2026年02月11日

日本の女性が戦後初めて参政権を得ておよそ80年

 今回2026年の衆院選で、68人の女性候補が当選し、前回の2024年の73人に次いで過去2番目に多かった。
 全当選者465人に占める割合は14.6%で、同様に2024年の15.7%に次ぐ2番目の高さだった。
 ただ、依然として世界水準からみて低い状況だ。

 今回の衆院選では、小選挙区で28人、比例区では40人の女性候補が当選。
 政党別に見ると、自民党39人、中道改革連合8人、国民民主党8人、参政党8人、共産党2人、チームみらい2人、日本維新の会1人。

 一方、今回の衆院選の候補者に占める女性比率は過去最高だった。
 313人の女性が立候補し、全候補者1284人の24.4%を占めた。
 参政党やれいわ新選組、共産党の候補者の女性比率がそれぞれ約4割で全体を押し上げた。
 自民は12.8%だった。

 国際的な議員交流団体のIPU(列国議会同盟)が185ヶ国を調査した2025年の報告書によると、世界の下院または一院制議会の女性割合は27.2%。
 これに比べ、日本は半分程度にとどまる。


朝日新聞、2026年2月9日 17時39分
衆院選で女性候補68人当選、過去2番目の多さ
当選者の14.6%

https://digital.asahi.com/articles/ASV290J48V29UTFK00VM.html

※ 女性参政権(旧:婦人参政権)
 1945年11月21日には、まず勅令により治安警察法が廃止され、女性の結社権が認められる。
 1945年12月17日の改正衆議院議員選挙法公布により、女性の国政参加が認められる(地方参政権は翌年1946年9月27日の地方制度改正により実現)。
 1946年4月10日の戦後初(かつ帝国議会最後)の衆議院選挙(第22回衆議院議員総選挙)の結果、日本初の女性議員39名が誕生する。
 1946年5月16日召集の第90特別議会での審議を経て、10月7日に大日本帝国憲法の全面改正案が成立し、第14条の「法の下の平等」で女性参政権が明確に保障された日本国憲法が1946年11月3日公布、1947年5月3日に施行された。
 2005年の第44回衆議院議員総選挙で43人が当選するまで22回、59年間にわたって1946年総選挙の39人を超えることはできなかった。

 日本の女性が戦後初めて参政権を得て、およそ80年がたつ。
 自民党総裁選で高市早苗新総裁が選出され、初の女性首相の誕生が現実味を帯びてきた。

 これは、女性参政権の成果なのか。
 女性学の第一人者、上野千鶴子(1948年生まれ富山県出身)・東大名誉教授に尋ねると、はっきりと「ノー」という答えが返ってきた。

「女性なら誰でもよい、という時代は終わりました。女性の利益になる政治を期待できませんから」

 上野さんは2025年10月5日、自身のX(ツイッター)に「初の女性首相が誕生するかもしれない、と聞いてもうれしくない」と投稿し、反響を呼んだ。
 なぜ「高市首相」に期待できないのか、その真意は――。

「『日本はいつ男女平等になりますか』と聞かれたら、あなたが生きている間は無理でしょう、と返します。全世界が変化する中で取り残されているのが日本です」

 世界経済フォーラムが各国の男女平等度をランキングで示す2025年の「ジェンダーギャップ指数」で、日本は前年と同じ118位に沈んだ。
 その要因の一つが女性議員の割合が低いことだ。
 列国議会同盟(Inter-Parliamentary Union、 IPU)の2025年1月の発表によると、下院の女性議員比率は183ヶ国中142位(衆院の女性比率15・7%)。
 先進国最低レベルだ。

 女性参政権は、政治を変えられなかったのか。

「女性票は家族票の一部として動き、戦後長く続いた自民一党支配を支えました。1989年のマドンナ旋風まで、女性参政権は政治を変えなかったというのが政治学の結論です」

 潮目が変わったのは1980年代だ。
 1986年、社会党の土井たか子(1928-2014)氏が女性で初めての政党党首となり、89年参院選で社会党の女性候補11人が当選する「マドンナ旋風」が起きた。

「当時メディアは『女で闘う』と表現したことに、私たちは怒りました。どうして『女が闘う』ではないのか、と。このとき初めて、女性票が個人票として動く兆しが見えました」

 背景には、既婚女性の就労率の上昇がある。
 夫や家族ではなく、自分の意向で投票する女性が増えたことがマドンナ旋風を生んだ。

「男性以上に男性」の女性議員
 1980〜1990年代は世界的に、女性の人権保障や社会進出に関する法整備が大きく進んだ時代でもある。
 法制審議会が選択的夫婦別姓を含む民法改正案を答申したのは1996年だった。
 しかし、2000年代には自民党の安倍晋三政権下でジェンダー平等や性教育への反動(バックラッシュ)が本格化した。
 2009〜2012年の民主党政権を除き、現在に至るまで自公政権が定着している。
 別姓導入の民法改正案は自民党の反対で国会提出が見送られ、たなざらしのままだ。

 女性の政治参加に関する研究では、女性政治家はジェンダー政策よりも、政党の方針を優先する傾向が明らかになっているという。

「男性中心の組織に女性が食い込もうとすると、男性以上に男性らしく振る舞うことが生き残り戦略になる。男性の利益を守る女性という指定席を与えられるからです」

 その象徴が、選択的夫婦別姓反対論や外国人への強硬姿勢で知られる、自民党の高市総裁や杉田水脈元衆院議員だと指摘する。

女性の貧困は「人災」
「女性の学歴も就業率も向上しましたが、結局のところ女性が家父長制的な構造のもとで男性の劣位に置かれている点は、全く変わりませんでした」

 女性の弱者性は、経済格差にあらわれていると指摘する。
 上野さんは「夫が死亡した際の遺族年金や法定相続分といった既婚女性の権利は拡張しましたが、これは女性の人権保障ではない。“妻の座”権の保障であり、つまるところ夫のみとり保障です」と喝破する。
 日本は高度成長期を経て、男性が稼ぎ主、女性が専業主婦となる標準世帯モデルが定着した。
 1986年施行の男女雇用機会均等法も、「男性並み」に働くか、子どもを育て「家計補助」的に働くか、という「女性の分断」を生む結果になった、とみる。

「女性には就労機会がない、昇進がない、賃金が安い。かつて結婚は永久就職と言われました。『男に依存しないと食えない』という男性稼ぎ主モデルを維持しました。女性の低賃金、不安定雇用は明らかな人災です」

家父長的構造への反発
 上野さんが女性学研究を志したのは、家父長制に「うんざりした」からだ。

フェミニズムは誤解されがちですが、男のようになりたいという思想ではありません。この社会では、それは支配者・差別者・抑圧者になることと同じだからです。弱者が強者になる必要がない、そのままで尊重される社会を目指したいのです

 富山県の開業医の家庭で、ワンマンの父、専業主婦の母のもとで育った。
 夫の顔色をうかがい「子どもがいるから離婚できない」とこぼす母に、「夫を替えてもあなたの不幸は変わらない」と反発した。

 1967年に進学した京都大では、学生運動の中で女性差別に遭遇した。

マイクを握って演説するのはすべて男、女は全員バックヤードです。男たちは首から上はリベラルだけど、首から下は家父長制。散々イヤな思いをしました

 1960年代後半、ベトナム戦争反対や大学改革を掲げる学生運動での女性蔑視は、世界共通の現象だった。

「あらゆる革命は、女性にとって『裏切られた革命』でした」

 失望した女性たちは世界中で「ウーマン・リブ」運動を展開した。
 日本でも1970年代から田中美津(1943-2024)さんらがけん引。
 国連が初めて女性を巡る問題をテーマとした1975年の第1回世界女性会議(World Conference on Women)開催につながっていく(1975年は国際婦人年 International Women's Year)。

「家事は不払い労働」定着に半世紀
 上野さんは「政治にしてやられた」と失望する一方で、フェミニズムは社会に無視できない変化をもたらした、とも指摘する。

「フェミニズムが登場したころの社会の反応は、無視、黙殺、やゆ、でした。バックラッシュが起きたのは影響力が無視できなくなったからです」

 成果の一つは「家事は不払い労働である」と定義したことだ。

「かつて専業主婦は『三食昼寝付き』と言われていたんです。冗談でしょう? 朝から晩までコマネズミみたいに働くのに。私はそれを不払い労働と定義しました」

 この考え方には、当事者の主婦すら当初は反発したという。

「『私がやっているのは愛の行為で、お金に換算できない』と言われました。もう一つは、マルクス経済学者から『お前たちは経済学に無知だからそんなことを言うんだ』と。大変でした」

 しかし2016年放送のTBS系ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)」の大ヒットで、「家事は不払い労働という認識は半世紀かけてようやく定着した」と実感したという。
「逃げ恥」は、「雇用主と家事労働者」という関係から始まった男女が恋愛結婚へ至るストーリーを描く。
 もともとは家事労働の対価として給料が支払われていたのに、結婚した途端に無償労働になる。
 主人公の女性は雇い主の男性に「愛の搾取です」と訴えたのだ。

「無位無冠の女」が日本を変えた
 また、「セクシュアルハラスメント」「ドメスティックバイオレンス(DV)」という概念も、画期的な変化をもたらした。

「セクハラはかつて、からかいやいたずら、DVはお仕置きや痴話げんか、と呼ばれていました。しかしあれは不当な人権侵害だった、とモヤモヤした思いに定義を与えられた。そこで何が起きるかというと、怒りが湧くんです。女性が暴力に我慢しなくなった、許容しなくなった。女性の中にも自尊心や人権意識が定着しました」

 こうした経験の再定義こそが、社会の変化を生んだ。
 政治の変化は遅々として進まない中で、社会を変えてきたのは「無位無冠の女たち」だと強調する。

「これだけ変わってきただけでも上等です。怒りの声を上げる草の根の女性たちが日本を支えてきたのです。無視されて都合のよい女になるより、面倒くさい女になった方がいい。あなたはそう思いませんか?


[写真‐1]自民党の総裁室の椅子に座る高市早苗新総裁=同党本部で2025年10月4日午後7時2分
[写真‐2]2025年6月に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は148カ国中118位に沈んだ=内閣府男女共同参画局ホームページから
[写真‐3]参院選の開票が進み、党本部で当選者名の上に赤いバラを付ける社会党の土井たか子委員長(当時、中央右)=東京都千代田区で1989年7月23日
[写真‐4]改造後の初閣議を終え、記念写真におさまる(前列左から)安倍晋三首相、麻生太郎副総理兼財務・金融相、(後列右から)稲田朋美防衛相、高市早苗総務相=首相官邸で2016年8月3日午後7時53分
[写真‐5]可決された男女雇用平等法案に反対し、ゆうれい姿でデモをする約200人の女性たち=東京・六本木で1984年7月24日撮影
[写真‐6]夕方の買い物をする主婦ら=大阪府豊中市のダイエー庄内店で1971年10月16日撮影
[写真‐7]優生保護法改正に反対を訴える母親たち=東京都新宿区の戸塚公園で1973年5月13日撮影

毎日新聞、2025/10/20 15:13
なぜ「高市首相」は喜べないか
上野千鶴子氏が見た女性参政権80年

(山本萌)
https://mainichi.jp/articles/20251009/k00/00m/010/038000c

posted by fom_club at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

八王子観光大使

北島三郎、高尾山
https://www.youtube.com/watch?v=mJcOJo5uIco&t=5s

高尾登山鉄道ケーブルカー清滝駅に銅像が👇
観光大使.jpg

北島三郎像.JPG

薬王院に「高尾山」歌碑が👇
北島三郎歌碑.JPG

 2020年に「世界日本遺産」に認定された、人気のエリア「高尾山」にある「高尾山薬王院」では、立春前日の「節分の日」に、身上安全、事業繁栄、諸縁吉祥、除災開運を祈願する「節分会追儺式」(せつぶんえついなしき)が行われます。
「追儺(ついな)式」とは節分に行われる鬼を追い払う儀式、つまり豆まきのことです。
「高尾山薬王院」では午前午後を通して6回豆まきが行われます。

「高尾山薬王院 節分会追儺式」とは
「高尾山薬王院 節分会追儺式(ついなしき)」のいちばんの特徴は、例年、芸能人や大相撲の関取、八王子芸者、八王子車人形などが参加し、豆まきを行うこと。
 織物の町として栄えた八王子は、人や物の往来が盛んになり、大正時代から戦後まもなくまで「中町界隈」に「花街」がありました。
 今もその当時の情緒を残そうと、「芸者の置屋」や「懐粋な町並み」が再現されて、人気の観光名所となっています。

 また、八王子には、江戸時代に考案された芸能で「ろくろ車」と呼ばれる車を納めた箱に腰掛けて操る人形芝居「八王子車人形」という文化があり、今も「西川小柳座」の方々によって継承され、公演されています。
 2022(令和4)年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。
「八王子芸者」や「八王子車人形」など豪華なゲストが揃って豆をまく姿はなんとも華やかです。

全山が天狗信仰の霊山の高尾山
「高尾山」は「天狗」信仰の霊山として知られます。
 赤い顔に高い鼻、神通力を持つと言われる「天狗」は、山々を守り人びとから畏れ敬われて来た伝説上の生き物です。
 高尾山では天狗はご本尊である飯縄大権現(いいづなごんげん)の随身として神格化され、薬王院のホームページには、厳しい修行をする山伏たちの姿が天狗と同一視されることも多いと紹介されています。

 高尾山に登ると、高い鼻で団扇を手に持つ「大天狗」など天狗にまつわるいろいろなものに出会います。
 小天狗はカラスのようなくちばしがあり剣を構えて「烏天狗」とも呼ばれています。

 お土産も天狗焼きや赤青天狗のイラストのてぬぐい、「天狗様のヘソのゴマ」というネーミングの黒い甘納豆と天狗にまつわるものが勢ぞろい。
 お正月の縁起物としては、元旦から節分までの限定で天狗うちわが販売されています。

 ただし、「高尾山薬王院」に行かれる際はくれぐれも厳かな気持ちでお出かけください。


多摩観光推進協議会、2026/01/13
世界日本遺産」高尾山で迎える華やかな節分
八王子市・高尾山薬王院 節分会追儺式
開催時期:2月3日
開催地:東京都八王子市高尾町2390

https://at-tama.tokyo/lang_jp/tourismtopics/takaosansetubunkai/

 ヤッホーくんたち山歩クラブで歩いたのが2月8日、その5日前に「節分会追儺式」があったようですね。

 北島三郎の弟子である、北山たけし(51)原田悠里(71)山口ひろみ(50)大江裕(36)が2026年2月3日、東京・八王子市の高尾山薬王院で恒例の「節分会」を行った。
「八王子観光大使」を務める北山は「地元・八王子とのつながりは宝物。皆さんに多くの福が訪れるよう精いっぱい務めたい」と大使としての決意を明かした。
 4人が裃(かみしも)を身にまとって特設舞台に登場すると、地元ファンや観光客から大歓声が上がった。
「福は内」のかけ声とともに力強く福豆をまくと会場は冬の寒さを吹き飛ばすような熱気に包まれた。
 福豆を手にした参拝者たちは晴れやかな表情。
 1年の無病息災と幸運を願っていた。


日刊スポーツ、2026年2月3日17時36分
北島三郎の弟子4人(北山たけし、原田悠里、山口ひろみ、大江裕)が「福は内〜」
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202602030001127.html

 北山たけしは「八王子観光大使」。ほかに2名:
・ 西川古柳(1953年生まれ、国の重要無形民俗文化財指定、八王子車人形、西川古柳座五代目家元)
・ 羽生善治(1970年生まれ、1996年にタイトル戦7冠制覇を達成したプロ棋士)。
 北島三郎(1936年生まれ)は「八王子名誉観光大使」。

posted by fom_club at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊気満山 高尾山

1. 背景
 八王子市が申請した高尾山をテーマにしたストーリー「霊気満山 高尾山〜人びとの祈りが紡ぐ桑都物語〜」が、2020(令和2)年6月、都内で初めて「日本遺産」に認定された。
「日本遺産」とは、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリーを文化庁が認定するもので、今回選ばれた「霊気満山 高尾山」は、養蚕や織物が盛んであったことから「桑都」(そうと)と称された八王子の歴史や文化を、信仰の山として地域の人びとのよりどころであった高尾山とのつながりとともに今に伝えるストーリーとなっており、物語を語るうえで欠かせない29件の文化財で構成されている。

 八王子市が日本遺産への申請を決めたきっかけは、2017(平成29)年に市制100周年を迎えたことだ。
 歴史文化を活かしたまちづくりをすすめるとともに、八王子市が掲げる「地域活性化」「関係人口増加」「郷土愛の醸成」という3つの将来ビジョンを達成するための手段の一つとして、日本遺産認定が100周年のレガシー(遺産)として組み込まれた。

 本事例をベストプラクティスとして取り上げる理由は、日本遺産認定によって短期的な観光客数の増加を図るのではなく、ビジョン達成の手段として日本遺産を活用するという八王子市の考え方、また認定に至るまでの長期的な視点での取組の過程が、他機関における今後の事業運営等において参考になると考えるからである。

2. 市制100周年のレガシーとしての日本遺産申請
 市制100周年の翌年である2018(平成30)年4月に、八王子市役所内に日本遺産申請に向けた担当部署が立ち上がり、学芸員3名を含む市の職員6名体制でスタートした。

 日本遺産は、遺産を保護することを主目的とするユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産と異なり、遺産を活用することを主目的として文化庁が認定する制度である。

 国宝など知名度の高い観光資源がひとつでもあれば認められるといったものではなく、
@ 歴史的経緯や伝承・風習等を踏まえたストーリーであること
A 地域に根ざして継承・保存がなされている文化財がストーリーの構成文化財として必要となる。

 そのため、何をテーマにするか、どのようなストーリーとするか、ストーリーを構成する文化財を何にするか、という流れで、申請に向けて準備を進めていった。

3. 日本遺産認定に至るまでの取組の過程
 まずテーマを決めるにあたって、八王子らしさや他と違う独自性を出すことを意識し、現在の八王子市街地の元となった「八王子宿」や江戸幕府の職制のひとつであり、八王子及び周辺地域の治安維持などを行った「千人同心」(※1)、登りやすい山として全国的にも有名な「高尾山」など、さまざまな案を候補とした。

 そして、申請に向けて市が立ち上げた有識者等会議「八王子市歴史遺産活用検討会」において、八王子観光コンベンション協会、八王子商工会議所、民間事業者、大学教授などの幅広い分野の専門家とともに検討を行ない、高尾山をテーマにすることとなった。

 次に、高尾山をテーマにどういったストーリー構成とするか、検討を進めていった。
 人びとの琴線に触れ、実際に行ってみたくなるか、また、それだけではなく、地元の市民が共感できるストーリーとすることを意識し、都内及び埼玉県や神奈川県の人びとを対象にインターネット調査を行ったほか、市の職員約2,000人を対象にしたアンケート調査を行った。
 職員アンケートでは、高尾山へ登った回数や高尾山の何に魅力を感じるかなどを聞く中で、一度も登ったことがないという人は少なく、二度以上高尾山に登った経験のある人が多くいること、歴史文化を活用した地域振興に魅力を感じる人びとの割合が高いことが分かった。

 アンケート結果などをもとに、活用検討会におけるミーティングを2ヶ月に1回程度実施するなど検討を繰り返し、高尾山とのつながりとともに人びとによって紡がれてきた歴史や文化により八王子の魅力を語るストーリーを作り上げた。

 構成文化財の選定にあたっては、文化財を守ってきた人びとの「思い」を申請に反映することを意識した。
 関係者約300人と会い、話を聞いたほか、申請までにストーリーの軸となる高尾山に50回以上登るなど足を使い、時間をかけて未指定のものを含む約60件の有形・無形の文化財の中からストーリーに関連の深い29件を選定した。

4. 認定への反響と今後の展開について
 日本遺産を実施する文化庁との事前相談を経て、その都度内容を検討したほか、他の類似遺産との違いを明確化した上で申請を行った結果、2020(令和2)年6月19日に、日本遺産への認定が決まった。

 市のHP上で認定を報告したところ、多くの喜びの声が寄せられたほか、Twitter 上では、数ヶ月経った現在も市民の祝福の書き込みが続いている。
 また、市の広報紙「広報はちおうじ」8月15日号において、特集で日本遺産認定を取り上げたところ、日本遺産認定で今までにない高尾山の魅力を知った、高尾山を神秘的に感じたとの声が寄せられるなど、コロナ禍が続く中での久しぶりの明るい話題に祝福の声が相次いだ。

 7月には、市内の事業者や団体のほか、八王子市や八王子観光コンベンション協会などが連携して日本遺産を活かしたまちづくりに取り組む「日本遺産『桑都物語』推進協議会」(※3)を立ち上げ、活用に向けてさまざまなPRなどの取組を始めている。
 
 市が当初より目標としていた3つの将来ビジョン「地域活性化」「関係人口増加」「郷土愛の醸成」の達成については、日本遺産認定によってそれぞれの動きが加速している。

 1つめの「地域活性化」では、コロナ禍で認定後しばらくは大規模なイベントを実施できていなかったが、10月に入ってから日本遺産認定に関連したイベントが行われるようになり、11月には毎年恒例の「八王子いちょう祭り」において日本遺産認定に関連したスタンプラリーを実施するなど、地域活性化に向けた活動が進められている。

 2つめの「関係人口増加」は、高尾山や構成文化財への興味・関心をきっかけに八王子市にかかわる人びとを増やすことを目標としており、10月には、大学生などを対象に、日本遺産ストーリーを分かりやすく説明するための「教育デジタルコンテンツ作品」の募集を開始している。
 これは、大学進学などで八王子に来た学生が八王子に魅力を感じ、卒業しても八王子に関わってくれることを目的の一つにしており、市の担当者曰く、将来的な関係人口増加に向けて、日本遺産認定が一つの良いきっかけとなっているとのことだ。

 3つめの「郷土愛の醸成」は、将来を担う子供をはじめとする地域住民に地元八王子の良さを伝え、地元に愛着をもってもらうことを目的としている。
 認定後、市内の全市立小中学校で日本遺産認定を祝う横断幕を掲示したほか、尾山薬王院で提供される精進料理をアレンジした「高尾山御膳」、八王子城の石垣をイメージした石垣揚げを献立に入れた「八王子城御膳」、桑の葉パウダーを混ぜたソースを使った「桑都御膳」など日本遺産ストーリーにちなんだ給食を提供するなど、地元により愛着を持ってもらうための機会を増やしている。
 給食を食べた子供たちからは、歴史をしっかり守っていきたいという声が上がるなど、これまでになかった反応が得られている。
 また、前述の「教育デジタルコンテンツ作品」についても、優秀作品を市立小中学校および義務教育学校において副教材として活用することを予定しており、こちらも郷土愛の醸成に向けて役立てていく予定だ。

 認定をきっかけに、構成文化財の一つである尾山薬王院の関係者は、単なる観光地としての高尾山ではなく、高尾山の霊山としての歴史を学んでもらうきっかけになったと話したほか、同じく構成文化財の一つであり、70万人が訪れる八王子まつりの実行委員会関係者は、自分たちのまつりの名前が全国にとどろくことを誇りに思うと語っている。
 市の担当者は、「自分のところには有名な観光地がない、魅力的なものはないと考えている方々もいるかもしれないが、見えていないだけで必ずどこの地域にも魅力はある。大事なのは、他と比べて、これもない、あれもない、とないものを見つけるのではなく、こんな魅力がある、という、あるものを見つける“あるもの探し”である。」とのことだ。

 一過性の消費を目的とするのではなく、文化を理解してもらうこと、そして絶えず探索しつづけることが重要であり、八王子市では、日本遺産認定をうまく活用し、将来を担う子供を巻き込みながら、地域活性化などにつなげていきたいとのことだ。

<おわりに>
 2015(平成27)年より開始した文化庁の日本遺産は、2020(令和2)年6月認定で104件となり、「2020(令和2)年度までに100件程度」としていた目標件数に到達しました。
 今回で認定は最後となるため、都内で唯一の日本遺産認定となります。
 八王子市日本遺産推進担当の平塚裕之課長は、「日本遺産を通じて、多くの市民が地域の歴史文化を語り続けることが未来のまちづくりにつながる」と語っています。
 取材前には、日本遺産認定は観光客誘致が目的なのであろうと考えていましたが、実はそれが目的ではないこと、地元の人びとに地元八王子を知ってもらうこと、また愛してもらうこと、そのきっかけの一つが日本遺産認定であるという考えをお伺いすることができました。
 観光は、一朝一夕で成功するものではありません。
 中長期的な視点で観光客の誘致を図ること、また、観光客数という目先の数字にとらわれすぎることなく、観光地としての土壌を築いてくこと、地域住民の理解や協力を得て初めて観光地として成り立つのだということを実感することができました。
 全国的にも高い知名度を誇る高尾山について、公益社団法人「八王子観光コンベンション協会」の齋藤和仁事務局長は、「高尾山といえば知名度が高いからわざわざPRしなくても人は来ると思われるかもしれないが、決してそんなことはない。日本遺産認定をきっかけに、これからも高尾山の魅力を発信し続けていきたい」と語っています。
 また、高尾山のおすすめ時間帯は早朝とのことで、実際に早朝の様子を撮った写真が載った「広報はちおうじ」を見せていただき、その荘厳な景色に圧倒されました。
 ぜひ早朝の高尾山を訪れるとともに構成文化財を見て回り、八王子の歴史に思いをはせてみてはいかがでしょうか。


東京観光財団(TCVP)、2020(令和2)年12月16日
2020(令和2)年度ベストプラクティス
「霊気満山 高尾山〜人びとの祈りが紡(つむ)ぐ桑都(そうと)物語〜」が日本遺産認定に至るまでの取組
(八王子市)

https://www.tcvb.or.jp/jp/project/chiiki_bestpractice_hachioji_2.pdf

(※1)東京新聞、2023年5月2日 13時43分
[ぷらっとTOKYO]「JR西八王子駅周辺」、「千人同心」がいた町
https://www.tokyo-np.co.jp/article/247553

(※2)東京新聞、2023年11月2日 06時43分
日本遺産フェス 八王子で東日本 初の開催
全国の伝統文化が一堂に
2023年11月4、5日 車人形や「桑都のお練り」披露

(昆野夏子)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/287552

(※3)日本遺産「桑都物語」推進協議会
事務局:八王子市元本郷町3-24-1 八王子市産業振興部 日本遺産推進課内
https://japan-heritage-soto.jp/about/

posted by fom_club at 06:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月10日

雪の高尾山

 ヤッホーくん、2026年2月8日(日)のお山歩は、高尾山599m!
 岩殿山634mに次いで、退院後2番目の山となりましたが、雪!

薬王院 👇
桑殿.JPG

 門には「日本遺産 Japan Heritage、霊気満山 高尾山〜人びとの祈りが紡ぐ桑都物語〜」と垂れ幕が下がっております。

高尾山薬王院本堂 👇
奥の院.JPG

 柱には右から「世界平和」「身体健全」「寿命長久」「万民豊楽」と書いてありました。

高尾山内の積雪状況

 2026年2月8日AM9:00時点の高尾山山頂599mと1号路の様子です。
 山内5p以上の積雪があり、大変滑りやすくなっております。
 アイゼンやチェーンスパイクなどの、雪山装備の上、無理のない登山計画をお願いします。
※ 現在も降雪は続いております。


[写真‐1]山頂広場
[写真‐2]山頂下
[写真‐3]1号路 薬王院〜山頂
[写真‐4]1号路 大杉並木

東京都高尾ビジターセンター
https://takaovc.ces-net.jp/?p=1471

 高尾山は、四季折々の美しい自然や、変化に富んだ6つのハイキングコースがあり、多くの観光客が訪れる観光地として有名です。

 ケーブルカーやリフトがあるので、子どもから年配の人まで、誰もが気軽に山登りできるのも魅力です。

 山頂を含む一帯は「明治の森高尾国定公園」(※)に指定され、山内の自然や建造物は保護されています。

 また、霊山としても長い歴史を持ち、山腹にある「尾山薬王院有喜寺」は真言宗智山派の大本山で、成田山新勝寺川崎大師平間寺とともに、関東三山のひとつにもなっています。山麓付近に軒を並べる食事処やみやげ物店には名物も数多くあり、これらを目当てに来る人も多いそうです。

 フランスのタイヤメーカーミシュランが選ぶ三つ星観光地に選ばれています。


八王子市公式サイト、令和6年11月21日
高尾山
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/001/004/p003393.html

(※)明治の森高尾の歴史
標高599mの高尾山は、薬王院を中心とする修験道の霊山


 高尾山は、古くから山岳信仰の場とされ、戦国時代に八王子城主の北条氏康・北条氏照親子が高尾山を保護しました。

 その後、周辺の森林は社寺林として、明治に入ったあとに帝室御料林として保護されてきました。

 第二次世界大戦後には国有林となり、1950(昭和25)年に高尾山と八王子城山などを中心に都立高尾陣場自然公園に指定されました。

 1967(昭和42)年には、明治100年記念事業の一環として、都立高尾陣場自然公園の一部が明治の森高尾国定公園に指定されました。

 面積は770ヘクタールです。
 自然環境の保護の歴史によって、モミ林、カシ類を主体とする常緑樹林やブナ類を主体とする落葉樹林、スギ、ヒノキ等の人工林といった林相の相違が見られ、多くの動植物が生息しています。

 歴史的・文化的な風致・景観を持つ薬王院と参道のスギ並木は、「八王子88景」にも選ばれています。


東京都環境局・東京の自然公園
https://www.kankyo1.metro.tokyo.lg.jp/naturepark/know/park/introduction/toritu/meiji/history.html


posted by fom_club at 07:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月09日

高市早苗自民党総裁と麻生太郎自民党副総裁

はじめに
 麻生太郎氏(1940年生まれ)が、高市早苗(1961年生まれ)自民党総裁によって、副総裁に指名された。麻生氏は最高顧問だったけれど副総裁となったのだ。最高顧問は元首相や重鎮議員などが就任する名誉職的ポジションだけれど、副総裁は党内で総裁に次ぐナンバー2であり、役職政策・選挙・人事などに関与するとされている。高市・麻生体制となったのである。
 私は、高市氏は歴史に学ぶ必要性を否定する危険人物だと評価しているけれど、麻生氏も高市氏に劣らない危険人物だと思っている。その理由は、一つは彼の「ナチスに学べ」発言であり、もう一つは「台湾有事は日本有事」発言である。
 この小論では、彼の二つの発言を紹介し、その無責任さと危険性を検証する。

「ナチスに学べ」発言
 2013年7月29日。麻生氏は、民間シンクタンク国家基本問題研究所のシンポジウムで「僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。(略)ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。……憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね」と講演した(辻本清美氏の質問主意書からの引用)。
 このことは、当時、マスコミでも報道されたので、記憶している人も多いであろう。
 
 この発言は「ナチスの手法を参考にして憲法改正を進めるべきだ」という主張として受け止められた。私もその一人だった。だから、この発言を「プロパガンダの天才」と言われたナチスの宣伝相ゲッペルスが、どのような手法で大衆を動員したかを批判する文脈の中で紹介したことがある(「ゲッペルスのプロパガンダを表現の自由で擁護してはならない」『「核の時代」と憲法9条』日本評論社、2019年5月)。憲法改正手続きの中で、ナチスの手法など持ち込まれたら大変なことになるという危機感があったのだ。
 
 ところで、この「ナチスの手口に学べ」という表現が、ナチスの独裁的手法を肯定しているように受け取られたので、国内外からの強い批判が寄せられることになった。だから、麻生氏は、8月1日、その発言の一部を撤回している。
 その理由は「喧騒にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげたところである。この例示が誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい」というものであった。
 彼は「ナチスのようにワーワー騒がないで静かにやっていく」と言ったけれど、それは「喧騒にまぎれて国民的議論がなかった悪しき例」として挙げたのだ。誤解を招いたので撤回するとしたのだ。これは説明になっていない。そして、誰も誤解などしていない。麻生氏は、ナチスは暴力と陰謀と懐柔で権力奪取をしていたにもかかわらず「ナチスに学べ」と言ったのである。

麻生氏の発言と撤回の意味
 当時、麻生氏は副総理兼財務大臣という要職にあった。私は、そのような立場にある人が「憲法改正」という重要事項について「ナチスに学べ」という発言をすることも大問題だと思うけれど、それをたやすく撤回して、なかったことにすることも大問題だと思っている。
「綸言汗の如し」(りんげんあせのごとし。一度口にした君主の言は取り消すことができない、という意味)をここで引用することは適切かどうかわからないけれど、麻生氏が責任感を持つ政治家ならば、たやすく撤回するような発言はすべきではないであろう。権力の中枢にある者は、その発する言葉の重さを自覚すべきだからである。麻生氏にその自覚はないようである。彼はそのような無責任な資質の持ち主なのである。

 ところで、麻生氏の危険性は彼が「ナチスに学べ」としていることである。彼は、ナチスが、ワイマール体制下において政権を奪取していく方法や手段を否定していないのである。そして、ナチスが大戦争を仕掛けていったことにも反対しないどころか、むしろ共感を示しているようである。

 私は彼の論理を次のように受け止めている。ドイツ国民はナチスを選んだ。国民の多数が選んだものは正しい。ナチスは多数を確保するために工夫した。だから、ナチスに学んで「憲法改正」で多数派になろう。政治的多数派は何をしてもいいのだ。多数派になるために何でもやろう、という論理である。
 現役の国務大臣が現行憲法の改正を進めるために「ナチスに学べ」というのは、立憲主義も平和主義も全く無視していることになる。立憲主義や平和主義が失われた時「政府の行為によって再び戦争の惨禍がもたらされる」ことになる。麻生氏の危険性の本質はここにある。

「台湾有事は日本有事」
 2024年1月10日。麻生氏(自民党副総裁・当時)は、米国で記者団に「(台湾海峡有事は)日本の存立危機事態だと日本政府が判断をする可能性が極めて大きい」と述べ、日本は中国の台湾侵攻時に集団的自衛権を発動する可能性が高いという考えを示した(『朝日新聞』2024年1月11日)。
 麻生氏はこれに先立ち「台湾海峡の平和と安定は国際社会の安定に不可欠。日本・台湾・米国は戦う覚悟を持ち、それを相手に伝えることが抑止力になる」(2023年8月8日の台湾訪問時)とか、「台湾海峡で戦争となれば、日本は潜水艦や軍艦で戦う。台湾有事は間違いなく日本の存立危機事態だ」(2024年1月8日の福岡での国政報告会)などと発言している。
 彼は「台湾有事は日本の存立危機事態、すなわち日本有事」としているのである。 

 ところで、存立危機事態とは「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう」と定義されている(武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律2条4号)。
 だから、台湾で日本以外の当事者間での武力衝突が起きたとしても「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」でなければ「存立危機事態」ではないのである。

 けれども、麻生氏は、そのことには触れようとしないで「台湾海峡の平和と安定は国際社会の安定に不可欠」として「日本は潜水艦や軍艦で戦う」としているのである。
 彼の発想には中国と米国(台湾)が武力衝突しても「日本はどちらにも与しない」という選択肢はない。
 米国が戦闘態勢に入れば「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」したとして、内閣総理大臣が自衛隊に防衛出動を命ずる(自衛隊法76条)ことを当然としているのである。
 日本に武力攻撃がないにもかかわらず、日本が戦争当事者になることを当然視しているのである。
 戦争を放棄している日本国憲法のもとで、日本に対する攻撃がないにもかかわらず、戦争が起きるのである。
 それは、自衛隊による中国本土の基地攻撃や、中国からの攻撃を意味している。
 政府の行為によって再び戦争の惨禍がもたらされるのである。

まとめ
 確認しておくと、麻生氏はナチスへの親近感がある人だということと、「台湾有事」を「日本有事」にしないという発想は皆無の人だということである。
 こういう人が、自民党副総裁として、「戦後生まれだから戦争責任など問われるいわれはない」として「過去に学ぼうとしない」総裁とタッグを組んだのである。
 私たちはその危険な組み合わせに敏感でなければならない。
 危険が相乗効果を発揮するかもしれないからである。

 2016年5月27日。広島を訪問したにオバマ元米国大統領は「71年前、ある晴れた雲一つない朝、死が空から落ち、世界が変わりました。一つの閃光と火の海が街を破壊し、人類が自らを破壊する手段を手に入れたことがはっきりと示されたのです」と演説している。
 現代は「人類が自らを破壊する手段を手に入れた」時代なのだ。
 中国は核兵器保有国である。米国が日本のために中国に対して核兵器を使用するなどといことはあり得ないであろう。
 米国の核が中国の日本に対する攻撃を抑止し、日本の安全を保障するなどというのは「天動説」並みの謬論である。
 このままでは、日本が、長崎以降、初めての核兵器を使用される戦場になるかもしれない。
 新たな被爆者が生まれるかもしれないのだ。
 私たちには「空から死が落ちてくる」事態を阻止する営みが求められている。


大久保賢一法律事務所、2025年10月9日記
「核兵器廃絶」と憲法9条
麻生太郎氏の無責任さと危険性

https://ohkubo-law.com/constitution/

「国是」とは何か。一国の政治の基本方針、つまり、内外に向けた政治的な宣言だ。法律ではないから、背いても違法という問題は生じない。理論的には、政治的な意思で変わり得る。

 だから非核三原則をなぜ法律にしないのか、という議論は常にあった。米国の「核の傘」に依存したい政治家には、国是にとどめておく方が都合がいいのだろう。核兵器の持ち込みに際しても、違法とのそしりを免れることができる。現に政府は過去に米国の核搭載船の寄港を黙認してきた。

許されない転換
 一方、他に日本の国是を思いつかないほど、非核三原則は国民に根付いている。仮に見直すことになれば、核兵器への依存を深める極めて危険な転換であり、決して許されるものではない。

 高市早苗首相は「見直しを検討する」と観測気球を揚げたのだろうが、簡単に見直せるものでもない。三原則は1967年、佐藤栄作首相が国会で表明。その後も沖縄返還を控えた1971年11月、順守を求める決議が衆院本会議で全会一致で採択されるなど、国会決議が積み上げられてきた。軽んじられるものではない。安保関連3文書を改定する閣議決定では変えられず、少なくとも全会一致の国会決議がいるという議論も出てくるだろう。

 一部の政治家は、米国の核兵器を日本に配備する「核共有」まで念頭に置いているようだが、この行為は、核兵器の受領や取得を禁ずる核拡散防止条約(NPT)に明らかに違反する。日本がNPTを離脱し、国際社会の猛反発を招くことまで、彼らが考えているかどうかは怪しい。

歴史学ばぬ姿勢
 首相は新進党の議員だった1995年、衆院外務委員会で日本の戦争責任について、こう述べている。

「少なくとも私自身は当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」

 歴史に学ぼうともしない姿勢だ。
 こうした主張が「格好いい」と見られているのだとすれば、この社会は危機的な情勢にある。

※ 大久保賢一(おおくぼ けんいち、1947年長野市生まれ)
法務省勤務を経て1979年に弁護士登録。埼玉弁護士会所属。核兵器の違法性を訴える日本反核法律家協会に1994年の発足時から加わり、2020年に5代目会長に就任した。

※ 中國新聞・ヒロシマ平和メディアセンター、2025年11月20日朝刊掲載


中國新聞、25年11月20日
国是「非核三原則」
国会決議 軽んじるな
日本反核法律家協会会長 大久保賢一さん(78)

(宮野史康)
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=157657

posted by fom_club at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伊ミラノで反五輪・反ICEデモ

 ヤッホーくんのこのブログ、2026年01月27日付け日記「Former President Barack Obama's statement on Alex Pretti」をお読みください。
 冬季オリンピックが開催されているミラノで、たいへんなことがおこっています:

 イタリア・ミラノではオリンピックに反対するデモが相次いでいて、在ミラノ日本国総領事館が渡航者らに注意を呼び掛けています。
 2026年2月7日、ミラノ市内ではオリンピックの開催に抗議するデモがあり、住宅街で発煙筒がたかれるなどしてイタリアの国家憲兵が出動する事態となりました。
 また、オリンピックの警備のために派遣されているアメリカのICE=移民・税関捜査局に反対するデモも行われました。
 在ミラノ日本国総領事館は「デモや群衆を見掛けたら、周囲の状況に十分注意し、身の安全を最優先にした行動を心掛けて下さい」と注意喚起しています。

テレ朝NEWS、2026年2月8日 19:09
伊ミラノで反五輪・反ICEデモ
日本領事館が注意喚起

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000483996.html

Shocking Footage From ICE Agent’s Own Phone Shows Confrontation and Shooting of Renee Good
https://www.youtube.com/watch?v=7QYKTTEMf-Q
https://www.youtube.com/watch?v=5SafgHV2wLM

The Department of Homeland Security said Wednesday that the federal agents who killed Alex Pretti on Saturday and Renee Good earlier this month in Minneapolis have been placed on leave.

“The two officers involved are on administrative leave,” a DHS spokesperson said in a statement, referring to the Customs and Border Protection employees who killed Pretti. “This is standard protocol.”

DHS spokesperson Tricia McLaughlin told HuffPost in a separate statement that Jonathan Ross, the Immigration and Customs Enforcement officer who killed Good, had also been placed on leave. McLaughlin did not specify when that had taken place.

Hinting at an agency in disarray, DHS’s statement on Wednesday is the exact opposite of what Border Patrol chief Gregory Bovino told the media on Sunday, when he said that the agents who had killed Pretti were still working − but had been reassigned to a different location for their own safety.

“All agents that were involved in that scene are working, not in Minneapolis, but in other locations,” Bovino told reporters. “That’s for their safety. There’s this thing called doxing. And the safety of our employees is very important to us. So we’re going to keep those employees safe.”

The unidentified agents fired around 10 bullets at Pretti at close range, some of them into the 37-year-old VA nurse’s back.

While DHS claimed in a statement on social media that Pretti had “approached US Border Patrol officers with a 9 mm semi-automatic handgun,” the claim was disproven by multiple videos and CBP’s own preliminary report.

The report makes no mention of Pretti reaching for the firearm, which he owned lawfully and was licensed to carry.


HuffPost, Jan 28, 2026, 02:48 PM EST
Federal Agents Who Killed Alex Pretti, Renee Good Have Been Placed On Leave
https://www.huffpost.com/entry/alex-pretti-renee-good-ice-agents-leave_n_697a5c18e4b025706e866f08

Barely two weeks apart, two American citizens have been slain in Minnesota by U.S. Immigration and Customs Enforcement (ICE) agents in the Twin Cities. Their deaths raise important questions−not just about the violation of First Amendment freedoms, but also the trampling of Eighth Amendment protections that bar the government from inflicting “cruel and unusual punishment.”

Indeed, the killings of Renee Nicole Good and Alex Jeffrey Pretti are so horrendous and brazen−not hidden, but flaunted in front of cameras−that they evoke historical parallels to lynching and vigilante public execution. Yet, unlike America’s lynchings of the past with Black bodies, tortured, bullet-ridden, torn apart, set aflame and hanging by nooses from trees and bridges while onlookers strangely gawked with satisfaction−here the bystanders and protesters are traumatized.

As if torn from the pages of a family violence casebook, ICE’s recent conduct in Minnesota displays the hallmarks of domestic abuse. The United Nations defines such conduct as “behavior in any relationship … used to gain or maintain power and control,” often paired with physical and emotional threats. This includes actions that “frighten, intimidate, terrorize, manipulate, hurt, humiliate, blame, injure, or wound someone.” The U.N. says these patterns “can occur within a range of relationships,” and warns that incidents “are rarely isolated, and usually escalate in frequency and severity … culminating in serious physical injury or death.”

This framework tragically mirrors what has unfolded in Minnesota, with heightened enforcement sparking widespread outrage and protests.

From both legal and ethical perspectives, it’s time to break up with ICE.

Minnesotans now fear ICE agents unlawfully raiding their homes. Many have been threatened while standing on their front lawns. They have been terrorized, threatened and pulled out of their cars while doing nothing more than exercising their constitutional rights and protecting their neighbors.

This is modern-day domestic violence−not between partners, but wielded by the federal government through unlawful and unconstitutional force against its citizens.

Both Good and Pretti were 37 years old. Good, a mother of three, “suffered three clear gunshot wounds, including one to her head,” according to her family’s lawyers. Their findings were based on an autopsy commissioned by her family in the wake of unsubstantiated claims that she was attempting to run over an ICE agent. Homeland Security Secretary Kristi Noem declared Good “a domestic terrorist.”

Then, over the weekend, the world watched in horror as federal agents fatally shot Alex Pretti, an intensive care nurse at the Minneapolis Veterans Affairs medical center. By the accounts of patients, friends and family, he dedicated his life to caring for others. According to reporting from The New York Times, photos and videos taken from multiple angles, analyzed by news organizations and posted online, ICE agents “appear to fire at least 10 shots in a span of five seconds,” rattling Pretti’s body with bullets, including in the back. This all after being tackled by a group of ICE agents.

As she did after Good’s killing, Noem excoriated Pretti and offered an account at odds with widely viewed video evidence, going so far as to claim, “This looks like a situation where an individual arrived at the scene to inflict maximum damage on individuals and kill law enforcement.”

Bystanders and witnesses to these killings report lasting trauma and fear. Many now worry they could be next, after seeing people physically targeted and psychologically harmed−again in violation of the Eighth Amendment’s explicit prohibition on cruel and unusual punishment by the government.

In 1791, 235 years ago, the Bill of Rights was ratified and adopted as part of the U.S. Constitution−specifically aimed at the federal government, and later applied to the states. The text of this packet of 10 amendments was largely inspired and derived from the Magna Carta five centuries before (1215) and the English Bill of Rights (1689). These 10 amendments start boldly, addressing basic, fundamental freedoms now challenged by the federal government: the freedom to speak, assemble and even petition the government to “redress grievances.” Each year, when I teach constitutional law and the First Amendment, I remind my students that the Bill of Rights was intended to protect Americans against the potential tyranny of the state.

Throughout the Bill of Rights, the U.S. Constitution makes clear that Americans shall be shielded from abuse and retribution by the state regarding speech, religion, privacy, their homes and criminal prosecution. Surprisingly overlooked in recent months are the important protections against cruelty and unusual conduct by the government. ICE activities in Minnesota are the type of conduct that the constitutional framers sought to guard against.

In a recent judicial order, U.S. District Judge Katherine Menendez barred Immigration and Customs Enforcement from retaliating against people engaged in peaceful, unobtrusive protest activity, including observing federal enforcement actions, and from arresting or detaining individuals participating in such nonviolent protests. The order was issued in response to extraordinary harms alleged by six Minnesota residents: Susan Tincher, John Biestman, Janet Lee, Lucia Webb, Abdikadir Noor and Alan Crenshaw. These plaintiffs sought court protection after reporting constitutional violations by ICE agents during “Operation Metro Surge.”

One of the examples noted in judge Menendez’s order:

Tincher was acting as a legal observer when masked federal agents approached her on a public sidewalk and, without warning, tackled her to the ground and handcuffed her. Officers then transported her to the federal Whipple Building in Fort Snelling, Minn., where parts of her clothing and her wedding ring were removed during her detention. She was held in shackles for hours before being released without charges.

Her co-petitioners allege they endured similar treatment at the hands of ICE agents−actions they contend far exceeded any lawful authority and violated their constitutional rights.

Minnesotans have been terrorized on their streets and in their neighborhoods−not by Laotian or Somali immigrants or Native Americans, but by ICE agents. Perhaps that is the point.

The tragic deaths of Good and Pretti cast a dark shadow on the United States, its immigration policies and enforcement tactics under the Trump administration. As Judge Menendez’s order implies, the problem is not conducting “routine operations” in Minneapolis, but rather the extraordinary and chilling behavior that compelled the court to intervene.

Their deaths raise serious questions about the federal government’s respect for American citizens, the rule of law, and the judiciary. Clearly implicated and dramatized in recent weeks in Minnesota is ICE’s diminishing respect for civil liberties and civil rights of ordinary citizens in the United States.

Given all of this, it’s time for a divorce. Congress can go back to the drawing board on immigration, shaping ethical policy that respects life and human dignity, and avoids cruelty.


Ms. 、UPDATED 2/2/2026 at 12:53 P.M. PT
The Cruel and Unusual Killings of Renee Good and Alex Pretti
ICE’s lethal conduct in Minnesota forces a reckoning with cruel and unusual punishment carried out by the federal government.

by Michele Goodwin
https://msmagazine.com/2026/01/27/renee-good-alex-pretty-cruel-unusual-punishment-first-eight-amendment/

posted by fom_club at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月08日

エマニュエル・トッドが語る<日本の選択>

[5分で聴く♪文春新書]
エマニュエル・トッド Emmanuel Todd 著『西洋の敗北と日本の選択 La défaite de l'Occident 』

 フランスの歴史学者であるエマニュエル・トッド氏は、家族類型と人口統計にもとづく分析で国家や社会の変動を大胆に予言し、ことごとく的中させてきました。
 ソ連の崩壊、イギリスのEU離脱、トランプ政権の誕生などがその代表的なものです。
 近年もトッド氏は「ウクライナ戦争でのロシアの勝利」「米国と欧州の混乱と分裂」を予言し、事態はほぼその通りに推移しています。
 トッド氏は折々で『文藝春秋』に論考を発表し、次々に生じる予想外の事態の本質を見抜き、歴史的見通しを与えてきました。
 その集大成が『西洋の敗北と日本の選択』です。
 なぜトッド氏の予言は的中するのか?その素顔は?――担当編集者の西泰志が、秘密を語ります。

(聞き手:西本幸恒・文春新書編集長)
https://www.youtube.com/watch?v=V6gGw6DkzoY&t=2s

トッドの日本論の位置づけ
 トッドの著作の日本語版の題名に、『日本の・・・』といったものが入っている場合が多い。
 日本の読者に理解の切り口を提示するための日本の編集者側の工夫だろう。

 最新刊である『西洋の敗北と日本の選択』(文春新書、2025年)は、その典型例である。
 注目作である『西洋の敗北 Après l'empire - Essai sur la décomposition du système américain』(2002年)の議論を下地にしながら、追加的に日本についてもなるべく論じてもらう体裁で、本が作られている。
 したがって必ずしもトッド自身が積極的に、詳細な日本論を展開してきている、ということではない。
 とはいえ、トッドも、日本について、ある程度の関心は抱いているようだ。
 もっともその姿勢に変化も見られる。
 2002年『帝国以後』の時期の著作では、日本を工業先進国と扱うような記述が目立つ。
 トッドは、当時は日本を経済大国とみなしていたようだ。しかし、最近では、そのような素振りはない。

トッドが指摘する日本の最大の問題
 人類学者としてのトッドの関心の中心点は、日本の伝統的な家族制度が、ドイツと同様に、「直系家族」(跡継ぎを一人に絞る)で成り立っていることだ。
 トッドは、こうした家族制度の伝統の性格の違いが、権威主義的性格を持つ社会と個人主義的性格を持つ社会のように、社会全体の特徴を形成していくことについて、長年にわたって研究している。

 このトッドの人類学者としての日本への関心は、当然、現在進行形の未曽有の日本の人口減少・少子高齢化の評価とも、結びついてくるはずだ。
 トッドは、深刻な問題を知りながら、為政者たちが何ら有効な政策をとってこなかったことについて、批判めいたコメントをたびたび行ってきている。
 自国の文化の長所と短所をよく吟味したうえで、全ての問題を差し置いて、この問題に取り組め、というのが、トッドの実直な勧めだろう。

トッドは日本の安全保障政策には興味がない
 したがって、トッドは、国力を低下させている日本に、何か大胆な安全保障政策を選択するように勧める気持ちは、持っていないと思われる。

 トッドは、日本にとって核武装が合理的であるという見解を持っている。
 時にその点が強調される場合がある。
 しかし、トッドは決して派手で大胆な安全保障政策をとるべきだ、と日本に勧めているわけではない。
 むしろ逆だろう。
 脅威に囲まれながら、人口減少・少子高齢化による国力低下の現象に直面している日本には、核武装のような効率性重視の安全保障政策を検討する必要があるのではないか、という文脈において、トッドは、そう言っているのにすぎない。
 トッドは、イランの核武装にも合理性を見出すが、それはイランが、アメリカを中心とする勢力に不当な経済制裁を科せられて、苦しんでいるからだ。
 幸いにして日本の場合には、イランのように経済制裁の対象にはなっていない。
 だがトッドは、アメリカを信頼することを勧めない。

トッドの多極化する世界の認識

 トッドにとって、アメリカは、「敗北」している最中の国であるだけでなく、「緊張を高め、紛争や戦争を引き起こし、そこに『同盟国』というより『属国』と呼ぶにふさわしい国々を巻き込もうとしている」「信頼できない国」である(『西洋の敗北と日本の選択』69頁)。
 トッドは、日本にはアジアの国として、敗北する「西洋」と決別してBRICSに加入するような道筋もありうるのではないか、といった示唆も行っている。
※ BRICS ブリックスは、Brazil、Russia、India、China、South Africaに、イラン、エジプト、アラブ首長国連邦、エチオピア、インドネシアを加え、10か国から成る国際会議である。BRICSは加盟国による非干渉、平等、相互利益を基本としている。

 もちろん極めて真剣で具体的な提案というよりは、一つの考え方の提示といった断片的なものではある。
 結局、日本の国力の衰退と、近隣国との関係、そしてアメリカの存在が持つ問題性を鑑みて、トッドが最終的に勧めるのは、「何もしないこと」であるという。

トッドの「何もしないこと」の勧め
トッドは次のように語る。
 私が日本に勧めたいのは、『何もしないこと』『できるだけ何もしないこと』です。今日、『日本は国際政治にもっと関与すべきだ』という声が聞かれますが、私はむしろ、ある種の『慎重さ』を勧めたい。可能なかぎり紛争を避け、事態をじっと見守るのです。
 戦争の勃発や中国の経済的台頭は、この『米国一極支配の世界』から我々が抜け出しつつあることを示しています。つまり、『多極化した世界』というロシアのヴィジョンに近づいている。
 日本への提言に付け加えるとすれば、先ほどの『慎重さ』を保ちつつ、こうした『多極化した世界』に自らを位置づけることです。
 もう一つは、『経済問題』以上に日本の真の問題である『人口問題』に集中して本気で取り組むことです。すなわち、適度な移民の受け入れを進めると同時に、出生率を上昇させるのです。
(『西洋の敗北と日本の選択』69−70頁)

 全世界の諸地域を見渡して展開する壮大な人類学の視野を駆使しながら、『帝国以後』、『西洋の敗北』、といった派手な題名のベストセラーを持つトッドが、「何もしないこと」、を勧めてくるのは、いささか肩透かしであるような印象も受ける。
「慎重さ」などという言葉で、トッドは、日本への無関心を吐露しているのではないか、といぶかる読者もいるかもしれない。
 しかし、私は、そうは思わない。

「何もしないこと」の含意
 私は、確かにトッドの言う通りだ、という納得感を持つ。
 トッドの議論を見渡したうえで、日本の現状をふまえて、トッドの「何もしないこと」という勧めを考えてみたい。

 冷静になるべきだ。日本は単に経済力を低下させているだけではない。人口そのものを激減させている。しかも抜本的な解決策の見出せない財政赤字の苦境にある。
 しかもトッドの洞察が正しければ、同盟国アメリカも、非常に苦しい状態にある。
「西洋」そのものが敗北に瀕している。

 この状態の中で、日本が起死回生の一発逆転策を狙い、奇をてらった政策を追い求めてみても、上手くいく確率は低い、と言わざるを得ない。
 それどころか、焦るあまりに現実から浮遊した空回りする態度をとり続ける恐れも強い。
 そうなれば、さらにいっそう泥沼にはまり込んでいく負の悪循環に陥るだけだ。
 限られた貴重な資源を、体系的に優先順位の高い政策にあてていくのであれば、まずは自分の足元を立て直すための少子高齢化社会の負の連鎖を止めることに専心すべきだ。

 そのためには、余計なことに政策資源を割いたりはしない態度も必要になる。
「何もしないこと」を心掛けて、重要課題に取り組むための余力を、少しずつでも、作り出していくしかないのである。

トッドの諦念
 トッドは、2016年のインタビューの中で、次のように語っていた。
 私は自分の好みを打ち出すのをやめてしまいました。政治的な戦いでは、私はつねに負けてきました。私が望んだことが選ばれることはありませんでした。だから私は好まないでいることを好むようになりました。
(『グローバリズム以後:アメリカ帝国の失墜と日本の運命』[朝日新聞出版、2016年]52頁)

 こうした諦念の境地にいるトッドが示してくる「日本の選択」に関する勧めは、残念ながら、やはり「選ばれることはない」のかもしれない。
 日本人は、トッドの勧めには耳を貸さず、浮足立った現実離れした政策を次々と採用し、むしろ「何でもすること」を追い求めていくのかもしれない。
 大多数の日本人は、「何もしないなんて耐えられない、何かやっていないと不安で仕方がない、たとえ上手くいかなさそうなことでも何かを沢山やらせてくれ」と、叫ぶ心理状態で、座標軸も見定まらないまま、うごめきあっていくのかもしれない。
 果たして、それで日本に何が訪れるだろうか。
 トッドの洞察が正しいかどうかは、逆説的な形で、試されるかもしれない。


msn・theLetter、2026/02/08
トッドが語る「慎重さ」という「日本の選択」の勧め
(篠田英朗)
https://www.msn.com/ja-jp/politics/international-relations/トッドが語る-慎重さ-という-日本の選択-の勧め-トッド-西洋の敗北-を読む4/ar-AA1VTmSB

 政府は「こども未来戦略方針」を閣議決定した。今後3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保し、「加速化プラン」として集中的に取り組みを進めるという。岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」と称して人口減少に歯止めをかける意欲を見せる。だが、「異次元」というほどの内容なのだろうか。生まれてくる子どもは予想を上回る速度で減っている。

 7年前2016年、フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏にインタビューしたことを思い出す。「人口減少こそ日本の唯一の課題。どうして日本はもっと本気で対策に取り組まないのか。気づいたときにはもう遅い」と強く訴えた。トッド氏の予言は現実のものになろうとしている。日本に残された時間は少ない。

40年後に日本はなくなる?
 ランチの客で混み合う店に無精ひげを生やしたトッド氏はやってきた。ジャケットの胸ポケットに眼鏡やペンを無造作に入れている。2016年11月、パリ中心部のカフェでインタビューは行われた。

「世界のどこを見ても日本ほど素晴らしい国はない。経済は強く科学技術にも秀でている。国民は勤勉で治安も良い。食べ物もおいしい。それに比べフランスときたら経済はドイツにやられっ放し、政治家も官僚も能力がなく、テロはあるし治安も悪い。フランスはだめなまま40年後もフランスであり続けるだろう。しかし、日本は40年後にあるかどうか私にはわからない」

 キノコオムレツをほおばりながら、トッド氏は熱弁を振るった。誰に対しても歯に衣(きぬ)着せず辛辣(しんらつ)に批判するため、フランス国内では嫌われているのだといい、大の日本びいきであることを自任するトッド氏は日本の少子化を深刻にとらえていた。

「どうして日本は人口減少をもっと真剣に考えないのだ。人口対策は巨大なタンカーみたいなもので、急に針路を変えることはできない。危機に気が付いて慌ててかじを切ったところで、その時にはすでに手遅れなのだ」

 世界各国の家族類型を分析して政治体制との関連を論考し、出生率や乳幼児死亡率など生命や健康に関する統計の分析から、その国の内部で起こっている状況を解き明かす独特の研究で注目されている。古くはソビエト連邦の崩壊を予測し、まだ泡沫(ほうまつ)候補と見られていたころのトランプ氏が米国大統領に当選することや、イギリスの欧州連合(EU)離脱も当ててきた研究者である。

 少子高齢化や経済の長期的な停滞に陥っていた日本のことをトッド氏がどう見ているのかを知りたいと手紙を書いたところ、自宅にほど近いカフェで会おうと返事がきた。

「老いた親の介護負担を家族が負いすぎる。子育ての負担も重すぎる。家族だけに任せていたのでは生まれてくる子どもは増えない。日本国民は税金を取られるのを嫌がるというが、それはわなだ。税金は介護や子育てから家族を解放するために徴収されるのだ。もっと税金を上げなければ少子化は改善できない」

 日本では2012年の民主党・野田佳彦政権の時、税と社会保障の一体改革を与野党が合意し、消費税を5%から10%へ引き上げ、子どもや子育てに消費税を投入することが決められた。トッド氏にインタビューした当時は自民党の安倍晋三政権が待機児童の解消や「働き方改革」による非正規社員の待遇改善などに取り組んでいた。
 そのことを指摘すると、トッド氏は「日本政府は何もやっていない」とにべもなかった。

「安倍首相の周りにいる人たちは経済優先の考えだから、中期的な展望で経済が安定することを望んでいる。私の関心はもっと長期的に日本が安定することだ。それには人口問題や出生率のことにもっと真剣に取り組まねばならない」

 翌年の2017年にもパリでトッド氏に再び会ったが、日本政府の少子化対策の手ぬるさに対する批判は変わらなかった。

災いは突然、現れる
 最初にトッド氏にインタビューをしてから6年、日本で2022年に生まれた子どもは77万747人になった。終戦直後には年間270万人近くが生まれていたのと比べると、3分の1から4分の1ほどに落ち込んでいることになる。1人の女性が生涯に産む子どもの数である合計特殊出生率は1.26。人口を維持するためには2.07を超えなければならないが、はるかに届かず、安倍政権が目指した「希望出生率」1.8からも遠い。

「人口は30〜40年は穏やかに変化するので人々は気づかない。しかし、災いは突然にやってくる。慌てて何とかしようとしても簡単には人口減少は止められない」とトッド氏は言う。まさに今の日本がそうだ。

 岸田政権は「異次元の少子化対策」を看板に掲げ、少子化対策を「先送りできない待ったなしの課題」と強調する。「こども未来戦略方針」では、今後3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保し集中的に取り組みを進めることを打ち出した。

 児童手当は
▽ 所得制限を撤廃した上で対象を高校生まで拡大し、3歳未満は1人あたり月額1万5000円を支給
▽ 3歳から高校生までは同1万円を支給
▽ 第3子以降は年齢にかかわらず同3万円に増やす
――などが盛り込まれた。

 高等教育にかかる費用負担の軽減策としては、授業料の減免や給付型の奨学金の対象を理系の大学生や実家が多子世帯の学生などとし、世帯年収が600万円程度までの中間層に広げる。
 親が就労していなくても、子どもを保育所に預けられるようにする。両親とも育児休業を取得した場合、最長4週間は手取りの収入が変わらないようにするため、育休給付の給付率の引き上げを目指すことも盛り込まれた。
 必要な財源は、社会保障費の歳出改革に加え、社会保険の仕組みを活用して、社会全体で負担する新たな「支援金制度」を創設し、一時的な不足分は「こども特例公債」を発行して賄う。徹底した歳出改革などを通じ、国民に実質的に追加負担が生じないことを目指すという。

 トッド氏は岸田政権の「異次元の少子化対策」をどう思うだろうか。幼稚園から大学まで教育費が無料で、事実婚のカップルにも手厚い経済支援が受けられるフランスに比べると、「何もやっていない」という範囲にとどまっているように思われるのではないか。国民に追加負担が生じない少子化対策などあり得るのか、とあきれられるかもしれない。

 これまでの少子化対策に比べれば、現政権はそれなりに思い切ったメニューを並べたつもりかもしれない。連続性の中にいるとこの程度でも「異次元」に思えるのだろう。しかし、育休に100%の休業補償を盛り込んだ自民党の少子化対策と比べても見劣りする内容だ。

 2022年の出生率はもっと深刻に受け止めないといけない。1.26というのは2005年と同じ水準だが、2005年の出生数は106万2530人だった。一方、22年は約77万人しか生まれていない。出生率は同じでも出生数は約30万人も少ないのである。

 なぜそうなるのかといえば、出生率はその計算の分母である15〜49歳の女性の人口の増減によって変化するからだ。出生率は同じなのに、実際に生まれた子どもが30万人少ないのは現役世代の女性人口が減っているからに他ならない。

江戸時代の人口規模に
 政府の少子化対策が奏功したとしても子どもは増えない。新型コロナウイルスの影響もあるのだろうが、ここ数年の出生数の減少傾向が続けば、2100年ごろの日本は江戸時代と同じくらいの人口規模になる。

 自然に負荷をかけずストレスも少なくなりそうだからいいではないかと思う人もいるだろう。しかし、江戸時代は鎖国をしており国内で何もかも完結していたからいいが、現在は経済も安全保障も世界と緊密につながっている。猛烈な速度で現役世代の人口が減少していくと、経済や社会システムが危機に陥ることが懸念される。

 戦後の復興期から高度成長にかけて全国各地で道路や橋や港湾などが建設された。経済政策の意味もあってのインフラ整備だが、耐用年数が過ぎつつあり巨額の修繕費が国や自治体に重くのしかかる。地方では過疎化が進み、コミュニティーそのものが維持できなくなっている。

 国内総生産(GDP)の半分以上は国内消費が占めており、人口減少は生産においても消費においても日本経済の地盤沈下を招くことが避けられない。企業数の9割は中小零細企業だが、業績の良い企業も後継者がいないために閉鎖せざるを得ないところが相次いでいる。

 経済の縮小は税や保険料収入にも響き、医療や福祉などの社会保障の持続可能性に黄色信号をともすことが懸念される。医療や福祉現場の人材不足は今も深刻だが、働く人が足りないために閉鎖せざるを得ない事業所が相次ぐことも想像に難くない。

「日本は40年後にあるかどうかわからない」とトッド氏は言った。人口減少のために日本という国家が破綻する・機能不全に陥る恐れがあるという意味なのだろうが、ソ連の崩壊、アラブの春、イギリスのEU離脱など、誰も本当に起きるとは思っていなかったころから予言し、いずれも現実のものとなってきた。その研究者の言葉だけに重い響きを感じざるを得ない。

 日本に住んでいるわけでもなく、外から見ているだけで何がわかるのかと思われるかもしれない。ただ、ゆっくり沈んでいく船に乗っている人には、沈んでいることがわからないものだ。不愉快な話には耳をふさぎたくなるが、気づいた時には遅い。トッド氏の警告を今一度、重く受け止めるべきである。


毎日新聞、2023年6月22日
遅すぎる少子化対策〜トッド氏の警告を思う
(野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員)
https://mainichi.jp/premier/health/articles/20230619/med/00m/100/014000c

posted by fom_club at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エマニュエル・トッド

 ヤッホーくんのこのブログ、次の日付けの日記をお読みください:
★ 2019年03月18日「綿野恵太
http://fom-club.seesaa.net/article/464678789.html
★ 2021年10月10日「朴裕河『帝国の慰安婦』
http://fom-club.seesaa.net/article/483815720.html
★ 2023年06月25日「エマニュエル・トッド氏にインタビュー
http://fom-club.seesaa.net/article/499821548.html
★ 2023年06月28日「青い山脈
http://fom-club.seesaa.net/article/499859717.html

米国の傀儡 明日はわが身
 私たちは、ウクライナとロシアの戦争を「民主主義 vs 権威主義の戦い」と表現し、あまつさえ「普遍的価値を共有する我が方こそが前者だ」と絶叫したがる。だがそれらは、米国およびウクライナ発の情報のみに依拠した、偏狭な独善以外の何物でもない。
 まずは自らの置かれた情報環境を正しく認識した上で、一歩引いてみることだ。まるで違う光景が見えてくる。
 そんなことを教えてくれる本だ。著者は経済よりも人口動態に基づいて人類を捉え、ソ連崩壊やトランプ大統領の登場等、数々の世界史的大事件を予言してきた。「現代最高の知性」だと帯にある。
 本書によれば、今回のウクライナ・ロシア戦争を仕掛けたのは米国と北大西洋条約機構(NATO)に他ならない。ロシアの侵攻が始まる以前から、ウクライナは事実上のNATO加盟国に組み入れられ、米英の軍事顧問団や高性能兵器類を大量に送り込まれていた。NATOのとめどない東方拡大に追い詰められたプーチンが、窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)んだ構図。
 なぜ? とどのつまりは米国の焦りに尽きる、と評者には読めた。衰退が不可避の覇権国家が、まるで手負いの熊と化している。戦争は「もはやアメリカの文化やビジネスの一部と言って過言でない」との指摘に思わず膝を叩(たた)いた。
 だが冗談ではない。危うい米国は、「同盟国日本にとっては最大のリスクで、不必要な戦争に巻き込まれる恐れがあります」と、著者は述べる。そこで改めてウクライナの状況を直視しよう。米国のあたかも傀儡(かいらい)としてロシアとの戦争を続けている彼らは、私たちの明日の姿ではあるまいか。相手は中国だよとまでは、本書には書かれていないけれども。
 本書の議論の大半に、評者は大いに共感できた。
 ただ一点だけ、だから日本は核を持つべきだとする提言には強い違和感がある。
 そんなことをしたところで、傀儡であることをむしろ誇っているかのごとき自民党政治が、米国の支配から「自律」などできるはずがない。
 ただ単に、中国に先制攻撃の口実を与えてしまうだけである。


※ エマニュエル・トッド(1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。『最後の転落』など)


東京新聞・書評、2022年9月18日 07時00分
エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』(大野舞訳、文春新書、2022年6月)
(評者:斎藤貴男、ジャーナリスト)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/202776

 国連気候変動枠組み条約を含む多数の国際枠組みや国連機関からの脱退表明など、トランプ米政権の露骨な国益追求の動きとともに2026年はスタートした。

 国際協調が色あせる中、人類は地球規模の危機にどう対処したらいいのか。今後の国際秩序はどうなるのか。フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏に尋ねた。

 現状の資本主義において、自国の産業を守るための保護主義は必要不可欠で、第2次トランプ米政権での動きも自然だと考える。高関税措置を課したトランプ大統領が目立っているが、保護主義的な政策はオバマ政権から始まっていた。

 ただ、トランプ政権が進める保護主義には問題がある。

ドル依存の構造
 効果的に保護主義政策を進めるには、輸入品に関税を課した上で、国内で競争力のある産業を作ったり、再構築したりすることができる熟練した労働力が必要だ。

 しかし、世界の基軸通貨であるドルの発行を通して繁栄した米国には、有能な技術者やエンジニアがいない。優秀な若者は製造業よりも高い収入を得られる金融や法律などの分野に流れる。一方で、米国の生活水準はドルの発行の代わりに得られる輸入品に大きく依存しているという矛盾をはらんでいる。

 トランプ政権の(ハーバード大などエリート)大学に対する攻撃は、何も成し遂げられない。既存のドル依存の構造を壊し、競争力のある労働力を生むことで生産力のある国に戻らなければならない。だが、そうした兆候は見られず、高関税措置は意味を持たないだろう。

世界史の重大な転換点
 フランスでも日本でも世界のニュースはトランプ大統領一色だが、私には単なる茶番劇にしか見えない。彼は「敗北」の大統領に過ぎないのだ。

 トランプ大統領の役割は、米国のシステムの完全な崩壊を招かずに、ウクライナ戦争から撤退する方法を見つけることだ。

 ウクライナへ兵器や武器を供与してきた西側諸国は、戦争に勝つだけの生産力を持っていなかった。ロシアは国内の産業基盤を維持しているが、米国はもはや十分な数のトマホーク(米国産の巡航ミサイル)を生産することができない

 トランプ政権はプーチン露大統領を理性的な人物として語り、戦争から抜け出そうという衝動が感じられる。米国が戦争から手を引けば、初めての戦略的敗北となり、世界史における重大な転換点になるだろう。

 世界中の人びとが米国の「敗北」を認識した瞬間、米国が急速に衰退するかもしれない。北大西洋条約機構(NATO)や東アジアにおける安全保障体制、あるいは世界中の体制が崩壊する可能性がある。

 そのため、いまの米国には、ロシアや中国のような「敵」よりも、「同盟国」への支配力を維持することがますます重要になっている。西側諸国に残された産業力はドイツや台湾、韓国、日本など、米国の周縁部にあるからだ。

 武器購入や投資を強制する動きは、米国による新たな搾取の試みだ。ガザやイランといった中東周辺への介入や攻撃によって、米国が依然として強大であると思い込ませ、「敗北」をごまかそうとしているのではないか。

ポピュリズムが生まれる共通要因
 (トランプ大統領が支持されたように)ポピュリズムが生まれる世界共通の要因は、エリート層への反発と言える。健全で真の民主主義は、万人に初等教育が行き渡り、識字が普及した成果だった。

 しかしその後、高等教育が発展して新たな教育の階層化が起こると、高学歴層にエリート的な意識が芽生え、社会の分断を生んだ。

 さらに、エリート層で構成される国の統治者が自由貿易へかじを切ったことで所得の格差が生じ、先進国の労働者階級の崩壊を招いたのだ。これこそが、ポピュリズムの土台となったと言える。

 もう一つの要因として明らかなのは移民だ。ほとんどの先進国が低出生率・人口減少に直面している中で、経済的には移民が必要とされている。その半面、アイデンティティーの危機と呼ばれるほどの問題となった。

 ポピュリストや右派政党はリスクを強調し、移民の停止を主張する。一つの見方ではあるが、私としては、西側諸国は特に出生率に関してもっと深い議論がなされるべきだと考える。

 かつて農民社会だった先進国は、産業革命を経て非常に豊かになり、信じられないほどの長寿を実現した。人類はある意味で驚くべき成功を収めたのだ。同時に、まるで歴史が止まってしまったかのような感覚もある。なぜこれほどまでに子どもを持つことが難しくなっているのか。非常に説明が困難で、重要な問題だ。

 さらに、社会は目標を失い、空虚さを感じている。ニヒリズム(虚無主義)をもたらせば、人や物事を破壊したいという衝動、ひいては戦争を望む姿勢につながる。

統治者が安易に戦争を選ぶ時
 米国がウクライナ戦争から手を引こうとしている一方で、欧州は戦争を続けたがっている。欧州のエリート層のロシアに対する恐怖心は病的で、妄想のようにも見える。ロシアへの制裁で(欧州の)社会は一体性を失い、経済的な困難も抱えている。

 しかしそれだけが戦争に執着させるのではない。国を統治する立場にある人が、何をすべきか分からない時、最も安易に選ばれるのが戦争だ。エリート層は歴史の中で迷子になっている。今後(の世界)は戦争と気候変動、二重の危機に直面することになるかもしれない。

 私自身、気候に問題があるという身体的な経験がある。気候変動は危険を伴っており、何か対策を講じるべきだ。ただ、(対策の有効性に対しては)非常に懐疑的な見方もしている。

 例えば北極海航路に目を向けると、ロシアにとっては有利に働く可能性さえある。気候変動が国や地域によって意味が全く異なるグローバルな問題であることが、国際協調を難しくしているのだ。

 気候変動対策の成果を出すには本来、国同士の合意や協力が必要で、困難な対策を課すことのできる強い国家があることが前提だが、グローバル化自体が、国家を不要な存在として忘れようとするものだった。

 米国がトランプ政権の下で「気候変動など問題ではない」と振る舞っているように、私たちが既に直面しているのは「至った合意を守ることもできない」という現実だ。私の専門分野ではないが、国際社会は気候変動を止めることはできず、適応していくしかないと予測している。

※ エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)氏(1951年生まれ)
仏歴史人口学者。2016年の米大統領選でのトランプ氏当選や英国の欧州連合(EU)離脱を予見した。ウクライナ情勢などを分析する「西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか」(2024年11月、文芸春秋)に続き、2025年9月には「西洋の敗北と日本の選択」(文春新書)を刊行した。


[写真‐1]
インタビューに答える歴史人口学者のエマニュエル・トッドさん=東京都千代田区で2025年10月22日
[写真‐2]
記念撮影するハーバード大学の卒業生ら=米マサチューセッツ州ケンブリッジで2025年5月29日
[写真‐3]
米ホワイトハウスの執務室で発言するトランプ大統領=2026年1月30日

毎日新聞、2026/2/7 06:56
「トランプ氏は敗北の大統領」
エマニュエル・トッド氏が見る世界

(聞き手・高橋由衣)
https://mainichi.jp/articles/20260205/k00/00m/030/275000c

posted by fom_club at 05:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月07日

匿名の政治系YouTubeチャンネルで生計を立てる

 衆院選の投開票が近づく中、ネット上には政治系の動画があふれる。中には真偽不明な内容や扇情的な言葉も目立つ。どんな人が動画を作っているのか。動画チャンネルを立ち上げ、月90万円近い収入を得たこともあるという男性がその一端を語った。

「稼げなかったら、やっていませんよ」

 匿名の政治系YouTube(ユーチューブ)チャンネルで生計を立てる東京都日野市の男性(39)は淡々と語った。

参院選は「チャンス」 応援チャンネル立ち上げ
 投稿を始めたのは昨年2025年5月。自身も支持する参政党の応援チャンネルを立て続けに、二つ立ち上げた。参政党の人気の高まりを感じ、7月の参院選が「チャンス」と考えた。

 写真やAI(人工知能)の音声を使い、「有名企業が支持を表明した」「特定の記者の取材を拒否した」といった内容の3〜10分の動画を、毎日投稿した。数十万回再生される動画が相次いだ。

 すぐに広告収入が入り、参院選を挟んだ3ヶ月の収益は約220万円に上った。「選挙期間は注目度も高いし、ネタにも困らない。稼ぎ時ですね」と振り返る。

再生数は2億7千万回→17億4千万回
 政治系動画の存在感は年々増している。選挙・政治情報サイト「選挙ドットコム」によると、政治系YouTubeの再生回数は2024年10月の衆院選時は2億7千万回だったが、昨年の参院選は17億4千万回に増えた。

 男性は小学生の子ども2人と会社員の妻と暮らす。西日本の政令指定都市の市役所職員だったが、自由な時間と収入増を求めて6年前に退職。ネットビジネスのコンサル業などを試したが振るわず、借金を背負った。その中で手を伸ばしたのが、政治系動画だった。

「高市さん、熱い」 次は首相の動画作り
 しかし、参院選が終わり、しばらくすると、再生数が伸び悩んだ。運営する二つのチャンネルのうち、一つは毎月10万〜30万円の広告収入が続いたが、もう一つは、数万円に落ち込んだ。

 そこで注目したのが、高市早苗首相だった。下がらない内閣支持率に、どこかで見かけた「選挙が近い」との情報。

「高市さん、熱い」

 稼げると踏み、昨年2025年12月にチャンネルを立ち上げた。「やはりお金が第一目的。保守なので、高市さんも悪くはないかな」と思った。

 男性は自民党を支持していない。高市首相は「責任ある積極財政」や、旧姓の通称使用拡大なども打ち出す。しかし、男性は「政策はあまり詳しくは知りません」と明かす。

 動画には、手早く、刺激的にといった、参政党の応援チャンネルで学んだ「コツ」を盛り込んだ。

正確性に危うさ、「事実確認おろそかに」
 動画のネタは、X(旧ツイッター)やYouTubeで「バズっている(よく見られている)」で探す。生成AIにネタの内容やSNSでの反応などを読み込ませて、ニュース風の動画の台本をつくるよう指示。自身で修正、加筆し、AI音声に読み上げさせる。「著作権違反かもしれない」が、ネット上で「拾った」写真をあてはめる。3分の動画なら、早ければ30分ほどで完成する。

 サムネイル(表紙画像)やタイトルには、「売国議員を駆除へww」「マスコミ敗北w」などと扇情的な言葉を並べた。

 視聴者のコメントで人気を集めるのは、「国賊議員を落選させろ!」「掃きだめのテレビ局」といった中傷とも受け取れる言葉。男性は「動画は、『自分に都合のいい考えを聞きたい、特定の人をバカにしてスカッとしたい』という視聴者のニーズに合わせているだけ。中立の解説は見られない」と語る。すでに20万回再生された動画もある。

育てたチャンネル 200万円で売買契約
 一方で、明確な危うさもはらむ。男性が1月下旬に投稿した動画は、高市首相が今回の衆院選で自民党の特定の議員を「非公認にしようとしている」とする内容だった。数万回再生され、「高市に感謝」「これだけで選挙の大義」といったコメントが約300件寄せられた。

 しかし、自民党は同じ日に、これらの議員の公認を発表していた。

 男性に情報の根拠を尋ねると、「バズっている他の動画をまねて、表現を変えて投稿する時もあるので、情報の正確性は批判されてもしょうがない。目の前の利益と作業時間を考えたら、事実確認もおろそかになってしまう」と語った。

 次に男性が目を付けたのが、チャンネルの売却による収益化だ。

「十分稼いだし、毎日投稿し続けるのも面倒になった」

 更新を続けてきた、参政党を応援する二つのチャンネルを売ることにした。
 1月にアカウント売買を仲介するサイトに掲載すると、翌日には問い合わせがあった。1週間で、二つ合わせて約200万円の売買契約が成立した。
「YouTubeは、はやり廃りが激しく、同じチャンネルで稼ぎ続けられる保証はない。伸びている時に売った方がいい」と話す。

YouTubeチャンネルの販売 規約で禁止
 チャンネルの販売は、YouTubeの利用規約で禁止されているが、男性は規約違反を「知らなかった」という。

 この仲介サイトで、昨年2025年7月の参院選から今年2026年1月までの7ヶ月間に、売買が成立したYouTubeの政治系チャンネルは36件。実際の売却価格は非公開だが、売り手の希望価格の平均は100万円を超え、最高額は1千万円近くだった。

 だが、衆院選が公示された後の1月末、男性に思わぬ事態が起きた。YouTubeから売却予定の二つのチャンネルの広告収益を停止すると通知された。「関連チャンネルが原因」とだけ伝えられ、明確な理由は分からない。

 チャンネルは売り物にならなくなり、手に入るはずだった約200万円も泡と消えた。高市首相のチャンネルも収益を止められる恐れがあり、いまは投稿していない。

 収入はなくなったが、男性は今後もYouTuberを続けるつもりだ。

「手痛いですね。稼げるチャンネルを、また始めないと」

 政治系も含め、すでに次のジャンルを考え始めている。新たな収益源を求めて。

政治サイト編集長「選挙中の収益化、議論を」
 YouTubeでの政治系動画をAI(人工知能)で分析する政治情報サイト「選挙ドットコム」の鈴木邦和(1989年生まれ)編集長は「選挙期間中の収益化については、今後議論していく必要がある」と語る。

 選挙ドットコムの調査によると、2025年7月の参院選の期間中に投稿された政治系動画の再生数は約17億回。うち約9割が、政党や政治家ではない「第三者」が配信する動画だった。演説やニュース、新聞報道を切り取って短くまとめた「切り抜き型」が約4割を占め、鈴木編集長は「支持政党の考えを広めたいといった純粋な応援目的のチャンネルもあると思うが、収益目的も少なくないだろう」とみる。
 また、再生数に応じて、広告収入を得る現状の仕組みでは、情報の正確性よりも再生数が重視される場合もあるという。特定の思想を持つ視聴者が多ければ、その層が好む動画が多く作成される傾向もあり、鈴木編集長は「視聴者のリテラシーの向上も必要だ」と指摘する。

[コメント‐1]雨宮処凛(作家・反貧困活動家)
 動画チャンネルで月90万円近い収入、参院選を挟んだ3ヶ月で収益は約220万円、という数字にため息をつきました。
 さらに生成AIを使っての動画制作、サムネ(イル、表紙画像)やタイトルにあえて並べる扇情的な言葉。
「動画は『自分に都合のいい考えを聞きたい、特定の人をバカにしてスカッとしたい』という視聴者のニーズに合わせているだけ」という言葉や、育てたチャンネルを売買という実態に、虚しさが突き上げてきました。真面目に各政党の公約を読み、一票を投じることが馬鹿馬鹿しくなるような現実。
 収益化により、選挙が、民意が大きく歪められていることに対して、法や制度はあまりにも周回遅れと言わざるを得ません。

[コメント‐2]津田正太郎(慶応義塾大学教授・メディアコム研究所)
 この記事で取り上げられている人物が高市総理に目をつけたというあたりに「アテンション(注目)獲得を生業とするメディアが宿命的に抱える問題」が凝縮されていると思いました。この人物がもつ思想信条の影響も皆無ではないかもしれないが、とにかく再生回数を上げられる政治家に注目する。注目を集めることが利益に直結する以上、世間の流れに抗うのではなく、世間の流れを読み、その流れを加速させるコンテンツを作ることが求められるわけです。
 これは政治系YouTubeに限った話ではなく、広告や売上からの利益で運営される商業メディアの多くが辿った流れです。ただ、誹謗中傷をやりすぎると訴えられるリスクがある一方、いい加減な情報ばかりを流していると信頼されなくなり、ビジネスとしての成長の足枷になる可能性もでてきます。そのため、ある程度の規模にまで成長し、長期的な運営を目指すメディアにとっては、「注目さえ集められれば嘘でもなんでも構わない」というやり方はリスクが大きくなります。
 対して、個人単位で運営され、長期的に維持するつもりもない政治系YouTuberにはそうした縛りはありません。信頼を必要とする大きなマーケットで勝負する必要はなく、特定の層に訴えかける内容であればいい。それによって得られる「3ヶ月の収益が220万円」という額は、組織メディアの運営には全く足りませんが、一個人にとっては大きな額です。視聴者との長期的なつながりをつくる意識もなく、チャンネル自体を売れるうちに売るという発想にもなる。
 そのため、「一定のクオリティをもったコンテンツが個人でも安価に作成、配信できる」「再生回数が経済的利益になる」「政治が注目を集められる『コンテンツ』になる」といった条件が揃うと、このような事態はどうやっても生じてくるのではないでしょうか。

[コメント‐3]佐藤優(作家・元外務省主任分析官)
 この記事の冒頭から、日本社会を蔽っているニヒリズムが伝わってきます。

<衆院選の投開票が近づく中、ネット上には政治系の動画があふれる。中には真偽不明な内容や扇情的な言葉も目立つ。どんな人が動画を作っているのか。動画チャンネルを立ち上げ、月90万円近い収入を得たこともあるという男性がその一端を語った。「稼げなかったら、やっていませんよ」匿名の政治系YouTube(ユーチューブ)チャンネルで生計を立てる東京都日野市の男性(39)は淡々と語った>
(2月5日「朝日新聞」デジタル版)

 マルクスが『資本論』で資本の運動は、
   G(貨幣)――W(商品)――G’[ G+g] (gは利潤)
と説きましたが、カネが増える(価値増殖ができる)ならば、売る商品(この場合は動画)はどんなものでもいいのです。こういうことをする人の人格は、まさに資本を体現するものです。
 私はこういうことはできません。
 なぜならば、こういうことをするといくら金になっても、私が信じる(キリスト教の)神が怒ると思うからです。
 政治に取り組む場合、程度の差はあれ超越的理念(神でも仏でも理想社会でもいいです)を持っている人はこういうことをしません。
 私の友人であるフランスの家族人類学者エマニュエル・トッド氏が危惧する宗教ゼロ(超越的理念を完全に失った社会)の現実が、日本ではこういう形で現れているのだと思います。

[コメント‐4]たかまつなな(笑下村塾代表)
 この記事にあるように、再生数を稼ぐために政治的な話題を利用し、根拠不明な情報を拡散する動画が増えている現状には、強い危機感を覚えます。特に若者が、こうした扇情的な情報に触れることで、健全な政治意識を育む機会が失われることを懸念しています。
「稼げなかったら、やっていませんよ」という男性の言葉は、政治が金儲けの手段と化し、その過程で事実が軽視される実態を浮き彫りにしています
 根拠不明な投稿や、政治的目的のない収益目的の動画は、社会の分断を深め、民主主義を危うくする問題です。
 一方で、差別など誰かを傷つけるものでない限り、特定の政治的メッセージのある投稿を妨げることがあってはなりません。多様な意見が表明されることは民主主義にとって不可欠であり、表現の自由は守られるべきです。その前提として、発信される情報の信頼性が担保されていることが重要です。
 私たちは、情報を受け取る側として、その情報が誰によって、どのような目的で発信されているのかを冷静に見極める「情報リテラシー」を向上させる必要があります。
 プラットフォーム側も、収益化の仕組みや規約違反への対応を厳格化し、健全な情報空間を守る責任があります。
 若者が自ら考え、多角的な視点から社会問題に向き合えるよう、私も主権者教育の活動を続けていきます。


[写真‐1]
政治系YouTube投稿者の男性が、収益や視聴者層を確認するパソコン画面=2026年1月29日午後4時18分、東京都内
[写真‐2]
スマホにあるユーチューブのアプリケーション
[写真‐3]
政治系YouTube投稿者の男性が売りに出した参政党の応援チャンネルには、170万円の買値がついた=2026年1月29日午後4時15分、東京都内
[写真‐4]
選挙ドットコムの鈴木邦和編集長

朝日新聞、2026年2月5日 5時00分
参政から高市氏にネタ変更
選挙で稼ぐYouTuber、思わぬ暗転

(平川仁)
https://digital.asahi.com/articles/ASV232C7ZV23UTIL01NM.html

posted by fom_club at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

社会に巣くう差別や不条理を告発してきた鎌田慧

── ルポライターとしての50年以上にわたる業績の集大成『鎌田慧セレクション─現代の記録─』(全12巻、皓星社 こうせいしゃ)の刊行が続いています。現在は第9巻『追い詰められた家族』が出たところで、過労などで自殺した人たちに迫った「家族が自殺に追い込まれるとき」(1999年)などが収められています。

鎌田: 2024年9月に刊行が始まり、2ヶ月に1巻ずつ出ています。全部終わるのは今年2026年7月の予定です。いろいろなジャンルで書いてきたので、これを読んだ人が何か新しい視点を持ってくれればいいと思います。最終巻が出る前月の6月に88歳になります。完成するまでは生きていますよ。

── 第6巻『鉄鋼産業の闇』に収録した71年発表の「死に絶えた風景」について、「最も愛着の深い作品」とあとがきで書いていますね。北九州市の新日鉄(現日本製鉄)八幡製鉄所で1週間、日雇い工として働いた体験と筑豊炭鉱の失業者との交流を描いています。

鎌田: 働いた体験を初めてルポルタージュにした作品でした。仕事は製鉄所の構内で流れてくるコンベヤーから振るい落とされた鉄鋼石を、ベルトの下にはいつくばってスコップで掘り出し、コンベヤーに戻すこと。正規雇用の本工(社員労働者)はやらない仕事です。本工の下には下請け労働者がいて、本工が下請け工を、下請け工が孫請け工や日雇い工を監督する重層的な構造ができていました。差別構造があると労働者は分断されます。差別構造は支配の鉄則だと実感しました。

自分の視点は社会と経済を深層から見ること
── 八幡製鉄所では「労働下宿」と呼ばれる下宿に滞在していました。

鎌田: 下請けの親方と契約して、下宿している労働者を毎日何人というふうに親方に「人材派遣」する下宿です。労働者の賃金からピンハネし、労働者の引き抜きをめぐって争いが絶えず、暴力団も絡んでいました。下宿では6畳に7人、一つの布団に2人、もう1人は押し入れに寝ていました。この圧迫感がつらくて、僕は1週間で下宿を逃げ出しました。「せっかく話し相手ができたと思ったのに」と言った同僚の表情が忘れられません。僕の負い目になりました。ただ、この1週間の体験を書いたことで、物書きとしての自分の視点を獲得したと思います。それは社会と経済を深層から見ることでした。

「洗礼」となった「75日間」
── 「死に絶えた風景」には、港湾労働者が「炭坑もんはズルイたい」と炭鉱離職者を非難していたという記述があります。生活保護をもらいながら安い賃金で働くから、自分たちも低賃金になってしまうという意味ですね。

鎌田: 当時すでに、小さな穴の中で反目しあうように仕向けられていたわけです。これは今、移民を入れると低賃金構造が固定化されるから移民を入れないでと、外国人労働者に反発する人たちの思いと同じですね。賃金を上げろと言うべき相手は企業なのに。

── 鎌田さんがルポライターになったきっかけは何ですか。

鎌田: 僕は高校卒業後に上京して働いた印刷所で、労働組合ができたのを嫌った社長が偽装倒産をし、全員解雇したので解雇撤回闘争をしたことがあるんです。僕が20歳になる1958年で、ちょうど労働争議が頻発していた時代でした。仲間とともに会社に75日間籠城(ろうじょう)し、会社と和解しました。この間、他の組合の労働者はカンパをくれたり、一緒に泊まり込んでくれたりして僕たちを支援してくれました。
 この75日間の体験は田舎から出てきた僕にとって現実の断面に頭をがんとぶつけたようで、社会的な洗礼を受けました。その後、僕もいろいろな組合の争議やストライキの応援に行くようになり、労働者のことを書きたいと思ったのがルポライターになった根っこになっています。1960年に早稲田大学に入り、日本の基幹産業である鉄鋼業に興味があったので卒業後、鉄鋼新聞社に入社しました。

「同調化」させる資本主義
── その後、月刊誌の編集者を経て30歳でフリーとなり、製鉄所の日雇い工に続いてトヨタ自動車の期間工として働きます。第5巻『自動車工場の闇』には、その経験を記した「自動車絶望工場」(1973年)を収めました。

鎌田: 川崎市の工員を取材中、「ベルトコンベヤーは結構ゆっくりなんだね」と言ったら、「見てるのとやってるのとではスピードが違う」と反論されたことがありました。実際に自動車工場で働いてみると、想像を超える作業量でした。だからやっぱり、やってみなければ分からないんですね。僕が強く感じたのはコンベヤーに縛られているということでした。
 (自動車の)生産台数は決まっているので、何かあって生産台数が下がると、その遅れを取り戻すためにコンベヤーのスピードが速くなります。コンベヤーが止まるまで、労働者はコンベヤーに縛りつけられ、止まることはできません。操作する側に同調しなければならない。僕は資本主義のキーワードは「同調化」だと思いました。厳密に管理されて、それに従わなければ外れてしまうのです。

期間工の下に派遣労働者の層ができ、最近はスポットワークや外国人も。構造が多重化して労働条件が悪化している
── 「自動車絶望工場」のころと現代とを比べると、どんな違いがありますか。

鎌田: 当時書きたかったのは労働の非人間性でした。しかも、ベルトコンベヤーの労働の中でも、より負担の大きい仕事が期間工に行き、本工は同じようにひどいけれど少しは楽な仕事を担当するという差別構造がありました。でも、あのころは期間工の下には誰もいなかったのが、今はその下に派遣労働者という層ができています。最近は単発・短時間の仕事「スポットワーク」も現れ、さらに外国人労働者がいて、労働構造が多重化することで労働条件が悪化しています。

── 「支配の鉄則」である差別構造は今も変わらないのですね。

鎌田: 2004年に労働者派遣法が改定され、製造業をはじめ派遣可能な業種や職種が大幅に広がりました。これにより、期間工よりさらに短期契約の使い捨て自由な派遣労働者が大量に利用されるようになりました。
 人材派遣はもともと港湾労働者の手配を暴力団組織が仕切っていたのが始まりなんです。僕が滞在した労働下宿もそう。労働者を下宿が非合法に供給していました。そんなやり方が2004年の改定で合法化され、企業はいつでも必要な量の労働者を必要な時にだけ「調達」できるようになりました。どれだけ大量のワーキングプアが生まれたか分かりません。

カネで押し切る原発のやり方
 さまざまな取材を鮮明に記憶する鎌田さん。今も『東京新聞』の週1回のコラム「本音のコラム」のほか、毎週1、2本の締め切りを抱えている。現在は介護が必要になった妻と2人暮らし。
「ヘルパーはもちろん、近所の人たちが自宅の鍵を持っていて、なんやかんやと助けてくれます」
(鎌田さん)
── 鎌田さんは社会運動もしてきました。特に2011年の東京電力福島第1原発(福島県)事故後に作家の故・大江健三郎さんらと始めた「さようなら原発運動」では、脱原発を求める800万筆超の署名を集めました。

鎌田: 1970年代から各地の原発建設反対運動を取材してきました。僕が原発を許せないのは、原発が危険ということはもとより、いやだと言う人たちをカネで説得した国のやり方です。カネで押し切られた人、孤立しても拒絶し続けた人たちの姿を見てきました。
 2001年の「原発列島を行く」で「(日本は)大事故が発生する前に原発からの撤退を完了しているだろうか」と書きましたが、その10年後に事故が起き、「しまった」と思いました。自分は撤退させるために何をしてきたのか、と。だから今も運動を続けています。

── しかし、最近では東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)も北海道電力泊原発(北海道)も再稼働の方向です。労働現場の差別構造もなくなりません。むなしくなることはありませんか。

鎌田: それはないですね。なぜかというと、僕は自分で体験したことを主観で書いているから。物事が思うように改善されなくても、自分がうまく書いていなかったからだとか、書き足りなかったのかなとか、もう少し別の方法はなかったかと思うことはありますが、やっていられないと思うことはありません。客観的な評論家とは違いますからね。

── 若い人たちがこれから生き抜いていくために大事なことは何でしょう。

鎌田: いろいろな人の話を聞くことですね。何でも聞いてみなければ分かりません。僕も知らないことが取材でようやく分かったということがたくさんあります。そもそも人の意見をちゃんと聞くのが民主主義だと思うけれど、そのシステムが今はなくなっていますね。原発にしても、核のごみの行方もいまだに決まっていないのに、これからどうするのかとか、賛成派と反対派が一緒に1項目ずつ議論できるような場があればと思います。

※「週刊エコノミスト」2026年1月27日号掲載

[写真‐1]「大事なのは人の話を聞くこと。何でも聞いてみなければ分かりません」 
[写真‐2]鎌田慧さんの作品を収めた全12巻の『鎌田慧セレクション』皓星社提供
[写真‐3]『反骨 鈴木東民の生涯』で1990年、第9回新田次郎文学賞を受賞した鎌田慧さん(右)。左は同時に受賞した早坂暁さん、中央は佐江衆一さん(共同通信)

週刊エコノミスト Online、2026年1月19日
半世紀の仕事を全12巻に――鎌田慧さん
(聞き手=井上志津・ライター)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20260127/se1/00m/020/005000c

※ 鎌田慧(かまた さとし、1938年青森県生まれ、ルポライター)
県立弘前高校卒業後に上京、印刷工などを経て早稲田大学第一文学部に入学し、1964年卒業。鉄鋼新聞社、月刊誌編集部を経てフリーに。1970年『ドキュメント 隠された公害:イタイイタイ病を追って』を刊行。主な著書に『自動車絶望工場:ある季節工の日記』『日本の原発地帯』『死刑台からの生還』『教育工場の子どもたち』など。1990年『反骨 鈴木東民の生涯』で第9回新田次郎文学賞、1991年に『六ヶ所村の記録』で第45回毎日出版文化賞受賞。

※ 『鎌田慧セレクション』全12巻、皓星社
 丹念な取材に基づくルポで、社会に巣くう差別や不条理を告発してきた鎌田さん。『鎌田慧セレクション─現代の記録─』の第1巻『冤罪を追う』では、1950年に香川県財田村(現・三豊市財田町)で起きた強盗殺人事件の冤罪事件「財田川事件」を追った「死刑台からの生還」(1983年)などを収録。第2巻『真犯人出現と内部告発』では1970年発表の第1作「隠された公害」などを収めた。
 中でも、「死に絶えた風景」など初期の作品は、高度成長期の日本で自ら労働者として働くからこそ見えてくる社会のひずみを克明に描き、大きな反響を呼んだ。そのまなざしは第3巻、第4巻で扱った原発や、第7巻の炭鉱、第8巻の学校教育にも向けられ、今後刊行予定の第10巻では成田闘争と国鉄民営化、第11巻では沖縄がテーマ。第12巻はエッセーなどを収めた拾遺となる。

posted by fom_club at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鎌田慧、『戦争は嫌だ』の一票にしたい

「台湾有事で中国が戦艦を使い、武力の行使も伴うものであれば、存立危機事態になりうる」

 高市首相の国会答弁はこれまでの政府見解を突破してしまった。
 たちまち中国の強い反発を招き、日本は経済的打撃を受けているのだが、首相は虚勢を維持したまま、選挙戦に突入した。

 さらに今度は「日本が逃げ帰れば日米同盟が潰(つぶ)れる」とテレビ番組で主張している。
「台湾有事」で米軍が攻撃された場合、日本が対応しなければ日米同盟の維持はできない、との認識だ。

 しかし、80歳過ぎの日本人のほとんどは、もう戦争は金輪際イヤだと、考えている。それが政治への期待であり、選挙への期待だ。
 しかし、高市首相の暴言が支持され、自分への信任投票だ、と位置づけた今回の不意打ち解散は、自民党、日本維新、参政党などを活気づけている。
 その中心的な主張が排外主義であり、スパイ防止法などという、人を排除する思想である。

 国際的な連帯の思想が弱まり、ナショナリズムと排外主義への意識が強まると、柔らかな平和への心が失われる。
 軍事費増強の歯止めがなくなり、武器輸出で儲(もう)けようとする企業が現れる。

 連立政権を支える日本維新の会は、高市政治の「アクセル役」を自任し、国民民主党も参政党も日本保守党も「スパイ防止法」設置に熱心だ。
 戦争は嫌だ、の一票にしたい。


東京新聞・本音のコラム、2026年2月3日 12時00分
戦争反対の一票を
(鎌田慧、ルポライター)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/466210

 恥ずかしげもなく権力を振りかざして勝手放題、米国の大統領はまるで世界の嫌われ者だ。
 それでも脅し(ブラフ)の発言が抵抗されると、あっさり朝令暮改、したたかな計算がある。

 翻ってこの国の首相。
「私が首相でいいのか国民の皆さまに決めて頂く」と殊勝のようだが、傲慢(ごうまん)がまとわりついている。
 マスコミ報道の「支持率」が背景だ。

 根拠のない突然の衆議院解散は国会の私物化というべきだ。
 総選挙は1年半前に終わったばかり。
 465人の国会議員が「解雇」される。
 投開票まで16日間だけ。
 選挙に850億円以上の経費がかかる「人気投票」だ。

 雪でポスター掲示板を立てられない地域もある。
 最高裁裁判官の国民審査が期日前投票に間に合わないと指摘される。
 選挙事務で地方公務員に過労死も出かねない。
 抜き打ち解散は、人気があるうちに地盤を固めたいだけの我利我利(がりがり)選挙。
 働け働け働けの強要だ。

 高市首相の欲望は、「今後国論を二分するような大胆な政策に果敢に挑戦したい」に尽きる。
 国論を二分するような政策を、討論ではなく多数決で押し切りたい。
 それは民主主義とは言えない。

 憲法改悪はまだ無理にしても、防衛費の拡大、殺傷武器輸出の承認、非核三原則の撤廃、日本版「CIA」の創設、「スパイ防止法」の制定など、軍事国家へ転身させる選挙にしてはならない。


東京新聞・本音のコラム、2026年1月27日 12時00分
抜け駆け選挙の狙い
(鎌田慧、ルポライター)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/464691

※ 辺見庸のつぶやき(ブログ) 
憲法改悪発議要件確保へ

 たしか3分の2だった。
 憲法改悪の発議要件。
 いよいよくる。
 平和憲法は笑いながら死ぬ。殺される。
(2026年02月05日)

憲法改悪阻止のための投票へ
 高市らの悪辣な謀(たばか)りであるこの度の選挙は、反動政権の実質的追認になりかねない。
 そう思い、当初はボイコットをきめていたが、事態の緊急性に鑑み、急遽投票に行くことにした。
 車椅子で。
 生涯たった三度目くらいの投票参加である。ハハハ。
(2026年02月06日)

凶の影
 車椅子で期日前投票に行く。
 高市政権と闘いそうな候補者を探す。
 みんな怪しい。
 消去法で残った、冴えないおっさんに投票。
 ここにもミニマムなセイジ≠ェある。
 何も変わらない。いや、変わるだろう。事態はどんどん悪化している。
 この政権の醸しているもの、それは「」である。
 凶を皆が持ち上げ、ほとんど倒錯的に高市に縋りついている。
 凶の影が日ごとに大きく、濃くなっている。
(2026年02月06日)


posted by fom_club at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原子力空母の上でぴょんぴょん跳ねたあの映像

 昨年2025年12月24日の朝日新聞で高橋純子(1971年生まれ)編集委員(※1)が一橋大教授の佐藤文香(1972年生まれ)さんに、「心がとてもザラついたのはなぜだろう?」という問いをぶつけていた。同じ思いを持っていた私は興味深く読んだ。ザラついたのは、高市早苗首相が、米海軍横須賀基地の原子力空母の上でぴょんぴょん跳ねたあの映像だった。

 佐藤さんはそれを女性たちの媚(こ)びの記憶による羞恥心だとした上で、「ジェンダーの囮(おとり)」と呼ばれる幻惑効果を説明してくれた。男性が占めるポジションに女性が就くことで、民主主義や平等が実現したかのような幻想を抱く現象だという。なるほど平等は実現していないのに高市さんが首相になることで、あたかも実現したかのように錯覚した人がいるかもしれない。さらに(男性的な)米国の支配と(女性的な)日本の被支配の構造をストレートに可視化してしまったともいう。

 国会議員の女性比率が高くなると平和的な政策が推進されるが、首相や大統領に女性が就くと、タカ派的な政策が採用される傾向があるという。批判を避けるために、より男性的になるからである。

 軍事は「国民を特定のジェンダー役割の中に上手に配置すること」に支えられているという分析には深く納得した。男性には、女性や子どもを保護する役割を与える。そのとき守るべき祖国を、外国に侵される女性身体としてイメージさせる。男らしさすなわち軍事、女らしさすなわち銃後の守りをかためる母・妻・娘というわけだ。「そのような日本の『秩序』を破壊する大きな一手が夫婦別姓であると、反対派はイメージしているのかもしれません」という。なるほど、なぜ自民党が若年層や経済界が切望している選択的夫婦別姓に頑強に反対するのか、理由がわかった。軍国主義国家に向かっているからである。

 日本の軍国主義は帝国憲法発布から敗戦まで続いた。自民党憲法改正草案の内容も、夫婦同姓や教育勅語も古来の伝統などではなく、明治時代の軍国主義下に成立したものである。それを見過ごしてはならない。その価値観は男女の平等どころか、男性による女性の搾取をさらに助長するからである。

 和田静香(1965年生まれ)著『中高年シングル女性、ひとりで暮らすわたしたちのこと』(岩波新書、2025年12月)が刊行された。多くの女性へのインタビューで構成されていて、実態がわかる。今後ますます増えていく中高年女性の生活の困難が見えるだけでなく、予想を上回る男性の暴力に気づく。兄からの性暴力で家に居られなくなった女性、夫の暴力から逃れようとしてもシェルターが見つからなかった女性。そして全く改善される見込みのない非正規労働の多さは、まさに女性は夫に養われるべきだ、という家族観を社会が引きずっているゆえである。この家族観は「特定のジェンダー役割の中に上手に配置する」ことによる軍国主義への道である。(※2)

 その中で女性の分断も生まれている。役割配置もいかなる搾取も許さない女性たちがいる一方、男性と同様に名誉、地位、経済力という自己利益のために他者を利用し搾取する女性も増えている。ジェンダーの囮に誘われて他者をおとしめる側に自分が立っていないか、私は絶えず自分を顧みようと思う。女性の人権獲得への闘いは、これからである。

※ 田中優子(たなか ゆうこ、1952年横浜市生まれ)
法政大学名誉教授・元総長。江戸文化研究者、エッセイスト。


[写真]
米空母ジョージ・ワシントンの上で演説するトランプ米大統領(右)と高市首相=2025年10月、神奈川県横須賀市で

東京新聞・時代を読む、2026年1月4日 07時14分
女性の闘いは終わらない
(田中優子、法政大学名誉教授・元総長)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/459753

(※1)記者コラム「多事奏論」編集委員・高橋純子
 消音にしているはずのテレビから、キャピッ、キャピキャピッと音がする。画面の中で高市早苗首相が、トランプ米大統領の隣ではしゃいでいた。米海軍横須賀基地、原子力空母の上らしい。ながめているうち、身の内の深い深いところに沈めていた記憶がせりあがってきて、口の中が苦くなる。ああ、かつての私も、たぶん、こんな風に、「権力者」の隣でキャピキャピ音をたてていたのだろう。

 笑顔を絶やさず、ぴょんぴょん跳ねてかわいらしさ=従順さをアピールし、おべんちゃらをちゃらちゃら、腕を組まれても肩に手を置かれてもはねのけることはしない。程度の差こそあれ、この日本で女としてつつがなく生きるということは「そういうこと」だと思い込んでいた。思い込まされていた。恥じ入るしかないマイ黒歴史。

 今回、首相の振る舞いを目の当たりにし、自らの古傷をうずかせている私と同世代かちょっと上くらいの女性は少なくなく、首相を支持する/しないを超えて、ニュースを見られない、精神的につらいと一様にげんなりしている。「そういうこと」はおかしいと気づき、あらがい、闘い、必死に克服してきたはずなのに、なんでまたこんなことに――。

 首相たるもの、外交の場でへつらうな。毅然(きぜん)としてくれ。これらは首相の性別とはまったく関係のない一般的な要望だ。ところが、へつらいをへつらいと指摘すると「女性首相の仕事をおとしめるな」「『毅然』は『男らしい』ふるまいで、その強要が女性の社会進出を遅らせてきたのだ」などという批判が飛んでくる。は? 首相として当然されるべき批判や論評を、女性に対しては控えろと? それこそ女性差別では? トランプ氏をノーベル平和賞に推薦だなんて鳥肌もののへつらいである。だいたい、説明も議論も一切ないまま勝手に決めて、答弁すら拒否するなんておかしいだろう。

 米国と日本。戦勝国と敗戦国。男と女。入れ子状態の抑圧を一日でもろに可視化させた首相。ツイてるね ノッてるね 仕事が早いね Yeah! セカイノマンナカデ サキホコルニッポン ガイコウ ‼

 入れ子状態の抑圧ということでは、沖縄のことを考えずにいられない。日本の米軍専用施設の7割が集中し、日米地位協定によって「守られている」米兵らによる性暴力被害が絶えない沖縄の女性は、首相の振る舞いをどう見ただろう。

「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代さんに電話すると、開口一番「もうニュース見たくないですよ。怒ってますよ」。石破茂前首相は、結局何もできなかったけれど、沖縄を「見ていた」。しかし、米軍基地ではじける笑顔を見せる高市氏の視野に沖縄が入っているとは思えない。「沖縄に冷酷だった安倍・菅政権がよみがえってきた。そんな感じがします」

 今年は、米兵3人が小学生をレイプした沖縄少女暴行事件から30年。米国 ― 日本 ― 沖縄、そして女性。社会の矛盾やゆがみのしわ寄せは、最も弱いところにいく。そのしわの上で踏ん張って闘ってきた1940年生まれの高里さんは「このあいだ骨折しちゃって、言葉もすっと出てこなくなった」と言いつつ、毎週水曜日、米軍普天間飛行場の辺野古移設に抗議するため辺野古へ通い続ける。

 世界の真ん中がどこにあるかは知らないが、自国の最南端の県に負担を押しつけ、住民の犠牲を養分にして咲く花は、よほどグロテスクに違いない。


[写真]
米軍の空母ジョージ・ワシントンで演説するトランプ大統領(右)と高市早苗首相=2025年10月28日午後4時19分、神奈川県横須賀市

朝日新聞、2025年11月8日 7時00分
跳ねる高市首相によみがえるわが黒歴史
入れ子状態の抑圧はいまも

(編集委員・高橋純子)
https://digital.asahi.com/articles/ASTC57VV9TC5UPQJ00KM.html

 こんにちは。今年も残すところあと18日となりましたがみなさまいかがお過ごしですか? 私は働きもせずにたらふく食って、下っ腹をなでつつ小唄をうたってます。♪働いて働いて働いて働いて働いて働いてまいります〜。ちなみに「まいります」は「いやーまいったまいった降参」の意。「働いて」は高市早苗首相より1回多くしてみました。

 はてさて今年の新語・流行語大賞。「働いて×5」は全く流行していないし、「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」とセットだったことを忘れたとは言わせない。過労死弁護団が撤回を申し入れたことを知らぬはずはなかろうに、それでも大賞に選ばれた。なんでだろう〜(2003年)。忖度(そんたく)(2017年)? そだねー(2018年)。

 そんなことより(New‼)――。首相の無鉄砲な働きぶりにより、中国との緊張が急速に高まっている。2025年11月7日の衆院予算委員会、台湾有事をめぐる「どう考えても存立危機事態になりうる」は即座に、中国から抗議を受ける前に、自ら撤回すべきだった。従来の政府見解を踏み越え、隣国との間に無用のあつれきを生むことは容易に想像できただろう。しかももくろみが外れて頼みの米国からの支持も得られなかったようで、まったく何をやってるんだか、ダメよ〜ダメダメ(2014年)で目も当てられない。サナエあれば憂いあり。ありすぎ。

何より今回問われるべきは
 自国防衛の最大級のリスクは、政治リーダーが暗愚であることだ。国会質疑や記者会見は「試験」であると同時に「筋トレ」でもあり、質問に答えたり批判に耳を傾けたりすることで筋肉は鍛えられる。トレーニングに耐えられなかったり、どうにも筋力がつかなかったりした場合はご退場願うしかない。

 ところが今回、「質問した野党議員が悪い」だの「中国を利するから首相を批判すべきでない」だの、ウルトラトンチンカンな言説が飛び交っている。「中国にはっきりものを言ってくれてカッコイイ」なーんて、首相の勇ましさが広く好感されているようだが、この種の世論はいったん芽吹かせると大変にやっかいだ。この先、中国に融和的な姿勢を示そうものなら「弱腰外交」「媚中(びちゅう)」批判が湧くだろう。将来にわたって外交の手足を縛ることにもなりかねない。この道はいつか来た道? 首相の罪は深い。

 今回何より問わねばならないのは、日本国憲法という背骨が、高市早苗という政治家に通っているかということだ。それは、過去に侵略戦争を行い、隣国に多大なる被害を与えた敗戦国であるという歴史をちゃんと背負って立っているのかという問いでもある。この国は、日本国憲法をいわば「詫(わ)び証文」として国際社会に復帰した。どんなにニッポンヲトリマクコクサイカンキョウハ キビシサヲマシテイル としても、ゆるがせにはできない、してはならない国家の基礎である。

「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて」
「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」

 首相にはぜひ日本国憲法前文を読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んでいただきたい。身の内にたたき込んでほしい。どんなに嫌悪しようとも、この憲法のもとの首相であるのだから。その縛りを解くことなど、絶対に許されない。絶対に許さない。


[写真]
「新語・流行語大賞」の年間大賞に選ばれ、選考委員のやくみつるさんから贈られた絵を手に笑顔を見せる高市早苗首相=2025年12月1日午後2時3分、東京都千代田区

朝日新聞、2025年12月13日 7時00分
サナエあれば憂いありあり
恒久平和誓う憲法を首相は読んで×10

(編集委員・高橋純子)
https://digital.asahi.com/articles/ASTDB0J8LTDBUPQJ002M.html

(※2)深沢潮のつぶやき(X)
 和田静香さん著『中高年シングル女性、ひとりで暮らすわたしたちのこと』(岩波新書)、読了しました。

 ひとりで暮らしはていないし、こどももいるから私の話ではないのかもと思って読みはじめたのですが、まったくそんなことはありませんでした。
 共感し、気付くと頷いていました。

 社会構造の中で、不可視化されてきた人たちの話です。
 女性として生きることの困難があぶり出されており、どの位相で生きていても逃れられない、女性が担うケアの話にも触れています。

 シングルマザーの方々のお話に、かつての自分のことが重なり、胸が締め付けられました。

「ゆるい連帯」―−「家族」という血縁以外の繋がりの大事さを感じます。
 そしてまた党派やイデオロギーによってのみではなく、近い価値観で寄り添うこと。
 とくに同じ痛みを分かち合うことのできる仲間の存在が中高年には不可欠だとしみじみ思いました。

 和田静香さん、この本を書いてくださり、ありがとうございました。

https://x.com/fukazawaushio/status/2009464846866329749

posted by fom_club at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月06日

He would meet her at the White House on March 19

TOKYO, Feb 6 (Reuters) - U.S. President Donald Trump gave his "total endorsement" of Japanese Prime Minister Sanae Takaichi ahead of a national election there on Sunday, adding he would meet her at the White House on March 19.

Japan's first female premier, whose coalition is widely expected to win, according to opinion polls, is seeking a public mandate for spending plans that have rattled investors, and a defence build-up that could further strain relations with China.

Takaichi's Liberal Democratic Party and its partner, the Japan Innovation Party, known as Ishin, could capture around 300 seats in the 465-seat lower house of parliament, the polls show, well up from the razor-thin majority they now control.

TAKAICHI POISED FOR WIN DESPITE MARKET JITTERS

"Prime Minister Takaichi is someone who deserves powerful recognition for the job she and her Coalition are doing," Trump posted on his Truth Social platform on Thursday.

"Therefore, as President of the United States of America, it is my Honor to give a Complete and Total Endorsement of her, and what her highly respected Coalition is representing."

Takaichi's election promise to help households cope with rising prices by suspending the 8% sales tax on food has shaken investor confidence in an economy with the heaviest debt burden in the world.

In recent weeks, investors have fled Japanese government bonds and sent the yen into crisis mode on concerns about how Tokyo would pay for the estimated 5 trillion yen ($30 billion) hit to annual revenue.

However, with other parties touting deeper tax cuts and broader spending, a comprehensive victory for the LDP, which has ruled Japan for most of the postwar era, could end up being the least-worst option for financial markets, analysts have said.

One of 64-year-old Takaichi's first engagements after she was elevated to prime minister in October was to host Trump in Tokyo.

She gave him a putter used by his former golfing buddy, the late Japanese Prime Minister Shinzo Abe. Lauded by Trump for breaking Japan's glass ceiling, Takaichi pledged billions of dollars in investments in a meeting analysts said helped underline the strength of the Japan-U.S. alliance.

TRUMP HAS ASKED TAKAICHI NOT TO ANGER CHINA

Weeks later, however, she touched off the biggest diplomatic dispute with China in over a decade by publicly outlining how Tokyo might respond to a Chinese attack on Taiwan.

Trump, who is seeking to maintain a fragile trade truce with China, asked Takaichi in a private phone call in November not to further aggravate Beijing, sources told Reuters.

A resounding victory could hand Takaichi new clout in the dispute with China, current and former Japanese officials said, though Beijing has shown no signs of backing down.

Takaichi's plans to strengthen Japan's defences will likely also draw more anger from Beijing, which has cast her endeavours as an attempt to revive Japan's past militarism.

While the row with China is starting to weigh on the world's fourth-largest economy, it has hardly dented Takaichi's high approval ratings. She has even become an unlikely idol for some voters, who have been buying up the bag she carries and the pink pen she scribbles with in parliament.

Turnout among young supporters, who tend to vote less than older cohorts, could help determine the margin of a Takaichi victory. Record snowfall in some parts of the country could also crimp turnout.

If the polls have it all wrong, and Takaichi loses her majority, she has said she will resign.

Takaichi "has already proven to be a strong, powerful and wise Leader, and one that truly loves her country," Trump said in his endorsement.
The U.S. president has increasingly sought to shape foreign elections. He backed Argentine President Javier  Milei, highlighting U.S. financial support as a factor in Milei’s 2025 legislative success. On Thursday, he endorsed Hungarian Prime Minister Viktor  Orban for a vote there in April.

Analysts say such interventions signal a growing pattern of aligning with right-wing leaders abroad.

Reporting by John Geddie in Tokyo, Costas Pitas, Bhargav Acharya and Nandita Bose; Editing by Susan Heavey and Michelle Nichols

[photo]
Japanese Prime Minister Sanae Takaichi gestures as U.S. President Donald Trump speaks, aboard the aircraft carrier USS George Washington, during a visit to U.S. Navy's Yokosuka base in Yokosuka, Japan, October 28, 2025.

Reuters, February 6, 20262:52 AM GMT+9 Updated 4 hours ago
Trump endorses Japan's Takaichi ahead of Sunday election
By John Geddie and Costas Pitas
https://www.reuters.com/world/asia-pacific/trump-endorses-japanese-pm-takaichi-ahead-sunday-election-2026-02-05/

[Just FYR] Reuters, February 6, 20267:04 AM GMT+9 Updated 9 hours ago
Japan election: What to look for in Sunday vote
By John Geddie
https://www.reuters.com/world/china/japan-election-what-look-sunday-vote-2026-02-05/

posted by fom_club at 16:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山本一郎、リベラル勢力解体ショー

自民単独で300議席獲得視野という衝撃
 2026年2月8日投開票の衆院選は、中盤戦に入りメディア各社の情勢調査が出揃いました。その結果を見て、全国1億2000万人の有権者が一斉に椅子から転げ落ちたのではないでしょうか。

 なんすか、その自由民主党圧勝は。

 もちろん、情勢分析はあくまで予測であって、投票箱のふたを開けてみないことには結果などだれにも分からないわけですが。

 特に朝日新聞が「自由民主党単独で300議席獲得も視野」というメガトン級の選挙予測を報じたときは、見える世界の景色が装いを変えました。

 単独過半数の233議席どころか、300という数字は憲法改正の発議に必要な3分の2を単独で超えかねない勢いを意味します。そうなると連立を組む日本維新の会さんは、果たして高市政権の進めたい政策を推進するうえで本当に必要なのかという話にすらなってしまいますが、維新さんとしては大丈夫なのでしょうか。

 現在、各自治体での期日前投票の出口調査も粛々と進んでいますが、今冬は記録的な豪雪に見舞われた地域も多く、調査員の確保すらままならないところもあるほど難航しています。

 それでも見えてきた傾向として、2025年自民党総裁選で高市早苗さんが党員・党友さん票の多数を都市部から集めたという逸話どおり、人口集積地域で特に強い支持を得ていることが挙げられます。

中道を支えるのは高齢者だけ
 今回の選挙では全年代層で自民党がトップの得票となっていますが、これは自民党支持層をきちんと固めたうえで、無党派層からの支持も40%を超える地域があるからです。特に子育て政策を推してるわけでもないのに都市部に住む子育て勤労層30代40代に強い高市早苗さんは、そういう人が支持したくなる「イメージ」をもっているんでしょう。

 この都市部での異様な強さをテコに、比例代表でも70議席を目指すという調査結果が出ています。実際には60議席台前半に落ち着くかもしれませんが、それでも驚異的な数字であることに変わりはありません。

 一方、目下派手に伸び悩んでいるのが中道改革連合です。これから旧公明党さんの支持団体である創価学会さんに檄が飛び、各選挙区で本格的に中道候補の皆さんに票が集まっていくものと予測されます。勝負はこれからです。

 ところが、肝心の旧立憲民主党さんの支持者のうち、中道に投票している層は5割ちょっとしかいません。残りの4割は仏敵でしょうか。しかも中道全体の支持層を見ると、高齢者支持の多い立憲さんと、やはり高齢者支持の多い公明党さんとが合わさって、ただただ高齢者からの支持が多い中道さんになってしまいました。

 この層、特に重視する政策が「物価高」と「年金・社会保障」でほとんど説明がついてしまい、社会の活力に繋がる「出生・子育て教育」や「科学技術・産業育成」は下位に沈んでいます。意図したわけではないのでしょうが、そういう政党に仕上がってしまったのかもしれません。組織の尻にはムチが入っているのでしょうが、支持がなかなか広がっていかない状況です。

誰も見いだせていない「選挙の意義」
 常設パネルなどでも情報を取っていますが、小サンプルながら見えてきた傾向として、職場や学校、地域などで政治の話をしない風潮が非常に強まっています。それもあってか、かつて公明党さんの必殺技だったフレンド票の30代以下の掘り起こしに苦労しているものと見られます。

 投票先を決めていない若い人がいたとしても、その人に、会って話してみないことには票は掘り起こせませんからね。投票先をまだ決めていない若者に出会うことができず、また、彼らが政治的な話題をしたがらないという状況で票を集めることは至難なのでしょう。

 そして、今回の選挙で野党が中盤まで苦戦を強いられている大きな理由は「争点が分からない」ことにあります。先日、プレジデントオンラインに高市早苗さんへの白紙委任状を求める選挙であると書かせていただきましたが、まさにその構図がそのまんま現実のものとなっています。

 国民生活の根幹にある争点は「物価高」のはずですが、これは年金問題も円安も賃上げもマンション価格高騰も全部セットになった複合的な問題です。全部盛りのスペシャル二郎みたいなもので、国民有権者からすると政策のどこをどう変えれば生活が楽になるのか、非常に分かりづらいのです。

 しかもマスコミがこぞってこの物価高の解決策として消費税減税を争点に掲げたものだから、話はますます分かりづらい財源の問題へと移ってしまいました。

 正直、消費税を減税したところで見た目の手取りは増えますが、本当に物価が下がるかどうかは分かりません。消費税がなくなるのだから、食品にかかる消費税8%分価格が下がる、とはならないのがいまの物価高のむつかしいところで、それには当然「財源」が必要ですから、有権者が「そんなうまい話はないのではないか」と思うのも致し方ないと思うのです。

 加えて自民党も維新さんも野党の皆さんも、みんな揃って消費税減税を主張するものですから、全員仲良く埋没してしまいました。それならまあなんか頑張ってる風の高市さんでいいじゃないか、と消極的支持の地滑り的発生が起きているものと見られます。

国民民主、参政乱立で自民有利に
 そんな中、唯一空気を読まず消費税減税に反対と言い始めたチームみらいさんが、都知事選での石丸伸二現象や参政党ブームと同じように「他とは違う、既存政党ではない何か」という捉えられ方をして、無党派を中心に支持を集めています。もっとも、チームみらいさんは急場での擁立だったからか、経歴のおかしい候補者や選挙協力者がガッツリ紛れていて、さっさと処理しないと面倒なことになってしまいます。党組織としても未熟で、幹事業務が機能してないんじゃないかとすら感じます。

 チームみらい単体は、特に比例票で国民民主党やれいわ新選組、旧立憲民主党、日本共産党、参政党各党から、都市部在住の40代以下男性の支持を奪うことで、いきなり台風の目になりました。

 自民党からあまり票が流れていないのは、今回の高市早苗さんや自由民主党は実際の業績や実績を評価している有権者によって支えられているからで、既存政党が嫌で自民党には投票したくないという人は今回も帰ってきていないため、チームみらいさんには向かわない、というのが実態ではないかと考えられます。

 本来なら争点になるべき医療費も含めた「年金・社会保障」問題だけでなく、前回参院選であれだけブームになった「外国人問題」もすっかり下火になっています。この問題に依存してネットで煽り選挙戦を戦ってきた参政党さんは沈没してしまいました。

 また、ガソリン減税や103万・106万の壁という看板政策を高市早苗政権にあっさり丸飲みされてしまった国民民主党さんは、再び「手取りを増やす」というスローガンで挑んだものの、拠って立つ争点が消えてしまったことで埋没し、現有勢力を維持するのも難しい公算となっています。

 国民民主党さんが主張していた政策を早々に高市政権に丸飲みされてしまい、特に手柄が無くなって、国民民主党さんを選ぶ理由が無くなってしまったことや、手取りを増やすというスローガンはウケたもののさすがに飽きられてしまった面はあります。保守系野党として野党第一党を目指すためには、玉木雄一郎さんの人気と手取りを増やす政策一本から、もっと幅広な政策での主張が有権者に浸透するような政党への脱皮が求められているとも言えます。

 個別の選挙区を見れば、福井1区では連合さんが組織内候補を中道さんから立てようとして、国民民主党さんに対抗馬をぶつけられてブチ切れておりましたが、基本的に高市政権の選挙戦術は、過去の安倍晋三政権時に官房長官だった菅義偉さんと同様、「野党を分断する」という大原則に立ち返っています。

 与党のはずの維新さんもなぜか含めて、中道さん、国民さん、参政党さん、その他泡沫政党といった各党が乱立するほど自民党が相対的に票を集め圧勝する、という構図が出来上がっているのです。

 国民民主党さんや参政党さんからすれば、とにかく小選挙区で勝てなくてもきちんと候補者を多く擁立し、そこで得られる比例代表に「国民民主党」「参政党」と書いてもらって比例で議席の上積みを目指す作戦に出るわけですが、実際のところ、それは同じく小選挙区に立っているまだ勝てそうな中道改革連合さんの候補者の票を削る効果に直結します。

 高市人気の高さは別として、これら小選挙区での候補者乱立が、結果として野党票・政権批判票の分断を促し、自由民主党候補を利する結果に終わってしまっているとも言えます。

 そのために「野党は大同団結するべき」とは旧立憲・安住淳さんもお話されていたのですが、中道さんの結党前後の流れを見る限り、これは「俺たちが勝つために、国民民主党は独自路線をあきらめろ」と言っているに等しく、保守系野党で議席獲得を目指す国民民主党さんからすれば初めから乗りようのなかったディールであったと思います。

 その点で、先にも述べた通り高齢者に支持のあった旧立憲と旧公明党両党が合併するよりは、まず何よりも若者や都市部・勤労層に人気のある国民民主党さんのほうに寄らないといけなかったのでは、と感じるところです。

大阪以外の維新は悲惨
 選挙区情勢でさらに悲惨なのは、大阪以外の維新さんです。いや、全国平均で言えばまあまあ維新さん支持は多いんですよ。なんですが、せっかく各ブロックに前職がいて実績もある議員なのに、自民党に突き放され派手に落選したうえ、供託金ラインに届かないので比例復活もできないという議席すら出てきかねません。

 申し訳ない話ですが、せっかく与党なのですから、旧公明党さんのようにこの小選挙区はくださいと大阪以外でもちゃんと議席を確保し、比例で1議席2議席取って最低でも勢力拡大を目指してやっていけるよう手配するべきだっただろうと思います。自分の知る限りでは、電撃解散後もそのような細やかな話し合いは自民維新間では無かったと認識しています。

 常識的には、せっかく与党なのだから、いくら電撃解散の超短期決戦だったとしても選挙区調整や選挙協力の在り方は現場ですり合わせをしておいたほうが良かったんじゃないかと。常識的には、ですが。

 しかも維新さんは大阪府知事、大阪市長のダブル選挙までやってしまいました。こちらは当然両方勝つとしても、国政選挙で議席を減らすと代表の吉村洋文さんの責任問題になります。個人的にそこまで吉村さんが悪いとも思いませんが、伸び悩んで選挙で負けて、誰かが責任を取れと言われれば吉村さんら執行部が腹を切るしか方法はないでしょう。

 下手すると、吉村さんも大阪府知事の任期を終えたら目的も無くなって政治から引退しちゃうかもしれません。とはいえ、維新さんとしては、国会議員ではない吉村さんが代表である以上、結局は議員として藤田文武さんや遠藤敬さんを窓口に立てざるを得ず、そこへなぜか阿部圭史さんが出てきていろいろかき回されるという事態になっています。維新さん大丈夫なのかと、連立を組む側としては心配になってしまうでしょう。

 客観的に見て、官邸入りした遠藤敬さんも維新さんの交渉窓口として責任を果たした藤田文武さんも、いずれも維新さんとしては得難い優秀な人物であることは間違いありません。他方で、どうしても維新の会さんの求める政策は副都心構想にせよ議員定数削減にせよ、社会保障と経済発展に課題を抱える日本において切り札となるような政策とはとても言えるものではなく、また、大阪以外の維新さん候補に投票をしたくなるような政策パッケージではないのでなかなか困難な状態になっています。

NHK公開討論不参加の高市首相
 で、選挙戦が始まるや、総理・高市早苗さん固有の爆弾とも言えるリウマチ等ご持病の話が再燃し、NHKでの党首・代表の公開討論への参加を見合わせるという話ですったもんだしました。ずっと具合が悪そうにしていたのに、選挙に勝つために全国遊説で飛ばれることになって、非常に可哀想な面もあります。まあ、ご自身が解散したのだから頑張らざるを得ないのでしょうけれども……。

 これで支持率が急落したらだるいなと思っていたのですが、有権者の受け止めはかなり冷静で、途中から頑張っている高市さんがいじめられて可哀想的なモードになって、国のトップの健康問題という本来なら資質が疑われるようなことでも好意的に受け止められて「マジか」と思う次第であります。

 ただ、“おんな大将”として1月31日に「円安でホクホク状態」と川崎市で発言してしまったり、経済政策で火種を作って表に出すと野党の皆さんから集中砲火を浴びて失言から失速するんじゃないかという懸念もあるのでしょう。

 人気のある高市さんは遊説先のホールや公会堂など室内で思う存分しゃべっていただきたい、という判断になるわけです。高市さんの政治家としての想いが強いのは大変素晴らしいことですが、時と場合を選ぶことも大事なのではないかとは思います(意味深)。

みずほが出したレポートの破壊力
 そんな中、高市経済政策は素晴らしいと太鼓を叩いていたはずのみずほフィナンシャルグループで、2月2日にエコノミストがこの発言をこき下ろすレポート『高市演説を受けて〜危うい現状認識〜』を書いてネットでバズってしまいました。

 個人的にはそう言われてもしょうがないだろと思うぐらいマーケット的にはコンセンサスが得られる内容でしたが、選挙期間中に太鼓を叩いてくれていたはずのみずほで高市政権の看板政策を正面から否定され、しかも各種メディアで報じられたことからみんなブチ切れて顔真っ赤であります。まあ、タイトルが煽り過ぎだわな。

 マーケットや経済学の人たちは「正しいことを正しいと言って何が悪い」という考えが多いんですが、トランプ関税もそうですが政治的には人気者が国民からの支持を得て微妙な経済政策をブチ上げてもマーケットは静かに反撃するか、周辺の分かってる人がスクラム組んで羽交い絞めにして現実的な政策に落とし直すしかないわけです。

 マーケット的に当たり前のことを書かれただけでも、公職選挙の期間中なら普段市場の情報等を見ない一般の有権者が「あの『みずほ銀行』が高市政権の経済政策を全否定!」みたいな報道のされ方をしてしまうわけで、タイミングが悪かったですね。何より、ネットでも「親中派のみずほ銀行が反高市で選挙妨害している」みたいな陰謀論も多数飛び交う始末であります。

 そして何より一番嫌なのは、一連の騒ぎの結果、高市さん本人というよりも周辺が噴き上がって政策転換に抵抗しそうな雰囲気がマキシマムなことで、世の中うまくいかないものだなと思うわけです。

 これを機に、周辺にいる変な自称経済評論家は全部切って政策転換したほうがという気もしますが、なにぶんアベノミクス後継の「責任ある積極財政」は高市政権の看板政策になってしまったので、旗を降ろすにも降ろし方に段取りがあります。

 複数年度会計とかそういうイケてる話は残しながら、意味不明な部分は削ろうぜという話が進むといいんですが、こう、何と言いますか、他人に強く言われると絶対曲げないというか、そういう素敵な感じでありまして、まあその。

れいわ、共産、社民の終焉が見えてくる
 他方で、あれだけ騒いだ政治とカネの問題は、当該本人が選挙に出て勝ってしまえば、もう禊みそぎは済んだだろうということになりつつあります。

 また、長年自民党と公明党さんの間で懸案であった政治資金規正法の改正についても、圧倒的に分厚い白紙委任状が高市さんの手に渡れば「有権者はそんなことは求めていない。カネの問題は終わった、働く議員が集まって働いて働いて働いてまいります」ということで場流れすることになるでしょう。

 それどころか、自民党と維新さんとで3分の2以上になれば、文字通り憲法改正議論も進むでしょうし、参議院とのねじれ現象を解決するためにも与野党での再編は待ったなしになります。そんな日本政治でいいのかと言われる人も少なくないかもしれませんが、そんな日本政治になると思うので、当面は諦めましょう。

 そうなると、「ネオ55年体制3.0」とでも呼ぶべき、自民党内での権力闘争が主な政治事項となり、2027年の地方統一選挙を挟んで、岸田文雄さんの時に大勝して以来の参院選(2028年)がやってきます。

 そこまで支持率が続けば衆参ダブル選挙かもしれませんが、少なくとも衆議院選挙は3年はやらないだろうと見込めば、野党側、特に泡沫政党側は数年間冷たいごはんを食べ続けて生き残れるのかという問題が発生します。

 れいわ新選組さんや日本共産党さんは社民党さんと並んで存続の危機でしょうし、有権者の支持を集めるために生き残りをかけた再編になる一方、大正義高市自民と組んで貴重な参議院の議席を献上する運びもあるかもしれません。

 その意味では、戦後反自民党の受け皿となってきた旧社会党や日本共産党をはじめとした、いわゆる左派・リベラル勢力の終わりを迎える選挙になるんじゃないでしょうか。議席を失った左翼勢力が再編しても、当面選挙もなく政治的に外野に置かれるということであれば、そもそも政党として成り立ちません。

 所属する地方議員がしっかり地方に根を張って、捲土重来のため3年頑張れるかというのが「リベラル勢力の解体的危機」に対抗できる唯一の方法論となることでしょう。中道改革連合さんも、ハコとして維持できるのかという議論もあるでしょうし。

リベラルに決定的に足りなかった知見
 左派・リベラル勢力は、いわゆるジェンダー問題や反貧困のような若者特有の教条主義的な活動を除けば、労働組合を含めて本当に高齢化してしまいました。個別に見ていけば大事なこともたくさん主張していると思うのですが、肝心の、生きていくための政策、経済とか生産性とか税制とか外交政策とか、そういう政権担当能力を構成する知見が不足しているのがリベラル勢力の特徴と言えます。

 原発事故が起きたら全部原発止めちゃうとかさ。思い返せば安倍晋三政権の反安保法制で名声を高めたSEALDs以降、若者も含めて政治参加を実現できた国民運動的なものは影を潜め、政治的な成功を収めることはありませんでした。このことは特筆されるべきです。

 また今回の選挙は「高市」か「NO高市」かという信認選挙の様相を呈しており、具体的で有効な政策が争点として不在のまま、印象と感情でなんとなく消極的支持が与党側に流れるという元祖ポピュリズム選挙のような状態になってしまっています。

で、これから日本はどうなるんだっけ
 選挙戦を間近で拝見している私ですら、これってどういう選挙なんだっけと思ってしまうぐらい、国家観や社会をどうするか、成長戦略は、私たちの老後は、子育ては、少子化や外国人の皆さんをどうするのかといった、日本が進むべき道筋の具体論があまり見えてこない選挙になっています。

 あえてそれを言わないで争点を全部潰したのは高市政権の戦術ではありましたが、そこで明確な対立軸を打ち出せなかったのは野党側というよりもむしろ既存マスコミだったのではないかとすら思います。「物価高」という争点の設定は、あまりにも大雑把すぎたのではないでしょうか。

 2月8日の夜、開票速報を見ながら私たちは何を思うのでしょう。勝った負けたの数字を追いながらも、ふと『で、これから日本はどうなるんだっけ』という問いだけが宙に浮く。そんな選挙を、私たちは選んでしまったのかもしれません。

 投開票日当日は非常に寒く、雪の降る地域も多いとのことですので、期日前投票も含め、皆さまお気をつけて投票所まで足をお運びください。


PRESIDENT Online、2026/02/05 7:00
もう誰も高市早苗を止められない……
衆院選"自民爆勝"で日本人が払わされる「危うい」経済政策の高い代償
若者がピンとこない「リベラル勢力解体ショー」

(山本 一郎、情報法制研究所 事務局次長・上席研究員)
https://president.jp/articles/-/108648

posted by fom_club at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田中龍作、自民党に勝たせたら独裁国家

 高市首相の後援会「早世会」の後援会長は、旧統一協会幹部だそうだ。
「世」という漢字が後援会名に入っている議員・候補者は皆、旧統一教会関係だそうだ。
 世は、世界日報の一文字。

 これで、高市首相は、よくも旧統一教会のことは知らない、関係は全くないと臆面もなく述べたものだ。
 ここでもウソを述べ、その上、カルトと密接な関係を築いている。

 高市首相の名は、旧統一教会の内部文書TM(トル―マザー)報告書に32回も出てきて、彼女について「自民党総裁に選ばれることが天の最大の願い」とまで書かれている。
 旧統一教会とベッタリの関係だ。

 カルトが国政に絡むことは、その国にとって由々しきことだ。
「愛国保守」を名乗る極右の高市首相が、どうしてここまで反社のカルトと結びついているのだろうか。
 高市首相や、他の旧統一教会と密接な関係の議員に投票することは、この国をカルトに明け渡す同義だ。

[参考]弁護士宮武嶺の社会派リベラルブログ Everyone Says I Love You、2026-02-05
【#高市早苗は統一教会】高市早苗首相の後援会長が統一教会の幹部。高市早苗首相が統一教会に挨拶状。高市早苗首相のパーティ券を統一教会が購入【#高市モームリ】
 安倍晋三と自民党政治と統一教会、卑怯で間抜けな極右政治家高市早苗

https://raymiyatake09.hatenablog.com/


ステトスコープ・チェロ・電鍵、2026/02/05 15:23
高市首相 旧統一教会とベッタリ
http://nuttycellist.blog77.fc2.com/blog-entry-19858.html

 スターをひとめ見ようとする人たちで会場は身動きが取れないほど一杯になった。
 移動するのにも押し合いへし合いしなければならないのだ。

「オマエなんだよ!さっきから押しやがって」

 田中の前を行くオヤジはすっかりケンカ腰だった。
 人気者だった安倍首相の街宣をしのぐ人出である。
 これだけでも驚きだ。
 高市首相がきょう2026年2月3日、所沢駅西口で柴山昌彦候補(埼玉8区)の応援演説をした。

 人気が上すべりでなく投票に結び付けば、新聞テレビの予想通り自民単独で過半数を取ることになる。
 前回2024年の総選挙で落選の憂き目を見た裏金議員や壺議員は議席を取り戻すことになる。
 初当選者も少なからず出てくるだろう。
 大量の自民党候補者が国会議員になるのだ。
 彼らは高市首相を神様のように崇めたてるようになる。

 総理総裁は選挙に勝つことが何よりだ。
 強固な党内基盤に支えられて高市首相は何だってできるようになる。

 スパイ防止法、憲法改悪にとどまらない。
 司法や行政を壟断(ろうだん)できるのだ。
 安倍政権以上の独裁となる・・・想像するだに恐ろしい。

 田中は現場で韓国のテレビ局KBSにインタビューされた。
 記者は流暢な日本語で「どんな選挙になりますか?」と聞かれた。
 田中は「自民党に勝たせたら独裁国家になる。崖っぷちの選挙だ」と答えた。

 公明党・創価学会に精通した知人のジャーナリストは、自民圧勝に首を傾げる。
 学会は原田会長の号令のもと中道に投票する。
 自民党に流れたとしても、ごく僅かというのだ。
 昨年2025年末、公明党が自民党との連立を解消した時、自民党は40〜50議席を失うとする試算があった。
「自民圧勝」なんて夢物語なのである。

 選挙の行方は学会票の行方にかかっていると言えよう。
 仏が勝てば高市早苗は神になり損なう。
◇ ◇ ◇
[読者の皆様へ]
 田中はシリアやベネズエラなど世界の独裁国家の恐ろしさを見てきただけに、今回の選挙には並々ならぬ危機感を抱いております。
 高市自民に選挙を勝たせてはならないのです。
 独裁国家になればもっと貧困が蔓延(はびこ)ります。
 言論の自由はなくなります。
 捜査機関は拷問さえできるようになります。

 新聞テレビと違って、高市独裁に警鐘を鳴らすのが田中龍作ジャーナルです。
 その取材活動をお支え下さい。大赤字となっております。
 

[写真‐1]
高市首相の腕は自在に動いていた。NHK日曜討論をドタキャンするような傷を負ったようには見えなかった。=3日、所沢市
[写真‐2]
街宣会場は人で埋まり身動きがとれなかった。安倍首相の時でも少しは動けたのだが。=3日、所沢市
[写真‐3]
女性は早苗ポーチと日章旗を手に声援を送り続けた。=3日、所沢市

田中龍作ジャーナル、2026年2月3日 21:35
高市早苗は神様になるのか
https://tanakaryusaku.jp/2026/02/00033200

「高市さんは『仲間感』を出すのがうまい」
「過剰に騒がれているかも」

 終盤戦に入った2026年2月8日投開票の衆院選で、選挙結果に影響するのが無党派層、とりわけ若年層の動向とされる。
 若者に広がる「高市人気」は本当なのか。各党の公約をどう受け止めているのか。
 若者の政治参加を推進する島根大のグループ「ポリレンジャー」に所属する1、2年生5人の本音を聞いた。

 昨年2025年10月に発足した高市早苗政権は高支持率を維持している。
 中でも若年層は割合が高く、18歳〜20代の支持率が90%を超えたとする世論調査もある。
「推し活」に絡めて「サナ活」という造語も生まれた。

 この現象に宮崎花さん(20)=福岡県出身=は「言葉が分かりやすく、人間的なところが受け入れられているのではないか」とみる。
 従来の政治家は、自分たちとかけ離れた「記号的存在」に見えていたという。
 交流サイト(SNS)で政策を発信する高市首相を見て「(政治家を)一人の人間として捉える動きが強まった」と話す。

 湯木諒さん(20)=兵庫県出身=は政策の具体論より、理想論が先行している傾向があるとし「気軽に政治を見たい人には刺さると思う。ネットの意見を取り入れながら共同体をつくり『仲間だぜ感』を演出するのがとてもうまい」と分析する。

 政権発足間もない段階で解散に踏み切った点について瀬尾夏葵さん(20)=広島県出身=は「友人たちと話していると『成果は何も出ていない』との声が上がる。過剰に騒がれている感じはする」と見つめ、SNSの動画拡散が「若者=高市支持」の雰囲気をつくりだしているとみる。

 ほとんどの党が公約に掲げる消費税減税に対しては実効性を疑問視し、将来負担増を懸念する声が上がった。
 石井詩乃さん(19)=岡山県出身=は「各党の主張は怪しいと思っている。私たちにツケが回ってくるのではないか」と嘆息。
 杉本暖仁さん(19)=熊本県出身=は「減税の言葉だけ聞くとうれしいが、本当に踏み切った時、何を代替財源にするのか(各党の主張が)いまいち納得できない」とした。


[写真]高市政権や衆院選の争点について語る学生たち=松江市西川津町、島根大松江キャンパス
[図解]座談会で出た学生の主な発言

山陰中央新報デジタル、2026/2/5 17:59
衆院選2026
若者の「高市人気」は本当? 島根大生が語る本音
「言葉が分かりやすい」
「過剰に騒がれているかも」

(白築昂、新藤正春)
https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/944041

posted by fom_club at 06:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月05日

橋本愛、戦争しない・させない

潮騒のメモリーズ〜『あまちゃん』
https://www.youtube.com/watch?v=PPGmO1LTY5I
『あまちゃん』の挿入歌、潮騒のメモリー(作詞:宮藤官九郎、作曲:大友良英)
来てよ その火を 飛び越えて
砂に書いた アイ ミス ユー

北へ帰るの 誰にも会わずに
低気圧に乗って 北へ向かうわ
彼に伝えて 今でも好きだと
ジョニーに伝えて 千円返して

潮騒のメモリー
17才は 寄せては 返す 波のように
激しく

来てよ その火を 飛び越えて
砂に書いた アイ ミス ユー
来てよ タクシー捕まえて
波打ち際の マーメイド
早生まれの マーメイド

置いて行くのね さよならも言わずに
再び会うための 約束もしないで
北へ行くのね ここも北なのに
寒さこらえて 波止場で待つわ

潮騒の メモリー
私はギター Aマイナーの アルペジオ
やさしく

来てよ その火を 飛び越えて
夜空に書いた アイム ソーリー
来てよ その川 乗り越えて
三途の川の マーメイド
友達少ない マーメイド

 2026年2月3日、女優の橋本愛(30)が自身のThreads (スレッズ)を更新し、2月8日に投開票を控えた衆議院選について思いを綴り、話題を集めている。

 橋本は同日に《本当にしんどい》と感情を吐露するポストを投稿。
 そして次の投稿で《どうしてまっとうなことを言葉にするのにこんなにも勇気が必要なんだろう
 戦争しない・させない、差別しない・させない
 選挙行かなきゃ
 微力だろうと 0 じゃない、1 は既に 1 以上の最大数の規模を孕んでいるから
》と思いを明かした。

 この橋本の投稿に対し、SNSやネットニュースのコメント欄ではさまざまな反響が上がっている。

《有名な方がどんどん投票を呼び掛けて、投票に行くことが当たり前という世の中になってもらいたいです》
《橋本愛さんは若い時からしっかりと物事を考えて自分の意見を言葉にしていて立派です》
《橋本愛ちゃん、聡くて嘘がなくて、ほんとに好きな俳優さんだよ……全力で支持します》

 橋本といえば、2023年から隔月ほどのペースで『週刊文春』に寄稿している『橋本愛 私の読書日記』という書評連載が度々話題を集めていることで知られる。

昨年2025年10月には同誌で『ヘイトスピーチ 「愛国者」たちの憎悪と暴力』(安田浩一、文春新書)を書評し、“排外主義者”について以下のような見解を述べていた。

《自覚的に排外的な行動をとる者もいれば、加害の自覚のない者や、自らのストレス発散や仲間を得ること、自己陶酔などの“手段”に重きを置く者などさまざまだが、彼らは自分の言動で、人を“殺せる”ことを知っている。それを望んでいる、あるいは、どうなろうとも関心も責任感もない。「殺すな」という私たちの叫びは、「殺せ」というシュプレヒコールにかき消されそうになる》
(『週刊文春』‘25年10月16日号)※

 執筆のモチベーションについて、橋本は《私は「誰かを救いたい」から書いているんじゃなくて、「誰も傷つけたくない」が一番の原動力になっています》(『CINRA』2026年1月23日公開)と語っていた。

「橋本さんは20代後半に、自らの無知ゆえに自分の言動で人を傷つけてしまったことがあり、それを猛省したという出来事があったのだとか。それ以来『知ることから逃げない』と決め、役者の仕事でも“極限まで役柄の背景や人生を知ること”に務めているそう。演じる脚本や企画書に関しても、気になる表現などがあると積極的に自分の懸念を制作側に伝えることもあるといいます。橋本さんの『戦争しない・させない、差別しない・させない』という言葉には、彼女の“誰も傷つけたくない”という願いが反映されているのかもしれません」
(芸能プロダクション関係者)


[写真]橋本愛

女性自身、2026/02/04 12:33
橋本愛
「戦争しない・させない」衆院選への思いにネット反響多数……
突き動かす“誰も傷つけたくない”信条

https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/2562845/
午後0:06 ・ 2025年10月11日、安田浩一のX
 読みながら震えた。発売中の『週刊文春』。女優の橋本愛さんによる「私の読書日記」である。なんと、2015年に私が書いた『ヘイトスピーチ・「愛国者」たちの憎悪と暴力」(文春新書・現在は電子書籍で発売中)が取り上げられていた。しかも、その「日記」の中身が単なる書評の域を超え、完璧なヘイトスピーチ批判となっている。橋本さんは私の本を引用しつつ「ヘイトスピーチは、単なる不快語や罵詈雑言とは違い、不均衡・不平等な力関係を背景に行われる『暴力』そのものである」と断じ、「汚く、下劣で、殺意に満ちたもの」だとした。その上で法整備などを怠ってきた国の対応や、差別煽動に手を貸してきたメディアの責任を問う。ここまで踏み込んで書いてくれた橋本さんに心から感謝したい。

 東北・北三陸の小さな町を舞台に、ヒロインの天野アキ(能年玲奈、現のん)が祖母に憧れて海女を目指し、やがて地元のアイドルになっていく物語。私が演じたのは、アキの高校の同級生で、ローカルアイドル「潮騒のメモリーズ」を一緒に結成するユイちゃんでした。

 役が決まったときは、それほど出番が多くないと思い込んでいて、伸びやかにやれるかなと楽にとらえていたんです。でも演じるうちに、思ったよりもユイちゃんの役割が大きいことに気づいて、それからは役の重要さに震えていました(笑)。

 当時の私はお仕事への意識も、役への向き合い方も今とは全然違っていました。丸裸のまま、動物的に演じていたような感じだったので、振り返ると「よくやれたな」と思います。恥ずかしいですね。どうお芝居していいかも分からない中で演じていたので、どのシーンも難しかったですが、気合いで乗り切っていたのを覚えています。

 なかでも苦労したのが、ユイちゃんの笑顔の場面。アイドルを夢見る女の子らしく、作り笑顔で周囲に愛想を振りまくシーンが多かったんですよ。でも私自身は愛想を振りまくのが苦手なタイプなので「どうやったらいいの? うまく笑えてるかな?」といつも気になっていました。だからというワケではないのですが、ユイちゃんが途中でヤンキーになったところは、楽しく演じられました。「こっちのほうが楽だな」って(笑)。

 ずっと変わらず周りの人に勇気を与え続けてくれるアキちゃんに対し、ユイちゃんは変わり続けることで人の心を打つ子でした。当初は地元でも有名な美少女として描かれていましたが、アイドルを夢見て上京しようとするも挫折。母親の失踪や父親の介護を抱え、ヤンキーになって荒れた生活を送ったりもします。状況がコロコロ変わり、逆境に立たされるユイちゃんを演じるのは難しかったけれど、その分、本当に楽しかったです。

※ 橋本愛(はしもと あい、1996年、熊本県出身)
俳優。主な出演作品に、ドラマ『同期のサクラ』『パレートの誤算〜ケースワーカー殺人事件』『35歳の少女』、映画『リトル・フォレスト』シリーズ『PARKSパークス』『ここは退屈迎えに来て』『私をくいとめて』など。NHKでは連続テレビ小説『あまちゃん』大河ドラマ『西郷どん』『いだてん〜東京オリムピック噺〜』『長閑の庭』などに出演している。


NHK・インタビュー
連続テレビ小説 あまちゃん(2013)足立ユイ役
https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009121993_00000

posted by fom_club at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高市首相悲願の憲法改正

春ねむり - もううんざりだよ†
https://www.youtube.com/watch?v=mPqhUZRiiss
アップアップ 溺れかけてる タイタニック
逃げ出すriches で満員のボート
最低賃金じゃ乗れない降りろ
壊れたドアしがみついても 秒
読み 海の中死ぬの待つ people

So, that’s about it. システムの話
民主主義ぶったプルートクラシー
資本主義に絡め取られる議席
クソジジイしか出演しない喜劇

舞台の裏側 搾取される workers
企業体に有利な 法体系 sucker
建てたパビリオン 未払いの工賃
So occupied with 義務と労働

もううんざりだよ amen
声聞かせてよ say yeah
yay yay make it change
yay yay make it…

興味ない わからない 変わらない 
カモられ てるのに 気づいて ない ない
だいじょぶ? 壺とか買わされてない?
カルト・パーティ マジで踊れない

Been in the power so you could have done pledge
流行語大賞 剥奪もん返せ
減税は難しいって言ってた詐欺師
三流 shitty 騙されんなまじだりい

たっかい位置で神輿担いでるやつが言ってる
身を切る改革とか日本人ファーストとか スケープゴート作る criminals
属性で人間を区別するゴミカス
手取り増やす夏も冬も来ないまま春がくる
首班指名逃げて言い訳するだせえやつ
どいつもこいつも結局自民の補完勢力

もううんざりだよ amen
声聞かせてよ say yeah
yay yay make it change
yay yay make it…

Go go go go go go vote
ナメられてんのわかる?
超 だるいけどベターを選ぶ

Go go go go go go vote
負けるわけないと思ってる
Show off
Get the better of them

「あるよ。ひとりにはひとり分。力が。」
わたしもそれを信じる
投票権すら人間を区別するシステムだ
持ってる特権を忘れないで

Go vote and make it happen
いつかくる未来のために

声聞かせてよ say yeah

もううんざりだよ amen
声聞かせてよ say yeah
yay yay make it change
yay yay make it…

 衆院選(2026年2月8日投開票)の争点に憲法改正が浮上しつつある。
 報道各社の情勢調査で与党優位の見方が強まっており、選挙後に「改憲勢力」の議席が大きく増える可能性もある。
 高市早苗首相(自民党総裁)は改憲に強い意欲を見せており、連立を組む日本維新の会も同様だ。
 野党は改正に慎重な中道改革連合と、前向きな国民民主党などで姿勢が異なる。
 憲法を巡る与野党連携・対立が今後の政治を左右する展開もあり得る。

「300議席超」報道後に初言及

「憲法になぜ自衛隊を書いてはいけないのか。彼らの誇りを守り、しっかり実力組織として位置づけるためにも、当たり前の憲法改正もやらせてください」

 首相は2日、新潟県上越市での応援演説終盤で、身ぶりを交えながら訴えた。

 今回の衆院選で、首相が憲法への「自衛隊明記」に言及したのは初とみられる。
 国会で憲法審査会長ポストを野党が握っているとして、「もう全然進まない。この状況を打開させてください」とも呼びかけた。

 朝日新聞が2日付朝刊で、与党で「300議席超をうかがう」との選挙情勢を報じたばかりだった。
 憲法改正の発議には衆参両院で総議員の3分の2以上の賛成が必要で、衆院では310議席になる。

 憲法改正は、首相が政治の師と仰ぐ安倍晋三元首相が果たせなかった悲願だ。
 安倍氏の路線継承を掲げる首相にとっても最大の政治目標であり、衆院選で大勝すれば現実味を帯びる。

 首相周辺は「今まで通りの主張だ。何か変化があったわけではない」と説明するが、別の自民関係者は「焦点は与党で3分の2を確保できるかどうかだ」と鼻息が荒い。

連立相手代わり一転
 自民は憲法改正を党是に掲げてきた。
 第2次安倍政権では改憲勢力が衆参両院で3分の2を超え、安倍氏が「2020年改正憲法施行」を目指す意向を表明するなど、機運が高まった。
 2018年には、
@ 自衛隊の明記
A 緊急事態対応
B 参院の合区解消
C 教育充実
――の4項目を「条文イメージ」としてまとめた。

 ただ、国会の憲法審査会は他の委員会と異なり、与野党の幅広い合意を目指す「中山方式」をとってきた。
 故中山太郎(1924-2023)氏が提唱した運営ルールで、政局と一定の距離を保ち、少数会派を尊重しながら合意形成を図るものだ。

 安倍氏の改憲路線に異議を唱える立憲民主党の反対や公明党の慎重姿勢もあり、安倍政権では発議に至らなかった。
 菅義偉、岸田文雄各政権でも議論は大きくは進まず、石破茂政権では少数与党に転落。
 衆参両院で憲法審査会長ポストは野党に渡った。

 しかし、高市政権の発足で状況は大きく変化した。
 自民にとって連立相手が「ブレーキ役」の公明から、「アクセル役」の維新に代わったためだ。

 維新は連立前の昨年2025年9月にまとめた提言書「21世紀の国防構想と憲法改正」で、「戦力不保持」を定めた憲法9条2項を削除し、集団的自衛権の全面容認や自衛権と国防軍・軍人の地位明記などを主張。
 自民の「自衛隊明記」よりも踏み込んだ内容だ。

 自民・維新両党が昨年10月に交わした連立政権合意書では、この提言を踏まえて両党で協議し、緊急事態条項については2026年度中に条文案の国会提出を目指すと明記した。
 11月には憲法9条改正や緊急事態条項創設に向けた与党協議会を設置し、議論を始めている。

 高市政権では元々、憲法改正の優先度は高いわけではなかった。
 政権発足当初、自民幹部は「まずは実績を重ねて支持を集める。憲法改正はその後でもいい」と述べていた。
 維新が連立に加わったとはいえ、発議に必要な衆参3分の2以上の議席には遠く届かないことも背景にあった。

 だが、自民・維新が選挙で大勝すれば憲法審査会長ポストを奪還するなどし、条文起草に向けた動きが加速する可能性がある。

 古くから首相を知る自民の閣僚経験者は「憲法改正を実現すれば歴史に名が残る。首相は届くのであれば手を伸ばすだろう」と述べた。


[写真]首相官邸に入る高市早苗首相=2026年1月26日午前11時55分
[図解]憲法に関する主な政党のスタンス

毎日新聞、2026/2/4 17:02
「実現すれば歴史に名」
高市首相悲願の憲法改正、焦点は"3分の2"

(遠藤修平)
https://mainichi.jp/articles/20260204/k00/00m/010/172000c

 2月8日の衆院選投開票まで残すところ後わずかとなるなか、何かと波紋を呼ぶ出来事が続いている高市早苗首相(64)。
 芸能界からも批判の声があがりはじめている。

 2月8日投開票の衆院選で、新聞各社の情勢調査で優勢が報じられている高市早苗首相(64)率いる自民党。
 最後の追い上げとして、高市氏も連日全国各地を飛び回り、2日は新潟県上越市に入り、新潟5区から立候補している自民党の鳥修一氏(65)の応援演説に駆けつけた。

 冒頭、高市氏は批判を浴びている解散の意義について、自身が訴え続けてきた「積極財政の重要性」を説き、「初めて自民党の公約に私たちの長年願っていた責任ある積極財政という言葉が入ったんです」と強調。

 続けて、「そして皆さんを守るための大切な取り組みにはお金をかけます。地元には陸上自衛隊の駐屯地もあります。本当に地域の皆様の守り神でもありますよ。やっぱり彼らは命がけで国防という尊い任務に当たっておられる」と述べ、こう語りかけた。

「憲法になぜ自衛隊を書いちゃいけないのですか?彼らの誇りを守り、しっかり実力組織として位置づけるためにも当たり前の憲法改正もやらせてください」

 ここで会場からは拍手があがるなか、高市氏は「今、憲法審査会も会長は残念ながら野党です。違う党の方がやってらっしゃる。もう全然進まない。この状況を打開させてください。今申し上げたような形で必ず日本を安全で豊かで成長する国にしていく。そのための大転換を私は行ってまいりますんで」と、力強く憲法改正の重要性を訴えた。

 自民党が公式HPで公開している憲法改正草案では、九条について、「自衛隊の明記」や「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍の保持」などが記されている。
 また、大規模災害や外部からの攻撃といった緊急事態の際に、内閣が法律と同一の効力を持つ「政令」を制定することができる「緊急事態条項」の新設なども盛り込まれている。

 1月19日、衆院解散の意向を発表した会見で、「政府が提出しようとしている法律案、これもかなり賛否の分かれる大きなものでございます。だからこそ、国会が始まる前に国民の皆様の信を問いたい」と、選挙で信任を得られた際のビジョンを語っていた高市氏。
 今回の演説で語った「憲法改正」が“賛否の分かれる大きなもの”かは明らかにされていないが、国民の間でも議論がわかれるテーマだけに、SNS上では賛否あわせて議論が沸騰。

 そして、真っ向から異議を唱えたのが、シンガーソングライターの春ねむり(1995年生まれ、31歳)。
 1月24日にYouTube上に高市氏や自民党を批判する楽曲を発表し、25日にはXで《「選任されたら重大な法案を通すけどその中身はみんなには選挙前には教えません!」って公言する政治家をファシストと呼ばない意味がわからない。典型的な民意ガン無視のファシストだよ!》と綴るなど、批判的なスタンスとして知られていた春。
 2日午後10時過ぎにX上で、高市氏が憲法改正を訴えたニュース記事のリンクを引用した上でこう綴った。

軍隊を持つことが禁じられている憲法を変えて、軍隊を持つことを可能にしたい理由、「戦争」しか考えられないけど(「自衛」は自衛隊でもできるから)………この人を当選させたい人は、いずれ徴兵されたり、戦争に行って人を殺したり、自分が殺されたりしたいのか?

 この投稿は、3日18時時点で4000件リポストされるなど、大きな反響を呼んでおり、
《政治家はいつも巨額が儲かる戦争をやりたがる。》
《憲法改正は必要ないと考えています。いまさら戦争をする軍隊はいらないでしょう》
といった賛成の声や、
《では他国の軍隊を持つ国は『戦争』がしたいから軍隊を持ってるんですかね? 軍隊=戦争にすぐ結びつける方が怖いわ》
《この方は『軍隊を持つことを否定してない憲法を制定している国は、戦争をしたがってるから』と思ってるのかな? 流石に雑すぎな気がするから違うと思うんすけど、そう読める》
と指摘する声など、さまざまな意見が寄せられている。


女性自身、2026/02/04 15:08
「戦争しか考えられない」
人気女性シンガー、高市首相の“憲法改正”訴えに唱えた疑問……
過去にも「民意ガン無視のファシスト」と猛批判

https://jisin.jp/domestic/2562743/

posted by fom_club at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月04日

語られぬ「国論を二分」の政策

 高市早苗首相が「国論を二分するような大胆な政策や改革」を掲げて始まった衆院選で、首相の持論はあまり主張されていない。
 旧姓の通称使用拡大、スパイ防止法。
 議論の行方に懸念を持つ当事者らは、語られぬ選挙戦に違和感を訴える。

人権の問題も大切にしてほしい

「納得しないうちに自分の存在に関わることが決まるのではと、漠然とした怖さを感じます」

 選択的夫婦別姓の導入を望む沖縄県の砂川智江さん(48)はこう話す。
旧姓使用法制化
「同一戸籍・同一氏の原則を維持しながら、社会生活のあらゆる場面で旧姓使用に法的効力を与える制度を創設する」
=2025年10月、連立政権合意書

 自民と日本維新の会が公約に掲げる「旧姓の通称使用の法制化」は、砂川さんが求めてきた「選択的夫婦別姓の導入」への機運を失わせる可能性が高いと聞くからだ。

 砂川さんは2019年の結婚時、二つの問題に直面した。
 一つ目は、未婚のシングルマザーとして成人まで育てた息子と姓が別々になること。
 そして、40年以上生きた名前が変わることで、仕事や社会活動など築き上げてきた人生の連続性に揺らぎを感じたことだ。

 夫もまた子どもがおり、同じ姓を望んでいた。
 話し合いの末に砂川さんが改姓したが、「片方の希望しかかなえられないのは平等性に欠け、制度の欠陥だ」と痛感するようになった。

 結婚直後は会社で戸籍名を使用したが、「自分という存在と名が一体化せず苦しかった」と話す。
 現在は会社で旧姓を名乗り、身分証や国家資格の証明書などには旧姓が併記されている。
 しかし、銀行などでは戸籍名で呼ばれ、署名を求められる。

「その場ではやり過ごしても、少しずつ削られていく」

 こうした実感は、旧姓の通称使用が法制化されても根本的には解消されない。

 米軍基地問題や子どもたちの将来など、さまざまな政策を見比べて投票するつもりだが、「選択的夫婦別姓や同性婚など人権の問題も大事にしてほしいです」と言う。

選挙で勝ったらフリーハンドとならないように
 与党が制定を目指すスパイ防止法は、外国勢力によるスパイ活動を取り締まる目的とされるが、日本国内の人まで処罰されかねないとの危惧もある。
 戦時中に一般市民の弾圧に使われた治安維持法と重ねあわせ、危険性を指摘する人もいる。
スパイ防止法
「もう今年、検討を開始して速やかに法案を策定することを考えている」
=高市首相、2025年11月の党首討論で

 さいたま市の加藤ユリさん(79)は「スパイとは関係のない人を突然逮捕するようなことにはならないか」と懸念を打ち明ける。

 加藤さんの父、故・金森熙隆(ひろたか)さんは戦時中の1942年、治安維持法違反容疑で逮捕された。
 京都帝国大の医学部生だった父は当時、福井県での結核の実態調査を通じ、流行の背景に貧困があるとの結果をまとめていた。

 特高警察はこれを、「社会主義実現のための予備活動」と主張。
 金森さんは逮捕、約1年間勾留され、懲役2年執行猶予5年の有罪判決を受けた。

 加藤さんは「戦時中、国は法律を拡大解釈し、市民の思想や信条の自由を弾圧した。今は昔と違うといわれても、スパイ防止法ができれば、市民が自由に声をあげられなくなりはしないか」と不安がる。

 今回の突然の総選挙では、スパイ防止法に関する各党の議論が賛否を含めて深まっているとは感じられないと加藤さんは言う。
「過去の弾圧の歴史を踏まえれば、慎重な議論が必要な法律。選挙で勝ったらフリーハンドで信任されたと突き進まないよう議論をつくすべきだ」と話す。

語られない政策のほうが重要な意味を持つ
福岡工業大学の木下健准教授(政治学)の話
 一般に政治家は、国論を二分するような争点を選挙で積極的に取り上げない。
 支持層が離反するリスクを抑えるためだ。
 ただ、むしろ語られない政策のほうが重要な意味を持つと考えるべきだ。
 選挙後に何が実行されるかあいまいなまま政権運営を託すと、予期せぬ法案が十分な議論を経ずに推進、成立する事態を招きかねない。
 有権者一人ひとりが何を重視するか考え、投票行動に反映させる必要がある。
 対立する複数の主張を意識的に考えることも重要だ。

[コメント]隠岐さや香(東京大学教育学研究科教授=科学史)
 高市首相が夫婦別姓に反対で、同性婚にも反対であることを知らない有権者がたくさんいます。
「日本で初めて女性の首相」だから当然夫婦別姓に賛成、同性婚も賛成だろうと推測してしまう人がいるらしいのです。
 しかし、高市首相はむしろ、自民党の平均よりも右派であり、極右と呼べるような権威主義と家族主義を主張するからこそ、女性であっても警戒されずに総裁選で勝ち抜けた―― そのことはもっと知られてほしいです。

 もともと、保守か極右の方が女性の政治家を誕生させやすいとはいいます。
 これはよく知られた現象であり、右派の方が良心的であることを意味してはいません。
 単に、普通に考えて極右や右派の女性政治家はそれ以外の条件の女性政治家よりも有利な立場にいるというだけです。
 右派の女性政治家は、保守であればあるほど大半の男性政治家に脅威と思われず、邪魔されずに主張ができます。
「昭和な自分を叱るような怖い人ではない、この人は味方だ」と思わせることができるのです。
 またその一方で、今日では多くの男女が、ジェンダー平等を表立って否定するのは後ろめたいと感じるようになっています。
 そういう人にとっては、右派や極右の女性政治家というのは、とても都合が良い。
 なぜなら「自分はちゃんと女性を応援している」と言い訳ができるようにしてくれるからです。
 つまり、多くの女性やマイノリティが苦しむような選択肢を掲げる女性の政治家を応援することは、現代においては自分の手を汚さずに差別思想を実現するための最適解なのです。
 このことにもっと多くの人が早く気づきますように。

 なお、語られない「国論を二分する」政策については、かなり厳しい内容を覚悟しなければならないと思います。


[写真‐1]
第一声をあげる自民党の高市早苗総裁=2026年1月27日午前10時16分、東京都千代田区
[写真-2]
「My Name My Choice(私の名前は私が決める)」と書かれた横断幕を手に選択的夫婦別姓の実現を求める人たち=2025年3月8日午後3時28分、大阪市中央区
[写真-3]
治安維持法違反容疑で逮捕された父の手記を手に取る加藤ユリさん=2026年2月2日午前10時49分、さいたま市

朝日新聞、2026年2月4日 6時00分
語られぬ「国論を二分」の政策
当事者が抱える違和感の先にあるもの

(上地一姫、渡辺洋介)
https://digital.asahi.com/articles/ASV231PSRV23UTIL01MM.html

posted by fom_club at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

顕鏡寺の山号が石老山

 時は平安時代の初め、都が平安京に移ったばかりのことでしょうか。

 宮中に仕えていた三条貴承卿の若君「武庫郎」が八条殿の姫となさぬ仲となり、都を出奔し遠く東国へ落ち延びました。
 相模の国へたどり着いた二人は、一夜の宿を借りた村人に相模川上流に雨露をしのぐことができる岩屋があることを教えてもらいます。

駒立て岩
 武庫郎と八条殿の姫が住処を求めてこの地を彷徨った際、この岩の上で休息をとった云われています。
 岩上には二人が乗っていた名馬の蹄や寝た跡が残されているそうです。


 教えられた山中を捜し歩いた二人は手頃な岩窟を見出して、そこを住処とすることにしました。
 やがて、二人は子を成し、生まれた男の子に住処の岩窟にちなんで「岩若丸」という名を与えます。


岩窟(道志岩窟)
 武庫郎と八条殿の姫が暮らし、その息子や娘を育てたといわれる岩窟で、道志岩窟とも呼ばれます。
 武庫郎(後の道志法師)の息子、岩若丸も出家後にこの岩屋で暮らしました。
 岩窟の内部は、奥行き約5m、横幅約5m、高さ約2mほどの広さとなっています。
 現在、顕鐘寺の寺宝とされる「福一満虚空蔵尊」が安置されており、子どもの夜泣きに効果があるという小児虫留加持もこの虚空蔵尊の霊験によるものだそうです。


 この岩若丸が7歳になったとき、父親である武庫郎は出家し名を「道志法師」と改めました。
 その「道志法師」が托鉢のため、10日ばかり家を空けたときのこと。
 突然現れた天狗に母親である八条殿の姫が攫われてしまいました。
 しかも、岩若丸は攫われた母親を探し回っている途中で、足を滑らせ谷底へ落ちてしまいます。
 そんなことは知らぬ道志法師は托鉢から戻ってみると二人の姿が岩窟にありません、慌てて辺りを探すとすでに息絶えた息子・岩若丸を見つけます。
 道志法師は嘆き悲しみ、「どうか、息子の命を助けてほしい」と天に祈りました。
 するとその祈りが通じたのか、奇跡的に岩若丸は息を吹き返します。

 息子が助かったものの、妻の八条殿の姫は姿を隠したまま。
 道志法師は妻を捜すために諸国行脚の旅にでることにしました。


 わが子には再会の証として持っていた“銀鏡”を二つに割ると一片を渡して、岩窟のことを教えてもらった村人に岩若丸の後事を託します。
 成長した岩若丸は父母への思慕の念を捨てきれず、残された銀鏡を手掛かりに父母を探すため旅立ちました。
 数多の苦難の末、岩若丸は父と母と巡り合うことのできたのでした。

 後年、岩若丸は出家し「源海」を名乗り、生まれ育った岩窟に戻るとその地に寺を建て仏に仕え暮らしたとのことです。


顕鏡寺(山号:石老山)
 岩若丸が源海法師として生まれ故郷であるこの地に戻った際に開山しました。
 寺の名は岩若丸が父が旅立つ際に渡された銀鏡に由来するものだと云われています。

 本尊は道志岩窟にある福一満虚空蔵尊になりますが、明治期に統合された津久井三十三観音霊場第14番札所・増原西福寺の本尊、十一面観世音菩薩や常楽寺の本尊、阿弥陀如来像をも受け継いでいます。

 境内には神奈川県内で最も高いイチョウの大木や、巨大な杉の根が露出しあたかも蛇が寝そべっているようにも見えることからその名が付いた蛇大杉などがあります。


相武電鉄資料館、2014.10.12 初示/2018.9.18 改訂
石老山の伝説
https://sobu-erw.o.oo7.jp/02/03/05/g01_01/index.html

 相模原市緑区にある石老山(せきろうざん、702.8mは、関東百名山の一つに選定され、気軽に登れるハイキングコースとして人気が高い。
 そんな石老山だが、地元では、4年前の2015年に新天皇陛下が皇太子さまの時代に登られたことでも知られている。
 その時の登山の様子を当時の関係者に聞いた。

 石老山は相模湖の南東にある山。
 約600万年前に、深さ数千mの海溝にたまってできた「礫岩(れきがん)」という種類の岩石が全山に分布し、巨岩・奇岩に富んでいることから、この山名がつけられたものと考えられている。

 巨岩は標高570mにある融合平見晴台までに比較的多く見られ、点在するその姿を眺めながら歩くのが、登山者の楽しみの一つとなっている。

晴天の11月27日
 2015(平成27)年の夏頃。
 相模原市商業観光課担当課長(当時)の田中浩さん(56)のもとに、県から市秘書課を通じ、「皇太子さま(当時)が石老山に登りたいとおっしゃっている」という連絡があった。
 複数の関係者の話では、山好きで知られる新天皇陛下は、公務などで中央自動車道を通る際に見える石老山への登山をかねがね希望されていたのだという。

 石老山が所在する市の担当課として田中さんは、登山ルートや休憩場所など各所の手配に奔走。
 数回にわたり現地視察にも赴いた。
 そして、前日の雨が嘘のように晴れ渡った当日11月27日は、田中さんも先発隊として、陛下の前方を進んだ。

登山の拠点
 国道412号「石老山入口バス停」方面から登ると、山腹に石老山を山号とする真言宗寺院・顕鏡寺がある
 同寺はこの登山の拠点となった。

 陛下は当日、車で同寺に到着。
 そこで着替えを済ませ、境内で準備体操をされた。岩木観定住職(82)が寺内へ案内する際に、廊下からの景観や同寺の歴史について話されたという。
 岩木住職は「落ち着いていらして、穏やかな印象そのままの方だった」と回想する。

ガイドは2人で
 市立博物館学芸員の生物担当として市域の動植物調査を行っている秋山幸也さん(51)は、案内役を務めた一人。
「話をいただいた時は大変な重責だと感じた」と秋山さんは振り返る。

「陛下は、登山をなによりも楽しまれている様子だった。周りの景色を眺めて、『あの山にはいつ、誰と登った』などと話されていた。健脚でかなり山に慣れていらっしゃる様子だった」

 山の地質の話題では、プレートの名称が思い出せず秋山さんが言葉に詰まると、「フィリピン海ですか?」と助け舟を出された。
 秋山さんは「そのお詳しさには驚いた」と当時を思い返す。

 秋山さんが主に自然や生物を解説する一方で、郷土史のガイドを務めたのは、臨済宗寺院・正覚寺の山田正法住職(70)。
 山田住職は石老山の縁起や相模湖築造と湖底に沈んだ勝瀬村の話などを説明した。
「山頂から下る途中の大明神展望台で北丹沢の尾根を見渡され、山の名前を順に述べられた。よくご存じだった」と山田住職は語る。

優しさに感激
 下山後には、千木良にある割烹旅館『五本松』へ移動し、入浴後、客室で昼食を召し上がった。

 主人の永井宏文さん(52)が用意したのは、この日のために考案した、地場のサトイモとゆずを使った記念メニューなど。
「地元の旬野菜や、津久井のうどんなども残さず召し上がり、『どれもおいしかったです』と言っていただいた」と永井さんは振り返る。

 帰られる間際に、ちょっとした出来事があった。
 見送りに並ぶ永井さん一家に一人ずつ陛下が言葉をかけ、車に乗ろうとされたその時、当時小学1年生だった永井さんの息子に向かって虫が飛んできて頬を刺した。
 刺されたことに加え、張り詰めた緊張感の中で起こった予期せぬ事態に息子はショックで泣き出してしまった。
「そうしたら、後で宮内庁から電話をいただいた。陛下が心配してくださったのだと思う」と永井さんは述懐する。

 陛下も楽しまれた地元の名峰・石老山。
 この大型連休にも、多くの登山客が予想される。
 市商業観光課では、「手軽に登れ、巨岩や奇岩といった見どころもあり、近隣の山々とはまた違った趣がある。足を運んでいただければ」と話している。


[写真]
石老山の山頂に到着された天皇陛下。左は秋山幸也・市博物館学芸員、右は山田正法・正覚寺住職=朝日新聞社提供

タウンニュース、2019.05.01
あの日、陛下は石老山へ
関係者語る 相模原の登山

https://www.townnews.co.jp/0302/2019/05/01/479901.html

posted by fom_club at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月03日

健康で文化的な最低限度の生活

[ゲスト:悠翔会 理事長・診療部長 佐々木淳先生]
入院すると痩せて帰ってくるって本当?

https://www.youtube.com/watch?v=c-kZubMM7Nw

「健康で文化的な最低限度の生活」は憲法で保障された私たちの生存権
 介護はそれを保障する基本的インフラのひとつ。
 医師としてこういうのも何だが、極言すれば、医療はなくても人は生きていけるが、介護がないと要介護者は生きられない。
 食事、排泄、清潔などの基本的ケアが提供できなければ、生活が継続できないばかりか、誤嚥性肺炎や骨折などによる入院や死亡のリスクが増加する。
 これは生命や生活をリスクに晒すだけでなく、高額な社会コストを生じる。
 誤嚥性肺炎で1回入院すると入院医療費は平均118万円だ。
 前回の介護報酬削減で特に訪問介護は閉鎖が増加。
 いまやベーシックサービスであるはずの訪問介護のない基礎自治体が約20%。
 これは過疎地だけの話ではない。
 首都圏においても訪問介護の不在地域が出始めている。

介護をケチれば、社会全体が困窮する
 介護が足りなくて困るのは、本人だけではない。
 家族の介護負担が大きくなる。
 介護離職だけで1兆円の経済損失とされるが、2030年には833万人の家族介護者のうち4割がビジネスケアラー、その経済生産性の低下により9兆円の経済損失が生じると経産省は試算している。
 そもそも介護保険は、家族を介護に縛りつけない=介護の「社会化」を目的としていた。
 そして国は2016年に介護離職ゼロを目指すといっていたはず。
 しかし現実は逆行している。
 一度介護離職すると復職は容易ではない。
 生活の基盤を失う世帯も増加する。
 選挙の争点にもなっている「手取りが増えない」の主犯は、社会保障費の増大ではなく経済成長の停滞=そもそも所得が伸びていないこと。
 就労している家族に介護を担わせれば、経済成長の足かせになるどころか、離職者・非正規雇用者、そして社会保障サービスへの依存者を増やしかねない。

介護をケチれば、より高額な医療保険に流れる
 介護報酬を削りに削り、介護福祉士やケアマネが他業界に移籍していく中、その不足を補っているのが医療保険サービスだ。
 社会的入院はいまだに多い。
 福井県のレセプトデータ分析によると、総医療費の最大10.9%が社会的入院。
 一昨年2024年の国民医療費は48兆円、つまり最大5兆円がケアニーズのために消費されていることになる。
 また、いわゆる「ホスピス型住宅」も急増、ここ数年でなんと15万床!に到達しようとしている。
 健康保険で訪問看護に入れる患者を施設に収容する。
 健康保険の場合、訪問看護提供には上限がない。
 おむつ交換など、本来は介護職が担っていた仕事を時間外に複数人で行うことで高額な加算を請求する。
 その高い利益率で、この新しい施設は急成長した。
 新たに4つの上場企業が生まれた。
 ケアの単価は患者一人、ひと月あたり90万円。
 これも医療費からの支出だ。
 介護が足りないと、その需要は割高な入院・訪問看護に流れる。
 しかし、その「ケア」としての質は決して高くはない。

介護を守ることは、社会を守ること
 繰り返しになるが、介護保険サービスは要介護者のみならず、私たちの社会全体を守るために必要不可欠なベーシックサービスだ。
 介護にかかる費用は単なる「コスト」ではない。
 家族が社会参加・就労を継続し、医療保険サービスの適正利用化のための投資であるはずだ。
 その介護の提供体制が不安定になっているのは、評価=点数が低すぎるから。
 国家資格を取らせながら、手取りはコンビニのバイトより少ないとか、少しおかしいのではないか。
 介護の仕事は、単なる「お世話」ではない。
 その人の状態を身体・精神・社会心理的側面からアセスメントし、併存する疾患や障害の特性もある程度理解した上で、個別化された目標に向かって、本人、家族、そして周囲の環境要因・社会資源も巻き込みながら、その自立と尊厳を守る。
 特に人生の最終段階、医療によって予後延長が望めない状況においては、本人の生命力が最大限発揮できる環境を整えつつ、本人や周囲にとって納得のできる時間を確保できるよう、最期まで生活の継続を支援する。
 本来、高度な専門性とスキルを求められる仕事だ。
 現在の介護報酬は、その業務に伴うスキルや責任に対して、明らかに低すぎる。まずは正当な評価を行うべきだ。

生産性向上の限界と人材不足に向き合う
 介護人材は非常に不足している。
 今後、さらに介護需要は伸びるが、生産年齢人口は2040年までに1000万人以上減少する。
 このような中で、介護の担い手を確保するためにとりうる手段は限られている。
 生産性の向上と、外国人の活用だ。
 規制改革推進会議の専門委員として、介護の生産性向上に関する規制緩和に積極的に取り組んできた。
 深刻な人手不足の中、これは避けて通れない重要な課題だからだ。
 しかし、生産性向上には一定以上の事業規模が必要だ。
 施設における人員配置が1:3から1:2.9に緩和されれば、数千人のヘルパーを雇用する施設運営者であれば大きな効率化ができる。
 しかし小規模事業所がこの恩恵にあずかるのは難しい。
 加えて小規模事業者が担うのは、大規模化しにくい、より個別化が必要なケアだ。
 お金にならない、大企業が拾わないケースに対応している。
 このような領域では「効率化」は難しい。
 生産性向上以前に、そもそも事業の持続可能性そのものが危うくなっている。
 もちろん将来的には人型ロボットがケアの作業部分を担える時代が来るのだろう。
 しかし、そうでもならない限りは、生産性向上が人手不足解消の切り札になるとは思えない。

 人材不足のもう一つのカギは外国人に対する活躍の場の提供だ。
 これは着々と進んできている。
 素晴らしいケアをしてくれている外国人介護職を僕は何人も知っている。
 残念ながらヘイトに近い外国人排斥の声も聞こえてくるが、介護サービスの担い手不足のみならず、日本の経済成長の足かせになっているのが労働人口不足だ
 外国人が、日本で安心感を持って安定的な経済生活ができるように、そして日本の文化になじめるように支援していくことが重要なのではないか。
 制度上の課題で改善の余地があるならそれは進めるべきだが、少なくとも外国人の活用について否定するのは違うだろう。

よりよい未来のための選択を
 介護はコストではなく、社会投資。
 私たちの社会を安定させ、経済成長を持続させるためのインフラ。
 そして介護サービスの受益者は要介護高齢者だけではない、その家族も当事者だ。
 離れて暮らす家族世帯も含め、家族の生活が介護で破綻しないように守ることが本来の介護保険制度の存在意義。
 身内に高齢者がいないという人はいないだろう。
 高齢者だけではない、がんの終末期でも、脳卒中で後遺症が残っても、そこから先を平穏に生きていくためのベーシックサービスだ。
 安易な世代間対立を煽る政党は、そもそも本質を理解していないか、ただのポピュリストだ。
 分断は何も生まない。「移民反対」についても同様だ。
 外国人を追い出せというなら、誰がどう彼らの穴を埋めうるのか。

 日本経済は、特に地域経済は外国人なしではすでに成立しえない。
 そして移民反対を叫ぶ人たちの多くは、なぜか外資系で働く欧米人に対しては好意的だ。
 移民反対というよりも、単なる人種差別なのではないか。


 介護保険サービスを守るためには、それを支える介護専門職を支える必要がある。
 そして、そのためにはしかるべき報酬が必要だ。
 現状、経済損失で9兆円+医療保険の代替支出が5兆円=14兆円と、ほぼ介護保険の支出に匹敵する大規模な「損失」が生じている。
 ということは、介護保険の予算規模を仮に2倍にしても、これらが解消されればトントンということになるのではないか。
 しかし介護保険料をこれ以上上げるのは難しい。
 自己負担の増加に耐えられる高齢世帯もそう多くはない。
 予算規模拡大分は税金から入れていただくしかないのだろう。
 そうなると消費税廃止などの議論とは共存できない。
 むしろ正直に消費税「増税」の将来的な必要性について国民に説明できるリーダーのほうが望ましいのではないか。
(もちろん爆発的な経済成長で税率を上げなくてもなんとかなる、というのであればぜひそうしていただきたいが)

 今日は上野千鶴子さんにお声がけいただき、ポリタスTVにて、介護保険の今後について討論に参加させていただき、主に上記のような内容をお話させていただいた。

 介護業界で働く人は、おとなしい人が多いので、介護保険制度に対する締め付けが強くなっていくことに対して、医療ほど社会争点化されていないけれど、これは本当にちゃんと考えないといけない問題。

 パネリストの中には政治的立ち位置が明確な方もおられたが、右とか左とかイデオロギーの前に、まずは自分たちの社会がどうあるべきなのか、それを持続可能なものにするためにはどの選択が最善なのか、冷静に考えるべきではないかと思う。

 今週末は出張なので、番組収録を終えてから期日前投票に行ってきた。

未来の選択
 ぜひみなさんも国民の権利を行使してください。


]、午後8:20 ・ 2026年2月2日
介護はケチると結局高くつく
(佐々木 淳、医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長、1973年京都市生まれの医師)
https://x.com/junsasakimdt/status/2018283275484278790

ケア社会をつくる会 👇

介護保険.png

総選挙後に介護保険はどうなる!?
各党の介護政策比較と現場の危機感
介護当事者や研究者による「ケア社会をつくる会」が総選挙を前に各政党にアンケートを実施。
回答を見ながら今後予想される展開を議論

https://www.youtube.com/watch?v=AgAuH_00Dpc

posted by fom_club at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平野啓一郎、リアルトーク in NY

 芥川賞作家の平野啓一郎氏が2026年2月2日夜、X(旧ツイッター)を更新。衆院選(8日投開票)について、私見をつづった。

 各メディアの情勢調査ではおおむね自民有利が伝えられている。
 そうしたなか、平野氏は「今回は、社民、共産、中道に投票してほしい。それぞれの党に思うところはあるだろうが、幾ら何でも国会の左右のバランスが悪すぎる」と書き出した。

 そして「自民が大勝すれば自滅の道が目に見えている。中道は今の公約にも執行部にも賛同できないが、選挙後の責任問題で党内リベラルの巻き返しに期待するという意味で」と述べた。


日刊スポーツ、2026年2月3日8時50分
芥川賞作家が警鐘
「自民が大勝すれば自滅の道が目に見えている」
「中道は賛同できないが…」

https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202602030000110.html

※ 昨年2025年から米ニューヨークで暮らす小説家、平野啓一郎(1975年生まれ)さんが月に1回、現地での暮らしぶりを自身で撮影した写真とともにつづる毎日新聞連載の「リアルトーク in NY」から:

 ニューヨークで年を越したのは、初めての経験だった。
 日本でも、クリスマスはビジネス的に大きなイヴェントだが、こちらは期間が長く、ハロウィンが終わると、街中の店頭のディスプレイは、もうずっとクリスマス仕様だった。
 ニューヨークは多様性の尊重から、クリスマスというイヴェントを祝うことが自粛されるようになったという話が、何年か前にネットで話題となったが、実際はそうでもなく、サンタクロースの格好をした人もいれば、ロックフェラー・センターの前には大きなクリスマス・ツリーも飾られている。
 ただ、「メリー・クリスマス」という言葉は耳にせず、どこでも専ら「ハッピー・ホリデイズ」だった。
 そういう意味では、個々の宗教的な習慣と、社会的に共有されるべきコミュニケーションのコードとは、意識的に分けられている、ということなのだろう。

 日本人がアメリカに来て、慣れないことの一つは今も昔もチップで、現在マンハッタンでは、飲食店では最低会計の18%、一般的には20%くらいを渡すことになっている。
 ただでさえ物価が高く、特にレストランでの食事は高額なので、チップの高騰には不平もよく聞かれるが、ともあれ目安がわかっているので、すぐに慣れることではある。

 厄介なのは、それ以外のチップの相場で、これは私も人に訊(き)かないとまだよくわからない。
 クリスマス前後には、アパートのドアマンやポーター、スーパーと呼ばれる管理人にチップを渡す習慣があり、その時期になると、彼らの名前の一覧が張り出されたり、郵便受けに投函(とうかん)されていたりする。
 私の住んでいるアパートは割と大きなビルなので、ドアマンの人数もパートの人を合わせると二桁くらいいる。
 こちらで世話になった不動産会社の担当者に、全員にチップを渡すべきなのかと尋ねると、あまり知らない人には渡す必要がなく、親切な人には多めに渡した方が良いとのことだった。
 その際にも、「メリー・クリスマス」ではなく「ハッピー・ホリデイズ」と言うようにと忠告された。

 目安としては、ドアマンの場合、大体、40ドルから100ドルくらい、スーパーには最低100ドルとのことだったが、これは住んでいる建物やエリアにもよるだろう。
 ただ、特にドアマンに対するチップはかなり幅があり、実際に誰に幾ら渡すかは難しかった。
 今のところ、ドアの開け閉めくらいで、あまり込み入った用事を頼んだこともなく、判断材料は、顔を合わせる頻度程度である。そうすると、彼らもシフトに従って働いているので、誰が特に、というわけでもない。
 深夜の勤務帯の人などで、あまりよく知らないし、渡さなくてもいいか、と思った人もいたが、たまたま彼が黒人で、そうすると、差別的な人間と見做(みな)されるのではないかと考えたりもして、結局、常勤のドアマンには全員に一律の額を渡した。
 来年の今頃(いまごろ)は、もう少し個人的に誰とどの程度親しいという関係も出来ているかもしれない。

 引っ越してきてまだ半年であり、チップを渡しに行った際には、「あれ、ここに住んでました?」と、私たち家族のことをよく認識していない人もいた。
 そういう人には、チップを渡す必要もなかったのだろうが、しかし、例えば急に私が部屋で倒れて、子供が救急車などを呼べずに、ドアマンを頼らなければならない緊急事態の際などには、やはり存在が認識されていて、好感を持ってもらっておくことは大事なのではないか、などといろいろな状況を考えた。

 実際に彼らにチップを渡すと、感謝の言葉だけでなく握手を求められて、驚くほど喜ばれ、その後の愛想も良くなった。

 私がチップを渡す時に伝えた感謝の言葉は、ややぎこちなく過剰なくらい丁寧だった気もする。
 こういう時に裸で現金を差し出すのは、こちらでもやはり失礼らしく、小さな封筒を準備した。
 彼らは、その時期には一日に何回も、そうして住民からチップを受け取るはずだし、計算すると大変な額に上るが、さりとてこのやりとりも、まったく儀式的というわけではない、意外と感情的なものだった。
 私はあまりしないが、日本で高い旅館に泊まって、心付けを渡す時などは、お互いにもっとさりげないというか、大袈裟(おおげさ)にすると、渡す方、受け取る方のどちらにとっても、品がない、という感覚があるように思う。

 率直に言うと、日々の生活の中でチップの制度は煩わしく、ない方が簡単である。
 ヨーロッパでは、国にもよるだろうが、そういう方向に進んでいる。
 チップが労働者の重要な収入源になっていることは理解しているが、本来ならば雇用主が十分な賃金を支払うべきだろう。
 アメリカ人でも、最早(もはや)単なる義務となっている以上、チップの制度は廃止すべきだという人もいる。

 しかし、この時期のかなりの額の出費は、家計にとっては痛手だが、ドアマンやポーターといった人たちに、感謝の気持ちを伝えるという意味では、こういうチップは悪くないのではないかとも感じた。
 特にマンハッタンのように、古株もいれば、方々からの人の出入りも多いという街の場合、前者の場合は長年の付き合いとして、後者の場合はコミュニティへの参加のきっかけとして、これもまた機能している習慣の一つなのだろう。


[写真‐1]クリスマスシーズンのニューヨーク=2025年12月24日
[写真‐2]朝のニューヨーク=2025年12月15日

毎日新聞、2026/1/18 10:00
悩ましい? ドアマンへの年末のチップ
平野啓一郎さんの判断は

https://mainichi.jp/articles/20260117/k00/00m/040/093000c

 新たにニューヨーク市長に選ばれたゾーラン・マムダニ(Zohran Kwame Mamdani、民主社会主義者、1991年生まれ)について訊(き)かれることが多い。

 市長選の翌日、私は、いつも子供のスクール・バス乗り場で顔を合わせる4、5人の保護者と言葉を交わしたが、そのうち、投票権のある2人は、どちらもマムダニに投票したと言っていた。因(ちな)みに、マムダニの得票率は、50・8パーセント、2位のクオモが41・3パーセントだった。

 リベラルが多いニューヨークでも、実際には、トランプ支持者も少なくなく(彼自身もニューヨーカーだ!)、また民主党支持者の間でも、主流派と「民主社会主義democratic socialism」を掲げるマムダニとの間には距離があり、政治の話題には気を遣う。
 
 マムダニの選挙運動の特徴は、ミレニアル/Z世代を中心とする十万人もの若者のボランティアで、160万戸以上の戸別訪問と200万回以上の電話作戦という徹底した「ドブ板」と、ネット活用のウマさとが、相乗効果を上げた結果だった。

 日本で選挙でのネットの影響力というと、デマだのヘイトだのと、残念な話になりがちだが、マムダニの動画はスタイリッシュで、まず単純に見やすく、ファクトに基づく主張が明確で、街角や商店で、気さくに人びとと政策を語り合う姿に好感が持たれる。
 編集のテンポ感、温度感、情報量も、今日のネット・ユーザーに対してフレンドリーである。

 これに比べると、街宣車の上に立って、声を嗄(か)らしながらマイクで叫び、有権者を見つけるなり突進して握手をして回る日本の選挙運動の動画は、“熱気”の表現に偏重していて暑苦しい。
 選挙カーでひたすら名前を連呼するというあのスタイルも、そろそろ見直してはどうか。


 私の周囲は、それなりの年齢の人たちが大半で、投票はしたものの、マムダニ旋風の熱気に煽(あお)られているというより、期待しつつ、様子を見ようという雰囲気だった。

 保護者の一人は、何となく言い訳するように、マムダニに投票した理由として、まず彼が正直であること、そして、考え方が正しいことを挙げ、それはやはり大切なことだと言った。
 それに、私も含め、その場にいた皆が同意した。

 なぜ、言い訳するような口調なのかと言えば、この間、マムダニの政策が非現実的であると攻撃され続けていたからである。

 今日、人がこの社会で最も恐れていることは、他人からバカだと思われることである。
 そして、そう思われないためには、「現実主義」を標榜(ひょうぼう)するのが一番で、結果、単なる「現状追認主義」に堕してしまうというのは、よく見られる光景である。
 リベラルなメディアや政党が、「中道」を標榜すれば支持を拡大できるなどと信じたがるのは、その典型だろう。


 もし、現実が万事うまくいっているのであれば、それも良かろう。
 しかし、うまくいっていない現実を追認し続けるのは、それこそ非現実的であり、賢明とは言えまい。

 マムダニは例えば、公共交通は「公共財」との考えから、バスの無料化を公約としている。
 これなどは、財源論で嘲笑的な批判を浴びてきたが、試算では、利用者はニューヨーク市全体で23パーセント増加すると予想され、その分、貧困層支援だけでなく、経済活動も活性化し、また、乗用車の利用が減る分、渋滞も緩和され、結果として定期運行と速度アップ、排気ガス/騒音の削減といった効果が期待できるという。
 運営するMTA(都市圏交通公社)は現在も赤字だが、歳入減は一般財源から補塡(ほてん)する予定で、ニューヨーク市の年間1150億ドルの総支出から見れば、問題のない規模だとしている。
 矢作弘(やはぎ ひろし、1947年生まれ)『社会主義都市ニューヨークの誕生』学芸出版社、2025年12月参照。

 その他、子供の保育無償化、市所有のスーパー、家賃管理/凍結とアフォーダブル(手ごろな価格)な住宅の提供など、政策はいずれも生活に密着した内容で、数字的な根拠も示されている。
 その詳細を見ていると、やはりこれは、トライすべきであり、成功させるべきだと感じられる。

 大企業と富裕層への課税強化もマムダニの政策であり、これまた「金持ちがニューヨークからいなくなる」と批判がなされてきたが、前掲書によると、「タックス・フライト(税の高い州から安い州に移動する)」ということは、現実的には起きないらしい。
 それはそうだろう。
 個人にせよ企業にせよ、ニューヨークに住む、拠点を置くということの意味は多層的である。
 税制のためだけに、テキサスやフロリダに去るということを自ら納得し、家族を説得するのは容易ではない。

 この間、リベラルは、イデオロギーに凝り固まり、庶民の生活を置き去りにしてきたと散々批判されてきたが、マムダニの勝利は、まさにその生活にフォーカスした結果と言え、この辺りは、日本のリベラルも大いに学ぶべきである。
 とはいえ、マムダニ自身はリベラルな姿勢も鮮明にしており、それはそれで見るべき点だが。

 ニューヨークだけでなく、ボストン、シアトル、デトロイト、ニューオリンズ、……と、他の都市でも若い進歩的な市長が誕生し、また再選されている。

 新しい政治思潮に注目すべき時である。


[写真‐1]
ブロンクスの植物園。自由の女神や高層ビルなどのミニチュアが飾り付けられている=米ニューヨークで
[写真‐2]
ミッドタウンの「カルティエ」。建物がプレゼントのようにデコレーションされている=米ニューヨークで
[写真‐3]
12月初めのセントラルパークの貯水池=米ニューヨークで
[写真‐4]
クリスマスシーズンのブロンクスの植物園。施設内にはクリスマスツリーが飾られている=米ニューヨークで

毎日新聞、2025/12/15 07:00
マムダニ旋風と新しい政治思潮
平野啓一郎さんが見たNY市長選

https://mainichi.jp/articles/20251214/k00/00m/040/103000c


posted by fom_club at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白蓮の眠る石老山

「柳原白蓮」の生涯(1)因習との闘い
https://www.youtube.com/watch?v=EozkGa-rtg4
「柳原白蓮」の生涯(2)愛と自由の代償
https://www.youtube.com/watch?v=brgTnWa327I
「柳原白蓮」の生涯(3)平和への祈り
https://www.youtube.com/watch?v=gt5k_B4EYdM

 1921(大正10)年10月25日、 柳原白蓮(1885-1967、当時36歳)が村岡花子(1893-1968、当時28歳)に手紙を書いています。
・・・斯(か)くいふ際には兄姉(きょうだい)や身内など何もなりはしませぬ
本当の心を知って下さる友ほど有難いものはない
私は今至極(しごく)丈夫(じょうぶ)に気楽に 安全に暮らして居(お)ります
少し落着きましたら お目にかかり度(たく) 存じます・・・

 当時、白蓮はいわゆる「白蓮事件」のただ中にありました。
 この手紙の5日前(10月20日)、夫の伊藤伝右衛門(でんえもん)の元から出奔していました。

 白蓮は「大正三美人」の一人と謳われた人で、歌人としても有名。また大正天皇の従妹にあたるといった家柄です。
 かたや、伝右衛門は、学校教育をいっさい受けておらず、労働者からの叩き上げで炭鉱王にまでのし上がった人物。
 生育歴や境遇や家柄に大きな差があり、年齢も伝右衛門が25も年上です(結婚当初白蓮は25歳、伝右衛門は50歳)。
 白蓮の兄が貴族院議員で伝右衛門の財産を政治資金としてあてにした節もあり、そんなこんなで、二人の結婚は当初からマスコミで大きく取り上げられてきました。

 白蓮が出奔した先の宮崎龍介(りゅうすけ)が、彼女の7歳年下の28歳で、弁護士であり社会運動家でもあったことも、世間の好奇の目を集めました。
「大阪朝日新聞」は白蓮が伝右衛門に宛てた絶縁状を公開、それに対抗するように「大阪毎日新聞」が伝右衛門の側にたった報道を展開、両新聞の報道合戦の様相も帯びてきます。

 伝右衛門の元で経済的にはなに不自由なく暮らしていた白蓮でしたが、出奔後は、宮崎家に莫大な借金があり、また龍介が結核で床に伏したこともあって、一転、貧窮のどん底に落ちました。
 しかし、彼女は、幸せ一杯、元気一杯に、小説・歌集を出版し、また講演なども積極的に引き受けて、龍介との生活を楽しみます。

 村岡とは東洋英和女学校の同窓で当時から親しくしていましたが、白蓮が伝右衛門に嫁いだ後は付き合いが途絶えていました。
 ところが、この騒ぎが起こる2ヶ月ほど前から、二人は手紙のやりとりを再開。
 虫の知らせでもあったのか村岡が10年ぶりくらいに白蓮に手紙を出し、白蓮がそれに応えています。
・・・学校での花ちゃんに別れてから後は全く生死(せいし)の際(きわ)までも行きました。諦(あきら)めてみたり嘆いてみたり、今は然(しか)し、諦めといふ事がけして道徳的のものでないと悟りました。最後までも希望を持つのが本当の勇気ある者のする事だと思って信じていますの・・・
(白蓮が村岡に出した手紙より)

 10年ぶりの村岡からの一通が白蓮の背中を押したのかもしれません。女学校時代、佐佐木信綱の「竹柏会」に村岡を誘ったのが白蓮で、白蓮が村岡が文学の道に進むきっかけを作ったといえそうです。友と言い合える人たちには、必ずやそういった相互刺激があることでしょう。

 後年、村岡はモンゴメリの『ANNE OF GREEN GABLES』 (和訳タイトル『赤毛のアン』)を翻訳します。そのなかで「bosom friend」を「腹心の友」と訳しました。
・・・‘Oh, Diana,’said Anne at last, clasping her hands and speaking almost in a whisper, ‘do you think-oh, do you think you can like me a little-enough to be my bosom friend?’・・・
(『ANNE OF GREEN GABLES』 より)
・・・「おお、ダイアナ。」
 やっとのことでアンは、手をくみあわせ、ささやくような声でいった。
「あのう、あのう、ねえ、あんた、あたしを少しばかり好きになれると思って? あたしの腹心の友となってくれて?」・・・
(上掲箇所の村岡花子訳)

 この箇所を訳すとき、村岡の脳裏を白蓮がよぎったことでしょう。


馬込文学マラソン、2024.10.25
「腹心の友」1921(大正10)年10月25日付けの村岡花子に宛てた柳原白蓮の手紙より
https://designroomrune.com/magome/daypage/10/1025.html

※ 林きむ子(1884-1967)は、歌人の柳原白蓮(やなぎはら びゃくれん)、法律学者・江木衷(えぎ まこと)の妻・江木欣々(きんきん、1877-1930)と並んで「大正三美人」とうたわれるほどの美貌の持ち主。
※ 森 まゆみ『大正美人伝、林きむ子の生涯』(文藝春秋、2000年6月)
 森まゆみ(1954年生まれ)さんが育った文京区動坂近くの田端で、よく聞く話があったそうです。
 明治末、蛇御殿といわれた邸があり、そこの女主人は絶世の美女で蛇を飼い、洋装で馬を乗り回す等々。
 その女主人こそ本書の主人公林きむ子です。
「大正三美人」の一人と賞されるほどの美貌の持ち主、2度の結婚、8人の子の母、美容液の開発、舞踊の新流派樹立……と、その生涯は波乱に富み多彩です。
 森さんが5年の歳月をかけて取組んだ渾身の力作、魅力溢れるきむ子が甦りました。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163563305

 会社勤めをしていた頃は、NHK朝の連続ドラマを見ることは無かったが、10年ほど前に会社勤務を卒業してからは毎日が日曜日。
 朝の連ドラは今では朝食の友となっている。
 毎朝15分、ストーリーは日々展開し、毎日面白可笑しく、あっと言う間に半年間が過ぎてしまうが、この15分、半年間に人生人間のドラマが凝縮されている。
 過去10年間で幾つもの記憶に残る朝ドラがあったが、最近の連ドラは主役よりも準主役脇役に光る配役も見られた。
 数年前に放送された南三陸鉄道、「あまちゃん」では、母親役のキョンキョン、小泉今日子を久し振りに画面で見たが、更にその母親役、宮本信子が多少歳老いたとは言え旦那の監督伊丹十三の急逝から約20年、以前と同じような元気な姿を見せていたのは喜ばしいものだった。

 今日参詣する石老山顕鏡寺。
 これも又朝ドラを見て急に思い立ったものだった。
 2年前「花子とアン」が放映され、主役の村岡花子の学友葉山蓮子を仲間由紀恵が演じることになった。
 仲間由紀恵は沖縄浦添の出身で、以前から良い女優だとは思っていたが、それ程着目はしていなかった。
 フアンではなかった。ところが、この蓮子を演じる仲間は好演で、仲間と蓮子が二重写し、蓮子の生涯が仲間自身とダブって見えてきた。
 それ程の熱演で、役中の人物と同一視できるように思えた。

 それまで葉山蓮子は名前すらも知らなかったが、この朝ドラで、大変な女性、明治から大正、昭和を生き抜いた、奔放華麗で可憐な女性と知った。
 旧華族柳原家の妾の子で、大正天皇の生母の姪で、天皇とは従妹同士の関係であったが、生家の経済的な事情もあり、不本意な幼少時代を送った。
 九州の炭鉱王の元へ人身売買のような形で嫁入りしたが、それに反発し嫁ぎ先を出奔、その後、宮崎滔天の息子宮崎龍介と恋仲になり、炭鉱王とは離縁して最後は宮崎の妻となった。
 1914(大正3)年。「大正三美人」の一人で、歌人でもあり、日蓮宗に帰依していて、一字を取って白蓮と号した。
 その柳原白蓮がここ顕鏡寺に葬られているのを知ったのは、連ドラが終わった後からで、いずれここにはお参りに来たいとは思っていた。

 本堂の前から相模野を眺めて一休みし、背後の墓地に向かう。
 100数十基ある墓石の奥の方に宮崎家の立派な墓があった。
 宮崎家は九州荒尾の出身であるが、2人は風光明媚なこの土地が気に入り、ここ顕鏡寺に墓所を求めたのだ。
 墓碑銘を見ると龍介氏78歳、白蓮さんは更に長生きし、1967(昭和42)年、82歳で示寂されている。
 実に明治、大正、昭和を生き抜いた。
 晩年は緑内障となり目が不自由で視力が落ち、この山の光景も十分には見えなかったに違いないが、相模野の穏やかな風の香りは肌で感じたことだろう。
 静かな山間の墓地で、今日の初夏の太陽の下、今は夫、家族と共に静かな時を送っているだろう。


フォートラベル、2016/06/19
顕鏡寺の白蓮さんと石老山
柳原白蓮さん墓参。

(ちゃおさん)
https://4travel.jp/travelogue/11147221

 大正から昭和にかけて活躍した歌人・柳原白蓮(やなぎわらびゃくれん)が眠る石老山顕鏡寺(緑区寸沢嵐)を訪れました。
 石老山の登山道の中腹に佇むこのお寺は、平安時代の876(貞観18)年、源海法師によって創建されたといわれる真言宗の古刹(こさつ)。
 境内には、岩窟をはじめ、樹齢数百年ともいわれる根が巨大なヘビのように露出していることから蛇木杉(じゃぼくすぎ)と呼ばれる杉、かながわ名木100選にも選ばれた大イチョウなどの古木もあり、神秘的な雰囲気がします。
 夫、宮崎龍介が相模湖周遊をした際に石老山に登ったことをきっかけに、白蓮もこの地を訪れ、相模湖や丹沢の山々など自然あふれる景色にとても感動し、この地に住み始めたそうです。
 白蓮は家族を大切にしながら、執筆などを続け短歌の普及に力を入れたといいます。
 その生き方は、同じ女性として共感する人も多いと思います。
 今は、長年愛した石老山の墓所に最愛なる家族と静かに眠っています。
 春には新緑が美しく、秋には紅葉、石老山では美しい景色を楽しめます。
 山頂では相模湖や丹沢の山々を一望できます。
 遠き昔に思いを馳せながら白蓮も見たであろう石老山の美しい景色がそこにはあります。


相模原市・市民カメラマン、2021(令和3)年9月10日
白蓮の眠る石老山 顕鏡寺を訪れて
(2015(平成27)年7月 2015(平成27)年度市民カメラマン 廣江幸子)
https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kankou/1026674/camera/report/1011147/1011175.html

posted by fom_club at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月02日

ドイツ語で<クアオルト>は温泉療養地

 ヤッホーくんの2026年2月1日は、8日の山歩クラブ下見。
 帰りの立ち寄り湯にびっくり、「心臓の湯」でした。

 炭酸泉とは、温泉中に炭酸ガスが溶け込んでいる温泉です。
 古来よりヨーロッパでは「心臓の湯」と呼ばれ、伝統的医療として広く活用されてきました。
 ヨーロッパのドイツでは、炭酸泉の機能に着目した研究が進んでおり、炭酸泉を用いた治療施設やクアハウスなどが多くあります。
 ドイツのヘッセ州にあるバードナウハイム温泉(Bad Nauheim)は、心臓疾患や神経疾患に効果がある塩分を含んだ炭酸泉とされ、世界的に有名な温泉療養地となっています。
 日本では1,000ppm以上の高濃度炭酸泉は療養泉として認められていますが、この条件を満たす国内の天然温泉は大分・長湯温泉、山形の泡の湯などごくわずかです。
 炭酸泉の効果は医療機関においても評価が高く、人工炭酸泉装置が導入され、高血圧症治療や心疾患治療に利用されるほか、肩こり、筋肉痛、冷え性の改善にも利用されています。


 ドイツにはクアオルトと呼ばれる温泉療養地がある。その起源はプロイセンの時代に遡る。高濃度炭酸泉などによる入浴治療は健康保険が適用される。代表するクアオルト、バート・クロツィンゲンの施設には心臓疾患、整形外科手術などのリハビリ治療や日ごろの健康維持、家族でのレジャーなど、さまざまな目的で年間50万人が訪れる。ドイツの生活に深く浸透するクアオルトの実情に迫った。
 
ビスマルクから始まった
 ドイツ経済の中心地、フランクフルトから鉄路を南へ3時間、バート・クロツィンゲンはドイツでも指折りのクアオルト、温泉療養地だ。クアオルトの語源はドイツ語の治療を意味するクアと、場所を示すオルトが合わさったもので、クアオルトはドイツ国内に数多く存在する。バート・クロツィンゲンは人口1万8000人の小さな市だが、ここのクアオルトに年間50万人が足を運ぶ。ドイツ国内だけでなく、来場者の3割は国境が近いフランスやスイスからやってくる。日本でいうと湯治場が思い浮かぶが、趣は少し異なる。

 クアオルトの歴史は、ドイツがプロイセンと呼ばれていた19世紀に遡る。鉄血宰相ビスマルクが1880年代に疾病保険法を制定、世界で最初の国民健康保険制度を始め、温泉治療をその適用対象とした。普仏戦争などで傷ついた兵士たちのケアや、工場労働者に向けた社会保障政策の一環だった。二度の世界大戦を経ても、ドイツでは保険適用による温泉治療が維持された。今もクアオルトには心臓疾患などの治療、膝、肘など整形外科手術のリハビリテーション治療のほか、肥満対策、健康維持や気分転換、家族でのレジャーなどさまざまな目的で人びとが集う。

 今回訪ねたのはバート・クロツィンゲンのクアオルトで、その中核施設となるヴィタ・クラシカだ。自然林に囲まれた7000平方メートルの広大な敷地、屋内外に10以上の温浴用プールがある。サウナ、休憩所、レストランも併設され、遊歩道やコンサートホールもある。入場料は19.9ユーロ(約3300円)からで、10回の回数券が169ユーロ、年間パスが965ユーロ。水中エアロビクスなどプログラムへの参加費は1回あたり4.5ユーロ、サウナやマッサージなどを利用した場合、別料金がかかる。入場時にリストバンドを受け取り、飲食、買い物など館内での支払いはこれで決済する。

 バート・クロツィンゲンの泉質は二酸化炭素を大量に含む高濃度炭酸泉だ。1リットルあたりの含有量が2190ミリグラムと、欧州でも最高水準だ。ちなみに日本では1000ミリグラム以上で高濃度とされるが、これほどの含有量の温泉はない。二酸化炭素の含有量が多い温泉に長時間つかると、お湯に含まれる重炭酸イオンが皮膚から吸収されて血管に浸透し、血流を改善する効果が期待できる。

 1911年に石油試掘現場から突然、噴出した。地下50メートルからくみ上げる源泉は37〜39度、プールの水温は33度から最高でも36度。ゆったり長時間つかるため、日本の温泉より低めの温度が適している。そもそもドイツでは家庭で湯船につかる習慣はなく、クアオルトには特別感が漂う。

 ヴィタ・クラシカのロルフ・ループザーメン館長は「平日は1500人、週末は2000人が来場する。治療目的が4割、健康維持やレジャー目的が6割」と語る。平日は70代以上のシニア層が多く、週末になると家族連れやカップルが増える。プールにはジャグジーや打たせ湯もあり、時間帯によって流れるプールになるなど、長時間つかっていても飽きさせない工夫をしている。

 クアオルトで温泉治療を受けるには、まず家庭医と呼ばれるかかり付け医師の診断が必要だ。家庭医がクアオルトでの治療が適切と判断すると、施設に常駐する温浴療法医が治療プログラムを作成する。心臓疾患やリウマチなどの関節疾患、膝や腰など整形外科治療の場合、手術した病院の医師と温浴療法医が連携し、患者ごとに治療の手順を考える。

 ヴィタ・クラシカには4つのリハビリ病院など医療機関が隣接している。そのうちの一つ、テレージアン・クリニックの整形外科医、ハンスヤーゲン・ヘスルシュレアートさんは「入院患者には術後、3週間の温浴リハビリ治療を勧めることが多い。毎日3時間ほどプールにつかると、回復が順調に進む」と語る。

健康保険の適用で自己負担ゼロのケースも
 こうした温泉治療は健康保険の適用対象になる。心臓疾患や整形外科手術などの治療の場合、リハビリ期間3週間の入院費、治療費、食事代、温浴施設の入場料、プログラムへの参加費など、患者の自己負担は1割だ。収入が少ない場合、負担ゼロのケースもある。症状がそれほど重くなく、通い治療で十分な場合でも、施設への入場料、交通費などの自己負担は5割に抑えられる。


 バート・クロツィンゲンの北東200キロにあるシェーナウ市から来たカトリン・ウォフナンさん(56)は10ヶ月前、転倒したことで膝を傷めた。家庭医に相談したところ温泉治療が有効と判断、ヴィタ・クラシカに通い始めた。プールにつかるほか、水中で自転車をこいだり歩いたりなどのメニューをこなす。「プールでは体が浮くので膝への負担が少なく、動きやすい」とほほ笑む。車椅子の人も利用できるようプールにはリフトが完備されるなど、バリアフリーが随所に意識されている。

 高濃度炭酸泉につかることで血流が良くなると心臓への負担が減るので、狭心症など心臓疾患の治療にも適している。ヴィタ・クラシカに隣接するドイツ最大級の心臓外科専門病院、ハーツゼントラムの医師ナウティス・ディアブさんは「温浴施設と近いため、術後の患者のケアを連携して進めやすい」と指摘する。

 館内には温泉を飲用する設備もある。欧州では温泉水はミネラルウオーターと呼ばれ、飲むことが治療という意識が浸透している。カルシウムやマグネシウムなどの鉱物が溶け込んでいることが多く、「エビアン」「ボルヴィック」など欧州から輸出されるミネラルウオーターは、温泉地を源泉とするものが目立つ。

 クアオルトを訪れるのは治療のためだけではない。「健康維持」や「気分転換」などカジュアルな目的のために訪れる人も多い。

日本とのつながりは濃厚に
 バート・クロツィンゲンの隣接市、フライブルクから自家用車で通っているクッシャーナー・オンカさん(53)は、「もう20年近く、健康維持を目的に週1回通っている。おかげで風邪一つ引かない」と語る。オンカさんのようなケースは健康保険は適用されず入場料など自己負担だが、「会社が福利厚生策として費用を負担してくれる」。こうしたドイツ企業は多い。

 ドイツ人は脂っこい食事を好み、塩分も多め。甘いデザートを好む人も多い。そのため50代以降に肥満が多くなり、膝への負担が増える。肥満対策のプログラムもあり、3ヶ月ほどで効果があるそうだ。ヴィタ・クラシカの運営管理責任者、ヴィヨルン・メルクさんは「10月以降、肥満対策を目的とした来場者が増える。クリスマスにおいしい料理をたくさん食べたいので、前もって体重を落としておこうと考えるのだろう」と笑う。

 古くはベートーヴェンやヘンデルなど歴史的な音楽家も温泉を愛し、その地で作曲に励み、ゲーテも治療のため度々、温泉地を訪れていたといわれる。ドイツの人々とお湯とは強い絆で結ばれている。

 ヴィタ・クラシカの発行済み株式の60%は、バート・クロツィンゲン市が保有する。コロナ禍では地元のバーデン・ヴュルテンベルク州や市から支援を受けた。年間売上高は1400万ユーロ(約23億円)。公的施設の色合いが濃く、ループザーメン館長は「多額の収益は目的ではない。赤字になり、市から補塡を受ける事態にならなければそれでいい」との立場だ。

 ただ足元で経費は上昇している。ドイツでは原子力発電所が完全に停止し、電気料金が上昇。ロシア産天然ガスの供給が細り、ガス代の値上がりも激しい。施設の屋上などに太陽光発電のパネルを設置しているが、必要な電力を賄うには不十分だ。

 また、バーデン・バーデン、バート・ナウハイムなどクアオルト同士の競争も激しい。魅力を高め、集客を増やす努力を怠るわけにはいかない。ヴィタ・クラシカが集客の目玉と打ち出しているのが、モロッコ、インド、トルコなど世界各国の雰囲気を前面に出したスパの数々だ。

 中でも人気なのが日本式スパだ。バート・クロツィンゲンと姉妹都市である大分県竹田市が木製の風呂おけ、浴室用椅子、浴衣などを寄贈し、日本の風呂を再現した。利用料金は2人で264ユーロからと安くないが、「結婚のお祝いやクリスマスプレゼントなどに使われることも多い」(運営管理責任者のメルクさん)。これまでも竹田市から派遣された庭師が施設内に日本庭園を設けたり、2008年には日本家屋の休憩所ができるなど、2つの市のつながりは深い。

大分県竹田市とバート・クロツィンゲンのつながり
 日本にもドイツのクアオルトのような本格的な温泉治療施設を作りたいと、竹田市は動いてきた。竹田市の長湯温泉は日本で数少ない高濃度炭酸泉で、バート・クロツィンゲンと泉質が近い。近隣の大分・湯布院、熊本・黒川などの温泉地に比べて知名度が低いため、長湯温泉を「日本のクアオルト」と位置づけ、注目を集めようと歩を進めてきた。長湯温泉の2施設が厚生労働省から「温泉利用型健康増進施設」に認定され、1週間以上滞在すれば、入場料、交通費が医療費控除の対象となる。

 竹田市の前市長、首藤勝次さんは「友好都市の調印書を勝手に作ってバート・クロツィンゲンに乗り込んだ。半ば押しかけ外交だったが、友好都市になってくれた」と振り返る。その後、両市は姉妹都市になり、何度も現地に足を運ぶうち、竹田市にもヴィタ・クラシカのような中核施設が欲しいと考えた。こうして2019年に誕生したのがクアパーク長湯だ。石破茂首相が地方創生担当大臣だった当時、建設費の一部を地方創生のための交付金から拠出した。

 国民宿舎の跡地にできた「クアパーク長湯」は、自然との一体感を重視し、入浴施設や宿泊棟、レストランなどすべて木造建築だ。エクササイズができるプール、寝湯、50メートルの歩行用プールなどがあり、水着着用なのはドイツと同じ。通常の温泉もある。入場料は800円、竹田市民は600円と手ごろな価格で利用できる。

 運営会社「長湯ホットタブ」の社長は東京の入浴剤メーカー、ホットアルバム炭酸泉タブレット社の小星重治さんだ。小星さんはコニカミノルタ勤務の時代に現像液を錠剤化する技術を開発、これを生かして炭酸泉を家庭で再現できる入浴剤を開発した。重曹、クエン酸、ビタミンCを原料とし、「家庭のクアオルト」と小星さんが語る入浴剤は、アース製薬、わかさ生活にOEM提供しているほか、近く別の大手製薬会社にも提供する予定で、徐々に浸透してきた。

 本場ドイツのクアオルト、竹田市の目指す日本のクアオルト、小星さんの手掛ける家庭のクアオルト。根底には健康を守るという共通の思いがある。

 バート・クロツィンゲンの温浴療法医、ハンナ・ワシュプスさんは「クアオルトの役割として、治療はもちろんだが、病気にならないための予防的な医療措置も重要」と語る。ワシュプスさんによれば、温泉を活用した予防医療が普及したことで、ドイツでは医療費が削減されているというデータもあるという。

 日本でも少子高齢化の影響で社会保障費は増える一方だ。年金に頼らず元気な働くシニアが増えるとともに、健康寿命をいかに延ばすか。この大きなテーマの処方箋の一つとして、ドイツのクアオルトと同様に、日本でも温泉治療が普及していくかどうか、温かい気持ちで見守りたい。

※「NIKKEI The STYLE」2024年11月3日付


[写真‐1]
クアオルトの屋外温浴プールには夕刻になると、シニア層の夫婦が増える。語らいながらゆっくり3時間ほどくつろぐ
[写真‐2]
ヴィタ・クラシカの象徴ともいえる像。背中を丸め、杖なしでは歩けなかった人たちが、温泉治療後は元気に歩いて帰っていく姿を示す
[写真‐3]
自然あふれる公園の中でのんびり過ごす時間も、治療の一部になっている
[写真‐4]
ヴィタ・クラシカの温浴プールなど館内設備は完全バリアフリーで、車椅子の人も安心して利用できる
[写真‐5]
「施設の魅力を高めてドイツでもナンバーワンのクアオルトを目指す」と語るヴィタ・クラシカのループザーメン館長
[写真‐6]
隣接するホテルとヴィタ・クラシカは連絡通路でつながり、宿泊客はホテルからバスローブ着用で気軽に利用できる
[写真‐7]
肘や膝など整形外科手術のリハビリのために訪れる患者も多い
[写真‐8]
「心臓疾患の術後ケアにも温泉治療は効果的」とディアブ医師
[写真‐9]
館内には自由に休憩を取れる静かなスペースが随所にある
[写真‐10]
屋外温浴プールは週末になるとレジャー目的の家族連れでにぎわう
[写真‐11]
バブルバスなど長時間浸かる利用客を飽きさせない工夫をしている
[写真‐12]
人気の日本式スパ。休憩所を作るために大分県竹田市から職人が派遣され、材料も竹田から持ち込んだ
[写真‐13]
日本式など各国のスパではマッサージなど様々なサービスが受けられる
[写真‐14]
大分県竹田市の温浴施設クアパーク長湯は日本のクアオルトを目指している
[写真‐15]
竹田市のクアオルトの礎を担った前竹田市長の首藤さん(左)と施設の運営会社長湯ホットタブ社長の小星さん
[写真‐16]
「ドイツでは温泉治療のおかげで医療費が削減できている」温泉療法医のワシュプスさん

日本経済新聞、2024年11月3日 5:00
ドイツの「クアオルト」
健康保険が利く温泉療養地へ

(鈴木亮)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH264W60W4A920C2000000/

posted by fom_club at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年02月01日

1月26日はクリーンエネルギーの国際デー

On this International Day of Clean Energy on 26 January, we can feel the world shifting – but we must pick up the pace.

The science tells us we are heading for a temporary overshoot above 1.5 degrees Celsius. Our responsibility is to make that breach as small, as short, and as safe as possible – through a just, orderly and equitable transition away from fossil fuels.

Renewables are the engine that can drive this transition. They are the cheapest source of new power in most places. And last year, for the first time, wind, solar, and other renewables generated more electricity worldwide than coal.

Renewable energy connects communities still left in the dark, provides clean cooking, and opens the door to better health, education, and opportunities. Renewables anchor new industries, create decent jobs and lower energy costs, while shielding countries from geopolitical shocks and market volatility.

Even so, the renewables revolution is not moving fast enough or far enough. Grid infrastructure is lagging well behind the expansion of clean energy capacity, and high costs continue to shut many countries out of the transition entirely.

The roadmap is clear: we must triple global renewable capacity by 2030, by lifting barriers, cutting costs, and connecting clean power to people and industry – with scale, speed, and solidarity.

Regulators must adopt policies that reward clean power and streamline permitting while protecting people and nature. Utilities must upgrade, expand, and digitize grids and interconnections, to carry clean power where it is needed, and scale storage so power systems stay steady as renewables grow. Industry must diversify supply chains so more countries can manufacture, install, and maintain clean energy systems. This includes the critical minerals essential to the transition, which must benefit producing countries and communities – not just global markets.

Finance must bring down the cost of capital, especially for developing countries with vast renewable potential. And multilateral development banks must reduce risk and unlock far greater private investment.

Most importantly, we must ensure this transition is just – protecting workers and communities, supporting education, industrial development, and opportunity for all as energy systems evolve.

A clean energy future is within reach. Let us seize the moment – and bring the renewables revolution to every corner of the world.

Secretary-General's Message - 2026
(António Guterres)

https://www.un.org/en/observances/clean-energy-day/messages
https://www.un.org/en/observances/clean-energy-day

 長崎県五島市の崎山漁港。小型漁船が停泊するのどかな港から沖合に7キロ離れた海域で2026年1月5日、海の上で風を集めて発電する風力発電所(洋上風力)の「五島洋上ウインドファーム」が商業運転を始めた。事業を主導する大手企業や地元住民のみならず、日本政府も再生可能エネルギー普及の「切り札」と期待を寄せる目玉プロジェクトだ。

 最大の特徴は、風車を含め全長約170メートルの構造物を海に浮かせる「浮体式」を採用していること。浮体式を使った大規模な商業発電は日本初だ。

 洋上風力で先行する欧州では海底に風車の土台を固定する「着床式」が主流だが、遠浅の海が少ない日本では適地が限られる。水深130メートルを超す深い海域でも設置可能な浮体式は「日本で洋上風力を劇的に増やす潜在力を秘めた技術」(風力発電業界関係者)と注目されているのだ。

 技術を開発したのは準大手ゼネコンの「戸田建設」。トンネル建設などで培った土木や設計の知見を生かした。構造物の半分程度を海中に沈めて浮かせ、遠くに移動しないように海底にチェーンで固定。倒れてもすぐに起き上がる「起き上がり小法師(こぼし)」の原理を応用し、波や風にあおられても安定して浮いていられる構造を編み出した。

 発電した電気は海底ケーブルを通じて変電所に送られ、地元の小売り電気事業者を通じて五島市内の家庭や企業に販売される。出力は計16・8メガワットで、一般家庭約1万4000世帯の電力を賄う予定だ。

 商業運転開始が近づいていた2025年10月、現地でボートに乗って海上に浮かぶ風車に近づくと、その迫力に圧倒された。海面に出ているのは「ブレード」と呼ばれる風車の羽根を含め高さ約100メートルで、大阪の観光名所「通天閣」に匹敵する。それが約600メートル間隔で8基も集まっている。

 京都大と洋上風力の開発に取り組んでいた戸田建設は、2010年に環境省の実証事業を開始。2013年に1基、2018年から追加で8基を設置し、ようやく本格的な商業発電にこぎ着けた。プロジェクトを主導した小林修執行役員は「『うちが先陣を切ってやらなければならない』という使命感がある」と話す。特許も取得済みで、国内外に売り込んでいく構えだ。

 地域住民も歓迎ムードとなっている。地元商工会議所の顧問・清瀧誠司さん(85)は「『再エネの島』として五島列島は有名になっていくだろう」と期待する。被爆地の長崎県には、もともと全国から多くの子供たちが平和学習目的で訪れる。世界最先端の洋上風力発電所の存在をアピールし、再エネ学習の一環で五島にも足を延ばしてもらおうという狙いだ。

 政府も日本で独自の発展を遂げる浮体式の洋上風力を後押しする考え。世界で戦える「競争分野」と位置づけ、国際的な事業展開に期待を寄せる。

 多くの関係者の期待を背負った五島列島の浮体式洋上発電プロジェクト。明るい未来が描けそうだが、実は「2号案件」開始の見通しは全くたっていない。どんな海域でも設置可能という価値あるインフラを確立したものの、その上に搭載する肝心の風車が入手困難になっているためだ。何が起きているのか。


毎日新聞・テラ クライシス、2026/1/10
気候変動と国家
切り札の「洋上」風吹かず

(信田真由美)
https://mainichi.jp/articles/20260110/ddm/001/040/125000c

企業 撤退、応札ゼロも
「量産する予定だったのに、次のプロジェクトの芽がなくなってしまった。日本では、今後10年は浮体式の大規模な洋上風力発電は無理だろう」

 2025年10月、長崎県五島市でのプロジェクトを推進してきた戸田建設の牛上敬部長(59)はそう嘆いた。
 プロジェクトで使う風車は、大手電機メーカー日立製作所から購入していた。だが、日立は2019年1月に、洋上、陸上含め風力発電向けの風車製造事業から完全に撤退した。日本は風力発電の市場規模が小さいため、量産化でコストを引き下げる「規模のメリット(スケールメリット)」が機能しない。先行する欧米メーカーとの開発競争に敗れ、「収益性がない」と見切りをつけた。

 三菱重工業などのライバル勢も同じ判断を下し、日本では現在、風車を製造するメーカーが存在しなくなってしまっているのだ。

 日本勢を駆逐した欧米メーカーから買うのも難しくなっている。ここ数年、発電効率の向上を目的に風車の大型化が加速度的に進み、1基当たりの販売価格が高騰。無理に購入して発電プロジェクトを始めても、採算が合わないためだ。

 例えば五島市のプロジェクトで使う日立製の洋上風力の風車が直径80メートルなのに対し、欧米メーカーの現在の主流は直径約200メートルと2・5倍の大きさ。量産化で市場占有率(シェア)を急拡大させている中国メーカーに至っては、直径310メートルと東京タワー(333メートル)に匹敵するメガサイズの風車まで製造している。

 単価が高騰しているのに加え、メーカーは10基以上でないと受注してくれない。海域を選ばず風力発電施設を設置できる「浮体式」というインフラ技術をせっかく開発したものの、この「コストの壁」がネックになって新たな事業展開を見送らざるを得ないのだ。

 戸田建設は、風車の大型化に対応した浮体式インフラの開発にも取り組んでいる。「どんなサイズの風車でも搭載できるよう技術的な準備を進める」(幹部)考えだが、風車の価格がいつ手ごろな値段になるかは見通せない。

 風車を値上がり前の手ごろな価格で購入できた五島プロジェクトは、政府支援もあって採算が合うため予定通り進められるが、これに続く候補は現時点ではゼロだ。

 日本の風力発電業界に衝撃を与えた三菱商事の政府肝いりプロジェクトからの撤退も同じ構図だ。

「入札時に見込んでいた金額より建設費用が2倍以上に膨らみ、実現可能な事業計画を立てることは困難との結論に至った」

 記録的猛暑が日本列島を襲った2025年8月、東京・丸の内にある三菱商事本社で、中西勝也社長が神妙な面持ちで記者会見に臨んでいた。

 政府は2020年11月、秋田、千葉両県の3海域での洋上風力発電プロジェクトを手掛ける事業者の公募を開始。大型洋上風力発電の推進を狙ったプロジェクトとして注目され、2021年12月に落札したのが中部電力の子会社などとタッグを組んだ三菱商事だった。

 政府は入札条件としてプロジェクト開始後の売電価格に1キロワット時あたり29円の上限を設けていた。企業側は発電施設の建設費など全てのコストを計算し、29円以下で売電価格をいくらに設定すれば利益が出るか計算。そこで最も安い値段を提示した企業が、プロジェクトの運営権を落札できる仕組みだ。

 三菱商事が提示した額は、国が示した上限の半額以下の13・39円。ライバルを寄せ付けない「圧倒的な安さ」で競り落としていた。

 計134基の風車(計170万キロワット)を設置し、2028年以降に順次運転を始める計画だった。だが、落札から間もなく目算は狂った。プロジェクト全体予算の4分の1を占める風車の価格が予想外に高騰したのだ。

 戸田建設が直面した「風車の大型化」に加え、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後の世界的な供給網(サプライチェーン)の混乱で、鋼材などの資材価格が高騰。三菱商事が購入を予定していた米国の風車メーカーも、2023年ごろから本格的な値上げを始めた。

 輸送費や建設費が上昇したうえ、円安進行もコスト増を助長し、風車の建設コストは応札時に比べ2倍以上となった。中西氏は会見で「落札した売電価格の2倍以上の価格にしたとしても事業が成り立たない」と釈明するほかなかった。

 政府が公募した他のプロジェクトにも暗雲が漂う。

 三井物産などの企業連合が落札した新潟県沖のプロジェクトでは、購入予定だったメーカーが採算悪化などを理由に大型風車の製造を中止。別の風車で代替しようとしているが、重田哲也最高財務責任者(CFO)は2025年11月の決算会見で「コストと売電契約の両サイドで今の想定よりも改善を重ね、経済性を確保しなければならない。多くの条件を一気にクリアしなければならず、非常に難易度が高い」と述べ、プロジェクトの難しさを強調した。

 日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」の目標を掲げる。2025年2月に閣議決定したエネルギー基本計画(エネ基)では、電源構成における太陽光や風力など再生可能エネルギーの割合を、足元の2割超から2040年に4〜5割に高める方針を示した。

 現在の日本の再エネの主力は太陽光だが、大規模パネルを設置できる場所が少なくなってきている。代わりに成長が期待されているのが風力発電。現時点で1%程度に過ぎない割合を2040年に4〜8%に拡大する方針だ。

 風力発電の中でも特に推進しようとしているのが、陸上風力に比べ安定して強い風を受けられる洋上風力。現在の発電量は0・3ギガワットだが、2030年までに約30倍の10ギガワット、そして2040年までに浮体式も含め30〜45ギガワットに増やす計画だ。

 だが、風車問題が解決しなければ、このシナリオは成立しない。ある政府関係者は「三菱商事に続き各社がプロジェクトを放棄する『撤退ドミノ』となれば、エネ基で描く将来像は崩壊する」と危機感をあらわにする。

 先行する欧州も同じ苦境に陥っている。風車の価格高騰を受け、民間企業によるプロジェクトの見送りが頻発しているのだ。

 英国では2023年、政府が実施した北海やケルト海での洋上風力発電プロジェクトの入札で応札がゼロ。やむなく、プロジェクト開始後に事業者に認める売電価格の上限を大幅に引き上げた。1991年に欧州で初めて商業運転を始めたデンマークでも2024年に「応札ゼロ」が発生し、2025年以降はプロジェクトを財政支援する補助金を投入した。オランダ、ドイツでも、デンマークのような補助金制度が検討されており、もはや公的支援なしには成り立たない状況に陥っている。

(信田真由美、佐久間一輝)

中国 安価で市場席巻
 日欧が足踏みするのを尻目に着々と洋上風力発電を増やしているのが中国だ。

 風力発電の国際的な業界団体である世界風力会議(GWEC)によると、2010年代前半の新規導入量は年間1ギガワットにも満たず、欧州のはるか後方を走っていた。だが、2017年に初めて新規導入量が1ギガワットを超えると一気に加速し、2019年に2ギガワット増、2020年に3ギガワット増、そして2021年には16・9ギガワット増と、他を寄せ付けないスピードで増やした。

 この結果、足元の世界の洋上風力の「勢力図」では中国が圧倒的な存在感を放つようになっている。

 2024年時点の世界の洋上風力発電量は計83・2ギガワットだが、このうち中国は41・8ギガワットと半分以上を占め、他を圧倒する1位。2位の英国は15・9ギガワット、3位のドイツは9・0ギガワット、日本に至っては0・3ギガワットと中国の足元にも及ばなくなっているのが現実なのだ。

 中国が躍進した最大の要因は、大量生産で洋上風力の建設コストを下げる「規模のメリット」だ。

 再エネで発電した電気を一定の価格で買い取ることを義務づけた「固定価格買い取り制度(FIT)」を2014年に導入。発電事業者の利益を公的に保証する形で洋上風力の導入を後押しした。日本にも同様の制度があるが、世界最大の電力消費国である中国は、2025年の電力消費量が10兆キロワット時を超える見通し。日本の約10倍もの巨大市場が広がっており、FITをテコに電力会社による洋上風力の建設ラッシュが発生した。

 これにより、中国では風車メーカーやその下請けとなる部品メーカーが急成長を遂げた。受注量が増えれば1基当たりの生産コストは低下する。大量生産で販売価格を引き下げることで発電事業者の洋上風力への参入を促し、それによって需要が更に伸びて生産量も増えるという「好循環」を生み出しているのだ。

 中国は風車製造に不可欠なレアアース(希土類)も国内で調達できる。洋上風力設備の建設に必要なほぼ全ての部品のサプライチェーンを自前で構築しつつあり、コスト高と受注減の「悪循環」に苦しむ欧米メーカーを一気に引き離しにかかる。

 風力発電業界の関係者によると「中国製の大型風車の値段は欧米勢の半額ほど」。だが、安価な中国製の採用が日本ですぐに広がることはなさそうだ。

 ネックになっているのは信頼性の低さだ。

 急成長する中国メーカーだが、欧米メーカーに比べ経験値が少ない。洋上風力プロジェクトは数十年にわたって安定的に運転を続け、そこから得られる売電収入によって、巨額の初期投資を回収する仕組み。発電事業者は初期投資のため銀行から数千億円を借り入れる必要があるが、「中国メーカーには安定運転の実績がない。どれだけリスクがあるか分からず融資の審査が通らない」(大手行関係者)のだ。

 仮に信用問題をクリアできたとしても、中国には経済安全保障上の懸念がある。日中関係が悪化した際にレアアースの輸出規制を発動するなどの「政治リスク」もあり、長期メンテナンスが必要な洋上風力で中国に依存するわけにはいかない。

 とはいえ、安価な中国製の風車はアジアや中東、アフリカなどへ輸出され、欧州プロジェクトで使われるケースまで出ている。日本が先行した「浮体式」の技術開発も進み、洋上風力のあらゆる分野で世界覇権を握りかねない勢いだ。

 三菱総合研究所の寺沢千尋主席研究員は「中国は国内市場の大きさに加え政府主導で市場を作れるため、成長スピードは明らかに速い」と指摘。「日本が安定的に風車を調達できる体制を作るためには、国内産業がグローバルサプライヤーとして製造できる力をつけることが必要だ。まずは欧米メーカーにおける日本製部品の採用比率を上げるなど、風車に関連する日本の産業基盤を再興するアプローチが現実的だ」と話す。

(佐久間一輝)

毎日新聞・テラ クライシス、2026/1/10
気候変動と国家
コスト急騰、日欧に逆風

https://mainichi.jp/articles/20260110/ddm/003/040/120000c

posted by fom_club at 05:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月31日

異質なものを排除し、不可視化しようとする日本社会の特性

 今日で正月もお終い、ヤッホーくんのこのブログ、次の日付けの日記をお読みください。
 いずれも、作家の深沢湖(ふかざわ うしお、1966年生まれ)の登壇に関わっています:

★ 2019年09月03日「『週刊ポスト』の日本型謝罪
http://fom-club.seesaa.net/article/469619571.html
★ 2023年04月29日「小説家 深沢潮
http://fom-club.seesaa.net/article/499174778.html
★ 2023年04月30日「深沢潮、在日コリアン
http://fom-club.seesaa.net/article/499184974.html
★ 2023年04月30日「深沢潮『李の花は散っても』
http://fom-club.seesaa.net/article/499185413.html
★ 2025年08月12日「蟷螂之斧(とうろうのおの)か?
http://fom-club.seesaa.net/article/517600860.html
★ 2025年11月15日「作家・深沢潮さんが新潮社に謝罪求める
http://fom-club.seesaa.net/article/518961879.html
★ 2026年01月05日「『週刊新潮』で”日本名を使うな”と!
http://fom-club.seesaa.net/article/519634610.html

 日本は韓国を植民地統治した時代、日本式の名前に変えるよう朝鮮人に強いる「創氏改名」を1940年2月から行った。先祖伝来の姓を重視する朝鮮半島の人々はどんな思いだったのか、以前から気になっていた。知人から「創氏改名を拒否し命を絶った人がいた」との話を聞き、一族が住む集落を訪ねた。

 韓国南西部・光州からバスで約1時間。田園が広がる淳昌(スンチャン)郡は「薛(ソル)」姓の人が多い。この地域の名士として知られた薛鎮永(ジンヨン)は1940年5月、創氏改名を拒否し、石を抱えて井戸に身を投げ、70年の生涯を終えた。

「ここが井戸があった場所です」

 一族の取りまとめ役である薛明煥(ミョンファン)さん(81)が案内してくれた。今は水田の一部で、井戸は残っていない。
 鎮永は若いころ、反日闘争に参加。晩年は私塾で若者らに漢文を教えた。井戸の跡地近くには私塾の建物が残る。

 鎮永を題材に作家の梶山季之(1930-1975)は小説を書いた(『族譜・李朝残影』岩波現代文庫、2007年)。これを原作に韓国で映画が作られ(1978年、監督:林權澤 Im Kwon-Thaek、日本では劇場未公開扱い)、日本でも脚本家のジェームス三木(1934-2025)が舞台作品を手がけた(2014年)。

 明煥さんは次に自宅に案内してくれ、書庫から古びた書物を取り出した。

「これは1848年に作られた薛氏の『族譜』です」

死ぬほど大切な姓、家系図
「族譜」とは、始祖から現在に至る一族の家系図だ。韓国では多くの一族が所有する。同じ姓でも、一族の発祥地「本貫」が異なると別の一族になる。例えば金(キム)氏でも、南東部・慶州(キョンジュ)をルーツとする「慶州金氏」や、釜山近郊・金海(キメ)が本貫の「金海金氏」などがある。金海金氏は韓国最大の一族で400万人以上いるとされる。

 鎮永の一族は、慶州と淳昌にゆかりがある「慶州・淳昌薛氏」。慶州に首都を置いた新羅(紀元前57〜935年)の建国に功のあった豪族を始祖とする、伝統ある家系だという。
 一族でつくる「慶州・淳昌薛氏中央大宗会」の名誉会長も務める明煥さんが力説する。

「韓国人にとって先祖から伝わる姓やそれを証明する族譜は、死ぬほど大切なもの。鎮永先生はそうした伝統を守るため、命懸けで創氏改名を拒否したのです」

朝鮮人に「天皇中心の国体を徹底」
 日本が創氏改名を行った背景にあったのが、こうした大規模な氏族集団の強固な結びつきだ。朝鮮総督の南次郎は当時、創氏改名の目的をこう語っている。

「(朝鮮人を)血族中心主義から脱却させ、国家中心の観念を培養し、天皇を中心とする国体の本義に徹せしめる」

 氏族集団を解体し、天皇に属する「皇国臣民」を作る意図がうかがえる。法施行日の2月11日は「日本書紀」などで神武天皇が即位したとされる「紀元節」だった。

 だが日本式の名字に変えた人は3月末までで1.5%にとどまった。京都大の水野直樹名誉教授の調査によると、公務員や教師、経営者らの割合が高かった。日本当局との関係から「率先垂範」を求められたとみられる。

 そこで総督府が主導し、各地方の役所などを通じて創氏改名を迫る運動を展開する。制度を強く批判する人を治安維持法違反容疑で逮捕するなど、強制的なものとなっていく。薛氏の族譜などによると、創氏改名に抵抗した鎮永は「伝統が私の代で絶たれれば、天下の罪人だ」との遺書を残し、命を絶った。

 明煥さんが言う。

「韓国と日本では文化が違う。韓国では姓は命そのものなのです」

 朝鮮半島の人々は日本の敗戦後、元の名を取り戻した。明煥さんは、今の日本に恨みは無いと言う。

「過去にはいろいろありましたが、私たちは未来を生きていかねばならない。和解を進めていけばいいのです」

 創氏改名について取材しようと思ったのは、明煥さんが言う日韓の「和解」に冷や水を浴びせるような、ある「事件」も頭にあったからだ。

 ジャーナリストの高山正之(1942年生まれ)さんが「週刊新潮」で昨年夏、「創氏改名2・0」とのタイトルで、韓国にルーツを持つ作家の深沢潮さんらを名指しし「日本名を使うな」などと主張した問題だ。深沢さんは1月22日、高山さんらを相手取った損害賠償請求訴訟を起こした。

 深沢さんは朝鮮半島にルーツを持つ作家として、在日コリアンが抱える葛藤を小説で描いてきた。本名と日本名のどちらを名乗るかも、多くの在日コリアンたちが抱えてきた葛藤だ。

今も残る「異質なものの排除」
 戦前、出稼ぎや徴用などで日本に来た在日コリアンは、さまざまな事情で戦後、約70万人が日本にとどまったとみられている。本名で生活すると差別を受けたり、仕事、結婚、住居などで不利益を被ったりすることがあったため、日本名を使う人が多かった。在日コリアンの日本名は、住民票などにも本名と併記され、法的に認められている。

 在日コリアンの歴史に詳しい大阪公立大大学院の伊地知紀子教授によると、創氏改名に伴う名字で戸籍登録などがされていたために、戦後もその日本名を使わざるを得なかった人は少なくないという。

 在日コリアン社会では今も、本名で生活する人もいれば、仕事や生活面での支障を避けるため日本名で生きる人もいる。だがインターネットなどでは、在日コリアンへのヘイトスピーチが絶えない。

 伊地知教授は「異質なものを排除し、不可視化しようとする日本社会の特性は、名前を日本式に強制する創氏改名と本質的なところでつながる。高山氏の発言が典型的だが、同様の問題が今も再生産されている」と指摘する。

 戦前の創氏改名と、高山氏の「日本名を使うな」との主張は、いずれも人に名を強いるものだ。
 名は人の尊厳の根本であり、他人から強要されることはあってはならない。これまでも、そしてこれからも。


[写真‐1]
朝鮮王朝時代の1848年に作られた慶州・淳昌薛氏の族譜=韓国南西部の淳昌郡で2026年1月15日
[写真‐2]
創氏改名を拒否し、自ら命を絶った薛鎮永=慶州・淳昌薛氏中央大宗会提供
[写真‐3]
薛鎮永が私塾に使った建物を案内する、子孫の薛明煥さん=韓国南西部の淳昌郡で2026年1月15日
[写真‐4]
創氏改名を拒否し、自ら命を絶った薛鎮永の墓。一族の人々が墓参をしている=韓国南西部の淳昌郡で2026年1月15日
[写真‐5]
大阪公立大大学院の伊地知紀子教授=ソウル市で2026年1月16日

毎日新聞、2026年1月31日
「創氏改名」を拒否して死んだ男
現代に何を問いかけるのか

(福岡静哉・ソウル支局長)
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20260130/pol/00m/010/006000c

[参考]人権と出版問題報告会 週刊新潮「創氏改名2.0」事件
https://www.youtube.com/watch?v=TsfQtVCVqzg
[参考]ジェームス三木「国家とは何か」
https://www.seinengekijo.co.jp/s/zokuhu/zokuhu.html

posted by fom_club at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考 衆院選

ハーバード大学での研究のため、昨年渡米し、今年2025年7月末に帰国した中野晃一(1970年生まれ)教授を招いて勉強会を行なったのは、「許すな!憲法改悪・市民連絡会」(事務局長 菱山南帆子さん)。
定員200人の会場は、ほぼ満員。
講演冒頭、中野教授は高市首相について「首相になってはならない人が首相になってしまった」と嘆きつつ、米国にいた時に、対日政策の研究者らが皆、「高市さんが首相になるのは勘弁して」と言っていたと振り返る。
「(対中国で)タカ派、抑止論者の側からしても高市さんのような人は迷惑。歴史修正主義だと合理的な話ができなくなる。今、中国が激怒しているようなことを引き起こして、戦争になったら困る」
「日韓の準軍事同盟化を進めていたのに、それもできなくなる。実際に韓国の外務省が米国の国務省に『高市政権は困る』と言っていたという話を聞いた」
―― 抑止力強化論者の側からも高市政権の誕生は懸念されていたことを指摘。

日米安保ムラが動く

 そのような背景から中野教授は、「日米安保ムラが動いた」として、昨年の総裁選で高市政権の発足を阻止したのは自民党内のタカ派・抑止論者だと推察。
 その「日米安保ムラ」が今回の総裁選では高市政権阻止に動かなかったことについて、次のように分析した。
「日米安保ムラでこの間やってきた人びとは皆、外に追いやられた。トランプ政権で外交安全保障政策をやっている人びとは、そうした動きと関わってこなかったし、深い考えもなくバイデン政権のやってきたことをひっくり返すというのがトランプ大統領の姿勢」
「自民党内のタカ派と、私が『バカ派』と呼んでいる高市さんを支える極右勢力とが分裂して、疑似政権交代が起きた」

政権交代の受け皿を
 今年の参院選後、高市政権となることを懸念して、リベラルの一部に石破政権の存続を求める動きがあったが、これについて中野教授は「心情は分かるが、衆参2つの選挙で負けた石破首相が辞めなかったら、選挙で投票する意味が分からなくなる」と指摘。
 自民党が大幅に票を減らしても「野党の側がそれに変わる政権枠組みをつくれない。揚げ句の果てに、玉木さんみたいなショボい人を(首相候補として)出してくる」、「野党支持者までが『石破頑張れ』って言っている状態って、どれだけ野党がダメになってるのかという話」として、旧民主党系の政党が人々の票の受け皿になれていないことこそが問題なのだと説いた。

「衆院選の得票率を比較してみると、安倍さんが圧勝した2014年と2017年の選挙の得票率は約17%で、実は大敗した麻生さんの時より低い。それなのになぜ安倍さんが勝ったかというと、野党が分裂して票が割れるようになってるから。小選挙区での得票率を見ると、野党共闘で負けた時の得票率よりも、去年の選挙の方が少ない」「自民党の得票が減っても、結局よりエッジの立った、より過激な政党の方が悪目立ちをしている」

どれだけ本気を見せるか……「エモい」ことが鍵
 中野教授は、リベラル側が「中道」をアピールすることで、保守側を勝たせてしまうことを、2024年の米国大統領選を例に挙げて解説した。

「ハリス氏がなぜトランプ氏に負けたか。米国では移民がいなければ経済が成り立たないのに、急に移民を悪魔化した。それにハリス氏は乗ってしまった。『私は元検察官で悪人を大ぜい捕まえてきた』とか言って。それが支持を得られなかった」

 逆境にあるリベラルがどう巻き返すのか。
 中野教授は「エモい」ことが鍵だという。

若者言葉で、要は感情に訴える、琴線に触れるということ。どれだけ本気を見せるのかどうか。首相を含めて政権がとにかく危ない状態になっている。だから、回り回って平和主義をストレートに訴えるのがよいと思う」 

※「社会新報」(2025年12月18日号より)
※ 中野晃一(なかの こういち、1970年生まれ)
上智大学国際教養学部教授。専門は比較政治学、日本政治、政治思想。2015年に結成された「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)の呼びかけ人。著書に『戦後日本の国家保守主義 内務・自治官僚の軌跡』(岩波書店、2013年)ほか多数。


社民党・社会新報、2025.12.12
[中野晃一教授の講演より]
トランプ化する日本の政治 〜 逆境にあるリベラルがどう巻き返すか

https://sdp.or.jp/sdp-paper/nakano/

衆院選が公示され、2026年2月8日の投開票に向けた選挙戦が展開されている。
選挙の意義や論点について、三浦まり上智大教授(現代日本政治論)に注目ポイントを聞いた。

―― 今回の総選挙をどう見ていますか。
三浦: 一昨年2024年の衆院選からわずか1年3ヶ月でまた総選挙です。昨年2025年の参院選を入れると毎年国政選挙があることになります。政治が短期的な視野でしか物事を考えられない状況になっていることを示しています。衆院解散から投開票まで16日間の「超短期決戦」でもあります。選挙が多すぎる状況での短期決戦で、首相の解散権の乱用ではないでしょうか。やるべきではないタイミングの総選挙です。
 自民党と日本維新の会の新政権が発足して3ヶ月。経済財政や安全保障分野などで大きな方針転換を打ち出しましたが、国会で十分な論戦が交わされたとは言いがたい状況です。しかし、高市早苗首相は衆院選で「自分を選ぶか選ばないか」という乱暴な論点設定をしてしまいました。「国論を二分する大きな改革に挑戦する」と言いますが、それが何なのかを十分に議論する時間も与えていません。与党が勝っても、それを白紙委任だと解釈すべきではないでしょう。

―― 衆院解散は首相の専権事項とされています。

三浦: それが許されていること自体がおかしいと思います。重要な政策も政治スキャンダルも考える時間を与えない狙いがあるのでしょう。
 首相は今回の解散を与党幹部らに諮らず、官邸のごく一部で判断したと聞きます。与党側も統治能力が欠如している証左ではないでしょうか。今後、首相の解散権の制約を含む民主的な手続きのあり方が議論されるべきだと思います。 

―― 高市政権の何が問われているのでしょうか。
三浦: まず、「政治とカネ」の問題が総括されていません。首相は自民の「裏金問題」について「そんなことより」と発言しました。実際、前回選挙では非公認としたり、公認しても比例重複を認めなかったりした候補者に公認を出しています。「裏金」議員が再選すれば、決着とするのでしょう。
 与党側は将来的な議員定数削減も打ち出しています。他国と比べても日本の国会議員が多いわけではありません。一見身を切るように見える政策ですが、私たちの代わりに論戦をする人が減るということです。国会の行政監視の機能が弱くなり、民主主義の屋台骨が崩れていくと思います。

―― 高市首相の人気の高さをどう分析していますか。
三浦: 国民に渦巻く不満や不安が根底にあると思います。先進国で日本だけ賃金が上がらず、国際的な地位低下は明らかです。首相の強気の姿勢はそれらを覆い隠してくれる。外国人をスケープゴートにすることへの抵抗を引き下げてしまっています。心理は理解できますが、過去の歴史を見ると、これは非常に危険な傾向です。

―― 国際社会も大きな変革期を迎えています。
三浦: 米国はベネズエラへの軍事侵攻やグリーンランドの領有要求など法と秩序、民主主義を軽視する姿勢を強めています。日本は米国に追従ばかりするのではなく、多国間協調の国際秩序を守っていく立場をとるべきです。そのためにも日本は民主主義を壊さないように努力しなくてはならないと思います。

―― 野党側の動きはどう評価していますか。
三浦: 一昨年2024年の衆院選から少数与党の国会になりました。国民民主党や日本維新の会などが与党と「ディール(取引)」し、目玉の政策を獲得することで存在感を際立たせてきました。しかし、与党と近しい関係をてこに生き残りたい野党が増えたことで、深い論戦を展開することがなくなってしまいました。
 立憲民主党と公明党が中道改革連合を結成しましたが、集団的自衛権や原発再稼働など自民への対立軸だった政策を政権与党側に寄せてしまいました。これまでの立憲支持層の中には、取り残されてしまったと感じる人もいると思います。ジェンダー政策などでは高市政権との差は鮮明ですが、経済や安全保障で何が違うかを示してもらいたいです。

―― 選挙後の展望は。
三浦: 今回の総選挙の結果は見通せませんが、来年度当初予算の審議は遅れる見通しです。政治的混乱を招き、国民生活へも影響しかねません。内閣支持率と株価だけを見て、自分たちに有利な解散を打ったり、組織票をどう足すかという計算だけで動いたりしている状況が続けば、国民の政治への信頼は低下するでしょう。混乱への反動から、一気に異論を封じるような空気ができあがることを警戒しなくてはいけません。永田町だけの論理にとらわれず、長期的な視野で、腰を据えて市民とともに政党政治の枠組みを議論していく必要があります。

※ 三浦まり(みうら・まり、1967年東京都生まれ)
東京大社会科学研究所研究機関研究員などを経て現職。専門は現代日本政治論、福祉国家論、ジェンダーと政治。著書に『私たちの声を議会へ、代表制民主主義の再生』(岩波現代全書、2015年)など。


[写真]
インタビューに答える上智大の三浦まり教授=東京都千代田区で2026年1月22日

毎日新聞、2026/1/28 17:00
多すぎる選挙「解散権乱用」、「裏金」総括は?
野党は対立軸明確に

(聞き手・遠藤修平)
https://mainichi.jp/articles/20260127/k00/00m/010/152000c

posted by fom_club at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本思想の150年

2018(平成30)年は、明治維新から150年の節目の年。
その年に、日本近代思想を再考し、現代日本を照らし返す「記念碑的座談会」がありました。
出席者は、日本思想史研究者の苅部直(かるべ ただし、1965年生まれ)氏と先崎彰容(せんざき あきなか、1975年生まれ)氏、批評家の大澤聡(おおさわ さとし、1978年生まれ)氏と東浩紀(あずま ひろき、1971年生まれ、web ゲンロン編集長)でした。
その座談会から今回、先崎彰容のお話しを以下にご紹介:

第三項としての国民主義
 まず明治初期で取り上げたいのは、福澤諭吉(1835-1901)と西郷隆盛(1828-1877)と陸羯南(くが かつなん、1857-1907)の3人です。
 竹内好(1910-1977)の解釈に則れば、福澤諭吉の『文明論之概略』(1875年)は、日本の近代化のマニフェストであり、1945年までの日本のあるべき流れを最初に指し示した書です。
 対して、西郷の『南洲翁遺訓』(1890年)は、反近代の価値観を主張した最初の本として、右からも左からも評価されてきた。
 西郷は、征韓論を主張した人物として批判されることも多いのですが、『南洲翁遺訓』を読むと、征韓論的な西郷とは別の側面、近代に懐疑的なもうひとつの西郷像が浮かび上がってくる。
「近代主義の福澤」対「反近代主義の西郷」という竹内図式は、明治思想史の紋切り型としてある一定の有効性があった。
 そこに、ややマイナーな陸羯南の「国民主義」を導入することで、対立を突破したいというのが、まずはぼくの意図です。  

 明治初期の政治思想に関しては、最近、小林和幸(1961年長野県生まれ)『「国民主義」の時代、 明治日本を支えた人々』 (角川選書、2017年)、松沢裕作『自由民権運動、〈デモクラシー〉の夢と挫折』(岩波新書、2016年)といったすぐれた研究が現れています。
 それらを読むとわかるのは、当時はどんな政治的立場においても、天皇を基軸にして立憲主義体制をつくることが、ほぼ共通了解になっていたということです。
 つまり明治初期の政治的対立は、どのような権力をつくるのかではなく、だれが権力を運営するのかというヘゲモニー闘争の側面が強い。
 たとえば、自由民権運動は明治思想史では権力対反権力の図式、つまり保守対リベラル図式でしばしば理解されますが、陸羯南は、自由民権運動は民権を主張しているのではなく、幕末以来の不平不満を吐露しているだけだと批判しています。
 このような「だれが政府の運営をするのか」という権力争いを、松沢は「戊辰戦後デモクラシー」と表現しました。  

 つまり、戊辰戦争により所属先がなくなってしまった大量の人びとが現れたこと、また戦功を挙げた者たちが、当然の権利として自己の発言権の拡張を目指し運動したことが、日本のデモクラシーの原点にある。
 その観点からすると、自由民権運動とは、要は所属先をなくしアイデンティティーの危機に陥った人びとが、もういちど武士の身分に戻るための運動にすぎないとも言える。
 以上のような補助線を竹内図式に入れてみると、明治の思想はけっして近代と反近代という二項対立に還元できなかったことがわかります。

 平たく言えば、おれたちは戦争で勝ったんだから発言権を与えろ、というのが明治期のデモクラシーです。
 そこで発言権が与えられなかった人びとの最大勢力が自由民権運動であるにもかかわらず、歴史教科書などでは突出して高い評価を受けている。  

 陸羯南や谷干城(たに たてき、1837-1911)ら「国民主義者」の動きを今回、とくに見ておきたいのは、彼らが「保守主義」の立場から藩閥政府を批判しているからです。
 当時、藩閥政府は近代化の名のもと法治主義を進めていきます。
 すると、新しい法律は日本人の伝統的価値観から逸脱してしまう。
 たとえば1879(明治12)年に、谷干城が、軍人の死亡恩給に関する改正意見を出します。
 藩閥政府は戦死者の遺族にだけ恩給を支払う制度をつくったのだけど、これに対して日本の慣習では、親に渡すほうがふつうであるはずだと主張する。
 こういう政府批判が、保守主義の名のもとに出てきます。
 また、ぼくたちは、いまは天皇制と明治藩閥政府の政策を混同してしまいがちですが、さきほども言ったように、天皇の存在の重要性はどのグループでも自明の前提で、むしろ天皇によって体制を批判する動きが、これまた保守側からありました。
 たとえば元田永孚(もとだ ながざね、1818-1891)は、天皇は儒教における「天」を体現する存在だとみなして、明確に藩閥政府と切り分けた存在として考えている。
 つまり儒教的理念「天」によって、現実にある政府が相対化され、批判可能な視座が確保されている。
 このように、いまのぼくたちの目からすると古臭く見える学問を継承した人びとが、近代化を進める藩閥政府に対して異を唱える状況があった。
 リベラルな自由民権運動とは異なる、保守側からの政府批判が存在した。

 保守主義者は、西郷と問題意識を共有しつつも、藩閥政府の転覆には懐疑的だった。
 対外的危機を考えると、国内が分裂しないようにすべきだと考えていた。
 だから「国民」主義なんです。
 また、西郷のような要人による反体制運動だけではなく、陸羯南のような在野の思想家にも注目すべきです。
 そして、教科書的な「政府対反政府」の二項対立をズラしてみようと。

共通目標としての「文明」
 福澤と西郷には通底するところがあります。
 西郷には『文明論之概略』を読むことを弟子に勧めたという話があるし、福澤も西南戦争のときには、西郷が殺されないように、戦争を停止させ裁判に持っていこうと動いている。
 西南戦争の年の1877年に書かれた『明治十年丁丑公論』(のち1901年に出版)では、西郷を批判する世論を批判し、全面擁護の立場に立つ。
 苅部直さんのご指摘のとおり、福澤も西郷も「文明」に対しては同じようなイメージを持っています。
 儒教経由か西洋思想経由かという方法のちがいがあるものの、「文明」のイメージとして「寛容性」を強調するのは共通している。  

 そしてまた、明治10年代と20年代のあいだに断絶があるというのもおっしゃるとおりだと思います。
 陸羯南が現れる以前、明治10年代後半には自由民権運動の過激化と終息という前史があった。
 ちなみに、東浩紀さんは、今日は思想と文学の関連性が論点になるとおっしゃっていたけれど、坪内逍遥(1859-1935)の『小説神髄』(1885〜1886)が現れ、日本近代文学がかたち作られはじめたのも明治18年(1885年)ごろです。
 政治における反政府行動の激化・終焉と近代文学の始まりに同時性があるのは、興味深い暗合だと思います。

個人の解体と再構築
 明治中期および後半の思想を考えるためには、1895(明治28)年の日清戦争終結から1904(明治37)年の日露戦争開戦のあいだ、つまり日清戦争後の約10年間が重要だと考えています。
 というのも、この時期にはじめて国家との関係性が切れる「自我」が現れ始めるからです。  

 これは帝国主義の国際情勢のなかで日本が一定の成功を収め、国家目標が達成されたことによって、国家目標=自己実現の等式が取れたことに由来します。
 つまり個人の文学的存在(内面性)が露出してきたと解釈することができる。
 徳富蘇峰(1863-1957)は『大正の青年と帝国の前途』(1916年)で、最近の青年たちは天下よりもコスメチックな髪形を気にしたりすると嘆いています。
 天下国家を語ることが自己主張とイコールだった時代が終焉し、過剰に自己にこだわる人びとが、とりわけ青年層を中心に登場してくるわけです。
 たとえば内村鑑三(1861-1930)による英語の著作、『代表的日本人』(1894年)[★1]では、まだ西郷隆盛らの基礎的教養をなしていた儒教の「天」イメージに、自己を同一化できていた。
 内村は、『後世への最大遺物』(1897年)では、源氏物語が日本の文学ならそんなものは要らない、わたしは源氏よりもむしろ頼山陽(1730-1832)の文章を評価する、と言っています。
 このような漢文脈に根ざし、公的な関心に強く裏打ちされた内村的感性が、明治中期、次第に消えていく。
 そのかわりに浮上してくるのが、「天」とのつながりや、公的な関心を欠落させた、内面的「自我」という奇妙な代物だった。
 理念も公的な世界への関心も奪われた、ぶよぶよした不定形な自分という存在。
 この変化を敏感に感じ取ったのが、北村透谷(1868-1894)と高山樗牛(たかやま ちょぎゅう、1871-1902)です。
 彼らは日清戦争前後に活躍するわけですが、公的世界の常識に沿って立身出世を語る「昼の世界」を持ちつつも、一方では、あらゆる肩書に還元できない悲哀に襲われる。
 漠然とした不安に満ちた「夜の世界」について饒舌なくらいに語った。
 この内村的感性から透谷・樗牛への変化が、明治20年代から30年代、つまり自然主義文学登場以前の明治中期に関する、おおまかな見取り図になると思います。

★1 『代表的日本人』は1894年に Japan and the Japanese という題で出版され、1908年にRepresentative Men of Japan と改題・改版されているが、ここでは Japan and the Japanese の出版年を記した。

 まさにその石川啄木(1886-1912)は、樗牛をあこがれの対象と思い、批評活動を始めている。
 啄木は樗牛に可能性を見出しつつも、彼が晩年に日蓮という古典に傾倒し、未来志向でなくなったことに激しく失望し、批判する。
 啄木自身はちがう方向性を、時代を批評するための武器を求めて模索し死んでいく。

 1902年には岡倉天心(1863-1913)も「東洋の覚醒」を英語で書いています。
 そこには、日清戦争の勝利によって日本が誤解されているので、海外に対して「日本」――岡倉の場合は「アジア」というべきでしょうが――の価値観を説明しないとまずいという焦燥感が現れている
「東洋の覚醒」は一種の戦争プロパガンダのようにも読めます。
 そうした海外への紹介とは別に、ここでこだわりたいのもまた透谷です。
 思想史的に透谷が重要なのは、ラルフ・ウォルドー・エマソン Ralph Waldo Emerson(1803-1882)の伝記をはじめて日本で書いたことだと思います。
 透谷はクリスチャンでしたが、信仰に徹しきれない精神状態に陥り、近年、森本あんりが『反知性主義』(新潮選書、2015年)で指摘したような「自然と自己との合一化」という側面からキリスト教を受け入れることになる。
 それがエマソンの伝記として結実した。
 結果として、同時代に国木田独歩(1871-1908)が『武蔵野』(1901年)で描いたような、自然のなかでの自分探しの旅のイメージが浮上してくる。
 つまり、同じクリスチャンでも、内村が「天」の存在を強烈に意識できているのに対し、透谷には自己の方向性を見失い「自我」が溶解していくような感覚がある。
 この点は、樗牛も同じです。
 樗牛は「安心立命」という言葉をしきりに使います。
 彼は、精神の安定を支える絶対的ななにかを追い求め、「美的生活を論ず」(1901年)など一連の評論を書きますが、最終的には、なにに自己を一体化していいかわからなくなっていく。
「日本主義」だと絶叫し、すぐさま「日蓮主義」にはしる。
 ぼくはこの透谷・樗牛の混迷にこそ、いま再読すべき可能性があると思います。

 以上をまとめると、明治中期から後期は、儒教的な強い個人の解体が進むと同時に、不定形な「自我」が浮上してくる
 その成れの果てに、自然主義というラディカルに見えて、その実、青年たちの内に籠った現実への諦念が一定の共感を持って時代を代表する。
 そしてこの自然主義が持つ文学的特徴を、時代への批評性の不足だと批判した石川啄木がいて、明治を締めくくる。
 なんと言っても、啄木は、大逆事件に強い関心を抱きながら死んでいったわけですから。

※ 初出:2018年10月26日刊行『ゲンロンβ30』


webゲンロン、2018年8月13日 
日本思想の150年 ── 知識人、文学、天皇
(先崎彰容)
https://webgenron.com/articles/gb030_01

posted by fom_club at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月30日

国家のあり方を決める1票を投じるべき

 この「戦後最短の解散総選挙」はさまざまな場所でハレーション halation(一つのミスやトラブルが周りに悪影響を与えること)を起こしている。
 こうした事務手続きが進まないことによって、有権者が投票を思いとどまったり、投票する機会が失われるとすれば言語道断だ。
 民主主義の最低の要件は、「参加」にある。
 つまり、多くの人による選挙への参加、少なくとも投票ということによって有権者である国民の声を政治に反映するということが望まれている。
「手ぶら投票」の周知徹底を各自治体ならず、国や総務省もあらゆる機会で周知徹底する必要がある。
 そして投票率を上げ、多くの国民の声を集約できるようにする義務が、選挙行政をつかさどるところにはある。

・・・読売新聞 1/28(水) 22:07配信<「手ぶら投票」各地で、投票所入場券が「期日前」開始に間に合わず…投票日2日前に配布が完了する自治体も>へのコメント

 選挙におけるスローガンには秀逸なものもある。
 かつての公明党のスローガンであった「そうはいかんざき(神崎)」(2001年、当時の代表は神崎武法<かんざき たけのり、1943年生まれ)というのは、代表の名前をもじって入れたもので、多くの方が覚えているだろう。
 土井たか子氏が、駄菓子屋に扮した「変えさせないよ。憲法9条」も目標がはっきりしていた。
 最近の例では参政党の「日本人ファースト」というのは、アメリカのトランプ大統領の「アメリカファースト」を想起させるものだったし、国民民主党の「手取りを増やす夏」といのも端的なメッセージが分かり易いものだった。
 今回の選挙のこれらのスローガンも、国民にどれほど記憶に残るものとなるのか。
 それも選挙に対する関心を引き上げるには、十分な材料と言える。

・・・時事通信 1/29(木) 14:04配信<与野党、経済・生活を前面 衆院選のキャッチフレーズ>へのコメント

 政党交付金や調査研究広報滞在費は税金が原資だ。
 使途は法令で細かく縛られていないとはいえ、議員自身や「身内」である秘書の会社への支出は公正さを欠き、倫理的に問題だ。
 維新は「身を切る改革」を掲げ、政治とカネの問題で他党を批判して支持を広げてきた。
 今は与党であり、藤田文武共同代表を巡る問題も含めて「アキレスけん」となりかねない。
 国会では政治資金を監視する第三者機関の設置が決まったが、一連の問題を踏まえ、早期に具体的な制度内容を定めて動かしていくべきだ。

・・・「日本維新の会総務会長の高木佳保里(1972年生まれ)参院議員=大阪選挙区=が、自身の政策秘書が代表などを務める3社に約9年間で少なくとも計約2800万円の公金を支出していたことがわかった。秘書が代表を務める会社への公金支出は、藤田文武(1980年生まれ)共同代表も行っていたことが明らかになっている」(朝日新聞 2025年11月21日配信)へのコメント

高市早苗(1961年生まれ)首相が進退をかけるとした衆院選。通常国会の冒頭解散は60年ぶり戦後2回目で、解散から投開票まで16日間は戦後最短と、異例ずくめの選挙戦だ。
首相は、自民党と日本維新の会の与党で「過半数」の獲得を目標に掲げる。
野党の立憲民主党と公明党が結成した新党「中道改革連合」などと激突する構図から見えるものは何か―― 政治学者の白鳥浩(1968年生まれ、法政大学社会学部教授)さんに聞いた。

―― 超短期決戦が始まりました。
白鳥浩: 戦後80年を迎えた平和国家・日本の国家像を転換するのか、しないのか、を選択する重要な選挙です。高市首相がマクロな「国家論」を中心に語れば、対立軸となるべく結成された新党「中道改革連合」はミクロの「国民生活」を前面に掲げており、その比較になります。

国論二分する「高市カラー」とは……
―― 高市首相の公約をどう見ますか。
白鳥: 高市首相は、「国論を二分するような大胆な政策、改革に果敢に挑戦する」と述べました。では、国論を二分する政策とは何か。それは、「安保関連3文書の改定」と「インテリジェンス(情報収集、分析)政策」の強化です。
 防衛力の増強を図るため、安保関連3文書を改定したり、防衛装備品の輸出を非戦闘目的に限定する「5類型」を撤廃したりすれば、平和国家像が転換されていく可能性があります。
 インテリジェンスは、スパイ防止法の制定が念頭にあるのでしょうが、憲法3原則の一つ、基本的人権との関連で、大きな課題を含んでいます。

選挙制度の弊害が生んだ新党
―― 新党「中道改革連合」が誕生しました。
白鳥: 160人超の立憲と公明の衆院議員が参加して発足した中道改革連合は、小選挙区制中心の選挙制度の弊害により、誕生したと言えます。多党制の時代ですが、1選挙区1人しか勝てない選挙制度のため、立憲と公明が互いの主張を譲り合い、大きな塊を作る必要性があったのではないでしょうか。
 中道の公約は、恒久的な食料品の消費税ゼロが柱です。自民も、2年限定で食料品の消費税ゼロを訴えていますが、「検討を加速させる」としており、実現性は極めて不透明です。

小泉元首相をまねる?
―― 高市首相の解散表明の記者会見で印象的だったことはありますか。
白鳥: 高市首相は、解散表明の会見で「信なくば立たず」と述べました。尊敬する故・安倍晋三(1954-2022)元首相も使った言葉ですが、元々は、小泉純一郎(1942年生まれ)元首相の座右の銘です。国会で郵政民営化が否定されると、国民に聞いてみたいとした小泉氏ばりに、首相も「高市早苗に国家経営を託していただけるのか、国民の皆様に直接ご判断をいただきたい」と訴えました。小泉、安倍両氏の系譜を継ぐのは自分、という意識があるのではないでしょうか。
 高市首相が、自分でよいのか、それとも別の人間かを問う「首相選択」を訴えたのは戦略的だと思います。中道は、連合と創価学会というそれぞれ異なる支持母体を持つ政党が合流しました。このため、共同代表制を取らざるを得ず、共同代表の一人の斉藤鉄夫(1952年生まれ)氏は、もう一人の野田佳彦(1957年生まれ)氏が首相候補にふさわしいと発言しましたが、わかりにくさがあり、その点を突いたのだと思います。
 中道はもっと政権を取りに行く姿勢を鮮明にすべきです。比較第1党を目指すとしているが、それでは、政界再編につなげるのは難しいのではないでしょうか。政権交代を果たしてこそ、求心力が高まると思います。

高市首相にとっての“誤算”
―― 連立政権の枠組みが変わって初めての国政選挙です。
白鳥: 自民は公明が連立政権を解消しても、四半世紀を超す選挙協力の積み上げに期待したが、新党結成で状況は一変しました。保守的な高市氏が首相になったが、参政党に奪われていた票を取り戻すことも、容易ではないでしょう。
 連立政権のパートナーが、「ブレーキ役」だった公明から、「アクセル役」の維新に変わり、政策は右に振れてはいるが、多様な思想を持つ議員が所属する自民には限界があるためです。高市首相は、自らの支持率の高さから、与党で過半数を目標としたが、高市首相の人気が政党支持率に結びついているとは言えません。
 厳冬期の選挙です。外出を控える雪国を中心に、交流サイト(SNS)が一層威力を発揮するのではないでしょうか。情報発信で積極的にSNSを駆使する国民民主党や参政は票を伸ばす可能性が高いと思います。

権限強すぎ、まともな競争ならぬ
―― 最近、衆院選が多すぎます。
白鳥: そもそも、まだ前回の衆院選から1年3ヶ月です。解散・総選挙によって、約855億円の費用が投じられると言われています。これだけの膨大な費用を、一人で使える首相の権限が強すぎるのではないでしょうか。
 法制化は難しいでしょうが、例えば、衆院議員の任期4年のうち2年は解散しないなど、内規や慣習的に申し合わせることを検討すべきだと思います。首相に圧倒的に有利な状況で解散されれば、まともなコンペティション(競争)になりません。
 選挙戦の政策領域は多岐にわたります。有権者は考察力が働きすぎて投票先を決められず、投票しないのが一番いけません。関心ある分野を絞ることを勧めます。SNSで情報を得るにしても、リテラシーを持ち、国家のあり方を決める1票を投じるべきです。

※ 通常国会冒頭解散は60年ぶり
 通常国会の冒頭解散は1966年以来60年ぶり戦後2回目で、1月召集となった1992年以降では初めて。
 今回の解散は、内閣の助言と承認による天皇の国事行為を定めた憲法7条を根拠としている。
 解散直前に、野党の立憲民主党と公明党が新党「中道改革連合」を結成し、与野党2大勢力が対決する構図。
 2026年度当初予算案の2025年度内成立は困難で、11年ぶりに暫定予算を組む見通し。


[写真‐1]
白鳥浩・法政大大学院教授=東京都千代田区で2025年6月13日
[写真‐2]
記者会見で衆院解散を表明する高市早苗首相=首相官邸で2026年1月19日午後6時半
[写真‐3]
中道改革連合の結党大会で、気勢をあげる野田佳彦共同代表(中央左)、斉藤鉄夫共同代表(同右)ら=国会内で2026年1月22日午後2時59分
[写真‐4]
衆院解散後、記者会見する小泉純一郎首相=首相官邸で2005年
[写真‐5]
衆院が解散され万歳する議員ら=国会内で2026年1月23日午後1時4分

毎日新聞、2026/1/29 05:00
「平和国家像の転換」を問う衆院選
政治学者が読み解く高市氏の系譜

(聞き手・岡崎大輔)
https://mainichi.jp/articles/20260128/k00/00m/010/294000c

posted by fom_club at 06:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月29日

百花斉放

 丹羽宇一郎(1939-2025)駐中国大使(from 2010 to 2012)が近く更迭されるという。
 丹羽大使が英国のメディアに「石原東京都知事による尖閣購入計画は日中関係を緊張させる」と述べたことの責任をとらされたという。
 民主党政権は、外務省の専門職たる大使を排除して、わざわざ丹羽氏という商社マンを大使に任命した経緯からすれば、当初の民主党の思惑が失敗したことを意味する。
 今回、民主党政権が大使の罷免を求める野党(自民党など)の圧力に屈して、もともと自らが選んだ駐中国の大使を不信任した行為は、民主党政権の挫折であるのみならず、日本外交の挫折でもあると言わざるをえない。

 なぜなら、出先の大使としては、自分が駐在する外国(任国)と祖国日本との関係をできるかぎり良好にするために日夜腐心するのが任務の第一であるからである。
 したがって、丹羽大使の発言は極く当たり前のことであり、本来ならば勇気ある言葉として推奨されることがあっても、批判されるような筋合いではないからだ。
 ところが、外務省は「丹羽は国賊である」と非難する外部の圧力に屈してしまった。
 何故、外務省は「丹羽大使の発言は妥当である」として身を張ってでも丹羽大使を擁護しなかったのか、かつて外務省で働いたことのある筆者としては理解に苦しむ。
 戦時中外務省は対外強硬論を吐く軍部の圧力に屈して、対中、対米戦争の動きに抵抗せずに、結局は敗戦という国家の崩壊を招いたことの責任を忘れてしまったのであろうか?

 外務省が出先の大使を信用しないのであれば、日本は有効な外交政策を遂行できなくなる。
 とくに対中国政策においてある。
 他方、米国政府は、中国系の元商務長官のゲイリー・フェイ・ロック Gary Faye Locke(1950年生まれ、中国名・駱家輝)を北京に大使として派遣している(from 2011 to 2014)。
 ロック大使はオバマ大統領の個人的な信任が厚いうえに、米国籍の華僑であるがゆえに、中国政府にも厚く信用されている。
 同大使が、最近中国人盲目の民主派のひとりの米国への実質的な亡命を助けるという困難な外交的案件の処理に成功したのは、同大使が米中首脳によって厚く信頼されていたからにほかならない。

 このように米中間には、相互に信頼できる対話のチャネルが存在している。
 出先の大使を軽々に更迭する無神経な民主党政権は、対中外交を処理する能力を欠いていることをまたしても露呈したのである。
 日中は、本年2012年9月に「日中国交回復40周年」を迎えることになっている。
 このような出先の大使を大事にしない民主党政権はまともな外交をおこなうことを期待できそうもない。


百花斉放、2012-07-25 12:18
丹羽駐中国大使更迭の意味合い、日本外交の挫折
(吉田重信・日中関係研究所主宰、元上海総領事)
https://www.jfir.or.jp/cgi/m-bbs/index.php?no=2465

 平林博氏の2011年3月27日付け本欄への投稿「『百花斉放』を政権ないし政党を論じる場とするのをやめよう」に違和感を覚えるとともに、また本掲示板のあり方の基本に関する問題でもあるので、コメントする。

 本欄が政策提言の場であることには、もとより異論がない。
 しかし、 平林氏も認めているとおり、本来、政策論と政党論とは切っても切れない關係にある。
 これを切り離して論じれば、抽象的な空理空論になる懸念がある。
 歴史学においても、歴史を動かす人びと、つまり政治結社の性質、指導者の動向などを把握しないかぎりは、かれらの政治的主張、つまり、政策を理解することができない。
 まして、わが國においては、戦後の議会制民主主義の実際の運用に関連して、歴史的な意義をもつ政権交代が起こった。
 したがって、今後の政局の行方を論じるためには、二大政党である民主党と野党である自民党の政策を比較検討するとともに、それらの政策を主張している各政党の体質や指導者の資質の良非を問うことが、主権者である国民にとっても必要である。
 これまで、英米仏などの先進国における優れた政治評論においては、政党批判の観点も重要視されてきた。
 たとえば、アダム・スミス Adam Smith(1723-1790)の『道徳感情論』(1759年)や『国富論』(1776年)などの優れた政治経済論においては、当時存在した政党への批判が含まれていたことに歴史的価値が認められている。

 問題は、論者の主張の中身の質である。
 内容が単なる個人中傷や感情論の域を出ないか、あるいは質の高い政治経済論になるかは、結局は各筆者の学識と良識に任せるしかないと考える。
 また、それは読者が判断する問題でもある。

 結論として、本掲示板は、自由で、知的な討論を旨とすべきであって、あらかじめ政党論を禁じるという規制をするのでは、中国などの独裁国と同じことになりかねないと考える。
 また、本掲示板には、投稿の際に守るべき一定の基準が掲示版の約束ごととして明示されている。
 したがって、もし編集者からみて、その基準にそぐわないと思われる内容の寄稿文があれば、そのような投稿に対しては、掲載しないか、あるいは編集者が一部修正のうえ掲載すればよいと考える。
 現実に、これまで本掲示板の編集者は、そのような方針で対応してきたと諒解している。
 本掲示版においては、各寄稿者の良識と編集者の裁量によって、規制によってではなく、自然に「良貨が悪貨を駆逐する」ようになってほしいものである。
※ 「グレシャムの法則(Gresham's Law)」は「Bad money drives out good.」 。

 平林氏の主張の本旨も同じであったのではないかと推察する。


百花斉放、2011-04-03 10:32
「百花斉放」のあり方は、規制ではなく、良識によって
(吉田重信・ 政治論専攻、元上海総領事)
https://www.jfir.or.jp/cgi/m-bbs/index.php?no=2017

※ 公益財団法人「日本国際フォーラム」(The Japan Forum on International Relations,.Inc.)
https://www.jfir.or.jp/
・ e論壇「百花斉放」の運営
https://www.jfir.or.jp/jp/e_forum/#e_forumoperation

「百花斉放(ひゃっかせいほう)」は全ての花が一斉に咲きそろう意から、多様な文化・芸術活動が自由に行われることをいう。中国建国の父で共産党を率いた毛沢東(1893-1976)は1956年、「百花斉放・百家争鳴」と唱えて芸術や学問分野などで自由な議論を促した
「いちいち党員の顔色をうかがわなければ仕事ができない」(新聞編集長)といった党批判まで出ると一転、知識人弾圧を始めた。最初から危険分子をあぶりだす狙いで「百花斉放・百家争鳴」と唱えた可能性が強いらしい。天児慧(あまこ さとし、1947年生まれ)氏の著書『中華人民共和国史』(岩波新書新版、2013年)に教わった。
 先日、中国の大学統一入試の作文で「百花斉放」が出題された。「花が一輪咲いても春ではなく、いろんな花が咲いて(百花斉放)こそ春満開」などの文章を使い、自分の考えを八百字以上でまとめよ――
 花が一輪、で始まる文は習近平(1953年生まれ)国家主席が以前、国際関係について語った言葉で、自国の価値観で他国に干渉する米国をやゆしたとされる。出題では習氏の言葉と明示されたという。ネット上で「政治思想を問うのか」と疑問の声が出たのもむべなるかなと思える。
 毛は「百花斉放・百家争鳴」を唱えた際、いかなる政府も欠点については批判を受けるべきだとして、こう語ったという。
「言う者に罪無し」
 入試で好ましからざる文を書いた受験生の場合、「罪有り」と咎(とが)められるかはともかく「点無し」の憂き目にはあう気がする。

東京新聞・筆洗、2023年6月16日 07時05分
「百花斉放(ひゃっかせいほう)」は全ての花が一斉に咲きそろう意
https://www.tokyo-np.co.jp/article/256978

※ 吉田重信(1936年生まれ)
 2011年11月19日、「日本中国友好協会・千葉支部主催 中国講演会」の講師を勤めたのは、元上海総領事の吉田重信氏。
 吉田氏は大学卒業後35年間外務省一筋。ハイライトは1972年、日中首脳会談のお膳立てのための訪中で周恩来(1898-1976)総理主催の歓迎宴に出席し、1976年、周総理死去に始まり四人組逮捕に至った中国の激動の一年を、北京日本大使館政治班の一員としてつぶさに見聞したことなど。

「でも、外務省に入省したとき、憧れていた中国大陸にいずれは行けるだろうと期待して中国語を選択したのに、研修先は何と台湾大学だったんですよ」

 ところが、これが幸いし、おかげで国際情勢を多角的にみる視野が広がり、貴重な財産になっているそうだ。
 外務省の先輩としては、敢えて辛口の採点を辞さない。
「戦後一貫してアメリカに追随した結果、日本は外交のグランド・デザインを描けていない」と明言する。
 また、「日本・米国・中国を動態的な〈三角形関係〉として捉えている」とも。
 氏は外務省を退職後、「日中関係問題研究所」を主宰する一方、地元の横浜で「憲法9条の会」の一員などとして熱心に運動している。
 また、かつて「アメリカン・フィールド・サービス」(AFS=高校生交換留学計画)により米国に留学した日本人OBたちが、いまや世界からの高校生を日本に受け入れるプログラムに協力して、毎年中国の高校生1、2人をショート・ステイとして家庭に受け入れるのが、同氏の生きがいであるという。

[写真]中国人留学生とともに(右端)
日本中国友好協会・私と中国、2011年12月15日号
まだ続く「中国への長い旅」
(田中)
https://www.jcfa-net.gr.jp/watashi-chuugoku/2011/111215.html

posted by fom_club at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

丹羽宇一郎、戦争に近づいてはいけない

 石破茂(1957年生まれ)の「政治の師」、田中角栄(1918-1993)の最大の教えが「あの戦争に行ったやつがこの国の中心からいなくなった時が怖い。だから、よくよく勉強してもらわねばならない」だった。「あの戦争」とは1937年に始まった日中戦争と、1941年開戦の太平洋戦争だ……
 ヤッホーくんのこのブログ、2026年01月24日付け日記「言うべきことを言わない世の中だと国は道を誤る」を読んでくださいねってヤッホーくん。
http://fom-club.seesaa.net/article/519810973.html

 今日は丹羽宇一郎(1939-2025。12月24日老衰で死去)! 2010(平成22)年6月、伊藤忠商事の相談役取締役など、当時就いていた役職はすべて退任し、菅直人内閣によって駐中国大使に任命された。民間人が大使に任命されるのは戦後初めてのことだった。2012年11月に離任して日本に帰国。

2025年12月24日、伊藤忠商事の元社長で、中国大使も務めた丹羽宇一郎氏が老衰のため逝去しました。
丹羽氏は、日本が二度と戦争をしないために「戦争に近づいてはいけない」というメッセージを届け続けてきました。
丹羽氏の魂の言葉を込めた新刊『Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない』(東洋経済新報社、2026年1月)の校了直後に、その訃報に触れ、刊行を誰よりも望んでいた丹羽氏に手渡すことができなかったことが残念でなりません。
「平和はバラ色の世界では決してない。むしろ、戦争よりも不愉快なことを我慢しなければならない」と熱く語られていた丹羽氏が忘れられません。
丹羽氏が新刊の中で若い人に託したメッセージを多くの人に届けたく、ここに掲載します。

戦争を望む人類はいない

 人類が生存する限り戦争が姿を消すことはない――。この絶望的な状況が過去から現在まで、そして現在から未来に向かっても疑いなく、永遠に続くことは歴史の語るところです。
 平和を望まない人はいません。しかし平和は、砂漠の蜃気楼(しんきろう)のようにぼんやりと姿を現してはすぐに消えてしまいます。
 パレスチナを見ても、ウクライナを見ても、その惨状に心を痛めない人はいません。誰もが戦争などすぐにやめればいいのにと思うはずです。にもかかわらず、戦争は終わりません。
 これからの世界のことを考えると、とても暗い気持ちになります。でも、この絶望的な未来から逃れることはできません。

 世界のどこかで戦争が起きても、日本には関係ない、自分たちには関係ないと拱手傍観(きょうしゅぼうかん)できますか。
 日本は80年戦争をせずに経済発展をしてきたのだから、これからも平和だと楽観できますか。

 私には、日本はどんどん戦争に近づいているように見えます。そして国民も、それを望んでいるかのようにさえ見えることがあります。

 日本がどこかの国へ戦争を仕掛けることはないと思います。しかし、NATOのような同盟関係の中にある国は、同盟国のいずれかが戦争になったら、自国と対立していない国が相手でも参戦することはあり得ることです。事実、ドイツはNATOの一員として、すでに何度か軍事行動に出ています。自動参戦ではないにせよ、同盟関係によって戦争に巻き込まれる可能性のあることは、第一次世界大戦、第二次世界大戦の例を見ても明らかです。

戦争になれば一般市民も招集される
 歴史とは勝者の記録ですから、勝者の記した戦争はすべて自衛のために行われたことになっています。
 アメリカに至ってはイラク戦争でさえ「先制的自衛」と称して、自衛のために攻め込んだのだから侵略ではないとしました。ロシアのウクライナ侵攻も、ロシア側からすれば、NATOの拡大を防ぐための「先制的自衛」となるでしょう。

 攻め込まれたから戦うというのは、大義名分として申し分ない正義の戦いのように見えますが、攻め込んでも攻め込まれても、いずれにせよ一度始まった戦争は、資源とお金を浪費し人命を犠牲にしても止まりません。

 いかなる戦争でも当事者は常に正義は我にありとします。正義は我にありと力対力で相手を制圧し、平和を勝ち取るという姿勢を続ける限り、戦争は長期化するし犠牲者が増えるばかりです。この戦争の様相は未来も変わらないでしょう。

 そして、最後に行き着くのは第三次世界大戦です。
 そのとき戦争に参加せざるを得ないのでしょうか。
 いったい誰が銃をとって戦うことになるのでしょうか。

 兵器システムが高度化している現代の戦争では、一般市民が突然銃をとって軍隊に加わっても戦力にはならないと言われています。

 一方、世界で国民皆兵制を軍隊編成の基本にしている国は、依然として少なからず存在します。隣国の韓国、北朝鮮や渦中のイスラエル、ウクライナもそうですし、台湾は徴兵制を復活させました。

 現在のアメリカと欧州は志願兵制がほとんどですが、ドイツ、フランス、イギリスでは徴兵制復活の議論が起きています。日本と同様、長年にわたり平和を維持している北欧4ヶ国は以前から徴兵制を敷いていました。中国も事実上は志願兵制ですが建前としては国民皆兵制です。国民皆兵制の国では、戦争になれば一般市民も兵士として招集され、プロに混じって銃をとり戦うことになります。

 欧州諸国もアメリカも志願兵制ですので、原則、戦闘を行うのはプロの軍人です。アメリカはイラク戦争でも志願兵だけで戦っていました。しかしそのアメリカも、ご存知のとおりベトナム戦争までは徴兵制を採っていました。第二次世界大戦のときも朝鮮戦争のときも徴兵制でしたので、歌手やスポーツ選手などの有名人も兵士として戦闘に参加しています。欧州でも、徴兵制から志願兵制に移ったのは最近のことです。

銃をとるのは、その時代に生まれた若者たち
 日本が戦争をする国になったとき、志願兵制を採用するか、徴兵制を採用するかはいまのところわかりません。
 現在の日本人の多くは、日本が戦争になれば戦うのは自衛隊で、自衛隊員でない人は銃後にいると考えているようですが、日本が戦争をする国になって、実際に戦争が起きたとき現行の制度のままというのは考えにくいことです。

 日本が他国を攻撃するような国となったときには、現在の自衛隊の人員や装備では絶対的に不足で、大規模な増員と装備の増強が必要となります。このとき動員されるのが国民であることは間違いありません。

 アメリカや欧州諸国のような先進国で、軍事的にも力のある国が徴兵制から志願兵制へ切り替えたのは、兵器システムの高度化のみならず、ソ連崩壊後の世界でNATOの脅威となる相手がいなくなったことも大きいように思います。つまり、脅威となる敵国がいなくなったので、軍事にかけていた人的・物的資源を減らしたと言えます。

 しかし、アメリカや欧州でも、もしこれから先、自国が危機となるような戦争になったときには、再び国を守るのは国民の義務だと、国民皆兵制・徴兵制へ舵を切ることは十分あり得ることです。

 軍事的に弱い国を相手に、余裕のある戦争をしているうちは志願兵だけでよくても、いよいよ余裕がなくなってきたときには、国民総動員ということが起きるのではないでしょうか。

 そのとき、兵士となって銃をとるのは、不運にもその時代に生まれ合わせた世代ということになります。未来の日本が戦争に突入し、危急存亡の事態となったときも同じことが起きるでしょう。日本がこのまま戦争に近づき続けていけば、その不運な人は、Z世代の若い人たちか、その子供たちかもしれません。
※「Z世代」は、1990年代半ばから2010年代序盤に生まれた世代で、日本では脱ゆとり世代にあたる。

日本は決断と覚悟が求められる時期
 世界から戦争がなくならない限り、日本も戦争しないという保証はありません。世界では常にどこかで戦争が起きています。東アジアも安全ではないことは周知のとおりです。

 日本の平和をどう守るのか。
 戦争をして守るのか、戦争することなく外交交渉とさまざまな分野の話し合いで守るのか。
 いずれを選択するにせよ、私たちはこれからも争いの絶えない世界で、生きていかなくてはならないことを肝に銘じておかないといけません。

 私は戦争のなくならない世界で、日本が戦争をしない道を選択することは、けっして不可能でもなければ非現実的な夢物語でもないと考えています。
 ただし間違いなく困難な道です。
 戦争をしない道を選ぶことも、覚悟を持って臨まなければなりません。

 無論、武力を強化して力で平和を維持する道も、もう1つの選択肢です。この道を選んでも、日本は重い負担を背負うことになります。単に強がっているだけでは蟷螂の斧(とうろうのおの)ほどの力もありません。

 そろそろ日本は決断と覚悟が求められる時期と思います。

 戦争をしない道を選ぶにせよ、力対力の戦争をする道を進むにせよ、タイムリミットは迫ってきています。若いみなさんは、どちらの道を行くことになるのでしょうか。

 戦争のない世界が明るい未来とするならば、現在の私たちの行く手には暗黒の世界が広がっているようにしか見えません。しかし、絶望だけのこれからではありません。私たちの世界には仄かな希望の光は確実にあります。

 そうです。闇の中の唯一の光は、若いみなさんです。光源はみなさん自身の他にはありません。

日本が歩む道は、未来を生きる若い人が決めること
 未来の日本がどのような道を歩むにしろ、その前提として世界が平和でなければなりません。
 若い人が世界をステージに行動するには、世界が平和であることが必要です。
 世界の平和のためには、まず私たち日本人が平和を守り、平和を大事にすることから始めなければならないと思います。

 そのためには、不愉快な平和にも耐える強靭さも持ってほしいと思います。
 平和な世界のための強さとは、力の強さではなく、精神の強さではないでしょうか。

 かつて旧軍部は精神力を力説し、それに呼応して強硬派の論客たちも日本精神を自画自賛し、その発揚を喧伝していました。今日でもそうした主張は見られます。

 しかし、著しい人口減少と経済が後退している日本に、他国と戦争するだけの体力はあるのでしょうか。
 そのとき、銃をとって闘うのは誰でしょうか。
 国際問題を力対力で相手をねじ伏せて解決しようとすれば、戦いは長引き夥しい犠牲を出すことになります。そのような姿勢は果たして日本に適しているのでしょうか。

 未来の日本を導く人の精神の強さとは、夜郎自大(やろうじだい)でもない、自己欺瞞に満ちた精神力でもない、平和な未来を築くための忍耐力です。私たちの忍耐は、戦災の惨禍や窮乏、戦場の飢えに耐える忍耐ではなく、戦争をしない忍耐です。

 これからの日本がどういう道を歩むのか―― それは、これからの未来を生きる若い人が決めるべきことです。
 願わくば、日本人と世界の人々が平和に幸福を追求できる世界であってほしい。しかし、それも未来を生きる若い人が決めることです。

 世界は大きく動いています。すでに若い人を中心に、多くの人が世界と直接つながる手段を持っています。世界とつながることのできる人は、世界を現地の視界で見るべきです。そこには必ず先入観を超える景色が広がっています。

 世界が見えれば行くべき道も見えてくるはずです。


[写真]
大人が始めた戦争を戦うのは誰か、君たちはどのような選択をするのか

東洋経済オンライン、2026/01/28 7:00
「君たちは戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない」
丹羽宇一郎氏がZ世代に託した最後のメッセージ

(丹羽 宇一郎 : 日本中国友好協会名誉会長)
https://toyokeizai.net/articles/-/930900

posted by fom_club at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月28日

トマホーク配備

Ex-CIA Official on What Xi Jinping's Purge of Top Chinese General Reveals
(Bloomberg Television)
https://www.youtube.com/watch?v=PoFwsigawoA

 中国の国防省によると、中央軍事委員会(CMC)の副主席で、中国共産党政治局員でもある張又俠 General, Zhang Youxia(1950年生まれ) に対する調査を開始したという。軍の内部で張は習近平 Xi Jinping(1953年生まれ、General Secretary of the Chinese Communist Party since 2012)国家主席より多くの人脈を持つと言われ、アメリカの支配層との結びつきも強い。中国政府は軍への影響力を強め、国内の結束を強めようとしているのかもしれない。

 1月24日に発表された声明では、「重大な規律違反および法律違反」の疑いがあるとされていたが、詳細は明らかにされていない。昇進させる代償として賄賂を受け取っていた容疑がかけられていると言われているが、​アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル紙は1月25日、張又俠が中国の核兵器開発計画に関する情報をアメリカへ漏らした疑いがあると報じている​。
https://www.wsj.com/world/china/chinas-top-general-accused-of-giving-nuclear-secrets-to-u-s-b8f59dae

 こうした情報が正しいのかどうかは不明だが、ウクライナでロシアに敗北したアメリカはベネズエラ大統領を拉致したのに続き、イランを攻撃する姿勢を見せ、東アジアでは日本を使って軍事的な緊張を高めている。

 これまで繰り返し書いてきたように、日本の軍事力増強は1992年2月にアメリカ国防総省で作成されたDPG(国防計画指針)の草案に基づいている。この指針は当時、国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツが中心になって書かれたことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれているものだ。

 このドクトリンの前提は1991年12月のソ連の消滅でアメリカは唯一の超大国になったということ。ネオコンはそのように確信、世界制覇戦争を始めようとしたのだが、そのドクトリンにはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設すると書かれている。ドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるというように理解できる。

 また、旧ソ連の領土内であろうとなかろうと、かつてソ連がもたらした脅威と同程度の脅威をもたらす新たなライバルが再び出現するのを防ぐことが彼らの目的だともしている。西ヨーロッパ、東アジア、そしてエネルギー資源のある西南アジアが成長することを許さないということだが、東アジアには中国だけでなく日本も含まれている。

 こうしたアメリカの独善的な計画が危険だということを日本の政治家も理解していたようで、1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗するが、94年4月にこの政権は崩壊。1994年6月から自民党、社会党、さきがけの連立政権で戦ったものの、押し切られている。

 日本側の動きを潰したのはネオコン人脈だ。マイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補(当時)に日本の動きを危険だと報告、1995年2月になるとジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令した。そのレポートには10万人規模の駐留アメリカ軍を維持し、在日米軍基地の機能を強化、その使用制限は緩和/撤廃されることが謳われている。

 沖縄ではこの報告に対する人びとの怒りのエネルギーが高まるが、そうした中、3人のアメリカ兵による少女レイプ事件が引き起こされ、怒りは爆発する。日米政府はこの怒りを鎮めようと必死になったようだ。

 こうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、1995年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃された。

 1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に1985年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。この旅客機が墜ちる前、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づく記事で、自衛隊の責任を示唆している。この1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンへ急ピッチで組み込まれていく。

 アメリカでジョージ・W・ブッシュ政権が登場した2001年の4月に小泉純一郎が総理大臣に就任、その年の9月11日にはニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、アメリカはネオコンの予定通り、世界征服戦争を開始、日本も従うことになる。

 自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、それに続いて2019年には奄美大島と宮古島、そして2023年には石垣島でも施設を完成させた。

 こうした軍事施設を建設した理由を​アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」は2022年4月に発表した報告書で説明している​。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するというアメリカ軍の計画に基づいているのだ。中国を軍事攻撃する準備にほかならない。

 この報告書が作成された当時、アメリカは日本が掲げる専守防衛の建前、そして憲法第9条の制約を尊重していた。そこでASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力するという形にするとしていたのだが、2022年10月になると「日本政府がアメリカ製の巡航ミサイル『トマホーク』の購入を米政府に打診している」と報道されている。核弾頭を搭載でき、亜音速で飛行、最大射程距離2500キロメートルの巡航ミサイルを日本政府は購入するというのだ(※1)。中国に対する戦争を準備していると見られても仕方がない。

 日本では陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として昨年3月、敵基地攻撃能力を一元的に指揮する統合作戦司令部が編成された。これは2015年5月から2018年5月までアメリカ太平洋軍の司令官を務めたハリー・ハリス海軍大将の提案に基づくという。

 ハリスが太平洋軍司令官から退いた2018年5月、アメリカ軍は太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更しているが、そのインド太平洋軍司令部と調整することが自衛隊で統合作戦司令部が編成された理由だという。自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入るということだろう。

 統合作戦司令部が編成された理由として「台湾有事」を挙げる人もいるようだが、高市早苗首相は昨年11月7日、衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言した。

 歴代の日本政府と同じように高市首相も「ひとつの中国」を受け入れているようなので、彼女の発言は中国で内戦が始まった場合、日本は中国に対して宣戦布告するという意味になる。干渉戦争だ。

 また、高市首相は11月11日、衆院予算委員会で「核を保有しない、製造しない、持ち込まない」という非核3原則を堅持するかどうかという質問に対して明言を避けている。これまで繰り返し書いてきたことだが、アメリカのCIAやNSAの分析官は日本が核兵器を開発していると確信、監視してきた。

 高市首相の台湾有事に関する発言を単純な「舌禍事件」だと理解するべきではない。その背後にはアメリカの対中国戦略があり、その戦略に従う日本の動きがある。日本で中国を敵視する雰囲気が作られているのも戦争の準備だろう。そうした東アジアの状況に張又俠は対応できないと習近平国家主席は考えたのかもしれない。(※2)


note・櫻井ジャーナル、2026年1月27日 23:41
日米が東アジアの軍事的な緊張と高める中、中国で中央軍事委員会副主席が失脚
https://note.com/light_coot554/n/n7e60767c1282

(※1)2024年1月18日、防衛省はアメリカ政府とトマホーク購入契約を締結した。 ミサイル取得費が1,694億円、イージス艦に搭載する関連機材費が847億円であり、2025年度から27年度にかけて順次納入される。海自は横須賀(神奈川県)、舞鶴(京都府)、佐世保(長崎県)、呉(広島県)の各基地にイージス艦計8隻を保有する。
 米国製巡航ミサイル「トマホーク」が神奈川県横須賀市などの海上自衛隊4基地を母港とするイージス艦へ配備される計画をめぐり、配備に反対する市民団体が2025年11月、市内外から集めた配備撤回を求める1万8千筆を超える自筆署名を添え、国へ配備撤回を求める請願書を市議会議長宛てで提出した。「トマホークを配備するということは、戦争の加害国になりうる」と懸念。市長にも要望した。

市民団体「戦争加害国になりうる」
 提出したのは、市内の平和団体など主要8団体が呼びかけてつくった「トマホークアクション2025」。5月から約6ヶ月かけて駅前での演説や知人らへ呼びかけをした。1万8269筆のうち、横須賀市民は3936筆(21・6%)だった。オンラインでも1万3千筆近くを集めて参考資料として提出した。
https://cvn.jpn.org/pdf/2025/06/SKM_300i25053111330.pdf

 トマホークは核弾頭と通常弾頭の両方が搭載できる巡航ミサイルで、長さは6メートル以上、射程は1600キロ。飛行速度は時速920キロだが、低空を飛ぶためにレーダーに捕捉されにくいとされる。

 日本政府は現下の安全保障環境を背景に、2022年に閣議決定した「国家安全保障戦略」など安保関連3文書に敵基地攻撃能力の保有を盛り込み、2023年の日米防衛相会談でトマホーク400発を2025〜2027年度に順次米国から取得する計画を決定した。

 昨年2024年3月に米海軍横須賀基地のイージス艦内で海自隊員がトマホークの兵器管制システムを教わる訓練の様子が公開され、今年2025年9月に海自横須賀基地で模擬トマホークのイージス艦「ちょうかい」への搭載訓練が行われた。

 トマホークの実績は古いが、現役の兵器だ。米海軍横須賀基地を母港とする空母や駆逐艦などが参戦した湾岸戦争とイラク戦争で先制攻撃に使われたのをはじめ、昨年はイエメンの反政府組織、今年2025年6月にはイランの核施設への攻撃にも使われた。

 ロシアの侵攻に対峙(たいじ)するウクライナがトマホークの供与を米国に求めた際、トランプ米大統領は「非常に危険な兵器で、戦争の大幅なエスカレーション(拡大)につながってしまうかもしれない」と述べている。

「横須賀市民九条の会」の岸牧子さん(69)らは「街頭では抑止力に必要と話す人もいたが、若い世代からは近くにミサイルがあるのは怖い、攻撃されるからイヤだという声があった」と指摘。「横須賀市は旧軍港市転換法に基づき、平和産業港湾都市をめざしている。だからこそ、全国と連携し、日本が他国を攻める兵器を持つことに反対する署名を呼びかけた」という。2025年12月2日に県議会議長にも同様な要望を行う。


[写真]
実物大のトマホークを描いた横断幕で配備撤回をアピールする市民団体=2025年7月、神奈川県横須賀市

朝日新聞、2025年12月3日 7時00分
巡航ミサイル「トマホーク」の配備撤回を
横須賀市議会に署名3万筆

(具志堅直)
https://digital.asahi.com/articles/ASTD20H3NTD2ULOB00DM.html

(※2)「台湾有事への介入」発言で中国の強い反発を招いた高市早苗首相が、再び台湾有事の際には日本人と米国人を救出すべきだと主張し、中国側の反発が強まっている。

 2026年1月28日の朝日新聞や日本経済新聞(日経)などによると、高市首相は前日、テレビ朝日とのインタビューで「台湾と日本の距離は東京と熱海ほどだ」とし「そこで大きな事態が起きた場合、日本は台湾にいる日本人と米国人を救いに行かなければならない」と述べたという。さらに「状況によっては米国と共同で行動することもあるだろう」と付け加えた。

 また「共同で行動している米軍が攻撃を受けた場合、日本が何の措置も取らずに引き下がれば日米同盟は崩れる」とも語り、台湾有事における日米協力の必要性を強調した。

 こうした発言は昨年2025年11月に高市首相が言及した「台湾有事」発言を巡る論争について説明する過程で出たものだ。当時、高市首相は国会で「中国が軍艦を動員して武力行使に出れば、日本の存立危機事態になり得る」と述べ、中国の強い反発を招いていた。

 中国政府は今回の発言についても直ちに批判に乗り出した。郭嘉昆 Guo Jiakun(1980年生まれ)中国外務省報道官 Foreign Ministry Spokesman は同日の定例記者会見で「日本は台湾問題に介入する資格はない。日本は過去に台湾を植民地支配し、犯した歴史的犯罪について重大な責任を負っている」と指摘した。

 そのうえで「日本の右翼勢力が対立を煽り、再武装を進め、戦後の国際秩序に挑戦しようとする野心をあらわにしている」とし「地域の平和と安定、日中関係の政治的基盤を深刻に損なっている」と非難した。


江南タイムズ 、2026.01.28
「引けば同盟は崩れる」高市首相、台湾有事で日本人・米国人を救いに行く
「習近平の顔色など関係ない」高市首相が台湾に再言及、中国圧力は”不可避”か

(梶原圭介)
https://www.kangnamtimes.com/ja/report/intl-politics/article/564838/

posted by fom_club at 16:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

西周、立憲政治という理念

西周のオランダ留学の意義、近代国家構想の萌芽
 西周は、1862(文久2)年から1865(慶応元)年までの約3年間、オランダに留学した。
この留学は、単なる西洋技術の習得を目的としたものではなかった。それは、来るべき新国家・日本の設計図を描くための、壮大な知的探求の始まりであったのだ。
 ヨーロッパの学問の中心地ライデン Leiden で、後述する通り、西による法学や経済学といった「治国学」の体系に直接触れた経験は、彼の思考を根底から変革した。この留学こそが、断片的な洋学知識を統合し、明治国家のグランドデザインを構想する上で不可欠な理論的支柱を彼に与えたのだ。

留学の実現と苦難の航海
 西周のオランダ留学への道は、決して平坦ではなかった。西は1860(万延元)年の遣米使節団に加わるため、運動を開始した。当初、使節は水野忠徳、永井尚志、津田正路に決まったため、西は盟友の津田真道(つだ まみち)とともに永井の屋敷に出かけ直談判し、その願いは聞き入れられたかに見えたが、大老井伊直弼による一橋派弾圧で永井らは使節を外されたため、約束は不履行となった。
 1861(文久元)年の遣欧使節団への参加を熱望し、正使竹内保徳に直談判まで行ったが、こちらも実現しなかった。しかし、その後も大久保忠寛(蕃書調所頭取)に留学実現の運動を継続し、粘り強い運動の末、アメリカ留学の内命を得た。しかし、今度は南北戦争の勃発で計画が中止となり、留学先はオランダへと変更された。これは、西にとって天佑であったが、当時の彼は知る術もなかった。
 1862(文久2)年、ようやく実現した留学の途上も困難の連続であった。幕府軍艦・咸臨丸で品川を出帆後、長崎でオランダ船カリプス号に乗り換えたが、この船がインドネシアのバンカ島とビリトン島間の海峡で暗礁に乗り上げ座礁するという災難に見舞われた。
 別の船に乗り換えるという苦難を経て、翌年6月、ようやくオランダの地を踏むことができた。西は横浜出港から約8か月後にヨーロッパへ到着したことになり、当時であっても倍の時間を費やす厳しい行程であった。西の留学は、さまざまで多大な困難の末に勝ち取られたものであったのだ。

フィッセリング教授との出会いと思想的深化
 西周の留学の目的は、従来の軍事技術修得に加え、幕府から新たに「国治め民富ます道」の修得という重要なミッションが付与されていた。オランダ最古の大学、
ライデン大学で、西はフィッセリング教授(Simon Vissering、1818-1888)の指導のもと、近代国家運営に必須の知識体系である「治国学」を2年間にわたって体系的に学んだ。
 その内容は、法学・ 政治学・ 国際法・ 経済学・ 統計学の5科目に及んだ。これらは、封建的な身分制社会とはまったく異なる原理で動く、近代的国民国家を理解し、運営するための基本ツールであった。これらは当然ながら、日本、そして東アジアにはまったく存在しない概念であった。
 フィッセリング教授や、当時のオランダ哲学界の重鎮であったオプゾーメル教授( Cornelis Willem Opzomer, 1821-1892)の影響を受け、西の学問的探求はさらに深化していく。西はコントの実証主義、ベンサムやミルの功利主義、さらにはカントの哲学などを体系的に吸収したのだ。

西が獲得した新たな国家ビジョン
 この学習を通じて、西周は西洋世界の持つ二面性を鋭く見抜く。
 一つは、ヨーロッパ諸国間では「万国公法」(近代国際法)に基づく対等な国際秩序が機能しているという側面である。
 もう一つは、その同じ国々がアジアに対しては、帝国主義的な侵略と植民地支配を行っているという側面である。

 この矛盾を理解した西は、日本が西洋列強と対等に渡り合い、独立を維持するためには、万国公法が通用する近代国家へと生まれ変わることが不可欠であると確信する。具体的には、「封建制から立憲制への移行」なくして日本の未来はない、という明確な国家ビジョンを抱くに至ったのだ。

最初の近代日本人・西周の誕生
 オランダ留学は、西周を「逸早く近代日本人に転換」させた決定的期間であった。西は西洋の知性を体系的に受容し、帰国後の活動の理論的支柱を確立した。
 西洋の思想と制度という強力な知的武装を終えた西が、幕末から明治維新へと向かう日本の政治的中心で、その知識をいかに実践していくのか。西周の物語は、思想から行動の舞台へと移ることになる。

 次は、帰国した西が開成所教授から将軍の側近となり、京都で活躍する姿を紹介し、特に西が著した『百一新論』の歴史的意義を考察する。さらに、徳川慶喜との関係の実相を捉え、加えて特に日本初の憲法草案と言われる「議題草案」について、詳しく見ていきたい。


[写真‐1]文久2年(1862)、幕府がオランダに派遣した、最初の留学生。右端が西周。『幕末名家写真集』第1輯所収 出典/国立国会図書館デジタルコレクション
[写真‐2]津田真道
[写真‐3]現在のライデン大学
[写真‐4]『万国公法』の表紙裏

JBpress、2026.1.21(水)
最初の近代日本人・西周はいかにして誕生したのか?
苦難の渡海を経たオランダ留学とフィッセリング教授との出会い

(町田 明広、歴史学者)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/92525

開成所教授から将軍の側近へ
 1865(慶応元)年12月、西周はオランダ留学から帰国した。
翌1866(慶応2)年1月、西は幕府の洋学研究教育機関である開成所の教授手代となり、3月には、教授に昇任して直参(将軍直属の家臣)の身分を与えられた(100俵20人扶持)。さらに8月に至り、国際法『万国公法』の訳述を行なった。
 西の経歴・知識は、すぐに国家の最高指導者の目に留まる。同年9月、西は第15代将軍徳川慶喜に直接招かれたのだ。しかし、京都で将軍付きとなったものの、当初これと言った沙汰はなく、この間、清水家当主徳川昭武に招かれ、ヨーロッパの風俗や航路について説明した。
 1867(慶応3)年2月、西は更雀寺(四条大宮西入)の私塾を受継いだ。会津・桑名・津・福井・松山らの藩士や新選組隊士など、立場を問わず新しい知識を求める者たちが殺到し、門下生は総勢500人に達したという。この時の講義録が、後の彼の主著『百一新論』の基礎となった。西周の思想は、幕末の政治の中枢から現場まで、広範な影響力を持ち始めたのだ。
 同年3月、ようやく慶喜から沙汰があったが、慶喜に直接フランス語を教える任務であった。慶喜の語学力は相当高かったらしいが、政局の混乱から、語学学習は長続きしなかった。なお、同月に西は外交文書の翻訳業務を行なっている。その後、5月に職階は奥詰並に昇格した。

『百一新論』とは?
『百一新論』(明治7年3月)全2巻について、簡単に触れておこう。

 これは、西周が著した政治・社会思想に関する論文集であり、日本の近代思想史において、近代政治学・社会学の嚆矢とされる重要な文献である。
 西は、コントの思想に基づいて、百学を一つにする、つまり諸科学を統一しようとする学問を、日本で初めて「哲学」と名付けた。西はこの哲学を作るために、従来の日本思想が準拠していた中国思想と、新しく入って来た西洋思想とを対比し、礼・法・教の三点を論じている。
『百一新論』は、西の思想の全貌を知るうえで極めて重要であり、明治政府の初期政策、特に法制度・教育制度の近代化に影響を与えたとされている。西の弟子である加藤弘之らを通じて、後の自由民権思想や近代社会学の萌芽にも繋がったのだ。

日本初の憲法草案「議題草案」の提出
 西周の政治的貢献が頂点に達したのは、1867(慶応3)年10月のことである。
 大政奉還を目前に控えた徳川慶喜から、今後の国家体制について諮問を受けた西は、イギリス議会制度や三権分立について詳述するとともに、日本史上初となる憲法草案ともいわれる「議題草案」をもって答申した。この草案は、彼のオランダでの学びを凝縮した、画期的な国家構想であった。また、「泰西官制説略」を併せて提出している。
「議題草案」は、公議政体の樹立が求められる中、大政奉還に引き続き幕府が取り組む政策として、会議制度の創設を提案している。「別紙 議題草案」は、これに基づき作成された、徳川家中心の政体案である。
 この中で、三権分立の導入を提唱した。西洋の官制に倣い、立法・行政・司法の三権分立を明確に打ち出したのだ。
 そして、 徳川家中心の立憲政体を謳い、天皇を国民統合の象徴的地位に置きつつ、行政権を将軍(大統領)が、立法権を諸藩の大名・藩士から成る「議政院」が担うという、徳川家を中心とした立憲君主制を目指したのだ。
 この構想は、12月9日政変(王政復古の大号令)によって、新政府樹立が宣言されたため、実現は叶わなかった。
 しかし、西洋の政治思想に基づき、日本の国情に合わせた具体的な統治機構を設計したこの草案は、西の思想家・政策提言者としての先進性を象徴する不滅の金字塔であると筆者は確信している。

幕府崩壊の目撃者として
 その後、歴史は大きく動く。西周は鳥羽・伏見の戦い、江戸城無血開城、そして慶喜の水戸隠棲に至るまで、将軍の側近として徳川幕府の終焉に立ち会った。西は歴史の激動の渦中にありながら、旧体制の崩壊の先にある、新しい時代の到来を冷静に見据えていた。
 西周は、幕末の混乱期において、学問的知見を具体的な国家構想にまで高め、それを実践しようとした稀有な思想家であった。彼が幕府側で描いた国家設計図は、旧体制の崩壊とともに一旦は歴史の舞台から姿を消した。
 しかし、彼が蒔いた思想の種、とりわけ立憲政治という理念は、明治新政府の下で形を変えて生き続けることになるのだ。

 次は、西周による和製漢語の創造とその分類、その知的遺産の東アジアへの波及に言及し、西の功績である実証的・合理的精神の導入、近代社会科学の体系的紹介、近代的思考を可能にする言語の創造について、まとめてみたい。


[写真‐1]西周著『百一新論』巻之上
[写真‐2]徳川慶喜
[写真‐3]西周「議題草案」

JBpress、2026.1.28(水)
オランダ留学から帰国した西周、開成所教授から徳川慶喜の側近へ、著書『百一新論』の歴史的意義
(町田 明広、歴史学者)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/92526

posted by fom_club at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近代日本の礎を築いた知の巨匠・西周

西周の生い立ち
 西周は、1829(文政12)年2月3日、石見国津和野藩の藩医である父・時義と母・カネの長男として誕生した。周の幼名は経太郎、号は寿専とした。名は時懋(ときしげ)、魚人(なひと)、魯人、成人後は修亮と改称している。幕府の公文書に周助と書かれていたので、これに従った。

 明治以降、周助を周に改めた。「沼津兵学校役々」(教職員名簿)には「頭取 西周」と記載された。号は鹿城(鹿足郡の城下町津和野の意)、周を訓読した天根、天寝舎、甘根斎などがある。早くからその才覚は示され、わずか4歳で祖父時雍(ときやす)から『孝経』を習い始め、6歳にして四書(『大学』『中庸』『論語』『孟子』)を学び終えるほどの早熟ぶりであった。

養老館での教育内容
 1840(天保11)年、西周は12歳で藩校「養老館」に入学すると、彼の学問的基礎はさらに強固なものとなる。山口重山、山口慎斎より儒学の句読(素読)、儒学を森秀庵(周の父の弟)らに学び、この頃までに四書を終え、次いで五経(『詩経』『書経』『礼記』『易経』『春秋』)を習得した。

 さらに、『近思録』(浅見絅斎[けいさい]編)、『蒙求』(唐の李瀚[りかん]撰)、『文選』(梁の蕭統撰)、左国史漢(『春秋左氏伝』『国語』『史記』『漢書』)を学修した。西は、儒学の経典から中国の歴史書、文学に至るまで、伝統的な教養の体系を徹底的に叩き込まれた。この膨大な古典籍の学習は、西の思想活動を支える、揺るぎない知的体力と論理的思考力を育んだと言えよう。

 その他、家にある正規の学習書以外の通俗書である歴史書や小説を乱読した。加えて、能・謡曲・狂言は友人(宇田半十郎・高山官之助・平尾錠太郎)らと実践したのだ。

 なお、1845(弘化2)年に初めて津和野亀井氏11代藩主亀井茲監(1825-1885)に謁見し、中小姓(士分格、3人扶持15石以下)となり、時懋と改名した。

伝統的学問の薫陶とその影響
 西周の思想形成を理解する上で、その出発点である津和野藩での徹底した漢学教育を見過ごすことはできない。この伝統的学問の薫陶は、彼の強固な知的基礎を築くと同時に、後の西洋哲学受容のための重要な素地を形成した。

 それは西の知的キャリアの揺るぎない原点であり、同時に、西が自らの意志で乗り越えるべき最初の壁でもあった。この初期教育こそが、西を単なる知識の受容者ではなく、批判的合理主義者へと変貌させる内的必然性を準備したのだ。

西周の知的転換点―朱子学から徂徠学へ
 西周の思想形成における最初の、そして最も決定的な転換点は、嘉永元年(1848)、藩の官学であった朱子学から、より実証的な徂徠学へとその思想的立場を移したことであった。それは、西の「徂徠学に対する志向の述べた文」で確認できる。しかしこの転換は、単なる知的好奇心から生まれたものではない。

 藩医の家に生まれた西は、当初、家業を継ぎ医者となることを望んでいた。それは西にとって「日用有益なもの」、すなわち実社会の役に立つ学問であった。しかし、藩命は彼に一代還俗して儒学者となることを命じた。

 この個人的な志向と公的な命令との間の葛藤を解決する思想こそ、実学を重んじる徂徠学だったのだ。これは単なる学派の乗り換えではなく、西の世界観を根底から変えるパラダイムシフトであったのだ。

「朱子学→徂徠学→西洋哲学」への転換
 西は、朱子学の超越的な「天理」を斥けることで、道徳や社会制度は発見されるものではなく、人間によって「構築」されるものであるという世界観を確立した。社会は人間が作り出す人工物であるという、この人間中心主義的な視座こそ、後に西が西洋の政治学を、単なる異国の知識としてではなく、国家を合理的に設計するための技術として把握するための、不可欠な哲学的下準備となったのだ。

 ここに、「朱子学→徂徠学→西洋哲学」という、西の知的発展の連続性が見て取れる。徂徠学への転向は、西の中に批判的合理主義の精神を芽生えさせ、彼を「近代日本哲学の祖」へと導く運命的な第一歩となった。

 絶対的な真理を疑い、現実社会に有益な知を求めるこの新たな思想的立場は、もはや藩校の学問という枠組みに収まるものではなかった。彼の知的好奇心と時代認識は、必然的により広範な知の世界、すなわち西洋の学問(洋学)へと向かうことになるのだ。

 次は、ペリー来航黒船の衝撃と西への影響、西の脱藩の実相、その後の洋学修得へのまい進の経緯や洋学転身の本質について、詳しく述べてみたい。


[写真‐1]西周
[写真‐2]西周の旧居(島根県津和野町)
[写真‐3]「徂徠学」を唱えた荻生徂徠

JBpress、2026.1.7(水)
近代日本の礎を築いた「思想の建築家」西周、その生い立ちと、朱子学から徂徠学、西洋哲学へ転換する経緯
(町田 明広、歴史学者)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/92523

黒船の衝撃と西周への影響
 1849(嘉永2)年10月から1851(嘉永4)年10月まで、西周は大坂・岡山に遊学した。1853(嘉永6)年2月、津和野在住の西は、江戸・外桜田(千代田区内幸町)藩邸の留守居役補佐と藩邸内の時習堂教授への就任の辞令を受けた。

 5月上旬出発のために4月4日に養老館での教育活動を終え、江戸行きの準備中のところ、26日に津和野城入城以降、初めての大火で出発を延期した。しかし、7月1日、ペリー来航(6月3日)のための幕命を待たず、沿岸防備のため28日に江戸藩邸に着いた。

 ペリー来航は、日本という国家全体の運命を揺るがしただけでなく、西周という一人の儒学者のキャリアパスにも決定的な影響を与えた。西洋の圧倒的な科学技術力を象徴する「黒船」の衝撃は、幕末日本の閉塞感を打ち破り、伝統的な学問の限界を白日の下に晒した。この国家的危機は、西を知のフロンティアである洋学へと突き動かす強烈な動機となり、彼の個人的決意を国家の戦略的要請へと昇華させたのだ。

 加えて、ペリー来航という歴史的事件は、西を始めとする当時の知識人たちに、漢学の知識だけでは国家を守ることができないという厳しい現実を痛感させた。西洋の科学技術の優位性はもはや疑いようがなく、その知識を吸収することが国家存亡の鍵を握る急務であるという認識が、急速に広まっていったのだ。

西周の覚悟の脱藩
 この時代認識を背景に、西周は生涯を左右する重大な決断を下す。1854(安政元)年、彼は洋学修得に専念するため、藩主に脱藩を願い出たのだ。その願書には、彼の悲壮なまでの覚悟が滲み出ている。以下、その内容を現代語訳で見てみよう。
 家業である医家出身の自分が、藩主の抜擢を受け、一代還俗の上、儒学を学ぶことになり、遊学も許可された。
 しかし、短才薄力の身で何の功もないにもかかわらず、地位も昇進した。
 このたびペリー来航に際し、その対策として一員に加えられ、藩邸でも講釈の役につくことにもなった。
 幸いにも異国船来航も異変は起きることはなかったが、この際、自分は藩に暇を願い上げ、(西洋学を学ぶべく)遊学を許可していただきたい。
 もし志が成就しないときには、如何なる罰も受ける覚悟であり、もし学問の成就したおりには忠勤に励み、大恩に報いたいと思うので、よろしく藩主にとりなして頂きたいとお願いする次第である。

 要約すれば、「短才薄力の身」でありながら、藩主の抜擢を受け、儒学を学ぶ機会を与えられたことに感謝しつつも、この国家の危機に際して西洋学を学ばなければならないと痛感している。もし志が成就しないときには、如何なる罰も受ける覚悟であり、もし学問の成就したおりには忠勤に励み、大恩に報いたいと思うと訴えたのだ。

 この揺るぎない意志は、藩の指導部の心を動かした。家老だけでなく、養老館の国学者であった大国隆正までもが西の志に深い理解を示し、脱藩を後押ししたのだ。純粋な日本の伝統を追求する国学の重鎮が、西洋科学の学習を奨励したという事実は、この国家的危機が従来の学問的対立を超え、いかに深刻かつ広範に認識されていたかを物語っていよう。

西周の洋学修得へのまい進
 脱藩という形で自由な身となった西周は、猛烈な勢いで西洋の知識を吸収し始める。まず、オランダ語を自藩の池田多仲、福井藩支藩・大野藩士某に、数学は自藩の桑本才次郎に学んだ。その後、杉田成卿(玄白の孫)、手塚律蔵(義兄弟)に入塾して、オランダ語と数学の学修を深めた。

 また、蘭英対訳辞書を駆使して、独学で英語の学習を開始した。さらには、アメリカ帰りの中浜万次郎(ジョン万次郎)に直接英語会話を学ぶなど、実践的な語学習得にまい進したのだ。

 西の才能と熱意は、当時の洋学者のネットワークの中で高く評価された。1857(安政4)年5月、蕃書調所教授手伝並として、幕府の洋学研究機関である蕃書調所へ出仕した。それにあたっては、臣籍(武士としての身分)を持たない彼のために、師であり義兄弟でもあった手塚律蔵らが奔走してくれた。

 手塚は、自らがかつて仕えた老中首座・堀田正睦に働きかけ、西周を「堀田備中守家来、佐波銀次郎(手塚の門下生)厄介西周助」という架空の身分で届け出るという、離れ業をやってのけた。これは、当時の学問の世界において、個人の能力とともに、人的ネットワークがいかに重要であったかを示す逸話である。

 なお、同年10月、後に15代将軍となる一橋慶喜に対して、「蝦夷地開拓の議」(「丁巳十月草稿」)を水戸藩士菊地忠を介して建言した。当時としては、特筆すべきハイレベルで詳細な北海道開拓の建議を行ったのだが、慶喜からはまったく反応はなかった。しかし、西と慶喜とのその後の縁を考えると、歴史の妙を感じる。

西周の洋学転身の本質
 西周の洋学への転身は、単なる個人的な知的好奇心の発露ではなかった。それは、ペリー来航によって突きつけられた国家的危機に対する、一人の知識人としての強い使命感に裏打ちされた戦略的行動であった。

 西は、国内での学習を通じて、西洋知識の吸収に努めたが、その知識の源泉であるヨーロッパへ直接渡り、より体系的な学問を修めることを熱望するようになるのは、必然的な帰結であった。

 次なる舞台は、オランダのライデンであり、西の知の探求は、新たなステージへと向かうことになるのだ。
 次は、西周のオランダ留学について、留学実現に至る経緯や苦難、フィッセリング教授との出会いと思想的深化、さらに、西が獲得した新たな国家ビジョンを探り、いかにして最初の近代日本人・西周が誕生したかについて追っていこう。


[写真‐1]嘉永6年(1853)7月14日、ペリー提督一行初上陸の図
[写真‐2]大国隆正
[写真‐3]中浜万次郎

JBpress、2026.1.14(水)
哲学者・西周が覚悟の脱藩を決めた黒船の衝撃、洋学修得へのまい進と、単なる知的好奇心ではなかった転身の本質
(町田 明広、歴史学者)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/92524

「哲学」「感覚」などの言葉を生み出した明治の啓蒙思想家・西周(1829-1897)が21歳まで暮らした家。津和野川をはさみ、森鴎外(1862-1922)旧居の向かいにあり、母屋、土蔵などが残っています。国指定史跡。
https://www.town.tsuwano.lg.jp/www/contents/1000000439000/index.html
https://www.town.tsuwano.lg.jp/shisetsu/ougai.html
※ 荻生徂徠の没年は1728年、一方、西の生年は1829年なので、両者はほぼ百年を隔てていたことになる。

posted by fom_club at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月27日

Former President Barack Obama's statement on Alex Pretti

Alex Pretti was holding a phone, not a gun, when he was killed, an eyewitness has said 👇
Alex.jpg

MINNEAPOLIS, Minn. ― Federal agents shot and killed a Minneapolis man on Saturday morning, leading to violent clashes between demonstrators and federal law enforcement.

Alex Pretti, a 37-year-old ICU nurse, was identified as the victim by his family.

“He cared about people deeply and he was very upset with what was happening in Minneapolis and throughout the United States with ICE, as millions of other people are upset,” said Michael Pretti, Alex’s father, in a statement. “He thought it was terrible, you know, kidnapping children, just grabbing people off the street. He cared about those people, and he knew it was wrong, so he did participate in protests.”

The confrontation began when, according to eyewitness video, two women were standing off with a federal agent and Pretti was filming the interaction with a cell phone. At least one agent attacks the women and then Pretti. Another video shows an agent spraying a chemical irritant in his face and in the faces of the women before throwing Pretti on the ground. At this point, at least six masked agents were wrestling with him before firing at least 10 shots, fatally wounding Pretti.

The Department of Homeland Security (DHS) alleged in a statement that Pretti approached Border Patrol officers with a handgun, which is not supported by publicly available video evidence.

“The officers attempted to disarm the suspect but the armed suspect violently resisted,” DHS said. “Fearing for his life and the lives and safety of fellow officers, an agent fired defensive shots.”

Minneapolis Police Chief Brian O’Hara said at a press conference that Pretti was a “lawful gun owner with a permit to carry.”

Protests Break Out
The graphic video of the shooting threw the city and state into a new cycle of rage, just weeks after an Immigration and Customs Enforcement (ICE) officer shot and killed Renee Good, a 37-year-old mother, inside her vehicle.

A day earlier, thousands of Minnesotans gathered in subzero temperatures in downtown Minneapolis to protest against ICE.

Immediately after the shooting on Saturday, protesters swarmed a nearby intersection as a swelling crowd chanted “shame!” and “fuck ICE!”

Federal agents then fired tear gas into the crowd, filling the air with clouds of smoke.

“Somebody threw a snowball at the ICE agent,” one protester named Jacob said. “Then they started trying to identify the person in the crowd, and then they came out from behind the police tape. The people started scattering, and then they started firing tear gas.”

Protesters rolled dumpsters into the street and banged on vehicles.

Officials Call For ICE To Leave
Mayor Jacob Frey said Saturday that this is “not what America is about.”

“The mass militarized force, unidentified agents, that is what weakens our country,” he said. “That is what erodes trust and democracy itself. To everyone listening: Stand for Minnesota. Stand up for America. Recognize that your children will ask you what side you are on. Your grandchildren will ask you what you did to prevent this from happening again. What did you do to protect your city? What did you do to protect your nation? This is not what America is about.”

Frey called on President Donald Trump to remove federal forces immediately from Minnesota.

“To President Trump: This is a moment to act like a leader,” the mayor said. “Put Minneapolis, put America first in this moment. Let’s achieve peace. Let’s end this operation. And I’m telling you our city will come back, safety will be restored. Take action now to remove these federal agents.”

Minnesota Gov. Tim Walz (D) made similar demands in a social media post.

“I just spoke with the White House after another horrific shooting by federal agents this morning,” he wrote. “Minnesota has had it. This is sickening. The President must end this operation. Pull the thousands of violent, untrained officers out of Minnesota. Now.”

Trump Administration Calls Agents The Real Victims
Gregory Bovino, commander-at-large for U.S. Border Patrol, held his own short press conference Saturday afternoon in which he painted law enforcement as the victims of violence.

“This is only the latest attack on law enforcement,” Bovino said. “Across the country, the men and women of DHS have been attacked, shot at, doxxed, had their family members threatened, and as we have seen more than 100 vehicle rammings over the past year against federal law enforcement.”

And in a rambling Truth Social post, Trump asked why local police weren’t there to protect federal agents.

“Where are the local Police? Why weren’t they allowed to protect ICE Officers?” Trump wrote. “The Mayor and the Governor called them off? It is stated that many of these Police were not allowed to do their job, that ICE had to protect themselves − Not an easy thing to do!”


[video]
[photo-1] Alex Pretti, pictured center, was an ICU nurse who worked as a researcher at the Department of Veteran Affairs.
[photo-2] Federal agents stand guard in Minneapolis after agents were seen shooting a man on Saturday.

HuffPost、Jan 24, 2026, 11:01 AM EST
Videos Show Federal Agents Fatally Shooting Man In Minneapolis
Alex Pretti, a 37-year-old ICU nurse, was shot multiple times after agents attacked him on the street.

(By Sebastian Murdock and Jennifer Bendery)
https://www.huffpost.com/entry/video-shows-ice-agents-shooting-man-in-minneapolis_n_6974e978e4b031f3fa686541

※ ICE(Immigration and Customs Enforcement、米移民税関捜査局)
※ VA(Department of Veteran Affairs、米退役軍人省)

Former President Barack Obama released a statement on Sunday honoring slain Minneapolis resident Alex Pretti ― warning that his shooting death at the hands of federal immigration agents should serve as a “wake-up call to every American, regardless of party, that many of our core values as a nation are increasingly under assault.”

The Democrat’s statement comes a day after federal agents killed 37-year-old Pretti during a protest against the ongoing federal occupation of Minneapolis. Pretti was an ICU nurse for the VA and a legal gun owner with a permit to carry.

“For weeks now, people across the country have been rightly outraged by the spectacle of masked ICE recruits and other federal agents acting with impunity and engaging in tactics that seem designed to intimidate, harass, provoke and endanger the residents of a major American city,” Obama wrote.

“And yet rather than trying to impose some semblance of discipline and accountability over the agents they’ve deployed, the President and current administration officials seem eager to escalate the situation."

Since the shooting, several videos taken by witnesses have come out showing that Pretti was directing traffic and filming the agents with his phone when he saw them attack a woman. When he tried to help her, Pretti was pepper-sprayed and wrestled to the ground by multiple agents before they shot him several times.

“This has to stop,” Obama said, calling on administration officials to work with state and local authorities “to avert more chaos.” Minneapolis police have said that the federal government has yet to share any official information with them on the shooting.

Pretti’s slaying came just a couple weeks after federal immigration agents in Minneapolis fatally shot 37-year-old Renee Good in the head while the mother of three was driving away. Her killing led to massive protests across Minnesota and the rest of the country, including a general strike.

“Every American should support and draw inspiration from the wave of peaceful protests in Minneapolis and other parts of the country,” Obama wrote. “They are a timely reminder that ultimately it’s up to each of us as citizens to speak out against injustice, protect our basic freedoms and hold our government accountable.”


[video]
[x] The killing of Alex Pretti is a heartbreaking tragedy. It should also be a wake-up call to every American, regardless of party, that many of our core values as a nation are increasingly under assault.
https://x.com/BarackObama/status/2015479691147149747

HuffPost、Jan 25, 2026, 02:25 PM EST
Obama Says Killing Of Alex Pretti Should Be 'Wake-Up Call' To All Americans
The former president accused the administration of being "eager to escalate the situation," and encouraged Americans to keep protesting for their rights.

(By Sanjana Karanth)
https://www.huffpost.com/entry/obama-killing-alex-pretti-wake-up-call_n_69766125e4b084939e04ca2c

posted by fom_club at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゼノフォビア(外国人嫌悪)

―― 日本、日本人とはなんでしょう。
的場昭弘: 我々が日本人だと考える存在は、ただ日本にいるというだけではありません。日本という国に帰属し、日本語を話し、日本国籍を持っているなどさまざまな要素があります。日本という国も固有の領土があり、固有の歴史があるとされています。そうした考え方は近代にできたものです。
 フランス史、ドイツ史というような一国史の考え方が出てきたのは普仏戦争(1870〜71年)以後です。そのフランス史ではフランスは2000年の歴史があり、固有の領土があり、となっています。
 もちろん実際は違います。私が住んでいたことがあるリヨンがフランスになったのは14世紀ですし、ボルドーは長く英国の領土でした。現在の私たちが思い浮かべるようなフランスの形になったのは19世紀です。それまでのさまざまな違いをすべて壊して、国民国家としてのフランスができました
 日本が岩倉具視の使節団を欧米に送った(1871〜73年)のはちょうどそのころです。西欧から学んだ日本はフランス史というような考え方をそのまま受けいれて、国史(日本史)という学問を作りました。けれども1国だけの歴史など、本来はありえません。

―― 西欧で作られた考え方ということでしょうか。
的場: アジアには国民国家という概念はありませんでした。
 国民国家以前の帝国は、域内に言葉の違う人、民族の違う人がいてもそのことにそれほど関心を持ちません。ところが国民国家では言葉や民族を統一して、国民ではない人を追い出して国家を作ります。
 アジアでは日本だけが例外的に国民国家を作りました。共通の言葉を強制し、固有の領土があると言いだしたのです。
その過程で、日本は中国や朝鮮とは違うと主張したのです。言い換えれば、日本人という意識を持つために中国や朝鮮を下にみることを必要としたのです。

下に見る、上に見る
―― 中国や朝鮮を下に見ることと西欧を上に見ることは同じことです。
的場: 19世紀後半から盛んになる人種主義では、「白人、黄色人種、黒人」という序列が作られます。西欧が一流で、アジアは二流という考え方です。黄色人種は白人の下なのですが、日本はこの序列を受け入れて黄色人種のなかで一番になろうとします。
 明治維新後に日本が西欧から学んだ時期は、人種主義が一番発展した時期です。中国やトルコは18世紀ごろから西欧に留学生を送りますが、そのころは人種によって相手を上に見たり下に見たりする考え方はありませんでした。
 ところが日本が西欧に留学生を送った時期は、ちょうど黄色人種、アジアが下にみられるようになった時代でした。

―― 西欧に追いつこうとしました。
的場: 明治の人たちはそうした序列のおかしさはわかっていたと思います。福沢諭吉も漢籍を忘れてはならないと言っています。論語のような漢籍はアジアの共通文化だからです。わかったうえで、西欧に追いつくために西欧の序列を受け入れたのでしょう。
 当時、強引に日本史、日本国を作ったことは仕方がなかった部分もあります。けれどもせいぜい150年前のことです。長いアジアの歴史からみればごく最近のことです。
 長い目でみれば、日本が自分を「アジアから飛び抜けている」とみなすことがいいかどうかです。

早く学んだが
―― いま、どうかということですね。
的場: あるドイツ人が1930年代に、日本人と中国人の留学生を見て比較しています。自らをドイツ人のように見せようとして和服など着ず、ドイツ人のような生活をする日本人と、中国の服を変えようともせず、中華料理しか食べない中国人、そのどちらが本物なのかと問うています。
 西欧に抵抗しなかった日本は早く学びます。しかし、早く追いついただけ、没落も早くなります。抵抗した中国は西欧化が遅れますが、まねごとではない強さがあります。その強さが今、出てきているのではないでしょうか。
 日本は明治20年代にはもう、日本は世界のレベルに追いついた、世界に通用すると言いはじめます。その時に中国や朝鮮を遅れていると嘲笑したのですが、今になってみれば、日本はアジアのなかで追い抜かれてしまっています。

アジア人
―― アジア人という言い方をされています。
的場: 日本がアジアのなかで特別だという考え方はもう変えなければいけません。日本には蓄積がありますから、国民一人あたりの国内総生産(GDP)で抜かれたからといって、アジアで遅れた国になったとはすぐには言えません。しかし、このままでは日本がアジアの小国になるのも明らかです。


[写真‐1]欧米視察で滞米中の岩倉具視ら使節団一行。左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通
[写真‐2]フランス東部リヨンで2013年6月19日
[写真‐3]鹿鳴館全景
[写真‐4]福沢諭吉
[写真‐5]鹿鳴館の舞踊会の画

毎日新聞、2025年4月21日
外国人嫌悪
アジア蔑視と日本

(的場昭弘・神奈川大学名誉教授)
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20250418/pol/00m/010/007000c

親がこどもに語りかけるとき
―― 日本には日本語を話す人しかいないかのようです。
榎井縁: いわゆる日本語話者ではない人が増えてきたのは1980年代からですが、そのころから私は、日本語も含めていろいろな言語が尊重されるためには、日本語側も譲歩しなければならないと思ってきました。ある人がいることを社会が認めていく時には、言語は大きな部分を占めています。

―― だれにとっても自分のことばは大切なものです。
榎井: ことばは基本的な人権の一つです。自分の持っているものが社会で認められることはとても大切なことです。どの国にいても、親がこどもに語りかけることばは必ず母語です。外国語でこどもに語りかける親はいません。
 自分のことばをこどもに伝えたいと思うのはみんな同じです。日本に住んでいるのだから、こどもには日本語で語りかけろなどということはありえません。
 自分のことばが日本語ではなくても、そのことばが社会で認められているかどうかは大きなことです。
 あるところで、各国の教科書が展示された時に、海外から来た人が「自分の国の文字が展示されている」ととても喜んでいたことがありました。
 自分が社会に参加している、認められているという感覚は自分のことばが社会で認められることと深くつながっていると思います。

日本語を話せる人がえらい?
―― 実際には日本語話者だけが尊重されています。
榎井: どの地域でも、その地域で支配的なことばによるそのほかのことばへの圧迫があります。「日本語を話せる人がえらい、話せない人は劣っている」というような思い込みです。
 日本語ができれば良い仕事に就ける現実はあります。けれども本末転倒だと思います。
 他人を見るときに、あまりにも日本語能力を前面に出すと、他人を尊重する心が減っていきます。全員に限りなく日本人になることを目指させるということです。そんなことはできませんし、必要もありません。
 問題なのは、その人の存在がきちんと社会で認められ、尊重されているかどうかです。人を日本語能力だけで判断すべきではありません。

無自覚
―― そうしたことへの自覚が欠けています。
榎井: 社会の側も、社会は日本語話者だけではないと認識する必要があります。その人の持っている言語を尊重することがなければ、その人を尊重することもできません。他人を人として扱う、社会として認めるということの入り口に言語があります。
 そのことに関して日本社会はあまりにも無自覚です。日本なのだから日本語を話すのは当たり前で終わってしまっています。なにも考えず、だれもが日本語を話せると思い込んでいて疑うことがありません。

―― 日本語教育は重要です。
榎井: 社会で生きていくために日本語が必要という現実があるならば、日本語を学ぶ機会を行政がきちんと保障すべきです。
 一方で、日本語を学んだとしても、その人にとって日本語が外国語であることに変わりはありません。人が尊重されるためには自分の言語や文化、宗教が認められる必要があります。モスク建設の反対運動など、いろいろな文化や宗教があることを認めない考え方があります。そうしたことのおおもとに日本語一色が当然という考え方があります。
 日本語以外の言語で生まれ育った人が社会にたくさんいることに気がつくべきです。

役に立たないならいらない
―― 日本語が話せないなら社会に必要ないから、排除するという考え方もあります。
榎井: 近年特に幅をきかせているのは、企業の役に立つかどうかという観点です。役に立たない人はいらないという考え方がエスカレートしています。そのような考え方は社会をゆがめます。
 いろいろな人がいて、その人たちが認められながら社会を作るようにしないと、役に立たなかったらいらない、というような恐ろしい発想が出てきます。日本の国籍を持っていてもいなくても同じです。
 日本に来るなら日本語を話すのが当たり前、日本に合わせるのが当たり前だという言い方は本当におかしなことだと思います。


毎日新聞、2026年1月19日
日本で暮らす移民と日本語
「役に立つ」ということ

(榎井縁 えのい ゆかり・大阪の医療大学、藍野 あいの 大学 教授)
https://mainichi.jp/premier/pol itics/articles/20260116/pol/00m/010/005000c

[参考]この30年間、日本は先進国の中で唯一、賃金が上がっていません。「国民の豊かさ」の指標である1人当たりGDPは、なんと2位から38位にまで転落しています。これは政治の重大な責任でしょう。それなのに日本では、何度選挙があっても、政権与党は基本的に自民党に据え置きです(国際情勢アナリスト・武居秀典、1967年生まれ)。

posted by fom_club at 07:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月26日

原子力は要らねえ、危ねえ、欲しくない

再稼働の柏崎刈羽原発6号機 制御棒引き抜きで警報 作業中断(2026年1月22日)
https://www.youtube.com/watch?v=uvj7R7zMy9A

SUMMER TIME BLUES (原子力はもういらねぇ!)
https://www.youtube.com/watch?v=GpF3hoKLiFY
暑い夏がそこまで来てる
みんなが海へくり出していく
人気のない所で泳いだら
原子力発電所が建っていた
さっぱりわかんねえ、何のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

熱い炎が先っちょまで出てる
東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく
原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ、誰のため?
狭い日本のサマータイム・ブルース

寒い冬がそこまで来てる
あんたもこのごろ抜け毛が多い (悪かったな、何だよ)
それでもテレビは言っている
「日本の原発は安全です」
さっぱりわかんねえ、根拠がねえ
これが最後のサマータイム・ブルース

(原発という言い方も改めましょう。
何でも縮めるのは日本人の悪い癖です
正確に原子力発電所と呼ぼうではありませんか。
心配は要りません)

あくせく稼いで税金取られ
たまのバカンス田舎へ行けば
37個も建っている
原子力発電所がまだ増える
知らねえ内に漏れていた
あきれたもんだなサマータイム・ブルース

電力は余ってる、
要らねえ、もう要らねえ

電力は余ってる、
要らねえ、欲しくない

原子力は要らねえ、
危ねえ、欲しくない

要らねえ、要らねえ、欲しくない
要らねえ、要らねえ、

電力は余っているよ
要らねえ、危ねえ、

 何だか思いきり、季節外れの歌が聴きたい気分である。
 いまは亡き忌野清志郎(1951-2009、東京都中野区出身、国分寺市富士本育ち)さんが、あの独特の高い声で叫ぶように歌う「サマータイム・ブルース」なんて、どうだろう。

♪ 暑い夏がそこまで来てる〜 ♪

 そう。知る人ぞ知る反原発ソングである。

♪ みんなで海にくり出せば、原発が建っている。〈さっぱりわかんねえ、何のため?〉♪ と歌は続く。
 1986年のチェルノブイリ原発の事故の後、清志郎さんが書いた歌詞とされる

 安全神話が闊歩(かっぽ)していた時代だ。
 原発は〈要らねえ、もう要らねえ〉との言葉に、眉をひそめる人も多かったからか。
 あるいは、電力会社への忖度(そんたく)か。
 当時、レコード会社は理由を詳しく説明することなく、その発売を中止した。

 15年前の福島第一原発の事故で改めて注目され、よく耳にしたが、最近はどうか。
 移ろい易(やす)き人の世だ。
 政府は原発の「最大限活用」に舵(かじ)を切り、原発回帰が進む。
 きのう2026年1月22日、「原子炉停止へ」と伝えられたが、あの事故を起こした東電までが柏崎刈羽原発を再稼働させた

 目の前の暮らしのため、経済のため、電力の安定供給という観点からみれば、現実路線に映るのだろう。
 でも、本当にそうなのか。
 不測の事態は原発にも起こりうる。
 そう考えるのが、科学的な思考である。

 世論も、主要政党も、大きく見れば回帰容認の傾向だという。
 でも、それでも、と私は思う。
 清志郎さん風に言うなら、何いってんだあー、ラヴ・ミー・テンダー。
 着実に一歩一歩、原発ゼロを目指したい。


朝日新聞・天声人語、2026年1月23日 5時00分
サマータイム・ブルース
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16387552.html

 約14年ぶりに再稼働した東京電力柏崎刈羽原発6号機(新潟県)が2026年1月22日、わずか1日で停止することになった。
 原因は、原子炉内で核分裂反応を抑える「制御棒」にかかわるトラブルだった。
 本格運転に向けた工程の初期段階で、何が起きたのか。

 6号機の原子炉内には、核分裂を抑える制御棒が205本ある。これを徐々に引き抜くと、核燃料のウランの核分裂反応が続けて起こる「臨界」に至る。さらに引き抜く本数を増やすなどして出力を上げていき、核分裂によって生じる熱で水を沸騰させ、タービンを回して発電する。柏崎刈羽原発の制御棒は、モーターと水圧で動かすしくみだという。

 東電によると、6号機は21日午後7時2分、制御棒を26本ずつ引き抜き始め、午後8時28分に臨界に達した。ところが、計52本を抜いた後の翌22日午前0時28分ごろ、次の26本を引き抜く操作中に1本の警報が鳴ったという。そのため、引き抜きの作業を止めた。

 東電は制御棒に指令を送る制御盤の部品を交換したが、状況は改善されなかった。原因を調べるため、22日午後、原子炉を止める判断をしたという。

所長「原因を調査して対策を立てる」
 稲垣武之所長は22日の記者会見で、原因を徹底して調べる考えを示したうえで、「リスクがある状態は安全最優先の観点から好ましくない」と停止の理由を説明。東電関係者は「1日稼働しないだけでも億円規模の影響が出る」としつつ、「経済性を優先して、もしものことがあっては元も子もない。現場からも停止すべきだと意見が強く上がった」と話す。

 同様の不具合は今月14日にも起きていたが、このときは制御盤の部品を交換することで解消されたという。

 6号機の制御棒は再稼働前も、トラブルが続いてきた。昨年6月、制御盤の電気トラブルで制御棒が動かなくなる事象が起きた。昨年8月には、制御棒の下にある部品が外側のチューブにひっかかり、制御棒1本が下がらない状態になった。

 さらに再稼働を目前に控えた今月17日には、制御棒を引き抜く検査中、警報が鳴らないトラブルが発生した。原因は設定ミス。1996年の運転開始時から正常に動いていなかった可能性があるという。

 稲垣所長は一連の制御棒のトラブルについて、「事象のメカニズムはそれぞれ異なる。一つ一つ原因を調査して対策を立てていく」と話した。

 事故を起こした東電が原発を動かす「適格性」は再稼働に向けた審査で問われ、規制委の山中伸介委員長は日頃の検査を通して監視していく方針を示していた。21日の記者会見では東電の小早川智明社長に対し、「(原子炉)起動に際しても安全第一で事業運営をしてください、きっちりと責任をもって事業遂行してください」と求めていた。

柏崎市長「準備を重ねてきたはずなのに」
 柏崎刈羽原発は、再稼働から24時間も経たない中で停止することが決まった。地元はどう受け止めたのか。

 原発が立地する柏崎市。22日午後4時、桜井雅浩市長は柏崎刈羽原発の稲垣武之所長から、原子炉停止を決断したとの電話を受けた。営業運転開始が「延びる可能性もある」との考えが示されたという。取材に対し、「再稼働に向けて準備を重ねてきたはずなのに、本番に入っても不具合が出るのは、確認が足りなかったということなのか。困ったなあ、というのが実感だ」と話した。

 新潟県はこの日、専門家とともに現地で状況確認を行う予定だったが、急きょとりやめたという。担当者は「安全優先で対応してもらいたい。長年停止していた原子炉を再び動かす上、起動操作はやることも多いので、トラブルが起こるかもしれないと心構えはしている」と述べた。

 東電はこれまで、「安全最優先」と繰り返してきたが、制御棒の警報に関するトラブルで、20日の予定だった再稼働が1日延期された経緯もある。

こんなに立て続けとは
 柏崎市の医師本間保さん(75)は、「どこかでトラブルが起こるだろうと思っていたが、こんなに立て続けとは……」と嘆く。地元で原発に反対してきた「柏崎刈羽市民ネットワーク」の共同代表でもある。「口では安全最優先と言ってきたが、本当に安全を優先して準備してきたのか」といぶかった。

「結局は、経済性を優先して早く再稼働できるように進めてきたのでは」

 市内は大雪で、近隣の高速道路や国道が一時通行止めになっていた。

「問題が起きても、避難ができない状態だったのではないか」

 原発から約3キロの「民宿たや」の須田聖子さん(61)は、「とにかく安全に一つ一つ確認しながら進めてほしい」と話す。宿は、原発の工事関係者や定期検査の作業員で支えられてきた。

「無事に営業運転が始まってこそ、本当に喜べる。過度に『不安』と騒ぎ立てたくはない」


[写真‐1]
柏崎刈羽原発6号機の制御棒を動かす装置=東京電力ホールディングス提供
[写真‐2]
東京電力柏崎刈羽原子力発電所=2026年1月19日午前10時29分、新潟県、朝日新聞社機から

朝日新聞、2026年1月22日 21時30分
わずか1日で停止の柏崎刈羽原発
相次ぐ制御棒トラブル、現場で何が

(小川裕介、戸松康雄、根津弥、西村奈緒美)
https://digital.asahi.com/articles/ASV1Q3VPYV1QUTFL017M.html

posted by fom_club at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月25日

わたしの居場所

――「この国に生まれたことが、罪ですか?」
日本で生まれ、日本語しか知らずに育ちながら、在留資格を持たず生きる子どもたちがいる。
国民健康保険にも入れず、進学や就労の道も閉ざされ、強制送還の不安と隣り合わせの日々を送る。
子どもたちを物語の主役とした書籍、池尾伸一『仮放免の子どもたち、「日本人ファースト」の標的』(講談社、2026年1月)では、データや政策を整理したコラムも収録し、外国人政策の「今」を描き出す。

爆発するクルド人へのヘイト

 明らかなフェイク(虚偽)も多く、根拠の定かでない排外的な投稿がネット空間に充満したところに、さらに2025年7月の参院選では、政治家や候補者らが演説などで非正規滞在者やクルド人への批判を口にし、人びとのクルド人へのマイナスの感情は爆発的に広がっていた。

(あっ、マズい)

 それは参院選の前日の2025年7月19日の土曜日のことだった。
 埼玉県に住むトルコの少数民族、クルド人の高校3年生のレイラ(17)は、高校の授業が終わり、JR大宮駅に向かっていて一瞬立ち止まった。
 駅前付近の広場で参政党が演説会をやっていたのだ。

「日本人ファースト。参政党はこの政策を大切にしています」
「ルールを定めずにどんどん外国人を入れた。それが、川口市が困っている原因なのじゃないのですか」

 候補者や応援演説の人が叫ぶと、聴衆が歓声を上げ、拍手をしている。
 オレンジ色ののぼり旗や日の丸の旗がはためく。

 レイラは演説が聞こえないように、両耳にイヤホンを突っ込み、音楽のボリュームを思い切り上げた。
 そして下を向いて逃げるように足を速めた。
 自分がクルド人と聴衆に分かったら何を言われるか、何をされるか、分からないのだ。
 しかし、メガホンの音は大きくイヤホンの隙間から入ってくる。

「日本を」「日本人こそ」……。
 候補者らが「日本」と繰り返すため、入ってくるたびに、いやな感じが襲う。
 呼吸が苦しくなってきた。
 走って駅に駆け込み、電車に飛び乗った。
 それでも胸のドキドキはいつまでも止まらなかった。

(やっぱり私はこの国に住んでいてはいけない人間なのか)

 日本で生まれ育って17年だ。
 それでもこの国のどこにも居場所はないのだ、と思うと、みじめな気持ちが押し寄せてきた。涙が頬を伝った。

激化する排外的な言説..….
 2023年の入管難民法改正の前後から強まったクルド人を標的にしたヘイトスピーチや、政治家による排外的な言説は、2025年7月の参院選に際して、暴風雨のように激化した。

 口火を切ったのは自民党だ。
 すでに何度か触れているが、自民党の後押しで法務省は5月に「不法滞在者ゼロプラン」を公表した。
 自民党自身も「違法外国人ゼロ」を選挙公約に入れた。

「不法滞在者」とは、在留資格を持たない外国人を指す。
 だがこの中には、母国での政治的な迫害から逃げてきたが、入管庁が難民認定しないために難民として保護されず、在留資格を取り消された人たちも多い。
 親に在留資格がないために、日本に生まれ育ちながら在留資格がない若者もいる。
 これらの人たちを「不法滞在者」という犯罪者を想起させる言葉で一括りにする政策には、日本弁護士連合会などから撤回を求める声明が相次いだ。。。

外国人に厳しい政策が「ウケる」
 しかし、自民党のベテラン議員は言った。

「外国人に厳しい政策は有権者にウケるんだよ」

 さらに過激な主張を展開したのが、参政党だ。
「日本人ファースト」をキャッチフレーズに、外国人への生活保護の停止や、社会保障の提供の制限を公約した。
 標的になったのは、在留資格のない人たちだった。
 選挙演説などで政治家や候補者が公然と差別的な発言をしたことで、X(旧ツイッター)などSNS上には「不法滞在者は全員逮捕して強制送還してください」といった言葉が急増した。

 その陰で、在留資格のない子どもたちは追い詰められていた。

 クルド人のレイラも在留資格を持っていない。
 父親は2000年代前半にトルコでクルド人政党に人を集めるための運動をしてトルコ政府に目をつけられ、何度も警察に捕まり拷問をされたという。
 海外に逃げようとしたが、トルコ政府はパスポートを発行してくれないため、お金を出して偽名のパスポートを手に入れ、日本に逃れ難民申請した。
 しかし、何度申請しても不認定が続き、在留資格は与えられなかった。
 日本でクルド女性と結婚して、レイラら子どもも生まれたが、家族の難民申請も不認定になった。
 レイラも小学校2年時から在留資格を剥奪され仮放免になってしまった。
 レイラは高学年になると、消化器系の難病を患った。
 これまで10回の手術を受けてきた。
 しかし、仮放免の身だと健康保険もないため、医療費は全額自己負担となる。
 そのたびに苦労して費用を工面する父親の姿をみて、在留資格がない家族の惨めさを痛感してきた。
 中学校に入り運動部に入ったが、ユニフォームやシューズも思うように買えない。

(自分もみんなと同じ人間で、同じ赤い血が流れているのになぜなの?)

 苦しんだ。
 高校に進学すると、レイラは大学の看護学部に進み、看護師になりたいと思うようになった。
 入院していた病院で、病気の赤ちゃんを見たのがきっかけだ。
 たくさんの管がつながれ、苦しそうだった。
 その姿に、心が締め付けられた。
 自分が代わってあげられたらとまで思った。
 小さな命の力になりたい。
 そうして、看護師を目指し勉強するようになった。
 しかし、そのころから追い打ちをかけるように「不法クルド人は強制送還しろ」などのヘイトスピーチが激化した。

外出することが怖い...…
 やがてレイラは、外出することが怖くなった。
 クルド人だと分かれば、罵倒され、直接「出て行け」と言われかねないためだ。
 どうしても外出が必要な時はフード付きのパーカーを着るようになった。
 外ではフードをすっぽりかぶり、マスクをして、クルド人だと絶対に分からないようにした。

 日本で生まれ、日本語をしゃべり、頭で何か考える時の言葉も日本語だ。
 友人の大半も、日本人。
 唯一の楽しみは友達と韓流アイドルのライブに行くことだった。
 中身は日本人だと思っているのに、日本にいることが許されないのだ。
 一方で、一度も行ったことがないトルコでは、言葉も文化も違う。
 そこで暮らしていけるとは、とても思えなかった。

(わたしが生きていく場所はないの?)

 自問自答を繰り返し、自分の存在を消したいとまで思い詰めた。
 ただ、2025年の春からは、悩むのに疲れ、「どうでもいいや」という心境になっていたという。
 フードもマスクもせずに、外出できるようになっていた。

 そこへきての参院選挙をきっかけにした、クルド人に対する攻撃の嵐。
 さらに投票前日には、候補者らの排外的なスピーチに直にさらされた。
 レイラは再びマスクをつけないと、外に出られないようになった。
 そして「ひたすら早く選挙が終わってほしいと願っていた」と言う。

 だが、選挙が終わると、もっと過酷な状況が待っていた。
 7月末、一家は東京入管に呼び出された。
 3回目の難民申請が不認定となったのを不服として審査を求めていた。
 審査は5年以上もたなざらしにされていたのが、審査棄却となり、3回目の申請の不認定が確定したのだ。
 2024年の改正入管難民法の施行以前の難民申請が手続き中だと、強制送還できない。
 そのため、入管庁は手続きを終了させ、いつでも強制送還が可能な状況に父親を追い込んだのだ。
 父親は最後の手段として難民不認定の取り消しを求める裁判に踏み切っていた。

 レイラ自身も壁にぶちあたっていた。
 日本で生まれ育ち、小さな子どもたちの命を救うため看護師になりたいと願うレイラ。
 だが、高校卒業時期が迫る中、看護師養成のコースのある大学・専門学校で、在留資格がない仮放免の子どもを受け入れてくれる学校がみつからないのだ。
 それ以外の一般的な大学でも、「在留資格がないとだめと言われてしまった」という。

 最後の頼みは、入管庁が在留特別許可により在留資格を認めてくれることだ。
 そのための審査の申し入れはしてある。
 だが、大学や専門学校への願書提出が必要な時期になっても一向に入管庁からは呼び出しがない。

 レイラは言う。

「やはりこの国にわたしの居場所はないのでしょうか」

*本記事は、池尾 伸一『仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的』(講談社、2026年1月22日発売)の一部を抜粋・編集しています。

講談社・+αオンライン、2026.01.24
「この国に、わたしの居場所はないのか」...…
“日本人ファースト”が叫ばれる街頭に居合わせたクルド人女子高生

(池尾 伸一、ジャーナリスト/東京新聞編集委員)
https://gendai.media/articles/-/162709

posted by fom_club at 06:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月24日

言うべきことを言わない世の中だと国は道を誤る

 2026年1月24日の土曜日、ヤッホーくんは次の記事を読んでビックリしていました:
 ヤッホーくんのこのブログ、次の日付けの日記をお読みください:
★ 2015年04月04日「憲政記念館
http://fom-club.seesaa.net/article/416753460.html
★ 2024年08月16日「むのたけじ、憲法をぞうきんのように使え
http://fom-club.seesaa.net/article/504383790.html
★ 2024年08月16日「斎藤隆夫がいた
http://fom-club.seesaa.net/article/504392993.html
★ 2024年08月18日「森まゆみの斎藤隆夫(3)
http://fom-club.seesaa.net/article/504419785.html
★ 2024年08月18日「森まゆみの斎藤隆夫(4)
http://fom-club.seesaa.net/article/504420461.html
。。。
▽ 小泉元首相の言葉
 石破は2026年1月13日、高市早苗首相が1月23日召集の通常国会冒頭に衆院を解散する意向を固めたことを受け、記者団に言い切った。

「解散権を持つ首相の判断だが、3年連続の国政選挙だ。何を国民に問うのか、首相は明確に述べなければならない」

 首相退任以降に目立つのは、高市政権に対する厳しい発信だ。
 前首相の「物言い」に反響は大きく、党内外には波紋が広がった。
 2024年10月の石破内閣発足に当たり法相に起用された牧原秀樹元衆院議員は、X(旧ツイッター)に「昔、小泉純一郎元首相が『自分が辞めた後は何を言っても現職総理に迷惑がかかる。(略)沈黙こそ使命だ』とおっしゃっていた。石破前首相にはその言葉を送りたい」と投稿。
 昨年2025年7月の参院選で落選した佐藤正久元参院議員は「コメントするだけ無駄。『丁寧な無視』で十分」と切り捨てた。

▽ あの戦争に行ったやつが……
 石破が発言を続ける理由を探ると、政治家としての「原点」が浮かび上がる。
 1981年、三井銀行(当時)の一行員だった石破は参院議員の父・二朗を亡くした。
 東京の葬儀で葬儀委員長を引き受けたのは「闇将軍」と呼ばれ権勢を誇っていた元首相・田中角栄(1918-1993)。
 後日、お礼のため東京・目白の田中邸に足を運んだ24歳の石破に、田中はこう言い放った。

「今すぐ会葬お礼の名刺を作って、鳥取の葬儀に来てくれた3500人を1軒1軒、全部回れ。君がお父さんの遺志を継ぐんだ」

 虚を突かれ「参院議員の被選挙権は30歳」「政治家にはなるな、が父の遺言だった」と精いっぱい反論する石破に、田中は目の前の机をばーんとたたき、たたみかけた。

「君は衆院選に出るんだ。いいか覚えておけ。日本の全てのことは、この目白で決まるんだ!」

 田中の迫力に気おされ、政治の道に飛び込んだ石破。
 そんな「政治の師」の最大の教えが「あの戦争に行ったやつがこの国の中心からいなくなった時が怖い。だから、よくよく勉強してもらわねばならない」だった。

「あの戦争」とは1937年に始まった日中戦争と、1941年開戦の太平洋戦争だ。
 田中にも旧満州への出征経験があった。

「あの戦争に行ったやつがこの国の中心からいなくなった時が怖い」

 この言葉は「今も耳にこびりついている」(石破)。
。。。
▽ 「反軍演説」の教訓
 議会、メディアが軍部に物申さず、戦争に突入した過ちを繰り返してはならない。
 前首相の石破茂(1957年生まれ)のその思いの強さは、戦後80年に当たり、首相退任直前に発表した「内閣総理大臣所感」の、いわゆる「反軍演説」の引用に色濃くにじんだ。
 1940年2月の帝国議会で斎藤隆夫衆院議員が日中戦争を「聖戦の美名に隠れて国民的犠牲を閑却(なおざりに)し…」と糾弾した演説だ。

 当時の軍部は「聖戦の目的を冒涜するものだ」と激しく反発。
 小山松寿衆院議長が職権で議事録の大部分を削除した。
 結局、斎藤は賛成296票、反対7票で衆院を除名される。
 太平洋戦争前夜、当時の議会は軍部への統制を失っていた。
 削除された議事録は今も復元されていない。

 長年、演説の議事録復活を求めている立民の長妻昭は「斎藤は決してリベラル派だったわけではない。リアリストだった」と指摘する。
 問題は地に足着けた批判さえ許さないという、当時の空気だろう。

 石破は80年所感で「冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはならない」と訴えた。
https://www.kantei.go.jp/jp/content/20251010shokan.pdf

 言うべきことを言わない世の中だと国は道を誤る―― 石破の根底には、その危機感が強くある。

▽ 小選挙区制導入への警告
 ところで、政権批判は野党だけの役割なのだろうか。
 かつての自民は、党内で権力闘争と重なる形での激論がたびたび交わされた。
 党の体質変化のきっかけを、1996年の衆院小選挙区制導入に求める声は根強い。

 当時、強く反対していた元首相・小泉純一郎は「こんな選挙制度にしてみろ。党本部と首相官邸の言うことしか聞かない国会議員ばかりになるぞ」と小選挙区推進派の若手議員に予言していた。
 一つの小選挙区からの当選者が1人になれば、政党の公認を得られるかどうかが死活的に重要な問題となる。
 必然、公認権を持つ党執行部の力が強まり、政権の意向に意見する国会議員がいなくなるという論法だった。

 石破は、自民の変容を「キジも鳴かずば打たれまい、で物を言う人が減った」と証言する。
 小泉の警告を直接受けていた張本人が、小選挙区導入を声高に訴えていた石破だったのは、歴史の皮肉かもしれない。

普遍と不変
 太平洋戦争の端緒を開いた米ハワイの真珠湾攻撃から84年目に当たる昨年2025年12月8日。
 共同通信は首相退任後の石破にインタビューした。
 自身の政権運営や今の政治課題をひとしきり語った後に口にしたのは、やはり「あの戦争」だった。

もし1941年12月8日に世論調査があったら、日米開戦を支持する世論は95%には届いただろう。米国との戦争はやめろ、と言うのは非国民だった

 独り言のようにつぶやくと、そのまま虚空を見つめた。
 自民にいながら野党のように振る舞い、時の政権に物申してきた。
 高市政権への直言もこの流れに沿うものだ。
 一時は離党をも経験した石破は「永田町のはぐれ者」と言っていいかもしれない。
 よく耳にする人物評は「後ろから鉄砲を撃つ」「裏切り者」だ。

 昨年2025年12月のCS番組でこの点を問われた石破は「そういうのが嫌だからみんな黙っちゃう。そうすると、何も意見を言わない政党っていうのは一体何なのかね。『これ、おかしいよね』ということをおかしいと言わないままだと、本当に恐ろしい世の中になる」と返した。
 自身の内に根付く普遍的な考えが垣間見えた瞬間だった。

 インタビューの最後、石破に首相再登板への意欲を問うた。

「もういい。ただ『やれ』と言われた時『できません』と返すようなら、国会議員を続ける意味はない」

 笑みをたたえながら答えた言い回しは、就任前と一言一句変わらなかった。


[写真‐1]
田中角栄氏(右)と石破茂氏=1983年撮影(石破茂事務所提供)
[写真‐2]
斎藤隆夫氏
[写真‐3]
政治改革を実現する若手議員の会代表世話人の石破茂氏(右)。政治改革実現を求める署名簿を当時の宮沢首相に手渡した後、記者会見した=1993年5月
[写真‐4]
戦後80年に合わせ「内閣総理大臣所感」を発表する石破首相(当時)=2025年10月10日、首相官邸

47 NEWS、2026/01/24
批判されても、嫌われても、前首相・石破茂が「黙らない」理由
24歳、「闇将軍」と呼ばれた政治の師の教えが原点
再登板への意欲は……

(共同通信)
https://news.jp/i/1385141033685942840?c=39546741839462401

 加害の歴史には直接触れず、平和国家としての未来像が明確に示されたわけでもない。
 それでも、先の大戦をなぜ避けられなかったのかをつぶさに検証し、教訓とすべきだとの石破首相の問題意識は十分伝わってくる。

 閣議決定した政府の正式見解ではなく、退任間際の表明であっても、首相として発したメッセージは重い。
 国内外で分断と対立、無責任なポピュリズムや偏狭なナショナリズムへの懸念が高まる中、言いっ放しに終わらせず、現実の政治や社会にどう生かすか―― 首相は任を退いた後も大きな責任を負う。

 首相が2025年10月10日に記者会見し、戦後80年に寄せた「所感」を発表した。
 歴史認識については、歴代内閣の立場を引き継ぐと簡単に前置きしただけで、大半が国内の政治体制がなぜ歯止めにならなかったのかの分析にあてられた。

 政治が軍事に優先する「文民統制」が、当時の大日本帝国憲法下では制度上存在しなかった、政党が国民の信頼を失い、議会とメディアもチェック機能を果たせなかったことなどが挙げられた。

 歴代内閣は戦後の節目で、閣議決定を経た「首相談話」を発表してきた。
 戦後50年の村山談話には「植民地支配と侵略」に対する「痛切な反省」と「心からのお詫(わ)び」が盛り込まれ、戦後60年の小泉談話も同じ表現を繰り返した。
 戦後70年の安倍談話も「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」とした。

 ただ、自民党内には安倍談話で謝罪には区切りがついたとして、戦後80年談話を出すことに強い異論があり、首相は個人の「所感」にとどめざるをえなかった

 参院選大敗後の「石破おろし」もあって、発表時期も終戦記念日の8月15日ではなく、退任直前となり、有識者の知見を糾合する手続きも踏まれなかった。

 自民の高市早苗新総裁は、村山談話に否定的な考えを繰り返し示してきた。首相が見解を出すことにも反対を明言した。
 体制が一変した党内で、所感でも強調した「他者の主張にも謙虚に耳を傾ける寛容さを持った本来のリベラリズム」を体現できるのかが問われる。

 所感では、戦前の斎藤隆夫衆院議員による「反軍演説」の3分の2が議事録から削除されたままになっていることに触れた。
 首相は復活に向け、森山裕幹事長に野党との調整を指示した。
 その後の執行部の交代によって立ち消えにさせず、実現にこぎつけられるか―― 首相の「有言実行」の試金石となる。


[写真]
戦後80年の節目に合わせて、所感を発表した後、質問に答える石破茂首相=2025年10月10日、首相官邸

朝日新聞・社説、2025年10月13日 5時00分
首相80年所感
言いっ放しで済ますな

https://digital.asahi.com/articles/DA3S16322073.html

[参考]読売新聞、2025/10/08 15:00
石破首相が議事録復活に執念……
「反軍演説」に保守リベラルの論客・斎藤隆夫が込めた思いとは

(編集委員 丸山淳一)
https://www.yomiuri.co.jp/column/japanesehistory/20251006-OYT8T50114/

posted by fom_club at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハッピハッピハッピー♪

 五輪メダリストの5歳の息子は、アイスクリームが大の好物だという。
 1個では足りなくて「2個食べないと元気が出ないんだ」と絶望したような顔をして、おねだりするそうだ。
 女子柔道の松本薫(1987年生まれ)さんが北國新聞の連載コラムに書いていた。

「しょうがないなぁ。これで最後だよ」と言えば、息子の顔はパアッと明るくなる。
「ハッピハッピハッピー♪」
 歌いながら、スキップするようにしてアイスを取りに行くのだとか。

 5歳児は言い間違いも、可愛い。
 例えば、ほっぺたはホペットだ。
 正してあげようと思うけど「ママのホペットに何かついてるよ」なんて言われると、直すのがもったいないくらいに愛(いと)おしくなる。
 松本さんはつぶやく。

「幸せって案外このぐらいでいいんだよなぁ」

 思い出したのは、茨木(いばらぎ)のり子(1926-2006)さんの「答」と題した詩である。
 詩人は14歳のとき、祖母に問いかけたことがあった。

〈ばばさまが一番幸せだったのは/いつだった?〉

 ゆっくり思いをめぐらすと思いきや、祖母の答えは間髪を入れずだった。

〈火鉢のまわりに子供たちを坐らせて/かきもちを焼いてやったとき〉

 それから長い年月が過ぎ、詩人が自分の老いを感じるようになったころ、彼女は祖母の言葉を思い出し、しみじみとかみしめる。
 あのたった一言のなかに籠(こ)められていたものを。

〈かきもちのように薄い薄い塩味のものを〉

 幸せって何だろう―― そう問われたら、私は何と答えよう。
 白い冬の空を見上げる。
 アイス、2個かな?


朝日新聞・天声人語、2026年1月24日 5時00分
幸せとアイスクリーム
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16388368.html

※ 松本薫(1987年、金沢市生まれ)
 幼少期から兄姉と岩井柔道塾に通う。味噌蔵町小−兼六中−金沢学院大附属高−帝京大。
 2012年ロンドン五輪57キロ級金メダル、2016年リオデジャネイロ五輪57キロ級銅メダル。209年現役引退、同年から「ダシーズギルトフリー
アイスクリームラボ」で製品開発から販売まで携わる。2010、2012、2016年北國スポーツ特別賞。二児の母。北國新聞で「野獣の子育て」連載中。2024年7月単行本として刊行。
 松本氏は子育て中の家庭において大切なのは対話であり、「子育ては一人では無理。私たち夫婦は、積極的に意見や思いを伝えながら助け合っている。夫には地位も名誉もお金もいらない、この家族といっしょに一生懸命がんばろうという思いだけでいいと伝えている。だからこそ対話を重ね、“ありがとう”と声にすることを大事にしている」と、笑顔が輝く家族円満の秘訣を紹介しました。
・・・石川県羽咋(はくい)市主催(共催:こども家庭庁)、2025年1月18日、トークショー「野獣の子育て子供の笑顔が地域を照らす」

習い事は、子どもが自分から「やりたい!」と言ったものを
―― 子どもたちには、柔道を習わせていますか? 松本さんが教えているのでしょうか。
松本薫: 2人とも、まだ柔道は習わせていません。私が親だとわかったら指導者もやりにくいと思って・・・。子どもたちも「柔道を習いたい」とはまだ言いません。もし「習いたい」と言ったら「柔道って楽しいと思える道場」を選びたいなとは考えていて、下調べはしてあります。
 私は5人きょうだいの4番目で、きょうだいも柔道を習っていました。子どものころから通っていた道場は、とにかく厳しくて・・・。厳しかったからこそ強くなれたのかもしれませんが、やはり楽しくないと続かないと思うんです。
 子どもたちに教えるというほどではありませんが、自宅では遊びを通して「お家柔道」をしています。マットを敷いて、頭の守り方や受け身などを教えています。転んだときとかに役立つんです。受け身はいろいろなことの基本ですね。

―― 2人の子どもたちは何か習い事はしていますか。
松本: 7歳の長女は、水泳と学習塾。4歳の長男は、ピアノと学習塾です。子どもたちが自分から「やりたい!」と言うものを習わせています。以前、長女を家の近所にあるダンス教室に通わせたことがあったんです。でも自分の意思で始めたことではないので、やる気がないんですよね。その経験があって、わが家は「自分からやりたい!」というものだけを習わせることにしています。

―― 子どもたちの習い事を、アスリート目線で見ることはありますか?
松本: つい癖でアスリート目線で見てしまうことがあります。娘が「水泳を習いたい」と言ったときも、私がまず思ったのは水泳選手のとてつもない練習量です。「そんなに練習できるの?」「ハードだけどついていける?」「塩素で髪の毛の色も抜けるよ」などと思って、ママ友だちに相談したんです。そしたらママ友だちに「そこまで考えなくていいよ! 『やりたい!』って言うならやらせてあげたら?」と言われて・・・。私、癖が抜けずについアスリートの目線になっていたんです。そんなずれに気づかせてくれたママ友だちに感謝ですね〜。

距離をつめてくるママ友だちは、本能的に敵だと思っていた
―― そうしたアスリートとしての考え方は、抜けないものなのでしょうか。
松本: 私が、徹底して教えられたことの1つがドーピング違反についてです。「飲み物やお菓子などをもらっても、絶対口にしないこと」と徹底的に教えられました。そうした指導がすっかり染みついていて、ママ友だちに「ハロウィンのお菓子作ったから食べて」なんて言われると、「変な薬入っていない?」「ドーピングで引っかからない?」とつい思ってしまって。アスリートとしての心構えが染みついているんです。

―― ママ友だちとのつき合いなどでとまどったことはありますか。
松本: 最初のころ、私はママ友だちはみんな敵だと思っていたんです。これは勝負の世界に長くいた経験から来るものです。まずはママ友だちの距離感のつめ方に警戒しました。「寒いよね〜」「衣替えした?」など、たわいもない話をしながら無防備に近づいてくることに驚きました。近づいたり、目を合わせてくるママ友だちは、みんな敵だと勝手に思っていました。油断できないという感じです。
 アスリートの世界は、たとえばジュニアで招集されても、どんどん振るいにかけて落とされていくんです。明日はわが身です。そういう環境で育ってきたので、気がつけばまわりの人はみんなライバルと思うようになってしまっていました。その感覚が、いつまでも抜けなかったんです。
 でも今は、みんな敵なんて思っていません。「みんないい人なんだね〜。実は私、みんなのこと敵だと思っていたんだ」と話したら、ママ友だちにゲラゲラ笑われたこともあります。

―― 松本さんにとっては、現役時代と比べると今の生活は別世界という感じでしょうか。
松本: 子どもが生まれて、自分1人では乗り越えられないことがあるとわかり「助けて」「手伝って」「教えて」と言えるようになってから、世界がガラリと変わりました。
 もともと負けず嫌いな性格で「自分の弱さを出すと、足元をすくわれる!」「弱い自分なんて出しちゃいけない!」とずっと思っていたので。
でも「助けて」「手伝って」「教えて」と言えるようになってから、「世の中ってこんなに生きやすいんだ!」と思えたんです。
 今では、子どもの具合が悪くて気になる様子があると、ママ友だちや隣のおうちの人に「こういうことってあった?」と聞いたり、ちょっと子どもを見ていてほしいときにお願いしたりしています。

―― ほかに子育てをしていて気づいたことはありますか?
松本: 哺乳びんが減量中に便利だ、ということです(笑)。長女が赤ちゃんのとき「哺乳びんって、どんな感じで飲めるんだろう?」と疑問に思い、試したんです。そしたら、少しずつ水が出てきて、減量のときにぴったりでした! 現役時代は減量はつきものです。そのとき水分補給はゼロにはできないけれど、難しいんです。ペットボトルで水を飲むと、飲み過ぎてしまうこともありました。でも哺乳びんだと、点滴のように少量ずつゆっくり飲めるので、現役時代は、娘のお下がりの哺乳びんを使って、家で水分補給していました。乳首のサイズが「L」だと出すぎてしまうので「S」を使っていましたね。

パリオリンピックでは、選手たちの背景、背負っているものを考えるように
―― 2024年夏に開催されたパリ五輪では、松本さんは柔道の解説を務めました。松本さんが柔道混合団体の決勝で、日本が敗れたとき選手に贈った「謝らなくていい。本当によく頑張りました」「この悔しさを許せるときが来る」といった言葉が印象的でした。優しさが伝わってきました。
松本: 子どもが生まれてから、勝った選手にも負けた選手にも、応援してくれる人たちがたくさんいる。みんな何かを犠牲にして、この大舞台に立っているということを改めて感じるようになったんです。またママ目線で見るようになり、「この選手がわが子だったらどんなふうに言葉をかけてあげたらいいんだろう?」と思うようになりました。

―― 子どもたちが何か失敗したとき、どんなふうに言葉をかけていますか。
松本: たとえば下の子がピアノの練習で、うまくいかないときは「そこまでできたの? すごい!」とできたところをほめるようにしています。できなかったところを指摘したり、上手に弾けていないことを責めたりはしないようにしています。
 子どもの性格にもよりますが、私は、自分の経験から「頑張れ!」とはあまり言いたくないんです。今でこそ「頑張れ!」と言ってもらえることは幸せなことと思えるようになりましたが、昔は夫に「頑張れ!」と言われて、カチンと来て「これ以上は無理!」と怒ったこともあります。「頑張れ!」と言われても、これ以上は無理なことってあるんです。
 アスリートでなくても、人生には勝ち負けがつきものですよね。受験に落ちたり、好きな人に振られたり……。そんなとき、わが子の心に届く言葉をかけてあげたいと思っています。


[写真]現役時代の松本さん。野獣の愛称で親しまれていた。

BENESSE・たまひよONLINE、2024/11/04
[金メダリストで2児の母・松本薫]
「弱みを見せたら、足元をすくわれる」、「目が合うママ友だちはみんな敵」と思っていた

(取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部)
https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=199608

※ 茨木のり子(1926-2006)「答」
ばばさま 
ばばさま
今までで
ばばさまが一番幸せだったのは
いつだった?
14歳の私は突然祖母に問いかけた
ひどくさびしそうに見えた日に

来しかたを振りかえり
ゆっくりと思いをめぐらすと思いきや
祖母の答えは間髪を入れずだった
「火鉢のまわりに子どもたちを坐らせて
かきもちを焼いてやったとき」

ふぶく夕
雪女のあらわれそうな夜
ほのかなランプのもとに、5、6人
膝をそろえ 火鉢をかこんで坐っていた
その子らの中に 私の母もいたのだろう
ながくながく準備されてきたような
問われることを待っていたような
あまりに具体的な
答えの迅さに驚いて
あれから50年
ひとびとはみな
掻き消すように居なくなり

私の胸の中でだけ
ときおりさざめく
つつましい団欒
幻のかまくら

あの頃の祖母の年さえ とっくに過ぎて
いま しみじみと噛みしめる
たった一言のなかに籠められていた
かきもちのように薄い薄い 塩味のものを


posted by fom_club at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私たちは統一教会に家庭を破壊された

 将来の夢は「石ころ」――。
 高校の卒業アルバムに書いた言葉を問われ、彼はそう答えた。

「ろくなことがないだろうということです」

 45歳となったいまの自分についても「生きているべきではなかったと思います」と語った。

 安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也(1980年生まれ)被告に、無期懲役の判決が下された。
 罪と罰のあり方を思うとき、この量刑は重いのか、どうなのか。
 何とも、やりきれない気持ちになる事件である。

 言うまでもなく、彼は断罪されるべき加害者である。
 だが同時に、悲惨な生い立ちを背負わされた被害者でもある。
 この二つの顔を一緒にはできず、かといって、まったく別に考えるのも難しい。

「私たちは統一教会に家庭を破壊された」

 被告の妹の証言は重く悲しい。
 相談先も見つからず「合法的な方法ではどうしようもなかった」。
 そう語る彼女らのために、私を含むこの社会は何をしてきたか。
 そんな教団側と癒着を続けた政治とは何だったか

「一本の指のうずきは、同時に、全身の苦痛である」

 戦前、大阪毎日新聞の社長だった本山彦一(1853-1932)は言っていた。
 世の一隅で暗涙にむせぶ人を、指先の小さな痛みにたとえ、それを社会全体の悩みとして受け止められないかとの訴えだった。

 そもそも社会の強さとは、何だろう。
 それは兵器の多さでもなく、株価の高さでもない。
 石ころになりたいと苦悩する人の存在にいかに気づき、救えるか。当たり前のことを、もう一度、胸に刻みたい。


朝日新聞・天声人語、2026年1月22日 5時00分
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16386727.html

 山上被告の裁判の傍聴を続けてきたジャーナリストの鈴木エイト(1968年生まれ)さんが閉廷後、朝日新聞の取材に応じた。
 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題を長年取材してきた鈴木さんは、判決前の今月2026年1月14日と19日の2回、大阪拘置所で被告と接見したという。
 検察側の求刑通りの無期懲役という刑の重さについて「重すぎる。事件を彼1人に背負わせていいのか、とすごく感じた」と語った。

 鈴木さんは、被告の起こした事件を「『宗教2世』と呼ばれる社会問題の被害者が、人生の居場所を奪われた背景のなかで起こした事件だ」と位置づける。
 その上で、有期刑ではなく、仮釈放されるまでの年数が長期化しているとされる「無期懲役」とした判断について「社会から居場所を奪われた人に、戻ってくる余地を与えないような判決になったと思う」と述べた。

「(被告が)行ったことは当然非難されるべきで、適切な量刑を受けるべきだが、(社会の側から)適切なことが行われていればこういう事件が起こらなかった、というところを、裁判所にはもっと深く見てほしかった」

 接見の際、被告が「(旧)統一教会のことは譲れない」と語った言葉が、強く印象に残っているという。
 鈴木さんは「そこに自分がこだわったから事件が起きたんだ、というニュアンスで言っていた。社会問題の被害者がなぜこんな重大な事件を起こしてしまったのか。彼と同じような存在を生み出さないために、(彼に)それを社会に伝えてほしかった」と話した。


[動画]
[写真]
山上徹也被告に無期懲役の判決が言い渡された後、取材に応じるジャーナリストの鈴木エイトさん=2026年1月21日午後2時56分、奈良市

朝日新聞、2026年1月21日 20時28分
判決前に山上被告と接見
鈴木エイトさん、無期懲役に「重すぎる」

https://digital.asahi.com/articles/ASV1N1RSLV1NOXIE00CM.html

「私たちは家庭を壊された被害者ですが、法的にはなんの被害者でもありません。親が宗教に入ってしまった場合の相談窓口は探したけど、そんなところはありませんでした」

 安倍晋三元首相銃撃事件の第9回公判。
 弁護側証人として出廷した山上徹也被告(45)の妹は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)による宗教被害に苦しんでいた一家の記憶をそうたどった。 

 被告は、教団に復讐(ふくしゅう)するため、事件を起こした。
「他に取り得る手段はなかったか」という問いに、妹は「徹也は絶望の果てにあった」ときっぱりと反論した。

20年前から深刻化も 対応なおざり
 被告の母親が教団に入信した1991年ごろは、教団の霊感商法や合同結婚式がテレビで取り上げられていた時期だった。

「実の母よりワイドショーを信じるのかと言われると、そうとは言えなかった」(被告)

 母親は子育てを放り出し、教団の教えの実践にまい進した。
 小学生だった妹が40度の熱を出した日も、教団行事を優先した。

 妹は法廷で「私と徹也だけでも児童養護施設に入ればよかった」と回想し、「母は成人で、自らの意思で自らの財産を献金していたので、子どもの私たちが口出しすることは到底できませんでした」と当時の窮状を訴えた。

 教団の被害救済に取り組む全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)によると、宗教2世の問題が深刻化していることは20年ほど前から把握していた。
 ただ、全国弁連は教団に対抗する活動で手いっぱいで、公的な救済策もなく、半ば見放されてきたという。
 宗教2世に直接関わるのは信者である親だが、その親を支配しているのが教団だ。
 責任の所在の見極めが難しいという課題もあった。

 証人として出廷した全国弁連の山口広弁護士は「きちんと窓口を設けて裁判を起こしていれば、被告も参加してくれたこともあり得た。努力が足りなかった」と悔やんだ。

支援、行き届いてない
 被告の境遇を我が事として捉える宗教2世は少なくない。
 四国地方に住む20代男性もその一人だ。

「信者であることは絶対に言えず、相談場所もなかった。誰にも話せないのが一番つらい」

 男性は幼い頃から両親に信仰を強制された。
「やめたい」と泣きながら訴えたこともあったが、聞き入れられなかった。

 唯一の理解者だった双子の弟は生い立ちに苦しみ、2024年に自殺した。
 男性は心の病にかかり、今も孤独感が拭えない。
「精通した専門家やカウンセラーは十分におらず、支援が行き届いていない」と嘆く。

 事件を受けて厚生労働省は2022年12月、宗教を背景とした児童虐待への対応指針を初めて取りまとめた。
▽ 身体的虐待
▽ 心理的虐待
▽ 性的虐待
▽ ネグレクト
――の4類型を例示し、背景に信仰があったとしても虐待に該当するなら、子どもの安全確保が必要だと踏み込み、全国の児童相談所(児相)や自治体に通知した。

 指針は宗教虐待から子どもを守る「道しるべ」。
 社会に埋もれた宗教虐待の掘り起こしにつながることが期待されているが、各家庭の状況は千差万別で、信仰か虐待かの見極めは容易ではない。

 関西地方の児相の担当者は「背景に宗教があるかまでは検討していない」と打ち明ける。
 虐待に関する通報や相談が多く寄せられる児相には余裕がないこともあり、対象者の内面にまで踏み込む必要があるケースの対応は難しいという。

 東北地方の児相の担当者は「本人がSOSを出してくれればいいが、親の影響で本人も自覚していないケースもあるのでは」と指摘し、緊急的に子どもを引き受ける一時保護は「難しいと思う」とした。

識者「関係機関で積極介入を」
 2024年に発表された国による宗教虐待に関する初の大規模実態調査でもSOSを拾い上げる難しさが示された。

 調査に応じた全国229ヶ所の児相のうち、37ヶ所が宗教虐待の疑いのある計47件について相談対応していたことが判明した。
 半数近くは子ども本人の相談がきっかけだった。

 課題を尋ねたところ、全体の65・5%が「子ども本人が虐待であると気づきにくく、早期発見が難しい」と回答していた。
 子どもが宗教の影響を受けている場合の介入の難しさや、子どもの権利を最優先させることを保護者に理解してもらうことの困難さを指摘する意見もあった。

 児相での対応には限界があるとして、「宗教法人法や刑法で明確に犯罪であることを規定すべきだ」との提言もみられた。

 カルト問題に詳しい立正大学の西田公昭教授(社会心理学)は「厚労省は通達という形で人も金も出さずに現場の仕事を増やしただけ。『やった感』を出すだけでは、宗教2世の無力感はより強まる。相談窓口を用意しているという待ちの姿勢では根本的に何も変わらない。児相、児童心理司をはじめ、関係機関が宗教2世に対する理解を深め、積極的にアプローチする支援体制が必要だ」と指摘する。

 被告に無期懲役の判決を言い渡した2026年1月21日の奈良地裁判決。

「宗教2世として不遇な幼少期、青年期を送っていると強く思った。そういった境遇がなければ、持ち前の頭の良さで大成していたと思う」

 判決後、記者会見に応じた40代の男性裁判員は、被告の過酷な半生に思いを巡らせた。


[写真‐1]
奈良地裁=奈良市で2025年10月28日午前11時36分
[写真‐2]
奈良県警奈良西署から移送される山上徹也被告=奈良市で2023年2月14日午前10時14分
[写真‐3]
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の本部がある建物群。一番上に位置する建物が、韓鶴子総裁が住むとされる「天正宮博物館」=韓国北部・京畿道加平郡で2025年7月25日

毎日新聞、2026/1/22 14:00
埋もれた「宗教2世」のSOS
掘り起こせるか
救済は道半ば

(林みづき、木谷郁佳、飯塚りりん)
https://mainichi.jp/articles/20260122/k00/00m/040/024000c

posted by fom_club at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月23日

自分のため、相手のためではなく『私たちみんなのため』

「海外災害支援目指す21歳。神戸から、命の恩返し」の山口穂菜美さんの続きです:

[参考]
☆ 立命館大学広報課・キラリと輝く学生+Rな人
能登半島地震の足湯ボランティアから学ぶ地域 一人ひとりとのつながり
HONAMI YAMAGUCHI
https://www.ritsumei.ac.jp/features/r_na_hito/entry/?post=278

☆ 京都学生FAST 
京都府内の大学生消防防災サークルで構成された京都府公認の学生ネットワーク。
「京都学生FAST」に参加している大学サークルは13大学あり、約280名の学生がそれぞれの大学で活動しています。
<「京都学生FAST」事業の3つの目指すところ>
1. 「学生のまち京都」の強みを活かし、若いチカラと発想で防災を盛り上げる!
2. 学生にとって防災(消防団等)を身近なものにする!
3. 将来の地域防災リーダーとして活躍する若い人材を育てる!
・「京都学生FAST」啓発リーフレット
表面: https://www.pref.kyoto.jp/shobo/documents/tirashiomote.jpg
裏面: https://www.pref.kyoto.jp/shobo/documents/tirashiura.jpg

京都府公式サイト
https://www.pref.kyoto.jp/shobo/kyotogakuseifast.html

☆ Facebook
https://www.facebook.com/kyotogakuseifast/ 

 災害は世界中どこでも起きるし、いつ起こるかは分からない。
 海外の現場に赴いて救急救命や医療などの活動をする仕事を目指している山口穂菜美さん(21)は、立命館大入学後に自らにこんな問いかけをしていた。

「被災地に行ったとしても、自分は『誰かのため』になる活動ができるのだろうか」

 大学1年だった2023年秋、キャンパスのある京都市の消防団の門をたたいた。
 地域防災に関わることで、自分はどんな社会貢献ができるのか考えたかったからだ。
 市内で200を超す消防団の一つ「北消防団紫竹(しちく)分団」に加わった。

 だが、活動は簡単ではなかった。
 訓練では重さ約8キロのホースを持って走り、60メートルほど先の的に向けて放水する。
 判断力や集中力も不可欠だ。

 筋力トレーニングに励みながら、街に出ては拍子木を打ち鳴らし「火の用心」を呼びかけてきた。

 同じ頃、「京都学生FAST」という学生サークルを知り、参加した。
 FASTは「Fire And Safety Team」の略だ。
 消防防災のため「大学と地域の懸け橋に」という理念を掲げて、佛教大など京都の4大学が参画して発足した。
 京都府が公認する団体だ。

 今は13大学約200人に増え、山口さんはその代表を務める。
 だが入った当時、肝心の立命館大の活動実態がなかった。
 佛教大のメンバーに教えを請い、一人で学校周辺の防火を呼びかけて回った。

能登入りに迷い
 翌24年の元日、能登半島地震が起きると気がせいた。

「自分は防災サークルの部員で、消防団員でもある。培ってきたことを役立てる時なのに……」

 そう考えたが、現地に入ってのボランティア活動には迷いがあった。
 石川県の馳浩知事の発言が気になっていた。

「民間のボランティア、個人的なですね、能登への通行をやめてください」

 一緒に石川へ入ろうとした友人は見送りを決めていた。
 離れて暮らす母に電話して相談すると、反対されなかった。
 山口さんは能登へ向かう決意をしたが、母は娘の心の揺れを察したのだろう。
 山口さんが能登へ出発する前日、京都に立ち寄り夕食に誘った。
 母は「被災者の助けになってあげて」と思ってくれていたようだったが、被災地やボランティアについてほとんど触れなかった。

「気をつけてね。風邪ひかんように」

 手渡された袋には、寝袋とカイロが入っていた。
 山口さんは吹っ切れたような気がした。

「ただ『何か役に立ちたい』っていう素直な気持ちに従おう」

 地震から1ヶ月半余りがたった2月、神戸市のNGO「CODE海外災害援助市民センター」が募る「やさしや足湯隊」のボランティアの一員として、他大学の学生らと一緒に能登半島北部の石川県輪島市の避難所へ向かった。

※ 「CODE海外災害援助市民センター」は、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに「困ったときはお互いさま」の心で海外の被災地支援を行っています。災害時の支えあい・学びあいを通して地球の市民どうしのつながりを築いています(神戸市兵庫区中道通2-1-10 Tel 078-578-7744)。
https://code-jp.org/

 被災地の多くの場所で電気やガスが復旧しておらず、断水も続いていた。
 給水所から運んできた水をガスボンベで温めた。
 たらいに張った湯に被災者の足を浸してもらい、手をさすったり握りしめたりしながら一対一で話を聞く。
 血行が良くなり体が温まると緊張がほぐれ、被災者との間に人間関係が徐々にできていく。
 でも大事なのはそれからだった。

「余震が続き、安心して眠れんのよ」

 心身の悩みや被災地の課題を、何気なくぽつりぽつりとつぶやくのだ。
 一人ひとりがさらけ出す言葉を「つぶやきカード」に記載し、支えにつながるすべを話し合った。

「遠い所から来てくれて気の毒な」

「気の毒」は方言で「ありがとう」の意味。山口さんは被災者の言葉に救われた思いがした。

みんなのため 動く
 活動を終え、京都での日常生活に戻ると、能登とのギャップの大きさを感じた。
 被災者の姿が心に浮かび、気になって仕方がなかった。
「できることをやろう」と奮起した。

 大学では能登の現状や、災害時の備えなど防災活動を呼びかける月刊新聞を作成して配布した。
 すると、少しずつ仲間も増えた。
 その後再び被災地を訪れ、かき氷をふるまったり、地域の祭りに参加したりした。
 実際に活動して気付いたことがあった。

「被災者は十人十色。だから支える側も多彩でちょうどいい。『誰かのため』って、現地に行くだけでも必ず誰かの何かしらのプラスになる」

 それでも、気になることがあった。
 2024年9月の能登豪雨の後も被災地へ。
 京都に帰ると、「偽善じゃないの?」という周囲の冷ややかな視線を感じた。
 もちろん応援してくれる友人はいたが、批判されている空気に包まれていることも度々あった。

 そういう時は自分に言い聞かせた。
 災害の場所が変われば、立場が入れ替わる。

「困った時に助け合うのはお互いさま。そして、何よりも無力ではない自分でいたい」

被災者が力に
 心の支えになったのが、1枚の写真だった。

 撮影地は2025年3月の輪島市門前町深見。
 背景の山は、地震と豪雨による土石流で斜面が崩落し、海岸線は隆起している。
 仮設住宅に暮らすおばあちゃんを真ん中に、山口さんとボランティア仲間の学生が笑顔で体を寄せ合っている。

「仮設住宅に飾るから一緒に」

 おばあちゃんにそう提案されて撮った。
 ボランティアとして、山口さんはおばあちゃんの自宅近くに足を運び、土砂に埋もれていた家財を一緒に捜した。
 自転車を見つけ、運び出した時だった。
 おばあちゃんがこう言った。

「小さいのに力持ちやなあ。あんたなら人を助ける仕事に絶対に就けるわ」

 京都に戻ってから弱気や迷いが生じても、この写真を見つめると力をもらえた。

「おばあちゃんが『大丈夫や』って私を応援してくれている」

 能登でのボランティア活動で、被災者が自分を成長させてくれた気がした。
 そして目標がはっきりと定まった。

「被災地ではさまざまな支援者がいて、それぞれができることを黙々とこなしていました。目指していた姿に触れたような思いがしました」

 こうした経験の積み重ねが、後に米国で研修を受ける動機につながった。

 近ごろ、新たに取り組んでいることがある。
 学生サークル「京都学生FAST」の仲間と、防災を学ぶボードゲームを作った。
 いざ災害の時、各自が判断する力を付けてもらうためだ。
 京都市内外の公共施設などへ出向き、このボードゲームを使って学ぶ機会を設けている。

 2025年12月、青森県東方沖を震源とする最大震度6強の地震が起きた時には、交流サイト(SNS)を駆使した。

 政府は、その後に発生する恐れがある巨大地震への警戒を求めて「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表した。
 山口さんは、多くの外国籍の住民に情報が伝わるよう、英文とイラストで高台避難などをSNSで呼びかけた。

 世界各地の災害現場での緊急援助活動に長年取り組んできた大学の先輩らに、自身の活動について相談した。

ボランティア活動は被災者への押しつけには決してならない。お互いの思いが共有されていれば、これほど強いものはないと思う。自分のため、相手のためではなく『私たちみんなのため』というのが当てはまるのかな

「本当に『誰かのため』になるのか」という自問に対し、最近、その答えが少し分かるようになってきた。

自分は生かされている。人を助ける仕事に就くという挑戦は簡単じゃない。けれど『阪神大震災で亡くなった人たちも見守ってくれている』と思えたんです。情熱を失わず、その気持ちに正直に生きていきたい


[写真‐1]
能登半島地震で隆起した海岸で、その後の能登豪雨による土砂と一緒に流された家財などを被災住民とともに捜し出し掘り起こす山口穂菜美さん(右端)=石川県輪島市門前町深見で2025年3月(山口さん提供)
[写真‐2]
「京都学生FAST」が考案した手作りの防災ボードゲームを始める前に「レッツ防災!」と声を掛け合う山口穂菜美さん(中央)=京都市北区で2025年12月

毎日新聞、2026/1/18
海外災害支援目指す21歳(その2)
ただ、役に立ちたい

https://mainichi.jp/articles/20260118/ddm/003/040/076000c

posted by fom_club at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする