2012年05月31日

天の心

 いやあ〜、酔っぱらっちゃいました。
 5月の締めの日でしたね。
 仲間が訪ねてきてくれました。
 でもね、そうしたらただの飲み会になるゆえ、お誘いしたんですよ、でも集まらず…

『仕事です。土曜日も日曜日も関係なく無作為に仕事がありますから。機嫌よくやっています。
 松本清張の『岡倉天心 その内なる敵』を読みました。一面かもしれませんが、人物像がよく分かりました。名前と茶の本を書いたくらいしかしりませんでしたから』

 どきっ、このヤッホー君のブログの愛読者の方からです。
 そういえば、天心を天の星にして語ってきたのか、と認めざるをえないのかと思うときがあります。
 松本清張の『岡倉天心 その内なる敵』、この初出は、1982年1月号から1983年5月号まで「芸術新潮」に連載、単行本として新潮社から1984年1月に出版されたものです。

『仕事ですか…、すごい人出のことと思います。やりがいがありますよね、がんばってくださいね、応援しています。水、食料、マッサージ等々、お役に立てることもあるはず、何でも言ってください、山歩クラブは「仲間づくり」ですから。
 読書の件、とてもうれしいです。ぜひ感想文を書いて手紙にして送ってください。あなたの文章を読みたい、さっそくその松本清張の本を探して読んでみますね。では、今日も良い日を!』

『書くなんて、とんでもない。私の文章を読むなんて、数年来、文章書いたことがありませんから。
 周辺部の空間は案外、人が少ないんです。中心に来た人は、中が人でごった返していると思います。
 松本清張の本は、ぜひ読んで下さい。私には、学ぶきっかけを与えてくれました』

『白い紙に向かって書くってことは、頭脳を刺激する、漢字を思い出させる、辞書を引くので手先も使う、テーブルに向かって書くので、自然と姿勢がよくなる、とか良いことが一杯あります。
 読むのは「知的ダム」を一杯に満たす作業なんだって。
 ヤッホー君の尊敬している小児科の先生のご母堂は高齢になってからも、受け答えがしっかりできていたのは、この「知的リザーブ」にあったらしい、と弟の精神科のお医者さんと意見が一致したってお話しです。ウイスキーのリザーブでなくって。さぁ、チャレンジしてみよう!』

『図書館で松本清張の本を借り読んでいます。
 この松本清張の本には、あの日歩いた公園の写真も出てきました。
 「いきの構造」の九鬼周造、横山大観、赤倉、五浦、インドと、ヤッホー君のこのブログで何度となく取り上げてきたテーマが、この松本清張の本で一本に纏まったような感じです。
 秋になったら染井霊園への墓参りと、いま撮影中の映画が公開となる来年には映画鑑賞と、ぜひお付き合いくださいね』

『これから、はるちゃんが拙宅に来ます。準備に大忙しです。またあとで…』

『いや〜はや、もう読んでいるのですか。すごい!
 大方、資料にもとずき書かれていますが、これだけの資料をよく集めたものだと感心です。
 実際に現地を訪れているので、現実みがありましたよね』

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2012年05月30日

Jubilee

 ヤッホー君の昨晩の気持ちを代弁してくださっているのがあの小児科の先生:

AIJから、多額の饗応を受けていた、厚生年金基金の準公務員の方々は、その後どうなったのだろうか… 何かがあると思うが、追及の声はパタッと止んでしまった。
 東電の利益の90%は、家庭から得られていたと報じられている。企業には、殆ど利益の出ない売電をしていたわけだ。家庭からはボッていたわけだ。それを今になって初めて知ったという、通産大臣。こうした茶番からも何か匂う。東電は、旨みのある天下り先だったのだろう…。
 お笑い芸人の母親が生活保護を受けていた事実を公開の場で執拗に追及する、政治家・マスコミ… これは一種のリンチじゃないのか。その母親は10年前から支給を受けており、その頃はお笑い芸人も売れていなかったようだ。きっと、この事例をてこにして、生活保護支給を厳しくするという行政の意向が背後にあるのだろう… この母親は一私人。このような社会的リンチを、放置し、またそれに加担するマスコミにはウンザリだ。
 行政・政治家・マスコミは、弱い者には強く、強い者にはこびへつらっている、ということか

(2012/5/26 12:30更新「弱きをくじき、強きを助ける」)

 さらに、今日5月30日の神奈川新聞社説。歯切れがいいわけではないのですが、そうですよねって思わせてくれます。地方新聞はがんばれぇ〜って:

生活保護の受給者が過去最多の209万人に上り、保護費が国や自治体の財政を圧迫する中、制度そのもののあり方を問う機運が高まっている…。
 膨らむ生活保護費が財政上の大きな課題になっているのは確かだ。給付額はこの5年で1兆円増え、本年度は3兆7000億円に達する見込みだ…。
 もちろん不正受給はあってはならない。ただ、不正をいかに防ぐかは制度の運用上の問題だ。受給数が増えた結果、対応するケースワーカーの目が行き届かなくなっているという側面もあろう。不正を摘発せよという掛け声だけでは問題を矮小化させ、抜本的な解決を遠ざけかねない。
 そもそも給付額の引き下げは、憲法で保障された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」にも絡んでくる。世情に便乗したような引き下げの提起は問題なしとしない
 生活保護は最後のセーフティーネットだ。論じられるべきは、いかにして困窮者の自立を促すかにある。生保受給者を白眼視する風潮や政治の無策が、次第に諦めや心のすさみを生み、結果的に自立を阻むことにつながるという現実を見据えたい

(給付引き下げは拙速だ)
http://news.kanaloco.jp/editorial/article/1205300001/

 昨年の秋、2011(平成23)年11月9日付けにて会長声明が発表されています。この線で皆の衆、生活保護を必要とする人には手当てする、その代わり、無駄な出費はしない、家計だってこれ基本じゃあ、ないですかぁ、ね:

我が国においては、生活保護利用者数の増加は、財政負担や不正利用事案の増加とともに報じられ、負のイメージをもって語られることが多いが、利用者数の増加と財政負担を理由に制度が縮小されるようなことがあってはならない…
 我が国における利用者数や総人口比での利用率は、先進諸外国に比べると未だに著しく低いレベルにとどまっている。すなわち、

☆ ドイツ(人口8177万人)における生活保護に相当する制度の利用率は9.7%で利用者数は793万人(2009年末)、
☆ フランス(人口6503万人)における利用率は5.7%で利用者数は372万人(2010年9月)、
☆ イギリス(人口6200万人)における利用率は9.3%で利用者数は574万人(2010年8月)

に達しており、我が国の3.6倍から6倍の受給率である。
 このように、我が国における利用率や利用者数が先進諸国に比して著しく低いのは、制度の利用資格のある人のうち2割弱の人しか利用し得ていないという、極めて低い捕捉率に原因がある。
 生活保護制度が憲法25条の生存権保障を具体化する重要な制度であることに鑑みれば、利用者数の増加と財政負担を理由に制度が縮小されるようなことがあってはならない。
 生活保護制度が市民の生存権の保障にとって不可欠な制度である以上、必要とする人がもれなく制度を利用できるようにするとともに、利用者数の増加への対策としては、低賃金の不安定雇用をなくし、生活保護制度以外の社会保障制度を拡充することによって対応するべきである

(日本弁護士連合会 会長 宇都宮健児「生活保護利用者数が史上最多となったことを踏まえ、生活保護制度のより一層の活用を求める会長声明」)
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2011/111109_2.html

 ところで、ヤッホー君、昨晩、ロンドンっ子の友人からのメールでいろいろ考えたのが、ジュビリーJubileeという言葉でした。

 もちろん、これは今週末6月1日金曜日から6月4日までの連休のこと、えっ〜? なんでって、

http://www.guardian.co.uk/travel/2002/apr/07/shortbreaks.observerescapesection

 友人夫妻、海外へ。気をつけて楽しくお過ごしくださいね:

http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8605-uk-nhs.html

 ガーディアン紙では、その時代、最も影響を与えた英国人は誰か? アンケートをとっていますが、次のような辛らつな当地の意見にわれわれも耳を傾けておかなくっちゃね、つまり、あの当時からして欧米崇拝、後追い、猿真似で、この国の偉い人たちは踊ったんじゃなかったんですかね、だからさ、もっと醒めた日本人意識を持つことの重要性に改めて気がつくっていうもの:

Your great Britons

Last week we invited readers to nominate the people who have done most to shape Britain during the Queen's reign. On the eve of Jubilee weekend, Stuart Jeffries sifts your replies to find who really deserves to be celebrated

"As Osama bin Laden changed the shape of the US," writes Phil Edwards suggestively, "so Margaret Thatcher, unquestionably, has inflicted many damaging blows on Britain - her destruction of trades unions, coal-mining communities, industry etc, and promotion of self-centred greed and subsequent decimation of much of society."
http://www.guardian.co.uk/uk/2002/may/31/jubilee.monarchy

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2012年05月29日

国民皆保険

Hi Shuei.

I hope you and all your loved ones are well.

Blazingly hot weekend here in London. A relief to all as we hide under the dark economic clouds. Liz and I are going to Amsterdam next Friday and staying till Monday morning, avoiding most of the Jubilee excess here in London. Staying at one of my favourite hotels, the Canal House on Keizersgracht.

I am still working at the organization which the Government will close in 2014, mainly as part of its deficit reduction strategy. It is a difficult time in Europe, I feel sorry for the Greeks.

Anyway, stay healthy and happy!


 ね、そうですよね、健康第一を自分のこころとからだで実感し、そして身の丈の幸福感をふくぶかと味わう、そしてそれを分かち合える仲間がいる、これで十分、十分、あとは求めない、求めない、か… いいですね。
 
 でもそうした小市民的なくつろぎから、たまには地球規模で世界に想像力を働かせるってことも必要ですよね、自分だけじゃないんだから、さ、この素晴らしい地球に暮らしているのは。。。次世代の子どもたちも、ほかの生き物もいろいろ、息づいているんだもん。

 そんなことを思いながら、思いの井戸を深く掘り進めながら年をとっていきたいな、とロンドンからのメールを今朝見つけたヤッホー君、ふ〜ん、そうかぁ〜なんてつらつら思ったそうです。

 昨日、代々木病院で半日、いろんな患者さんを見てきたから、特に思いを深くしたのかな… ヤッホー君が尊敬申上げている小児科のお医者さまのブログに、読者からこんなコメントがありました:

小生の退職生活も2年目に入り、4月初めに市役所で国民健康保険加入の手続きをしました。
 掛け金を払ってから保険証が交付されるものだとばかり思っていたのですが、その場で交付され、掛け金の納入は後日であることが分かりました。
 宮仕えの間は、保険の掛け金も天引きで、その制度についてもほとんど知らなかったのですが、いざ自分の財布から払うとなると、関心もでてきました。
 戦後の国民皆保険というのが、いかにすばらしいものであるのかが、改めて分かった次第です。
 アメリカのテレビドラマを見ていると、保険が適用されないので破産した、というエピソードが多々出てきます。
 日本もそうならないように願うばかりです


 なにが起こっても自己責任です、そして貧富の格差がいたるところに、というアメリカンドリームからもうとっくに醒めたのにかかかわらず、カウボーイ式むだ儲け主義のアメリカ化の西方進出がこの国にもじわじわっと到達、進行、浸潤してきているようです:

『5月15〜17日まで、「全国≪餓死≫≪孤立死≫問題調査団」に同行して、北海道に行ってきた。
 今年1月、札幌・白石区のマンションで姉妹が遺体で発見された事件や、相次ぐ餓死・孤立死(今年に入って私が把握しているだけで23人が亡くなっている)をなんとかしようと結成された調査団だ。
…1度目の2010年6月の面談では、仕事もなく、手持ち金もわずか。
 2度目の昨年2011年4月には、公共料金も滞納し、国民健康保険も未加入、残金は1000円、食料も少なくなっている。それに対して白石区がしたのは「非常用のパンの缶詰14缶を支給したこと」。
 3度目の昨年2011年6月には、家賃も滞納し、生命保険も解約。そんな中でも、お姉さんはこちらが驚くほど懸命に仕事を探していた… 病院に行きたくても、既に国民健康保険は未加入状態となっている。現金も残りわずか。厳しい状況の中、2人は主に妹さんの障害年金(ひと月で6万円ちょっと)を頼りに暮らしていたようだが、それではとても生活できない。
 そんな状況にある姉妹に対して、3度も相談を受けた白石区は…「高額家賃について教示。保護の要件である懸命なる求職活動を伝えた」の言葉が何度か登場する。
 2人が住んでいたマンションの家賃は、生活保護で定められた住宅扶助の額より少し高かった。しかし、その場合も、家賃が数千円高いからといって生活保護が受けられないということはない…
 受付票から想像できるのは、「家賃が高いから引っ越さないと生活保護は受けられない」「もっと頑張って仕事を探さないと受けられない」などと誤った情報を与え、それによってお姉さんに「私は生活保護を受けられないのだ」と思わせた、ということだ…』

(雨宮処凛がゆく!=あまみや・かりん 1975年北海道生まれ。作家・活動家)
http://www.magazine9.jp/karin/120523/

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2012年05月28日

仙石原 山川屋

 昨日の出発地は「道の駅・箱根峠(足柄下郡箱根町箱根381-22 Tel 0460-83-7310)」でした。親切にも、「箱根ハイキングマップ」を示しながら、登山口を教えてくださいました。お世話になりました。ここは、「芦ノ湖を望むロードオアシス」だそうです:

日本を代表する観光地にある「道の駅」箱根峠は、霊峰富士を仰ぎ、芦ノ湖や箱根の山々を望む絶好の場所にあります。
 また、軽食(そば・うどん他)や、寄木細工などのお土産も販売しております。
 箱根にお越しの際には、ぜひお立ち寄りください。お待ちしております

(駅長から)
http://www.ktr.mlit.go.jp/honkyoku/road/eki/station/kana_hakone/index.html

 そして立ち寄り湯は、「小田急箱根レークホテル(足柄下郡箱根町湖尻桃源台 Tel 0460-84-7611)」。

当館の大浴場は、お肌に優しい弱アルカリ性の天然温泉となっております。
 お風呂の名前「シャクナゲの湯」の通り、大きな窓からは美しいシャクナゲをご覧いただくことができ、心身ともにリフレッシュすることができます


箱根の山々は新緑が美しくなってまいりました♪
 箱根レイクホテル前に広がる桃源台園地の木々の新芽は生命力あふれる萌黄色に輝き、清々しい気分にさせてくれます。
 ミツバツツジも鮮やかなピンク色の花を枝いっぱいに咲かせていて、今まさに満開!
 これからはツツジとシャクナゲにも癒されるシーズンを迎えます。
 どうぞこの時期ならではの箱根散策を楽しみくださいませ

(美しい新緑と鮮やかなミツバツツジ!♪)
http://www.hakone-lakehotel.com/ 

 バスは3時45分、御殿場経由われらが下町に向けて出発進行!
 でも、どうしても仕入れなければならないものがあるんですう… そのとき立ち寄ったエーコープ仙石原店(足柄下郡箱根町仙石原238 Tel 0460-84-8361)」のスタッフの方がこれもご親切に、
「次の信号を右に曲がって10mほど行ったところに酒屋さんがある」とご親切に教えてくれました。
 そこで箱根裏街道のほうへ進むと、やはり教えられた通りにありました、(有)山川屋(足柄下郡箱根町仙石原74 Tel 0460-84-5103)」。
 箱根に蔵元はありませんってさ、ですので、バスでいただいたお酒は、「曽我の誉(石井醸造、足柄上郡大井町上大井954)。
 
 これを今日のブログに記し、補足してぇっ〜と、実は仲間のおひとりが緑内障で眼圧を下げるための点眼薬も服用している、と聞いたヤッホー君、急にとても心配になり、かかりつけのお医者さんでこれまでヤッホー君のこのブログでも登場していただいている、世界一の眼科医、山城博子先生(千駄ヶ谷駅前、代々木病院)のもとに定期検診をお願いしてきたのです。
 先生から、
「あっ、ヤッホー君ですね」って言われたときは天に舞いあがるほど嬉しかったそうです。
 眼はとりあえずレーザー手術したところも太丈夫、特に変化なし、薬も必要なし、次月に念のため視野検査もしておきましょう、と予約を入れてきました。まずは一安心。

緑内障は、厚生労働省研究班の調査によると、我が国における失明原因の第1位を占めており、日本の社会において大きな問題として考えられています。しかも最近、日本緑内障学会で行った大規模な調査(多治見スタディ)によると、40歳以上の日本人における緑内障有病率は、5.0%であることが分かりました。つまり40歳以上の日本人には、20人に1人の割合で緑内障の患者さんがいるということになります。また緑内障の有病率は、年齢とともに増加していくことが知られており、日本の少子高齢化に伴って、今後ますます患者さんの数は増えていくことが予想されます。しかも上記の調査では、発見された緑内障の患者さんのうち、それまで緑内障と診断されていたのは、全体の1割に過ぎませんでした。つまり、緑内障があるのにもかかわらず、これに気づかずに過ごしている人が大勢いることも判明しました。最近の緑内障の診断と治療の進歩は目覚しく、以前のような「緑内障=失明」という概念は古くなりつつあります。現代医学を駆使しても失明から救えないきわめて難治性の緑内障が存在することも事実ですが、一般に、早期発見・早期治療によって失明という危険性を少しでも減らすことができる病気の一つであることは間違いありません
(日本眼科学会 緑内障)
http://www.nichigan.or.jp/public/disease/ryokunai_ryokunai.jsp

 小屋に帰宅し、山歩クラブ「かわら版6月号」作成に取り組みました。
 なんとか完成し、いざプリントとなったら、プリンターに警告表示が…、「純正部品を使わないと残量が正しく把握できません」となってうんともすんともプリンターが動かなくなりました。やっぱり駄目かぁ〜、しばらく印刷中止!

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2012年05月27日

箱根芦ノ湖

 皆さん、こんばんは。
 今日、箱根芦ノ湖・外輪山周廻コースの山歩きに参加された皆さま、ロングトレールでお疲れさまでした。
 しかし、お天気にも恵まれ、頂上に雲がかかっていたものの、でっかい冨士山を見ながらの山歩きは楽しかったですね。

 9時半から2時まで歩き通しでした!
 しかし、新緑のトンネルでした。やまつつじがところどころに咲き始めていましたし、路傍にはまだ春の七草が咲き誇り、蜂も蜜を集めに大忙し、蟻んこも大ぜいで獲物を運ぶのに大忙し、ウグイスをはじめ、いろんな種類の鳥たちが、春の歌を競い合って歌い、歌声が響きわたる箱根の山でしたね。

 箱根町から歩きはじめ、湖尻峠で歩き納めとして、バスをお呼びしました。そうしたらちょうどクールダウンが終わったころにバスが登場!
 カッシーがおっしゃったように、筋斗雲(きんとんうん)に乗った孫悟空のようにドライバーの大坂さんがすぐにわれわれをピックアップに駆けつけてくれたのです!
 前回は伊豆の寒天橋に、今回は箱根の湖尻峠まで、ありがとう! 感激でございました。

 立ち寄り湯「箱根レークホテル」のお風呂場の窓からは、白い石楠花が庭に咲き誇り、いい湯浴みでございました。

 帰りの車中は、いつものように地酒に酔いしれ、今後の山行計画に話題ふっとう、とってもよい五月の最後の日曜の番外編山行となりました。

集合写真.jpg

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2012年05月26日

新緑ウオーキング

 山歩きには本当に良い季節になってきました。
 山歩クラブが一年に一度はお話しをお聞きにおじゃましている内野さんも元気に、ご活躍のようです:

岐阜県高山市奥飛騨温泉郷で5月25日金曜日、「新緑の右俣林道ウォーキング」があった。あいにくの雨天ながらも新緑が映える中、参加した市民らはさまざまな山野草が顔を出す往復約6Kmのコースを歩いた。
 恒例の「北アルプス自然感謝祭」(奥飛騨温泉郷観光イベント実行委主催)の一環。元北飛山岳救助隊長で山岳ガイドの内野政光さん(69)が案内を務め、4人が参加した。
 新穂高の登山口をスタート。ウドやイタドリの見分け方を内野さんから教わったり「このカツラの木は紅葉がすごくきれい」などと説明を聞いたりしながら、ゆっくりとしたペースで標高1400m付近の穂高平周辺にあるニリンソウの群生地まで歩いた。
 自然感謝祭では、来年3月までに「山菜グルメウォーキング」や「紅葉ウォーキング」などのイベントを企画している。問い合わせは、奥飛騨温泉郷観光協会=電0578-89-2614=へ
』 
(東京新聞岐阜版 井本拓志記者 新穂高の新緑を満喫 奥飛騨温泉郷 林道ウォーキング)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/yama/CK2012052602000219.html

 それにしても山岳遭難事故の多かった今年のGW。北飛山岳救助隊も大忙しだったようですが、公式発表では少ないほうですって:

全国における山岳遭難発生状況(3年間):
         (件) 遭難者数 死者・行方不明者 負傷者 無事救出
平成22年4/29〜5/9 121 137 21 61  55
平成23年4/29〜5/8 129 158 34 59 65
平成24年4/28〜5/6 104 133 25 53 55
(警察庁地域課平成24年5月17日発表 春の連休期間中における行楽地等・山岳(系)に係る警察措置に
ついて)
http://www.npa.go.jp/safetylife/chiiki1/GW-kekka24.pdf

 関連してこんな話題も:

『警察庁は5月17日、ゴールデンウイーク期間中(4月28日〜5月6日)に山で遭難して23人が死亡し、2人が行方不明になったと発表した。都道府県別では、北アルプスで北九州市の医師ら6人の死亡事故があった長野県が最も多く、7人死亡、2人が行方不明。その北アルプスの遭難事故で、地元山岳関係者が≪世界4大最悪気象地域≫という言葉を口にしたが、詳細は不明で謎が拡大し、ちょっとした話題となっている。
 事故に関連した識者談話として、長野県山岳遭難防止対策協会講師の丸山晴弘氏が「白馬岳を含む北アルプス北部は、米国アラスカなどと並ぶ≪世界4大最悪気象地域≫の一つとして知られる」などどコメントした。
 北アルプス北部、アラスカのほかは、サザンアルプス山脈(ニュージーランド南島)とパタゴニア地方(アルゼンチン、チリ)』

(2012年5月21日 12時00分更新 東スポWEB 気象庁も初耳≪世界4大最悪気象地域≫」)
http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/11578/

 白馬での「低体温症」での遭難、死亡… 毎日新聞では、中高年の登山者に次のように注意を喚起しております;

『◇中高年登山の落とし穴
 ◇「これが最後かも…」の心理、少ない脂肪で体温喪失傾向
 1990年代から続く中高年の登山ブーム。故深田久弥氏の著書「日本百名山」に取り上げられた北アルプスなどの高山を目指す中高年登山者が増え、遭難事故は増加している。
 登山医学に詳しい京都市の高折病院名誉院長、中島道郎さん(81)は「中高年は若者より皮下脂肪が少ないため体温を奪われやすい。服装に対する知識、準備が乏しいと遭難につながる」と話す。
 メンタル面でも要注意。中島さんは「年を取ると、悪天候でもこの機会を逃せばもうこの山に登れないのではといった心理が働く。無理せず行程を中止したり、引き返す勇気が必要だ」と注意を促す。
 日本登山医学会の増山茂事務局長(64)によると、
 ▽寒さ
 ▽暴風
 ▽体がぬれる
−−が低体温症発症の3条件といい、「みぞれでぬれて体熱を奪われるパターンが多いので、高齢者の場合は十分な準備が必要だ」と指摘する』

(2012年5月6日付け毎日新聞大阪朝刊「北アルプス遭難:軽装に吹雪、低体温症」)
http://mainichi.jp/area/news/20120506ddn041040013000c6.html

 これは日本だけの話しだけではなく、エベレストを目指すに一番最適のシーズンと言われる今年、カナダ人の若い33歳女性登山家の遭難が話題をよんでいます:

Let’s get to the heart of it: Shriya Shah-Klorfine’s dream of climbing Mount Everest was not worth dying for. Even in an age in which self-fulfilment reigns supreme, you could call personal quests that involve fatal danger and cost hundreds of thousands of dollars vainglorious. Or, at the very least, dangerously single-minded.…

This is not a condemnation of Ms. Shah-Klorfine, the gutsy 33-year-old Canadian woman who, after two years of intensive training but little actual climbing experience, reached the top of Everest last weekend, only to die a horrible death during her difficult descent, gasping for oxygen and crying, “Save me!”…

She was one of four climbers to die that day, partly because overcrowding on the mountain slowed her climb and left her debilitated, and partly because she apparently disregarded the advice of sherpas to turn back. “I want to reach the top,” she reportedly vowed.


JUDITH TIMSON “Is climbing Everest really a dream worth dying for?”From Friday's Globe and Mail, Last updated Saturday, May. 26, 2012 1:59AM EDT

 さ、山歩クラブの五月、丹沢・鐘ヶ嶽、伊豆・八丁池、麦草峠から白駒池、国際基督教大学キャンパス、と新緑ウオーキングを重ねてきましたが、これで終わり?
 実は懲りない面々、明日は五月最後の日曜日ですので、またまた、歩きに出かけるんですって… おやおや… おやすみなさい眠い(睡眠)


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2012年05月25日

小田静夫

 昨日、小田静夫『黒潮圏の考古学…http://ao.jpn.org/kuroshio/kenkyudoko.htm』をご紹介いたしました。
 この方は一貫して「プリンシプル」にこだわってこれまでがんばって生きてこられたんだな、と思うところがたくさんあって、そのお話をいたしたく。
 まず自ら人生をふりかえっていらっしゃいます:

夏休みの宿題で、野山に出て昆虫や植物採集などに熱中した思い出を持つ人は多いだろう。私は幼少期戦災で焼け出され、都心の港区虎ノ門にあった度量衡(特許庁の前身)庁舎ビルの管理人室に次姉と寄宿生活をしていたことがある。周辺にはアメリカ大使館、大蔵省、愛宕神社など広い緑地があり、近くに住む叔母に連れられ、種々採集の楽しみを充分味わった…

 1975年東京・三鷹市にある国際基督教大学内に考古学研究センターが開設された。日本考古学を教えるJ. E. Kidder博士のもと、内外の考古学、人類学、民族学、自然科学者らが、この施設を利用して共同研究を開始したのである。私もこのセンター活動に参加し、度々海外調査に行く機会に恵まれた

(小田静夫≪「モノ」は私のフィールド・ノート≫ 東京大学総合研究博物館ニュース Ouroboros 第19号 発行日:平成14年9月20日 「20世紀の石器時代」展所収)
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/museum/ouroboros/07_03/shinki-syuzou.html

 この時の肩書きには東京都教育庁学芸員/先史学となっております。ところが、いわゆる「出世」して、その世界の「重鎮」として「権力」を握る、という道は閉ざされていたようなところが見受けられます。

『「石斧のひろがり…黒潮文化圏(小田静夫著)」(日本人はるかな旅、第2巻、2001年9月、日本放送出版協会)
 佐々木高明が『南からの日本文化…新・海上の道』を書いたのは2003年9月である。その2年前に、小田静夫は上記の本を書いた。石斧の広がりに焦点を当てているが、その時点で黒潮文化の北上を書いた本としてはもっともすぐれた本ではなかったかと思われる。佐々木高明の『新・海上の道』に先鞭をつけたものといえるかもしれない』

(岩井国臣、1938年生まれ、自由民主党所属の元参議院議員)
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sekihiro.html

 このように評価されながらも、小田静夫氏は中央の学会ムラからは排除、排斥、無視、まあ、ムラ八分され続けています。≪ムラ≫は狭い空間で、その空間を占める空気の流れ、匂い、行き先を読めないと、魔人、異人、宇宙人扱いされ、放り出されてしまう恐ろしい惨幽界です。
 それはあの、びっくりするような石器捏造事件との関連で、小田氏は中央の流れに乗らない、懐疑派で批判を続けていたからにほかなりません。
 そのいきさつは、いまだからこそ、あちらこちらから真相が飛び出してきておりますが、そのおかげで、この国の考古学研究は遅れをとってしまったと言っても過言ではありません。
 また、イマの≪原子力ムラ≫や≪アメリカムラ≫をとっても言えることですが、溜め息、いや反吐がでるほどの嫌な、臭い、汚い、その匂いを消すためにさらに消臭剤を撒いたような「なんか変な空気」が漂い、満ち満ちている時空間のようです。
 ま、ご参考までに卒論でも読んでみましょうか:

2000年11月5日、日本最古の石器が見つかったとされていた宮城県築館町の上高森遺跡で、当時東北旧石器文化研究会の副理事長であった藤村新一氏が、発掘前に自ら石器を埋めていたことが、毎日新聞社の記者達の張り込みによって明らかになった。
 その事件以降、批判の目は主に、異論を封じてきた考古学界や、ねつ造を見抜けなかった研究者達に向けられるようになる。

 しかし、考古学関係者だけではなく、マスコミもまた、うのみ、あおり報道とも言える報道を繰り返し、社会に誤った認識を与え、研究者達のプレッシャーとなったとして問題視されるべきではないのだろうか。
 つまり、考古学というものに興味はあっても、その専門的な知識をもたない多くの一般市民にとって、マスコミは、新たな発見を知るための、唯一の情報源であるといっても過言ではないだろう。
 そのパイプ役としてのマスコミが、十分な検証手段も無いまま、発表をそのまま報じてしまうことは、これらの一般市民を欺く結果となるだけでなく、報道される側、今回で言うと、前期旧石器時代研究にかかわる人たちにも、少なからず甘えとプレッシャーを与えてしまうのではないか

(立命館大学 柳澤ゼミ 塚本将史「前期旧石器文化研究の抱える問題と、その報道のあり方」)
http://www.ritsumei.ac.jp/kic/~syt01970/page234.html

 イマ、小田静夫氏はNPO「国際縄文学協会」にて「教養講座」を担当しております:

このたび、小田静夫先生による「新講座」が始まります。
 先生は東京大学教養学部の非常勤講師として、長らく「先史人類学」を教えてこられました。
 今回、先生の積年の講義内容を中心に、最新の考古学・人類学の研究成果を「先史人類学入門:先史人類の生活と文化」と題してお話して頂くことになりました。
 素晴らしい「教養講座」になると思います

(小田静夫先生による「縄文講座」のご案内 4月開講■)
http://www.jomon.or.jp/縄文講座-1/

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2012年05月24日

黒曜の森

 20日の日曜日、4人で麦草峠から白駒池へと辿る間に眠る森、「白駒の奥庭」の手前の森のことを、「黒曜の森」と呼ぶそうですが、その名前、コクヨウにすっかり高揚し、舞い上がってしまったヤッホー君、この辺、ムカシ、黒曜石の一大産地だったんだよ、だからその鉱脈、集積地、加工地、出荷場、としかも大事な狩猟道具、矢尻のもとになっているから、獲物、食糧の交換所にもなっていたろうし、縄文人で賑わい、奇しくも日本のへそっていうけど、この国の首都だったんだね、きっと、なんて興奮してカッシーとおしゃべり。

黒曜の森.jpg

 ムカシって言ったってね、何万年も何千年も前のことだから想像、推察、憶測の世界のこと、カッシーはふ〜んというくらいにしか関心を示さなかったわけですが、この縄文時代の黒曜石の産地をめぐり歩く、霧が峰の山歩コースを考えてね、なんて課題まで押し付けていました。

 ところがなんとま、東京の大学、国際基督教大学(ICU)のキャンパスでもう一度出合うことになろうとは思いもしませんでした。ヤッホー君がこの世で一番大好きな場所、学食でブランチをゆっくりとめしあがり、腹ごなしにぶらぶら歩きして、松浦武四郎の泰山荘を見学、そして理学館を通って、湯浅八郎記念館に入ったのですが、そこは奇しくも異界:

ICUの敷地は東京西部の野川流域に位置している。
 この付近は旧石器時代から、縄文時代の後期までの2万7千年以上にわたる人びとの生活のあとを伝える多くの遺跡が埋蔵されている所として知られている。
 1957年以降、大学の教育プログラムの一環として学術的な発掘調査が行なわれてきた。
 こうして発掘された旧石器時代の石器類および縄文時代の土器、石器、装身具等が遺跡分布図と共に展示されている。
 また、敷石住居址や、関東ローム層を造形保存という特殊な方法で処理した実物の標本も展示されている

(国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館)
http://subsite.icu.ac.jp/yuasa_museum/exhibits.html

東京地方の黒曜石分析は1969(昭和44)年、1970(昭和45)年の調布市野川遺跡の発掘調査を契機にして、東京大学の鈴木正男によって推進された。
… その結果、約30,000年前頃から黒曜石が使用され始め、主に箱根系の黒曜石を利用していた。12,000年前頃になると箱根系と信州系が同時に使用され、さらに太平洋上の神津島系の黒曜石も使用されている。縄文時代になると、箱根系、信州系、神津島系の三者が早期と前期では50:37:13%(遺跡数)、43:49:8%(黒曜石数)という比率であり、中期になると36:41:23%(遺跡数)、42:42:16%(黒曜石数)となっている。
… 最近では多数の分析グループ(立教大、東京学芸大、京都大、お茶の水女子大、パリノ・サーヴェイ、国立工業高専)が、この地方の黒曜石分析を行なうようになっている。その成果の一つのとして、神津島系の黒曜石が約35,000年前頃に東京の旧石器遺跡(武蔵台X層文化)から確認され、旧石器人が世界に先がけて海上航海を行っていたことが判明している

(小田静夫『黒潮圏の考古学』)
http://ao.jpn.org/kuroshio/kenkyudoko.htm

 なんで、東京都の西部、野川のほとりに旧石器時代や縄文時代の遺跡が多いの? 交通の便だってそんなに…

『東京経済大学とICUとは、どちらも「はけ(国分寺崖線)」に隣接する丘陵部にキャンパスがある。野川に沿って見られる連続した崖状の斜面がそれだ。「はけ」は「剥げ(はげ)」からきているらしく、河川の浸食などによって土地が崩れた場所につく地名、「崩壊地名」の一種だそうだ。
… そんなことを調べているうちに、ある本の付録で「東京アースダイビングマップ」というものを見つけた。今から6000年ほど前の縄文時代には、世界的な温暖化によって海面上昇が起こっていたそうで、この縄文海進期の地形に現在の東京を重ね合わせたものが、この地図である。
… 入江は東京の奥深くまで入り込み、立川を超えて更に西部まで続く。先ほどの「はけ」はこうした入江の一つによってできた河岸段丘の名残の一つであるらしい。河岸?そう、今の多摩川が当時の巨大入江であった時代の河岸なのである。
今尾恵介『地名の社会学(2008、角川学芸出版)』
中沢新一『アースダイバー(2005、講談社)』

(ICU図書館/山本裕之)
http://www-lib.icu.ac.jp/tac/Column/20090303.htm

『三鷹市域で最も遺跡密度が濃いのは、大沢地区です。
 湧水を集めた野川やハケが織りなす大沢の自然環境は、自然と共生し、自然の恵みを活用することに長けていた先史時代の人々にとって、とても住みやすい場所であったのでしょう。
… このような縄文時代の遺跡密度の濃さは、野川源流のある国分寺市から、大沢や調布市深大寺周辺までの野川上中流域全体に通じていえることです。特に縄文時代中期には、中規模の集落跡が、川沿いに数百メートル毎に分布するといった、珍しい様相を示しています。
 しかしその一方で、武蔵野台地屈指の縄文中期集落跡である三鷹市立第五中学校遺跡(仙川流域)のように、集落範囲の直径が百メートルを越え、住居跡の数が推定二百軒を超えるような、いわゆる大規模拠点集落跡はみられません。
 環状や馬蹄形を呈するといわれる、このような大規模な拠点集落と、それ以外の集落の、機能や生成の違いについては、古くから考古学の論点のひとつとなっています…』

(三鷹市遺跡研究会)
http://www.mitaka-iseki.jp/

これに記載されている年表は面白いですよ、そもそも縄文時代って草創期から晩期まで何年くらい続いたのでしょうか、ね、そしていま西暦何年なんでしょうか、ぜひ覚えていましょうね。
 で、フィンランドのオルキルオト島 Olkiluoto Island に建築中の高レベル放射性廃棄物の最終処分場 Onkalo waste repository では、何年保管するんでしったっけ…ゲンパツってトイレがないマンションでしたよねぇ〜

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2012年05月23日

大台ケ原

 北海道の仲間は今晩、羽田空港の近くに宿を取り、明日、飛行機で鹿児島空港、そして屋久島空港へと飛び立ちます。
 1ヶ月に35日雨が降るといわれている屋久島の山歩きをするためです。気をつけて行ってらっしゃ〜い!
 山歩クラブでもムカシ、屋久島に歩きに行こうと提案したところ、
「九州の山も歩いていないのになぜ九州を越えた屋久島なのか、意味わかんない」なんて言われ却下されたことがありました。
 それがトラウマとなっているのか、ヤッホー君、サイキン大台ケ原に歩きに行きたい、と思うようになったそうです。

『松浦武四郎は蝦夷の探検家として知られているが、老いて内地の旅行に転じ、1985(明治18)年大台ケ原の登山と開拓に従事した。植物学者の白井光太郎氏が登った時には、武四郎の建てた小屋がまだ残っていたそうである。
… 大台ケ原に登って雨に遭わなかったら、よほど精進のよい人と言われる。町で一年かかって降る雨を、ここでは一と月足らずで降ってしまうのである。統計がそれを示している』
(深田久弥『日本百名山』)

 ここでやはり、松浦武四郎の生涯を一瞥しておくのも悪くはないですね。

松尾芭蕉、本居宣長とともに、三重県が生んだ偉人のひとり松浦武四郎は、北海道の探検に始まり、全国各地をすみずみまで旅をした人物で、武四郎の歩いた道をつなげば、日本地図ができ上がるとまでいわれたほど、その調査は日本全国に及んでいます
(松阪市の文化情報「松浦武四郎記念館の施設紹介」)
http://www.city.matsusaka.mie.jp/www/contents/1000001187000/index.html

伊勢国一志郡須川村というところで1818(文政元)年に生まれた。三重県一志郡三雲村字小野江(現在の三重県松阪市)というところにあり、津市と松阪市の中間、雲出川の南岸にあたる。
… わが北海道の名付け親である。明治政府は、1969(明治2)年8月に蝦夷地を北海道と呼び改めることにした。政府は新しい名称の選定を、武四郎にゆだねた。この北海道の名称は、武四郎が提案した日高見道、北加伊道など6案から選ばれた。武四郎の雅号のひとつ「北海道人」とも一致する。武四郎の原案は「北加伊道」で蝦夷を「かい」とよむので、「加伊」に蝦夷の意味を残しておきたかったためとも言う。
… 蝦夷地に通じた第一人者たる武四郎にとって明治政府への期待は大きかった。国防・開発のためには道路の開通が第一、漁業や水田を開き硫黄を採取できることは警備のため火薬の製造に役立つとしている。屯田兵を採用すること。アイヌ民族については、愛撫すべきこと、老寿者を賑恤(貧しい者の救済)すべきとも提案している。
… しかし、開拓使の役人たちが野蛮、無知という旧態のままアイヌ観を示すにおよび、激論になることが多かった。
 たとえば岩倉具視が三条実美にだした意見書である。激論や辞表をつきつけるたびに武四郎の友人となった島義勇がなぐさめて思いとどまらせていたという。幕府時代の場所請負人がそのまま新政府の「漁場持」という役におさまることがきまり、武四郎の新政府にたいする気持ちもきまった。1970(明治3)年3月にとうとう開拓判官の職を辞してしまう。この後は任官することなく、東京神田五軒町に隠居し、ときおり、大好きな山のぼりを楽しんだ

(釧路昔むかし〜江戸時代の釧路〜、協力:釧路市史編さん事務局)
http://www.hokkai.or.jp/history/kusiro-mukasi/4-1.html

地理学者であり、探検家であった松浦武四郎は27歳から単身で蝦夷地探検に出発し、それ以降6回にわたって蝦夷地の調査を行いました。38歳になった武四郎は幕府の役人として更に蝦夷地を調査し、「東西蝦夷山川地理取調図」(全28枚)を刊行しました。明治時代になって蝦夷地開拓御用掛、開拓判官となり、北海道名、国名、郡の選定にあたり、北海道命名者として従五位開拓判官に任命されたところから「北海道の名付け親」と呼ばれています。
 武四郎は明治政府の役職から離れてまもなくの55歳の時、神田五軒町(現在の外神田、「神田明神」の周辺)に新居を構えました。
 1886年(明治19)年に、武四郎はそれまでの旅の思い出として、今まで訪れたことのある全国各地の友人、知人に頼み、法隆寺、熊野本宮、北野天満宮、出雲大社、伊勢神宮などの由緒あるお寺や神社の古材を寄せ集めて、家の一隅に「一畳敷」書斎を増築しました。
 武四郎は自分が亡くなったら、この一畳敷の木材で亡骸を焼き、骨は大台ヶ原に埋めて欲しいと書き記していましたが、彼の死後、松浦家では非常に貴重な建築物であることから、この一畳敷を保存することを決め、紀州徳川家の施設であった南葵文庫へ移築されました。現在は国際基督教大学の敷地内(泰山荘)にあり、国の登録文化財となっています。
 また、武四郎のお墓は現在、豊島区の染井霊園にあります

(三重県・東京事務所「北海道名付けの親・松浦武四郎と一畳敷書斎」)
http://www.pref.mie.lg.jp/TOKYO/HP/yukari/13.htm

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2012年05月22日

国際基督教大学

 ヤッホー君のこのブログ、昨年3.11の一ヶ月前の2011年2月12日付け日記「馬角斎」をお読み下さい。

 今日、5月22日は墨田区のスカイツリー開業の日、しかし、北海道から上京なさった仲間をご案内したのは東武鉄道伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の駅、「とうきょうスカイツリー駅」でなく、JR中央線「武蔵境駅」。
 南口から「山桃通り」を歩いて「境南コミュニティセンター(武蔵野市境南町3-22-9 Tel 0422-32-8565)」を目指します。ホールには月曜日の天文ショー「金環日食」の連続写真がもうさっそく展示されておりました、すご〜い。そして「境南音頭」もあります:
http://www1.parkcity.ne.jp/kyonan-c/kyounan-ondo/kyounan-ondo.htm
 
 さらに「天文台通り」を「連雀通り」を越して、国際基督教大学の裏口ではありません、正門から入学します。
 でも出るときは裏門(南門)から都立野川公園を目指したんですけど。ちゃんとありがとうございました、と深々とお礼を言って退出しました。
 
 ところで正門から続く桜並木は、「マクリーン通り」と言いますが素晴らしいです。

マクリーン通り.jpg

 2011年11月19日(このブログの日記「さざんか」参照)、あのときも生憎の雨でしたが、北海道の仲間には秋の神宮外延のいちょう並木(青山口から円周道路まで300mに146本、9m間隔の並木)をお見せしたのですが、こちらもすご〜い!

正門から続く約600mの通りをマクリーン通りと呼びます。大学の創立に貢献したマクリーン牧師(ギンダーパーク長老派教会、本学名誉人文学博士)の名にちなんでいます。通りの両脇には平和と隣人愛を祈念して106本の桜が植樹されています

「泰山荘」
 ICU創立以前からあった建造物を保存した日本庭園。特に茶室「一畳敷」は江戸時代の探検家松浦武四郎ゆかりの貴重な建物です

http://www.icu.ac.jp/info/facilities.html

 そうなんです、今日は松浦武四郎を偲ぶ歴史散歩なんです。北海道の仲間をご案内したい、とその旨を守衛さんに説明し、キャンパスマップをいただいて入学していきました。
 どうしてかっていいますと、銀座のINAXギャラリーで開催されていた『幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷』展を観に行き、そのお屋敷跡が大学キャンパスにあるとの情報をいただいていたからなのです。

 折からの五月の雨で新緑がみずみずしく、しっとりと目に入り、思わず溜め息が出てまいります。

 これに感動したヤッホー君、急にお腹がすいて、「学食」はどこ??

 こんな報告メールを2012年5月22日 19:34 に発信していました。

皆さん、今日は雨で気温も低く、寒いくらいでした。スカイツリー開業に沸く下町では雷も鳴ったとかって。いかがお過ごしでしたか?
 今日のタウンウオークは、北海道の名つけ親、松浦武四郎のお屋敷、一畳間が国際基督教大学(ICU)にあるというので、偽学生か社会人大学院生か、キャンパスにお邪魔しましたが、写真の通り、折からの雨で新緑がしっとり、3人で感激のし通しでした!
 それよりも…学食が綺麗、また安い、美味しい、ぼくは肉じゃが定食、広東麺、カレーライスと大学に入ってすぐ、そして大学を出るときと二回も行って食べました!
 お屋敷は、大学祭のときに一般公開されるって、皆さん、仕事を休んででも行く価値のある武蔵野の森のなかのキャンパスです。おじゃましてみませんか。
 その後の都立野川公園も良かったですね。詳細は『山歩クラブかわら版6月号』で。
 では次回、元気に歩ける日までごきげんよう


泰山荘.jpg

 なお、この一畳間は次のような変遷を辿るのですが、今も丁寧に大事に保存されているのです:

1886(明治19)年 松浦武四郎、東京神田五軒町(自宅)に一畳敷をつくる。翌年「木片歓進」(木片の寄進目録)を出版。
1888(明治21)年 松浦武四郎逝去。
1908(明治41)年 一畳敷は解体、麻布区飯倉町徳川頼倫邸(紀州家当主)に移築される。南葵文庫の裏庭に武四郎関係の資料を展示する記念館とともに再建される。南葵文庫は私立図書館の魁として知られる。
1624(大正13)年 代々木字上原の徳川頼倫邸へ解体せず移建される。翌年母屋「高風居」が造られる。
(大正12年の関東大震災で被災した東京帝大の図書館に南葵文庫を寄進、一畳敷は移転した上原の頼倫邸に再び移転)
1936(昭和11)年 一畳敷は三鷹の「泰山荘」に売却・移建される。
(「泰山荘」は日産財閥番頭山田敬亮が造った別荘である)
1940(昭和15)年 山田敬亮、中島知久平(中島飛行機会社社長)に泰山荘を売却。
1950(昭和25)年 泰山荘を含む旧中島三鷹研究所跡地の大部が新設された国際基督教大学に売却される。
(泰山荘(一畳敷)は毎年、国際基督教大学学園祭で一般公開される)

http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/mok_kanjin.htm

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高見石小屋

 昨日、更新した日記「ヤマレコ」は多分、山好きな仲間だったら皆さん、一度は参考のため、とチェックしたことのあるサイトに成長しているはず、です。
 山歩クラブで20日日曜日、4人で番外編で歩いた麦草峠〜白駒池〜南歩道〜高見石小屋〜高見石〜丸山〜麦草峠もいまカッシーが得意の「何でもできるケイタイ」でチャレンジまっさいちゅう!そのうち、「ヤマレコ」にアップされるかもしれませんよぉ〜、お楽しみに。

 ところで、すっかり氷の溶けた白駒池から、氷雪に未だに覆われている森のなかの山路を登っていくと、高見石小屋が見えてきます。親しくなったスタッフとおしゃべり:

「こんにちは、この間はすっかりお世話になりました。あんまり良かったので、また来ちゃいました、今日は日帰りですが、また今度泊りにきます」
「どっかで見たお顔だなと思っていました、ぜひまたのお越しをお待ちしております。昨晩はあのベランダでワインを飲みながら星空を仰ぐ夕べをやったのですよ」
「えっ、まだ八つの山開きってまだですけど、もうそんな季節なんですね、一ヶ月前から比べると、雪も大分少なくなりました」
「え〜、毎日毎日、勢い良く消えていきますからね。オーナーはちょっと前、キャタピラー道(北歩道)を整備しないといけないって、枝落としに行くからって、出ていきました。作業しているので途中で会えるかと思います」

 とても良い一晩を過ごさせていただいた高見石小屋のサイトも充実しています。要チェック!
http://www.yatsu-akadake.com/takami-k.html

 われわれの訪れた前日の土曜日、このベランダはさぞや賑わったことでしょうね。その様子が実は、≪ヤマレコ≫に載っているんですう:

『「★白駒池〜にゅう
 ここも凍結個所だらけですが、土の現れている個所を探しながら歩けば登りは安全でした、下りの場合は、チェーンスパイクまたは6本爪アイゼンがあった方がサクサクと下れると感じました。


 町んなかは半そでに衣替えしても2000mを越す高山はようやく春の兆し、ですので山を歩かれる方にとってはアイゼンは必需品です。
 
 「星空とワインを楽しむ夕べ」、あいにく夕方から曇り空、星はちょっとしか見ることができませんでしたが、星博士の原田さん(高見石小屋のオーナー)や、参加した方がたと色いろいろなお話で盛り上がり、就寝が11時を過ぎてしまいました。
 ポトフ、ワイン、おつまみetc..とても美味しくいただきました。
 次回は7月29日(土)です。
 今度は夏の大三角形(織姫、彦星、白鳥座)が見れることを期待します』

http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-192181.html

 写真を添えますので、前回のときの日記をお読みになって写真を比較してくださると嬉しいです。
 三葉ご提供します。
 一枚目は白駒池、二枚目は高見石から白駒池、三枚目は丸山山頂です(標高は2330m…これを漢数字で縦に書いてあるから1万1111万1110mだねってカッシー)。

P5205852.jpg

P5205862.jpg

P5205869.jpg

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2012年05月21日

ヤマレコ

 この前、19日土曜日付けの日記『紀美子平』で紹介しました大分合同新聞社と別府大学による「オオイタデジタルブック」はご覧いただけましたでしょうか。

『大分県の文化・歴史を伝える新聞過去記事や書籍、郷土史家等がまとめた資料等を、県民の共有知的財産として電子書籍化し、専用サイトで無料公開。2006年3月から連載形式の電子書籍として毎週2回、計20種、約400冊を発行(2011年4月時点)』
(別府大学、地域における社会貢献活動)

 その中心的役割を担っている別府大学の先生が、川村正敏先生でした:
 
川村正敏氏は東京で出版関係の仕事をしていましたが、次世代の出版技術の研究のため、大分県別府大学で教鞭をとる准教授です。
 現在、地方の郷土史を出版とは違う新しいカタチでの情報配信を研究しています

(大分県玖珠町商工会)
http://www.kusu-shokokai.jp/kawamura.html

 町のなか、駅のなかの活字本を並べ販売するムカシながらの本当の本屋さんのほかに、イマは、電子書籍と言って、パソコンで読めるオンライン本屋さんも登場してきていますが、「購入する」をクリックしないと読めないのがほとんどです。
 そりゃあ、ただっていうわけにゃあ、まいりません、情報化社会のなかで生きのびていかにゃならん「商売」ですから。
 でも、ね、このように情報を売った買った、損した儲かったのカネの世界にせずに、つまり「商売」にせず、地元の地域の新聞社と大学の協力の例のように、「無料公開して知的な財産を皆んなで共有する」という試みが、星のようにあちらこちらで光り輝いておるのも事実なんです。
 なんでもかんでもカネにしない、この日本人の試みをヤッホー君は応援しているのです。
 そんな試みが雑草の根っこ、竹の子のように、口づて、人づて、たすき掛けで、野焼きのように、燎原の火のように、満天の星のように広がっていってほしい、とヤッホー君は期待しています。

 登山人の世界にも、そんな気高い志をもったお方がおられます。

 ≪ヤマレコ≫の的場一峰さんです:

Q. ヤマレコってなんですか?
 A. 山行記録をみんなで共有することを目的に立ち上げたサイトです。基本的な記録の登録などはすべて無料で提供しています。提供している機能などは、以下のページをご覧ください。
■ ヤマレコとは?
http://www.yamareco.com/modules/pico/index.php?content_id=10

 Q. 誰が作ってるの?
 A. このサイトは matoyan 個人で運営しているサイトです。
 新機能の開発、機能改善、バグ修正、お問い合わせ対応などを、趣味の時間を使って行っています。
 平日の日中は普通に会社に行っているので、対応などが遅れる場合がありますがご了承ください。
 ちなみに管理人のプロフィールはこちらをご覧ください』

 どれどれ…

『大学のときにワンゲルに入部、夏山縦走中心に活動し、社会人になってから山岳会カモの会に。
 好きなジャンルは縦走と沢登り。
 2012年9月まではアメリカ西海岸にいる予定


 的場さんが所属している山岳会「カモの会」は、どんな会?

神奈川・東京ほか在住の20、30、40歳代による若手中心のオールラウンド登山を行う山岳会です。
 アルプスなどのピークハントや縦走、クライミング、沢登り、雪山、山滑走などを対象に活動しています。
 日本勤労者山岳連盟加盟
 神奈川県勤労者山岳連盟加盟

…先日、ミューザ川崎で5月集会を開催しました。今月のテーマは『夏山縦走』。さまざまな山グッズを実物を交えて紹介頂いたり、盛り沢山の内容でした。そして今月からは、新入会のメンバーを迎え、集会も大盛況!大盛況のあまり、立ち見が出てしまいましたが、次回集会からは会場もスケールアップする予定です

http://www.kamonokai.com/hp/index.html
 
 この「カモの会」では今年3月5日、「2012年度新規会員の募集を開始しました」が、4月1日、「2012年度新規会員の募集を終了しました。多数のお問い合わせ、ありがとうございました」ですって。
 え〜、われわれ山歩クラブでは通年営業、と申しますか、通年募集中!
 ま、会の盛況は人数でなく、中身の充実度具合だい! と粋がってポーズをつくりはしたものの、われわれ山歩クラブの先日の5月集会(ミーティング)は、カッシーとふたりっきり(あっ、はっちゃんがいましたか)。
 カレースパゲティーを食しながら、向かい合わせのお集まりでした!
 

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2012年05月20日

麦草峠

 5月20日日曜日、本来の計画では今日、金峰山小屋2420mに泊まって、翌月曜日の「金環日食」の天文ショーを金峰山(きんぷさん、2599m)で観て、瑞牆山(みずがきやま、2230m)にシャクナゲの開花状況をチェックする、そんなプランだったようでしたよ。
 ところが仲間のひとりが日程の都合で参加できなくなったうえに、「日光湿疹」なんてヤッホー君はこれまで聞いたことのない病気になってしまい、無理と判断し、中止としたかったのですが、≪ミステリー山行≫として仲間を募ったところ、なんと4人も揃いました!
 山を愛する仲間、山歩きを楽しむ仲間が少しづつでも増えていくことはたいへん、けっこうなことでございます。
 ところで、行き先…
 山域が決定したのは、昨夜のことだったのです!

 ヤッホー君より、山歩クラブの仲間たちに報告メールが発信されたようなので転載しおきます:

『2012年5月20日 21:04
 皆さん、ビューティフルサンデーを楽しく過ごされたかと思います。

 さてわれわれミステリー山行組の行き先が決定したのはなんと前日の土曜日!
 たってのご希望がありまして、4月13-14日の金曜一泊二日で歩いた高見石コースにしたのです。
 昨夜土曜の夜、ヤッホー君は、深い森へと続く山路が、ご自分の頭のようなつるつる、てかてかに光って、こりゃあ、アイゼンを装着しないと登れそうにないわ、とあのときの悪夢のような瞬間が、ほんとうにヤッホー君の夢のなかにでてきて深い眠りを覚まされ、うなされ、夜中にがばっと起きてしまった、といいます。
 それで真夜中、アイゼンをしっかり準備しましたが、リュックに入れて持ってくるのを忘れたことに気づいたのは、もう中央道を走るクルマのなか。
 時、既に遅し。
 ま、一ヶ月も経過したことだし、町んなかはもう、半そでに衣替えして出勤しはじめたことでもあるし、氷と雪の世界も、イマはもう春まっさかり、新緑の北八つ、と期待することにしました。
 しかし、2000mを越すメルヘン街道から麦草峠は、雪解の真っ最中。
 山桜もようやく蕾がほころびかけた程度!
 苔むしているはずの森もまだ残雪と氷の世界に覆われていました!
 5時に家を出たヤッホー君たち、9時に登山を開始し、なんとか4人力をあわせ(アイゼンがないため協力しないことには歩けません)、白駒池から高見石(昼食)、丸山、麦草峠着1時と無事に周回コースを歩き終えることができました。
 そうしたら立ち寄り湯も「渋の湯」、とのたってのご希望がでまして、クルマを奥蓼科温泉郷へと走らせました。
 3時前、現地を出て、冠雪の冨士、八つ、鳳凰三山、甲斐駒の山並みを堪能しつつ、田植えに忙しく野良仕事をなさっておられる農家の人びと、路傍一面、色とりどりに咲き誇る春の花々、春の歌のフォルティッシモと日本の田園地帯のピアニッシモの交叉するうっとりするような村の風景に酔いしれながら中央道に入りました。
 そして、下町に戻って、仲間たちを玄関先まで無事に送り届けたことを確認し、ご自分は自宅山荘に戻ったのが8時だったとか、そして宣(のたま)はく、山はいいですね…、だって』

 写真も添付してありました。
 キャプションには、『バンザ〜イ、麦草峠に無事、戻ってきて』

麦草峠.jpg

 では、次回までご・き・げ・ん・よ・う!

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2012年05月19日

紀美子平

 5月19日土曜日、まだ昨晩の続きで雲表の国を徘徊しています。
 今年の小屋明けから切り盛りすることになったあの若女将、今田恵についてのドキュメンタリーフィルムに酔いしれたまんまのヤッホー君!
 あの映画で、上高地から重太郎新道を登っていく途中の紀美子平で手を合わせて、自らの人生の選択を報告する場面がありました。
 これにおどろいたヤッホー君、もう涙たらーっ(汗)
 っそうなんですねえ。物語がありました!
 ヤッホー君のこのブログ、3月28日付け日記「穂高岳山荘」、さらにはその翌日、3月29日付け日記「重太郎新道」と合わせて、以下ご報告し、三部作といたします。
 う〜ん、時間があればまだ続くかもしれません。少々お時間をくださいね。

『「穂高岳山荘と今田重太郎氏について」
 奥穂高岳と涸沢岳の鞍部、標高2983mの白出乗越(白出=しらだしのコル)に建つ、収容350人の山小屋。
 「重太郎新道」などにその名を残す今田重太郎(1898-1993)氏が開設した山小屋である。

 今田重太郎氏は、北アルプスの名ガイド・上条嘉門次(北アルプスを世界に紹介したウェストン卿のガイド)の弟子で「穂高の仙人」と呼ばれた内野常次郎の後を継いだそうである。

 前穂高の山頂直下に「紀美子平」という分岐ある。
 「平」と言えば平坦地のようであるが、傾斜した大きな平な岩が登山道に沿って横たわっている。
 穂高岳山荘を開いた今田重太郎氏・マキご夫婦には子どもに恵まれず、重太郎氏の兄娘の子、紀美子さんが2歳のとき養女に迎えた。
 幼い紀美子さんを伴いここ紀美子平でルート(重太郎新道)の開拓を行なった。
 しかし、重太郎氏の愛娘の紀美子さんは、昭和45年、23歳の若さで他界
 紀美子平は、山荘のアイドルだった紀美子さんの名前をとって付けられたそうである。
 現在は、紀美子さんの兄英男氏が穂高岳山荘の経営を継いでいる』

(野山放浪さんのブログ)
http://alps3030.exblog.jp/5805933/

 このあたりの事情は、1988年9月1日発行の『双星の輝き(久保博司、山と溪谷社)』に詳しいのです。この本はイマ、絶版ですので、図書館に探しに行かないといけないですね。

『山荘の基礎づくりに生命を賭けた今田重太郎と、「時代」に敏感に対応しながら、強烈な個性をもって、人気ベストワンの山小屋に築きあげた今田英雄、このふたつの星が、ときに重なり合い、ときに葛藤の日々をくり返しながら、穂高を舞台に、燦然と輝く。
 穂高岳山荘創立65周年記念出版!』

http://www.amazon.co.jp/

 さらに、図書館がパソコンになった、いや良書ですね、良書がサイトで見られる面白い試み、企み、情報拡散をしていらっしゃるのが、次↓。
 なんでもかんでも、有料にしちゃう金儲け主義、拝金主義が蔓延してしまったかのような情報化社会の世情にあって、ほっとするような「山小屋のランプ」、もしくは「ろうそくのともしび」のような暖ったかみがあります:

著者 日本山岳会会員、後藤実
(1938年いまの豊後水道、ごめんなさい、豊後大野市に生まれる、1960年大分合同新聞社入社、1998年定年退職。1995年から10年間大分合同新聞社の月刊誌ミックスに『私の登山記』を連載)
デジタル版
編集 大分合同新聞社
制作 別府大学メディア教育・研究センター地域連携部
発行 NAN−NAN事務局(大分合同新聞社総合企画部内)
 
『「NAN-NAN」(なんなん)は、大分の文化の掘り起こしと発展の一助となることを願ってインターネット上に開設したサイトです。
 大分合同新聞社と学校法人別府大学が運営を担当しますが、主役は県民そして大分に関心を持つ多くの皆さまです。
 後世に伝えたいもの、そして全国に伝えたいもの、それは大分にもいっぱいあるはずです。
 放っておけばなくなってしまう遺産を、デジタルの技術を使ってきちんと残していく。
 さらに現在の県民の活動の中からも、大分の文化として発信すべきものをデジタル化して全国に発信しながら後世に伝えていく。そんな活動を、皆様と一緒にしていきたいと願っています。
 NAN-NANという名称は、大分方言の「何なん?」から付けました。
 標準語で言えば「何なの?」です。
 大分の子供たちは「何なん?」「何なん?」と目を輝かせて口にしながら、知識を得、育っていきます。
 「地方だから」なんてマイナーな気分になるのが恥ずかしくなるようなバイタリティーがそこにはあります。
 それが本来の大分県民です。
 インターネットを使うことで、そんな大分県民の潜在能力をかきたてることができれば幸いです。
 ぜひともご参加下さい。
 そして、よりよいサイトとして発展するようご意見をお寄せ下さい』

http://www.nan-nan.jp/nannan.html

 そのインターネット図書館のなか、書庫に後藤さんの本が収められており、これを手にとって読むことができるのです:

夫婦で、グループで歩く県内、九州、北アルプスの山登りに必読。
 著者が踏破した山々の姿と道程を生き生きと描いた「雲表の縦走路」を原著に、120枚の白黒写真をカラー写真に変えて電子ブックで復刻


 後藤実『雲表の従走路』(2001、大分合同新聞社月刊ミックス編集部監修)
 ぜひ、第18章●穂高連峰を歩くAをお読みください:
http://www.nan-nan.jp/lib/unpyou18a1.pdf

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2012年05月18日

穂高・涸沢 Movie&Talk session

 5月18日金曜日夜の穂高岳小屋、涸沢ヒュッテの主も生出演、映画とトークショウの夕べには酔いしれました。
 それでも足りず、会が引けても山歩クラブの仲間と連れ立って、有楽町のガード下で、ハイボールに酔いしれ、ただいま家に無事、到着。
 「一杯だけ」にしておきましょうというお話しでしたが、「い〜っぱい」になったそうです、ヤッホー君(よくある話し)。
 今晩のお話しの詳細につきましては、「山歩クラブかわら版」6月号にて報告、紹介するとのことです、少々お待ちくださいね。
 会場は、水曜日に『わが母の記』をみた映画館の入っている有楽町マリオンの11階、『有楽町朝日ホール』。
 席は立ち見がでるほどの満席、「無料」とは信じられない素晴らしい映像美に、面白くってためになる山の説明会で、またしてもヤッホー君は涙ぐんでおりました。
 山ってほんとうにいいですね! 日本の自然はほんとうに美しいですね!!

今田恵.JPG

『日本の屋根・北アルプスの雄大な自然の織りなす厳しさと美しさを、映像と、山小屋主人らのトークで楽しむイベントが、神戸、東京、松本で開催される。
 トークセッションでは、涸沢ヒュッテ・山口孝氏、穂高岳山荘・今田恵氏、宮田八郎氏が、「安全な登山」「レスキューの実際」「初心者と涸沢・穂高」などをテーマに語る。
 映像セッションでは「涸沢讃歌―穂高・氷河圏谷の四季―」「私は山で生きていく―穂高岳山荘3代目今田恵―」の2本立てとなる。詳細は以下のとおり…』

(ヤマケイオンライン News 穂高・涸沢の美しい映像と山小屋主人のトークを楽しもう! 「穂高・涸沢 Movie&Talk session 」 神戸、東京、松本で開催)
http://yamakei-online.com/journal/detail.php?id=1570

『「私は山で生きていく」−穂高岳山荘3代目・今田恵−25分:
◆ 歴史ある山小屋を継いだ26歳の女主人
 北アルプス・奥穂高岳の稜線に建つ穂高岳山荘。
 伝統ある山小屋の一つだ。
 この山小屋の主が若い女性に受け継がれることになった。
 今田恵さん26歳。
 去年、2代目の父親から引き継ぎを託された恵さんは、4月下旬の小屋明けから父の仕事ぶりを間近に見つつ、自分なりの山小屋像を描いてきた。
 春先には積雪8mの厳しい世界と格闘し、ベテランのスタッフに支えられながら過ごした雲上の7か月を追った。
 高山の山並みや雲海、満天の星空、希少な動植物など北アルプスならではの貴重な映像も見応えがある。
(2012 長野朝日放送)』

http://www.hodaka3190.com/hkmts/

『「涸沢讃歌」−穂高・氷河圏谷の四季−34分:
● 穂高岳山荘スタッフ 宮田八郎による映像プロダクション「ハチプロダクション」では、穂高連峰を中心とした山岳のハイビジョン撮影を行っております。
 webサイトおよびYouTube上にて、映像作品をご覧いただけます』

http://www.hotakadakesanso.com/aboutsanso.html

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2012年05月17日

湯ヶ島

地球上で一番清らかな広場。
北に向かって整列すると、
遠くに富士が見える。
廻れ右すると天城が見える。
富士は父、 天城は母。
父と母が見ている校庭で
ボ−ルをなげる。
誰よりも高く、美しく、
真直ぐに、天にまで届けと、
ボ−ルを投げる

『井上靖詩碑 天城湯ヶ島町宿 湯ヶ島小学校校庭』

しろばんばの碑に題す。大岡信

 井上靖は文壇の巨匠と仰がれながらも、一方では満点の星のもと、ただ一人宇宙と対座することに至上の喜びを見出す、魂の永遠のさすらい人だった。
 彼の謙虚でしかも限りなく勤勉な精神が生んだ業績は巨大だったが、その仕事の根源には、世間的な意味での栄達とはまったく無縁な心、わが好むところを好むがままに追求して飽くことをしらぬ、自由
で孤独な夢想家の心が住んでいた。
 井上靖の中には朴訥な自然児が終生息づいていたのである。
 この自然児を揺籃期にはぐくんだのは、伊豆湯ヶ島の地にほかならない。

 「しろばんば」は、そのような心がどのようにして誕生し、成長していったかを語る自伝小説である。 井上靖の生涯と業績を思うとき、おぬい婆さんと洪作少年がこの地で営んでいた一風変った生活が、いかに重要な意味をもっていたかを思い見ずにはいられない。
 洪作は遊び仲間と同じ腕白少年だが、同時に沈着な内省家である。
 彼は幾重にも閉ざされている自分の生活圏から、徐々に外界へ向けて自我を押しひろげ、大地を踏みしめて歩みはじめる。
 大正時代の伊豆の小村、湯ヶ島で一少年が営んでいた、つましくも夢多き幼少年期の生活が、ひろく豊かな世界との接触の一歩一歩だったのを見ることは、この小説の読者に、ある爽快で暖い読後感と、そして励ましとを与えるであろう

(文学碑「しろばんば」 天城湯ヶ島町宿 井上靖旧宅跡庭内 石の台座 1995 1 29)

 湯ヶ島小学校ってどこかな、井上靖旧宅跡ってどこかな、おぬい婆さん(日活映画では北林谷栄)と浩作少年が暮らした蔵ってどこかな、上の家ってどこかな、さき子先生(日活映画では芦川いずみ)と一緒にお風呂に入った川沿いの共同湯ってどこかな、…この次こそヤッホー君は以下のサイトの「しろばんばの里 文学散歩」をガイドにウオーキングすることにしたそうです。
http://www3.tokai.or.jp/amagi/

 さらに、13日伊豆・八丁池からの帰りの車中で、ヤッホー君は突然、「天城乗合自動車」のことを思い出し、薪でムカシ田舎のバスは走っていたんだよ、って言ったら、「えぇ〜?まさかぁ〜っ、もう天城の地酒で酔っぱらったの?」って顰蹙をかってしまいましたが、ガソリンが不足していたムカシ、『田舎の定期バスは薪で走りました。車体に円筒形の缶を付け、薪を蒸し焼きにして一酸化炭素を発生させ、冷やして濾してガソリンの代わりにエンジンの気化器に送り込むものでした
(東北道本宮ICより車で20分、二本松ICより車で20分のところにある「ふくしま県民の森 フォレストパークあだたら」)』。
 でも、でも、さ、「しろばんば」の世界では「天城乗合自動車」ではなく、「天城乗合馬車」でしたねぇ〜…〜
http://www.fpadatara.com/event/morihanashi1.pdf 、

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2012年05月16日

わが母の記

 5月16日水曜日、ヤッホー君は「丸の内ピカデリー2(千代田区有楽町2-5-1 有楽町マリオン9F Tel 3201-2881)」で映画「わが母の記」を観て泣いておりました。

 ヤッホー君のこのブログ、昨日付けの日記「天城山隧道」で紹介した井上靖の「しろばんば」を読んでから映画館に行くと背景がよく分かります。
 山歩クラブの仲間は、この間の13日日曜日に訪れた伊豆のわさび田、湯ヶ島、沼津御用邸の海辺など、懐かしい場面がたくさんでてきますのでお見逃しなきよう。

 沼津の軍医の子どもが小さい頃から湯ヶ島の蔵のなかで8年も過ごすのを、子どもは母から捨てられた、と思い込んでいたのですが、その母が年を重ね認知症になっていくのに伴い、実は母は、台湾に赴任する夫に家族全員が同行し、戦にあえば血筋が絶えてしまう、それを心配した母が、長男である子どもを敢えて同行させずに一人残して、湯ヶ島に託したのであって、認知症の母はその「子ども探し」をしているんではないか、と気づかされるのが通底してのストーリー、テーマなんですね。

 ハンケチで涙を誘うというより、観客に考えさせるすごい映画です。

原作は、昭和の文豪・井上靖が自らの人生、家族との実話を基につづった自伝的小説。
 それを「クライマーズ・ハイ」の原田眞人監督が映画化した「わが母の記」。
 感動と称賛の声はまず、海の向こうから上がり始めた。
 第35回モントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリに輝き、第16回釜山国際映画祭のクロージング作品となり、その後も各国の映画祭へ。

役所:井上先生の生涯が投影されている。僕の演じた小説家の伊上洪作は、母親に対し「自分は捨てられた」と言い続け、ずっとひねくれていたんです。でも小説を書き続けたエネルギーは「いつか認めてもらいたい」「褒めてもらいたい」という、そういう秘めた気持ちがエネルギーになっていたんだと思うんですよね。だから、その母が記憶を失っていくのはとても切なかった。

宮崎:わたしは、母親役の樹木希林さんが息子の過去…伊上洪作が子どものころに残した「あるもの」を思い出し、役所さんの前で披歴してゆくシーンに胸が熱くなりました。リハーサルのときからスタッフ間で「素晴らしいお芝居」と評判になっていて、撮影当日、モニターで見ることもできたんですけど、完成作までグっと我慢をして。待って良かったです。あの親子のやりとりには本当に感動しました

(シネマトゥデイ:役所広司&宮崎あおい)
http://www.cinematoday.jp/page/A0003243

 どんな映画かっていうのは公式サイトの予告編でご覧下さい。そしてご家族、お友達、お知り合いお誘い合わせの上、映画館に足をはこんで見に行ってくださいね:
http://www.wagahaha.jp/trailer.html

 この公式サイトには、映画を観た観客からの感想もアップされています。たとえば:

『私は宮城の出身です。3月11日の震災で現在は神奈川に非難してきました。あの震災で家族も…家も…財産も…とにかく全てを失い最愛の母も亡くしました…
 私が生まれてすぐに父が胃ガンで他界し、それからは母一人で姉と私を育ててくれました。ただ私は当時、貧乏なあの暮らしに耐えられなく、現実逃避し、中学に入学した頃から家には寄り付かなくなり、家出ばかりをし、人殺し以外の、ほとんどの悪い事をするようになり、警察にも何度もお世話になるようになっていました…』

http://www.wagahaha.jp/mywagahaha/list.php

『脚本を書き、監督を務めたのは、原作者が通った静岡県立沼津中学校(現・沼津東高校)の後輩に当たる原田眞人さんだ(1949年静岡県出身)。原田監督に作品に込めた思いや出演者などについてたっぷりと聞いた。

「この映画は、若い世代にこそ見てほしいんですね。
 今の若者は井上靖を知らない、小津安二郎を知らない、(イングマール・)ベルイマンを知らない、ジョン・フォードを知らない、でしょ。
 古典の世界に入っていってほしいんです。
 映画というのは奥深いものです。
 この「わが母の記」は、手法は新しいですが、その先に見えるものは、井上靖文学であったり、小津安二郎作品であったりするわけです。
 ですから、この作品を入り口に、日本の過去の巨匠たちの世界にどんどん突き進んでいってください」』

(2012年5月2日付け毎日新聞)
http://mainichi.jp/mantan/news/20120502dyo00m200051000c.html

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2012年05月15日

天城山隧道

 13日の日曜日、伊豆東海バスの八丁池口行き路線バスに遅れてしまった山歩クラブの面々、天城峠バス停637mまで専用バスを走らせ、そこから、歩いて八丁池1174mを目指すことにしたのです。
 そして、30分かけて旧天城トンネルに着いて、集合写真を撮ったというわけです。
 そして、さ、これから向(むかい)峠、ワサビ田、大見(おおみ)分岐点という「上り御幸歩道」を歩いて寒天林道から、八丁池へと2時間かけて登る、池到着は12時半だね、と踏んでいたのですが、そのとき現れました、変なおじさん。
 旧天城トンネル入り口に座わっていたおじさんが、われわれの旅姿を上から下まで、じろじろ見て、
『無理だね、3時間はかかる、名誉ある撤退もする、というのであればチャレンジすればいい、おれは薦めないね』とのたまって、そそくさと消えうせてしまいました。
 あれはなんだったのでしょうか。旧天城トンネルにムカシから住みついていた「おじんば」とか「どじんばんば」とか…
 それで、どうしようか…、迷ったのです。二手に分れるか…、今日は下見と割り切って、はっちゃんのようなけして強くない、かめさんといっしょに歩くか…
 
天城トンネル(正式名称=天城山隧道)は、静岡県伊豆市と、同県加茂郡河津町を結ぶトンネルです。
 現本線の新天城トンネルと区別するため「旧天城トンネル」と呼ばれています。
 1905(明治38)年に築造され、全長445.5m、
 アーチや側面などすべて切り石で建造しており、石造道路トンネルとしては、日本に現存する最長のものです。
 総石造りの馬蹄形をしたトンネルの入口や内部は、非常に重圧な構えとなっていて明治末期を代表する歴史的トンネルであるとし、1998(平成10)年9月25日に有形文化財に登録され、2001(平成13)年には道路トンネルとしては初めて国の重要文化財に指定されました。
 その旧天城トンネルに続く道は、川端康成作「伊豆の踊り子」でも有名な旧天城峠です。
 ブナ・カエデ・ヒメシャラなどの樹木が自然のままに生い茂る風情は、今も「伊豆の踊子」の世界そのものです。
 道の途中には、伊豆の踊り子文学碑や氷室、あの名曲「天城越え」の歌詞に唄われている寒天橋や、風光明媚な二階滝(にかいだる)などもあり、気軽なハイキングコースとして人気があります。
 国重要文化財に指定されているほかに「日本の道100選」「日本百名峠」にも選ばれています。
 1970年、国道414号の有料道路として造られた新天城トンネルの完成によって、現在は森の中に静かなたたずまいを見せています

(天城観光協会「旧天城トンネル」)
http://www.amagigoe.jp/00TOP09.html

 ヤッホー君が思い出すのは、川端康成「伊豆の踊り子」もそうだけど、井上靖の「しろばんば(新潮文庫)。

 「しろばんば」は「主婦の友」に1960(昭和35)年1月号から1962(昭和37)年12月号まで連載。1962(昭和37)年10月に前編が『しろばんば』として、1963(昭和38)年1月の後編が『続しろばんば』として中央公論社から刊行されています。

『大正初期の伊豆湯ヶ島の山村。
 山々が暗緑の暮色に沈んでゆく冬の黄昏時には、綿くずのような白い小さな生きものが浮漂し始める。
 子供たちはそれを「しろばんば」と呼んだ。
 小学生の洪作は、この白い生きものを眺めながら、沼津に住む軍医の父と母から離れ、母方の本家の当主の妾であった、ぬい婆っちゃと2人暮らしを始める。
 ぬいは最初は嫌々預かったのであったが、今では洪作のことが可愛くて堪らない。
 或る日、本家の次女のさき子が女学校を終え、新任教師として湯ヶ島に帰って来た。
 優しいさき子が帰って来たのも又嬉しい。
 さき子も洪作に何かと目をかけて可愛がる。
 ひいきと騒ぐ同級生もいるが、洪作は優等生街道をひた走る。
 そんな日々ではあったが、さき子は同僚の中川先生と恋におちてしまった…。

■ 映画「しろばんば」(1962/日活)
監督/滝沢英輔
脚本/木下惠介
出演/島村徹/ 北林谷栄/ 芦川いづみ/ 渡辺美佐子/ 宇野重吉』

(同 ibid)

http://www.youtube.com/watch?v=QGGB8NkDfoo

 これは白黒映画の名画。ヤッホー君は、「神保町シアター(千代田区神田神保町1-23 Tel 5281-5132)」で見ていました。

 2008年11月8日(土)〜11月14日(金)の間、≪本の街・神保町≫文芸映画特集Vol.8、日活文芸映画の世界、個性みなぎる日活流文芸映画全28作品の特集というのがあってそのなかの一本だったようで、ですので11月14日金曜日のことでしたね!
 そのとき、「24の瞳」を観たときのような新鮮な感動を覚えたものでした、ムカシの日本と日本人に…

『“すずらん通り”には他所の街には無い文化的な薫りが今でも漂っている。
 そんな“すずらん通り”を横道に逸れたところに、何やら不思議な SF 映画に出てきそうな建物が佇んでいる。
 2007年7月にオープンした「神保町シアター」だ。集英社の土地に小学館がビルを建て、そこに映画館とお笑いの劇場が入った…と、いういかにも本の街らしい施設なのだ』

http://www.cinema-st.com/classic/c021.html

『シネコンに押されて、東京都内でミニシアターの閉館ラッシュが続く中、本の街・神保町にシニアを中心にファンを増やす名画座がある。それが「神保町シアター」。歴史の浅い神保町シアターの人気が高まっているのはなぜか?…理由その1:「一緒に笑って、泣いて。拍手率は都内No. 1」

「あるお客様が“ここはみんなで一緒に笑えるのがいいよね”とおっしゃったんです。確かにこの劇場では、お客様がよく笑いよく泣き、気持ちのよい拍手も起こります。一緒に観ることで観客が共感し合った、昔の映画館の楽しさが健在なんですよ」(佐藤奈穂子副支配人)』

(週刊ポスト2011年10月7日号)

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2012年05月14日

母の日

 仲間からこだまが返ってきています:

『おはようございます。昨日は良い天候に恵まれ、自然を満喫する最高の日でした。天城隧道や八丁池、それに浄蓮の滝などすべてが新鮮でした。ありがとうございました』

『昨日はお世話になりました。何とかお天気に恵まれ 八丁池まで歩くことが出来まして、新緑につつまれて、爽やかな汗をかいてきました。ありがとうございました。次回もよろしくお願いします』

『おはようございます。昨日はお疲れさまでした。楽しい1日を皆さんと山ですごせ、ありがとうございました。また会長には、甥っ子を祝っていただき、本当にありがとうございました』

 振り返り、その壱:

 昨日は当初19名の予定で歩くつもりでいたのですが、皆さん、家族や健康、お仕事に諸事情があって12名まで減りました。「母の日」でもあったようで…


Ms. Turlington Burns said her own feelings aren't that extreme – and she will enjoy a meal with her family, including her children, sister, mother and likely her mother-in-law – but she wants it to be a moment of solidarity with many other moms, and have those surrounding all those women to appreciate them.

 なに、なに?!

It's not intended as an economic protest, she said, and she doesn't begrudge all the restaurants and florists who see boosts in business. What she's looking for is a shift in attitude. She was inspired by Julia Ward Howe's 19th-century anti-war proclamation that mothers were tired of seeing their sons and husbands killed in the Civil War.

Women banded together then, she explained, and the same could happen now to draw attention to the women who die from causes related to pregnancy and childbirth. Every Mother Counts puts the number at 360,000 annually.

Please, no flowers for Christy Turlington Burns this Mother's Day. No chocolates and no last-minute, convenience-store cards, either.

A handmade craft from her children would be okay, but mostly what she wants is to have a conversation about the important role that mothers – and grandmothers and great-grandmothers, too – play in families and in larger communities all over the world.

SAMANTHA CRITCHELL "Why Christy Turlington wants you to boycott Mother’s Day"(NEW YORK− The Associated Press, Last updated Tuesday, May. 08, 2012 5:54PM EDT)

 う〜ん。

 山歩クラブの面々も、そんなことを考えながら専用バスに揺られておりましたので、道の駅「天城越え」からでる八丁池口行き路線バスに間にあわなかったのです、わずか数分の遅延でしたが…

野鳥の声を聞きながらブナの森を散策して天城の瞳・八丁池へ。野鳥の森は、ブナ、アセビ、カエデなどが茂る自然林。年間を通し、64種の野鳥が飛び交い、さえずりを聴かせてくれます。
 コースタイム(参考)歩程約1時間50分(往復)
 修善寺駅(バス約40分)−昭和の森会館バス停(バス約32分)−八丁池口−八丁池−八丁池口バス停(バス約32分)−昭和の森会館(バス38分)−修善寺駅

(伊豆市公式サイト「ほっ」とあったか春の伊豆市へ、野鳥の森から八丁池)
http://www.city.izu.shizuoka.jp/kanko/form1.html?c1=5&c2=4&aid=4&pid=3207

 この路線バスは、伊豆東海バスの八丁池口線ですが、運転本数と時刻表については事前の確認をしておかれたほうがよろしいようで。

4〜10月の土休日と4/30〜5/2と11月の毎日運行
http://dia.tokaibus.jp/OrangeGuide/pc/table.do?pole=1&busstop=6245&kind=0

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2012年05月13日

伊豆・八丁池


 お疲れさまでございました。
 5月13日日曜日は山歩クラブの伊豆・八丁池への定例山行でした。

 急用ができて欠席となった平田さんは、どんなとこか、と伊豆市役所に問い合わせたところ、資料を送ってくれたんですよって、金曜日の夕方、わざわざヤッホー山荘に届けてくれました。
 伊豆市役所 担当部署 道の駅「天城越え(伊豆市湯ヶ島892-6 Tel 0558-85-1110)」。ありがとうございました。
 
 同じく上野さんが朝、自転車でバス乗り場までお届けくださったのがCDに乾き物。「坊がつる賛歌(芹洋子)」から「前穂高絶唱(同じく芹洋子)」までの『山の歌・決定版、KING Records)』は、ドライバーの大坂さんにお願いして、帰路、皆んなで聞き、歌いました。重田さんから甥っ子さんの初節句の祝い酒をふるまっていただきました、ありがとうございました。上野さんの乾き物で美味しくいただくことができました。口をついてでた唄はもちろん、ボニージャックスの「槍ヶ岳賛歌」のはずだったのですが、どういうわけか、「天城越え」になっていましたね、ごめんなさい。
 川上さん、いつものように会計していただきありがとうございました。助かりました。

 今回の山行のあいだ、芽生えたばかりのぶな、花開いた白いオオカメノキ(別名ムシカリ)の花びら、ほころびかけたシャクナゲやつつじやあせび、咲き終えたばかりの豆桜…を写真におさめることができ、とても良い風薫る月例山行でございました。

 写真を添付します:

P5135808.jpg

 旧天城トンネル前です。さ、これより昭和天皇のように御幸山路に入るか、それとも吉永小百合の踊子を追いかける旧制高校生の高橋英樹のようにトンネルをくぐって寒天橋にでるか、思案中のところ、詳細はかわら版6月号発刊までお待ち下さいね。

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2012年05月12日

佐竹商店街

 良いコメがあるよと聞いたヤッホー君、ハトポッポのようにすぐに飛び立ちました。
 お店は、スーパーみかわや(台東区台東4-2-9 Tel 3832-3240)」。
 農家直送米10KGを3100円でゲットできました(にこにこして、嬉しそう!)。

 ここは佐竹商店街のなかにありました。さ・た・け・って聞いてヤッホー君はびっくり、ひっくりかえりそうになったそうです。
 山歩クラブのこのブログ、さ・た・け・についてはもう二度ほど日記に搭乗しております:

☆ 2011年8月25日付け「蓼科山アゲイン」
☆ 2012年4月22日付け「野上ふさ子」

 佐竹商店街もこの流れに乗っておりました。秋田と関係しておりました!

秋田城主、佐竹右京太夫 藤堂和泉守の江戸屋敷には、上屋敷中屋敷・下屋敷のほか、お囲地などがありました。このうち、上屋敷は当初内神田佐竹殿前(現千代田区神田)にあったそうです
(商店街の歴史)

佐竹商店街は東京都台東区台東4丁目春日通りから南の台東3丁目清洲橋通りに至る全長330mの全蓋式アーケードの商店街で、近くて便利な商店街として皆様に親しまれています。
 佐竹の歴史は明治の初年に秋田藩の屋敷跡に見せ物小屋、寄席、飲食の屋台等が並び、盛り場としてにぎわい、下町情緒豊かな商店街として発展を続けてきました。
 現在も年間にいろいろなイベントを行ない、お客さまによろこばれています

(商店街地域地図)
http://www.satakeshotengai.com/

 佐竹商店街では、いま、特価セールスの真っ最中! 皆んなで買い物ツアー、応援してあげましょう:

☆ 下谷神社祭礼協賛セール 5月11日〜13日

☆ 東京スカイツリー開業記念セール 5月21日〜27日

 なに、なに、下谷神社? 道理でぼんぼりが下がっていたはずだ。でも、下谷商店街の鎮守の神様って「秋葉神社(台東区松が谷3-10-7)」じゃないの?
 でもご近所通しでいいんじゃないっすか、ね、本日5月12日土曜日の午後、下谷神社の宮司さんが秋葉神社に参られて、ご神体を崇められるそうです。  

御祭神 火之迦具土(ほのかぐつち) 
 正一位 秋葉山 中宮 秋葉神社の御祭神は、火之迦具土命と申上げ火除けの守り神で御神徳は特に火の幸を恵み、悪火を鎮め、火防開運の神並びに火災消除、家内安全、厄除開運、商売繁盛の霊験新たかにして全国より信仰されている。
 町内に鎮座まします秋葉神社は28万石を有する東北地方屈指の大名で秋田藩12代藩主佐竹右京太夫義尭公、上屋敷の守護神にてこの地にあった広大な屋敷跡である明治維新の大変動期に秋田藩も財政難となり国に上屋敷を上納その時に新政府によりこの地の住居表示が決まり、竹町12番地1号地より24号地迄と制定され現在もその儘使用されている佐竹町会の号地区分はその時出来たものである。
 秋葉神社は1989(明治22)年4月、秋葉ヶ原より勧請遷座し、1930(昭和5)年4月町会先人有志の方々により現在地に社殿を造営したもので、当町会では火伏せの神として崇め、毎年11月第2日曜日に大祭を行なっている。
 世に名高い「秋葉の火祭り」は本宮秋葉神社で毎年12月15、16日の両日盛大に行なわれ、火災消除の大祈祷が古式豊かに荘厳の内に執り行われている。
 1998(平成10)年11月祥日 佐竹町会


 一方、「下谷神社(台東区東上野3-29-8)」は、大祭、本祭りだそうです!道理でポスターが地域(まち)のあちらこちらに貼ってあったはずだ。

開催日程:平成24年5月11日から13日
 開催場所:下谷神社
 千年以上の歴史をもつ下谷神社大祭は、今年、本祭りにあたります。11日に大祭式、12日に連合神輿渡御、13日に千貫神輿と称する本社神輿の渡御が行われます。
 下谷神社へは、
・東京メトロ銀座線 稲荷町駅 徒歩1分
・JR線 上野駅 徒歩5分

(台東区公式サイト イベント情報一覧>観光より)
http://www.city.taito.lg.jp/index/event/kanko/shitayazinzya-taisai.html

 この下谷神社で祀ってあるのが、ヤマトタケルノミコトと聞いたヤッホー君、またびっくりして、ひっくりかえりそうになったとのことです:

祭神名の大年神(おおとしのかみ)は、天照皇大神の御弟素盞雄尊の御子で五穀を主宰し厚く産業を守護し給い、倉稲魂命共にひろく「お稲荷様」として祭られている神様であります。
 配祀祭神名の日本武尊は、第12代景行天皇の皇子で、智仁勇を兼備え、諸国を平定して、御恩威を四方に輝かされました。
 当神社は、人皇第45代聖武天皇の御代730(天平2)年に峡田の稲置らが、大年神・日本武尊の御神徳を崇め奉って上野忍ヶ岡の地にこの二神をお祀したのが創めであると伝えられて居ります。
 第61代朱雀天皇の天慶3年田原藤太秀郷が相馬に向うとき当神社に参籠して朝敵、平将門追討の祈願をなし、その平定の後、報恩のため社殿を新に造営しました

(下谷神社の公式サイト 御由緒より)
http://members2.jcom.home.ne.jp/shitayajinja/goyuisyo.html

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2012年05月11日

H1N1 H5N1

 いえね、鳥フルー bird flu とか、豚フルー swine flu とかサーズ SARS とかいろいろありましたよね、新型インフルエンザ!
 ムカシはスペイン風邪とか香港風邪、アジア風邪とかソ連風邪、と地名がついていたような。
 イマは、株でいうのかな、カヤバ町の株相場でなく、オイチョ株でもなく、「変異株」!
 そう言われても、ちんぷんかんぷんとんちんかん、なのですが。
 
 ま、鳥由来の風邪になんか、かからないほうが良いにきまっていますが、でも季節性風邪のほうがもっと恐いって説もあって…、またまた、ちんぷんかんぷんとんちんかん:

It’s flu season in the Northern Hemisphere and, unlike last year, there is not the drama of H1N1, nor the unprecedented attention influenza was afforded by media and public health officials as a result.

Instead of one global pandemic, there are a series of outbreaks of different types of influenza in various parts of the world and they garner only local press coverage.

The pandemic was declared over in September but this is not to suggest that influenza A/California/H1N1 (the official name for the pandemic strain) has gone away; rather, it has become a seasonal strain and is still doing damage.

Paradoxically, this “normal” flu season will likely prove far more deadly than the pandemic. About 18,000 people worldwide died of H1N1 (including 428 in Canada). But the seasonal flu kills somewhere between 250,000 and 500,000 people each and every year.

(ANDRÉ PICARD 'Normal' flu season packed with surprises, PUBLIC HEALTH REPORTER − From Monday's Globe and Mail, Published Sunday, Jan. 02, 2011 6:42PM EST)
http://www.theglobeandmail.com/life/health/normal-flu-season-packed-with-surprises/article1855626/

 ファッションじゃなく風邪の流行の歴史を一瞥しておくのもいいのかな、と:

A history of major flu pandemicsInfluenza has caused many millions of deaths worldwide – with the Spanish flu pandemic of 1918 the most deadly
(Ian Sample, science correspondent, guardian.co.uk, Wednesday 28 March 2012 15.23 BST)
http://www.guardian.co.uk/world/2012/mar/28/history-major-flu-pandemics?

 でも、このクニでは、イマの流行(はやり)風邪を政治的に利用して、ムカシの戒厳令 martial law のような変な法律をつくって、反対の声を無視して成立させてしまいました。ムカシ、社会党があったころだったら、牛歩戦術とか、あの、その、あらゆる手を使ってハンタイして、有権者に訴えることもできたでしょうが、イマ、もうこのクニでは反対! ときちんと声を出して指摘して大衆を巻き込む野党勢力が国会議事堂から消えてしまったようで… ハンタイでは駄目で、タイアンを出せって、そういえば今日5月11日金曜日は大安でした…

新型インフルエンザの感染防止を目的に、発生時に集会の制限などを可能にした特別措置法が4月27日午前の参院本会議で民主、公明などの賛成多数で可決、成立した。
 共産、社民は反対し、自民は2大臣問責後の審議拒否中に、法案が内閣委員会で採決されたことを理由に欠席した。
 内閣委では、人権が過度に制約されないよう求める付帯決議がされていた。

 特措法は、危機管理法制である災害対策基本法や国民保護法がモデル。
 新型などが発生し、首相が国民生活に大きな影響があると判断した場合、緊急事態(最長3年)を宣言。
 都道府県知事は
▽ 多数の人が利用する施設使用・催し物の制限の指示
▽ 医師への医療の指示
▽ 臨時医療施設開設のための土地等の強制使用
▽ 医薬品や食品を確保するための保管命令−−
が可能になる。保管命令に業者などが従わなかった場合は罰則を設けている。

 また、知事は交通機関やNHKを含む指定公共機関に対し、緊急事態宣言の発令時に「総合調整」という権限に基づく「必要な指示」ができることになっている

(2012年4月27日 11時15分 最終更新 毎日新聞「新型インフル法:参院で可決・成立 発生時に集会など制限」)
http://mainichi.jp/select/news/20120427k0000e010177000c.html

 はて、さて、ヤッホー君のかかりつけの小児科のお医者様は、もちろん反対!

『問題点は二つ。

 厚労省官僚が、インフルエンザ対策に直接かかわることが、現場の混乱を助長すること。2009年の経験から、彼らの対策は全く無効であったことが判明している。

 国民の基本的人権が一時的にせよ行政によって、強制的に停止される事態を、許してよいのかどうか。有事立法で、国民の基本的人権が制限されうることが、法的に規定された。それも大いに問題だが、この厚労省が行なうと言う有害無益な対策に伴って、基本的人権が犯されて良いはずがない。こうした例を作ると、行政は、国民の基本的人権を侵すことを平然と行うようになる。日本国民は、「お上」を信頼する傾向が強い。が、それは大きな誤りであることが歴史の説くところだ。

 新型インフルエンザ対策を、国が直接指揮し、現場の手足を縛ることには反対だ。

(2012/03/17 14:15 更新「インフルエンザ特措法」)

 日本ペンクラブも反対を宣言!

例えば、同法案は、世界保健機関(WHO)が新型インフルエンザの流行を確認した場合、首相が緊急事態宣言を発することができるとし、都道府県知事に対して、住民の外出制限、公共・商業施設の使用制限、集会等の中止を求める権限を与えています。さらに、住民に対して強制的な予防接種も行えるとしています。
 これは、事実上、超法規的な戒厳令であるにもかかわらず、この発動の要件は政令で定めるとされており、厚生労働省の一部の決定のみで私たちの生存と権利と自由を制限することを可能としています。
 新型インフルエンザへの対応は不可欠ですが、誰もが当事者となりうる事態に冷静に対処するためには、危険性の実態や進行の段階、その対処の仕方など、確実で透明性の高い情報の公開が必要であることは、先の福島第一原発事故の教訓であったはずです。その際に見せた(政)と(官)の不手際を検証もせず、いたずらに危機感をあおり、危機管理対策のみを突出させた本法案を制定することは、新型インフルエンザの対策にならないばかりか、民主主義の諸原理を蹂躙するものと言わざるを得ません

…2012年3月30日 日本ペンクラブ会長 浅田次郎

 でもゲンパツもそうですが、労使協調ですので。使用者側に立つ大企業の大労組を票田としているイマどきの与党に、「国民の生活が第一」なんて思っている政治家も消え果ててしまって…。
 イマは「オレの生活が第一」、「企業の存続が第一」に替わってきていますので、ま、しようがないっす…と溜め息まじりのヤッホー君、しかし本心は、「国民の生活が第一」は譲れません、とのことであきらめないようです(一安心):

強毒性の鳥由来新型インフルエンザ(H5N1型、以下「新型インフルエンザ」)出現の脅威が指摘されて久しい。この新型インフルエンザはヒトが免疫を持たないため、一旦出現すると身体や生命に甚大な健康被害を与え、経済社会に大きな混乱をきたすことが危惧される。このため、わが国はもとより世界各国や国際機関において、医学的知見の集積や、発生・大流行(パンデミック)に備えた対策や体制整備が進められている。こうした状況下、経団連においても、過去2回提言を公表し、パンデミック時における社会機能維持の観点から、政府に万全の対策を講じるよう求めてきた。
 今般、政府は、今次国会に新型インフルエンザ対策のための法律案を提出する予定である。同法案は、わが国の健康危機管理体制の構築に法的な基盤を与えるものであり、経済界としては、与野党挙げて一刻も早い法案の成立を期すよう望む。
 新型インフルエンザ対策の早期確立を求める

…2012年2月21日(社)日本経済団体連合会

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2012年05月10日

飛べない鳩

 昨日5月9日の午後はヤッホー君、はっちゃんとマレーシア大使館(渋谷区南平台町20-16 Tel 3476-3840. URL: http://www.my.emb-japan.go.jp/)に用事があって行っておりました。
 もちろんお昼の弁当は持参しておりましたが、問題は、どこで食べるか、ですよね。
 
 われわれが選んだところは、大使館近くの「西郷山公園(目黒区青葉台2-10-28、最寄り駅:代官山駅より徒歩15分)」でした。

1981(昭和56)年5月28日に開園した西郷山公園は、旧西郷邸の一部で、公園の名も「西郷山」という通称が付近の人に親しまれていたことにちなんで名付けられました。
 旧山手通り沿いの高台から、山の斜面になっている所にあり、この公園の特徴は、丘と緑と、20mの落差をもつ人口の滝。
 眺めも素晴らしく、目黒の街並みや、澄み切った晴れた日には富士山も眺められ、区民の憩いの場として親しまれています。
 このあたりは、江戸時代には豊後の岡(竹田)城主中川候の抱え屋敷でした。
 うっそうとした老樹が茂り、三田用水から引いた池があったと伝えられています。
 明治になって、西郷隆盛の弟、従道(じゅうどう)が、兄隆盛が再起し、上京して来る日に備えて、約6haにおよぶこの地を購入しました。
 隆盛が西南戦争に敗れ、自刃したため、従道は自らの別邸として利用することになり、フランス人デスカスによる木造二階建ての洋館や、書院づくりの和館などが建てられ、また池を中心とした回遊式の庭園も設けられ、東都一の名園とうたわれたそうです。
 このようなことから、いつしか人びとはこの一帯を“西郷山”と呼ぶようになりました。
 1931(昭和16)年に西郷家が渋谷に移転して、私人の手に渡ってからは池が埋め立てられ、空襲で和館も焼失して、かつての名園の面影を失っていきました。
 残された洋館は、一時期プロ野球の国鉄スワローズの選手合宿所として使われた時もあり、1970(昭和35)年に愛知県犬山市の「明治村」に移され、国の重要文化財に指定されています

(マイタウンめぐろ 目黒の名所旧跡)
http://meguroku-net.com/meisyo/saigouyama/saigouyama.htm

 冨士山も見えるという目黒区の名勝でもあるこの公園のベンチに陣取って、「ナシnasi ゴレンgoreng トムヤンTom Yam」!
 トムヤンフライドライスで検索するとどんなお味でどんな調理か、どこで食べられるか分かると思います。美味しいこと間違いなし。
 その匂いにつられたのか、鳩ポッポが何羽も連れ立って飛んできて、首を振り振り歩き回ります。マレーシアでは鳩も食べる、とか…。
 ま、マレーシアだけではないのですが、おフランスとかね、食材としては。ただロンドンにおじゃましたときは、ロンドンっ子は“flying rats”と呼んで嫌っていました!日本では平和のシンボルなのにね。

 ところで、5月10日木曜日の朝、通勤時に線路、枕木の砂利に一匹の鳩がうずくまっていたのです。
 ヤッホー君が見つけたときは首振りをしていたのです。まだ死んではいませんでした。が、そのうち見る見る間に、動きが停まってしまいました。もうしません。そのうち電車がやってきます。
 鳩いのち救助と思い、ホームで駅員を探したのですが、折悪しく、いませんでした。
 そして、そこに電車が…。

野生の鳥は、体内や羽毛などに細菌や寄生虫などの病原体を持っていることがあります。
 触れる場合は手袋をし、触れた後には手洗いとうがいをしましょう。

 水鳥(カモ、カイツブリ)、猛禽類(ワシ、タカ、フクロウ)または同じ場所でたくさんの野鳥が死亡していたら、最寄の総合支所産業建設課や耕地林務課、県林務課にご連絡ください。
※連絡内容に応じて調査が必要な場合は回収に伺います。
※過去の感染例が少ない調査対象種(リスク種)以外の野鳥(スズメ、ハト、カラス、ムクドリ、ヒヨドリなど)で複数死亡していない場合や衝突死など、高病原性鳥インフルエンザ以外の死因が明らかな場合は、素手で触らず(ビニール手袋等着用)ビニール袋に入れてきちんと封をし、一般ごみとして処分していただきますようご理解とご協力をお願いいたします

(2011年12月22日更新 長野県安曇野市農林部耕地林務課からのお知らせ)
http://www.city.azumino.nagano.jp/gyosei/kakuka/norin/kochi/oshirase/shibouyacho.html

 いや、実はね、江東区でも複数死亡したときって、あるんですう:

2010年(平成22年)11月19日午前8時50分頃、都立亀戸中央公園の職員が、鳩が大量に死んでいることを発見し、警察に通報した。
 保健所が職員を派遣し、警察、江東区水辺と緑の課等と協力し調査を行った結果、41羽の鳩が死んでいるのを確認した。
 鳩の死骸周辺にはパン屑も残っていた。
 通報を受けて現場に来た東京都の鳥獣担当が鳥インフルエンザの簡易検査を4羽の死骸に行なった所、全例陰性だった。
 念のためPCR検査、鶏卵培養も後日行ったが陰性だった。
 警察が胃の内容物の毒物劇物検査を行なったところ、農薬「イソキサチン」が検出された。
 パン屑からは農薬は検出されなかった。
 鳩がどういう経路で農薬を摂取したかは不明である

(2011年06月01日 6時32分更新 国立保健医療科学院 一般公開 「江東区内における鳩の大量死について」)
http://h-crisis.niph.go.jp/node/51504

 そうなんですう。「鳥フルー」を恐れているわけです。最新情報(昨日の2012年5月9日 17時36分 更新の政府情報)は、と言いますと、下↓をご参照ください:

【海外情報】鳥インフルエンザ(H5N1)について(平成24年5月8日 2012/05/08)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou02/index.html

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2012年05月09日

manmade global warming

 昨日、英国紙「ガーディアン」のルポルタージュ記事を紹介しました。
 「山ビル」に「マダニ」って聞くと、えっ、日本のサイキンの異常気象ってさ、日本の熱帯雨林化なの?と思いませんか?
 5月っていったら風薫るころ、こいのぼりが大空に泳ぐ、ゴールデンウイークにはその前に降りつづく雨を「穀雨」と呼び、兼業農家でも田植えを終える、なんて日本の田園風景ではありふれた光景がひろがっていたはずで、それが台風シーズンでもないのに突風が吹いたり、夏でもないのに竜巻のお通りだい、なんて、ムカシあったかな、とヤッホー君はビックリしています。
 
 日本の気象は、温暖化なのか寒令化なのか、熱帯雨林化なのか砂漠化なのか、どんな傾向にあるのかは、教授さまや学者、先生の研究にお任せするとして、昨晩も言いましたように、地域、地域ごとのご先祖さまの知恵や先人の教えに沿って、山環境の環境劣化(environmental degradation)に作用するようなニンゲン活動を抑制していきたい…、ヤッホー君の小さい決意であり、願いなのです。

九州・山口県の年平均気温は、100年あたり1.69℃、沖縄地方の年平均気温は、100年あたり1.08℃の割合で上昇している。
􀂄 九州・山口県では、真夏日(日最高気温 30℃以上)、猛暑日(日最高気温35℃以上)、熱帯夜日数(日最低気温25℃以上)は増加し、冬日(日最低気温0℃未満)の日数は減少している。沖縄地方でも、真夏日や熱帯夜日数が増加している。
􀂄 九州・山口県および沖縄地方の日降水量 100mm以上の大雨日数は、長期的な変化傾向はみられなかったが、九州・山口県では、梅雨期(6〜7月)の日降水量100mm以上の大雨日数は増加している。
􀂄 台風の発生数、接近数、上陸数などには長期的な変化傾向はみられなかった。
􀂄 サクラの開花は、九州・山口県で 50年あたり5.6日の割合で早くなっているが、沖縄県では長期的な変化傾向はみられなかった。
􀂄 九州・山口県では、2000年以降、年間の黄砂観測日数が30日以上となる年が多くなっているが、年々の変動が大きく、長期的な変化傾向は必ずしも明瞭でない。
􀂄 九州・沖縄海域の年平均海面水温は、100年あたり0.71〜1.25℃の割合で上昇している。
􀂄 九州・山口県・沖縄の検潮所での年平均海面水位は、1985〜2011年の期間に年あたり2.8〜4.4mmの割合で上昇している

(福岡管区気象台 報道発表日 平成24年3月22日 「九州・山口県・沖縄の気候変動監視レポート2012」の主な内容)
http://www.jma-net.go.jp/fukuoka/chosa/report2012/press_20120324.pdf

 環境省 平成24年4月16日 報道発表資料からも:

環境研究総合推進費戦略的研究プロジェクト『気候シナリオ「実感」プロジェクト』成果発表について
〜地球温暖化予測の解釈に関する総合的な研究成果を報告〜

暑いだけじゃない 地球温暖化
─世界の気候モデルから読む日本の将来─

私達の生活は、温帯低気圧の通過や台風の襲来、熱波や寒波、豪雨や干ばつの発生をはじめとした大気や海の現象の現れ方に大きく影響されています。
 一方で人間の活動によって排出された二酸化炭素などの温室効果ガスが大気中に蓄積して地球温暖化をもたらしていることがわかってきています。
 地球温暖化が進むと、暑くなるだけでなく、身近な気象現象も変化します。
 いったいどのように変化するのでしょうか?
… 
 ここで紹介する研究は、環境省の地球温暖化研究プロジェクトのひとつ「地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究(代表:住明正 東京大学 サステイナビリティ学連携研究機構 地球持続戦略研究イニシアティブ統括ディレクター・教授)」の中のひとつのテーマ「マルチ気候モデルにおける諸現象の再現性比較とその将来変化に関する研究(テーマ代表:高薮縁 東京大学大気海洋研究所教授)」として行われてきたものです

http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/suishin/gaiyou/pdf/8_s-5-3_pamf.pdf

 「研究」ってさ、クニからの助成金がつかなくっても、学問を続ける、弟子を養成して次世代に引き継いでいくもんじゃないか、とずっ〜と思っていましたが、補助金、助成金、支援金がないと研究しないのかな、いまどきの学者、教授とか研究者とかって。だから、研究、学問、提言がクニべったりになるんでしょうね、御用学者とかひも付き、とか結論まずありき、でそれを証明するための論文でしかない、みたいにみられていても厚顔無恥、我関せず…なんてのは、後日にまわしても、なんか、われわれのまわりに起こっている、生き物に狂いや混乱が起こっているのは間違いないようで。

 なにも、このクニのお話しだけではないようですね。
 だからグローバルウオーミング global warming というんで、なにもグローバル化は、経済や情報だけの話しではないようです。
 今晩もヤッホー君の大事な情報源、英国紙「ガーディアン」の5月4日付け記事を引用しておきますので、ぜひ全文、お読みくださいますように:

…A lot of Americans are growing far more concerned about climate change, precisely because they are drawing the links between freaky weather, a climate kicked off-kilter by a fossil-fuel guzzling civilization, and their own lives. After a year with a record number of multibillion dollar weather disasters, seven in ten Americans now believe that "global warming is affecting the weather."

…This is a full-on fight between information and disinformation, between the urge to witness and the urge to cover up. The fossil fuel industry has funded endless efforts to confuse people, to leave an impression that nothing much is going on. But as with the tobacco industry before them, the evidence has simply gotten too strong. Once you saw enough people die of lung cancer, you made the connection.

The situation is the same today. Now, it is not just the scientists and the insurance industry; it is your neighbors. Even pleasant weather starts to seem weird. Fifteen thousand US temperature records were broken, mainly in the east and midwest, in the month of March alone, as a completely unprecedented heat wave moved across the continent. Most people I met enjoyed the rare experience of wearing shorts in winter, but they were still shaking their heads. Something was clearly wrong and they knew it.


Bill McKibben for TomDispatch, part of the Guardian Comment Network
guardian.co.uk, Friday 4 May 2012 09.00 BST
Connecting the dots of this climate change crisisAcross the world, people are seeing and believing the evidence of manmade global warming. Only the media don't get it
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/cifamerica/2012/may/04/connecting-dots-climate-change-crisis?

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2012年05月08日

マダニ

 下町にあるカイシャ。
 今日は「花王株式会社 生活者研究センター(墨田区文花2-1-3 Tel 03-5630-9963)」ご紹介。

生活者研究センターは、生活者の意識と行動を深く探索し、これを“よきモノづくり”につなげるとともに、暮らしに役立つ生活情報の発信をめざしております。科学レポートは、こうした活動の成果をまとめたものです

このなかで、≪ハウスダストに関する意識実態の研究(第1報)〜ふとん・カーペットの手入れとダニ対策について〜≫を読んでみましょう:

1991年厚生省(現厚生労働省)の調査によると、皮膚・呼吸器・目鼻にいずれかのアレルギー症状を自覚している人は、日本人の35%もいるという結果が出ています。
 2002年の花王の調査でも、何らかのアレルギー症状のある人は主婦で47%、子供で46%にも上っています。
 こうしたアレルギー症状を持つ人が増加している背景としては、ストレスの増加、食生活の変化、生活パターンや住環境の変化などが影響しているものと考えられます。
 なかでも、近年の住宅構造の高気密化・高断熱化による室内環境の快適化は、アレルギーの主原因のひとつとなっているチリダニにとっても、棲息しやすい環境になっています。
 チリダニは人と同じ快適な環境、たとえば温度25℃、相対湿度70%前後で最もよく繁殖し、人のフケや垢を餌としています。
 またチリダニの寿命は約2〜3か月で、そのフンや死がいがハウスダストに含まれています

(2004年7月、この報告は、2003年5月25日に開催された(社)日本家政学会第55回年次大会で発表したものに、これまでの研究内容を加味してまとめたものです)
http://www.kao.co.jp/lifei/info/040428/20040428.pdf

 これは、「チリダニ」のお話しです。まめに掃除機をかけましょう。家のなかは風通しを良くし、布団もお天気の良い日には日光にあててよく干すことが必要なようです。とくに家でペットを飼っているお宅では、ご注意召され。

 ところで、山歩きのヤッホー君、ダニはダニでも、「マダニ」が怖いのです。そのお話しのほうに突風か竜巻でまたまた飛ばされていくようで。
 これは、「山ビル」に次いで怖い、或いは「山ビル」よりも怖い吸血鬼なのです。
 「山ビル」では神奈川県の公式サイトで「対策マニュアル」をご紹介しましたが、これからの季節はもう必読のパンフレットになります。
 以下の「マダニ」は千葉県の公式サイトからです。これもプリントアウトなさって良くお読み下さいね:

マダニは、ダニ類の中では大型で吸血性のダニです。
 広く山野に生息しており、千葉県では南部の丘陵に特に多く見られ、本来自然動物である、鹿やイノシシ、タヌキなどに寄生して吸血して生活しています。
 マダニは、草むらの中で葉の裏や茎の先といったところで、寄生する動物を待ち構えています。
 そのため、昨今のアウトドアブームを受け、人が草むらに入った際に、吸血されることがあります。

 吸血したマダニの体は、何倍にも膨れ上がります。
 もし、吸血しているマダニを見つけた場合は、そのまま医療機関を受診して外科的に除去してもらってください。
 無理に取ろうとすると体の一部が皮膚に残り、化膿したりする場合があります。
 また、マダニの種類によっては感染症を媒介することが知られています。
 今回お話する、日本紅斑熱は、千葉県内でも年間に数件の報告があり、特に注意が必要な疾患です。

 山に入るときは、なるべく皮膚を露出しないよう長袖、長ズボンを着用しましょう。
 さらに、マダニのつきにくい織りの細かい衣類がおすすめです。
 また、市販されているジエチルトリアミド(ディート)を主成分とした忌避剤(虫除け)の利用は、効果があります

(健康福祉部 千葉県衛生研究所 感染疫学研究室)
http://www.pref.chiba.lg.jp/eiken/kansensyo/madani.html

 お子様や英語の読める方にお聞きし、あるいは辞書をひきひき、以下の英文もお読み下さい。
 先々月の3月23日の英国紙「ガーディアン」の記事です。
 なんでも記者が、マレーシアの熱帯雨林で調査した科学者、研究者に同行取材したルポルタージュ記事なんだそうです:

Stop, or sit down, and first one, then many, thin waving creatures appear in your peripheral vision. These are the vanguard of the leech community, using heat-seeking sensors in their multi-jawed mouths to locate the steaming, sweaty heap of wet clothes you have become just minutes after entering the rainforest.

Even a mosquito can be deterred from its purpose, but a leech – no. Think brain-dead, blood-sucking zombies, and you won't be far wrong. Once they have your heat signature, nothing will stop them. As researcher Nivaarani Arumugam from the University of Malaysia says, "Flicking them off is tough, they are like sticky rubber bands. Once they have arrived, they don't want to leave. The first few bites are a shock; there is something very uncomfortable about having a creature swell up as it drinks your blood."…

…But the leeches have the last word. Almost two months since I pulled more than 20 of them from my shoe and discovered I had been making blood donations all day, a batch of bites still itch like hell. Or maybe the parasitic mites have moved in?

(Louise Murray, , guardian.co.uk, Friday 23 March 2012 23.00 GMT)
http://www.guardian.co.uk/money/2012/mar/23/research-scientists-rainforests-borneo/print

 「山ダニ leeches」に吸われた後(跡)の皮膚の穴に、「マダニ mites」が迷いこんだりしたらもう、痒くって痛くって痒くって、地獄か天国か、神様か仏様か、これはお医者さまに行かないと無理です!
 山環境の劣化(environmental degradation)を防ぐため、里でのライフスタイルを見直すことからでも、なんとかご自分で、足許から、日常の生活から、対策を講じ実践していきましょうね、「美しい日本」を次世代に確実に引き渡していくためにも。

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2012年05月07日

ディア・ウオーズ

 星条旗もそうなんですが、東京の近くの東丹沢でであった山ビル、いやですねえ。
 どんなことをわれわれ山好きな人びと、団体が活動していて、どう行政は動いているのか、ゲンパツ以上に興味ある話題と思いません?

 まず、神奈川県の公式サイトから:

『当所管内では、近年、生活環境域までヤマビル生息域が拡大し、ヤマビルの吸血被害が多発していることから、その被害防止に役立てていただくため、「ヤマビル対策マニュアル」(冊子)と「ヤマビル被害防止のために」(リーフレット)を作成しました。
 配布先:市町村等を通じて、農林業従事者や被害が発生している地域の住民に配布する。
 このマニュアル等は、平成19・20年度に当所管内で行った現地モデル事業や各地で行われているヤマビル対策の情報をもとに、地域住民や農林業従事者の方に対し、写真等を多数掲載し、わかりやすい内容でとりまとめたものです。
 また、マニュアルについては、今後とも情報提供を受けて、内容の見直しを図っていく予定です。
 資料1 ヤマビル対策マニュアル(PDF)』

(2009(平成21)年4月9日記者発表資料(県政・厚木記者クラブ同時発表)
http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/52000.pdf

柵.jpg

 丹沢などはもう4月〜11月、入山するのがはばかれる状況にあるのが見て取れます。

 入山するにも塩は必需品で、しっかり塩をにぎって柵を通りぬけて入っていかねばなりません。

 だって、山ビルの天敵はいないんですって。

http://www.tele.co.jp/ui/leech/yamabiru/qa.htm

 ヤマビルの運搬主はシカ。イマ、丹沢の直面している問題は増えすぎたシカ問題に集約されるんですって。「ディア・ウオーズ」だって…

丹沢山地では県民の水源地を守ろうと、増えすぎたシカを捕獲し、減らしている。長年の取り組みで植生が回復する地域も出てきた。シカ対策の最前線から報告する。

 年間平均1000頭以上捕獲。

 神奈川県によると、丹沢山地には、推定で3000〜5500頭のシカが生息している。数が多すぎて、スズタケなどの下草を食べ尽くしたり、ヒノキなどの樹皮をはいだりする被害が起きている。表土が流出し、水源の環境にも影響が出ている。

 丹沢のシカ問題は1980年代から深刻になり、人工林にシカよけの柵を設けるなどして対抗してきた。
 県は2003年、丹沢山地がある8市町村をシカの保護管理区域に定め、植生の回復を目的とした管理捕獲を始めた。農林業被害の駆除や狩猟も含めると、20110年度までの8年間に9580頭を捕らえ、シカを減らしてきた。

 それでも自然環境の回復への道のりは、遠い。県は2012年度、水源環境税もシカ対策に充て、尾根部の捕獲を始める。標高が高く、登山者も多いため、十分な体力があり、登山者にも配慮できる少数精鋭のハンター「ワイルドライフ・レンジャー」も任命する。シカの数を1平方キロ当たり5頭未満にするのが目標だ

(朝日新聞デジタル>マイタウン>神奈川>柳沼広幸記者「シカから守れ 水源地」)
http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000151112120001

 よその国では、というと、ヒルは金儲け主義、つまり医薬用に輸出入の対象でニンゲンに狙われている?!:

Roughly 600 leech species have been identified to date, but only about 15 are used in medicine. Leeches classified as Medicinal leeches・ Hirudo Medicinalis, in the narrower sense have been used to treat patients for centuries.

The first documented accounts of the use of Hirudo medicinalis for medicinal purposes date back to the time of Hippocrates. According to Sanskrit writings, Dhavantari, the father of Indian medicine, held nectar in one hand and a leech in the other. Leech therapy is also used in traditional Chinese medicine. Paintings of medicinal leeches have been found in pharaohs tombs. The Solomon Parables also describe leech treatment use in ancient medicine. Leech therapy in Greek medicine can be found in the poem Alexipharmacia by Nicandros. Roman physician Galen classified leech terapy as a method for achieving healthy balance. Avicenna also used leeches for healing aids. In the past leeches have proved to be the most effective treatment in many cases. Leeches were especially useful in battle wound treatment. European countries in the 18th and 19th centuries imported over 100 million leeches every year to satisfy high demand.
Today, doctors use leeches for treating abscesses, painful joints, glaucoma, myasthenia, and to heal venous diseases and thrombosis. Medical leeches are used in plastic surgery, for improving brain circulation and for curing infertility.

http://www.leeches.biz/

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2012年05月06日

赤坂プレスセンター

 5月4日金曜日、鐘ヶ嶽を歩きましたが、飛行機の爆音が聞こえました。なに? ここは厚木市、ということは米軍厚木基地があるんですよね。
 いいえ、厚木市にはないんですって、フ・シ・ギ・ 所在地は大和市上草柳、下草柳、福田、本蓼川、綾瀬市深谷、蓼川、本蓼川、海老名市東柏ヶ谷。

『●接収年月日:1945(昭和20)年9月2日
 ●現況: 旧日本海軍の航空基地を米軍が接収した。在日米海軍厚木航空施設司令部をはじめ、前方艦隊航空司令部、第5空母航空団のほか、第51対潜ヘリコプター飛行中隊及び米陸軍第78航空大隊分遣隊等が駐留し、米海軍航空部隊航空機の整備、補給、支援業務を行なっている。
 延長約2400メートル×幅約45メートルの滑走路があり、海上自衛隊との共同使用区域となっている。
 2006(平成18)年5月の在日米軍再編の最終報告において、2014(平成26)年までに空母艦載機59機の岩国飛行場への移駐等が合意された
 ●土地 5,068,806u(綾瀬市 約3,947千u、大和市 約1,121千u、海老名市 約1千u、国有地 5,064,306u)』

(神奈川県公式サイトより)
http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/164694.txt
 
 なになに、米軍厚木基地から岩国飛行場への移駐、ですって。オキナワの海兵隊も移駐するんじゃなかった? フ・シ・ギ・ どうなってんでしょう? 天木直人という方をご紹介。
 ウイキによりますと、1947年生まれ。元駐レバノン日本国特命全権大使。イラク戦争当時、対イラク政策を巡る駐レバノン日本国大使として意見を具申した2通の公電により外務省から外交官を「解雇」されたと主張(外務省は人事の問題であって「勇退をお願いした」と説明)。

海兵隊の移転先は岩国も含まれることが今日2012年2月7日付け各紙で明らかになった。
 岩国基地についてはすでに米軍厚木基地の空母艦載機の移転が住民の抵抗を押さえつける形で決められている。
 それに加えて海兵隊が移転するとなると岩国市民の反発は必至だ。
 岩国は第二の沖縄になる。 
 問題は海兵隊の移転数だけではない。
 そもそも米国の変更要求の出発点が国防費削減にあるのだから、日本への財政負担増を要求してくることは当然だ。
 グアム移転経費の日本側分担は、移転する海兵隊の数を基に計算され、決められたはずだ。
 ところが移転数が減っても日本の負担額は減らないという。
 それどころか増やせという。
 海兵隊の移転が先行するというのに、辺野古沖への移転は計画どおり進めろという。
 なぜこのような矛盾した要求を日本は飲まなければならないのか…
 日本を守ってもらうはずの日米安保が、中国包囲網を狙う米国の安全保障政策の一部と化すという本質的に転換である。
 おまけにその転換の負担増をあらゆる面で引き受けさせられる。
 憲法9条を否定し、日本国民に多大の負担を課すこの歴史的政策転換が、米海兵隊のグアム移転問題の陰で、下っ端官僚の手で粛々とつくられる。
 その間に日本ではなにが行なわれているというのか。
 防衛大臣は笑いものにされ、首相は消費税増税に政治生命をかけると騒いで政治がマヒしている。
 これが今の日本である。
 その事をメディアは正しく国民に伝えようとしない。
 国民にとっての不幸である

(2012年2月7日付け天木直人公式ブログ「歴史的転換期にさしかかった日米同盟と日本の命運」)
http://www.amakiblog.com/archives/2012/02/

 米軍厚木基地って、ね:

『○2012年4月23日、防衛省から、空母ジョージ・ワシントン艦載機の着陸訓練について通告がありました。
 ○2007(平成19)年10月以降7回の通告に引き続き、今回の通告も、天候等の事情がない限り、厚木基地ではNLPを実施しないとの内容であり、厚木基地の騒音の軽減に配慮がされたものと考えます。
○しかし、依然として、硫黄島において所要の訓練が実施されない場合には、厚木基地においてジェット機を含む全機種の訓練が行われる可能性があり、これは、NLPの厚木基地からの全面移転を強く求めてきた厚木基地周辺住民の願いに反するものです。
○貴職におかれましては、日ごろから騒音被害に苦しむ基地周辺住民に配慮され、訓練環境の整備等に万全を期し、全ての訓練が硫黄島で実施されることを確実にするよう、強く求めます。
(参考)周辺9市:大和市、綾瀬市、相模原市、藤沢市、茅ヶ崎市、海老名市、座間市、横浜市、町田市』

(神奈川県公式サイト掲載日:2012年4月24日より)
http://www.pref.kanagawa.jp/prs/p471938.html

 NLPってなに? Night Landing Practice のこと、つまり「夜間離着陸訓練」のようですね。

 5月6日、ゴールデンウイーク最後の日曜日になりました。

 ヒルはヒルでもヤマビルではなく、≪昼キン(walking in the daytime)≫です。
 乃木坂、六本木、青山といった都心を徘徊することにしました。乃木神社、檜町公園、六本木西公園から、青山公園、長谷寺、根津美術館、表参道を通るコースをとりました。
 そのとき、星条旗を見つけてしまったヤッホー君、まさか都心のどまんなか、まして夜はリッチな若者やハイソな上流階級で賑わうはずの一等地に日本人が入れない、立ち入り禁止区域があろうとは。
 都知事殿、なにも寄付金を集めて買収しなくとも固有の領土であるこの場所を静かに去っていただけるよう交渉をしていただけないものでしょうか。と言っても、この国の都民にノーと言えるだけでしょうから所詮無理なのかな。

赤坂プレスセンター.jpg

『都内の米軍基地。
 都内には、現在8つの米軍基地があり、総面積は約1603ヘクタール、味の素スタジアム約370個分の広さになります…。 
 赤坂プレスセンターは旧日本陸軍駐屯地。
 都立青山公園に隣接しています。現在は、ヘリポート、星条旗新聞社、独身将校宿舎、ガレージとして使用されています。
 ⇒一部土地が返還されました(平成23年7月)』
 
http://www.chijihon.metro.tokyo.jp/kiti/tonai/tonokiti.htm

 ヤマビルばかりでなく、星条旗とも縁のあった2012年のゴールデンウイークでした。

 返還って何があったのでしょうか。米軍厚木基地の移駐から5年も前の、天木直人氏のブログです:
 
この赤坂・六本木の米軍施設不法占拠はそれどころの話ではない。
 沖縄の米軍基地という大きな政治問題ではない。
 日本国民が密集している東京のど真ん中に、米軍の施設が不法占拠し、都民の日常生活が危険にさらされているという政治を離れた基本的な問題である。
 それでも日本国民は怒らないのか。
 メディアも騒ぎ立てない。
 それもこれも日米関係はすべて紳士協定で出来ているからだ。
 そう考えないと説明がつかない。
 あまりにも悲しい日米関係だ

(2007年2月20日付け天木直人公式ブログ「紳士協定で出来ている日米関係ー赤坂の米軍施設不法占拠に沈黙する日本に思う」)
http://www.amakiblog.com/archives/2007/02/

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2012年05月05日

東京みなと祭

 5月5日土曜日「こどもの日」。
 今日の「えーどら(eco-drive)」は、すべてある会社の管理運営する東京湾臨海公園でした。
 まずは「若洲公園」!

当社が管理運営する江東区立若洲公園は、キャンプ場、レンタルサイクル、多目的広場などを有する公園です。
 私たちは、お客様の多様なニーズに応え、質の高いサービス提供を行なうとともに、来園されるお客さまが楽しんで頂けるよう1年を通して、さまざまなイベントを企画・実施しています

http://www.tptc.co.jp/park/tabid/393/Default.aspx

 しかし、ゲートブリッジ方向はクルマの通行量が多く、公園駐車場への方向はクルマの長い行列。U
ターンもできません。いやはや…、そこで案内の方に特別の許しをもらって無事にUターンして、次の目的地に向かいました:

晴海埠頭は国際都市東京の海の玄関口。
 客船ターミナルがシンボルの港の公園。噴水、木々が茂る緑の小道が続くエリアと、世界の港からやって来た豪華客船、貨物船のすぐ脇をそぞろ歩きできるポートサイドのプロムナードがあり、自然との親しみと、エトランゼ気分を一度に楽しめます。レインボーブリッジや、都心を一望できる小さな展望台もあります。
 公園に接続した、東京大学、水産庁、航海訓練所のバースには、官庁船が停泊しています。
 ドラマや映画などの撮影場所として利用されることも多いので、有名人遭遇率は高いようです

http://www.tptc.co.jp/park/tabid/387/Default.aspx

 公園内はバーベキューを楽しむ若者たちでいっぱい!
 中高年のおっちゃん、おばちゃんは見当たりません(どこでたむろしているのかな?)
 われわれもそうそうに引き上げ、隣接する客船ターミナルに入っていきました。でも、オフィスはどこにも見当たりません、客船も見当たりません、レストラン La Mer も休業中。こいのぼりだけは、昨日とうってかわった五月晴れの澄みきった大空、美空、青空を悠々と泳いでいました。

晴海客船ターミナルは、国内外の豪華客船が接岸する東京の海の玄関として、1991(平成3)年に誕生しました。
 船旅を楽しむ人びとだけでなく、多くの皆さまが港の景色を楽しむ場として利用されています。また、多目的ホールや展望台なども設置されています。
 当社は、このターミナルの適切な管理・運営を実施しています

http://www.tptc.co.jp/corporate/tabid/36/tabid/344/Default.aspx

こいのぼり.jpg
 
 このカイシャの名前は「東京港埠頭株式会社」と言います。

2007(平成19)年10月25日、財団法人東京港埠頭公社の受皿会社として設立。
 2008(平成20)年4月1日、「特定外貿埠頭の管理運営に関する法律」の規定に基づき、国土交通大臣から指定会社としての指定を受け、財団法人東京港埠頭公社から事業を引き継ぎ、いよいよ株式会社としての業務を開始します。
 新会社は、国際的な貿易港である東京港が、首都圏の物流基地として、また都民に親しまれる水辺の都市空間として、今後も発展し続けられるよう全力を尽くしてまいります

(報道発表資料、2008年3月掲載)
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2008/03/20i3v300.htm

 民営化の例でしたね。民営化され、株式会社となるとさらに、今度は:

わたくしどもは、2007(平成19)年1月に東京臨海熱供給株式会社を母体とする持ち株会社・株式会社東京臨海ホールディングスを設立し、順次経営統合を進めてまいりました。
 同年8月には、株式会社ゆりかもめ、株式会社東京テレポートセンター、2009(平成21)年1月には、株式会社東京ビッグサイトと東京港埠頭株式会社の参画を得て、臨海ホールディングスグループ5社体制が発足致しました。
 わたくしどもが活動基盤とします臨海地域は、首都圏経済を支える物流機能と東京の活力と魅力を高める都市機能を併せ持つ重要な地域であります。
 さらに、この地域は近接する羽田空港が再拡張・国際化されるなど、今後飛躍的な成長を遂げる可能性を秘めています

(株式会社臨海ホールディングスグループ)
http://www.rinkai-hd.co.jp/company_profile.html

 民営化の動きってなにも東京港だけではありません。ヨコハマも:

財団法人横浜港埠頭公社を民営化するため、受皿会社となる「横浜港埠頭株式会社」を、本市全額出資により、2011(平成23)年7月26日に設立しました。
 当該会社は、2011(平成23)年度中に横浜港埠頭公社の全ての財産及び業務を引継ぐための手続きを完了し、横浜港埠頭公社を解散の上、2012(平成24)年度から本格的に事業を開始する予定です

(2011(平成23)年7月26日港湾局港湾経営課)
http://www.city.yokohama.jp/ne/news/press/201107/20110726-027-12837.html

 ところでターミナルに入って、2階にあがってバルコニーにでたら、東京消防庁の練習風景と遭遇しました。

噴水.jpg

練習.jpg

 これは5月12、13日の両日開催される「第64回東京みなと祭」のための練習でした。ちなみに、昨年は、5月28、29日に開催を予定していました(「東京港開港70周年祭」)ですが、「震災の状況等を踏まえ、中止することといたしました」そうで今年が楽しみです!
 このヤッホー君のブログを愛読してくださっている多くの皆様もぜひ、お連れ合い、お子さま、お孫さま、お友だちといっしょに晴海にぜひお御足をお運びくださいますよう、よろしくお願い申し上げます:
http://www.tokyoport.or.jp/minato64/top.html

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2012年05月04日

鐘ヶ嶽561m

 5月4日金曜日「みどりの日」!
 GWの最中にも山を歩きたい気持ちに歯止めがかからないヤッホー君、次のような≪行こ、行こメール≫、お誘いメールを3日に発信していたそうです:

『明日4日は6時15分Quasiさまをお乗せし、スギさま6時半にて、はっちゃん含め4人で、厚木市鐘ヶ嶽561mへの下見山行にいたしたく。昨晩2日10時、成田から箱崎に着いたばっかりのはっちゃんですので、歩くのはまだ慣れていないので(向こうは暑すぎ、歩かない、歩けない、クルマばっかり…)、山歩クラブふうのスローな歩きとなりますが、よろしくお願いします。広沢寺温泉の無料駐車場にクルマを置きます。そして広沢寺温泉玉翠楼の温泉(強アルカリ性)に立ち寄ります(1000円)!歩行時間のみで2時間40分のハイキングコースですみません!』
(Thu, 3 May 2012 13:37)

 どんなとこ?どこにある?

鐘ヶ嶽の登り口から、山頂手前の浅間神社まで、28の道程に分けてそれぞれの箇所に1丁目から28丁目までの石碑が置かれています。鳥居をくぐり野道を進むと、やがて標高561メートルの釣鐘型のどっしりとした山が見えます。石碑や石仏が置かれた急な坂道を登り切ると浅間神社があり、手前の道を左に行くと山頂です。尾根道、林道と広沢寺温泉までは下りです。.
 昔の人々が「山の神」として深い信仰心をこの山に寄せ、名残を残す旧跡などが点在しています。このコースはせまい急坂など危険箇所もあるので、幼児連れのハイキングには不向きです。

 本厚木駅〜(バス35分)〜広沢寺温泉入口〜(徒歩70分)〜浅間神社〜(徒歩10分)〜鐘ケ嶽山頂〜(徒歩30分)〜山の神隧道〜(徒歩60分)〜広沢寺温泉入口〜(バス35分)〜本厚木駅

 広沢寺温泉は七沢温泉の西北にあり、木立に囲まれて建つ寺院のような造りの一軒宿です。裏手には、室町時代の武将上杉定正夫婦の墓石を擁する広沢寺があります。周辺には鐘ヶ嶽や大釜弁財天があり、ハイキングに最適です
(厚木市七沢2607 廣澤寺温泉玉翠楼 Tel 046-248-0011 Home page www.gyokusuiro.com
)』
(厚木市観光振興課観光振興係 Tel 046-225-2820) 
http://www.city.atsugi.kanagawa.jp/kankou/leisure/hiking/p004902.html

 そうしたら、仲間の一人からこだまが返ってきました:

家族がいる休日は制約が多く、参加はなかなか難しいですね。
 今日3日木曜日は、家族で映画を見に行きました。「テルマエロマエ」という漫画を映画化したものです。
http://blog.cinematoday.jp/thermaeromae/archives/220
 映画のロケ地の一つが、はっちゃんも参加した昨年の那須・茶臼岳の帰りの立ち寄り湯、北温泉でした。
 あの鄙びた感じがロケ地としては良かったのでしょうね

(Thu, 3 May 2012 21:11)

 いいんですよ、皆さん、家族が一番、家族の絆をいつ、いつまでも強く太く固く、ですから。そのためにお役立ちの山歩クラブ、大丈夫ですよ。

 朝の出足が6時半では遅すぎたのでしょうか、東名道は予想を超えたクルマの量でなかなか前にすすみません。おまけにあんなに降った雨なのに、まだ降り止まず、クルマのワイパーを動かす必要もありました。9時20分に歩き出したといいますから、東名道がどれほど混雑していたかがお分かりでしょう。

 さらに、広沢寺温泉の若女将、本山さんに登山口を確認したところ、『ヒルが出るからこれをもってってください』って塩一掴みをいただきました。まさか、これがあとで効くとはそのとき、ゆめゆめ思いませんでした。
 山中、浅間神社まであと20分、というところで雨、雨

 結局、ゆっくりゆっくり歩いて浅間神社着11時半、ダブルスコアの2時間もかかってしまいました。スギさん、今日もお疲れさまでした。
 
 そんなとき、ケイタイが…

メール便、いただきました。お手数をかけます。楽しく読ませていただきました。盛り沢山の企画ですね。今日は こんなお天気の中、お出かけになったのですか。かわらばん等、ありがとうございました
(Fri, 04 May 2012 11:22)

 そうなんです、GW中も大忙しのヤッホー君、5月2日水曜日のお昼にメール便の手配を済ませておりました。山歩クラブの「ニューズレター」を『かわら版』と称していますが、月刊で手作り発行を続けています。翌3日には、さっそく、反響がきております:

かわら版、中身の濃い内容豊富なので読み切るのにかなりの時間を費やしましたが楽しく一気によみほしました。それにしても文章がうまく、文学的表現豊かで驚きです。毎回ご苦労様です。全体的な事がよくわかります。5月例会楽しみにしています
(Thu, 3 May 2012 18:03)

 こんな励ましをがいただくと、木に登りたくなるほどうれしくなりますね。
 さて、11時22分にいただいた仲間への返信は圏外で送信ができません。送信を終えたのは、下りの雨中行軍雨を敢行し、さらに光沢寺温泉の湯浴みを終えたころ:

いま広沢寺温泉終わりました。
 明日5月5日「こどもの日」午後4時からヤッホー山荘にてカレーパーティをやることにしました。ぜひ、いらしてください。
 以下は、圏外で送信できませんでした。
 11時頃…鐘ヶ嶽、雨。傘をさして最後の階段を登っています。神社が見えています。着いたらお昼です

(Fri, 04 May 2012 15:02)

 実は、大峰山1255m以来ふたたび、広沢寺温泉の玄関口で、阿鼻叫喚が…。
 山靴がかけてもらった塩で真っ白。立ち寄り湯に来られたおじさんから、山は雨が雪になったのですか?と問われたほど。
 本山さんからいただいた塩は、われわれのすぐ後に神社に着いてさっそく「おでんパーティ」を開いたグループにあげたそうで、さっそく、歓喜の歌声が響いたそうです。

 さらに、5時、下町に戻ったドライバーのヤッホー君からも叫び声が!
 運転席のドアが血で真っ赤。スギさんが吸い付かれた右手首の血潮を見つけてくれました。はっちゃんが、運転席の下にまるまると太った恰幅の良い leech が満足げに寝そべっているのを現行犯逮捕、クルマから追放処分を断行しました。

雨降る山頂.jpg

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2012年05月03日

桜川の桜

 新宿御苑で仲間が「さくらってたっくさん、種類があるんです」ってお話しなさった茨城県のさくらって、「桜川の桜」っていうんですね。そこへ大ぜいでバスを仕立てて見学に行ったというのです。
 で、どんなところかって言いますとびっくり、山歩クラブの来年のさくら鑑賞会に企画提案しようっと…

江戸時代、水戸光圀(黄門)元禄年間(1688〜1703)、度々神社へ参拝し、水戸城内を始め千波湖に注ぐ小川のほとりに桜川の山桜の苗木を植え桜川と名付けた。
 徳川3代将軍家光が寛永年間に、4代将軍家綱が正保年間に、桜川の桜の苗木を数百本、隅田川の今の木母寺付近に移植。
 天文年間(1741)徳川8代将軍吉宗時代、宝暦年間(1751〜1763)9代将軍家重時代には、「桜川の桜」として、江戸表へ桜の名所を作るために、多くの山桜の苗木が移植された。
 現在の皇居を始め上野公園、北区飛鳥山公園、新宿御苑、小金井公園などである

http://www18.ocn.ne.jp/~isobe/sakura/sakura02.html

 ね、東京のさくらの名所のふるさとだったんですね。どうしてまた、ってお聞きしたら、「隅田公園さくらパートナーシップ」でボランティアもしているんですって。
 偉いね、桜守じゃん…なんて、ヤッホー君は労をいたわってあげました。
 たしかに、このグループの活動記録にこんな一行が載っております:

4月21日土曜日 研修会/茨城県の桜川磯辺稲村神社の見学に行きました
http://park.geocities.jp/sumidapark_sakura/index1.html

 この「隅田公園さくらパートナーシップ」は墨田区からこんな風に認知されています:

4. 区民活動及び連携活動など
1) 区民活動の事例
(1) 緑と花のサポーター
(2) 墨田朝顔愛好会
(3) 墨田区ハンギングバスケット愛好会
(4) 公園愛護協定
(5) 隅田公園さくらパートナーシップ: 隅田公園において、2003(平成15)年度から区民と事業者と区によるパートナーシップの形成を図ってきました。2006(平成18)年3月に行われた「隅田公園パートナーシップ実践活動報告会」で、ボランティアメンバーから、区とのパートナーシップ宣言が行われ、これにより、ボランティア団体「隅田公園さくらパートナーシップ」が発足しています。2006(平成18)年度からは、「隅田公園さくらパートナーシップ」の自主活動を行っています


 これは墨田区の『緑の基本計画、2011(平成23年)2月、墨田区長 山崎昇』で策定されている文書です。この基本計画は、どんなものと言いますと:

1972(昭和47年に他の区に先駆けて「緑化宣言」を行ない、1995(平成7)年には都市緑地保全法(現在の都市緑地法)に基づく緑の基本計画を30年計画として策定し、緑化の推進に取り組んでまいりました。
 しかし、策定から15年が経過し、この間の社会経済状況の変化と、都市部のヒートアイランド現象の緩和や地球温暖化対策、生物多様性の確保など緑と環境に係る新たな課題への対応が必要となってまいりました…。
 これらの課題に対応するとともに、計画の推進にあたっては、2009(平成21)年10月に行った「すみだ環境区宣言」や、2010(平成21年)9月に制定された「墨田区協治(ガバナンス)推進条例」に基づき、区民の方々との「情報の共有」「参加」「協働」を基本としてまいります

http://www.city.sumida.lg.jp/sumida_info/ku_kakusyukeikaku/midorinokihonkeikaku.files/dai2syousono2.pdf
 
 行政と市民団体との「協働」の事例です。うまく協同して知恵も予算も絞りあって、永続きするような活動をしてほしいものです。

 「協働」って、なにも行政とだけではありません、ヤッホー君が何度も繰り返し主張していますように、市民と市民との関係も「協働」の精神をもたないと! 密室でこそこそと仲間うちだけで事を運ぶのではなく、「情報の公開」と「参加」も基本として。下町の意気、粋はこれでなくっちゃ!!

 その一例は昨年の「自然環境復元協会」との「協働」でした:

『今回は、隅田公園さくらパートナーシップさんのお手伝いに出動です!
 この写真は、隅田川花火大会で心無い方々に踏まれてしまったコスモスの花壇です。
 花火も花も両方大切にしたいですね。
 修復を…という話もありましたが、コスモスの時期も終わることから、今回は公園の別の場所で春に咲く花を植える作業を行ないました。
 作業途中で休憩〜 隅田公園さくらパートナーシップさんが飲み物とお茶菓子を用意してくださいました。ありがとうございます!
 皆んなでお喋りしながら、頂きました。
 現地の方々との交流も大切です。
 この日は動くと少し汗ばむくらいの陽気でしたが、レンジャーズ隊員のみんなが頑張ってくれたので予定通りに作業終了。
 来年はコスモスの花と隅田川の花火の両方が楽しめるようになると良いですよね。 
 隅田公園さくらパートナーシップのみなさん、トーキョーレンジャーズの隊員のみんなお疲れ様でした〜』

(2011年9月11日日曜日 スカイツリーの足元を花で飾ろう!隅田公園緑化活動 身近な自然を守る「レンジャーズプロジェクト」)
http://blog.canpan.info/7029/archive/75

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黄色いさくら

 5月3日「憲法記念日」。
 ヤッホー君何度もこの日本国憲法を輸出すればいいのにね、と主張していますけど、表も裏もこの国のニンゲンには一文の得にならないんでしょうね、金儲けにならないことには手をださない、というのが今時のこの国の人間のようで。

国内の全ての商業用原発が停止するのを前に、福井県敦賀市の河瀬一治市長(全国原子力発電所所在市町村協議会の会長)は、5月2日、記者会見し「40年以上、共存共栄してきたまちとして一抹の寂しさを感じる」と述べた
(5月2日 21時14分更新)

作家の瀬戸内寂聴さん(89)らが5月2日、東京・霞が関の経済産業省前で、脱原発を訴える座り込みをした。関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働に反対する市民らが続けている集団ハンストに加わり、再稼働を進める政府の姿勢に抗議した。日没まで続ける予定。
 午前9時すぎに紫色の法衣姿で現れた寂聴さんは、胸元に「再稼働反対」の鉢巻きを留めて座り、「90のばあさんがここに座ったら、マスコミに取り上げられ、それを見た若者が張り切って行動してくれると思って」と話した。
 今月15日、満90歳の誕生日を迎える寂聴さんはさらに、「これまで生きてきて、福島の原発事故のような恐ろしいことは戦争以外に一度もなかった。政府は再稼働をどうして焦るのか。原発事故は人災であり、同じことを繰り返しては子どもや若い人たちがかわいそうだ」などと訴えた。
 作家の沢地久枝さん(81)とルポライターの鎌田慧さん(73)も、座り込みに参加。全国で1000万人の脱原発署名を集める運動を一緒に呼び掛けてきた作曲家の坂本龍一さんからの「気持ちは皆さんと一緒です」というメッセージボードを掲げながら、再稼働反対を訴えた

(5月2日 13時56分更新)

 いずれも東京新聞の記事からです。
 この両方の気持ちの違いはなんなんでしょうね。片方は原発停止が寂しいという表現(そりゃあそうですよね、金の切れ目が縁の切れ目って言いますよね、今日の雨のように町に金が降ってきたのでしょうからね)、もう片方は子どもや若い人たちがかわいそうだ、と言う(自分の懐具合でなく、次世代のことを思いやっています)。
 
 3.11以来、故郷を鉈で断ち切られて放浪、徘徊、流浪せざるを得なくなった人たちにヤッホー君も思いをはせ、食事制限(ハンスト)をし、かなり痩せてしまいました。ある人からは自分だけ良いカッコしい、と絶縁状をたたきつけられましたけど…。でも損得とか、儲けとか、騙す(情報操作)とか、隠す(情報隠蔽)とかしてまで、一文の得もお金を貯めこむ価値(value for money)ではない、もうひとつの価値(value for life)、きらめく命の輝きへの価値を大事にしていこう、とますます自分を磨いていくことにしたんですって。

 そんなヤッホー君が、29日の「みどりフェスタ」で新宿御苑を歩いていたとき、知らないおじいちゃんから「もうお仕舞いなんだけどね、これも、あれも」と指差して教えてくれました。
 いっしょに歩いた仲間も、さくらにもたくさんの種類があってね、って、茨城県の桜川磯部稲村神社の桜を見に出かけたお話しをしてくれました。昔は吉野についで名高かったようですよ。

 おじいちゃんの教えてくれたさくらは、黄色いさくら。ヤッホー君は生まれてはじめて知りました!

 それが、鬱金桜(うこんざくら)です。

 その黄色いさくらのことを30日の御前山の山行中に得意げに「知ってる、知ってる?」て口にしましたら、カッシーちゃんから、またまた、「へぇ〜っ」とびっくりするようなお話しを耳にしました。

 それは、「黄桜」!

 黄桜酒造の東京支店があって、その敷地前にもあるんですって!
 黄桜酒造東京支店は、東京都墨田区江東橋5-7-9、Tel 03-3632-2431

 これまで、酒は山歩クラブが歩いたその土地、土地に湧くお水でつくった地酒でないと飲めないって粋がっていたのですが、これからは黄桜もいいね、と思い直したそうです。
 下↓はあのチョウ有名なCM曲です。音声付きですので、周りにご注意:
http://nicotter.net/watch/sm2027037

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2012年05月02日

白い妖精

 あのぉ〜、5月2日水曜日雨、ヤッホー君の頭も雨模様、どうもすっきりしないようで。

 あのね、御前山の頂上に「ひとめでわかるカタクリの一生」という雑誌『山と渓谷』2007年3月号のコピー(多田多恵子監修、紀村朋子構成、岩佐祐子イラストレーション)が登山者にお勉強しなさい、って掲げられています。
 
 で、ヤッホー君、そういえば御前山にゃぁ「白いカタクリ」ってなかったね、フシギ、そもそも、白いカタクリって外来種? と思っていたんだそうです。

 日本人になろうとしているヤッホー君、自然大好き人間のヤッホー君、どうも外来種とか遺伝子操作とか好きになれません。冬も夏も冷房とか暖房とかエアコンのスイッチを入れたこともありません。おせっかいな人間が余計な手を加えるのはダ、ダ、大ぃっ嫌い、自然の摂理に沿ってそのまんま、ありのままで生き延びていくのが一番、と思っているからであります。

 たとえばよく分からないのは、こんなこと。
 先ず、ハワイ産のGMパパイアが昨年暮れの12月、輸入オッケーになり、店頭にならぶんですって、知ってましたぁ? パパイアって食べない、食べない、だって日本にないでしょ。日本人が食べる果物じゃないでしょって:

遺伝子組み換え(GM)パパイヤの輸入が今月から解禁になった。米国ハワイで作られたものだ。GMパパイヤは1998年の開発以来、生産を拡大して米国本土などで販売されている。ハワイで最近パパイヤを食べたならば、おそらくGMパパイヤだろう。
 2009年には日本の食品安全委員会が「健康を損なう恐れはない」と判断しており、今月初めの解禁となった。生産地のハワイでは、既に「遺伝子組み換え」の文字が書かれたラベルが作成されており、早ければ今月中にも店頭に並ぶという。
 これまでも飼料用の穀物としてGM作物はたくさん日本に入ってきていた。だが、生でそのまま人が口にする食べ物としては初めてのものになる…。

 これを機に、GM作物についての議論を日本でももっと活発にすべきだと考える。GM依存大国、ニッポン!

 トウモロコシ世界最大の輸入国である日本。その輸入先は9割が米国だ。米農務省(USDA)の調べによると、2011年に米国で生産されるトウモロコシの88%(作付面積ベース)はGM作物だという。ダイズにいたっては94%(同)と、もはや遺伝子組み換えでない大豆を探すほうが困難な状況にある。
 家畜向けの飼料はほぼ全量が輸入に頼っている。つまり、穀物飼料のほとんどがGMに頼っていることになる。だが、日本でこれほどGM作物に依存していることは、ほとんど知られていない

(2011年12月13日火曜日 日経ビジネス「遺伝子組み換えパパイヤ、買いますか? 人が直接食べるGM作物の輸入が解禁に」)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20111208/224964/

 あの、ね、輸入、輸出っていうのは、だれかが表でも裏でも、お金になり儲かるからはるばる海を越えて運ばれるんですよね。それで、一般の普通の庶民というか、貧民というか、消費者というか知らないけど、何も知らない人たちにとって有利、益、プラスになればいいんですよ。
 でも、バナナみたいに、次はパパイアが日常の果物になって、りんごやみかんやなしはもう無し、無し、ムカシそういえばあんなすっぱいの食べてたね、なんてムカシ話になるんでしょうか。

 それで、上述の通り、「2009年には日本の食品安全委員会が、健康を損なう恐れはないと判断」したんだそうだけど、では、オキナワ産のGMパパイアは、栽培するなって、流通させるなって、栽培していた農家は補償もなく、パパイアを切り倒されてしまったんだって、どうして…?どういうこと…?
 オキナワの農家よりはハワイの農家のほうが大切ってこと?オキナワって基地も提供しているし、自国民じゃないのかなぁ〜。
(ウチナーンチュの思いと未来への展望については以下の主張をよく聞いてみようよ、ね!)
http://www3.pref.okinawa.jp/site/contents/attach/24230/kadai.pdf

パパイヤの販売、栽培状況と風評被害の対応及び未承認遺伝子組み換えパパイヤに関する説明会について一括してお答えいたします。
 平成20年度のパパイヤの生産状況は、栽培面積が31ヘクタール、生産量が965トンとなっております。また、平成23年4月21日に国から公表のありました遺伝子組み換えパパイヤ「台農5号」の面積は、平成23年5月末現在3.6ヘクタールで、過去5年間の中央卸売市場の平均単価を用いて推計すると、被害額は約1500万円を見込んでおります。
 さらに、パパイヤの販売価格は、公表後、県中央卸売市場の市況によると低下傾向で推移しておりましたが、5月中旬には公表前の水準に回復している状況でございます。
 県は、風評被害の防止とパパイヤの生産振興を図る観点から、国と連携して生産農家を初め市町村、農業協同組合及び青果物流通業者等を対象に、遺伝子組み換えパパイヤについて説明会を開催したところでございます。説明会においては、生産者等から原因究明や伐採に伴う損失補償を求める意見が出されております。
 次に、国の損失補償に対する県の考え方についてお答えします。
 国は、「カルタヘナ法」に基づく未承認遺伝子組み換えパパイヤの伐採処理に伴う損失については、補償の規定はないとの説明をしております。しかしながら、生産農家からは、平成15年に同法が制定されてから約8年間、遺伝子組み換えパパイヤの検査方法が確立されていないことから、国内侵入防止対策の強化や伐採に伴う補償を求める意見があります。このため、県は、5月と6月に農林水産省や関係省庁等に対し、早急な原因究明、検査技術の確立と技術移転、国内侵入防止対策の強化、伐採処理等に伴う補償など「カルタヘナ法」の運用の見直しを含め抜本的な対策を講じるよう国に強く要請したところでございます。
 県といたしましては、パパイヤ生産農家に対する補償については国が行う必要があると考えておりますが、パパイヤの生産振興を図る観点から、緊急的に伐採作業と苗の配布支援を行うなど関係機関等と連携しパパイヤ生産農家の経営安定に取り組んでまいります

(2011(平成23)年第5回 沖縄県議会(定例会)第2号 6月29日農林水産部長(比嘉俊昭)
…ten http://www2.pref.okinawa.jp/oki/gikairep1.nsf/481e05e7edaca1db49256f540004c033/94104dc27b6311c44925790600069edc?OpenDocument

 ね、下↓を読むと、白いカタクリって、遺伝子組み換えじゃない、(イマのところ)だれも白いカタクリでひと儲けしようとしないですんでいる自然の営みで偶発的に誕生するお花でした、良かったぁ〜、ホッ…

広尾町野塚の林で、真っ白なカタクリの花が咲き、赤紫色に染まるカタクリ群生地のなかで、ひときわ気品あふれる姿を見せている。
 「白い妖精」とも呼ばれる白いカタクリは、劣性遺伝子の発現したもの。紋別市の植物研究家米原ふさ子さんによると1万株に1株ほど見つかるという。カタクリは発芽から開花まで7年以上かかるが、白いカタクリは成長力が弱いため開花までにこぎつけるのはごくわずかだ。米原さんは「貴重な花。大切にしてほしい」と話している。
 町野塚地区は海岸線の防霧林付近を中心に野草の宝庫。同地区のシーサイドパーク広尾には約28ヘクタールにわたる日本一のオオバナノエンレイソウ群生地もある。現在同地区では満開のカタクリにかわり、5月中旬ごろからオオバナノエンレイソウが盛期を迎える

(2010年5月6日 14時23分更新十勝毎日新聞社ニュース 「白いカタクリ咲き誇る」)
http://www.tokachi.co.jp/news/201005/20100506-0005277.php

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2012年05月01日

カタクリ

 どきっ、北海道の仲間が上京し、歴史散歩をご希望というのでいま、、松浦武四郎の跡を訪ねて歩く道筋を思案中なんですが、なんと松浦武四郎はカタクリと縁がございました:

『「北海道」の名付け親として知られる、松浦武四郎は安政年間に蝦夷地を探検し、アイヌの人々と生活を共にしながら蝦夷地に関する膨大な試料を残した江戸時代の探検家です。
 彼の著書の一つに当時のアイヌの人々の食用植物として「延胡索、黒百合、山慈姑、車百合、菱実」の5つが絵つきで記されており、「山慈姑」には(フレエプイ hure-epuy = 赤い・花、かたくり)のルビがあり、これが「カタクリ」のことです。
 「カタクリ」の地下茎には40〜50%の澱粉粉が含まれており、「カタクリ粉」の名があるように、良質な澱粉が採取できますので古くから貴重な澱粉源として利用されていたであろうことは容易に想像できます』

(堀田清、山菜のお話「カタクリ」)
http://www.hoku-iryo-u.ac.jp/~maruho/2-2katakuri.htm

 堀田清さんは、北海道医療大学薬学部 薬用植物園・北方系生態観察園担当准教授ですが、ご自分の生い立ちを次のように書いておられます:

1958(昭和33)、北海道日高地方の襟裳岬にほど近く、フレッシュな魚が豊富に獲れる某漁師町に生まれる。
 私の小学生、中学生の頃には現在のようにモノが豊かなではない上に、流通設備、ルートが確立しておらず、バナナ、トンカツなどは、ご馳走中のご馳走でした。
 ただ、今は高級海産物になってしまったウニは、当時、コンブ漁の漁師たちにとってはコンブを食い荒らすものだったので、新鮮なウニをオヤツ代わりにお腹いっぱい獲って食べていた。
 とにかく、旬の食材をいっぱい食べて育った自然児だった


 ムカシ、カタクリを食していたアイヌ人、イマは鹿が食すようになり、ヤッホー君も困っています。だってぇ〜、カタクリは金網のなかに囲われて暮らすようになっているからなんです。

奥多摩の森林では、シカの食害による樹木の立ち枯れや下草の焼失など本来の植生が失われはじめています。
 この柵は、柵内の植物をシカの食害から防ぐことにより、シカによる植生への影響を調査すために設置したものです。
 また、柵内と柵外の植生を比較して見てもらうことで、シカの影響を知っていただきたいと思います。
 柵に入ったり、柵を壊したりしないよう皆さまのご理解、ご協力をお願いいたします

(2008(平成20)年6月、東京都環境局自然保護部、東京都環境局多摩環境事務所)

 ヤッホー君たち、惣岳山から小河内峠へと歩いているときに東京都のゴレンジャーと出会いました。シカの監視? いえいえ、ニンゲンたちにもマナー向上を呼びかけようとピンクのチラシ『ようこそ! 秩父多摩甲斐国立公園へ』を手渡ししながら、徘徊しているのです:

ここでは、カタクリだけでなく、クマやシカなど大型哺乳類も暮らす豊かな自然が残っています。この森を散策することは、彼らの生活圏にお邪魔するということ。
 そこで私達からの提案です。木や草、鳥や虫、動物、土や水など、森全体の営みにも目を向けてみませんか

 
 賛成!山に暮らす生き物の目線でいっしょに考えていきましょう!
 なにも都という行政だけではありません。「東京都山岳連盟 自然保護委員会」もがんばっておられます。下は山路で見られた警告表示:

カタクリを見に来られた皆様へ。
 花が咲くまで7、8年かかり、花の命はほんの一週間です。どうか皆さん、優しく見守って下さい


御前山のカタクリ保護用のロープ、資材、機材等は、第一回「山と渓谷」山岳環境賞受賞活動支援金で設置したものです

 そして山岳環境賞を受賞して得たお金が底をついたのでお仕舞い、という手抜きはしておりません。今年も…:

予定どおり、4月21日土曜日から2012年度のカタクリパトロールが始まりました。
 花の分布状況はかなり変化しています。
 また、今年は冬の記録的な寒さに加えて春になっても気温の低い日が続いたため、例年より遅くカタクリパトロールをスタートしたにもかかわらず、カタクリの花はほとんど咲いていない状況で、保護ロープの設置場所の選定には苦慮しました。
 初日は指導員を含め25名の参加者を得て、次の3コースで花の分布状況により適宜調整しながら保護ロープを設置しました。

(1)例年同様、惣岳山への巻道・岩場の両コ−スより、上部登山道
(2)カタクリの群落が見られる奥多摩体験の森カラマツ広場周辺から御前山避難小屋を経て大ダワ方面
(3)昨年より始めた惣岳山から奥多摩湖方面

 山頂でお会いした奥多摩自然公園管理センターのレンジャーの方々、体験の森の事務所の方々からも大変感謝されました。
 体験の森の事務所の方からは、シカがカタクリの蕾を食する被害が増えているとの情報を頂きました。
 確かに写真の様につぼみのない無惨なカタクリを多く目にしました。対策が急がれると思います。
 これからのパトロールを行う各担当の方々、宜しくお願いいたします

(都岳連自然保護委員会2012年4月25日 00:59更新
http://mt-shizen.org/2012/04/2012-4.html

 ぜひ、上↑をクリックして写真も観てくださいね。
 ムカシ、食用に乱獲、イマは、シカだけではなくニンゲンも。
 撮影用にずかずかと靴も脱がずに、林床にどしどし山靴で平気で入り込んで、俯いて咲くカタクリをデジカメに収めるために寝っころがって、撮っている中高年のなんと多いことでしょうか。
 林床にはカタクリだけが暮らしているのではありません。イチリンソウも、ニリンソウも、サンリンソウまで、キクなどカタクリと一緒に共生して暮らしている山野草などが沢山(「生物多様性、ですよね)。
 それを踏みつけておいて、カタクりの綺麗な写真だけ載せて、環境を大切に、自然保護を、守る花、と訴えるニンゲンのなんと多いことか…

 ということで、「カタクリがシカの食害に」御前山編・報告記でした。

鹿の食害から護る.jpg

 そうしたら仲間がね、「シカシ、どうしてカタクリが御前山にあるってシカに分かったのかしら。秘密の花園にしておけばいいのにね」
 「口コミですね、きっと」とカッシーちゃん。

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