 現政権の方がマシだと考えて、失敗が棒引きになる。
 左派が警戒する憲法改正などしなくても、戦後民主主義の常識とは異なるフェーズに入っていることを深刻に認識する必要があります。


■ 没落する中間層が“希望の星”にすがりつく

― ファシズムは全体主義と混同されやすいですが、「特定の政治や経済の体制を呼びならわす言葉ではないと考えるべき」「体制論ではなく情況論の用語」と指摘されています。

 個を原則的に認めないのが全体主義で、個のスペースが幾分なりとも保障されているかのような幻想を与えるのがファシズムと言えばわかりやすいでしょうか。
 みなさんを自由にするため、夢を取り戻すため。いっとき不自由になっても我慢して下さい。
 これがファシズムのやり方です。
 しばしば不自由のままで終わるのですが。
 同質化までは至らず、「束ねる・束ねられる」ことをたくさん感じているときがファシズム的状況と言えるでしょう。
 ファシズムは社会主義か自由主義かで割り切れない。
 変幻自在に形を変える。
 精神論や右翼的な旗印が有効であれば、それをトコトンやる。
 国民の団結を保つために社会主義的施策が有用であれば臆面もなくやる。
 理屈は抜き、束ねられれば手段を問わないのがファシズムです。


― 右派に支えられる安倍政権が教育無償化などの福祉政策に走るわけですね。一方、国民が「束ねられてもいい」と考えるのはどういう背景が?

 資本主義の危機の時代に没落する中間層の“希望の星”としてファシズムが現れるからです。
 典型例はワイマール共和国時代のナチス支持者、トランプ米大統領に熱狂するラストベルトの白人労働者。
 もっと豊かになるはずだったのにどうもおかしい、社会のせいでうまくいかない、と感じている階層です。
 日本も似たような状況です。
 就職先は終身雇用で、何歳で結婚して子供を何人つくって、何歳までにマイホームを持って……といった従来の生活モデルが崩れた。
 そうすると、自由を少しばかり差し出しても、みんなで束ねられることで助け合い、危機的状況を乗り切ろうという発想になる。
 自由を取り戻すステップとして、束ねられることが必要だという思考に入っていきます。


■ 3.11でフェーズが変わった

― ターニングポイントはいつですか。

 3.11 でしょう。

 冷戦構造崩壊後、そういうフェーズに入っていく流れはありましたが、3.11が決定的だと思います。
 この経験でフェーズが変わってしまった。
 日本が災害大国だという認識は共有されていましたが、政府は対応可能な防災計画を立て得ると説明し、国民の不安を打ち消してきた。
 ところが、東日本大震災では日本列島全体が揺れ動き、原発事故はいまだに収束しない。
 その後も各地で地震が頻発している。
 南海トラフ地震のリスクもある。
 いつ巨大災害に襲われても不思議ではない状況をウソとは言えない。
 地震予知は不可能だとオフィシャルに認めている状況下で、われわれは明日をも知れぬ身で生きている。
 2011年以降、日本人は刹那主義と虚無主義に陥ってしまいました。
 真面目に考えても対応できない災害と隣り合わせで暮らしているわけですから。


― 危機感の点で言うと、安倍政権は一時は中国包囲網に躍起になり、核・ミサイル開発に猛進する北朝鮮を“国難”と呼び、足元では韓国と対立を深めています。

 内政で国民に対する訴えかけが弱くなると、外に向かうのは歴史が物語っています。
 富の再分配といった社会主義的政策で国民のガス抜きをするには、経済成長が必須。
 それができない場合は非常時の持続が有効に働く。
 北朝鮮がミサイルを発射するたびに「Jアラート」を作動させれば、5年や10年は簡単にもってしまう。


― 刹那主義、虚無主義、対外的緊張が重なればますます思考停止です。

 リアルに考えれば、この国は経済成長しないかもしれない、貧富の格差が拡大するかもしれない、社会保障はますます削られていきそうだ……。
 安倍政権が夢物語を喧伝しても、不安は払拭されない。
 さらに、「AI社会」になれば人間は不要とされかねない。
 しかし、こうした問題が国民的議論に結びつかないのは、安倍政権がだましているからというよりも、国民が厳しい現実から目をそむけているからです。
 国民の気分も問題なのです。
 なぜかというと、現実を直視しても解決のしようがないから。
 こうして刹那主義や虚無主義が増幅され、便乗したファシズムのオポチュニスト(ご都合主義者)的な部分がかぶさってくる。
 世論ウケのいい政策を次々に打ち上げ、中途半端なまま別のテーマに移っていく。


― 本来は、いい加減な政治に対する国民の怒りが爆発する局面です。

 声を上げ続ける人は少数派。
「実現不可能なことでも言ってくれるだけでうれしい」というレベルまで国民の思想が劣化していると思います。
 お上はうまく統制するため、下から文句が噴き出ないようおべんちゃらを言う。
 それを期待する国民感情がある。
 上下の平仄が合っている怖さがある。
「おかしい」と訴える人の声は、「平仄が合っているんだからしょうがない」と考える人のニヒリズムにかき消される。
 原発事故への対応、反応もそうです。
 嫌な話を聞いても解決できないし、東京五輪の話題で盛り上がった方がいいという雰囲気でしょう。
 元号が変わった、新しい時代を迎えた、お札も変わる、それぞれの花を大きく咲かせることができる……。
 そんなことで内閣支持率が上がる。
 政府の考えと国民の求めが無限にかみ合っている。終末的ですね。


■ サンダース目線の民主社会主義的発想が必要

― 流れを変える手だてはないのでしょうか。

 仮に安倍政権が倒れても、世の中がガラリと変わることはないと思います。
「決められない政治」を否定した結果、政治主導の名の下に内閣人事局が設置されて官僚は生殺与奪権を握られ、官邸は霞が関の情報を吸い上げて権力を肥大化させ、戦前・戦中にはなかった強力なファシズム体制を敷いた。
「決められる政治」の究極の形態を実現したのです。
 唯一可能性があるとしたら、来年の米大統領選に再挑戦するバーニー・サンダース上院議員のような民主社会主義的な発想を広げることでしょう。
 人権を擁護し、ファシズム的なキレイごととは一線を画す社会を目指すのです。
 最大多数の国民がなるべく束ねられずに、しかし助け合って生きていく。
 人間社会の当たり前の理想を思想的にハッキリ表明する政党が大きな形をなさないとまずいでしょう。
 難しいですが。


― 民主社会主義的なプランを掲げる政治勢力が必要だと。

 高度成長が再現できれば、新たな政策実行にいくらでも予算が付き、昔ながらのパイの奪い合い政治でも結果オーライでうまくいく。
 しかし、もはやそこには戻れないでしょう。
 戻れるかのような甘言に何となくごまかされているうちに、残された貯金すら減らしているのが今の日本ではないですか。
 この現実認識を持てるか持てないかです。
 本当の現実を思い知れば、民主社会主義的な目線で考えるしかないのではないですか。
 最大多数の国民の人権と暮らしが守られ、人間を見捨てない国を目指すサンダース目線の政治が必要でしょう。


※ 片山杜秀(かたやま・もりひで)
1963年、宮城県生まれ。慶大大学院法学研究科博士課程単位取得退学。慶大法学部教授、教養研究センター副所長。音楽評論家としても活躍。著書「未完のファシズム」で司馬遼太郎賞受賞。元外務省主任分析官の佐藤優氏との対談シリーズ「平成史」「現代に生きるファシズム」の刊行を記念し、2019年6月24日午後7時から、東京・紀伊國屋ホールでトークショー開催。

[写真-1]
慶應義塾大学教授の片山杜秀氏

[写真-2]
2016年の所信表明演説ではスタンディングオベーション

[写真-3]
「公的医療保険制度は全国民に」と説く米民主党のバーニー・サンダース上院議員

日刊ゲンダイ、2019/05/20 06:00
日本は“束ねられる”ファシズム化が進んでいる
(片山杜秀、聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/254019

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3.11振り返り

2011.3.19(土)
[大地震発生から1週間が過ぎて]
1.名称。
 地震の名称ですが、メディアは「東北・関東大地震」としたようです。個人的には、「3.11日本大地震」「M9.0日本大地震」のようは名称の方がよいように思います。
2.原子炉の事故。
 福島原子力発電所が地震によってどういう被害を受けたのか、きちんとまとめた報道はなされていないように思います。
・ その場所の震度はいくつだったのか? その震度の揺れによって、原子力発電所の施設は、どういう被害を受け、どういう対応ができたのか?
・ 地震直後の津波は、原子力発電所のどこまで侵入したのか? またその侵入によって原子力発電所の施設・設備がどういう被害を受けたのか?
・ まとめて、地震と津波によって、原子力発電所の1号機、2号機、3号機、4号機、5号機、6号機その他の施設・設備はどういう状況に置かれたのか? そして全体としての被害の評価は?
 以上がきちんと報道されていないように思います。
3.現状
 現状を把握するためのデータにはどういうものがあるのか? モニタリング機能は、電源がないなかで、どこまで生きているのか?
4.終息
 どういう出口戦略をもっていま行動しているのか?
 たとえば、東北電力からの電力線の引き込みがうまくいったとして、その後は、どういう対応になるのか? 期間はどのくらい?
 最悪の事態があった場合、どういう処置が行われるのか? 住民のEvacuation はどの範囲になるのか、どのくらいの期間になるのか?
 以上、最善と最悪のふたつの場合だけあげましたが、その中間に多くの段階があるでしょう。あまり複雑にする必要はないでしょうが、3,4,5通りに分けて、きちんとした出口戦略の見通しが説明されるべきでしょう。

2011.3.25(金)
[こういうときには雑誌メディアを]
 被害の実態も事故の実態も簡単にはつかめない。報道が局所的になるのは仕方がないとはいえ、全体として物事を捉える視点が背後になければなりません。
 その全体に迫るためには、活字メディアの方がふさわしい。家事のあいまに、2冊の週刊誌を買ってきて読みました。『週刊東洋経済』(2011年3月26日号)と『週刊文春』(2011年3月31日号)です。
『週刊文春』は、特集が「御用メディアが絶対に報じない東京電力の「大罪」」。
 東電の基本的な問題点は、多くの人に見えていると思います。原子力は、巨大利権です。電力会社、原子炉製造会社、政府と関係官庁(とくに経済産業省)、御用学者にマスメデア。利権を分けあっているところは、仲良くします(癒着)。
 福島の原子力発電所が、今回の地震・津波以前にも、トラブル続きだったことが明らかにされています。140頁。
 1998年12月、第1原発高温焼却炉の建家にある低レベル放射性廃棄物ドラム缶炎上。 
 1999年1月、第2原発の廃棄物処理建家から出火。
 2002年8月以降、原子炉に関するデータの改竄。
 2010年6月17日、第1原発の2号機、電源喪失、水位低下発生。(15分間停電)。(24頁)

 24頁では、共産党議員(京都大学原子工学科出身の吉井英勝代議士)の質問が紹介されています。
 非常用ディーゼル発電器が3系統準備されているから安全だという政府・東電に対して、4系列の非常用ディーゼル発電機が備えられていたスウェーデンの原発が事故で2系統が止まるとその影響で残りの2系統も止まった事例をあげ、そうした場合どうするのか?質問したそうです。 
 個人的には、今回の事故で非常用ディーゼル発電機が3系列失われ、非常用電源が失われたということにびっくりしました。何と言っても原子力です。人間が手をつけるべきだったかどうかが問題になるぐらいやっかいなものです。3重、4重に対策がとられているものだとばかり思っていました。想定していなかった津波でディーゼル発電機3系列が同時に失われて、それで終わり、という事態はほんとうにびっくりです。すくなくともディーゼル発電機3系列が動かなくなったときに備えて、別種の非常用電源があるのだとばかり思っていました。

→ 2011.3.26
 ウェブで検索をかけていて、ウォールストリートジャーナルに「過去にもトラブル続きだった福島第1原発」(2011年3月22日)があることを見出しました。
 原子力の専門家による記事ではなく、ジャーナリストによるものですが、ソースの明示と分析があります。ソースは、「原子力安全基盤機構に提出された事故報告書」です。分析結果は、「データが入手可能な2005年〜2009年の5年間」で福島第一原発の事故率が大規模原発のなかでは一番高かったとしています。
「福島の3号機はプルサーマル」(2011/3/22)には、プルサーマルが日本語(和製英語)であること、3号機ではそのプルサーマル燃料すなわちMOXが使われていること(全体の548個のうち32個)も記されています。
 この記事を読んではじめて、テレビで見る福島原発の模型や模式図で不思議に感じていた点が解明されました。
 燃料プールの様子が腑に落ちませんでした。実は妻にもこの点を質問され、水の中から水のなかへ空気中に出すことなく移せるからいいんじゃないと答えましたが、自分自身で納得はできていませんでした。ウォールストリートジャーナルの記者に敬意を表してそのまま引用します。

「4号機で起きたことは、定期検査時の停止中に原子炉内のすべての燃料をプールに移送する「全炉心取り出し」という、日本で広く行われている慣行の危険性を露呈した。」

[災害緊急事態]
 福島の原発に関しては、緊急事態が宣言されています。しかし、今回の地震・津波に関しては、「災害緊急事態」宣言(布告)がなされていません。「計画停電」という名の「無計画停電」が終了するまで、東電は国の直接の支配下に置くのがよいと思いますが、そうした措置はなされていません。今回の震災で「災害緊急事態」を宣言しないで、いつするのでしょうか?
 22日午前の参議院予算委員会で、このことを質問した議員がいますが、「内閣府の小滝晃参事官はこうした措置の実施要件を同法が「国会閉会中」と定めていると指摘し」たとあります。
 災害対策基本法105条は次のようにあります。
「第105条 非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる」

 そして、第106条に次のようにあります。
 「(国会の承認及び布告の廃止)
第106条 内閣総理大臣は、前条の規定により災害緊急事態の布告を発したときは、これを発した日から20日以内に国会に付議して、その布告を発したことについて承認を求めなければならない。ただし、国会が閉会中の場合又は衆議院が解散されている場合は、その後最初に召集される国会において、すみやかに、その承認を求めなければならない」
 閣議で決し、国会の承認を求めなければならない、とありますが、「国会閉会中」なんてことは定めていません。とても不思議です。
 このあたりのことがわかる方がいらしたら是非お教えください。

2011.3.28(月)
 日本の原子力政策史の第1人者は、九大の吉岡斉氏だと思われます。今回の事故に関する吉岡氏の見解を知ろうと思い、ネットで検索をかけてみました。地元(福岡)のテレビでは話をされているようです(直接関係はしませんが、副学長となられているようです)。しかし、放送媒体でも活字媒体でも直接的なものを見つけることはできませんでした。
 MLでヘルプを求めると、田中氏が、東京新聞2011年3月18日夕刊の記事「「福島原発震災」をどう見るか」を送ってくれました。
「東京電力や経済産業省原子力安全・保安院でさえ、真相を把握していないだろう。原発事故の真相をつかむには、わずかのモニター装置からの情報では不十分なのである。」とあります。そうだと思われます。データの隠蔽と言うよりも、彼ら自身把握できていないと見るべきでしょう(隠蔽体質がないとも、今回隠蔽がないというわけではありません。下に見るように事故データの改竄さえも行っています)。

→河野氏が朝日新聞3月25日付「オピニオン」を送ってくれました。「原発賠償 国は負担するな」と題します。結論部分だけ引用します。
「原発は、事故や災害が起きれば多数基が一度にダウンし、運転再開までに時間がかかるので、電力供給不安定を招きやすい。その可能性は前々から指摘されてきたのに、原発を作り続けてきた責任は重大だ。・・・天災によるやむをえない面はあるが、本質的にエネルギー政策の誤りであり、電力会社の誤りでもある」
 ウェブの資料としては、「東京電力原子炉損傷隠し事件」2002.9.20 があります。今回の事故の前提条件として意味のある情報を含んでいます。
 ほかにもいくつかあります。

2011.3.31(木)
[計画停電をやめさせよう」
 ウェブではもう有名人だと思われますが、現役の国会議員でただひとり、原子力工学の専門家(京大の工学部原子核工学科出身)がいます。共産党の吉井英勝議員です。「日本共産党 吉井英勝オフィシャルホームページ」というサイトがあるので読んでみました。
 「福島原発事故や「計画停電」、ガソリン・灯油の需給状況などに関して」「基礎的な資料を公表させるべきだ」と求めたとあります。政府はすぐに基礎データを提供する、あるいは提供させるべきです。具体的には、
「1) 原発の破損状況や情報収集衛星の撮像データ、
 2) 原子力安全委員会による放射性物質拡散状況の試算データ、
 3) 東京電力の発電設備出力など計画停電の是非を検証する根拠データ」などです。
 大学が昨日開いた説明会では、夏場には(計画されていない)広域停電がありうるという前提で話を進めていましたが、大きな違和感を感じました。(危機が続く間は)そういうことにならないように、民間の協力を得つつ、政府がきちんと管理すべきだと思います。
 今東電が行っている「計画停電」は、総理の了承があるので、違法行為ではないでしょうが、不法行為に近いと私には感じられます。基礎データを公開して、どういう工夫がありえるかを討議すべきです。そして、仮に、どうしても「計画停電」が必要だとなった場合でも、特定の地域に負担を押しつけるのではなく、(政府機関や医療機関等はずすべきところははずして、あるいは十分なバックアップを準備して)きちんと計画的に遂行すべきです。直前まで実施するのかしないのかわからないというのは最悪の選択です。
 東電の担当者(たぶんチームでしょう)が何を考えているのかまったく不思議です。官邸がこういうでたらめを放置しているのも不思議でなりません。
 ウェブで検索をかけてみると、河野太郎氏の公式サイトに「自民党有志と環境エネルギー政策研究所(ISEP)の勉強会」の結論として、「無計画停電は必要ない」と断言されています。
 非常事態です。党議拘束をはずし、協力すべきだと思います。  
 マスメディアが「環境エネルギー政策研究所」の出したレポートを取り上げないのがほんとうに不思議です。
 河野氏の見解を引用しておきましょう。
「経産省と東京電力は、需給調整契約の内容や発動状況などの情報を意図的に隠蔽しているが、もはや電力需給に関しては、東電に任せておける状況ではなく、政府が対処すべき問題である」
 契約内容が公表されていない以上、推測しかできませんが、契約内容に不都合な点があると考えざるを得ません。
 現役の国会議員がはっきりと指摘しているのに、大手のメディアが取り上げないのは責任問題だとさえ言えるでしょう。

2011.4.5(火)
 昨日届いた『科学史研究』(2011年春号)ですが、タイムリーな記事が載っています。吉岡斉「原子力政策の事例分析」pp.47-49です。 
 シンポジウム「科学技術政策は変わるか―政権交代記の科学技術史―」のひとつとして掲載されているので、短いのですが、日本の原子力政策史の第一人者の手になるまとめです。非常に的確な指摘がなされていると思います。

「今までの日本の原子力政策は「国家安全保障のための原子力」の公理のもとで進められてきた。・・・日本は核武装を控えるが、核武装のための技術的・産業的な潜在力を保持するために、あらゆる種類の機微核技術 SNT (Sensitive Nuclear Technology) ―核兵器開発への転用効果の高い一連の技術、ウラン濃縮、核燃料再処理、高速増殖炉などを代表格とする―を開発・保有し、それを日本の安全保障政策の不可欠の部分とすることである」p.47

 これが日本の原子力政策の根本的前提です。この前提のもと、「利権を有するステークホルダー―所轄省庁、電力業界、政治家、地方自治体有力者の四者を主な構成員とする。これにメーカー、原子力関係研究者を加えた六者としてもよい―の間でのインサイダー利害調整のもとづく合意にしたがって、原子力政策が決定されてきた」p.47

核の四面体構造」と呼ぶそうです。

 ウェブに次の資料があります。
 原子力安全基盤調査研究「日本人の安全観」(2002(平成14)年度〜平成16年度)報告書
 Research Survey Report of Nuclear Energy Safety "Japanese Safety Views" (2001-2003), Funded by the Japan Nuclear Energy Safety Organization,
 東洋大学、2005年3月、第3章が「「原子力の安全観」に関する社会心理学的分析―原子力安全神話の形成と崩壊―」です。科学技術史的には甘いところが散見されますが、それ自体非常に興味深い論点を提示してくれています。執筆者は、関谷直也氏(東京大学情報学環)です。
 個人的には、「日本人の核アレルギー」というのは神話ではないかと思っていましたが、その点がほぼ裏付けられました。

吉本秀之(東京外国語大学教授、科学思想史)
原子力と検閲、2011-2015
http://hyoshimoto.html.xdomain.jp/Nuclear.html

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東電旧経営陣無罪

<原発事故「無罪」>(上)
(この連載は、小野沢健太が担当します)

 未曽有の被害をもたらした原発事故の刑事責任について、司法は「無罪」と判断した。
 東京電力福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された勝俣恒久元会長(79)ら東電の旧経営陣三人に対する刑事裁判。
 本当に事故は防げなかったのか。刑事裁判が開かれた意義を考える。 

 「被告人三人は、いずれも無罪」

 2019年9月19日午後1時15分、永渕健一裁判長が読み上げる判決主文が、東京地裁の法廷内に響いた。
 証言台の前に並んだ勝俣元会長、武黒一郎元副社長(73)、武藤栄元副社長(69)の3人は判決が言い渡されると、そろって裁判長に向かって一礼。
 被告人席に戻った武藤元副社長は、着席と同時に軽く二度うなずき、二人は硬い表情を崩さなかった。

 無罪判決の一報を伝えようと、記者たちが一斉に席を立ち上がり慌ただしく出て行く。
 傍聴席からは「うそー」という叫び声が上がり、あちこちからため息が漏れた。

「(旧経営陣に津波対策の方針が了承された、とする元社員の供述調書は)推測で述べている可能性があり、疑義がある」

「(対策を指示しなかった)3人の対応は特異なものとは言えない

 永渕裁判長が、検察官役の指定弁護士側の主張を次々と否定していく。
 争点となっていた「最大15.7メートルの津波が原発を襲う可能性」を示す試算結果についても、その根拠となった国の地震予測「長期評価」について「事故前の時点では、十分な根拠を示していたとは言い難い」と信頼性に疑問を投げかけた。

 これまでの公判で、部下から試算の報告を受けながら対策工事などを指示しなかった武藤元副社長は、検察官役の指定弁護士から「対策の先送りだ」と批判されると「心外だ」と色をなして反論。
 武黒元副社長も試算通りの津波を想定しなかったのかと問われ「仮定の話に意味はない」と不快感を示し、勝俣元会長も「技術的なことは分からない」といら立ちをあらわにする場面があった。

 この日、裁判長が「長期評価の信頼性には限界があった」と読み上げると、それまで眼鏡を外してメモを取っていた武藤元副社長は軽くうなずき、顔を上げて勝俣元会長、武黒元副社長の様子を確認。
 再び眼鏡をかけ、深々といすの背にもたれ掛かった。
 勝俣元会長は、判決を読み上げる裁判長の姿を見つめ、武黒元副社長はうつむいたままだった。

 約2時間40分間続いた判決の読み上げの終盤、永渕裁判長は「事故前は、絶対的な安全確保は求められていなかった」とした上で、「3人の罪は認定できない」と締めくくった。

 裁判長が閉廷を宣告すると、3人は遺族もいる傍聴席には目を向けず、立ち止まることもなく、無表情のまま法廷を後にした。

「こんなの間違っている」

 傍聴人の悲鳴が、法廷にこだました。
 

[図表]
東電の無責任.jpg

東京新聞・朝刊、2019年9月20日
判決に表情変えず
遺族ら「うそー」悲鳴

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201909/CK2019092002000175.html

<原発事故「無罪」>(中)

 門扉を覆い隠すように雑草が生い茂っていた。
 2011年3月の東京電力福島第一原発事故後、避難が困難を極め多数の死者を出した福島県大熊町の「双葉病院」周辺は、時が止まったようにひっそりとしていた。

 原発から約4.5キロ、町の許可がなければ立ち入れない帰還困難区域を9月上旬に訪れた。
 病院は入り口も中庭も雑草ばかり。
 約300メートル離れた系列の老人介護施設「ドーヴィル双葉」の玄関内には、パンクした自転車や車いすが無造作に放置されているのが見えた。

 道路脇の茂みの放射線量は毎時0.89マイクロシーベルト。
 東京都内の30倍だった。
 入院患者らは当時、今よりはるかに高かった線量から逃れようとして命を落とした。

 事故時、両施設には計436人が入院や入所をしていた。
 医療設備のない観光バスで9時間半の移動を強いられるなどしたお年寄りたち。
 44人を死亡させるなどしたとして業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣3人は2019年9月19日、東京地裁で無罪判決を受けた。

「あのとき違った行動をしていれば」

 病院の向かいに住んでいた片倉勝子さん(77)=同県いわき市=は今も自責の念にかられる。

 地震の翌朝、避難を呼びかける町の防災無線を聞き表に出た。
 かつて看護師として勤めていた双葉病院の様子が気になり、玄関に向かうと、元同僚が慌てふためいていた。
 人手が足りていないと思い、「じゃあ私、手伝うわ」と声を掛けたが、「構わず避難して」と強く言われ、その場を後にした。

 それから数ヶ月後。
 一時帰宅した片倉さんは、病院前の路上に多くのベッドが置きっ放しになっているのを目にした。

「寝たきりのお年寄りたちが、こんな場所で避難バスを待つしかなかったなんて」

 涙が止まらなかった。

「病院に残って看護に当たっていれば、少しは違う結果になったかもしれない」

 立ち去ってしまったことへの後悔が消えない。

 病院から約2キロ離れた商店街。
 ガラス窓が割れた店舗が並ぶ中、シャッターが閉まったままの「かんの精肉店」があった。

 この店を営んでいた菅野正克さん(75)=水戸市=は、事故時に双葉病院に入院していた父健蔵さん=当時(99)=を長時間の避難の末に失った。

 判決公判を傍聴した菅野さんは、「旧経営陣の三人は『無罪は当然』という表情だった」と振り返る。
 旧経営陣は公判で、「知らない」「覚えていない」と繰り返した。
 菅野さんは「東電の無責任体質がよく分かった。刑事裁判が開かれた意義は大きい」と皮肉る。

私はおやじも古里も失った。それなのに事故を起こした張本人は誰も責任を取らないなんて、おかしいよ


[写真]
雑草が茂った双葉病院の入り口=福島県大熊町で

東京新聞・朝刊、2019年9月22日
後悔と怒り今も
双葉病院「東電 無責任体質分かった」

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201909/CK2019092202000114.html

<原発事故「無罪」>(下)

「やっぱりあるじゃないか」

 東京電力福島第一原発事故の避難者らが東電や国を相手取った損害賠償請求訴訟の代理人、栗山博史弁護士は今春、東電の旧経営陣3人が強制起訴された刑事裁判の記録を仲間の弁護士から見せられ、驚いた。

 民事訴訟の過程で、津波対策関連の報告資料がないか尋ねた際、国には「ない」、東電には「必要ない」と突っぱねられていた

 しかし、刑事裁判の証拠の中には数値や図面も載った詳細な報告資料があった。

「東電や国は都合の悪い資料を隠そうとしてきたが、刑事裁判になったことで検察当局が収集した証拠が公になった。公判が開かれた意義は大きい」と語る。

 複数の避難者訴訟を担当する林浩靖弁護士は、刑事裁判の証拠が訴訟の「武器」になると思い、訴訟の当事者として東京地裁から、東電社員らの証人尋問調書などを取り寄せた。

 刑罰を科すかを審理する刑事裁判は、紛争解決を目的とした民事訴訟よりも厳格な立証が求められるため、証拠も詳細になる。
 林弁護士は「東電の社内では津波対策が議論されていたにもかかわらず、何も対策を取らなかったことが刑事裁判で明らかになった。悪質性は高く、賠償責任が今までよりも重く認定される可能性がある」と期待を寄せる。

 千葉県南房総市の石井優(ゆたか)さん(72)は、仙台地裁で審理されている集団訴訟の原告。
 自身の訴訟で、東電と国の責任を明らかにしたいと強く思っている。

 千葉県で教諭として働いていた石井さんは退職後、自然に囲まれた暮らしを望んで、夫婦で福島県富岡町に移住した。
 近所の人は温かく、用事がなくても遊びに来てくれた。

「庭仕事も楽しく、すっかりなじんじゃってね」

 しかし、新たな古里は原発事故であっけなく失われた。

 事故後は夫婦で各地を転々。
 知人を頼って仙台市に避難していたとき、訴訟に加わった。
 弁護団は、避難生活による損害のほか「ふるさと喪失」に対する慰謝料も求めている。

 今月9月9日未明の台風15号で、自宅は10日間にわたって停電した。
 猛暑の中、エアコンが使えず、エンジンをかけた車の中で過ごす不自由な生活が続いた。
 東電は当初、停電は早期に復旧する見通しを示していたが、何度も延期し、そのたびに被災者を落胆させた。
「当事者意識が低く、見通しが甘い。原発事故から何も学んでいない」と憤る。

 東電の不誠実さは、刑事裁判での上層部の姿にもはっきりと表れていたと感じる。
 それだけに、無罪判決には納得がいかない。

「このまま責任逃れをさせてはいけない。刑事裁判で新たに分かったことを訴訟で突きつけ、私たち避難者や被災者のより一層の救済につなげたい」
 

[写真]
「東電の責任逃れは許さない」と話す石井優さん=千葉県南房総市で

東京新聞・朝刊、2019年9月23日
公判記録 民事の力に 賠償訴訟
避難者・被災者の救済期待

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201909/CK2019092302000117.html

 東京電力福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の勝俣恒久元会長(79)ら旧経営陣3人について、検察官役の指定弁護士は2019年9月30日、3人を無罪とした19日の東京地裁判決を不服として、東京高裁に控訴した。
 原発事故の刑事責任が経営トップらにあるのか、あらためて審理される。 

 指定弁護士は「地裁判決は巨大津波襲来を示す具体的な試算結果などを全く無視した。到底納得できない。このまま確定させることは著しく正義に反する」とのコメントを出した。

 ほかに強制起訴されたのは、原発の安全対策の実質的責任者だった武藤栄元副社長(69)と、その上司だった武黒(たけくろ)一郎元副社長(73)。
 指定弁護士は、いずれも禁錮5年を求刑し、3人は無罪を訴えていた。

 一審の争点は、海抜10メートルの原発敷地を超える津波を予見し、事故を防げたか。
 東電は事故前、国の地震予測「長期評価」に基づくと最大15.7メートルの津波が原発を襲うとの試算を得ており、指定弁護士は「3人は大津波を予見できた」と主張した。

 地裁判決は、長期評価の信頼性を否定し、「事故を防ぐには原発の運転を止めるしかなかった。3人には運転停止義務を課すほどの予見可能性はなかった」と判断した。
 3人は、大津波を予見できたのに対策を怠り、原発事故で避難を余儀なくされた双葉病院(福島県大熊町)の入院患者ら44人を死亡させるなどしたとして強制起訴された。


東京新聞・朝刊、2019年10月1日
東電旧経営陣無罪で控訴
指定弁護士「正義に反する」

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201910/CK2019100102000146.html

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2019年10月22日

即位礼

 天皇陛下が国内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」がきょう2019年10月22日、行なわれる。
 陛下と上皇さまから「費用は極力簡素に」との意向が示されたため政府は費用削減に取り組んだ。
 しかし費用総額は平成の代替わり時の前回と比べて3割増の163億円に上る見通しだ。

 政府が前もってこの日を「国民の祝日」とし、国事行為として巨額の公費を投じて全国的な祝賀ムードを演出することの意味を冷静に考える必要がある。

 この儀式で天皇陛下は天孫降臨神話に由来する玉座に立ち「お言葉」を述べる。
 首相ら三権の長は仰ぎ見る形で万歳を三唱する。
 新憲法下で初めて行われた前回、国民主権や政教分離の原則に反しており憲法違反―との指摘があった。
 しかし今回、十分な憲法論議がないまま前例を踏襲することとなった。

 前回は、明治後半期に制定し戦後廃止された登(とう)極(きょく)令(れい)を基に催された。
 皇室典範では皇位継承時に「即位の礼を行う」とだけ規定されているためだ。

 来月行われる大嘗祭(だいじょうさい)とともに即位儀式は、室町時代から江戸時代途中までの220年余りは、京都の混迷や天皇家の財政難のため滞った。
 しかし明治に入り、天皇を元首とする国家づくりのために国の一大イベントとなり、大規模化した。
 それを政府は前回同様、今回も踏襲することを早々と打ち出した。

 大戦前の即位儀式は、天皇の権威を内外にアピールし、国民の崇拝意識を高め国威を発揚する狙いがあった。

 沖縄は天皇の権威の犠牲になる歴史を歩んだ。
 琉球併合に至る過程で、明治政府は、中国皇帝が琉球国王を任命する冊封をまねて天皇も任命権があるかのように振る舞い、天皇の命令に従わない琉球を「処分」した。
 沖縄戦では皇民化教育の下で動員された多くの住民が犠牲になった。
 戦後は米国による軍事占領を望む「天皇メッセージ」が米側に伝えられ、米国統治下に置かれた。

 こうした歴史を考慮してか、上皇さまは沖縄への思いが深いといわれる。

 一方で、天皇個々の思いや行動とは別に、権威を高めることにより国民統合の仕組みとして機能する象徴天皇制の在り方を考える必要がある。
 権威の高まりは時の権力者に利用される危うい面もある。

 豊見山和行琉球大教授は「象徴天皇制が持っている仕組みや機能が、一面では政治的問題や軍事基地の矛盾を見えなくしてはいないか」と本紙の識者座談会で述べた。
 沖縄の民意を無視して新基地建設を進める政府の圧政を埋め合わせているとの見方は説得力がある。

 即位儀式が持つ政治的意味を、主権者である国民の目線と、天皇制から犠牲を強いられてきた沖縄の目線の、両方で冷静に捉える必要がある。
 象徴と言いながら過度に権威を高める手法は警戒すべきだ。


琉球新報・社説、2019年10月22日 06:01
天皇即位の儀式
権威高める手法に警戒を

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1012326.html

国民主権・政教分離原則に背く

 政府は22日から、天皇の「即位の礼」関係の諸儀式を行ないます。
 政府は新天皇の即位を「国民こぞって祝う」として22日を休日にしました。
 さらにこれと一体のものとして11月14日には、皇室祭祀(さいし)である大嘗祭(だいじょうさい)を、27億円もの公費を投じて行おうとしています。
 一連の儀式には、日本国憲法の国民主権原理、政教分離の原則に抵触する問題点があります。

戦前のままの儀式

 即位の礼は5月に即位した天皇が、それから一定の期間をおいて、内外に向けて即位を宣言し、大がかりなお披露目をするというものです。(表1)

「即位の礼正殿の儀」「祝賀御列の儀」(台風の甚大な被害を考慮して延期)「饗宴の儀」は憲法が定める天皇の行為である「国事行為」とされました。

 即位を天皇家の祖先神とされる天照大神(アマテラスオオミカミ)やその他の神々に奉告(ほうこく=神に告げること)するという明らかな宗教行事である「即位の礼当日賢所(かしこどころ)大前の儀」「即位の礼当日皇霊殿(こうれいでん)神殿に奉告の儀」は「皇室行事」であり、「大礼関係の儀式」という区分で行われます。

 来日した海外元首らをもてなす「内閣総理大臣夫妻主催晩さん会」は政府主催行事です。

 問題なのは、明治憲法下の絶対主義的天皇制のもとで公布された旧皇室典範と登極令(とうきょくれい)を踏襲した前回1989年から1990年にかけての「平成の代替わり」での儀式が、今回も行われることです。

 旧皇室典範(1889年=明治22年制定)や登極令(1909年=明治42年制定)が定めた儀式は、天皇の神格化と国家神道を徹底する立場から、明治期につくられたものです。
 そのいずれもが、現行憲法のもとで廃止・失効しています。

 政府は、前回の「代替わり」のさいの儀式について「憲法の趣旨に沿い、かつ、皇室の伝統等を尊重したもの」と説明しましたが、実際の儀式は日本国憲法の国民主権、政教分離の原則に反するものとなりました。
 また、これらの儀式は明治期につくられたもので、「皇室の伝統」ともいえないものでした。

 日本国憲法は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」(第1条)と、天皇の存在理由を「国民の総意」に求めています。
 政府は今回の「代替わり」にあたって、憲法原則にふさわしい儀式のあり方を、開かれた議論のなかで決めるべきでした。

中核の「正殿の儀」

「即位の礼」の中心儀式とされるのが「即位礼正殿の儀」です。

「神話」にもとづいてつくられた、神によって天皇の地位が与えられたことを示す「高御座」(たかみくら)という玉座から、国民を見下ろすようにして「おことば」をのべ、「国民の代表」である内閣総理大臣が天皇を仰ぎ見るようにして寿詞(よごと=臣下が天皇に奏上する祝賀の言葉)をのべ、万歳三唱するという儀式の形態自体が、「主権者はだれか」という深刻な疑念を呼ぶものです。

「即位の礼正殿の儀」は、戦前の登極令の「即位礼当日紫宸殿(ししんでん)の儀」の名前をかえただけのものです。
 登極令の儀式の次第と、安倍晋三首相が委員長を務める政府の「式典委員会」が決めた式次第を対照してみると、両者がまったく同じものであることがはっきりします。(表2)

 さらに、11月の「大嘗祭」は、天皇が神と一体になり、それによって民を支配していく権威を身につけるという儀式で、明らかな神事です。
 宗教上の儀式とみられることから、政府は「国事行為として行うことは困難」(1989年12月21日閣議口頭了解)としましたが、事実上の国家行事として多額の公費(宮廷費)がつぎ込まれました。
 これは、国民主権とも政教分離の原則とも相いれないものです。

 天皇の「代替わり」儀式を憲法にふさわしいものへと変えていくために、今後も努力が求められています。

日本共産党の対応

 日本共産党は綱領で天皇条項を含め「現行憲法の前文をふくむ全条項をまも」ることを明確にしています。
 そのうえで、「天皇条項については、『国政に関する権能を有しない』などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する」という立場をとっています。

 今回の「代替わり」儀式についても、日本国憲法の国民主権と政教分離の原則と相いれないあり方の是正を繰り返し求めました。
 にもかかわらず、見直されることなく、こうした儀式となったことをふまえ、「即位礼正殿の儀」「饗宴の儀」には出席しないという態度を表明しました。

恩赦について

 政府は「即位礼正殿の儀」にあわせておよそ55万人を対象に、資格の制限を取り除く「復権」などの恩赦(裁判によらず行政権で刑の言い渡しの取り消しなどをする)を行ないます。

 日本共産党は、恩赦を即位の礼と結び付けて行うことは、天皇は「国政に関する権能を有しない」とした憲法第4条とのかかわりで大きな問題が出てくるとして「賛成できない」(志位和夫委員長)と表明しました。


[表1、2]

20191022.jpg

しんぶん赤旗、2019年10月22日(火)
「即位の礼」儀式
憲法に抵触

(竹腰将弘)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-10-22/2019102204_03_0.html

 案の定、朝からNHKがずっと特別番組を流している。
 雨音すら聞こえない渋谷のスタジオで「奉祝」気分を盛り上げようとする空気と、その画面の周辺でずっと流れ続ける被災地での災害情報。
 そのあまりの対照ぶりに違和感を覚える視聴者は少なくないはずだ。

 NHKの「奉祝」番組で、朝から解説が何故か岩田明子で、何故かコメンテーターに起用の坂下千里子が「偶然天皇皇后が乗る車を見かけたことがある。その時、日本人でよかったと思った」と発言しているのを聞いて、今日はテレビを見ない場所にいようと決めた。

 つい74年前まで、天皇が神聖不可侵な存在で、私たちは天皇に命を捧げる人権なき「臣民」でしかなかったこと。忘れるわけにはいきません。
 政治と宗教の接近には、「なにかを信仰する自分」あるいは「なにも信仰しない自分」の人間性を守るために、警戒が必要です。


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郵政民営化

 ヤッホーくんの今朝のブログで「小泉進次郎」、その日記のなかにこんな記述がありました:

ACCJが狙っていた農協マネー380兆円の略奪は、進次郎氏の父・純一郎氏が年次改革要望書の指令に沿って郵政民営化を断行し、郵政マネーを略奪しようとした構図と同じです。

 補足しましょうって、ヤッホーくん:

日本郵政グループが迷走している。
かんぽ生命で、虚偽の説明による不正販売が大規模に行われ、同問題を追及したNHKに対して日本郵政が圧力をかけていたことも明らかになった。
不祥事は郵政民営化がもたらした当然の帰結――。
郵政行政の中枢にいた元官僚で元日本郵政公社常務理事の稲村公望氏が、顔を真っ赤にして「民営化見直し」を訴えた。

 ◇  ◇  ◇

■ 簡保と郵貯はセーフティーネットだった

― かんぽ生命の不正のニュースを聞いて、どう受け止めましたか。

稲村: やっぱりなと思いました。起こるべくして起こったなと。

― と言いますと。

稲村: メディアでは、過大なノルマや、国の信用を背景にした悪質手口といった現象面だけが報じられています。
 根っこにあるのは、郵政民営化という「構造改悪」が招いた結果だと思っています。


― 2005年に小泉政権が郵政民営化法を成立させ、2007年に「日本郵政グループ」が発足しました。

稲村: 「官から民へ」との大合唱の下、郵便、簡易保険、郵便貯金が民営化されました。
 簡保と郵貯が保有する世界最大規模の国民資産を有効に使うという大義が掲げられていましたが、実際には、上場を通じて外資に郵政株を買わせることで資産を外国に投機的に持ち出し、利益を海外移転させることがもくろみだった。
 国民の資産を返還してからならば、どうしようと勝手ですが、公の財産を自分のモノにする私物化だったのです。


― そんな、よこしまな思惑から進められた事業が行き詰まっている。

稲村: 郵貯は、民営化で銀行法の下に置かれましたが、無理筋です。
 銀行は査定能力があり、金を貸して、身ぐるみ剥がしても取り返すが、郵便局にはそんな力はない。
 そもそも金貸し銀行ではないのです。
 暗黙の政府保証の下、1000万円を限度にささやかに貯める。
 一種のセーフティーネットなんです。


― 郵貯の預入限度額は1300万円に引き上げられて、今年2019年4月からは2600万円へさらに引き上げられました。

稲村: バカなことをすると思いました。
 今は超低金利時代。
 どこの金融機関も運用に頭を抱えている。
 預金をありがたがっていない。
 そんなタイミングで限度額を増やしてどうするのか。


― 簡保はどうですか。

稲村: 簡保を生命保険法の下に置いたのも間違いでした。
 大手生命保険会社とは成り立ちや哲学が全く違います。
 簡保はささやかな学資(教育費)や入院費、葬式の費用を賄うための保険です。
 入るのに診察は要らない。
 保険金は、葬式の現場に現金で持って行くのが原則。
 遺族から「お父さんこんなに貯めてたの」と感激され、現金を持参した郵便局員も感謝されました。

 大地震の時には、借用証書は取るものの、面通しだけで、通帳やハンコがなくても現金を渡した。
 民営化後の東日本大震災では、緊急時の対処法すらまともに伝達されていませんでした。


― 民営化で、銀行や生保と同列になった。

稲村: 社会政策としての郵貯や簡保であれば、シャカリキに運用益を追求することも、郵便局員がノルマに追われて奔走することもなかったのです。
 能力もないのに無理やり普通の民間金融機関や生保と同じにしたため、大きなひずみが生まれた。
 その結果が、今回の大規模な不正ではないか。
 金融庁など当局の指導を受けた小手先の改善で改まるレベルの話ではない。


■ かんぽ不正問題を矮小化するな

― 経営陣をどう見ていますか。

稲村: 二線級、三線級の「経営者」が来ている。
 カネ勘定ができて、エライさんにくっ付いただけの連中だ。
 日本をどうしようとか、地方をどうしようとか考えていないから、現場に足を運ぼうとしない。
 働く人をコストとしてしか考えず、非正規労働者を増やしてコストカットばかりやっている。


― 問題人事もあった。

稲村: 2013年に、東芝元社長の西室泰三氏(故人)が日本郵政社長に抜擢された人事です。
 西室氏は東芝でウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニーの買収により巨額損失を出し、東芝を経営危機に陥らせた張本人です。
 日本郵政の社長に就任すると、将来展望のない株式上場を強行しました。
 2015年には豪州の物流会社トール社を大盤振る舞いして買収したのに、2年も経たないうちに、4000億円を超える巨額の損失を計上することになった。


■ 株価低迷で外資の買収が容易に

― もともとは国民の財産です。金融当局や司法は動かないのですか。

稲村: 巨万の国富が外国に流出したのは間違いないのですが、当局も司法も調査や捜査に重い腰を上げようとしません。
 政権に忖度しているのでしょう。


― 今回の不正もあり、郵政関連の株価は低迷続きです。

稲村: 日本郵政公社時代にはトヨタ自動車に匹敵する利益を出していた優良国営企業は、西室社長の下、損益赤字の劣悪企業になってしまったのです。実は、それが狙いという面もある。

― どういうことですか。

稲村: 西室社長は日本郵政とゆうちょ銀行、かんぽ生命の3社を急いで上場させました。
 資産のない郵便はなぜか上場されていません。
 どうでもいいのです。
 ゆうちょとかんぽの持つ莫大な資産を外資と共謀して強奪することが目的であったとすれば、株価は安い方がいいのです。
 外資が買収しやすくなりますからね。
 経営を改善させず、株価を低迷させる方が好都合なのです。


― 背筋がゾッとしますね。日本郵政の迷走の原点は郵政民営化であることが見えてきましたが、世界の状況はどうですか。

稲村: 世界で民営化に成功した郵政事業はありません。
 ドイツではいったん民営化されましたが、政府が外国勢力と通じた総裁を外為法で逮捕し、失脚させました。
 その後、郵便局の激減に歯止めをかけるため、政府の法的介入が続いています。

 ニュージーランドでは、郵政民営化により貯金部門が外資に売られ利便性が損なわれた。
 そこで、キウイバンクという官業の貯蓄機関が創設されています。

 民営化信仰が強いオランダは大混乱が続いている。
 米国は国営で、民営化の声すら上がっていません。


― 世界では失敗が続き、見直されている郵政民営化について、日本では見直し議論すら起こっていません。

稲村: 郵政民営化から10年以上経ちました。
 今回の不正をはじめ、弊害も出てきています。
 郵政を民営化してよかったのかを検証し、立ち止まって見直す時期に来ています。
 ところが、郵政民営化についての国民の関心は高いのですが、マスコミでは議論されることもない。
 郵政の労働組合も郵便局長会も体制順応になり、声を上げなくなった。
 組合委員長を監査役に、局長会の会長を取締役にして、経営者側に取り込んだからです。


― 郵政民営化は政治案件でした。しかし今や、郵政民営化自体の是非を問う動きは、与野党ともに見られません。

稲村: かつて、自民党には郵政民営化反対論者がたくさんいました。
 平沼赳夫、亀井静香は引退した。
 反対論者だった議員も何も言わなくなった。
 今の政権中枢にいるのは、郵政民営化を進めた共犯者ですから、波風立てることもないと考えているのでしょう。
 野党に期待したいが、残念ながら論陣を張ってくれる議員は見当たらない。
 それでも政治の責任なのだから、政治で修復する以外にありません。
 政治が議論して応急手当てでもする必要がある。


― 臨時国会が開催されています。かんぽの不正やNHKへの圧力問題は国会でも扱われる。

稲村: 問題を矮小化しないでほしい。
 コンプライアンスの欠如や経営者の責任といったレベルの話ではない。
 郵政民営化によって引き起こされた構造的な問題であるという認識で、郵政民営化自体についての議論をしてほしい。


― 国民的議論が必要ですね。

稲村: 今年は日本郵政を創業した前島密の没後100年の節目の年です。
 外国の拝金勢力の手先となったカラス天狗もどきの経営者に引導を渡し、平成の大失政を挽回すべく、3事業一体の国民主体の日本郵政を復活させてこそ、新たな令和の日本の国富を取り戻せると思っています。


※ 稲村公望(いなむら・こうぼう)
1948年、鹿児島県徳之島の郵便局の宿直室で生まれる。1972年、東大法学部卒業後、郵政省入省。ボストンのフレッチャースクール修士。2001年、総務省政策統括官。2003年、日本郵政公社が発足し、常務理事に就任。2012〜2014年、日本郵便副会長を務める。一貫して郵政民営化反対の立場を取る。現在は「月刊日本」客員編集委員、「岡崎研究所」特別研究員。

日刊ゲンダイ、2019/10/21 06:00
稲村公望氏「日本郵政の迷走は民営化という構造改悪の結果」
(聞き手=生田修平/日刊ゲンダイ)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263442/

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天皇恩赦

10月22日、天皇陛下の即位に伴う「即位礼正殿の儀」に合わせ、約55万人を対象に恩赦が実施される。
交通違反や選挙違反などによって罰金刑を受けた人のうち、2016年10月21日までに罰金を納め、その後再犯のない人たちが今回の対象だという。
罰金刑を受けた人は原則として5年間は医師や看護師などの国家資格を取得できないが、今回の恩赦の対象者は5年を待たず、それらを取得できる状態となる。
また、選挙違反などの罪で公民権を失った人も権利が回復し、今後は選挙権・被選挙権を行使できるようになる。

……と言われても、いまいち釈然としないのが恩赦というもの。
菅官房長官は「罪を犯した者の改善更生の意欲を高め、社会復帰を促進する見地から恩赦を実施する」と述べたが、国会の審議を一切経ずに、内閣の決定のみで犯罪者を“社会復帰”させてしまう現状の恩赦制度には、批判の声も大きい。
そもそも、なぜ日本には恩赦という制度が存在するのか――。
その歴史を紐解いていくと、古くは飛鳥時代にまで行き着くという。
そこで、東京大学史料編纂所で古代日本の研究を行う山口英男教授に、「日本の恩赦制度の起源」について聞いた。

◆◆◆
― そもそも日本で「恩赦」が始まったきっかけは何だったのでしょうか?

山口: 701年の大宝律令によって、日本は「律令制」を確立させました。
 律は刑法、令は行政法のこと。
 つまりは法をベースにして官僚機構を地方の隅々にまで行き渡らせ、天皇を中心とする国家制度を作ったのです。
 日本は中国を参考にしてこの律令制を導入しましたが、そのとき一緒に恩赦の仕組みも“輸入”したのが始まりと言えるでしょう。


中国で恩赦が生まれた“合理的な理由”

― 日本の恩赦の起源は中国にあったと。当時の中国の統治制度の中に、既に恩赦が組み込まれていたということですか?

山口: そうですね。
 中国では王朝が新たな土地を征服したり、あるいは領国内での反乱を鎮圧したりした時に、皇帝が恩赦を施すことがあったようです。
 新たに自分の支配下に入ったり、あるいは再び自分の元へ戻ってきた民たちを対象に、彼らの過去の犯罪をチャラにしてしまうのです。


― それは “国民”たちへの人気取りと言いますか、支持率を上げるために?

山口: それが一番の理由でしょう。
 ただ、支配者が変われば法律も変わります。
 前の支配者のもとでは犯罪者とされた人も、法律が変われば何の罪にも問われないかもしれない。
 あるいは、前は軽い罰で済んでいた人も、新しい支配者のもとでは死刑になってしまうかもしれない。
 そうした齟齬を混乱なく解決することは難しいので、そこに労力をかけるよりも、一旦全てをゼロにしてから統治し直すほうが効率的だ……。
 そもそもは、そんな判断から生まれたのかもしれません。


災害や飢饉、干ばつが起きたときにも実施

― そう考えると、そもそもの恩赦の始まりには合理的な面もあったように感じます。それでは、そんな中国を参考にした日本では、どのように恩赦が行われていたのでしょうか?

山口: 恩赦は刑罰に関する制度なので、律令の中では「律」として定められ、法律の体系の中に初めから組み込まれていました。
 今回と同じく天皇の即位や改元、あとは皇太子が立てられたタイミングなどで実施されていました。
 やはり天皇による統治のありがたさを広めたり、その存在の特別さを示すために行われていたと言ってよいでしょう。
 ただ、喜ばしい出来事のみではなく、災害や飢饉、干ばつなどが起きたときにも実施されていました。


― それはどういう意味合いでの恩赦になるのでしょうか?

山口: 当時は、国が天災に襲われるのは「統治者が徳を欠いた政治を行なったためだ」という考え方があったのです。
 だから、恩赦という“慈悲深い”行いを通して徳を補う。
 そして天に「今後は改めます」という姿を示して災いを収めようとしていたのです。


100年間に60回以上も行われていた!

― なるほど。しかし、災害がある度に実施していると、恩赦の回数は結構多くなりませんか?

山口: そうなんです。
 慶事による回数も相当に多いので、当時はかなり頻繁に恩赦が行われていました。
 たとえば西暦697〜791年の約100年間には、実に60回以上も実施されていたようです。


― 100年間に60回以上も! そこで恩赦の対象となっていたのは、どんな犯罪なのでしょう?

山口: それも「律」の中に定められています。
 基本的に、非常な重罪は恩赦の対象にはならなかったようです。
 国への反逆や謀反はもちろん、故意的な殺人や尊属殺人は対象外とされました。
 一方、それ以外の多くが恩赦の対象で、その中には喧嘩や傷害、仕事の欠勤、国の定めた境界を不法に越える、役人が権限を利用して利得を得る……などといった罪が含まれていました。
 そうした罪を犯しても、恩赦によって牢獄から出してもらえて、本来の刑である鞭打ちや懲役、流刑・死刑を免れることができたのです。


― 仕事の欠勤が恩赦で許されるというのは、ちょっと不思議な感じがしますね。

数年に1度、税の未納もチャラになる

山口: あと面白いのは、平安時代になると税の滞納までも恩赦の対象に含まれるようになった、ということです。
 その頃になると、中央から派遣された国司(こくし)がそれぞれの国を請け負って統治を行うようになりました。
 彼らは民衆から税を徴収する役目を担っていたのですが、ときにはちゃんと納めてくれない民もいるわけです。
 ただ、数年に1度くらいは恩赦が実施されて、未納分がチャラになってしまう(笑)。


― 税金を納めたら負け、みたいな世界ですね(笑)。

山口: とはいえ、当時はメディアなんてないですし、高札を出して恩赦の実施を周知させるといったこともなかったでしょうから、おそらくほとんどの人は「いついつに恩赦が実施された」と知る機会などなかったと思います。

― ということは、「未納分がチャラになった」と民衆の側に気づいてもらえないかもしれないわけですよね。そうなると、一体誰のために税の未納を恩赦の対象にしていたのでしょうか?

山口: 未納者本人への取り立てもなくなったと思いますが、それだけでなく役人たちへの効果がありました。
 国司は税の徴収について記録を残し、中央に報告することを義務付けられています。
 すると当然、未納分も記録されるわけです。
 そして国司が交代になると、その記録が後任者へと引き継がれる。
 ここで問題になるのは、前任者が徴収できなかった税を回収する責任までも、後任の国司が負わなければいけないのか、というところです。
 しかし、なんだかんだ数年に1回くらいのペースで、恩赦によって未納分は不問になってしまうので、結果的に後任があおりを食うことはなくなるんです。


日本人にとって恩赦は日常だった

― なるほど。ざっくり言えば、恩赦のおかげで後任者は、前任者がサボったり、やり遂げられなかった仕事の尻拭いをする必要がなくなる、ということですね。それはそれで理にかなったと言いますか、フェアな気もします。

山口: 殺人などの重い犯罪は別にして、定期的に、それも数年に1回ほどの短い間隔で過去の罪や不祥事が流されていく。
 これは「穢れを祓う」という文化と関連しているといえるかもしれません。
 いずれにしても、「罪と赦」をセットにした感覚が多くの人に共有されていたからこそ、恩赦は長らく機能していたのではないでしょうか。
 ただ、その前提がない状態で形だけ残ってしまうと、「時代遅れの遺物」をなぜ今も実施するのか、疑問に見られてしまっても仕方がないと思います。


― 当時の人々の人生観の中に、定期的に過去を洗い流す“恩赦的な感覚”が共有されていた。いわば恩赦は日常だったんですね。

山口: 一方で、それを利用してしまう人もいたかもしれません。
 たとえば国司。
 本当は税を徴収したのに、「この人は未納でした」ということにして、自分の懐にこっそり入れる。
 バレたら大変でしょうが、そのうち恩赦になって未納分がチャラになれば……(笑)。
 これは、恩赦が日常だったからこそできる“裏技”ですね。


文春オンライン、2019年10月22日
即位の礼に合わせて55万人が恩赦……
「そもそもなぜ日本に恩赦が?」
東大の歴史学者に聞いてわかった“意外な起源”
飛鳥時代にまで遡ると見えてくる「納得の理由」とは?

https://bunshun.jp/articles/-/14882

 天皇陛下が即位を宣言する22日の「即位礼正殿の儀」に合わせて、約55万人を対象に実施することが決まった「恩赦」。
 実施される恩赦の種類は、罰金刑により制限された資格を回復する「復権」が大半だ。

 ただ、犯罪被害者など関係者からは制度そのものへの疑問の声が上がる。

 恩赦は天皇の即位といった国の慶弔時に、刑事裁判の効力を消したり軽くしたりするもので、天皇皇后両陛下の結婚以来26年ぶりの実施となる。

 今回は、有罪判決が無効になる訳ではない。
 重大犯罪が含まれる懲役刑や禁錮刑となった人は対象外。
 減刑も実施しない。
 罰金刑で喪失・停止した国家資格などを再取得できるようになるだけで、法務省保護局は「それ以上でもそれ以下でもない」と話す。

 例えば、罰金刑を受けると医師や看護師などの国家資格が5年間得られないが、復権の対象となると制限が解かれる。
 公選法違反の場合は公民権が回復し、選挙権や被選挙権が得られるようになる。

 対象は、罰金を納めて3年経過し再犯していない人で、罪種は問わない。
 救済される職種は、医師や看護師、薬剤師など限定的だ。

 法務省によると、「日本で裁判をし確定していたら対象」で、国籍や現在国内にいるかは関係ない。
 沖縄で多い酒気帯び運転などで罰金刑を受けた米軍人・軍属も対象。
 ただ、その数は「不明」という。

 対象者への通知はなく、官報などで条件を確かめる必要がある。
 復権がなされたことの証明が要る場合には、事件を取り扱った検察庁に証明書の申請方法を問い合わせる。

 本人の反省とは関係なくなされる恩赦。

 犯罪被害に遭った当事者や遺族・家族らでつくる九州・沖縄犯罪被害者連絡会(みどりの風)の松永まり子会長は自身の娘も交通犯罪の被害者で「私たちにとって、罪に対する加害者の刑罰はすごく軽いと思うのに、恩恵を受けるのは納得できない」と強調。
「恩赦には十分な説明も無い。いったい何のため、誰のためにやるのか」と話した。


[図]恩赦の対象になる人

恩赦の対象になる人.jpg

沖縄タイムス、2019年10月22日 09:52
天皇恩赦に疑問、犯罪被害者ら「納得できない」
米軍人・軍属も対象

(社会部・下地由実子、榮門琴音)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/487681

 沖縄タイムス・社説「政令恩赦決定」。
 合理性も説得力もない「政令恩赦」。
 恩赦は慶弔時の慣例とはいえ、三権分立の原則を揺るがしかねない、合理性のない制度。
 共同通信社の世論調査で、恩赦への反対が60.2%、賛成24.8%。
 公職選挙法違反者も430名。


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即位礼正殿の儀とキリスト教各教派

 2019年10月22日に天皇代替わりに伴う「即位礼正殿の儀」が行われるのを前に、日本キリスト教協議会(NCC)靖国神社問題委員会は21日、東京・西早稲田の日本キリスト教会館で、公費を投じて行われる天皇代替わりの諸儀式に抗議する記者会見を開催した。

 会見には、カトリック教会の岡田武夫名誉大司教(前東京大司教)、NCCの金性済(キム・ソンジェ)総幹事、日本福音同盟(JEA)の上中栄社会委員長(日本ホーリネス教団旗の台キリスト教会牧師)が出席。
 それぞれの教会や団体ですでに発表している声明などを読み上げ、宗教色のある諸儀式が国事行為などの公的行事として行われることは、政教分離の原則に反する憲法違反だと訴えた。

 カトリック教会は昨年2018年2月、日本の全司教で構成される日本カトリック司教協議会が、「天皇の退位と即位に際しての政教分離に関する要望書」を発表(*1)。
 NCCは今月10月9日に、「天皇代替わりに関する日本キリスト教協議会(NCC)2019年宣言」を、JEAは今年2019年8月に、社会委員会が「天皇代替わりに際しての日本福音同盟(JEA)社会委員会声明」を発表している。
 いずれも、天皇代替わりに伴う諸儀式、特に来月11月に行なわれる「大嘗祭(だいじょうさい)」は宗教的要素が色濃く、これに公費を用いることは政教分離の原則に明確に反すると訴えている。
 またいずれも、日本がかつて天皇を中心とした国家神道の下で戦争を推し進めた歴史にも触れ、そうした歴史への反省もつづっている。

 岡田氏は会見で、「一般の神道を排斥することはないが、国家神道の伝統を引く大嘗祭を国家が行うことは、(信教の自由と政教分離の原則を定めた)憲法20条に違反する」と指摘。
 金氏は、「明治憲法でも信教の自由を認めていたが、それは国家の安寧秩序を妨げない範囲でという条件付きだった。この条件により、戦時下の信教の自由は換骨奪胎され、(プロテスタント教会では)国家神道が『国民儀礼』という形で強制されていった」と主張。
 皇室行事の公的化は国家神道の復活の兆しだとし、危機感をあらわにした。
 上中氏は、キリスト教界も一枚岩ではなく、さまざまな立場の人がいると述べる一方、「天皇が好きか嫌いかとか、政治的な立場の問題ではなく、天皇代替わりに関する宗教的行事に政府が関与していることを問題視している」と述べ、何を問題として訴えているのかを説明した。

 3人はそれぞれの立場を表明した後、記者団からの質問に応じた。

「『神道は習俗だから政教分離の例外』『米国の大統領も就任時には聖書に手を置いて宣誓する』といった批判の声もある。キリスト教徒以外の日本人にとって、政教分離を守る重要性とは何か」

 この質問に金氏はまず、天皇代替わりに関する諸儀式は習俗ではなく、立派な宗教行事であることを見抜く必要があると指摘。
 日本には、周囲の「空気」に合わせて動かねばならないという同調圧力の強い社会風土があり、公的化した宗教行事を拒めば社会的な制裁を受けかねないと危惧した。
 その上で、「政教分離の原則は、人が人として認められ、多様性を認め合って生きていくための非常に大切な原理」と、その重要性を語った。

 上中氏は米国の大統領が就任時、聖書に手を置いて宣誓することについて、「聖書に手を置くこと自体が悪いのではなく、権力者が宗教的権威を行使することに対しての政教分離」と説明。
「国が宗教に口出ししてはいけないが、キリスト教や仏教、神道などの宗教が政治に関わることは何ら悪いことではない。しかし、公権力がそれらの(宗教的な)力を使って国民に働き掛けようとするとき、それを阻止するのが政教分離の原則」と述べた。
 また「神道は習俗」という考えに対しては、「神道側よりもむしろ政府側がそのように主張してきたと思う。それなのに、それを日本の文化のように捉える方がおかしいと思う」と語った。

 この他、記者会見を主催したNCC靖国神社問題委員会の星出卓也委員長(日本長老教会西武柳沢キリスト教会牧師)は、「信教の自由のみならず、思想・良心の自由は多数決になじまないもの」と指摘。
 多くが多数決で決められる社会にあって、こうした自由を守っていく必要性を示した。

 一方、国が天皇代替わりの諸行事に関与することへの懸念は、昭和から平成に変わった30年前もあったが、こうした動きは以前に比べると温度差があるという。

 岡田氏は冒頭、「昭和から平成に移るときには、カトリック教会でも熱心に議論しました。今回は熱意があまり感じられないのが残念」とコメント。
 NCC靖国神社問題委も4月から署名活動を行っているが、10月中旬までに集まったのは約4千筆で、30年前に比べると多くはないという。

 これについて金氏は、30年前と現在では経済的、社会的な状況が大きく異なるとし、「今は多くの人が非常に社会的に不安の中にある。社会的風潮と無関係ではないと考えている」とコメント。
 岡田氏もこの意見に同調し、「今は余裕がない。自分の生存や明日のことに不安を持っている人が多く、重大な問題に取り組むのが難しいのでは」と語った。
 また星出氏は、「戦後74年がたち、戦争を痛いほど経験した人たちが亡くなっている。過去の記憶の継承がうまくなされなかった日本の問題もあるのでは」と話した。

 NCC靖国神社問題委は、大嘗祭を前にした来月11月11日には、午後6時半からお茶の水クリスチャン・センター(東京都千代田区)で、憲法学が専門の横田耕一・九州大学名誉教授を招き、「天皇代替わりにみる天皇教の残存」をテーマにした集会(参加費500円)を開催する。
 また、翌12日には集めた署名を内閣府に提出する計画だ。


[写真]
右から、カトリック教会の岡田武夫名誉大司教、日本キリスト教協議会(NCC)の金性済(キム・ソンジェ)総幹事、日本福音同盟(JEA)の上中栄社会委員長=21日、日本キリスト教会館(東京都新宿区)で

Christian Today、2019年10月21日23時19分
天皇の即位儀式への国の関与は違憲
カトリック、NCC、JEAの代表者が記者会見

https://www.christiantoday.co.jp/articles/27313/20191021/catholic-ncc-jea-press-conference.htm

(*1)天皇の退位と即位に際しての政教分離に関する要望書
内閣総理大臣
安倍 晋三 様
 2019年4月30日に今上天皇が退位され、翌5月1日に新天皇が即位されます。
 前回の天皇逝去と即位に際しては、皇室の私的宗教行事である大嘗祭を「宗教色はあるが公的性格をもつ皇室行事である」として、それに国費を支出し、三権の長が出席しました。また国事行為である即位の礼にも宗教的伝統を導入しました。これらは日本国憲法の政教分離原則にそぐわないと考えます。
 そして昨日の報道によると、今回の大嘗祭においても前回を踏襲する方針が示されました。私たちはそれを大変遺憾に思います。 
 日本国憲法の政教分離(憲法第20条)の原則は、日本がかつて天皇を中心とした国家神道のもとで戦争を行い、アジアの人々をはじめ世界の多くの人々の人権と平和を侵害した歴史への反省から生まれたものです。この不幸な歴史を決して忘れず、同じ轍を踏まないようにする責任を日本政府は負っています。
 そのために、私たちは次のとおり要望いたします。
 「天皇の退位と即位に関する一連の行事にあたって、日本国憲法が定める政教分離原則を厳守し、国事行為と皇室の私的宗教行事である皇室祭祀の区別を明確にすること」

CBCJL18-17
2018 年2月22日
日本カトリック司教協議会


(*2)
https://www.facebook.com/nccinjapan/photos/a.2196841633885563/2560211330881923/?type=3&theater

 今日10月22日は、天皇の即位を公に宣明する「即位礼正殿の儀(そくいれいせいでんのぎ)」などが行われます。
 ローマ教皇庁(バチカン)からはフランチェスコ・モンテリージ枢機卿(85)が派遣されるなど、195ヶ国から国家元首や祝賀使節が参列します。

 一方、キリスト教各教派からは、こうした宗教儀式を伴うことを国事行為として行うのは憲法20条(信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない)や89条(公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない)に違反するとして抗議の声明を発表しています。


[写真-1]
フランチェスコ・モンテリージ枢機卿

[写真-2]
1990年11月12日に行われた即位礼正殿の儀

Christian Press、2019年10月22日
10月22日は即位礼正殿の儀の行われる日
雜賀信行(さいか・のぶゆき)カトリック八王子教会員
https://www.christianpress.jp/october-22-enthronement-ceremony/

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マリリン・モンロー「七年目の浮気」

 プロテスタントやカトリックなど国内のキリスト教の教団や教派団体が2019年4月30日、東京都新宿区で記者会見し、天皇代替わりの一連の儀式を国事行為・公的行事として行なうことは「憲法上、国民主権の基本原理や政教分離原則に違反し、国家神道の復活につながる」と主張した。
 各団体は、5月1日にある「剣璽(けんじ)等承継の儀」は神道神話に基づく神器を引き継ぐ儀式と指摘。
 10月の「即位礼正殿の儀」で新天皇が「高御座(たかみくら)」に立つことは、天孫降臨神話に基づき天皇が生き神の性格を帯びる意味を持つと述べ、両儀式が国事行為として行われることは「政教分離原則に違反する」と主張した。
 11月に新天皇が臨む大嘗祭(だいじょうさい)についても、「皇室の私的宗教行事」だとし、国費の支出に異議を唱えた。


朝日新聞、2019年4月30日19時54分
即位巡る儀式「政教分離に違反」
キリスト教団体が会見

(編集委員・北野隆一)
https://www.asahi.com/articles/ASM4Z3CYDM4ZUTIL008.html

 2019年10月22日の午後1時から、天皇が即位を国内外に宣言する「即位礼正殿の儀」が国事行為として行われる。
 海外からの賓客や各界の代表ら約2000人が参列する中、高御座に天皇が登壇して「お言葉」を述べる。
 その後、安倍首相が「寿詞」と呼ばれる祝辞を読み、万歳三唱の発声をする段取りだ。
 即位関連儀式のハイライトであり、安倍にとっても大舞台である。

 同日に予定されていたパレード「祝賀御列の儀」は台風19号の甚大な被害を考慮して11月10日に延期になったが、11月14日から15日にかけては皇位継承の伝統儀式「大嘗祭」が皇室行事として行われる。
 一連の儀式は来年2020年4月まで続く。

「慶事に水を差すつもりはありませんが、安倍政権は皇位継承を必要以上にイベント化しているのではないか。天皇即位の関連費は総額166億円に上る。平成の即位関連費と比べて3割も増額されています。台風19号の被害対応には7億円しか支出しないのに、即位イベントや東京五輪に巨額の血税をつぎ込むことに国民の理解を得られるでしょうか。そもそも、即位の礼や大嘗祭は皇室神道の祭祀であり、公費の支出は、憲法が定める政教分離の原則に反するという見方もある。当の皇室からも、大嘗祭を国費で賄うことに異論が出たほどです」
(政治評論家・本澤二郎氏)

 昨年2018年11月、誕生日会見での秋篠宮の発言が注目された。
 政府が国事行為として行う即位の礼については立場上、意見を言えないが、宗教色が強い皇室行事の大嘗祭は、国費ではなく「内廷費」で賄うべきだと訴えたのだ。
「宗教行事と憲法との関係はどうなっているのかという時に、私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています」と、憲法の政教分離原則との関係に踏み込み、内廷費の範囲で、身の丈に合った形で行うのが本来の姿ではないかと指摘。
「すっきりしない感じというのは、今でも持っています」と語った。

 この秋篠宮の発言について、憲法学者の水島朝穂早大教授は昨年2018年12月のネットコラム「直言」で、こう書いていた。 

<天皇(現上皇)は簡素なものを望んでいるというが、それは単に費用的なものだけでなく、自らがかかわった昭和天皇からの代替わりとは違った形、すなわち、日本国憲法の純粋象徴天皇制らしい形を考えているのではないか。
 安倍首相(背後にいる日本会議など)は限りなく戦前型の天皇を求めているので、そこでも現天皇が描く「天皇像」とは距離が出てくる>

 皇室行事と政教分離については、平成の大嘗祭の際にも議論があった。
 当時は昭和天皇の崩御にともなう即位だったこともあり、十分な議論の時間がないまま前例を踏襲した格好だが、今回の即位関連行事には官邸の意向が色濃く反映されているように見える。

明治憲法の天皇像復活は改憲の助走か

「本来は皇室の私的な宗教行事である即位や大嘗祭を国の行事にして、国家主義的な意義を強調したのが明治時代の長州閥です。安倍政権は、明治の天皇像を復活させようとしている。今回の即位関連行事を大がかりなイベントにして天皇の権威を高めることは、神格化を進めて改憲につなげる助走のようにも見えます。外交は八方塞がりで、日韓関係の悪化は日本経済にも悪影響を及ぼしている。景気低迷は深刻で、経済指標の数字もごまかせなくなってきました。地震や台風の被災者に冷淡な政権に対する不満もたまっている。そうした諸問題にフタをする奥の手が天皇の政治利用ですから、あまりに悪辣と言うほかありません」
(本澤二郎氏=前出)

 同じことは、即位礼正殿の儀に合わせた実施を強行した恩赦にも言える。
 19日の朝日新聞が、26年ぶりの恩赦がどのように決まったか、その内幕を書いていた。
 法務省は当初、「合理性がなく、恩赦は実施すべきではない」と反対していたという。
 恩赦は、行政権による司法権の介入になる。
 2004年には犯罪被害者等基本法が施行されるなど、被害者感情を重視する社会の流れも強まっている。

 現憲法下では、恩赦は天皇の国事行為だが、実施は内閣が決める。
 そのため法務省は「皇室の慶弔と恩赦実施の関連性はない」と指摘。
 一律に罪を免じる政令恩赦は「社会への影響が大きく、三権分立を揺るがしかねない」と訴えた。
 だが、官邸側には恩赦を実施しないという選択肢はなかった。
 まず「恩赦ありき」で、どういう内容なら国民が納得できるかという方向で「令和の恩赦」が決まったというのだ。

 恩赦の対象になる55万人すべてが安倍支持者になるとはかぎらないが、政権の人気取りには違いない。
 立正大名誉教授の金子勝氏(憲法)もこう言う。

「歴史的に見て、恩赦は権力者による支配の手段として使われてきました。大日本帝国憲法では、天皇の大権事項とされていた。戦前の天皇と同じことを政府が実施するわけです。天皇の名を政治利用しているという批判は免れません。しかも、閣議決定の直前まで恩赦の具体的な内容は知らされなかった。どのような議論があり、どうやって対象基準や規模を決めたのか不透明なままです。国民主権の原則から言えば、政府がやることはすべて国民に明らかにしなければなりません。恩赦の対象者には公選法違反者も含まれています。そこに政治的判断が働いていないと言い切れるのでしょうか。国民への丁寧な説明がないまま、官邸主導で何でも決めてしまう。残り任期が少なくなってきたことで、安倍政権の独裁体質に拍車がかかってきたように感じます。ここへきて、緊張が高まる中東地域への自衛隊派遣を検討すると言い出したことも危険すぎる。憲法を無視する独裁政権が、いよいよ総仕上げにかかってきました」

■ 調査目的の自衛隊派遣という裏口に唖然

 菅官房長官は18日の会見で、中東地域での航行の安全確保に向けて、自衛隊の艦船などを派遣する検討を始めると明らかにした。
 18日に開かれた国家安全保障会議で安倍が検討を指示したという。

 米国が参加を求める「有志連合」とは別に、「ホルムズ海峡周辺に調査目的で自衛隊を独自に派遣する」というのだが、実に姑息で危ういやり方だ。

 官邸が考えているのは防衛省設置法に基づく「調査・研究」を根拠にした派遣で、国会の承認を必要としない
 民間船舶の護衛もできないが、自衛隊法に規定された「海上警備行動」に比べて武器使用の権限は不明確。
 現地で軍事衝突に巻き込まれれば、一気に憲法が禁じる交戦状態に陥る可能性もある。
 自衛隊関係者から「隊員の安全確保への不安は拭えない」という懸念の声が上がるのは当然だ。

「米国とイラン双方の顔を立てる苦肉の策なのでしょうが、その場しのぎの対応は、今後に大きなツケを残しかねません。いよいよ戦争への参加が迫ってくる。かつてのPKO協力法案は審議が大紛糾し、3国会かけて成立しました。それより危険な中東への派遣を“裏口入学”のような手法で官邸が独裁的に決めてしまうのは恐ろしいことです。国会軽視が甚だしいし、政権の最後にやりたかったことを全部やってやろうと居直り、あらゆる角度から戦後民主主義を壊しにきているとしか思えません。長期政権が7年目になり、その横暴は目も当てられなくなってきました」
(金子勝氏=前出)

 マリリン・モンローの白いドレスがめくれ上がるシーンで有名な映画「七年目の浮気」の原題は「The Seven Year Itch」といい、浮気の虫を「7年越しのうずうず感」と表現している。
 政権も7年目となると「独裁うずうず感」に歯止めが利かなくなってきたということか。

 それと同時に、関電の原発マネー還流事件や、有権者買収疑惑などが報じられた菅原経産相を筆頭に醜聞まみれの新閣僚、マラソン・競歩会場の変更を余儀なくされる東京五輪の大誤算など、嘘で塗り固めてきた政権の綻びも次々と露呈している。

 不穏なムードはラグビーW杯や即位儀式のお祭り騒ぎで蹴散らし、即位の儀礼にともなう外交アピールで国民の目をごまかす算段だろうが、もくろみ通りにいくかどうか。

 ここまで問題が積み重なると、どんなに取り繕ったところで悪あがきで終わるのではないか。
 7年目を迎えた政権の黄昏は濃くなる一方だ。


日刊ゲンダイ、2019/10/21 17:00
即位の礼・恩赦も官邸主導
天皇政治利用の悪政ゴマカシ

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263568

 即位の礼を10月22日に控え、キリスト教関係団体が21日、東京都内で記者会見し、宗教色の強い即位関連行事に公金を支出して国事行為として行なうことについて「政教分離の原則に反して違憲だ」と主張した。
 会見した日本キリスト教協議会などプロテスタントやカトリックの各団体は、一連の儀式の中でも特に11月14日からの大嘗祭は天皇を神格化し、宗教色が強いと指摘。
「宗教的儀式に国が関与することは国家神道の復活を意味し、信仰の自由を脅かす」と訴えた。


東京新聞、2019年10月21日 21時00分
即位巡る儀式「政教分離に違反」
キリスト教団体が会見

(共同)
https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019102101002423.html

 他国の元首の即位や葬儀の式典に、国を代表して誰を派遣するかは重要な外交の一つである。
 だからこそ、今度の即位礼の儀に各国はそれにふさわしい人物を派遣することを決めた。
 財政的に苦しい小国が駐日大使を参加させて済ませるのはやむを得ないが、ほとんどの国は本国政府から、あるいは皇族、あるいは三権の長、あるいは元首、もしくは元首に準じる人物を派遣している。
 日本が仲間入りしているG7のメンバー国はもちろんそうだが、中国は王岐山国家副主席、そして史上最悪の関係にある韓国でさえ李洛淵首相が参列する。

 ところが、日本が最も重要国と見なす米国だけが、チャオ運輸長官(1953年、台湾の台北市で生まれる。夫は共和党上院院内総務)の派遣で済ましている。
 当初はペンス副大統領が出席するという報道があったが、いつの間にかチャオ運輸長官に代った。
 誰が考えても、これは日本軽視ではないのか。
 しかもである。
 安倍首相はトランプ大統領を何が何でも令和天皇の国賓第一号として歓待した。
 その答礼としてペンス副大統領の参列は礼儀だろう。
 そして安倍首相もそれを期待していたに違いない。
 しかし、理由も明らかにされないまま、いつの間にかチャオ運輸長官に変更された。
 米国の自動車をもっと買えと言うつもりなら悪い冗談だ。

 ところが、この異例な変更にもかかわらず、メディアは一切その事に触れようとしない。
 なぜか。
 それは安倍外交の大失態になるからだ。
 ここまでトランプ大統領に迎合してきた安倍首相だ。
 しかも令和の即位礼を誰よりも重視している安倍首相である。
 その令和の即位礼をトランプ大統領は軽視したのだ。
 安倍首相にとってこれ以上面目を失う事はない。
 だからメディアは、安倍首相に忖度して一切書かないのだ。

 はたしてチャオ運輸長官と安倍首相が会談する時、安倍首相はチャオ運輸長官に何と語りかけるのだろう。
 メディアはその会談をどう報じるのだろう。
 韓国の李洛淵首相との会談と並んで、私が最も注目するマラソン首脳会談である。


天木直人のブログ、2019-10-22
メディアが書かない米国の即位礼軽視
http://kenpo9.com/archives/6318

 ではここで「七年目の浮気」!
The Seven Year Itch-Trailer
https://www.youtube.com/watch?v=fJgC549mpRk

 ついでに「三年目の浮気」も!
https://www.youtube.com/watch?v=-TuFqVLDxZU


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デトックス(解毒)ブーム

 2005年から06年にかけてデトックス(解毒)ブームがあったのを覚えておいでだろうか?

 体に蓄積すると害を及ぼす重金属や化学物質だけでなく、必要以上の量になると体の調子を狂わせる原因になる老廃物、活性酸素、ストレスから体脂肪といったものまで、すっきり出そう(消そう)という健康法だ。

 それまでココアブーム(1995年)、赤ワインブーム(1997年)、血液サラサラブーム(2003年)などがあり、何かをとってプラスの効果を得ようとする「足し算の健康法」が主流だったところに登場した「引き算の健康法」として注目を集めた。

 ブームが始まった一つのきっかけは、厚生労働省が2003年に発表しその後改訂した「妊婦への魚介類等の摂食と水銀に関する注意事項」だったと記憶する。

 その内容は、本マグロやキンメダイといった、食物連鎖で有害金属のエチル水銀がたまる傾向がある魚について、妊娠もしくはその可能性がある女性は、胎児への影響を避けるため、週に1食以内(約80g)にとどめたほうがいい、などとするものだった。
 つまり、妊婦は鉄火丼なら週1杯までに、ということになる。
 健康に対する広い作用に期待が高まり、世界的に注目を集め始めていた魚油(DHAやEPA)源である魚の食べ方について厚生労働省が出した注意だったため、妊婦以外の人たちにまで不安は及んだ。

 これを受けて、毛髪の水銀含有量で体内の蓄積度合いを予測する検査や、有害金属を排出する可能性がある方法(キレート=金属イオンと結合する成分をとる方法)などが話題になった。

 実は、同じ2003年に、建材や家具などから出る揮発性有機化合物によるめまいや頭痛などの「シックハウス症候群」といわれる健康被害報告を受けて建築基準法が改正され、建築材料へのホルムアルデヒドの使用制限などが決められている。
 またこの少し前には、ガソリンやたばこ、塩化ビニールなどを燃やした時に出るダイオキシンや、ポリカーボネート樹脂を用いた食器に含まれるビスフェノールAに関する報道も多かった。

 重金属だけでなく、化学物質による健康への影響も問題化していたのだ。

■ 2大ヒットは、ファイバーデトックスとプチ断食

 重金属や化学物質の害を避けたいという生活者意識は、2005年ごろになると、心身にとって不必要なものを排出したり、消したりすることへの関心に広がっていき、ダイエットや美容に関心が高い女性たちを巻き込んで、ブームになっていった。

 これが、解毒もしくはデトックスという呼ばれる健康法だ。


 なかでも、日常生活の中で実行できる方法として、ブームをけん引したデトックス法が2つある。

 1つは、食物繊維(ファイバー)をしっかりとって、代謝を妨げたり、肌荒れをもたらしたりすると考えられる毒素・老廃物を便と一緒に排出することで、ダイエットや美肌を実現しようという「ファイバーデトックス」だろう。

 そもそも食物繊維入りの食品の中には、食べたものが腸を通過する時間を短くし、糞便(ふんべん)の量や排便回数を増やすことで、「おなかの調子を整える」という表示を許可された特定保健用食品(トクホ)もあり、すでに便通改善に役立つ素材という認識は広まっていた。
 さらに食物繊維には体内に入れたくない毒素を吸着して便として排出する作用もあるとして新たな関心を呼び起こしたのだ。

 一方、食物繊維が大腸でビフィズス菌などの有用菌を増やして悪玉菌を抑え込み、これらが作る毒素を減らす働きも解明され始めていた。

 こうした新たな機能訴求は、「ダイエットをしてもなかなか効果が表れない」「便秘がちで肌の調子が悪い」といった悩みを持つ女性層の心をつかみ、食物繊維で腸をきれいにする健康法、ファイバーデトックスのブームが起きた。

 そしてもう1つは、引き算の発想を極め、食事を抜いて心身をリセットしようという断食だ。
 何日も食事を抜く本格的な断食は一般人には難しいということで、「週末デトックス断食」「プチ断食」といった手軽に試せる方法が人気を集めた。
 筆者が属していた日経ヘルスは、1998年の創刊当時から、昭和初期に生まれ、玄米菜食や断食を取り入れて心身が持つ本来の機能を取り戻そうと提唱する「西式健康法」に注目し、継続して取り上げていたため、デトックスブームの中で、実施しやすい断食を特集するのは自然の流れだった。

「胃腸の処理能力を超えた食べ物は宿便という形で腸内にとどまり、腐敗を始める。この状態のときに腸内の悪玉菌がまき散らす毒が体内で生じる最も深刻な毒だといっていい。それを出すために最適なのが断食と少食だ」

 西式健康法(西勝造が1927年に創始した健康法)を研究し、自身が院長を務める甲田医院(大阪府八尾市、閉院)で実際に断食療法を行っていた故甲田光雄院長はこう語っていた(「日経ヘルス」2006年6月号より)。

 しかし、当時デトックス関連の健康法を毎号のように取り上げていた日経ヘルスの編集者として、記事を作るにあたって不足感が否めなかったのがエビデンス(科学的根拠)だ。
 読者からの反響が大きく手応えは十分だったが、裏付けデータの少なさには泣かされた。
 たとえば食物繊維によるデトックスの背景には、「体の毒素の7〜8割は腸から排出されるため、腸こそが最大の解毒器官。だから腸の機能を調整して便通を良くし、毒素の排出力を高めることが必要だ」という考え方があったが、残念ながらこれを裏付ける確固とした科学的根拠は見い出せなかった。
 また、少食や断食を行ってエネルギー不足になると、体脂肪が分解されケトン体という物質ができ、これが糖の代わりに脳のエネルギーになるのでダイエットにもなる可能性もある、という考え方は示されていたが、それを裏付ける人試験データもまだほとんどないと言っていい状態だった。

 食物繊維をとり続けたときの便通改善実感や食事を1、2日抜いた時に得られる爽快感は体験した多くの人に共通してあったのではないか。
 しかし、こうした実感をよりどころにせざるを得ない面が強かったせいもあってか、やがてデトックスブームは収束していった。

■ 腸、断食のエビデンスが目白押し

 デトックスブームから約10年が経った今、食物繊維と腸の関係、そして断食・少食(カロリー制限)は、世界の医学界が注目する最先端の医科学に躍り出た。
 NatureやScience、Cellといったトップ科学ジャーナルが競い合ってこの分野の最新研究を発表し、それを一般メディアもこぞって取り上げている。
 まず腸

 老廃物や不要な重金属などを排出するだけではなく、全身の健康維持に関わる中枢的な器官だということが明らかになってきた。
 下に挙げた、「腸内環境が悪化したときに高まるリスク」の図を見てほしい。
 これは、それぞれの健康キーワードに関する研究中で注目すべきものの出典をまとめたものだが、これらはまさに腸の不調がメンタル面まで含めた全身の不調に大きく関わっていることを示している。

 そして、食物繊維も便通を良くするのみならず、腸に住む有用菌の餌になって、これらの菌が作りだす物質がエネルギー代謝や血糖のコントロールに関わったりしていることや、腸にあって免疫に関わる細胞を刺激して免疫物質を作ったりしていることがわかってきた[注1]。

 ここ数年、糖質を制限する食事法が人気だが、一方で、精製しておらず食物繊維が多い全粒の状態で、糖質の代表である穀物を1日90グラム以上(玄米だと炊き上がりで茶碗やや大盛り1杯程度)とっている人たちでは、摂取量がもっとも少ない人たちより糖尿病の死亡率が36%、すべてのがんの死亡率が11%、脳卒中発症率が14%減少するという、多くの研究を系統的に分析した報告も発表され、穀物の食物繊維と腸との関係性が探索されている[注2]。

 また、粘性の高い繊維には過度な食欲を抑制する働きがあるという研究や、若いころから食物繊維を多くとっている女性で将来の乳がん発症リスクが低いといった、女性の関心を集めそうなエビデンスも登場している[注3]。
 
 もう一つの断食・少食(カロリー制限)はどうか。

 こちらは、ダイエットばかりかいろいろな病気のリスクを下げ、長寿に関わる遺伝子群(sirtuins)のスイッチをオンにするなどの働きで寿命の延長につながるかもしれないという報告が目白押しだ。

 言い方を変えると、いつも好きなだけ食べることや過食が体にとって「毒」であり、そのデトックス法としての断食・少食のエビデンスがそろってきたと言える。

 例えば、前に触れた、断食状態のときに出てくるケトン体の主成分はβ-ヒドロキシ酪酸という物質だが、これには身体機能や認知能を高める働きがあることがわかってきており、ケトン体を含んだ飲料をとってスポーツの記録を伸ばす可能性を検証する研究も始まった[注4]。

 また、24時間ほど断食をするとオートファジー(自食作用)が活性化することを東京大学の水島昇教授らがマウスの試験で明らかにしている。
 さらに、同教授のグループは、オートファジーが働くことで、全身の細胞や組織で再生力が高まり多くの疾患のリスクを低下させる可能性があることも報告している[注5]。

 断食は細胞レベルからデトックスを促す方法だったのだ。

 この1月、米ウィスコンシン大学と米国立加齢研究所(NIA)の2施設で1980年代から並行して進められてきた、食事を自由摂取させるアカゲザルの群と約3割カロリーを制限した食事で生活する群の長期観察研究結果を、両グループが共同で解析した論文が発表された。
 これまでは、カロリー制限が健康長寿に役立つとするウィスコンシン大と効果があるとは言えないとするNIAの見解が割れていたが、今回、「成人以降(中高年)で適度なカロリー制限を行うと、健康と寿命の延長に寄与する」という共同見解が示され、論争に終止符が打たれることになった[注6]。

 人ではどうか。
 アカゲザルの研究のような長期研究の実施はなかなか難しいが、米心臓協会が最近発表した断続的断食に関する科学的声明によると、週1日もしくは2日の断食(通常食の25%以下のカロリー制限食)を3〜24週間行った計10の研究で、期間中に被験者は平均3〜8%体重が減っている。
 また、19人の男女が1ヶ月のうち5日間を通常の3分の1から2分の1くらいの摂取カロリーに落として3ヶ月過ごしたところ、ケトン体値が終了時に3.7倍に上がり、空腹時血糖値や体内の炎症指標であるCRPの数値が下がるといった試験報告もある[注7]。

■ デトックスブームは再来するか?

 2016年からブームといえるのが、食物繊維が多く腸にいい食品や乳酸菌・ビフィズス菌をとる「腸活」だ。
 2017年2月2日に発売された日経ヘルス3月号にも「スーパー腸活」、「べっぴん腸活」と2本の腸活記事が掲載されているので、興味のある方はご一読いただきたい。

 市場で、食物繊維を多く含む代表的な穀物である大麦やグラノーラ、グリーンスムージーといった商品がヒットしている現状を見ると、食物繊維も「おなかの調子を整える」から「ファイバーデトックス」時代を経て、「ファイバー3.0」の時代に入っていると言っていいだろう。

 こうした流れがデトックスブーム自体の再来につながるかどうかは、エビデンスを伴い、ストーリー性が豊かな大型商品が登場するかどうかにかかってくる。

 また、デトックスや解毒、体内浄化といった表現は、薬事的に商品の訴求に使用できないので、伝え方の工夫も欠かせない。

 江戸時代の儒学者、貝原益軒は「養生訓」の中で、「酢やショウガやワサビ、コショウ、カラシ、サンショウなどを食事に加えると、食事に含まれる毒を制してくれる」といった表現で解毒に触れ、また「食事は腹7、8分でやめること。食べ過ぎると病気になる危険性がある。食事が原因で病気になったと思われるときには飲食を断つこと」などを挙げて断食・少食を勧めている。

 そもそも江戸時代の漢方では解毒という考え方がかなり重要視されていたようだ。
 これは、1805(文化2)年の江戸日本橋の街並みを詳細に描いた「熈代勝覧(きだいしょうらん)」に見える薬種問屋の最も大きな大看板に「けとく(解毒)」の文字が踊ることでも推し量られる。

 つまり、デトックスはそもそも生活の知恵として日本人に根付いていた考え方だと言えるのではないだろうか。
 ただ、現代の満ち足りた食生活の中で忘れ去られがちなだけだ、と。

 だとすれば、消費者の琴線に触れる商品の設計や訴求は十分可能だと思われるし、10年前と違って説得力のあるエビデンスが後押ししてくれる環境も整った。

 ブームが起こる可能性は十分にあるだろう。

[注1]Int J Obes (Lond). 2015 Sep; 39(9): 1331-38.
  Cell Host Microbe. 2016 Aug 10;20(2):202-14.
[注2] BMJ 2016;353:i2716
[注3] Obes Rev. 2011 Sep;12(9):724-39.
  Cell 2014 Jan 16;156(1-2):84-96.
[注4]FASEB J. 2016 Dec;30(12):4021-4032.
  Cell Metab. 2016 Aug 9;24(2):256-68.
[注5]Cell. 2010 Feb 5;140(3):313-26.
  Cell. 2011 Nov 11;147(4):728-41.
[注6]Nat Commun. 2017 Jan 17;8:14063
[注7]Circulation.2017 Jan 30.[Epub ahead of print]
  Cell Metab. 2015 Jul 7;22(1):86-99.

[図]
腸内環境が悪化したときに起こる害の図(日経ヘルス2016年11月号より)

[絵]
「熈代勝覧」に描かれた日本橋本町三丁目の薬種問屋・小西林兵衛の店頭。同絵巻の複製(写真)は、東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前」駅地下コンコース壁面に設置されている

NIKKEI STYLE、2017/2/9
デトックスにブーム再来?
科学的根拠が後押し

(日経BPヒット総合研究所 西沢邦浩)
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO12484490T00C17A2000000/


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小泉進次郎

第4次安倍再改造内閣でついに入閣を果たした「自民党のプリンス」、小泉進次郎氏。
内閣人事発表前からの官邸での異例な「結婚会見」など、当人のキャリアや実績以上のプッシュもあり、出世街道を驀進中だが、環境大臣就任後は意味不明な答弁やコメントなどを揶揄され、馬脚を露わしたという見方もある。
しかし、そんな小泉進次郎だが、日本にとっては極めて「危険」な存在である可能性もある。
『月刊日本 11月号』では、第三特集として「アメリカの代弁者・小泉進次郎」と題した特集を打ち出している。
今回は、その中から日本金融財政研究所の所長である経済学者の菊池英博氏の論考を転載、紹介しよう。

農協マネー380兆円の略奪


─ 環境大臣として初入閣した小泉進次郎氏をどう見ていますか。

菊池英博氏(以下、菊池): 小泉進次郎氏はアメリカの代弁者だと思います。
 彼の発言は、在日米国商工会議所(ACCJ)やアメリカのシンクタンクの方針に沿ったものばかりです。

 最も象徴的だったのは、自民党農林部会長時代の発言です。
 ACCJは2014年に、日本政府に対して「JAバンクとJA共済を現在の農水省の管轄下から金融庁の監督下に移し、他の金融機関と平等な競争環境(民間と同じ法人税を課すなど)を確立すべきである」とする意見書を突き付けてきました。
 彼らの狙いは、JAバンクとJA共済を民営化させ、「農協マネー」で米国債を購入させることです。

 このACCJの要求に呼応するように、進次郎氏は2016年1月に「農林中金(農中)の融資のうち農業に回っている金額は0.1%しかない。農家のためにならない」と述べ、「農中不要論」をぶちあげたのです。

 農中は、地域のJAバンクや各都道府県にあるJA信連から資金を預かり、その運用益を組合員に還元しています。
 また、農中は農協の事業の赤字を補って日本の農業を支えています。
 フランスのクレディ・アグリコルやアメリカのクレジット・ユニオンなど、どの主要国にも農中のような農業金融の中核機関が存在しています。
 農家に直接融資するのはJAバンクの役割であり、農中の融資が少ないのは当然のことです。

 ACCJが狙っていた農協マネー380兆円の略奪は、進次郎氏の父・純一郎氏が年次改革要望書の指令に沿って郵政民営化を断行し、郵政マネーを略奪しようとした構図と同じです。

 また、「日本の農業は過保護だ」という進次郎氏の主張も事実に反するものです。
 日本の農業は過小保護なのです。
 欧米主要国は、食糧安全保障の観点から、農業に多額の国家予算を投じています。
 農業所得に占める直接支払い(財政負担)の割合を見ると、日本はわずか15.6%です。
 フランス、イギリス、スイスはいずれも90%を超えています。
 農業算出額に対する農業予算の割合を見ても、日本が27%なのに対し、アメリカは65%、スイスが62%、フランスは44%となっています。


グローバル企業の代弁者

─ 進次郎氏は、日本をコントロールするジャパン・ハンドラーから直接手ほどきを受けてきました。

菊池: 彼は2004年3月に関東学院大学を卒業した後、コロンビア大学に留学しています。
 そこで指導を受けたのが、ジャパン・ハンドラーの代表的人物であるジェラルド・カーティス氏です。
 カーティス氏はコロンビア大学東アジア研究所所長などを歴任した日本政治研究者ですが、CIAの情報提供者(インフォーマント)として名前が上っています。
 現在も、竹中平蔵氏が所長を務めるパソナ総合研究所のアドバイザリーボードに名を連ねています。
 ジャパン・ハンドラーたちは、日本の留学生たちを手懐け、アメリカの代弁者として育成しているのです。
 その尖兵が進次郎氏です。

 進次郎氏はCSIS(戦略国際問題研究所)の研究員も務めていました。
 まさに、CSISは、日本に対する司令塔の一つであり、ジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ、マイケル・グリーンといったジャパン・ハンドラーの巣窟です。


─ 進次郎氏は菅義偉官房長官と歩調を合わせています。

菊池: 二人はともに神奈川県選出であり、規制改革論者として知られています。
 もともと菅氏は、小泉純一郎政権時代に竹中総務大臣の下で副大臣を務め、小泉流の規制改革路線を信奉してきました。

 2009年の民主党政権誕生後、一旦郵政民営化路線は修正されました。
 2012年4月には郵政民営化法改正案が衆院を通過しました。
 民営化法は、「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命保険」の金融2子会社の株式について、完全売却を義務付けていましたが、それが努力目標に改められたのです。
 この法案に中川秀直氏とともに反対したのが、進次郎氏と菅氏でした。

 8月7日、進次郎氏は滝川クリステルさんとともに菅氏を訪ねて結婚を報告し、そのまま首相官邸で記者たちを前に結婚を公表しました。
 今回の進次郎氏入閣を推進したのも菅氏だったと見られています。
 8月10日に発売された『文藝春秋』9月号に掲載された菅氏と進次郎氏との対談でも、司会者から「進次郎さんはもう閣僚になってもいいか」と振られて、菅氏は「私はいいと思います」と発言していました。
 菅氏は、安倍総理が9月6日にウラジオストクから帰国すると、「今回、進次郎は入閣を受けるのでは。言ってみたらどうですか」と進言したとも報じられています。
 今後、進次郎氏は菅氏と連携しながら、アメリカの要求に呼応した規制改革路線を推進していくことになるでしょう。


健康ゴールド免許は金持ち優遇策だ

─ 進次郎氏は2018年10月に党の厚生労働部会長に就きましたが、それ以前にも農協改革の旗を振ると同時に、社会保障改革で独自の主張を展開してきました。

菊池: 進次郎氏が主導した「2020年以降の経済財政構想小委員会」(通称:小泉小委員会)は、2016年10月に「人生100年時代の社会保障へ」と題した提言をまとめました。
 提言の目玉は「健康ゴールド免許」の導入です。
 運転免許証で優良運転者に「ゴールド免許」が与えられるように、健康診断を受け、健康管理に努めた人には、医療保険の自己負担を3割から2割に引き下げる「ゴールド免許」を与えるという構想です。

 高齢化の進展に伴って拡大し続ける社会保障費を抑制するために、国民が自己責任で健康管理に努め、できるだけ長く仕事を続けることを奨励するという発想です。

 大企業の株主たちは配当の拡大のために、企業の従業員の健康保険料負担の縮小を求めています。
 そのために、予防医療の考え方に基づいて、健康管理は自己責任であるという考え方を浸透させようとしています。

 しかし、健康管理に努め、健康でいられる人を優遇するという発想は、弱肉強食の論理です。

 健康の維持管理にカネをかけられない貧乏人は切り捨てるということです。
 人間ドックや高級ジムに通えるのも、優良食材でデトックス(ヤッホーくん注1)に励められるのも、豊富な財力がある人だけ
です。

 逆に雇用の不安定な人は、年に一度の健康診断さえ受けられないのが現実です。
 所得の格差が疾病リスクに大きな影響を与えているのにもかかわらず、健康管理に努められる恵まれた人びとの自己負担を低くするのは、露骨な金持ち優遇策です。


「守旧派に挑む改革者」のイメージに騙されるな

─ 小泉小委員会は、2017年3月には「こども保険」創設を提言しました。

菊池: 進次郎氏は、「子どもが必要な保育や教育を受けられないリスクを社会全体で支える」などと耳障りのいいことを言っていますが、「保険」の名のもとに、国民に新たな負担を押し付けるのが狙いです。
 実際、提言は現在の社会保険料に0.1%を上乗せし、新たに3400億円の財源を捻出すると述べています。
 その実体は、「こども増税」だとも指摘されています。


─ マスコミは進次郎氏の発言を持て囃してきました。

菊池: 彼の発言の仕方は、典型的なショック・ドクトリン(ヤッホーくん注2)の手法です。
 ショック・ドクトリンとは、災害、政変、戦争などによる混乱に乗じて一気に変革を進める新自由主義者の手法です。

 進次郎氏は通説とは異なる主張を、突然ぶち上げて、まずショックを与えるのです。
 その混乱に乗じて、世論を味方につけるのです。
 その手法は父純一郎氏の手法でもあります。
 純一郎氏は「官から民へ」「改革なくして成長なし」をスローガンとして、郵政民営化賛成派を改革派、反対派を守旧派・抵抗勢力と位置づけて世論を味方につけました。

 純一郎氏が郵政を悪玉に仕立てたのと同様に、進次郎氏も農協を悪玉に仕立てようとしました。
 マスコミは、彼らを悪玉に挑む改革派だと錯覚して、彼らをヒーロー扱いしてきたのです。

 しかし、進次郎氏はアメリカの代弁者として利用されているに過ぎず、自ら築き上げた確固たる思想などないのです。

 彼には、入れ知恵された政策を巧みに宣伝することしかできません。
 入れ知恵されなければ、何も語れないのです。
 実際彼は、9月22日にニューヨークの国連本部で行われた気候行動サミットで外交デビューしましたが、記者からの質問にまともに答えられませんでした。
「石炭は温暖化の大きな原因だが、脱石炭火力に向けて今後どうする?」と質問された進次郎氏は、「減らす」と答えましたが、記者から「どのように?」と尋ねられると、答えに詰まって6秒も沈黙してしまいました。

 自分の考えは全くないのです。

 進次郎氏は、私的とはいえ靖国神社を参拝しています。
 靖国参拝は、中国、韓国はもちろん、アメリカも反対しています。
 アジア諸国との和解の精神を持たない政治家に、日本の指導者になる資格はありません。

 進次郎氏の化けの皮は剥がれつつあります。
 しかし、日本の規制改革をさらに進めたいアメリカやグローバル企業は、今後も進次郎氏を利用しようとするでしょう。
 かつて、純一郎氏の郵政民営化に多くの国民が騙されました。
 進次郎氏の巧みなワンフレーズとショック・ドクトリンに、再び騙されてはなりません。


※ 「月刊日本」:
「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

ハーバー・ビジネス・オンライン 2019/10/21 08:33
小泉進次郎。爽やかな笑顔の下にある「アメリカの代弁者」という素顔
<菊池英博氏>
(聞き手・構成 坪内隆彦)
https://hbol.jp/204602?cx_clicks_art_mdl=3_title

(ヤッホーくん注1)デトックス

次に投稿予定です、しばしお待ちを。

(ヤッホーくん注2)ショック・ドクトリンについてはヤッホーくんのこのブログ、次の日付の日記をぜひお読みください:

★ 2011年12月19日「惨事便乗型資本主義」
★ 2011年12月20日「ショック・ドクトリン」
★ 2011年12月21日「村上由見子」
★ 2018年09月04日「辺野古移設中止を」

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2019年10月21日

蔓延する薬物汚染

 人気アイドルグループ「KAT−TUN」の元メンバーの田口淳之介被告と同居していた元女優が、大麻を所持した罪に問われた裁判で、東京地方裁判所は2人に懲役6ヶ月、執行猶予2年を言い渡しました。

 KAT-TUNの元メンバー、田口淳之介被告(33)と、同居していた元女優の小嶺麗奈被告(39)の2人は、ことし2019年5月、東京・世田谷区の自宅マンションで大麻を所持した罪に問われました。

 2人は、ことし7月の初公判で罪を認め、検察は懲役6ヶ月を求刑していました。

 10月21日の判決で、東京地方裁判所の長池健司裁判官は「事実を認めて反省の態度を示しているうえ、大麻の入手先も供述して関係を絶っている」として、いずれも懲役6ヶ月、執行猶予2年を言い渡しました。

 この裁判は、ことし7月に判決が言い渡される予定でしたが、検察の請求で延期されていました。

 検察官は21日の法廷で「厚生労働省麻薬取締部から『2人の自宅を捜索した際に撮影した動画をマスコミに提供した』と連絡があったため、問題がないか詳しく調べる必要があった」と説明しました。

 そのうえで検察は、捜索の手続きや押収した証拠には「問題ない」と結論づけたということです。


NHK News Web、2019年10月21日 11時36分
KAT-TUN元メンバー田口被告らに執行猶予付き有罪判決
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191021/k10012141721000.html

 アイドルグループKAT-TUN(カトゥーン)元メンバー・田口淳之介被告(33)と元俳優・小嶺麗奈(れな)被告(39)が大麻取締法違反の罪に問われた事件で、関東信越厚生局麻薬取締部(麻取)が2人の自宅を捜索した際に撮影した動画を、テレビ制作会社の依頼に応じて提供していたことが分かった。
 手錠をかけられる様子も映っており、弁護人は「重大なプライバシー侵害」と批判している。

 両被告の判決は東京地裁で7月30日に予定されていたが、直前になって検察がこの問題を把握。
 捜査の過程に問題がなかったか検討するという検察の意向で、判決が延期されていた。

 関係者によると、動画は麻薬取締官らが5月に都内で2人に職務質問してから、自宅マンションを捜索し、手錠をかけるまで2時間余りのもの。
 室内の様子や「女(小嶺被告)は(撮らなくても)いいんじゃないですか」といった取締官の発言も収められている。
 捜索方法が裁判で問題になったときのために取締官が撮影していた。


[写真]
田口被告の逮捕映像、外部流出

朝日新聞、2019/10/21(月) 11:50配信
KAT−TUN元メンバーの逮捕映像、麻取が外部へ提供
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6340162

「泳がせ捜査」で逮捕へ

 警視庁は2019年4月末、経済産業省のキャリア官僚西田哲也容疑者(逮捕当時28歳)を麻薬特例法違反容疑で逮捕した。

「仕事のストレスで医師に処方された向精神薬を服用していた。より強い効果を求めて覚せい剤に手を出した」

 西田容疑者は、警視庁の調べにこう供述しているという。

 警察の発表や報道によると、西田容疑者は当初、都内で売人から覚せい剤を購入していたが、その後は海外のサイトを通じて密輸を始めた。
 
 今回、米ロサンゼルスから成田空港に国際郵便で到着したファッション雑誌の袋とじの中に、覚せい剤約22・1グラム(末端価格約130万円)が入っているのを税関職員が発見。

 通報を受けた警視庁が郵便物の中身を入れ替え、あえて「泳がせた」ところ、西田容疑者が受け取った。
 郵便物の宛名は別人で、届け先も異なる住所だったが、西田容疑者は郵便局に電話し自宅に届けさせたという。

「ダークウェブ」を使っていたのか?

 前述の通り、報道では西田容疑者の薬物入手ルートは「海外サイト」とされている。
 しかし注意したいのが、容疑者は一般的なネットの世界「表層ウェブ」とは異なる、いわゆる「ダークウェブ」を利用していた可能性が高いということだ。

「ダークウェブ」とは、専用ブラウザ「Tor」などを用いてのみ接続することができる、Google検索にも引っかからないサイト群のこと。
 TorにはIPアドレスを秘匿する技術が採用されており、アクセス者の割り出しは事実上不可能であるとされる。

 ダークウェブ上には、違法薬物をはじめ、個人情報や銃器、さらには放射性物質に至るまでさまざまな違法物品を販売するサイト(ブラックマーケット)が存在する。
 2013 年に米FBIによって摘発されているが、過去には「闇のAmazon」の異名をとった大手サイト「シルクロード」が知られていた。

 ブラックマーケットにおいては、取引者の匿名を期するため、決済はもっぱらビットコインをはじめとする暗号通貨で行われる。
 西田容疑者も、暗号通貨で覚せい剤を購入していた。


 インターネット史に詳しく、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』の著書がある文筆家の木澤佐登志氏は、今回の事件の背景についてこう解説する。

「(薬物の入手経路が)ダークウェブの可能性も十分に考えられると思います。ただし、日本人がダークウェブの海外ブラックマーケットを利用して薬物を個人輸入するのは比較的珍しいケースかと思われます」

 木澤氏によれば、日本人がダークウェブを使った薬物購入を画策する場合、ダークウェブ上の数少ない日本語BBSである「Onionちゃんねる」を利用するパターンが多いという。

「このBBSでは、野菜(大麻)、チャリ(コカイン)、氷(覚醒剤)など、国内ディーラーが様々な違法薬物を販売しています。販売方式は『手押し』という直接取引が主流で、メールで連絡を取り合い、所定の場所で落ち合って、現金取引を行うというものです。
 これは、日本の郵便システムはチェックが厳しく、薬物押収のリスクが高いからと言われています。同様に、日本の税関も薬物押収に長けているので、基本的に国内ディーラーは海外からの発注を受け付けません。
 海外のブラックマーケットのディーラーも、日本の税関の優秀さを知っているため、日本への薬物の発送を避ける傾向にあるようです」
(木澤氏)

 西田容疑者は省内で注射器を使用していた常習犯であり、郵便物の受け取り場所を自宅以外の場所に指定した点をみても、違法薬物の購入に慣れていたことがうかがえる。
 しかし、どれだけ匿名の取引・決済方法を駆使しても、やはり海外ディーラーからの個人輸入は無謀だったのかもしれない。

 西田容疑者の密輸手口の詳細については今後の捜査情報や供述が待たれるが、近年の暗号通貨利用者の拡大などもあり、今後はダークウェブを利用した薬物犯罪が増加することも考えられる。
 対策は可能なのだろうか。

「ダークウェブは秘匿性が高く、捜査機関であっても、直接セキュリティを突破することは不可能です。ですから、表層ウェブにおいてブラックマーケット運営者が手がかりを残すのを待ち構える、という捜査方法が主流です。事実、今月初めには海外の大手ブラックマーケット『Wall Street Market』の運営者が、表層ウェブ上で不注意から身元につながる情報を残して逮捕されています」
(木澤氏)

 だが大手サイトが潰れても、再び新たなサイトが生まれ、違法取引が一掃されることはない。
 ダークウェブに跋扈するブラックマーケット運営者やディーラーと当局の攻防は、国際的にもまさしく「いたちごっこ」の状況だ。

 いみじくも今回の逮捕劇が示しているように、現在のところは税関や郵便などの「リアル」における水際阻止が、インターネットを利用した違法薬物取引に対する最も有効な対抗手段なのだ。

背景に「官僚の働き方」問題
 
 言うまでもなく、今回の事件で霞が関には激震が走った。
 副次的にクローズアップされているのが、官僚の働き方である。
 西田容疑者は、覚せい剤に手を出した理由として「仕事のストレスから」と供述した。

 キャリア官僚は、非常に労働時間が長いことで知られている。
 世耕弘成経済産業大臣は5月10日の閣議後記者会見で、西田容疑者の業務への適格性を問われ「一般論としては、経産省として働き方改革に努めているし、メンタルヘルスも含めて職員の健康管理に努めている」と答えた。

 しかし終電がなくなっても、官庁街には官僚たちを埼玉や千葉など遠方の自宅に送り届けるタクシーが列をなす。
 安倍政権が「働き方改革」の旗を振る中、中央官庁が真っ向からそれに逆行している現状は皮肉としか言いようがない。

激務も一因であるとすれば…

 とりわけ労働時間が長いとされる厚生労働省は「強制労働省」と揶揄される始末だ。
 ある中央官庁の幹部は働き方の現状についてこう話す。

「特にストレスなのが、政策を作る時など、国会議員の先生に中身について『ご説明』するとき。直接議員会館に出向いて何度も何度も同じ説明をしなければなりませんし、先生方の中でも決定権を持つ人なんてほんの数人なのに、拘束時間がものすごく長くなります。
 荒っぽい先生方も少なくなくて、罵詈雑言が飛んでくるのは当たり前。最近はさすがに減りましたが、机の下で足を蹴られるくらいのことは、部長級以上ならみんな経験しているんではないでしょうか。行政がこんなに『精神力』に頼っていていいのだろうか、と疑問に感じる日々です」

 国会会期中は、深夜まで議員の質問対応で待機することも有名だ。別の中央官庁幹部が話す。

「今回逮捕された西田容疑者は、花形とされる自動車業界の担当でしたから、自民党だけでなく業界関係者との付き合いもあり、激務だったのは間違いないでしょう。もちろんここ最近は、カルロス・ゴーン氏をめぐる刑事事件も重なっていた。
 そうした状況も薬物に手を出した一つの理由であったとすれば、第二、第三の西田容疑者を出さないためにも、官邸には官僚の働き方についても再考してもらう必要があります」

 官僚たちの「公僕」としてのストレスのはけ口が、覚せい剤使用などの違法行為にこれ以上向かないよう、抜本的な対策が必要な時期に差し掛かっているのかもしれない。


現代ビジネス、2019.05.14
経産省20代キャリア官僚「覚せい剤密輸」にちらつくダークウェブの影
激務のストレスで手を出した…?

(松岡 久蔵)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64579

 失言癖が治らず、東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣を辞任するに至った桜田義孝衆議院議員。
 今度は、少子化問題に言及するなかで「子どもを最低3人産んでくれるように」と発言して、非難を浴びている。
 公人の不祥事が相次ぐなかでの無神経な発言に、国民は怒り心頭のようだ。

 桜田議員は5月29日に行われた自民党議員のパーティーに出席し、「自分たちのお子さんやお孫さんには、最低3人くらいは産んでくれるようお願いしていただきたい」と発言した。
 桜田議員の発言を受け、国会で記者に応対した立憲民主党の蓮舫副代表は「最低な発言だと思います」「国会議員の恥」と批判。
 国民民主党の原口一博国会対策委員長も「そもそも人権に対する意識が欠如している」と痛烈に非難している。
 また、公明党の斉藤鉄夫幹事長も「選挙に直結する。与党としておごり、ゆるみを排除し、参院選勝利に進んでいきたい」と不快感を示しており、与党からも反発が起きている状況だ。

 桜田議員といえば五輪相当時、競泳の池江璃花子選手が白血病を公表した際に「がっかりしている」「(東京五輪の)盛り上がりが若干、下火にならないか心配している」などとコメントして猛批判を浴びた。
 さらに、自民党の高橋比奈子衆議院議員(東北比例)のパーティーでは「(震災の)復興以上に大事なのは高橋さん」と発言し、謝罪および辞任へと追い込まれた。

 しかし、大臣を辞してなお続く不用意な発言に、インターネット上では「大臣だけでなく国会議員も辞めたほうがいいのでは?」「政治家としての資質というより人間性の問題」「自民党の『失言防止マニュアル』がまったく生かされていないことが証明されましたね」「少子化を解決するために3人というのはわかるが、それを難しくしてきたのは国では?」と批判が続出している。

 桜田議員のような政治家だけでなく、不祥事は霞が関の官僚からも相次いでいる。
 5月24日には、東京地方検察庁が経済産業省のキャリア官僚である西田哲也容疑者を覚せい剤取締法違反などの容疑で起訴。
 西田容疑者は4月に覚せい剤の使用および密輸入の疑いで警視庁に逮捕されており、「職場のトイレや会議室で使った」と供述していた。
 そして、経産省内が家宅捜索された結果、机からは注射器6本が見つかっている。

 また、5月28日には文部科学省のキャリア官僚である福沢光祐容疑者が覚せい剤取締法および大麻取締法違反容疑で厚生労働省麻薬取締部に現行犯逮捕されている。
 文科省も家宅捜索を受け、福沢容疑者の机からは使用済みの注射器が押収されたという。
 経産省や文科省が家宅捜索されたこと自体が前代未聞だが、両者とも職場に薬物を持ち込んで使用した疑いが濃厚であることが世間に衝撃を与えている。

 相次ぐ国家公務員の不祥事に、菅義偉官房長官は記者会見で「誠に遺憾で、あってはならないこと」とコメントしており、まさに異常事態といっていいだろう。

 ネット上でも、「日本の中枢である中央官庁に薬物が持ち込まれて使われるって相当ヤバいのに、マスコミの報道が不自然に少ない気がする」「霞が関の薬物汚染が深刻すぎる……ブラックすぎてクスリでもやらないと耐えられないってこと?」「この2人だけではない気がする。全省庁で抜き打ちの薬物検査をすべきでは」「役人がクスリやってつくってきたのが今の日本ってことか」などという声が上がっている。

 5月30日には、在イラン日本国大使館の駒野欽一元大使が強制わいせつの疑いで警視庁に書類送検されたことが判明した。
 報道によると、2012年にイラン・テヘランの大使公邸で部下の女性職員に抱きついたり無理やりキスをしたりしたといい、被害女性から刑事告訴されていた。
 ネット上には「大使館内で何やってんの? 日本の恥」「自分の地位と組織内の上下関係を利用したセクハラの見本のような事例」といった声が寄せられている。

 永田町や霞が関で相次ぐ公人の不祥事が沈静化する日は来るのだろうか。


Business Journal、2019.05.30
キャリア官僚、庁舎内での覚せい剤使用が蔓延か…経産省や文科省で逮捕者相次ぐ
https://biz-journal.jp/2019/05/post_28146.html

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総理夫人と大麻

 年号が令和になり、初めての国賓として来日された米国のトランプ大統領も、日本での休日をゴルフや大相撲観戦で楽しまれ、無事に帰国されたことで、接待された安倍総理夫妻もご苦労様でした。

 特に日本のファーストレディとして、安倍昭恵夫人は常にマスコミから注目され、大好きなアルコールも控えておられ、心労は計り知れず、重ねて御苦労様と申し上げたい。

 しかし大麻取締法違反で芸能人が逮捕され、1ヶ月前にゴルフを一緒にプレーしたのが、総理夫人である安倍昭恵氏とマスコミが報じたことで、俄かに注目を集め始めている(ヤッホーくん注1)。

 東京では自ら居酒屋も運営して、かなりの酒豪との噂もあり、飲み友達も多く人脈も幅広い安倍昭恵氏(ヤッホーくん注2)だけに、過去において森友学園との関係も、その様な背景もあって自然に発生したものと理解することが出来る。

 更に安倍昭恵氏は大麻に関しても、常識の範疇と思うが、ある程度の理解者としてマスコミ関係者の間では周知の事実で、ネットには写真が数多く登場しているので検索すれば良い。

 世界には大麻解禁に踏み出す国や自治体もあるが、日本では未だ御法度なだけに、安倍昭恵夫人の奔放な振る舞いが、再び総理に降り掛からないことを願うばかりである。


福岡県民ニュース、2019年6月5日10:13
総理夫人と大麻
http://www.fk-shinbun.co.jp/?p=23193

(ヤッホーくん注1)

 通常なら接点がなさそうな2人だけに、余計に「共通点」がクローズアップされてしまった。

 2019年5月30日発売の「女性セブン」(小学館)にて、大麻取締法違反(所持)の疑いで内縁の妻の小嶺麗奈容疑者とともに逮捕されたKAT-TUNの元メンバー・田口淳之介容疑者と、安倍晋三首相の妻・昭恵夫人との“意外なつながり”が報じられた。
 田口は逮捕の約1ヶ月前の4月11日に、千葉県の森永高滝カントリー倶楽部で行われたアマチュアゴルフトーナメントの日本予選に、唯一の芸能人ゲストとして招かれた。その際、特別ゲストとして呼ばれていた明恵夫人と、ラウンド前に親しげに言葉を交わしていたといい、招待客によれば初対面には見えなかったといいます。鳴かず飛ばすの元アイドルが“芸能人枠”で一人だけ呼ばれるもの不自然な話。森永創業家出身の令嬢である昭恵夫人の鶴の一声で参加が決まった可能性もありそうです
(週刊誌記者)

 昭恵夫人といえば、「大麻解禁論者」として知られ、過去には大麻にまつわる言動がたびたび週刊誌で取り上げられている。
 2017年12月の『アサヒ芸能』(徳間書店)では、潰瘍性大腸炎という難病を抱える安倍総理が、昭恵夫人のススメで『大麻サプリ』を使用していることをスクープ。2016年7月に京都で開催された『世界麻環境フォーラム』に参加した昭恵夫人は、大麻の素晴らしさを熱弁しながら、『アメリカの大手メーカーの大麻サプリを潰瘍性大腸炎の持病を持つ夫に使用させている』とカミングアウトしていたことも報じています。昭恵夫人は2015年にも『週刊SPA!』(扶桑社)で鳥取県の大麻畑でほほ笑む写真とともに、『私自身も大麻栽培の免許を取ろうかと考えた』と発言。さらに、2016年に『週刊現代』(講談社)で小池百合子都知事と対談した際にも『日本を取り戻すことは大麻を取り戻すことです』とまで語っています」
(同)

 田口容疑者は小嶺容疑者の影響で「大麻を使い始めたのは10年ぐらい前」と供述している。
 昭恵夫人も田口が使用していることを知って、逆にそのことで好感を持ち親交を深めたのだろうか。

 夏の参議院選挙では野党からこの件を口撃されることも考えられるだけに、安倍首相はさぞかし苦虫をかみつぶした顔をしていることだろう。

※ 当記事は日刊サイゾーの提供記事です。


日刊サイゾー、2019/6/1 09:00
元KAT-TUN・田口淳之介と安倍昭恵総理夫人の「大麻つながり」が参院選に影響?
https://news.merumo.ne.jp/article/genre/8689408

 安倍昭恵・首相夫人といえば、自由奔放な行動に加え、スピリチュアルな発言で知られる。
 とくに安倍晋三首相を悩ませているのが「大麻解禁(合法化)」を巡る言動だ。

大麻はただの植物ではなくて、たぶんすごく高いエネルギーを持っていると私は思うんです

何千年もの間、日本人の衣食住と精神性に大きくかかわってきた大麻の文化を取り戻したい……。私自身も大麻栽培の免許を取ろうかと考えたほどです
(『週刊SPA!』2015年12月15日号)

 雑誌でそう公言する前の2015年7月には鳥取県智頭(ちづ)町の大麻畑を視察。
「大麻で町おこし」を宣伝したものの、その後、大麻栽培会社の代表が厚労省麻薬取締部に逮捕(昨年2016年10月)され、広告塔に利用された昭恵夫人も批判を浴びた。
 そうした昭恵夫人の“スピリチュアル”な大麻解禁活動に強い影響を与えていると官邸が注目しているのが映像プロデューサーの龍村ゆかり氏だ。

「シャーマニックな直感と、大地母性的なしなやかさを、あわせ持った、新しい世紀のプロデュースを目指す」という非営利団体『いのちの環』を主宰し、昭恵夫人の智頭町の大麻畑視察の場にもいた人物。
 昨年2016年、京都で世界の麻農家や専門家などを集めた『第1回世界麻環境フォーラム』が開催された際には、事前トークセッションに出演した。

 しかも、森友学園問題を追及されて精神的に追い詰められた昭恵夫人は最近、龍村氏との交遊を一層深めているという。
 官邸の安倍側近筋が語る。

「昭恵さんが総理の指示で公の場から“雲隠れ”した際には、龍村氏とダンスの会に出席したり、医療施設を訪問するなど一緒に行動して相談相手になってもらっているようだ。しかし、官邸は龍村氏を大麻解禁派の“要注意人物”と見ており、昭恵夫人がのめり込んでいることを危ういと心配している」

 龍村氏を直撃した。
 官邸や公安が私をマークしているという情報は知っていますが、私は政治的なことには関与していません。私自身のニュートラルな生き方に昭恵さんも共感してくれています。そのことをスピリチュアルな影響を与えているとか、オカルトみたいだと言われるのは私には理解できません。
 科学的に証明できないことは世の中にたくさんあると思います。そういう真実を探していく目がスピリチュアルかなと思うんですけど、それがなぜ、オウム真理教のようなカルト集団への警戒と一緒にして見られているのか。
 私は衰退する産業用大麻を守る活動をしていますが、昭恵さんに強い影響を与えているとは思いませんし、そう言われることは不本意です」

 そう反論するのだが、安倍首相も交遊を黙認していたわけではないようだ。

「総理や母の洋子さんも心配して、昭恵さんに何度も大麻解禁論者との交遊を控えるよう注意したそうですが、言えば言うほど頑なになるのが昭恵さんの性格なのでしょう。官邸も安倍家の家庭内事情にまで口出しできません」
(前出・安倍側近筋)

※ 週刊ポスト2017年7月7日号


News Post セブン、2017.06.26 16:00
大麻解禁派にのめり込む安倍昭恵夫人
官邸は危うさを心配

https://www.news-postseven.com/archives/20170626_566633.html

(ヤッホーくん注)

 ヤッホーくんのこのブログ、2019年10月12日付け日記「安倍晋三による政治の私物化」をぜひお読みください。

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矛盾を抱えたままの日本

 戦後の日本は、国家の基本に関わる部分で、二つの大きな矛盾を抱えたまま出発し、その矛盾は70年以上たった今も日本を苦しめている。
 言うまでもなく、その一つは日米安保条約と憲法9条の矛盾であり、もう一つは主権在民の民主国家日本と、世襲制である天皇制の矛盾である。
 日米安保条約と憲法9条の矛盾については、いまさら私がここで繰り返す必要はない。

 ここで取り上げるのは象徴天皇制についてだ。
 いよいよあす2019年10月22日、即位の礼の儀式が行われる。
 メディアはこぞって即位の儀式を、憲法が禁じる政教分離の原則とどう両立させるかという問題について書いている。
 30年前の即位の儀式の場合と同じ事の繰り返した。
 そして次の時代に代る時もまた、同じ議論の繰り返しになるだろう。
 天皇制を維持する限り、この問題に結論は出ない。
 この二つは矛盾するからだ。
 それでは、民主主義に反する天皇制はなくした方がいいのか。
 個人的にはそう思う。
 しかし、国民の大部分がそう思うようにならない限り、天皇制をなくすことは出来ないだろう。
 それは日米安保体制をなくすことが出来ないのと同じだ。
 それではどうすればいいのか。
 私の答えは、憲法9条をこの国の最上位に置くことである。
 つまり憲法9条をこの国の国体にするのだ。
 天皇制についてはすでにそうなっている。
 憲法9条の順守義務が憲法の中に明記されており、ダメオシのように、上皇が2016年8月8日のお言葉で、象徴天皇のありかたはそういうことだと思う、それでいいか、と国民に問いかけられたからだ(ヤッホーくん注1)。
 われわれ国民は、その通りだと答えればいいのだ。

 日米安保条約もまた、私が主張するようにいますぐ廃棄しなくても、日米安保条約を憲法9条の下に置けばいいのだ。
 すなわち、あらゆる密約を国民の前に明らかにし、その不平等性をあらため、主権を取り戻せばいいのだ。
 それでも米国の方から日米安保条約を止めるとは言い出さない。

 なぜなら日米安保条約は米国にとってメリットがあるからだ(ヤッホーくん注2)。

 もし米国の方から止めると言い出せば、その時こそ日本は大手を振ってアジアとの平和関係の構築に舵を切ればいいだけの話だ。
 アジアとの共存、共栄が実現できれば、日米安保条約の時よりはるかに日本の安全は高まる。

 憲法9条と象徴天皇制と日米安保体制。
 この三つの矛盾した戦後の日本の国体の中で、憲法9条を最上位に置く、つまり憲法9条を日本の国体にする。


 これこそが今の日本の政治に必要なことだ。
 それを提唱するワンイシュー政党である新党憲法9条が、この国の政治の中にいまこそ出て来ないといけないのである。
 誰かが新党憲法9条なるものをこの国の政治の中に誕生させなければいけない。
 そして、そのことは早ければ早い方がいい。
 憲法9条がなくなってしまえば、元も子もなくなる。
 文字通り、米国がこの国を支配することになる。
 そんなことになって、いいはずがない。


天木直人のブログ、2019-10-21
矛盾を抱えたままの日本を解決する最善策はこれだ
http://kenpo9.com/archives/6317

(ヤッホーくん注1)

 ヤッホーくんのこのブログ、2019年05月01日付け日記「在位28年で築き上げた「国体」とは・・」をぜひお読みください。

(ヤッホーくん注2)

 日本とメキシコの関係(日墨関係)は、ともにアジア太平洋経済協力会議(APEC)と環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)、経済協力開発機構(OECD)に参加するなど関係が深い。
 2005年に日墨経済連携協定が結ばれた結果、貿易が急拡大し、2国間の貿易額は約222億米ドルに達している。

 そのメキシコが、トランプ米大統領からメキシコ国境沿いに壁を建設されようとしているが、その費用が間接的とはいえ日本の税金からだという。理不尽過ぎるのではないか。
 9月4日、米国防省がメキシコとの国境沿いの壁建設費用に、同省の予算から36億ドル(約3800億円)を転用することを承認したと発表したのです。その中の430億円分が、横田基地(東京都)の輸送機の格納庫や機体の整備施設126億円、嘉手納基地(沖縄県)の航空機の格納庫94億円、岩国基地(山口県)の給油施設68億円など5つの基地の施設建設費を削って充当されるということです
(軍事ライター)


 今後、削られた在日米軍の施設の費用をどうやって用立てるかは未定だとしているが、米国が日本に穴埋めを要求してくるのは間違いない。

 日本政府が2018年度に計上した在日米軍関係経費は過去最大の8022億円にも上っており、その中身については詳細が不明だ。
 その内訳はざっと米軍再編関係経費が2161億円、沖縄に関する特別行動委員会(SACO)関係費が51億円、在日米軍駐留経費負担(いわゆる思いやり予算)が1968億円、その他、基地周辺対策費や用地借り上げ料、漁業補償等の費用が3842億円となっている。
 米軍再編関係経費は、沖縄県名護市辺野古での新たな海兵隊基地の建設や、米空母艦載機部隊の移駐に伴う岩国基地増強など、日米両政府が合意した米軍再編計画を実施するための予算となっているわけですが、2161億円の中から430億円を捻出した上で、捻出分を日本が穴埋めさせられるのではないでしょうか
(同・ライター)

 友好国であるメキシコが気の毒でならない。


excite. ニュース、2019年9月14日 09:30
在日米軍基地費用から430億円もの日本の税金がメキシコの壁建設に使われる?
https://www.excite.co.jp/news/article/Weeklyjn_20136/

朝日新聞記者を経て、現在はカナダのクィーンズ大学大学院で「監視社会」の研究を続けながら、ジャーナリストとして活躍する小笠原みどりさん。
小笠原さんは、米国の世界同時監視システムの存在を2013年に告発した元国家安全保障局(NSA)契約職員のエドワード・スノーデン氏への単独インタビューを2016年に発表、目にみえにくい現代の「監視」に警鐘を鳴らしている。

すでに暴走列車に乗っているような危険な状況に、いまの日本は置かれている

次々にすすむ国による監視体制

 私は新聞記者だった1999年から、国家による個人の監視について取材を始めました。
 というのは、その夏の国会で、警察の盗聴に道を開く「通信傍受法(以下、盗聴法と記す)」や、国民総背番号制度と呼ばれる住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)をつくる法律が成立したからです。
 二つの法律によって国は個人の私生活に入りこみやすくなりました。

 この動きは、2015年の新安保法成立前後から加速し、同年に住基ネット以上に国が強力に個人情報を吸い上げる共通番号(マイナンバー)制度が開始。
 2013年には特定秘密保護法、2016年は盗聴法の大幅拡大があり、そして2017年には「テロ等準備罪」の名で、私たちの日常会話を盗聴し、犯罪に問える共謀罪が制定されました。

 こうして振り返ると、国が個人情報の収集によって、私たちの生活を監視する権限を格段に強めていることは明らかです。
 と同時に、監視法制が戦争体制づくりの一環として進んできたことも、はっきりとしてきました。

 18年前に取材を始めた当時は、私もそこまで確信していませんでした。
 学生時代から表現の自由に関心があった私は、警察が人びとを盗聴できるようになる盗聴法に気持ち悪さを覚えました。
 盗聴されているかも、と思うだけで、人は本心を言わなくなるものです。
 表現の自由を抑止する盗聴法には世論も強く反対していました。

 ですが、盗聴法とほぼセットで成立した住基ネットの導入は、政府の狙いがなにか、よくわかりませんでした。
 恥ずかしながら法律が強行採決された後に、国民総背番号制とは何か、国が個人の情報を管理すると何が起こるのかを調べ始めました。

 住基ネットは、市区町村で個別に管理している住民票に、国が一元的に番号をふり、電子ネットワーク化して住民票の個人情報を使えるようにしたシステムです。
 住基ネット構築のための改定住民基本台帳法案を作成した自治省(現・総務省)は「利便性の向上」を主張していましたが、どれだけ話を聞いても、住民にとってそれほど利便性があるとは思えませんでした。
 むしろ個人情報が目的外に使用されたり、漏れたりする危険が高まる。
 この点は、現在のマイナンバー制度も同じです。
 総背番号制というシステムは国民を管理する側にとってはいろんな目的に使え、制定しておけば将来便利だろうという漠然とした権限強化に突き動かされているようでした。
 むしろ情報技術産業がシステムを強力に売り込んでいることもわかってきました。

 一方、住基ネットの問題点に鋭敏に反応し、最初に反対の声を上げた人たちには、戦争体験者がいました。
 この世代は、市町村が徴兵制度を効率よく機能させるため、各家庭を調べ尽くして召集令状を発行してきたことを皮膚感覚で知っています。
 国による徹底した個人情報収集の仕組みが若者を戦場に送り出すことを可能にしたという体験から、国民総背番号制を戦争へ近づく一歩ととらえ、徴兵だけでなく、政府のさまざまな動員に使われると危ぶんでいました。
 しかし、当時の私は「それもあるかな」と思いながらも、「戦争以外とのつながりもあるのでは?」と考えていました。
 あれから18年、この戦争体験者の見通しは間違いなく現実味を帯びて来ています。

目に見えないデジタル監視の広がり

 いまや国家はメールやチャット、ウェブサイトの閲覧履歴、携帯電話の通話など、デジタル回線を通過する私たち個々人の情報を、秘密に収集するシステムを構築しています。
 この極秘監視網を告発したのが、米国家安全保障局(NSA)の元契約職員エドワード・スノーデン氏です。
 彼は内部機密文書によって2013年6月、NSAが世界中に張り巡らせた巨大な監視・盗聴システムの存在を証明しました。
 この監視網に、グーグル、アップル、ヤフー、マイクロソフト、フェイスブックなどのインターネット企業や、大手電話会社が協力してきたことに、世界中が震撼しました。

 NSAは米国防長官直属の諜報組織で、「対テロ戦争」を始めたブッシュ政権から極秘裏に監視の権限を与えられました。
 戦争遂行のためだったからこそ、巨大な予算を獲得し、監視システムを開発することができたわけです。
 私は現在、カナダの大学院で監視の技術と歴史について研究していますが、この戦争という巨大マシンの一部として新しい技術が開発されていく、という側面は研究者の間でも見落とされがちだと感じています。
 というのも、デジタル技術の新しさと日常への浸透に目を奪われてしまうからです。

 デジタル技術がなければ、現在のような大量かつ無差別の監視は不可能です。
 しかし、監視活動自体はデジタル以前から存在し、技術は一定の目的を持って開発されます。
 デジタルは通信のスピードを速め、距離を縮めましたが、すべての行動が記録されるという点で、非常に監視に便利なわけです。
 しかも、監視されていることが当事者の目には見えない。

 たとえば私たちの発信するEメールをNSAが収集している、ということを実感するのはほぼ不可能です。
 これが封書や葉書なら、ポストに投函したものをNSAがすぐに開いて読んでいるのと同じことですよね。
 そんな監視は明らかに違法で、どんな人も感覚的にも許せないし、即座に「何するのよ!」と怒りが沸き起こるのが当然です。
 ところが、そんな権力の横暴な振る舞いがデジタルだから見えない。
 見えないから広がり、何年にもわたって強化されてしまった。
 さらに、無差別監視の実態が暴かれても、一人ひとりがリアルに感じにくいからこそ許されてしまっている側面があるわけです。

NSA監視システムに日本が巨額提供

 2017年4月、スノーデン文書のうち日本に関連する内容が新たに公開されました。
 この文書は、NSA監視システムが戦争と一体となって配備されてきたことを明らかにしました。

(*)『サンデー毎日』8月13日号〜9月24日号で、この文書について小笠原さんの連載記事が掲載されています。

 NSA監視システムは、日本国内の米軍基地を世界有数の監視拠点とし、日本政府はそのために巨額の資金を提供していることがわかりました。
 たとえば、米空軍横田基地(東京都)には、戦場で情報収集するためのアンテナ工場をつくり、人件費まで日本が支出しています。
 私たちの懐から出たお金でつくられたアンテナを使って、米軍はアフガニスタンやパキスタンで「標的」を襲撃し、殺害しているのです。

 日本政府は実は国民に知らせぬまま、一貫して米軍基地の機能強化と、戦争に手を貸してきました。
 米軍基地が集中する沖縄も、その舞台です。
 1995年、米兵による少女暴行事件を機に、沖縄では米軍基地返還を求める声が高まり、日米両政府は「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」を設置します。
 この結果、人口密集地にあり、「世界一危険な飛行場」と呼ばれる普天間飛行場(宜野湾市)の返還を目玉に、県内米軍11施設の返還を決定します。
 1996年のいわゆるSACO合意です。
 実はこのうちの楚辺通信所(読谷村)の返還について、日本政府が別の基地への新たな盗聴アンテナ建設のために5億ドル(約600億円)を払っていたことを、NSA文書は示していました。

 また、SACO合意とほぼ同時期に、クリントン大統領と橋本龍太郎首相は日米安全保障共同宣言を発表します。
 翌1997年の「日米防衛協力のための指針」を受けて、1999年の国会で成立させたのが周辺事態法などの新ガイドライン関連法案です。
 つまり、日米間で新たな戦争協力が約束されると同時に、盗聴法、国民総背番号制、国旗国歌法など、国内の統制を強める法律が次々に産声を上げた、といえます。

 そして2012 年末に発足した安倍政権下では、集団的自衛権の合法化をはじめとする急速な改憲への動きのなかで、特定秘密保護法、マイナンバー制度、盗聴法大幅拡大、そして共謀罪という監視の強化が進んでいます。
 米国の戦争に踏み込めば踏み込むほど、日本に監視の法律ができていく。
 日本政府は戦争参加の体制を整えるために監視を強化している、という構図が見えてくるわけです。

 私がそのことに決定的に気づいたのは、2016年にスノーデン氏にインタビューした際、彼が「特定秘密保護法は実はアメリカがデザインしたものです」と話したからです。
 スノーデン氏は2009年から2年間、横田基地で働いていました。
 その詳細については拙著『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』(毎日新聞出版、2016年12月)に書きましたが、つまり、米軍という今まで見えなかった監視法制の背景が見えてきたわけです。
 日米関係には多くの密約があることが近年の研究で明らかになってきましたが、世界の通信の自由を脅かすNSAへの日本政府の協力も、スノーデン氏のような内部告発者や内部文書が出なければ、闇に隠されたままだったのです。

 違法監視の実態を国民が知れば、実際に反対の声が上がり、戦争遂行に支障が出るのは当然です。
 だから監視法制の多くは、国会で民主主義的な議論を経ず、強行採決されています。
 その最たるものが共謀罪です。

明らかな政府批判は口にしないように、自己監視がはたらく

 人びとの日常的コミュニケーションを丸ごと盗める大量監視システムは、警察が共謀罪の捜査に使えば、恐ろしい威力を発揮するでしょう。
 だれもがもう、親しい人へのメールや電話ですら、安心できなくなります。
 無言の圧力を受けるうちに、「用心しよう」という気持ちが生まれ、明らかな政府批判は慎んでおこう、という自己監視がはたらくようになります。
 つまり政府にとって都合の悪い事実や感想は語られなくなる。
 放射能被害も過労死問題も子育ての悩みも、人の口にのぼらない事柄は社会的に認識されず、政治の課題にもならないわけです。
 政府にとって都合のよい情報操作も、監視によって可能だということです。

 そんな極端な言論抑圧の時代が迫っているようにはとてもみえない、と思う人は多いでしょう。
 インターネットには情報があふれ、みんなが言いたいことを言っているようにみえる、と。
 でも、本当に火急に知るべき問題が伝えられているでしょうか。
 権力にとって都合の悪い真実は私たちの視界から遮断されていないでしょうか。
 そして私たちは、政治について友人、知人と正直に語り合える、自由な社会に生きているでしょうか。

 カナダの大学院でトルコ出身の同僚たちと仲良くしていますが、トルコでは政権の独裁化が急速に進み、平和を求める宣言に署名した大学関係者や報道関係者が逮捕されたり、職を追われたりしています。
 パスポートを無効にされ、国内に閉じ込められている人もいます。
 民主主義国トルコで、まさかこんな急激に言論の自由が奪われるとは、彼女たちも予想していませんでした。
 私は同じ状況が日本で1年先、いえ今度の選挙の後、あるいは明日、一気に起きてもおかしくないと思っています。
「まだ大丈夫」と私たちに思わせる情報の仕掛けがあちこちに張り巡らされています。
 目に見えない監視もその一部として、私たちへの危険信号を遮断しているのです。
 とても大丈夫なんて言っていられない、私たちはすでに暴走列車に乗っている、この行先をいま変えなくてはいけない、と心の底から感じています。
(談)


生活クラブ、2017年10月16日
「監視社会」のゆくえ
戦争に踏み込めば踏み込むほど、「監視」の法律ができていく

(小笠原みどりさん、ジャーナリスト)
https://www.seikatsuclub.coop/news/detail.html?NTC=0000053099

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2019年10月20日

カトリーヌ・ドヌーヴ「真実」

Les Parapluies de Cherbourg 〜 Soundtrack by Michel Legrand (1964)
https://www.youtube.com/watch?v=Br17Cb1_3oU

シェルブールの雨傘(ミシェル・ルグラン)
https://www.youtube.com/watch?v=Rq0yhizu0y8

Belle de Jour (1967)
https://www.youtube.com/watch?v=P5oqTzcpfZw

Les demoiselles de Rochefort - Chanson des jumelles (1967)
https://www.youtube.com/watch?v=qBc0CIFMzA0

「シェルブールの雨傘」
「昼顔」
「ロシュフォールの恋人たち」……
 映画史に名を刻むカトリーヌ・ドヌーヴ Catherine Deneuve (née le 22 octobre 1943) が、「万引き家族」でカンヌ国際映画祭最高賞を受賞した是枝裕和監督とタッグを組んだ。
 しかも、本人と同じ国民的大女優という役で!
 ドヌーヴの魅力に「完全にやられちゃいました」と言う是枝監督のインタビューをお届けする。

* * *

 その映画「真実」は、母と娘のこじれた関係に光を当てた物語。
 社会からはじき出された人びとでつながる疑似家族を描いた前作から一転、「前向きになれる明るい作品を目指した」と是枝監督。
 主演のドヌーヴや娘役のジュリエット・ビノシュ Juliette Binoche (née le 9 mars 1964) にインタビューし、彼女たちの生の言葉を脚本に生かしただけに、リアルな人間像にニヤリとさせられる楽しい作品となっている。
 是枝監督にとっては初の海外作品だ。

 映画は、国民的大女優ファビエンヌ(ドヌーヴ)がパリの自宅で新作映画のインタビューを受けているところから始まる。
 そこへ米国ニューヨークで脚本家をしている娘リュミール(ビノシュ)が、夫のハンク(イーサン・ホーク)と娘のシャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)を連れてやってくる。

 名目はファビエンヌの自伝本『真実』の出版をお祝いするためだったが、リュミールは事前に原稿を読ませてもらう約束をほごにされておかんむり。
 実際読んでみると、事実とはまったく異なる内容で……。

 プライドが高く自分勝手で毒舌、高飛車で平気でうそをつくファビエンヌ。
 娘に「この本のどこに“真実”があるのよ!」と言われても、「私は女優よ。本当の話なんてしない。それに事実なんて面白くないわよ」とうそぶいたり、主演が取れるようにと願掛けしてアルコールを断っているテレビ俳優のハンクに向かって「当分(主演は)こないから(飲んでも)平気よ」とワインを注ぎ入れたり。
 陰で共演女優をくさすのもお手の物。
 そんな嫌みで一癖も二癖もあるファビエンヌを演じるドヌーヴの魅力が全開だ。

 そもそも是枝監督にとってドヌーヴは、「オードリー・ヘプバーン Audrey Hepburn(1929 - 1993)やマリリン・モンロー Marilyn Monroe(1926 - 1962)のようなアイコン的存在。特別な存在ではあるけど、(起用するのに)現実味のない役者だった」と言う。だが、

「あれだけ意欲的にいろんな作品に出て、いろんな監督と組んでいる役者はいない。常に新作を見て新しいことに取り組む意欲を持っている。彼女を主役に考えたのは物語の役にぴったりだったことはありますが、どうせ海外で撮るなら一番遠い相手と組んでみようかなと思ったんです。そのほうがドキドキするのではないかと思いました」

 そう、作品のクリエーティビティーを上げるには「冒険すること」が必要なのだ。
 是枝監督は「ここのところ自分に飽きていた」と振り返る。

「僕は自分で脚本を書いて編集も演出もしているから、書ける人間が似てくる。そうすると、ストーリーも似るし世界観も似てくるんです。自分の描ける世界がどんどん見えてきてしまう。新しい出会いがあったほうがまた新鮮な気持ちで映画に向き合えます。今回は撮影はフランス、言葉も違う。役者もみな初めてで技術陣もみな『初めまして』だったので、すごく新鮮で楽しめました」

 実際、ドヌーヴとの撮影はドキドキどころかハラハラが日常茶飯事だった。

 多くのフランスの映画関係者が「ドヌーヴはすごい女優」と実力を認める一方、「撮るには覚悟がいる」と言った。
 毎日何かしら理由をつけて遅刻してくる。
 機嫌が悪いと顔に出る。
 セリフが言えない時のための予防線を張る……。

 マルチェロ・マストロヤンニの娘が亡くなり葬式に出た翌日の撮影にやってきた時は、

「『昨日お葬式で寝られなかったからお酒と睡眠薬を飲んじゃって、まだ頭がぼーっとしてセリフが全然入ってないの』と本当に消え入りそうな声で言うんです。事あるごとに『昨晩寝られなかったのよね』『風邪気味で午前中に病院へ行って点滴を打ってきたの』と必ずそういう言い訳から入って、『だから今日はできないかも』と前振りをするんです。それが可愛いんですけど(笑)。しかもうまくお芝居ができると子どものようにうれしそうで」

 遅刻をしてきてもデートのある日は、「今日は8時半にディナーの約束があるから8時に終わるわよね」と屈託なく主張する。しかも不思議なことに、「いつもセリフが入ってなくて10テイクくらい撮るのに、そういう時は1テイクでOKを出す」と是枝監督は笑う。

「基本、遅刻しても帳尻を合わせてくるんです。そこはさすがです。“神テイク”が必ずある。それで、『間に合ったわ、じゃあね〜』と喜々として帰っていく。スタッフと、これは毎日デートの約束を入れてもらったほうが現場はスムーズなんじゃないかと話していたくらい(笑)。そういうちゃっかりしたところがあるんですが、本能のままだから憎めない。結果的に、彼女が遅刻しようが何だろうが振り回されつつ、みんな受け入れざるをえないくらいファンになるんですよ。僕ももう完全にやられちゃいました」

 近寄り難い大女優──。
 そんなイメージが是枝監督のドヌーヴ話を聞いているうちにいい意味で崩れていく。
 身近な存在に思えてくる。
 でも、自己中なファビエンヌにはやはりドヌーヴ本人が入っているような気が……。

「ドヌーヴはファビエンヌよりももっともっとチャーミングですよ。すごく毒舌家で、そこは(樹木)希林さんとよく似ています。毒舌が芸になっている。すごく鋭くて辛辣(しんらつ)だけど、笑えるんです。悪口を言っている時はまぁ楽しそうですね(笑)」

 是枝監督のキャリアは20年以上。
 さすがに監督を振り回す俳優は子役くらいしかいないだけに、今回のドヌーヴとの出会いは最初の思惑通り、「新鮮な気持ちを取り戻せた」と言う。

「カトリーヌ・ドヌーヴという存在は僕をハラハラさせるには十分でした。これだけ主演女優に振り回されながらも自分が納得できる映画ができたし、ドヌーヴの魅力も引き出せたと思っています」

 それにしても、ドヌーヴほどのクセモノを料理してしまったら、次は一体どんな高みを目指すのだろうか。

「また別の役者とやる覚悟はありますけど、ドヌーヴを超える人は世界にいない気がしますね(笑)。でも、この映画を撮ったことで、撮れるものならハリウッドで1本撮ってみたい、という欲も出てきました。今後アジアの役者たちと国境を超えてコラボレーションしてみたいというアイデアも頭の中にあります」

※ 週刊朝日  2019年10月25日号


dot.asahi、2019.10.17 11:30
カトリーヌ・ドヌーヴの“神テイク”とは?
是枝監督が明かす

(聞き手/ライター・坂口さゆり)
https://dot.asahi.com/wa/2019101600070.html?page=3

Le nouveau film du Japonais Hirokazu Kore-eda, La Vérité (The Truth) avec Catherine Deneuve, Juliette Binoche et Ethan Hawke ouvrira, en compétition et en première mondiale, la 76e Mostra de Venise le 28 août, ont annoncé jeudi les organisateurs du festival. Heureux de cette bonne nouvelle, le réalisateur, palme d’or 2018 pour Une affaire de famille, a aussitôt réagi via un communiqué. ≪J’apprends avec une joie immense que mon nouveau film est sélectionné et fera l’ouverture de la compétition de la Mostra. Je suis extrêmement honoré≫, a-t-il expliqué.

Dans son message, Kore-eda a aussi précisé: ≪Nous avons tourné ce film en dix semaines l’automne dernier à Paris, le casting est prestigieux et le film est une petite histoire de famille dans une maison. J’ai essayé de faire vivre mes personnages dans ce petit univers, avec leurs mensonges, leur fierté, leurs regrets, leur tristesse, leur joie et de leurs réconciliations≫.

Catherine Deneuve et Juliette Binoche, une relation mère-fille

≪Pour son premier film tourné hors de son pays, Kore-eda a eu le privilège de pouvoir travailler avec deux stars du cinéma français, a déclaré le directeur de la Mostra Alberto Barbera. La rencontre entre l’univers personnel de l’auteur japonais le plus important du moment et deux actrices aussi aimées que Catherine Deneuve et Juliette Binoche a donné lieu à une réflexion poétique sur la relation mère-fille et le métier complexe d’actrice.≫

Souvent qualifié de cinéaste de la famille, Kore-eda a obtenu la consécration en 2018 en remportant la palme d’or à Cannes pour Une affaire de famille, son treizième long-métrage. Grand habitué du festival français, il y avait présenté Nobody knows en 2004, Tel père, tel fils (Like Father, Like Son) en 2013 (prix du Jury) et Notre petite sœur (Our Little Sister) en 2015. Il était en compétition à la 74e Mostra de Venise en 2017 avec The Third Murder.

La 76e édition du festival international de cinéma de Venise se tiendra du 28 août au 7 septembre. Le jury de la compétition principale est présidé par la réalisatrice argentine Lucrecia Martel avec, à ses côtés, huit personnalités issues du monde du cinéma et de la culture. Il remettra huit prix le 7 septembre, dont le célèbre Lion d’Or.


[VIDÉO]
Le nouveau film du réalisateur japonais, palme d’or en 2018 pour Une affaire de famille, ouvrira le 28 août la compétition du 76e festival cinématographique de Venise.

Le Figaro et AFP agence, Publié le 18 juillet 2019 à 23:4
La Vérité de Kore-eda, avec Catherine Deneuve et Juliette Binoche, inaugurera la Mostra 2019
https://www.lefigaro.fr/cinema/la-verite-de-kore-eda-avec-catherine-deneuve-et-juliette-binoche-inaugurera-la-mostra-2019-20190718

Catherine Deneuve : interview (15 mn • sept. 2019) pour les films "Fête de famille" et "La vérité".
https://www.youtube.com/watch?v=hJJkdVZPlpc

The Truth / La Vérité (2019) - Trailer (English Subs)
https://www.youtube.com/watch?v=EEVedePfqlY

公式サイト
https://gaga.ne.jp/shinjitsu/
https://gaga.ne.jp/shinjitsu/interview/

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菅原文太「絶対に戦争をしないこと」

「マガジン9」の更新日は毎週水曜日。だから、原稿はいつも火曜日に書く。でも、火曜日に仕事がある日は、月曜日になるべく下書きを作っておく。今回も、そのパターン。
 で、月曜日(2014年12月1日)、少し下調べをしようと思ってパソコンを開いたら、なんと、菅原文太さんの訃報。
 11月28日に亡くなっていたという。
 書こうと思っていたことが、一瞬で頭から飛び去ってしまった。

 文太さんは、ぼくらの青春の時代像の最も重要なおひとり。
 先日11月10日亡くなった高倉健さんとは違う意味で、揺れ動く時代を映し出した人だった。

 健さんがヤクザという様式美のカッコよさを体現したとすれば、文太さんは力でその様式を破壊しようとした。
 だから、健さんはあくまで日本刀で切り結び、文太さんは銃弾と血でカタをつける。
 健さんが「死んでもらいます」であれば、文太さんは「弾はまだ残っとるがよ」なのだ。

 ともあれ、ぼくらの青春のおふたりが、たった1ヶ月のうちに去ってしまった…。

 文太さんには、ぼくはことのほか思い入れがある。
 それには、つい最近の出来事も影響している。
 沖縄でのことだ。

 11月1日、いまからたった1ヶ月前、文太さんは沖縄にいた。
 沖縄県知事選での翁長雄志候補の応援のためだった。
 この日、那覇の野球場は1万3800人という人で溢れかえっていた。
 翁長候補支援の「うまんちゅ1万人大集会」だった。

 その大観衆の前で演説に立ったのが、文太さん。
 動画が残っている。ぜひご覧いただきたい。
 市民ネットTV局・デモクラTVの「沖縄タイムス・新沖縄通信」第11号(デモクラTVのアーカイブでいつでも視聴可)の約22分あたりに、その演説が収録されている。ぜひ、観てほしい。あまりのカッコよさに、震えがくる。

菅原文太氏のスペシャルゲストあいさつ
https://www.youtube.com/watch?v=8PFTMiaHXAc

 いまから考えると、これはまさに、文太さんの「遺言」だったと思う。
 壮絶な、鬼気迫る演説である。

 演台に現れた文太さんは、背広がややダブついているように見える。
 かなり病気が進行していた状況だったのだろうか…。
 それを考えただけで、文太さんの決意がしのばれる。
 胸が熱くなる。

 少しだけ、文太さんの演説を引用しよう。
沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。
 辺野古もしかり。勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。
 そうは言っても、アメリカにも良心に篤い人々はいます。中国にもいる、韓国にもいる。その良心ある人々は、国は違っても同じ人間だ。みな、手を結び合おうよ

 他国を貶めることで“愛国心”を煽り、それを政権の求心力にするような安倍首相への痛烈な批判である。
 “国家”のためには“国民”の犠牲も厭わない。
 それが安倍政権のやり方だ。

 冗談じゃない、国民あってこその国家ではないか。

 文太さんが言いたかったのは、きっとそういうことだ。
 だからこそ、「いま最も危険な政府」と安倍政権を断罪したのだ。
 こうも言っている。
 政治の役割はふたつあります。ひとつは国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もうひとつは、これがもっとも大事です、絶対に戦争をしないこと

 安全な食べ物…。
 むろん、福島原発事故を念頭に置いての発言だろう。
 子どもたちに安全な食べ物を、という当たり前のことが果たして守られているか。
 福島は終わっていない。
 積極的に反原発の発言をし、運動にも加わってきた文太さんの想いだ。

 そして、沖縄はどうか。
 米軍基地の新設を“粛々と進める”などという安倍政権の姿勢に、戦争の臭いを嗅ぎ取った文太さんの、日本人全員へのメッセージが「絶対に戦争をしないこと」なのだ。

 文太さんはこの演説で、『仁義なき戦い』のセリフを引いて、ドキリとするような言葉を吐いた。
 仲井真さん、弾はまだ一発、残っとるがよ

 これは、最終的な闘いの宣言である。
 仲井真知事が「いま最も危険な政府」である安倍政権へひれ伏したことへの、怒りの戦闘宣言である。

 文太さんの言葉を受けて、沖縄の人たちはきっちりと投票でその意志を示した。
 翁長さんを、10万票もの大差で仲井真さんに圧勝させたのだ。
「残っていた弾」を、これ以上ない形で使ったのだ。

 選挙である。

 本土でも沖縄に負けないような結果を示さなければならない。
 ぼくは痛切にそう思う。
 ぼくらにも「弾はまだ、残っとるがよ…」

 沖縄では4つの選挙区で、地滑りのような勢いで闘いのスタイルが出来上がった。
 翁長新知事の「辺野古への米軍新基地建設絶対阻止」を国政レベルで支援しようという「オール沖縄」態勢の構築だ。

 自民党の4人の候補はすべて、前回選挙で「普天間飛行場の、最低でも県外移設」を公約に掲げた。
 その結果の当選だった。
 だが、この自民党議員たちの卑屈な場面を、沖縄県民は目にしてしまった。
 石破茂自民党幹事長の恫喝に屈した場面である。

 前回のこのコラムで書いたので詳しくは触れないが、それは沖縄県民に「現代の琉球処分」として、屈辱の思いを刻み込んだ“事件”だったのだ。

 沖縄はいつまで政府に足蹴にされ続けなければならないのか、沖縄県民に自分のことを決める権利はないのか…。

 沖縄県民がとなえ始めた「自己決定権の回復」が、今回の翁長さんの圧勝という結果に表れたのである。

 それを引き継いだのが、今回の衆院選での「オール沖縄」態勢だ。
 すなわち、次のような布陣である。

 沖縄一区 国場幸之助(自民)vs 赤嶺政賢(共産)    
 沖縄二区 宮崎政久(自民) vs 照屋寛徳(社民)
 沖縄三区 比嘉奈津美(自民)vs 玉城デニー(生活)
 沖縄四区 西銘恒三郎(自民)vs 仲里利信(保守系無所属)

 見事なものではないか。

 従来の保守革新の枠を軽々と飛び越えた。
 一区では先の県知事選で大敗した下地幹郎氏も出馬するなど、ほかの立候補者もいるけれど、まずは上に挙げた「自民vsオール沖縄共闘」の一騎打ちとみて間違いないようだ。

 この「沖縄方式」が、沖縄選挙区をとても分かりやすいものにしている。
「辺野古米軍新基地建設」をもっとも重要な争点に掲げて、反自民陣営は共闘体制を組んだのだ。

 ぼくは、この方式を編み出した沖縄県民の叡知に尊敬の念を抱く。

 政府が地方の苦しみに目をつぶるならば、自分たちの手に政治を取り戻す。
 最近、沖縄でよく耳にする「自己決定権」という言葉は、まさにその意味だ。
 そして言葉どおり、沖縄の人たちは自ら決定するための「沖縄方式」を編み出した。

 共産党は、全国のすべての小選挙区に候補者を擁立する方針だったが、ここ沖縄では一区以外は候補者を見送って「オール沖縄」に乗った。
 沖縄の共産党は中央とは一味違うということなのか。

 沖縄のように、重要な争点を設定して、それを反自民統一候補のスローガンにする、という方式は全国では不可能か?

 たとえば、鹿児島や福井、福島などでは原発問題を最重点課題に押し出す。
 火山と原発も議論の対象になるはずだ。
 北海道や農業生産地域ではTPP問題で統一戦線を組む。
 過疎化対策を前面に押し出す共闘があってもいい。
 被災地では放射能汚染物質の中間貯蔵施設問題を大きく取り上げる。
 米軍基地のあるところの騒音問題も共闘課題になるだろう。
 中小の製造企業の多い地区では、それこそ円安による不況(アベノミクスの失敗)を突けばいい。

 各地方・地域で、野党が最重要課題を論議してまとめ、それを基に統一候補を模索する。
 各地方には、その土地特有の重要問題が必ずあるのだから、そんな試みは不可能ではないはずだ。

 巨大与党に挑むには、沖縄のように争点をひとつに定めて「腹一分でも手を結ぶ」ことが必要だった。
 でなければ、組織票に乗る自民・公明の堅陣を破ることは難しい。

 ところが安倍は、アレもコレもソレも、みんなごった煮にぶち込んで争点隠しを図った。
 ことに「アベノミクスの成果を問う」などと、自分の手で国民生活を破壊しておきながら、あたかも経済問題を解決できるのは安倍政権以外にはない、という幻想にもならない絵に描いた餅を振り回して、国民の目を眩まそうとしている。

 だが、そんなものが争点か? 

 安倍の存在、つまり、文太さんの言うところの「いま最も危険な政府」こそが争点なのだと、ぼくは思う。

 アベノミクス、原発再稼働、集団的自衛権、秘密保護法、TPP、さらには壊憲…。ひとつひとつがキナ臭い。
 それらを一挙に持ち出してきたのが安倍“戦前への先祖返り政権”なのだ。

 ここで安倍政権を勝たせてしまえば、少なくともあと4年間は、これらキナ臭い政策の具体化を強行する時間を、安倍に与えてしまうことになる。
 それを阻止するためには、安倍の存在そのものを争点にしなければならない。

 それぞれの地方での野党共闘のための争点設定は、今からではもう間に合わない。
 ならば、安倍を問え!

 マスメディアは、個々の問題をそれなりの視点で分析してくれる。
 だが、分析すればするほど、安倍のキナ臭さが霞んでいく。

 安倍を問え!

 ぼくは、そう訴えたい。

 文太さんの妻・菅原文子さんのコメントには、こうある。
「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。ひとつは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。
 恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます。

 長年連れ添った夫婦は、顔かたちから心まで似てくるものだというが、この文章の端麗な寂しさに、文太さんの想いがそのままに浮かぶ。

 文太さんの「遺言」を無にしてはならないと、強く思う。


マガジン9、2014年12月3日up
菅原文太さんの「遺言」と、沖縄方式」の叡知
鈴木耕「風塵便り」
http://www.magazine9.jp/article/hu-jin/16713/

(ヤッホーくん注)

 2014年1月の名護市長選(米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設問題に「断固反対」の稲嶺進が再選)を皮切りに、同市辺野古の新基地建設を許さない「オール沖縄」の流れと、県民を裏切った新基地押し付け勢力との対決となった約1年の政治決戦。
 その締めくくりとなった12月14日の総選挙は、11月の県知事選圧勝(「辺野古ノー」の翁長雄志知事が誕生)の流れを引き継ぎ、「オール沖縄」4氏が小選挙区で完勝するという最高の形で締めくくられました。
 新基地押し付けに対する、これ以上ない民意が示されると同時に、国政選挙における「一致点での共同」のあり方にも、大きな一石を投じました。


しんぶん赤旗、2014年12月16日(火)
「オール沖縄」完勝
新基地ノーの民意はっきり

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-12-16/2014121603_01_1.html

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2019年10月19日

”壊憲”もして“戦争”をしたい安倍首相

 やはり安倍首相は“戦争”をしたいらしい。
 本日2019年10月18日午後、日本政府が中東のホルムズ海峡周辺に自衛隊を派兵する方針だと、マスコミ各社が伝えた。
 13時台にFNNが〈ホルムズ海峡周辺に自衛隊を独自派遣へ〉と速報を打ち、他社も後追いで報じた。
 安倍首相は午後の国家安全保障会議(NSC)で、自衛隊派遣の具体的検討を指示した。

 速報後に行われた菅義偉官房長官の会見によれば、派遣が検討しているのは中東のオマーン沖やアラビア海北部など。ホルムズ海峡という言葉はあえて避けたが、地理的につながっており、まさに目と鼻の先だ。
 河野太郎防衛相は“ホルムズ海峡は含まれていない”と記者団に語ったというが、はっきり言って言葉遊びにすぎない。

 ホルムズ海峡をめぐっては、イランとの緊張関係が高まっている米国が、日本に「有志連合」への参加を強く要請していた。
 菅官房長官によれば、「有志連合」には参加せず、自衛隊派遣は「日本独自の取り組み」と位置付けるという。
「中東における緊張緩和と情勢の安定化」「中東地域の平和と安定および我が国に関係する船舶の安全の確保」を理由に挙げ、さらに「情報収集体制の強化を目的」とし、「防衛省設置法に基づいた調査および研究」として実施すると表明。
 そのうえで「今後、さまざまなことを検討していく」と述べた。

 周知の通り、米国とイランとの緊張の高まりを背景に6月中旬以降、「自衛隊のホルムズ海峡派遣」の問題は、米国が要請する「有志連合」参加の可否も含め、浮上していた。
 ところが、安倍政権は選挙の争点にならないように徹底してはぐらかしてきた。
 事実、7月の段階では、当時の岩屋毅防衛相が「現段階でホルムズ海峡へ自衛隊を派遣することは考えていない」とコメントしている。
 今回のホルムズ海峡周辺への自衛隊派遣は、事実上、それをひっくり返した形だ。

 いまのところ日本政府は、表向きイランとの外交関係も踏まえたものとして、米国率いる「有志連合」へは参加しないとしているが、注意しなければならないのは、菅官房長官が「今後、さまざまなことを検討していく」と含みを持たせていることだろう。
 断言するが、その本丸が「ホルムズ海峡への自衛隊派遣と米国船防護」にあることは疑う余地がない。

 どういうことか。
 そもそも、ホルムズ海峡への自衛隊派遣問題をめぐっては、第一に「米国の強い要請」という文脈がある。

 事実、安保法制に多大な影響を与えた2012年の「第3次アーミテージ・ナイ リポート」でも〈イランがホルムズ海峡を封鎖するとほのめかしたら、自衛隊は掃海艇を派遣すべきだ〉とされている。
 つまり「ホルムズ海峡への自衛隊派兵による米国船防護」は、米国から長年求められていたことだ。
 トランプ大統領はとくに強行で、今年6月にはホルムズ海峡のタンカーについて、日本を念頭に〈なぜ、われわれアメリカがそれらの国のために航路を無償で守っているのか。そうした国々はみな、危険な旅をしている自国の船を自国で守るべきだ〉とツイート。
 日本政府へのプレッシャーを強めており、事実、この夏の間も日米防衛幹部らが水面下で交渉していた。

 トランプ大統領に尻尾をふってやまない安倍首相は、当然、「米国の強い要請」を満たしたいに決まっている。
 だが、そこに法的な問題が立ちふさがった。
 6月の日本タンカー攻撃事件の際、岩屋防衛相は集団的自衛権を発動することはないと明言した。
 つまり、集団的自衛権行使の3要件のひとつである「存立危機事態」に該当しないと認めていたのだ。
 これに関しては、本日の菅官房長官の会見でも「現在、日本に関係する船舶の防護が直ちに必要な状況にはない」と述べられた。

 自衛隊を派遣してストレートに集団的自衛権を行使することはできない。
 ならばと、政権は“抜け穴”を探し始めた。
 海賊対処法や自衛隊法が定める海上警備行動による自国船の警護を名目にすること、あるいは、安保法制の「重要影響事態」に認定すること。
 しかし、前者は米国の求める「米艦防護」が不可能で、後者は認定のハードルが高く、かつ、世論の強い反対も必至だった。

 そこで現実的プランとして有力視されていたのが、本日の官房長官会見でも明言された防衛省設置法に基づく「調査・研究」を名目とする方法だ。
 同法4条には、防衛省が司る事務として「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」が明記されており、偵察・情報任務などの根拠法とされる。
 2001年の米国同時多発テロ直後には、テロ対策特別措置法に基づく米軍への後方支援の前段階として、海上自衛隊護衛艦のインド洋派遣の根拠にもされた。
 一方で、法的には日本船警護を念頭にした他船や人への武器使用は認められず、当然、集団的自衛権にもカスリもしない。

菅官房長官「今後、さまざまな方法を検討する」の真意、用意されている“第二・第三の矢”

 しかし、騙されてはいけない

 官邸や防衛省幹部はこの間、新聞記者らに「防衛省設置法を使うと比較的安全な地域に限定されるから」などと吹聴していたようだが、逆に言えば、これだけで終わるわけがないのだ。

 だいたい、いくら安倍政権が隠そうとしても、ホルムズ海峡周辺で日本の自衛隊が哨戒をすれば、イランからは敵対行動に映る。
 自衛隊機による偵察が得た情報を米国側に差し出すことは“公然の秘密”であり、それは米軍と一体化した“軍事行動”に他ならないからだ。
 また、単純に周辺海域で他国間の武力衝突が発生すれば自衛隊が巻き込まれるリスクは高まる。
 さらに、哨戒任務中に不測の事態が起こると、それこそ世論は安保法等に基づいた武力行使に一気に傾くだろう。

 菅官房長官が「今後、さまざまな方法を検討する」と語るように、“第二・第三の矢”が用意されている可能性は極めて濃厚だ。

 最終的な安倍政権の目標を「集団的自衛権を行使した米艦防護」におけば、防衛省設置法の「調査・研究」を名目とするホルムズ海峡周辺への自衛隊派遣は、その“撒き餌”となる。
 当然、海外で自衛隊が武力行使に出れば、日本は第二次世界大戦での敗戦後、初めて直接的に戦争へ参加することになる。

 そして、この「ホルムズ海峡周辺への自衛隊派遣」から始まるシナリオは、まさに安倍首相が悲願とする改憲へとつながる。

 ひとつは、“軍事目的”による自衛隊海外派遣を既成事実化することで、9条改憲の「必要な自衛の措置」「そのための実力部隊」(自民党の改憲条文イメージ)を国民に飲み込みやすくさせるという狙いがあるだろう。

 もうひとつは、ひとたび自衛隊が任務中に何者かに攻撃されたり、海峡周辺で米軍関連の不測の事態が起これば、安倍政権が「なぜ自衛隊は反撃できないんだ」と世論を煽っていくのは火を見るより明らか。

 一気に改憲に雪崩れ込もうとするはずだ。

 いずれにしても、任期が残り少なくなってきた安倍首相にとって、自衛隊の海外派遣は、改憲を達成するため“最後のワンピース”だ。
 これまで以上に無理を押し通し、めちゃくちゃな法解釈をしてくる可能性もある。
 自衛隊を“改憲の道具化“する政権の動きを、引き続き注視しなければならない。


[写真]
2018(平成30)年自衛隊記念日観閲式に出席する安倍首相(首相官邸HPより)

リテラ、2019.10.18 11:44
安倍政権がホルムズ海峡への自衛隊派遣で使った姑息な詐術と本当のシナリオ!
米国の戦闘に巻き込まれ、なしくずし改憲へ

https://lite-ra.com/2019/10/post-5034.html

 昨日10月18日の午後、政府がホルムズ近海に海上自衛隊の艦船を派遣する事にしたというニュースが流れた。
 これを聞いた時、私は我が耳を疑った。
 安倍外交は、理解の苦しむことの連続だが、その中でもこの派遣は断トツに理解に苦しむものだ。
 なぜ、いま派遣なのか。
 さっぱりその理由がわからない。

 明日の各紙の朝刊を見て判断するしかない、そう思って真っ先に今朝の各紙を読み比べた。
 そして、さらにわからなくなった。
 米国の有志連合に参加するものではないという。
 だからといって、ロシアやイランが提案しているペルシャ湾安全確保の構想への参加でも、もちろん、違う。
 単独の派遣だという。
 それにもかかわらず、日本の船舶を守る活動はしないという。

 だったら何のためだ。
 調査・研究のためだという。
 情報収集だという。
 そして、米国、イランの双方に顔を立てるものだという。
 読めば読むほどわからない。
 よく、こんな馬鹿げた決定をしたものだ。

 そう思ったら、ただひとつはっきりしたことがある。
 政府は、まだ派遣の決定をしたわけではないのだ。
 自衛隊派遣の検討を関係閣僚に指示しただけなのだ。
 当然のことながら派遣時期は未定だ。
 なるほど、すべてはこれからなのだ。
 だから、いま、大騒ぎする必要はないのだ。

 しかし、これはこれで大問題だ。
 いままで、何も正式に検討を始めていなかったということだ。
 やはり安倍首相の考えることは訳が分からない。

 最後に一つだけ分かったことがあった。
 なぜ「調査・研究」の派遣にしたのか。

 それは、調査・研究の派遣なら、国会承認の必要がなく、防衛省の裁量で何でもできるからだという。

 これで合点がいった。
 このまま何もしないわけにはいかない。
 やってる感を出すために、海自の艦船派遣の検討を指示する決定を国家安全保障会議で決定させ、それを大きく報道させたのだ。
 やってる感の安倍外交、ここに極まれりである。
 メディアには、この決定に至るまでの裏話を取材して、教えてもらいたいものだ。
 笑い話のような関係者の言動がどんどん出てくるに違いない。


天木直人のブログ、2019-10-19
理解に苦しむホルムズ近海への海自艦船派遣
http://kenpo9.com/archives/6312

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自衛隊派遣

 2018年3月、当時の米国務長官、レックス・ティラーソンはアフリカに過剰な投資を繰り返す中国を次のように非難した。

「中国の投資はアフリカのインフラ格差を是正するのに有益かもしれない。しかし、不透明な契約や略奪的な融資、買収が横行する取引がアフリカを借金漬けにし、主権を弱体化させ、自立的な成長を阻んでいる」

 しかし、米国の強い調子の非難にもかかわらず、中国は投資の勢いを緩めない。

 やはり2018年の9月、中国・北京で開かれた中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)で国家主席、習近平は、向こう3年間でアフリカに600億ドル(約6兆6000億円)の経済支援を行うことを約束。
 中国のアフリカ支援額は米国のそれを遥かに上回っている。
 その一方で、最貧国の債務返済を一部免除することも併せて発表し、米国の非難に配慮を見せた。

 ジブチでも事情は変わらない。
 先に触れた鉄道だけでも40億ドル(約4400億円)の資金が投じられている。
 この2年間だけをとってみても、融資額は14億ドル(約1500億円)。
 ジブチのGDP(国民総生産)の4分の3以上に当たる金額だ。

 総面積48平方キロメートル(羽田空港の4倍超)、35億ドル(約3900億円)もの巨費を投じて中国の企業群が建設、そして運営を行う予定なのがアフリカ最大の「ジブチ国際自由貿易区」である。
 2018年の夏に行われた一部完成を祝った式典ではジブチ大統領、イスマイル・オマル・ゲレも出席し、
「自由貿易ゾーンは国際通商貿易におけるジブチの地位を向上させる」
とその未来に強い期待を寄せた。

 黄色く塗られた正面ゲートにはジブチ国旗と中国国旗がたなびいていた。
 そのゲートの左側には、ほぼ完成しているホテルがその威容を誇っていた。
 まだほとんどが手つかずといっていいこの自由貿易ゾーンだが、その規模は想像を絶する。
 車で走ってみれば、その地区全体が地平線のようだ。

 砂漠の中をエチオピアに延びる幹線道路は、両国を行き交う大型トラック、タンクローリーなどがひっきりなしに走っている。
 この道はジブチの生命線だ。
 電力はエチオピアから送られ、水もエチオピアに依存している。
 エチオピアなしにジブチは生きていけない。
 それと、同じように中国の投資はジブチにとって欠かせないものになりつつある。

 見方を変えるならば、中国マネーはアフリカを、ジブチを麻痺させる麻薬に似ているかもしれない。

「全て中国のもの。もうジブチのものじゃない」

 あるジブチ政府の高官はこんな自虐的な言い回しでジブチにおける中国の進出ぶりを表現してみせた。

 48平方キロメートルという途方もない広さを占める自由貿易ゾーン。
 中国の投資はこれにとどまらない。
 この自由貿易ゾーンから連なるジブチの優良な港湾地域は中国資本によって、巨大開発が急ピッチで進められている。
 
「中国交建」「中国中綿建設集団」「中建信条」……、工事現場は建設を請け負っている中国の企業群の名前で埋め尽くされている。
 まさに全て中国のもの≠ネのである。

自由貿易区の中に築かれた中国軍基地

 町の中心部には巨大ショッピングモール、ホテルの建設も行われている。
 その先を望めば、そこは自由貿易ゾーンに並ぶように一昨年、中国が建設した中国初の海外での中国軍基地が望まれる。
 万里の長城のような外壁が延々と続き、中の様子はうかがい知ることはできない。

「一帯一路」という途上国にとっての甘い蜜≠ヘ、その国のインフラから、軍事転用可能なインフラへの投資から始める。
 ましてや、ジブチなどは、自由貿易ゾーンの中に、中国軍基地も含まれているのだ。

 昨年末、ボルトン米大統領補佐官が、中国軍基地が東アフリカの軍事バランスを崩していると警鐘を鳴らせば、現地の西側多国籍軍も中国軍が駐留軍ルールを乱すような動きを見せ始めていると警戒感を強めている。

 その基地近くには石油備蓄基地も出来ている。
 それに隣接する多用途の岸壁にはそびえるようなガントリークレーンがいくつも並んでいる。
 その様はいかなる物量でもびくともしないように見える。
 まさに、この地域はさながら中国租界の様相。ジブチから隔離した独立国家のようでもある。

 赤く染まるアフリカ、赤く染まるジブチ。

 巨大経済圏で世界を赤に染めようとする中国。
 しかし、それに対し、NOをつきつける動き、また巨額な債務が中国の動きを鈍らせ始めている。

 それは2.2兆円もの鉄道建設の計画を白紙に戻したマレーシア、誰も利用しない空港、高速道路を作り、残ったのは巨額の債務だけとなったスリランカ。
「一帯一路」のモデル国家と言われたエチオピアもGDPの59%という債務に喘いでいる。
 エチオピアの姿が、明日のジブチの姿ではないと誰が言えるだろうか。

 ジブチ、エチオピアが支え、経済的な成長が著しいアフリカの角=B
 軍事戦略上のチョークポイントであるこの地域、中国も国家の威信をかけ「一帯一路」の遂行、軍事基地の展開を考えるはず。
 ますます、この地域から目を逸らすわけにはいかなくなる。

 なぜなら、ジブチには自衛隊の拠点があり、シーレーン防衛も含め、日本は紛れもなく当事者だからだ。


[写真-1]
2018年7月に第一期エリアの一部がオープンした自由貿易ゾーンの正面ゲート。計画がすべて完成するとアフリカ最大となる

[写真-2]
自由貿易ゾーンの辺り一帯には中国企業の工事現場が点在する

[写真-3]
道路の先に中国の軍事基地が見えるが、近寄ることができない。数千人のキャパシティがあるとみられている

[写真-4]
中国の大規模投資で港湾開発が進むジブチ

自衛隊拠点.jpg

Wedge REPORT、2019年2月25日
中国軍初の海外基地は鉄道・港湾建設の見返りか?
「一帯一路」の衝撃・中国に飲み込まれるアフリカ・ジブチ
(後編)
児玉 博 (ジャーナリスト)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/15394

 安倍晋三首相は2019年10月18日、国家安全保障会議(NSC)を官邸で開き、中東情勢の悪化を踏まえ、自衛隊派遣の検討を関係閣僚に指示した。
 イラン沖ホルムズ海峡の安全確保に向けて米国が提唱する有志連合構想には参加せず、アラビア半島南部オマーン湾やイエメン沖で日本独自に活動する。
 防衛省設置法の「調査・研究」を派遣根拠とする。 

 菅義偉(すがよしひで)官房長官は記者会見で、ソマリア沖アデン湾で海賊対処活動をしている海上自衛隊の護衛艦や哨戒機の活用に加え、別途、護衛艦の派遣も検討すると表明。
 日本船舶の防護は「ただちに実施を要する状況にはない」と述べた。
 政府高官は年内にも派遣を決定するとの見通しを示した。

 菅氏は派遣地域の候補にオマーン湾のほか、アラビア海北部、ジブチとイエメンの間にあるバベルマンデブ海峡東側を挙げた。
 河野太郎防衛相は派遣を検討する地域にホルムズ海峡を含んでいないと記者団に明らかにした。
 ホルムズ海峡を避け、友好国イランを敵対視しない姿勢を示す。

 日本はエネルギーを中東に依存しており、政府は航行の安全確保に貢献する必要があると判断した。
 米国主導の有志連合に加わらないことで、米国とイランの「橋渡し役」の立場も維持できるとみている。

 自衛隊の派遣根拠とする「調査・研究」は比較的安全な地域での警戒監視や情報収集活動を想定。
 国会承認の必要がなく、自衛隊を速やかに派遣できる。
 他国の船舶の護衛はできない。 

(上野実輝彦)

<解説>「橋渡し役」の限界露呈

 安倍晋三首相が中東への自衛隊派遣の検討を指示したことで、これまで模索してきた米国とイランの「橋渡し役」の限界が露呈した。

 軍事的側面の強い自衛隊派遣に踏み切れば、対話による緊張緩和を断念したとのメッセージを国内外に送ることになりかねない。

 ホルムズ海峡周辺の情勢が悪化した6月以降、日本政府は有志連合構想に対する米国からの参加要請に即答を避け、自衛隊派遣には言及してこなかった。
 その間、首相はトランプ米大統領、イランのロウハニ大統領と相次いで会談して打開策を探ってきた。

 米国の同盟国であると同時に、イランと伝統的な友好関係にある日本の独自性を示す外交努力だった。
 だが、米国とイランの対立が解消する見通しは立っていない。
 こうした状況で、米国の顔を立てて自衛隊を派遣しながら、ホルムズ海峡を避けてイランにも配慮する苦肉の策が浮上した。

 派遣の法的根拠にも問題がある。
 防衛省の組織や担当事務を定めた設置法による海外派遣は、苦し紛れの拡大解釈との批判を免れない。
 国会承認も必要ない。
 政府がこの手法を繰り返せば、自衛隊派遣は歯止めを失う。
 

(山口哲人)


[地図]
想定される自衛隊活動海域

自衛隊活動海域.jpg

東京新聞・朝刊、2019年10月19日
自衛隊、中東独自派遣へ
首相検討指示
有志連合参加せず

https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201910/CK2019101902000150.html

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中東海域に自衛隊

 ヤッホーくんのこのブログ、次の日付の日記をぜひお読みください:

★ 2016年02月25日「米川正子」
★ 2016年03月02日「コルタン」
★ 2016年10月13日「稲田朋美」
★ 2016年10月16日「稲田朋美の化けの皮」
★ 2017年04月21日「瞼の母」

 日本政府が2019年10月18日、中東・ホルムズ海峡周辺などに情報収集目的で自衛隊を独自派遣する検討に踏み切った。
 中東地域への関与を示して米国の顔を立てつつ、米国主導の「有志連合」構想・海洋安全保障イニシアチブ参加は見送り、イランとの関係悪化を避ける窮余の策だ。

「我が国として中東地域における平和と安定、および我が国に関係する船舶の安全の確保のために独自の取り組みを行っていく」

 菅義偉官房長官は18日夕の記者会見で、中東の海域への自衛隊の独自派遣を検討していく考えを明らかにした。
 ただ、米主導の「海洋安全保障イニシアチブ」への不参加も表明。
 派遣についてもホルムズ海峡は避け、防衛省設置法の「調査・研究」名目で海洋状況を監視する程度にとどめる内容だった。

 中東では今春以降、タンカーなどが狙われる事案が相次いだ。
 これを受け、米政府は「イラン包囲網」の色彩が強い同イニシアチブを打ち上げ、日本を含めた各国に参加を呼びかけた。
 だが日本政府は、参加には法的なハードルがあるうえ、伝統的な友好国であるイランとの関係も重視する立場から、米国の動向を見極める姿勢だった。

 ところが、サウジアラビアの石油施設が9月14日に何者かに攻撃され、米イラン関係はさらに悪化する。

 ブライアン・フック米国務省イラン担当特別代表は9月下旬、朝日新聞の取材に、日本のタンカーが攻撃された事件に言及して、「再び起きないよう、抑止力を回復することが全ての国にとって大切だ」と日本への期待を語った。
 日本政府は「イランとの関係を切らず、アメリカとの関係も保つ」(首相官邸関係者)派遣方法について、官邸や国家安全保障局(NSS)などの限られた幹部で検討。
 行き着いたのが、米主導の枠組みには参加せず、あくまでも「情報収集態勢の強化」の独自派遣だった。

 日本政府高官らは、9月下旬の国連総会などの機会に独自派遣案を米政府側に説明。
 10月16日には、外務省の森健良外務審議官をイランに派遣。
 ザリフ外相らに日本の計画を説明した。
 外務省幹部はこう漏らす。

「中東には日本のタンカーも多く通るのに『知りません』では通用しない。何らかの関与はしないといけなかったということだ」

(竹下由佳、二階堂友紀)

■ 国会承認不要/「規定が漠然」懸念も

 政府は、自衛隊艦船がタンカーを守る海上警備行動や、防衛出動も可能な安全保障関連法を適用しての派遣検討は見送った。
 そこまで緊張が高まっていないとの判断だ。
 代わりに浮上したのが、防衛省設置法4条にある「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行う」との規定を根拠とした派遣だ。

 過去にも、2001年の米同時多発テロ後に海上自衛隊の護衛艦が米空母を護衛した際や、テロ対策特別措置法の活動に先立ちインド洋に護衛艦などを先行派遣した際にも適用された。
 首相や国会の承認は不要で、防衛相の判断だけで派遣が可能だ。
 政府関係者にはハードルの低さから「打ち出の小づち」「魔法の杖」とみる声がある一方、「漠然とした規定で何でもやってしまうのは、法の支配の観点から問題だ」との声もある。

「調査・研究」名目のため日本のタンカーなどの護衛を目的にはできない。
 そのため菅氏は会見で、「ただちに我が国に関係する船舶の防護を実施する状況にはない」と繰り返した。

 防衛省は派遣に備えた検討を水面下で進めてきた。
 現在、海賊対処法に基づいてソマリア沖アデン湾に派遣中の、海自の護衛艦とP3C哨戒機の拠点があるアフリカ東部のジブチに拠点を置く可能性が高いという。
 ただ、オマーン湾まで直線で約2000キロあり、実際の活動時間は制限される。

 今回はあくまで情報収集が目的だが、現地の緊張は高まっている。
 海自幹部は「何者かから攻撃を受けた場合、何ができ、どう対処すべきか。かなり高度な準備が必要だ」と指摘する。

(山下龍一、伊藤嘉孝)

■ タンカー攻撃、緊張続く ホルムズ周辺

 ホルムズ海峡周辺では、米国がイラン産原油の全面禁輸を開始した5月以降、石油タンカーなどが攻撃を受ける事案が続発している。
 いずれも攻撃主体ははっきりしないが、米国とサウジなどはイランに疑惑の目を向ける。
 一方、10月にはサウジに近い紅海でイランのタンカーで爆発が起きるなど、関係国を巻き込んで緊迫した状況が続いている。

 石油タンカーのみならず、9月にはサウジの石油施設が無人機などで攻撃を受けた。
 内戦中のイエメンでイランから支援を受ける反政府武装組織フーシが犯行を認めた。
 だが、米国やサウジは「イラン犯行説」を主張。
 イランが反発して米側と対立が深まるという構図が繰り返されている。

 敵対するイランの封じ込めを狙う米国は、海洋安全保障イニシアチブ構想を提唱。
 米国が指揮統制を担い、参加国が協力して商業船舶を守る構想だ。
 ただ、攻撃事案の犯行主体が判然としない中、参加国を決めた国はサウジや英国など5ヶ国程度にとどまっている。
 だが、米政府高官は9月下旬、「既に(活動は)開始していると認識している」とした。

 イランも同月、独自に「ホルムズ平和構想」を打ち出して、米構想に対抗。
 日本や欧州諸国に対して「(米国の構想への)参加はお勧めできない」と牽制(けんせい)している。

(杉崎慎弥、ワシントン=渡辺丘)

■ 近年の主な自衛隊海外派遣

☆ 1991年 海自掃海艇をペルシャ湾へ派遣(自衛隊法)
☆ 1992年 陸自の施設部隊をカンボジアへ派遣(PKO協力法)
☆ 2001年 海自艦艇をインド洋へ派遣(テロ対策特措法)
☆ 2003年 空自輸送機部隊をイラク支援の活動拠点のクウェートへ派遣(イラク特措法)
☆ 2004年 陸自部隊をイラク・サマワへ派遣(イラク特措法)
☆ 2009年 海自護衛艦をソマリア沖へ派遣(自衛隊法に基づく海上警備行動、のちに海賊対処法)
☆ 2012年 陸自施設部隊を南スーダンへ派遣(PKO協力法)


[地図]
タンカーなどが標的にされた最近の事案

朝日新聞・時時刻刻、2019年10月19日05時00分
調査名目、窮余の派遣
米にもイランにも配慮
中東海域に自衛隊
 
https://digital.asahi.com/articles/photo/AS20191019000216.html

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仁平典宏

 2018年9月中旬から、東京五輪・パラリンピック(以下、東京五輪)で運営に関わる「大会ボランティア」が募集される。
 これに先立ち、街や交通の案内を行う「都市ボランティア」が各自治体によってすでに募集されている。
 大会ボランティアが8万人、都市ボランティアが3万人という大規模な人数である。

 一方で、求められる大会ボランティア像が明らかになってから、批判の声も高まってきた。
 外国語能力や高いコミュニケーション能力をもち、1日8時間で10日間以上働ける人といった条件に対し、無償で交通費や宿泊費も出さないのは、まさに日本的なタダ働きブラック労働やりがい搾取ではないかというものである。

 これに対して推進側も、大会組織委員会の幹部みずから国際スポーツ大会でボランティアをして見せたり、近郊交通費相当分の物品を支給することを決めたり、右往左往している。

 おそらく今後も同じようなボランティア批判が盛り上がるだろう。しかしタダ働きという批判はどこまで有効なのか。論点を整理しておきたい。

ボランティア大量導入はこうして始まった

 五輪ボランティアを「搾取」と見る議論が支持されるのは、最近のブラック労働に対する批判が広がったことの表れでもあり、その意味で正常なことである。
 だが、それが日本特有かどうかは議論の余地がある。
 というのも近年の五輪では毎回多くのボランティアが活用されてきたからだ。

 夏の五輪の大会ボランティアの概数は、ロサンゼルス五輪5万人(1984年)、ソウル五輪2万7千人(1988年)、バルセロナ五輪3万人(1992年)、アトランタ五輪4.2万人(1996年)、シドニー五輪4万人(2000年)、アテネ五輪4.5万人(2004年)、北京五輪7.5万人(2008年)、ロンドン五輪7万人(2012年)、リオデジャネイロ五輪5万人(2016年)と言われる(報道や数え方によってバラツキはあるが)。

 基本的に無償で交通費・旅費が自己負担という条件も大差ない。

 専門性のある人をタダ働きさせるのも似たり寄ったりで、例えばロンドン五輪では7万人のうち5000人が医療スタッフである。
 このときはイギリスの保健省が、看護師がオリンピックのボランティアに参加できるよう有給休暇を取らせるように雇用者に求めていた。
 オリンピックという枠組み自体に「タダ働き」が組み込まれているのだ。

 オリンピックでボランティアを大量に使うようになったのはロサンゼルス五輪以降だ。
 ゴリゴリの新自由主義者レーガン大統領のもとで五輪の民営化が進められ、一気に商業主義化した記念すべき(?)大会でもある。
 ボランティアによって人件費を削ったこともあって黒字となり、五輪は儲かるという認識を広げることになる。

 ところが、味をしめたアメリカは次の1996年のアトランタ五輪で大失敗する。
 やはり運営をボランティアに依存する完全民営だったが、ボランティアが途中で多く辞めたり、バス運行システムが破綻するなど大混乱が起こった。
 さらに警備もボランティア頼りだったことがテロを許してしまい、2人の死者を出すという最悪の事態を招いた。

「民度の高い国民が支える大会」という物語

 アトランタ五輪の失敗を受けて、国際オリンピック委員会(IOC)は五輪の運営に行政の関与を求めるようになった。
 今はボランティアの募集、選考、研修を公的機関が一定のコストをかけて行う。
 ボランティアの研修不足が懸念された大会(アトランタ五輪やシドニー五輪など)では多くの問題が起きてしまった。

 ボランティアに支払うお金がかからないとしても、彼ら・彼女らが円滑に働けるようにするためには、責任を持って十分なお金と時間をかけて環境を整えなければならない。
 その意味では「安上がり」では決してない。

 だから五輪の支出を抑えるためには、ボランティアを多く使うのではなく、逆に数を減らすのが普通だ。
 リオデジャネイロや平昌の大会がそれに該当する。
 この意味で東京五輪はコンパクトな五輪という理念から逆行している。
 IOCは東京五輪のコスト削減のために、ボランティア数を見直すことを求めているが、これは数が過剰だとIOCが見ているということでもある。

 それにもかかわらず国がボランティアの多さにこだわるのは、「民度の高い国民が自発的に支える大会」という物語を求めるからだろう。
 例えば北京五輪は、過去最多の大会ボランティア7.5万人に加え、都市ボランティアを実に40万人以上動員し、「ボランティアが多すぎて逆に邪魔」という欧米メディアの揶揄もどこ吹く風で、大国らしさを演出してみせた。

 東京五輪では早い時期から大会ボランティア8万人という数字を掲げてきたが、「過去最多」という称号を手にしたいからのようにも思える。

 しかし五輪は、民度の高い国民の見本市ではない。
 そもそも普通は海外からも多くの応募ある。
 五輪の理念に共感したり、単に異国で様々な国の人と「祭り」を楽しみたいといった理由からだ。
 アテネ五輪のときは、12万人の応募のうち4万人が海外からの申し込みだった。

 東京五輪では、ボランティアを「おもてなし=日本の伝統」という枠に閉じ込めたいようだが、それがいかに内向きな議論かわかる。
 個人の思いや動きは、たえずこうした国の思惑からズレる可能性を持つ。
 以下では、ボランティアの報酬の問題を個人の側から整理してみたい。

「やりたくてやる」人は否定しない

 以下では、五輪ボランティアに関する人を3つのタイプに分けてみたい。
 それは(1)やりたくてやる人、(2)やりたいわけではないのにやらされる人、(3)やりたいのにできない人である。

 まず、(1)やりたくてやる人だが、これは事前に報酬や労働条件に関する情報が与えられ、参加しない自由が十分あるにもかかわらず、本人がメリットとコストを比較考量して参加する場合である。
 自発的なボランティアというイメージに最も近い。
 このケースまで滅私奉公とかやりがい搾取といって叩くのは、さすがにその人自身の合理性を無視しすぎだ。

 ところでなぜ「自発的」に五輪ボランティアをする人がいるのだろうか。
 本当に滅私奉公の意識があるのか。
 ロンドン五輪のボランティアに関する実証研究によると、いくつかの動機の因子がある(*1)。

 その中には愛国心から参加する「愛国因子」というのもあるが、これが強い人は五輪が終わるとスポーツから離れる傾向があり、意外と「レガシー」になりにくい。
 一方で、「スポーツや五輪が好き」因子や「他者と繋がりたい」因子というのもあり、これらが高い人は大会後もボランティア活動やスポーツを続ける傾向がある。
 愛国云々に関係なくより私的な動機で参加する人の方がプラスの外部効果が大きいようだ。

 一般に近年のボランティア活動に、社会や国という「大きな物語」が介在することはあまりない。
 自分を成長させたいとか他者と繋がりたいとか、めったにできない経験をしたいという個人の「小さな物語」をフックとしながら活動するのが一般的である。
 この傾向は五輪のようなお祭り騒ぎの時に顕著になる。

 生の充実のために自発的に「祭り」に参加するボランティア――これに報酬を払う必然性はないし本人たちも求めていないだろう。
 ボランティアのタダ働きを批判するのは、たいていオリンピックに否定的な人だが、それが五輪の無用なコスト増大につながるような主張をするのは、あまり理にかなっていないように思える。

 筆者自身オリンピックはやめるか極力安上がりがよく、その分を国が本来行うべき社会保障や教育に回してほしいと考えているが、その立場にとってやりがい搾取論は諸刃の剣である。

「動員」される懸念もある

 しかし問題は、この自発性の前提が十分に満たされない(2)のケースである。
 長野冬季五輪のときに前例がある。
 この時のボランティアは約3万5千人とされるが、この中には自治会や消防団、婦人会などの地域団体、経済団体、労組などに協力を要請して動員された人も多く含まれていた。

 さらに、ボランティア運転手が大幅に足りなくなってからは、企業や自治体を通じて1万人近くが運転ボランティアとしてかき集められ、半強制的に参加させられた人も少なくなかった(*2)。

 中間集団を通じた動員は、日本のお家芸である。
 1964年東京五輪のときも、大学や企業を通じて運転や通訳、会場整理の人員が集められた。
 また都内では地域組織が中心となって、海外の人から見て恥ずかしくないように地域の改善運動が展開された。
 復興した日本を世界に見てほしいという「大きな物語」が社会を覆い、「公徳心」という言葉が睨みを利かせていた。

 現在は「大きな物語」も地域組織も空洞化しているが、大きなスポーツ大会があって人手が足りないとき、地方自治体や地域の大学・企業などにボランティアの要請が行われる構造は変わらない。

 しかし参加しない自由が十分に保証されない限り、「ボランティア」として扱うべきではないし、その労働には正当な対価を払うべきだろう。

 長野五輪のときには、運転手を出す地元103社の約3300人の8割が、ボランティアといいながら実際には業務命令による派遣だった事がわかり、労働基準局から各会社の就労規則を守るように行政指導が入った(*3)。
 今回も人手不足の領域を埋めるために、大学・企業・自治体を介して半強制的な「ボランティア」動員が行われないか懸念される。

「ブラック」という批判はこのような働かせ方に対してこそ厳しく向けられるべきだ。

 加えて重要なのは、これらのケースを「例外」ではなく「やっぱりな」と思ってしまう感覚が、我々の中にあるということだ。

 これまでの日本社会は、仕事への全人格的なコミットメントと家族(女性)のアンペイドワークに依存し、政府も他の選択肢を保障することなく、その仕組みを推進してきた。
 自由度の小さい「やりがい搾取」の体系が、社会に埋め込まれているというリアリティがある。

 先に述べたように、無償のボランティアはオリンピックでは一般的だが、日本で強い反発が起こる背景はここにあると思われる。
 この懸念を払拭しない限り、いくら小手先で対応しても批判は消えないだろう。

結局、五輪ボランティアの社会的意義って?

 このように、ボランティアの無償問題は自発性の仮定が満たされているかどうかでかなり整理できる。
 非自発的ならば当然支払われなければならない。
 ただし自発的でもお金の問題を無視できないケースがいくつかある。
 その一つが(3)やりたいけど交通費や滞在費がかかるため応募できない場合である。

 海外の五輪でも、ボランティアに金がかかるため、高所得者の方が参加する傾向があった(*4)。
 では、お金にゆとりのない人でも五輪ボランティアをできるように、実費や報酬を出すべきなのだろうか。

 この答えは、五輪ボランティアにどのような社会的意義を認めるかで変わってくるだろう。
 推進側は「一人ひとりが互いに支え合う『共助社会』実現に寄与」すると主張する(東京都・東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会2016『東京2020大会に向けたボランティア戦略』)。

 しかし、戦前の恤救規則(じゅっきゅうきそく)から近年の介護保険のサービス抑制に至るまで、日本では「地域の支え合いや共助」という理念が社会保障の切り下げに用いられてきたことを考えると、個人的にはすんなりうなずける話でもない(拙著2011『「ボランティア」の誕生と終焉――〈贈与のパラドックス〉の知識社会学』名古屋大学出版会)。

 これに対し、五輪ボランティアの意義についてユニークな考え方をしていたのはロンドン五輪である。
 そこでは、五輪ボランティアは社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)の一環として位置づけられ、求職者や非正規労働者が事前研修や大会での経験を通して雇用可能性を高め、就職や昇進につなげることが期待された(*5)。

 その主なターゲットは若者層である。
 実際にロンドン五輪の若者のボランティアは、履歴書の見栄えを良くするために参加したという動機をあっけらかんと語る傾向があった。
 雇用者側もボランティア経験のある学生への期待値は高いという知見があり、求職者にとって五輪ボランティアは合理的な選択である(*6)。

 もしこの方向性を突き詰めるならば、豊かな人ばかり五輪に参加しても意味がないので、ゆとりのない人も参加できるように経済的保障をするという議論もありうる。

 もっとも日本では、ボランティア活動の経験が就職や昇進で考慮されることは少ない。
 それどころか、成績や就職のためと言うと偽善視されかねない。
 やりがい搾取批判が流行する一方で、妙に潔癖なところがある。
 実際に「履歴書のため」にボランティアをする割合は、仕事の競争の激しいアングロサクソン諸国(アメリカ、イギリス、カナダ)では高い一方、日本では低い(*7)。

 東京五輪ボランティア推進の資料を見ても、「おもてなし」や「全員が自己ベスト」のようなふんわりワードばかりで、社会政策的な意義や雇用との関係については全く検討されていない。

 活動経験をどのような形で社会的に評価し、参加者のリターンにしていくかという問いと正面から向き合わない限り、ボランティアの報酬の是非に関する議論は深まりようがないだろう。

タダか否かの論点を越えて

 これまで五輪ボランティアの問題は「タダ働き」という点に焦点があたってきた。
 それも重要な点だが、より根本にあるのは、五輪でブラック労働をはびこらせないということではないだろうか。
 無償労働とブラック労働は重なる部分もあるが、ズレる部分もある。

 むしろボランティアか被雇用者かにかかわらず、膨大な仕事量、酷暑、研修・コーディネション不足による混乱、強制的な動員こそが、ブラック労働の温床になるだろう。
 ソウル五輪のときは警官が一人過労死しているが、東京五輪でも懸念される。

 安心して働ける環境を作る責任が国、自治体、組織委員会にはある。

 無償/有償、ボランティア/被雇用者を問わず、「五輪だから」という理由で行われる過剰な労働を許容しないことが、今回の五輪で問われている。

(*1) Niki Koutrou & Athanasios (Sakis) Pappous, 2016, Towards an Olympic volunteering legacy: motivating volunteers to serve and remain : a case study of London 2012 Olympic Games volunteers. Voluntary Sector Review 7(3)
(*2) 朝日新聞朝刊1998年2月25日
(*3) 朝日新聞夕刊1998年1月23日
(*4) 前掲論文
(*5) Geoff Nichols & Rita Ralston, 2011, Social Inclusion through Volunteering: The Legacy Potential of the 2012 Olympic Games, Sociology 45(5)
(*6) Rita Ralston, 2016, Talking ’bout my generation: generational differences in the attitudes of volunteers at the 2012 Olympic Games, Voluntary Sector Review 7(2)
(*7) Femida Handy et al., 2010, A Cross-Cultural Examination of Student Volunteering: Is It All About Résumé Building?, Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly, 39(3)


現代ビジネス、2018.08.23
東京五輪ボランティアをやっぱり「やりがい搾取」と言いたくなるワケ
過去の「動員」を思い出す… …

(仁平 典宏、東京大学准教授)

日本社会における市民運動と助け合いにはどのような特徴があるのか。
共助が弱いと言われる背景にある構造とは? 
市民運動が自立するために必要なことを探る。

市民社会の二重性

─ 地域や職場での助け合い機能の低下を懸念する声があります。

 立ち位置によって異なる見方ができます。
 例えば、地域の相互扶助機能が低下することで、草の根民主主義が弱くなっているという見方。
 代表的なのはロバート・パットナムのソーシャル・キャピタル論です。
 タウンミーティングや相互扶助活動などに象徴されるアメリカの社会関係資本が弱まることで、民主主義も弱くなっているという議論です。
 この観点で見れば地域の相互扶助活動は民主主義強化のために重要です。

 一方、異なる文脈もあります。
 日本では社会保障費抑制の流れの中で、地域にサービス主体を移行する動きがあります。
 この観点では、国の社会保障費の抑制のために地域の助け合いが称揚されます。

 そもそも、日本において、こうした助け合いを称揚してきたのは保守政党で、革新系の野党は社会保障の弱さや資本主義が生み出す矛盾を相互扶助で糊塗することを批判してきました。

 ただ、1970年代から住民運動や革新自治体の誕生を背景に、革新系の中にも市民活動を推進する動きが生まれてきます。
 同時に女性運動や障害者運動など多様な主体の運動が勃興していきます。

 ただ多くの団体は法人格がなく、組織基盤は安定しませんでした。
 資金を得やすくするために公益法人の認可を得ようとしても、そのハードルが高く難しい。
 公益の定義を国が独占していたため、官僚のさじ加減によって認可は恣意的に左右されました。
 そのため政府から自律して運動をする団体は大きくなりにくい一方で、社会的信用のために法人格を得ようとすると政治的な自律性が損なわれるという構図が生まれました。
 日本の市民社会にはこうした二重構造があると指摘されてきました。

自律性の確保

 こうした状況を打破するものとして期待されたNPO法は、1990年代の非自民連立政権の誕生や阪神・淡路大震災のボランティアの活躍などを経て1998年に施行されます。

 この立法において市民の果たした役割は大きいですが、90年代後半以降の新自由主義に向けた条件整備という背景もあります。
 政府が担ってきた社会サービスを地域の相互扶助に移管しコストカットを狙う勢力と、草の根の運動を展開してきた人びとが、まったく異なる文脈から市民セクターの強化を訴えてNPO法が成立したのです。

─ NPO法の成立から20年が経過して、その関係はどう変わったでしょうか。

 行政の政策もNPOの存在を前提として行われるようになるなど、NPOは日本社会の中で大きな役割を果たすようになりました。
 しかし、行政の助成金や委託金を取るために消耗し、雇用も不安定な中で疲弊していくNPOは少なくありません。

 他方で、同じく低福祉国のアメリカと比べると、日本は寄付の水準も低いです。
 そのため、行政からの委託金に依存せざるを得ません。
 それは、NPOが行政の意向を忖度せざるを得ない構図を生み出します。
 NPOは日本社会において大きなアクターとして成長したものの、財源と自律性という観点において厳しい状況に追い込まれているとも言えます。

─ 市民運動が自主性・自律性を確保するためには?

 寄付や会費が少ない背景には市民セクターに対する社会的な信頼が弱いことがあります。
 助け合いや絆のような言葉は一般論として称揚されますが、実際に活動しているNPOなどを応援・支援している人は多くありません。

 2012年に行われた調査(日本版 General Social Surveys 〈JGSS-2012〉)の中に、機関や人に対する信頼の度合いについて尋ねた項目があります。

「まったく信頼していない」割合が一番高かったのは労働組合なのですが、「NPOやNGOのリーダー」も悪い方から3番目です。
 この信頼性の低さがNPOが助成金に依存せざるを得ない状況とかかわっています。

 その背景には、公共性を担う存在が日本では長らく行政しかなかったことが挙げられます。
 日本には長い間、公的=行政=非営利、私的=民間=営利という区分けしかなかったので、市民が非営利の活動を通じて公共性の担い手になるという感覚を肌でつかむことができず、市民活動に取り組む人たちを冷笑したり、敬して遠ざけたりする構造ができてしまいました。

「やりがい搾取」と助け合い

 また、助け合いを称揚する言説がある一方で、不信感も根強い背景には、日本がすでに助け合いを過剰に組み込んだ社会であることも挙げられます。
 そのことを端的に表現しているのが「やりがい搾取」という言葉です。
 日本は「やりがい搾取」を含み資産のように保持してきた社会だと言えます。
 例えば、家庭内では女性が家事や育児を無償で行うことで、育児や介護の施設をつくらずに済みました。
 企業内でも不払い残業などで従業員を搾取してきましたが、長期雇用との引き換えにそれが許容されてきました。

 短期的には搾取であっても長期的な安定が提供されるから、含み資産として無償の労働力を提供してきたのです。
 しかし、近年そうした長期的な交換条件が成立しなくなると、人びとは搾取されている意識を高めていきます。
 このように見ると、日本社会は助け合いが少ないのではなく、システムの中に助け合いを過剰に組み込んできた社会とも言えます。

 その中で、人びとにさらに助け合いを求めたり、寄付を求めたりすれば、「もう十分にやっている」という反応が返ってくるのもうなずけます。
 そのため、私は一般の人々に公的サービスの肩代わりのためのボランティアや寄付をこれ以上求めるのも筋が違う気がしています。
 ただ、ボランティアや寄付を無理にする必要はありませんが、それらに取り組む人を冷笑しないでほしいとは思います。

 一方、ボランティアや寄付をもっとすべきなのは高所得層です。
「ノーブレス・オブリージュ」(ヤッホーくん注)という言葉に代表されるように、多くの国で高所得層ほど寄付やボランティアを行う傾向があります。
 日本も戦後しばらくそうでした。
 しかし、2000年代に入ってから日本の高所得層はボランティア活動への参加を顕著に減らしています。
 これは世界的に見ても大変珍しい現象です。

 日本の格差社会は、所得や資産の格差に加え、高所得者層が公共圏から撤退しているという点でも問題です。
 自分の得たものを社会に還元する意識をもっと持つべきです。


ミクロの場を超えたつながり

─ 助け合いの意識を醸成するには?

 日本における助け合いは、家族や職場といったミクロな場における助け合いであって、そうした場を超える見知らぬ他者に対する助け合いの意識は希薄です。
 ミクロな場において濃密な助け合いがあるのは、それをしなければ「村八分」にされるからで、長期的な人間関係が前提になっていると言えます。

 日本では、流動性の低い集合内での助け合いは強度に行われる一方、それを超える範囲の人に対する贈与の意識は非常に低いことが学術的にも指摘されてきました。
 前者のつながりは「ボンディング bonding 型」。後者は「ブリッジング bridging 型」と呼ばれます。後者の意識をどう強めていくかが課題です(ヤッホーくん注)。

 先ほどの調査で労働組合の信頼度が低かったのは、非正規労働者など組合の外にいる人とのつながりが弱かったからと考えられます。
 労働の現場で起きていることは、他の市民団体が取り組んできた活動と必ず結び付きます。
 多様な組織・人との結び付きを強めることが労働組合の存在意義の向上につながるはずです。


情報労連リポート、2019.10
「共助」をもっと考えよう
「助け合いと市民社会」考
市民運動がもっと自立するには?

(仁平 典宏、東京大学准教授)
http://ictj-report.joho.or.jp/1910/sp01.html

(ヤッホーくん注)「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」

 19世紀にフランスで生まれた言葉で、「noblesse(貴族)」と「obliger(義務を負わせる)」を合成した言葉。
 財力、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことをさす。
 身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会に浸透する基本的な道徳観である。
 法的義務や責任ではないが、自己の利益を優先することのないような行動を促す、社会の心理的規範となっている。

 また、聖書の「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される」(『ルカによる福音書』12章48節)に由来するとも言われる。

 例えばイギリスでは、国家・国民のために尽くす義務があるという意味に受け取られ、貴族やエリートの教育で扱われる。
 アメリカでは「慈善を施す美徳」の意味があり、富裕層が貧しい人びとに慈善を施すという形で実践されている。
 最近では、主に富裕層、有名人、権力者が社会の規範となるようにふるまうべきだという社会的倫理として用いられる。

 日本では、派遣労働者を雇い止めしたり、産地・賞味期限偽装で不当利益を得たりする例をあげ、企業経営者や政治家など社会のリーダー層にノブレス・オブリージュの欠落が指摘される。
 自己(自社)の利益の追求だけでなく、社会を構成する責任ある主体としての取組が求められる。


日本女性学習財団
https://www.jawe2011.jp/cgi/keyword/keyword.cgi

(ヤッホーくん注)次の論文参照のこと
西出優子(東北大学経済学研究科教授)「ソーシャルキャピタルと教育の相乗効果 Social capital and its synergy with education」
http://archive.unu.edu/gs/files/2008/sy/SY08_Nishide_text_jp.pdf

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2019年10月18日

大学入学共通テストへの英語民間試験の導入

 今日は、2020年から始まる「大学入学共通テストへの英語民間試験の導入」について、どういう制度なのか、何が問題なのかを説明します。

「大学入学共通テスト」というのは、これまで行われてきた「大学入試センター試験」いわゆる「センター入試」を廃止した後に始まる、新しい「共通テスト」です。

 国立大学を目指すなら必ず受験しなければなりませんし、私立大学も多く参加していて、毎年50万人以上が受験します。

 その「共通テスト」の英語科目では、大学入試センターの試験に加えて、民間事業者による試験も受けなければなりません。
 高校2年生は、7種類ある民間試験のどれかを選んで申し込みをします。
 高校3年生になってからの4月から12月までの間に二回受けられることになっていて、そのスコアが民間試験事業者から、大学入試センターの「大学入試英語成績提供システム」に送られ、それが、大学に送られることになります。

 民間試験のスコアをどのように活用するかは大学が決めるので、国立大学でも「出願要件にする」とか「合否判定には使わない」、もしくは「民間試験のスコアを加点する」などマチマチです。
 活用を決めかねている大学もありますし、肝心の民間試験で未だに日程や会場を公表していない事業者も複数あるので、高校現場は混乱しています。

 英語に民間試験を導入することになったのは、「読む・聞く・書く・話すの4技能」を測定することが理由です。
 これまでのセンター入試は「読む・聞く」の「2つの技能」なので、「話す力」「書く力」も測るのに民間試験を使うとなりました。
 2020年から3年間は、大学入試センターが作る英語試験と民間試験の二本立てで、2024年度以降は民間試験だけにするかどうか決まっていません。

 初の共通テストは2021年1月実施ですが、英語民間試験は2020年のうちに受けなければなりません。

 英語民間試験はすでに多くの大学で活用されていますが、共通テストとして50万人以上が受けるとなれば、規模や運営が全く違ってきます。
 ところが、そのような認識がなかったのか、制度設計に構造的な欠陥があります。
 具体的に7点ほど挙げてみます。
 
 まず、大学入試センターの「共通テスト」でありながら、民間の英語試験だけは、実施する事業者の運営に任せています。

 そして入試センターの英語試験と違って、民間試験は学習指導要領にもとづいた出題ではありませんし、出題内容を公表しません。

 次に、認定された民間試験は7種類あって、それぞれ目的や試験の内容、難易度、試験方法、受検料、実施回数などが違います。

 3番目の問題は、「格差」です。

 これまでは、大学入試センターに検定料を払って、志望大学に受験料を払うだけでしたが、今後は、別に民間試験の受検料が必要です。
 受検料は事業者によって違い、一回6000円くらいから2万数千円かかります。

 高校生は誰もが、最低でも2回、できたら何度も受けて練習したいと考えるでしょうが、保護者の経済的負担は大きくなります。
 結果として裕福な家庭では何度も民間試験を受けさせ、対策講座に通わせてスコアをあげることが可能になり、余裕のない家庭の受験生との経済格差が大きくなります。
 
 経済的に苦しい家庭なので、国立大学を希望していたけれど、英語民間試験の出費を考えると大学進学を諦めるしかない、という高校生もいます。

 また、全国に試験会場がまんべんなく用意されるわけではないので、地域によっては遠方まで出かけて受検しなければなりません。
 交通費や宿泊費がかかって、地域格差が受験生を直撃します。

 加えて、障害のある受検生に対して、これまでのセンター入試のようなキメ細かい配慮が民間試験では準備されていません。
「障害者差別解消法」違反の疑いも指摘されています。

 4番目の問題は、「採点の公正性」です。

 50万人もの解答を短期間に、誰がどう採点するのか。
 スピーキング・テストの採点は海外で行う、でも場所は「アジアを含めた世界のどこか」、としか明らかにしていない事業者もあります。
 どのような資格を持った人が採点するのかを公表していない民間試験もあるので、公正性や透明性が問題となっています。

 5番目の課題は、「出題や採点のミス、機器トラブル」です。

 複数の民間試験がパソコンやタブレットを使う予定ですので、機器トラブルや、音声データを聞いても誰の声か分からない、雑音が入っていて採点できない、などの事故が一定の割合で発生することは避けられません。

 大学入試では、何重にもチェックしますが、それでも出題や採点のミスやトラブルが発生することがあります。
 その都度、大学は対応策を公表します。
 
 ところが、民間試験でそのような事態が起きても公表するかどうか分かりません。
 文科省の見解は、「民間事業者等の採点ミスについて、大学入試センターや大学が責任を負うことは基本的には想定されません」というものです。

 出題や採点、危機管理で、大学入試センターほどの厳密な運営を実現するのは経費も手間も並大抵ではありません。
 民間事業者に一任で良いのでしょうか。

 6番目の問題は、「利益相反」の疑いです。

 民間試験の中には、問題集などの対策本を販売している事業者があります。
 担当部署が違ったとしても、同じ事業者が、共通テストの一環である英語試験を実施しながら、対策指導で収益を上げるのは、道義的な責任が問われないのでしょうか。

 高校を試験会場には使わないと明言していたのに、最近になって方針を変えた民間事業者もあります。
 受験生が通う高校を会場にして、その高校の先生たちが試験監督をすることに問題はないのでしょうか。

 最後に、根本的な問題があります。

 高校は大学入試を無視できないので、高校英語教育は民間試験対策に変質します。
 授業をつぶして模擬試験を受けさせる高校もすでに出ています。
 民間試験は学習指導要領に従うことを義務付けられてはいないのですから、民間試験対策に追われることは公教育の破綻につながります。
 かつては、受験勉強が高校教育をゆがめていると批判されましたが、民間試験対策が高校教育をゆがめることになります。

「英語を話せるようにしたい」という願いは理解できます。
 でも、「話す」ことは、状況や相手によって違ってきます。
 文化的な要素も影響します。
「話すこと」は複雑なので、正確に測るのは極めて難しいのです。
 高校までの基礎力を土台に、大学入学後に時間をかけて指導する方が効果は上がります。

 そもそも「スピーキング・テスト」では、「話す力」の何を測るのでしょうか。
 文法の正確さを測るのか、発音の良し悪しをみるのか、ともかくよどみなくしゃべれば良いのか、採点基準によって点数は違ってきますし、採点者によって評価はばらつきます。
 それを避けるために「採点しやすさ」を目指す出題にすると、本来のコミュニケーション能力を評価することにはなりません。
「話す力」を入学選抜に使うのは無理があると分かります。

 センター入試は「2つの技能しか測っていない」からダメだとされましたが、実際は、学習指導要領に準拠して、コミュニケーションという視点から、かなり工夫を凝らして、「総合的」な英語力を測定していました。
「4技能」は別々に測定する必要はなく、互いに関連しているので、総合的に考えるべきものです。

 受験生を犠牲にすることなく、
・ 公正・公平な選抜試験を実施するにはどうしたら良いのか、
・ 大学入試は何をどう測るべきなのか、
・ そもそも「コミュニケーション能力」とは何か、
などを教育的観点に立ち返って議論できたらと願っています。


NHK・解説委員室、2019年10月16日 (水)
(視点・論点)
「大学入学共通テスト 英語民間試験導入を考える」
(立教大学・名誉教授 鳥飼玖美子)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/414086.html

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国が崩壊に向かう時、そこには必ず愚かな指導者がいる

 スイスの有力ビジネススクールIMDは2019年5月28日、2019年の世界競争力ランキングを発表した。
 日本の総合順位は30位と前年より5つ順位を下げ、比較可能な1997年以降では過去最低となった。
 企業の生産性の低さや経済成長の鈍化などが理由で、アジアの中での地盤沈下も鮮明になっている。


[図]
2019世界競争力ランキング.jpg

日本経済新聞、2019/5/29 4:11
日本の競争力は世界30位、97年以降で最低
IMD調べ

(ジュネーブ=細川倫太郎)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45399600Z20C19A5000000/

 日本経済が揺らぎ始めた現象が次々に起きている。

「セブン&アイ・ホールディングス」は不採算店の閉鎖や移転を決め、
「イトーヨーカ堂」や「そごう・西武」は約3000人の削減に乗り出す。
「高島屋」も横浜市の港南台店を来年2020年8月に閉めると発表したほか、米子市の米子店は来年2020年3月に地元企業へ譲渡する。
 高島屋の村田善郎社長は会見で、ほかの地方店の撤退や縮小にも言及し、岐阜市の岐阜店や岡山市の岡山店、堺市の堺店、泉北店の4店舗を挙げた。

 国民の消費に関係する企業不振が顕著なのは、経営手腕がおかしいからではない。
 日本全体の消費が冷え込んでいるからだ。

 日本では、65歳以上の高齢者人口は3575万2000人で、総人口の約28%にあたるが、彼らの老後は決して明るいとは言えない。

 安定的な老後生活を送るためには年金のほかに約2000万円の貯蓄が必要と言われているが、そんな余裕はない。
 いかに消費を抑えて生きていくかに頭を悩ませている。

 さらに労働者にも暗いニュースが流れている。

 2019年8月の労働者1人当たりの平均賃金を示す現金給与総額は前年同月比0.2%減の27万6296円で、2ヶ月連続でマイナスとなった。

 こういう時こそ、政府は消費を増やすための政策を考える必要があるが、今の政権が進めている政策は真逆である。
 消費が冷え込む中で、消費税率を引き上げたのである。
 もはや政府は国全体を考える機能を失ったと言っていい。

 週刊朝日(10月4日号)は〈企業は天国、庶民は地獄、税金逃れ大国ニッポン〉という特集記事を掲載。
 日本企業の“税金逃れ”を問題視している。

 それによると、企業別の税負担率は次の通りだ。

 ソフトバンクG=マイナス30%、本田技研=20%、住友商事=17%、東京電力=8%、アステラス製薬=19%、丸紅=18%、日本製鉄=16%、日本航空=17%、武田薬品=10%、関西電力=12%。

 そして今や、大企業の内部留保は463兆円にものぼる。

 グローバリズムが進む中、世界の工場は、米国から日本、西欧先進国から韓国、台湾から中国、ベトナム、インドネシアなどに移行した。
 経済運営には、かつてない英知が必要となる。

 しかし、今の政府が行っているのは、労働者の賃金を下げ、消費税率を引き上げ、消費を減らしている

 そして教育費の比率も下げた結果、GDPに占める公的な教育支出の割合はOECD加盟34ヶ国中で日本は最下位である。

 国が崩壊に向かう時、そこには愚かな指導者が必ずいる。
 それが今の日本の姿である。


[写真]安倍首相

日刊ゲンダイ、2019/10/18 06:00
国が崩壊に向かう時、そこには必ず愚かな指導者がいる
(孫崎享、外交評論家)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263423/

 安倍政権の災害対応検証に、関西電力の原発マネー還流、あいちトリエンナーレ補助金不交付、日本郵政グループによるNHK圧力など、問題が山積している臨時国会。
 しかし、そんななかでも注目を集めているのが、内閣改造で経産大臣として初入閣した菅原一秀氏の「有権者にカニ・メロンばらまき疑惑」だ。

 この問題については本サイトでもお伝えしたが、菅原氏が選挙区内に居住する有権者に対し、盆暮れに高級メロンやカニ、いくら、すじこ、みかんなどを贈答していたと2019年10月10日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が報道。
 言うまでもなく、選挙区内の有権者に対して贈答品を送ることは有権者を買収する行為であり、公職選挙法で禁止されている寄附行為にあたる。
 これは大臣辞任どころか議員辞職に値する重大な問題だ。

 そして、先週11日におこなわれた衆院予算委員会では、立憲民主党の本多平直衆院議員が、菅原氏の事務所で作成されたとされる「贈答品リスト」を入手。こう追及したのだ。

「(菅原)大臣の選挙区の練馬区の方110名、載っているリストがあります。たとえば2006年でいうと、練馬区の方にメロン24、カニ38。2006年の冬、みかん23、たらこ・すじこ66。このリストはおたくの事務所でおつくりになったものじゃないですか」

 一方、菅原経産相は「リストは本多議員からいただいてはじめて見た」と答弁しており、15日の参院予算委員会でも「(事実関係は)確認作業中」「わかったこともあるが途中」だとした上で、こう答弁した。

「事務所をすべて探したが、リストと書類、領収書も見当たらなかった」

「事務所のほうでリストに掲載されている方に対して品物をもらった記憶はあるかと確認作業をしているが、連絡をとれた方からは『もらっていない』『わからない』という回答を得ている」

 しかし、この答弁の嘘はさっそく暴かれた。
 17日発売の「週刊文春」が追撃し、なんと複数の元秘書が「贈答品リスト」の存在を認めて「代議士の指示で作成した」と証言。
 さらに、菅原氏の選挙区である練馬区の有権者による証言と、新たな物証まで揃えてきたのだ。

 その新たな物証というのは、有権者が菅原事務所に宛てた「お礼状」だ。

 たとえば、「このたびは、結構なお品を頂戴いたし、重ね重ね御礼申し上げます」というお礼状を送っていた練馬区の有権者は、菅原さんから送られてくるお中元やお歳暮は無地の熨斗だったと言い、「彼は用心深い男」「無地の熨斗といえば菅原さんということで、妻に『これ、菅原さんからの贈り物だから、お礼状を書いておいて』と頼んだ」と証言。
 また、メロンを受け取ったことがあるという別の有権者は「選挙区内だし、やっぱりコンプライアンス上良くないから『もう送らなくていいよ』と言いました」とまで語っている。

 その上、今回「週刊文春」は有権者からの「お礼状」と同時に、国会議員が菅原事務所に宛てた「お礼状」も入手。
 たとえば、林芳正・元文科相は「選挙中 ご支援いただくばかりありがとうございます。美味しいメロンさっそく賞味いたしました」と綴り、桜田義孝・元五輪担当相も「今般は、素晴らしいお品をいただき、誠にありがとうございます」と送っている。

 政治家が政治家に盆暮れの付け届けを贈ることは違法行為ではないが、問題なのは、菅原氏の「贈答品リスト」には練馬区の有権者110名と一緒に、安倍晋三氏や菅義偉氏、二階俊博氏といった自民党の有力者をはじめとする約50名の国会議員の情報も書き込まれていたことだ。
 つまり、この国会議員からの「お礼状」は「贈答品リスト」の存在を裏付ける材料にもなるものなのだ。

「安部晋三にはローヤルゼリー大、塩崎恭久にはローヤルゼリー小」贈答品リストの細かすぎる指示

 しかも、菅原経産相は「贈答品リスト」を10日に本多議員側から受け取って「はじめて見た」と言い張っているが、この「贈答品リスト」は菅原氏の指示がなければ作成できないものだ。

 というのも、リストでは「安倍晋三先生」の欄には「ローヤルゼリー大」と記載され、一方で元厚労相の「塩崎恭久先生」の欄には「ローヤルゼリー小」と記載されているというのである。
 本多議員はこの事実を挙げ「こんな判断、秘書ができるんですか」と追及したが、まったくそのとおりだろう。

 実際、「週刊文春」の記事では、元秘書が「誰に何を送るかは菅原氏自身が細かく決めていました。私のそばに座って、『この人はメロン二個、この人は三個にして』という感じで、個数まで細かく指示を出していた」と証言している。
 つまり、「安倍さんにはローヤルゼリーは大で」「塩崎さんには小で」と菅原氏が指示を出し、それと同時に有権者にもメロンやカニ、すじこが送られていたことは、この「贈答品リスト」と「お礼状」の存在が如実に指し示しているのである。

 もはや「詰んだ」状態にある菅原経産相だが、このまま「リストは見つかりませんでした」と言い張って終わらせていい問題ではけっしてない。
 実際、過去には、小野寺五典・元防衛相が選挙区内の有権者宅約500件に名前入りの線香セット(約1000円相当)を配ったことが公選法違反と認められて議員辞職。
 法務大臣だった松島みどり氏も自身の選挙区でうちわを無料配布し、同じように公選法が禁じる「寄附」行為ではないかと疑惑が持ち上がり、結果、大臣を辞任しているのである。

 だが、問題は安倍首相の姿勢だ。

 第二次安倍政権下では松島法相のほか、小渕優子経産相や西川公也農水相、甘利明経済再生担当相が公選法違反やカネの疑惑で大臣を辞任してきたが、甘利氏の辞任以降、逆にそういったスキャンダルが持ち上がってもしらんぷりをして不問に付してきた。
 そして、それと歩調を合わせるように、テレビのワイドショーなどでも安倍政権のカネ絡みや公選法違反のスキャンダルはほとんど追及されなくなった。

スキャンダルだらけの安倍内閣、全部スルーし全然報じないワイドショー

 現に、新内閣でも、
・ 萩生田光一文科相の1600万円迂回献金疑惑や、
・ 高市早苗総務相の国契約業者からの献金問題、
・ 武田良太・国家公安委員長の元暴力団関係者からの献金問題、
・ そしてこの菅原経産相の有権者買収疑惑
など、さまざまな疑惑・スキャンダルが取り沙汰されているが、いずれもワイドショーはスルーをしてなかったことのようにされている。

 つまり、話題にならないなら辞任させなくても大丈夫だと安倍首相も、閣僚たちもタカを括っているのだろう。
 実際、今回の菅原経産相の疑惑追及でも、前述した本多議員が「安倍先生にはローヤルゼリー大、塩崎先生にはローヤルゼリーが小。こんな判断、秘書ができるんですか」と追求している最中、後ろで茂木敏充外相は吹き出して笑っていた。
 言っておくが、茂木外相は経済再生相時代の2017年、自身の選挙区である栃木5区の主に後援会幹部に対し、1部600円の「衆議院手帖」を、毎年3000部(180万円分に相当)も配布していたことが発覚。
 菅原経産相と同じ公選法違反の疑いが濃厚だったのに不問に付されてしまったのだ。

 議員辞職して当たり前の疑惑でさえ、笑い話のように流してしまおうとする安倍政権──。

 ちなみに菅原氏の元秘書は、立憲民主党の杉尾秀哉参院議員の聞き取りのなかで、菅原氏に給料から10万円を強制的に寄附させられていたことや賃金未払いがあったことなども告発。さらに、
「いじめられて人間扱いされていなかった」
とパワハラに遭っていたと語り、今回、告発にいたった理由をこう述べたという。

こんな代議士が閣僚、しかも経産大臣という主要閣僚を務めるなんてありえない。日本のためにならないと思った

 有権者を金品で買収しようとする人物が、いま問題となっている関西電力の原発還流マネーの真相究明をはじめ、経産大臣としての任が務まるはずがない。

 野党と「週刊文春」には、ぜひとも徹底追及の手を緩めないでほしい。


リテラ、2019.10.18 07:04
菅原経産相のカニ・メロンばらまき疑惑に次々と決定的証拠が!
なのに安倍内閣のスキャンダルをスルーし報じないテレビ

https://lite-ra.com/2019/10/post-5032.html

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2019年10月17日

ダムスキー・デマゴギーやスーパー堤防デマゴギーは、防災投資を歪め人を殺す殺人言論

 今日10/14(月)の茨城新聞2面記事([写真]参照)。
 台風19号で緊急放流した
・ 国管理の美和ダム(長野県)、
・ 県管理の高柴ダム(福島県)、
・ 県管理の水沼ダム(茨城県)、竜神ダム(茨城県)、
・ 県管理の塩原ダム(栃木県)、
・ 県管理の城山ダム(神奈川県)
の6ダムは、事前の水位調節を実施していなかった。
 国土交通省は対応が適切だったかどうか調べる方針。

[写真]
https://pbs.twimg.com/media/EGzWSe2U4AEdFnl.jpg
午前10:33 ・ 2019年10月14日

「人災ではないのか」――。
 台風19号の豪雨で水位が上がったダムの「緊急放流」を巡り、こんな声が出始めている。
 国交省によると、全国52河川73ヶ所で堤防が決壊。
 神奈川県の相模川の支流では、親子が増水した川に流され死亡する事故が発生した。
 被害拡大の背景には、治水事業に関する“行政の怠慢”が透けて見える。

「緊急放流」は異常洪水時防災操作と呼ばれ、ダムの貯水量が豪雨などの影響で満杯になった場合に、流入量と同じ量の水を放出する措置のこと。
 要するに、ダムの決壊を防ぐため、ダムからあふれた水を川に流し込む操作だ。

 国交省によると、今回、緊急放流は2019年10月12日夜から13日未明にかけ、国が管理する美和ダム(長野)や県が管理する城山ダム(神奈川)など計6ヶ所で実施された。
 相模川上流の城山ダムでは12日午後9時半から緊急放流が行われたために水位が上昇。
 相模川支流の串川では同日午後10時半ごろ、家族4人が乗った車が転落し、全員が遺体となって発見される事故が起きた。

■ 西日本豪雨の教訓を生かせず

「緊急放流」と死亡事故との因果関係は不明だが、昨年2018年7月の西日本豪雨でも同様の事故が発生している。
 愛媛県のダムを緊急放流した後、河川が氾濫し、浸水被害が拡大。
 9人の犠牲者が出たのだ(ヤッホーくん注)。

 この被害を受け、国交省は昨年2018年12月、「異常豪雨の頻発化に備えたダムの洪水調節機能に関する検討会」の提言を公表。
 有識者が<直ちに対応すべきこと>として、次のように指摘している。

<あらかじめ利水者の理解や協力等を得て、洪水貯留準備操作(事前放流)の充実を図り、より多くの容量を確保すること>

 これはダムが満杯になってから慌てて放流するのではなく、事前に余裕を持って放流して備えておくことを勧めている。
 ところが、国交省によると、「緊急放流した6ダムでは事前の水位調節(事前放流)はしていなかった」(水管理・国土保全局河川環境課)というのだ。

「事前放流は、発電や工業、農業などの目的で河川水を利用する利水者との協議が必要です。事前放流後に水位が回復しなければ、利水者との権利問題が発生してしまうからです。なぜ、6ダムで事前放流が実施されなかったのかは不明です」
(前出の河川環境課)

■ ダムに依存した治水事業

 国交省はあくまで、事前放流できる環境を整えてきたと説明するが、西日本豪雨災害の教訓を生かせず、今回も緊急放流に踏み切ったとすれば「人災」と批判の声が出るのも当然だ。
 ダム建設などに反対している水源開発問題全国連絡会の遠藤保男共同代表もこう指摘する。

「緊急放流はダムで抑え切れなくなった水があふれ出ることと同じなので、本来なら、ダムの水が流入する河川の治水整備を優先しなければならない。そもそも、国がダムに依存した治水事業を進めてきたのが間違いなのです。川の容量の限界にダムからあふれた水が加われば、決壊するに決まっています。ダム優先の治水計画の“しっぺ返し”ですよ」

 国や自治体の怠慢によって、犠牲を強いられるのは国民だ。


[写真]
神奈川県相模川の支流では、親子4人が亡くなった

日刊ゲンダイ、2019年10月17日 09時26分
台風19号“緊急放流”6ダムで事前放流せず
国交省・自治体に問われる重大責任

https://news.nifty.com/article/domestic/government/12136-438179/

(ヤッホーくん注)

 昨年2018年7月の西日本豪雨で緊急放流をした鹿野川(かのがわ)ダム(愛媛県大洲市)をめぐり、住民グループ「ダム放流を考える大洲市民の会」(代表=奥島直道弁護士)は2019年10月15日、大規模な浸水被害に責任があるとして、ダムを管理する国などを相手取り、損害賠償を求める訴訟を年内にも起こす方針を決めた、と発表した。

 鹿野川ダムは昨年2018年7月7日、満水に近づいたため緊急放流を実施。その後、肱(ひじ)川流域の大洲市で約3千戸が浸水し、5人(災害関連死1人含む)が死亡した。
 奥島代表は「なぜ事前放流をしっかりして大量の放流を避けようとしなかったのか。放流や浸水範囲についての情報提供は十分だったかなどを問いたい」としている。
 現在、原告予定者は奥島代表ら5人。
 今後、肱川の流域住民に訴訟への参加を呼びかけ、年内に第1次訴訟を起こすという。

 国土交通省四国地方整備局の担当者は「緊急放流は規則に基づいて行った。当時の操作について、これからも住民に丁寧に説明していきたい」としている。


[写真]
西日本豪雨の際に緊急放流した鹿野川ダム=愛媛県大洲市

朝日新聞、2019年10月15日21時27分
西日本豪雨の緊急放流巡り提訴へ「国に浸水被害の責任」
(亀岡龍太)
https://www.asahi.com/articles/ASMBH5W1FMBHPTIL02D.html

 前回、10月12〜13日にかけて関東甲信越奥州に大被害を及ぼし、現在も進行中の台風19号による災害についてそれに便乗したデマゴギーの一つ目を紹介し批判しました。

2019.10.16
被害収まらぬ中飛び交う「ダム翼賛論」が間違いである理由
牧田寛
https://hbol.jp/204207

 今回現れた災害便乗デマゴギーは多種多様に及んでいますが、その代表的なものをあと二つご紹介します。

「八ッ場ダムは素晴らしい、ガンダムだ」という幼稚な翼賛デマゴギー

 関東地方直撃から一夜明けて13日になると各地で深刻な水害と被害が明らかになり始めました。
 災害は、とくに夜間に起きた場合被害の深刻な場所からの情報が発信されにくくなり、夜が明けるまで被害状況が分かりません。

 13日朝の時点で関東甲信越、奥州での甚大な水害被害が明らかとなり、「ダムに感謝」などと言うお気楽な言説は通用しなくなり始めました。
 そこに美味しいネタが転がり込みました。

◆ 鉄橋、渓谷沈みゆく古里 八ッ場ダム水位38メートル上昇(2019/10/12 読売新聞 群馬地域ニュース)

◆ 八ッ場ダム、一気に「満水まで10m」……台風で54m上昇(2019/10/13 読売新聞 全国ニュース)

 八ッ場ダムは、この10月に試験湛水(たんすい)をはじめ、38mの水位になった時点で台風19号の影響で大雨となり、13日朝までに347ミリの雨で54m水位が一挙に上がり、満水位から10mを残すまでになったと報じられました。
 本来は3ヶ月かける湛水が1日半で満水位近くまでなされたことになります。

 記事そのものはどうと言うことも内容ですが、「ダムスキー・デマゴーグ」達は早速これに飛びつき、暴虐の限り暴れ回りました。

 八ッ場ダムは無敵だの八ッ場ダムに感謝しろだの、しまいには八ッ場ダムはガンダムだとまで言いつのる始末、その余勢でダム懐疑派の市民団体や市民へ集団ストーカー行為まで行っています。

 この記録は、八ッ場ダムがガンダム無双を意味するのでしょうか。

へそで茶を沸かす「八ッ場ダム無双」論

 結論は正反対、八ッ場ダムの投資効果の著しい低さと脆弱性を意味しています。
 ガンダムどころか宇宙に放り出された丸裸のフルチン兵隊です。

 今回は試験湛水中で精々38mの水位でしたが、それが1日半で満水位寸前まで水位が上昇すると言うことは、八ッ場ダムは集水面積に比して貯水能力が著しく不足していることを意味します。

 今回も仮に通常水位で事前に水位を下げていたとしても多目的ダムであるために水位低下には限りがあります。
 その状態ですと、今回の豪雨では短時間で「ただし書き操作」(緊急放流)に追い込まれた可能性があります。

 また利根川水系における八ッ場ダムの治水寄与は中流で10〜15cm程度、下流では5cm程度であることはよく知られており、今回八ッ場ダムの治水効果が最大限発揮されたとしても全く意味がありません。
 利根川は、既存の治水設備、施設によって氾濫を起こした栗橋近辺(渡良瀬川合流点)以外は1m程度の余裕がありました。
 栗橋近辺の氾濫については、八ッ場ダムがあっても無くても無関係とされています(*)し、実際、氾濫してしまっています。

<(*)但し、正確には今後の分析が待たれる>

 そもそも論として、きわめてパラメータ(変数、ここでは条件のこと)が多い治山治水において、現在進行中の洪水に対して翌日には「八ッ場ダム無双」などと言い出すのは、たんなる「夢想」であって、「へそで茶を沸かす」ことです。

 しかも八ッ場ダムが試験湛水開始直後であったのは偶然、「たまたま」です。
 これは福島核災害において「たまたま」工期遅れで四号炉のピットが満水で、「たまたま」ピットのハッチが壊れ、四号炉使用済核燃料プールに水が流れ込み、露天でのジルコニウム火災が起きなかったという奇跡と変わりません。
 この四号炉の奇跡は、合衆国が最も恐れた四号炉使用済核燃料プール溶融による東日本の居住不能化を阻止した僥倖(ぎょうこう)と言うべき奇跡でした。

 「ダムスキー・デマゴーグ」のいう八ッ場ダム無双論は、単なる偶然にただ乗りしたデマゴギーです。
 余りにもビジュアルに影響されやすくチョロすぎます。
 そして八ッ場ダムで今回行われたことは、ダム建設、運用において世界的にきわめて重要とされる教訓を無視しています。

試験湛水をゆっくり慎重に行うのは歴史からの教訓

 筆者は、試験湛水中のダムが一夜でほぼ空の状態から満水になったことを美談と報じるメディアと、それを赫々たる戦果と受け取るダムスキー諸氏が、ダム災害でも最も著名なものの一つ、バイオントダム災害(*)を思い浮かべもしていないことに心底呆れかえります。
 試験湛水をなぜゆっくりと慎重に行うのか、それを忘れ去ってしまえば、ダムは大量殺戮の凶器に転じます。
 従って八ッ場ダム管理事務所の判断は、現状では誤っていると言うほかありません。
 今はたまたま上手くいっているように見えるだけです。

<(*)完成直後、湛水中にダム湖畔で地滑りの見つかったバイオントダム Diga del Vajont では、1963年に突如大規模な山体崩壊が起こりダム湖畔に大量の土砂が流入、ダム湖の水は津波となってダム堤体を乗り越え、下流の集落を破壊し尽くした。死者だけでも2000〜3000人と確定値が出せていない。湛水中の地滑りは、日本国内でも珍しくなく、近くは大滝ダム(奈良県)で異常察知による試験湛水中止の後に発生している。他にもダム湖畔での道路や鉄道の崩落など、国内だけでも枚挙にいとまが無い。
※ 参考文献@ 1963年 バイオントダムの災害 平野吉彦 新潟大学、
http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/bitstream/10191/11551/1/10_27_0005.pdf
※ 参考A バイオントダム Wikipedia 日本語版>

定番スーパー堤防デマゴギー

 さて最後は、定番のスーパー堤防デマゴギーです。
 これは「ダムスキー・デマゴーグ」で無く「安倍自公親衛隊」が垂れ流しています。

 要は、「スーパー堤防という凄い堤防を建設中止して妨害したのは民主党政権だ。蓮舫議員がその首魁だ。民主党、蓮舫は人殺し」というも
のです。
 毎年洪水が起きると必ず現れる安倍自公親衛隊の定番デマゴギーです。

 荒川下流河川事務所の説明に示されるように、スーパー堤防は、越流による破堤、決壊を抑止する為に堤体後背法面を300m前後ときわめて大きく取ったもので、今回都内で見られた越流(氾濫)に対しては、既存の堤防と全く効果は変わりません。

 日本の堤防は、基本的に土作りで、越流が起きると急速に侵食されて決壊する恐れがあります。
 また、水位が上がるとパイピングと言って堤防の基部を水が通り、侵食して破堤することがあります(*)。

<(*)肱川大水害でも大洲市街地でパイピングが見つかっている。パイピングは、そのメカニズムがまだ正確には分かっていない>

 スーパー堤防は、堤体を極端に太くし、後背法面の斜面を極端に緩やかにすることによって越流時の浸食やパイピングによる浸食を防ぐという単なる物量主義です。

 スーパー堤防デマゴーグが垂れ流すような、越流を万全に防ぐようなスーパーな堤防、おそらく中に巨人がいるような凄い壁は、この世に構想すら存在しません。
 真っ赤な嘘です。
 TVまんがの見過ぎでしょう。

官僚の誇大妄想「スーパー堤防」という世紀の愚策

 そもそもスーパー堤防構想が現れたのは1987年、世紀の愚策であり、日本経済大崩壊の元凶とまで批判されている前川レポート(1986)年に便乗した中央官僚の誇大妄想の産物に過ぎません(ヤッホーくん注1)。

 では、現在大水害に見舞われている千曲川沿線はスーパー堤防があれば助かったのでしょうか。
 答えは否です。

 防災土木の誇大妄想と言うべきスーパー堤防は、1987年計画開始時に利根川、江戸川、荒川、多摩川、淀川、大和川の五河川873kmが対象で千曲川や肱川などの河川は一切対象ではありません。

 スーパー堤防は、幅700m〜1kmを河川沿いに延長延長数十から100km以上の人口丘陵の上に集団移転するものです。
 しかも一度更地にして再開発しますので、都市は根こそぎ10年単位の期間、機能を失います。

 人口密集地でこのようなことを行うのはシムシティ(SimCity、都市開発シミュレーションゲーム)では可能ですが、現実には不可能です。

 この中央官僚の誇大妄想と言う他ない「リアル・シムシティごっこ」こと高規格堤防(スーパー堤防)事業は、事業開始22年後の2009年に事業進捗率僅か1%という惨状でした。
 これは、事業完成までに単純計算で2000年かかることになり、防災事業としては完全に無意味です。

 結果、民主党政権による事業仕分け対象となり、当然事実上の事業廃止となりました。
 ところが、野田政権によってこの誇大妄想は総延長120kmと大幅に事業縮小の上で復活し、今も防災資源を蚕食(さんしょく)しています(*)。

<(*)実際に予算化したのは安倍政権>

 事業進捗は相変わらず思わしくなく、事業完了は500年後とされています。
 防災事業としては全く無意味です。

 定番スーパー堤防デマゴーグは、否定されれば逃げ、そしてまた同じデマゴギーを垂れ流します。
 面子もいつも決まっていて、人を欺すのが趣味なのか、商行為としてデマゴギーを垂れ流していると思われます。

 そもそもが世紀の愚策、前川レポートの残渣であり、官僚の誇大妄想の産物が防災土木利権で止められなくなった完全に有害無益な代物です。
 そして安倍政権で無く、じつは野田政権が再開を決めた代物です。

 日本の河川土木技術の後進性(過度の保守性)を体現する単なる大艦巨砲主義、後世の笑いものとなるだけでしょう。

防災とは100年の計であり総合的な技術体系である

 防災において、例えば堤防は10年単位、ダムは25年一区切りで整備が行われるものです。

 今回の災害は、とくに都心を見ると、堤防に加えて分水、多数の地上・地下遊水地、排水ポンプ、樋門、防水壁といったさまざまな治水設備が補い合って大水害を防いでいます。
 もちろん利根川水系上流のダム群も「ただし書き操作」に入ること無く、治水を分掌しています。

 別にダム無双やら夢のスーパー堤防やらが決定打となっているわけではありません。
 地道な積み上げが首都の驚くべき治水機能を担っているのです。
 これは300年近い関東における治水事業の成果であって、なにやらムーンショット(ヤッホーくん注2)を狙ったキワモノによるものではありません。
 ビジュアルの弱い地味な事業の集大成なのです。

 そして水は弱いところを狙います。
 今回、多摩川水系が大きな洪水負荷を受けましたが、結果、二子多摩川の世田谷区側が越水しました。
 しかしここはなぜか多摩川下流域唯一の無堤箇所でした。
 無堤箇所や暫定堤防があれば水はそこを突破します。
 多摩川で無堤など言語道断の「自殺行為」であって、死にたく無ければ、財産を失いたくなければ、速やかに堤防を完成すべきです。
 一方でこれに便乗して世紀の愚策であるスーパー堤防を建設するなどといった悪質な便乗行為も許されません

 いまだに継続中である台風19号による関東甲信越奥州広域水害は、歴史的なものになる可能性があります。
 気候変動によって日本は、平安時代末期のように本土の一部が亜熱帯化しつつある可能性があり、今後大きな災害が頻発する恐れがあります。

 一方で防災に割り振れる資源には限りがあります。

 橋本政権による公共投資予算大幅減から下げ続けた防災予算は、菅政権時代に漸く底入れし、安倍自公政権においても菅政権と概ね同水準で推移しています。

 一方で安倍政権では国土強靱化と称して大型事業へ偏重した投資がなされており、今後に禍根を残します。


 ダムスキー・デマゴギーやスーパー堤防デマゴギーは、防災投資を歪め人を殺す殺人言論です。
 このような愚劣なことはいい加減止めにしていただきたいものです。


ハーバー・ビジネス・オンライン 2019/10/17 08:33
八ッ場ダム、スーパー堤防……。
幼稚な翼賛デマは防災・治水を軽視する愚論
◆『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』〜超緊急特集・2019年台風一九号(Hagibis)による水害について−2

<文/牧田寛(まきた ひろし、著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授)>
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/八ッ場ダム、スーパー堤防……。幼稚な翼賛デマは防災・治水を軽視する愚論/

(ヤッホーくん注1)「戦争いらない 多摩市民連合」ブログ
「前川レポート」
前川春雄(1911−1989)元日銀総裁
[参考ウエブサイト]
https://ameblo.jp/tamasiminrengoujimukyoku/entry-12242619715.html

(ヤッホーくん注2)ムーンショット
「ムーンショット型」研究支援という壮大な的外れ
再び失敗へと歩みだす内閣府の科学政策
為政者が「アクティブ運用」するな

伊藤隆太郎 朝日新聞記者(科学医療部)
[参考ウエブサイト]
https://webronza.asahi.com/science/articles/2019062400002.html

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知事抹殺の真実

 2015年5月10日(日)「原発がこわい女たちの会」結成28年のつどいに元福島県知事・佐藤栄佐久氏をお迎えして「原発問題と地方の論理」の講演をしていただきました。
 2006年に汚職事件の追及で知事辞職。
 その後逮捕され2012年最高裁は検察、弁護側双方の上告棄却を決定、有罪が確定した。
 著書に「知事抹殺―つくられた福島県汚職事件(平凡社)「日本劣化の正体」(ビジネス社)等があります。


20150510
佐藤栄佐久氏「原発問題と地方の論理」in 和歌山市
https://www.youtube.com/watch?v=ssZPLw2nlc8

 5期18年務めた福島県の佐藤栄佐久元知事(77)が「謎の収賄事件」で突然、政治生命を絶たれてから10年。
 “冤罪”まがいの「収賄額0円」という前代未聞の有罪判決が確定しているが、なぜ佐藤がつぶされたのか。
 ドキュメンタリー映画「『知事抹殺』の真実」(安孫子亘監督)が2016年11月中旬、福島県を皮切りに全国で上映される。

 佐藤は“福島のとげ”と言われ、地方分権、道州制、そして原発で国に物申す知事だった。
 とりわけ原発に関しては、原発立地県の知事として安全を最優先させ、東電や国に厳しい態度を取った。
 2003年には、トラブル隠しの東電では安全が確認できないとして、東電の原発全17基を稼働停止したこともあった。

 映画には佐藤自らが出演し、ありもしない嫌疑で、最初から“佐藤つぶし”ありきの国策捜査が行われた様子がテンポよく描かれている。

 2016年10月12日の試写会で佐藤は、
「(収監されていた)“巣鴨”から出てきた時以上の気持ちだ。皆さんの顔を見てエネルギーをいただいた。これから本当の戦いが始まる。政治活動などは考えていないが、私はどなたもできない経験をした。それを伝えていきたい」と話した。

 取り調べや裁判の再現、インタビュー中心の映画には、当時の新聞紙面がたくさん使われていたものの、ニュース映像はほとんどなかった。
 安孫子監督が事情を明かしてくれた。

「10年前の事件当時の映像が欲しかったが、貸してくれる放送局がなかった。この件には触れるなという“お達し”でもあるのか、一様に下を向いていた」

 国策捜査と報道の闇についてもよくわかる作品である。


[写真]
試写会であいさつをする佐藤栄佐久元福島県知事

日刊ゲンダイ、2016/10/17 04:37
映画「『知事抹殺』の真実」が描く国策捜査と報道の“闇”
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/191719/

原発事故のツケが電気料金値上げという国民負担に回される流れができつつあるが、福島県ではいまも復興の道筋が見えてこない。
県知事時代に国の原発政策に異議を唱えた佐藤栄佐久氏(77)に福島の“現在”を語ってもらった。

*  *  *

「たとえ千年かかっても2千年かかっても、元の福島に戻してもらいたい」

 佐藤氏は郡山市の自宅で静かな口調で語り始めた。

 福島県では現在も8万人以上が避難生活を余儀なくされ、福島第一原発の廃炉まで40年もの歳月を費やすと見られている。
 メルトダウンした核燃料(デブリ)の取り出しは困難をきわめ、賠償金や除染費用などの総額は21.5兆円の国の試算を上回る見方もある。

 それでも国は、ひたすら原発再稼働を追求している。
 だが、一方で政府の強硬姿勢にあらがうように鹿児島県と新潟県で“脱原発派知事”が誕生した。
 佐藤氏が力強いメッセージを送る。

「国や電力会社が何と言おうと、県民のための知事なのです。国策に振り回される必要はない。もし電力会社にコントロールされるような人だったら、県民は選ばなかったわけですから。ただし、“原子力ムラ”はすごい力でかかってきますから、そのときこそ、精神力と知事としての真価は試されます。『国といつでもけんかするよ』という意気込みが必要です」

 自らそうした姿勢を体現してきた佐藤氏は、参議院議員を経て1988年、福島県知事選に当選。
 以来、18年にわたって県政に携わってきた。
 しかし、2006年9月、実弟の会社が関与したとされる汚職事件の追及を受け、5期目の途中で辞任。
 同年10月に身に覚えのない“収賄事件”で東京地検特捜部に逮捕される。
 およそ3年間にわたる審理の末、東京高裁が認定したのは「収賄額0円」。
 それにもかかわらず、2012年に最高裁で懲役2年・執行猶予4年の有罪判決が確定した。
 玉虫色の司法判断に対して「国策捜査」ではないか、と疑問視する声が後を絶たなかった。

 事件後、佐藤氏は真相を明かす手記『知事抹殺―つくられた福島県汚職事件』(平凡社)を2009年に出版。
 その著書をもとに自ら出演したドキュメンタリー映画「『知事抹殺』の真実」が今秋完成し、来年2017年1月から全国で順次、上映会が実施される予定だ。

 映画では、捜査や裁判での尋問シーンが克明に再現されていく。

 佐藤氏や関係者への取り調べは過酷をきわめた。厳しい追及に堪えかねたのか、3人の関係者が自殺を図った。佐藤氏が続ける。

「私は一円のお金も受け取っていません。けれども検察官は自殺者が出たことを伝えてくる。私の支持者や部下がそのような取り調べを受けていると考えると、身を切られる思いがした。メディアも当局の見立てどおりに報じるばかり。検察官の巧妙な誘導もあって、私は虚偽自白をすることで早く事件を終わらせようと考えたのです」

 裁判では否認に転じ、検察側と争う。
 しかし、佐藤氏自身の金銭授受が認定されない収賄額0円の収賄罪で有罪となる。

「事件はあきらかに冤罪です。しかも、原発事故とは無関係ではないのです」

 今回の映画制作を企画した会社社長、三田公美子氏は語気を強める。

「復興とか再生とか言いながら、国は五輪招致に浮かれ、原発事故などまるでなかったかのように振る舞っています。原発にブレーキをかけた知事を辞職に追い込んでいったありさまを思えば、福島の原発事故は起こるべくして起きたのです。私たちは事故が風化することを何より懸念しています。仲間たちが知事のもとに集まり、映画を作ろうという話がまとまっていきました」

 佐藤氏は知事に就任してすぐに福島第二原発の事故に直面した。
 2011年の福島第一原発事故から20年以上も前のことだ。
 事故は隠されたまま、情報は東京電力から通産省(現・経済産業省)、資源エネルギー庁を経てようやく県に伝えられた。
 佐藤氏が振り返る。

「地元の自治体は目の前の原発に何の権限も持たず、情報伝達も一番後回しにされたのです。こんなことがあってはならない。私は『同じ目には二度と遭うまい』と心に誓ったのです」

 その後、東電のデータ改竄や事故隠しが相次ぎ、佐藤氏はプルサーマル許可を凍結。
 2003年4月には福島県内の原発10基が全停止する事態に至る。

「私は、大手メディアから“原発を止めたわがままな知事”に仕立て上げられていきました。首都圏大停電の恐怖をあおり、中央との対立の構図が作られていったのです。メディアも検察と同根です。これが伏線となり、国策捜査へとつながっていったのだと思います」

 佐藤氏の言葉を受け、この映画を監督した安孫子亘氏が語る。

「事件は、栄佐久さんを社会的に抹殺しただけでは済まない悲劇をもたらしました。映画を見て頂いた方に、この事件を裁いてほしい。そして事件がもたらした現実を直視して頂きたい」

 映画の中で、事件の取り調べ時に検察官が関係者に言ったとされる言葉が、象徴的に使われている。

知事は日本にとってよろしくない。抹殺する

 原発事故の責任は誰が負うべきなのか。
 その答えのありかを、この映画は暗示している。

※ 週刊朝日  2016年12月23日号


[写真]
佐藤栄佐久・元福島県知事

dot.asahi、2016.12.16 11:30
収賄額0円の収賄罪…“抹殺”された福島県元知事が“現在”を語る
https://dot.asahi.com/wa/2016121400206.html

 この知事を抹殺してほんとうによかったのか
 今さら言っても仕方がないけど、佐藤栄佐久さんが知事をそのまま続けていれば、原発事故への対応もちがっていたし、福島もいくらかは前に進めていたのに。
 時々福島に戻る僕に、福島の人が同じことを言う。
 いったい、誰が何のために栄佐久さんを抹殺したのかな。
 僕もそれが不思議でならない。
 だって栄佐久さんは原発政策の是非など言ってたこと、ないもの。
 栄佐久さんが繰り返し言っていたのは、
・ 何があっても県民の安全を第一にする、
・ 地方自治を確立して共生の社会を創る、
・ 福島の美しい自然を未来に手渡してゆく、
それだけだよ。
 今回の原発事故で、それこそ全部抹殺されたけどね。
(西田敏行)


ドキュメンタリー映画「『知事抹殺』の真実」公式サイト
http://eisaku-movie.jp/

https://www.youtube.com/watch?v=ZC78mYQZaoQ

 ドキュメンタリー映画「『知事抹殺』の真実」の佐藤栄佐久元福島県知事、安孫子亘監督、企画の三田公美子さんをお迎えして、映画について語っていただきます。

▼ゲスト:佐藤栄佐久(元福島県知事)
     安孫子亘(映画監督)
     三田公美子(企画室・コア代表取締役、下村満子生き方塾事務局長)
▼聞き手:下村満子(ジャーナリスト)


2017/02/21[知事抹殺]の真実
https://www.youtube.com/watch?v=PbWUyaihZiw

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2019年10月16日

菅原一秀経済産業大臣

菅原一秀経産相による取材拒否事件

 10月12日付のハーバービジネスオンライン『「秘書給与ピンハネ」疑惑の菅原経産相会見、ジャーナリスト2名が「永劫に」出入禁止に』を読んで、大変に驚きました(*)。
 野澤泰志・経済産業省大臣官房広報室長が、フリージャーナリスト2名に対し、大臣会見取材の「永劫」禁止を申し渡したという記事です。
 政権交代しても禁止という、ジャーナリストとしての職業生命にかかわる措置です。

 驚いたのは、それが内閣制度の根幹にかかわるからです。
 記者クラブ以外の記者について、取材を禁じるというならば、それは言論や報道の自由にかかわる問題です。
 憲法でいえば、第21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」に関する問題です。
 それは、社会にとって重要なことですが、筆者の専門外になります。

 憲法でいえば、第66条「内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する」に関する問題です。
 第21条にかかわる問題であることも否定しませんが、政府とすればこちらの方が重大なはずです。

 内閣制度の根幹にかかわる最大のポイントは、野澤室長が「経済政策に関する質問に限る」と、菅原経産相の統一教会問題を取材する2名のジャーナリストに述べ、会見取材を禁止する措置を取ったことです。
 菅原一秀経済産業大臣に対する質問内容を限定し、そこから外れる対象を取材するジャーナリストに対して、会見の取材を禁じたわけです。

国務大臣は国政全般に関与する

 内閣制度の根幹は、複数の国務大臣で構成する「内閣」が、行政権を有することにあります。
 アメリカ合衆国で行政権を有するのは、大統領という個人です。
 けれども、日本では、内閣総理大臣が行政権を有するのでなく、すべての国務大臣で構成する「内閣」という合議体の組織が、行政権を有します。
 憲法65条「行政権は、内閣に属する」と同66条「内閣は」「首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する」に根拠を有します。

 これは、首相を含むすべての国務大臣で、政府を運営することを意味します。
 国務大臣である以上、あらゆる国政の課題について、見解を求められたとき、それを説明する責任が国務大臣にあるわけです。
 そこに、首相と他の国務大臣に、説明責任の差はありません。
 合議体の構成員であることに違いはないからです。

 菅原経産相も、国務大臣です。
 安倍晋三首相から、内閣の一員たる国務大臣に指名され、その主担当として経済産業省を管理することになっています。
 これは、内閣法第3条「各大臣は」「主任の大臣として、行政事務を分担管理する」との定めに基づきます。
 正式には、国務大臣兼経済産業大臣なのです。

 菅原経産相の会見取材を「経済政策」に限ることは、経済産業大臣としての取材は受けるけれども、国務大臣としての取材は受けないことを意味します。
 それでも、菅原経産相が他の場所で定期会見をするならばいいのですが、それはありません。
 よって、菅原経産相のみ、国務大臣としての説明責任を果たさないことになります。

菅原国務大臣の統一教会関係は秘書給与ピンハネよりも重大な問題

 行政権が内閣に属することは、その構成員である国務大臣の資質が、国政全般に直結する重大な問題であることを意味します。
 内閣は全会一致を大原則としますので、問題を担当する大臣でなくても、憲法・法令上はそれに決定的な影響を与える権限を有するからです。

 週刊文春で報じられた秘書給与ピンハネ疑惑は、国会議員の資質を問う重大な問題です。
 公設秘書は特別職の国家公務員ですから、その給与をピンハネすることは、税金をピンハネすることと同じで、税金の徴収と支出の決定権をもつ国会議員としての資質が疑われます。

 一方、統一教会との関係疑惑は、国務大臣の資質を問う重大な問題です。
 なぜならば、統一教会は、法令上の問題を様々に引き起こしている宗教団体だからです。
 全国霊感商法対策弁護士連絡会ホームページよると、統一教会とは次のような団体です。
 世界平和統一家庭連合は、統一教会と称していた頃から、信者の人権を抑圧し、霊感商法的手口による反社会的行為による違法な資金獲得とその資金の韓国文鮮明ファミリーへの献金を継続してきました。
 私達は、全ての政治家に対し、反社会的団体である家庭連合やそのダミー団体から支援を受けたり、連携していると見られかねない活動をひかえるよう要請致します。
 支援を受けるべきでない理由は、
@ 家庭連合が反社会的団体であること、
A その反社会的活動の是正が困難になること、
B 反社会的団体の違法活動にお墨付きを与えかねないこと、です。

 家庭連合(統一教会)が、一般市民に対し、正体を隠して近づき、先祖因縁や霊界の恐怖を煽って脅迫的行為を行う、いわゆる霊感商法による被害は、当連絡会が集計した相談だけでも、1987(昭和62)年から2018(平成30)年12月までの31年間に合計約3万4197件、被害合計は約1213億円余りにのぼっており、現在もなお同様の被害相談が継続して寄せられています。
 家庭連合の法的責任を認めた民事裁判例も多数にのぼります。
 このような手口が許されないことは昨年6月8日参議院本会議で全議員が賛成して採択された消費者契約法第4条3項6号の法律改正により、法律上も明確にされております。
 同条3項6号は「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力」を振りかざして、重大な不幸が生じるなどと「不安をあおり」契約させることを取消事由とする旨定めました。

 そして、統一教会の関係者が国務大臣となることの問題についても、弁護士連絡会は次のように厳しく指摘しています。
 政治家、特に与党の国会議員は政府の大臣や政務官という行政の一翼を担う立場に立つこともありますから、これらの政治家が家庭連合からの支援を受けることは、規制する側が規制される側と通じることになりますので、甚だ不適切な関係です。

 つまり、菅原国務大臣による2ジャーナリストの会見取材の拒否は、国務大臣としての資質を問うジャーナリストを締め出し、菅原大臣が説明責任から逃げることを意味します。

菅原大臣はマラソン会見で首相候補を目指せ

 国務大臣としての資質を問われたくないという、菅原大臣の気持ちは、理解できます。
 反社会的と批判される団体と親密な関係にあるならば、それを隠したいと思うのは、人情です。

 だったら、菅原大臣の取る道は一つ、国務大臣も国会議員も、辞職すればいいのです。
 一私人であれば、法令に触れない限り、反社会的な団体と親密にしたり、加入したり、活動家になったりすることも、褒められた行為ではありませんが、自己責任で可能です。

 どうしても、国務大臣の座にとどまりたいならば、会見取材拒否をすぐに撤回することです。
 経済産業大臣としてだけでなく、国務大臣としても、会見で説明責任を果たすべきです。

 そして、統一教会との縁をスッパリと切ることです。
 いろいろと恩義や経緯もあるとは思います。
 そのことも、洗いざらい会見で説明し、再出発することです。
 そうすれば、統一教会のために活動しているのではなく、国民のために活動していると、誰からも認めてもらえるでしょう。

 菅原大臣は、いっそのこと、韓国の゙国(チョ・グク)法務大臣に倣い、長時間のマラソン会見で統一教会との関係を説明してはいかがでしょうか。
 2ジャーナリストを含む、すべてのジャーナリストに開かれたマラソン会見で疑惑を晴らせば、新たに国民的な人気を集め、小泉進次郎環境大臣をしのいで、菅原大臣が次の首相候補に躍り出るかも知れませんよ。


[写真-1、2]
菅原一秀経済産業相

ハーバー・ビジネス・オンライン 、2019.10.16
内閣制度と矛盾する菅原経産相の取材拒否。
マラソン会見でもして説明責任を果たせ。

<文/田中信一郎(たなかしんいちろう、千葉商科大学准教授)>
https://hbol.jp/204221/

(*)
経産省、ジャーナリスト2名を「永劫に」出禁に

 経済産業省は10月10日、2名のジャーナリストについて、大臣会見の取材を「永劫に」禁じる旨を通告した。
 直接には、同日発売の『週刊文春』で「秘書給与ピンハネ」疑惑(文春オンライン)を報じられている菅原一秀経産相の会見に関する処分だが、同省・野澤泰志広報室長は、政権が変わろうとも「永劫に」と通告した。
 大臣が誰であろうと今後永久に経産省での会見の取材ができない、事実上の「永久出入禁止」である。

経産省は取材内容を事前検閲、取材交渉を放棄

 取材禁止を通告されたのは、藤倉善郎(私)と鈴木エイト氏の2名。
 それぞれ「やや日刊カルト新聞」の総裁と主筆の立場であるとともに、フリージャーナリストとしても活動している。

 今回、経産省側が問題視したのは、9月11日に経産省内で行われた菅原経産相の就任記者会見での2名による取材活動だ。

 2名はもともと菅原氏と統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の関連や公職選挙法違反疑惑を取材していた。
 しかし、菅原氏側は、取材申し入れを無視したり、地元事務所に取材を申し入れに来た2名に対して菅原氏側が警察に110番通報したり「建造物侵入罪」として虚偽告訴を行うなどしてきた。

 9月11日に安倍内閣の改造で菅原氏が経産相に就任したことを受け、2名は同日の経産省内での就任会見について取材を申し入れた。
 窓口となった経産省広報室では、当初から野澤広報室長が対応した。
 野澤室長は取材を申し入れた私に対して会見での質問内容を確認した。

「統一教会との関係。それから、取材中のジャーナリストに対して虚偽告訴をしている件について大臣の認識を尋ねたい」

 私がそう告げると、野澤室長は「経済政策に関する質問に限る」「会見は夜遅くなるためセキュリティの都合上、事前パスを持つ方(記者クラブ加盟社)に限る」とした。
 ならば後日の夜間ではない定例会見なら取材できるのかと尋ねると、「検討する」として明言を避けた。

 これに対して私は「大臣の姿勢を尋ねるのは就任会見こそふさわしく、後日の定例会見で質問する方が会見の趣旨から外れる」「取材内容の事前検閲は不当」「セキュリティの都合はそちらの都合であり、取材を拒む理由にならない」と答え、再検討を求めた。野澤室長は再検討を了承し電話を切った。

 その後、野澤室長からは「関係方面に調整中だが、会見時間も迫ってきているので今日は難しいということで」と連絡をしてきた。
 私は「すでに(会見場である経産省に)向かっているので大丈夫。ギリギリまで検討してください」と答え、野澤室長は了承して電話を切った。

 これ以降、野澤室長からの連絡は途絶え、二度と電話はかかってこなかった。

 しかし会見時間が迫っている。
 私は鈴木氏とともに経産省に到着し、守衛の許可を得て入館した。
 身分証を見せ、取材交渉のやり取りの相手であった野澤室長の名を入館申込書に記入すると、入館パスを渡された。

 会見室では特に入室チェックもなく入れたので、菅原経産相の会見を取材した。
 私がスチルと動画の撮影を行い、鈴木氏がペン取材。
 鈴木氏は質疑の際に挙手したが当ててもらえず、質問することはできなかった。

事実誤認と主観で強権を振るう広報室長

 10月10日に発売された『週刊文春』が、菅原経産相について「秘書給与ピンハネ」「有権者買収」のほか運転手への暴力など複数の疑惑を報じた。
 翌11日に菅原経産相の定例会見が予定されていたため、私は改めて経産省に電話で会見取材を申し入れたが、折返しかかってきた野澤室長からの電話が、冒頭で書いた通りの「永劫に」取材禁止との通告だった。

 電話で野澤室長は、通告の理由として9月11日の取材について「取材は難しいと伝えたにもかかわらず、約束を守らず会見場に強引に入ってきて取材した」という趣旨を告げてきた。
 しかし前述の通り、「取材は難しい」という野澤室長に対してこちらは再検討を要求し、野澤室長は了承して再検討のため電話を切っている。
 こちらは何も約束していないし、取材不可との結論も言い渡されていない。
 経産省への入館も会見室への入室も、一切「強引に」など行っておらず、通常通り受付で氏名を書いて入室している。

 野澤室長に「事実誤認である」と告げると、野澤室長の主張は「約束を守らず会見場に強引に入ってきて取材した」から「取材についての合意形成がないまま取材した」に変わった。
 主張を変えるならまず、事実に反することを根拠にした処分通告について撤回し謝罪してからだと告げると、それには応じず、こちらが食い下がっていることについて「遺憾です」「失礼だ」などと言い出した。

「合意形成がなかったのはそちらが『検討中』のまま連絡を絶ったからで、そちらの不手際である」と告げたが、野澤室長は連絡を断った理由も、自らの不手際と指摘されたことへの見解も答えなかった。
 そのうち野澤氏は、9月11日に「検討する」と答えたのはその日の会見の取材についてではなく、後日の会見の取材に対応するかについての「つもり」だったと言い出した。

 9月11日の野澤室長からの最後の電話の該当部分を原文通りに書き起こす。

野澤「先ほどの話なんですけども、ちょっと関係者で調整がついてなくてですね、ずっとお待たせしてしまうのも申し訳ないと思ってですね、今日はちょっと難しいということをまずお伝えしようと思いまして」

藤倉「いえいえ。ギリギリまでご確認お願いできればと思います。もう向かってますので」

野澤「はあ。わかりました。ええ」

藤倉「よろしくお願いいたします」

野澤「はい。すいません。どうも。失礼します」

 これで電話は終わっている。野澤室長自身が「今日はちょっと難しい」と、その日の会見についてのやりとりであることをはっきり口にしている。

 野澤室長に「電話は録音してある」と告げ、「つもり」などという主観ではなく客観的事実に基づいて判断するように求めた。
 本当に後日の会見に関して交渉しているつもりであのようなやり取りをしていたのだとすれば、それは野澤室長のコミュニケーション能力の問題だと告げると、「そう捉えてもらって構わない」と言い返してきた。
 ならば、それを棚に上げての取材禁止という処分は横暴だと告げたが、処分は撤回されなかった。

 野澤室長は、私と鈴木氏2名が入館に際して野澤室長の名を勝手に使ったと主張した。
 入館の際に行き先部署の担当者名を記入する欄があったので、私たちは取材についてやり取りしていた野澤氏の名を記入している。
 それを元に、「この人を入館させてよいか」と担当者に確認してから入館パスを出すのか、担当者名を書きさえすれば入館させるのか。
 それは経産省側の入館の仕組みの問題であり、私たち2名が不当な手段で入館したことにならない。

 その旨を告げると、野澤氏は「入館の経緯は詳らかに知らないが」「こちらに不手際があったにせよ」といった趣旨のことを言い出した。
 経緯を確認せず、自らの不手際は棚に上げると、恥ずかしげもなく言い切っている。

 取材禁止について、こちらが「いつまでなのか」「あなたが退職しようが死のうが政権が変わろうがずっとか」と取材禁止の期間を尋ねると、野澤室長は「永劫です」と答えた。

 「永劫」とは仏教用語だ。大谷大学のウェブサイトにある木村宣彰教授(仏教学)のコラムでは、こう説名されている。

〈仏教が説く時間のうちで最も長いのが「劫」であり〉

〈仏典では、四十里四方の大石を、いわゆる天人の羽衣で百年に一度払い、その大きな石が摩滅して無くなってもなお「一劫」の時間は終わらないと譬えている〉

〈終わりのないくらいの長い歳月を「永劫」という〉
(いずれも大谷大学ウェブサイトより)

[動画]
 野澤室長による出入禁止通告の電話の音声は、こちらにノーカットで公開中である。
 菅原一秀経産相の会見取材について「永劫にお断り」と出禁通告されました

取材を無視し刑事告訴で威嚇中の菅原大臣


 そもそも私と鈴木氏は、なぜ菅原経産相への取材にこだわるのか。
 もちろん国民の知る権利や取材・報道の自由がその根底にあるが、そういった抽象的な話は主要な問題ではない。
 現状、菅原経産相と統一教会との関係やジャーナリスト2名(これも私と鈴木氏だが)に対する虚偽告訴問題について、菅原経産相本人に直接認識を尋ねる唯一の機会が経産省での大臣会見だからだ。

 菅原一秀経産相については、大臣就任以前から鈴木エイト氏が本サイト連載〈政界宗教汚染〜安倍政権と問題教団の歪な共存関係〉の中で統一教会との関係をリポートしてきた。

 一連の取材との関連で、菅原経産相側は鈴木氏や私の取材を無視し、警察を使って取材妨害や威嚇を繰り返し、菅原氏への取材ではないものについてまで取材妨害を行ってきた。

 参院選中の武見敬三候補(東京選挙区・自民)の演説会で藤倉・鈴木氏の入場を阻む菅原氏と秘書(7月17日、鈴木エイト撮影)

◆ 公職選挙法違反疑惑を指摘のジャーナリストを国会議員事務所が警察に虚偽通報か(鈴木エイト氏)

◆ 菅官房長官登壇の選挙演説会で会場を仕切る菅原一秀衆議院議員がジャーナリストを不当排除(鈴木エイト氏)

◆「建造物侵入罪」濫用で狭められる報道の自由(藤倉善郎)

◆ 統一教会と関係の深い議員が多数入閣。その一人、菅原一秀の経産相抜擢に見る、「菅政権」への布石(鈴木エイト氏)

 菅原経産相側は、私や鈴木氏からの取材申し入れの電話に出ずに居留守を使い、仕方がないので地元事務所に取材の申し入れをしに行くと、「こちらでお待ち下さい」と奥のソファに通しておきながら警察に110番通報したり「建造物侵入罪」だとして刑事告訴したりしている。
 私と鈴木氏は練馬警察署の取り調べを受け、警察は「検察に送致(書類送検)する」としている。
 菅原氏には公開質問状を2度送ったが無視されている。

 その菅原氏が経産相に就任した。
 本人の自宅前には警備のポリボックスが設置され警官が常駐するようになった。
 自宅や事務所で待ち伏せ「突撃取材」を試みようとすれば、その都度、警察沙汰になる。

 となれば定例記者会見が、正常な状態で菅原氏に質問できる唯一の機会だ。
 それが、前述の通り「永劫に」取材禁止とされた。

 私と鈴木氏はこれまでカルト集団の取材を中心に行っており、取材を拒否される場面は少なくない。
 しかし将来について事前に「出入禁止」と通告してきたことがあるのは、幸福の科学だけだ。
 今回の経済産業省は、7年ぶり2例目にあたる。

 幸福の科学からの通告は2012年。
 藤倉総裁が週刊新潮で幸福の科学学園の実態をリポートしたことが理由だ。
 私とともに「やや日刊カルト新聞」で活動している鈴木氏も、何もしていないのに巻き添えを食って同様の扱いとなった。

 幸福の科学の広報職員に、私は「未来永劫ですか?」と尋ねた。
 職員は「とりあえず、今後ずっとということです」と答えた。
 普通だ。

 これに対して今回、経産省の野澤広報室長は「永劫だ」と言い切った。
 前述の通り、「永劫」は仏教用語。
 経産省官僚のほうが幸福の科学よりも宗教的である。

都合が悪い質問をさせないための権力の横暴

 もともと官公庁での記者会見を取材できるのが原則として記者クラブ加盟社のみという問題があった。
「記者会見オープン化」が叫ばれ、民主党政権時代には、官公庁ごとで違いはあったとは言え、多少は非加盟社やフリーランサーが取材できる範囲は広まった。

 安倍政権になってからこれが後退したかどうかについては、現場取材を旨としており通常は記者会見の取材をしていない私は把握できていない。
 しかし官邸での菅義偉官房長官の記者会見をめぐって東京新聞・望月衣塑子記者への嫌がらせや質問妨害が取り沙汰されているように、記者クラブ加盟社の記者に対してすら公正とは言えない記者会見の例がある。

 私も鈴木氏も、経産省による今回の私と鈴木氏への「永久出禁」通告を不当だと考えているし、当然、菅原経産相の会見を取材したい。
 しかしもっと重要なことがある。
 前述の経産省の一連の対応を思い返してほしい。

 記者会見での質問内容を経産省側が事前検閲し、明確に取材拒否の理由のひとつとしている。
 そして経産省側は取材交渉を一方的に放棄して連絡を断った。
 大臣就任会見の取材拒否には「夜間のセキュリティ上の都合」という理由もあったが、後日の夜間ではない定例会見の取材についても許可しなかった。
 質問内容がネックであることは明らかだ。

 私や鈴木氏に限らずほかのメディアやフリーランサーも、大臣に都合が悪い質問を予定しているなら取材できないということだ。
 私たち2名に対してだけ問題なのではなく、国民の知る権利や取材・報道の自由全般がまるごと踏みにじられている。

 ましてや菅原経産相は今週発売の週刊文春によって「令和版疑惑のデパート」として複数の疑惑が取り沙汰され、それ以前から「12の不祥事を持つ男」(9月27日文春オンライン)とまで言われてきた人物。
 私や鈴木氏が菅原経産相に質問したいのは、統一教会との関係や、その関連で取材申し入れに来ただけの私たちを虚偽告訴した問題についての菅原経産相の認識だ。
 それは私たちがカルト問題をメインに取材している者だからで、政策の問題や大臣としての適性など、菅原経産相の問題について取材者が質問すべきことは山ほどある。

 オープンで公正な会見が行われていなければ、こうした具体的な局面で、疑惑まみれの大臣への取材すら強権的に阻まれる。
 今回の一件は、これが理屈上の話ではなく実際に起こっているという実例だ。

 国民の知る権利との兼ね合いを言えば、私や鈴木氏という特定の個人だけが「国民の代表」なのではない。
 記者クラブ加盟社、非加盟社、フリーランサーの全てのメディアやジャーナリストが全体として国民の知る権利に寄与する。
 単独で独自ネタを追う現場取材とは違い、複数メディアが一同に介しての記者会見は特に、その会見が全体として「国民の知る権利」に寄与できていれば最低限の役割は果たせる。
 それが会見を取材する報道機関やジャーナリストの仕事だろう。

 ジャーナリストたちには、それぞれの問題意識から最も重要だと思うことを菅原経産相に質問してみてほしい。
 もし試みても阻まれるなら、その異常さを広く国民に伝えてほしい。

 疑惑・不祥事まみれの大臣が、自らの疑惑をどう認識しているのか。
 あるいは、そんな大臣が国家権力ぐるみでいかにして護られているのか。
 それこそが、いま国民に知らせるべき最も重要な事柄だと思う。

 菅原経産相の定例会見は毎週火曜日と金曜日。
 国会内で行われるため雑誌記者やフリーランサーがそもそも入れない会見も多いが、経産省内での会見も行われている。

 一般紙などが加盟する記者クラブ「経済産業記者会」は事実上、会見を取り仕切る権限を持っていないようで、非加盟社やフリーランサーが会見取材を申し入れても経産省広報室に回される。


ハーバー・ビジネス・オンライン 、2019.10.12
「秘書給与ピンハネ」疑惑の菅原経産相会見、ジャーナリスト2名が「永劫に」出入禁止に
<取材・文・撮影/藤倉善郎>
https://hbol.jp/203942/

posted by fom_club at 16:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇都宮市立城山西小学校

 ヤッホーくんのこのブログ、次の日付けの日記をお読みください。

★ 2010年05月23日「晴海埠頭」
★ 2010年05月24日「宇都宮」
★ 2014年03月12日「農村公園」

 今日2019年10月16日の話題は、古賀志山(582.8m)の山麓に抱かれた校舎、創立は1875(明治8)年の栃木県宇都宮市立城山西小学校。

栃木県宇都宮市立城山西小学校
 宇都宮市古賀志町583 Tel 028-652-0800
http://www.ueis.ed.jp/school/siroyama-w/

 宇都宮市立城山西小は過去、児童数の減少から廃校となる恐れがあった。
 しかし市の小規模特認校の指定を受け、学校・地域・保護者が一体となり独自のカリキュラムを策定したことにより、児童数は102名まで増加し廃校の危機を脱した。

 城山西小学校が取り組んできたこれまでの軌跡が映画化され、このほど「奇跡の小学校の物語 この学校はなくさない!」が都内と県内で一般公開されることになった。

 同校の取組と、映画制作から完成までの歩みを渡邉誠(わたなべまこと)校長に寄稿していただいた。
 ある日突然、「城山西小学校を映画に」という話が舞い込みました。
 本校が廃校の危機にあった当初から、支援してくださっている文化人の先生のお一人、和久文子先生(箏演奏家、*1)からでした。 

 大変お世話になっている先生なので、城山西小学校地域協議会長(宇都宮版コミュニティスクール会長)である北條将彦さんと相談し、話だけでも聞いてみることにしました。
 というのは、制作のための資金など全く捻出できる当てがなく、実現は不可能だろうと思っていたからです。
 結局、和久先生と日光市の芹沼保育園長佐藤眞弓先生(本校を映画にとの発案者)のご紹介で、(株)ミル・インターナショナル(*2)の安孫子亘監督(*3)、代表取締役のナオミさんとお会いすることになりました。

 その結果、肝心の費用については、こちらで用意できる金額(0が1つ足りないのではないか?)をお伝えしたところ「それで大丈夫」というよりほとんど気になさっていませんでした。

 早速、我々は城山西小学校映画制作検討委員会を組織し、映画を制作に対する賛否を問うこととしました。
「知名度をさらに上げるチャンスだ、もちろんやるべきだ」という意見がある一方、映画制作に係る説明に来てくださった安孫子監督、代表取締役のナオミさんが同席しているにもかかわらず、
「そんな安くやれるわけがない、騙されているんだ」、
「『小さな学校の大きな挑戦』(本校が小規模特認校として奮闘している姿を描いた書籍)の感動は、映画なんかでは伝わらない」
などの反対意見もだされました。
 結果的には前向きな意見が多く「やろう」ということになりました。

 早速、撮影が始まりました。
 ドキュメンタリー映画なので、現在の様子を映したものは当時の代替です。
 監督の本当にほしいものは当時を語っているインタビュー映像と、当時の映像と写真です。
 学校にあるものをかき集め、手塚英男元校長(小規模特認校になってからの初代校長)が所有していたものの提供はありましたが、それでも全く足りないようでした。

 ある日、監督から放送室のビデオテープを借りたいという依頼があり了承すると、ボックス2箱に詰めて持ち帰り大量のテープすべてに目を通されたようでした。
 監督は、
「こんな宝のような映像の数々が残っていたことも、この学校の奇跡だった」
と後でおっしゃっていました。
 それは、数年にわたり定点で撮り続けた入学式の映像であったり、6年間にわたり学校を変革なさった手塚元校長の異動直前の卒業式式辞であったり、創立130周年記念式典における佐藤市長の涙の来賓祝辞等々です。

 そうなると残りの問題は最初に用意した資金の他にかかる制作費の確保でした。
 ナオミさんからこの映画の広告を兼ねてクラウドファンディングを活用するという提案がありました。
 その結果、この地域の皆さんをはじめとしたたくさんの方々のご厚意により,クラウドファンディングを成立させるために設定した目標額を大きく超える資金を確保できました(*4)。

 私がこの映画制作でねらっていたことが2つありました。

 ひとつは地域の皆さんに、この学校を存続させたいと奮闘してくださった当時を思い出していただき、これからも変わらぬご支援をいただくこと。

 もうひとつが保護者の皆さんに、この学校に込められた地域の方々の熱い想いと努力を理解し、PTAの一員としてこの学校を盛り上げる意欲をもってもらうこと、でした。

 映画が完成し、創立記念集会に地域・保護者・児童対象に特別試写会を催しました。
 その会場で、地域の方は「次の一手は何をすればいいんだろう」、
 保護者の方は「この地域の方々のこんな思いや努力があっての今なんだと感心した」。

 また、この映画を見た児童は
「この学校は毎日が楽しいです。映画でたくさんのことがわかり、こんな素晴らしい学校に転校してこれて幸せだと思いました」
と話してくれました。

 ふたつのねらいが確実に伝わったこと、子供たちが更に本校に誇りをもったことを実感できました。
 これから、映画のダイジェスト版を作っていただくことになっています。
 入学希望者に見ていただき、この学校を理解して入学していただこうと思っています。
 これからも小規模特認校として存続していくために、学校・家庭・地域が一体となって本校の魅力を高め、選ばれる学校づくりを進めていきたいと思っています。

(渡邉 誠 宇都宮市立城山西小学校長)

[写真ー1]
安孫子監督の撮影風景

[写真-2]
創立記念集会にて、映画試写後の安孫子監督のあいさつ

[写真-3]
孝子桜まつりで、児童、OB、教職員104面による箏の演奏

日本教育新聞、2019年2月10日
映画「奇跡の小学校の物語 この学校はなくさない!」
(安孫子亘監督作品)の完成とこれから

(清水 昭二 編集委員・栃木)
https://www.kyoiku-press.com/post-198899/#

(*1)「師匠の教えが財産」 箏曲の和久文子さん、栃木県文化功労者に
 本年2017年度の県文化功労者に日光市、和久文子(わくふみこ)(本名福田(ふくだ)文子)さん(66)=箏曲=が選ばれた。和久さんの横顔を紹介する。
 10歳で手ほどきを受けた箏(生田流)と50年余りを歩んだ。
「素直にうれしいし、ありがたい。私一人の賞ではなくて、支えてくださった恩師や関係者、生徒さん、家族、皆さんに感謝しています」と温和な笑みを浮かべる。
 19歳で日本屈指の名演奏家沢井忠夫さわ(いただお)・一恵(かずえ)両氏に師事し、22歳から5年間は内弟子として修業を積んだ。

「音の出し方をはじめいろんなことを指導していただいた。先生方の音を常に間近で聴かせていただけたのは今も私の財産です」

 1979年に門下生で結成された「沢井忠夫合奏団」の一員となり、プロとして国内外で演奏活動を行った。師の教えを守り長年にわたって箏曲の可能性を追求し、ジャズや交響楽団、舞踊のアーティストと連携を図るなどジャンルにとらわれずに活躍してきた。
「邦楽の良さを栃木県の子どもたちに伝えたい」と26歳で郷里に戻り、門下生の育成と演奏活動を展開するようになった。現在は県内大学の教壇に立つほか、小中高校の授業や部活動で指導し、後進の育成に力を注ぐ。教え子の前川智世(まえかわともよ)さんらが結成した「邦楽ゾリスデン」といった次世代を担う若手演奏家も輩出した。
 年間1万人ほどの生徒と膝を交え、スケジュール帳は真っ黒になるほど指導の予定が書き込まれている。

「皆さん『大変でしょ』とおっしゃるけど、ゼロからのスタートだったので、これだけ多くの学校が邦楽に取り組んでくれるのは夢のよう」


下野新聞、2017/11/16
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/3965

(*2)ミルフィルム(旧 ミルインターナショナル)
 福島県南会津郡下郷町落合ジイゴ坂1604-1 Tel 090-3098-7077
https://mirufilm.jimdofree.com/

https://mirufilm.jimdofree.com/トップ/奇跡の小学校の物語/

(*3)安孫子亘監督
 2019年10月29日(火)東京都中央区大竹財団会議室にて映画「奇跡の小学校の物語」の上映会が開催されます。
 上映:19:00〜20:30(開場18:30)
 会場:大竹財団会議室(東京都中央区京橋1-1-5 セントラルビル11階)
 料金:一般500円(どなたでも参加可能です)
 定員:30名(要予約)
 主催:一般財団法人大竹財団
https://www.facebook.com/wataru.abiko

(*4)クラウドファンディング

 児童数の減少から廃校の危機にあった宇都宮市立城山西小学校で、存続に向けて教職員や地域が一体となった姿を描いたドキュメンタリー映画「奇跡の小学校の物語」が完成した。
 安孫子亘(あびこわたる)監督は、
「少子化で廃校の危機は全国に広がっている。多くの人に、奇跡的に復活させた熱意が伝われば」
と力を込める。
 東京新聞宇都宮支局後援。

 来年2019年2月に県内で先行上映した後、全国で公開する予定。 
 映画では、特色のある学校を築いた手塚英男・元校長や、学校と地元の調整役を担った北條将彦さんらが当時を振り返っている。

 安孫子監督が入学式、運動会などの行事に足を運んで撮影した今の学校の日常風景や、児童と住民の表情、一体感などがにじむ場面も数多く収録した。
 2年がかりで完成。76分。

 ナレーションは佐野市在住のロック歌手ダイアモンド ユカイさん、映画のポスターは、宇都宮出身の作家立松和平さんの長女でイラストレーターのやまなかももこさんが手掛けた。

 安孫子監督とともに宇都宮市役所で完成を発表した手塚さんは、
「地域だけでなく行政も応援してくれ、多くの人がたくさんの汗を流した素晴らしい記録の映画になった」
と話す。

 映画作りは、廃校危機を乗り越えた学校と地域の軌跡を記録に残そうと地元で話が持ち上がり、住民の有志らが那須町在住でドキュメンタリー作品を多く手掛ける安孫子監督に依頼した。

 制作のための資金をインターネットによるクラウドファンディングで募り、目標の150万円を大きく超える260万円が集まった。
 卒業生からの支援も多かったという。

 同校は市内北西部の山あいにあり、2005年度、児童数が35人となり、廃校の危機に。
 いくつかの学年が同じ教室で学ぶ複式学級の解消のため、小規模特認校として、学区外から児童の受け入れを始めた。

 魅力のある学校を目指し、舞踊家や書家ら、文化人を講師に招くなどユニークな取り組みも導入。
 地域住民も全面的に支援し存続にこぎつけることになった。


[写真‐1]
校庭で笑顔を見せる子どもたちを収めた映画の一場面

[写真‐2]
完成した映画について記者会見する安孫子亘監督(右から2人目)や手塚英男元校長(同3人目)ら=宇都宮市役所で

東京新聞・栃木、2018年11月6日
「廃校」危機乗り越えた歩み
映画「奇跡の小学校の物語」完成

(原田拓哉)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/list/201811/CK2018110602000150.html

 1997(平成9)年、児童減少に伴い複式学級。
 2003(平成15)年、市からの答申により「5年以内に複式学級が解消しなければ統廃合」、つまり廃校の危機と宣告されました。
 しかし、そこに赴任してきた校長先生がこの学校の運命を変えました。
 枯れかけた校庭の一本の桜をよみがえらせ、学校、地域、そして行政を一つにして奇跡を起こした物語。
 廃校、統廃合の危機にある学校、地域には必見のドキュメンタリー映画。


ドキュメンタリー映画「奇跡の小学校の物語」〜この学校はなくさない〜予告編
https://www.youtube.com/watch?v=5MnMhwPKBrA

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2019年10月15日

台風19号 and/or Typhoon Hagibis

 首都圏を直撃した台風19号。

 断水が発生した神奈川県山北町で、到着した自衛隊の給水車に、県が「待った」をかけ、水が捨てられるという信じがたい事態が起きた。

 人口約1万人の山北町は県の最西端に位置する。
 丹沢湖があり、夏はバーベキュー客で賑わう。
 2019年10月12日夜、台風19号は神奈川県を直撃し、山北町で断水が起きた。
 町は、約20キロ離れた駒門駐屯地(静岡県御殿場市)の陸上自衛隊に「翌日(13日)、給水車を要請するかもしれない」旨連絡していた。
 13日朝4時に、自衛隊から「県知事から防衛相に自衛隊の派遣要請をする必要があります。町は県に依頼してほしい。自衛隊としては、給水車3台を午前6時に出発させます」と連絡があった。

 早速、町の防災課が県に依頼すると、マニュアルを盾に難色を示した。
 県のマニュアルによれば、自衛隊の派遣要請は、どうしようもなくなった時の最終手段だが、山北町の状況は該当しないというのだ。

 給水車3台は午前7時少し前に町に到着。
 県と町で押し問答が続いたが、県は最後まで首をタテに振らず、給水車3台の貴重な水は捨てられた。
 結局、県が別途手配した給水車は2台で、到着も13日の午後と遅れた。

町長「目の前にある水をなぜ捨てなければいけないのか」

 山北町の湯川裕司町長(67)が憤る。

「前夜から断水が発生していて、“どうしようもない状況”でした。午前7時に給水車3台が来てくれて、目の前に水があるのに、なぜ捨てなければいけないのか。いろいろと手続きがあるのは承知していますが、ケース・バイ・ケースで対応できないものか。県民が困っているのですから」

 県は13日午後1時40分、自衛隊に相模原市への派遣要請を出している。
 どうして、わずか数時間前の山北町の給水車に、県はかたくなに抵抗したのか――。
 湯川町長は、
「県には、町が余計なことをしたと見えたのでしょう」
と言う。
 県を差し置いて、町が自衛隊と連携したことがおもしろくなかったのか。
 県は、県民の安全よりも、ちっぽけなメンツを優先させたのである。

「県の職員は威張るだけ。いざという時は他人事で何もしません」
(神奈川県政担当記者)

 9月の台風15号では、千葉県の森田健作知事が登庁せず、初動対応も遅れた。

「森田知事は自民党ベッタリのタレント知事。神奈川県の黒岩祐治知事は、菅官房長官に知事にしてもらったような人です。二言目には“官邸とのパイプ”をアピールし、省庁や市町村は無視して好き勝手やっています。菅長官さえ押さえておけば身分は安泰とタカをくくっているのでしょう」
(前出の記者)

災害大国に、森田氏や黒岩氏のような住民不在のポンコツ首長は不要だ。


[写真-1]
神奈川県山北町は前夜から断水、町の交流施設も屋根まで土砂が(同町提供)

[写真-2]
県民不在(黒岩神奈川県知事)

日刊ゲンダイ、2019/10/15 14:50
台風19号で断水 町の自衛隊給水支援に神奈川県が“待った”
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263282/

The Japanese prime minister has said typhoon shelters "should be open to everyone" - after two homeless people were turned away during the country's worst storm in decades.

Typhoon Hagibis brought heavy rain and winds of 225km/h (140mph) to Japan at the weekend, killing 66 people.

But when two homeless men tried to use a shelter in Tokyo, they were turned away as they did not have addresses.

The case has caused huge debate in Japan - with not everyone sympathetic.

What happened at the shelter?

As Hagibis took hold on Saturday morning, a 64-year-old homeless man went to a primary school, which was being used as an evacuation centre.
The school was in the Taito ward of Tokyo, which includes San'ya - an area historically home to many labourers, and now homeless people.

According to officials who spoke to the Asahi Shimbun, the man was asked to write his name and address. When he said he had no address, he was turned away.

"I told them that I have an address in Hokkaido [Japan's northern island, hundreds of miles from Tokyo], but they still denied me entry," he said.

The man said he instead spent the night under an umbrella beneath the eaves of a building.

"I wanted them to allow me into the facility because the wind was strong and it was raining," he said.

Another homeless man was turned away later that afternoon.

What was the reaction?

As news spread on social media, there was outrage at the shelter's decision.

"Is this a country that's going to host the Olympics in Tokyo? [in 2020]" asked one Twitter user. "People from abroad would see this and think this is a terrible country."

The San'ya Workers' Welfare Centre, a charity, responded by opening as a shelter on Saturday night.

But others were less sympathetic, suggesting "smelly" or "mentally ill" homeless people should only be allowed into shelters if there was a separate space.

"If you claim your rights, do your duties first," said one Twitter user. "Can you sleep next to a stinking person?" asked another.

Prime Minister Shinzo Abe was asked about the case in parliament and said "evacuation centres should let anyone in who has come to evacuate".
"We will look into the facts and take appropriate measures," he added.
The Taito ward said it would review its procedures to help people without addresses in the ward.

'A visible libertarian streak'

Analysis by Yuko Kato, BBC News, Tokyo

Most of 1,126 homeless people in Tokyo dwell in parks, on the streets, and by the river.

Rarely do they mingle with the rest of the population - but the typhoon brought them to the forefront of our consciousness.

On Saturday night, as the torrential rain and huge gusts of wind were coursing through Tokyo, word began to spread about the shelter in Taito.

Many people were immediately outraged. On the other hand, some voiced concerns about hygiene, while others were concerned about the homeless people's mental condition.

Some were simply scared to share the same space with them.

Social media also showed up the libertarian streak that has become quite visible in Japanese public opinion. Some said the homeless shouldn't benefit from public services because they don't pay taxes.

Many rejected this - not just in terms of human decency - but also pragmatically, as the homeless do pay taxes when they buy something.

How many homeless people are there in Japan?

According to a government survey in January, there were 4,555 homeless people (4,253 male, 171 female, 131 unknown) in Japan.

That was 422 people (8.5%) fewer than the previous fiscal year.

Among all the 47 prefectures, Tokyo had the most (1,126 people), Osaka was second (1,064), followed by Kanagawa (899).

According to the Tokyo government survey from the same period, the Shinjuku ward had the most homeless people (117 people, seven fewer than a year before).

The Taito ward was second with 61 people (69 fewer than the previous year).


[video]
More than seven million people were urged to leave their homes

[photo-1]
Cleaning up in Kawasaki, Japan, after the typhoon

[photo-2]
Shinzo Abe speaking in parliament earlier this month

BBC News, 15/10/2019
Typhoon Hagibis: Homeless men denied shelter in middle of typhoon
https://www.bbc.com/news/world-asia-50052615

・ 台風直撃中に出てこない安倍首相
・ 50人以上亡くなってるのに「まずまずの被害に収まった」と言う二階幹事長
・「国に頼らない防災を」と論陣を張るメディア
・ 台風直撃中に出勤させる企業
・ 避難所からホームレスを排除する台東区
・ 上記の愚行に怒りの声を上げない国民
 日本はもう沈んでいる。

7:17 - 2019年10月14日

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是枝裕和監督「アートと助成金」

万引き家族』大ヒット上映中!
https://www.youtube.com/watch?v=vMP3wysydDs

https://gaga.ne.jp/manbiki-kazoku/

世界の是枝監督語る『真実』撮影秘話
https://www.youtube.com/watch?v=Ex6nP72t6c8

是枝裕和『真実』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=FFnCOaBNp6M

https://gaga.ne.jp/shinjitsu/

「あいちトリエンナーレ」問題をめぐって、公権力とアートと助成金の関係を問う議論が活発になっている。
『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高賞(パルムドール)を受賞した際、政府からの祝意を「公権力と潔く距離を保つ」と辞退した是枝裕和監督は、今の状況をどう見ているのだろうか。

是枝裕和監督の最新作『真実』が10月11日に公開された。

主演はフランスの大女優、カトリーヌ・ドヌーヴ。
共演にジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークを迎え、世界のトップ俳優たちと作り上げた意欲作だ。

撮影は、秋から冬に移り変わっていくパリで10週間にわたりおこなわれた。
クルーのほとんどがフランス人で、飛び交う言語は99%フランス語。日本での普段の撮影とは勝手の違う異文化の中で、どんな風に作品を作り上げていったのか。

完全週休2日制を貫くフランス流の働き方。公権力とアートと助成金の関係について。世界を駆ける是枝監督に、今考えていることを聞いた。

100年前から変わらない街で

― ヴェネチア国際映画祭でも上映され、公開前から注目が集まっています。反応はいかがですか?

 僕の映画はどうも暗いイメージが定着しているようで(笑)、「意外に明るかった」と言ってくださる方が多いですね。
 軽やかな読後感の作品にしたかったので、うれしいです。


― パリの街の色彩の美しさが印象的でした。

 本当に美しい街ですよね。
 何百年にわたる歴史の積み重ねがそのまま残っていて。
「100年前からこの街並みはほとんど変わってないんだろうな」と思うと時間の重みを感じました。
 今回はパリに暮らす人々のお話なので、観光客の目線ではないパリを撮ろうとは意識していました。
 なので、観光スポットは意図的に外しています。


フランス流の働き方を通して考えたこと
― 撮影は1日8時間まで、夜間や土日は休み、夏には3週間のバカンス。フランスでの撮影スケジュールは日本とはずいぶん違ったそうですが、いかがでしたか?

 時間的な制約は最初から聞いていたので戸惑いはなかったです。
 非常に優秀なスタッフたちが集まってくれたので効率よく進められました。
 とはいえ、これまで20年間以上やってきたやり方を変えなければならない部分はやはりたくさんありましたね。


― 撮影が早く終わったとしても、編集作業などを含めると、監督の総労働時間は変わらないのでしょうか?

 いえ、そんなことはないですよ、体力的にはずっと楽でした。
 日本だと24時に撮影が終わって午前2時3時まで編集、なんてことはザラですが、フランスでは撮影が午後8時前には終わるので、その後にある程度作業しても午後10〜11時くらいには終えられます。
 フランス人に言わせれば、それでも十二分に働きすぎですが(笑)。
 その上、土日も休みなんでね。
 休みがあることで台本をブラッシュアップしたり、撮影スケジュールを調整し直せたりするメリットもありました。


― なるほど。詰め込みすぎないからこそ効率がいい面もあるんですね。
 
 そうですね。
 でも、調子がいい時は、夜撮影が終わって「もっと球投げられるのに、肩は大丈夫なのに!5回で代えられてしまった!」と若干物足りない気持ちになることはありましたよ。
 それに僕は、日本の映画の現場の寝食をともにして祭をやっていく感じ、文字通り「同じ釜の飯を食う」雰囲気も好きなんですよね。
 もちろん、そういう現場では誰かに負担を強いている面があるのは間違いないのですが。


「変えていかないと、もう無理ですよ」
― フランスの現場を体験してみて、日本の映画の現場でも取り入れたい点はありましたか?

 好むと好まざるとにかかわらず、変えていかないともう無理ですよ。
 続けられない。
 映画という仕事を、若い人たちが選ばなくなっていくと思います。
 同時に、それって映画産業だけでなく日本全体の問題ですよね。
 フランスでは、映画や演劇、音楽産業に関わるアーティストや技術者は、年間507時間以上働くと、最大12カ月の失業保険を受け取れる――要するに、給料がある程度保証される制度があるんです。
 なので、僕の映画が終わったら演出部も制作部もみんなバカンスに3ヶ月とか行くんですよ。
 制度からして、バカンスを目指して働けるようになっている(笑)。
 今回フランス人スタッフと仕事をしたことで、そもそも労働というものへの考え方が根本的に違うと強く感じました。
 僕の中にも日本人的な「勤勉であることが美徳」という価値観は強くあって、「バカンスのために働いている」フランス人とはまったく異なるんですよね。
 単純にどちらがよい悪いではなく、勤勉さがプラスになることもあるし、「美徳」という言葉の下で搾取されることもある。
 いきなりすべてをフランス流に変えろとはもちろん思いません。
 でも現実問題、現場はもう限界なので、これまでと同じやり方で通用していくとは思わないです。


映画は国境を越えられる
―『真実』は色彩や音楽はフランス映画チックなのに、映像の印象は是枝作品で新鮮でした。これは邦画なのか、洋画なのか、そもそもその区分に意味はあったんだっけ……と考えさせられました。

 いいですね。
「これ、何映画?」と観ている人の価値観を揺さぶりたいです。
 日本では、言語の問題もあって日本人が作って日本人が見ることが前提の映画が多いですが、一口に「フランス映画」と言っても作り手にはいろんな人がいますからね。
 映画って国単位で囲えるようなクローズドなものではないはずで。


― 是枝作品は世界中に届いていますが、世界で戦える作品を作ろうという気持ちは強いのでしょうか。

 戦おうとは思っていないですが、国境をなくしていきたい、積極的に越えていきたい……とは思います。
 映画は国旗を掲げて作るものじゃないですから。


公権力とアートと助成金
―『万引き家族』がカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した際、文科省からの祝意を辞退したこと、そしてそれに関するコメントが話題を呼びました。「公権力とは潔く距離を保つ」という言葉が非常に印象的だったのですが、今「あいちトリエンナーレ」の件で、公権力とアートの関係はまたクローズアップされているように思います。監督は今の状況をどうご覧になっていますか?

 潔く距離を保つというのは、政治に介入させないという意味です。
 映画が「国益」とか「国策」と一体化した過去を反省するなら、それはお互いに守るべき倫理感だと考えています。
 先進国における文化助成は「金は出すが口は出さない、出させない」が大前提なんです。
 そもそも、文化助成は国の施しではないので。
 未来につながる文化の多様性を、私たちの税金でどう担保していくかという話であって、「助成に頼る」「頼らない」という物言いがまずおかしい。
 政府の顔色をうかがう必要は本来ないはずなんです。
 言うまでもなく、介入させてよいはずがない。

 美術も映画も、すべての人が不快に思わないものを作ることはできません。
 むしろ、みんなが心地よく思うものであれば、市場原理の中でも自然にお金が集まっていくはずですよね。
 そうではないものを価値あるものとして、次の時代につなぐために税金を投じる。
 当然そこには「国益」などという刹那的な基準ではなく、100年後を視野に入れた判断が求められます。


― ご自身も助成金をもらう側として、もっとこうあってほしいという要望はありますか?
 今回の『万引き家族』は文化庁の助成金を頂いております。
 ありがとうございます。
 助かりました。
 しかし、日本の映画産業の規模を考えるとまだまだ映画文化振興の為の予算は少ないです。
 映画製作の「現場を鼓舞する」方法はこのような「祝意」以外の形で野党のみなさんも一緒にご検討頂ければ幸いです。
 以上
(是枝裕和 公式サイトより)

 少なくとも映画関連予算は「これをやってくれ」と言いにくい程度の額ですからね……。
 圧倒的に予算が少ない。
 フランスや韓国の手厚い映画助成と比べると、金額の規模はもちろん発想の根本が違うなと思います。
 映画という芸術をどう豊かにしていくか。
 結果的に、文化的な社会をどう実現するか。そういうある意味で遠回しな投資であって、その先にあるのは目先の国益ではないんですよ。
 そんなチンケな発想に基づいてやるべきじゃない。


― 国のためではなく、文化そのものの発展のために。

 そう。
 映画が歩んできた百数十年の歴史という縦軸と、映画が表現してきた多様性という横軸、両方をより広げていくためにお金を使うからこそ「文化助成」なんです。
 そういう考えの人が選考委員にいることを前提としているんです。
「国のために」を最優先にするなら、それ政府広報ですからね。
 官房機密費ででもやってください。
 僕の件も今回の件も、「そもそも文化助成ってなんだっけ?」「なんのためにあるんだっけ?」を考え直すにはいい教材じゃないでしょうか。
 正直、もうそんな悠長なことを言っている状況ではないのかもしれないですが……


BuzzFeed、2019/10/14 17:01
「国のため」が最優先なら官房機密費でどうぞ。
是枝裕和監督が語る「アートと助成金」

(山崎 春奈 BuzzFeed News Reporter, Japan)
https://www.buzzfeed.com/jp/harunayamazaki/kore-eda

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2019年10月14日

「最高責任者」の消極的な無責任

 かねてより日本は国家の民営 ‐ 私営化が進行しており、故に国家機関たるはずの行政は、「全体の奉仕者」から既になっておらず、資本に益するべく国民や外国人労働者を宛がうだけでなく、その資産を切売りし、レント・シーク(*)の便宜を図る卑しき「社会の一員、サーバント(使用人。召使い、servant)」の巣窟と化していることは本欄で触れてきた。

(*)rent seeking
 ”rent!は「超過利潤」。一部の特権的な富裕層(俗に言う「1%」)が社会のシステムを自分たちに都合良く変えてしまう。

 現今の資本主義にあって日本なる国家が増強しているとすれば、諸々の権限集中を図ってきたのみならず、「政治主導」する行政がむしろ家父的な国家経営――資本主義原理と緊張関係にある「全体」への再分配――の観点を率先して放棄し、特殊かつ特権的な私営企業機関のそれへと傾斜しつつあるからで、ために、かつての国民国家は、半ば宗主国的に自由な資本が使用する植民地のごとき(私)財として扱われている。

「アベ政治」批判が資本主義批判でもなければならない所以だが、とまれ、にもかかわらず「上級」「下流」やら種々の国民が概ね現状肯定に服し、逃げ場がないサーバントの自由に汲々と縋っているさまはやはり不気味ではある。

 2019年9月9日に千葉に上陸した台風16号による被災に際し、改めてそのことを考えざるを得なかったのは、これも以前から確認できたことであるものの、第二次安倍政権が自然災害及びその被災者支援に対し極めて反応が鈍く、しかし案の定そのことで支持率は下がらないどころか、直後の共同通信の世論調査では上昇してすらいたからだ。

 周知のとおり、家屋損壊等々の被害のみならず断水、停電、電波障害などの窮状を訴える被災者からのSNS投稿が注目され始めてから数日、安倍晋三及びメディアが最も時間を費やしたのは内閣改造に関する彼是であって、組閣翌日の12日にようやく記者団の質問に答え「復旧待ったなし」の掛け声に続けて安倍が述べたのは、「現場現場で、持ち場、持ち場で全力を尽くしてもらいたい」だった。

 この「最高責任者」の消極的な無責任性は、「プッシュ型支援」など迅速な被災地への行政の直接介入の条件を整備してきたのがほかならぬ安倍政権なだけに、また今回の組閣後真っ先に目標として掲げた改憲において創設が目指される「緊急事態条項」も、ともかくも建前上は大規模災害にあたり、行政によるより強力な対応が可能となるから、とその必要を説いていたことなど鑑みるに留意していいし、またこの消極的な無責任に対する国民の反応も、災害対応の遅れや不備のため大いに叩かれた過去の政権の事例と比すならあまりに「お行儀がいい」。

 むろん、前者については、安倍政権が国会を長期間開かないこととともに、もはや「全体の奉仕者」から遠い、企業――ちなみに、台風をひかえ交通機関が運休を告知するなかでの出社に関する業務連絡のタイプに即した企業診断になぞらえれば、「連絡なし」の「グレー企業」または「各自で判断をお願いします」の「クソ企業」に近いか――と化していることを以て、一定の説明は可能だろう。
 だが後者は何故このブルジョア独裁に従順で、これをかくまで支持してしまうのか。

 ここでその充分な答えは提示しえないが、ひとまず『思想』(9月号)で特集されたミシェル・フーコーを参照してみたい。

 箱田徹(1976年生まれ、天理大学人間学部総合教育研究センター・准教授)「人民の回帰?─フーコー戦争論のポテンシャリティ」は、社会契約を結末としないその戦争 ‐ 内戦概念の検討において、フランス革命に至る「大規模な民衆反乱の前に、日常的に実践され、かつ容認されてきた民衆の違法行為」を見出し、「「政治」の概念を、抽象的・普遍的な正義をめぐる争いとは異なる次元で考察する」フーコーの姿勢を強調する。

 フーコーによれば、ミクロな戦争 ‐ 内戦としての17 - 18世紀の民衆の違法行為は、ブルジョア革命を経て次第に民衆が「プロレタリア化」し闘争の質が変わっていくのと併行して、脱政治化されるとともに監獄に収監すべき非行や犯罪の範疇に矮小化されていった。
 それは社会の名において処罰と矯正を要する道徳的な悪と見做されたのだ。
 だとすれば、いかなる「違法行為」も厭い、みずからをそれから防衛されるべき市民と見做す昨今の日本国民の「お行儀のよさ」のなかで、有効な戦争 ‐ 内戦が悉く封殺されたかに触知し難いのは、この転換以降のブルジョア独裁にふさわしい光景と評しうる。

 けれども他方で、諸々の違法行為に鷹揚なかつての封建制的風土の礼讃も、近代におけるそれらの回帰の待望も、ひいては「あらゆる犯罪は革命的である」云々のテーゼもフーコーからは導出すべくもない、このこともいわずもがなながら注記しておいてよい。

 まして、脱政治的な犯罪への転換は、封建制下の違法行為が総じて「あらたな合法性を求めてブルジョワジーがたたかう戦線のようなもの」を形成していったすえに生じたことに注意を向けるフーコーを差し置き、なお自由かつ脱イデオロギー的な実践アナーキー/アートと称して非行ないし犯罪の奨励に甘んじるのは能天気にすぎる。

 戦争 ‐ 内戦は「あらたな合法性」を巡る権力闘争たりえなければ何程でもなく、フーコーも直言したごとくそれは「勝つために戦う」のでなければならない。
 ブルジョア道徳はそれとして批判すべきでありながら、これに抵触する犯罪を自由として礼讃しておけば済むわけでもない所以だ。

 それにしても、メディアへの露出も人気取りも決して嫌いでない安倍が、「全体の奉仕者、statesman」の器でないとはいえ、災害に際して対策本部を設置し陣頭指揮を執って、功を成し、以て民から堂々たる喝采を浴びることに徹底して無関心であり、それを隠しもしないのは、だが、そのことを「全体」から咎められない「最高責任者」であり続けている事実ひとつ取っても、決して統治を放棄していることを意味しない。

「グレー」か「クソ」かは問わず、この半ば企業機関化した行政の長は確かに国民にサービスを提供し、それなりの満足度を稼いでいる。

 恐らく民主党政権を念頭に、災害対策の類いに不備や失策は不可避で指弾(クレーム)は免れえず、しばしば失態は真面目に取り組むほどまぬけに映るのなら、いっそ動かず前に出ないのがリスク・マネジメント上、賢明だと安倍は判断しており、この消極性は同時に、次のことにも資する。

 フーコーに倣っていえば、なるほど安倍政権はもはや人口を対象とした「安全」の保障に励まないものの、やはり安全と平和を提供しているのだ――飛来の恐れがないミサイルのためにJアラートを鳴らすのとこれは矛盾しない――。

 安倍にとって問題は、現に隅々まで安全(「問題ない」)か否かよりも――現に好景気か否かよりも、とおなじく――その「感(イデオロギー)」であって、つまり安倍が宴会や内閣人事を優先させて「問題ない」以上は、災害もまた「問題ない」程度なのだから、皆も同様に無関心で「問題ない」ばかりか、そうであれとのメッセージを波及せしめる。

 当然ながらこれには分断が伴う。
 しかし、善意のボランティアや地域コミュニティ含む「持ち場、持ち場」にその対処を負わせた「現場」からの訴え(クレーム)が顧客(ユーザー)全体の雰囲気を不穏にするに至れば、場合によっては切り捨て(不可視化)し、「安心してご利用いただける」日本をプレゼンテーションすることが、企業的な監視管理(コントロール)であり、分断もこの統治のため利用される。

 事実、下請け先の「持ち場」で脱イデオロギー的に職域奉公に「全力を尽く」すサーバントへの「感謝」と併せて、魑魅魍魎からは「準備不足」など、自己責任を咎める声が被災者に発せられた

 安全と平和を脅かす「お行儀悪い」事態を「ある」から「ない」へ分離したうえで「全体」を再捻出するのに軽便な「風評被害」なる言葉も流布して久しいいま、公共圏に現われたなにがしかの抗議者は収監されないにしろ、存在自体が「風評被害」と化し、そのとき消極的な、無責任に徹する安倍は「風評被害」に屈しない「最高責任者」となるのだ。

 来るオリンピックにおいても同様に安全と平和が提供されるだろうが、いつまでもかくなる監視管理コントロールで遣り過ごせるはずもない。

 ブルジョア独裁に抗する戦争 ‐ 内戦はこれらを踏まえ、構想されなければならない。

週刊読書人Web、2019年10月6日
ブルジョア独裁の風景――「最高責任者」の消極的な無責任について
長濱 一眞(批評家)
https://dokushojin.com/article.html?i=6013

 私の払った税金が「税金を払えない人達」の為に使われないのだとしたら、それこそ払いたくないだろ。
 税金=払った人だけの物だとしたら、それこそ払う意味ないだろ。

8:13 - 2019年10月12日

・貧困は自己責任
・学費が払えないのは自己責任
・就職難は自己責任
・結婚できないのは自己責任
・子供を持てないのは自己責任
・病気は自己責任
・水害は自己責任←New!
この国は税金何に使ってるんですかね

17:25 - 2019年10月13日

 災害になると、首相の顔が全く見えなくなる。何故なのか?
 政府は何故、災害対策本部を設置しないのか?
 理解できない。

4:45 - 2019年10月12日

 安倍総理大臣は、日本が、初めてのベスト8進出を決めたことを受け、みずからのツイッターなどに、
「東日本大震災でもスポーツの力を実感しましたが、世界の強豪を相手に最後まで自らの力を信じ、勝利を諦めないラグビー日本代表の皆さんの勇姿は、台風で大きな被害を受けた被災者の皆さんにとっても元気と勇気を与えてくれるものだと思います。日本代表初の決勝トーナメントでのご活躍を期待しています」
という祝福のコメントを投稿しました。

2019年10月13日 22時43分

 さすがに安倍首相の「被災者の皆さんもラクビーから元気と勇気を貰えたはず」発言はヤバいだろ。
 被災者はラグビー観てる余裕なんてないし、そんな時にラグビー観て希望なんて持てるわけないじゃん。
 元気や希望が貰えるのは、安倍首相からの「災害補償は任せろ!」の一言ですよ。分かんないのかな。

7:48 - 2019年10月13日

 この発言の時点で、じゅうぶん激甚であったし、そのあとさらに被害が明らかになることも想像できないバカが、与党第一党の幹事長である。/二階氏 台風被害「まずまずで収まった」緊急役員会で

 報じられてすぐにたくさんの方が非難されているのであらためて屋上屋を架すこともないかと思ったけれど、ほんとうに憤懣やるかたないので。

20:35 - 2019年10月13日

 被災状況の報道で、各地の甚大な損害や、死者数が50人、51人、と増えていくたびに、頭の中で「まずまず、まずまず、」と言葉がこだまして気が変になりそう
2:26 - 2019年10月14日

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沖縄と東ティモール

 病床のハビビ元インドネシア大統領(Bacharuddin Jusuf Habibie、1936年6月25日 - 2019年9月11日、大統領在任:1998年 - 1999年)と、同国の支配から、2002年5月20日に独立式典を催した東ティモールの元大統領が交わした歴史的な抱擁について、語りたいと思います。

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 7月、闘病中の元インドネシア大統領=当時(83)=を見舞ったグスマン元東ティモール大統領(73、ポルトガル語: Kay Rala Xanana Gusmão、José Alexandre Gusmão、1946年生まれ、大統領在任:2002年 - 2007年)が、何かささやきながら額にキスし、胸に頭を埋めました。
 ハビビ氏もグスマン氏の手を取り、口がかすかに動いていたように見えます。
 敵対してきた両国の元指導者の心が一つになったような光景でした=写真(上)。

◆ 死の50日前、病室で

 グスマン氏に同行し、ビデオの撮影に携わった東ティモールのカルロス駐インドネシア大使に許可をいただき、画像を掲載します。
 大使は、
「二人の偉大な指導者は、この抱擁で人間性と慈悲の心、謙虚さ、そして友愛のあるべき姿を示してくれました」
と振り返ります。

 ハビビ氏は約50日後、世を去りました。

 両国は、とても指導者同士が抱擁できるような関係ではありませんでした。
 ポルトガルの植民地だった東ティモールは、スハルト独裁政権下のインドネシアに1976年、武力で併合されました。
 放火、殺害、レイプ…。
 独立運動は徹底的に弾圧され、4半世紀で餓死を含め20万人が死亡したといわれます。

 その改善の糸口を示したのがハビビ氏でした。
 スハルト政権が瓦解(がかい)した1998年、副大統領から後継大統領に就いたハビビ氏は、半年余で東ティモール独立に道筋を付ける住民投票実施を決断します。

◆ 弾圧から解放への転換

 ずっと抑圧してきたのになぜ方向変換を? 諸説あります。
「国軍が住民投票しても独立派は少数と読んでいたため」
「独立派司教らがノーベル平和賞を受けて国際圧力が高まったため」
などです。
 そして、
「これ以上、強権的に支配してはならない」
という人道的な動機があったかもしれません。

 住民投票は翌1999年に行なわれました。
 国軍の見通しは外れ、独立派が78.5%を得て圧勝。
 3年後、東ティモールは21世紀最初の独立国としてよちよち歩きを始め、現在に至っています。

 ハビビ氏は在任500日ほどで、国会から不信任され退陣します。
 不人気でした。
 百数十億ドルともされるスハルト氏側の不正蓄財への追及が甘かったからと言われますが、「領土」を失った国民の失望もあったと指摘されます。

 東ティモールの独立派ゲリラとの闘争で、少なからぬインドネシア国軍兵士も斃(たお)れました。
 インドネシアからみれば、「命を張って守ってきた領土なのに、手放すチャンスを与えてしまった」のがハビビ大統領だったというわけです。

 その独立派ゲリラの中心人物で東ティモール内で英雄視されていたのが、グスマン氏でした。
 東ティモールの初代大統領として、独立国の揺籃期(ようらんき)を引っ張りました。

「独立はあなたの決断のおかげです」
「喜んでもらえてうれしい」−。
 カルロス大使は二人の会話を明かしてくれませんが、そんなやりとりがあったとしても、不思議ではありません。

 インドネシアの理不尽な併合で四半世紀も支配された東ティモール。
 独立後も残ったわだかまりをとろりと解かす抱擁でした。

 国と地方の指導者同士ということで想起されるのは、安倍晋三首相と故翁長雄志・前沖縄県知事のことです。
 記憶に残る写真はハビビ氏とグスマン氏の抱擁とはあまりにも対照的な一枚。
 2017年6月、同県糸満市での式典で翁長氏が首相に厳しい視線を投げかけたそれです=写真(下)。

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 昨年の知事選では、翁長氏に続いて辺野古移設反対派の玉城デニー氏が当選。
 法的拘束力がないとはいえ、2019年2月の県民投票では移設反対票が72%でした。
 それでも辺野古埋め立ては続きます。

◆ 沖縄と東ティモール

 むろん、沖縄と東ティモールとは政治的に同列には論じられません。
 でも「中央に虐げられた島」として似た面があるようにもみえます。
 国と地方の指導者が互いに胸襟を開く勇気と寛容さを、南の島の元指導者たちは教えています。


東京新聞・社説、2019年10月13日
週のはじめに考える
歴史的な抱擁は教える

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019101302000153.html

posted by fom_club at 07:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月13日

ホームレスの命は「尊い人命」に数えられていないの?

 全国各地に甚大な被害をもたらした台風第19号。
 東京都内でも各地に避難所や自主避難施設が開設され、多くの人が避難した。
 そんななか、台東区では「ホームレス」と呼ばれる路上で生活する人びとが、避難所での受け入れを拒否される事例があった。

 10月12日午後、強まる雨を受けて、路上生活者支援などを行う団体「あじいる」は、上野駅周辺の野宿者らにタオルと非常食、避難所の地図を配った。
 同団体の中村光男さんはこう話す。

「かなり雨も強まってきて、テレビやラジオでは不要不急の外出を控えるよう頻繁に呼び掛けている。路上で過ごしている人の様子が心配でした」

 中村さんらは台東区立忍岡小学校で職員が避難所開設準備を進めていることを確認し、路上生活者のもとを回ったという。
 しかし、非常食や地図を配り終えようかというところで、「住民票がないから避難を断られた」という路上生活者の男性に出会った。

 災害対策本部に問い合わせたところ、
「路上生活者は避難所を利用できないことを対策本部で決定している」
との返答だったという。
 中村さんらは、再度、路上生活者のもとを回って事情を説明し、謝罪した。

「なかには、私たちから地図をもらって避難所へ行ったけれど、断られたという人もいました。ぐしょぬれになりながら避難所へ行って断られ、また戻ってきた人たちもいます。私たちや行政に嫌みを言うこともなく、諦めているような様子でした」

 台東区では12日、自宅での避難が不安な区民のための避難所を4ヶ所、外国人旅行者などを念頭に置いた帰宅困難者向けの緊急滞在施設を2ヶ所に開設した。

 避難所では氏名・住所などの避難者カードへの記入を求め、「住民票がない」と答えた路上生活者の受け入れを拒否したという。

「避難所に詰めている職員から災害対策本部に対応の問い合わせがあり、災害対策本部の事務局として、区民が対象ということでお断りを決めました」
(台東区広報担当)

 台東区は、
「差別ではなく住所不定者という観点が抜けていた。対策の不備」
と強調するが、避難所を訪れた路上生活者の受け入れを拒否する際に、旅行者向けの緊急滞在施設を案内することもなかった。
 さらに、風雨が強まり、警戒レベルが「避難準備・高齢者等避難開始」に引き上げられても区は対応を変えなかった。

 あじいるの中村さんはこう憤る。

「避難所の窓口で慣行として断られたというのならまだわかる。ただ、災害対策本部の事務局として対応を検討し、拒否を決めたとなると行政が命を軽んじているとも言え、あり方としては深刻です」

 災害法制などに詳しい弁護士の津久井進さんによると、人道的な観点から問題があることはもちろん、台東区の対応は法が定めた原則からも大きく逸脱しているという。

「災害救助法では、事務取扱要領で現在地救助の原則を定めています。住民ではなくても、その人がいる現在地の自治体が対応するのが大原則。また、人命最優先を定めた災害対策基本法にも違反する。あり得ない対応です」

 ほかの区はどの様に対応したのだろうか。
 例えば渋谷区は、
「原則として区民の方が避難する場として開設している」
としながらも、
「人命にかかわる事態で、拒否することはない」
という。
 今回の台風でも、避難者名簿へ住所の記入がない人がいたが、区民と同じように受け入れた。

 平成30年1月の調査によると、東京都内の路上生活者は1242人。
 首都直下地震が起きれば、さらに多くの路上生活者が避難所を訪れることも考えられる。

 津久井弁護士はこう懸念する。

「災害対策が進んでいると自負していた東京都でさえ、基本原則が理解されていない現場があることが露呈した。法律の趣旨原則に通じていない自治体が次なる大災害に対処できるのか、極めて強い不安を覚えます。同時に、法律が複雑なうえ、災害救助法は昭和22年に制定された古い法律です。国も、さらなる法整備を進める必要があるでしょう」

※ AERAオンライン限定記事


AERA dot.、2019/10/13 13:40
[台風19号]
「人命」より「住民票」?
ホームレス避難所拒否で見えた自治体の大きな課題

(文/編集部・川口 穣)
https://dot.asahi.com/aera/2019101300012.html

台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題を考える

 台風19号が日本列島を通過しました。
 各地で河川の氾濫をはじめ、甚大な被害をもたらしています。
 被災された方に心からのお見舞いを申し上げるとともに、各地での早期の復興を願うばかりです。

 台風などの接近が予報されると、ホームレスの人への支援や生活困窮者への支援をおこなっている多くの団体や個人は、物資を提供したり、必要な情報を伝えたりなど、なんとか被害を受けずに乗り切れるようにと尽力します。

 実際に、今回の台風19号の接近にあたっても、多くの団体や個人が、支援している人に訪問したり、SNS等で情報をひろめたり、路上や公園、駅や河川敷で寝泊まりしている人に声をかけて、避難や対策を呼びかけていました。

 災害においては、その人がどこに住んでいるか、お金があるのかないのか、などに関わらず、命を守るという観点から支援がなされるべきなのではないかと思います。

 そんななか、台東区などのエリアでホームレスの人を支援している一般社団法人「あじいる」が、「ホームレスの人が台東区の避難所で受け入れを拒否された」とブログやSNSで報告しました。
(東京の台東区は上野や浅草があるエリアでホームレスの人や生活困窮者が比較的多く住む地域です)

一般社団法人 あじいる(フードバンク+隅田川医療相談会)@agile_2019 [拡散希望]
 台東区長が本部長の台東区災害対策本部に問い合わせると、「今後避難準備・避難勧告が出る可能性があるが、ホームレス(住所不定者)については、避難所は利用できないことを対策本部で決定済み」と言われました。
 事実上、台東区の災害対策は、ホームレスを排除しています。#台風19号
17:15 - 2019年10月12日
 現場の区の職員の方々は、住所の無い人は利用させないようにという命令を受けていました。
 そこで、その場で台東区長が本部長となる台東区災害対策本部に問い合わせをしました。
 台東区で野宿をしている人々は避難所を利用できないという規則が本当にあるのか尋ねたところ、「台東区として、ホームレスの避難所利用は断るという決定がなされている」と、明確な返答でした。
(出典:災害時における台東区の野宿者への対応)

 都内でホームレスの支援をしている人などの報告によれば、他の区ではホームレスの人(住所不定の人)でも避難所で受け入れ拒否などにはあわなかったところもあると言います。

 この件について、台東区の対応がどのようなものだったのかを確認するべく、本日(10月13日)、台東区危機災害対策課に連絡し、下記の回答をもらいました(この内容で記事に記載することを台東区危機災害対策課に確認済みです)。

―― 事実関係を教えてください


 今回の台風19号に関しての自主避難所において、来た人には受付で避難者カードを書いてもらっていたが、その避難者カードには住所を記載する欄があった。
 住所が書けない人がいて(住所がない人)、現地の職員が対応がわからず(住所がない人にどう対応するのかのマニュアルなし)、災害本部に確認の連絡があり、災害本部として「住所がない人は受けられない」と回答したところ、現地職員がその回答をその人に伝え、その回答を聞いて、その人は帰ってしまった。


――「住所がない人を受けられない」という回答により避難所に入ることができなかった人は何人いましたか?

 現在、把握できているのはお二人。二人でご一緒に避難所にいらっしゃいました。

―― 災害などにおいては、その区の住人のみならず他区に住んでいる「帰宅困難者」などの人も避難所に避難してくる可能性があると思うが、台東区の住民以外は受け入れられないのか

「帰宅困難者」には、専用の場所を用意していてそちらにご案内するという対応をとっていたが、住所がない方、ホームレスの人については想定がなかった。

―― 台東区はホームレスの人やネットカフェなどで生活する人など、住まいを持たない人が多く住む地域だと思うが、そういう状況の人が避難してくることを想定していなかったのか

 さまざまなご批判やご指摘をすでにたくさんいただいているが、住所不定の人の避難所への避難という視点がなかった。

―― 今後は台東区としてどのような対応をしていくのか

 今後は他自治体の事例を参考に、住所不定の人が適切に避難所を利用できるように検討していきたい。

****

 台東区からは以上のような回答をもらいました。
 今後は対応を改善するとのことではありますが、「想定していなかった」という理由で結果的に「排除」していた、というのは衝撃的でもあります。

 上記の台東区からの回答を受け、上述した「あじいる」の今川篤子代表にも話を聴きました。
 今川さんは医師でもあり、台東区や山谷地域周辺でホームレスの人や生活困窮者への医療支援などの活動をしている人です。

 実際に昨日(12日)に、台東区の避難所におもむき避難所でホームレスの人への受け入れ拒否について職員とやりとりをした一人であり、今朝(13日)も上野近辺などのホームレスの人たちに話を聞きに行っていました。

―― 今朝(13日)も上野近辺を回ってホームレスの人たちに様子を聞いていたとききました。


 今朝、お話しした人のなかで、ある人(ホームレスの人)は、台東区が用意した観光客(日本人含む)の人が避難できる避難所に行ったところ「ここは観光客用だからダメだ」と断られた、と話していました。
 私が実際に行った避難所だけでなく、区内の同様な場所で同じようなことが起こっていたのかも知れません。


―― 台東区は僕には「住所不定の人の避難を想定していなかった」と話していました。

 実際に避難所で現地の職員だけではなく、災害対策本部(本部長は区長)にも確認してもらって話をしましたが、そこでは、「ホームレスの人は受け入れられない、ということを台東区として決定している」と言っていました。
「想定していない」ではなく、台東区としてホームレスの方を受け入れないことを「台東区として決定している」でした。
 なので、大きく食い違います。
「ホームレスの方を受け入れない」は明確な差別なのではないでしょうか。
 それに、「命を守る行動を」と言っている時に、ホームレスの人はダメ、というのはおかしいのではないでしょうか。


―― 高齢の方や病気や障がいを持つ人など、災害の際には、被害を受けやすい、もしくは避難しにくいなど、配慮が必要だ、とも言われます。住まいがない、お金がない、少ない、などもむしろ最も避難や支援を必要とする状況だと思うのですが

 その通りです。
 住まいがない、所持金が少ないなどもそうですし、そうした人のなかには高齢の人や病気や障がいをもつ人もいます。
 ふだんは元気でも体調を崩す人もいますし、不安を感じる人もいます。
 そういう状況の人が困って避難をしてきたのに、結果的に追い返してしまったというのは、行政としてあるまじきことだと思います。

―― 台東区の対応の背景にはどのようなものがあると思いますか

 台東区はホームレスの人や生活困窮者などが都内の他の地域に比べたら多い地域だと思います。
 そして、行政が見る「ホームレスの人」への目は冷たい。
「ホームレスの方は受け入れない」というのは差別だと思います。
「差別」して「排除」しています。
 この姿勢が変わらないといけないと思います。


****

 SNS上では、「ホームレスの人を受け入れないのはひどい」「人権侵害だ」という意見だけでなく、悲しいことに、「ホームレスの人を避難所に入れたくない」などの意見も見られます。
 後者の意見がマジョリティだとは思いませんが、こういった意見がでること自体が、社会のなかにある「差別」を如実にあらわしていると言えます。

 日本は自然災害が多い地域だと言われます。
 住まいがない、お金がない、少ないなどの状況で被害にあうと、甚大なダメージを受けてしまう可能性があります。
 被害を受けないように、ダメージを少なくするために避難や支援をおこなうことは一人ひとりのいのちを支えるという観点からとても重要なことです。

 台東区は今後について「住所不定の人が適切に避難所を利用できるように検討していきたい」としていますが、今回のような「受け入れ拒否」のようなことが起こる前に、どうして何も対応できなかったのか、しなかったのか、その責任は重いでしょう。

 そして、今回は、実際に避難所におもむいた野宿の方がいて、その人たちを日常的に支援したり関わっていたりする人がいたので、明らかになりました。

 明らかになっていないだけで、こういった災害からの避難という文脈で、ほかの自治体で同様のことが起こっていない、とは言えません。

「住民じゃないと利用できない」などは言語道断ですし、どんな状況でも「いのち」に優劣はつけられません。
 避難にきた人を追い返して、その人が避難できずに被害をうけたらどうするのでしょうか。
 困難な状況にある人を支援しない公的機関などあっていいものなのでしょうか。

 各自治体での取り組みもそうですが、ホームレスの人への差別や排除の問題について、多くの人に関心をもってもらいたいと切に思います。


Yahoo!Japan News、2019/10/13(日) 15:30
台東区のホームレスの人の避難所受け入れ拒否問題を考える
大西連(認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい 理事長)
https://news.yahoo.co.jp/byline/ohnishiren/20191013-00146689/

災害時における台東区の野宿者への対応
台風19号対策において、台東区がホームレスの人々の自主避難所への受け入れを断ると決定した件について


 私たち一般社団法人「あじいる」は、本日にも東京上空を通過し甚大な被害が懸念されている台風19号に際し、野宿の仲間たちの身の安全確保を呼びかけるため、上野駅周辺に出かけました。
 
 不要不急の外出は控えるようにとテレビやラジオが連呼する、都市を襲う未曽有の台風を迎え、外で過ごさなければならない仲間のことを、私たちはみな心配していました。

 台東区のホームページを見てみますと、台東区の災害対策本部のサイトには、
−−−−−–
自主避難所の開設について:
 雨風が強まってからの外出は大変危険です。不要な外出は避け、原則として自宅で避難し、窓から離れた場所で過ごすなど、身を守る行動をとってください。
 自宅での避難が不安な方のために、以下のとおり自主避難所を開設します。
 自主避難所へ避難する方は、食料などの身の回りの物を持参してください。
 なお、水と毛布は区で準備します。

自主避難場所
(1) 台東一丁目区民館 台東1丁目25番5号
(2) 馬道区民館 浅草4丁目48番1号
(3) 谷中小学校 谷中2丁目9番16号
(4) 忍岡小学校 池之端2丁目1番22号

避難を希望される方は、風雨が強くなる前に避難してください。
−−−−−–
とあります。

 仲間たちを回る前に、忍岡小学校に様子を見に行きました。
 台東区の職員の方が4人、待機されていました。
 上野駅から一番近い避難所であることを確認し、上野駅周辺と文化会館周辺に向かいました。

 乾パンやタオルと一緒に、忍岡小学校の場所を示す地図のチラシを配り、避難を呼びかけました。

 みなさんのところを回り、あと数人というときに、一人の男性が「その小学校に、行ったけど、自分は●●に住民票があるから断られた」と消沈して教えてくださいました。

 告知には、住民票についての情報など書かれていませんでした。
「身の安全の確保を求めて避難所に行ったのに断られるとは!」…信じられない思いでしたが、その方は仕方なさそうに「ダメだって…」とあきらめたような微笑を浮かべていらっしゃいました

 私たちは、確かめるために、もう一度、忍岡小学校に戻りました。
 現場の区の職員の方々は、住所の無い人は利用させないようにという命令を受けていました。
 そこで、その場で台東区長が本部長となる台東区災害対策本部に問い合わせをしました。
 台東区で野宿をしている人びとは避難所を利用できないという規則が本当にあるのか尋ねたところ、「台東区として、ホームレスの避難所利用は断るという決定がなされている」と、明確な返答でした。

 すぐに、チラシを配ったエリアに戻り、事情を説明して皆さんに謝りました。
 中には、「あのあと、すぐに小学校に行ってみたけど、断られた」とおっしゃった方もいました。
 ずぶぬれに濡れて、私たちの謝罪に「いいよ。ありがとう」と片手をあげて答えていたその姿が脳裏に焼き付いています。

 その後、再度台東区災害対策本部に問い合わせたところ、今後避難準備・避難勧告が出る可能性があるが、ホームレス(住所不定者)については、避難所は利用できないことを対策本部で決定していると言われました。
 事実上、台東区の災害対策は、ホームレスを排除していることになります。

 これだけ危険だ、人命を第一に、と叫ばれている大災害を前にして、ホームレスのみんなの命は「尊い人命」に数えられていないのですか?

 ホームレスで、住民票はないけれど、私たちと同じ場所に住む、上野の住人なのではないでしょうか?

 私たちは、台東区の信じられない決定に怒りを抑えかねていたけれど、片道30分以上も歩いて自主避難所の小学校に行って、断られてまた駅に帰ってこられた仲間は、私たちや行政に非難や嫌味をいうことはありませんでした。
 こんなひどいお天気、ぐしょぬれになって気持ち悪く、今夜どんな危険に合うかも分からない不安の中で、住民の安全を守るという避難所で受け入れてもらえなかった、その思いを、胸の内にぐっと仕舞いこんで、またいつものように静かに座っています。

 災害の時にこそ助け合い、ひとりの命も失われないようにしなければならず、しかも、生命はみな平等なはずです。
 台東区のこの対応は、命を差別しようとするものと思われてもしかたありません。

 私たちが体験した、この出来事を、多くの人と共有したいと思い、ご報告いたしました。

 今晩、仲間の命が無事であることを祈りつつ…

一般社団法人あじいる代表
今川篤子

https://sumidairyo.wordpress.com/2019/10/12/災害時における台東区の野宿者への対応/

 台東区は「住所不定」を理由に受け入れを断ったというが、災害救助法の原則は被災者の現在地での自治体が救助を行うというもの。
 台東区の行為は法の原則に反する。
 人権侵害。

1:37 - 2019年10月13日

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プッシュ型支援 and/or プル型支援

 千葉市は2019年9月13日、台風15号に関する災害対策本部の5回目の会議を開き、被災地からの要請を待たずに必要な物資などを輸送する「プッシュ型支援」の実施や、県内の被災自治体への市職員派遣を検討することなどを確認した。
 熊谷俊人市長は、
「停電発生から5日目となり、被災地では想像を絶するような疲弊の状態になっている。通信の途絶も続いており、住民のSOSを待たずに現地で支援していくしかない」
と強調した。

 千葉市内では13日も若葉区や緑区を中心に1万7100軒(午後3時時点)で停電が解消せず、市民生活への影響が続いた。
 市は移動販売車による食料品の提供など被災地域への支援活動を継続している。
 14日以降も、国や県と連携しながら、被災地域の復旧・復興を全面支援する方針だ。

 13日の会議では、
「停電が解消した後も、住宅の復興に向けて支援する必要がある」(熊谷市長)
として、被災地でボランティア活動を希望する人にがれき撤去などの仕事を紹介する「マッチング」を円滑に進めることなども確認した。
 罹災(りさい)証明書の発行や一般家庭で発生した災害ゴミの回収などについても、被災住民への周知徹底を図る。

 市内の災害対策と平行し、県内の千葉市以外の自治体への支援活動についても検討に入る。
 熊谷市長は、
「県内では依然としてかなり厳しい自治体が多数ある。千葉市も被災地に近い政令市として、苦しい中でも人員を捻出し被災自治体を支援する必要がある」
と指示。
 すでにブルーシートの提供などを要請されているといい、各被災自治体からの具体的な要請を踏まえて物資提供や市職員の派遣などを検討する。


日本経済新聞、2019/9/13 19:54
千葉市、プッシュ型支援を強化
市外被災地の支援も急ぐ

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49803660T10C19A9L71000/

 西日本豪雨の被災地に向けた、政府の支援物資の輸送が本格化している。
 力を入れるのが、「プッシュ型支援」の手法だ。
 被災自治体からは素早い対応に歓迎の声が上がる一方、政府から送られた物資が使われない「ミスマッチ」も。
 2年前の熊本地震の教訓を踏まえ、支援のあり方が問われている。

 安倍晋三首相は2018年7月11日、岡山県の被災現場を視察。
 避難所となっている倉敷市立第二福田小の体育館では12台のクーラーが動いていた。
 自治体の要請を待たず国が送り先や物資を決めて送るプッシュ型支援で、前夜に設置された。
 首相は視察後、
「一丸となってプッシュ型で生活に必要な物資の確保、生活再建に取り組んでいく」
と話した。
 また政府は非常勤隊員の「即応予備自衛官」約300人の招集を決めた。
 被災者の生活支援にあたる。

 政府がプッシュ型を採り入れるきっかけとなったのが、2011年の東日本大震災だ。
 当時、自治体の庁舎や職員の多くが被災。
 避難所で必要な物資や数量が把握できなかったり、被災者に物資が十分行き渡らなかったりした。
 こうした教訓から熊本地震で初めてプッシュ型を実施した。

 今回、農林水産省は8日以降、倉敷市真備(まび)町にパン6千食、岡山県矢掛町に水や乾パン、ビスケットなど2千食、広島県にパン4万8千食、愛媛県にパックご飯などを送っている。
 経済産業省は、岡山、広島、愛媛の各県の避難所などにクーラー約280台を送った。

 総務省は、災害対応の経験がある自治体の管理職を「災害マネジメント総括支援員」として登録する制度を今年度から始めており、今回初めて倉敷市など7市町に派遣した。
 簡易無線機なども計114台、6市町に貸し出した。

 ただ、プッシュ型は被災直後の混乱期を乗り切るための措置。
 過剰に届いたりミスマッチが生じたりし、早い段階で被災地の求めに応じて物資を届ける「プル型支援」に切り替える必要がある。
 各省庁はすでに自治体のニーズの把握を始めており、プッシュ型は1週間程度で終える見込みだ。

大量の物資で保管スペースが埋まるケースも

 11日昼、広島県呉市の海上自衛隊呉教育隊のグラウンドに、ヘリコプターが降り立った。
 自衛隊員が20台のスポットクーラーを降ろしてトラックに積み込み、市内の6ヶ所の避難所に向け出発した。
 呉市によると、10日に経済産業省から県を通じて「クーラーは必要ないか」と提案を受けたという。

 呉市は連日、真夏日が続く。
 10人が避難する市立吉浦小学校の避難所には2台が到着。
 扇風機しかなかった避難者からは喜びの声が上がった。
 自宅1階に流木が刺さった坪根剛介さん(80)は、
「暑苦しくて寝苦しいけぇ、昨日から楽しみにしとった」
と語った。

 岡山県倉敷市真備町でも、国の支援でエアコンが次々に設置されている。
 11日までに5避難所で完了し、ほか4施設で設置が進む。
 市の防災担当者は、
「すごい勢いで進んだ。市単独では到底できない」。

 一方、「ミスマッチ」も起きている。

 約50人が避難する愛媛県大洲市の平公民館には10日、経産省から仮設トイレ3台とスポットクーラー5台が届けられた。
 公民館の加洲与理雄館長(69)は、クーラーは、
「助かる」と歓迎する一方で、
「トイレは要望していないんだが……」
と首をかしげる。

 断水しているが、水をくんで流せば公民館のトイレは使用できる状態。
 仮設トイレを使えば、屎尿(しにょう)のくみ取りやトイレットペーパーの補充をどうするのか決めなければならない。
 仮設トイレに「使用禁止」の貼り紙をし、使わずに置いたままだ。
 加洲さんは、
「管理方法が決まらないとどうしていいか分からず、困る」
と話す。

 被災地には政府の物資と並行し、企業や個人などの支援物資も届く。
 混乱の中、対応に苦慮するところも出ている。

 倉敷市は10日、そうした物資の受け入れ休止を発表。
 大量の物資で保管スペースが埋まり、仕分けと避難所への配送も滞ってしまったためだ。
 市の担当者は、
「分量も種類も把握し切れていないのが現状」。
 個人からは、
「古着や秋冬物が多かった。仕分けが大変で、かえって混乱する」
と戸惑いを隠さない。

 2年前の熊本地震の時も、全国の企業や個人から大量の物資が送られた。

 熊本市が今年まとめた震災記録誌によると、地震後すぐに「国や全国から送られる支援物資と避難所のニーズとの間に乖離(かいり)が出始め」たという。
 さらにスペース不足や、次々と送られてくる物資を夜通しで荷下ろしする現場職員の疲弊などを理由に数日後、全国からの支援物資の受け入れ中止を決めた。

 この時に届いた毛布約4万枚はいま、市内の体育館のフロアに積み上げて保管されているが、活用される予定はない。

山崎栄一・関西大教授(災害法制)の話

 プッシュ型支援は、被災者がほしいものを把握する前に送るので、被災者のニーズと一致しないミスマッチが起きることもある。
 避難所や自主避難の人に届かないことも考えられる。
 一人ひとりの被災者に届くまで面倒をみないと、中途半端な押しつけになる。
 災害発生当初は食料や水など最低限の物資を届けられるので有効だが、時間がたつと被災者のニーズは変わる。
 どこで何が求められ、物資がどこまで届いているのか、国には常に全体を俯瞰(ふかん)的に把握しておく責任がある。

天野和彦・福島大特任教授(被災者支援)の話

 災害直後は、何が足りていて、何が足りないのか自治体もわからず、自治体からの情報に頼る国もわからない。
 初動が遅れている状況で、まずは物資を送るプッシュ型支援は重要だ。
 一方、東日本大震災で見られたような、被災地のニーズを聞いてから物資を送る「プル型支援」は物資が無駄にならないが、ニーズを把握するまでに時間がかかる。
 被災地の状況がわからない初期はプッシュ型で、実態が明らかになったらプル型に切り替える二段構えの支援が必要だ。


「図表」
国のプッシュ型支援に被災地は

朝日新聞、2018年7月12日05時01分
国のプッシュ型支援
被災直後は歓迎でも ミスマッチも

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20180711006169.html

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劣悪な避難所の環境を改善しよう

『災害時の避難所に「TKB」が必要だ』

 専門家で作る学会がまとめた提言です。
 相次ぐ災害関連死を防ぐために考案された、この3文字。
 これまでの避難所の「常識」が変わろうとしています。

TKBとは?

 TKBは、「トイレ・キッチン・ベッド」の略です。

 提言をまとめたのは、避難所・避難生活学会の医師や専門家たち。
 避難所生活が原因の災害関連死が相次いだことを受けて、TKBの必要性を感じたといいます。

 提言では、「快適で十分な数のトイレ」「温かい食事」「簡易ベッド」の提供が必要だとしています。
 裏を返せば、今の避難所では、「不便で不潔なトイレ」「冷たい食事」「床での雑魚寝」が課題だということです。

T=トイレの課題…「汚い」「段差」「和式」

 この写真は、2016(平成28)年の熊本地震で震度7を2回観測した熊本県益城町の避難所です。
 最大で1500人が避難。
 体調を崩す人が相次ぎ、「災害関連死」に認定された人もいました。

 大きな問題が「T=トイレ」でした。
 運営に携わった支援団体の担当者によりますと、国のプッシュ型支援(ヤッホーくん注、次に投稿します!)で、仮設トイレは地震の翌日に届きました。

 しかし、多くの人が使うため、並ぶ上にすぐに汚れます。
 入り口には急な段差があり、しかも和式のトイレでした。

 このため、高齢者や女性を中心に、トイレに行く回数を減らそうと、水や食事を控える人が多かったということです。
 このことが、多くの人の健康状態の悪化につながりました。

K=キッチンの課題…毎日、パンやおにぎり

 次が「K=キッチン」の必要性につながる、食事の問題です。

 西日本豪雨で大きな被害を受けた、岡山県倉敷市真備町の避難所。
 ここで避難生活を送った森脇敏さんは、4ヶ月間ほぼ毎日、同じような食事が続いたといいます。
 朝は昆布とサケ、明太子のおにぎり。
 昼はメロンパンやレーズンパンなど3種類のパン。
 夜は弁当の繰り返しです。

 当初は、電子レンジもなく、冷たいまま食べていました。
 ボランティアなどによる炊き出しは、限られていたといいます。
「4ヶ月間、全くメニューが変わりませんでしたが、出していただくだけでもありがたいということで、文句は言えませんでした」
(森脇敏さん)


B=ベッドの課題…床の雑魚寝が健康を害す

 そして、「B=ベッド」。
 私たちが災害時よく目にする、床の雑魚寝が課題になります。

 先ほど紹介した熊本県益城町の避難所。
 廊下まで人があふれ、スペースは寝返りを打つのも難しいほどです。

 さらに、横になっている人のすぐそばを、別の人が歩いています。
 床から舞うほこりを吸い込みやすくなります。
 動きにくいことが原因で、「エコノミークラス症候群」となって、病院に運ばれた人も相次いだといいます。

 東日本大震災の避難所では、「寒さ」も問題になりました。
 床に直接寝ると、下から冷気が伝わるためで、多くの人が体調を崩しました。

 これまで紹介した例は、多くの人が思い浮かべる避難所生活のイメージと同じかもしれません。
 しかし、その環境で、多くの「災害関連死」が出ていることを、専門家は問題視しているのです。

 避難所・避難生活学会は、「TKB」を導入している海外の事例として、日本と同様、繰り返し大地震に見舞われているイタリアの例を挙げています。

“TKBの国”イタリア

 3年前のイタリア中部の大地震では、避難した被災者のため、発生から48時間以内に、広くて掃除がしやすいコンテナ型のトイレが整備されたほか、家族ごとにテントとベッドが支給されました。

 避難所では、なんと、被災直後から温かいパスタも。
 イタリアならではの食事です。
 調理を担うボランティア団体が、「キッチンカー」と呼ばれる車を各地に準備し、調理師が調理するのです。

 なぜ、このようなことができるのか。
 イタリアの避難所の運営を繰り返し視察している、新潟大学特任教授で避難所・避難生活学会の榛沢和彦会長は、
「国の機関が各地に“TKB”を備蓄したうえで、ボランティア団体に指示を出し、費用を負担する仕組みが整えられているためだ」
といいます。

日本でも始まる「TKB」

 日本でも、「TKB」を導入する動きが、被災地の現場で始まっています。

 まず、「T=トイレ」。

T=トイレ.jpg

 これは、去年の北海道で震度7を観測した地震のとき、一部の避難所に導入された「コンテナトイレ」です。
 北海道のコンテナメーカーが開発しました。
 水洗トイレで、入り口は、スロープから上がれます。
 さらに、洋式トイレのため、高齢者もちゅうちょなく行くことができたと言います。

 次に、「K=キッチン」。

 岡山県倉敷市真備町のある避難所では、支援に入った看護師の山中弓子さんが、施設のキッチンを利用して、「温かい食事」の提供を始めました。
 市が用意する弁当のおかずなどのほかに、炊きたてのごはんや野菜の入ったおかずなど温かい食事を毎日提供するようにしました。
 毎日、パンとおにぎりの生活を送ってきた、森脇敏さん。
 地震から4ヶ月後、山中さんのいる避難所に移りました。
「温かい食事だけでも、精神的に楽になった」と振り返っています。
 また、民間の会社で、日本版のキッチンカーを開発しようという動きも進んでいます。

 そして、「B=ベッド」。

B=ベッド.jpg

 今、各地の避難所で導入されているのが、段ボールベッドです。
 去年の北海道の地震では、厚真町の避難所に、地震後3日で設置されました。
 日本赤十字北海道看護大学が備蓄していたため、迅速な導入につながりました。

 段ボールベッドは、床から舞うほこりを吸い込みにくいため衛生的な環境を保てるほか、床から伝わる冷たさを防いだり、いす代わりに腰掛けて使えたりする利点もあります。

 支援者たちの努力で、「TKB」は、一部の現場では導入が進んでいます。
 真備町の避難所の支援を行った看護師の山中さんのことばが、印象的でした。
 避難生活を送る人たちは、どうしても不満を言い出せなくて、我慢してしまう。『避難所だから我慢しなければならない』ではなく『避難所だからこそストレスの低い生活を送る』ために、工夫できることはたくさんあると思います
(看護師の山中弓子さん)

“TKBの導入は現場の努力頼み”

 一方、課題もあります。
 被災した自治体によって、導入に差があることです。

 制度として定着したものではないため、避難所の支援者が導入を提案したときに、自治体の担当者から「前例がない」と断られることも多いということです。

 支援者を中心に、劣悪な避難所の環境を改善しようという取り組みが進んでいますが、裏を返すと、現場の努力頼みになっているという実情があるのです。
 日本で、TKBの導入を進めるにはどうすればいいのか。
 避難所・避難生活学会の榛沢会長は、国と各機関が連携した体制作りの重要性を強調します。
 市町村に避難所の運営を委ねると、担当者にとって初めての経験となることが多い。対応が不十分となることがあり、それでは、同じような避難所がこれからも繰り返される。国が責任を持って、TKBを避難所の標準としていくような仕組みを作ることが必要だ。そのためには、専門性のあるボランティアなどと連携することも欠かせない
(避難所・避難生活学会 榛沢和彦会長)

「今までの当たり前」を変えよう

「もし、自分が避難生活を送ることになったら」という視点で考えてみてください。
 突然家に住めなくなり、数ヶ月にわたって暮らす場所に、命に関わるリスクがある。
 それを改善する方法も見えてきているのに、必ずしも取り入れられていない状況なのです。

 取材を通じて「今までの当たり前」を変えることが大事だと感じています。
 行政に加え、多くの人が、「TKB」の重要性を認識し、よりよい避難所作りにつなげていくことが必要だと思います。

NHK News Web、2019年6月17日 17時22分
命を守る「TKB」
避難所の“常識”が変わる?

(社会部記者 森野周)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190617/k10011955331000.html

 避難所でプライバシーを確保出来るとして評価の高いこちらのテント(ワンタッチ組立間仕切り、210px210p)だけど、サイズにもよるとはいえ値段は1張り2万円前後なんだよね。
 1張り2万円なら8億円もあれば4万張り買える。
 政府は吉本興業に100億円、桜を見る会に5700万円もの税金を使うぐらいならこれを買って災害に備えろよ。

20:33 - 2019年10月14日

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自然災害大国の避難が「体育館生活」であることへの違和感

 2018年7月5日から8日にかけて西日本各地が豪雨に襲われた。
 被害は甚大であり、避難指示と避難勧告は全国で約360万世帯・863万人に発令され、3,779ヵ所の避難所に約28,000人が避難をした(最大時の7月7日時点)。

 救助や避難対応にあたった方々の懸命の努力には頭が下がる。
 その一方で、体育館などへの避難を余儀なくされた人びとの生活環境は劣悪であり、個人の努力では解決が困難である。

 そこには、海外の避難所の実態とは大きなギャップがあることをご存知だろうか。

 災害多発列島・日本において、何が求められているのか、再考が必要である。

エアコン付き6人部屋、個別ベッドの避難所

 自然災害時の避難生活の場所としては、床に毛布を敷いて大勢がひしめきあう体育館が思い浮かぶ。
 エアコンや間仕切りはないことが多い。

 大規模災害のたびに報道される光景であるが、これを当然視してはいけない。
 海外の災害避難所と比べれば、日本の避難所の問題点が浮き彫りになる。

 日本と同じ地震国であるイタリアでは、国の官庁である「市民保護局」が避難所の設営や生活支援を主導する。

 2009年4月のイタリア中部ラクイラ地震では、約63,000人が家を失った。
 これに対し、初動48時間以内に6人用のテント約3000張(18,000人分)が設置され、最終的には同テント約6000張(36,000人分)が行きわたった。

 このテントは約10畳の広さで、電化されてエアコン付きである。
 各地にテント村が形成され、バス・トイレのコンテナも設置される。

 ただし、テントに避難したのは約28,000人であり、それより多い約34,000人がホテルでの避難を指示された。
 もちろん公費による宿泊である。

 さらに、備蓄を活かして次の物品が避難者のために用意された。

(※ 参考文献「防災のあり方についての一考察」中村功 / 松山大学論集第21巻4号)

・ 通常ベッド      44,800台
・ 折り畳みベッド 9,800台
・ シーツ、枕      55,000個
・ 毛布         107,200枚
・ 発電設備、発電機     154基
・ バス・トイレコンテナ   216棟
・ 野外キッチン       107基

 実際には、テントの空調の効き方やプライバシー保護などで不十分な点もあるという。

 しかし、自治体への任せ切りにせず、国家が備蓄をすることにより全国各地への迅速な対応を可能としている点は、大いに見習うべきと思われる。

 2016年にイタリアで起きた地震で設置された避難所の様子は、NHKニュースのサイトに掲載されている(ヤッホーくん注、次に投稿します!)。
 避難所に運び込まれた清潔なトイレ施設などが印象的である。

日本の避難所は「震災関連死」を生み出す

 イタリアの例と比較すると、日本での「体育館での避難生活」には次の問題点がある。

・ そもそも災害避難用や宿泊用の施設ではない
・ 1人あたりの面積が狭い
・ 大人数のため常に騒音や混雑感があり落ち着かない
・ 1人用のベッドや布団がない、または不足している
・ エアコンや入浴施設がない
・ 調理施設がなく、温かい料理が供給されない

 2016年の熊本地震では、地震の後で体調を崩すなどして死亡に至った「震災関連死」のうち45%にあたる95人が避難所生活や車中泊を経験していたという(NHK調べ・2018年5月1日現在)。

 劣悪な避難所生活が、避難者の健康状態を削っているのである。

 体育館の床の上だけでなく、学校の廊下で寝起きをした例もある。
 1人あたりの面積が1畳ほどしかない避難所もあり、「難民キャンプより劣悪」という声も出た。

 国際的な基準は、どうなっているだろうか。

 災害や紛争時の避難所について国際赤十字が提唱する最低基準(スフィア基準)は、次のように定めている。
The Sphere Handbook 2018
https://www.spherestandards.org/handbook-2018/

・ 世帯ごとに十分に覆いのある生活空間を確保する
・ 1人あたり3.5平方メートルの広さで、覆いのある空間を確保する
・ 最適な快適温度、換気と保護を提供する
・ トイレは20人に1つ以上。男女別で使えること

 これは貧困地域や紛争地域にも適用される最低基準である。
 経済力の豊かな日本で、この基準を遵守できないとは思われないが、実際には程遠い。

 災害対策予算を確保して、迅速な避難者支援をできるよう資材の備蓄を進めるべきである。

 避難規模が大きい場合には、公費で宿泊施設(ホテル、旅館、青少年の家、ユースホステル等)への避難を指示できる予算措置と制度化を検討するべきである。

災害援助を「権利」として捉え直す

 なぜ日本の避難所は劣悪な環境なのか。
 そこには、災害対策や復興支援についての日本と諸外国との考え方の違いが表れている。

 実は、前述の国際赤十字の基準(スフィア基準)は、単なる避難所施設の建築基準ではない。

 正式な題名は「人道憲章と人道対応に関する最低基準」であり、避難者はどう扱われるべきであるかを個人の尊厳と人権保障の観点から示している。

 日本語版で360ページ超の冊子は、冒頭に「人道憲章」を掲げており、次のように宣言している。

* 災害や紛争の避難者には尊厳ある生活を営む権利があり、援助を受ける権利がある。
* 避難者への支援については、第一にその国の国家に役割と責任がある。
(国際赤十字・スフィア基準「人道憲章」より)

 つまり、避難者は援助の対象者(客体)ではなく、援助を受ける権利者(主体)として扱われるべきであり、その尊厳が保障されなければならない。

 これは避難者支援の根本原則とされており、人道憲章に続く個別の基準にも貫かれている。

 たとえば、避難所の運営や援助の方法については、可能な限り避難者が決定プロセスに参加し、情報を知らされることが重要とされる。
 避難者の自己決定権が尊重され、その意向が反映されてこそ有益な支援が実現できるからである。

 避難者の意向が把握されず、供給する側と受け取る側とにギャップが生じた例は数多い。

 衛生状態の悪い中古の下着が善意で寄付されたり、逆に、生理用品が必要だという声が行政に反映されない事態も過去に起きた。
 こうした事態も、自己決定権の尊重と意向聴取によって解消しやすくなる。

 そしてまた、援助を受けることは避難者の「権利」であると位置付けることによって、それに応じることは国家の「義務」であると捉えることが可能になる。

 避難所を設置して心身の健康を確保することは、国家が履行するべき義務である。
 劣悪な避難所をあてがうことは義務の不履行として批判されなければならない。

 今の政府は、どう考えているだろうか。

 内閣府が2016年4月にまとめた「避難所運営ガイドライン http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1605hinanjo_guideline.pdf 」にも、この国際赤十字の基準への言及がみられる。
スフィアプロジェクト(参考)
 被災者にとって「正しい」支援とは被災者が安定した状況で、尊厳をもって生存し、回復するために、あるべき人道対応・実現すべき状況とはどのようなものか。
 この国際的なプロジェクトでは「人道憲章の枠組みに基づき、生命を守るための主要な分野における最低限満たされるべき基準」を「スフィア・ハンドブック」にまとめています。
 今後の我が 国の「避難所の質の向上」を考えるとき、参考にすべき国際基準となります。
http://www.janic.org/activ/earthquake/drr/sphere/

 しかし、「『避難所の質の向上』を考えるとき参考にすべき国際基準」と紹介しているだけであり、援助を求めることの権利性や国家の責任については触れていない。

 災害対策の基本法といえる「災害対策基本法」をみても、住民が「自ら災害に備えるための手段を講ずる」とか「自発的な防災活動に参加する」という自助努力を定める一方で、住民が援助を受ける権利を有するという規定は存在しない

 内閣府が作成した避難所パンフレットをみても、国民が権利を有するという視点はなく、むしろ国民は避難所でルールに従いなさいと言わんばかりの記載に驚く。

 このように、避難者は作業や役割分担には参加せよと指示されるが、権利者として意思決定プロセスへ参加することは書かれていない。

 プライバシーのための間仕切りも、国が責任をもって用意するのではなく、「あると便利です」と案内して自費で用意させようとしている。

 避難生活も生活再建も、あくまで「自己責任」が原則であるという政府の姿勢が見えてくる。

人への支援か、物への支援か

 避難者を含めたすべての個人が豊かな生活を送れるよう保障することこそ、国家の責務であり存在意義である。
 一人ひとりの暮らしを直接に支える分野にこそ、優先的に国家予算を投入するべきである。

 ところが、日本政府が用意する復興支援策は、別の方向を向いている。

 たとえば、東日本大震災の復興予算として2011〜2016年度に支出された31兆円のうち、被災者支援に充てられたのは僅か6.3%(約2兆円)である。

 これは医療・福祉・教育予算を含んでおり、これらを除いて被災者の手に届いた生活支援予算はおよそ3%(約1兆円)程度である。

 そのほかの復興予算は、災害復旧や廃棄物処理、復興公共事業、原子力被害の除染作業、産業振興などに支出された。
 海上自衛隊が弾薬輸送に用いる輸送機(150億円)にまで、「災害対処にも使えるから」と復興予算を流用している。

 このように、政府の復興予算は「人への支援」ではなく「物への支援」ばかりである。
 こうした国費の使い方に、被災者への姿勢がにじみ出る。

 今回の大阪北部地震や西日本豪雨でも、「体育館で身を寄せ合う避難生活」の光景は、当たり前のように、あるいは我慢と忍耐の姿として報じられた。
 しかし、そこには今の政治の問題点が映し出されている。

 この光景は、適切な援助を受ける権利を侵害されて尊厳を奪われた姿と捉えるべきである。
 この国の避難者支援の貧困が表れているのである。

 個人の努力でボランティア活動をすることは素晴らしい。
 それとともに、政府は被災者へ十分な支援をせよと声をあげて求めること、それを通じて政治に変化を及ぼすこともまた、私たちができる被災者支援として大切なことだと思う。

[写真]
東日本、熊本、大阪北部、そして西日本豪雨…多くの人が体育館での避難生活を経験している

現代ビジネス、2018.07.10
自然災害大国の避難が「体育館生活」であることへの大きな違和感
政府の考えは「自己責任」
避難者支援の貧困を考える

(弁護士・大前 治)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56477

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但し書き操作 and/or 緊急放流

 台風19号による大雨の影響で各地のダムでは貯水量が急激に増え、決壊で下流に深刻な被害が及ぶことを防ぐため、放流を検討。
 放流後は下流の水位が急上昇する恐れがあり、警戒を呼びかけた。

 神奈川県は、相模川上流の城山ダム(相模原市緑区)で、2019年10月12日午後9時半から緊急放流を始めた。
 県は「危険な状況になった」と判断した。

 国土交通省関東地方整備局は13日午前1時ごろにかけて、管内5つのダムで緊急放流を実施する可能性があると発表。

・ 荒川の二瀬ダム(埼玉県秩父市)、
・ 渡良瀬川の草木ダム(群馬県みどり市)、
・ いずれも鬼怒川にある川俣ダム(栃木県日光市)や川治ダム(同)、
・ 神流川(かんながわ)の下久保ダム(埼玉県神川町など)
で、緊急放流の約3時間前には放流時間を発表するとした。

 東京都は多摩川の上流にある小河内(おごうち)ダム(奥多摩町)で、放流量を当初の想定よりも増やして対応した。

 ダムの緊急放流をめぐっては、昨年の西日本豪雨の際、愛媛県のダムで緊急放流があった後、下流で河川氾濫(はんらん)が発生。
 浸水が広がり、9人が死亡している。


[写真]
関東の主な河川と緊急放流の可能性があるダム ☟

関東の主なダム.JPG

朝日新聞、2019年10月12日20時45分
各地ダムで放流検討
水位急上昇に要警戒、地図で確認を

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20191012002708.html

命を守る行動を」という呼びかけは、東日本大震災後、正常性バイアスに対抗するために考え出されたフレーズの筈なんだけど、自己責任を求めてるように聞こえてしまうようになったというのは、この8年で社会の病み方が相当進んだ、ってことなんだろな。
7:13 - 2019年10月12日

「多摩川の河川水位が上昇する恐れがありますので、多摩川に近づかないようにしてください」と警告している。
 が、今、氾濫が発生している#世田谷区玉川 は緊急放流している #小河内ダム の下流。
 近づくなというよりも、住民に避難を呼びかけたのか?

 小河内ダム。
「当初、毎秒579立方メートル程度と見込んでおりましたが(略)10月12日(土)18時以降、毎秒729立方メートル程度となる見込み(略)発電放流と合わせて毎秒750立方メートル(略)…

7:17 - 2019年10月12日

「命を守る行動」をしたいのは山々だが、原発を止めず、戦争を準備し、福祉を切り捨てる政府が「命を粗末にする行動」をするので困惑している。
7:48 - 2019年10月12日

 ダムヲタクがいろいろ書き散らしているが、「但し書き操作」は、ダム治水の破綻で、下流の皆さん死んでも責任取りませんというもの。
 河川計画の破綻であって、完全に行政災害。
 ダムを造るのは構わないが、ダムに見合った下流の治水事業をしなければ、ダムは容易に殺人ダムに変わる。

10:36 - 2019年10月12日

 ねえ、ねえ、「但し書き操作」って「緊急放流」のことでしょ。
 ダムから放流したら、したら下流は氾濫するのを(もしかしたら下流の地域住民が死んじゃう)分かって行うことでしょ。
 無知蒙昧のヤッホーくん、死ぬまで馬齢を重ねていたいヤッホーくん、どうして上級国民はそうするの?教えてだってぇ。

 昨年2018年7月7日、愛媛県肱川(ひじかわ)水系では、野村ダムより下流約80キロメートル全流域で幹線道路路面から2〜5mの浸水の大洪水となり、数多くの集落が壊滅的打撃を受けました
 年が明けて2019年1月22日には、野村小学校体育館にて“「野村ダム・鹿野川ダムの操作に関わる情報提供等に関する検証等の場」とりまとめ等の説明会“が野村小学校で開催され、激しい市民の怒りの発露の場となり、予定の21時を大きく過ぎて22時台にまで時間が延びましたが、これによって国交省と愛媛県は逃げ切りを図っているようです。

 この連載で指摘しました様に肱川水系は、過去70年の治水事業が徹底したダム偏重であり、野村ダムから下流域80kmでは、無堤地区、暫定堤防、暫暫定堤防といった、事実上の無治水地区が流域の大部分を占めており、治水がなされていたのは、鹿野川ダム湖と大洲市西大洲のごく一部(数キロメートル程度)という一級河川とは考えられない極めて異常な河川事業の集大成であったといえます。

 行政が問題を「ダム操作」に限定して逃げ切りを図っていますが、これは、ダム管理事務所の職員を矢面に立たせて県と国交省は逃げを図る工作に過ぎません。

必要な説明から逃げ、安全性だけ流布した結果の産物

 ダムは、治水、利水などの用途、重力式、アーチ式、アースダムなどの形式を問わず、一部の流水ダム(穴あきダム)や砂防ダムを除き、堤体を越水すればダムは制御機能が失われるだけでなくダム崩壊を極めて高い確率で起こします。
 全面ダム崩壊を起こせばダム津波によって下流域は壊滅しますし、部分崩壊でも鉄砲水で下流域には甚大な打撃をもたらしますので、洪水がダムの限界を超える場合には、ダムは「但し書き操作」(異常洪水時防災操作のこと。特例操作や緊急放流とも呼ばれる)を行ない、そこにダムが存在しないのと等価の洪水を一挙に引き起こします。
 とくに肱川水系のようなタンデム配置のダムの場合、上流側のダムが崩壊すれば下流側のダムも連鎖崩壊してカスケードダム津波を起こしますので、ダム操作者は、有無を言わさず但し書き操作を行わねばなりません。
 下流域の避難を考慮するにしてもその時間調整は、精々十数分程度でしょう。

 これは、玄倉川水難事件や、飛騨川バス転落事故でも見られたことで、限界を超えたダムは、人為的に但し書き操作を遅らせることはほぼ不可能です。
 BWR(沸騰水型原子炉)と全く同じく、ダムにはこの点での受動安全性が欠けており、原子炉は破裂する前にベントによって内圧を下げますし、ダムは限界に達すれば但し書き操作によって一挙に流下流量をダムがない状態と同じにします。

 原子炉では、シビアアクシデントの制圧に失敗した場合、市民が逃げようと逃げざろうと、限界に達すればベントをして、放射能入りの蒸気を外界へ大量に放出せねば原子炉が破裂して破滅的な放射能漏洩を起こします。
 後者が福島第一2号炉で起きたことです。
 不幸中の幸いにも、合衆国の設計が優秀だったためにチェルノブイル核災害ほどには至りませんでしたが、福島核災害を世界最悪級の核災害にしたといえます。

 ダムの場合は、市民が逃げようと逃げざろうと、限界を超える前に「但し書き操作」に入り、調節機能を放棄しますが、それによって生ずる洪水は、ダム崩壊によるダム津波を下回ります。
 肱川水系では、これが生じた訳です。

 ダム防災と原子力防災は、その構造が極めて酷似していますので、対比して考えると双方の理解が進みます。

 ダムが限界を超え、ダム崩壊を起こさぬようダムを守ることが下流域の市民の命を守ることであって、それが、「但し書き操作」を行う倫理的基盤となっています。

 これが、ダムを守る=下流域の市民を守る=但し書き操作は市民を守るために行ったという論理です。

 このような説明が事前になされていれば、自治体や市民は長い年数をかけて対応することも出来ましょうが、日常的にダムがあれば安全安心という作為的なPA活動=ヒノマルダムPA(*)が行われた結果、自治体、市民ともにダム安全神話に幻惑され、ダム下流で洪水が起きるなど夢想だにしていなかった事実があります。
(*)PA=Public Acceptance=パブリックアクセプタンス:社会的受容
 原子力発電所、ダム、高速道路や、新ワクチンなどその事業が社会(多くは地域社会)に大きな影響を与える場合、事前に社会的合意を得ること。
 民主社会において重要な手続きである。
 しかし日本においては、PAと称して、詭弁、ごまかし、嘘、便宜供与、恫喝など、「嘘と札束と棍棒」によって市民を分断し、服従させる手法がまかり通っている。
 これは本来のPAを換骨奪胎した日本独自の異常なものである。
 筆者はこれらを(親方)ヒノマルPAとして本来のPAと区別している

 このダム安全神話を流布し、ヒノマルダムPAによって市民、流域自治体を欺してきた責任は100%、河川管理者と治水事業管掌者すなわち愛媛県と国土交通省にあります。
 また、ヒノマルダムPAに長年加担してきた学識者=田舎御用名士にも最大級の重責があります。

「野村ダム・鹿野川ダムの操作に関わる情報提供等に関する検証等の場」においても、”住民が高い自覚(意識?)を持って避難しなければならない”という意味合いの暴言が飛び出し、住民の怒りの火に油を注ぐことになりました。
 検証会では「情報の受け手、住民が、情報を生かせていない」(*)として、被害を住民と流域自治体に責任転嫁するものとなっています。
(*)野村ダム・鹿野川ダムの操作に関わる情報提供等に関する検証等の場(とりまとめ)抜粋(他多数資料に同じ表現がある)

 現場を矢面に立たせて裏で住民に責任転嫁、分断する手法は、福島核災害において大規模に行われている手法であって、ヒノマルPAの濫用とともに常套手段と言って良いでしょう。
。。。


ハーバー・ビジネス・オンライン、2019.04.05
ダム偏重政策が招いた「肱川大水害」
今こそダム建設継続より肱川の河道改修に全力を投じよ

(牧田寛)
https://hbol.jp/189521

 西日本を襲った歴史的な豪雨災害。
 2018年6月28日から7月8日にかけて西日本を中心に北海道や中部地方を含む全国的に広い範囲で記録された台風7号および梅雨前線等の影響による集中豪雨
 今回、被害が大きくなった大きな要因に「代々の自民党政権による人災がある」と一刀両断にするのは、河川政策の専門家で日本初の流域治水条例をつくった嘉田由紀子・前滋賀県知事
 倉敷市真備地区が堤防決壊で水没、死者50人の被害を出した原因についてこう話す。

「水没した真備地区はもともと、ハザードマップ(被害予測地図)で2〜5mの浸水が予想された危険区域でした。『これだけ危ないですよ』という具合に、浸水リスクを住民に十分に知らせ、避難を促すワークショップを開催するなど、避難行動を“自分ごと化”することができていなかったのでは。また、行政として最も防がないといけない堤防決壊への対策、堤防補強も不十分だったのではないでしょうか」

 ハザードマップが物語る浸水リスクを受け止めて対策を打たないといけなかったのだが、それが不十分であったというわけだ。
 諸悪の根源は、
「ダム建設を最優先にして堤防補強を後回しにしてきた、歴代自民党政権の河川政策にある」
と嘉田氏は指摘する。

「滋賀県知事になる頃から『矢板やコンクリートで周りを囲む、アーマーレビー工法で鎧型堤防にして補強すべき』と国に提案してきたのですが、歴代の自民党政権は『鎧型堤防は当てにならない。堤防補強よりもダム建設だ』と言ってきたのです。
 この河川政策が、今回の豪雨災害でも大きな被害をもたらしました。倉敷市真備地区では高梁川の支流の小田川などで堤防が決壊しています。本来は、この地区の堤防補強が最優先課題だったのです」

。。。

――なぜ歴代自民党政権は優先順位逆転の河川政策を止めず、堤防補強を後回しにしてきたのですか。

嘉田氏: ダム建設をめぐる政官業のトライアングル、自民党国会議員と国交官僚とゼネコンの癒着の産物です。
 ダム建設で儲かるゼネコン、献金を受ける自民党、そして巨額の予算を確保できる国交官僚の利害が一致、優先順位が逆転した河川政策が未だに続いているのです。
「ダムさえできれば、住民は枕を高くして寝ていれる」という“ダム安全神話”を国交省はばらまいてきたのです。
 その結果、限られた河川予算が有効に使われず、浸水危険区域の堤防補強が後回しになってしまった。
 今こそ、治水効果が限定的な不要不急のダム建設を凍結、緊急に進めるべき堤防補強予算を増やすべきです」

 ちなみに国交省の緊急点検で強化が必要と判定された約2200kmのうち、現段階で工事が終了したのは半分にも満たない。

 石井国交大臣こそ、堤防決壊で多数の死者を出した倉敷市真備地区の豪雨災害を直視、公明党が連立を組む歴代自民党政権が続けて来た河川政策を反省・謝罪した上で、方針転換をする責務があるはずだ。
 しかし実際には、国民の生命財産が脅かされている現状から目を背け、米国益実現となるカジノ実施法案の審議に6時間も張りついていたのだ。

 3年前にも同じ水害が起きていた。
 2015年9月10日に堤防が決壊、2人が死亡、30人が重軽傷を負った鬼怒川水害のことだ。
「10年に1回程度の大雨に耐えられない」と判断され、堤防強化が予定されていたものの、その工事を終える前に破堤してしまったのだ。

 代替策がなかったわけではない。
 堤防を安価で強化する方法はいくつかあるからだ。
 堤防の真ん中に「ソイルセメント(土とセメントが混じったもの)」を入れる工法や、真ん中に鋼矢板を入れる工法もある。
 そうすると、1m当たり50万〜100万円でできる。

 こうした方法を導入すれば、危ない堤防を安価で早く強化することができた。
 国民の生命財産を守ることからすれば、国交省は安価で迅速な堤防強化策を認めるべきなのに、その姿勢を改めようとしなかったのだ。

『ダムが国を滅ぼす』の著者で河川工学の専門家、今本博健・京都大学名誉教授もこう話す。

「ダム建設よりも堤防強化の方が重要であることを実証したのが鬼怒川の水害でした。早急にやるべき堤防強化の優先順位を低くして、ダムやスーパー堤防を優先したということです。国交省の弛みとしか言いようがない。長期間にわたって国交省の河川官僚が予算獲得できる巨大事業にこだわったためといえます」

 今本氏は、京都大学の土木の後輩である太田昭宏国交大臣(当時)にも助言しようとしたことがあった。

ダム偏重の河川行政に対する問題意識もなかった。太田大臣に『河川行政を改めてほしい』と思い、支持団体幹部を通じて面談を申し込んだが、拒否されました
(今本氏)

 2012年12月に第2次安倍政権が発足して以来、国交大臣は2代連続で公明党が独占している。
 初代が今本氏との面談を拒否した太田大臣(2012年12月〜2015年10月)、2代目がカジノ実施法案も担当する石井大臣(2015年10月〜現在)である。
 歴代自民党政権の河川政策を主に引き継いでいるのが公明党の大臣であり、国民の生命と財産をおろそかにいている現況を作っているといえる。


ハーバー・ビジネス・オンライン、2018.07.17
「西日本の豪雨災害は、代々の自民党政権による人災」
河川政策の専門家、嘉田由紀子・前滋賀県知事が指摘

(横田一)
https://hbol.jp/189521

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2019年10月12日

《Glory to Hong Kong》《願榮光歸香港》

Glory to Hong Kong | Orchestra chorus version | English subtitle
https://www.youtube.com/watch?v=ulera9c18F0

《Glory to Hong Kong》《願榮光歸香港》 多國合唱版
https://www.youtube.com/watch?v=7y5JOd7jWqk

HONG KONG − It began with a few notes of warbling violin. A man with a harmonica and a backward baseball cap joined in. And then hundreds of voices joined in song Friday at Hong Kong’s Science Park, in one of the dozens of singing sessions belting out across the city.

But it was not just any song.

The composition, “Glory to Hong Kong,” written only three weeks ago by a composer identified only as “Thomas dgx yhl,” has ignited Hong Kong’s protest movement.

People, including the elderly and families with children, crowded into shopping malls across the city Friday, spontaneously singing the protest anthem that everyone suddenly seems to know by heart. Angus Wong, age 6, was at one mall with his parents, singing along, or trying to.

Some shed tears as they sang, in Cantonese: “Pray for democracy, for freedom eternal, for the glory to come back to Hong Kong!”

At the upscale IFC mall, a 28-year-old who gave his name only as Charlie played a grand piano at the heart of a singing crowd. He skipped work at a nearby office to join the gathering.

Protesters sang it at a solemn vigil Friday outside the Legislative Council to honor nine people who have died in the course of the protests, most by suicide.

Several hundred people gathered outside a maximum-security detention facility, Lai Chi Kok Reception Center, around 10:30 p.m. Friday to sing it, accompanied by a woman playing a recorder, in solidarity with pro-democracy activists being held there.

As a misty full moon rose, people climbed Hong Kong’s two iconic peaks, Lion Rock and Victoria Peak, where they sang the anthem over and over, shining green and blue lasers into the night sky and holding golden paper lanterns for the Mid-Autumn Festival, interspersed with slogans such as “Liberate Hong Kong.”

Some participants on Telegram, a social media app that is being used as a sounding board for the protest movement, are calling it a “national anthem.” As pro-democracy protests roll on, that is a view likely to sound alarm bells in Beijing, which is confronting its worst crisis since it took Hong Kong back from Britain in 1997.

Under China’s “one country, two systems” policy, Hong Kong is part of China but the right to protest, an independent judiciary, and press freedom are supposed to be protected.

Dozens of versions of the song have proliferated on Telegram channels and YouTube.

The original version, posted Aug. 31, shows video of riot police and protesters clashing, demonstrators marching with arms locked and crowds thronging the city’s streets or holding hands in human chains. It ends in a challenge to Beijing, with a black-clad protester running the Chinese flag down a flagpole and running up a protest flag.

An orchestra, clad in the black clothing, goggles, masks and hard hats used as protective gear by Hong Kong protesters, uploaded its version of the song Wednesday in a video viewed more than 1.2 million times. It begins with a thrumming drum roll, before the camera reveals a singing choir, only their eyes visible, then drifts across the brass, wind and stringed instruments, and zooms down for a clash of cymbals. By the end, rising gas resembling smoke engulfs the orchestra, symbolizing the tear gas fired by riot police during protests.

In a dirge-like version, a young man plays the song solo on an acoustic guitar. There’s a sign language version too.

The song is an example of the persistence and creativity of the leaderless Hong Kong protest movement, which has nimbly outmaneuvered Beijing and Hong Kong authorities. It moves so quickly that it often makes the stern editorializing of Chinese state media appear desiccated and out of touch.

The popularity of “Glory to Hong Kong” contrasts with the Chinese national anthem, which is increasingly unpopular in Hong Kong and tends to be booed.

China’s National People’s Congress Standing Committee added a clause to Hong Kong’s Basic Law in 2017 making it an offense to insult the national anthem or flag. Hong Kong’s government introduced a bill in January making this a criminal offense punishable with up to three years in jail.

“Glory to Hong Kong” contains a call to arms, urging people to sacrifice and shed their blood, sweat and tears for Hong Kong’s freedom.

The song’s composer calls it a march, according to comments attributed to him on the independent Hong Kong online media site Apple Daily, and says he is not afraid of repercussions from the authorities.

“If you have to worry about being punished for singing a song that gives voice to the beliefs of masses of people, it only shows that the government itself is in deep trouble,” he said, according to the outlet.

Hong Kong’s protest movement erupted several months ago over a legislative bill that would have allowed extradition to mainland China. It persisted through the summer with peaceful mass marches, but also increasingly violent clashes between riot police and protesters.

The demands expanded to include universal suffrage, an independent inquiry into police violence, an end to authorities defining the protests as riots, and the dropping of charges against arrested protesters, many of whom face lengthy jail terms. Hong Kong leader Carrie Lam withdrew the extradition bill last week, but did not entertain other demands.

This year’s protest movement has had several theme songs and many inspirations. Earlier this summer, protesters often sang “Do You Hear the People Sing?” from the musical “Les Miserables.” They also sang the hymn “Sing Hallelujah to the Lord.”

But “Glory To Hong Kong” has had a more indigenous, electric, unifying effect. Its composer took suggestions on changes to the lyrics from participants in an online forum and has invited people to create their own versions.

There are many translations of the song. New Zealand-based China Heritage, an independent academy that studies Chinese language, history, politics and culture, offered a version, which runs in part:
“Let us march together for what is right!

“This is the revolution of our times!”

“I have always felt jealous when I saw people from other country being very emotional and proud when their national anthems were played. Now I finally have a taste of it,” said one Twitter user Friday with the handle TimC_HK.

“Impossible to watch this & not be moved. Bear in mind this song did not exist a few weeks ago, was crowd-sourced/workshopped online, released & now everyone knows it & is singing it at gatherings from shopping malls to football matches. Powerful stuff,” tweeted Anthony Dapiran, author of a book on Hong Kong protests, “City of Protest.”

Dapiran argues that Hong Kong’s protest moment has created “moments of enchantment,” that maintained the movement’s energy, and blunted the “crude propaganda and economic bribes” deployed by the Beijing and Hong Kong governments.

The popularity of the protest anthem has seen pro-Beijing groups stage their own events singing the Chinese national anthem in shopping malls. But on Thursday at the upscale IFC mall, pro-Beijing singers with red flags were soon outnumbered by those singing “Glory to Hong Kong.”

As Hong Kong authorities harden their approach, the moderate mainstream elements of the protest movement have had to show imagination on how to express their views, with authorities repeatedly denying applications to stage legal peaceful protest marches.

Police Friday refused to lift a ban on a march Sunday organized by the Civil Human Rights Front, although the group advocates peaceful protest and has successfully led numerous peaceful mass rallies attracting a broad spectrum of Hong Kongers.

Often, the mood in Hong Kong’s protest movement, challenging a powerful authoritarian state, is grim. Many fear a violent end to the movement. Some worry about being killed or disabled by riot police, even as they plan their next protest event. Others see conspiracy and ill will everywhere, from the police to the government to the public transport authority.

But the singing created a moment of optimism.

“You know the most beautiful thing about this whole experience? I feel like we are witnessing the birth of a nation,” said one Telegram user, going only by ‘S.’ “Anthem, flag, solidarity, national identity.”


[YouTube-1]
In Hong Kong’s protests, a song confronts Beijing
https://www.youtube.com/watch?v=tNkAeEdqdUo

[YouTube-2]
願榮光歸香港》管弦樂團及合唱團版 MV
https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=oUIDL4SB60g

[photo-1]
People gather for chants and a singalong at the IFC Mall in Hong Kong.

[photo-2 ]
People chant “Five demands, not one less,” and sing the newly minted, crowdsourced anthem “Glory to Hong Kong” at Times Square Shopping Center, Hong Kong.

[photo-3]
Pino Tong cries Sept. 11 as she and others pay respects to those injured in a clash with police in Hong Kong.

Yam reported from Hong Kong and Dixon from Beijing.

Los Angeles Times, Sep. 13, 2019 2:54 PM
‘Glory to Hong Kong’: A new protest anthem moves singers to tears
By Robyn Dixon, Marcus Yam
https://www.latimes.com/world-nation/story/2019-09-13/glory-to-hong-kong-a-new-protest-anthem-moves-singers-to-tears

 機動隊が救護班の看護師(20代・女性)を撃って右目を失明させた事件から11日で2ヶ月となる。

 至近距離から撃ったのである。看護師が付けていた救護班のマークが警察の目に入らぬはずはなかった。

 警察は彼女が治療を受けた病院からカルテを持ち出し彼女の個人情報を力づくで入手した。

 鬼畜の仕業であるが、それは合法なのか、違法なのか。現在、裁判となっている。

 2019年10月10日夜、看護師狙撃事件の現場となった尖沙咀警察署前に市民たちが集まり、抗議の声をあげた。

 全盲の女性がいた。女性はトラメガで国歌「願榮光歸香港」を流した。全警察官に届けとばかりに怨念を込めて。

「願榮光歸香港」には幾つかのバージョンがあるが、スローで静かなアレンジだ。

 女性は怒りを言葉に込めて田中に語った。
「警察がファーストエイドを撃ったことは許せない。彼女(看護師)は私と同じ立場になってしまった。悲しいがこれが香港の実情だ」と。

「願榮光歸香港」は革命歌である。
 これまで革命の現場を幾つも見てきたが、こんな哀切を帯びた革命歌は聞いたことがない。


[写真]
国歌「願榮光歸香港」をトラメガで流す全盲の女性(右端)。8月11日、ここで救護班の看護師は機動隊に右目を撃たれ光を失った。=10日夜、尖沙咀警察署前

田中龍作ジャーナル、2019年10月11日 00:00
香港人は今、それぞれの人生を背負って革命の現場にいます。
「自由を失うくらいなら死んだ方がましだ」…
香港市民の叫びを田中龍作ジャーナルは伝えます。
[香港発]
片目失った看護師に捧げる
警察署前で流れる一番悲しい革命歌

http://tanakaryusaku.jp/2019/10/00021022

posted by fom_club at 15:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする